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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第八章  戦火再燃のファーンデディア
62/63

61.  カスバの戦い 中編

※壮絶にエタってしまい、本当に、本当に申し訳ございません!!

 ……思い悩んでいたストーリーの今後の展開がある程度決まってきたので、細々と続きを書いていこうと思います……


 新暦1930年1月某日……スタントール・ダニーク間「暫定停戦」失効の約2年前……


 青々と澄み渡る大空から夏の日差しが降り注ぐ中、金髪「黒目」の青年が親友の金髪碧眼の白人青年に連れられ、彼の「実家」へと辿り着く。

 そこは、もはや「城」と言っても過言ではない程の圧倒的威容を誇っていた。

 王国製ブルパップ式自動小銃で武装する「王国防衛烈士団」の戦闘員が詰める守衛小屋を備えた「蒸気時代スチームパンク様式」で装飾された格子状巨大両開き型門扉が、金属の擦れる鈍い音と共に厳かに開かれると、アスファルトで綺麗に舗装された幅広のアプローチ道路が現れる。

 その道路の先に、強化コンクリートを使用したRC造地上6階地下2階建て構造の「名門大貴族」本館屋敷が鎮座している。

 

 ここは、南半球最大の超工業大国……ノルトスタントール連合王国は「本国・二大広域州の一翼」ネクタス広域州。

 その州都・ネクタス市郊外の一等地に広がる閑静な高級住宅街の、ほぼ中心部に位置する「名門中の名門」大貴族・デルバータ家の巨大邸宅である。


「うわ……想像以上の大豪邸だな。」


 金髪に黒い瞳を湛えた青年……ティーカ・ホルドレルは思わず呟くと共に、「私服」で来たことを後悔した。

 その呟きを聞いた親友にして「デルバータ家当主の三男坊」であるアレン・デルバータは、やや照れ気味の笑顔を見せながら言った。


「アハハ……デカイだけで大したことないさ……さぁ、遠慮せず入ってくれ!」


……

 互いに王国幼年軍事学校の優秀な生徒であるティーカとアレンは、最初こそ険悪な仲だったが、王都フェリスを襲った「4.11同時テロ」という大事件に遭遇した際、ティーカがアレンはじめ複数の民間人を助け、さらに敵ゲリラ兵2名を倒す「大活躍」を見せたことがきっかけとなり、今では「軍学校同期」の親友同士である。

 そんな2人が通う幼年軍事学校では毎年、年末の夏時期には一般的な学校と比較すると短い日数ではあるものの所定の「休暇期間」が適切に設けられている。

 今回、その「年末夏休み」に際して、家族と実家を大戦で失い休暇中の予定も特に無いティーカを、アレンが自身の「帰省」へと誘ったのであった。

……


 アレンは大豪邸を前にして少しばかり委縮する「平民出身」の親友を引き連れ、徒歩で実家の門を通る。

 大貴族の御曹司とその親友で「4.11テロを戦った若き英雄」に、門番のデルバータ家私兵が見事な敬礼を示す。

 アプローチ道路の両側は手入れされた低木の植栽帯で彩られており、その植栽奥の芝生には「偉大なる古き王国」が長き歴史の中で世に産み出した「陸戦兵器」の数々が多数野外展示されている。

 入口付近から建国王・カズキ自らが率いた「王国砲兵隊」使用の前装式大口径野戦砲から始まり、「蒸気時代スチームパンク末期」に運用された小型蒸気陸上戦艦に「鋼鉄時代アイアンパンク後期」に誕生した菱形戦車、そして先の「三大陸大戦」で活躍した120mm滑腔砲搭載の「第2世代型」王国陸軍主力戦車がズラリと並び、加えて歴代の兵員装甲輸送車や歩兵戦闘車などの軍用装甲車両、高射砲・対戦車砲といった各種砲門等の大型軍事兵器が「万が一の場合は稼働可能」な状態で置かれていた。

 それはまさに、「家主」である熱狂的スタントール愛国主義者の「趣味趣向と財力・政治力」が遺憾なく反映された豪華な一大軍事展示物であった。

 軍事博物館を彷彿とさせる見事な新旧の兵器群に、思わずティーカが目を奪われつつ進んだ先に聳える屋敷の広大なアプローチに面した巨大なエントランスメイン扉の前では、数名の若いメイドを従えた老獪な執事の男性が待っていた。


「おかえりなさいませ、アレン坊ちゃま。

 それに、よくぞお越し下しました、ホルドレル殿。」


 執事の老人は温和な笑顔を湛えて深くお辞儀した。

 それに青年2人がそれぞれ反応を見せる。


「じいや!ただいま!」

「ありがとうございます……その、お邪魔します。」


 アレンは赤子の頃からよく知る老人執事に屈託ない満面の笑顔を見せ、ティーカは恐縮しながら頭を下げた。

 老人執事とお付きのメイドたちは、無駄のない丁寧な所作で2人を屋敷内へ招き入れた。


「アレン坊ちゃま……本日はご当主様もご在宅にございます。

 また、昼食のご準備も整っておりますので、まずは是非、ハインツ様へご挨拶を。」

「父上が?わかった、じいや。

 じゃあ、ティーカを紹介しなきゃだね!」


 執事の言葉にアレンは素直に応じ、親友の青年に視線を向ける。


「ティーカ。オヤジに紹介するよ、ついてきてくれ!」

 

 まるで「自慢の宝物」を早く親に見せびらかしたい少年のように、アレンはティーカの手を引き、執事とメイドを伴いながら小走りで屋敷の奥へ進む。


「お、おい、アレン……オヤジさんって、”あの”デルバータ卿か?」

「他にオレのオヤジはいないぜ?ティーカ。当たり前だろ!」


 親友に満面の笑みを見せるアレン。

 一方、しがない「平民」でしかないティーカは、テレビや新聞で見聞きした「ネクタス州の名門中の名門大貴族現当主」にして王国国民議会「極右」最大政党の「ネクタス・センチネル王国武装戦線」党首でもあるスタント―ル王国政財界の「超大物」……ハインツ・デルバータ本人といきなり「面会」することとなり、どうしても動揺を隠せなかった。

 屋敷の広大で瀟洒なエントランスを抜け、長い廊下の先にあるメインダイニングルームへ続く両開き扉を、執事の老人がノックする。


「ご当主様……アレン坊ちゃまがご親友と一緒にお帰りになられました。」

『うむ、入れ。』


 扉の向こうから「当主」の返事が返ってくると、老人執事は恭しく扉を開いた。

 大貴族本邸のメインダイニングは、優に30人以上がゆったり座って会食できるほどの広さを誇り、横長い長方形のダイニングテーブルの最上座には、逞しい筋肉を宿した金髪碧眼の中年男の「ご当主様」が座り、その左隣に同じく金髪碧眼の美しい妙齢の女性……アレンの母親である「デルバータ夫人」ことエリカ・デルバータが座っていた。


「アレン、おかえりなさい。お友達もつれてきたのね。」


 アレンの母が優しい笑みを見せながら三男坊の帰省を歓迎した。

 続けて「デルバータ卿」が頷きを返す。


「アレン、ご苦労……そして、君がホルドレル君かな?」


 デルバータの視線がティーカの瞳と交わる。

 まずはアレンが笑顔で両親に挨拶する。


「ただいま、父上、母上!

 紹介するよ、オレの自慢の親友……ティーカだ!」


 アレンからの紹介が済むと同時に、ティーカはラフな私服姿ながらもかかとを揃えて敬礼し発言した。


「……ティーカ・ホルドレルであります……

 その……この度は、王国が誇る大貴族たるデルバータ卿ご夫妻とお会いする得難い機会をいただき、深く天上の神に感謝を……」


 ティーカは、敬礼しながら儀礼的作法に則った「平民が貴族と相見あいまみえた時の感謝の言葉」をぎこちなく述べようとしたが、これをアレンが恥ずかしそうに遮った。


「や、やめろよ、ティーカ!そんなかしこまるなよ!

 ウチはそんな礼儀作法とか気にしないんだ!逆にコッチが恥ずかしくなる!

 それに……お前は、4.11テロの時の”叙勲者”だ!胸を張れって!」

「そ、そうなのか?」

 

 そんな息子と親友のやりとりに、デルバータ夫妻は揃って笑顔となった。


「ハハハッ!アレンの言う通りだ、ホルドレル君!

 作法なんぞ、一切気にしなくていい!4.11の時の活躍は、アレンや国家憲兵隊から聞いている!

 デルバータ家へようこそ!歓迎するぞ、若き王国兵よ。自分の家だと思ってくつろいでくれ!」

「あらあら、とても礼儀正しいのね!

 最初はどんな勇ましい兵隊さんが来るのかと思ってたけど……中々のイケメンさんじゃない?」


 アレンの両親の良い意味で「くだけた」反応に、ティーカは緊張が解れるのを感じた。

 老人執事が丁寧にアレンとティーカを「ご当主夫妻」の傍の席へ案内すると、程なくして笑顔のメイドたちが昼食を運んで来た。

 地元ネクタスの高級食材である「家畜ドラゴンの肉」を用いた厚切りベーコンを主菜とし、同じく家畜ドラゴンの肉厚ソーセージ、デルバータ家所有の農園で育てられた小麦を原料としたサクサクの自家製クロワッサンと半熟スクランブルエッグが添えられた銀皿が並び、さらに濃厚なとろみを帯びたコーンスープまで用意された。

 すっかり緊張感の解けたティーカは、おかげで「貴族の昼食」を存分に堪能できた。

 「ドラゴン肉のベーコン」は非常にジューシーで肉汁たっぷりであり、高級食材の名に恥じぬ極上の旨味を「平民出身」である「黒い瞳」の青年の舌にもたらした。


「父上、母上!この間の手紙にも書いたけど、ティーカは本当に凄いんだ!

 ”4.11”の時、コイツは凶悪なダニークゲリラを一瞬で2人も倒したんだよ!!

 どうやって倒したかって?そりゃ、まるで映画だよ!銃剣をこうやって……」


 アレンも久方ぶりの「実家の飯」を味わいながら、身振り手振りを交えて親友・ティーカの「4.11同時テロ」の時の活躍や学校での戦闘実技における「抜群の成績」を改めて両親に報告し、それにデルバータ夫妻やお付きの老執事、メイドらが笑顔で興味深げに相槌を返す。

 そんな和やかな「大貴族の昼食の団欒」の最中、ハインツ・デルバータはふとティーカにある「質問」を投げかけた。


「ところで、ホルドレル君……キミは、王国兵として最も大切なことは何だと思う?」


 「名門貴族当主」の問い掛けに、ティーカは食事を中断して顔を上げる。

 ほんの数秒ほど思案した後、率直な考えを回答した。


「はっ……それは、偉大なる我らが女王陛下の為に命を捧げる覚悟だと思います。」


 この「模範回答」に、ハインツは同意を示すように大きく頷いた。


「その通り!我らが”女王陛下の為”に、だ!

