57. 第二次ベゼラ攻防戦 後編
吹雪舞う雪山の中を、ボロボロの外套を纏った1人の女が走っている。
足元に纏わりつく雪で何度も躓きそうになりながらも、ひたすら奥深い森のさらに奥を目指して駆ける。
彼女の背後には「皇帝」の兵士たちが迫り、帝政転覆を企む「アカ」の「残党」を掃討せんと執拗な追跡を続けていた。
殺意滾らせる皇帝軍からの逃走を図るその女は、全てを失っていた。
閉じているかのように細い目をした若い女。
名はアクィエラ・アクラコン。
「帝政アーガン」に暮らす貧民一家の長女で、「人民共産主義」の可能性を信じる元工場労働者だったが、その可能性は完全に潰えようとしていた。
「ハァハァ……ハァハァ……」
呼吸は荒く、頭や腕からは銃撃で負った傷により血が流れ、彼女の残された体力を容赦なく奪っていく。
ひたすらに森の奥へと逃げているが、その先で彼女を待つ者は誰もいない。
背後から迫る「絶対的な死」から逃れる為の足掻きに過ぎなかった。
「いたぞ!!人民主義者の生き残りだ!撃て!!」
ホワイトアウト寸前の視界の中、追撃する皇帝軍の兵士がアクィエラの後ろ姿を発見するなり半自動ライフル銃を構えて連続発砲する。
「うぐっ!!……う、うわっ!」
銃弾はアクィエラの脇腹を貫いた。
姿勢を崩した彼女は、そのまま山の崖から転落。
直ちにその場に皇帝軍兵士らが集まり、アクィエラが落ちた崖を覗き込む。
雪で覆われたかなりの高さがある崖。底は強さを増した吹雪により確認できない。
兵士たちの指揮官である偉丈夫の大男は、判断を下した。
「……どうせ生きてないだろう。これでアカも終わりだ……引き上げるぞ!」
身も凍る雪山から撤収を始めた大男に続き、配下の兵士らもその場から立ち去った。
しかし、「アカ」女は死んでいなかった。
崖下に落ちたアクィエラであったが、深さを増した雪がクッションとなり辛くも彼女の命を繋ぎ止めてくれた。
だが、もはや満身創痍であり、遅かれ早かれ死は免れない。
アクィエラは霞んでいく視界の中に、崖の横腹に空いた洞穴を見つけた。
「ハァハァ……ハァハァ……うっ……ハァハァ……」
銃創が穿たれた脇腹を押さえつつ、何とか洞穴の中へと逃げ込む。
……ここが私の死に場所か……
女はそう思った。
……
皇帝支配下のアーガンにて、専制政治に異を唱える困窮した労働者たちは「真の平等」を求めて立ち上がった。
「人民共産主義」という「新たな思想」を根拠に「時代遅れの」帝政を否定すべく闘争を続けていたが、完全弾圧を決めた強大な「皇帝軍」と「人民党」内部の権力闘争により敗北。
既に革命指導者は処刑され、アクィエラの幼馴染みであり革命戦隊指揮官だった「同志ベタシゲン」も皇帝軍との戦闘で死亡。
この異世界最初の共産国家は、産声を上げることなく「死産」しようとしていた。
……
洞穴に入ったアクィエラは、暗闇の中で淡い光を放つ「何か」を見つけた。
「……ハァハァ……ハァハァ……」
死の足音近付く荒い呼吸を吐きながら、這うように「それ」に近寄る。
タイプライターのような文字や記号や記されたボタンが平行に数列並んだ盤と、その文字盤に対して垂直方向に淡い青色の光を灯す「板」が取り付けてある。
それは「小型ノートパソコン」だった。
この時代のこの場所に、絶対に存在するはずが無い代物。
アクィエラは途切れかける意識を辛くも繋ぎ止めつつ「画面」を見る。
画面には「大陸共通語」でとある「プログラム文章」が出力されていた。
【*現在進行中のシナリオ:アーガン共産革命失敗・大戦回避シナリオ
・文明発展度 … 最低
・消耗生命エネルギー … 極小*】
「ハァハァ……な、なんだ……これは?」
アクィエラは目の前の代物が何なのかさっぱり理解出来なかったが、ほとんど無意識のうちに「ENTERキー」を押した。
直後、画面の文章に一文が加わる。
【*アーガン共産革命達成・大戦勃発シナリオのテストモードを開始しますか?*】
再びアクィエラは、同じボタンを押す。
次の瞬間、彼女の目の前が真っ白になり意識を失った。
その数秒後。
「おい、アクィエラ……同志ジュガリカンが呼んでるぞ。」
誰かが自分の名を呼ぶ声がした。
ハッと意識を取り戻したアクィエラは周囲を確認する。
何処かの会議室の中だ。
身も凍る吹雪も得体のしれない「何か」があった洞穴もそこには無い。
脇腹の銃創はじめ身体のあちこちに負った傷も無くなり、服装もボロボロの防寒着からパリッと糊のきいた明るい茶色が基調の「人民党高官用制服」となっている。
煌々とシャンデリアの電球が灯った明るい室内には、木製アンティーク調の縦長大型テーブルが中央に据え置かれ、およそ20人ほどの男女が向かい合って座っている。
アクィエラは全員の顔を知っていた。
もうこの世にいないはずの「革命同志」たちである。
「おい、アクィエラ。どうした?」
「えっ?」
先程から自分の名を呼ぶ声もまた、アクィエラはよく知っている。
徐に声のする右隣を振り返ると、左頬の古傷が印象的な優男が微笑みを向けていた。
アクィエラの「愛する」幼馴染みの若い男、ザルファン・ベタシゲンだ。
「同志アクラコン。聞いているかね?」
今度はテーブル上座の方から声をかけられる。
突然「一変した」事態に困惑するアクィエラが顔を向けると、そこには首都カムラク「皇帝広場」で公開絞首刑に処されたはずの「偉大なる我らが革命指導者」たる“鉄の男”ジュガリカンがいた。
アクラコンは弾かれたように立ち上がると、「鉄の男」に敬意を示しつつ詫びる。
「は……ハハッ!!我らが偉大なる同志ジュガリカン!
