神の御子
ロゼはまずベルグレドの能力を知ることから始める事にした。
「これは?」
用意してもらったテーブルに置いてある物を見て二人は首を傾げた。
「これは魔力の属性を知るための物よ」
それを聞いてなお二人は訳が分からないという顔をしていた。魔力とは力そのものではないのか?と。
「みんな誤解があるようだけど人がそれぞれ持っている魔力には決まった属性があるの。もちろん二種類持っている者もいれば全部の属性を持っている者もいる。でも必ず身体に合った属性が誰しもあるのよ」
「つまり合う魔力が一番強いと?」
「単純に考えれば、ただ実際はそう単純ではないけど」
テーブルには透明な器が五つ並べられていた。
その中にそれぞれ様々な物が入っている。
水、ロウソク、植物の種、鳥の羽根、そして粒大の水晶。
そして手前の真ん中には拳ふたつ分くらいの大きさの結晶体が置いてある。
「これは"アガス"と言われる貴重な結晶体よ。これでからだの中にある能力を引き出すことができる」
「これに触れればいいのか?」
ベルグレドまじまじと結晶体を色々な角度から見ている。
「もう一度説明するけど、人間は皆魔術は魔力を持つ者がその魔力を使って火をおこしたり人を治療したりすることが出来ると思い込んでいるけど実際は元々その属性を持っているか持っていないかで使えるものと使えないものが分けられているのよ。だから火属性の魔力を持つ人は持っていない水属性の治療を施すことは出来ないの。逆も無理」
ロゼの説明に二人はやっと意味が理解出来た。
「では違う属性の魔術をいくら習得しようとしても出来ないのは・・・」
「元々ないものをどうやって作り出すと?不可能ね」
二人は唖然とする。そんな事今まで考えたこともなかったのだ。
人間は皆、魔力さえあればどんな属性も使うことが出来ると思い込んでいた。
「じゃあここで質問。もし火と水同時に持って産まれた場合その人はどちらの魔術を使えると思う?」
「・・・・・・属性が合う方が使えるのでは?」
「極論を言えば魔術を使えなくなるわ」
ロゼはキッパリ言い切った。
これにも二人は開いた口が塞がらない。
「でも水と土なら両方使えるわ。お互いを殺し合わない。風と土はダメ。そんな感じで相性もあるの。人間の殆どが魔術を使えないのはこれを正しく理解していないからよ」
魔術学園学長も真っ青な事実である。
「さっき魔術を使えなくなると言ったけどそれはこれを理解していない者は、ということよ。魔力はあるのだからどちらかは使えるのよ」
そこで、とロゼは先程の木を指差す。
ベルグレドはハッとなる。
「だから"間引く"のか?」
ベルグレドの返答にロゼはニヤリと笑った。
「1つの木にふた種類の林檎。味も違えば色も違う。どちらか1つ成長する前に枝ごと間引いてしまえば栄養は一方にだけ送られて甘い林檎になる」
だからこれをやるべき時期はもっと早い方が良いのだとロゼは言う。まだ幼い頃からの鍛錬が必要になる。
「まぁこれはほんの一例に過ぎない話だから、これだけの知識で物事を決め込まない様にね。あくまで今回やる事の説明の為に話しただけだから。実際敵と対峙して相手が水魔法を使うから火魔法を使ってこないなんてくれぐれも思い込まないように!」
「さっきの話とつじつまが合わなくなるのでは?」
疑問顔のエルグレドにロゼはサービスとばかりにヒントを与えた。
「では魔法とは何?」
その一言でエルグレドはその答えを出した。
そう。魔法は妖精や精霊の力を借りる
のだ。
属性は関係ない。
この場合の魔力は精霊達にとって力を出す為の食事である。
「知識も力よエルグレド」
エルグレドはこの時始めて正しくロゼの能力を理解した。
****
この屋敷に来て5日目。ベルグレドはロゼに与えられた課題を仕事の合間にこなしている。
力の暴走については、力をある程度制御できる石を加工した物を身につけさせているので今のところ安定している。
「それでこうなる訳ですか・・・・」
そう。外では兄弟2人が剣の稽古をしている。
