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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第八章  戦火再燃のファーンデディア
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59. アディニアの戦い 後編

 黄金に輝く装飾で彩られたキャンドルスタンドが複数灯る執務室で、黒髪黒目の中年女性が羊皮紙の束に目を通していた。

 活版印刷で作成された「彼女の王国」の文官らによる「報告書」には、「現地」の地獄絵図が如き「惨状」が記載されており、読み進めるごとに女の眉間に深い皺が刻まれる。


 女の名はカリーシア・シノーデル。


 ノルトスタントール連合王国「第2代」国王にして「初代女王」である。

 数年前に偉大なる先王にして実の父親である「建国王」カズキが、自身の高齢を理由に「退位」したことを受け、齢60近くにして栄えある近代王国の玉座に座った彼女だが、その双肩にはあまりにも多くの問題が降りかかっていた。

 偉大なる「建国王」の生前退位後、瞬く間に顕在化したスタントール王国を構成する二大広域州であるフェターナ・ネクタスの大貴族同士の権力争いに、昨今の工業化に伴う都市人口の急増と貧富格差の著しい拡大、ディメンジアはじめとする周辺敵対国家との国境係争等々……

 だが、女王にとって目下最大の懸念事項は、偉大なる建国王・カズキが数年がかりで征服した「祝福の大地」における原住民共による大規模な反乱だ。

 王都フェリスを扼する本国フェターナと、アデア海と呼ばれる大海を挟んだ向こう側に位置する東レヴェリガイア大陸東端の大半島・ファーンデディア。

 今、この地は原住民のダニーク人と、主にネクタスからの移住者で構成されるファーンデディア在住王国民……通称「センチネル」……との間で壮絶な殺し合いが続いており、本国から多数の王国軍兵士を送り込んで速やかな「鎮圧」を試みたものの、むしろ戦いは激化の一途を辿っていた。

 現地ダニーク人の土着信仰「ダナーラム教」は、その教典で公然と「異教徒抹殺」を謳い、「宗教指導者」を名乗る若いダニーク女、サーラを中心とした「原理主義者」たちは己が命すら顧みず、非常に苛烈な戦いを繰り返していた。

 このダナーラム教原理主義者たちは、捕虜とした王国軍兵士は言うに及ばず、ファーンデディア各地のスタントール人入植者らによる開墾村落を襲撃しては、「異教徒」たる白人の女子供老人は無論、その家畜に至るまで凄惨極まる方法で殺し尽くしている。

 今、カリーシア女王の読む報告書には、斯様な原理主義者たちによって焼き滅ぼされた同胞のスタントール人入植地をはじめとした各地の「地獄絵図」が文章で記されていた。


『5月20日 南部州オーレン県ネオアルベルク村 入植者:110名 全滅

     ・男は陰部を切断、女は乳房を切除さるる拷問の後、斬首さる

     ・被害者の内、10歳未満の児童は31名で成人と同じ拷問痕、有り

     ・牛舎、豚小屋共に全焼せり、内部には大量の家畜焼死体

     ・現地の有様、まさに地獄の様相』

『5月23日 アディニア州リヨニオン県ヴァルヨン開拓地 入植者:402名 全滅

     ・入植者全員、両目眼球を抉られた後に胴斬にて殺害されし模様

     ・開拓地中心部の教会を囲うように入植者らの死体が並び、幼子らは斬首されし後、教会扉前に打ち棄てらるる

     ・教会を除いた家屋の悉く、放火により全焼せしもの』

『5月24日 北部州イェルレイム国境(通称:北の門)ゲルゲデス峠関所付近ヴァミューグ山山腹の原生林地帯

     ・消息不明となりし王国軍フェターナ方面軍ファーンデディア遠征隊第2軍団所属第5軽騎兵連隊第1輜重中隊の作業人夫(総勢514名)の死体、見つかる

     ・全員臓物を引き摺り出された後、頭部を砕かれて殺害されし模様

     ・これぞ、理性無き亜人が行いの典型例』

 ……等々……


 もはや字面を見るだけで吐き気を覚える酸鼻極まる現地の様子が、簡潔に列記されていた。

 1枚の報告書におよそ3~5件程の「惨状」が記され、それが3つ程の「束」を成して女王の机を占拠している。

 

「……蛆虫共めが……」


 報告書の一つを読み終えた女王は、そう呟きながら羊皮紙を放ると、傍らのベルを手に取り「チリン」と一回鳴らした。

 直後、執務室の扉がノックされる。


『女王陛下、お呼びにございますか?』


 男の声が扉の向こうから聞こえる。

 

「おう入れ、デルバータ。」

「失礼致します、我らが女王陛下。」


 両開きの扉が静かに開かれ、王国軍高級将校の正装に身を包んだ30代後半の金髪碧眼の白人男が入室し、深々とこうべを垂れた後に女王の執務机の前へと歩み寄った。

 早速、カリーシア女王は羊皮紙を1枚ヒラヒラと揺らしながら目の前の男に用向きを切り出す。


「デルバータや……貴様は文官共のこの報告書は読んだか?」

「ははっ!我らが女王陛下。

 ……まさに身の毛も弥立よだつ地獄畜生の所業であると存じます……」


 精悍な顔を「敵」への憎悪で歪め、女王の問いへ簡潔に答える男。

 このデルバータと呼ばれた白人男……アルプレヒト・デルバータ……は、今やネクタス州を代表する「大貴族」にまで登り詰めた「女騎士将軍」アリス・デルバータ卿の長男で、既に高齢の母から家督を譲られており、デルバータ家の現当主を務めている。

 険しい表情を見せる「女王の側近中の側近」デルバータに続き、女王もまた老いてなお損なわれぬ美顔を顰めて応じた。


「その通りだ。ダニークが狂信的原理主義者共をわらわは絶対に許さぬ。

 ……デルバータ……スタントール国王として命ずる。

 ダニーク共の土着信仰を完全廃却せよ。

 書物は言うに及ばず、神官や巫女、その他祭事に関わる全ての者を始末しろ。

 無論、口伝による継承も許さん。

 忌々しい奴等が邪神、ダーナを崇める褐色肌の虫は、一匹たりとも逃さず殺せ。現地のダニーク人全員を残らず尋問し、僅かでもダーナを信ずる者は生かしておくな。

 一人づつ、ダーナの姿を模した神像を踏み躙らせ、確実に信仰を捨てたか確認させろ。

 もし、そこでほんの僅かでも躊躇いを見せた者は容赦なくその場で斬首せよ。」


 カリーシア女王は固い決意を持って強く命じた。

 これにデルバータは、片膝を床に付けて頭を垂れる「騎士の礼」で応ずる。


「ははぁーっ!!偉大なる我らがカリーシア女王陛下!!

