告げられる者
夏の祭りの日
今日は朝から平民街は賑わっていた。
ガルドエルム国各地から人々が集まる大祭である。
「はぁ」
ゼイルはそんな城下の賑わう様子を遠い宮殿の窓から眺めて溜息をついた。
彼はリュカ付きになってから騎士団にあまり顔を出せなくなっていた。今日は祭りの日の為騎士たちも交代で街に遊びに行く事を許されている。
しかしゼイルはそんな気分になれなかった。
訓練所に足を踏み入れるとそこには他にも数人騎士がいた。
「あ。副団長〜久しぶりっす!」
人懐っこい笑みを浮かべゼイルの近くへやって来たのは竜騎士の仲間たちだ。
「相変わらずのやる気のなさだな〜大丈夫なのかそれで」
しかしゼイルも全く咎める様子がない。
「ゼイル様があまり騎士団に居られなくなったからしわ寄せが俺らに来るんすよ?息抜きぐらいさせて欲しいっす!」
「そうですね。せっかく騎士団一のお目付役もとい爆弾処理班が居なくなって俺らは毎日死にそうですよ」
「騎士団一の生贄殿!戻って来てください!」
完全に舐められている。
エルグレドへの態度とはえらい違いである。
「お前ら本当にそんなだから団長に絞られるんだっていい加減気づけよ」
ゼイルが軽口のつもりで吐いた言葉に騎士たちは笑みを消した。ゼイルはそれには苦笑いで返す。
「団長・・・・大丈夫でしょうか?」
1人の騎士がぽつりと呟き辺りは重い沈黙が漂う。
「ここに配属になり今までご一緒に戦って来ましたが、あんな団長は初めて見ました」
それは心から上司を心配する声だった。
エルグレドは確かに恐れられ人々に避けられているがそれは彼の事を知らない一部の者達だけである。しかし貴族であり騎士団長でもありその中でもエルグレドは群を抜いた強さを持っている為、周りの者は気安くエルグレドに話しかけない。尊敬、崇拝する者が多いのだ。
「俺も。あれ程お怒りになられた所を見たことがない」
いや、むしろエルグレドは部下の前で怒った事がない。
指導や注意はされるし仕事に対して容赦はないが失敗したとしても感情的に怒りを露わにした事が無いのだ。
「俺はあの時この国が滅びるのでは、とさえ思いました」
他人が聞いたら何を大袈裟なと笑うであろう。
しかし騎士達はあの時誰一人として笑えなかった。
「あの方が・・・・自ら殺す事を願うなど・・どれほど・・・・」
エルグレドは無駄な殺生を一切しない。もちろん戦争になれば容赦なく切る。例えそれが誰であろうと刃を向けられれば迎え撃つ。しかし必要最低限でしかない。
「また。変な噂が広まってしまいますね」
あの出来事を面白おかしく吹聴する輩がいるに違いない。
その場の空気が更に重くなる。
「あの日から団長はあまりこちらに足を運ばなくなりました。我々を気遣っているのかと・・・・」
きっとこうなる事も分かっていたに違いない。
しかしエルグレドはただダンゲを牢に入れるのではなく
決闘することを選択した。それはロゼの為でもあった。
「ここだけの話だが、もしかするとエルグレド様は騎士団から外されるかもしれない」
ゼイルの言葉に皆息を飲む。
「まだ先の話かも知れないが・・・お前達もダラダラしてないで先の事を考えろ。やりたい事があるなら部署移動も視野に入れおけ」
口には出さないがここにいる者たちがエルグレドに憧れて騎士になった事をゼイルは知っている。
騎士の1人が恨めしそうにゼイルに軽口を叩いた。
「自分がリュカ様付きで安定してるからって余裕ですね?」
「・・・・お前、俺の今の仕事をやってみて同じ発言が出来たらお前に副団長やらせてやるよ」
皆が一斉に「うわぁ〜」と声を上げた。
「あの人はある意味団長を超えている」
ゼイルはウンザリと空を見上げた。
皆んなはそんな彼に憐れみの視線をおくる。
しかしそんな中空気を読まない者が爆弾を投下した。
