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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第八章  戦火再燃のファーンデディア
59/63

58. アディニアの戦い 前編

※完全にエタってしまい、誠に申し訳ございません。

 ……引き続き、細々と書いていきます……



 新暦411年1月30日。

 肥沃な土地と豊富な地下資源の眠る「祝福の大地」ファーンデディア。

 南半球に位置する豊かな大地を流れる大河のほとりに面した緑なす広大な丘に、真夏の太陽の光が降り注いでいる。

 蒼天は高く澄み渡り、点在する白い雲は絵画作品の如き自然美を演出していた。

 時折吹く風が、丘を覆う草花を優しく揺らしている。

 しかし、そんな穏やかな自然風景に心を癒される者はここには存在していなかった。

 風に揺蕩う丘の草花が、地響きを伴い現れた大量の馬蹄により踏み躙られた。

 頑強な鎧を纏った重装騎士の大軍は大地を揺らしながら丘の頂きを侵略すると、正面の丘の麓に歩兵戦列を並べて相対する「敵軍」に向かい一斉突撃を仕掛けるべく一気に駆け下りた。


 彼らは、誇り高きイェルレイム王国騎士団。


 その先頭を、他の騎士よりも一回り巨大な愛馬に跨った大男が駆ける。

 男の名はサウル。

 「至強王」の異名で恐れられる「大イェルレイム王国」の国王である。

 彼と彼が率いる騎士団は「東レヴェリガイア大陸最強」とも称され、これまで数多の近隣諸国を蹂躙してきた。

 幼少の頃より戦場を駆け巡った大男の身体には鋼のような筋肉が備わり、その上に輝く漆黒の鉄製鎧を纏っている。

 口元から顎下にかけてを逞しい茶色の髭が覆い、左目は青年期に負った矢傷により失われ、鎧と同じ漆黒の眼帯が取り付けてある。

 その姿はまさに、「至強王」の名に恥じぬ威容であった。

 サウルは巨大な「王のバトルアックス」を天に掲げ、後続の配下騎士集団に檄を飛ばす。

 

「我に続けーいっ!!鎧すら持たぬスタントールの弱兵共に、イェルレイムが恐ろしさを刻みつけいぃ!!」

「ウォォッ!!サウルッ!サウルッ!!我らが至強王!!」


 恐るべき北辺の騎馬民族が精鋭騎士10万も、王の檄に咆哮を持って答える。

 大槍を前に掲げ、王と側近の将軍らを先頭に「横陣」で突進するイェルレイム王国の騎士たち。

 その正面には、甲冑すら身に着けていない「軟弱な敵軍」の歩兵戦列が愚かにも数百メートルに渡って横長に展開している。

 武器も「得体の知れない」只の鉄筒だ。

 騎馬に対して有効な長槍や槍斧ハルバートの類を一切装備していない。

 それどころか、歩兵戦列の後方に本来なら配置すべき筈の弓兵すら存在しない。

 ……重装騎士の突撃を前に、なんと無防備かつ無策な敵か……

 この「アディニアの丘」を、海の向こうから侵略してきた「歴史浅き王国の人間」スタントール人共の血肉で満たしてやるのだ。

 イェルレイム王をはじめ、北辺の勇猛な騎馬民族戦士の誰もが一瞬で敵を蹴散らせると思っていた。


 だが、「蹴散らされた」のは彼らの方であった。


「マスケット兵、第一列!!……放てぇっ!!」


 屈強な軍馬に跨り、煌びやかな軍装を纏った金髪碧眼の美しいスタントール軍女性騎士将校の大号令が轟く。

 次の瞬間。


 一斉発砲。


 イェルレイム騎馬隊の正面で、ズラリと戦列を形成するスタントール王国マスケット銃兵の最前列が女騎士の号令と同時に「マスケットライフル」の引き金を引くと、「蛮族騎馬隊」の馬蹄音さえ掻き消す程の「銃声」が丘を襲った。


「ぐわっ!」

「うごっ!」

「ぎゃっ!」


 瞬く間に無数のイェルレイム騎士が撃ち倒される。

 

「な、なにっ!?グボァッ!!」


 至強王・サウルも、胸に「銃弾」を受けて落馬する。

 その愛馬もまた、頭部の眉間に弾丸が直撃し主に続いて地に倒れた。

 偉大なる王が敵に近付くことすら出来ず落馬した衝撃が、イェルレイム騎士団全体に瞬く間に伝播する。


「お、王が……サウル様が負傷!!」

「一体、何が起こった!?」

「馬鹿な!?……止まれ、止まれぃっ!!

 サウル様をお救いいたせっ!!」


 後続の騎士たちは、王をはじめ前列の精鋭や将軍たちが突然倒されたことで大いに動揺し、愚かにもその場で停止してしまった。

 動いているのは、落馬したサウルを救おうと王の下へ駆け寄る数騎の騎士のみ。

 彼らが馬の歩みを止めた代償は、極めて高く付いた。

 

「今が好機!!

 マスケット兵、第一列、直ちに交代!第二列、前へ!!」


 女将軍の号令が飛ぶ。

 すぐさま先程「発砲」したスタントール軍銃兵隊の「第一列」が整然と後ろへ下がり、背後で待機していた「第二列」が進み出る。


「……放てぇーーっ!!」


 一斉発砲。


 またしても喧しい銃声が丘を満たす。

 「未知の攻撃」で動揺し立ち止まっていた「蛮族騎馬隊」は、さながら射的の的の如く一方的に射殺された。

 

「な、なんだ!?何が起こった!?」

「魔法か!?あの歩兵全員が魔導兵なのか?」

「おのれ……一度引け、引けぇーっ!!」


 生き残りのイェルレイム騎士たちは指揮官を失って完全に混乱し、各々馬首を返すと「攻撃開始起点」の丘の上へ無秩序な退避を図る。


 そこへ。

 空気を切り裂き無数の「砲弾」が落下してきた。


 マスケット銃兵隊左右両翼後方の森の中に布陣する「前装式野砲」を備えたスタントール軍「砲兵隊」による一斉砲撃である。

 巨大な真円の「榴弾」は、丘に激突するなり相次いで爆裂。

 炎と煙、そして鉄の破片が潰走を始めたイェルレイム騎士団残党を徹底的に、そして残酷に殺戮する。

 砲撃の煙が晴れると、「アディニアの丘」一面にイェルレイム王国騎士団の「残骸」が散らばっていた。

 北辺の厳しい環境で鍛え抜かれた軍馬は無残に千切れ、屈強な肉体と頑強な甲冑を纏った騎士のほとんどが骸となって横たわっている。

 「東大陸最強」の名を欲しいままにしたイェルレイム王国騎士団10万は、辛くも「地獄」から逃げ延びた十数騎を残し完全に壊滅した。


……

 後の歴史書に「アディニア国王決戦」の名で記録される「東レヴェリガイア大陸中世時代最後の大会戦」は、このようにして銃火砲を装備したスタントール軍の一方的大勝利で幕を閉じた。

……


 「北辺の蛮族騎馬兵」の死肉で満ちた丘を、青地に赤のベストという派手で煌びやかな軍装で統一されたスタントール王国軍銃兵隊が悠然と進撃する。

 スタントール兵たちは、まだしぶとく息をしている蛮族兵にマスケットライフルの銃口に装着された銃剣で容赦なくトドメを刺す。

 その王国軍兵士たちの先頭を、白馬に跨り愛用の矛を手にした黒髪黒目の男がゆっくりと進んでいた。

 白いマントに黄金紐付き房型エポーレットを配し、金のボタンをあしらった豪華な白地の軍服を身に纏っており、一目で「高貴な人物」だとわかる。

 しかし、その肌の色は「黄色」であり、配下のスタントール兵とは明らかに「人種」が異なっていた。

 自身が率いる白人の王国兵が「圧倒的戦果」を示した殺戮の丘を進む「高貴な黄色人種の男」は、愛馬の足元で仰向けに転がる一際大柄な「蛮族の男」の存在に気付いた。

 矛を握る男は、傍らに侍る金髪碧眼の女将校に確認する。


「なぁ、デルバータ……コイツが例のサウルとか言う蛮族の王か?」


 男に尋ねられた王国軍女性将校は、堅苦しい王室の儀礼を嫌う傭兵上がりの「国王」に対し、軽い会釈を交えて「フランク」に答えた。


「えぇ、カズキ王。

 この不細工な黒の甲冑に汚らしい無精髭と左目の眼帯……彼奴等きゃつらイェルレイム蛮兵共が王、“至強”を自称する愚か者のサウルに違いないでしょう。」

「そうか。」


 元は王室専属護衛騎士であった女性貴族将軍……アリス・デルバータから「カズキ」と呼ばれた男は、矛の切っ先を足元の大男に向ける。

 その瞬間、本能的に殺気を感じ取ったサウルは辛くも意識を取り戻した。

 サウルは目の前に矛を突き付ける白馬の男へ向けて血塗れの右手を掲げ、震える声で「命乞い」をした。


「……ま、待て……ワ、ワシの負けだ……そ、そ、そちに降る故、命だけは」


 直後、カズキは無言で矛をサウルの額に突き刺した。

 そのまま首を捩じ切り、敵国王の首級を天に掲げる。


「……おぉ!カズキ王が敵蛮族王を討ち取ったぞっ!!」

「うぉぉっ!!我らが建国王陛下、バンザーイッ!!」


 それを見た周囲の王国兵たちは一斉に歓声を上げ、丘をスタントール人たちの沸き立つ歓喜が包む。

 配下兵団の歓声を浴びるカズキは、ふと隣に侍るアリスに顔を向けると、ニヤリと笑みを見せて言った。


「なんか言ったか、コイツ?」


 アリスも微笑みを見せて「親愛なる建国王」へ応じる。


「はて……わたくしめには蛮族の言葉がよく分かりませんでした。」

「だよな……ま、殺しちまったから、どうでもいいか。」


 マスケットライフルを天に掲げながら此度の「大勝利」を祝うスタントール兵の只中で軽いノリで言葉を交わすカズキとアリスの下に、漆黒の肌を輝かせる名馬を自在に駆る妙齢の美女騎士が数名の護衛騎士を従えて姿を現した。

 カズキの「二番目の妻」にして「王国宰相」、そしてアリス・デルバータが絶対の忠誠を誓う女性……名をネタリア・ハピヒツブルッケ・シノーデルという。

 切れ長で潤んだ紺碧の瞳にプラチナブロンドの長髪を輝かせた世界史を彩る美女は、心から愛する夫と忠実な女騎士将軍の2人に天使が如き微笑みを向けた。


「あぁ、カズキや……見事、蛮王の首級を上げたか。

 流石は我が夫じゃ。相も変わらず素晴らしい男よ。」

「うん?おぉ、ネタリアか。

 弾を喰らって寝てた阿呆の頭を捩じ切っただけさ。

 大したことしてねぇよ。」


 カズキも愛する妻へ笑顔で応じる。

 これに頷きを返すと、次にネタリアはアリスを見た。

 既にアリスは、ネタリアの存在に気付くなり下馬して片膝を付く「騎士の礼」を示しており、こうべを深く垂れている。

 先程までの「建国王」に示した態度とは正反対の儀礼的作法である。


「ネタリア陛下!!」

「おうアリス。貴様の采配も見事じゃった。

 あの“てっぽう”隊を手足のように操り、蛮族が騎馬めをなぎ倒す様には感動したぞ?」


 これにアリスは歓喜のあまり紺碧の瞳に涙すら浮かべて感謝の言葉を述べた。


「は……は、ははぁーっ!!