 直ちに王国軍全軍をファーンデディアに投入し、陛下のご命令を完遂致します!!」

「よろしい……だが……」


 「ダナーラム教完全廃却」に関する具体的命令を出したつもりの女王だったが、まだ何やら気掛かりが残っているようだ。

 デルバータはおもてを上げ、自身が絶対的忠誠を誓う中年女性の様子を気遣う。


「……女王陛下、如何なされましたか?」

「うむ……“もしも”だが、デルバータ。」


 女王は両肘を執務机につき、両手を組んで口元に寄せる仕草をしながら言葉を続ける。


「もしも、今回の完全廃却に何らかの瑕疵があり、後の世に再び邪神・ダーナの信仰が蘇ったら……貴様はどうすべきだと考える?」


 女王の問いに、アルプレヒト・デルバータはさも当然のように回答した。


「ははっ……その時は……フェターナの平野エルフやネクタス・ドワーフ共と同じく、ダニーク人なる存在を歴史から抹殺すべき、と愚考致します。

 すなわち、民族絶滅ジェノサイドを実行するより他に無いかと。」


 デルバータの答えに、女王はこくりと小さく頷いて同意する。


「やはり貴様もそう考えるか。

 ……妾もそう思う……

 よって、後世の王国民の為、追加で“命令”だ。」


 女王はやおら椅子から立ち上がり、雄々しく宣言した。


「此度の廃却以後、もしダナーラムが復活せしとき、ノルトスタントール連合王国は全てのダニーク人の“生存権”を否定する。

 ダナーラム教再興の折、王国はその全国力を持ってダニーク人を“絶滅”せしむることを厳に命ずる。」


 そこまで告げた後、カリーシアⅠ世女王は一呼吸置いて念押しの「補足」を付け加えた。


「……そしてこの宣告は、後の世に如何なる法が出来ようともこれを超越し、絶対不可侵の王国の決定とす……

 ……書記官、確実に記録せよ。」


 締めの言葉で女王は、先程から執務室の扉の傍に置かれた小机に座り、羊皮紙に羽根ペンを走らせる若い女性書記官の方を向いた。


「ははっ!カリーシア女王陛下!……たしかに記録致しました!」


 書記官の白人女性はペンを置くと同時に立ち上がり、深々と偉大なる女王陛下へ頭を下げた。

 デルバータも書記官に続き、再度「騎士の礼」を持って主君に「命令受領」を示す。


……

 斯くして、後の世に言う「ファーンデディア・鮮血の10年」は本格的な始まりを告げた。

 投入された王国軍延べ100万は、10年の歳月を費やしながらも偉大なる女王の命令を遂行し、「祝福の大地」はダニーク人たちの血肉で満たされ、太陽神ダーナの名は褐色肌の人々の脳裏から「強制削除」させられた。

……


 尚、カリーシアⅠ世女王の「追加命令」……「ダニーク民族絶滅ジェノサイド宣告」は、後に「国王命令第000号」の符号が与えられ、現在まで続くスタントール王国における行政上の慣習である「3桁ゾロ目の命令書」……対外宣戦布告や王国統治機構の大改変等の重大事項を実行する特別な命令書の発出番号は同一数字の3桁とする……の始まりとなった。

 

 ……そしてこの「第000号命令書」を記した羊皮紙は、王国書簡庫にて徹底した温度管理と強力なセキュリティの基で厳重保管され、1500年の年月を経た「現在」も尚、「有効な命令書」として存在している……

 ファーンデディア広域州の州都にして最大の都市、アディニア。

 その行政府の中心地である市役所近くの路地裏に、10人程の褐色肌の幼子たちが、一人の異様な服装の女に率いられて集まっている。


「さぁ、子供たち!ダーナ様のご意思をスタトリアの悪魔に教えてあげなさい!

 これからアディニア市役所まで競争よ!

 さっきも教えた通り、かけっこして市役所の中に入ったらダーナ様への“お祈り歌”をみんなで大声で歌うの!

 それで悪いスタントール人たちはダーナ様に恐れをなして逃げ出すわ!

 ……いいわね?」

「はーい!シスター様!」


 褐色肌に「紺碧」の瞳を持つ若いダニーク人女の「引率者」は、晴れやかな口調で目の前の子供たちに告げた。

 子供たちの瞳の色も引率者の女と同様に紺碧で、女と子供たちが「純血ダニーク」……褐色の肌に緋色の瞳……では無く、ダニーク人女性とスタントール人男性の「混血児」であることを表していた。

 子供たちから「シスター」と呼ばれた女は、ダニーク人の土着信仰「ダナーラム教」女性神官の正装である目元以外の頭部をすっぽり覆った黒色のスカーフ(ヒシャブ)と、上下一体となった漆黒のローブで身を包み、その神官ローブの左胸には「太陽神」ダーナを示す旭日模様のエンブレムがあしらわれていた。

 そして子供たちは、各々の子供服の上に四角い長方形の「粘土ブロック」のような物が腹部と背中に2個づつ、縦並びで装着されたチョッキを着させられていた。

 粘土ブロックの正体は、アーガン人民共和国製超高性能軽量型プラスチック爆弾である。

 1つだけでも軍用大型車両を容易に木端微塵とする破壊力を持つ爆弾が、幼い子供の着るチョッキに計4個も備わっていた。

 

 そして子供たちは、そんな「爆弾」のことを一切聞かされていない。

 服の上に着用させられたチョッキも「ダーナの歌」を合唱する時の正装だ、とする虚偽の説明を受けていた。

 ダナーラム教「原理主義者」であるシスターの女は、何も知らない無垢な「混血児」の幼子らを、市役所へ「特攻」させようとしているのだ。


 今、市役所出入口付近に王国軍兵士や警官の姿は無く、市役所警備にあたっていた人員は軒並み、突如アディニア市内各所で連続多発的に発生した「一般ダニーク人」による謎の「自爆攻撃」へ対処する為に出払っていた。

 しばし路地裏から市役所はじめとする周囲の様子を窺った後、シスターの女はローブの胸元からホイッスルを取り出した。


「じゃあ、みんな!今から市役所まで全力で走りなさい!!

 よーい……」


 原理主義者の女は子供たちへそう告げると、ホイッスルを口に咥えた。


 甲高い笛の音が響く。


「わーいっ!」


 直後、子供たちは一斉に「無邪気に」駆けだした。


「……おぉ……ダーナ、アクバル……ダーナ、アクバル……

 神は偉大なり。」


 シスターの女は太陽神ダーナへの祈りをブツブツと小声で呟きながら、ローブのポケットからプラスチック爆弾の遠隔起爆スイッチを取り出した。

 紺碧の瞳を見開き、子供たちが市役所に到着するまでの様子を食い入るように見つめる。

 10人程の子供たちはほぼ一塊ひとかたまりになって市役所エントランスの自動ドアに近付き、受付のスタントール人職員らが「何事か」と外の様子を窺う。

 間を置かずに自動ドアが開き、「一番乗り」した今年6歳になる混血児の男の子が市役所の中に飛び込んだ。


 今だ!


 ダナーラム教原理主義者の女が起爆スイッチに手を掛けようとした。

 その時。


「動くな、シスター。

 指一本でも動かせば殺す。」


 若い女の声と共に、原理主義者の女の後頭部に「銃口」が突き付けられた。

 絶対的死をもたらす鉄の感触が頭皮を刺す。

 シスターの女は、やや震えた声で真後ろに居るであろう声の主に応じる。


「そ、その声は……よ、“預言者”サーラですよね……

 貴方がなぜここに?」


 すると「預言者」と呼ばれた若い女……サーラ・ベルカセム……は、手にした銀色に輝く小型自動拳銃の銃口をシスターの頭に強く押し付けながら言った。


「そんなことはどうでもいい。

 今すぐ、その起爆スイッチをこっちに寄越せ。

 下手に動いたら殺す。ゆっくりと渡せ。」

「……」


 ダナーラム教原理主義者の「混血」ダニーク女は、緩慢な動作で右手に持つ遠隔起爆スイッチを自身の真後ろに居るサーラへ渡そうとした。

 が、次の瞬間。

 シスターは突如「神は偉大なり」を意味する祝詞を叫んだ。


「ダ、ダーナ!アクバ」


 発砲。


 シスターの後頭部と密着した小型自動拳銃の銃口から放たれた9mmピストル弾は、一瞬にして脳組織と頭蓋を破壊しつつ変形。額から鮮血と脳漿を纏いながら飛び出す。

 前のめりに倒れる原理主義者の女。即死である。

 

