5. ティアレの戦い
山間の盆地に存在する小規模地方都市、ティアレに銃声が響き渡った。
この街に住む約5万人の白人種・スタントール人たちは、最初それが何か理解できなかった。
ティアレ市郊外のとある民家に住む女性は、突如、窓の外の通りを練り歩く大勢の完全武装した褐色肌の原住民たちの姿を見て驚愕した。
すると、原住民たちは通り沿いの家々に次々と襲い掛かり、近隣住民が彼らによって家から引きずり出されている。
若い女性は服を乱暴に剥ぎ取られる等の辱めを受け、年老いた女性や男性で抵抗する者は容赦なく射殺され、大人しく従う者も何処かへ連れて行かれている。
幼子や赤ん坊も外へ連れ出されていた。
言い争う声と子供の泣き声や悲鳴、銃声が自分の家の周囲を満たそうとしている。
女性の夫は武装警察の小隊指揮官で、早朝に北部へ「出張」に行ったばかりだ。
すぐに驚愕は戦慄へと変わり、女性はリビングの電話を取り警察へ通報を試みる。
緊急番号をプッシュして、受話器を取る。コール音が聞こえた。
しかし、野蛮なダニーク人たちが早かった。
二度目のコール音が終わった直後、玄関のドアが乱暴に蹴破られ、強力な銃火器で武装した数名の褐色肌の亜人連中が家に押し入ってきた。
「はい、こちらティアレ管区警察署。事件ですか?事故ですか?」
受話器の向こうで若い女性警官の声が聞こえてきた。
しかし、もう手遅れだ。
耳をつんざく銃声。
若いダニーク人の男が軍用散弾銃で電話機を粉砕した。
たまらず女性は受話器を放り捨て、悲鳴を上げる。
「ひぃっ!な、なんなの、あんたたちは!?何しに来たの!」
すると少女が女性の前に現われ、その問いに答えた。
「お前たちを殺しに来た。スタトリア。」
発砲。
輝くような美しい褐色肌の少女、サーラは、右手に持った銀色の自動拳銃で女性の眉間を撃ち抜いた。
高速で飛来した9mm弾は40代スタントール人女性の頭蓋を叩き割り、前頭葉から後頭葉までを徹底的に破壊した。
即死だった。
「よくやったわ。サーラちゃん。」
小隊長の女性、ナリータがサーラの一切躊躇の無い「処刑」を褒める。
筋肉逞しい褐色美女のナリータは、サーラの父親にして「ダニーク人民革命の指導者」となったゲイル・ベルカセムと同じ農園で働いていた労働者で、女性農園労働者の相談役の一人であると同時に古くからの「ダニーク自由民権運動」の活動家の一人でもある。
今は闘志漲るダニーク革命軍の小隊指揮官だ。
「ありがとうございます、同志ナリータ。次に行きましょう。」
サーラは素直に感謝を述べ、先を急がせた。
とにかく時間との勝負だ。
この街の武装警察主力部隊は、早朝に北へ向かって不在だ。
今頃、のんびり自動車専用道路を北上しているところを、共和国空軍の爆撃機で車列ごと吹き飛ばされているだろう。
しかし、油断は出来ない。
残存する街の所轄警官と武装警察の残留部隊は1,000を優に超える。
如何にダニーク人側が約8,000と数的に有利でも、こちらは限定的な軍事訓練を行っただけの実戦経験が全く無い素人集団だ。
少しの予期せぬ損害で、簡単に瓦解する可能性がある。
ゲイルはそれを最も恐れている。
主力部隊が市内中心部に到着するまでの間、スタントール人に通報されることを防ぐ必要がある。
その為に、ゲイルは体格的に優れた戦士らを中心とした「別働部隊」を編成した。
彼ら別働部隊の任務は、謂わば「露払い」と「囮」である。
まず第一段階として、主力部隊に先行して郊外の住宅地を強襲し、可能な限り通報される前に住民を「排除」する。
もし、通報されてスタントール人警官が駆け付けた場合は、第二段階として囮となって警察をダニーク側主力部隊から引き離して迎撃する。
その後、完全に手薄となったティアレの街に南北と東から革命軍本隊が総攻撃を開始する。
このように別働部隊は重要かつ危険、さらに白肌の民間人を容赦なく排除出来る冷酷さが求められる。
ゲイルによる部隊選別の際、サーラは真っ先に志願した。
自分なら一切の躊躇なくスタントール人を殺せる。
たとえそれが女子供であっても!