も、申し訳ございません……少しばかり意識が逸れておりました……」
これを「革命指導者」は特に気にした様子も無く許し、淡々と彼女に「役職任命」を告げた。
「まぁよい。それで同志アクラコン……今回の革命における功績とその手腕を見込み、君を我らが人民革命臨時評議会の内務人民委員会委員長に任命する。
引き続き、反革命分子の摘発と皇帝貴族残党の掃討に当たりたまえ。」
「は……ハハッ!同志ジュガリカン!!……光栄であります!!」
混乱しながらもアクィエラは着席し、改めて「今の状況」を冷静に整理した。
つい先程まで吹雪舞う雪山の洞穴にいた筈なのに、今は暖炉の温風とシャンデリアの光に包まれた豪華な室内にいる。
室内を改めて見渡すと、ここはどうやら「皇帝宮殿」の一室のようだ。
そこに革命指導者や人民革命を共に戦った同志たちが席を並べている。
アクィエラを内務人民委員長に任じた革命指導者ジュガリカンは、続いて別の同志に役職を振り分けていた。
「やったな、アクィエラ。内の敵はお前に任せるぞ。
外の“干渉軍”は俺がぶっ倒してやるから安心しろ。」
ザルファンが再び笑顔を向けて声をかけてきた。
アクィエラは思わず細い瞳に涙を滲ませて答える。
「はい……ザルファン様……そ、その……私……あなたのことが」
感極まったアクィエラは、今まで言えなかった「自分の気持ち」を正直にザルファンに告げようとする。
だが、そこでまたしても目の前が真っ白になった。
「……うっ!!……ハァハァ……ハァハァ……」
身を切る寒気が再び襲い来る。
もうそこに「愛する幼馴染み」と「敬愛する革命指導者」はいない。
入り口から吹雪が吹き込む洞穴の中に「舞い戻って」しまった。
得体のしれない「何か」の画面には、以下の文章が記されている。
【*アーガン共産革命達成・大戦勃発シナリオ テストモード 終了*】
アクィエラは半ば発狂状態に陥った。
「あ……ああぁ……ダメだ……ダメだダメだダメだダメだ!!
今の夢を……今の夢を見せ続けろ!!
終了させるか!!終了させてなるものか!!」
細い目をした共産主義者の女は、デタラメに「キーボード」を叩いた。
すると画面にまたしても文章が追加される。
【*現在進行中のシナリオをアーガン共産革命達成・大戦勃発シナリオへ変更しますか?*
*アーガン共産革命達成・大戦勃発シナリオ
・文明発展度 … 最高
・消耗生命エネルギー … 極大*】
「当たり前だ!!直ちに変更だ!!」
アクィエラは狂ったように「ENTERキー」を連打した。
【*シナリオ変更を承認*
*アーガン共産革命達成・大戦勃発シナリオへ変更します*】
続いて画面には不穏極まる文章が記される。
【*シナリオ変更に伴い“シナリオ内規定消費量”とは別に、“変更起点地”の生命体エネルギーを以下の通り消費することを要求します*
*消費要求生命体エネルギー … アーガン人:2623万6724人
アーガンドワーフ:96万5527人
アーガンエルフ:14万832人
アーガンゴブリン:836万1152体*
*シナリオ変更実行者は、与えられた権限を用いてあらゆる手段を行使し、消費要求生命体エネルギーを規定期日(シナリオ変更起点日から19年2ヶ月13日以内)までに消費してください*
*推奨消費方法
・殺害(殺害方法不問)
「参考例」… 治安部隊を用いた大規模な粛清
人為的飢餓の発生
生物・化学兵器の散布
[削除済み]※現在の文明レベルでは不可*
*規定期日までに消費量未達の場合、シナリオは自動的に改変されます*
*ご注意ください*】
アクィエラは画面に踊った「不穏な」文章を一読した後、事も無げに呟いた。
「……なんだ……“たったそれだけ”殺せば、ザルファン様のお傍にいられるのか……」
酷薄な共産主義者の女は、何の躊躇も無く「ENTERキー」を叩いた。
……
この異世界最初の「共産国家」アーガン人民共和国は、斯くして誕生した。
現実は改変され、「強制変更された血みどろの歴史」が地獄の産声を上げる。
そのことを知るのは世界でただ一人……アクィエラ・アクラコンだけ。
初代アーガン人民共和国内務人民委員会委員長となった彼女はその後、「消費要求生命体エネルギー」を僅か10年で「完済」。
「赤い帝国」の「高級貴族」となったアクィエラは、この世界を自分に「与えてくれた」正体不明の小型ノートパソコンを見つけ出し「収容」した。
……以後、このノートパソコンはアクラコン家の当主のみが存在を知り得る「異常物品」……通称「神の演算機」と呼ばれるようになる……
森林地帯の只中にあるその丘の名は「ベゼラ」といった。
はるか遠き古の時代、この地に住まう褐色肌の原住民・ダニーク人たちが森の魔物に対抗するべく築いた城塞砦が名前の由来である。
現代のベゼラの丘に古の砦はとうに無く、代わりにこの地……「祝福の大地」ファーンデディアを支配する超工業国家・ノルトスタントール連合王国が世界に誇る巨大な軍用滑走路を2本備えた大規模先進軍事基地が横たわっている。
そのベゼラ基地は今、さながら噴火しているかの如き猛烈な砲煙弾雨に晒されていた。
スタントールからの分離独立を目指すダニーク人たちの武装組織「ダニーク解放戦線」による総攻撃は、「陸」のみならず「空」からも繰り出されていた。
そのダニーク解放戦線「ベゼラ攻略軍」総勢約8万から成る大兵力の「精神的指揮官」こそ、美しき褐色の少女戦士……名をサーラ・ベルカセムと言う。
サーラは既に「憎き」ベゼラの丘の頂上に達し、輝く緋色の瞳で愛用の人民共和国製自動小銃の光学照準器を睨んでいた。
赤いドットが、敵王国軍白人兵士の焦燥に曇る顔面と重なる。
発砲。
強力な7.62mm弾は硝煙渦巻くベゼラの空気を切り裂き、若いスタントール兵の顔へ毎秒730mの超高速で突き進む。
完全被装甲弾はスタントール兵の眉間に命中し、ヘルメットを弾き飛ばして後頭部から血肉を伴い飛び出した。
負傷した仲間を物陰へと引っ張っていた兵士は反動で頭を仰け反らせ、糸の切れた人形のようにベゼラ基地滑走路のアスファルトに倒れ伏す。
サーラはさらに連続発砲。
今しがた殺害した兵士が助けようとしていたスタントール兵も容赦なく射殺する。
ものの数秒で2人の白人男性を殺した褐色少女は、硝煙燻る自動小銃を下げると周囲の解放戦線戦士たちへ向けて叫んだ。
「今だ!!このまま突破するぞ!!