「……クズめ……」


 サーラは精悍な顔を歪めて吐き捨てた。

 シスターは彼女に起爆スイッチを渡す寸前に、神への祈りの言葉と共にボタンを押し込もうとしたのだ。

 それを瞬時に見抜いたサーラは、容赦なくこれを射殺して阻止。

 視線を「原理主義者のクソ女」の死体から市役所へ向けると、建物内に入った子供たちが大声で「ダーナ神を讃える歌」を合唱していた。

 それをスタントール人の市役所職員や居合わせた民間人らが、不安と嫌悪感を滲ませた表情で遠巻きに見ている。

 遅かれ早かれ、警察ないし軍と言った治安当局のスタントール人がやってきて子供たちの「排除」を試みるだろう。

 サーラは直ちに判断を下し、シスターの「処刑」に用いた愛用のイェルレイム共和国製小型自動拳銃を腰のホルスターに仕舞うと射殺したシスターの手から零れ落ちた起爆スイッチを拾い、弾帯ベルトに装着。

 スリングを引っ張って背中に回していた人民共和国製自動小銃を構え、市役所エントランス内に居る子供たちの元へ走った。

 油断なく自動小銃を構えて付近を警戒しつつ、褐色少女戦士は市役所メイン自動ドアを超える。

 

「ダーナさま~、ダーナさま~、か~がやくたいようが~みんなをて~らす~!」


 3階まで吹き抜け構造となっているアディニア市役所のメインエントランスホールの中心で、混血児の子供たちが大きな声で元気良く「太陽神ダーナの讃美歌」を歌っていた。


「あっ!“よげんしゃ”サーラさまだ!!」


 そこにサーラが近付いて彼女の存在に気付くなり、子供たちは合唱を中断して満面の笑顔を浮かべながら一斉に彼女の元へと駆け寄った。

 サーラは一旦銃を下げ、子供たちを出迎える。


「子供たち!よくお歌を歌ったわね!偉いわ!

 これでスタトリアの連中も懲りたことだし、そろそろ戻りましょう!

 さぁ、みんな……急いでベストを脱いで。」


 サーラは努めて笑顔を見せながら子供たちに「危険な」ベストを脱ぐよう指示する。

 すると、これに年長格の今年10歳になる男児が疑問符を頭に浮かべて問いかける。


「え?でもシスター様が、『このベストは神様たちに捧げるとっても大切な服だから絶対脱いじゃダメ』って言ってましたよ?」


 サーラは疑問を投げかけた少年に、優しく言い聞かせる。


「ええ。でも、もうお歌を歌い終わったから、脱いで大丈夫よ。

 そのベストは、スタトリアにあげちゃいましょう。

 今すぐ脱いで、ここに置いていくの。いいわね?」

「はーい!わかりました、サーラさまっ!」


 歴戦の解放戦線戦士にして「預言者」でもあるサーラの言葉に、リーダー格の少年はじめ混血児の子供たちは素直に従った。

 皆、揃ってベストを脱ぎ、足元に置いた。

 サーラはその様子を確認しつつ、周囲を警戒。

 同時にベストの一つを手に取り、装着されたプラスチック爆弾を取り外して1個を入手した。

 

「あ、あっちです!ダニ虫の子供が突然やってきて歌を歌ってるんですよ!

 ……早く何とかしてください!気味が悪いわ!」

「わかりました。職員の皆さんは念のため、少し離れてください。」


 遠巻きに褐色肌の子供連中による不気味な「集団合唱」を見ていた市役所職員のスタントール人中年女が、通報を受けて駆け付けた短機関銃で武装する警備兵らに告げる。

 防弾チョッキ兼用の紺色タクティカルベストを装備し、ベストの左胸に「ファーンデディア・アウトカムズ」の会社ロゴをあしらった民間軍事会社の社員3名が、短機関銃の安全装置を外してエントランスに近付いてくる。

 その様子にサーラは直ちに気が付き、精悍な顔を顰める。

 下げていた人民共和国製自動小銃を構えると子供たちへ向けて叫んだ。


「クソ……子供たち!今すぐ外に出て!銃を持ったスタトリアがこっちに来るわ!!

 走って!!」


 その「声」に民間軍事会社の社員たちも反応する。


「うん!?……サ、サーラ・ベルカセムだ!!……サーラ・ベルカセムがいるぞ!!」

「マジかよ!?最悪だ!!

 民間人は今すぐ外へ退避しろ!!サーラ・ベルカセムを確認っ!!」


 警備兵の叫びに続き、市役所職員らの悲鳴が木霊する。


「きゃああぁぁーっ!!」

「に、逃げろーっ!!テロリストだ!!」

「早く逃げなきゃっ!殺される!!」


 サーラと子供たちがいるエントランス側とは反対方向に位置するもう一つの出入口へと、職員をはじめとした居合わせた民間人たちが殺到して大混乱が発生。

 自動ドアやエントランスアプローチの透明フロートガラスは大きな音を立てて割れ、転んだ者が後続の者に踏まれて死亡ないしは重傷を負う。

 「サーラ出現警報」により瞬時に生起した斯様なカオスの中、アウトカムズ社員の一人が自身の肩に装着した小型無線機でアディニア都市防衛局を呼び出した。


「警報!警報!!

 こちらアウトカムズ市役所警護班第5分隊!市役所にてサーラ・ベルカセムを確認!!

 だ、大至急、軍に応援を要せ」


 連続発砲。

 サーラはまず、無線機を掴んで「通報中」の敵警備兵を優先して射殺。

 他の2名も、ただちに短機関銃の銃口を「王国の敵」とダニ虫のガキ集団に向けるが、サーラの流れるような連続射撃により続けて撃ち殺された。

 3人とも額に7.62mmライフル弾の直撃を受け、頭部に装備した軽量ケブラー製ヘルメットを弾き飛ばされて即死。

 後頭部から大量の鮮血と頭蓋の破片、脳漿を撒き散らしながら倒れた。


「きゃああっ!」

「こ、こわいよ!」

「うわぁっ!たすけてっ!」


 サーラの発砲により、今度はダニーク人の子供たちが悲鳴を上げてバラバラに逃げ出した。

 だが褐色女戦士はすぐさま反応する。

 自動小銃を両手に持ったまま駆け出し、無秩序に逃げ出した子供たちの先頭まで躍り出ると、速やかに「引率者」となって彼ら彼女らを見事に統制した。

 

「みんな、私についてきて!!こっちよ!」

「は、はい!サーラさま!」


 サーラの指示により、混乱を来たしていた混血児の子供たちは冷静さを取り戻し、歴戦の褐色女戦士の先導に従った。

 市役所建物を出て、正面の大通りを挟んだ向かい側にある最寄りの地下鉄駅出入口まで駆ける。

 道路を横切り出入口に到達すると、サーラは銃を構えて周囲を警戒しながら子供たちへ指示を飛ばした。


「子供たち!地下鉄に入って!!早くっ!!」


 彼女に続いて大通りを超えて出入口に到着するなり、地下鉄駅構内へと下る階段を子供たちが急いで駆け下りる。

 その直後、王国軍装甲車の車列が姿を現した。

 先程の「ファーンデディア・アウトカムズ」社員の通報を受け、市内で臨戦待機していた王国軍戦闘部隊の第一波が到着したのである。

 混血児の子供たちの最後の一人が無事に地下鉄駅構内へ下り終えると同時に、装甲車の砲塔から身を乗り出していた王国軍兵士がサーラの姿を捕捉した。


「サーラ・ベルカセム確認!アディニア市役所前駅、西1番出入口付近!!