戦闘技術はまだ未熟そのものだが、決意は本物である。
あの農園経営者の洋館で、経営者一家の長男を射殺した時と同じだ。
そこに一切の良心の呵責も、動揺も無い。
スタントール人は敵である。決して相容れないダニーク民族と革命の敵である。
殺せ。
今しがた射殺した女性宅の右隣、比較的新しい型の平屋根の民家に狙いを定める。
サーラたちが家に押し入ろうと近付くと、若い女性が3歳くらいの男の子の手を引き、もう片方の腕で赤ん坊を抱えて家から慌てて出てきた。
着の身着のまま、地獄のような様相を呈し始めた故郷から自宅の表に停めている自家用車のステーションワゴンで逃走を図るつもりのようだ。
「おい動くな、スタトリアの女!どこへ行くつもりだ!」
ナリータの鋭い警告。
しかし、その若いスタントール人の母親は途方もない恐怖に顔を歪め、構わず車に乗り込もうとする。
赤ん坊を助手席に置くと、後部座席に男の子を乗せようとしていた。
発砲。
サーラの放った弾丸は男の子の頭部を撃ち抜き、まだ3年程しか経っていない彼の人生を強制終了させた。
若い母親は突然殺害された我が子の姿を見て絶叫する。
「い、いやああぁぁぁーー!!ポール!ポール!!
ウソでしょ!?動いて!動いてよ!!」
さらに発砲。
9mm弾が息子の亡骸を揺さぶる若い母親の右足に命中。
運転席のドアを背にして、たまらず崩れ落ちる。
「いやぁ……やめて……殺さないで……神様、助けてくださ」
発砲。
頭部に一発。即死である。
彼女の神への祈りは届かなかった。
助手席の赤ん坊が、まるで母親の死に気付いたかのように愚図り出した。
そのまま死ぬまで泣いてろ。
誰もお前を助けない。
心の中でサーラは冷酷に告げる。
ステーションワゴンの助手席で泣き喚く白肌の赤ん坊に見下すような一瞥をくれると、次の民家へと歩き出した。
サーラの余りにも容赦の無い処刑の有様に、ナリータも他の戦士たちも畏敬の念を抱き始めた。
……これが革命の指導者ゲイル・ベルカセムの娘……
10歳にも満たないのに、徹底した冷酷さと鉄のような殺意を持ち、決して揺るがない。
……なんという少女だ。
彼女こそ革命の戦士だ。
「同志ナリータ。急ぎましょう。恐らくもう通報されて敵が迫って来る筈です。」
ふと我に返ったナリータは、サーラの指示に当たり前のように従った。
「わかったわ、同志サーラ!
小隊各位!周囲を警戒しろ!スタトリアの警官が来るぞ!歓迎準備だ!」
ダニーク人の逞しい女性の良く通る声は、たちまち周囲の同胞たちに警告を与えた。
いよいよだ。
耳を澄ませば、喧しいサイレンの音が近付いてくるのがわかる。
サイレンの音は複数。
通常のパトカーのサイレンだけでなく、武装警察の装甲バスが放つ野太いサイレンも聞こえてくる。
第二段階だ。
ここでスタントール人警官を迎え撃ち、釘付けにする。
それにどうやら武装警察も相手せねばならないようだ。
ノルトスタントール連合王国の準軍事組織で、内務省管轄の治安機構。
所轄警察よりも強力な武装を有し、銀行強盗や立てこもり、公共交通機関の乗っ取り等の凶悪犯罪に対処するプロの戦闘部隊。ここファーンデディアでは、ダニーク人の権利拡大を求める運動をジェラルミンの盾と警棒、催涙弾や短機関銃で粉砕してきた敵である。
革命軍の戦士たちはすぐさま準備に取り掛かる。
典型的なスタントール式郊外型住宅街の片側一車線道路。
家に塀などは無く、歩道と家の間には猫の額程度の広さの芝生があるだけ。
通り沿いに等間隔で配置された街灯や街路樹、公共用ゴミ箱等の道路施設の隅に強力な共和国製指向性地雷を設置する。
無人となった家々から家具を引きずり出し、即席のバリケードを築く。
準備万端とは言い難いが、取り急ぎ歓迎会の準備は整った。