私に続け!!」
「了解!同志サーラ!!」
周りのダニーク兵たちが呼応する。
サーラは身を隠していた基地建物の残骸から飛び出すと、全力で駆け出し、これに大勢のダニーク戦士らが続く。
……このベゼラ基地における解放戦線最終攻撃目標「地下中央弾薬庫」を目指して……
……
ベゼラ基地の「主」は、ここでもっとも高い建物である基地管制塔にて防衛戦の全体指揮にあたっていた。
刻々と変化する戦況は、基地守備隊や「腹心の配下部隊」である独立第305機械化歩兵大隊の各中隊よりの報告を基に、管制室中央に据え置かれた作戦テーブルにて部下の将校たちがペンで描いた矢印や赤と青の凸型の「駒」を用いて正確に指し示す。
ベゼラ基地の司令官ことダリル・マッコイ陸軍少将は、テーブルの戦況図と管制室の窓から双眼鏡で直に確認した状況を見比べながら、小型無線機で配下部隊に命令を飛ばす。
「レシア嬢ちゃん……サーラちゃんの主力部隊が滑走路から中央管理棟方向に転進した。
多分、また弾薬庫に行くつもりみたいだ。
今すぐ第1中隊の腕利きを連れて地下中央弾薬庫へ向かえ。」
ダリルの通信に、彼が最も信頼する「タンクスレイヤー」の女兵士が即座に応答する。
『あんだって!?あのクソ女、またあたしたちの“核”を盗むつもりか?』
するとダリルはニヤリと笑みを浮かべてレシアの応答に答えた。
「これは俺の予想だが、今回は盗みじゃなくて、爆破するつもりだろうな。
このベゼラを丘ごとまとめて宇宙まで吹っ飛ばす算段だと思うぜ。
……とにかく急げ、嬢ちゃん!」
このベゼラ基地には、「核保有国」であるノルトスタントール連合王国が有する「核兵器」に相当する兵器が備蓄されてある。
サーラは以前、「第一次ベゼラ基地攻撃作戦」時に解放戦線主要支援国・アーガン人民共和国の要請に基づいて少数精鋭の部隊を率いてベゼラに密かに潜入し、現在の攻撃目標である弾薬庫から「戦術核爆弾」を強奪したことがある。
その後、王国軍はベゼラの基地防衛力の大幅強化を図り、強奪を許した「地下中央弾薬庫」自体も隔壁を三重に増やすなどの対応策を講じてきた。
しかし、今回は多数の人民共和国製主力戦車を中心とした大規模な機甲部隊による文字通りの「総攻撃」である。
歩兵用火器の攻撃ではびくともしない強靭な隔壁と言えど、破滅的威力を誇る105mm戦車砲の直撃を受ければひとたまりも無い。
故にダリルは、大戦で無数の敵戦車を肉弾戦で屠ってきたレシアに「弾薬庫死守」を命じたのであった。
『レシア、了解!!今日こそサーラの息の根を止めてやる!!
第1中隊のクソ野郎共、あたしに続け!!弾薬庫でベルカセムを迎え撃つ!!
……補充兵のガキ共!テメェーら役立たずは、ここでダニグソを食い止めてろ!
ホルドレル!お前だけはついてこい!!』
「タンクスレイヤー」たる歴戦の王国軍女性兵士は、ダリルの命に決意を込めて応じた。
通信を終えたダリルが、一安心とばかりに再び双眼鏡で周囲を確認しようとした時。
管制室の端末に座る女性通信兵がダリルに「緊急事態」を告げた。
「ダリルさん!大変です!!南面防御陣地の基地守備隊第3歩兵中隊から、さらなるダニーク軍戦車部隊出現の警報!!」
「なんだって!?……守備隊第3中隊に繋げ!!」
血相を変えたダリルは、女性通信兵に「警報元」の部隊へのコンタクトを命じた。
しかし、女性通信兵は顔を曇らせて首を横に振った。
「そ、それが……警報の連絡があった直後、『敵の空襲が来る』との通信を最後に途絶しました……」
「マジかよ……北面の機甲部隊が主力じゃなかったのか……」
ダリルは双眼鏡の視線を南に向ける。
そこには、多数の黒煙が基地防御陣地から立ち昇っていた。
その上空ではダニーク解放戦線「空軍部隊」所属の人民共和国製汎用小型戦闘機数機が「近接航空支援」を行っている。
既に基地防護壁の一部が破壊され、数台の人民共和国製主力戦車が多数のダニーク軍歩兵を伴って「湧き出てくる」姿も確認できる。
レシアはじめとする歴戦の猛者揃いのダリル直属部隊……独立第305機械化歩兵大隊……は、敵攻撃主軸と判明した北面防御陣地への配置転換をついさっき完了したばかりだ。
今から再度南面へ向かわせても、手遅れである。
破天荒で天才型の軍略が売りのダリルであったが、今回は「当て」が外れまくっていた。
このままでは、ダニーク軍戦車によって基地滑走路が蹂躙されてしまう。
そんな危惧を抱いた基地司令の男に、ある意味で「追い打ち」をかける通信が入る。
『ベゼラコントロール。こちらマルセイユ01。
まもなく作戦空域に到達……交戦許可を。』
ダリルの額を冷や汗が伝う。
「マルセイユ01」とは、ダリルの旧友にして「王国空軍総司令」であるマルセル・アルベール上級空軍大将が「独断」でベゼラへ送り込んだ「本国」フェターナ方面軍所属の最精鋭ステルス戦闘機「灰色の亡霊」を配備したエース部隊指揮官のコードネームである。
スタントール「本国」の王都フェリスから、海を挟んだ「辺境」のファーンデディアはベゼラ基地まで「途中給油無し」のアフターバーナー全開で急行してきてくれたのだが、彼らが解放戦線空軍機を叩き落としてくれたら、直ちに滑走路へ着陸させて給油しなければならない。
さもなくば、非常に高価なステルス戦闘機およそ10機を「ガス欠」で失ってしまうことになる。
当然、ダリルと「独断」で部隊派遣を命じたマルセルの2人は、軍上層部や政府から責任追及を受けることになるだろう。
それだけではない。
ダリルは、マルセルに一生かかっても返せない壮絶な「貸し」を抱えるハメになる。
今後の飲み代は死ぬまで「ダリル持ち」になってしまう。
……目の前の戦いを生き残ることが出来れば、だが……
ダリルは通信の入った小型無線機を掴み、マルセイユ01へ応答する。
「こちらベゼラコントロール。マッコイだ。
マルセイユ01へ……交戦を許可する……ダニちゃんのコバエを叩き落としてくれ。」
『マルセイユ01、了解。交戦を開始する。』
精鋭ステルス戦闘機部隊リーダーとの通信を終えたダリルは、手にした無線機の通信周波数を切り替えて先日配備されたばかりの「新兵器」整備班班長を呼び出した。
「おっちゃん。ダリルだ。
例の“巨人”は動かせるか?」
基地司令からのダイレクト通信に、「巨人」整備班班長の男の野太い声が応じる。
『おうダリル!いつでも動かせるぜ!
……でもよ、コイツは第1戦車師団向けの機材で、パイロットがいないぞ?