 ……その言葉がすんなり出てくるとはな……いや、素晴らしい限りだ。

 そう……”王国”……ましてや”政府”や”国民”なんぞの為ではない。

 王国兵は皆、偉大なるカリーシアⅡ世女王陛下の為に使命を全うしなければならないのだ。」


 そう熱っぽく告げるハインツに、愛する妻のエリカは笑顔のまま静かに頷きながら同意を示す。


「あなたの期待通りの兵隊さんみたいね、彼は。」

「あぁ、エリカ。アレンは実に相応しい人物を親友に選んだようだ。

 ……それに、先程から少し気になっていたが、彼の『瞳』は……

 あ、いや……これはここで言うべきことではないな。」


 妻の言葉に応じたハインツは、流れでティーカの「瞳の色」に言及しようとしたが取り止めた。

 だが、ティーカには「名門貴族当主」の言った「瞳」のことが妙に気になった。


「その……誠に恐れながらデルバータ卿……私の瞳が如何いかがされましたか?」


 思わず口にしてしまうティーカ。


 ティーカ自身、生まれてこの方、自分の瞳の色を気にしたことが無かった。

 大戦で亡くなった父と、大戦前に病で死去した父方の祖父も「黒い瞳」をしていたが、特にそれについて家族から何か話を聞いたことも無い。

 「黒い瞳」と「黒髪」が建国王・カズキを始祖とするスタントール王家……シノーデル王朝……直系の子孫にのみ現れる身体的特徴であることはスタントール人であれば誰でも周知の事実として知っているが、「黒い瞳」ではあるものの「金髪」である以上、自分が王家と関係があるなどという「烏滸がましい考え」を持ったことは欠片も無い。

 「黒い瞳」なのは「たまたま」そうであるだけで、強いて他者との違いを言うとするならば、父と祖父、そして血を受け継いだ自分自身も「強い魔導適性」を有していることくらいだった。


 そんなティーカの考えを見抜いたかのように、デルバータは笑みを消して真っ直ぐ彼の瞳を見据えながら言った。


「……うむ……アレンから聞いたが……キミには魔導適性もあるようだね?」

「はっ……肯定であります。

 幼少期に亡き祖父から初歩的な治療魔法を教わり、現在は軍事学校で破壊魔法と防壁魔法を中心とした魔導戦闘訓練コースを修学中です。」

 

 それを聞くと、デルバータは再度頷いて言った。


「やはりな……だが先程も言ったのように、”このこと”は今、言うべきことではないし、もしかしたら、私の気のせいかもしれない。

 ……いずれにせよ、いつの日か君にもわかる時が来るだろう。」


 ハインツの謎めいた言葉に、ティーカだけでなく息子のアレンと妻のエリカも頭に「?」を掲げるが、そんな彼らを差し置いて名門貴族当主は笑顔に戻った。


「ふーむ、雑談が過ぎたようだ。

 さ、昼食の続きを楽しもう!スープが冷めてしまうぞ!」


 謎を残したまま、程なくして「大貴族のささやかな昼食会」は閉幕した。


……


 その日の深夜。

 アレンは父、ハインツから執務室へ呼び出された。

 尚、ティーカは邸宅内の客人用寝室で就寝中である。


 アレンが扉をノックしてから執務室内に入ると、扉正面の執務机の椅子に腰掛ける父の他に「国家憲兵隊高級将校」を務める長兄も居た。


「あれ?ヨッヘン兄ちゃんも呼ばれたの?」


 一番下の「可愛らしい弟」の素朴な質問に、執務机の前に置かれた来客用ソファーにゆったりと座る長兄のヨアヒム・デルバータが、含みのある微笑みと共に頷く。


「あぁ、お前が”あのお方”を連れてきてくれたおかげでな。」


 あのお方?


 「誰のこと?」と疑問符を頭に浮かべるアレンであったが、長兄に続いて父親のハインツが「深夜の呼び出し」を詫びて言った。

 

「遅くにすまんな、アレン……さぁ、そこに座れ。」


 父に促されるまま、アレンは長兄と向き合う形でソファーに座った。

 するとハインツはおもむろに立ち上がって執務机の前まで進み出ると、2人の息子に告げた。


「さて……まずはヨッヘン……素早い身辺調査に感謝する。

 お前の裏付け調査が事実だとするならば……このことはここにいる3人以外、誰も知らない。

 まずは、そのことを肝に銘じておけ、いいな?」


 ヨアヒムとアレンは真剣な表情で父の言葉に頷きを返した。

 ハインツは言葉を続ける。


「今日、アレンが連れてきた学友のティーカ・ホルドレル君だが……

 彼は……いや、あのお方は……建国王のカズキ・シノーデル王と我らが偉大なるネタリア・ハピヒツブルッケ女王陛下の”失われた男子”……カスデル王子殿下直系の子孫……

 すなわち、我らデルバータ家が絶対の忠誠を誓うネクタス・シノーデル王家の”男子直系”に当たる人物だ。」


 父親の「衝撃の告白」に、アレンはしばし呆気に取られつつも何とか理解できたことを口にした。


「……は?……え?…………えぇ!?

 ……ティ、ティーカが王族の……そ、それも直系のお方ってこと?」

「……そうだ、アレン……

 お前は図らずしも、我がデルバータ家に伝わる”真偽不明の伝説”と思われていた、とんでもない大人物と巡り合ったのだ。」


 ハインツが肯定し、長兄のヨアヒムも無言で頷いた。

 やや混乱気味の様子のアレンは、尚も疑問を口にする。


「えーと、カスデル王子って、あのおとぎ話の”魔女と王子様”に出てくる王子様のこと?

 ……あれ?でも、あの王子様ってたしか、魔女を倒して死んじゃうよね?」

「あぁ。オレも今日、オヤジに依頼されて調査するまで、おとぎ話を信じてたがな。」


 長兄が末弟の疑問に答えた。


……※歴史解説です!非常に冗長な設定説明に注意!……


 約1500年という長い歴史を誇るスタントール王国には、様々なおとぎ話や伝説、伝承・逸話が存在する。

 その中でも、特にスタントール人が幼少期に絵本などで知る代表的な「おとぎ話」に、「凶悪な大魔女を倒した悲劇の王子様」のお話……通称『魔女と王子様』……というものがある。

……

 建国王・カズキによるファーンデディアコンクエスト完了後、本格的に始まった「産業革命」に伴う山林開発により、本国・ネクタス州の山岳地帯にて太古の時代に封印されていた「大魔女」が目覚めてしまう。

 「いにしえの大魔女・ヴァール」は、その恐るべき魔法でネクタスの人々の意識・認識を乗っ取り、王国側治安当局に感知されることなく凶悪な邪教武装勢力を形成。密かにスタントール王国「簒奪」を企てた。

 カズキと第二王妃・ネタリアの長男にして「唯一の男子」……当時20歳となったばかりの若き王子、カスデル・ハピヒツブルッケ・シノーデルは、ある出来事(王国軍士官学校における雪中登山演習中の遭難事故で倒れたところを人里離れた「隠者の村」の人々に救われるも、その村が魔女の軍勢により焼き討ちにされ全滅し、何とか抵抗を試みたカスデル自身も魔女が放った攻撃魔法を受けて瀕死の重傷を負い、その場に打ち捨てられる。その後、遭難事故救難部隊が雪に埋もれた王子を辛くも救出するが、その時には魔女の力によって村の痕跡は跡形もなく消されていた)がきっかけで「凶悪な魔女とその軍勢の存在」を知る。

 王子は必死に恐るべき魔女の存在とその討伐を訴えるも、古の大魔女・ヴァールの「認識災害魔法」は王家中枢にも及んでおり、国王である父と宰相の母はじめ、誰もカスデルの言葉に耳を貸さなかった。


 ……きっとカスデルは、辛い遭難事故で酷い幻覚でも見てしまったのだろう……

 ……今はそっとしておいてやろう……


 両親や姉など王族の肉親たち、側近の臣下らなどカスデルに近しい者の誰もが「大魔女の魔法」の影響も受け、斯様な考えで彼に接するのみだった。

 そこで王子は、愛する祖国と人々を守る為、果敢にも単身で敵「魔城」へ向かうことを決心する。

 カスデルは新型のボルトアクション式ライフルにリボルバー拳銃、それに幼少期に父から教わった「槍術」など銃火器と近接格闘戦術を駆使し、襲い掛かる邪教集団の雑兵や幹部、魔女が使役する魔獣を次々と討ち倒す。

 そして遂に魔城最奥にて「魔女・ヴァール」と一騎討ちとなり、激戦の果て壮絶に「相討ち」……王子は自らの命と引き換えに恐るべき魔女とその軍勢を倒したのであった……


 物語は以上のような顛末を辿り、「勇敢な王子様が人知れず命を賭して王国を守った」という悲劇性がスタントール人……特にネクタス人に強い感動を与え、王子の逸話はやがて「おとぎ話」となり、現代の子供たちにも伝承されているのである。

 また、彼が建国王・カズキとネタリア……ネクタス・シノーデル王家……における「ただ一人の男子」であった為、その悲劇的な死によって以後のネクタス・シノーデル王家は「女子直系」のみとなっており、「男子直系」は断絶してしまった。

 ところが、ネクタス・シノーデル王家に絶対の忠誠を誓うデルバータ家では、代々「とある伝説」が細々とまことしやかに言い伝えられていた。


『実はカスデル王子は死んでおらず、倒した魔女を「妻」にして隠居し、その子孫が今も存在する』


 というものだ。

 フードと鉄仮面で隠されていた大魔女・ヴァールの「素顔」は、光輝く黄金の長髪を靡かせる神秘的な雰囲気を纏った「絶世の美女」であり、討伐に赴いた王子は「一騎討ち」での激戦にて魔女の鉄仮面を打ち破ってその「素顔」を目の当たりにした際、一瞬で彼女の「美しさ」に魅入られてしまった。

 しかし、この時点で王子は既に魔女が組織した武装集団を完膚なきまでに壊滅させており、魔女自身も己が技量の全てを出し尽くした激闘を経て、王子の高い戦闘技量を前に敗北を認めて潔く死を覚悟していた。


 だが、王子はあまりに美しすぎる魔女を殺さず「求婚」した。

 彼は「王国簒奪者」という大犯罪者にして「封印から解き放たれた古の大魔女」を妻として娶り、世間から身を隠す道を選んだのだ。


 これには、カスデル王子自身が当時既にネクタス、フェターナ両貴族の間で争いの兆しを見せていた「建国王の後継者問題」という泥沼の政争はじめとする息の詰まる「王族」という身分に心底嫌気が差していた、という深層心理も背景にあった。

 すなわち、ネクタス・シノーデル王家「唯一」の王子様は、「魔女討伐」を口実にその魔女という絶世の美女を「お宝」として抱えて王家から出奔し、俗世に姿をくらませたのだ。