 も、もも、勿体無きお言葉にございます!!

 ……全ては偉大なるカズキ王とネタリア陛下の類稀なるご指導の賜物にございますれば、此度の大勝は一重に、我らがスタントール両王の功績に他なりませぬっ!!

 ……おぉ、スタントール王国、万歳!!ネタリア、カズキ両王陛下、万歳!!」


 ネタリアはカズキの直ぐ隣まで馬を進めると、感極まって祖国と自分たちを讃え出したアリスに優しい笑みを返しながら親愛なる夫の肩に頭を預けた。

 カズキは美しい白人妻のプラチナブロンドを撫でながら、「今後」に備えた提案を出した。


「なぁ、ネタリア……この丘、拠点にちょうど良くないか?

 クズ共の死体を片付けたら、砦を造るか?」

「カズキや……妾もそう思うておったとこじゃ。

 さて、砦の名は如何いたす?

 雇った茶色肌の原住民案内人は、この丘を“アディニアの丘”と呼んでおったが……此度の戦勝を記念して“我々”風の名に改めるか?」


 ネタリアの問いに、カズキはシンプルな答えを出した。


「いちいち名前を変えるなんて面倒だ。

 もうそのまま土民ダニーク共の呼び名通り、“アディニア”でいいだろ。」


 こうして、後にノルトスタントール連合王国ファーンデディア広域州最大の街となる砦の名は決まった。

「ハァハァ……クソ……」


 新暦1932年5月21日。

 「祝福の大地」ファーンデディア最大の都市・アディニア。

 人口約400万人を数える大都市「新市街区」の路地裏を、作業員姿の褐色肌の男が苦痛に顔を歪ませながら走っていた。

 男の作業着には血が滲んでおり、特に脇腹に受けた「銃創」から溢れた鮮血は褐色男のズボン左足を真っ赤に染め上げている。

 左手で傷口を押さえ、右手に消音器付き人民共和国製自動拳銃を握るこの男は、今まさに「背後から迫りくる死」から逃れようと足掻いていた。

 男は時折後ろを振り返りながら、「迫りくる死」こと敵治安機関の放った追手の存在を確認する。

 ブラックスーツに黒のサングラスを掛けた白人男数人が、自動拳銃や短機関銃を手にして褐色肌男を追跡していた。

 

「クソ……ここで捕まる訳にはいかねぇんだよ……」

 

 褐色男は逃走を図りつつも右手に持つ自動拳銃を相手に向けて数発発砲する。

 「追跡者」の白人たちは、路地裏に置かれたトラッシュボックスや廃車の陰に素早く身を隠して男の銃撃を難なくやり過ごすと、速やかに追跡を再開する。

 褐色男の銃撃は足止めにすらならず、距離は無慈悲にもどんどん縮まっていく。


 ……もはやこれまでか……

 

 男は覚悟を決めた。

 「生死」を問わず、絶対に「王国の奴等」に捕まる訳にはいかない。

 今、男の作業着ポケットには、彼が所属する「武装組織」が計画中の「テロ攻撃」に関する指示文書が入っているからだ。

 男の属する「武装組織」、それはここ「祝福の大地」ファーンデディアにいにしえの時代より暮らす原住民、ダニーク人による「独立」を目指す武装勢力……ダニーク解放戦線である。

 そして「計画中のテロ攻撃」とは、解放戦線による「停戦終了同時攻勢」の一環として実施されるファーンデディア広域州最大の都市、アディニアへの大規模テロのことである。

 褐色男の「任務」は、明日実行される「アディニア攻勢」を前に、市内各所に点在する解放戦線地下アジトに「本営」からの最終指示を伝達することであった。

 ダニーク人「清掃作業人夫」を装い市内各地のアジトに「指示文書」を渡す任務は、一見簡単そうに見えるが、その実、極めて危険の大きい仕事である。

 一度ひとたび敵側に見つかり捕縛の憂き目に遭えば、待っているのは想像を絶する拷問を用いた「自白強要」と「死」だ。

 彼らダニーク解放戦線の敵……1500年前からファーンデディアを支配する強大なる超工業国家・ノルトスタントール連合王国は、自身が支配する「祝福の大地」から分離独立しようと企てる「原住亜人」の存在を一切許しはしない。

 特に近年は諜報機関への予算を大幅に増額して「独立を求める原住民のテロ組織」の組織的殲滅並びにテロ活動の防止に全力を挙げていた。

 そんな「強化された王国諜報機関所属」の白人スーツ男たちから逃げる褐色男は、今まさに「最悪の事態」に直面していた。

 文書は残り一つ。

 最後の1箇所のアジトへ指示書を届けようとした矢先に、褐色男は「敵」に見つかったのだ。

 地下下水道を通り路地裏から人通りが多く「紛れ込める」大通りへ出ようとしたところを、スーツ姿の白人たちに待ち伏せされた。

 何とか応戦して一旦は捕縛の網から逃れることは出来たものの、その先に受けた銃撃が左脇腹を貫いたことで重傷を負い、残された体力では執拗な敵の追跡を振り切れそうにもない。

 

「ハァハァ……こ、こうなったら、奴等と一緒に死ぬまで……」


 褐色男は残弾0となった消音器付き自動拳銃を放り捨てると、胸元から焼夷手榴弾を取り出した。

 解放戦線「支援国」の一つ、アペルダ協商連合製の非常に強力な火炎を発する新型手榴弾である。

 これで自分の身体ごと「指示文書」を「焼却処分」する。

 その際、ついでに敵も巻き添えにしてやるのだ。

 褐色男は目の前の路地のコーナーを曲がったところで手榴弾の安全レバーと発火ピンを外す覚悟を決めた。

 自身の「死地」と定めたビルとビルの僅かな隙間を通る狭小な路地のコーナーを走りながら曲がる。

 焼夷手榴弾の安全レバーを弾き飛ばそうとした、その時。

 コーナーの先に褐色肌の大男がいた。

 たまらずその男と衝突する「逃走中」の褐色男。

 

「ぐわっ!……クソッ!」


 尻餅をついて倒れた褐色男は悪態を付きながら急いで立ち上がる。

 焼夷手榴弾が無い。

 焦る褐色男。 


「なっ!?しゅ、手榴弾は何処だ!?」

「同志が探してるのはこれか?」


 突然声を掛けられ、ふと前を見ると、先程正面衝突した大男が彼の手榴弾を手にしていた。

 褐色男は一目見るなり目の前の男の素性に気付いた。


「あ、あなたは、同志ムヒディル……ど、どうして同志がここに?」


 褐色男は混乱した。

 今、彼が「同志ムヒディル」と呼んだ褐色の大男は、解放戦線「最古参幹部」で「人民保安局局長」の重責を担う「重要人物」、ラルビ・ビン・ムヒディルだ。

 ダニーク人による独立闘争開始の時から「指導者」ゲイル・ベルカセムの側近として付き従った古参中の古参幹部である。


 そんな大物が、何故こんな場所に姿を現したのだろうか?


 しがない「メッセンジャー」に過ぎない褐色男は混乱するばかりである。

 しかし、混乱している間にも「追跡者」たちの足音が近づいて来ている。

 褐色男はハッとして「同志」に申し出た。


「ど、同志ムヒディル……失礼ですが、王国の奴等が迫ってます。

 その手榴弾をお返しください。ここで奴等を足止めします。

 そのかわり……どうか、この指示文書を第18ブロックの同志たちに届けていただけませんでしょうか?」


 褐色男は緋色の瞳に悲壮な覚悟を浮かべて作業着ポケットから折りたたまれた血塗れの文書を差し出した。

 ラルビはそれを受け取ると、手榴弾を「返却せず」に言った。


「ご苦労、同志。後は、ゆっくり休め。」

「えっ?それはどういう」


 発砲。


 ラルビは腰のホルスターからイェルレイム共和国製オートマチックマグナムを素早く取り出すと、「同志」の男の額を撃ち抜いた。

 強力な.44口径マグナム弾は褐色男の後頭部を頭蓋ごと弾き飛ばし、大量の鮮血と脳漿を路地裏にばら撒いた。

 そこに「追跡者」である王国諜報機関の男たちが到着する。

 ラルビは胸ポケットから葉巻を取り出すと、ゆっくり火を点けた。

 そして近付いてきたスーツ姿の白人男の一人に、先程「託された」指示文書を差し出しながら言った。


「……この男は“本命”の配達人だ。指示書の内容も“正規”のモノ。

 後は、お前らスタトリアでもなんとか出来るだろう?」


 明らかに目の前のスタントール人を小馬鹿にしたような物言いだった。

 白人男はラルビから指示書をひったくる様にして受け取りつつも、ラルビの挑発に乗らず淡々と無表情のまま「伝達事項」を口にした。

 

「……ラルビ・ビン・ムヒディル……協力に感謝する。

 指示書の内容確認後、指定口座に“希望額”の残りを振り込んでおく。」

「そいつはどうも。危うく俺の“告げ口”が無駄になるところだった。

 ……女王陛下によろしく言っておいてくれ。」


 ラルビは葉巻の紫煙を吐き出しながら尊大に言った。

 するとこれに白人男は露骨な不快感を示し、捨てセリフを残してその場から立ち去った。


「ふん、ダニ虫が。」

「へっ。」


 ラルビは不気味な嘲笑の微笑みを浮かべながら、同胞の死体が転がる路地裏でしばしの間「スタントール王国原産」の高級葉巻の味を楽しんでいた。

 