どうする気だ!?』
班長の懸念に、ダリルは事も無げに答える。
「それならアテがある……今からソッチに行かせるから、乗せてやってくれ。」
ダリルはそう告げるなり班長との通信を切り上げ、またしても通信周波数を変更すると「パイロット候補」に直接通信する。
「……あー、ホルドレルか?俺だ。ダリルだ。
お前、今どこにいる?」
……
『システムオールグリーン。コンバットモード起動。
パイロット、氏名及び認識番号をコールしてください。』
女性型の機械音声が「起動」した旨を告げる。
ほぼ同時に、漆黒の闇に包まれていたコックピットに次々と明かりが灯った。
続いて、コックピット正面左右の180°を覆う最新型の湾曲式液晶ディスプレイに、「機体」頭部に備わった多機能外部カメラ3台が捉えた外の様子がリアルタイムで投影される。
映像には、「自身が搭乗する機体」の最終整備を行う頼もしい整備兵たちの姿が映し出されていた。
「機体」の正常起動を確認した「パイロット」の金髪黒目の青年が、先程の女性型機械音声に答える。
「ティーカ・ホルドレル。認識番号、FG417-13008799。」
「パイロット」となったティーカは、澱みなく己の名前と軍から付与された自身の認識番号を申し述べる。
数秒後、「搭乗機体」は彼を「正規パイロット」として認識した。
『……認証完了。ティーカ・ホルドレル少尉候補生をパイロットとして登録しました。』
その直後、機体は周囲の「戦闘騒音」や「敵の存在」を認識し、ティーカに「警告」を発する。
『警告。半径100メートル以内に人民共和国製戦闘兵器の存在及び複数の爆発音を検知。
……起動シーケンスを省略……パイロット、直ちに戦闘を開始してください。』
「了解。戦闘を開始する。」
前屈みの「待機姿勢」状態だった全長約5メートルの「鋼鉄の巨人」が嘶きが如き電動駆動音を伴い起立する。
今、ティーカ・ホルドレルが「搭乗」するは強大なる超工業国家たる「偉大な祖国」ノルトスタントール連合王国が世界に誇る新機軸陸戦決戦兵器……巨大強化外骨格である。
かつて「狂信的愛国者」デルバータが「初号試作機」を駆り、ロングニル首都ヴェンデンゲンで猛威を振るった「現代の重装騎士」の「初期量産機」が、ベゼラの危機を救うべく立ち上がった。
ティーカは「乗機」の命ずるままに左右の手に握ったサイドスティックを動かし、機体傍に置かれた「獲物」を掴んだ。
パワーアーマー専用の非常に強力な40mm速射対物機関砲。
元は海軍艦船用の対空機関砲をパワーアーマー仕様に改造した代物で、約200発の40mm徹甲榴弾が装填されたボックスマガジンに大型マニュピレーター用の銃把が備わっている。
見た目は分隊支援機関銃のそれであるが大きさは通常歩兵火器の10倍近く有り、人間はおろか屈強な体格を有するオークでさえ到底扱えない。
極めて強力な駆動機関と精密な動作が可能な高性能マニュピレーターを備えたパワーアーマーのみが使用し得る「火砲」である。
ティーカの駆るパワーアーマーは40mm機関砲の銃把を右手に握り、左手で機関砲銃身下部に備わったハンドカバーを抱え持った。
マニュピレーターとトリガーが電気的に連動し、安全装置が自動解除される。
それと同時に、ティーカの眼前に広がる液晶ディスプレイの画面下端に、装備した40mm機関砲の型式名と残弾数が緑色の文字で表示された。
画面には、それ以外にもバッテリー残量等の機体の状態に関するデータ、そして「敵」の存在を示す赤色の「ターゲットマーカー」等が表示されている。
コックピットに通信が入る。
『おい、坊主!調子はどうだ!?』
野太い男の声だ。
通信の相手は、この「鋼鉄の巨人」を完璧に整備してみせた優秀なベゼラ基地整備班を率いる班長である。
ティーカはすぐさま応答する。
「はっ!ルツェルン工兵大尉殿。全システム、異常ありません。」
『よしっ!なら、早速ぶちかましてこい!!ダニ野郎共を追い払え!!』
「イエッサー!」
整備班長ルツェルンに力強く返答するティーカ。
『野郎共!パワーアーマーが出るぞ!』
ルツェルンの指示が飛び、周囲で作業中の整備兵たちは手早く工具類を片付けると「鋼鉄の巨人」から離れた。
「出撃準備」が全て完了したことを確認した金髪黒目の若きパイロットは、左右のサイドスティックを同時に前へ倒して起立した機体を前屈みにさせる。
直後、スティック内側側面にある「ブースター点火ボタン」を両の親指で押し込んだ。
パワーアーマー左右足元のブースターが点火。
機体は勢いよく直進し、敵の砲撃で半壊し開閉不可能となった格納庫のシャッターを突き破った。
「戦場」へと躍り出る「現代の重装騎士」。
そこには、憎むべき武装した原住亜人の「暴徒」と奴等が駆る戦争機材が蠢いていた。
ティーカの操るパワーアーマーが出現するなり、付近にいたダニーク戦士たちに動揺が走る。
突如「巨人」が出現した格納庫の至近で作戦行動中だった人民共和国製兵員輸送車の車長を担うダニーク軍男性兵士が、すぐさま味方へ向けて「警報」を発する。
「け、警報!警報!!こちら、ケンタウロス7-9!
ベゼラ滑走路35L第4グリッド内の格納庫からパワーアーマー出現!!
繰り返す!こちら……」
その「警報」は途中で強制終了させられた。
格納庫から飛び出すなりティーカが放った40mm徹甲榴弾が、「ケンタウロス7-9」のコールサインを持つダニーク軍装甲車の側面に命中。
遅延信管内蔵の徹甲榴弾は「仕様通り」車両内部で炸裂。
装甲車のメイン武装である20mm機関砲搭載の回転砲塔は天高く吹き飛ばされ、車体に大破孔が穿たれる。
爆発炎上するダニーク解放戦線ベゼラ攻略軍所属の装甲車。
搭乗していた褐色肌の乗員5名は全員即死である。
『敵装甲車、撃破。』
パワーアーマーの女性型機械音声が抑揚のない声で「敵の死」を告げる。
ティーカは、今しがた撃破した敵装甲車に何ら感情を抱くこと無く、すぐさま次なる敵に照準を合わせた。
連続発砲。
「鋼鉄の巨人」は激しく炎上する敵装甲車の直ぐ隣を走っていた協商連合製小型偵察戦車へ40mm機関砲弾を正確に3発叩き込んだ。
爆発。
スタントールに敵愾心を抱く「西の経済大国」アペルダ協商連合がダニーク解放戦線へ無償供与した偵察戦車は、76mm戦車砲搭載の小型砲塔が木端微塵となった。
猛威を振るい始めた「巨人」を前に、装甲車や戦車に随伴しているダニーク歩兵たちは浮足立つ。
「あぁ、戦車が!逃げろ!!」
「な、なんてこった!小隊長の戦車がやられたぞ!」
「クソッ!!お前ら、落ち着け!!身を隠せ!!」
蜘蛛の子散らすようにダニーク兵たちは散開し、急ぎ付近の物陰へと退避を試みる。
だが、ティーカの駆る「巨人」に慈悲は無かった。
『パイロット。対人スマートミサイル、準備完了。
ターゲット12体、ロックオン。』
「発射。」
ティーカは淡々と音声で射撃を命じる。
その直後、巨人の両肩に装着された小型ミサイルポットの6連装発射口が「パカッ」と開き、左右合計12発の「対人ミサイル」が発射された。
ミサイルはロックオンした「人間」の熱源に向けて音速を超え飛翔。
「ぎゃっ!」
「ぶべっ!」
「ぐわっ!」
瞬く間にダニーク兵12人が肉片と化した。
僅か数分で、ティーカが「出現」した格納庫への攻撃を企図していた解放戦線一個機械化歩兵小隊が壊滅。
一時的に脅威が去ったことで、格納庫内で身を隠していた整備兵たちが歓声を上げる。
「やったぜ!あの若造、見事だ!」
「ざまぁみやがれ、ダニーク野郎!!」
「良い仕事だ!ホルドレル候補生!」
整備兵らの歓声に続き、「基地司令」からのダイレクト通信がティーカのコックピットに届く。
『おーい、ホルドレル。俺だ、ダリルだ。
よくやった。そのまま“お掃除”を続けてくれ。もうすぐ空の掃除も終わるからよ。』
「イェッサー!マッコイ将軍殿!
