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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第八章  戦火再燃のファーンデディア
61/63

60. カスバの戦い 前編

【新暦1932年5月23日付 ノルトスタントール連合王国王国政府内務省 通達

 第000号命令書(特定指定保管命令書)「王国特定地域原住民の完全絶滅に関する特別命令」の発令及び施行に関する緊急通達(極秘)

 より一部抜粋】


 ノルトスタントール連合王国王国政府内務省 第000号命令書(特定指定保管命令書)


・新暦462年7月1日付 命令書作成

 カリーシア・ハピヒツブルッケ・シノーデル 第2代ノルトスタントール連合王国国王(初代女王) 署名

 アリス・デルバータ ネクタス広域州諸公爵代表 署名

 アルプレヒト・デルバータ 王国宰相兼軍務大臣 署名


・新暦1932年5月23日付 命令書緊急通達

 カリーシア・シノーデルⅡ世 第25代ノルトスタントール連合王国国王(第7代女王) 再署名

 エミリアン・サリコジ 王国首相兼王国国民議会議長 署名

 ハインツ・デルバータ ネクタス広域州大貴族連絡会終身会長 署名※注記有り

  ※ルネ・ミッテランダ 王国副首相兼内相の「良心的署名拒否」に基づく代理署名


<序文>

 ノルトスタントール連合王国(以後、我ガ王国)ノ不可分ニシテ要タル直轄領「ファーンデディア」ニテ跳梁跋扈セシ悪辣極メル土着民・ダニーク亜人ガ邪教「ダナーラム」ハ原理主義者ニヨル我ガ王国臣民ヘノ狼藉ヲ、わらわカリーシアハ未来永劫ニ渡リコレヲ許サズ。

 以テ後世ニ如何ナル立法ガ成サレヨウトコレヲ超越シ、後世王国統治者ハ本命令ヲ完全ニ有効トセシモノト厳ニ命ズ。


(中略)


<主文>

 我ガ王国ハ、此度「ダナーラム完全廃却措置」ヲバ講ジタガ、措置ニ瑕疵アリテ「ダナーラム」信仰ガ復古セシ折ハ、ソノ信仰復古ヲ王国統治者ガ感知次第、ファーンデディア土民・ダニーク亜人ガ「生存権」を否定ス。

 本命令書施行ノとき、我ガ王国ハ持テル国力ヲ総動員セシテダニーク亜人ナル種族ヲ完全絶滅スベシ。

 以下、我ガ王国ガ執行スベキ処置ヲ記ス……


(中略)


※新暦1932年5月23日付 連合王国王国政府内務省 緊急通達追記


<命令書追記>

 !!緊急通達!!命令書発令に該当する事案発生について


 王国海軍軍令本部付王国防諜局作戦第1課並びに王国内務省国家憲兵隊ファーンデディア広域州治安本部は、新暦1932年5月22日に我が王国直轄領・ファーンデディア広域州州都アディニアにて発生した一連の「連続自爆テロ」を、ダナーラム教原理主義者による犯行と断定した。


(中略)


 よって王国政府は、偉大なるカリーシアⅠ世女王陛下の第000号命令書(特定指定保管命令書)(以後、本命令書)の発令並びに施行事案に該当すると判断し、王国関係各省に緊急で通達するものである。

 これにより、ファーンデディア原住民・ダニーク人の「生存権」は本通達翌日の新暦1932年5月24日午前0時を以て消滅。

 王国関係各省は以下に記す措置を直ちに講ずること……


(後略)

新暦1932年5月22日。

 とある異世界の南半球に位置する大都市は、やがて本格的に訪れるであろう冬の気配を感じさせる冷ややかな風に包まれながらも、蒼天に輝く太陽が街を行き交う大勢の人々を遍く照らしていた。

 ここは肥沃な大地と豊富な地下資源に恵まれた「祝福の大地」ファーンデディア広域州の州都・アディニア。

 人口約400万人を抱えた、この異世界屈指の主要都市である。

 「支配者」たる白人種族・スタントール人たちでごった返す街のメインターミナル「ケーニヒススピーア(王の矛)」駅の風景は、まるでここファーンデディアが「平和」であるかのような錯覚を感じさせる。

 しかし、アディニア市から僅か100キロ程南に下ったベゼラ地方では、つい数日前、ファーンデディアの分離独立を求める原住民武装組織「ダニーク解放戦線」とスタントール王国軍との間で激しい戦闘が生起しており、目下「祝福の大地」を消える気配のない憎悪と戦雲が覆っている。

 だが、大勢のファーンデディア在住スタントール人……センチネル……にとって、「卑しい原住民共」の「独立騒ぎ」は極めて強い不快感こそ覚えるものの、「戦い」そのものは何処か他人事のように捉えられており、戦闘やテロで「民間人」の死傷者が出てもそれは「不幸な連中が巻き添えを喰らった」程度にしか認識していなかった。

 以前、解放戦線が王都・フェリスで引き起こした「4.11同時多発テロ」に至っては文字通り「対岸の火事」としか考えておらず、むしろ弱腰だった本国政府がテロを受けて解放戦線との全面対決姿勢を打ち出したことで、一種の「好事」と捉える者さえいた。

 加えて解放戦線の拠点都市と化していた南部のオラン市を「偉大なる女王陛下」が核で吹き飛ばした後は、センチネルの大半が「ダニーク解放戦線はとっくに壊滅し、戦いはほとんど終わった」と考え、その後5年間に及んだ「暫定停戦」による「仮初の平和」は、センチネルたちを「大戦前の日常」へと戻していた。

 

 この時までは。


 スーツ姿の営業マンやOLに学生、名門百貨店で購入したブランド服を着込んだ高齢の貴婦人に幼子の手を引く若い母親など、老若男女問わずターミナル駅を利用する「偉大なる支配者種族」たる白人らの雑踏の中に、褐色に輝く肌に精悍な顔付きをした原住民・ダニーク人の若い男が一人混じっている。

 男は薄汚れた作業着姿で、すれ違うスタントール白人たちは誰もが「卑しい原住民」の男に対して顔を歪めて侮蔑の眼差しを送る。

 やがてダニーク人の若い男は、「ケーニヒススピーア」駅で最も人の往来が激しいファーンデディア広域州を南北に縦断する王国国営鉄道運営の「ファーンデディア縦貫高速鉄道」主要改札口の前に辿り着いた。

 すると男は突然立ち止まり、まるで天空の神々へ祈るかのように両手を大きく上へと掲げ、精悍な顔も真っ直ぐ天を仰ぐ。

 燃え盛る緋色の瞳を瞼で覆った直後、男は声高に叫んだ。


「……ダーナッ、アクバールッ!!」


 ダニーク人の若い男は、彼らの言葉で「神は偉大なり」を意味する祝詞を叫ぶと同時に、天へと掲げた右手に握るトリガー式「起爆スイッチ」をグイッと握り締めた。


 大爆発。


 男が作業着の下に着込むベストに装着された人民共和国製超高性能小型プラスチック爆弾が一斉に起爆。

 爆弾に「同封」された対人指向性地雷用小型鉄粒も音速を超えて周囲360°に撒き散らされ、破滅的な爆風と共に付近のスタントール人たちの肉体を引き裂いた。

 爆心地となったダニーク人の男は、一かけらの肉片すら残さずこの世から消え失せて「神々の御許」へと旅立ち、巻き込まれた白人たちのバラバラになった血肉と瓦礫が一帯を覆う粉塵によって隠される。


「な、なんだ!?」

「爆発だ!テロだっ!!」

「きゃあぁぁーっ!!誰か助けてっ!!」


 地獄絵図と化した改札口からやや離れた場所にて難を逃れた通勤・通学客たちが、突如発生した爆発で極度の混乱を来たし、我先にと駅の外を目指して走り出す。


「あっ!ぎゃっ!た、たすけ……ぶごっ!!」

「うわっ!やめろっ!ぎゃっ!ぐっ!!」

「痛っ!やめ……助け……ぐっ!……お、おかあさ……ごっ!!」


 無秩序な避難行動はさらなる被害をもたらした。

 無数の群衆がデタラメに走り回ったせいで、転んでしまった老人は後ろから来た者に容赦なく踏み付けられて死に、背の低い子供は蹴り殺されてしまう。

 自爆テロによる犠牲者の「数」に、雑踏事故の死傷者が凄まじい勢いで追加される。


……そんな彼ら彼女らスタントール人の「死者」は、ファーンデディア南端の人民共和国軍事基地奥深くに眠る「ノートパソコン」にて、「消費要求生命体エネルギー」として静かにカウントされる……

 

 突然の原住民による自爆テロと、それに付随して発生した雑踏事故を辛くも潜り抜けた大勢の白人たちが、何とか「ケーニヒススピーア」駅から脱出する。

 これから駅に入ろうとした者や、付近を歩いていた者など周囲の人々も「何事か」と歩みを止めて野次馬と化す。

 程なくして、無数の甲高いサイレンの音が駅に集まってきた。

 消防車や救急車を筆頭に、広域州武装警察の装甲バスやパトカー、さらには解放戦線による「テロ情報」を「事前に」掴んでいて待機中だった王国軍の装甲車両も姿を見せる。

 駅周辺に王国側治安当局が展開し、駅改札口で発生したテロに対処すべく消防士や救急隊員、警官に軍人が慌ただしく乗ってきた車両から降車した。

 駅から出てきた負傷者の手当てを始める救急隊員に、大陸共通語で「立入禁止」と書かれた非常線テープを手にして無秩序な野次馬の群衆の整理誘導を始める武装警官たち。

 王国軍の装甲車は砲塔を旋回しながら周辺警戒を強め、新型ブルパップ式自動小銃で武装した兵士たちは「テロ発生現場」と化した駅構内へ消防士らと共に突入する。

 そんな様子を、飽きもせず眺めるセンチネルの野次馬たち。


「……」


 白人まみれの群衆の中に、幼い褐色肌のダニーク人少女の姿があった。


 薄汚れたシャツに継ぎ接ぎだらけの黒色のスカートという「典型的なダニーク人貧困層の子供」の出で立ちをした少女の「紺碧の瞳」には強い憎しみが刻まれており、幼いながらも堀が深く端正な顔には、到底年齢と釣り合わない「悲壮な覚悟」が浮かんでいた。

 少女は白い布で覆われた木製バスケットを抱えながら野次馬の最前列から飛び出し、非常線を超えて駆け足で武装警察の装甲バスに近付く。

 それに気付いたスタントール人の若い女性所轄警官が、飛び出てきた原住民の少女を制止しようと、彼女の小さな肩を掴んで言った。


「こ、こらっ!出てきちゃダメよ!危ないから下がって!」


 すると少女は、パッと女性警官の手を払い除けて振り返るなり叫んだ。


「スタントールの悪魔!お母さんの仇だっ!!

