表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第八章  戦火再燃のファーンデディア
63/63

62.  カスバの戦い 後編(執筆中)2025.12.29一部更新

……またしても壮絶なエタり期間が出来てしまい、本当に申し訳ございません……

……細々と続きを書いていきます……

また、前話同様に前書きが非常に長いですが、ご容赦いただければ幸いです。


 透き通るような蒼天に点在する複数の雲が、絵画の如き美しさを描く空の下。

 遥かな大海原を眼下に望む岬に、小ぶりな木造住居が建っている。

 岬の家には海を一望できるテラスが備わっており、そこに置かれた木製椅子に光り輝く黄金の髪を靡かせた絶世の美女が座っていた。

 彼女は金髪に「黒い瞳」を湛えた赤ん坊を愛おしそうに抱いており、日の光を受けて眩い輝きを返す海原を、自身の紺碧に澄んだ瞳を細めて眺めていた。

 

 彼女の名は、「大魔女」ヴァール。

 

 遥かいにしえの時代、稀代の大魔法使いとして「スタントール地方」の諸邦に混沌と破壊をもたらした結果、聖職者戦士バトルモンクの一団によって山奥に封印された後、近代に復活を遂げたものの「とある勇者」によって「滅ぼされた」人ならざる存在。

 だが、彼女を「滅ぼした」とされる勇者こそ、今、この大魔女が優しく抱いている幼い男児の父親である。

 ヴァールとその夫にして元王族……カスデル・ハピヒツブルッケ・シノーデル……は、互いの祖国・ノルトスタントール連合王国から遠く離れた異国の地……アペルダ同盟(後のアペルダ協商連合の中核国)で、慎ましい住居に小さな幸せを詰めた日々を過ごしていた。

 

「ヴァル、そこにいたのか。」


 金髪碧眼の美しい魔女の背後から、愛する夫の声がした。

 我が子を抱きながらゆっくりと椅子から立ち上がり、振り返るヴァール。

 テラスと室内を繋ぐ木製扉が開かれており、そこには愛用のボルトアクション式ライフル銃のスリングを右手に持った軍服姿の男の姿があった。


「デール……帰ったのね。」


 ヴァールは自身の幼子を魔導力で優しく包んで宙に浮かせた状態としながら、実に1か月振りに帰宅を果たしたアペルダ同盟軍傭兵隊長の30代男性に抱き付いた。

 新雪のように白く透き通った肌を湛える美顔に微笑みを浮かべ、まるで思春期の女子みたく紅潮する大魔女の愛妻を、黒い髪に黒目を持つ夫のカスデルが同じく笑顔で抱きしめながら、彼女の黄金色に輝き絹のように繊細で艶やかな頭髪をそっと撫でた。

 母の魔法でゆたゆたと宙を揺蕩う赤ん坊は、健やかな寝息を立てている。

 しばし、古の大魔女にして「王国簒奪」を企てた大犯罪者とスタントール王国ネクタス・シノーデル王室唯一の王子「だった」男という異色な経歴を有する夫婦の間に、幸せに満ちた静かな時間が流れる。


 だが、幸せな時間は永遠には続かない。

 突然、テラス出入口扉の上に吊るされた「魔導警鈴」が鳴り響き、予期せぬ「訪問者」の存在を知らせる。


 ヴァールは防犯上の理由で自宅周囲に結界を常時張り巡らせており、その結界ラインを「来客」が超えると、直ぐに家の各所に備え付けらえた警鈴が鳴る仕組みになっていた。

 尚、カスデルには「家族の証」としてヴァールの魔力が込められた特別な「結婚指輪」が渡されており、彼が結界内に入っても警鈴は作動しない。

 

「……誰だ?」


 カスデルは愛する妻から離れると、スリングを引っ張ってライフルを両手で構えた。

 ヴァールは宙に浮かせた我が子を、その魔導力を以ってすぐ近くの揺り籠の中へと滑り込ませた。

 生後間もない長男にかけていた変性魔法を解いて自身に魔力を集中し、「攻撃魔法」発動の準備として額に小さな魔法陣を発現させて速やかに戦闘態勢に入った。


「……デール、知り合いか?」


 ヴァールは夫の「来客」かもしれないと、念の為の確認として尋ねた。

 だが、既にライフルを構えて警戒態勢に入っているカスデルに当然心当たり無く、これを否定した。


「いや、誰も呼んでないし、ましてや盗賊のたぐいが俺を尾けてきたなら気配で気付く……

 ……ヴァル……ティムを見ててくれ、俺が相手をする。」


 愛する魔女の妻に息子のティムを託す旨を伝えつつ、カスデルはライフルの遊底を引きボルトオープンすると、腰の弾帯ベルトからクリップ止めされた5発の7.92mm小銃弾を取り出し、目にも止まらぬ速さで装填してボルトを戻し初弾を薬室に叩き込んだ。


「デール……何言ってるの?帰ってきたばかりじゃない……あなたこそティムをお願い。

 ……私が”歓迎”してやるわ。」


 しかし、ヴァールは戦地しょくばから帰ってきたばかりの夫の疲労を考慮し、カスデルに我が子を託してここは自身が「出迎える」と申し出た。

 有無を言わせぬ「圧」を伴った愛妻の言葉に、カスデルは止む無く応諾する。


「……わかった、ヴァル……頼んだ。」

「ふふふ、ちょっと行ってくるわ。

 ……せっかくデールが帰ってきたのに……夫との再会を邪魔するようなヤツは塵にしてやる。」

「おいおい、ヴァル……見境なくぶっ殺すんじゃないぞ?」

「ふふふ……」


 久方ぶりの夫との再会の時間を邪魔され、明らかな殺意のオーラを発し出したヴァールに、カスデルは苦笑いを浮かべながら窘めるも、愛する大魔女は笑いながら聞き流してしまう。

 テラスからキッチンとダイニングを兼ねた広間を抜け、玄関扉を開けるヴァール。

 するとそこには、黒いタキシードの正装で身を固めた若い白人男がいた。

 ちょうど玄関扉の目の前まで来ており、まさに扉をノックしようとしたタイミングであった。

 白人男の顔に、少しばかりの驚きが刻まれる。


「おっと、これはこれはご婦人……こんにちは。」


 若い男はそう言うと、頭上の黒色シルクハットを右手で取り胸元に当てながら深くお辞儀した。

 予想外の展開で、ヴァールの怒気が削がれてしまう。


「えっ?あ、はぁ……どうも。」


 つられて挨拶してしまう大魔女だったが、すぐに「誰何」する。


「で、誰、アンタ?こんな田舎の小さな家に何の用?」


 怒りを再燃させるヴァールに、タキシード姿の若い男は慇懃無礼な態度を隠さず応じる。


「……失礼をば……まず確認ですが、こちらのお宅はの有名なアペルダ同盟軍”レッドアロー”傭兵戦隊第3隊長、デール・ホルドレル殿のご自宅ではございませんか?