ホルドレル、了解!戦闘を継続します!」
基地最高指揮官からの直接通信に、生真面目なティーカは型通りの返答をする。
これにダリルはフランクに応じた。
『ハハッ!……次からはオッサンでいいぜ?“ティー坊”!
じゃ、よろしく!』
ダリルとの通信が終わるなり、「巨人」の音声がティーカに「敵接近」の警告を発する。
『パイロット。敵増援を確認。人民共和国製主力戦車“T-55”6輌、歩兵戦闘車“BMP-1”8輌、対空戦車“ZSU-23-4”5輌及び協商連合製偵察戦車“モスキートMark2”4輌と多数の随伴歩兵。
本機の破壊及び滑走路制圧が目的と推定。』
ティーカは黒い瞳に「祖国」に仇成す茶色い亜人への憎悪の炎を灯し、宣言した。
「戦闘を継続。全て撃破する。」
『了解。パイロット。』
「鋼鉄の巨人」は、迫り来る強大な敵機械化部隊を撃滅すべく再度ブースターを点火した。
……
ベゼラ基地の「心臓部」たる地下中央弾薬庫へと続く大型車両用スロープ内。
戦車でさえ余裕を持って行き交うことが出来る程に巨大な地下通路を、褐色肌の戦闘員たちが突き進む。
105mm戦車砲を備えた人民共和国製主力戦車2台を先頭に、ダニーク兵の随伴歩兵多数が通路の要所に設けられたスタントール軍防衛陣地を相次いで正面突破する。
そのダニーク軍部隊を指揮するサーラは、憎しみで燃え上がる緋色の瞳で愛用する自動小銃の機関部レールにマウントされた光学照準器を睨む。
赤いドットに、スロープ内警備ゲート詰め所を兼ねた簡易トーチカ内で固定式重対戦車ミサイルランチャーを操作していた白人男性兵士の顔が重なった。
発砲。
7.62mmライフル弾がスタントール兵の頭部に命中し、一瞬で命を奪った。
直後、サーラは照準を下げて叫ぶ。
「今だ、進め!これが最後のゲートだ!一気に突破しろ!!
戦車前へ!!トーチカを吹き飛ばせ!!」
「了解!!同志サーラ!!」
配下のダニーク戦士たちがサーラの叫びに呼応する。
今しがたベゼラ基地弾薬庫守備隊兵士を殺害した歴戦の褐色少女戦士のすぐ横を、無限軌道の嘶きを上げて味方戦車が進撃する。
押し潰した卵ような形をした砲塔が動き、105mm砲の砲口を通路中央に位置する上下式車両止め用遮断器を備えた詰め所兼用簡易トーチカに向ける。
トーチカ内に身を隠すゲート守備隊生き残りのスタントール兵が、焦燥も露わに小型無線機へ向かって「最悪の戦況」を伝える。
「こ、こちら弾薬庫守備隊第6歩兵分隊!ダニーク軍の攻撃苛烈!
……もう持ちこたえられない!後退す」
爆発。
人民共和国製主力戦車から放たれた対物榴散弾が兵士もろとも簡易トーチカを吹き飛ばした。
トーチカの残骸と兵士の肉片が散らばる。
その残骸を無慈悲に踏み潰し、サーラ率いるダニーク軍機械化部隊が「最終攻撃目標」目指して「決断的進撃」を続ける。
やがて彼ら褐色の戦士たちは、スロープの先に広がる巨大な地下空間を目にした。
ベゼラ基地地下中央弾薬庫正面隔壁ゲートエリア。
歩兵用携行爆薬程度では破壊不可能な分厚い鋼鉄製の上方開閉ゲート式隔壁が2メートル置きに三重も続く超工業国家の威信を賭けた「鉄壁」の「第一の壁」が聳える地下空間である。
しかし今、怒れる褐色肌の革命戦士たちはこの「鉄壁」さえも貫ける強力な主砲を装備した主力戦車を2台も引き連れている。
105mm戦車砲の徹甲弾による集中射撃が加えられれば、たとえ強靭な鋼鉄製隔壁であろうとも致命的破壊は免れないであろう。
集団の先頭を突き進む人民共和国製主力戦車の車長を担う30代のダニーク人男性戦士が、前線司令部である「ベゼラフロントネスト」に状況報告の通信を入れる。
「こちらゴブリン1-9。フロントネストへ。
我ら、地下弾薬庫前隔壁エリアにまもなく到達。現在、付近に敵影は……」
コールサイン:ゴブリン1-9は、前線司令部への報告を完了出来なかった。
主力戦車は大型通路から隔壁前地下空間に踏み入った直後、ゲート傍に停車している数台の王国軍大型輸送トラックの陰から突如出現した「敵」の放った携帯型対戦車ロケット弾の直撃を受けた。
ロケット弾は、戦車砲塔と車体の結節点であるターレットリングと呼ばれる「弱点」へ正確に命中。
大爆発。
押し潰した卵型の「労働者の国」製戦車砲塔は吹き飛び、「裏返した皿」が如き状態となって大破した。戦車の搭乗兵5名は全員即死であった。
今しがたダニーク軍戦車を撃破した「敵」……血のように紅い髪を爆風の余波で靡かせる歴戦の王国軍女性兵士レシアは、端正で美しい顔に壮絶な笑みを浮かべて「只の鉄筒」と化したロケットランチャーを放り捨てると、スリングを引っ張り背中に回していた愛用の分隊支援機関銃を両手に構えた。
そして叫ぶ。
「サァーラァーーッ!!今日こそぶっ殺してやる!!
こそこそ戦車の陰に隠れてないで、出て来やがれ!!」
女の咆哮に呼応するかのように、隔壁ゲート前の物陰や扉から続々と王国軍兵士たちが姿を現した。
レシアの雄叫びに、彼女の「宿敵」である褐色少女も答える。
「……レェーシィーアァーッ!!……絶対に殺す!!負けて死ね!!」
サーラは「味方戦車大破」により動揺する配下戦士を尻目に、炎燻る残骸と化した戦車の横を駆け抜け、人民共和国製自動小銃を構えて突撃した。
褐色少女が燃え上がる緋色の瞳で覗くレッドドットサイトに、「宿敵」紅髪女の姿が鮮明に映る。
照準の向こうでは、レシアも分隊支援機関銃の銃口をこちらに向けていた。
フルオート射撃。
サーラの放った7.62mm弾とレシアの5.56mm弾が音速を超えて激突する。
多数の「かち合い弾」が形成され、「融合」した鉛の塊が地下空間のコンクリート舗装の上に乾いた音を立てて散らばる。
「かち合わず」に行き交った弾丸はサーラとレシアの四肢を掠め、褐色と白色の女戦士の美しい肌に軽傷を負わせた。
「姐さんを援護しろ!!ダニ虫を殺せ!!」
「同志サーラに続け!!スタトリアに死を!!」
互いの女指揮官が熾烈な戦闘に突入してから数瞬の間を置き、ダニーク軍とスタントール軍双方の戦闘員たちも銃撃を開始した。
サーラ率いる「革命親衛隊」の戦士たちは、撃破された味方戦車の残骸や隔壁ゲート前エリアに残置された物資コンテナなどの遮蔽物に身を隠し、人民共和国製自動小銃や汎用機関銃を突き出して敵に向け斉射。
レシア率いる「独立第305機械化歩兵大隊第1中隊」の王国軍兵士らも、付近の物陰やゲート前に据え置かれた上下式鋼製簡易バリケードでカバーしつつ王国軍の基幹歩兵装備であるブルパップ式自動小銃のトリガーを引く。
激しい戦闘騒音がベゼラ基地地下中央弾薬庫隔壁ゲートエリアを覆い尽くした。
激戦の幕を切った2人の歴戦の戦士であったが、冷静に状況判断を下して既に最寄りの遮蔽物に身を隠しており、互いに「宿敵」とその配下兵へ向けて銃撃を繰り返しながら矢継ぎ早に味方へ指示を飛ばす。
「第2分隊!テメェーらは左から回り込んで、側面からダニ虫を叩け!!