 ……ダーナ様!バンザーイッ!!」


 少女がバスケットから伸びていた白いコードを引っ張った直後。


 大爆発。


 破滅的な爆発エネルギーが少女を中心に拡散。

 爆心地のダニーク人「混血児」少女は言うに及ばず、彼女を制止しようとした若い女性警官や付近の野次馬の肉体は原子レベルまで分解され、バスケットにプラスチック爆弾と同梱されていたステンレス製の鉄釘と対人地雷用鉄球が被害を途方も無く拡大させた。

 少女が「標的」としていた武装警察装甲バスには爆風に加えて無数の「意図的な破片」が食い込み、車体の右半分を大破させられ爆発炎上。

 さらに周囲のパトカーや救急車にも容赦なく被害が及び、王国治安当局職員の多数を殺傷した。

 そして何より、野次馬の民間人たちに肉体的損傷に加えて心理的恐怖を惹起させ、もはや収めようのない大混乱を引き起こした。


「ぎゃああぁぁーーっ!!腕がぁっ!!」

「きゃあぁっ!!痛いっ!痛いぃっ!!」

「誰か助けてくれ!目が……目が見えない!」


 爆発地点から程近い所にいた「非常線」前列の群衆は大半が即死し、その後ろや少し離れた場所にいた者にも音速を超えて飛来した鉄釘や鉄球が襲い掛かり、四肢欠損等の重傷を負わせる。

 辛くも軽傷や無傷で済んだ者も、我先にこの場を離れようと無秩序に逃げ回り、駅構内で発生したのと同様の、あるいはそれ以上の被害をもたらす凄惨な雑踏事故が周辺の至る所で生起する。

 

 ……この日、斯様なダニーク人自爆テロとそれに付随する惨劇が、ほぼ同時にアディニアの主要地区各所で発生……

 その惨劇を目の当たりにし、辛くも生還したセンチネルたちは口を揃えて王国治安当局の職員にこう証言した。


 「自爆したダニーク人が『ダーナアクバル』と叫んでいた」と。


 斯くして、ノルトスタントール連合王国はかつて「滅ぼした」筈の「邪教」が復活したことを思い知ったのであった。


……


 経年劣化著しい錆塗れ状態となっている一両編成の地下鉄電車が、不快な甲高い金属音を奏でるブレーキを掛けながら、王国側行政当局から存在すら忘れ去られたとある廃駅に到着した。

 電車が完全に停止すると運転席の扉が開き、一人の褐色少女戦士がホームに降り立った。


「……」


 堀深い精悍な顔に燃えるような緋色の瞳を輝かせる緑色の軍服を纏う女戦士は、薄暗い無人の駅構内の様子に警戒心を露わにする。

 彼女の名はサーラ・ベルカセム。

 ダニーク解放戦線「最強」の呼び声高い歴戦の猛者である。

 今、彼女が自ら運転するオンボロ電車で辿り着いた廃駅は、「解放戦線」が運営するカスバ地区「行政地区」の主要連絡駅である。

 本来であれば、駅を警備する味方戦士や作業人夫で喧騒に包まれている筈であるが、今は不気味なまでに静まり返っている。

 サーラは愛用する人民共和国製自動小銃を簡単に点検して安全装置を解除し、両手でしっかり構えて周辺警戒しつつ歩を進める。

 すると。

 駅改札口方面から複数の「同胞」の武装兵が姿を見せた。

 サーラと同じダニーク人の褐色肌男たちは、それぞれ人民共和国製自動小銃や短機関銃を手にしており、ホームへと駆け寄ってくる。

 その制服は「民警」のモノであり、歴戦の少女戦士にとっては今や「敵」に当たる男たちだった。

 サーラは「敵武装兵」に気付かれないよう、ホームの柱の一つに素早く身を隠し、そっと顔を横に出して様子を窺う。

 「敵兵」らは、銃を構えて先程サーラが運転した電車へと慎重に近付く。

 隊長格と思われる紅色の憲兵ベレー帽を被った褐色男が、配下の兵士らに指示する小声が聞こえる。

 

「警戒しろ……あの女は必ずこの電車にいる筈だ……発見次第、撃て。」

「……了解、同志隊長……」


 彼らは半ば怯えていた。

 サーラの持つ圧倒的な戦闘能力は、敵味方問わず全世界に知れ渡っていたからだ。

 そして彼ら「民警武装兵」たちは、そんなサーラの戦闘能力をまもなく体験することになる。

 体験料は彼らの命だ。


 連続発砲。


 サーラは柱から身を乗り出すと、電車の方に気を取られていた「敵」民警武装兵の集団に極めて正確な銃撃を叩き込んだ。

 

「おがっ!」

「ぐっ!」

「あぎゃっ!!」


 同胞であろうとサーラは一切容赦しなかった。

 彼女の放った7.62mm弾は、薄暗い駅ホームの空気を切り裂いて隊長の男の右側頭部に命中。

 紅色の憲兵ベレー帽を弾き飛ばし、頭蓋と脳漿を鮮血と共に周囲へばら撒いた。

 男の配下だった民警兵らも、頭部や心臓を7.62mmの完全被甲弾フルメタルジャケットによって破壊され絶命。

 サーラは、ものの10秒と掛からずに約1個分隊規模の敵兵を始末した。

 硝煙燻ぶる銃口を下げ、始末した敵兵に駆け寄る。

 隊長格の男の死体から小型無線機を引っ掴んだ。

 直後、通信が入る。


『俺だ、ラルビだ!……サーラは始末したか!?どうなんだ!さっさと応答しろ!!』


 これにサーラが強い怒りと共に応答する。


「……私ならここだ、ラルビ……

 今からソッチに行く……覚悟しろ。」


 するとラルビは明らかな動揺を示した。


『なっ!?サ、サーラ?

 ……な、なぜお前が応答する!?……お、俺の兵隊は!?』

「もう死んでるぞ。お前も直ぐに地獄へ送ってやる。」


 サーラの精悍な顔に、こみ上げる怒りと憎しみによる歪みが刻まれる。

 これにラルビは何とか動揺を抑え込みつつ「策」を巡らし、「話し合い」を持ち掛けた。


『な、なぁ、サーラ……多分、君は何か勘違いをしてるんだと思うぞ?

 思うに、これは誤解なんだ……そう、話し合えば理解できるはずだ。

 だから……銃をそこに置いて幹部会議室まで来てくれないか?頼むよ。』


 ラルビが「無い頭」でひねり出した「策」は、言葉巧みにサーラの武装を解いて会議室まで呼び寄せ、そのまま父親のゲイル共々拘束するという代物だった。

 しかし、サーラに斯様な浅はかな策は通じない。


「……今の内に、貴様とアスリの手下全員を集めておけ、ラルビ……

 皆殺しにしてやる。」

『くっ…………』


 ラルビは臍を噛んで沈黙するしかなかった。

 すると、見かねたように「誰か」がダニーク人民警察長官の大男から無線機を奪い、通信を代わった。


『……代われ、愚か者め……

 ……おい、聞こえるか?サーラ・ベルカセム。』


 若い男の声だ。

 直ちに「誰何」するサーラ。


「誰だ、貴様。」

『言葉に気を付けろ、卑しい辺境の亜人女。

 お前は今、栄えあるノルトスタントール連合王国王室関係者と話をしているのだ。

 光栄に思え。』


 尊大だが抑揚のない静かな声色の若い男は、自身の素性を明かした。

 「敵王室関係者」で「若い男」を、サーラは一人しか知らない。

 血に飢えた「殺戮女王」カリーシア・シノーデルⅡ世の「弟」にして「フェターナ・シノーデル王室」の現当主、キリシア・シノーデルである。


「……キリシアか?……どうして貴様が……」

『キリシア“王弟殿下”だ。尊称を忘れるな。』


 そこでキリシアは一呼吸を置くと、サーラに二の句を告げる暇すら与えず要件を告げた。


『古典的な手法で実に気に入らないが、仕方あるまい……

 お前の父親の身柄を拘束している……今、この場で死なせたくなければ、銃を捨てて投降しろ。

 言っている意味は分かるな?』

「……」


 その言葉は、サーラが内心最も危惧していた事柄だった。

 「最古参幹部」にして父ゲイルが信頼していたラルビが裏切り、ダニーク人たちに「神々の名」を還したシャルファが「発狂」した今、本来であれば後方の安全地帯である筈の「カスバ行政地区」は、敵対勢力に塗れた「戦場」である。

 サーラは「アディニア攻勢」の全体指揮を執る為、カスバに出向していた解放戦線書記長ことゲイル・ベルカセムに危険が及び可能性をここに来るまでの間、ずっと憂慮していたが、それが最低最悪の形で現実のモノとなってしまったのだ。

 だが、サーラは安易に敵の言葉を鵜呑みになどしなかった。

 可能な限り、情報を引き出すのだ。


「……貴様が、私に殺されたくない一心で出まかせをほざいていない根拠を示せ。

 本当に同志ベルカセムがそこに居るのか?」

『ふん、よかろう……少し待て。』


 2、3分ほどの間を置き、苦し気な声を漏らす男の声が聞こえて来た。


『……ハァハァ…………ど、“同志ベルカセム”……』

『とっ!!…………“書記長閣下”……』


 その悲痛な声を聞き、サーラは思わず身を案じて「父さん!」と叫んでしまいそうになるのをグッと堪え、「書記長」と肩書を返した。

 父ゲイルが娘であるサーラを「同志ベルカセム」と呼んだということは、今は親子ではなく解放戦線指導者と一介の戦闘員という立場であることを表していた。

 ゲイルは、自身が最も信頼する歴戦の若き女性戦士に短く告げた。


『……聞け、同志……敵は茶色18、白12……“HVT”が“1”だ……ぐおっ!!』


 この発言の直後、ゲイルが何者かに殴り付けられるような音が響き、強制的に娘との通信を終了させられる。

 尚、HVTとは「最重要目標(High Value Target)」の意味である。


『このダニ虫めが…………おい、サーラ・ベルカセム?聞いているか!?