 ……交戦する!!」


 25mm機関砲を搭載した装甲車砲塔が旋回し、サーラに砲身を向ける。

 装甲車は砲塔を回しながら進み、大通りの市役所エントランスと地下鉄駅出入口を塞ぐ位置まで前進。

 「いつの間にか」捨て置かれていた「粘土ブロック」の真上に装甲車が差し掛かる。

 するとサーラはシスターの死体から奪った起爆スイッチを手に取った。


「……くたばれ、スタトリア……」

 

 呟きと同時にスイッチを押し込む。


 直後、大爆発。

 

 今まさにサーラに向けて機関砲弾を叩き込もうとした王国軍装輪装甲車は文字通り天高く吹き飛び、大破炎上。

 そして市役所建物も、子供たちの脱ぎ捨てたベストが置かれた1階メインエントランスホールで発生した大爆発により大きく損壊。

 紅蓮の炎に包まれる王国軍装甲車とアディニア市役所。

 爆発に巻き込まれたスタントール軍兵士や民間人の悲鳴が炎と一緒に逆巻く。


「ぎゃああぁぁーーっ!!」

「だ、だれか助けてくれ……」

「あぁ……目が……目が見えない……」


 憎き白人共が上げる断末魔を聴き壮絶な「微笑み」を浮かべると、サーラも子供たちの後を追って地下鉄出入口の階段を駆け下りた。


……


「サーラ・ベルカセム……あのクソ女……ふざけやがって!」


 市役所に駆け付けた王国軍戦闘部隊……王国陸軍ファーンデディア方面軍南部総隊所属独立第305機械化歩兵大隊……は、先頭車両が擱座した上に市役所も倒壊した為、どうしても負傷した味方兵士や民間人の即応救助を優先せざるを得ず、地下へ逃げたサーラへの追撃は遅れることとなった。

 その有様を、血のように紅い髪を靡かせる美しい王国軍女性兵士が端正な顔を憎悪で歪めて吐き捨てる。

 歴戦の風格漂う女性兵士……レシア……は、自身が搭乗していた装輪装甲車の車体上部に立ち、地下鉄駅に逃げおおせた憎きテロリストへの呪詛を吐いた後、倒壊した市役所建物の瓦礫に埋もれた民間人たちの救助を行うべく配下の兵士らに指示を飛ばしている。


「第1、第2小隊!消防の連中に手を貸してやれ!

 デカイ瓦礫は装甲車にワイヤーを括り付けて引っ張れ!

 第3小隊は周辺警戒!クソッタレダニ野郎の奇襲アンブッシュに備えろ!

 衛生兵は救急隊員の連中を手伝え!」

「了解!姐さん!!」


 レシア自身は先程最終点検を終えた強力な分隊支援機関銃を右手に持ち、いつでも地下へ逃げた「宿敵」を追える態勢は整えているものの、上官からの正式な「追撃命令」は未だ下っていない。

 苛立ちを募らせる紅髪女の背後に、金髪黒目の青年兵士が近寄って敬礼した。


「リョーデック大尉。ダリル将軍からご命令です。

 『レシア・リョーデック大尉並びにティーカ・ホルドレル少尉候補生は、大隊本部付歩兵中隊及び付属歩兵小隊を指揮してサーラ・ベルカセムを追撃せよ』

 とのことです。」


 精悍な顔付きをした黒い瞳の若い兵士の方へ向き直るレシア。

 すると彼女は自身の豊満な乳房を誇る胸部を青年の胸に押し付けるように密着。

 彼の耳元へ艶やかな唇を近付け、まるで愛する恋人へ囁くように言った。


「……なぁ、ティーカ……この前、あたしのことは“レシア”って呼び捨てにしろっつたよな?

 なんだよ、今の『リョーデック大尉』って……さみしいじゃねぇか?」

「……」


 ティーカと呼ばれた黒目の若い兵士は、顔に僅かながら戸惑いを浮かべて沈黙せざるを得なかった。

 今回のアディニアテロの数日前、レシアとティーカは自分たちの本拠地である「ベゼラ基地」を巡る解放戦線主力の機械化兵団との熾烈な攻防戦を戦い抜いたばかりであり、その激戦で獅子奮迅の活躍を見せたティーカの姿を目の当たりにしたレシアの恋心は完全に奪われていた。

 攻防戦終了後、レシアは胸の内を全く隠すことなくティーカへ接するようになり、遂には自身をファーストネームで呼ぶよう求めたのだ。

 しかし、いくら独立第305機械化歩兵大隊が軍律に囚われない風潮があると言えども、生来真面目な性格のティーカ・ホルドレル少尉候補生は、直属の上官を下の名前で呼び捨てにするなど出来かねたのである。

 だがティーカは、目の前にいる紅髪の爆乳美女の甘い囁きに、しばし瞳を閉じて天を仰ぎ見た後、観念して言い直した。


「……レシア……その、ダリルのオヤジさんが『ティー坊と一緒に、ヒマしてる大隊本部付きの腕利き連中と新兵共を貸してやるからサーラちゃんを追いかけろ』って言ってます……」


 ティーカはレシアを呼び捨てにするついでに、先程の「堅苦しい」言い回しをやめ、305大隊最高指揮官のダリル・マッコイ少将の命令内容を「そのまま」伝えた。

 するとレシアは端正な顔にニヤリと笑みを浮かべて言った。


「よし!合格だ、ティーカ少尉!

 ……ご褒美に、あたしのおっぱいを揉んでいいぞ?」


 顔を紅潮させ、紺碧の瞳を潤ませながら上目遣いでティーカを見つめるレシアだったが、やはり若干困惑した表情を浮かべて青年兵士は魅力的な申し出を辞退した。


「それは……後の楽しみに取っておきます。」

「そうか?

 なら、さっさとサーラのクソ女とダニ虫共を全員ぶっ殺してベゼラに帰ろうぜ!」


 そう笑顔で告げると、レシアはティーカから離れて装甲車から飛び降りた。

 ティーカも彼女に続いて地面に降り立つと、2人の周囲に複数の王国兵らが集結。

 彼の傍には金髪碧眼の若い男性兵士が近付き、略式の敬礼を示す。


「ティーカ!大隊本部付第2歩兵中隊と“新兵小隊”、準備完了だ!

 新兵小隊の指揮は任せるぞ!」


 「同僚」にして「親友」の男、アレン・デルバータにティーカも簡単な敬礼を返す。

 

「了解だ、アレン。」


 「新兵小隊」とは、先のベゼラ基地攻防戦当日に305大隊配属となったティーカはじめとする幼年軍事学校卒業生や、攻防戦終了後のつい先日「補充兵」として本国から到着ばかりの若い男女により構成された臨時編成部隊である。

 ティーカを本格的に「少尉任官」する実地試験として、今回から彼がこの特別編成の歩兵小隊を指揮することとなった。

 その小隊を含めた305大隊本部付歩兵中隊を中核とする「サーラ追撃部隊」を、レシアが統率する。

 追撃部隊指揮官の紅髪女は、周囲にたむろする新たに指揮下に入った王国兵を見渡して告げた。


「野郎共!クソッタレのサーラ・ベルカセムとその“オヤジ”をぶっ殺しに行くぞ。

 今日こそ連中にトドメを刺してやる!