 もしそうであれば、是非ともご主人様に会わせていただきたい。」


 誰何したにも関わらず名乗らない若い白人男の態度に、ヴァールの語気が強まる。

 

「はぁ……どうもアンタは若いくせに耳が遠いようだから、もう一度だけ言ってあげるわ……

 貴様は何者だ!名を名乗れ、無礼者!!」


 大魔女の魔導力が発現し、玄関扉両脇に飾られた花瓶が音を立てて割れ、活けられていた花々が激しく燃え上がり禍々しい篝火となる。

 だが、タキシード男に動揺の素振りは一切見られない。

 むしろ「憎き魔女」の好戦的態度を受け、礼節を装った仮面を脱ぎ捨てて若い白人男もまた怒りを露わにした。


「全く……我らが王子を誘惑した薄汚い魔女アバズレめが……

 ……無礼は貴様だ!そこを退け!今すぐ殿下に会わせろ!!」

「王子?それに殿下だと?……ほう、さては貴様”ネクタス”の手の者か!

 上等だ!カスデルに会いたくば、妾を倒してみよ!ネクタスの小童こわっぱが!」


 タキシード男の発言で、その正体を見抜いたヴァールの怒声が轟く。

 一触即発の空気が流れる。

 尚、ヴァールの言った「ネクタス」とは、アペルダ同盟国から遠く東の果てにある「新興工業国家・ノルトスタントール連合王国」を構成する本国二大広域州の一角を成す「ネクタス広域州」のことで、他ならぬヴァールとカスデルの「生まれ故郷」である。

 先程のタキシード男の怒声が合図であったかのように、玄関から外界へ続く未舗装道路からスタントール製大型「蒸気スチームエンジン」トラックが出現し、トラックの荷台からゾロゾロと王国軍基幹歩兵小銃や今年正式採用されたばかりの木製ライフルストックを備えた短機関銃で武装した兵士たち、約20名が姿を現わした。

 その内、3名ほどの兵士は車輪付き大型水冷式重機関銃をトラックから下ろして味方兵士の後に続き、ヴァールとカスデル夫婦が住む小さな家の真正面、未舗装道路の真ん中に銃座を据えた。

 兵士たちは岬の一軒家を扇状に取り囲み、付近の木々や木箱、侵入防止柵などに身を隠して銃を構え、その銃口をヴァールに向ける。

 

 緊迫した静寂が一瞬だけ訪れる。


 タキシード男は、スッと胸に右手を入れてタキシード服で隠された左脇下のホルスターに忍ばせた小型リボルバー拳銃を取り出そうとする。

 だが、それをむざむざ許すほど歴戦の大魔女は優しくなかった。


「無礼者!!」

「うおっ!?」


 彼女の叫びと同時に放たれた魔導衝撃波の直撃を受け、タキシード男の身体は「くの字」に後ろへ吹っ飛び、玄関扉から数メートル離れた木製の侵入防止柵に激突。

 けたたましい破壊音を伴い、男の身体は柵を突き破り、そのまま仰向けに打ち倒された。


「デルバータ卿!!」


 すぐさま付近に展開中の配下兵士数名が、自分たちの「雇い主」の名を叫びながら若い白人男の元へ駆け寄り介抱する。

 だが怒り心頭のタキシード男……スタントール王国・ネクタス州大貴族「デルバータ家」の「次期」当主であるアルプレヒト・デルバータ……は、味方兵士らの手を払いのけて自らの足で力強く立ち上がると、直ちに命令を飛ばした。


「おのれぇっ!醜いアバズレめが!

 ……ボサッとするな!あのクソ忌々しい魔女を撃ち殺せ!!

 王子を奪還せよ!!」

「ハハッ!デルバータ卿!!」


 直後、兵士たちが各々の獲物のトリガーを引き絞る。

 たちまち激しい銃声が岬の小さな家に叩き付けられる。

 しかし古の大魔女は、自身が愛する家族と暮らす「幸せの城」をスタントール兵ごときが傷付けるなんぞ決して許さなかった。


「マナよ!魔女が命ずる!絶対の防壁となりて敵が矢尻と弾丸を防ぐべし!!

 ……極限城壁アンリアルウォール!」


 ヴァールは敵の交戦開始と全く同時に高速で魔法詠唱し、家全体を覆う程の一大魔導防壁を展開して襲い来たる敵弾の悉くを弾き返した。

 しかし、自身は防壁展開の為、身動きが出来ない状況に陥る。

 敵のスタントール兵もその状況を理解しており、間断無く攻撃することで魔女の「魔力切れ」を狙う。


「ソイツを寄越せ!」

 

 激怒するデルバータは、配下兵士を押しのけて水冷式重機関銃の銃座に付き、自ら機関銃の銃把を握る。


「くたばれ、魔女が!!」


 押し込み式トリガーボタンを両手親指で操作。


 フルオート射撃。


 一般歩兵の使用する小銃との互換性を考慮して7.92mm弾を使用するスタントール王国が世界に誇る「蒸気時代スチームパンク」最高傑作たる水冷式重機関銃の激しい銃撃が、豪雨が如き勢いで魔女の展開する魔導防壁に叩き付けられる。

 