 これでお前の父親が』


 サーラは、もはや話すことは無いと言わんばかりにゲイルと代わったキリシアからの無線通信を一方的に切断した。


 ゲイルの先程の言葉は、サーラの目指す「戦場」に存在する敵対勢力の情報を端的に伝えただけのもので、そこには、娘に命乞いをするような「無様な台詞」や虚勢に過ぎない助命無用の「無駄な掛け合い」は一切存在しない。


 褐色少女戦士は、瞬時に父ゲイルの「命令」を理解した。


 「損害」に構わず敵を捕捉し、これを撃滅せよ。

 全て、殺せ。

 

「……」


 サーラは、先程、中途半端に弾丸を吐き出した人民共和国製自動小銃の弾倉を一旦取り外して残弾を確認すると、弾帯ベルトに装着の小型弾薬バッグから7.62mmライフル弾数発を掴んで手早く装填する。

 30発の「殺意」が充填された。

 コッキングレバーを引いて初弾を機関部に送り込み、改めて戦闘態勢を整える。

 精悍な女性戦士の緋色の瞳が、激しく燃え上がる。


「ラルビ、アスリ……そしてキリシア……貴様等は、必ず殺す……」


 誰に告げるでもなく決意を口にすると、サーラは駆け出した。

 圧倒的憎悪と殺意を滾らせる若き褐色肌の女は今、悪鬼羅刹と化してカスバ地下を疾走する。


……


 歴戦の褐色少女戦士が「戦場」を目指している頃。

 その「戦場」たるカスバ最寄りとなる「現在も運用中」のアディニア市営地下鉄駅である「共同地区西」駅に、1本の特別運行列車が到着した。

 列車到着を知らせる10秒ほどのメロディーが流れた後に両開きの自動扉が開くと、完全武装した王国軍兵士約1個中隊が一斉に下車した。

 兵士たちに続き、最後に深紅の美しい長髪を靡かせる豊満な胸部を誇る女性兵士と金髪に黒目の精悍な青年兵士が駅プラットフォームに降り立った。

 特別運行列車は、市役所駅からここまで運んで来た王国兵の集団の下車を確認するなり、速やかに市内方向へと走り去る。

 今、駅には王国兵以外には誰もいない。

 アディニアで同時多発的に発声した「ダニーク人自爆テロ」を受け、急遽市内全域のあらゆる公共交通機関が「封鎖」された為だ。

 そんな「封鎖」下にある地下鉄駅に降り立った兵士たちが、自身の「指揮官」となる紅髪女と彼女の傍らに付き従う「副官」の金髪黒目兵士の周囲に集結すると、指揮官の女兵士が口を開いた。


「野郎共!あたしたちの戦場に到着だ!

 銃に弾ァをぶち込んで、安全装置を外せ!」


 紅髪女ことレシアの指示が飛ぶ。

 彼女の一声後、兵士たちは各々の「得物」にマガジンを装填し、安全装置を解除した。

 レシアも自身の愛用武器である分隊支援機関銃に、5.56mm弾が200発装填されたボックスマガジンを叩き込んでコッキングレバーを引く。

 約10キロの重さがある機関銃の銃把を右手で握りながら、軽々と右肩に肩掛けするレシアは、傍らでブルパップ式自動小銃の最終点検を行う「副官」の青年兵に顔を向けた。


「ティーカ……とりあえずは、あたしについてこい。

 その……頼りにしてるからな。」


 端正な顔を仄かに紅潮させ、ティーカと呼んだ金髪黒目の男に囁くように告げる。

 これにティーカは頷きを返して返答する。


「了解、レシア。貴女に従います。」


 返答と同時にブルパップ式自動小銃の点検を終え、コッキングレバーを引いて初弾を機関部へ送り込む。

 レシアは「愛する男」の言葉に、女神のような微笑みを浮かべると改めて配下の兵士らへ向き直り、「作戦開始」を宣言した。


「行くぞ、305のクズ共!!

 駅のメンテナンス通路から“放棄エリア”を抜けてカスバを叩く!!

 これから先、視界に入った茶色いヤツは全部撃て!

 女子供だろうが容赦するな!奴等が自爆する前に地獄へ送ってやれ!!

 今日こそ!ベルカセムのクソッタレ親子にトドメを刺してやる!!

 ……あたしに続けッ!!」

「了解ッ!!姐さん!!」


 走り出したレシアにティーカはじめとする王国兵たちが付き従う。

 兵士たちは駅プラットフォームを直線的に走り抜けると、「関係者以外立ち入り禁止」の標識が掲げられた腰の高さほどのフェンスを飛び越えてプラットフォームから降り、地下鉄線路構内を駆ける。

 駅からしばらく進んだ先の構内トンネル側面に設けられた通用口の扉をレシアが荒々しく蹴破り、メンテナンス通路へと突入。

 通路内を駆ける紅髪女の左肩に装着された小型無線通信機に、「上官」からの連絡が入った。


『おーい、レシア嬢ちゃん。聞こえるか?』


 およそ軍用通信とは思えないラフな口調でレシアを呼び出す中年男の声。

 レシアはメンテナンス通路を走りながら無線に応じる。


「あんだよ、ダリルのオッサン。

 あたしとティーカなら、これからカスバでデートだぜ?」


 レシアの冗談交じりの返答に、「上官」であるダリル・マッコイ陸軍少将は、ラフな口調のまま「緊急事態発生」を告げた。


『なら丁度良かった。

 実はゲイル・ベルカセムをとっ捕まえに行ったキリシア王弟殿下が居るダニ野郎の地下議事堂に、“みんな大好き”サーラちゃんが向かってるらしいんだ。

 というワケで、レシア嬢ちゃんの追撃部隊は今すぐ目標ガンマ……“解放戦線カスバ行政地区議事堂”へ急行しろ。

 他の攻撃目標やダニちゃんたちには目も向けるな。

 あらゆる障害をなぎ倒して議事堂へ進め。』


 ダリルの通信に、レシアの紺碧の瞳が燃え上がる。

 

「あのクソ女!キリシア殿下のクビを狙ってやがるのか!?

 クソッタレが!絶対に許さねぇぞ!!

 ……レシア、了解!目標ガンマへ急行する!!」


 激昂する部下の女兵士を宥めるように、ダリルは戦域情報を伝達するべく通信を続ける。


『まぁ、そんな熱くなるなよ、嬢ちゃん。

 ちなみにガンマ周辺では、ダニちゃんたちが“和平派”とサーラちゃんのお友達“主戦派”、オマケにアディニアで自爆しまくった“原理主義者”の三派に別れて絶賛“内戦中”だ。

 俺たちにとっちゃ、これは絶好のチャンスだ。

 奴等の隙を突いて、速やかに王弟殿下と合流しろ。』

「レシア、了解!王弟殿下と合流する!通信終了アウト!」


 レシアは無線を切ると、一旦立ち止まって振り返り、彼女に続いて止まった背後の配下兵士たちを見る。

 彼らの無線にもダリルからの通信は入っており、既に「至上命令」を理解していた。

 紅髪女は軽く頷くと、改めて指示を飛ばす。


「よし、野郎共!超特急でキリシア王弟殿下と合流するぞ!!

 邪魔なダニだけ撃って、他には目もくれるな!!」

「イエッサーッ!!姐さん!!」


 王国兵士たちは再び駆け出した。

 「偉大なる我らが王族」を鉄火場から救い出すべく、「忌み子の里」地下を士気激昂する白人兵士らが走る。


……


 レシアたちが全力で目指す「目標ガンマ……正式名称:ダニーク人民公会議カスバ議事堂」へと、歴戦の褐色少女戦士……サーラ……も向かっていた。

 しかし、彼女の行く手を遮るべく「同胞」の武装兵が「防衛ライン」を形成しており、議事堂へ続く地下メイン通路の要所要所で戦闘を強いられていた。

 サーラは、愛用の人民共和国製自動小銃機関部上部のレールに取り付けられた光学照準器の赤いドットを、「民警」所属を示すダニーク人男のベレー帽と重ねると同時にトリガーを引いた。


 発砲。


 音速を超えて放たれた7.62mm弾が、狙い違わずベレー帽に叩き込まれ、その「中身」を滅茶苦茶に引き裂いて破壊した。

 議事堂へと続く地下通路に設けられた「即席バリケード」から、サーラへ銃撃を加えていたダニーク人「民警」の男は頭を仰け反らせ、仰向けに倒れる。

 即死。

 同僚の死に、傍らで応戦していた民警たちは大いに動揺する。


「ひぇっ!?も、もう無理だ!

 ……俺たちに“あの”サーラを止められるかよ!!」

「に、逃げろ……逃げろ!悪魔に殺される!!」


 たちまち動揺は恐怖へと変わり、戦闘経験の無いダニーク人警官たちは持ち場を放棄して逃げ出した。

 そして、そんな無様を晒す「裏切者共」に情けをかけてやる程、サーラは優しくなかった。

 光学照準器を覗いたままの少女の緋い瞳は、自身に背を向けて逃亡を図る民警らに向けて赤いドットを合わせた。


 連続発砲。


 トリガーを数回軽く引いた単発射撃を、「敵ダニーク人」4名に叩き込む。

 胴体や後頭部に命中した「赤黒い殺意」を纏う7.62mmライフル弾は、容赦なく民警らの命を刈り取った。

 瞬く間に「関所」の一つを無力化したサーラは、光学照準器から顔を離すと目にも止まらぬ速さでリロードする。

 残弾0の人民共和国製自動小銃のバナナマガジンが銃本体機関部から弾き飛ばされ、乾いた音を立ててカスバ地下通路のコンクリート床に転がる。

 腰の弾帯ベルトから取り出したライフル弾30発がフル装填された新たな弾倉を機関部に差し込み、コッキングレバーを引いて確実に初弾をチャンバーへと送る。

 次なる戦闘準備を整えたサーラだったが、彼女のコンバットハーネス右肩の金具に装着された「味方用小型無線機」に、突如として通信が入った。


『ゴブリン1!聞こえるかい!?こちら、ケンタウロス1!

 ……頼む、応答してくれ……』


 妙齢の女の声である通信相手は、自身のコードを「ケンタウロス1」と名乗った。

 それはサーラにとって最大の「味方」である解放戦線「主戦派」最高幹部……ダニーク人民軍統括軍事局局長ことモルディアナ・アサード本人からの通信だった。

 それまで険しく曇っていたサーラの精悍な顔に、途端に明るい表情が浮かぶ。


「ケンタウロス1!……モルディアナ……こちら、ゴブリン1。」

『サーラッ!!……よかった、アンタは無事だったんだね…………本当によかった……』


 サーラの声を聞くなり、嬉しさと安堵感が極まって涙声になってしまうモルディアナ。

 しかし彼女はすぐさま気持ちを切り替えて要件を告げる。


『……ゴブリン1……聞いてくれ……もう知ってるだろうが、あのクソッタレ王女とアスリのアバズレが、あたしたち解放戦線を完全に裏切りやがった!

