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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第一章  ダニーク解放戦線の結成
8/63

7. オランの戦い

【新暦1924年1月15日初版 フェターナ毎日通信社(左派メディア) 刊行

  国内旅行ガイドブック「南部ファーンデディアの旅」より一部抜粋】

●平和の街、オラン!●


(前略)


 ……このように平和をこよなく愛するオラン市長は、市長選の公約を見事に達成しました。

 威圧的な王国軍弾薬集積基地が街から無くなったことで、市長はオラン市の「非武装都市宣言」を行ったのです!

 この「平和主義の勝利」に、世界中の平和を愛する労働者たちから喝采が集まってます。

 市長は今後、武装警察も街から追い出すことを検討中とのことで、オラン市の「平和の発展」は確約されていると言っても過言ではありません。

 是非、平和を愛する旅人の皆さんは一度、「平和主義実現の街」オランを訪ねてみてください!


(後略)

 完全武装した褐色肌の男女を満載した古い型のトラックの一団が、街を一望する高台に到着した。

 先頭のトラックを運転していたのは、カリスマ性を感じさせる逞しく精悍な顔つきの男、名をゲイル・ベルカセムと言った。

 高台より望む街は、この地域で最大の都市。

 南部ファーンデディア地方オーレン県県庁所在地・オラン市。

 人口約15万人を数える中規模地方都市だ。


 彼ら褐色肌の原住民たちダニーク人らによる武装蜂起は、このオーレン県の行政区分の一角であるカビラ郡を飲み込み、その郡都である盆地の小都市・ティアレは「彼らの街」となっていた。

 今やティアレには大勢のダニーク人が集まり、元から住んでいた白人種・スタントール人約5万人全員を街から生死を問わず追い出して完全に掌握していた。街の管理・運営も順調に軌道に乗りつつある。

 武装蜂起から1ヶ月以上が過ぎ、ゲイルが指揮する「ダニーク革命軍」は既に3万を超える兵力を有し、カビラ郡の隣の郡や自治体にも勢力を拡大。

 スタントール人の村や町を焼き払い、同胞であるダニーク人が暮らす「原住民町村落」は、進んで協力を申し出ていた。


 スタントール人たちの国・ノルトスタントール連合王国の敵対諸国家連合体である「共和国陣営」が突然軍事侵攻を開始して始まった「大戦」は、スタントールのみならず彼の王国が一翼を担う「王国陣営」に属する大陸各地の主要な立憲君主国家にも総攻撃が加えられ、この世界で歴史上例を見ない空前の大戦争と化していた。


 そして激化する戦争は、それまでファーンデディアを支配していた白人種・スタントール人によって抑圧・搾取されていたダニーク人に「希望」を与えていた。


 自分たちの国を手に入れられるかもしれない、という「希望」を。


 戦争で劣勢に立たされたスタントール王国を裏側から襲い、ここファーンデディアに民族の悲願とも言うべきダニーク人によるダニーク人の為の独立国家を建設する。

 1500年に渡るスタントール人による支配に終止符を打つ。


 最初はダニーク人の誰もが「夢物語」だと思っていた。

 世界第二位の規模を誇る強大な軍事力と工業力を有するスタントールに、何も持たないダニーク人が勝てるはずがない。


 戦争前、ゲイルがスタントール人の目を盗んで同胞に「武力革命」を訴えかけた時、多くのダニーク人たちはまともに取り合わなかった。

 だが、その無敵にも感じられたスタントールの軍隊が、各地で共和国陣営の軍勢に敗北している。

 海を隔てた彼の王国の「本国」には、北から攻めてきたディメンジア国家社会主義国を標榜するオークの大軍が攻め入り、今や連中の王都・フェリスを狙わんとしていた。

 そしてこのファーンデディアでは、北に位置するイェルレイム共和国の軍隊が、突然の攻撃で混乱の極みにあるスタントール・ファーンデディア駐留軍北部総隊を蹂躙し、北部地方一帯を占領。さらには、先日この南部地方にも大規模な空挺攻撃を仕掛け、南部の主要都市やスタントール軍の軍事基地に大損害を与えていた。