「……おのれ、雑兵どもめ……」


 魔導防壁を展開する為に両手を前面に掲げた姿勢のまま身動き出来ないヴァールは、このままでは「ジリ貧」となることを理解していた。

 敵スタントール兵の攻撃は苛烈を極め、僅かでも魔導力を緩めてしまえば立ちどころに敵弾に身体を貫かれてしまうだろう。

 それ以上に、愛する家族が傷付く可能性を魔女は大いに危惧していた。

 故に、魔導防壁に掛けている魔力は少しも緩めることが出来ない。しかし、如何に「古の大魔女」と言えど魔力は無限には続かない。

 ふと道路に目をやれば、増援の「蒸気トラック」が姿を現わし、10名ほどの兵士たちが荷台から大量の弾薬箱を積み下ろして味方兵士に配っていた。

 デルバータの操る重機関銃にも直ちに追加弾薬が金属製弾帯ベルトで繋がれ、一切の間断無く銃撃を継続する。

 このままではいずれ「魔力切れ」で防壁が失われてしまうだろう。

 ヴァールの額を嫌な汗が一滴流れ、同じく額に輝いていた魔法陣の色彩が一段階色褪せ始めた。

 その時。


 発砲。


「ぐおっ!!」


 重機関銃のトリガーを押し込んでいたデルバータの右肩に銃弾が命中し、そのまま後ろに吹っ飛ぶように倒れる。

 たちまち機関銃は沈黙する。


「デルバータきょ……ぐわっ!!」


 機関銃の弾帯ベルトを持ち給弾補佐を行っていた若いスタントール兵の頭部に、7.92mmライフル弾がメリ込み、鉄製ヘルメットを弾き飛ばして盛大に脳漿と頭蓋の破片を伴った鮮血を異国の大地にバラ撒いた。


「いったい、何が起きぎゃっ!!」


 機関銃座の傍でライフル射撃中だった兵士が異変に気付くも、直後に顔面を撃ち抜かれて即死。

 さらに続けて2名の兵士が瞬く間に射殺された。

 

「敵の反撃だ!」

「何処から銃撃された!?周辺警戒!!」


 スタントール兵に動揺が広がる。

 「謎の敵」からの銃撃で「上官」が負傷し味方兵士4名が射殺された。

 その様子を真正面から見ていたヴァールも訝しがる。


「なんだ?」


 だが、彼女の疑問は直ぐに解消された。

 硝煙燻ぶるボルトアクション式ライフル銃を構えた「最愛の夫」が、防壁魔法を展開する自身の隣に進み出てきたからだ。


「デール!」


 魔女の顔に喜びが広がる。

 カスデルはライフルを構えながら、視線だけ隣の妻に向けつつ言った。


「ヴァル、遅れてすまない。ティムを地下貯蔵庫に避難させた。

 君はこのまま防壁を展開しておいてくれ。奴らは俺が片付ける。」

「わかったわ、デール……気を付けて!」


 妻に息子を家の中で最も安全な場所に移動させた旨を伝えながら、カスデルは「故郷の兵隊」と戦端を開いた。

 弾帯ベルトからクリップ留めライフル弾5発を取り出すと、目にも止まらぬ速さでリロード。

 ボルトを押し込み、初弾装填を完了する。

 

 連続発砲。


 コンマ数秒間隔という恐るべき速度でボルトアクションをこなしながらスタントール兵の命を刈り取る。

 彼らもまた、「謎の敵」の正体に気付き、同時に激しく動揺する。


「あ、あれは……殿下だ!」

「撃ってくるぞ!?反撃していいのか?」

「デルバータ卿!カスデル王子がこちらに攻撃を……うぐっ!!」


 スタントール兵は、自分たちの「保護対象」である人物が明確な殺意をもって「攻撃」してきたことで極度に混乱。

 指揮官たるデルバータに指示を仰ごうとするも、その間に次々と撃ち殺されてしまう。

 そのデルバータは、右肩を撃たれたショックで一時的に意識を飛ばしていた。

 

「クソッ!撃て、撃てぇっ!!仲間の仇討ちだ!!」

「畜生ッ!魔女に洗脳されやがったか!クソ王子め!」


 意識不明のデルバータを差し置いて、兵士の一部が暴走しカスデルに応戦する。

 だが、歴戦の傭兵隊長たる「元王子」の圧倒的戦闘技量に、当然敵わなかった。

 

「あぎゃっ!」

「うごっ!」

「ぐおっ!!」


 カスデルは冷徹に「同胞」を射殺していく。

 玄関を飛び出すと最寄りの木箱に身を隠しながらリロードして銃撃、迅速に場所を移動して木陰に潜みながら狙撃と、巧みに居場所を移しながら敵兵を翻弄して倒す。

 味方の殆どが殺され、残り4名にまで撃ち減らされたスタントール兵は恐慌状態に陥った。

 眼鏡をかけた若い兵士の一人が、短機関銃を投げ捨てて敵前逃亡する。


「ひ、ひぃいぃっ!!し、死にたくない!た、助け」


 発砲。


 カスデルは逃亡する兵士にも容赦しなかった。

 弾丸は正確に背中から心臓を撃ち抜き、ネクタス州出身の青年の命を奪った。

 これを見た残りの3名は、揃って銃を投げ捨てて「降伏」した。


「う、撃たないでください!こ、こ、降伏します!」

「もう無理だ!俺たちの敵う相手じゃない!……撃たないでくれ!」

「降伏します!で、殿下……どうかご慈悲を……」


 両手を上げて投降するスタントール兵に、カスデルは油断することなく銃口を向けながら言った。


「デルバータを起こせ。話がある。」


 カスデルが告げるなり、3名のスタントール兵は機関銃の傍らで仰向けに倒れるデルバータを抱き起こした。


「……い、いったい何が……うっ!」


 意識を取り戻し、右肩の激痛に苦悶の表情を浮かべながら混乱するデルバータ。

 左手で血が流れる右肩を押さえながら立ち上がると、目の前に「殿下」がいた。


「で、殿下……」

「よう、アール。久しぶりだな?

 最後に会った時は剣をまともに振るうことすら出来ないガキだったのに、随分とデカくなったな。」

 

 アルプレヒトの短縮愛称である「アール」と呼びながら、母親の側近である女騎士将軍の長男で「弟分」だった人間の「成長ぶり」に皮肉交じりのコメントを添える「元王子」。

 一方のアルプレヒト・デルバータは、ふと辺りを見回して自身の兵隊が悉く「射殺」されている様を見るなり、速やかに状況を理解した。


「……で、殿下……な、何故でありますか?

 なぜ、同胞の兵士を手にかけるような真似を?……ネタリア陛下が御覧になられたら悲しまれますぞ……」


 デルバータの言葉に、カスデルは眉を顰める。


「我が妻に無礼を働き、あまつさえ先に引き金を引いたのは誰だ?