褐色肌のゲリラ兵たちは、バリケードや通り沿いの家の中に身を潜め、警察部隊の到着を待つ。
赤色灯を輝かせながら支配者気取りの白肌警官を乗せたパトカーが約10台、武装警察の大型装甲バスが1台、姿を現した。
パトカーは通りの歩道に乗り上げるようにして停車し、装甲バスは通り中央に陣取る。
散弾銃や木製ストックのカービン銃を持ち、防弾チョッキを装備した警官がパトカーから降りてきた。パトカー1台から2人づつ。明るい砂色の制服とサングラスを身に着けている、典型的なスタントール人所轄警官たちだ。
「今だ!!スタトリアの警官を宇宙まで吹き飛ばせ!」
ナリータが無線で合図する。
直後、仕掛けた指向性地雷が一斉に爆発。
地雷至近に停まっていたパトカー数台を木端微塵にし、そのパトカーから降りてきた警官らを挽肉にした。
これが本当の開戦の合図だ。
自由と祖国を求めるファーンデディア原住民、褐色肌のダニーク人たちの長く苦しい独立戦争の幕が、いよいよ本格的に切って落とされた。
バリケードや通り沿いの家々からダニーク人の褐色戦士たちが身を乗り出し、短機関銃や小銃、散弾銃の弾丸の雨を、地雷の第一撃から辛くも難を逃れたスタントール白人警官たちに叩き付ける。
サーラも即席バリケードの大型ソファーの陰から自動拳銃を突き出し、警官一人に狙いを定める。
発砲。
パトカーを盾にしてカービン銃を構えていた男性警官の顔面を撃ち抜き、殺害。
所轄警官数名が撃ち倒され、生き残りもパトカーの陰から身動きが取れなくなった。
その直後、武装警察の装甲バス屋上に設置された機関銃座に黒色のヘルメットとガスマスクで完全武装した武装警官が現れ、サーラとは道路を挟んで向かい側のバリケードにいたダニーク人戦士の一団に強力な5.56mmライフル弾の雨を降らせた。
音速を超えて飛来するライフル弾は、民家の家具で作られた即席バリケードごとダニーク人戦士たちをなぎ倒した。
機関銃座が銃撃を開始するのとほぼ同時に装甲バス後方の乗降扉が開かれ、新型短機関銃や軍用自動小銃で完全武装した威圧的な黒の装いを身に纏った武装警察の小隊が周囲に展開。
ダニーク人に対し、苛烈な反撃を始めた。
つい1時間前まで閑静で平和な時が流れていたティアレ市郊外住宅地は、激しい戦闘騒音に包まれる激戦地と化した。
高度な訓練を積み、十分な実戦経験もある武装警察は、それまでの劣勢を一気に跳ね返し、ダニーク人革命軍戦士を正確な射撃で次々と射殺していく。
サーラのいるバリケードにも激しい銃撃が加えられ、たまらず傍の民家へ退避する。
その際、サーラの隣に居た軍用散弾銃を装備する青年が死亡した。
民家へ逃れようと背を向けた瞬間、警官に後ろから心臓を撃ち抜かれたのだ。
サーラとナリータは辛くも民家の中へ避難し、通りを望むリビングの窓から外の様子を伺う。
他の即席バリケードにいた戦士たちはほぼ全滅だ。既に20人以上が廃却されし神々の元へ旅立ってしまった。
家の中にいた戦士たちが、何とか武装警察に応射している。
このままでは囮となって連中を迎撃するどころか、この場で全滅してしまう。
やはり敵は強い。
しかも、今相手にしているのは武装警察に過ぎない。
ダニーク人が本当に自分たちの国を勝ち取るには、彼らより遥かに強大なノルトスタントール王国軍を相手にし、倒さなければならないのだ。
サーラは臍を噛む。
「クソッ!あの装甲バスの機関銃座が厄介だ!あれを何とかしないと!」
ナリータが叫ぶ。
武装警察の機関銃座は、絶大な制圧力を遺憾なく発揮し、ダニーク人戦士がまともに反撃するのを決して許さない。身を乗り出して敵に対する正確な射撃を試みようとしても、次の瞬間に銃弾を浴びてしまう。
殺す!
こんなところで、死んでたまるか!
戦いは、始まったばかりだ!