 これらの現実が、ダニーク人に「希望」を与えたのだ。

 自分たちの手で、自分たちの国を手に入れる。

 今がまさに、その時だと。


 そんなダニーク人の「希望」は、スタントール人の「恐怖」である。

 その「恐怖」は一部の臆病なスタントール人を中心に、伝染病のように広まっていた。


 ゲイルはトラックを降り、高台からオラン市を望む。

 街は恐慌状態に陥っていた。

 警察のサイレンと銃撃音、人々の悲鳴と怒号、そして街中から煙が立ち昇っていた。

 街に降下したイェルレイム軍共和国空挺兵団の部隊と、市を守るスタントール人武装警察が市内各地で激しい戦闘を繰り広げ、民間人は逃げ惑うばかりだった。


 この狂乱の戦場に、これからダニーク革命軍は殴り込みをかける。

 もはや小細工は無しだ。正面から車両部隊で突っ込み、一気に市の主要施設を制圧する。

 市中心部を掌握すればこの街は彼らのものだ。

 県警本部を占拠し、命令系統を寸断出来れば、武装警察を各個撃破するのは容易い。

 それに、共和国の連中はまだダニーク人が味方だと思っている。

 補給物資が限られ、地の利も無い彼らを殲滅するのは、さらに簡単なことだ。

 今日の未明、真夜中にティアレ市郊外に降下した共和国軍空挺兵団の一個中隊が全滅したことは、まだ仲間の前線部隊までには情報が行き渡っていなかった。今頃、共和国の司令部連中が、ティアレ市攻略部隊と連絡がつかないことを訝し始めたくらいだろう。

 既に、「共和国関係者」ことイェルレイムのスパイ・ミスターDの手下で、ダニーク革命軍を密かに監視していた工作員は、新たなダニーク支援国「人民共和国」の工作員が事前に始末してくれた。


 もはや、ゲイル……いや、ダニーク民族の悲願を邪魔する者はいない。

 あとは革命の「第一段階」を完了させるだけ。

 このオラン市を攻略し、オーレン県全体を完全に制圧する。

 そして、「第二段階」へと移行する。


「同志ベルカセム。始めましょう。」


 少女の声が聞こえた。

 ゲイルは声の方を振り返る。褐色肌の美少女がそこに居た。

 ゲイルの長女サーラだ。


「あぁ、そうだな……サーラ。」


 ゲイルは「サーラ」と答えた。

 今、周囲に他の戦士はいない。

 皆、トラックの荷台で各々の装備の最終点検を行い、戦意を高揚させている。

 つまり、「公の場」では無いということだ。


「……父さん、やろう。今の私たちなら、出来る。」

「さぁ、始めよう……この街を母さんたちが気に入ると良いんだが。」


 愛する娘に笑みを見せるゲイル。

 それに笑顔をもって返すサーラ。

 2人は頷き合い、トラックに戻った。


 サーラは父が運転するトラックの助手席で、1ヶ月前のティアレの戦いで倒した白人武装警察隊員から奪った武装警察仕様の自動小銃を点検する。

 この1ヶ月の間、サーラはひたすら鍛錬を重ねた。

 己の肉体を苛め抜き、周囲が驚くほど身体能力を向上させた。

 日付が変わった深夜、土足でファーンデディアに降りてきた屈強な共和国空挺兵団の軍人を瞬時に射殺した拳銃捌きは、鍛錬の成果の一つであった。

 今では、この自動小銃も自分の身体の一部のように扱える。

 だが、不満が無い訳ではない。

 この銃は構造が繊細で、常に良質な整備が求められる。

 少しでも劣悪な環境下で使用または放置すれば、すぐに機嫌を損ねてしまう。

 聡明なサーラは数日で整備のやり方をマスターしたが、肝心な時に弾詰まりを起こしかねないこの小銃に、あまり愛着は沸かなかった。

 それよりも確実に動作して信頼を置くのが、父から貰った共和国製の銀色に輝く小型自動拳銃だ。

 この銃で、もう何人も殺してきた。

 白人警官や共和国軍人、それにスタントール人の女子供、革命に不要だと判断した同胞も……



 まだ足りない。

 ナシカの弔いには、到底足りない。

 もっと殺さなければ。

 私たちの国を手に入れる為には、もっと死体を積み上げなければ。



 惨殺された最愛の妹ナシカへの誓いを再度胸に刻む。

 