 ……お袋は知らんが、オヤジなら俺と同じように戦うだろうよ。」


 吐き捨てるように言い放つカスデルに、デルバータは怒りを抑えつつ改めて「来訪目的」を告げた。


「で、殿下……と、ともかく、お迎えにあがりました……

 身分を偽り……と、遠く異国へ流れた殿下を探すのに、かなりの時間を費やしましたが……

 ……あなた様は魔女に洗脳されているのです……今すぐ、我々と共に本国へご帰還を……」


 これにカスデルは首を横に振り断固拒否した。


「断る。俺はヴァルに洗脳なんぞされておらん。自らの意思で故郷くにを捨てたのだ。

 お前らネクタスのクソ貴族共に踊らされ、キリシアの兄貴たちと権力争いさせられるのは真っ平ごめんだね。」


 カスデルは、自身の本音を隠すことなく伝えた。


……

 故郷のスタントールでは、カスデルの父にして「建国王」カズキ・シノーデルの「次代」を巡り、本国二大広域州のネクタスとフェターナの間で、水面下にて互いの王族を擁立せんと権力闘争が勃発していた。

 フェターナ王家……建国王となる前のカズキがフェターナ人「一般女性」エレナと結ばれ、二人の間に生まれた子供たちから成る王家……には長男・キリシアをはじめ3人の男児と5人の女児が存在し、王家の「安泰」は確実であった。

 一方、ネクタス王家……元ネクタス女王、ネタリア・ハピヒツブルッケとフェターナ国王となったカズキとの間に生まれた子供たちによる王家……には、男児はカスデル一人しかおらず、残りは女児3人を数えるのみ。

 現在のところ、「王国基幹工業地帯」と化したネクタス広域州側の反発を抑える為にネタリアの長女、カリーシアが「次期国王」にして「初代女王」となることが確定しているが、フェターナ高級貴族の間では「男子直系」となるキリシアを擁立する動きが尚も活発に続いている。


 男子直系。


 王位継承の「正統性」において、「男子直系」は非常に重要である。

 もし「女系継承」を認めた場合、他国の王族に嫁いだ王女が生んだ子供……他国の国王……が、スタントール王国の「王位継承権」を主張し「王国簒奪」の大義名分を手に入れる事が出来る上、逆に他国からスタントールへ嫁いできた王女から生まれた子供……スタントール国王や女王……が、母親の出身国の「王位継承」を主張出来てしまうのだ。

 現実世界でも、この「女系王位継承権」を利用・主張し、古代~近世にかけて世界中で血で血を洗う戦乱が度々発生している。

 一方で、「男子直系」であれば「王位継承権」の派生範囲は「限定的」となる。

 何故ならば、基本的に男子が他国の王族へ「嫁ぐ」ことが無いからだ。

 無論、「養子」に出されたり他国の王女を「娶る」ことはあるだろうが、「養子」に出された場合はスタントール王家から「離脱」となり、他国の王女を「娶った」としてもスタントール王家に留まるだけである。

 斯様に「男子直系」が持つ意味は大きいのだ。

 故にフェターナ貴族との権勢に押され気味なネクタス貴族、その筆頭に躍り出たデルバータ家は、自分たちの権勢を盤石なものとすべく、「ネクタス王家唯一の男子」たるカスデルの「王族復帰」を画策し、ついに「実力行使」に打って出たのである。

……


「……そ、そんな……」


 がっくりと項垂れるデルバータに、カスデルは尚も厳しく当たる。

 俯いたデルバータの胸倉を掴んで言い放つ。


「いいかアール、よく聞きやがれ。

 今日のところは、お前とそこの兵隊3人は生きて帰してやる。

 だがな……もし次に俺と俺の家族の前に現れやがったら……その時は絶対に殺す。

 いいな?わかったか!?」

「ひっ!……わ、わかりました……」


 カスデルの剣幕に気圧されるスタントール高級貴族の男。

 気付けば妻のヴァールがカスデルの直ぐ傍まで来ていた。

 ヴァールはデルバータに向けて右手をかざし、簡単な治癒魔法を唱える。

 すると、一瞬でデルバータが右肩に負った銃創は完治した。


「えっ?な、なにを……」


 困惑するデルバータに、ヴァールは冷徹な表情を向けて言った。


「デールが貴様を生かしてやる、と言った。

 帰国途中に死なれでもしたら困るからな。礼はいらんぞ?」

「ぐっ……」


 尊大な物言いの魔女に、デルバータは悔しさを滲ませる。

 カスデルは妻による若いネクタス貴族の男の治療が終わるなり、掴んでいた相手の胸倉を突き放すように離した。

 よろめき倒れそうになるデルバータを、スタントール兵らが受け止める。


「デ、デルバータ卿……」

「……くっ……おのれ……」


 怒りと挫折、それに悔しさが入り混じり顔を歪めるデルバータに、カスデルはトドメと言わんばかりに母国の「親族」へ向けた伝言を申し伝える。


「それと……ネクタスに帰ったら、ネタリア女王(おふくろ)カリーシア第一王女(ねえちゃん)に伝えろ。

 王族のカスデルは死んだ。息子で弟だった男は魔女と幸せに暮らしてる。

 ……だから、邪魔をするな!……とな。」

「あぁ……承知した……()()()()()()()()()殿()……」

 

 デルバータと生き残りのスタントール兵は、「傭兵隊長デール・ホルドレル」によって倒された同胞の死体や銃火器をそのままにして、2台のトラックに分乗し立ち去った。

 以後、「アペルダで傭兵に転身したカスデルの存在」はデルバータ家の「禁忌タブー」となり、やがて長い年月によって真偽不明の「伝説」と化した。

 

 その後、カスデルとヴァールは多くの子供を成して子孫は大いに繁栄したが、長男のティム・ホルドレル直系の「本家」ホルドレル一家は、やがて自分たちが「古の大魔女とスタントール王族の末裔」である事実すら忘れ、ティムから数世代後にアペルダの行商人となった。

 彼らは各国を渡り歩いた末、奇しくも「遠い先祖の母国」スタントールに行き付き、フェターナ広域州は「新興工業都市・オランドゥール」での事業に成功。そのまま移住した。

 

 ……一介の王国兵たるティーカ・ホルドレルは、その「本家・ホルドレル一家」最後の生き残りであり、「デルバータ家の伝説」と化した「カスデル王子直系子孫」であるが、本人はまだ、そのことを知らない……