 ……あたしに続け!!」

「了解!姐さん!!」


 分隊支援機関銃を構えたレシアが先陣を切って地下鉄駅へと続く階段を駆け下りる。

 ティーカら「サーラ追撃部隊」の王国兵集団も、彼女に続いて駆け出した。


…… 


 地下鉄「アディニア市役所前」駅構内から業務用メンテナンス通路を進むサーラと「混血児」の幼子たち。

 しばらく進むと、事前に解放戦線が用意していた「チェックポイント」に到着した。

 そこは現在共用中のメンテナンス通路から一本「脇道」に入った「放棄区画内」であり、ところどころ経年劣化により天井から剥離したコンクリートの欠片や市内の浮浪者が持ち込んだと思われるゴミ等が散乱しており、長い間スタントール人の役人や業者が訪れた形跡の無い場所であった。

 サーラたちが今回辿り着いた解放戦線「地下チェックポイント」は、そんな放棄された地下空間の一角にある資材置き場に設定され、数日分の食料と水、補給用の各種弾薬や医療品等が据え置かれていた。

 ここなら、しばらくの間は安全な筈である。

 サーラは子供たちをチェックポイントに残し、自身は「次なる戦場」へと向かうつもりだった。

 だが、そこには「先客」が居た。

 先程、サーラとバシルに「和平派戦闘部隊」の存在を告げ、自ら囮となってその戦闘部隊を誘き出した民警の男……サダムである。

 サーラによる尋問の際に太腿へ穿たれた銃創を「チェックポイント」に置かれた応急処置キットを用いて自分で治療し、古びた鉄製のベンチに腰掛け、水のペットボトルを1本開けて飲んでいた。

 サーラは咄嗟に手にした自動小銃の銃口を彼に向けた。

 しかしサダムは直ちに両手を上げ、戦意が無い旨を告げる。


「ま、待ってください、同志サーラ!

 貴方に協力した以上、もう俺は民警には戻れません!

 ……少し休憩したらファーンデディアを去ります……信じてください!」

「……」


 サーラは慎重に銃口を下げて若い元民警の男を見つめた。

 サダムの緋色の瞳に「偽り」の色は見えなかった。

 それを確認すると、サーラは背後を振り向いて子供たちに言った。


「さぁ、みんな。ここならしばらくは安全よ。

 ……ちょっと待っててね。“用事”を片付けたら迎えに戻るから。」

「はーい!サーラさま!」


 微笑みを浮かべて「待機」するよう伝えるサーラに、紺碧の瞳を輝かせながら屈託のない笑みを見せて「混血児」の子供たちも応じる。

 すると、それを見ていたサダムがおずおずと「提案」を出した。


「あ、あの、同志サーラ……もしよければ、私が子供たちをカスバの“居住地区”へ避難させましょうか?

 俺は姉さんに代わって幼い兄弟の面倒を見てましたから、子供の扱いは心得ているつもりです。

 ……どうせもうここにはいられない身分だし、最後くらいお手伝いさせてください……」

「……ふむ……」


 サダムの提案に、サーラは数秒程思案した。

 先の「和平派戦闘部隊」を見事釣り出した件を考慮すれば、この男は信頼しても良いだろう。

 それにもし万が一裏切り、子供たちを死なせて逃げ出すような真似をすれば……地の果てまで追いかけて惨たらしく殺すだけだ。

 サーラは軽く頷きを返すと、若い元民警の男に言った。


「……わかった、同志……ここは貴様を信じよう。

 子供たちを家に帰してやってくれ。その後は……何処へなりと好きな所へ失せろ。

 但し、もし次にラルビの手下として姿を見せたり、子供たちを死なせた時は……絶対に殺す。」

「……ありがとうございます、同志サーラ……もう決して、貴方を裏切るような真似はしません。

 命に代えても、子供たちをカスバ“居住地区”へ還します。」


 サダムはすっと立ち上がり、子供たちの「引率任務」をサーラから引き継いだ。

 そして歴戦の褐色女戦士は、これから「次なる戦場」……「カスバ」中心部に位置する「行政地区」は解放戦線人民保安局「アディニア支局」へ向かうべく準備を始める。


……※世界観設定文章です!読み飛ばし可!※……

……※カスバについては「第49話」もあわせてご参照いただければ幸いです※……

 先程から度々登場している「カスバ」とは、アディニア市郊外に広がるファーンデディア広域州「最大」のスラム街である。

 アディニア市中心部の「建国王決戦の丘」から広がる広域州州都の市街地と隣接した極めて広大な荒地には、廃材やトタン等を用いて作られた粗雑な住居がひしめくように建ち並び、アディニア市はじめ州内各都市から排出された産業廃棄物の「非公式集積場」と化した衛生状態劣悪の居住地が形成されており、まともなスタントール人は決して近付こうとさえしない。

 そんなカスバは、産廃以上にスタントール人及びダニーク人にとって「忌むべき存在」の捨て場でもあった。

 それこそ、褐色の肌に「紺碧の瞳」を持つ「混血児」たちである。

 「人間(白人)至上主義国家」ノルトスタントール連合王国において、亜獣人との混血は最高刑「死刑」さえも有り得る「重罪」であり、公式にはダニーク人との混血児は存在しないことになっている。だが実際は、スタントール人の男とダニーク人女性との間に……ダニーク人女性側の「同意なし」に……子供が出来てしまうケースが多発している。

 スタントール人の子供を「身籠ってしまう」ダニーク人女性は「貧困層」に属する者が9割以上で、亜獣人の基本的人権さえ満足に認めていないスタントールにおいては当然の如く中絶等の適切な医療措置は受けられない。

 また、同胞の純血ダニーク人たちも斯様な「混血」を好ましく思っておらず、多くの場合、スタントール人の男の「暴力」に晒され「望まぬ子供」を胎内に宿したダニーク人の女性は将来を悲観して自殺してしまう。

 しかし、自殺せず「混血児」を出産した母親が、涙と共に我が子を「捨てる場所」がここカスバなのだ。

 1500年の長い歴史を経て、カスバには「混血児」による独自のコミュニティが形成されており、長らく解放戦線はじめとした純血ダニーク人の組織とは距離を置いていたが、数年前にサーラとカスバ指導者「忌み子たちの導き手」の異名を持つサルマ・アラファトとの間で「カスバの誓い」が結ばれたのを契機にダニーク解放戦線と合流し、今やサーラなどの純血ダニーク人たちも「偏見」を捨てて「碧き瞳の同志」たちと独立闘争の戦列を共にしていた。

……※設定文章、終了※……

 

 尚、その広大さ故にカスバは解放戦線との合流後、行政的な「区割り」が実施されており、幼少児童や高齢者、非力な女性等を中心とした非戦闘員の住まう「居住地区」、解放戦線作戦本部や各人民委員会の支部が置かれた「行政地区」、各種弾薬や軍用消耗品等の「生産」を担う「工廠地区」の3つに大別され、それら各主要地区を囲うようにアディニア市等と隣接する「外縁防衛地区」が設けられていた。

 また、防衛地区を除く3区は地下に主要施設が増築され、王国空軍による空爆に対して万全の備えを整えている。


 サーラは地下チェックポイントで弾薬や各種爆薬、医療品や携行食糧等の各種補給を手早く済ませると、愛用の人民共和国製自動小銃の最終点検を行った。

 これから彼女が救出したおよそ10人の子供たちは、サダムに守られながら「行政地区」から大きく離れた安全なカスバ「居住地区」を目指すこととなり、サーラ本人は憎き裏切者共が居るであろう「次の戦場」こと「行政地区」へと向かう。

 別れ際、サダムが歴戦の解放戦線女性戦士に見事な敬礼を示した。


「……ご武運を祈ります、同志サーラ……どうか、ご無事で。」

「サーラさま!……がんばって!」


 子供たちもサダムに倣い、ぎこちない敬礼を彼女に向ける。


「ありがとう、みんな。

 ……子供たちを頼んだぞ、同志フセイン。」


 そう言うとサーラは、サダムや子供たちの返答を待たずに自動小銃を構えて駆け出した。

 


 「裏切者」のラルビと「発狂」したシャルファを始末する為に。

 解放戦線の「崩壊」を、何としても防がなければ。


 