……


 ノルトスタントール連合王国を構成する五大広域州の一つ、ファーンデディア広域州。

 「祝福の大地」の異名を持つこの大地は、その名の通り肥沃な土地と膨大な地下資源に恵まれており、年間を通して気候も穏やかで天災もほとんど発生しない。

 しかし、その「歴史」は血に塗れている。

 広域州最大の都市にして州都・アディニアもまた、かつては一大会戦が行われた古戦場であり、戦場となった「丘」は今では綺麗に整備された巨大な都市公園となっている。

 騎乗した「スタントール建国王」カズキが地に倒れ伏す「蛮族王」サウルに矛を突き立てている様を模した巨大な鋼鉄製の像が公園中心部に鎮座し、その公園の周囲を蒸気時代スチームパンク風の外観が印象的な市議会議事堂や全面ガラス張りの現代的意匠を誇る高層ビルの市役所、大戦後に堅牢な強化コンクリートで改築された州警察本部ビルなど、アディニアの行政と治安を司る建物が取り囲んでいる。

 そんなファーンデディア最大の都市の都心に位置する公園……「アディニア戦勝記念公園」は、平日でも大勢の人々が行き交い、特に「連合王国成立記念日」となる今日、5月22日は祝日であり、公園中央の「カズキ王の像」周囲には観光客や地元住民等で大いに賑わっている……はずだった。

 だが、ダニーク解放戦線による「アディニア大攻勢」実行日の本日、くだんの祝日にも関わらず公園に人影は全く見当たらなかった。

 一帯は広域州武装警察によって厳重に封鎖され、猫の子一匹入る隙間さえ無い。

 さらに「カズキ王の像」には耐爆性能特化型特殊パワードスケルトンを身に纏った重装歩兵ジャガーノートが数体展開し、「偉大なる建国王」の像に仕掛けられた高性能爆弾の解体作業を慎重に、かつ迅速に行っていた。

 その様子を、公園内の公衆トイレに「偽装」したトーチカに潜む褐色肌の戦闘員数名が、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて睨み付ける。

 

「クソ……いったい全体どうなってる?

 なんでこんなにも早く爆弾が見つかったんだ?」


 精悍な顔を顰めてダニーク人男性戦士が呟く。

 彼は先程から、「攻勢計画」のタイムスケジュールが狂うことを承知の上で、何度も無線式遠隔スイッチによる「起爆」を試みているが、全く反応しない。

 どうやら公園一帯を強力な妨害電波が覆っているようだ。

 それを裏付けるように他の「味方部隊」とも無線連絡が取れない。

 ダニーク解放戦線による「アディニア大攻勢」は、市内各所に仕掛けられた爆弾の一斉起爆を「号砲」として始まるはずだった。

 しかし、その重要な一端を担う「戦勝公園の記念像爆破」は、今まさに解放戦線メンバーの目の前で失敗に終わろうとしていた。


「同志ビタート……こうなったら、奴らを実力で排除しますか?」


 「機能不全」を起こした起爆スイッチを握る「戦勝公園攻撃部隊指揮官」の褐色男、ビタートに、同じく輝く褐色肌の若いダニーク人女性戦士が人民共和国製自動小銃を手に提案を述べる。

 これにビタートは苦渋の表情を見せる。

 攻撃はアディニア市内の主要施設や地区、全40箇所で全く同時に開始される手筈となっていた。

 「作戦開始」まで、まだ30分以上ある。

 もし仮に、ここで「戦勝公園攻撃部隊」が独断で攻撃を開始した場合、「大攻勢」全体の奇襲的効果が無くなってしまう。

 今はまだ「公園銅像爆破テロ未遂事件」程度の認識しか持っていない「であろう」敵王国側に、本格的な「解放戦線ゲリラ攻撃警報」を与えることとなり、他の地区で攻撃準備中の味方がこの上なく不利な状況に陥ってしまうことに繋がりかねない。

 

 どうにかして本部や他の味方部隊と連絡が取れないだろうか?

 ……一刻も早く、この「緊急事態」を「同志サーラ」に知らせなければ……


 強い焦燥感が公園攻撃部隊指揮官を担う褐色男性戦士、ビタートの脳裏を支配する。

 起爆スイッチと共に使い物にならなくなった無線機がとにかく忌々しい。

 大きい危険を孕んでいるが、連絡員を出して「状況報告」をすべきだろう。

 ビタートは逡巡の末、決断を下した。

 彼は、先程「攻撃」を進言してきた傍らで待機する女性戦士に真剣な表情を向け、指示を出した。


「……やむを得ん……同志ラティーナ。

 危険だが、“アディニア本営”まで走ってくれ。スタトリアに爆弾の存在が勘付かれたことを知らせて指示を仰いで来い。

 それに、他の部隊の状況も併せて確認してほしい。頼めるか?」


 ビタートの指示に、ラティーナと呼ばれた精悍な顔を持つ褐色美女戦士は力強く頷いた。


「……了解しました、同志ビタート。

 地下の本営に向かいます。」

「……気をつけろよ……」


 ラティーナは略式の敬礼を示すと、人民共和国製自動小銃を大型ボストンバッグに仕舞い、戦闘に備えて身に着けていたコンバットハーネスを脱いで「公園作業員」の姿となる。

 愛用の自動小銃が収納されたバッグの紐を肩にかけ、偽装トーチカの「公衆トイレ」に身を潜める他の解放戦線の仲間たちに会釈と視線で「しばしの別れ」を告げると、「トイレ」の出入口に向かった。

 努めて平静を装いつつ、ラティーナは偽装トーチカの「公衆トイレ」から出た。

 次の瞬間。


 発砲。


 音速を超えて飛来した.50口径ライフル弾がラティーナの頭部を吹き飛ばした。

 遅れて大口径狙撃銃の野太い銃声が公園に響き渡る。

 ライフル弾は彼女がトイレから出た瞬間に右側頭部へ命中し、圧倒的運動エネルギーを持ってラティーナの頭部を破壊しながら貫通。

 トイレのコンクリート壁に若いダニーク人女性の鮮血と頭蓋の破片、脳漿が撒き散らされ、弾丸は壁にめり込んだ。


『こちらアルファ3-6。ダニ虫の出現を確認。“王の像”東側公衆トイレ。

 “事前情報”の通りだ。対応せよ。』


 公園を一望出来る市役所ビルの屋上に展開した「スタントール王国軍統合広域作戦特殊部隊」……通称「アルファ・フォース」に属する狙撃兵が、「敵ダニーク女ゲリラ」の「処分」を確認すると同時に、地上の味方部隊へ通信した。

 間髪入れず、解放戦線「戦勝公園攻撃部隊」が潜む「公衆トイレ」を、公園内で「待機」していたアルファ・フォース部隊の兵士たちが取り囲んだ。

 最新型のコンバットベストにフルフェイスアサルトマスクで固めた王国軍精鋭特殊部隊の白人男たちは、手にした王国製ブルパップ式自動小銃の銃口を「敵ゲリラ拠点」に一切のブレ無く向けつつ接近する。


「な、なんだ!?なんだコイツらは!!」


 ビタートは驚愕に顔を歪めて叫んだ。

 長年共に戦ってきた女性戦士が偽装トーチカから出るなり射殺されたかと思えば、息つく間もなく突然出現した「謎の敵兵」によって完全に取り囲まれている。

 もはや理解が追い付かない。

 彼の配下戦士たちも、同様に狼狽えるばかりである。

 一方の王国軍特殊部隊は瞬時に「公園内ダニークゲリラ潜伏拠点」に接近。

 トイレ共通出入口扉の左右の壁に張り付くと、扉に屋内突入用小型指向爆弾をセットした。 

 直後、爆発。ドアは内側に吹き飛ぶように倒れる。

 間髪入れず、精鋭特殊部隊員らはスタングレネードを放り込んだ。


 激しい閃光と轟音が、ビタートはじめとするダニーク戦士たちを襲う。


「うわっ!」

「な、なんだっ!?」

「きゃあっ!!」


 ただでさえ混乱状態にあった褐色肌のゲリラたちは、スタングレネードの攻撃で行動不能に陥った。


『突入!突入!!』


 一瞬と間を置かず、スタントール特殊部隊兵士がアサルトマスク内蔵のマイクに叫ぶ。

 それを合図に、兵士たちは偽装トーチカ内部へと突入した。

 

 連続発砲。


 ブルパップ式自動小銃による極めて正確な銃撃。

 発射された弾丸は全て、目や耳を押さえて苦悶する「敵原住民ゲリラ」の身体を捉えた。

 頭を抱えて悶える「部隊指揮官」ビタートの頭部と胴体にも、容赦なく王国製5.56mmライフル弾が高速で命中し、彼の鮮血はトイレ手洗い場の鏡に「死の紋様」を刻み込んだ。

 トーチカ内のダニークゲリラおよそ7名は、10秒とかからず殲滅された。

 苦しみの表情のまま倒れるビタートの手首で「脈」を測り、もはや「敵」が生命活動を完全に終えたことを確認した「アルファ・フォース」特殊部隊兵士が、アディニア都市防衛局指令センターへ報告する。


『アルファ3-1よりビッグベアーへ。戦勝公園潜伏ゲリラの殲滅を確認。』


 これに「コールサイン:ビッグベアー」こと指令センターが次なる指示を出す。


『ビッグベアー、了解。

 アルファ3-1は予定通り地下鉄“アディニア市役所前”駅でアルファ6と合流し、“ダニの巣”掃討作戦に移れ。』

『アルファ3-1、了解。アルファ6と合流する。通信終了アウト。』


 都市防衛局との通信を終えた特殊部隊兵士「アルファ3-1」は、無線通信を共有していた配下分隊「アルファ3」の兵士らに視線と頷きで合図すると、無言で血肉に塗れた「ダニークゲリラ潜伏拠点」から速やかに退出。

 次なる攻撃目標、大昔に放棄された地下鉄駅構内に存在するダニーク解放戦線「アディニア地下前線司令部」を目指し、徒歩で移動を開始した。

 

 ……これと同様の光景が、アディニア市内主要地区・施設の至近に設けられていた「攻勢用潜伏拠点」全40箇所で繰り広げられていることに、まだ解放戦線は気付いていない……

 