サーラは腰の弾帯ベルトのフックに取り付けていた手榴弾を手に取る。
「私が行く!援護して!」
サーラは周囲の仲間たちに叫ぶと、返事を待たず家を飛び出した。
ナリータをはじめ同胞たちには、それを制止する間さえなかった。
「サーラ!!……クソ!みんな、あの子を守れ!撃ちまくれ!」
危険を冒して、ナリータや戦士たちが物陰から身を乗り出して援護射撃を行う。
同年代の子供の平均身長よりは高いとはいえ、まだ少女に過ぎない小柄なサーラの姿に付近の警官たちは気が付かなかった。
むしろ、いきなり反撃を開始したダニーク人らの方に気を取られてしまった。
サーラは武装警察の間を走り抜け、バスの車体下部に滑り込む。
動力伝達装置の油圧パイプ等の各種配管が入り交じる車体下部構造の隙間に、安全ピンと発火レバーを外した手榴弾をねじ込むと、転がりながらバス下部から退避する。
サーラはすぐさま身を起こし、そのまま向かいの民家へ全力疾走。窓ガラスを突き破って家の中に飛び込んだ。
爆発。
バスの燃料タンクのガソリンも手榴弾の威力を大幅に底上げし、武装警察の強力な装甲バスを粉砕した。爆発エネルギーの真上にいた機関銃座と射撃手の武装警官も細切れに吹き飛び、バス周囲に居た複数の武装警官の命を奪った。
命までは奪われなかったが、腕や足を失った警官らが苦痛に悲鳴を上げ、無傷で済んだ者も狼狽を隠せずにいた。
もはや勝利は確定だ。
ナリータやダニーク人戦士たちはこの機を逃さなかった。
ナリータが叫ぶ。
「サーラがやったぞ!残敵を掃討しろ!皆殺しだ!」
生き残った白人警官に向け、怒れる褐色肌の原住民たちの猛烈な銃撃が再開された。
ダニーク人戦士たちは物陰や家から飛び出し、激しく銃撃する。
ある者は手榴弾をパトカーに投げつけ、これを警官ごと吹き飛ばした。
サーラも自動拳銃を残敵に向け放つ。
2人の警官を立て続けに射殺。
要とも言うべき装甲バスを失い、浮足立ち動揺する警官たちは瞬く間に制圧され全滅した。
戦場に束の間の静寂が訪れた。
ダニーク人たちは、独立戦争最初の武力衝突に勝利したのである。
残骸と化したパトカーや装甲バス、あちこちで残火がパチパチと燃える音だけがこの場を支配していた。
勝者となった褐色肌の戦士たちは辺りに散らばり、敗者である白人警官らの装備品を調べている。
特に武装警察が所有していた自動小銃や新型の短機関銃は貴重な戦利品だ。
他にも防弾チョッキや腰のホルスターに仕舞われている強化プラスチック製の新型自動拳銃もいただく。
彼らは既に死んでいる。死ねば物が要らなくなるので、それを取る。
この戦いを勝利に導いた立役者であるサーラも、戦利品漁りを行った。
下半身が吹き飛んだ武装警察の隊員が持っていた自動小銃を取る。
銃身が軍が使用する物より若干短くなっており、銃床が折り畳み可能な屋内でも取り回しが容易なように設計された武装警察用・市街戦特化型の小銃だ。
これなら、今のサーラでも何とか扱えそうだ。
弾倉を外し、残弾を確認する。十分に残っているようだ。
さらに防弾チョッキを外し、予備弾倉も略奪する。
チョッキ自体は当たり前だが8歳の少女のサーラには大き過ぎた。
短く切り詰めた革製の弾帯ベルトに無造作に予備弾倉を突っ込む。
外したチョッキの下から現れた砂色の警察制服の胸ポケットから、写真のようなものが覗いていた。
それを取り出し写真を見るサーラ。
何処かの家の庭先で、幸せそうな笑みを浮かべた若いスタントール人の女が生まれたばかりと思しき赤ん坊を抱いていた。
下半身を失い、大小の腸やその他の臓物をアスファルトに零して絶命している警官の妻と子供の写真。
この男も、誰かの愛する夫で、新米の父親だったのだろうか。
サーラはその写真を握り潰して放り捨てた。
脳裏に過ぎるは、物心ついたころより味わったスタントール人からの苛烈な差別と搾取。
最愛の妹ナシカの惨殺遺体と、その亡骸の搬送を拒否したスタントール人救急隊員、まともに取り合うことさえしなかった白人中年警官の迷惑そうな面構え。
そして、何よりも強烈な憎悪と共に浮かび上がるのは、ナシカを殺した農園経営者の豚のような息子の下卑た笑顔と、死に際の無様な面……
もっと殺す。
こいつの女房とガキも、こいつのところに送ってやる。