 こっちのアディニア地下本営も内務委員会督戦兵団と民警特務機動隊に攻撃を受けたが、ついさっき撃退して、今は外縁防衛地区配備の守備隊を搔き集めて反撃を準備中だよ。

 それと、本営のアディニア攻勢に備えてベゼラ方面警戒任務中だったヤシュクとアネットに、それぞれ機械化歩兵部隊を臨時編成させてカスバへ急行させてる……』


 モルディアナは可能な限り簡潔に最新の戦況をサーラに伝える。

 ヤシュクとアネットは、共に解放戦線歴戦の猛者にしてサーラ直属の戦闘部隊「革命親衛隊」における重要将校であり、今回の「アディニア攻勢」には直接参加せず、ベゼラ基地はじめとする南部方面の王国軍に対する警戒任務に就いていた。モルディアナは自身の軍事局長権限を用いて、その2人に強力な戦闘部隊を付与してカスバに向かわせてくれたようだ。

 サーラは耳に神経を集中し、斯様な「上官」からの重要な戦況通信を漏らすことなく聞き取る。

 軍事局長は通信を続ける。


『……サーラ……そんな状況だから、あたしら主戦派戦闘員の中でアンタが今、一番“ゲイル”に近い。

 ……その、無茶な頼みだが……』


 モルディアナは言葉を詰まらせてサーラに「単独でのゲイル救出」という非常に困難な命令を出そうとした。

 だが、既にサーラはゲイル本人から「命令」を受け取っていた。


「ケンタウロス1……私は既に、同志書記長閣下からの命令を受けております。

 閣下からの命令は“損害に構わず敵を殲滅せよ”……です。」

『なっ!?ゲイルが?……でも、どうやってサーラに命令を!?』


 困惑するモルディアナに、サーラは簡単に経緯を説明する。


「同志書記長はラルビとアスリの裏切りにより、キリシアによって拘束されました。

 ヤツは、私に投降を促すべく同志書記長と通信を代わりましたが、その際……」


 無線機を掴むサーラの手に、思わず力が入り、怒りとも悲しみともつかない複雑な感情が褐色少女の中を渦巻いた。

 モルディアナは「愛する娘」の心中を察した。


『……サーラ……それ以上は、言わなくて良いよ……

 ……ゲイルらしい……あのヒトは、最後までダニーク人としての誇りを貫くつもりなんだね……』


 モルディアナの声は、再び仄かに涙を纏う。

 だが、サーラは力強く「決意」を述べた。


「……ですが、私は閣下の命令“全て”を実行するつもりはありません……

 同志書記長を……王国のガーゴイルと裏切者共から救い出します……」


 サーラの言葉は、決意と共に何処か悲壮感も帯びていた。

 これは、今までで最も困難な任務である。

 ……解放戦線を裏切った内務人民委員と民警に、シャルファ率いるダナーラム教原理主義者という無数の「未確認の敵」が跋扈するカスバ地下の混沌とした戦場に取り残されたスタントール王国「王弟」キリシアによって拘束された父・ゲイルの救出……

 敵味方入り乱れる混乱状態のカスバを駆け抜け、速やかにゲイルの下に到達し、キリシアと「裏切者」のラルビ、そしてアスリを始末しなければならない。

 何か一つでも歯車が狂えば、サーラは最愛の父にして敬愛する解放戦線最高指導者を永遠に失ってしまうだろう。

 サーラの「決意」を聞き届けたモルディアナもまた、そのことを理解していた。

 理解してるが故に、彼女はこう返した。


『……サーラ……頼んだよ……でも、絶対に無茶して死ぬんじゃないよ!

 ……ケンタウロス、通信終了アウト。』


 今やサーラにとって母親同然の女性との通信を終え、歴戦の少女戦士は悲壮なる戦いに身を投じる。

 

……


 激しい銃撃音と硝煙が、薄暗いコンクリートの地下通路を満たす。

 複数の王国軍兵士が、多数の原住民ゲリラ兵との激戦を展開している。

 広々とした通路には、資材箱や鉄骨や鋼管等の工事用資材、民用の中古車を転用した地下移動用車両などの資機材が点在しており、それらに身を隠しながら白肌の兵士と褐色肌の戦士たちが、互いにあらん限りの「憎悪」と「殺意」をぶつけ合っていた。

 金髪に黒い瞳を宿した青年王国兵……ティーカは、王国製ブルパップ式自動小銃のアイアンサイトから、通路右端に置かれたブルーシートで養生された鉄骨材にカバーしながらこちらへ応射する敵ダニーク軍ゲリラの僅かに覗いた頭部を睨む。


 直後、発砲。


 ティーカの自動小銃の銃口から放たれた5.56mm弾は、狙い違わずダニーク軍「主戦派」所属男性戦士の若い命を刈り取った。

 弾丸は緑色のヘルメットを弾き飛ばし、褐色肌の戦闘員は脳漿と頭蓋の破片を撒き散らしながら絶命。

 

「絶対にスタトリアの増援を通すな!!ここで皆殺しにしろ!!」


 ダニーク側野戦指揮官の勇ましい檄が飛ぶも、これを聞き届けた味方ダニーク戦士の数は、ティーカはじめとする王国軍精鋭兵士たちの正確な銃撃により見る見る内に減っていく。

 銃弾飛び交う地下通路。その真ん中に、血の色の髪を靡かせる王国軍女性兵士……レシアが分隊支援機関銃を腰だめに構えて躍り出た。


「くたばれ!ダニ虫共!!」


 レシア、フルオート射撃。

 激しいマズルフラッシュが、端麗な顔に怒りを浮かべる若き女性兵士の姿を照らし出す。


 レシアは、200発装填のボックスマガジン内蔵の分隊支援機関銃を一切のブレなく完全に制御しながら敵側を掃射。

 

「あがっ!!」

「ぐおっ!!」

「うぐっ!!」


 先程「檄」を飛ばした野戦指揮官の男をはじめ、相対していたダニーク側残存戦闘員全員が、この一斉射で殲滅された。

 

「クリア!」


 副官のティーカが短く叫ぶと、自身配下の新兵小隊やレシア指揮下の305大隊本部付中隊所属兵士らが各々身を隠していた資機材から飛び出し、素早く前進を再開する。

 王国側に損害は殆ど無く、新兵小隊所属の若い兵士2名が軽傷を負った程度だった。

 レシアや中隊兵士らと共に前進しながら、ティーカは負傷した部下を確認する。


「マイヤー、エーバッハ……2人共大丈夫か?」


 まだ10代後半の2人は、激しい戦闘によるアドレナリン分泌による高揚も手伝ってか、力強く「指揮官」に答えた。


「あぁ、ティーカ!こんなもん、掠り傷さ!!」

「俺は大丈夫だ、ティーカ……ついていくよ。」


 2人共、ティーカとは同じく幼年軍事学校を卒業してファーンデディア配属となった「同期の桜」であり、先のベゼラ攻防戦を経て信頼関係は今や最高だった。

 自身の負傷を「掠り傷」と宣ったマイヤーは、左腕に貫通銃創を負い軍服に血が滲んでいたものの、既に自身で携行医療キットを使用して簡単に包帯を巻き、雑ながらも適切な止血処置を施していた。

 一方のエーバッハは右太腿に手榴弾の破片を喰らい、やや右足を引き摺り気味に走っている。

 明らかに苦痛を無理に我慢している様子が垣間見え、額には脂汗が滲んでいた。

 

「エーバッハ、止まれ。傷を見せろ。

 ……アレン、お前は他の連中と共にレシアたちに続け。」

「了解だ、小隊長!!

 ……行くぞ、新兵小隊!俺に続け!!」


 ティーカは親友で小隊副官のアレン・デルバータに指揮を暫定移譲し、これを受けた金髪碧眼の好青年にしてネクタス州名門貴族三男坊のアレンは、味方兵士たちを率いてレシアの後に続いた。

 エーバッハは少し申し訳なさそうに顔を俯かせ、負傷を詫びる。


「……すまない、ティーカ……手間を取らせて。」

「いいさ、気にするな……傷を見せろ。」


 ティーカは微笑みを浮かべて、戦友の負傷状況を確認する。

 ダニーク兵が投擲し炸裂した手榴弾のCDサイズほどの破片が、野戦ズボンの上から太腿に突き刺さっていた。

 ティーカが受傷箇所付近のズボンを「バリッ」と破ると、服の上からはわからなかったが、相当の出血が確認された。

 

「……破片を抜くぞ、いいな?」

「あ、あぁ……やってくれ……」


 ティーカはエーバッハの破片を一息に抜き取った。


「うぐっ!!」


 傷口から鮮血が迸る。

 元レジスタンスの青年兵は、手早く自身の医療パックからガーゼと包帯を取り出すと、エーバッハの傷口をガーゼで抑え付けた後、包帯できつく縛った。

 しかし瞬く間にガーゼは血で染まり、包帯からも滲み出て地面へ滴下する。

 もしかしたら、動脈などの重要な血管にまで傷が及んでいるかもしれない。

 ティーカは次に、右手を傷口にかざして「治療魔法」を唱え始めた。


「……くうを満たすマナよ、我が手に集いてこの者の傷を癒せ……クラティオ・アルファ……」


 ティーカが静かに、そして素早く「スペル詠唱」すると、彼の右手から淡い緑色の光が発生してエーバッハの傷口を覆う真っ赤に染まったガーゼを包み込んだ。


……※世界観設定文章です。読み飛ばし可※……

 今しがたティーカが「披露」した「治療魔法」は、スタントール軍のみならずこの異世界の軍隊や警察・消防等において、科学技術旺盛の現代も残る「剣と魔法の中世時代」の遺物である。

 如何に科学技術が極限的に発展しても、中世時代に隆盛した「便利な魔法」が完全に淘汰されることは無かった。

 この「魔法」は、無論誰でも簡単に使える訳では無く、その使用には個々人が生来的に持つ「魔導適性」が必要であり、故に中世時代において「魔法」を扱える者は「魔導士」として重宝され、中世時代の封建領主や王国の宮廷には専属の魔法使い……いわゆる「宮廷魔術師」が最低でも一人は存在しており、中世時代の街や村では、魔法を扱える者は主に医療や護衛といった分野で活躍し、「治癒士」や「魔導衛士」として地元の名士になる人物も多かった。

 一方でこの「魔法」は、先に述べたように先天的な適性が強く求められる為、汎用性に著しく欠けており、スタントール王国成立後の「蒸気時代スチームパンク」で劇的に発展した「科学技術」……教育さえ受ければ誰でも扱える「便利な機械や道具」……を前に、大きく後退することになる。

 しかし、医療分野……特に現場での即応対応が求められる軍隊や警察、消防等の治安機関においては、先の「魔導適性」を有する者の為に「治癒魔法」の導入が積極的に図られているのである。

……※設定文章、終了※……

 

 ティーカの「治療魔法」によって血は止まり、ガーゼの下の傷口も塞がる。

 それまでエーバッハを苦しめていた鋭い痛みも、急速に引いていった。


「ふぅ……やっぱりすごいな、魔法って……本当に助かったよ、小隊長殿。」


 ティーカの「魔法治療」を受けた若い兵士は、それまで苦痛に歪めていた顔に笑みを浮かべて感謝を伝える。

 これに小隊長ことティーカもまた、微笑みを見せて応じた。


「大したことはしてないさ。それよりも走れるか?」

「あぁ、もちろんさ!アレンたちと合流しよう!先導してくれ!」


 エーバッハの声に力強さが戻る。

 傷はほぼ完治し、先程まで引き摺っていた右足を軸に軽くジャンプして見せるまでに回復していた。

 ティーカは軽い頷きを返し、応急処置作業の為、背中に回していた王国製ブルパップ式自動小銃のスリングを引っ張って両手で把握し、レシアやアレンたちが走り去った通路奥へ向き直る。

 その時。


「ねぇねぇ、そこのスタントールのへいたいさん!

