7.感情に影響される
不安を抱えながら、小さい人は小学二年生になった。
上級生の女の子が卒業してしまい、新入生はいたものの学級は男子だけになった。
先生も異動になったりして、学級には少しだが変化があった。
小さい人は「僕二年生だから!」と下の子にお兄さんぷりを見せていたらしい。
先生たちも小さい人は成長著しいと喜んでいた。
がんばりすぎではないのかなと少し心配していたら、やはり一月ぐらいで反動がきた。
いらいらして落ち着かないのが一学期の残り期間中続いた。
学校の勉強も漢字が増え、
「なんで漢字なんかあんの!? ひらがなとカタカナだけでいいじゃん!」
と言うようになった。
「ひらがなとカタカナは漢字からできてるんだから、漢字がなければひらがなもカタカナも存在しない!」
と説明し漢字のひみつという本を買った。
もちろん小学生用の国語辞書もあげた。
しかしよく考えたら、私は漢字を「読む」ことはできたが「書く」ことは苦手だった。「書き」のテストはひどかったように思う。なので読めればいいと思うことにした。
小学生で学ぶことは以前と違い増えている。
パソコンの授業もあるし英語の授業だってある。授業時間が足りなくて先生たちもたいへんだ。
しかも情緒障害学級と言っても専門の知識がある先生がいるわけではない。たまに臨床心理士の資格を持った先生もいるようだが常にいるわけではない。先生たちは異動だってあるし、同じ先生がずっと見てくれるわけではないのだ。
普通学級なら担任が毎年変わってもそういうものだと思えるだろう。
けれど発達障害の子たちは変化に弱い。一年では短いと思うのはこんな時だった。
小さい人は他人の顔色を読むということは苦手だが、感情には敏感だった。
ただそれによる表現のしかたが普通の子と違うのでどうしたらいいのかわからなかった。
例えば私がいらいらしている。普通はお母さんがいらいらしていると気づいたらそっとしておこうとするのだと思う。
小さい人は表面上は気づかない。けれど私のいらいらを感じ取り、私と同じようにいらいらするのだった。
(こっちがいらいらしているのに、なんでこの子は更にこちらがいらいらするようなことをするのだろう?)
わからないけど感情を感じ取っていらいらしてしまう。それに気づいたのは小学校に入ってからのことだ。
お互いにいらいらしたら悲劇しかない。
小さい姫はかわいそうに私と小さい人の板ばさみになり、「お兄ちゃん怒んないで!」とかわいいことを言っていた。
怒ってはいけない。小さい人が萎縮するだけだ。
叩いてはいけない。きっとおびえるだけだ。
私のいらいらは私のものなのにそれが小さい人に影響していた。
感情が無意識に伝わってしまうのはどうしようもない。ではどうしたらいいか。
できるだけ負の感情を発生させないよう、穏やかに暮らせる方法を考えなければならない。
私は読書が好きだが、読んだものに感情が引きずられることが多い。ホラーや猟奇的な内容のものを読むとおかしくなるのは小さい人が生まれる前からわかっていたので、絶対に読まないことにした。映像にも引きずられやすいので映画やマンガで怖い、残酷なものは一切見ない。楽しい感情はいいが私が自分の感情に負荷をかけてはいけない。
そうしてみると「無理をしない」生活をするようになる。誰もカリカリしている親を見たいとは思わないはずだ。みんな楽しいのが一番なはず。
そうして私は改めて夢を追うことを決めた。
小さい人の為に夢を諦めたら私はいずれ小さい人のせいにするだろう。例え夢が叶わなかったとしても行動しなければ後悔する。しないのは、諦めるのは簡単だ。
幸い私は諦めが悪い。
言葉でも伝えるが、私が楽しそうにしていることになにか少しでも感じるものがあったらいいと思う。
小説自体はほそぼそと書いていて、小さい人が生まれた後「なろう」を見つけて改めて書き始めました。
「母」は母という生き物で子どもに全てを捧げる存在ではないと思っています。私は私であり、私が楽しく過ごせれば心に余裕が生まれます。小さい人や小さい姫も楽しく過ごせたらいいと日々思っています。