 だが、サーラはまだ知らなかった。

 ……ダニーク解放戦線の致命的な「崩壊」は、既に始まっていたのである……


……

 

 アディニアにて「自爆テロ」が発生する直前まで時間は戻る。

 ダニーク解放戦線の指導者にしてサーラの実父であるゲイル・ベルカセムは、「その者」たちを前にして精悍な顔を大きく顰めていた。

 今、ゲイルがいるのは解放戦線におけるアディニア近郊主要拠点たるカスバ「行政地区」の地下深くに設けられた「ダニーク人民公会議カスバ議事堂」の一角、「幹部会議室」である。

 約5年間に及んだ「暫定的停戦期間」という貴重な時間を有効活用し、何もなかったカスバ地下に解放戦線の各行政機構が入居する広大な地下空間が新設されており、今まさにゲイルが居る「幹部会議室」は、そんな地下空間のメイン施設である「カスバ人民議事堂」の奥に設けられていた。

 100人は余裕を持って座れる広い部屋の中央には、長方形の簡易テーブルが複数個「□」の形に据え置かれ、左右前後に向かい合ってパイプ椅子が置かれている。

 「□」の上辺にあたる上座には1つだけパイプ椅子があり、そこにゲイルは座っている。

 本来であればダニーク解放戦線の主要行政人民委員会の委員長が座り、今回の「アディニア攻勢」の全体統括指揮と攻勢後の指針について会議を行っている筈だった。


 しかし今、ゲイルの周囲を完全武装した内務人民委員会所属の戦闘員と民警たちが取り囲んでおり、彼の右手側には腹心の部下と「思っていた」大男が、左手側には「かつて」愛していた妻が座っている。


 大男の名はラルビ・ビン・ムヒディル。ダニーク解放戦線の警察組織である「ダニーク人民民警隊」の長を務めている。

 ゲイルとは武装蜂起以前のリョーデック農園時代からの付き合いであり、解放戦線における最古参幹部の一人だ。

 妻とはアスリ・ベルカセムのことだ。解放戦線最強の戦士であるサーラ・ベルカセムの実の母であり、今は内務人民委員会委員長を担っていて「表向き」は解放戦線における「内政」に関する職責を果たしているが、実際には「和平派」なるゲイルとは別派の勢力を率いている。

 

 そんな2人が今、明確にゲイルに「反旗」を翻したのだ。

 

「ふむ……さて、これはいったいどういうことだ?

 詳しい説明を聞きたいものだ、()()()()()()()?」


 ゲイルは親友「だった」大男へ強い嫌悪を滲ませながら問い質した。

 しかし、ラルビは腕組みしたまま眉間に皺を寄せる険しい苦渋の表情を浮かべて何も答えない。

 かわりに不敵な微笑を表す妻「だった」女が答える。


「ふふふ……ゲイル……

 見てわかるでしょ?アンタはもう終わりよ、この不倫男!

 私という存在がありながら、アンタはクソみたいな筋肉女と唇を重ねてた!!

 ……絶対に許さない……私が“この日”をどれだけ楽しみにしてたか、わかる?」


 サーラの実母であるアスリは、その端正な妙齢の美顔に不穏な微笑みを湛えたまま、おもむろに自身専用の内務人民委員高級幹部制服の第1から第3ボタンまでを外して豊満な褐色乳房の谷間を露わにしつつ椅子から立ち上がると、対面側で渋面の表情で座るラルビに近寄り、彼の肩を高級娼婦のように撫で回した。


 尚、アスリの言う「筋肉女」とは、解放戦線の基幹的存在たる軍事部門「ダニーク人民軍」における軍人のトップである「ダニーク人民軍統括軍事局局長」、モルディアナ・アサードのことだ。

 ベルカセム夫妻の「夫婦仲」が冷却するに比例してゲイルとモルディアナは「親密さ」を増し、サーラに至っては「血の繋がっている」アスリではなくモルディアナを時折「母」と呼ぶようになっていた。


「だから」とアスリは言った。

「私も“新しい男”を見つけることにしたってわけ。

 ついでに、この解放戦線もアンタから頂くことにするわ。」


 アスリはラルビの肩を一頻り愛おしそうに撫でると、背後から抱き付いた。

 妖艶な褐色美人妻の豊満な乳房が、大男のうなじから肩甲骨辺りに押し付けられる。

 以前はお淑やかだった元妻の娼婦じみた仕草に、夫だったゲイルの顔がさらなる険しさを増す。

 しばらくの沈黙を置き、ゲイルは「はぁ……」と深い溜息を漏らして言った。


「……なんと愚かな女だ。

 昔、スタトリアからビラの輪転機を守って死んだ義父オヤジさんが今のお前を見たら、さぞかし嘆き悲しむだろうな。」

「父さんは関係ない!全部アンタのせいだ!

 そもそも……父さんが死んだのも、かわいいナシカが死んだのも、素直だったサーラがあんなざまになったのも……全部……全部、アンタのせいだ!

 アンタのせいで、いったいどれだけのダニーク人が死んだと思ってるの!?

 アンタのせいで、どれほどのダニーク人の母親が子供を奪われたと思ってるの!?

 ……アンタのせいで!何人のダニーク人が人殺しに“成り下がった”と思ってるの!?

 全部、アンタのせいよ!ゲイルッ!!」


 ゲイルの「暴言」に、愛人の大男に抱き付いていたアスリは激高も露わに立ち上がって叫び責め立てる。

 そして、続け様に配下の内務委員会所属兵士や民警らに命令を飛ばした。


「……衛兵!“予定通り”、この恥知らずな男をスタトリアに突き出してやれ!」

「ははっ!同志内務人民委員長!!」


 アスリの手下2人が左右から近付き、ゲイルの両脇を掴んで強引に椅子から立たせた。

 しかしゲイルは「バッ!」と元妻に従う「和平派」兵士らの手を振り解くと静かに言った。


「……くだらない犯罪者扱いはやめてもらおう。

 お前たちが何故アスリに付き従っているかは知らないが……重大な過ちを犯している。

 歴史は必ずや、お前たちを断ずる……恥を知れ。」


 ゲイルの言葉に、これまで渋面を浮かべて腕組し無言を貫いていたラルビが反応する。

 眉間に深い皺を寄らせた褐色の大男が、先程の指導者の問いに答える。


「……ゲイル……

 その歴史とやらは、誰が記すと思ってるんだ?

 俺はお前と違って文字の読み書きも満足に出来ねぇ馬鹿だが、それくらいは知ってる。

 歴史を記せるのは、“勝ったヤツ”だ。

 “勝ったヤツ”が歴史を好きなように書き残せるんだ!

 ……なぁ、実は俺、正直に言うが、昔お前がオランの女市長を撃ち殺した時から思ってたんだ……

 『このままスタトリアとひたすら殺し合うだけで、本当に勝てんのか?』ってな。

 ……どうだい、同志書記長さんよ!?

 俺たちは本当に勝てんのかよ?あのスタトリアに?ただ殺し合うだけで!?」


 ここまで一気に捲し立てたところで、ラルビは一呼吸を置くかのように顔を俯かせて続ける。


「……無理だ……絶対無理だ……

 ……数日前のベゼラ攻防戦で、俺は“確信”した……

 あのベゼラで……5年もかけて編成したお前の“自慢の空軍部隊”はどうなった?

 ロングニルの連中から極秘に無料タダでもらった超最新型の“レールガン戦車”はどうなった?

 なぁゲイル、どうなったよ!?……答えろよ!!」


 遂にラルビは、怒りとも焦燥とも取れる表情を浮かべながら立ち上がり、ゲイルを強く詰る。

 だが褐色の最古参幹部男は、「元上司」に答える間すら与えず畳みかけた。


「……全部……全部、ぶっ潰されちまったじゃねぇか!!