 わたしとあそぼうよ!」


 突然、背後から幼い女の子の声が響いてきた。


「なんだ?」


 ティーカの後ろにいたエーバッハが振り返る。

 それと同時に、ティーカは背中にゾクゾクする寒気を覚えた。


 刺すような殺気。


「伏せろ、エーバッハ!!」

「え?……うぉっ!?」


 ティーカはそう言うと同時に振り返ると、自身に背を向ける部下の若い兵士の襟首を掴んで床に引き倒した。


「このぉっ!!」


 そこから流れるように、ティーカはエーバッハの真後ろに近付いていた「謎の声の主」である黒いローブに身を包んだ茶色肌の原住亜人幼女の身体目掛けて、コンバットブーツの全力蹴りを叩き付ける。


「ぎゃあぁっ!!」


 ダニーク人少女は悲鳴と共に通路奥のコンクリ床へと蹴り飛ばされ、数回地面を転がった後、倒れた。

 いきなりのティーカの所業にエーバッハは困惑を隠せず、引き倒された床から起き上がろうとした。


「ティ、ティーカ?いったい、どうし」

「伏せろ!!」


 ティーカはエーバッハに飛び掛かり、そのまま彼を押し倒すような恰好で床に伏せる。


「だ、だーな、あくばる……」


 幼女は、口から血を流しながら「神を讃える言葉」を呟いた後、左手に隠し持っていたトリガー式「起爆スイッチ」をギュッと握り締めた。


 大爆発。


 先程までスタントール軍とダニーク軍の交戦現場だった地下通路資材置き場を、人民共和国製超高性能プラスチック爆弾2つ分の爆発エネルギーが包み込んだ。

 紅蓮の炎が一帯を焼き、激しい衝撃派が地下空間全体を襲う。

 爆心地の比較的近くにいたティーカとエーバッハであったが、幸運にもほぼ外傷を負うことはなかったが、鼓膜に強烈な「爆発音」の衝撃がこびり付いて離れない。

 

「くっ……」

「うぅ……」


 激しい耳鳴りに顔を顰めながらも、何とか立ち上がる2人の若き王国兵。

 しばしの間、強烈な不快感と共に聴覚を奪われるも、頭を振りかぶって強引に耳鳴りを振り払った。

 2人の目の前には、瓦礫の山と化した地下通路の光景が広がっていた。


「な、なんだこれは……いったい、何があったんだ?」


 エーバッハは突然の事態に混乱を隠せない。

 しかし、小隊長であるティーカは既に状況を把握していた。


「……ダナーラム原理主義者共の、子供を使った自爆攻撃だ……

 ヤツが放った微かな殺気に気付けなかったら、今頃、あのガキと一緒に木端微塵だったな。」


 真剣な表情を浮かべてティーカが状況を簡潔に説明する。

 これにエーバッハは、「敵原住民」への強い嫌悪と憎悪を露わにする。


「なんだって!?……うぇ、反吐が出るぜ……子供を“武器”に使うなんて……

 ……信じられない。クソッタレの蛮族亜人共が……」


 エーバッハがダニーク人を斯様に吐き捨てた直後、瓦礫の山と化しながらも辛うじて崩落は免れていた地下通路の、左右の壁に設けられた連絡通路へ続く扉が「次々」と開き、先程の爆発が合図であったかのように茶色い小さな人影が飛び出してきた。


「だーなさま、あくばーる!!」

「だーな、あくばる!すたんとーるに死を!!」

「おかあさんをかえせ!すたんとーるじん!!」

「じごくへもどれ!!しろいあくま!!」


 怒りの表情を見せる「碧い瞳」をした多数のダニーク人の少年少女が、それぞれ神を讃える祝詞やスタントール人への憎しみの言葉を叫びながら、ティーカとエーバッハへ向かって駆け込んでくる。

 全員揃いの黒いローブに身を包み、そのローブの下には強力なプラスチック爆弾が縫い込まれたベストを着ている。


「ひいぃっ!?ティ、ティーカ!!どうする!?」


 狼狽するエーバッハは、思わず「上官」に指示を仰ぐ。

 金髪黒目の青年兵は、至って冷静に「対応」した。

 瞬時にブルパップ式自動小銃を構えると、「子供自爆兵集団」の先頭を走る7歳程度の「混血児」の頭部にアイアンサイトを重ねる。


 連続発砲。


 ダニーク人女性とスタントール人男の混血である少年の額に、ティーカが放った5.56mmライフル弾が狙い違わず命中し、一瞬にして命の灯火を消す。

 ティーカは続けて、その少年の後ろを走る5、6歳くらいの同じく「混血児」の少女に照準を合わせると、躊躇なくトリガーを引いた。

 連続単発射撃で、迫りくる「ダナーラム教原理主義自爆兵団」を淡々と「捌き」ながら、ティーカは傍らで狼狽し切りのエーバッハに命令を飛ばす。


「ボサッとせずに撃て!エーバッハ!!死にたくないなら殺せ!!

 それに、もし奴等を通してしまったら、レシアとアレンたちが背後から襲われることになる!

 そんなことはさせない!ここで全員始末する!!」

「マ、マジかよ……相手は子供だぞ!?……ク、クソッ!!」


 たとえ敵対する原住亜人であろうと「子供」を殺害することに大きな躊躇いを見せるエーバッハ。

 ごく普通の感覚を持つ人間であれば、当然の反応である。

 しかし、目の前で起こるあまりの異常事態に、常人の感覚を捨てざるを得なかった。

 エーバッハは若干震えながら自動小銃を構え、ティーカに続いて発砲した、


「ぎゃっ!」

「うっ!」

「あぁっ!いたっ!……いたいよぉーっ!!」


 褐色肌の子供たちが絶命する叫びや悲鳴が木霊する。

 だが、既に「洗脳状態」に陥っている「子供自爆兵」らは、友達や兄弟姉妹が銃弾に倒されても顧みることすらせず、2人の王国軍兵士が放つライフル弾の弾幕の中へ突っ込んでくる。

 やがてティーカのマガジンが「空」になった。

 しかし、元レジスタンス少年兵であったティーカは、無駄な動きが一切無いコンマ数秒の速さでリロードし、射撃を継続する。

 彼は既に10人以上を殺害していたが、それでも、「自爆兵」の波は収まる気配が無い。


「クソッ!……エーバッハ!後退だ!射撃しつつ後退!

 少しづつ後ろに下がれ!!」

「り、了解!……クソ、クソォッ!!なんなんだ、コイツら!?」


 断続的に射撃を継続しつつ、ジリジリと後退りする2人の若き王国兵。

 それに褐色肌の「子供自爆兵」は尚も群れを成して迫る。

 ティーカの表情や動作に躊躇や迷いはまるで無く、機械的正確さを持ってダニーク人の少年少女を屠っていたが、一方で相方のエーバッハは銃撃を継続しながらも混乱の度合いを高め、極度の精神的ストレスを受け始めていた。


 「決壊点」は実にあっけなく訪れた。


 薄暗い地下通路を後退りしていたエーバッハは、足元に置かれた建設資材の木材に躓いてしまった。


「うわっ!?あ!……うぐっ!!」


 盛大に背中から転倒したエーバッハに、すかさず10歳程度の「混血児」の少女が飛び付いた。


「スタトリアッ!!この大悪魔!!」

「ひっ!!は、離れろっ!!」


 仰向けの姿勢で必死に藻掻くエーバッハであったが、ダニーク人女性とスタントール人男の「混血児」であるところの褐色少女は、ガシッと王国兵のコンバットハーネスを掴んで離さない。

 少女の紺碧の瞳に、狂った憎悪の火が灯る。


「エーバッハ!!」


 相方の異常を察知したティーカは、直ちに銃撃を中断して横を向き、転倒した戦友に飛び付いた混血児少女自爆兵を蹴り飛ばそうと試みたが、次の瞬間、彼にも別の少年自爆兵が襲い掛かる。


「すたとりあのあくま!!あくまーっ!!」


 完全な「洗脳状態」に陥っている「混血児」の幼い少年は、ティーカのブルパップ式自動小銃に飛び掛かってこれを掴み、ぶら下がった。


「クソッ!どけっ、ダニ虫!!」

「うぎゃっ!!」


 ティーカは、己が自動小銃にぶら下がる6歳ほどの少年の下腹部をコンバットブーツで激しく蹴り付け、これを強引に振り解く。

 蹴り飛ばされた混血児の少年自爆兵の身体が、ティーカらに殺到せんと迫る「自爆兵」の群れ先頭と激突した、その瞬間。


 大爆発。


 ティーカに蹴り飛ばされて仲間と衝突した際、何らかのはずみで「起動」してしまったのだ。

 図らずしも、この意図せぬ「自爆」により子供自爆兵は一掃されたが、爆心地の近くに立っていたティーカはモロに爆風を受けて吹っ飛ばされ、斜め後方の地下通路側面壁に設けられた連絡メンテナンス通路へと続くアルミドアと激突し、そのまま扉を突き破って細長いメンテナンス通路の床に身体を叩き付けられた。


「うぐっ!!…………くっ!」


 二、三度ほど通路のコンクリート床を転がり、苦痛の声を漏らすティーカであったが、全身を襲う痛みでクラクラする頭を振り払いながら何とか立ち上がる。

 その時。

 彼の黒色の瞳に、つい先程転倒して少女自爆兵に飛び付かれたエーバッハの錯乱した姿が飛び込んだ。

 少女自爆兵はやおらエーバッハの腹の上で上半身を起こすと、紺碧の瞳を固く閉じて天に両手を掲げるなり大声で叫んだ。


「だーな……あくばーるっ!!」


 精神状態が極度に悪化したエーバッハは、目に涙を浮かべた顔を横に向け、視線の先にいる「小隊長」に救いを求める。


「ひぃぃっ!!……た、たすけて!!ティー……」

「エーバッ……」


 ティーカもまた、先程の爆発で受けたダメージを無視して戦友を救うべく駆け出そうとする。

 だが、間に合わなかった。

 

 爆発。


 破壊されたアルミ扉の向こう側から襲って来た強烈な閃光と爆炎が、ティーカの身体をメンテナンス通路のさらに奥へと吹き飛ばした。


「うわっ!……ぐっ!!」


 ティーカは、辛くも受け身を取って「二度目」となる爆発のダメージを最小限に抑えることに成功する。

 

 エーバッハが転倒した「決壊点」からここまで、全ては一瞬の出来事であった。


 何とか保持していた王国製ブルパップ式自動小銃を「杖」代わりにしてフラつきながらも立ち上がった。


「……うっ……クソ……」


 ティーカは全身に鋭い痛みを覚えた。

 本来、頭部を守るヘルメットは二度の至近爆発で何処かへ吹き飛び、右側頭部に浅いながらも裂傷を負って出血している。

 また、右上腕には爆風で吹き飛ばされたと思われる短い木片が突き刺さり、こちらもかなりの出血が見られる。

 ただ、至近で人民共和国製高性能プラスチック爆弾の爆風を二度も浴びたにも関わらず、幸いなことに手足や指先の欠損や骨折、脳及び内臓器官の損傷等、身体機能に重大な影響を与える「重傷」は負わずに済んだようだ。