 眩い陽光がコンクリート製の階段の先から差し込んでいた。

 午後の日差しが、まもなく地上に到達することを武装した複数の白人兵士たちに教えていた。

 彼らはノルトスタントール連合王国「ファーンデディア駐留軍」所属の兵隊。

 独立305機械化歩兵大隊……「ファーンデディアの精鋭」の呼び声高い精鋭部隊の一個中隊である。

 目下彼らの最重要任務は、「戦場」と化したファーンデディア州都・アディニア郊外のスラム街「カスバ」から、スタントール王国「フェターナ王家」現当主たるキリシア・シノーデルを脱出させることであった。


 キリシアは「姉」で「ネクタス王家当主」にして現スタントール女王、カリーシアⅡ世の命を受け、スタントール直轄領・ファーンデディア広域州の分離独立を標榜する現住亜人武装組織「ダニーク解放戦線」の最高指導者であるゲイル・ベルカセムの身柄拘束の為に当地を訪れていたが、予期せぬ「土着宗教原理主義者」らによる無差別自爆テロが発生し、カスバに取り残されていた。

 加えて「解放戦線最強の戦士」にして「王国最重要指名手配テロリスト」のサーラ・ベルカセムによる急襲を受け、あわや暗殺されそうになったところを、とある王国兵に助けられたのであった。

 その王国兵の名はティーカ・ホルドレル。

 フェターナ出身の金髪「黒目」の青年だが、その戦闘技量は極めて高く、王国軍特殊部隊の兵士ですら敵わなかったサーラをキリシアの目の前で撃退して見せた。

 スタントール軍の平文通信にもその名が出てくる程となり、この日一日で王族にも注目される「逸材」となっていたが、本人にはまだその自覚すらなかった。


「ようやく出口か?」


 地上を目指して進む王国軍兵士と王弟とその護衛一行の先頭を行く、鮮血のように紅い髪をした若い王国軍女性兵士……レシア……が忌々し気に呟いた。

 強力な分隊支援機関銃を構えた女野戦指揮官が、敵の存在を警戒しつつ慎重に進んだことで、地上への出口に辿り着くまでの間、王国側一行は一発の銃弾を放つことなくここまで来れた。

 歴戦の「タンクスレイヤー」でもあるレシアは、端麗な顔に豊満な胸部を誇る美女でありながらも、その兵士としての貫禄は一人前だ。

 決して慌てることなく、レシアは慎重にコンクリート階段を一歩づつ登る。

 それに配下の王国兵らが続き、王弟は彼らと自身直属のボディーガード、そしてティーカに守られながらレシアたちの後を追う。

 レシアが地上に「一番槍」を付け、直ちに周囲へ機関銃の銃口を鋭く向ける。

 敵であるダニーク兵らの姿は無く、遠くから散発的に銃声や爆発音が響くのみ。

 付近の安全を確認すると、レシアは後ろの味方へ「進め」のハンドサインを送った。

 ベテラン揃いの王国兵たちは速やかにレシアの周囲に展開し、後に続く王弟の為に防備を固める。

 程なくして、VIPことキリシアも日の当たる場所へ進み出た。

 午後の太陽が、美顔を湛える王弟に降り注ぐ。

 その直ぐ隣をティーカが固め、一分の油断なく王国製ブルパップ式自動小銃の銃口をスラム街の街並みへ指向する。


 敵影無し。


 武装したダニーク人は元よりこのカスバの住民たちの姿さえなく、一帯は遠くから響いてくる戦闘騒音を除けば、異様とも言える不気味な静けさに包まれていた。


「……」


 だが、ティーカは肌で感じていた。

 いくつもの「敵意ある視線」が自分たちを捉えている。

 その多くは、怯えて隠れ潜んでいるカスバの住民たちであろう。


「な、なぁ、ティーカ……なんか、静か過ぎないか?」


 ティーカの傍にいる金髪碧眼の白人青年兵……ティーカの親友にして名門貴族三男坊のアレンが、思わず耐え切れずに呟いた。

 それにティーカは軽く頷きながら親友に警戒を求める。


「あぁ、アレン……いつでも撃てるようにしておけ。」

「……了解だ、小隊長。」


 ティーカの言葉を受け、アレンもまたブルパップ式自動小銃の照星を睨みながら周囲を警戒する。

 すると指揮官のレシアが一同に「前進」のハンドサインを示し、予定されている味方ヘリボーン部隊の着陸地点ランディングポイント……旧カスバ地区州警察監視拠点……へ進み始めた。


……

 本来であれば、ヘリ部隊との合流地点は王弟らと合流したティーカたちの「出発地点」である「目標ポイントガンマ……ダニーク人民公会議カスバ議事堂」の直上となるが、解放戦線が新設した地下通路と既存の地上との接続階段の位置関係、並びに敵ダニークゲリラ兵や原理主義者武装兵ムジャヒディンとの会敵を警戒してメイン通路を可能な限り避けて遠回りした為に、どうしても数ブロックほど離れた場所で地上へと辿り着いた次第である。

……


 兵士たちは無言で慎重に歩を進め、1ブロック進む度に一旦立ち止まって周囲を再度確認・警戒する動作を繰り返す。


 張り詰めた緊張感。


 辺りで聞こえる物音は、兵士たちが進む際に発せられる装具が揺れる音と軍靴の足音だけ。

 

「……」


 ティーカも五感を研ぎ澄ませ、敵の存在を警戒する。

 そんな王国軍兵士たちが進むスラム街の狭隘道路を見下ろすバラック建物2階の一室。

 そこには数名のダナーラム原理主義者の戦士が潜んでおり、全員が目元以外の頭部を漆黒のターバンで覆っている。

 窓際で身を隠す男性戦士の1人が人民共和国製対戦車ロケットランチャーをゆっくりと構え、ランチャー先端に装着された弾頭を、眼下の憎き「異教徒」の兵士に向ける。

 直後、一時的に後ろを振り返り、無言で背後にいる味方戦士に「攻撃開始」を合図する。

 それを受けた褐色肌の狂信者戦士たちは、ランチャー発射時の後方噴射バックブラストを避ける為、一時的に部屋から退出した。

 ロケットランチャーのトリガーに緊張で汗ばんだ褐色の指が掛かる。


「……ダーナ、アクバル……神は偉大なり……」


 男性戦士は非常に小さな声で「神への祈り」を囁いた。

 その刹那、放たれる殺気。


 その刺すような鋭い一瞬の殺気を感じ取った若き黒い瞳の王国兵が叫ぶ。


「……ッ!敵だ!!」


 黒目の王国兵……ティーカはそう叫ぶなり、今まさにロケットランチャーを発射せんと窓から身を乗り出した敵兵に王国製ブルパップ式自動小銃の照準を合わせる。


 両者、全く同時に発砲。


 激しいバックブラストと発射炎の煙を纏い、スラム街のバラック小屋2階窓から地上の未舗装通路へと毎秒約120メートルの速度で飛来する対戦車成形炸薬弾と、ブルパップ式自動小銃の銃口から硝煙と共に放たれた毎秒約960メートルの音速を超えて突き進む5.56mmの完全被甲弾フルメタルジャケットが僅か数センチの距離で交差。