 スタトリアのパワーアーマーとかいうロボット兵器とステルス戦闘機に、一瞬で全部ぶっ殺されちまった!

 ほら見ろよ……勝てねぇんだよ!

 お前の言う『不断の闘争』とやらでは、圧倒的な軍事力を持つスタトリアには絶対に勝てねぇ!

 どっかで連中と折り合いをつけてこのクソみたいな戦争を終わらせなきゃ、俺たちダニーク人は一人残らず皆殺しにされちまう!

 ゲイル!お前がいる限り、俺たちダニーク人は全滅だ!

 ……だから、俺たちは“全ての元凶”であるお前をスタトリアに突き出して連中に許しを乞い、生き残るんだ……

 お前と心中するなんて、真っ平ごめんだね。」


 ラルビの「所信表明演説」が終わると、アスリの内務委員警備兵に加えてラルビの民警らもゲイルに近付き、腰のホルスターから人民共和国製自動拳銃を引き抜いた。

 ダニーク解放戦線最高指導者の周囲を、憎しみ滾らせる「同胞」の銃口が取り囲む。


 ラルビの言葉は、解放戦線「崩壊」の決定打となった。


 ここに、「和平派」の明確な意思が解放戦線リーダーの男に突き付けられたのだ。

 腹心の部下だった男に「決別」を宣告され、「敵」の銃口に取り囲まれたゲイルであったが、一切の動揺を示すことは無かった。

 鋭い視線をラルビとアスリ、次いでその部下たちに向けた後、口を開いた。


「……そうか、お前たちの考えはよくわかった。

 だが、理解するつもりは毛頭無い。

 お前たちは救いようのない腰抜けで、自分勝手なクズだ。

 全ての責任を俺に押し付け、自分たちは“哀れな被害者”を気取る無様な負け狗だ。

 恥知らず共め。

 それに……俺をスタトリアに突き出せば全て収まると、本気で思っているのか?

 だとしたら、とんだ勘違いだ。

 ……とんでもない勘違いだ!

 あのスタトリアの女王は、そんな“慈悲深い女”だったか!?

 解放戦線が組織として崩壊し、極度に混乱したところをあの女が見過ごす筈は無い。

 ……断言してやろう、ラルビ、アスリ。

 俺の次にアディニアの断頭台ギロチンに登るのは、貴様らだ。」


 ゲイルの言葉に、内務委員警備兵や民警の木端兵士らは動揺を隠せなかった。

 互いに顔を見合わせ、書記長の発言を受けて揺らぎを感じている。

 しかし、そんな部下たちの動揺を収めるかのように、元妻のアスリは「拍手」を送った。


「死に際に素晴らしい演説を披露したわね、ゲイル?

 残念だけど、流石の私たちもそこまで馬鹿じゃないの?」


 夫だった男に投げやりな拍手を向けながら、アスリはそこで言葉を区切ると会議室扉の方に視線を向けて言った。


「もう入っていいわよ、ベン坊や!」


 アスリの「入室許可」を受け、ラルビと同じく元リョーデック農園労働者であった最古参幹部の小男が黒服の「白人」たちを連れて部屋に入ってきた。


「へへへっ、ゲイル……悪いね、そういうことなんだ。」


 ベン・ベラクスは、下卑た嘲笑をゲイルに向けて告げると後ろを振り返り、恭しく頭を垂れた。


「どうぞ、我らが王弟殿下!

 ご指示通り、ゲイル・ベルカセムをひっ捕らえてございます!!」


 ベンの言葉に続き、黒服の白人たちもサッと機敏な動きで左右に分かれて道を開けると、見事な敬礼を示した。

 その「道」を、純白の空軍高級将校制服を纏った若き黒髪黒目の美青年が堂々と通り解放戦線幹部会議室に入る。

 彼の名は、キリシア・シノーデル。

 ノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世女王の「弟」。

 女王をスタントール人約3億人の頂点とするならば、その「2番目」に高貴な人物である。

 王室関係者の「代表」と言える人物の突然の登場に、動揺を示していたラルビ、アスリの兵士たちは大いに驚愕し、自らの「勝利」を確信するに至った。

 また、ゲイル自身も背中に冷たい汗が流れるのを感じざるを得なかった。

 王弟自らが「この場」に姿を現したということは、「和平派」とスタントールとの「話し合い」がそれほどまでに「進展」している証しに他ならないからだ。

 キリシアは端麗な美顔に全く表情を浮かべず、ゲイルを一瞥すると言った。


「……お前が、ゲイル・ベルカセムか……

 ふーむ、国際会議場で王国を侮辱する大層な演説を打った男にしては……あまり大したことないな。」


 王弟はベンと護衛の黒服白人兵士らを従えながら悠然とゲイルの傍らを通り過ぎると、ラルビとアスリに近付いた。

 2人の男女は、揃って深々と頭を垂れて「偉大なる王室関係者」に敬意を示した。


「我らがキリシア殿下。このような場所までご足労いただき、深く感謝申し上げます。」

「……キリシア王弟殿下……お会い出来、光栄の極み。」


 キリシアはラルビとアスリの儀礼的挨拶に軽く頷きを返すと、仄かな笑みを見せて2人をねぎらった

 

「2人ともご苦労だった。

 “祖国”への忠誠心を取り戻し、我が王国の為に尽力したことを“姉上”も高く評価している。

 このベルカセムなる大犯罪人の身柄は、このまま私が預かろう。」


 キリシアの言葉を受け、黒服の白人たちがゲイルに近付く。

 解放戦線書記長の男を取り囲んでいた「和平派」兵士たちは、速やかに一歩退いて「大犯罪人」の身柄を王国側へ引き渡した。

 ゲイルの左右背後に屈強な白人らが取り付き、両脇をガッシリと抱え上げて連行する。

 文字通りの犯罪者扱いである。

 ゲイルの精悍な顔が憎悪と屈辱で歪む。

 黒服の白人兵は、ひっ捕らえた「原住亜人テログループリーダー」を「偉大なる王弟」の前に連れてきた。

 キリシアはありったけの侮蔑を黒い瞳に浮かべ、これを見下す。


「……喜べ、ベルカセム。これより貴様をフェリスへ連れて行く。

 “姉上”が直々に貴様を裁きたいそうだ。

 我らが偉大なるスタントール女王の尊顔を拝見できるなど、辺境のくだらない亜人にとってこれ以上の名誉は無いだろう。」


 尊大極まるキリシアの言葉に、ゲイルは彼の顔目掛けて「ペッ」と唾を吐き捨てて応じる。


「……ふん、もったいぶらずにさっさと殺せ。シノーデルの大悪魔めが。」


 直後、白人たちによる激しい暴力が褐色肌の男を襲う。

 黒服の男たちが、ゲイルの腹や背中に警棒を振り下ろした。


「ぐっ!……うぐっ!ぐっ!……うがっ!!」


 両腕を引き伸ばされた「大」の字状態で、全身に警棒の雨が叩き付けられる。

 ゲイルは懸命に歯を食いしばって「敵」の暴力に耐える他無かった。

 一方、「下劣な亜人の男」に唾を吐きかけられた王弟は、空軍将校制服ズボン左ポケットから無駄のない動きで白のハンカチを取り出し、左頬に引っ掛かったゲイルの唾を事も無げに拭い去った。