 ティーカは右腕の木片を引き抜いた後、即座に「治癒魔法」を用いて傷を塞ぎ、続けて右側頭部の裂傷も治癒した。

 また、両手の指先を「ニギニギ」する動作を繰り返す。

 節々に鈍い痛みを感じるものの問題は無いようだ。

 そして、自身の治癒動作の為に床に置いていた自動小銃を掴み、改めて両手でしっかりと把握すると、瞬く間に「激変」してしまった状況を再確認した。

 相次ぐ連続爆発にメイン地下通路の天井は耐えられなかったらしく、完全に「崩落」しており、大量の土砂やコンクリート殻によって連絡メンテナンス通路から幹線通路へ続くアルミ扉周辺は完全に埋まっていた。

 偶然にも連絡通路内へ吹き飛ばされたことで、ティーカは生き埋めを回避できた格好だ。

 ただ、部下のエーバッハを救うことは出来なかった。

 少女自爆兵と共に木端微塵になった上、土砂で埋葬されてしまった。


「……」


 だが、若き王国軍歩兵小隊指揮官に、部下を失った感傷に浸るいとまは無かった。

 土砂に埋まった地下であろうが、強力な軍用電波は若干のノイズを混じらせながらもティーカの小型軍用無線機に味方からの通信を届けてくれた。


『こちらレシア!おい…ザッ…ーカ、今すぐ応答……ザザッ……』


 直属の上官であり「恋人」でもある紅髪女兵士からの連絡だ。

 ティーカは、すぐさま右肩のコンバットハーネスに装着された無線機を掴んで応答する。


「……レシア、こちらティーカ。」

『あぁ!……よかった、無事だっ…ザッ…だね……』


 ノイズ混じりの無線越しでも、レシアが心から安堵している様子が声色から窺えた。

 レシアは通信を続ける。


『あたしたちの背後で…ザッ…か爆発音が聴こえたけど、何が……ザッ……た?

 状況を……ザッ……しろ。』


 どうやら先行していたレシアたちにも、先程の複数回に渡る大爆発の音が届いていたようだ。

 状況報告を求めている。

 ティーカは淡々と上官へ報告した。


「ダニーク原理主義者による子供自爆兵攻撃を受けました。

 エーバッハが“KIA”。自分は爆発現場から側方メンテナンス通路へ吹き飛ばされましたが、任務続行可能です。」


 KIAとは「Killed In Action」の略であり、「戦死」を意味する。

 レシアもまた、特に感情を露わにすることなく部下の王国青年兵へ簡潔に命令を飛ばす。

 

『……了解だ、小隊指揮官。

 本隊はこ…ザッ…目標ガンマを目指す。何とか合流…ザッ…』

「了解しました。

 ホルドレル、通信終了アウト。」


 ティーカは通信を終えて無線機を肩の留め金に戻すと、改めて自動小銃を両手で構えて細長い連絡通路の先を目指し、駆け出した。



 斯くして、互いに単独行動をすることとなった褐色女戦士と王国軍青年兵は、やがて戦場で会敵することとなる。

 カスバの戦いは、苛烈さを増しながら「本番」へ突入する。

 アーガン人民共和国「絶対首都」カムラク。

 赤く染まった空から黄昏の日差しが注ぐ赤き労働者の国の首都、その市内各所で響いていた銃声や砲声は次第に止み、各地の半壊状態となった党や保安局関連の建物から続々と「人民党」に忠誠を誓っていた国内軍兵士や内務人民委員会所属の国家人民保安局職員が両手を上げて投降する。

 そんな彼ら彼女らを、最新型の人民共和国製ブルパップ式自動小銃や汎用機関銃で完全武装した人民軍兵士や「将軍」の呼び掛けに応じて武装蜂起した市民らが取り囲んでおり、投降した「敵兵」たちの身柄を速やかに拘束。

 また、カムラク市内に多数設置されている政府広報用スピーカーからは、未だに戦闘を継続している国内軍兵士や保安局職員に向けて投降を呼び掛ける放送が繰り返し流れていた。


『カレン・アクラコンとその一味に加担せし内務委員会所属兵士たちに告げる!!

 人民共和国における全権力を、我らがベタシゲン将軍が掌握された!!

 ……今すぐ降伏せよ!!

 アクラコンの傀儡と化した人民党は粉砕され、もはや諸君らが果たすべき義務は無い!!

 ……直ちに降伏せよ!!

 これ以上の抵抗は全くの無意味である!!

 ……繰り返す!

 カレン・アクラコンと……』


 放送が繰り返される度に人民党側の兵士たちは観念し、武器を捨て降伏した。

 斯くして、国際社会に知られることなく始まった「人民アーガン内戦」……ザイツォン・ベタシゲン国家主席とグラシカ・ミコヤニコ人民保安局局長が対した銃撃戦に端を発したこの内戦は、勃発から僅か2日あまりで「将軍側の圧勝」を以って収束の気配を見せていた。

 「絶対首都」カムラク市内に突入した「将軍の精鋭」こと人民陸軍親衛2個機甲師団は、市在住の一般人民からの熱烈な歓迎や助力を得ながら、瞬く間に「人民党側戦闘部隊」である国内軍と保安局を制圧したのであった。


 しかし、尚も頑強に抵抗を続ける拠点が、一つだけカムラク市内に存在した。


 特徴的な黄色い外壁タイルに覆われた地上10階建ての「内務人民委員会ビル」に立て篭もった国内軍残党と保安局幹部職員たちが、ビルを取り囲む人民軍戦車部隊に対してビルの窓から重機関銃や自動小銃を突き出し、さらには対戦車ロケットランチャーに携帯型対空ミサイルまで持ち出して徹底抗戦を続けていた。

 人民軍側もビルを何重にも包囲して戦車や歩兵戦闘車による砲撃や各種銃火器、攻撃ヘリによる上空からの爆撃で激しく攻撃を加えていたが、元々この「内務人民委員会ビル」自体が斯様な事態を想定して極めて堅牢に造られており、人民軍最新型戦車が誇る125mm滑腔砲が放った新型徹甲弾……APFSDS弾の直撃を叩き込んでも外壁に穴一つ穿つことさえ出来なかった。

 そんな内務委員会ビルを包囲する人民軍新型戦車の1輌に、一人の男が駆け寄ってきた。


「よう、手古摺ってるようだな?」


 やや古ぼけた人民陸軍将校用トレンチコートを羽織り、専用のコンバットハーネスと最新型人民共和国製ブルパップ式自動小銃で完全武装したその男は、軽々と車体後方から戦車砲塔に飛び乗るなり、砲塔上部ハッチから身を乗り出して「敵要塞ビル」の様子を双眼鏡で確認中であった戦車長の男に声を掛けた。


「うん!?誰だ?」


 戦車長の男は突然背後から不躾に声を掛けられ、双眼鏡を胸元に降ろすと同時に怪訝そうに振り向いた。

 そして「相手の正体」に気付くと同時に驚愕することになる。


「え?……しょ、しょ、将軍閣下!?な、なぜ貴方様がここに!?」


 戦車長に突然声を掛けた謎のトレンチコートの男……それは、今まさにアーガン人民共和国の全権力を手中に収めようとしている「常勝無敗の大将軍」こと、ザイツォン・ベタシゲン国家主席その人であった。

 戦車長の男にとって遥か「雲上」に位置する人民軍最高指揮官にして人民共和国最高指導者が、いきなり最前線に姿を現して軽いノリで自身に話し掛けてきたのことに、強い驚きと動揺を隠せない。

 しかしザイツォンは、戸惑う戦車長の男に淡々と要件を告げる。


「ここが人民党カレン側最後の抵抗拠点で、連中の本拠地だからな。

 悪いが、今から俺の指示に従ってもらうぜ?」

「り、了解しました!将軍閣下!!」


 戦車長はその場で一旦起立して力強い敬礼を「偉大なる将軍」に示すと、ザイツォンの「直接指揮下」に入った。

 まず、ザイツォンは戦車長に内務委員会ビルの「裏手」に移動するよう指示。

 戦車は、砲塔の取っ手にしがみつくザイツォンを乗せたまま、友軍によるビル包囲網の裏側を通って敵の目を盗みながらも迅速に移動し、こちら側の攻撃や包囲陣が比較的手薄なビル裏手に到着した。

 そこは周囲のビルにより一日を通して日が差さず、保安局職員専用の「人民の敵連行用」黒塗りセダン車が2台ほど放置された陰鬱とした雰囲気に包まれており、敵兵の姿も無かった。

 ビルとビルの隙間の普通自動車1台がなんとか通行できる程度の狭隘道路を、車体を擦りながら無理矢理突き進んだ人民軍新型戦車が目的地に着くと、ザイツォンは傍らの戦車長の肩を左手で掴みながら、右手人差し指で内務委員会ビル裏手にある鉄製の勝手口扉を指し示した。


「あの扉が見えるか?あそこなら、この戦車の主砲で吹っ飛ばせる。」


 ザイツォンの指示に、戦車長は目を凝らす。


「あ、あの鉄扉でありますか?

 しかし、恐れながら将軍……このビルの堅牢さは、もはや非常識なレベルです……

 正面玄関のシャッターは、こちらの徹甲弾や対戦車ミサイルでも傷一つ付きませんでした。

 あの扉も、当然に対策されているのでは……」


 戦車長が言うように「内務人民委員会ビル」の堅牢さは尋常では無く、先程、人民軍新型戦車主砲の攻撃でも外壁に穴一つ出来ないと述べたが、正面玄関も極めて強固な鋼鉄製シャッターで固く閉じられており、こちらは戦車砲の攻撃や歩兵の対戦車ミサイル攻撃は言うまでも無く、工兵による強化プラスチック爆弾を用いた構造物爆破工作でさえも跳ね返していた。

 当然、この「勝手口扉」もそうなのではないか?

 戦車長はそう疑念を呈したのである。

 しかし、ザイツォンはニヤリと笑みを浮かべると言った。


「……ガキの頃、カレンのお袋さんから聞いたことがあるんだ。

 あの扉は『スタントール軍戦車の新型徹甲弾でも使わなければ破れない』ってな。

 ということは、この戦車の主砲……125mm滑腔砲のAPFSDS弾なら貫通出来る筈だ。」


 ザイツォンは自身の幼少期、「赤い貴族」の子息たち専門の初等教育機関である「10月革命幼年団」の社会科見学授業の一環としてこのビルを訪れた際、今は亡きカレンの母親……クラナ・アクラコンから「友達には内緒」という条件で密かに教えてもらった「弱点ウィークポイント」をしっかり覚えていた。

 今、ザイツォンが同乗する人民軍新型戦車は、それまでの人民軍主力戦車の主兵装である105mm戦車砲と大きく一線を画する極めて強力な125mm滑腔砲を搭載しており、これはスタントール軍主力戦車の120mm滑腔砲と比べて命中精度は劣るものの破壊力に優れていた。

 クラナが「秘密」を教えてくれたザイツォンの幼少期当時には存在しなかったこの新型戦車であれば、あの扉を破れる筈だ。

 戦車長は、「偉大なる将軍」に心からの敬意を示しながら力強く頷きを返した。


「承知しました!我らが将軍閣下!!