サーラは上半身だけ警官らしき肉片の原型を留めているソレを冷徹に見下した。
「同志サーラ。」
小隊指揮官のナリータがサーラに声を掛ける。
「同志ナリータ。御無事でなによりです。」
サーラがナリータに向き直り、返事する。
ナリータは真剣な眼差しをサーラに向け、その周囲にいるダニーク人戦士たちも同様だった。
「先程の戦い……見事だったわ。あなたがいなければ、私たちは全員ここで死に、蜂起も潰えていたでしょう。」
「私は……自分が出来ることをしただけです。それよりも急ぎましょう。
直ぐにでも警察部隊の第二波が来るはずです。」
「わかりました!同志ベルカセム!」
その場にいた戦士たち全員がサーラに向かって敬礼した。
あの装甲バスを撃破したサーラの勇敢さに、この戦いに携わった全ての戦士が理解した。
彼女こそ、まさしく革命の指導者ゲイル・ベルカセムの娘。
真のダニーク戦士である、と。
この瞬間、ダニーク革命軍別働部隊はサーラの指揮下となった。
サーラの言う通り、「正体不明のダニーク人武装集団と交戦中」との通信を最後に音信途絶した部隊を気に病み、ティアレ市警察署は、残りの主だった所轄警官と武装警察の隊員をティアレ市郊外の住宅街へと向かわせていた。
初陣を勝利で飾った別働部隊のダニーク人戦士たちは確固たる自信を手にし、見事に統制が取られていた。士気も激昂している。
その後、サーラの冷静な状況判断とナリータの逞しい指揮も手伝い、第二波の警察部隊はほとんど損害を出すことなく返り討ちにし、別働部隊はさらに別の住宅地への攻撃を開始。市郊外の住宅地各所で派手に暴れ回り、ティアレ市警察を翻弄する。
予想以上の戦果である。
別働部隊によって市の警察部隊は釘付けとなっただけでなく、酷く混乱し始めている。
今や、市内は無防備な状態となった。
先行して市内に潜入した偵察部隊が、革命軍本隊を指揮する指導者ゲイルにそのことを無線で伝える。
報告を聞いたゲイルは直ちに行動を開始した。
「全軍!ティアレに突入せよ!抵抗する者は全て撃て!」
約8,000の完全武装したダニーク人男女が、南北と東から長閑だった盆地の小さな街に襲い掛かった。
勝敗はものの数時間で決した。
ダニーク革命軍の圧勝である。
ティアレ市内に突入したゲイルの東側本隊と大男のラルビが指揮する北部部隊、小男のベンが指揮する南部部隊はほとんど発砲することすら無く中心部の警察署で合流。
余りにも圧倒的な敵の攻撃で、僅かな警察署署員はまともに抵抗することすら出来ずに瞬く間に屍と化した。その屍の中にはこの街の警察署長の姿もあった。極度の混乱の最中、誰が放ったとも知れない銃弾で命を落としていた。
警察署が陥落した直後、市役所も制圧された。
スタントール人の役所職員たちは突然のことで完全に混乱し、銃で武装した褐色肌の原住民たちによって乱暴に外に連れ出された。
5階建ての市役所最上階にある市長室のドアが、ダニーク人戦士によって蹴破られる。
スタントール人中年男性のティアレ市長は、机で呑気に執務中であった。
今まさにドアの向こうで部下たちが銃を持った原住民に連行されていることも、郊外の住宅地で街を守る警察部隊が壊滅していることも、まだこの無能な中年男の耳に入ってなかった。
市長室に雪崩れ込んできた銃を持った野蛮なダニーク人の一団の姿を見て、傍らに立つ女性秘書が大きく悲鳴を上げる。
「き、きゃああぁぁーー!!」
「うるさいよ!スタトリアのバカ女!!」
直後、若いダニーク人女性が手にした短機関銃の一斉射を食らわせ彼女を殺害した。
「な、な、なんなんだ!!いったい、貴様らは何者なんだ!!」
市長は立ち上がり、ダニーク人戦士らを指差して声を荒げる。
秘書が殺害されたことも、自分の命が風前の灯火だと言うことも、突然のこと過ぎて理解が追い付いていなかった。
蹴破られたドアから市長の前まで、一人の精悍な顔立ちの褐色肌の男が進み出てきた。
彼らの指導者、ゲイル・ベルカセムだ。
「我らは自由を求めるダニーク人。全ての抑圧されし同胞たちを解放する戦士だ。」
ゲイルの声は何処か威厳に満ち、力強く、そして有無を言わせぬ冷徹さがあった。
思わず気圧される中年白人市長。