ホフマン、援護しろ!撃ちまくれっ!!」
「了解!姐さん!!」
紅髪女の叫びが木霊し、配下兵士の力強い返答が続く。
「ゴブリン2-6!こちらゴブリン1!
ゴブリン1-9の残骸越しに徹甲弾を撃て!!隔壁に風穴を開けろ!!」
『こちらゴブリン2-6!了解、ゴブリン1!!』
褐色少女は肩に取り付けた小型無線機を掴むと、残った味方戦車である「ゴブリン2-6」に隔壁破壊を命じる。
レシアによって撃破された戦車の真後ろに「ゴブリン2-6」のコールサインを持つ人民共和国製主力戦車が配置につき、105mm戦車砲の砲身を正面の隔壁ゲートに向ける。
砲撃。
戦車砲身から強力な105mm徹甲弾が放たれ、次の瞬間には隔壁ゲートに命中。
耳を劈く鉄の激突音と鈍い衝撃が周囲を襲う。
徹甲弾は一撃で弾薬庫を守る「第一の壁」に直径数十センチに及ぶ破孔を穿った。
「いいぞ、ゴブリン2-6!!連続射撃だ!一気に隔壁を破壊しろ!!
歩兵は戦車を守れ!!奴等に2-6への攻撃を許すな!!」
「了解!同志サーラ!!」
サーラの叫び声が響き、すぐさま褐色戦士たちの力強い返答が続く。
敵であるレシアは「クソッタレの原住亜人共」への激しい憎悪を露わにし、美しい紺碧の瞳に強烈な殺意の炎が点火する。
「……クソッッタレがぁぁーーっ!!今すぐスクラップにしてやる!!
ダニグソのブリキ戦車あぁーーっ!!」
レシアは身を隠していた王国製軍用装甲自動車から飛び出し、背負っていた対戦車ロケットランチャーのスリングを引っ張った。
コンマ数秒で射撃準備を終えると、照準を敵ダニーク軍戦車「ゴブリン2-6」に合わせる。
発射。
強力な成形炸薬弾を弾頭に搭載したロケットが、発射と同時に飛翔用小型翼を展開し、音速を超えて人民共和国製主力戦車の砲塔に命中した。
爆発。
だが、ロケット弾は戦車に掠り傷を与えただけだった。
「畜生!!やっぱりダメかよ!!」
レシアは怒りに顔を歪ませる。
彼女の放った対戦車ロケット弾は、「ゴブリン2-6」の砲塔を覆うように配置された爆発反応装甲によって成形炸薬弾の爆発威力が分散され、実質的に無効化されてしまったのである。
今、レシアが持つ使い捨て型対戦車ロケットランチャーで敵主力戦車を撃破する為には、「ゴブリン1-9」の時のように、正確に弱点部位を狙わなければならない。
だが、その肝心の弱点部位であるところのターレットリング等は「ゴブリン1-9」の残骸が「盾」となって隠れてしまっている。
その為レシアは「ダメ元」で隠れていない砲塔を狙ったのだが、案の定、先の爆発反応装甲によって「無効化」された。
もはや敵戦車に肉薄してハッチをこじ開け、手榴弾を車内に叩き込むより他に無い。
しかし、それには目の前に立ちはだかる「最大の敵」サーラを倒さねばならない。
レシアは使い終わったランチャーを放り捨て、迅速に装甲自動車の陰に身を隠して「宿敵」の放った小銃弾を躱す。
次の瞬間、再び敵戦車の砲撃。
弾薬庫を守る「壁」に穿たれた破孔がさらに大きさを増す。
「あ、姐さん!ゲートがやべぇ!!……これ以上喰らったら、人が通れる穴が出来ちまう……あの戦車を黙らせないと!」
レシアの傍で身を隠す数名の部下の一人が焦燥も露わに「危機的状況」を告げる。
上官の紅髪女は部下のこの発言に不快感を覚え、思わず声を荒げる。
「うるせぇ!!テメェーに言われなくてもわかってんだよ!!
……第2分隊!側面から援護しろ!!
ホフマン!!お前ら腰抜けはこっからダニ野郎を撃ちまくれ!!
……あたしがあのクソ戦車を殺る!!」
レシアは怒りに身を任せ、分隊支援機関銃を構えると「突撃」した。
「あ、姐さん!?……クソッ!撃て!姐さんを死ぬ気で援護しろ!!」
彼女の傍にいた配下兵士たちは上官の無謀とも言える突撃に驚愕しつつも、慌てて遮蔽物から身を乗り出して援護射撃を開始した。
猛烈な銃撃が、大型通路からゲート前エリアに侵入したダニーク戦士たちに加えられる。
味方の放つ弾丸の雨の中を、豊満な乳房を揺らす「タンクスレイヤー」女が機関銃を乱れ撃ちながら疾駆する。
それを、歴戦の褐色少女戦士は真正面から受けて立った。
「レシアーーッ!!かかって来い!!相手になってやる!!」
「サーラーーッ!!地獄に叩き落としてやる!!」
両者、同時にフルオート射撃。
数十メートル先の敵へ向けて弾幕を放つ。
アドレナリンが脳内を満たし、互いの動体視力が極限まで高められる。
サーラはまるで舞うようにステップを踏みながら際どいところで機関銃弾を躱し、レシアは肌を掠める銃弾の「些末なダメージ」を無視して突き進む。
人民共和国製自動小銃の機関部から弾き出された7.62mm弾と、王国製分隊支援機関銃から排出された5.56mm弾の薬莢が、乾いた音を奏でながらコンクリート床を転がる。
ダニーク人の褐色少女とスタントール人の若い白人女の憎悪が、「ベゼラの丘」地下深くで激突する。
……
『パイロット、敵機械化部隊主力の撃破を確認。
残敵、後退します。』
女性型機械音声の無機質な声が、「パイロット」である金髪黒目の青年兵士の耳朶を打つ。
全長4メートル近い「鋼鉄の巨人」の周囲では、残骸となった人民共和国製主力戦車や装甲車両が黒煙を吐き、多数のダニーク人戦闘員の男女の骸が転がっている。
パイロットのティーカは、残弾0となった40mm速射機関砲の巨大なマガジンを右手のマニュピレーターを操作して取り外し、巨人の腰部にマウントされた弾倉を取ってリロードする。
油断なく「次なる敵」への備えを終えると、基地司令へ状況報告した。
「こちらタイタン01。ベゼラコントロールへ。
滑走路の安全を確保。繰り返す、滑走路の安全を確保。」
これに「ベゼラコントロール」ことダリル・マッコイ少将は喜びを露わに返信した。
『よっしゃあー!!完璧な仕事だぜ、ティー坊!!