……


 何かがおかしい。


 戦勝公園攻撃部隊が王国軍特殊部隊によって殲滅されたのと時を同じくし、解放戦線「アディニア地下前線司令部」に詰めている褐色肌の少女は、得体の知れない気持ち悪さを感じていた。

 輝く褐色の肌に鍛え上げられた肉体を誇る少女戦士……サーラ・ベルカセムは、つい数日前までアディニアから南に100キロ程離れた位置にあるスタントール王国軍ファーンデディア管区方面隊……通称「ファーンデディア駐留軍」の南部総隊指令基地「ベゼラ」にて死闘を繰り広げていたにもかかわらず、全身に負った無数の傷も癒えぬまま、この「アディニア大攻勢」の野戦指揮官として参加していた。

 もう間もなく始まるであろう市内主要40箇所での同時爆破・総攻撃に備え、打ち捨てられた旧地下鉄駅構内に設けられた「解放戦線前線司令基地」にて、愛用の人民共和国製自動小銃の最終点検を済ませたところだった。

 しかし今、サーラは長年の戦闘経験で培った「戦士の嗅覚」とでも言うべき「予感」で、言い知れぬ焦燥と居心地の悪さを感じていたのである。


「……」


 サーラは腰掛けていた旧地下鉄駅の古びたベンチから立ち上がり、「司令室」となっている駅事務所へと向かった。

 錆び付いた鉄製の扉を開けて中に入ると、サーラの「悪い予感」は的中していた。

 彼女の「側近」であり「前線司令官」を担う40代ダニーク人男性のバシル・ムラヒディルが、軍用通信機器を操る多数の司令部要員らと共に懸命に味方部隊との通信を試みていた。

 

「こちらアディニアフロントネスト。モロク1-1、応答せよ……モロク1-1、どうした?」

「アディニアフロントネストよりバシリスク戦隊……バシリスク戦隊、応答しろ。」

「ネストからトブルクへ……トブルク隊、状況を知らせよ……トブルク隊!」


 焦燥から来る喧騒の空気に包まれる司令室内。

 直ちにサーラは部屋の主であるバシルに状況を確認する。


「同志バシル。何があった?」


 サーラに声を掛けられたバシルは、もはや「役立たず」と化した人民共和国製軍用通信機のマイクを机に置くと、顔を上げて敬愛する解放戦線最強の戦士に目を合わせた。

 

「同志サーラ……原因は不明だが、市内の味方部隊全てと連絡が取れない。

 最初はノイズが走ったからジャミングかと思ったが、今はエーテルはクリアだ。

 にもかかわらず、作戦開始直前の無線封止解除時間が過ぎた今も全く応答が無い。

 ……何かがおかしい……」


 バシルがそう答えた、直後。


「……ッ!?」


 サーラの「戦士の嗅覚」は「至近」まで迫った敵の極僅かな「殺気」を感じ取った。

 それからものの数秒後、サーラが司令部入室に使用した扉のちょうど反対方向にある「地下メンテナンス通路」側の錆び付いた鉄扉が突然爆発した。

 

「伏せろ!!」


 サーラの警告が木霊する。

 彼女の叫びと全く同時に吹き飛んだ扉の外からスタングレネードが投げ込まれた。


 激しい閃光と衝撃音。


「うわっ!!」

「なっ!?」

「きゃあっ!!」


 突然の事態で完全に混乱した解放戦線前線司令部要員の戦士たち。

 スタングレネードによって一時的に行動不能に陥ってしまう。

 次の瞬間。


『突入!突入!突入!!』

 

 フルオート射撃。


 王国製5.56mmライフル弾の弾幕が、「アディニアフロントネスト」を覆い尽くした。

 

「ぐぎっ!!」

「ぎゃっ!!」

「あがっ!!」


 瞬く間に射殺されるアディニアフロントネストの司令部要員。

 ばら撒かれた王国製ライフル弾は、人民共和国から無償提供された新型の軍用通信機器や各種コンソールをも破壊し、火花と破片が室内に舞い散る。

 激しい銃撃を叩き込んだスタントール軍特殊部隊の兵士らは、人影が無くなったことを確認すると迅速に主武装のブルパップ式自動小銃をリロードし、「敵司令部」内へとエントリーした。

 油断なく小銃を構えつつ、硝煙と破壊された通信機器から立ち昇る煙が燻ぶる「ダニ虫の巣窟」に入室した分隊長の男が、都市防衛局へ状況報告を行う。


『アルファ3-1からビッグベアー。“ダニの巣”を掃討。

 これより重要指名手配犯、バシル・ムラヒディルを確認す』


 発砲。


 分隊長のネクタス州出身の屈強な白人男のアサルトマスクに、激烈な殺意が込められた人民共和国製7.62mm弾が命中した。

 赤黒い禍々しいオーラを纏った7.62mmの完全被甲弾フルメタルジャケットは、難なく王国製新型軍用マスクを貫通して眉間にめり込み、そのまま男の脳細胞と頭蓋を徹底的に破壊。

 大量の鮮血と脳漿がヘルメットを弾き飛ばして撒き散らされた。


『なにっ!?』


 突然上官が戦死したことに、一瞬の驚愕を示す部下の特殊部隊兵士たち。

 だが、彼らのその極僅かな隙は文字通り「致命傷」となった。


 連続発砲。


 人民共和国製自動小銃のマズルフラッシュが硝煙に包まれた「解放戦線前線司令部」の澱んだ空気を引き裂き、殺意の弾丸が王国軍特殊部隊兵士の命を刈り取る。

 司令部室内に突入した「アルファ3」分隊は文字通り瞬きする間もなく全滅した。

 廊下で後衛に当たっていた「アルファ6」分隊指揮官が、アサルトマスクで隠れた顔を顰めてアディニア都市防衛局指令センターへ「急報」を伝える。


『クソッ!こちらアルファ6-1!ビッグベアーへ!

 アルファ3がやられた!繰り返す、アルファ3が』


 直後、分隊指揮官「アルファ6-1」の喉に、部屋から突風のように飛び出してきた褐色肌の少女のコンバットナイフが突き刺さる。

 

『グッ!?……ゴプッ……』


 溢れた血反吐がアサルトマスクの防塵フィルターを貫通して噴き出す。

 分隊長の背後で臨戦態勢で待機中だった「アルファ6」分隊兵士らは、直ちに手にした王国製ブルパップ式自動小銃を構えて銃口を「最悪の敵」に向ける。


『サーラ・ベルカセムを確認!!撃て、撃てっ!!』


 王国特殊部隊兵士たちは、もはや躊躇しなかった。

 死体となった指揮官の身体ごと「王国史上最悪の大量殺戮鬼」にして「超重要指名手配犯」であるサーラを、ここで始末せんとトリガーに指を掛けた。


 だが、「超重要指名手配犯」の方が圧倒的に早かった。


 フルオート射撃。


 緋色の瞳を激しく輝かせる「解放戦線最強の戦士」は、殺害した敵分隊指揮官の身体を盾にしつつ、その肩越しに愛用の自動小銃の銃口を突き出して引き金を引き絞った。

 放たれた7.62mmライフル弾は、恐るべき正確さをもって王国軍特殊部隊兵士たちの頭部や心臓に命中。

 特に心臓には「2発」が叩き付けられ、確実にその命を奪った。


 斯くして、「ダニの巣」こと「ダニーク解放戦線アディニア攻撃軍統合前線司令部・アディニアフロントネスト」掃討の任務を帯びたスタントール王国軍広域作戦特殊部隊「アルファ・フォース」2個分隊は消滅した。


 敵特殊部隊の撃滅を確認すると、サーラは司令部内に急いで戻る。

 

「バシル!無事か!?」


 側近であり「アディニアフロントネスト」の主だった男の安否を確認する。

 サーラの声を聴き、「安全」と判断したバシルがゆっくりと床から起き上がった。


「同志サーラ……すまない、助かった……」


 バシルは、サーラの「警告」に素早く反応して寸でのところで床に伏せ、先程の王国軍特殊部隊の「死の弾幕」を辛くも回避することが出来たのだった。

 するとバシルに続き、4名程の司令部要員も立ち上がった。

 彼ら彼女らもまた、サーラの「警告」に適切に対応して生き延びたのである。

 生き残りの司令部要員4名のダニーク戦士たちは、周囲の安全を確認するなり、直ちに王国軍の銃弾を受けて床に倒れる仲間たちの手当てに取り掛かる。

 だが、倒れ伏す20人程の褐色肌の司令部要員たちは皆、既に「ダーナ神」の御許へと旅立ってしまっていた。

 一方、サーラとバシルは撃滅した敵特殊部隊員の死体を確認する。

 敵の装具から正体を突き止めると、バシルの精悍な褐色の顔が歪んだ。


「クソッ!同志サーラ、こいつらは例の王国軍特殊部隊の“アルファ・フォース”だ!」

「……あの時、フェリスの“女王の城”に現れた奴等か……」


 サーラもまた苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて数年前の記憶を思い起こした。

 以前、彼女が率いるダニーク解放戦線決死隊がスタントール王都・フェリスにて「同時多発テロ」を実行した際、スタントール国王宮殿……通称「カズキの天空要塞」を攻撃した彼女の前に立ち塞がった「最後の敵」が、当時結成されたばかりの彼ら「アルファ・フォース」であり、サーラに生死の境を彷徨う重傷を負わせた。

 だが、この数年間で培った戦闘経験と毎日の鍛錬により、サーラは超人的な戦闘能力と肉体を獲得しており、今回の「因縁の」敵特殊部隊による奇襲攻撃を傷一つ負うことなく撃退出来たのであった。

 バシルは続けて疑念を口にする。


「しかし……何故、このフロントネストの場所がバレた?

 しかも、攻勢開始直前のこのタイミングで敵がここに?」


 サーラもまた思案に顔を曇らせ、無意識に右手で口を覆う。

 バシルの言う通り、敵の襲撃は極めて「正確」だった。

 アディニアに本格的な街が形成され始めた「蒸気時代スチームパンク」から数えて約1000年以上の歳月を経て、無限の迷宮ラビリンスが如く張り巡らされた都市地下構造は、「所有者」であるアディニア市役所ですら全容をまるで把握しきれていない。

 そんな迷宮の一角に位置する300年以上前に放棄された地下鉄駅構内に設けられた自分たち解放戦線の前線基地を、王国側は如何にして突き止めたのか。

 それも「アディニア攻勢」開始直前の今このタイミングで奇襲してくるとは、あまりに「出来過ぎ」ている。

 サーラの脳裏に「最悪の可能性」が浮かんだ。



 もしや「内通者」がいるのでは?