 魔女が「倒れた」ことで認識災害魔法から脱し、「息子の出奔」という異常事態を察知した母・ネタリアは、直ちに側近のアリス・デルバータ……ハインツやアレンの先祖にして「大貴族・デルバータ家の開祖」にあたる女騎士将軍……をはじめとした直属の兵団を率い、既に息子によって壊滅状態となっていた「魔城」を速やかに制圧。

 辛うじて生きていた邪教武装集団の残存兵の一人を「捕縛・尋問」した結果、斯様な「不都合な事実」を知り得たのである。

 そして……そんな「事実」が露見すればネクタス・シノーデル王家そのものの威光が陰り、フェターナ・シノーデル王家及びフェターナ貴族の台頭を許してしまいかねないと危惧した当時のデルバータはじめとするネクタスの一部高級貴族たちは、「事実の修正」というお得意の手段に打って出たのだ。


『我らが偉大なるカスデル王子は、凶悪な魔女とその軍勢に単身で戦いを挑み、激戦の末、自らの命と引き換えに敵を滅ぼして王国を守った』


 彼らが「修正した事実」は長い年月を経て、先に述べた「悲劇のおとぎ話」となり、全力で隠蔽し捻じ曲げた「真実」は「修正した当人」であるところのデルバータ家一族の極一部のみが知りうる「伝説」と化したのであった。


……※歴史解説終了※……


「さて」とハインツが言った。

「これが我らが偉大なる古き王国に、如何なる影響をもたらすか……お前たちならわかるだろう?」


 父親の言葉に、思わずアレンは「ゴクリ」と息を吞んだ。


 ティーカは、世界屈指の超大工業国家・ノルトスタントール連合王国の正統な「王位継承権」を有している。

 現在は形骸化しているとは言え、「建国王とネクタス王家の”男子直系”の子孫」ともなれば、元来保守的傾向の強いネクタス人に与える衝撃は極めて大きいものとなるだろう。


 ハインツは言葉を続ける。


「むろん、私の……我々の偉大で至強なるカリーシアⅡ世女王陛下への絶対的忠誠は決して揺るがない。

 だが……何事にも”万が一”ということがある……

 もし……もし、仮に……女王陛下が愚かしい”憲法”を優先され、王国の威光が陰るようなことがあれば……

 …………いや、やめよう……これ以上は憚れることだ……」


 普段は元軍人として、名門貴族の当主としての威厳を漂わせる父親が、明らかに苦悩を滲ませている。

 それを末の息子のアレンは戸惑いを隠せない表情で見つめる一方、聡明な長男のヨアヒムは全てを察したかのように超然として受け止めつつ言った。


「……オヤジ……もし”その時”が来たら……」

「やめろ、ヨアヒム。それ以上は言うな。」


 ハインツは有無を言わさぬ圧を伴い、長男の発言を遮った。

 そして父は、苦悩で顔を俯かせながら少し間を置いた後、三男坊に微笑みを向けながら「締めの言葉」を述べる。


「アレン……お前は、これまで通り普通にホルドレル君と接するんだ。

 戦友として、かけがえのない友人として……

 だが、デルバータ家の者として、彼を陰から支えるんだ……必要なことがあれば、何でも俺に言え。

 いいな?」

「あ、う、うん……もちろんだよ、父上……」

 

 アレンは尚も戸惑いを隠せなかったが、辛うじて父の言葉に応じた。


……斯くして、後にスタントール王国の根底を揺るがす「火種」は、人知れず蒔かれたのであった……

 コンクリートの天井に備えられた蛍光灯が不気味な明滅を繰り返す薄暗い地下通路。

 壁や柱には、ここで激しい銃撃戦があったことを示す弾痕が多数穿たれており、そのコンクリートの床には褐色肌の「警察官」の死体が10体ほど転がっている。

 眉間を撃ち抜かれ、仰向けに倒れた「大隊長」の襟章を身に着けた褐色肌の男……ダニーク人男性……の右肩に装着された無線機からは、既に応答することが不可能になった彼に向け、繰り返し「遅すぎた警報」が着信している。


『俺だ、ラルビだ!第5ブロック警備大隊、応答しろ!

 サーラの大悪魔が向かっている!至急、迎撃態勢を取れ!

 ……おい、応答しろ!今すぐ』


 発砲。


 やかましい無線機に9mm拳銃弾がメリ込み、これを永遠に沈黙させた。

 銃口から硝煙燻ぶり明滅する蛍光灯の光に銀色のスライドを反射させる共和国製小型拳銃を握るのは、まだ10代後半の若い少女戦士だった。

 彼女の名はサーラ・ベルカセム。

 褐色の肌に燃え盛る緋色の瞳を輝かせた堀深い顔立ちの美女である。

 今、彼女は大いなる怒りと焦燥を滾らせていた。


「……」


 無言で自身が射殺した「警備大隊長」の死体を見下す。

 今、この通路に死体となって倒れ伏す「警察官」たちを殺害したのは、他ならぬ彼女だ。

 たとえ同じ褐色肌の同胞であろうと、サーラは一切容赦しない。

 立ちはだかる者は全て殺す。

 サーラは、小型無線機破壊に用いた共和国製小型拳銃を素早くホルスターに仕舞うと、レッドドットサイト搭載の人民共和国製自動小銃を構えて通路を突き進む。

 薄暗い地下通路を抜けると、明るい照明が灯る地下メインストリートと交わるT字路に行き着いた。

 その通路は、ダニーク人たちが諸外国からの支援物資を基に「新設」した主要幹線道路であり、普通車両が行き交うことが可能な程の幅員を誇る地下の大動脈だった。

 サーラは、側道にあたる自身が突き進んできた通路の壁際に身を隠し、「目的地」へと続く右側の様子を慎重に確認する。

 彼女が少しだけ顔を覗かせた、直後。


「サーラ・ベルカセムを発見!!撃て!撃てっ!!」


 連続発砲。


 多数の「王国製」ライフル弾が側道出入口の壁に叩き込まれた。

 

「クソ……もう増援が来たのか。」


 サーラはすぐに頭を引っ込めて敵弾をやり過ごしながら呟いた。

 今現在、サーラに向けて発砲しているのは、「王弟救出」の任を帯びてこの「ダニーク人スラム街」ことカスバ地区に襲来したノルトスタントール連合王国陸軍の精鋭兵らである。

 その戦闘部隊指揮官は、鮮血のように紅い髪を靡かせる美しい王国軍女性兵士だった。

 配下の兵士たちが「宿敵」と会敵すると同時に、彼女も姿を現わした。


「サァーラァーッ!!クソダニのゴミ虫ネクラ女ぁっ!!

 ぶっ殺してやる!!」


 今にも軍服のボタンがはちきれんばかりに豊満な胸部を揺らすその女性兵士……レシア・リョーデックの殺意の雄叫びが地下に轟き渡る。

 サーラもまた、無数の同胞を殺してきた不倶戴天の仇との再会に、激しい殺意を沸き起こした。


「レシア……レシア……レシアァーーッ!!今日こそ、貴様を殺す!!」


 褐色少女戦士も叫び声を上げながら、愛用の人民共和国製自動小銃のコッキングレバーを引いて初弾を確実にチェンバーに送って戦闘態勢を完全に整えると、腰の弾帯ベルトに装着された「スタングレネード」を手に取った。

 壁を背にしながら左手で投擲。


 直後、激しい爆発音と閃光が地下メイン通路を覆い尽くす。


「うわっ!クソッ!!」

「うぉっ!!目がぁっ!!」


 文字通りの「スタン」状態に陥る複数の王国兵。

 サーラを襲っていた弾幕が一時的に止む。

 その好機を、歴戦の褐色女性戦士が見逃す筈もなかった。

 サーラはスタングレネード炸裂と同時に側道通路壁から飛び出し、閃光と爆音で行動不能状態に陥っていた数名の敵王国兵に銃口を向ける。


 連続発砲。


 瞬きする間もなく、サーラによって3人の王国軍兵士が射殺された。

 サーラは銃撃しながら通路を駆け、近くの通路脇に停車中だった小型軍用バギーに身を隠した。

 次の瞬間、レシアを含めた「スタン状態」から復帰した王国兵たちが猛烈な銃弾の雨を彼女に浴びせる。


「サァーラァーーッ!!クソアマがぁっ!!」


 フルオート射撃。

 レシアは強力な分隊支援機関銃を軽々と構え、サーラが飛び込み隠れたバギーに激烈な殺意を込めた5.56mmライフル弾の豪雨を叩き付ける。

 バギーに無数の銃弾が喰い込み、次第にエンジンから火の手が上がる。

 いつ爆発炎上してもおかしくなかった。

 サーラは高速で「次の手」に思考を巡らせる。

 考えを止めれば、待っているのは「死」である。

 敵は、歴戦の女兵士が率いる強力な一個中隊規模の王国軍精鋭兵。

 一方のサーラは孤立無援である。

 身を隠しているバギーが爆発したら「死」、ここから飛び出しても「死」。

 もうスタングレネードは無い。手榴弾を投げたところで、すぐに蹴り返されてしまうだろう。


 どうする?

 何か、「決壊点」は無いか?


 高速で頭を回転させるサーラの視界に、通路天井に設けられた太い配管が入った。

 ちょうど地下メイン通路の中心線直上を走るその塩ビ配管は、たしか主要排水管だ。

 地上のスラム街……「カスバ地区」に住まう人々の「衛生状況改善」を目的として、諸外国からの支援物資を基に解放戦線が築造した下水を除く一般生活排水を処理する為の管路であり、今は銃撃音で掻き消されているが、常時相当の水量が配管内を満たしている為にかなりの流水音が響いている。

 

 「次の手」は見つかった。


 サーラはすぐに動く。

 その場で仰向けの姿勢になるや、人民共和国製自動小銃の銃口を敵王国兵共の頭上を走る配管に向ける。


 発砲。


 7.62mm弾が、主要排水管を天井コンクリートと繋いでいた支持金具を吹き飛ばした。

 管内を流水が満ちていた配管は支えを失ったことで、重力の作用で変形。

 配管繋ぎ目の塩ビフランジが応力に耐え切れず、脱落した。


 サーラに銃撃を加えるレシアはじめとした王国兵の集団は、頭から大量の汚水を浴びた。


「うおっ!?なんだ、クソッ!!」

「うわっ!!臭ぇっ!!」

「ちくしょうっ!!下がれっ!下がれぇっ!」


 突然「冷や水」を浴びせられたことで、銃撃を維持できなくなる敵兵たち。

 「決壊点」だ。

 サーラは、緋色の瞳を燃え上がらせながら起き上がり、バギーから飛び出した。

 レッドドットサイトに、天井の脱落した配管から流れ出る生活排水を浴びて狼狽する敵王国兵らの姿が広がる。


 フルオート射撃。


 狼狽えるスタントール兵の集団に、褐色女戦士の放った必殺の弾丸が殺到する。

 瞬時に5名の「戦死者」が追加された。

 前衛の兵隊を薙ぎ倒して突進してくるサーラを、真正面から受けて立つレシア。

 頭上から降り注ぐ大量の排水を無視し、仁王立ちして腰だめに分隊支援機関銃を構えて叫ぶ。


「地獄に落ちやがれ!!サーラァーーッ!!」


 こちらもフルオートでぶっ放す。

 だが、天井からの膨大な水流により、ロクに狙いも定めず放たれたレシアの弾丸はサーラの身体を掠めただけだ。


「レシアーーッ!!お前を殺すっ!!」


 轟々と流れる排水の只中に、サーラは突撃。

 レシアとサーラの距離は、銃撃戦の間合いから近接格闘戦の領域まで接近する。

 両者、ほぼ同時に自身の獲物である自動小銃と機関銃をかなぐり捨てると、コンバットナイフを取り出して振りかざした。

 迸る水飛沫を切断し、両者の切っ先が交差する。

 鋼鉄の刃が激突し、火花が散った。

 「ギリギリッ」と刃が振動しながら擦れ合い、サーラとレシアは肉迫。

 両者の激しい憎悪に歪んだ顔が刃越しに接近し、相手への「消えることなき殺意」を互いに口にする。


「クソダニ女が……お前だけは絶対に許さねぇ……オヤジと一緒に八つ裂きにしてやるっ!」

「こっちのセリフだ、レシアッ!!