 直ちに砲撃します!危険ですので、将軍は本車後方に退避を!」

「わかった!ぶちかましてくれ!」


 ザイツォンは登った時と同じく軽やかに砲塔から飛び降りると、速やかに戦車の車体後方に身を隠した。

 それを確認した戦車長は、砲塔内に戻りハッチを閉めた。


 直後、砲撃。

 125mm滑腔砲が咆哮し、放たれた装弾筒付翼安定徹甲(APFSDS)弾は狙い違わず扉中心部に命中。

 

 激しい金属と躯体コンクリートの破壊音と土煙が巻き起こり、くだんの鉄扉は完全に破壊された。

 戦車後方から顔を覗かせ、扉が粉砕されて「敵の魔城」に風穴が開いたことを確認したザイツォンは、腰の弾帯ベルト装着の小型無線機を掴んでカムラク市内の味方部隊全軍に向けて通信する。


「こちら、人民の星!

 “ダムの片道駅”に風穴が開いた!

 ビル裏手の勝手口扉!これから突入する!援護しろ!!」


 尚、ザイツォンの言う「ダムの片道駅」とは内務人民委員会ビルの俗称であり、政治犯としてこのビルに連行された者の多くが、アーガンが世界に誇る超絶巨大コンクリートダム「コクランダム」の底へ沈められてしまうことに由来する。

 無線機を仕舞うと、ザイツォンはスリングを引っ張って背中に回していた新型ブルパップ式自動小銃を掴み、マガジンを取り外して弾丸の装填状況を簡単に確認。再度マガジンを機関部に叩き込んでコッキングレバーを引き、初弾を確実にチェンバーに送り込んだ。

 両手でしっかり構え、機関部上部レールに取り付けられたレッドドットサイトごしに「風穴」を睨みながら戦車後方から飛び出した、その時。


「待って、ザイツォン!!一人で行かないで!!」


 彼の背後から女性の声が届く。

 ザイツォンが振り返ると、そこには彼の許嫁にして国家主席直属精鋭戦闘部隊である「影兵団シャドウユニット」指揮官のユナタ・ジクラキムが、実に100名を超す兵士たちを引き連れて走り寄って来ていた。

 上級品の絹が如き見事な長い黒髪を後頭部でポニーテール状に束ねて人民空軍高級将校用の略式ベレー帽を被り、カーキ色の人民軍共通野戦服の上にコンバットハーネスを装着して新型短機関銃を両手で保持した完全武装状態の精悍な顔立ちの美女は、ザイツォンの傍らに駆け寄ると呼吸を整えるなり「将来の夫」の無謀さを咎めた。


「ハァハァ……もう……いくら貴方でも無謀よ!?

 ”片道駅”には冷血女アクラコンの私兵部隊がウジャウジャいるのよ?」

「なーに、厄介なのはグラシカのジジイくらいさ。

 でも……まぁ、ユナタの言う通り、味方の鉄砲の数は多い方がいいな。」


 ザイツォンは笑顔でユナタの言を聞き入れ、彼女が搔き集めてくれた人民軍兵士や「影兵団」構成員らに視線を向ける。

 兵士たちは将軍の眼差しに気付くなり、全員が背筋を正して敬礼する。

 「偉大なる将軍」は軽く頷くと、ビル突入前の「略式訓示」を飛ばした。


「よーし、祖国アーガンの同志たち!……堅苦しいアイサツは無しだ!

 カレンの残党を全員ぶっ飛ばそうぜ!!」

「了解ッ!!我らが将軍閣下!!」


 ザイツォンを先頭に兵士たちは「勝利」を目指して駆け出す。

 程なくして凶悪な敵の魔城……「ダムの片道駅」こと内務人民委員会ビルへと突入した。


……


 戦車砲によって破壊された勝手口扉からザイツォンら人民軍兵士たちが突入すると、ビル内部はたちまちハチの巣を突いたが如き騒擾状態に陥った。

 将軍の通信を聞き、付近で作戦行動中だった人民軍兵士や武装蜂起市民らが相次いでビル周囲に集結し、彼らもまたザイツォンたちに続いてビル内部へ突撃した。

 将軍側戦闘部隊の突撃は、やがて止めるもの無き「大津波」と化し、抵抗を続ける国内軍兵士や保安局職員を圧倒。

 ロッカーやベンチ、事務机等で即席のバリケードを築いて尚も応戦する人民党カレン側の兵士たちであったが、あまりにも圧倒的な敵の物量と勢いを前に軒並み戦意を喪失して次々と降伏する。


「う、撃つな!……も、もう降伏する!!」

「俺たちの負けだ!撃たないでくれ!」

「投降する!撃つな!」


 両手を掲げて投降する国内軍兵士らに、油断なく銃口を向けつつ武装解除する人民軍兵士たち。

 そして遂には、圧倒的な強靭さを誇る鋼鉄製シャッターで固く閉じられていた正面玄関も「内側」から破られ、シャッターが不快な金属が軋む音を立てながらゆっくり上へと巻き上げられる形で格納された。

 大勢は決し、シャッターの開いた正面玄関からも多数の兵士たちが突入すると、ビル1階から上の地上階フロアは下層階から順に制圧されていき、さらには屋上のヘリポートに人民軍大型兵員輸送ヘリが着陸して多数の兵士たちが降り立つと、エレベーター機械室を兼ねたペントハウスから内部へと突入していく。

 

 そんな中、ザイツォンとユナタたち「影兵団シャドウユニット」及び親衛戦車師団所属の人民軍兵士らを中心とした精鋭兵らは、ビル「地下」を目指して建物メイン階段を駆け下りていた。

 そこに複数の「叫び声」と銃声が立ち塞がる。


「カレンお嬢様、バンザイ!!」

「ベタシゲンを始末しろ!!奴を殺せ!!」

「反革命分子を地下に入れるな!!死守しろ!!」


 たちまち階下から猛烈な銃撃が浴びせられる。

 地上階のカレン側兵士たち……国内軍兵士や保安局職員……は観念して降伏しているというのに、地下フロアに残る内務人民委員会の最精鋭部隊たる「特別行動部隊」所属兵士10数名は、誰一人として投降する気配を見せなかった。

 不気味なフルフェイスガスマスクと専用の戦闘服で完全武装した彼ら「特別行動部隊」は、カレン・アクラコンと妹のシクラ・アクラコン……いわゆる「アクラコンお嬢様方」にのみ絶対の忠誠を誓う文字通りの「特別部隊」であり、その正体はかつての「アクラコン家特設私兵部隊」の構成員たちである。

 グラシカ・ミニコニヤコが隊長を務めていたこの部隊は元々、人民共和国の「赤き文官貴族」アクラコン家を守る為だけに存在しており、初代当主であるアクィエラ・アクラコンによって創設された。

 以来、この「アクラコン家私兵部隊」は人民共和国の「暗部のさらに暗部」を担い、長年に渡って数々の非合法任務に携わり、その存在が世に出ることは決して無かった。

 ところが、カレンが両親を「始末」してアクラコン家の実権を握ると、この私兵部隊はいつしか内務人民委員会の最精鋭特殊部隊へと変貌を遂げ、今や「エリート中のエリート」兵士で構成された「党を守る誉れ高き戦闘集団」に進化していたのである。

 斯様な経緯から構成員たちは、将官から末端兵士に至るまで当然にカレンに対して不滅の忠誠を誓うようになり、彼女を「裏切った」男ことザイツォンに対して抱くのは仄暗くも激しい憎悪と殺意の念しかなかった。

 

 特別行動部隊の激烈な抵抗により、地下フロアへ続くメイン階段の途中で瞬時に10名を超す人民軍兵士が命を落とした。 


「クソッ!!カレンのワンコロ共め!」


 ザイツォンは悪態を吐きつつ階段踊り場の中壁に身を隠しながら、自動小銃の銃口を突き出して応射。

 しかし、たちまち猛烈な銃弾の雨が「返って」くる為、直ぐに引っ込まざるを得なかった。


「ザイツォン……どうする!?抵抗が激し過ぎるよ!」


 ザイツォンのすぐ隣で腰を屈めるユナタが不安そうな表情を浮かべて指示を仰ぐ。

 だが、ザイツォンは何としても「コイツら」を突破して先へ進まなければならなかった。

 今、ザイツォンらが目指す内務人民委員会ビルの地下深くには、カレン・アクラコンが秘密裏に推し進める「世界改変プログラム」……それを担う「通称:神の演算機」なる極秘特定収容オブジェクトの概要を記した「特別記録文書」が保管されているからだ。

 なにがなんでも、その文書を奪取しなければならない。

 そして「神の演算機」なる謎のオブジェクトの正体を暴き、カレンの企みを絶対に阻止しなければならない。

 そうでなければ、これまでの犠牲が全て無駄になってしまうのだ。


「将軍、ユナタ!!遅れてスマン!!」


 階段踊り場で「釘付け」にされたザイツォンとユナタたちの下に、非常に強力な六連リボルバー式グレネードランチャーで武装した大男が多数の増援を伴い姿を現した。


「パガン!」


 ユナタが大男の名を呼び、喜びを露わにする。

 大男はかつてユナタ側近の部下として仕え、彼女がカレンによって「粛清」されて「鉱山送り」となった時もその傍にいた人民空軍のエリート航空部隊「黄色中隊」整備班のリーダーである。

 ザイツォンも「影兵団」副官の大男に笑みを飛ばしながら、早速指示を出す。


「パガン!ちょうど良い”エモノ”を持ってるな!

 今すぐ地下のクソッタレ共にソレを全弾ぶち込んでやれ!!」

「了解です!将軍閣下!!」


 パガンはグレネードランチャーを構え、銃弾の豪雨が降り注ぐ「最前線」傍の壁際へと配置に着いた。


「……パガンを援護しろ!!撃ちまくれ!!」


 ザイツォンの指示に、ユナタや付近の兵士たちは直ちに反応。

 彼自身も危険を顧みず身を乗り出し、激しい反撃の銃弾を階下へ叩き付ける。

 階下の特別行動部隊兵士らが身を隠したことで、先程までの猛烈な敵の銃撃が一瞬だけ止まる。

 その「一瞬」を、パガンは見逃さなかった。

 階段踊り場に大男が飛び出す。


 グレネードランチャーの六連発セミオート射撃。


 味方の強力な援護射撃の下、階段踊り場で仁王立ちしながら腰だめに構えたグレネードランチャーのトリガーを引き絞ったパガンは、対人榴弾六発全弾を一気に発射した。


 激しい大爆発。


 階段下の地下フロア入口付近で抵抗を続けていた特別行動部隊の兵士ら数名は吹き飛び、つい先程までザイツォンたちを押し留めていた銃弾の雨は根本から断たれた。


「よーしッ!見事だ、同志パガン!