 彼女の危惧は、直ぐに現実のものとなった。


「同志ムラヒディル司令官!それに同志サーラ!

 ご無事ですか!?」


 アルファ・フォースが襲来した廊下の反対側から声がした。

 声を掛けられたバシルとサーラが視線を向けると、そこには「民警」服を着た褐色肌の「同胞」数名の姿があった。

 

「君たちは……保安局の民警隊か?どうしてここに?」


 バシルは、「ダニーク解放戦線」を構成する主要部局の一つである「人民保安局」に属する「ダニーク人の警察」こと「解放戦線民警隊」所属と思われる「同胞」たちのリーダー格の男に、何故「前線」に姿を見せたかを問うた。

 すると民警の男は敬礼して答えた。


「ハッ!保安局で内偵した結果、今回のアディニア攻勢が敵側に漏洩した可能性が高いことが判明した為、同志ムヒディルのご指示により警告しに参りました!

 しかし……どうやら、一歩遅かったようですね……」


 男はそう言うと、廊下に「散乱」した王国側特殊部隊兵士たちの亡骸に視線を向けた。

 そして一呼吸置いて言葉を続ける。


「……この先に、我々民警隊が安全を確保した排水函渠があります。

 ご案内しますので、一度そちらへ退避してください。」

「……わかった、ありがとう……」


 バシルはどこか引っ掛かるものを感じつつも民警隊分隊長の男に礼を述べ、先行して道先案内を始めた若いダニーク人警官に続いて歩き出す。

 前線司令部の生き残りであるバシルの部下4名も、「鮮血風呂ブラッドバス」と化した司令室から廊下に出て上官の背中に付き従う。


「……」


 サーラも無言でバシルに続き、民警隊分隊長とその取り巻きたちに背を向け廊下の先へ歩き始めた。

 分隊長の男は、「標的の2人」が背中を見せると、そっと腰のホルスターに手を伸ばした。

 次の瞬間。


 発砲。


 褐色の額に9mmピストル弾がめり込み、略帽を弾き飛ばして後頭部から飛び出す。

 夥しい鮮血と脳漿が、打ち捨てられた地下鉄駅廃墟の廊下に撒き散らされた。


「あが……」


 廊下に仰向けに倒れる民警分隊長の男。 

 「解放戦線最強の戦士」サーラは、極僅かに放たれた民警分隊長の殺気を感じ取るなり、瞬時に振り返って腰の弾帯ベルトのホルスターに仕舞われた愛用の共和国製小型自動拳銃を取り出し、正確無比な射撃を叩き付けた。


「ぶ、分隊長!?」

「チッ!!撃て!撃」


 連続発砲。


 サーラの圧倒的な素早さに狼狽する民警の男らに向けて、褐色少女戦士は容赦ない弾丸を見舞う。

 一瞬にして撃ち倒される「ダニーク人警官」たち。


「あっ!!……ク、クソッ!!」

「させるか!!」


 バシルの前にいた「先導役」の若い警官も、慌てて腰から拳銃を取り出そうとするも、サーラに続いて動いたバシルたちによって廊下に組み伏せられた。

 バシルの部下の一人が、「裏切り者」の警官が零れ落とした拳銃を廊下側溝へと蹴り飛ばす。


「は、離せ!!離せよ!!」

「黙れ、この野郎!!……抵抗するな!!」


 尚も身を捩って抵抗を示す若いダニーク人警官を、彼の両腕をがっしり拘束しつつ背中で馬乗りになったバシルが怒鳴りつける。

 そこにサーラが近寄る。

 バシルたちにより組み伏せられた若い警官の傍まで来ると、彼の目の前にしゃがみ込んだ。

 手には硝煙燻ぶる銀色のスライドが鈍く光る共和国製自動拳銃が握られている。

 サーラの精悍で端正な顔に、激烈な憎悪が浮かぶ。

 彼女の緋色の瞳が激しく燃え上がる。


「……前々から“怪しい”とは思っていたが、遂に正体を現したか……

 さぁ、教えてくれ、民警の同志……あの男からどんな指示を受けた?」

 

 地獄の底を経験したかのような低い声で「尋問」を開始するサーラ。

 これに若い民警の男は底知れぬ恐怖を感じつつも「抵抗」を示した。


「さ、さぁ?……あ、“あの男”って誰のことですか?同志。」


 発砲。


 サーラは小型自動拳銃の銃口を男の足に向け、躊躇なく引き金を引いた。

 

「ぎゃあっ!!」


 若いダニーク人男の短い悲鳴が木霊し、その次の瞬間にはサーラの拳が男の顔面にめり込んだ。


「ぐぶっ!!」

「黙れ、クソ野郎。とぼけても無駄だ。

 私とバシルを民警を使って罠に嵌めて殺そうなどと考えるヤツは一人しかいない。

 もう一度聞くぞ、同志……ラルビのクソオヤジの描いたシナリオを教えろ。」


 サーラは民警の男の黒髪を掴んで「尋問」を継続した。

 しかし口と鼻から血を流す男は、緋色の瞳にサーラに対する憎しみを浮かべて「恨み節」を口にした。


「く、くたばれ……サーラ・ベルカセム……

 ……お、お前のせいだ……

 お前のせいで、俺の大切な姉ちゃんは死んだ……姉ちゃんは……“4.11”の時、フェリスで乗ってた戦車ごと細切れにされたんだ……

 ……お、お前とお前のオヤジが、こんなクソみたいな戦争を始めなければ!

 今でも姉ちゃんは普通に生きてた!

 なのに……なのに、お前が……

 ……どうせお前は死んだ下っ端の戦士のことなんか、気にもしちゃいないだろうが……」


 サーラは若い民警男の顔をじっと覗き込み、彼の言葉に反論した。


「……フェリスで戦車に乗ってた女性戦士は一人しかいない……同志ネリファだ。

 彼女がどれほどの覚悟を決めて私と一緒にフェリスへ渡ったか、知ってて今の妄言を吐いたのか?」

「なっ!?」


 サーラの発言に戸惑いを隠せない若い男。

 歴戦の褐色女性戦士は言葉を続ける。


「あの時……フェリスで散った全員の名前を憶えている。

 あの日、皆、死を覚悟の上でスタトリアの首都を焼いた。

 お前の姉……同志ネリファもそうだ。

 スタトリアに殺された両親の仇討ちを誓い、同志ハジーンの戦車『ケンタウロス1』に乗り込んだ。

 私が知らないとでも思ったか?

 お前の姉は、ダニーク解放戦線の戦士としての規範を示し、そして気高く散った。

 なのに、弟の貴様は私を逆恨みすることしか出来ず、自分の両親を惨たらしく殺した白肌のガーゴイル共に尻尾を振るとはな。

 ……とんだ恥知らずだ……殺す価値すら無い。」


 そう告げるとサーラは掴んでいた男の髪から手を離して立ち上がり、彼を拘束しているバシルたちに言った。


「同志バシル。コイツを放せ。」

「……わかった、同志サーラ……」


 バシルたちは警戒を緩めることなく、ゆっくり男の身体から離れた。

 若い民警の男はもはや抵抗しなかった。

 声を押し殺し、瞳から大粒の「後悔」の涙を流しながら、その場に力無く伏せている。

 そんな彼に、サーラは冷徹に言い放った。


「そこで姉に懺悔しながら朽ち果てろ。」


 男に背を向けて廊下の先を目指して歩き出すサーラ。

 バシルたちも彼女に続く。

 すると若い民警の男はおもむろに立ち上がって言った。


「……俺たちの任務は、スタトリアの特殊部隊が同志サーラを始末出来なかった場合の“保険”だ。

 この廊下の先の排水函渠には、人民保安局と内務委員会の混成戦闘部隊が待ち伏せしている。

 俺たち“保険”のさらに“保険”で、“和平派”の中でも最強クラスの戦闘部隊が揃ってる。

 ……俺が連中をここまでおびき寄せるから、後は同志サーラで片付けてくれ……」


 サーラは立ち止まり、男の方を振り返った。


「……信用出来るとは思えんな。」

「……別に今更信用してもらおうなんて思ってない……

 ただ、このまま闇雲に廊下を進んだら、同志サーラの“敵”が臨戦態勢で待ち構えているのは事実だ。」


 男の言葉に、しばし考えを巡らせるサーラ。

 バシルはそんな彼女に参謀役としての助言を与える。


「……同志サーラ。今この状況で、ヤツが嘘を吐いているとは思えない。

 それに……もし、ヤツの言う通りなら、逆に“和平派”連中の実力部隊の主力を始末できる絶好のチャンスだ。

 ……ダメ元で賭けてみる価値はあると思う。」

「……」


 今、ダニーク解放戦線は主に二つの「派閥」に分断されている。

 一つはサーラやバシルをはじめとする解放戦線の「顔」とも言える「主戦派」。

 名の通り断固たる「ダニークのファーンデディア」実現を目指し、スタントール王国からのファーンデディア完全独立を掲げ、解放戦線の最高指導者にしてサーラの父、ゲイル・ベルカセムも「主戦派」であり、スタントールとの如何なる和平交渉も拒絶している。

 一方、もう一つが解放戦線の「裏の顔」、「和平派」である。

 サーラの母にして解放戦線内務人民委員長のアスリ・ベルカセムを実質的リーダーとし、派閥の名が示す通りスタントールとの和平交渉を通じて「ダニーク人の自治」獲得を目指すグループである。

 かつては少数派に過ぎなかったが、長引く戦争に嫌気の差したダニーク人を中心に解放戦線内部で勢力を拡大し、今では「主戦派」と肩を並べるまでに成長していた。

 斯様にダニーク解放戦線は、対外的にはダニーク人を一つに纏めてスタントールと対決する優秀な組織のように見られていたが、内実はほとんど分裂状態にあった。

 そんな中にあって、サーラにとってスタントールと並ぶ「宿敵」である「和平派」の精鋭戦闘部隊を始末出来たとすれば、その勢力図を大きく塗り替えることが出来るだろう。


 いつもの考える時の「癖」で唇に手を当てながら思考を巡らせたサーラは、決断を下した。


「……わかった……ここはヤツに賭けてみることにしよう……

 おい、民警のお前……名前は?」


 サーラに名前を問われた男は、彼女に略式の敬礼を示して答えた。


「……サダムです……サダム・アル・フセイン……」

 


……

 

