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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

掌編 うちの弟子は使えない

作者: 有内トナミ



 うちの弟子は使えない。

 物覚えは悪いし、ドジだし、片付けもろくに出来ない。

 魔術の材料も集められない。集めておいたのを不注意でぶちまける。

 研究書や貴重な材料を駄目にされたことはないけど、少なくとも管理を厳重にするようにはなった。用心だ。


 正直な話、これなら適当に使い魔でも練成したほうが早かっただろう。

 押し付けられたのが魔女わたしでなかったら、とっくのとうに追い出してる。

 そう文句をぶつけたら、押し付けてきた腐れ縁――間違っても友人とは言いたくない。言わないぞ。弟子はあれをわたしのお友達と思い込んでる、というか奴にそう教え込まれたらしいが――いわく、そんなことしないし考えない人間だから押し付けたんだ、との事。

 何を言ってるんだお前は。評価がおかしい。


 行き場のない獣人の子供なんて、追い出したらどこにも行けずに彷徨うしかない。良くて人買いに連れて行かれてどこかで下働き、もしくは花を売らされることもあるだろう。悪ければ野垂れ死に、ただ獣に狩られて終わりって事もある。

 それがわかっているから、追い出すのも気が引けて、うちに置いているだけ。

 少なくとも自分で身の回りのことは出来るし、手は掛からない。食費はかかるけど。


 だから、あんたの師匠の心と懐が広くてよかったわね、なんて言ったら、一瞬きょとんとした後で、


「はい、師匠は世界一優しい人です!」


 とか言って笑ってた。

 違う、そうじゃない。

 胸の奥がすこし軋んだ。




 ある日。

 わたしは失敗した。

 ちょっと手順が入り組んでいる魔法の実験。

 どこで手元が狂ったのか、それとも他のどこかにエラーがあったのか、それはこれからやり直して詰めていかないといけない。

 けれど今はできない。できそうにない。そんな精神状態にない。これでは力の制御ができない。

 なぜかと言われれば弟子が悪い。弟子のせいだ。なんでそうなるんだわたしは悪くない。


 わたしが取り乱しているのは別に弟子の身に何かあったからではない。いや「何か」はあったけれど、少なくとも命に別状はない。ただ、あれはおそらく術式がどこかで暴発したんだと思う。

 その結果、わたしはこんなにも取り乱している。


 実験を始めてしばらくは順調だった、しかしあるところから術力が不安定になり、魔力が漏れ出して部屋の全てを揺さぶって、そして部屋の中心で反対側も見えないほどの煙が爆ぜた。

 覚えていたのはそこまでだ。

 気がつくと煙は治まっていて、わたしの名前を連呼する弟子の声が聞こえた。

 うっすらと眼を明けて――そして、わたしは取り乱す。



 なにあれ。なにあれ。なにあれなにあれなにあれ。

 ――――超好み。



 うちの弟子は使えない。

 あんな姿になるなんて聞いてない。

 細くすらりと伸びた四肢、納まりの悪そうな髪、眼も耳も鼻も唇も、胸も腰も足もその爪先までも、わたしはそこから目をはがすのに、この弟子を取ってからこっち最大級の忍耐と精神力を使わざるを得なかった。

 精密な魔法の実験をしているときなどよりもずっと、心身に残るダメージが多すぎて。

 なんとか片付けだけを命じて部屋を飛び出してきた今もなお、胸は早鐘のように鳴っているし、頬は林檎のように赤いだろうと、自分の体の感覚が教えている。



 うちの弟子は、本当に、どうしようもなく使えない。

 あんなの、あんなの――可愛すぎてド好みすぎて。


 今後手を出さずに過ごせる自信なんて、これっぽっちもない。


 だからこれからあの魔術の総見直しをして、もっと安全性を高めなくてはいけない。今のままではとても危険な魔術だ。主にわたしにとって。いやわたしだけじゃない、あれほどに可憐で清楚なのだから、他の誰かに見初められないとは限らない。想像だにしたくない事態だがありえるやはり安全性だけではなく魔術自体も破棄するべきかしかしあの魔術にこんな効能が果たしてあったか――。


 わたしは腐れ縁に助けを求めることにした。

 知恵熱が出そうだ。あるいは頼らなければいけない屈辱からの発熱かも。


「だからつまり?」

「師匠の手をこんなに煩わせる弟子なんて、使えない以外の何も言えないでしょう?」

「……」

「……何よ?」

「いや、面白いなって」


 これだ。

 だからこいつに連絡などしたくなかったのだ。


「音が乱れてるし光も増えてる――取り乱しすぎだろ」


 落ち着いた声で、そんなふうにこいつは指摘する。

 くそ、鏡面を使わない、声だけを伝える術式を開発すべきなのか。


「ああ、あとさ」

「何!?」


 ぐちゃぐちゃの思考をまとめようと四苦八苦しているところに割り込まれて、思わず噛み付いてしまう。

 それに何も反応しないまま彼女の言った台詞に、わたしの思考は停止する。


「あの子の体が変化したのはあんたの術式のせいじゃないよ」

「……は?」

「変化の術。あの子の種族の固有技術――って言っていいのかな。連れてった時に言ったはずだけど」

「え?」

「聞いてなかったね。最初から目を奪われてたもんね、あんた。……あれ、聞いてる?」


 思考どころか、行動までも停止してしまった。

 それじゃあ何、まるで、まるで――最初から。

 一目惚れしていた、みたいじゃないか。


 認めたくないと心のどこかが叫んでいたけれど、その一方でそれをわたしは否定しきれないでいた。



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