「そういや副団長はリュカ様に食われちまったんすか?」
皆はぎょっと目を剥いて恐る恐るゼイルを振り返った。
そこには冗談では済まされない殺気を纏ったゼイルの姿があった。あのリュカ・バードルに専属騎士が付けばそう噂されるのも無理はない。
「そうか。お前達の新たな部署はあの世でいいと言う事だな?」
ゼイルは無類の女性好きであり根っからのフェミニストでもある。それが災いし指名されたのだ。
「え〜?でもリュカ様超絶美人じゃないですか?あの顔に迫られたらねぇ?」
他の騎士達は必死で首を振っている。巻き込まれたく無い。ゼイルは怒りで震える手で剣の柄を握っている。
「ゼイル様いつも全敗なんだからリュカ様にもらってもらえばいいっすよ!」
ブチリッと何かが切れる音がした気がした。周りにいた騎士が一斉に散り散りに逃げ出した。
「俺が好きなのは可愛い女性だぁぁぁぁぉ!!」
空気の読めない騎士は慌てて「マジっすか!」とか「いや、死ぬんで勘弁っす」とか言いながらゼイルの剣を受け上手く逃げている。
そこにはもう先程の重苦しい空気はながれていなかった。
****
「バルド様。使いの方が到着したようです」
バルドは手を上げて通すよう指示する。
通された男は全身白いローブを羽織っており顔もフードで隠れていた。
すべての者を下がらせ2人きりになるとフードの男はやっと口を開いた。
「お久しぶりですね陛下。春ぶりでしょうか?」
「貴殿も息災そうで何よりだ」
バルドはもう何年もの付き合いになるその男を憂いを込めた瞳で見つめた。相手もきっと同じに違いない。
「これからは貴方の側にいます」
その言葉にバルドは微かに喉を鳴らした。
「貴方は立派に役目を果たしました。もう解放されるべきです」
「役目とは・・・どの事を言っているのだ」
「すべて、です」
バルドは眼を見開いた。
この長い年月バルドは苦しみの中で生きてきた。
それはあまりにも理不尽な、しかしどうにも出来ない運命だった。
「"祝福"を与えられましたね?」
ローブの男はゆっくりとバルドの前まで歩いて来た。
そして膝をついてその両手をバルドに重ねた。
「貴方の身体にはもう聖魔力は残っておりません」
バルドは苦しみの表情を浮かべ彼を見続ける。
「貴方はもうじき闇に飲まれます。時間がない」
男の体から光が発せられる。それがバルドの身体を包み込んでいく。
「だからもう貴方の望むように生きてください。それがどのような結果であっても私は最後まで付き合いましょう」
「エルグレドはどうするのだ」
バルドは唯一の気掛かりを口にした。
「彼は既に出会っています」
そう言われてバルドは驚きそしてすぐに理解した。
「そして彼も自分の本来の力に目覚めつつあります」
バルドは片手で眼元を覆い隠した。
身体は微かに震えている。
「この先起こる事はもう私には予言できません。だから」
その瞬間地面から光の柱が現れたそれは的確に男の身体を貫いた。
バルドは立ち上がり倒れ行く男の身体を抱きとめた。
バルドは声にならない声で「何故?」と呟いた。
男は満足そうに笑いながら囁いた。
「貴方は、私を心の一部に、とどめ置いてくれていたでしょう?ですから役に立って差し上げます」
その声は慈しむ者に向けられるものだった。
「バルド・・・私の可愛い・・・・」
男の身体から力が無くなり手が滑り落ちる。その勢いでフードがズレ、その顔がハッキリと晒された。
その顔を見たと同時にバルドは運命に支配され生きて来たのは自分だけではないのだと理解した。
「何故、今まで黙っていたのですか・・・」
バルドはその男を強く強く抱きしめた。
姿はすっかり変わってしまっていたがその男の面影を見間違える筈など無いのだ。
「ゲルガドル様」
彼は彼の愛する者の1人だった。