 ダニーク人革命戦士を満載したトラックは、狂騒曲を奏でるオラン市に突入した。

 そこかしこで銃撃戦が巻き起こり、民間人やスタントール人警官、共和国軍兵士の死体があちこちに転がっている。市民は完全にパニック状態で、デタラメに逃げ回っていた。

 スーツ姿のサラリーマンが突然道路に飛び出し、ゲイルの運転するトラックに轢かれて即死した。

 法定速度を大幅に超過して市内を爆走するトラックの一団に、戦闘中の武装警察や共和国軍兵士は気付かない。

 トラックはオラン市中心部手前で二手に別れた。

 ゲイルの運転するトラックを中心とした本隊は県警本部に突入。

 革命軍筆頭幹部の一人、大男のラルビが指揮する支隊は市役所の制圧に向かう。

 県警本部の周りには武装警察の装甲バスやパトカーによってバリケードが設けられ、完全武装した所轄警官や武装警察隊員によって厳重に守られていた。

 しかし、ゲイルは一切躊躇しなかった。さらにアクセルを踏み込み加速する。

 サーラも助手席から自動小銃を構える。

 バリケードを構成する装甲バスの機関銃座に座る武装警察隊員の頭部を狙う。

 

 フロントガラスごしに単発射撃。


 5.56mm弾は狙いを外さず、警官の頭部をケブラー製ヘルメットごと撃ち抜いた。

 即死である。


 バリケードの警官が異常に速度を上げて接近するトラックに気付いた時には遅かった。

 トラックはパトカーを弾き飛ばし、バリケードを突破。所轄警官数名を吹き飛ばした。

 幌で覆われた荷台に乗る「革命親衛隊」のダニーク人戦士の男女らが、後ろの開口部から身を乗り出して周囲の警官に銃撃を加える。

 そのゲイルに後続のトラック数台も続く。

 最後尾のトラックがバリケードを突破してすぐ停車し、ダニーク戦士の一団が降車。

 バリケードを守る僅かな生き残りの警官を迅速に射殺し、これを確保した。


 オーレン県県警本部の建物はもう目の前だ。

 鉄筋コンクリート造8階建ての横に長い威圧的な建造物。

 建物入口正面はロータリーとなっており、市内各所の戦闘場所へ、応援として出動しようとしていた警官やパトカーでごった返していた。

 ゲイルは踏み抜かんばかりにアクセルを踏み、そんなパトカーや警官の群れを弾き飛ばしながら県警本部入口に突っ込んだ。

 入口の自動ドアのガラスが粉々になり、入口付近のロビーで手当てを受けていた警官や避難してきた民間人を容赦なく轢殺した。

 トラックはロビーを突っ切り、その奥のエレベーターの手前で停車。

 荷台からダニーク人戦士が次々と飛び降り、辺り構わず銃撃を開始した。

 銃声と怒号に悲鳴……混乱の極みと化した県警本部。

 その場にいた警官たちは状況をよく理解できないまま、一人また一人と撃ち倒されていった。


 サーラとゲイルもトラックを降り、銃撃を始める。

 ゲイルは共和国製短機関銃を、サーラは王国製自動小銃を構え、武器を持った警官を優先して射殺する。

 ロビーは粗方制圧出来た。

 残っているのは戦闘能力の無い負傷者か民間人ばかりだ。

 誰もが身を屈め、頭を両手で覆い恐怖で震えていた。

 外でも勝敗は決しようとしていた。

 後続のトラックに乗った仲間の戦士たちによって、県警本部前の警官たちは倒されていた。

 こちらの損害はほとんど無い。

 ゲイルは肩に取り付けた小型無線機で仲間たちに指示を送る。


「入口は制圧!館内を掃討するぞ!主力は俺に続け!次の目標は3階の県警指令センターだ!」

『はっ!!同志ベルカセム!!』


 館内の間取りは頭に叩き込んである。

 ロビー奥の階段を駆け上がるゲイルとサーラ。

 それに「革命親衛隊」のダニーク革命軍精鋭部隊が続く。

 