勿論これもロゼの課題である。
(まぁ相手がいた方が感覚を掴みやすいからいいのだけれど・・・・)
何だか面白くない。
方便とはいえ本当ならロゼはエルグレドと静養しに来てるはずなのだ。
しかも何だあの2人。何であんなに楽しそうなんだ。と段々と腹が立ってくる。
「エルグレド様を取られてしまいましたね。申し訳ありませんロゼ様」
「別に私が進んでやった事だから謝罪はいらないわ。ただ思いの外あの2人の仲が良くて驚いただけよ」
お茶を運んできたブラドは苦笑いする。
「エルグレド様は貴方に出会ってから随分とお変わりになられましたよ」
ブラドは眩しいものを見るかのように眼を細め2人を見つめている。
ロゼも2人を見たまま何も言わずにブラドの言葉を待った。
「・・・・・神の御子とは、この地に選ばれた封印の宝玉なのだそうです」
キィインと剣と剣が交わり激しい音を立てる。
ロゼはゆっくりとブラドを見上げた。その続きを促すように。
「ベルグレド様の母親、イザベラ様はベルグレド様を身篭った時。御告げを聞いたとか」
ブラドは視線を変えぬまま2人を見ている。まるで独り言のような言葉はしっかりと耳に届いた。
「"この子供はこの地の宝玉。神の御子である。やがて来る終焉に備えるべく定めに則り欠けたすべてを手に入れ神に捧げよ"」
神の御子
ロゼは身体が重く沈んでいくようなそんな感覚がした。
それは自分やファイがかつて暮らしていた村で幾度も聞いてきた言葉だった。
「子供が出来たと同時に神に取り上げられると告げられて、彼女はどんな気持ちになったんでしょうね」
そんなの誰にも分からない。ただ彼の両親は必死にその事を調べたのだろう。その痕跡がファイズ家には所々に残っている。そしてベルグレドの能力を隠したがっていた。
「親の愛ってやつかしら。感動的ね」
投げやりなロゼの物言いにブラドは静かに眼を閉じた。
「愛し方は皆それぞれ違います。そして望む愛され方も・・・」
ロゼはかつての自分の両親の面影を思い出す。
微かに残る父親と母親の面影を。
「そうね」
ロゼの父親はファイを引き取ってしばらくして行方不明になった。
母親は恐らく村が滅んだ少し前に亡くなっている筈だ。
ロゼはこの頃の確かな記憶が欠落している。
「これからどうされるおつもりですか?」
ひどく静かな声は波立つ心を落ち着かせてくれる。
「私が知る限り、神の御子と思われる人間が3人」
自分を含めて・・・と口を歪める。
「だとすると少なくとも後2人この世界に同じ使命を負わされた者が存在するはず」
外ではベルグレドがエルグレドに押し負け息を吐いている
。エルグレドがチラリとこちらを見たのでヒラヒラと手を振っておく。
「探すわ。恐らく私達5人が揃った時、何かが起こるはず」
ブラドは何も言わず気遣うような視線を向けた。
「勘違いしないでね。私は別に大人しく生贄になるつもりはないのよ」
そもそも本当に自分が神の御子なのか。真実は分からない。
だが自分が身体に秘めている力は確かに常人が持てる代物ではない。
「もし自分の命を賭けるとしても、何にかけるかは自分自身で決めるわ」
これもイントレンスの予言に関係しているのだろうか。
「ベルグレドはどれぐらい知っているの?」
その問いにブラドはその瞳に憂いを浮かべた。
「何も知らないのね」
両親が必死に隠したのだろう。
ロゼは呆れた顔をする。よく今まで無事だったものだ。
「ベルグレドは幸せね」
その言葉に少しならず皮肉も込められている事にブラドは気づいていたが責めはしなかった。
ロゼが今までどれほど過酷な人生を歩んで来たのか、あの短い戦闘で気づいていたからだ。
「要らぬ手加減をさせてしまい申し訳ありませんでした」
ブラドの言葉にロゼはキョトンとしてから眉を少しさげた。
「流石に婚約者の家の者を殺してしまっては後々面倒な事になりそうだし、何よりもちょっとした対抗心が湧いたのよね」
ブラドが眼で問うのでロゼは意地悪そうな顔でニヤリと笑った。