 轟々と響き渡る水の音が支配する薄暗い地下空間。

 アディニアに住まう400万人もの住民たちが垂れ流した下水を除く生活排水が、巨大な地下管渠内を勢いよく流れている。

 管渠両脇のコンクリート壁には防錆加工が施されたメンテナンス用鉄製通路が走り、10m置きに左右両脇の通路を繋ぐ橋が設けられている。

 天井には縦長の白色蛍光灯が通路の真上に等間隔で設置されているが、半数近くが「電灯切れ」を引き起こして消灯しており、点灯している残りの照明も「チカチカ」と不規則な明滅を繰り返している。

 そんな陰鬱とした地下排水函渠に、真新しい銃火器と歩兵装具で完全武装した褐色肌の男たちから成る戦闘部隊が展開していた。

 管渠内の用具備蓄小部屋や非常時退避部屋、あるいは別の排水施設や隣接管渠とを繋ぐ廊下等に隠れ潜む彼ら戦闘部隊の正体は、ダニーク解放戦線「内務人民委員会」所属の督戦兵団と「人民保安局」所属の特務機動隊から選抜された精鋭から成る解放戦線「和平派」の主力混成部隊だ。

 部隊指揮官を担うのは、長年「人民保安局」局長のラルビの側近として付き従ったベテラン民警官の40代ダニーク人男性。

 精悍な顔つきに鍛え上げられた筋肉を備えた「和平派」主力戦闘部隊のリーダーは、函渠側壁に設けられた連絡廊下からそっと顔を出し、メイン通路の様子を窺う。

 するとそこには、太腿に穿たれた銃創から血を流す右足を引き摺りながら懸命に「こちら側」へと走り寄ろうとする若い民警の男の姿があった。

 部隊指揮官の男は、素早く周囲を見渡して安全を確認すると「味方」の若い警官に近寄る。


「……同志フセイン……何があった?

 分隊長の同志サウドはどうした?」


 屈強な「和平派」精鋭戦闘部隊指揮官の冷徹な問い。

 負傷した若き民警の男を手当てするどころか、気遣う様子すらない。

 一方のフセインは、文字通り命懸けの「迫真の演技」を駆使して返答する。


「……ど、同志タウード指揮官……ハァハァ……

 も、申し訳ございません……バシル・ムヒディルとその仲間は全員、スタトリアの特殊部隊に始末されてましたが、サーラはまだ生きてました……

 ヤツは……う、うぅ……あの大悪魔は……突然起き上がり、死体検分をしていた私たちを攻撃し、逃げ去りました……

 ……ハァハァ……分隊は同志サウド含め、私以外の全員死亡しました……」

 

 フセインの言葉を聞くなり、タウードと呼ばれた戦闘部隊指揮官の男は堀の深い精悍な顔を大きく顰めた。

 そして、尚も負傷し苦痛に喘ぐフセインをそのままにし、タウードは遠慮なしに次の質問を投げつける。


「クソ……あの忌々しい小娘が……

 おい、同志フセイン。サーラはどこに行った?」

「……ハァハァ……あ、あの女は……フロントネストの先にある廃地下鉄の線路の方へ逃げました……

 ……ヤ、ヤツは特殊部隊の攻撃で負傷してます……今から追跡すれば、間に合うかと……」


 結局、フセインの「演技」をタウードは見抜けなかった。

 先程の顰め面は引っ込み、「最高の武勲」を簡単に得られるかもしれない好機を前にして、不気味な笑みを零す。

 「和平派」精鋭部隊指揮官は決断を下した。


「よし、わかった。ご苦労、同志フセイン。

 あとは我らに任せて、貴様はここで休んでろ。」

「は、はい……」


 タウードは地下排水管渠内に潜んでいた配下部隊全員を集合させると、負傷したフセインを放置してアディニアフロントネスト方向へと移動を開始。

 若い民警の男は無事に「任務」を果たした。

 一人残されたフセインは管渠の壁に背中を預け、その場に座り込む。


「……これでよかったのかな……姉ちゃん……」


 コンクリートの天井を仰ぎ見ながら彼の呟いた言葉は、管渠内を轟々と流れる水の音に紛れて消えた。


……


 激しい銃撃音が打ち棄てられた地下鉄線路内に満ちる。

 マズルフラッシュの閃光が廃墟となったトンネルの闇を切り裂き、必殺の弾丸が完全武装した褐色肌の男たちの肉体を次々に貫く。


「クソッタレ!!どうなってやがる!?

 な、なんで四方から銃撃が」


 無様に狼狽える武装した男たちの指揮官……タウード……の額にも7.62mmライフル弾が命中。

 人民共和国特殊作戦部隊仕様の新型ヘルメットを弾き飛ばし、後頭部から夥しい鮮血を伴い頭蓋の破片と脳漿が撒き散らされた。

 即死である。

 その次の瞬間には、他の兵士たちも相次いで骸となって放棄された地下鉄線路の上に横たわった。

 ダニーク解放戦線「和平派」の有する最強にして主力の戦闘部隊は、斯くしてあっけなく消滅した。


「……」


 硝煙燻ぶる愛用の人民共和国製自動小銃を両手に持つ美しい褐色少女が、たった今自身が射殺した「敵」指揮官の死体に近付き、これを燃え盛る緋色の瞳で見下した。

 彼女の周囲には「フロントネスト」要員の生き残りであるダニーク人男女4名が、廃地下鉄路線内の各々(おのおの)の「待ち伏せ場所」であるトンネル内の柱やメンテナンス通路入口から出て、サーラと同じく硝煙を燻らせる銃火器を手にし展開。油断なく辺りを警戒する。

 サーラの隣に、スタントール特殊部隊兵士の死体から奪った王国製ブルパップ式自動小銃で武装したバシルが近寄る。


「やったな、同志サーラ……和平派連中の実力部隊は、これで消滅だ。

 もうこれ以上、和平派の奴等はデカいツラが出来なくなるぞ!」


 ニヤリと笑みを浮かべるバシルだが、当のサーラは怒りを帯びた無表情のままだ。

 声を掛けてきたバシルに顔を向けると、「解放戦線最強の戦士」にして「主戦派精神的指揮官」はある決断を下す。


「……まだだ、同志バシル……

 和平派のクズ共にトドメを刺す必要がある。

 ……“民族の裏切者”のラルビを始末するぞ……」


 サーラは激しい憎しみを込めた低い声で告げた。

 これにバシルと生き残りの司令部要員4名も、顔を引き締め直して頷きを返した。

 ダニーク解放戦線最古参幹部の「抹殺」を誓った褐色少女戦士は、愛用の人民共和国製自動小銃をリロードし、「次なる戦い」の場であるアディニア郊外のスラム街・カスバ中心部に設けられている解放戦線人民保安局「アディニア支局」へ歩みを進めようとした。

 

 その時。

 スタントール軍特殊部隊兵士の死体から奪った腰の弾帯ベルトに装着している「敵の」小型無線機に、アディニア都市防衛局指令センター「コールサイン:ビッグベアー」よりのスタントール側治安当局職員全員に向けたオープン回線による「緊急事態通信」が入った。


『緊急!緊急!!

 ビッグベアーより全ての治安部隊職員へ緊急警報!

 市内各所で民間人に偽装したダニーク人の自爆テロが複数発生!!

 繰り返す、ダニーク人による自爆テロ発生!!

 軍・警察は、市内でダニーク人を発見次第した場合、ただちに射殺せよ!

 対象は“非限定”!女子供老人の別なく、完全無差別発砲を許可!!

 緊急!緊急!!

 ビッグベアーより……』


 敵王国治安当局の緊急通信を聞くなり、サーラに驚愕の表情が浮かぶ。

 それはバシルたちも同様だった。

 だが、サーラは「前線司令官」のバシルを問い質すにはいられなかった。


「おい、同志バシル!!これは一体、どういうことだ!?

 私は“自爆テロ”なんて聞いてないぞ!?」

「ど、同志サーラ!

 俺も誓って一切知らない!

 ……そもそもなんなんだ!?“自爆テロ”って……」


 バシルはサーラの詰問に狼狽しながら応じる。

 そこへ、今度は「味方」からの通信が肩に取り付けた小型無線機に飛び込んでくる。


『こちら、スルタン01。

 ……ゴブリン1、聞こえますか?』


 若い女の声だ。

 サーラはその声の主をよく知っている。

 「スルタン01」こと、シャルファ・ザイヤーン・シノーデル。

 古のダニーク王家現当主の「女王」にして、ダニーク人土着信仰の「ダナーラム教」最高宗教指導者である。

 彼女は今回の「アディニア攻勢」には関与しておらず、本来なら今作戦中に通信してくる筈が無い。

 「味方通信用」の無線機を掴み、怒りと困惑が入り混じった声で「イレギュラー」な連絡をしてきたシャルファに応答するサーラ。


「……こちら、ゴブリン1……

 スルタン01……同志シャルファ……何の用だ?」

『おお、預言者サーラ!

 あなたに偉大なる太陽神ダーナのご意思をお伝えします!

 ……信仰篤きダニークの信徒が、一斉に立ち上がりました!!

 死をも恐れぬ殉教者たちが、アディニアを火の海に叩き落すでしょう!!

 ……預言者サーラ!!さぁ、彼ら殉教者と共に戦ってください!!

 ダーナ、アクバル!!』


 シャルファの声は、サーラに強い不快感をもたらす程に陶酔していた。

 どうやら「自爆テロ」なる当初の「アディニア大攻勢」計画には存在しなかったプランを捩じ込んできた「責任者」こそ、この女のようだ。

 サーラの緋色の瞳が、怒りで燃え上がる。


「……シャルファ……貴様、いったい何をした?

 スタトリアの警報では“自爆テロ”と言っていたが、何が起こっている?」


 静かな怒気を帯びたサーラの声。

 これに、シャルファ「女王」はさも当たり前のことのように返答した。

 

『それは是非、ご自身の目でお確かめになられてください、預言者サーラ。

 殉教者はたとえ“子供”だろうと、死を恐れません。

 ちょうど今から“碧い瞳”の子供たちが、アディニア市役所で神のご意思を顕現致します。

 さぁ、あなたも戦って!ダーナの為に!!』


 シャルファはそう告げると一方的に通信を切った。


「シャルファ!!……クソッ!!」


 激しい怒りと焦燥で精悍な顔を歪めたサーラは、無線機を肩に戻すなりバシルに向かって叫んだ。


「バシル!!ここから市役所までの最短ルートは!?」


 バシルは若干混乱しつつも、「解放戦線最強の戦士」の指示に的確な回答を返しつつ、サーラに状況を確認する。


「そ、そこのメンテナンス階段を上がれば、市役所前地下鉄駅の構内に出られる……

 ……それより、何があったんだ?サーラ!」

「シャルファだ!あのクソ女、“混血児”の子供を使って市役所を“自爆攻撃”するつもりだ!