「な、なにを言っている?か、解放の戦士?どういうつもりだ!」
「お前たちスタントールの白肌をこのファーンデディアから放逐して、自分たちの国を築く。
それが我々の目的だ。この街は、その為の第一歩として、我らが貰い受ける。」
「ふ、ふ、ふざけるな!お前ら原住亜人共に!国なんぞ作れるものか!!」
禿げ上がった頭部から大粒の冷や汗を吹き出しながら、ティアレ市長の男は恫喝する。
しかし、目の前の亜人の男は一切動じていない。
「それを証明して見せる。亜人と蔑んだ連中が、同胞たるスタントール人をなぎ倒して祖国を手に入れる様を、地獄から見ていろ。」
ゲイルは腰のホルスターから大型軍用拳銃を取り出し、市長の顔面に狙いを定める。
「ひっ!な、な、なにを……やめろ!やめてくれ!この街が欲しいならくれてやる!だ、だから、命だけは」
鋭い銃声がティアレ市役所に響く。
市長の禿げ頭は鉄棒で叩き割られたスイカのように破裂。背後にある上等な木目調クロスの壁一面に、彼の脳漿や頭蓋の破片と大量の血飛沫がこびりついた。
その市長室の窓の向こう、ティアレ市の各所から煙が立ち昇り、銃声と悲鳴が街を包もうとしている。
ダニーク人らによる略奪と殺戮の始まりである。
1500年分の怒りを溜め込んだ感情の爆発を、彼ら自身もはや抑えられない。
夥しい血と引き換えに、盆地の小さな街の支配者入れ替えが行われようとしていた。
※この後書きは本編とほとんど関係ありません※
【新暦1924年10月1日付 ファーンデディアセンチネル新聞社(極右メディア)
戦時特別報道新聞一面記事より抜粋】
●ファーンデディアの危機!全てのセンチネルよ、立ち上がれ!●
我らが王国に史上最大の危機が訪れている。
敬愛する今上国王であらせられるカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下(古き王国よ偉大なれ)の御聖断により、先月28日から始まった「御親政」の元、王国軍の立て直しが急ピッチで進められている。
しかし、ここファーンデディアにおいて更なる悪疫が蔓延りつつあることはもうご存じだろう。
北辺の蛮族、イェルレイム共和国によって扇動された哀れなダニーク亜人が、南部地方を中心に暴れ回っている。既にオーレン県と周辺自治体は無情にも連中の支配下にあり、数千人の無実な一般市民が理不尽かつ無残にも虐殺された。
他にも港湾都市セティアやファーンデディアの中心都市アディニア郊外でもダニーク暴徒による悪辣な犯罪が多発している。
共和国陣営による恥知らずな不意打ちによって混乱の極みにある我が王国を、奴らダニーク亜人は裏側から破壊しようと企んでいる。
ダニーク亜人の何たる無礼!そして恩知らずなことか!
奴らが現在に至るまで存続し得たのは、偏に連中とファーンデディアの大地に文明の光をもたらしたスタントール王国臣民の弛まざる努力、そして偉大なる我らがシノーデル王家の大愛によるものである。
彼らはそれを完全に忘却し、唯一の美点であった慎ましさをも失い、卑怯にも背後から銃撃してきたのだ。
絶対にこの野蛮な亜人を許してはならない。
全てのファーンデディアに住まうスタントール人よ!
センチネル(先兵)の異名で知られる、蛮地であったファーンデディアにネクタス広域州より移住してきた勇敢な家族たちの末裔よ!
武器を手に取り立ち上がれ!
王国とファーンデディアの存亡は、我らセンチネルの双肩にかかっている!
今すぐ最寄りの王国軍志願者受付センター、または所管警察署の戦時ボランティア申込窓口に行き、自分の命を女王陛下と王国に捧げるのだ!
愛する家族を!祖国を!そして故郷たるファーンデディアを守れるのは、我らセンチネル以外にいない!
イェルレイムの蛮族を撃て!裏切者のダニーク亜人を撃て!
※各自治体ごとの最寄りの軍志願センター及び戦時ボランティア申込窓口は以下の通りです。
・アディニア特別行政区
(軍)駐留軍中央統括軍令本部志願者受付センター
住所:特別行政区アディニア市中央区凱旋大通り1番地第5地区
電話番号:115-555-30-1500(受付 9:00~19:00)
!注意! 身分証明書と民族証明書を必ずご持参ください。
本センターでの発行手続きはしておりません。
(後略)