「ぐわっ!!」


 ティーカの放った5.56mmライフル弾は、正確に原理主義者戦士ムジャヒディンの男の額を貫き、ターバンと頭蓋骨を引き裂いて脳漿と鮮血をバラックの小部屋に撒き散らした。

 即死である。

 一方、ムジャヒディンが放った対戦車ロケット弾は地上で炸裂。

 しかし、ティーカの「警報」を受け、レシアはじめ王国兵たちは直ちにその場に伏せた為、王国軍側の被害はゼロであった。

 

 これが「戦闘開始」の合図となった。

 敵のロケット弾攻撃を避ける為、地に伏せていた王国兵たちが立ち上がる。

 次の瞬間。


「ダーナ、アクバールッ!!スタトリアに死を!!」


 味方対戦車兵が殺され、異教徒への激しい怒りを爆発させたムジャヒディンたちは、スラムの通路沿いにひしめく様に立ち並ぶバラックの窓という窓から人民共和国製自動小銃や協商連合製短機関銃などの各種銃火器を突き出して階下の王国兵へ向けて乱射。


会敵エネミーコンタクト!散開しろ、クソッタレ共!!

 ダニ虫をぶっ殺せ!!」

「了解!姐さん!!」


 部隊指揮官である屈強な紅髪女・レシアの短い指示が飛び、王国兵たちは直ちに戦闘へ突入した。

 通路沿いのバラック建築物の柱や据え置かれた廃棄物収集用コンテナ、あるいは敵ムジャヒディンが潜む建物向かい側のバラック1階部分の室内に飛び込むなどして各々適切にカバーしながら、敵の弾幕が弱まった瞬間を見逃さず応戦する。


「ティーカ!指示を!」


 「新兵小隊」副官を担うアレン・デルバータが、錆び付いた金属コンテナでカバーしながら「小隊指揮官」であるティーカに指示を乞う。

 尚、「開戦の合図」となった敵対戦車兵を射殺したティーカは、既に柱の陰に背を預けて適切にカバーしており、コンテナに潜むアレンと向き合う格好となっていた。

 ティーカの指示が飛ぶ。


「アレン!援護しろ!俺が向かいの建物に突入して敵を叩く!」

「了解!……新兵小隊!ティーカが突入する!合図で援護射撃!!」


 ティーカの指示を、アレンは背後で震えている新兵たちに伝達する。

 これに新兵らは恐怖と緊張で震えながらも力強く頷いた。


「り、了解!!」


 まるで豪雨のように、ムジャヒディンが放つ弾丸の雨がティーカが潜む柱やアレンたちがカバーしているコンテナを叩く。

 だが、永遠には続かない。

 ティーカたち新兵小隊に向け、銃口に備えられた二脚を窓庇に据えて人民共和国製軽機関銃をフルオート射撃していたムジャヒディンの弾倉が「空」となる。


「クソッ!」


 悪態を吐きながら、足元に置いておいた200発入りボックスマガジンを手に取りリロードするダニーク狂戦士。

 弾丸の雨が一時的に止んだ、次の瞬間。

 ティーカはアレンに頷きを一つ返すと、柱の陰から飛び出した。

 合図だ。アレンが叫ぶ。


「今だ!!ティーカを援護!向かいの建物2階!撃てっ!!」


 コンテナから身を乗り出したアレンはじめ新兵たちが、一斉に敵ゲリラが潜む通路対岸のバラック2階の窓へ向けて自動小銃をフルオートで撃ち放つ。

 味方の強力な援護射撃に助けられ、ティーカは敵弾を一発も受けることなく敵ゲリラの「攻撃点」となっている通路向かいのバラック1階部に辿り着き、駆け込んだ勢いそのままに粗末な玄関扉に体当たりした。

 錆び付いたアルミ製扉は、いともたやすくティーカのタックルで倒れ伏し、若き王国兵は敵拠点バラック室内への突入に成功。

 直ちに起き上がったティーカは、鋭く室内に銃口を向ける。


「ス、スタトリアだ!」


 動揺するムジャヒディンの姿があった。


 直後、発砲。


 薄暗いバラックの淀んだ空気を切り裂いた王国製5.56mmライフル弾が、まだ10代後半と若いダニーク戦士の命を刈り取る。

 正確に心臓を捉えたティーカのライフル弾により、ダニーク聖戦士は仰け反り倒れた。

 倒した敵兵の死体を跨ぎ、粗雑なトタン作りでテーブルと椅子程度しか調度品が存在しない質素な室内を素早く通り抜け、手作りの木製階段を駆け上り、敵兵が味方を撃ち下ろす2階へと突入する。

 先程、自身やアレンたち新兵小隊に弾丸の雨を降らせていた敵ムジャヒディンが居る子供部屋の傍に到達すると、開け放たれた木製扉の壁に背中を預けつつ慎重に室内を確認する。

 

「……チッ!クソが……くたばれ、スタトリアの悪魔め!」


 ようやく軽機関銃のリロードを終えた敵ダニークゲリラ兵が、アレンたちへの反撃応射を始めていた。

 結局彼は、背後に迫った「死」に気付かなかった。


 発砲。


 ティーカは、子供部屋の窓から階下の王国兵へ銃撃を加えていた敵ゲリラを射殺。

 弾丸は頭部を貫き、鮮血が子供の落書きに彩られた部屋の壁に死の紋様を刻み込む。


 次だ。


 隣の「両親の寝室」で協商連合製機関銃を乱射するゲリラにより、レシアたちが足止めを喰らっている。

 若き王国軍少尉は、なんら感情を抱くことなく淡々と戦闘を継続する。

 斯くして生起したカスバ市街戦は、さらに激しさを増していった。


……


 同じ頃。ティーカたち王国軍部隊とダナーラム聖戦士らが衝突する「戦場」から10ブロックほど離れたカスバ市内。

 輝く褐色肌に精悍な顔を湛えた解放戦線「最強」の女性戦士……サーラ・ベルカセム……が、重傷を負った解放戦線最高指導者を伴いながらスラムのメインストリートを進んでいた。