 貴様の無様なデブ兄貴と同じように、脳天を掻っ捌いて殺すっ!絶対に殺すっ!」

「なんだとぉっ!!このクソッタレがぁーっ!!」


 レシアが怒りの蹴撃をサーラの腹部に叩き込む。


「グッ!!」


 歴戦の王国軍女性兵士の猛烈な足技を受け、たまらず蹴り飛ばされるサーラ。

 通路壁のコンクリートに背中を打ち付けられるも、辛うじて受け身を取り肉体へのダメージを軽減する。

 しかし、ほぼ同時にレシアは腰のホルスターから引き抜いた45口径軍用拳銃の銃口を「憎き褐色女」に向けた。


 連続発砲。


 紅髪女の猛烈な殺意が込められた45口径ピストル弾数発が、音速を超えてサーラを襲う。


「クソッ!!」


 だが、「解放戦線最強の戦士」は恐るべき戦士の反射神経を発揮し、横へ飛び退くように回避。

 レシアの放ったピストル弾がコンマ数秒前までサーラの肉体が存在していた空間を切り裂いてコンクリ壁にメリ込んだ。

 サーラは飛び退くと同時に、共和国製9mm小型拳銃を背中のホルスターから取り出して「カウンター射撃」を試みる。


 連続発砲。


 今度は褐色女が放った「殺意の弾丸」が白人女兵士に襲い掛かる。

 だが、レシアもサーラ同様の歴戦の兵士であり、難なくステップを踏むように回避行動を取って敵弾を躱す。

 再び両者の間合いは「銃撃戦」の距離となった。


「今だ!リョーデック隊長を援護しろ!撃てっ!!」 


 レシア指揮中隊の傘下に入っていた「新兵小隊」の臨時指揮官となっているアレン・デルバータは、瞬時に状況判断を下し、配下兵士らに指示を飛ばしながら自身もブルパップ式自動小銃を構えた。

 アレンの声に、「新兵小隊」の兵士のみならず他の中隊兵士たちも反応する。

 サーラに王国軍兵士たちの銃口が向けられる。

 

「ッ!!」


 しかし、サーラはここで圧倒的戦闘力を発揮した。

 愚かにも自身の最も近くにいた敵王国軍新兵の一人に急速接近。


「え?なっ!ク、クソ」


 発砲。

 

 共和国製小型拳銃の銃口を敵兵士の額に押し付け、ゼロ距離射撃。

 9mm弾は経験の浅い若い白人新兵のヘルメットを弾き飛ばし、頭蓋を突き破って脳漿と鮮血を撒き散らす。

 サーラは死体となったフェターナ州出身の新兵の胸倉を掴むと、これを「肉の盾」とした。


 フルオート射撃。


 サーラが「肉盾」を手に入れるのとほぼ同時に、アレンはじめ王国兵たちの一斉射撃が叩き込まれる。

 だが、弾丸は空しく同胞の兵士の死体に「喰われ」、「最重要指名手配犯」サーラの身体を捉えられなかった。

 褐色の歴戦女戦士は、「肉盾」を構えながら小走りで地下通路を横切るように進み、まずは直ぐ傍の床に転がる愛用の人民共和国製自動小銃を器用に足で拾い上げた。

 コンバットブーツのつま先にスリングを引っ掛けて宙へ蹴り上げ、空いている左手でキャッチし本来の「火力」を取り戻す。

 続いて「目的地」へと通じる通路対岸の側道扉の袖壁に退避して新たなコンクリートの防壁に身を隠すと、いよいよ「用済み」と言わんばかりに「肉盾」こと名も無き王国兵の死体を投げ捨てた。

 身を隠すコンクリ壁に王国兵が執拗に撃ち放つ敵弾が続々と喰い込む中、サーラは改めて回収した愛用のアーガン製自動小銃の簡易再点検を極めて迅速に行った。

 レシアとの肉弾戦に突入した際、乱雑にコンクリートの通路床へ放り投げたにも関わらず、非常に堅牢で信頼性抜群の人民共和国製自動小銃にはキズ一つ付いていなかった。

 バナナマガジンを一旦取り外して残弾を確認して再装填。機関部のコッキングレバーを引いて確実に次弾を装填する。

 そして、間髪を入れずに身を隠していたコンクリ袖壁から銃口を突き出し、敵王国兵らへ向けて応射。


 連続発砲。


 敵兵の前衛2名を撃ち倒す。

 しかし、王国兵士たちは尚も激しい銃撃を継続しつつ、レシアを中心にサーラが隠れ潜んだ通路側壁通路へ突進。


「サァーラァーーッ!!逃がすかぁっ!!」


 レシアも分隊支援機関銃を拾い上げて再武装し、配下の兵士らと共にサーラが潜むコンクリ袖壁へ走る。

 レシアの前を進んでいた王国兵の一人が、側道通路扉前に辿り着いた。

 次の瞬間。


「しゅ、手榴弾!」


 兵士の叫び声とほぼ同時に激しい爆発が発生。

 名も無き白人兵士は正面から爆風の直撃を受けて吹っ飛び、通路反対側の壁に背中から激突。

 即死であった。


「……チッ!クソッタレめ!!」


 彼の背後にいたレシアは寸でのところで難を逃れたが、彼女が意を決してたった今爆発が起きたばかりの側道通路扉に飛び込むと、そこにはもう敵の褐色女テロリストの姿は無かった。

 サーラは冷静に状況判断を下し、敵兵足止め用として手榴弾の「置き土産」を残すと、父・ゲイルが捕らわれているであろう「ダニーク人民公会議カスバ議事堂」へ続く側道通路を駆け抜けていた。


「サァーラァーーッ!!逃がすかよっ!!


 宿敵を逃してしまった紅髪女の怒りの遠吠えが響く。


……


 一方、その頃。

 狂信的ダナーラム原理主義者により洗脳された子供自爆兵の波状攻撃により、レシア率いる本隊と別行動を強いられていた金髪黒目の青年兵……ティーカ・ホルドレル……は、迂回路や排気ダクトを巧みに経由したことで、レシア達、そしてサーラよりも先に「目的地」こと「目標ガンマ……ダニーク人民公会議カスバ議事堂」へ辿り着いていた。

 議事堂メインエントランス扉へ続く通路天井に設けられた排気ダクトの格子を蹴破り、約2メートル下の地下通路床へ飛び下りる歴戦の青年兵士。

 着地と同時に油断なく王国製ブルパップ自動小銃を構え、周囲を警戒する。


「……」


 ティーカが議事堂エントランスの頑丈な鉄製両開き扉の近くへ到着すると、扉の前には数名の「敵兵」の姿があった。

 漆黒のターバンとスカーフで目元を除く頭部を覆った「原理主義者戦士ムジャヒディン」が、今まさに議事堂内にいる「異教徒」と「世俗主義者」を抹殺せんと突入する直前であった。


「ダーナアクバル……ダーナアクバル……神は偉大なり……異教徒とダーナのご意志に背きし者に死を……」


 リーダー格の男が、小声で配下戦士らに「祝詞」混じりの檄を飛ばしつつ扉破壊用の小型指向爆弾を設置しようとする。


 連続発砲。


 ティーカの放った非常に正確な銃撃はダナーラム教原理主義者戦士約6名の命を瞬時に奪い、彼ら原理主義者らによる議事堂突入を未然に防いだ。

 扉に近付くティーカ。

 死体となって転がるダナーラム原理主義テロリスト共を簡単に片付け、扉を3回ノックした後、一呼吸の間を置いて2回ノックする。

 議事堂内にて臨戦態勢を取っているであろうキリシアの護衛兵士たちに向け、「味方」であることを示す合図である。

 ノックから数秒ほどで中から大きな声がした。


『……入れ!』


 慎重に両開き扉の右側を開け、入室する若き王国兵士。

 広々とした地下の議事堂には、王弟護衛を担う王国防諜局の黒スーツ姿の兵士数名が自動拳銃を手に待ち構えており、扉のすぐ横にいた金髪碧眼の屈強なエージェントが銃口をティーカに向けつつ「誰何」した。


「……誰か?」


 相手が極度に緊張し警戒していることが肌で伝わる。

 ティーカはゆっくり自動小銃の銃口を下に向け、右手の手のひらを相手へ見せながら上に掲げて答えた。


「……王国陸軍ファーンデディア駐留軍、独立第305機械化歩兵大隊所属、ティーカ・ホルドレルであります……」

「……」


 王弟護衛エージェントは、しばし相手の素性を確認した後、ようやく構えていたピストルの銃口を下げた。


「……連絡のあった軍の救援か……一人だけか?」


 警戒を解いたエージェントの問いに、ティーカは簡潔かつ淀みなく応じる。


「はっ、肯定であります。

 道中、ダナーラムテロリストによる不意打ちで本隊と分断された後、単独行動中です。」

「そうか……わかった。」


 続けてエージェントは「外で起きた銃声」について確認する。


「先程の発砲音……あれは?」

「ダナーラムテロリストと思われるダニーク兵6人が突入を画策していた為、私の判断で射殺しました。」

「なに!?……クソ、やはりここは危険だな……」


 ティーカの報告を受け、エージェントの白人男の顔に険しい表情が刻まれる。

 エージェントは言葉を続ける。


「よく撃退してくれた、王国兵……キリシア殿下との面会を許可する。ついてこい。」

「イエッサー。」


 エージェントに付き従い、議事堂奥の「幹部会議室」へ向かうティーカ。

 まずエージェントが所定の合図で扉をノックした後、会議室内で臨戦態勢の王弟護衛黒服兵士が慎重に扉を開けて2人を招き入れた。

 そこには、度重なる暴力の嵐を受けて満身創痍となった「テロリストの親玉」ことゲイル・ベルカセムが左右両脇を屈強なエージェントによって拘束されており、室内床に両膝を付いて項垂れていた。

