クライスの回想
ファイズ家の執事クライスは14歳の時この屋敷の執事見習いとしてやってきた。
クライスの家は代々ファイズ家に仕える血筋である。一人息子だったクライスは当たり前の様に父の仕事を継ぐ者として教育された。
「久しぶりねクライス。貴方が立派に成長してこの家に来てくれたこと嬉しく思います」
ファイズ家の奥様は穏やかな表情の中にもどこか凛とした佇まいが印象的な女主人と言われることが似合う女性だ。美しい金色の髪を綺麗に結い上げている。
「この家の執事として立派に精進してくれたら嬉しい」
旦那様は無口でぶっきらぼうな印象だがその喋り方から決して冷たい人柄ではないように思う。
「君に二人の息子を紹介しよう。二人共入って来なさい」
入って来た二人の少年は一人はクライスより上ぐらいの年齢でファイズ家に似つかわしくないブラウンの髪の色と瞳の色をしていた。
「エルグレドだ。よろしく」
無表情。何の感情も読み取れない。
「ベル。挨拶を」
先程からその無表情な少年の背中に身を隠している弟にエルグレドが挨拶を促す。
「ベルグレド・・・」
弟の方は極度の人見知りらしい。
(大丈夫かこの兄弟)
「すまんな相性が無くて色々事情があってな。二人ともあまり他人と交流することに慣れていないのだ。」
当主は困った表情でベルグレドを見る。
「君にはしばらくエルグレドの話し相手をしてやってほしい。他人と会話することに慣れて貰わないとな。あとベルもその間エルグレドから離れている様に」
そう言われてベルグレドは悲壮な表情を浮かべてエルグレドを見る。エルグレドはそんな弟の頭を無表情で撫でた。
「出来るな?ベル」
弟は瞳に涙を溜めしかし泣くまいとプルプル震えながら頷いた。
(なんかこれ厄介事を押し付けられたのでは?)
と。思いはしたがクライスには頷くという選択しかなかった。
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その日から毎日数時間エルグレドと交流する時間が設けられた。何をするかは二人に任せるということだったので毎回クライスは頭を悩ませた。
「エルグレド様は俺より年上ですよね」
「いや。確か君と同じ筈だ」
そう言われて「え?」と思う。エルグレドは背も高いし醸し出す雰囲気も落ち着いているので少年より青年と言われる方がしっくりくる。
「大人っぽいと言われませんか?14歳には見えませんね」
「さぁ。ここに来てからあまり人と会っていないからな」
そう返されて返答に困ってしまう。そんなクライスにエルグレドは視線を手元のお茶に落としながら息を吐いた。
「君は事情を知っていると聞いた。だから気にしなくていい」
そう言ってお茶を飲むエルグレドを見ながらなんて答えたら良いのか少し迷い率直に聞いてみる事にした。
「事故に遭って昔の記憶が無いというのは本当なのですね」
「らしい。俺は覚えていないから分からないが・・・今の俺は別人の様だと母は言う」
その表情には感情が見えない。クライスはまた迷ってやはり口にした。
「その・・・どんな事故だったのですか?」
「ファイズの領地に向かう途中崖が崩れて馬車ごと崖に落ちたそうだ。俺は瀕死だったが運良く崖下の道に身体ごと放り出され発見されたらしい。他の従者達は崖下までそのまま落ちてしまって未だ行方が分からない」
やはり淡々と説明するエルグレドにクライスは更に踏み込んだ。
「・・・・エルグレド様はどこまでご存知なのですか?」
「それは、俺の母親が違うことか?それとも俺がここに引き取られたのが幼少ではなく最近だということか?」
やはり!とクライスは思った。
エルグレドは大人達の嘘に気が付いている。
大人達はエルグレドの記憶が無いことをいいことにまるで昔から一緒にいる家族の様に装っているがエルグレドが発見されここに養子に来たのはつい最近の筈だ。
「まったく思い出せないのですか?子供の頃の事を」
エルグレドはじっとクライスを見つめる。まるで試されている様な気がして落ち着かなくなってくる。
「覚えていない事がそれ程重要だとは思えない」
クライスは唖然とした。普通は自分の過去のことを知りたい筈だ。もしクライスがエルグレドの立場ならば絶対に探す筈だ。自分の生い立ちを。
「俺とベルの名前に聞き覚えがないか?」
急に話が変わり話についていけず首を傾げる。名前に聞き覚え?どういう事だろうかと。
「英雄伝だ。昔魔人がこの大地を滅ぼしかけた時その魔人と戦い英雄として讃えられた人物の名がベルグレドという」
それは子供の頃子供向けの童話で聞いた事があった。しかし登場人物の名前など出てこなかった筈だ。
「興味があるのなら一度読んでみるといい。王都図書館になら置いてあるだろうから。童話の原作になる伝記だ。」
「エルグレド様の名前も出てくるのですか?」
「ああ。双子の片割れとしてな」
今日のエルグレドはよく喋る。そう言えば今日は奥様もベルグレドも出かけて屋敷に居なかった。
「二人は国の王子だった。その国の王はその二人によく似た名前を付けた。どちらがどちらか分からなくなる様に」
ふと、クライスは自分が無意識に震えている事に気がついた。これ以上は聞いてはいけない気がした。
「何故だと思う?」
答えなくても目の前の少年はすでに自分の中に答えを持っている。クライスは冷めた紅茶に映る顔色の悪い自分を見つめながら自分はどう答えるべきか考えていた。
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「貴族の考えることってホント理解出来ないわ」