 警棒を振り下ろす配下兵士らに「一時中止」を手草で指示すると、血塗れになったゲイルの顔を覗き込み、周囲に聞こえないよう囁き声で告げた。


「……貴様と貴様の娘は、決して楽には死なせない……

 地獄の苦しみの限りを与えて殺してやる。

 最後に、良い事を教えてやろう……ダニーク人なる種族の存在は、近々“歴史”となる。」


 キリシアの最後の言葉に、ゲイルは仄かな恐怖を覚えた。

 聡明なるダニーク解放戦線最高指導者の男は、敵王族の言葉を瞬時に理解したのだ。

 

 「歴史となる」……すなわち、民族絶滅ジェノサイドを実行し、ダニーク人という民族を一人残らず殺し尽くして「歴史文献にその存在が記されるだけ」の状態にする、という意味だ。


 つまり、王弟……否、女王を頂点とするスタントール王国政府は「ダニーク和平派」との「協定」などまったく意に介しておらず、散々利用するだけ利用して最後は民族ごと始末する魂胆なのだ。


「き、貴様ぁっ!!」


 キリシアの意図を見抜いたゲイルは、激しい怒りに精悍な顔を歪めて挑みかかろうとするが、ガシッと両腕を拘束する黒服白人兵の腕力に敵わず、そのまま床に組み伏せられて警棒と軍靴による激しい暴力の限りを叩き込まれた。


「あがっ!うごっ!!ぐっ!……ぐおっ!!」


 あばら骨や腕の骨が複数箇所骨折し、鼻骨や歯もへし折られる。

 口から鮮血を吐き出し、全身を襲う激痛に苦悶の声を漏らす。

 すると、キリシアは改めて兵士らに「暴行中止」を命じた。


「それくらいにしろ。ここで殺してしまったら“台無し”だ。

 彼には、姉上が最高の“ショー”を用意しているんだ。

 ……行くぞ。」

「ははっ!キリシア殿下!!」


 黒服白人兵らはキリシアに深々と頭を下げた後、もはやボロ雑巾と化したゲイルを連行して部屋を出る。

 それに続いてキリシアと近衛兵たちも幹部会議室を後にしようとした。

 その時。

 キリシアはじめとしたスタントール治安当局関係者たちの小型無線機に、緊急警報がもたらされた。


『緊急!緊急!!

 ビッグベアーより全ての治安部隊職員へ緊急警報!

 市内各所で民間人に偽装したダニーク人の自爆テロが複数発生!!

 繰り返す、ダニーク人による自爆テロ発生!!

 軍・警察は、市内でダニーク人を発見次第した場合、ただちに射殺せよ!

 対象は“非限定”!女子供老人の別なく、完全無差別発砲を許可!!

 緊急!緊急!!ビッグベアーより……』


 無線の警報に続き、地上から遠雷のような爆発音と振動が伝わる。

 黒服白人兵士らは「突然の事態」に僅かな動揺を隠せずにいたが、冷静に己が最優先職務を思い出し、各々スーツの下から自動拳銃や小型短機関銃を取り出して王弟の周囲を固めていた。

 キリシアは仄かな怒りを美顔に浮かべると、自身も腰のホルスターから9mmピストル弾を使用する王国製軍用自動拳銃を取り出しながら「和平派」幹部を睨んだ。

 小男のベンは無様に狼狽し、「な、何事だ?」と叫びながら室内をせわしなく右往左往している。

 アスリとラルビもまた、こめかみに冷や汗を浮かべて動揺している様子だった。


「……これは一体どういうことだ?」


 キリシアはアスリとラルビに鋭い視線を向けながら問うた。

 これに「和平派」主要幹部の2人は、王弟を満足させる回答を用意出来なかった。


「こ、これは……私共も、何が起こったのか……」 


 口澱むアスリ。


「キ、キリシア殿下……私にもさっぱりでして……主戦派連中のアディニア攻勢計画に、自爆テロなんて無かった筈で、それは民警も裏付け確認してるんで間違いな……」


 「愛人の女」と同様に、動揺しながら見苦しい言い訳を展開しようとするラルビ。

 これをキリシアは遮り、2人に「命令」を下した。


「黙れ。即刻、配下に状況を確認させろ。

 お前たちは地上の安全が確認されるまで、我らと共にこの場に残れ。

 事態鎮静化まで会議室を出ることは許さん。

 ……罠に嵌めるつもりなら、覚悟してもらう。」


 キリシアの冷徹な言葉に、アスリとラルビは恐怖を感じざるを得なかった。

 予期せぬ「連続自爆テロ発生」という異常事態に、カスバ地区の地下深くで孤立を余儀なくされるキリシアと「和平派」のメンバーたち。

 アスリとラルビは配下の兵士や無線機に向かって、怒声交じりで矢継ぎ早に命令を飛ばす。


「い、今すぐ確認しなさい!!自爆テロなんて初耳よ!

 何が起こってるのか、すぐに報告を!!」

「俺だ、ラルビだ!サーラ共をアディニアで待ち伏せしているサウドを呼び出せ!

 市内の状況を報告させろ!!」


 それを余所に、度重なる暴行で朦朧とするゲイルは誰に言うでもなく小さく呟いた。


「…………あとは頼んだぞ、サーラ…………」


 その呟きの後、解放戦線最高指導者の男は意識を失った。


 

 アディニア同時多発自爆テロに続く「戦い」は、混沌を増しながらカスバへとその舞台を移そうとしていた。

※この後書きは、後々の本編に関係してきます※


【新暦1932年5月22日(アーガン人民歴154年5月22日)付

 アーガン人民共和国内務人民委員会国家人民保安局 

            内部秘匿通信音声記録<第39号記録>より一部抜粋】


(前略)


・保安局本部(コールサイン:ベイジン)

「……シーアン05、再度状況を報告せよ。」


・シーアン05

「ベイジン!こちら、シーアン05!

 ……“ガルムの門”、閉鎖に失敗!第103親衛戦車師団が門を突破!!

 も、もう持ちこたえられない!……撤退する!」


(通信の背後で複数の銃声と爆発音が響いている)


・ベイジン

「シーアン05、こちらベイジン。撤退は不可。繰り返す、撤退は不可。

 “ガルムの門”を死守せよ。」


・シーアン05

「な、なんだって!?……シーアン05よりベイジン!

 無理です!門は突破されました!

 大至急、撤退許可を!!」


・ベイジン

「シーアン05。撤退は不可。門を絶対死守せよ。

 持ち場を放棄した者とその家族は国家反逆者と見做して“ダム送り”とする。」


・シーアン05

「なっ!?……ふ、ふざけるな!!人民軍の精鋭相手に、我々は義務を果たした!!

 ダムに送れるものなら送ってみろ!!我々は人民軍に降伏す……」


(直後、約30分間に渡り「シーアン05」との通信途絶)

  

・ベイジン

「……シーアン05。直ちに状況を報告せよ。

 繰り返す。こちらベイジン、シーアン05、状況を報告せよ。

 ……

 ……シーアン05に警告。これより10秒以内に応答無き場合、貴様らを国家反逆者と見做す。」


・???

「こちら“アーガンの夜明け”。ベイジン、感度良好。」


・ベイジン

「……誰だ貴様?……“アーガンの夜明け”とはなんだ?」


・???

「ガルム守備の国内軍兵士を武装解除した。我々は特殊軍事作戦“アーガンの夜明け”任務行動中の人民軍第103親衛戦車師団第1戦車連隊である。

 ベイジンへ通達する。

 ……全ての権力を将軍へ!

 人民党は全ての権力をベタシゲン将軍へ移譲し、カムラクに突入した我ら人民軍へ今すぐ投降せよ!

 内務人民委員会国家人民保安局のチェキスト共……お前たちの負けだ。」


・ベイジン

「……ガルムの門、陥落を確認。

 通信終了。」


(記録終了)

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