 もはや意識は途切れかけており、口から「ポタッ……ポタッ……」と一定の間隔で血が垂れ落ちている。

 他に、「ダニーク人協力者」ことゲイルの「元妻」アスリが右手親指の爪を「ガリガリ」と嚙みながら部屋の隅に佇んでおり、露骨に苛ついた感情を表に出していた。

 また、もう一人の「ダニーク人協力者」にして「敵対テロ組織の大幹部」ラルビは、室内の机の一角に座り、味方部隊からの応答が途絶えた無線機を握り締めながら焦燥感を滲み出している。

 

「クソッ……なんでコッチの戦闘部隊が応答しやがらないんだよ……クソッ……クソォ……」


 小声で「クソクソ」と繰り返す無様な原住民の茶色肌男はせわしなく右手で額を拭う所作を繰り返しており、アスリとラルビそれぞれの部下である内務委員会所属兵士らは、己が上司たちのイラつきや焦燥を感じて所在なげに部屋の隅で突っ立っているだけだ。

 また、3人目の「ダニーク人協力者」にして解放戦線古参幹部の小男、「アスリの使い走り」ベン・ベラクスは、そんな幹部仲間のイライラを煽るかのように室内を落ち着きなく右往左往している。


「な、なぁ、ア、ア、アスリ……そ、その……お、お、俺は、どど、どうすれば?」


 酷い吃音を伴いながらの怯えるような声色で、不機嫌そのものの褐色女に指示を仰ぐ。

 だが。


「うるさいっ!黙れ!短小の役立たず!!全部、お前のせいだ!!クズめ!!死ね!」


 たちどころに褐色肌の元人妻から激しい罵倒が返ってくる。

 これに無様極まる褐色肌の小男は「ぴぃっ!!」と悲鳴を上げて涙を出して怯えおののき、頭を抱えて蹲ってしまった。

 状況をコントロールする術を完全に失ったダニーク人たちの空気は「最悪」の極みであった。

 

 一方、スタントール人たちに動揺や焦燥の様子は無く、王弟護衛のエージェント兵士らは無表情で己が職務を遂行しており、彼らのボスにしてゲイルがサーラに告げた「HVT(最重要目標)」ことキリシアは、悠然と会議室上座の椅子に腰掛けていた。

 エージェントに付き添われて入室したティーカに気付いたキリシアは、徐に立ち上がる。

 すると、ティーカを招き入れたエージェントの白人男は敬愛する王弟に略式の敬礼をした後、先程生起した「状況」を報告した。

 同性愛者で無い男であっても思わず目を見張るほどの美形を誇る王弟は、その端正な顔に微笑みを浮かべて若き王国兵を出迎えた。


「……ここへの突入を企んだテロリストを迅速に排除してくれたそうだね。

 ありがとう、兵隊さん。」


 王弟は右手を差し出して握手を求めた。

 一介の兵士に過ぎないティーカは、見事な敬礼をキリシアに示した後、やや緊張しながらも王弟殿下の握手に応じる。


「……はっ!……殿下からお言葉をいただけるなど、身に余る光栄であります……」


 握手しながらキリシアは、ティーカの「瞳の色」が自分と同じ黒色であると気付く。

 握手を終えて手を離すなり、キリシアが言った。


「……キミの瞳の色……とても素敵だ……

 失礼だけど、出身はどこかな?」


 微笑みを湛えたまま、キリシアはティーカに出自を問うた。

 これにティーカは直立不動で答える。


「はっ!……フェターナ広域州北部ノールリンド県、オランドゥールであります!」


 これにキリシアは、何やら思案する様子を見せた後、言葉を続けようとした。


「そうか……オランドゥールか……と、すると……」


 しかし、王弟の言葉は突然の「騒音」で遮られることとなる。


 爆発。

 そして、会議室手前の議事堂にて臨戦待機中だったエージェント兵士たちの怒号と断末魔が続く。


「け、警報!!サーラ・ベルカセ……ぐわっ!!」

「撃て!奴を……うがっ!!」

「クソ!こいつ、速……がっ!!」


 ほぼ同時にティーカと王弟護衛のエージェントたちは反応する。


「殿下!!伏せてください!!」


 そう叫びつつティーカは、会議室入室時に背中に回していたブルパップ式自動小銃のスリングを引っ張って両手で保持すると、直ちにセレクターレバーを「セーフ」から「フルオート」に切り替えて照星を睨む。

 エージェントたちもスーツ上着から軍用自動拳銃を取り出したり、手にしていた短機関銃の安全装置を解除する等、迅速に戦闘態勢に入り、キリシアの傍にいた2名のエージェントが「護衛対象」を守る為、自らの身体を盾とする。

 一方でアスリやラルビ、ベンをはじめとしたダニーク人たちは「な、何事だ!?」と叫んで狼狽するのが精一杯であった。

 最初の爆発音から僅か十数秒後。

 恐るべき「敵」は、議事堂ドアを破壊した指向性爆薬の炸裂から数秒と掛けずに議事堂内のスタントール人エージェント全員を始末して出現した。

 議事堂と繋がる会議室扉が激しく蹴破られると、赤黒い激烈な殺意のオーラを纏った褐色女が疾風の如く突入してきた。


「キリシアッ!!死ねっ!!」

「ベルカセムッ!!させるかっ!!」

 

 サーラとティーカ、両者ほぼ同時にフルオート射撃。

 解放戦線現地生産の7.62mmライフル弾と、ネクタス広域州軍需工場生産の5.56mmライフル弾が交差。

 数発が壮絶な金属音と共に「かち合い弾」を形成した。

 両者が放った初弾数発は相手に届かなかった。


「なっ!?サ、サーラがもうここに?ク、ク、クソ!クソが!!ぶっ殺してや……」


 狼狽する褐色大男のラルビは、愚かしくも立ち上がって腰のホルスターに仕舞っていた共和国製大型軍用拳銃を取り出そうとした。

 そんな敵の愚行を、「解放戦線最強の女戦士」は決して許さなかった。

 サーラは流れるように「ターゲット」を切り替え、憎き同胞の裏切り者へ光学照準を定める。

 激烈な殺意で燃え盛る緋色の瞳の先、人民共和国製自動小銃機関部上部にマウントされたレッドドットサイトが、焦燥に歪むラルビの顔面と重なった直後。


 連続発砲。


 音速を超えて飛来した7.62mm弾は、破滅的殺傷力を「ダニーク人警察組織最高幹部」の大男に叩き付けた。


「あぎょっ!?」


 ラルビの顔面に命中した3発のライフル弾は、頭部肉体組織を徹底的に破壊しながら後頭部から飛び出す。

 気味の悪い断末魔と共に、大量の鮮血と脳漿をぶち撒けながら大男は絶命した。

 この瞬間、サーラが己に課した「殺害目標」の一つが達成された。

 だが、彼女はそれに何ら特別な感情を抱くことなく、戦闘を継続する。

 一方、相対するティーカは、サーラへの射撃を続ける。

 しかし、ラルビをコンマ数秒で始末したサーラは、ティーカの正確な銃撃を走り込みからのスライディングで回避すると同時に敵方へ急速接近。

 次の瞬間、自身が突入してきた扉と「最重要目標」……キリシアとの間にあった会議机を身軽な身のこなしで飛び越した。

 レッドドットサイトに、突然の事態に驚愕して黒い瞳を見開いた宿敵の王族の顔が広がる。

 必殺の意思を込めてトリガーを引き絞る。

 

 発砲。

 赤黒いオーラを纏った7.62mm弾がキリシアの額を目掛けて飛翔。


 だが、届かなかった。


上級防壁ハイ・プロテクション!展開!!」


 ティーカは、サーラが会議机を飛び越すと同時に「魔導防壁」をキリシアに展開していたのだ。

 本来であれば相当の言葉数を必要とする「詠唱」が必須の「上級防壁ハイ・プロテクション」……数千年の時を生きるハイエルフでさえ呪文詠唱を経なければ発動しない高等魔法を、ティーカは僅か「展開」の一言で発動してみせた。

 サーラの「必殺の弾丸」は、斯くして若き王国兵が発動した魔導防壁により、「最重要目標」の肉体に達することなく物理的に消滅した。

 これにキリシアのみならず、彼を「肉の盾」となって守ろうとしていたエージェントたちも驚きを隠せない。

 そんなキリシアたちを尻目に、ティーカとサーラの戦闘は継続。

 

「チッ!!クソッタレが!!」


 銃弾が防壁で弾かれると同時に、サーラは直ちに攻撃手段を切り替えた。

 愛用の人民共和国製自動小銃を背中に回してコンバットナイフを引き抜き、キリシアへ突進。

 「上級防壁ハイ・プロテクション」は、弓矢や銃弾など比較的質量の小さい物体であれば遮断できるが、人間サイズの大質量物までは流石に遮れない。

 なれば、防壁を突き破って「最重要目標」たるキリシアに飛び掛かり、喉元をナイフで切り裂けば良い。

 サーラは瞬時にそう判断したのだ。

 そして、斯様な褐色肌の「最重要指名手配犯」の意図を、元レジスタンス少年兵の王国兵も見抜いた。

 サーラがナイフを引き抜き突進すると同時に、彼女とキリシアの間に躍り出る。

 

「くたばれっ!ベルカセムッ!!」


 ティーカは王国製ブルパップ式自動小銃を振りかぶり、銃床をサーラ目掛けて叩き付ける。


「あぐっ!!」


 端正なサーラの横面に、ティーカが横殴りに振りかざした銃床が激突。

 身体を一回転させながら、歴戦の解放戦線女性戦士は背後の会議机や椅子を薙ぎ倒しながら吹っ飛ぶ。

 ティーカは直ちに銃を構え直し、アイアンサイトの向こうに褐色肌の敵亜人テロリストの姿を捉える。


 間髪入れず、連続発砲。


 しかし、サーラが態勢を立て直す方が一瞬だけ早かった。

 顔面に強烈な銃床の一撃を喰らいながらも、サーラは気を失うことすら無く、会議室の床を転がりながら敵王国兵が放った必殺の銃撃から辛くも逃れて立ち上がった。

 ついコンマ数秒前までサーラの肉体が存在していた空間に5.56mm弾が飛び込み、会議室床にメリ込む。

 サーラは「ベッ!」と折れた奥歯を血反吐の塊にして吐き出し、激痛を無視しながら走る。

 彼女の向かう先の壁際に、たまたまアスリが突っ立っていた。

 