今からマルセイユ戦隊が“お空”を掃除して着陸する!援護しろ!』
「タイタン01、了解。友軍戦闘機の着陸を支援します。」
ティーカがダリルへの返答をした直後、「巨人」がパイロットに警告を発する。
『警報。敵小型戦闘機からの対地レーダー照射を検知。
人民共和国製“MiG-21”4機が接近中。対空警戒。』
しかし、その警報は数瞬後に「無効」となった。
ティーカの駆る「タイタン01」へ向け、対地攻撃を試みようとしたダニーク解放戦線「空軍部隊」所属の小型汎用戦闘機に、音速を超えて短距離空対空ミサイルが着弾した。
上空で爆発。
4つの「花火」がベゼラの丘に咲いた。
その花火を掠めるように、漆黒の特別塗装で覆われたスタントール王国最新鋭の「ステルス戦闘機」10機が飛ぶ。
ステルス戦闘機部隊はそのままベゼラ基地上空を旋回する。
戦闘機部隊のリーダーがティーカとダリルへ向けて通信してきた。
『こちらマルセイユ01。ベゼラコントロール及びタイタン01へ。
基地上空の敵機は全て排除した……だが、もう燃料が限界だ。
これよりベゼラへの着陸を試みる。滑走路はクリアか?』
すぐさまダリルが返答した。
『こちらベゼラコントロール!滑走路はクリアだ!さっさと降りてこい!
油をたんまり用意して待ってるぜ!』
『マルセイユ01、了解。着陸する……タイタン01へ援護を要請。
ダニーク人共を俺たちに近付けないでくれ。』
援護を要請されたティーカもまた、直ちに王国空軍エースパイロットの通信に応じた。
『タイタン01、了解。滑走路で警戒に当たる。』
ティーカの返答から数分と間を置かずに、10機のステルス戦闘機「灰色の亡霊」が次々とベゼラの丘を走る滑走路へと着陸して来た。
時折、ベゼラに着陸するステルス戦闘機へ向けて基地の外から対空機関砲弾が散発的に撃ち込まれたものの、ベテラン揃いの「マルセイユ戦隊」の翼を掠めることさえ無かった。
最後の機体が無事に着陸し、誘導路へと滑り込む。
既にベゼラ基地整備班は、着陸を終えた「マルセイユ01」はじめとする「マルセイユ戦隊」の各戦闘機へジェット燃料の補給作業を行っていた。
ティーカの駆る「鋼鉄の巨人」は、滑走路脇の緑地帯で主兵装の速射機関砲を構え、次なる敵の出現に備える。
すると巨人の女性型機械音声が「敵と思われる存在の接近」を告げた。
『パイロット。基地防護壁の外、距離およそ1500の地点に未確認装甲車両の滑走路接近を確認。
データベースに当該車輛のデータ無し。敵の可能性大。
解析スキャン開始…………完了。
大型主力戦車……ロングニル製“第3世代型”主力戦車“レオパルドⅡ”に酷似。砲塔及び砲身の形状に大きな相違点有り。最大級の警戒……』
爆発。
ティーカの巨人左側脚部に「敵弾」が命中した。
巨人の音声と外部カメラに乱れが生じる。
『ザザッ!!……左脚部に直撃弾。装甲板及び油圧……ザッ……に重大な損傷。
脚部ブースターの使用不可。』
「……クソ、どういうことだ!?敵はまだ防護壁の外だろ?射程外じゃないのか?」
ティーカの疑問に対し、相棒の巨人は「新たなる敵」への追加解析を既に実施しており、パイロットに解析結果を伝える。
『……敵戦車砲身に強力な電磁プラズマ反応を検知。電磁加速砲と推定。』
「電磁加速砲だと?」
ティーカは幼年軍事学校で学んだ座学教育の内容を思い出した。
従来型の火砲と異なり火薬を使用せず、砲身全体に極めて強力な磁界を形成し、その電磁力を持って超高速で砲弾を撃ち出す新時代の先端兵器。
射程は従来型火砲の数倍に及び、貫徹力も比較にならない程絶大である。
レールガンであれば、敵の「未確認新型戦車」が基地防護壁をはじめとする障害物越しにこちらへ攻撃できたもの納得がいく。
そして、これは基地に着陸し給油中の味方ベテランステルス戦闘機部隊に対する最悪の脅威が出現したことも意味していた。
それを裏付けるように、ダリルからの通信が入る。
『ベゼラコントロールよりタイタン01……何があった?報告しろ。』
基地司令の声は至って冷静だ。
しかしそれは「気楽さ」を売りにする男が「本気」にならざるを得ない程、状況が悪化しているということである。
「こちらタイタン01。敵未確認戦闘車両の電磁加速砲らしき兵器による攻撃を受けました。
直ちに敵を排除します。」
『了解だ、タイタン01……スマンが、無茶してくれ。今、マルセイユの連中を守れるのは、お前だけだ。』
「了解、ベゼラコントロール。タイタン01、通信終了。」
ダリルとの通信を終えるなり、ティーカは残った右足のブースターを始動した。
損傷した左足を若干浮かせる曲芸的操縦で、一気に敵との距離を詰める。
マルセイユ戦隊を……否、ベゼラ基地を守るべく、「鋼鉄の巨人」は負った深手を無視して駆ける。
……
「クソッ!巨人の胴体に当たらなかった!次弾装填!急げ!」
「自由主義諸国の盟主」が無償供与してくれた「最新型試作戦車」の車内で、ダニーク人戦車長の男が精悍な褐色の顔に焦燥を浮かべる。
これに若い砲手の男が応じる。
「現在、砲身磁界チャージ率45%!次弾発射まで、恐らく2分は必要です!」
砲手を担う褐色青年戦車兵もまた、焦りを覚えていた。
たちまち戦車長は苦虫を噛み潰したような表情を露わにする。
リロードに「2分」は現代兵器が闊歩する戦場では「致命的遅さ」だ。
「なにっ!?ヤツはもうコッチに向かってるぞ!!
……こちら、オスマン1!フロントネストへ!
敵巨人の撃破ならず!巨人、健在!現在、こちらへ接近中!