 館内でも戦闘は続く。

 3階に向かおうと階段を上がるゲイルたちに、武装警察の隊員が2階の踊り場から銃撃してきた。

 サーラが反撃する。


 立て続けに三発発射。


 頭部と胸に銃弾を受けた武装警察隊員は、階段から転げ落ち絶命した。


 3階に到着。ベルカセム親子は、廊下に居た警官数名を立て続けに射殺。

 直後、廊下を一気に駆け抜け、「オーレン県警察本部指令管制室」と書かれた表札が付いた観音開きの鉄製扉をゲイルが蹴破る。

 指令センターにはまだ多くのオペレーターや県警幹部がいた。

 混乱の極みにあるオラン市を、何とか救おうと戦っていた。

 しかし、ここまでである。

 ゲイルはセンターに飛び込むと、センターを一望する1段高い位置にあるガラス張りの指令室に向け、短機関銃の一斉射を浴びせた。ガラスはすぐに粉々になり、指令室から混迷を極める市内の戦況を統制できず、怒りと焦りから部下たちへ怒鳴り散らしながら指示を飛ばしていた県警本部長の男を射殺した。

 本部長の男は、自分が死んだことに気付く間も無く物言わぬ骸となって倒れた。

 サーラもそれに続く。

 自動小銃を構え、オペレーターの男女に向け、正確な銃撃を加える。


 フルオート射撃。


 サーラは銃の反動を完全に制御し、一斉射で6名も射殺した。

 指令センターは大混乱となった。

 オペレーターたちは机の下に潜り込むか、立ち上がってその場を離れようとする。

 それにダニーク人戦士たちが容赦なく銃弾や手榴弾を叩き込む。

 たちまちオーレン県県警本部の「脳」は機能を停止。指令センターは血の海と化した。

 

 ゲイルの小型無線に他の小隊からも報告が入る。

 どうやら、県警本部の建物全体の制圧に成功したようだ。

 センターでも、生き残った僅かな警官たちが、銃を捨てて両手を上げ、投降してきた。


 勝利だ。

 彼らダニーク革命軍は、僅か1時間足らずで人口15万人を抱える中規模都市の警察本部を見事占領したのだ。

 しかも、ほとんど損害無し。

 ロビーに戻ったゲイルが部隊の状況を確認したところ、攻撃部隊120名の内、戦死者ゼロ、負傷者18名が出たのみ。

 しかも負傷者全員軽傷だ。

 圧勝と言っても過言ではなかった。


 直後、市役所の制圧に向かったラルビからゲイルに通信が入る。


『こちらラルビ。ゲイル、そっちの状況は?』

「ラルビ、こちらゲイル。県警本部は制圧完了。繰り返す制圧完了だ。」

『やったな!ゲイル!……それで、悪いが市役所まで来れるか?』

「なにがあった、ラルビ。」

『市長がどうしてもお前と話したいそうだ。

 市役所も制圧済みだから、そっちが落ち着いたらこちらに来てくれ。

 ラルビ、通信終了。』


 ゲイルは訝しんだ。


 なぜ、オラン市の市長が自分と話をしたいというのだろうか。

 こちらはもはやスタントール人と語る言葉など無いというのに。


「同志ベルカセム。今のは?」


 サーラは父に伺いを立てる。

 その表情から何かあったか気になったからだ。


「この街の市長が俺と話したいそうだ。

 兎も角、市役所はすぐ近くだ。行ってみよう。

 ここは同志ナリータに任せることにする。」

「わかりました。同志ベルカセム。」


 サーラは、頼れる野戦指揮官の逞しい褐色美女ナリータに事後を託す旨の無線通信を入れ、父である革命指導者に同行して市役所を目指す。


 県警本部前で鹵獲したパトカーに乗り込み、市役所へ走る。

 本部前のロータリーには、降伏した白人警官や民間人が一塊にまとめられ、数名の短機関銃や自動小銃で武装した褐色肌の戦士たちの監視下に置かれていた。


 市役所まで車で数分の距離だ。


 鉄骨造6階建ての、何の飾り気も無い武骨なコンクリートビル。

 入口に「ようこそ、オラン市へ」と大陸共通語で書かれた看板が立っているだけ。

 その脇には、本来ならオーレン県の県章とノルトスタントール連合王国の国旗が並んで掲げられた2本のポールがあるが、今はそのどちらの旗も引きずり降ろされ、傍でゴミと一緒に燃やされていた。