「ひぃっ!!サ、サーラ!!く、来るなぁっ!!」


 サーラの実の母にして「殺害目標」の一人であるアスリは、突如として急接近する「殺人鬼と化した娘だった女」に心の底から恐怖を感じ、腰のホルスターから護身用の小型拳銃を引き抜こうと藻掻く。

 だが、圧倒的にサーラが早かった。


「アスリィッ!」


 サーラは、ほぼ反射的にナイフを一閃。

 一撃でアスリの喉元は切り裂かれ、大量の鮮血が迸る。


「あぎゃっ!ゴフ、ゴポッ!……ぐ、ぐぱぁ……」


 夫を裏切り、解放戦線を事実上破綻に追い込んだ張本人にして「和平派リーダー」だった褐色妙齢美女は、実の娘の手に掛かって自らの血で溺れて死んだ。


 サーラの議事堂突入からものの1分と経たず、ダニーク解放戦線「和平派」なる分派組織はリーダーと最重要幹部の2名を失った。


 しかし、サーラはその事実を一顧だにせず、まずは手強い敵……ティーカ……から一旦逃れ、態勢の立て直しを図る。

 流れるようにアスリを殺したサーラは、そのまま会議室の「非常時避難扉」に体当たりし、一時的に会議室から退出した。

 足元で赤い光が灯る横長の照明器具が等間隔に配置された薄暗い避難専用通路に飛び込んだサーラ。

 会議室との扉近くのコンクリ壁に背中を預け、アドレナリン全開で繰り広げた「激戦」とティーカの銃床攻撃で受けたダメージによって生じる荒い呼吸を短く吐き出す。


「ハァハァ……ハァハァ…………フー……」


 心臓が高鳴り、極限まで酷使された肉体の各所に血液を送り込む。

 折られた奥歯から溢れる血と痛みが口内を満たし、口角から「ダラリ……」と吐血するも、直ちに「ベッ!」とツバと共に吐き捨てた。


「……あのクソッタレ……覚えてる……ベゼラの巨人パイロット……」


 サーラは先程「会敵」した若き敵王国兵の忌々しい顔を思い起こした。

 数日前、ファーンデディア最大の王国軍基地であるベゼラを攻撃した際、サーラが率いていた部隊を全滅に追いやった鋼鉄の巨人……パワーアーマー……に搭乗していたパイロット兵……それこそがティーカである。

 彼女の脳内を極めて迅速に思考が駆け巡る。


 

 どうする?

 あのパイロットが居る限り、キリシアを殺して父さんを助け出すこと、この「両方の達成」は不可能だ……

 どちらかを優先しなければならない。

 キリシアを殺すか、父さんを助けるか。



 ……そんなの、決まってる!

 


 サーラは決心を固めると、迅速に愛用の人民共和国製自動小銃をリロードした。

 ほぼ残弾0となったバナナマガジンを捨て、腰の弾帯ベルトから新たな弾倉を機関部に叩き込む。

 コッキングレバーを引き、初弾を確実に装填する。

 覚悟を決めた褐色肌の女戦士は、再び「戦場」に向かう。


 一方、「戦場」たる幹部会議室では、ティーカが「最重要指名手配犯」の逃げ込んだ「避難通路」に銃口を向けつつ、キリシアに身の安全を守るよう指示を飛ばしていた。


「殿下!伏せてください!伏せて!!」

「あ、あぁ……わかった!」


 キリシアは若き王国兵の指示に素直に従ってその場に伏せ、護衛の黒服エージェントら4人が己が肉体を「盾」とし、伏せたキリシアに半ば覆い被さる様に彼の前後左右をがっちり固めてしゃがみ込む。

 王弟護衛のエージェントたちは、既に自動拳銃や小型短機関銃を取り出して武装しており、各自の判断で「キリシアを守る者」と「ティーカと共にサーラに立ち向かう者」に分かれる。

 尚、キリシアによるカスバ議事堂への来訪に同行した白人エージェントは全部で12人だったが、先のサーラによる議事堂突入時に議事堂に居た3人が瞬時に殺害され、残り9人となっていた。

 彼ら白人エージェントたちの「配置内訳」は、先に述べた「キリシアを守る者」4名、「サーラと戦う者」3名、そして「テロリストの親玉」こと「ゲイル・ベルカセムを拘束する者」2名である。

 ティーカを会議室に招き入れてキリシアに紹介した護衛エージェントの一人で屈強な白人男……エージェントチーフリーダー……は、進んで「サーラと戦う班」に加わり、.45口径弾を使用する王国製大型軍用拳銃を両手で構えつつティーカの隣を固めながら言った。 


「ホルドレル少尉!あの女は!?」

「奴は扉の向こうです!警戒を!」

「了解ッ!」


 ティーカとエージェント3名が、それぞれの銃口を凶悪な原住亜人テロリストが潜んでいるであろう開け放たれた扉に向け、極めて慎重に一歩ずつ扉へ近付く。


 永遠にも思える張り詰めた空気が支配する。


 その傍らで、既に死体となって転がっているラルビとアスリの部下たちである「和平派」ダニーク人兵士らは救いようの無い無能な様子を発揮し、「オロオロ」と怯えて立ち竦むばかり。

 そのダニーク人の中でも一番の「無能者」であるベンは、サーラによって殺されたアスリの死体に縋り付き啜り泣いていた。


「ひぐ、うぐ……ひぐぅ……マ、ママァ……お、お、お、起きてよぉ~……こ、ここ、怖いよぉ~……ひぐぅ~……」


 喉元を切り裂かれたアスリの死体を揺らしながら、彼女を「ママ」と呼びつつ不細工な顔を彼女の豊満な胸に埋めて小声でむせぶ小柄な中年男の姿は、傍から見れば強い生理的嫌悪感を惹起させるに余りある無様極まるものだったが、この小男の哀れな姿を見る暇がある者など、この部屋には存在しない。


 極限の緊張感を胸に、一歩ずつ慎重に扉へ接近するスタントール人たち。

 するとネクタス州出身の屈強なエージェントチーフリーダーの白人男は、二歩ほど先行する部下2名にハンドサインで指示を出し、扉の両脇を固めさせる。

 小走りで避難通路に続く扉に近寄るエージェント2名。

 直後。

 人民共和国製自動小銃の銃口が突き出てきた。


 連続発砲。


「うぐっ!!」


 2発の7.62mmライフル弾が白人エージェント1名の命を奪う。


「なっ!!」

「クソッ!!」


 一瞬だけティーカはじめスタントール人たちに動揺が走る。

 その隙を、「解放戦線最強の戦士」は逃さない。

 サーラ・ベルカセム、「戦場」への再エントリー。

 赤黒いオーラを纏った褐色少女が、自動小銃を構えながら「目標」に向かって疾風が如く駆ける。

 銃の機関部にマウントされたレッドドットサイトが、愛する父を拘束する憎き敵白人エージェント2人の姿を捉える。

 エージェントの銃口がサーラを捉える直前。


 連続発砲。


 訓練された「王室護衛サービス」の白人男2名が一瞬で殺害された。

 頭部への極めて正確な銃撃。

 エージェント2人により前屈みの姿勢で拘束されていたゲイルは解放されたものの、既に苛烈な暴力の嵐を受けて意識混濁する彼は重力に抗えず、そのまま突っ伏すように倒れ込む。

 父・ゲイルを救わんと走るサーラ。


 だが、スタントール人側もやられてばかりではない。


「ッ!!」


 「巨人パイロット」ティーカのアイアンサイトが、驚異的なスピードでサーラを捉える。


 フルオート射撃。


 しかし、度重なる実戦で鍛え上げられたサーラの肉体は、音速を超えて飛来する敵弾を走り込みだけで回避し、数発が四肢を掠めただけだった。

 鬼の形相となったサーラは左腕一本でゲイルを抱え持つと、そのまま右手一つで自動小銃を振り回して牽制のカウンター射撃をバラ撒く。


「ひぃっ!ぐわっ!!」

「うわっ!あがっ!!」


 サーラのバラ撒いた小銃弾は、彼女の意図せずして立ち竦むばかりだったダニーク人警官や内務委員戦闘員数名の命を刈り取った。

 ティーカやエージェントたちは、直ちにその場に身を屈めて敵弾をやり過ごし難を逃れる。

 しかし、敵のその動作こそ、サーラが狙った「絶好のチャンス」だった。

 彼女はゲイルを半ば引き摺るように抱えたまま、直線的に会議室を走り抜けて議事堂へと続く扉に飛び込み、そのまま一気に議事堂を駆けて「戦場」から離脱した。


 全ては一瞬の出来事であった。


「殿下!!ご無事ですか!!」


 ブルパップ式自動小銃の銃口を下ろしたティーカは、まず真っ先に「最重要人物」の安否を確認。

 護衛のエージェントらの手も借りず、王弟は自らの足でスッと立ち上がった。


「……僕は無事だよ、ホルドレル少尉……ありがとう……キミは?」


 恐るべきテロリストとの激しい銃撃戦の渦中に居たにも関わらず、キリシアは何事も無かったかのように温和な微笑みをティーカに向け、彼に怪我の有無を問う。

 王国兵の返答が返ってくる。


「私は問題ありません……ただ……」


 ティーカの顔に歪みが生じる。

 会敵当初のサーラの狙いは、間違いなく「キリシアの命」だった。

 しかし、それの達成が困難と見るや、あの凶悪なテロリストは目標を変更したのだ。

 すなわち、拘束された実の父親にして解放戦線最高指導者の救出。

 訓練された複数の敵兵で完全に取り囲まれた状態な上に手負いとなっているゲイルを救うなど、ほとんど自殺行為も同然の狂気の沙汰だが……サーラは見事やってのけたのだ。

 そして、そんな敵テロリストの「目標達成」を許してしまった自身の不甲斐なさにティーカは自責の念を感じざるを得ず、失態を挽回すべく一刻も早くサーラを追撃したいという焦燥に駆られ出す。

 すると、まるで彼の心境を察したかのように「恋人の女兵士」から通信が入る。


『ティーカ!聞こえるか!応答しろ!本隊はまもなくポイントガンマに到着する!』


 ティーカは直ちに小型無線機を掴み、応答する。


「レシア……ホルドレルは先行してキリシア殿下と合流するも、直後、サーラ・ベルカセムと交戦。

 ……殿下が拘束していたテロリスト首魁、ゲイル・ベルカセムの奪還を許してしまいました……

 殿下にお怪我はありません。」


 ティーカは可能な限り焦燥感を抑え込みつつ簡潔にレシアへ状況報告を行った。

 だがそれは、レシアが「最も聞きたかった報告」では無かった。


『なに!?サーラのクソと交戦しただぁ!?お前は無事なのか!!怪我は!?』


 レシアにとって、「キリシアの安否」や「ゲイルの逃亡」なんぞよりも「ティーカの無事」が最も気掛かりな事柄であった。

 半ば怒声となった「恋人」の問い掛けに、ティーカは努めて冷静に応じる。


「負傷無し。任務続行可能です。」


 そこで一呼吸を置くと、ティーカは「上官」でもあるレシアに「ある許可」を求めた。


「ヤツはまだ遠くに行ってません……レシア……サーラ・ベルカセムの追撃許可を……」

『ダメだ!お前が本当に無事か、顔を見るまであたしの気が済まない!