ドレスの衣装部屋で開口一番悪態をついているのは最近突然エルグレドの婚約者として現れた平民の女である。
「たかだかパーティ一つにドレス50着も用意するなんてお金の無駄にも程があるわ。」
「これでも少ない方ですが。まぁ一般市民の方には理解出来ないのでしょう」
「貴族として育つと誰もが愚か者になるだろうことが理解出来たわ」
クライスはカチンっとしたがここはグッと我慢する。ここで挑発に乗ってしまったらそのまま愚か者と認める様な物だと思ったからだ。
それにクライスは先程のエルグレドの態度が気にかかっていた。
エルグレドは今まで女性に対してあれ程気安く話しかけたことがないと思う。
もっと形式張った堅いものが多かった。
そんなエルグレドを女達は堅苦しくて面白くないだの表情が変わらなくて怖いなどと陰口をよく叩いていたものだ。そのくせ表面上では何とかエルグレドとお近づきになろうと擦り寄ってきたりした。
ファイズ家使用人一同はそんな令嬢達をことごとく排除してきた。彼等は代々ファイズ家に仕えているいわば家族の様なものである。自分達の主人をそこらの欲深いだけの令嬢などにくれてやるものか!と、徹底していたら鉄壁の守り過ぎて縁談話が来なくなってしまった。
いわば今のこの状況はバルドからのファイズ家への救済行動に他ならない。
「これに決めたわ」
クライスが過去の自分を悔いているといつのまにかロゼがドレスを選び終わっている。
「随分とお早いですね。もう宜しいのですか?」
「使えそうなドレスがあって良かったわ。私に合いそうな物があまり見当たらなかったから」
そう言って渡されたドレスはあまり派手ではなくしかし地味過ぎない上品なデザインだった。
「後言っておくけどあんたが何しようと私が婚約者だということは覆されないわよ」
ロゼと呼ばれるこの少女は意地悪な表情を浮かべながらも心底気の毒そうに釘を刺してきた。
「陛下がこの婚約を撤回しない限り私とエルグレドが婚約者である事は変わらない。だから邪魔をしようとは考えないことね。私が失敗すればあんたの主人が恥をかくことになる。」
正論に思わず黙り込む。
「まぁこの屋敷に居るのもパーティまでの数日間だけだしエルグレドによると私の貞操は貴方達によって鉄壁の守備らしいから安心して泊まらせてもらうわ」
ちょっと待て最後のセリフはどういう事かとクライスは目を丸くするがロゼは構わずそのまま部屋を出て行ってしまった。クライスは後でエルグレドを問い詰めねばと心に誓った。
次の朝からロゼはエルグレドを送り出すとダンスのレッスンを始めた。
クライスが広間を覗くとロゼが一人でステップを踏んでいる。ピアノの曲に合わせ優雅に踊っている姿は年相応の少女に見えた。
「いやね、覗き?趣味が悪いわね」
曲が終わり一息つくと息も切らせずロゼが近寄ってくる。
「そうですか。お飲み物は入りませんか余計な気遣いでしたね。どうぞ続きを。」
クライスが下げようとしたグラスを素早い手つきで奪い一口飲むとロゼはにっこり笑った。
「クライス。貴方手が空いてそうね?」
ピアノを弾いていた侍女が困ったような顔をしている。そう言えば一人で踊っていたがロゼの練習相手はどうしたのだろうか?
「すみませんクライス様。他の者はロゼ様のダンスについていけず・・・他の部屋で休ませておりまして。」
そのセリフに嫌な予感がしてロゼを見ると満面の笑みである。
「大好きなご主人様に恥はかかせたくないでしょう?」
その後クライスはロゼの驚異的な飲み込みの早さと一向に衰えない体力に眩暈を覚える事となった。
「それで?ロゼの様子はどうだ?何とかなりそうか?」
「恐らくは。ご自分で何とかなさると仰ってましたので必要以上の口出しは致しておりませんが」
そのセリフにエルグレドはロゼが何もしていないと誤解したようだった。
実際にはあの後ぶっ続けでダンスに付き合わされ、その足でパーティでの立ち振る舞いのレッスンを受け、空き時間にまたその見直しを相手役として手伝わされたが面白くないので黙っていた。
「ロゼはどこにいる?」
「エルグレド様の部屋に読書を許可されたとかで食後に向かわれましたが。」
「そうか」
帰ったその足でまっすぐロゼの元へ向かうエルグレドにあの少女の相手は確かに骨が折れるとクライスは痛感していた。まだロゼが婚約者になった当初彼女の事を調べたことがある。魔術学園主席合格者。口で言うだけなら簡単だ。
「あれで貴族の血さえ流れていれば・・・」
いや違う。きっと問題はロゼの方ではない。
もし二人がお互い想いあったとして唯一障害になりうるとしたらそれは恐らくエルグレドの出自であるとクライスは気付いていた。クライスはエルグレドと過ごすうちに気付いたことがある。
それは最初ほんの小さな違和感だった。
「・・・きっと気づいているはず」
ロゼは恐らく何度かバルドと会っている。謁見室を通る渡り廊下にそれは飾られている。
歴代の王達の肖像画。そこにバルドの若い頃の肖像画も飾られている。その絵。
クライスは部屋から出てくる二人を階段下から見上げる。
エルグレドは言った。英雄と言われた双子はなぜ似た名前をつけられたのかと。その理由をクライスは本を読んで理解した。
(本当の王を守る為の身代わりである)
物語の王が決めた英雄が本当はどちらだったのか。それは誰にも分からない。しかし片方は今、王の一人娘の婚約者である。そして・・・。
その描かれた肖像画の人物はエルグレドと瓜二つだったのである。