 絶対に阻止しなければ!」


 サーラの説明に、バシルたちも驚愕と怒りを覚えた。


「なんだって!?子供で自爆テロを?」

「そうだ!バシルたちは大至急、アディニア地下本営に戻れ!

 同志ゲイル・ベルカセム書記長に、裏切者のラルビと発狂したシャルファのことを報告するんだ!!

 ……私は、市役所に向かう!」


サーラはそう言うと、自動小銃を構えて走り出した。


「了解だ、同志サーラ!……気を付けろ!」


 バシルはサーラの背中へ声を掛けると、生き残りの部下らと共に解放戦線アディニア本営を目指し、彼女とは反対方向へと駆け出した。

 赤黒い戦闘オーラを纏った褐色少女戦士は、地下鉄線路トンネルの側壁に設けられたメンテナンス階段へと続く古びた鉄扉を蹴破ると一気に階段を駆け上がる。



 ……ラルビ……シャルファ……

 私たちの……私の独立闘争を邪魔する奴は……容赦なく殺す!!



 敵王国と比類する「同胞の敵」に対し、壮絶な殺意を燃やすサーラ。



 未然に解放戦線のテロ攻撃を防止出来たかに見えたアディニアだったが、「祝福の大地」最大の都市は今まさに、激しく、そして凄惨に炎上する。

 深い夜の帳が、人口800万人を抱えるとある人民共産主義国家の首都を包んでいる。

 つい数年前の「大戦中」は、厳格な灯火管制により文字通り漆黒の闇に包まれていたが、大戦が終結して若き国家主席が就任して以降は、街は大いに活気づいており、日付が変わろうとする深夜にも関わらず、仕事を終えた労働者人民たちが新設された「繁華街」で酒を浴びて疲れを癒していた。

 

 ここは、この異世界で最大の共産主義国家にして「労農人民の祖国」、アーガン人民共和国の「絶対首都」カムラク。

 

 古き「帝政時代芸術」の装飾が施された真新しい繁華街の目抜き通りを、長年愛用している人民陸軍将校用トレンチコートを着た男が歩いていた。


 男の名はザイツォン・ベタシゲン。

 この人民共和国の「現」国家主席にして、大戦の英雄である。


 行き交う酔っぱらった人民たちの雑踏の中に、彼らの「偉大なる」最高指導者が紛れ込んでいる。

 ザイツォンは大勢の「愛する人民」らでごった返す繁華街のメインストリートから、「目的地」へ続く路地に入った。

 酔客で大いに賑わう大通りから切り離された薄暗い狭小道路。

 そこはまだ「開発中」の地区で、「労働者アパート」の通称で知られる粗雑な鉄筋コンクリート造3階建て共同住宅が無機質に建ち並んでおり、街灯もまばらにしか配置されておらず、陰鬱とした雰囲気が辺りを支配していた。

 一帯のアパートの住民たちは、既にザイツォン主導の「絶対首都都市再開発計画」に伴って郊外に新設された「ニュータウン」へ引っ越して退去済みであり、ほぼ無人地帯と化している。

 そんな「再開発地区」を黙々と歩く国家主席の前に、一人の大男が姿を現した。

 人民軍上級政治将校の制服を身に纏うその大男は、まるで岩盤から切り出された岩石のような偉丈夫であった。

 暗がりから街灯の下へと姿を見せた政治将校の大男は、ザイツォンに深々と頭を下げた。

 それにザイツォンは右手を軽く掲げて応じる。


「よう、グラシカ。」


 グラシカと呼ばれた大男は、おもてを上げるとザイツォンに微笑みを向ける。


「……ザイツォン坊ちゃま。」


 アーガン人民共和国国家主席の男が、人目を忍んで繁華街の路地裏へやって来た目的こそ、この大男……グラシカとの面会であった。


 しばしの間、沈黙が両者を支配する。


 それをザイツォンが破った。


「……そう言えば、この間、長男坊のマグサに男の子が出来たんだってな。

 小さい頃はよく一緒に遊んだもんだが、時の流れってヤツは早いよな。

 これでグラシカもおじいちゃんか……おめでとう。」

「ありがとうございます……ザイツォン坊ちゃま……」


 何気ない雑談。

 ザイツォンは優し気な笑みと共にグラシカの初孫誕生に祝いの言葉を述べ、政治将校の大男は「偉大なる国家主席閣下」からの得難いお言葉に、何処か「ぎこちない」笑みで応じる。

 またしても若干の沈黙の時を置き、ついにザイツォンが「本題」を切り出した。


「……ところで最近、カレンとシクラの姿が見えないが、アイツら、何処で何をしている?」


 大男の眉間に濃い皺が寄る。


「……お坊ちゃま……このグラシカ、カレンお嬢様がこの世に御生まれになられたその時から、お仕え申しております……

 ……恐れ入りますが、その『問い』には答えられません……」

「そうか。」


 グラシカの搾り出すかのような苦渋の声に、国家主席の男は実にあっさりと返事した。

 そして笑顔のまま大男に告げる。


「なら、アーガン人民共和国国家主席として『命令』する。

 グラシカ・ミコニヤコ人民保安局局長。

 直ちに、カレン・アクラコン人民党総書記長とシクラ・アクラコン内務人民委員長の身柄を拘束し、最高人民法廷へ連れてこい。

 2人には『世界人類の人道に対する罪』に関する嫌疑がある。

 期限は明日までだ。厳守しろ。」

「……」


 これにグラシカは顔を俯かせて「沈黙」を返す。

 そして、またしても絞り出すかのような低い声で言った。


「……なぜでありますか?ザイツォン坊ちゃま……

 カレンお嬢様は……心から貴方様をお慕いし、愛しております……

 貴方様の為に、これまでお嬢様がどれだけその手を汚してきたことか……

 ……なのに、なぜ貴方様はそのようにお嬢様を『突き放す』のでありますか?」


 グラシカの言葉に、国家主席は露骨に不快感を露わにした。


「……俺はカレンを愛おしいと思ったことなど、生まれてこの方一度として無い。

 アイツは俺の大切な妹のユウナを殺し、両親を事故に見せかけて殺し、そして許嫁のユナタすら鉱山に放り込んで殺そうとした。

 ……他にも挙げればキリが無いぞ?

 軍学校時代の先輩やダチ、人民軍の同僚や部下、俺が個人的に尊敬し、親交を深めていた科学アカデミーの学長……

 おまけに、俺と少しでも親し気に話をした女に至っては、一人残らず殺しやがった!

 なぁ、逆に教えてくれ……どうしたらそんなクソッタレのサイコ女を愛せる?」


 もはや声を荒げずにはいられなかった。

 ザイツォンは幼少の頃より自身の傍にいた「冷血女」の正体に、当の昔に気付いていた。



 いつの日か……「最高のタイミング」で殺してやる……



 ザイツォンは、カレンに考え得る「最高の苦しみ」を与えた上で始末する時期をずっと窺っていたのだ。

 だが、カレンは「先」に気付いてしまった。

 自分の秘めていた「企み」に。

 そして、気付いたが故に「最悪」の手段に打って出たのだ。


 「神の演算機」と呼ばれる「正体不明オブジェクト」を用いて「世界の大改変」をする。


 ザイツォンは自身の「影の兵隊」や信頼のおける人民軍将兵たちからもたらされた報告を基に、カレンの悍ましい計画を察知したのである。

 内務人民委員……これを司る「赤き名門貴族」ことアクラコン家の当主のみがその存在を知り得るオブジェクト、通称「神の演算機」。

 一見すると何の変哲もない黒色の小型ノートパソコンだが、その中にはおよそ常識では考えられない「現実改変機能」を備えたプログラムが入っている。

 

 「世界シミュレーション仮説」


 この世界は人智を超えた存在がプログラムした仮想現実シミュレーテッドリアリティだとする一種の陰謀論めいた仮説である。

 我々が認識しているこの世界は、全て脳が受けた外部からの様々な刺激……視覚、聴覚、触覚、嗅覚等を統合・構築した結果に基づいているが、それ故に、今、人類が生きている世界は一種の極めて高度な「仮想現実ゲーム」に過ぎず、人類の約数百万年に及ぶ歴史も「5分前」に構築されたプログラムだ、とするのが非常に大まかな本仮説の概要だ。

 この説は映画「マトリックス」に代表される数多のSF作品のみならず、一部では学術的・宗教的研究の題材ともなっている。

 そんな仮説が「具現化した」とでも言うべき謎のノートパソコンの存在を知り、それを「管理者」であるアクラコン「冷血」姉妹が本国から持ち出した事実をザイツォンが把握したのは、つい先日のことだ。

 今やカレンの物と化した人民党の目を盗み、ザイツォン個人に忠誠を誓う人民陸海空軍の将校たちやヴィジマ・クラゲナンはじめとする国家主席直属の「影の兵隊」は、ファーンデディアにおける人民共和国の拠点要塞「ファーンデディア人民革命の家」で起きた「惨劇」を通報。

 そこでザイツォンは事の次第の重大さを認識し、今回、急遽お忍びで「カレン派」最大の重鎮にして幼少期より親しくしているグラシカを呼び出したのだ。

 それはまだ、この大男に「良心」が残っていることを期待してのものだった。


「……」


 だが、先程のザイツォンの抑えきれぬ「カレンお嬢様」に対する「許し難い」激情の発露を受けたグラシカは、今までの苦渋の表情をすっと消し、完全なる無表情となった。

 ザイツォンがグラシカに「無表情」の意味を問う。

 

「……なんだ、その目は?グラシカ?」

「……()()()()()()()()()殿()

 このグラシカ、絶対にお嬢様を見捨てはしませぬ。

 私にとって至上の幸せとは、カレンお嬢様の笑顔を拝見することであります。

 ……かつての貴方は、お嬢様を心からの笑顔にさせる唯一の御仁だった……

 しかし!