 それに、あのクソ女をりに行くってんなら、あたしもついていく!

 だから……本隊到着まで待て!この馬鹿!!先走るな!!……レシア、通信終了アウト!』


 ティーカの「許可願い」は一蹴されてしまい、続けて「さらに上の上官」であるダリル・マッコイ少将からもダメ押しの指令通信が入る。


『おーい、ティー坊……ダリルだ。

 まずは殿下救出とサーラちゃん撃退、お疲れさん。

 憎い憎いサーラちゃんを追いかけたい気持ちはよ~く分かるが……レシア嬢ちゃんが言ったように、まずは本隊と合流して殿下の身の安全を確実に確保しろ。

 それが出来るのは、サーラちゃんと互角にやり合えるお前さんしかいない。

 今、殿下救出の為、アディニアから陸軍と州警察混成の臨時ヘリボーン部隊がカスバに向かってる。

 もうそろそろお前たちの居るポイントガンマの直上……旧カスバ地区州警察監視拠点に到着する予定だ。

 殿下を護衛してヘリ部隊と合流しろ……最優先だ、いいな?』


 普段は軍律など気にせずラフさをモットーとするダリルだったが、今回の通信には有無を言わせぬ「圧」を感じさせた。

 暗に「サーラとの戦闘で頭に血が上ってるようだから、少し落ち着け」と諭す意図もあったのだろう。

 ティーカは一瞬だけ俯くと、ダリルの意図を理解して持ち前の冷静さを取り戻し、素直に命令受諾の返答をした。


「……ホルドレル、了解。殿下護衛を最優先致します。」

『頼んだぜ、ティー坊……クールに行こうぜ?

 ……ダリル、通信終了アウト。』

 

 レシア、ダリルとの連続通信を終えるなり、キリシアが近付いてきた。

 まるで「恋人」が電話を終えるのを待っていたかのように。


「……その、ホルドレル少尉?すまないが、キミが護衛してくれると助かるよ……

 僕のエージェントも、半数が倒されてしまった。

 あの褐色女を追撃したい気持ちは痛いほど理解できるし、本来なら僕から追撃許可を出したいくらいだが……

 ……すまない、正直に言って怖いんだ……守ってくれないかな?」


 仄かに紅潮した端正な王弟の美しい顔に、救いを求める儚げな少女が如き表情が浮かぶ。

 キリシアの同性愛者かつ女性的「本性」が現れていた。

 先程ティーカが見せつけたサーラとの激闘を目の当たりにし、キリシアも淡い恋心を若き王国兵に抱いていていたのであった。

 だがティーカは王弟の心理に気付くことなく、乱れ無き敬礼と共に力強い返答を返す。


「イエッサー!命に代えても殿下をお守り致します!」

「あ……うん……ありがとう。」


 このティーカの言葉に、キリシアの心はさらに揺れ動いた。

 そんなキリシアの隣に、先程サーラとの戦いを共にしたエージェントリーダーの男が進み出て、ティーカの勇戦を称える。


「……ホルドレル少尉……俺からも感謝したい。

 あのサーラ・ベルカセムの圧倒的スピードに、俺たちエージェントだけでは到底太刀打ち出来なかった。

 ……実に見事な戦い振りだった……

 少尉が護衛に同行してもらえると、俺たちも本当に助かる。」


 握手を求めるエージェントリーダーに、ティーカは応じた。


「身に余る賛辞を受け、大変光栄です。殿下護衛に死力を尽くします。」


 固い握手を交わす王室護衛サービスのエージェントと若き王国兵。

 僅かな時間であったが、凶悪なテロリストとの激闘を共にしたことで「戦友意識」が芽生える。

 その後、ティーカはサーラによって倒された同胞のエージェントたちの介抱に、生き残りのエージェントらと共に当たったが、残念ながら全員既に事切れていた。

 サーラの銃撃は、恐ろしいほどに正確であった。

 続けてラルビとアスリ……ダニーク人協力者たちの状態を確認するも、同じく命の灯はうに消え失せていた。

 こちらの生き残りであるベン・ベラクスは、尚もアスリの死体に縋りついたまま、キリシアとティーカに救いを求めるようにツラを上げて喚いた。


「あ、あの……ひぐ……ぼ、ぼぼぼ、僕はどうすればぁぁ……うわあぁぁ……アスリが起きないよぉ……」


 だが、キリシア、ティーカ両者ともに無様極まるベンと、尚も立ち竦んだままのダニーク「和平派」兵士らの存在を気に掛けることすら無く、生き残りのエージェントたちを伴って会議室を出て議事堂へ移動。

 そこには既に、レシア率いる「王弟救出先行部隊」の本隊が到着していた。


「ティーカ!!」


 会議室から出てきた「恋人」の姿を見るなり、レシアは周囲の目を気にすることなく抱き付いた。

 豊満極まる紅髪女の胸元が、青年王国兵の鍛えられた胸筋と密着する。

 これには流石に困惑を隠せないティーカ。

 

「レ、レシア!?その……」

「本当に怪我一つねぇ……あのサーラと殺し合ったってのに……

 どんだけ強いんだ?お前?」


 大切な宝物にキズが付いていないか確かめるかのように、ティーカに抱き付いたレシアは彼の背中や腹部など身体中を触って回り、潤んだ唇で彼の左耳や首筋にキスする。

 すると露骨に不機嫌な表情を浮かべたキリシアが両者のあいだに割って入り、レシアとティーカを引き離した。


「リョーデック大尉?すまないが、ホルドレル君が困っているようだ。

 ……離れたまえ。」


 これにレシアは最初「キョトン」とするも、やがて「ムスッ」と不機嫌さを露わにした。


「あ、あん?……なんで殿下が……む、むぅ……なんかムカつく……」


 戦場の只中にも関わらず、ティーカを巡って「対立」し出す美形の王子とスタイル抜群の女兵士という構図が生じるも、傍から見ていたアレンが「意見具申」する形で場を治めた。


「あ、あの!……味方ヘリ部隊との合流を急ぎましょう!

 敵の増援が来る前に!」


 これにレシアとキリシアは互いに渋々「矛」を収めて従う。


「……ケッ!……弾は前からだけじゃねぇぞ、殿下?」


 小声で悪態を吐くレシアに、キリシアは皮肉で返す。


「……ご忠告どうも、リョーデック大尉殿……では、レディーファーストなので前を頼むよ。

 ホルドレル少尉は僕の隣にいてくれ。」


 キリシアがティーカの左腕を縋るように掴む。

 流石に戸惑いの色を隠せなくなってきた若き王国兵であったが、王弟の願いとあっては無下に断れず承諾する。


「は、ははっ……了解しました。」

「はぁ!?なにをほざいてやがる!?ティーカはあたしの隣だ!!」


 すると立ちどころに、およそ王室関係者に向ける言葉ではない粗野な口調で「恋人」の右腕を引っ張るレシア。

 王弟も負けじとティーカの左腕を引っ張る。


「リョーデック大尉!やめたまえ!!」

 

 にわかに再燃し出した「ティーカ争奪戦」であったが、耐えかねたエージェントチーフリーダーの怒りの一喝が飛んだ。


「いい加減にしろ、ガキ共!!痴話喧嘩は後でやれ!!回収ポイントへ移動するぞ!!」


 この一言でようやく場は治まった。

 渋々ティーカを解放する王弟とレシア。

 キリシアの美顔には反省の色が浮かんでいたが、レシアは怒気を全力で放ったまま部隊を先導する。


「……チッ!……おらぁ、クソッタレ共!!クソヘリとの合流地点へ移動する!!

 目に付いた茶色い奴は全部撃て!!……いくぞ!!」


 レシアの指示に、王国兵たちもおずおずと従う。

 一方、エージェントチーフリーダーの男は、キリシアに敬礼して先の非礼を詫びた。


「……殿下、ご無礼を……」

「いや、僕の方こそすまなかった……では、ホルドレル少尉……改めて護衛を頼むよ。」


 キリシアは素直に自身の不明を恥じると共に、再度ティーカに微笑みを向けて言った。


「はっ!承知しました!」

 

 ティーカも改めて敬礼を示して力強く返答する。

 斯くして、王国側は「要人の戦場離脱」を優先すべく動き出した。


……


「ハァハァ……ハァハァ……」


 成人男性一人を抱えながらの全力疾走で疲弊した若き解放戦線女性戦士・サーラは、議事堂から数百メートル離れた地上へ続く避難階段の踊り場の壁に身体を預けて呼吸を整えていた。

 サーラの愛する父にして解放戦線最高指導者であるゲイル・ベルカセムは、辛くも意識を取り戻しつつあり、今は階段踊り場の床に俯せに伏していた。


「う、うぅ……」


 唸り声を上げながら、ゆっくりとゲイルは身を起こした。

 たちまちサーラが介抱に当たる。


「父さん!!」


 腰の弾帯ベルト装着の革製バッグから医療キットを取り出し、ゲイルの傷の応急的手当てを試みる。


「……サ、サーラ……」

「父さん……しゃべっちゃだめよ、体力を消耗してしまう……」


 ゲイルの応急処置を続けるサーラの元に、味方通信用小型無線機から連絡が入る。


『同志サーラ!聞こえるか!?こちらはバシルだ!』


 通信相手は、サーラの副官的存在である前線指揮官の男だった。

 失敗に終わったアディニア同時テロ攻勢にて、スタントール軍や解放戦線「和平派」部隊による攻撃をサーラと共に退けた後、別行動を取っていたバシルであったが、ようやく彼も味方と合流できたようだ。

 直ちに応答するサーラ。


「バシル!こちら、サーラ。状況は?」

『先程、同志モルディアナたちと合流し、臨時野戦司令部を編成した。

 現在、アネットとヤシュクがそれぞれ1個機械化大隊を率いてカスバに急行中だが、アディニア方面から敵の大規模ヘリ部隊が接近しているとの通報を受けた。』


 バシルからもたらされた「敵ヘリ部隊接近」の報に、サーラの精悍な顔が歪む。

 

「クソッ……スタトリアの増援か?」


 だがバシルは自身の予測と現在の戦況を鑑みて「敵の狙い」を正確に言い当てた。


『いや、恐らくこのヘリ部隊の目的はキリシアの救出だろう。

 連中の通信の一部を傍受したが……あの305大隊のクソ女、レシア・リョーデックと、ティーカ・ホルドレルなる男がキリシアの護衛に加わり、地上を目指しているようだ。』

 

 ティーカ・ホルドレル?