 普通乗用車であれば難なく行き交うことが出来るほどの幅員が設けられた未舗装道路。

 そこを2人の「ダニーク解放戦線関係者」が徒歩で移動中であった。

 サーラの目下最優先任務は、カスバ市外縁部防衛線にまもなく到着する味方機械化部隊との合流である。

 合流した味方部隊に負傷した「敬愛する指導者」を預け、解放戦線本部で待機している医者に治療してもらわなければならない。

 数分前から、そう遠くない場所で発生したと見られる戦闘騒音が響いている。

 サーラはレッドドットサイトを備えた人民共和国製自動小銃を構えつつ、慎重に無人のスラム街を進む。


「……ハァハァ……うっ!ゴホッ!ゴフッ!!」


 サーラのすぐ後ろに、解放戦線最高指導者にしてサーラの父親であるゲイル・ベルカセムが続いているが、護身用の自動拳銃を両手で保持するのがやっとの状態で足元もふらついており、時折、苦し気に血反吐を伴った咳を出す有様であった。

 最愛の父の斯様な姿に、サーラは心から不安と焦燥を覚え、ゲイルが咳き込む度に歩みを止めて様子を伺わざるを得なかった。


「……父さん……もう少しだから……さぁ、肩を……」


 サーラは美しい褐色の顔に悲しみの表情を浮かべ、父の介添えをしようと左手を伸ばす。


「だ、大丈夫だ、サーラ……ゴホッ!……こ、これ以上ゴホッ!……迷惑を掛けたくない。

 ……ハァハァ……ふぅー……すまない、このまま先導を続けてくれ。」


 だがゲイルは気丈にもこれを丁重に断り、何とか息を整えて微笑みを見せた。


「……わかったわ……でも、無理はしないで……お願い……」


 端から見てもゲイルが強がりを言っているだけなのは明白だが、サーラは父親の意を汲んで指示に従い、付近の戦闘騒音が激しさを増すカスバを進んだ。

 目的地であるカスバ市街外縁部まで、実際のところ約3kmほどの距離があり、負傷したゲイルには身体的負担が大きいと言わざるを得なかった。

 もしこの状態で「敵」と遭遇したら……ゲイルを守りながらの苦しい戦闘を強いられるだろう。

 それに、刻一刻とゲイルの命の灯は細く揺らいでいる。

 直ちに味方と合流しなければ。

 サーラの心が焦燥感に囚われる。

 すると、以前敵から奪った小型無線機に「敵王国側」の平文通信が飛んでくる。


『こちらダーティーハリー。ハンブルク1-5、応答願います。』

『こちらハンブルク1-5!現在、ダニグソゲリラと戦闘中!

 お前らクソッタレのヘリ部隊は何処を呑気に飛んでやがる!?

 さっさと来やがれ!!』


 「ダーティーハリー」を名乗った男性の声の背後ではヘリコプターと思われる飛行音が響いていた。

 バシルから報告のあった「キリシア救出用ヘリ部隊」であろう。

 一方の通信相手である「ハンブルク1-5」を名乗る粗野な言葉遣いの若い女の声は、サーラにとって宿敵とでも言うべき人物のソレであった。


「……レシア……」


 サーラの緋色の瞳が血走る。

 その「忌々しい声」を聴くだけで、激しい憎悪と殺意が沸き立ってくる。

 そんな褐色少女戦士を他所に、敵側の通信は続く。


『あと3分でポイントガンマ・州警察監視塔に到着する。こちらも断続的に地上から敵の銃撃を受けている。

 ハンブルク1-5には、ランディングポイントの安全確保を要請。』

『ふざけんじゃねぇ!!軟弱なキリシアのクソガキの御守りをしながらダニグソとパチッてんだぞ?

 テメーらで何とかしろ!』

『貴官は何を言って……ハァ……ダーティハリー、了解した……まもなく現地に……

 うん?なんだアレは?』


 レシアの暴言に半ば呆れ気味のヘリパイロットだったが、その通信中にカスバ上空の「異変」に気付いた。

 

『あ、あれは、ヘリか?なんだあの巨体は!?

 ……ダーティハリーよりビッグベアー。カスバ上空に未確認の巨大ヘリを視認。

 こ、こっちに向かって……うわっ』


 ヘリパイロットが「ビッグベアー」ことアディニア都市防衛局本部に、カスバ上空で確認した「未確認の巨大ヘリ」について照合しようとしたところで突如通信が途絶えた。

 直後、複数の爆発音が轟き、続けて同じく複数の航空機が地上に墜落する激しい騒音が響いてきた。


「なんだ?なにが起こった?」


 思わず通信機を握り締めながらも、「状況」が掴めず困惑するサーラ。

 背後のゲイルも同様だった。

 2人が空を見上げると、まさにその瞬間、「異変の正体」がその威容を見せつけるかのように激しいローター音を轟かせながら飛んで来た。


 全長50メートルを優に超す超巨大ティルトローター式重武装攻撃ヘリ。


 大型可変式回転翼エンジンを機体左右に2発づつの計4発も備え、胴体両側面に小型戦闘機クラスのウイングが生えており、そのウイングのハードポイントには大口径多連装ロケット弾発射器と短距離対空・対戦車ミサイルに加え、対軽装甲目標用と見られる8連装小型ミサイルポット等の多彩な兵装を装備。

