2.認めたくない感情
発達障害を認めることはとてもつらい。途端に未来が見えなくなるから。
世界はそれほど冷たくはないのだけれど。
それより外野の反対がきつい。
小さい人は誰にでも笑顔で挨拶ができる。
友達と遊ぶのも大好き。
人の顔を覚えるのは苦手だけど気さく。
好きなことへの集中力はすごくて、こだわりもあるけど、発達障害だとは思っていなかった。
発達障害だったら普通に学校に通えないのではないか。
就職もできないのではないか。
そんな漠然とした恐怖が私にはあった。
だけど。
小児科の医師がさらりと「小さい人は自閉症だね。少し訓練した方がいいかな~」となんでもないことのように言うからすとんと落ちた。
小さい人の未来は決して暗くはなかったのだ。
療育施設「たらのめ(仮称)」の保護者会は毎月あり、その他にいろいろ行事もあった。
ヒキコモリなのに小さい姫と共に参加しなければいけないことが私の足を重くした。
他のお母さんたちは明るくて前向きだった。話を聞くとうちの小さい人よりみんなたいへんそうだった。
ダウン症、脳性まひ、多動、高機能障害、自閉症などいろんな子が在籍していた。
だから先生はいっぱいいたし、たいへんな仕事だと思うのにみな笑顔だった。
小さい人は人の顔を見て感情を察することが苦手だった。
比喩も全くわからない。
発語が遅かったから語彙も足りない。
うまく言葉が出ないから、つい手を出してしまうこともあった。
衝動的に動いてしまうことが多くてどうしたらいいのかわからなかった。
でもずっと諦めずに手をつないでいたかいあってか、小さい人は私と手をつなぐのが当り前になった。
どうしても離さないといけない時は、
「手を離すから、動かないでね」
そう言って少しの間手を離しても飛んでどこかへ行くことはなくなった。
成長が他の子よりゆっくりなのだなと、根気よく付き合わなければいけないのだとわかった。
小さい人は変化が苦手だった。
小さい姫の成長は著しかった。
寝返りをうち、おすわりし、はいはいをし、つかまり立ちをし、よちよちと歩けるようになった。
にこにこしながら近づいてくる小さい姫をうっとうしく思いながらも、小さい人は姫が大好きになった。
加減を知らないので常に様子は見ていなければいけなかったけど、
「お兄ちゃんだよー」
と小さい人なりに姫にかまっていた。
年長になって就学を考えなければいけなくなった。
小さい人の様子を見ていて、普通学級は無理だなと思った。
幸い固定の学級があると聞いたので、知的障害学級と情緒障害学級を見学した。
情緒障害学級に入れようと考えていたら待ったがかかった。
パパとパパのお母さんである義母からだった。
小さい人は発達障害には見えなかった。
しばらく付き合ってみて、この子おかしいなと周りが気づく程度。
ずっと暮らしていた私だってなかなか気づかなかったのだから、他の身内に理解できるわけがなかったのだ。
私の母はかつて小学校の教師だったから、小さい人が「違う」と気づいた。
パパと義母は認められなかったのだと思う。
嫌だという気持ちも理解できた。
だけど。
普段小さい人に関わっているのは私だ。
送迎して、ごはんを作って、お風呂に入れて寝かせているのは私で、一番小さい人を見ているのは私なのだ。
小さい人の未来は小さい人のもの。
普通学級でなければ嫌だという誰かの感情に振り回されるわけにはいかない。
きっとパパは納得していなかった。
義母にも手紙を書いたが納得はしていないと思う。
でも私の子で、私が育てているから。
すったもんだあったが、小さい人は小学校で固定の情緒障害学級に入った。