「私が魔力が無ければ何もできない女だと思っていたでしょう?だから敢えて魔術は使わないであげたわ」
なるほど、とブラドは吹き出した。
ここで怒らないのは流石。彼も中々の修羅場をくぐり抜けてきた猛者であり冒険者の大先輩である。
「私も大分貴方に失礼な対応をしてしまったようだ。息子の事は言えませんね」
「いや、むしろ有り難かったわよ?もしそれさえなかったらお互い今ここに居なかったかも知れないしね」
貴族の婚約者とその執事が到底しないような会話をまるで世間話でもするように話す2人は側からみればとても和やかな雰囲気である。
その様子を見てエルグレドは眉をひそめた。
「後は1人でやるから行って来れば?」
地面に座り込んでいるベルグレドが呆れた様子でエルグレドを見た。
「さっきからずっと気にしてるだろ?集中出来ないなら付き合わなくていいよ」
土埃を払い言うベルグレドにエルグレドは首を傾げた。
「何を言ってるんだ?別にそんな事はない」
全く意味が分からない様子のエルグレドにベルグレドは信じられない者を見るような顔をした。
「鈍いにも程があるよ。俺でさえ分かる事なのに兄さん自身が分からないなんて・・・・・」
分かるように話せと目が行っていたのでベルグレドはわざわざ言ってやるのも癪に触り別のことを口にした。
「ブラドあれで結構女性にモテるよ。夫人にも先立たれてるし後妻を狙う女が多いみたいだ。若い侍女にも大人気でさ、どうもあの大人の色気にやられるらしいよ?」
そう聞かされ、ふと窓際にいる2人を見ると、とても良い雰囲気で笑い合いながら話している。
「・・・・少し休憩する」
エルグレドの表情を見て今日はもういいからと念を押してベルグレドは兄を送り出した。
****
その同日城下に住むアンドリュー家ではお茶会が催されていた。
呼ばれているのはアンドリュー家の末端貴族のご令嬢達。
その中に一際大人しい女性がいた。
「あらアルド・ラズ様ご機嫌よう。貴方も呼ばれていたのですね?」
「はい、アンティ様ご機嫌麗しゅうございます」
この家の1人娘アンティ・アンドリューは派手な真っ赤なドレスにゴテゴテとした宝石をあちらこちらに身につけ最近流行っているという香水の匂いを振りまきながらアルドの前までやって来た。
「それにしても・・相変わらず貧相な格好でやってくるわね?ラズ家は余程お金に困っていらっしゃるのかしら?」
「お恥ずかしい限りで御座います。この様な姿で現れた事なにとぞお許し下さい」
アルドは頭を下げたままひたすら嵐が過ぎ去るのを待っている。
他の令嬢は何も言わずただ成り行いを見守っている。
ここで口を出しアンティのきげんを損ねれば今度は自分が獲物にされてしまう。
アンティはそのアルドの態度が気に食わなかったのか近くにあったワインを掴みそのままドレスへぶち撒けた。
「あら、ごめんなさい?思わず手が滑ってしまったわ!
丁度いいから着替えてらっしゃいな。この場所に相応しい身なりにね?」
その瞬間会場の背後で激しくグラスが割れる音がした。思わず悲鳴をあげそちらを振り返るとそこにはただ粉々に砕けたグラスの残骸があるだけだった。
「大丈夫ですか?アンティ様」
先程まで自分が虐めていたアルドを振り返るとそこには心配そうに見つめる瞳があった。
アンティはちっ!と舌打ちする。
「本当縁起が悪いわ。いつまでその姿でいるの?さっさと下がってちょうだい」
アルドはそれ以上は何も言わずその場を後にした。
コツリコツリとヒールが歩くたび音を立てている。
「まだ・・足りないのね」
彼女は笑っていた。先程あれほど人前で罵られたにも関わらずそんな事はまったく歯牙にも掛けない様子だった。
それよりも彼女には大事な事があった。
「待っていて下さい必ず・・・必ず私が・・・」
その瞳は異常な色を含んでいた。
この話はロゼ側の物語なのでベルグレドの細かい描写は大分省いています。いずれそれぞれの主人公視点で書く予定です。分かりにくかったらすみません。