 サーラは初めて聞いた敵の名前に一瞬だけクエッションを浮かべたが、通信で固有名を呼ばれる程の人物でキリシアの護衛に加わった者となれば、すぐに特定できた。


 あの忌々しい巨人パイロットの王国兵か!


 サーラは脳裏に刻まれた「必ず殺す王国兵リスト」に「ティーカ・ホルドレル」を書き加えた。

 しかし直ぐに思考を切り替え、戦況確認を優先する。


「バシル、アネットとヤシュクの到着は?」

『あと10分以内にカスバ外縁防衛線の味方部隊と合流予定だ。

 そちらの状況は?』


 バシルの問いに、サーラはありのままを回答する。


「……同志ゲイル・ベルカセム書記長閣下の救出に成功した……

 だが、かなりの重傷を負っている。今すぐにでも本格的な治療が必要だ。」


 これにバシルはじめ野戦司令部の面々が驚喜してサーラの「偉業」を称えると同時に、ゲイルの容態を案じる。


『なんだって!?同志書記長を救出したのか!?……流石だ、同志サーラ……

 ……その、同志書記長のご容態は厳しいのか?移動は可能か?』

「……待ってくれ、今、手当て中だ……改めて通信する。ゴブリン1、通信終了アウト。」


 サーラはバシルとの通信を一時的に遮断し、ゲイルの手当てを続ける。

 血塗れの顔をタオルで拭い、額や頬に刻まれた傷に包帯を当てる。


「う、うぅ……サ、サーラ……ここは?」


 意識をほぼ取り戻したゲイルが、愛する娘に問い掛ける。

 サーラは緋色の瞳にうっすらと涙を浮かべながら答える。


「父さん……ここは、議事堂から離れた地上避難階段……もうすぐ、アネットたちの救援部隊が到着するわ。」

「……そうか……迷惑を掛けたね……すまない……う、ゴフッ!」


 ゲイルは、娘に己が不明を詫びつつ、苦し気な咳払いを伴いながら言葉を続ける。


「……キリシアは?……ラルビと……ゴホッ!……アスリはどうした?」

「裏切り者のラルビとアスリには死んでもらったわ。でも……キリシアは殺し損ねてしまった……」


 サーラの顔が曇る。

 他ならぬ父ゲイルに課せられた「至上命令」を達成できなかった不甲斐なさと悔しさが滲む。

 だが、ゲイルはサーラのこれを寛大に許した。


「……サーラ……自分を責めるな……キリシアとカリーシアにはいずれ……ゴホッ!ゴフッ!!」


 酷く咳き込むゲイルの口から、相当の出血が見られた。

 恐らく、王弟に拘束される際に浴びせられた無数の警棒の嵐が、ゲイルの内臓器官に相当のダメージを与えたようだ。

 急いで医者に診せなければならない。


「父さん……アネットたちと合流して医者に診てもらわなきゃ……移動しよう……」

「ゴホッゴホッ!!……あ、あぁ、すまない……先導してくれ……」


 サーラは左腕でゲイルの右肩を抱きつつ立ち上がった。

 味方戦闘部隊との合流を目指して。

 

 だが、そこに強大な敵が立ち塞がる。


 王国側でも解放戦線「主戦派」側でもない、「赤い星」を纏うティルトローター式重装甲ガンシップヘリが、その不気味な巨体をカスバ上空に刻む。


 カスバの戦いは、「戦場」を地上に移して苛烈さを増していく。

 右肩と左太腿に負った傷から血を流しながら、軍服姿の男がとある建物から出てきた。

 男は右手に愛用の人民共和国製軍用拳銃を握り、左手で別の男の襟首を掴んで引き摺っている。

 

「しょ、将軍!?……将軍閣下だ!!」


 建物を取り囲んでいた人民軍機械化部隊の兵士が男の姿に気付くなり、彼を「将軍」と呼んで傍へ駆け付ける。

 それが合図であったかのように、たちまち他の兵士や市民たちも男の元へと集まった。


……


 ここは、とある異世界に存在する強大な共産主義国家……アーガン人民共和国。

 その「絶対首都」カムラクに聳える「内務人民委員会ビル」のメインエントランスである。


 「将軍」と呼ばれた傷付いた軍服男……ザイツォン・ベタシゲンは、まさにこの瞬間、人民共和国の「全権力掌握」に成功したのであった。


 負傷した「最高指導者」の傷を手当てしようと、人民軍機械化部隊所属の衛生兵が複数名駆け寄る。


「将軍閣下!!直ちに治療します!傷をお見せください!」

「……俺は大丈夫だ……それよりも、この死にかけの大馬鹿野郎を手当てしてやってくれ。

 この間、息子が生まれたばかりなんだ。」


 ザイツォンはそう言うと自身の治療を拒み、襟首を掴んで引き摺っていた別の男の身体を投げて寄越した。

 満身創痍状態で、両手・両足をガムテープと紐で雁字搦めに拘束された「別の男」……国家人民保安局上級エージェントにして保安局局長の長男、マグサ・ミコニヤコ……は、絞り出すように震える声で戸惑いを口にした。


「……ザ、ザ……ザイ……ツォン……坊ちゃま…………な、なぜ……私を……殺さない……」

「黙れ、マグサ。お前には聞きたいことが山ほどある。

 ……尋問は手当てしてからだ……」


 将軍は有無を言わさず告げると、つい先程まで文字通りの死闘を繰り広げた相手の発言を遮った。

 指導者の命に従い、瀕死の重傷を負ったマグサに応急処置を施した後、彼の身柄を改めて拘束して最寄りの病院へと連行する人民軍衛生兵たち。

 その様子を確認するなり、ザイツォンは「ドサッ」と座り込んだ。


「ザ、ザイツォンッ!!」


 ザイツォンに遅れて内務人民委員ビルから出てきた女性兵士が、彼の名を叫びながら駆け寄り、すぐさま応急処置を試みる。


「……へへ、ユナタ……マグサの野郎に勝ったぜ……それで、下の様子はどうだ?」


 ザイツォンは「愛する妻」に微笑みを向けつつ自身の銃創を治療してもらいながら、「地下の状況」を確認する。

 精悍で美しい元空軍エースパイロットのユナタ・ジクラキムは、安堵の涙を瞳に浮かべながら報告した。


「……『特定文書保管室』に仕掛けられてた爆弾なら、さっき工兵隊が全部解除したよ。

 今は、パガンが指揮を執って”例の文書”を探してる……多分、もうそろそろ見つかると思う。」

「そうか……クソ……マグサの奴、俺たちを確実に始末してからビルごと吹っ飛ばすつもりだったんだろうな……」

 

 「最高指導者」の男は、幼馴染の親友だった男の企みを、精悍な顔を若干顰めながら見抜いた。

 なお、ユナタの言った「例の文書」とは、恐るべき冷血女ことカレン・アクラコンの一族が極秘に確保・収容していた「現実を大改変させ得る異常物品」……神の演算機……に関する記録文書のことである。

 ザイツォンが祖国の「全権力奪取」の為に内戦へと突入した最大の原因こそ、この「神の演算機」をアクラコン姉妹が「悪用」しようとしていることに気付いたからだ。

 もし、カレンが演算機を用いて大規模な「現実改変」を行えば、これまで築き上げた人類の歴史が……大勢の人々の犠牲が……全て無に帰し、さらに無数の罪無き人類が死ぬ恐れがある。

 それを阻止する為にも、そもそも「神の演算機」なるものが如何なる代物なのか……その全容を把握する必要がある。

 ユナタに助力する形で人民軍衛生兵らもザイツォンの負傷治療に加わり、速やかに適切な応急処理が終わった。


「ありがとう……よし、それじゃ、改めて下の様子を見に行くか。」


 ザイツォンは処理が終わるなり徐に立ち上がり、自身がマグサを引っ張りながら出てきた内務人民委員会ビルへ戻ろうとする。

 ユナタや衛生兵たちの「将軍、病院へ!」との呼びかけを半ば無視してビルエントランスに近づいたところ、屈強な体格をした元空軍整備部隊隊長の大男……パガンが、深刻な表情を浮かべて数名の兵士たちを伴いビルから出てきた。

 つい先程まで「保安局トップエージェント」と激戦を繰り広げ、これを制したばかりの「最高指導者」が目の前にいたことで、パガンは思わず驚いてしまう。


「あ、将軍閣下!そ、その……お怪我は?」

「大丈夫だ、ユナタたちのお陰でとりあえず血は止まった。

 それで?文書は見つかったか?」


 ザイツォンは気さくな微笑みを浮かべてパガンに首尾を問う。


「は……おそらく、こ、これで間違いはないかと……」


 するとパガンは、小脇に抱えていた紙製のフォルダに収められた「秘匿記録文書」を恐る恐る「最高指導者」へ手渡した。

 その場で受け取った文書を確認するザイツォン。

 文書を読み進めるごとに将軍の顔には険しい表情が刻まれ、一通り内容を把握し終えるとおもてを上げてパガンに言った。


「……パガン……お前もこれを読んだか?」

「……は、はい……」


 屈強な大男が小刻みに震えていた。

 それは、自分が生まれ育った祖国に「とんでもなく悍ましいナニカ」が存在し、ソレが夥しい犠牲の果てに「祖国を産み落とした」という「恐るべき真実」を知ってしまった名状し難い恐怖から来る震えであった。

 記録文書を読み終えたザイツォンはしばし沈黙した後、パガンやユナタはじめ周囲の兵士たちにこう告げた。


「……ロングニル王とベルベキアの統括元帥、それに……スタントールの女王に大至急連絡だ……

 ボサッとするな!今すぐ手配しろ!!

 こんなクソみたいなシロモノ、俺たちだけじゃ対処できん!!」

「は、ははっ!!将軍閣下!!」


 ザイツォンの怒気を孕んだ強い言葉に兵士たちは反射的に敬礼した後、至上命令を実行すべく散っていく。

 普段は温和な「夫」の豹変に、「妻」のユナタは不安な表情を浮かべる。

 

「ザ、ザイツォン?……ねぇ、そこに一体、何が書かれてたの?」

 

 ユナタの戸惑う声を他所に、ザイツォンは独り言のように呟いた。


「……こんな特級にヤバいブツを、よくも隠してやがったな?カレン……いや、アクラコンのクソ女ども……

 ……人類の命を……なんだと思ってやがる……お前らが望んだ世界を買う為のカネじゃねぇんだぞ?」


 ザイツォンはこみ上げる憎悪と怒りで、無意識の内に手にしていた記録文書を紙ファイルごと「クシャッ」と握り潰してしまった。

 

 神の演算機は、既に「世界再構築準備」を始めていた。

 ファーンデディアの奥地にて静かに稼働する「異常物品」は、その「再構築準備」に必要な「経費」……スタントール人とダニーク人の命……の「支払状況確認カウントダウン」を進める。


 次なる世界大戦の足音が近付いていた。

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