 市役所一帯は完全にダニーク人戦士によって制圧済みだ。

 何体もの所轄警官と共和国軍兵士の死体が転がっている。

 ここで激しく攻防戦を繰り広げていた彼らは、自分たちの身に何が起こったかわからないまま、横から奇襲してきたダニーク人らによって一方的に殺害されていた。

 

 正面玄関にパトカーで乗り付けたベルカセム親子を、戦士らが出迎える。


「同志ベルカセム。市役所攻撃部隊、損害ありません。」

「ありがとう同志、ご苦労様。指揮官の同志ラルビはどこだ?」

「隊長なら市長室で同志をお待ちです。こちらへ。」


 若いダニーク人の男性がキビキビとした足取りでゲイルとサーラを案内する。

 館内に戦闘の後は無い。

 市役所の職員たちの姿は無く、聞けば全員別棟の大会議室に収容してあるそうだ。

 抵抗は全くなかったとのこと。

 それだけではない。仲間であり、彼らスタントール人自身を守ってくれる存在であるはずの所轄警官や武装警察隊員の姿も館内には無く、どうやら戦闘で負傷した者の施設内への受け入れすら拒否していたようだ。


 なにか妙だ。


 ゲイルは言い知れない気持ち悪さを感じた。

 それはサーラも同様である。

 県警本部がいとも簡単に陥落したのも、今思い起こせば少し違和感がある。

 それは、明らかに警察と自治体の連携が取れていなかったからだ。

 そのせいでオラン市の警察は無用の混乱をきたし、共和国軍空挺部隊の攻撃に対処しきれず、ダニーク人らの奇襲を察知することさえ出来なかった。


 市長室の前に立つ褐色肌の男女がベルカセム親子に向かって一礼し、扉を開けた。

 扉の向こうには、高価な調度品で飾られた執務室の中央に据えられた市長机に座る、笑みを浮かべた50代前半くらいの女性市長と、その傍で油断なく拳銃を手に持ったラルビがいた。


「ゲイル、すまない。わざわざ来てもらって。」


 ラルビが革命指導者にご足労願った不明を詫びる。


「いや、いいんだ。それより、彼女か?俺に話があるというのは?」


 すると女性市長は椅子から立ち上がり、満面の笑みのままゲイルに深々と頭を下げた。


「あなたがダニーク人武装勢力のリーダーですね。

 はじめまして。私はこの自然美しいオラン市の市長で、博愛と平和を貴ぶ労働者の味方、スタントール人民主義者党選出の……」

「自己紹介は結構。用件はなんだ?」


 ゲイルは長々と自己紹介を始めた市長を遮った。

 オラン市市長は笑顔のまま、不快感を押し殺して言葉を続ける。


「私が求めるのはズバリ話し合いです!互いを殺し合うなんて赤道の獣人だって出来ること。私たちは文明人として、まずは話し合いを行うべきなのです!」


 話し合い?この女は何を言っているのか?


「今更我々ダニークがお前たちスタントール人と話し合いことなどない。

 それを求めた我々を、お前たちは警棒と銃弾で叩き潰した。

 今度は我々が叩き潰す番だ。」

「なんと愚かなことでしょう!

 暴力を受けたからと言って暴力で返すのは文明人のすることではありません!

 相手が銃を手にしてやってきたら、こちらは笑顔と花束を持って出迎えるべきなのです!

 そうすれば、争いは起こりません!」


 次第にオラン市の女市長の声は大きくなり、荒々しく身振り手振りを繰り返している。

 ややヒステリーを起こしていると言ってもいいだろう。

 それに、ゲイルにはようやくこの女市長の正体が分かってきた。

 この街が、なぜこうも極度に混乱してしまったのかも。


「ところで、あなたはこの自然あふれる美しい街に忌まわしい王国軍がいないことに疑問を持ちませんでしたか?」


 意味不明な持論を展開していた女市長が突然ゲイルに問いを投げかけた。


「オーレン県はファーンデディア大半島のほぼ南端に位置し、周囲には海しかなく、敵性国家が存在しないからだ。」


 ゲイルはさも当然のように即答した。

 周囲に敵対国家や武装勢力が存在しないのなら、わざわざ貴重な兵力を割く必要はない。

 どの国であろうと、地政学的リスクの無いところに、国のリソースを消費してまで強力な防衛戦力を置いたりしない。

 少し考えれば誰でもわかることだ。

 故に、ゲイルはここオーレン県を武装蜂起の発起点に選んだわけだ。

 しかし、ここでも女市長は持論を展開する。


「いいえ、違います!これは、平和を求めるオラン市民の努力の結晶なのです!