 ……もはや今の貴方は、カレンお嬢様を笑顔にさせるお方では無い……

 すなわち、このグラシカの『敵』であります。」


 グラシカ人民保安局局長は「偉大なる」国家主席に対し、ハッキリと「敵対」を宣言した。

 これにザイツォンもまた表情を消し、相手を刺し殺さんばかりの鋭い視線を放った。


「そうか。わかった。

 非常に残念だよ、同志ミコニヤコ。」


 次の瞬間。


 発砲。


 腰のホルスターから「両者」同時に人民共和国製自動拳銃を引き抜き、相手に向けて引き金を引いた。


「クソッ!!」

「おのれ、小僧が!!」


 しかし、歴戦の元人民軍将校であるザイツォンと、叩き上げの保安局職員のグラシカは互いに発砲と同時に身を捩って敵弾を回避。

 ザイツォンは街灯の電柱に、グラシカは至近のブロック塀に退避した。

 そして、両者の銃撃を合図に、付近に潜んでいたそれぞれの「戦闘部隊」が出現。


「ナンキン01、"交渉決裂“を確認。

 『人民の星』を処分する……カレンお嬢様、万歳!」

「こちら、ユナタ!シャドウユニット、戦闘開始!

 ザイツォンを守れ!クラゲナン、援護しろ!!」


 再開発に伴い無人となっていたアパートから不気味なフルフェイスガスマスクで顔を覆った完全武装の内務人民委員会所属「特別行動部隊」が、反対側の繁華街がある大通り方面からはザイツォンの許嫁にして「影の兵隊」指揮官であるユナタ・ジクラキムと数十名の手勢が現れた。


 両軍、会敵するなりフルオート射撃。

 激しい銃撃音が陰鬱とした再開発地区の空気を引き裂いて交錯する。


 最新型の汎用機関銃に防弾ベストをも備えた重武装の「特別行動部隊」……その主要構成員はグラシカが隊長を務めた元アクラコン家専属守備隊である……に対し、ザイツォン側の戦闘員である「影の兵隊」は、いずれもスーツや作業着といった一般人民を装った服の上にコンバットハーネスを着込んだだけの格好だが、その手には人民共和国製の新型ブルパップ式自動小銃が握られ、加えて戦闘員全員が内務人民委員会から「スパイ」のレッテルを貼られて「鉱山送り」なる粛清を受けた過去を持つベテランの元人民軍兵士であり、両軍の力量はほぼ互角であった。

 さらに、繁華街から再開発地区一帯を見下ろす新築の「複合商業センタービル」の屋上には、元ベテラン工作員にしてザイツォンの「懐刀」であるクラゲナンが陣取り、ザイツォンたちを狙撃兵として強力に援護。

 そのヴィジマ・クラゲナンが覗く.50口径高性能狙撃銃のスコープの「十字」と、気味の悪いフルフェイスガスマスクが重なった。

 

 発砲。


 音速を超えて飛来したライフル弾は、狙い違わず元アクラコン家専属守備隊隊員の頭部に命中し、これを吹き飛ばす。

 ブロック塀に隠れながら自動拳銃を連続発砲していたグラシカは、すぐ隣の部下が脳漿を撒き散らしながら倒れる様を見るなり、顔を大きく歪め、腰のベルトに差した小型無線機を取り出し通信する。


「クソッ!スナイパーか!!

 ……こちらベイジン、保安局本部へ!いますぐ“ワニ”を寄越せ!

 ベタシゲンとその一味を、空から根絶やしにしろ!!」

『保安局本部、了解。

 ただちにヘリを急行させます。』


 グラシカの通信から数分後、「再開発地区」に重厚な軍用ヘリのローター音が響き渡る。

 アーガン人民共和国が世界に誇る工業芸術作品、縦に二列並んだタンデムコックピットと分厚い胴体が特徴の重武装強襲ヘリ……王国側コードネーム「ハインド」が3機、人民共産主義国家の首都上空に出現した。

 「人狩り」に特化した赤外線サーモを標準搭載する「内務人民委員会特別仕様」の強襲ヘリは、闇の中で特別行動部隊と交戦中のザイツォンたちを鮮明に捉え、機種の30mm連装機関砲の砲口を下界へ向ける。

 カレンに絶対の忠誠を誓う強襲ヘリガンナーが、レバー式ハンドルの機関砲トリガーに力を込めた。


 次の瞬間。


 大爆発。


 凶悪な強襲ヘリ3機の横腹に「短距離空対空ミサイル」が相次いで直撃し、紅蓮の炎に包まれながら墜落するヘリは無人のアパートや地面に激突して大破した。


「な、なにっ!?」


 味方ヘリの到着と同時に勝利を確信したグラシカはじめ特別行動部隊の面々は、突然の事態に驚愕せざるを得なかった。

 ヘリが撃破されて一瞬の間を置き、ジェット戦闘機の爆音が轟く。

 「再開発地区」上空を、尾翼や主翼の先端に黄色いシンボルカラーをあしらった美しい機体を見せつけるかのように、人民空軍の「花形的」存在である多目的戦闘機マルチロールファイターが5機、飛び抜ける。


「ふぅ……間一髪、間に合ったな。」


 ザイツォンに安堵の表情が浮かぶ。

 今しがた内務人民委員会の凶悪なヘリを葬り去ったのは、人民空軍のベテラン中のベテランパイロットで構成された「人民大戦の空の英雄」……第156戦術航空団、通称「黄色中隊」だ。


『こちら黄色の4。人民空軍防空司令へ。

 絶対首都“定期防空演習”完了。これより帰投する。』

『人民空軍防空司令部、了解。黄色中隊の帰投を許可する。』


 ザイツォンの腰に装着された小型無線機に、人民空軍司令部と黄色中隊の「定例演習」に関する通信が入る。

 表向きは黄色中隊が定期的に実施している「演習」という名目だが、その実はザイツォンとユナタたち「影の兵隊」を支援するためにカムラク近郊の空軍基地から緊急出動したものであった。


 これはすなわち、ザイツォン・ベタシゲン国家主席が「人民軍」を完全に掌握していることを意味していた。


 「人民党」の重鎮たるグラシカは、強襲ヘリを撃墜した「敵戦闘機」が黄色中隊である事実を目の当たりにし、瞬時にそのことを理解した。

 さらに追い打ちをかけるように、「保安局本部」からグラシカの無線機に警報がもたらされる。


『ベイジン、こちら保安局本部。

 人民陸軍第56親衛機械化狙撃兵師団及び第103親衛戦車師団が、“党の承諾無し”にカムラクへ移動を開始した模様。

 現在、該当部隊との通信が取れず、移動の目的を確認出来ません。

 至急、対応についてご命令を。』

「……おのれ、ベタシゲンのガキ……」


 グラシカの岩石が如き逞しい顔面に、激しい怒りと焦燥が張り付く。

 今しがた保安局本部が連絡してきた「不穏な動きを見せる人民軍部隊」は、かつてザイツォンが現役将校時代に指揮していた人民陸軍の精鋭中の精鋭部隊であり、現在は対ロングニル用部隊として南部国境に配備されている。

 そんな精鋭部隊が、「このタイミング」で持ち場を放棄し絶対首都へ向けて「北上」を開始した。


 もし対応を誤れば「人民党」と「人民軍」による内戦へ発展しかねない。 



 いや、何を「誤る」ことがあろうか!?

 カレンお嬢様こそ人民共和国最高権力者であり、ベタシゲンは所詮「飾り」に過ぎない。

 共産主義国家では「党」こそ絶対的権力基盤なのだ。

 「党」を掌握せし者……すなわち、カレンお嬢様こそ真の支配者なのだ!!


 

 グラシカは保安局本部に命令する。


「ベイジンより保安局本部へ……“絶対首都戒厳令”を発令。

 直ちに国内軍を総動員し、“反乱軍”をカムラクに入れるな!

 “ガルムの門”を閉じよ!ベタシゲン一味と戦争だ!!」


 破滅的な決断が下された。

 尚、「絶対首都戒厳令」とは、カムラクにおける全権限を内務人民委員会が完全掌握して「戦時体制」に突入することを意味し、「ガルムの門」とは、東西と南を峻厳な山岳地帯に囲まれた絶対首都・カムラクの真南に位置する「唯一の外部との出入口」である関所を兼ねた空前の大軍事要塞のことである。


『保安局本部、了解……絶対首都戒厳令、発令。

 これより、内務人民委員会国内軍は“反革命分子殲滅戦”を開始します。』


 保安局本部との通信終了後、絶対首都・カムラク全域に生理的禍々しさを感じさせる重苦しい「絶対首都非常事態サイレン」が鳴り響いた。

 グラシカの顔に、仄暗い笑みが浮かぶ。

 サイレンは、アパートの壁に身を隠しながらグラシカ率いる特別行動部隊と戦闘中のザイツォンやその隣にいるユナタら「シャドウユニット」戦闘員たちの耳にも届いた。

 ザイツォンとユナタが目を見合わせる。


「ザイツォン、このサイレンは……」

「あぁ、ユナタ。

 グラシカのクソオヤジ、どうやらガチでる気になったようだな。」


 不安げな表情を見せるユナタに対し、ザイツォンは飄々とした顔で自身の無線機を掴んだ。


「あー、こちら人民の星。

 人民軍統合参謀本部、聞こえるか?」

『感度良好であります、閣下。』


 まるで「待ってました」と言わんばかりに、一瞬と間を置かずザイツォンの「通信相手」が応答する。


『ベタシゲン国家主席閣下……どうぞ、我ら人民軍にご命令を。』

「アーガン人民共和国国家主席として、内務人民委員会及び国家人民保安局を、“世界人民の敵”に認定する。

 人民軍各部隊は、直ちに“所定の”作戦行動に移れ。」


 ザイツォンは、さながら出前を頼むような軽さで「事実上の内戦突入」を宣言した。

 これに「人民軍の司令塔」から力強い返答が返ってくる。


『ははっ!!了解しました、国家主席閣下!!

 ……人民軍全軍に発令!作戦コード、“アーガンの夜明け”発動!!

 繰り返す、“アーガンの夜明け”発動!!

 待ち焦がれた時は来た!冷血女と内務人民委員のブタ共を、血祭りに上げろ!!

 ……祖国アーガン、万歳!我らがベタシゲン将軍、万歳!!』


 広大なアーガン人民共和国各地に展開する「全ての」人民陸海空軍主要部隊は「待望の命令」を受領した。


 ……大粛清時代カレンシチナの終焉を告げる戦いの狼煙が、今まさに激しく上がる……


 世界三大極の一角で、愛する男に裏切られた女と、その女を心から憎む男との血みどろの戦いが始まった。

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