 ……総攻撃だ!!

 目標は”155号室”地下の『特定文書保管室』!!

 邪魔する奴は全部撃て!!突撃!突撃!!」

「ウオオォォーーッ!!」


 ザイツォンの勇ましい命令に、人民軍兵士たちが咆哮で応じる。

 将軍とユナタ、パガンが先陣を切り、兵士らも続けて一斉に階段を駆け下りた。

 階段の先は幅広の廊下が真っ直ぐ伸び、その両側の壁には「尋問室」の扉が等間隔で複数並んでいる。

 長い廊下の突き当りに位置するカレン・アクラコン「専用」として使用されていた「尋問室」こそが「155号室」であり、その部屋の奥には極一部の関係者しか知らない「秘密の地下階段」が存在する。

 この地下階段の先「ダムの片道駅“最下層”」にあるのが内務人民委員会……と言うより「アクラコン家」が代々極秘に国内外で確保・収容した「異常物品」に関する記録文書を保管した「特定文書保管室」である。

 地下1階の「尋問フロア」に突入したザイツォンらに対し、廊下左右に設けられた「尋問室」に潜んでいた特別行動部隊兵士らが時折出現して奇襲アンブッシュを仕掛けるも、それを予期していたザイツォンやユナタ、パガンたちによって速やかに反撃・無力化され、後続の人民軍兵士たちが「尋問室」を念入りに一部屋づつ「掃討」して将軍たちの後方の安全を確保する。

 斯くしてザイツォンたちは、多くの犠牲の果てに「155号室」へ辿り着いた。

 扉は防弾スチール製であり、ザイツォンとユナタ、続いて大男のパガンが激しく蹴り付けてもビクともしなかった。


「……クソが……しょうがない、吹っ飛ばすか。

 工兵隊の者はいるか!?」

「はっ!将軍閣下!ここに!」


 ザイツォンの問い掛けに、同行していた人民軍工兵部隊の兵士が直ちに反応し、所持していた小型プラスチック爆弾を手早く扉にセットした。

 「偉大なる国家主席」は、素早い仕事を披露したベテラン工兵に微笑みを向けると「爆破の合図」を示す頷きを返した。


 指向性を持った小規模な爆発が響く。


 金属やコンクリ片を纏った白煙に一時的に覆われるも、煙はすぐに晴れて「155号室」の「異様な姿」が露わになった。

 他の「尋問室」より一回り大きい薄暗い部屋の中央には、夥しい血で染められた床の上に血肉が纏わり付いた拘束具付きの椅子が固定されており、その椅子部分にのみ天井から照明が当てられていて、部屋の四隅は闇に包まれている。

 ザイツォンとユナタが先行し、油断なく銃火器を構えて「155号室」へと入る。

 すると、椅子の奥に広がる闇から一人の男が姿を現した。

 直ちに男に銃口を向けるザイツォンとユナタ。

 照星の先に捉えた相手の顔を見るなり、ザイツォンは呟くように言った。


「……マグサ?……なぜ、お前がここに?」


 将軍の呟きに応えるように、男は微笑みを見せた。

 男はザイツォンとほぼ同い年の30代後半で、「父親」譲りの厳つい風貌をしていたが、何処か温和な雰囲気を湛えた優男であった。

 シワ一つ無い国家保安人民局上級将官の制服を纏い、両手を背後に組んだまま、音も無くザイツォンとユナタの前に進み出る。


「ザイツォン坊ちゃま……先日は息子の誕生祝いの品をお送りいただき、誠にありがとうございました。」


 そう言うとマグサと呼ばれた男は、血塗れの「拷問椅子」の前で立ち止まり、ザイツォンに向かって深々と一礼した。

 男の佇まいは、まるでここを銃弾飛び交う「戦場」と認識していないかの如きであり、ザイツォンの隣で新型短機関銃を構えるユナタは、相手の素性を知らないこともあって動揺を隠せず、堪らず「将来の夫」に尋ねる。


「ザ、ザイツォン?この男は……」

「あぁ、ユナタ……紹介するぜ。コイツは、グラシカの長男坊のマグサだ。」


 ザイツォンの「紹介」に応じる形で、マグサは微笑みの表情をユナタに向けると会釈した。

 続けて将軍の男は、油断なく銃を構えたまま闇から姿を現した人民保安局局長の長男に告げる。


「マグサ……お前がここに居るってことは……オヤジのグラシカは何処だ?」


 将軍の銃口を伴った問い掛けに、マグサは笑顔のまま答えた。 


「同志グラシカ・ミコニヤコは、己が職責を果たすべく行動部隊精鋭を伴って既に出国しました。

 何処に向かったかは……聡明な将軍閣下ならお分かりでしょう?」


 マグサの言葉に、ザイツォンは顔を顰めた。


「クソ……逃がしたか……ヤツと”護衛隊”はここカムラクで始末したかったんだがな……」


 内務人民委員会が誇る精鋭部隊の「特別行動部隊」が元はアクラコン家専属の「私兵部隊」であることは述べたが、その中でも、カレンが両親をダムに沈めて実権を握った時から私兵部隊に属していた兵士たちは特に精鋭中の精鋭として知られ、通称「護衛隊」と呼ばれている。

 文字通り「一騎当千」の強者揃いで、カレン・シクラのアクラコン姉妹に不滅絶対の忠誠を誓っている。

 ザイツォンにとって「隊長」のグラシカとあわせた最大級の「脅威」であり、何としても母国で「圧倒的兵力差」を以ってして完全に殲滅しておきたい連中であったのだ。

 しかし、そんな「危険分子」が既に出国し、恐らくカレンの元に向かったことを知らされた将軍は、苦虫を噛み潰したような顔をせざるを得なかった。

 だが、ザイツォンは直ぐに思考を切り替え、現在の最優先事項を片付けることにした。

 

「なぁ、マグサ……頭の良いお前なら、俺がここに来た理由は分かるだろう?

 お前を殺したくない。

 ”背中”に隠し持った銃を捨てて、息子に会いに行け。

 これは命令だ。」


 ザイツォンは有無を言わせぬ圧を伴いながらマグサに言った。

 彼の銃口は一切のブレ無くマグサの額を捉えている上、ユナタに加えてパガンら後続の兵士たちも続々「155号室」に突入して部屋の四隅を固めており、既にぐるりとマグサを銃口が取り囲んでいた。

 しかし、尚も微笑み続けるマグサに、動揺の色は欠片も見受けられなかった。

 

「お優しいザイツォン坊ちゃま……ですが、そのご命令には従えません。

 なぜなら……皆様にはここで死んでいただくからです。」


 マグサの微笑みに一瞬だけ「冷たさ」が宿った、次の瞬間。


 連続発砲。


 突如、マグサは踊るように跳躍。全く同時に背後に隠し持っていた「二丁拳銃」を取り出すと、流れるような連射を周囲の敵兵に叩き付けた。


「伏せろ!!」


 マグサの跳躍から僅かコンマ数秒で「対応」したザイツォンは、叫びながら隣のユナタに飛び掛かって押し倒しながら床に伏せ、必殺の敵弾を辛くも回避。

 だが、マグサが披露した超人的な射撃格闘術……「ガン=カタ」により瞬時に部屋の四隅を固めていた6名の兵士が即死し、反応が遅れたパガンも肩や左足に被弾してしまい床に倒れた。

 着地したマグサに向け、伏せたザイツォンと被弾しながらも銃を構えるパガン、入口付近にいて生き残った兵士たちがほぼ同時にトリガーを引き絞る。


 フルオート射撃。


 人民共和国製ブルパップ式自動小銃から発射された7.62mmライフル弾が、部屋中央の「拷問椅子」傍に着地したマグサを襲うも、保安局局長自慢の息子は、超人的体術を駆使して身を翻しながら敵弾の悉くを回避してみせただけでなく、部屋の壁を蹴って再度跳躍すると、残存敵兵の目の前に躍り出た。

 右手のオリジナルカスタム自動拳銃の銃口を、敵人民軍兵士の顔面に押し当てる。

 

 発砲。


 ゼロ距離で放たれた9mmピストル弾が兵士の眉間から頭部を貫通し、ヘルメットを弾き飛ばして脳漿と頭蓋の破片を鮮血と共にばら撒いた。

 一方、その僅かな隙を逃さずザイツォンとユナタは体勢を立て直し、それぞれ反応する。

 ザイツォンは起き上がると同時にリロードし、ユナタとパガンを庇う位置に立つとブルパップ式自動小銃をマグサに向け、そんな「夫」の考えを瞬時に理解したユナタは、被弾し倒れた側近の部下のパガンを介抱する。


「パガン!!」

「ユ、ユナタ……すまねぇ、下手踏んじまった……」


 屈強な「黄色中隊」元整備班長の大男は右肩と左足太腿に銃創を負っており、特に左足からの出血が酷かったものの致命傷には至っていなかった。

 ユナタは直ぐに腰ベルトに装着していた簡易医療キットバックの蓋を開け、中から鎮痛剤入り注射器とガーゼ、包帯を取り出してパガンの左足の即応治療を試みる。

 その2人を庇うザイツォンは、自動小銃の照星の先に「敵」の姿を睨みながら叫んだ。


「マグサァーッ!!貴様ッ!!」


 フルオート射撃。

 もはやザイツォンは一切躊躇しなかった。

 相手が幼少期を共に過ごした幼馴染の親友であろうと、ここで始末する。

 人民共和国国家主席の放った7.62mm弾30発が、たった今「尋問室」入口で味方兵士を射殺した国家人民保安局トップエージェントの男に迫る。

 しかし。


「坊ちゃま!!では、()()()()()()()!!」


 マグサの雄叫びが轟く。

 保安局エージェントは将軍の放った必殺の弾丸を恐るべき跳躍力を誇る「背面ジャンプ」を以って難なく回避し、間合いを一気に詰めてザイツォンの目の前に降り立ち、二丁拳銃を突き出してザイツォンに銃口を向ける。

 マグサの指がトリガーを引くのと全く同時にザイツォンも身体を捩り、流れるような回し蹴りを保安局エージェントの横腹に叩き込んだ。

 歴戦の元人民軍陸軍将校の強烈な蹴撃により、マグサの身体は尋問室の壁まで吹っ飛んだ。

 しかしマグサは空中で受け身を取ってダメージを最小限に抑え、壁を背に立ち上がる。

 ザイツォンは肉弾戦に不向きなブルパップ式自動小銃を放り捨てると、腰のホルスターから愛用の自動拳銃を引き抜きながら言った。


「来いよ!マグサ!!」

「坊ちゃま!!」


 マグサとザイツォンが駆ける。

 互いの信念と命を賭け、2人の男が「ダムの片道駅乗車場」で激突する。

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