 軍隊があるから戦争が生まれるのです。なので、我がオラン市は“非武装平和都市宣言”を行い、一昨年、市内に存在した軍の基地を撤収させることに成功したのです!

 素晴らしいとは思いませんか?この街には軍隊がいない。だから、あなた方も武器を持ってやってくる必要は無かったのです!」


 なるほど、意味不明だ。

 この女の言っていることは「鍵をかけるから家に泥棒が入るのだから、鍵をかけなければ良い」ということと同じだ。

 サーラやラルビには、この女市長の主張していることが全くわからなかった。

 しかし、ゲイルの脳裏には苦い記憶が呼び起こされていた。

 かつて、サーラが生まれる前、とある港湾都市で行った初期の「ダニーク自由民権運動」の顛末を。


「……昔、私がお前たちスタントール人に我々ダニーク人の苦境と権利拡大を平和的に訴えた時、お前たち“スタントール人左派”が何をしたか知っているか?」

「なんのことですか?」

「さっき言ったことだ。話し合いを求めた我々を、当局が弾圧に乗り出すことになった直接の原因だ。」

「それは一部の愚かな同胞たち……右派のレイシストの仕業であり、私たちスタントール人民主義者党は……」

「私たちの活動を大幅な脚色を加えて当局に通報したのは、他ならぬお前らスタントール人民主義者党の連中だ!」


 ゲイルは、尚も抗弁を繰り返す女市長を怒声をもって遮った。


「お前たちは到底実現不可能な理想論を語るだけで、何ら具体的な行動を示さず、ただ自分たちの「実績作り」の為だけに我々を利用し、最終的には我々の本気を知ったお前たちは、自身の既得権益が侵されることを恐れ、裏切った!まだ面と向かって我々を罵倒し、蔑む連中のほうがマシだ!平和ばかりを語る偽善者共め!お前たちもまた、打倒すべき敵に過ぎない!」

「そ、それは……い、違法な活動をしてたあなた方に問題が……」

「パンフレットを刷り、定期的に会合を開いて地元政治家に陳情書を出していただけの活動のどこに違法性がある?」

「わ、私は今の話をしているの!話をすり替えないで!」

「……もういい。私は痛いほどよく知っている。お前たちスタントール人は、右も左も我々ダニークのことを根本から見下し、蔑んでいる。話し合いの余地は既に無い。」


 ゲイルは話し合いの打ち切りを宣言した。

 なおも自称「平和主義者」の女市長は食い下がろうとする。


「待ちなさい!話し合いで解決できないことは無いのです!それを打ち切ろうとするあなたは、自身が野蛮人だと証明しているようなもので、私は文明人として」

「なら、話し合いとやらでこの銃弾を止めてみろ!スタトリアのアバズレ女!!」


 珍しく怒り心頭したゲイルは、素早い動作で大型自動拳銃をホルスターから抜くと、女市長の頭に銃口を向け、容赦なく発砲した。


 雷鳴のような銃声が市役所に響く。


 残念ながら「話し合い」でゲイルの放った.44マグナム弾を止めることは出来なかったようだ。

 平和を愛する人民主義者の女市長の後頭部は花の花弁のように開き、平和と博愛で満たされた脳細胞を辺り一面に撒き散らした。

 オラン市を無防備にし、結果として大勢の市民を危険にさらした張本人は、その罪を問われること無くこの世を去った。


「同志……」

「おい、ゲイル……」


 サーラが父を気遣う。

 ラルビも動揺していた。あの温和で冷静なゲイルが強い怒りを見せたからだ。


「……すまない2人とも。みっともないところを見せてしまったか……

 ともあれ、時間を無駄にした。すぐさま市内の掃討に移ろう。

 全てのスタントール人警官と共和国軍を排除しなければな。」


 ゲイルは微笑みを浮かべて2人を見た。

 そんな父を見て、サーラはその覚悟を改めて知った。



 やはりスタントール人は全て排除しなければ。

 奴らは敵。スタントール人に私たちの味方はいない。全て敵だ。

 このファーンデディアから一人残らず始末する。

 必ず!