 また機首は強化防弾ガラス使用の巨大タンデムコックピットで構成され、そのコックピット下部に赤外線自動追尾機能付き35mm4連装重機関砲をも備えていた。


 そしてなにより、深緑の迷彩模様が施された圧倒的な巨体側面には「真っ赤な星」が輝いている。 

 どうやら、この超巨大攻撃ヘリが王国側のヘリボーン部隊を瞬時に「一掃」したようだ。

 巨大ヘリの4発ティルトローターが奏でる「荘厳」とでも言うべき非常に重厚なローター音が、カスバを包むかのように轟き渡っている。


「あれは……なに?」


 その巨体を目の当たりにしたサーラは、呟くように言った。

 愛する娘の呟きに応えるかのように、同じく空を見上げて超巨大ヘリを目撃したゲイルが言う。


「あれは……アーガン人民共和国内務人民委員会……人民保安局の空中指揮管制ガンシップ……

 ……通称『アクィエラ』だ……」


 ゲイルは、その巨大ヘリの正体を知っていた。

 「アクィエラ」……アーガン人民共和国の「赤い貴族」こと「核心階級の核心」にして内務人民委員会を取り仕切る恐るべき一族……「アクラコン家」創始者の女の名を冠した、アーガン人民共和国が世界に誇る「工業傑作」にして超巨大重武装ヘリコプターである。

 現在の運用機数は全部で「2機」であり、この異世界において過去から現在まで存在したあらゆる回転翼式航空機の中で、圧倒的に最大かつ最強の機体だ。

 サーラは振り返り、愛する父に問う。

 

「父さん?アレを知ってるの?」 

「あぁ……だが、何故あの機体がファーンデディアの、しかもこのカスバに?」


 ゲイルにも分からないことがあった。

 「アクィエラ」はその名が示す通り、アーガン人民共和国の赤き高級貴族にして恐るべき「冷血姉妹」ことアクラコン家の専用機体であり、本来であれば人民共和国「絶対首都」カムラクに配備されている。

 それが何故、アーガンから遠く離れたこのファーンデディアの上空を飛んでいるのか、まるで見当が付かなかった。


 無理もない。

 ゲイルだけでなく、世界各国の政府要人でさえ、未だにアーガン本国で発生した一大政変……ザイツォン・ベタシゲン国家主席が、実質的な人民共和国最高権力者と化していたカレン・アクラコン率いる内務人民委員会と人民党組織を滅ぼし、共和国の全権を掌握せしめた「アーガン内戦」の事実を知らないでいた。

 この「アクィエラ」は、そんな内戦勃発の数か月前、内務人民委員会所属の超大型原子力潜水艦によってファーンデディアへと密かに運び込まれた「2機」の内の1機であり、この度、とある「重要作戦」を果たすべくカスバへ飛来したのである。

 そして、「アクィエラ」が帯びた「重要作戦」の内容とは……


 超巨大ヘリの機首に搭載された赤外線追跡センサーが、地上のサーラとゲイルを発見した。

 それまでサーラたちに側面を向けていた機体は、荘厳なローター音を響かせながら反転し正面を向いた。

 直後、サーラはヘリのパイロットから放たれた「殺気」を感じ取る。


「父さん!!危ない!!」

「うおっ!?」


 サーラは瞬時に行動した。

 ゲイルに飛び掛かると、そのまま直ぐ傍に建っているスラム街メインストリートに面した露店を兼ねた住居バラックの中へと飛び込んだ。


 次の瞬間。

 ヘリの左右両翼に備わったロケットポッドから、猛烈なロケット弾の一斉掃射が放たれる。


 つい10秒前までサーラとゲイルが居たメインストリートに、まるで路面を掘削せんが勢いで「鉄の嵐」が叩き付けられた。

 激しい爆風と煙が、一帯を覆う。

 サーラがゲイルと共に飛び込んだ露店の中まで、もうもうと立ち込める爆炎と土煙が襲い来る。


「ゴホッ!ゴホッ!!……サ、サーラ?いったい、何が起きた?」


 露店の床の上で仰向けに転がるゲイルは、若干混乱しているものの、愛娘のお陰で今しがたの攻撃により特段の負傷を負うことは無かった。

 サーラは、自身の頭や背中に降りかかった木片や土埃を払いながら、おもむろに立ち上がり少し動揺しつつも答える。


「さっきのヘリ……明確に私たちを狙って攻撃してきた……父さん……あれはアーガンの機体だけど、どうやら私たちの味方じゃないみたい。」


 サーラの言葉に、ゲイルも埃を払って立ち上がりながらしばし思案した後、「真実」に気が付いた。


「あ、あぁ……ゴホッ!…………ふむ……そうか、わかったぞ……

 ……同志アクラコン……いや、あの冷血女からしたら、もう私たち親子は”用済み”なんだ……

 恐らく……このアディニア攻勢の失敗も、私がラルビとアスリに拘束されて王弟がカスバまで出張ってきたのも……全て、アクラコンが仕組んだことだろう。」

「まさか……そんな……」


 サーラは驚愕したものの、薄々どこかで感づいていた。

……

 アーガン人民共和国がファーンデディアに誕生するであろう「新国家」として求めるのは、「対等な立場の共産圏同盟国たる独立ファーンデディア」ではなく「表向きには主権を認めるが実質的にはアーガンの傀儡である”人民共栄圏構成国家”ファーンデディア」である。

 当然、ゲイルとサーラたち「解放戦線主戦派」が目指すものは「完全独立国家」であり、何処かの国の「傀儡国家」では決してない。


 故に、アーガン人民共和国……特にカレン・アクラコンとしては、「主戦派」を主導するベルカセム親子が「邪魔」なのだ。


 そのため、カレンはこれまで、密かにサーラを抹殺せんと度々策謀を企てたが、それらはサーラ本人の与り知らないところで未遂に終わっていた。

 この為、ターゲットをゲイルに変更し、「解放戦線内の権力闘争に敗北」という形でアスリ・ラルビら「解放戦線和平派・人民主流派」……人民共和国の傀儡連中……に現地ファーンデディア独立勢力の権力を「移譲」させ、さらには「宿敵国家」であるスタントールの王族の一人であるキリシア王弟もまとめて抹殺しようと企てたのだ。

 それが、今回の一連の「事件」の真実であり、聡明なゲイル・ベルカセムはこれを看破したのだった。

……


 だが、その「謀略」に極めて大きな誤算が生じた。


 人民共和国傀儡の「ヘッド」となるべき2名が、共にサーラによって殺害されてしまい、さらにはゲイルが拘束の身から解き放たれてしまったのだ。

 加えてアーガン本国におけるカレン・アクラコンの権力喪失という異常事態まで発生し、もはや形振なりふり構っていられなくなった。

 その結果、本国から退避させたばかりの虎の子の「アクィエラ」を投入し、カスバごとベルカセム親子とキリシアを粉砕する暴挙に打って出たのである。

 


(執筆中)

(執筆中)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