 

 褐色肌の美少女は、心の中で革命への誓いを新たなものとした。

 その緋色の瞳は輝きを増し、決意に満ち溢れていた。


 一方のラルビは親友の交渉の余地無き断固とした態度に、ほんのわずかな疑念を抱いた。



 本当に一人残らずスタントール人を排除する気なのだろうか?

 どこかで連中と交渉しなければ、本当の意味での独立は成し得ないのでは?

 ……いや、やめよう。今はとにかく、ゲイルを信じてこの革命をやり遂げねば……



 褐色肌の大男は、親友であり指導者であるゲイルへの疑念を押し潰し、大義を優先することとした。


 その後行われたオラン市掃討戦は、完全にダニーク人戦士たちのワンサイドゲームとなった。

 指揮系統を失ったスタントール人警官らは各個撃破され、生き残った者も相次いで投降。

 共和国空挺兵団も、味方だと思っていたダニーク人たちに銃撃され極度に混乱。

 それに加え、「人民共和国」の工作員による広域妨害電波によって友軍部隊との連絡が遮断されたことが追い打ちとなり、瞬く間に殲滅された。

 ゲイル率いる「ダニーク革命軍」の活躍はさらにダニーク人の間に広がり、時を追うごとに賛同者は激増していく。

 

 ここに、ダニーク人民革命の「第一段階」は終了した。

※この後書きは本編とほとんど関係ありません※


【新暦1924年10月15日(アーガン人民暦146年10月15日)付

       人民時事環報社(アーガン人民共和国国策メディア企業)発行

        戦時特別報道雑誌「労働者の戦い」 国際特集記事より抜粋】

●全世界労働者の大決起!広がりゆく人民革命の波!●

 労働人民の世界的団結は、確実に広がっている!

 既に全ての労働人民同志諸君は、我ら人民共和国が王制主義者へ与えた大打撃のことはご存じだろう。

 我らが偉大なる人民指導者にして迷えるプロレタリアート全ての道標、世界人民希望の星にして百戦無敗の大元帥である同志キムケグァン書記長の一大決心によって始まった大戦は、人民軍戦士らの不断の闘争により、向かうところ敵なしの状態である。

 そんな人民軍の大勝利に、今や全世界の労働者たちが触発され、唾棄すべき王制主義者と奴らに群がるブルジョワジー共への聖なる人民の戦いを巻き起こしている。

 今回はその一つ。強権的専制君主国家・ノルトスタントール連合王国が支配するファーンデディア大半島にて、現地労働者たちが武器を手に取り立ち上がった様を、全ての同志人民労働者にお伝えしよう!

 彼らは、かねてより我らが偉大なる(中略)キムケグァン書記長の指導を受けており、満を持して武器を手に取り立ち上がったのだ。驚くべきことに、彼の地で人民革命が始まってまだ1ヶ月半程しか経っていないにもかかわらず、彼ら現地住民ダニーク人労働者を中心とした革命軍は、既にファーンデディア州の南部地域一帯を解放し、州内全ての労働者がその革命に賛同しているのだ!

(詳細な解放区の場所・現地革命軍の勢力は別紙の通り)

 これこそまさに、我らが偉大(中略)キムケグァン書記長の海をも超える神算鬼謀!

 さらに言えば、彼ら現地労働者の団結を強固なものとしているのは、我らが人民軍の大いなる奮戦の賜物である!現地の労働者たちは、皆声を揃えて我らが人民軍の勇猛さを讃え、人民主義の大義と我らが(中略)キムケグァン書記長の偉大さに打ち震えているのである!世界人民革命達成の為、如何に世界人民が団結しているか、これでお分かりになることだろう!

 今こそ、全ての労働者が我らが(中略)キムケグァン書記長の指導を仰ぎ、世界人民革命を達成しなければならないのだ!


(後略)

 

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