レールガン次弾装填まで、援護を要請!」
戦車長は喉元の咽喉式マイクに右手を添えて解放戦線前線司令部を呼び出した。
すぐさま前線司令官のバシルが応じる。
『こちらベゼラフロントネスト。了解、オスマン1。ケンタウロス第3戦車小隊をそちらに急行させる。現状を維持せよ。』
「オスマン1」のコールサインで呼ばれる電磁砲戦車からの援護要請を受け、バシルは直ちに付近で作戦行動中の機械化部隊に即応を指示した。
「自由主義国盟主」ロングニル王国連合より半年前に「極秘」で供与された新型戦車が失われ、スタントール側の手に落ちるようなことがあれば、それこそ国際社会を巻き込んだ一大スキャンダルに発展しかねない。
なんとしても新型戦車を守らねばならない。
……
解放戦線の「基幹兵装」である人民共和国製兵器とはあまりに勝手が違う上に、「極北の半鎖国国家」の超先端技術を含んだ最先端ハイテク機器の塊たるこの「レールガン戦車」に関する解放戦線搭乗員の訓練は、現時点でとても十分なものとは言えなかった。
彼らが「初弾」でティーカの駆るパワーアーマーを撃破出来なかったのは、これが要因である。
それでも、斯様なリスクを承知の上で新型戦車を本作戦に投入したのは、なにがなんでも「今日、ベゼラを灰にする」というダニーク解放戦線の強い意志の表れでもあった。
……
「オスマン1」の周囲に展開する解放戦線歩兵部隊にも「フロントネスト」からの警報が届き、褐色肌の戦士たちは迫りくる「鋼鉄の巨人」に備えるべく対戦車ロケットランチャーを装備し、「占領」したベゼラ基地南面外縁防衛陣地の塹壕線に飛び込もうとしていた。
その時。
基地防護壁の向こう側から多数の小型対人スマートミサイルが飛来。
ミサイルは恐るべき精度を持って自由を求めて戦うダニーク人戦士たちの身体に命中し、「オスマン1」の随伴歩兵を一瞬にして殲滅した。
「な、なに!?まさか、もう巨人が……」
レールガン戦車のダニーク人戦車長が焦燥で顔を歪めた。
それとほぼ同時に、基地防護壁を飛び越えて「最悪の敵」が「オスマン1」の至近に降り立った。
土煙を纏う「現在の重装騎士」。
その威容を戦車砲塔内の電子機器を通じて目の当たりにした「オスマン1」戦車長は、部下の砲手に向けて声を荒げる。
「お、おい!!次弾装填はまだか!?」
「まだです!の、の、残り15%……」
若い砲手の男の声は震えていた。
たちまち「オスマン1」戦車長の顔が青ざめる。
「クソッ!……クソッ!!……後退だ!……後退しろ!!全速後退!!急げ!!」
『りょ、了解!!』
今度はマイク越しに戦車前方の操縦席に座る部下に慌てて命令を飛ばす「オスマン1」。
だが、巨人の方が早かった。
40mm速射対物機関砲の連続射撃。
何発もの徹甲榴弾が音速を超えて「敵新型戦車」の各所に叩き付けられる。
巨人を駆るティーカは、まず初撃で敵戦車左右の履帯を吹き飛ばして行動不能に陥れ、続けて電磁砲の砲身に砲弾を見舞った。
40mm弾の直撃を受け、超先端技術の塊である「電磁砲身」に破孔が穿たれる。
毎分300発の発射速度を有する巨人の機関砲は、履帯と主兵装を失った新型戦車に尚も容赦ない弾幕を放つ。
「こ、こ、こちらオスマン1!!行動不能!!行動不能!!し、至急救援……うわっ!!」
「オスマン1」からの通信は永遠に途切れることとなる。
巨人の機関砲が放った最後の1発が、大破した主砲の「ど真ん中」を捉え、40mm徹甲榴弾は「敵新型戦車」砲塔内部に突き刺さった。
強烈な衝撃がダニーク人戦車兵たちを襲う。
砲手の青年は、40mm砲弾の圧倒的質量の直撃を受けて上半身が粉微塵となり、彼の鮮血と肉片がハイテク機器だらけのレールガン戦車砲塔内部に撒き散らされる。
上官の戦車長もまた重傷を負っていた。
飛び込んできた敵巨人の砲弾は今、彼の「足元」にある。
下半身はズタズタに引き裂かれており、右足は千切れ左足は皮一枚で繋がっている有様だ。
精悍なダニーク人戦車兵の男の顔は苦痛と恐怖で激しく歪み、視線は砲弾に釘付けになる。
「あ、あ、あぁ……そんな……ダ、ダーナ様……お助けを……」
「オスマン1」がうわ言のように呟いた「土着神に救いを求める言葉」は、何処にも届かなかった。
直後、40mm徹甲榴弾の遅延信管が作動し炸薬に着火。
大爆発。
解放戦線レールガン戦車は、砲塔上部構造物を吹き飛ばして擱座した。
車体は瞬く間に真っ赤な炎に包まれ、黒煙が立ち昇る。
その様子を外部モニター越しに確認した「巨人パイロット」ティーカは、何ら感情を表に出すことなく淡々と上官へ報告した。
「こちらタイタン01。ベゼラコントロールへ……敵新型戦車、撃破。」
すると、休む間もなくダリルは「次なる至上命令」を下した。
『ベゼラコントロール、了解……スマン、ティー坊……次はレシア嬢ちゃんがピンチだ。
“みんな大好き”サーラちゃんが中央弾薬庫の隔壁を攻撃してる。
レシアの第1中隊が防衛に当たってたが、たった今、通信が途絶えた。
……超特急で中央弾薬庫に向かってくれ……』
これにティーカは一切の動揺を示すことなく返答した。
「タイタン01、了解。リョーデック大尉の援護に向かいます。」
燃え盛るレールガン戦車から踵を返し、基地へと向き直る鋼鉄の巨人。
腰部背面に備わったジャンプブースターを起動して基地防護壁を飛び越え、基地内へと舞い戻る。
その直後、再びダリルから「追加の命令」が入った。
『それと、ティー坊……絶対に死ぬなよ……
“コレ”が終わったら俺の秘蔵のウィスキーを御馳走してやる。
レシアと一緒に飲もうぜ。』
「……ホルドレル、了解……楽しみにしてます。」
破天荒な司令官の「追加命令」に思わず顔を綻ばす若き巨人パイロット。
ティーカは「2つの至上命令」……弾薬庫死守と「タンクスレイヤー」レシアの救出……を果たすべく、「生きている」片足のブースターを始動させて弾薬庫を目指して炎渦巻くベゼラ基地を疾駆する。
……
「ハァハァ……クソッ……クソがっ!!……うっくっ!……ハァハァ……」
深紅の髪を乱す女兵士レシアが、廃車同然と化した王国軍大型トラックの陰に隠れて荒い呼吸と共に悪態を吐く。
彼女の豊満な胸部を誇る屈強な肉体には複数の銃創が穿たれ、特に左脇腹に負った「宿敵」の拳銃弾による傷からはとめどなく血が流れ出ており、レシアの黄土色の王国陸軍標準野戦服左側からズボンにかけてを真っ赤に染め上げている。
視界が霞み、死神の足音が聞こえる。
その足音は幻聴などではなく、「宿敵」の褐色女がレシアの隠れ潜むトラックに忍び寄る軍靴の音であった。
レシアの「宿敵」、輝く褐色肌のダニーク人少女戦士サーラ・ベルカセムは、愛用の人民共和国製自動小銃の光学照準器を睨みながら慎重にレシアの下へ近付く。
サーラの両脇を、配下のダニーク人戦士の男女が固めている。
彼女の背後では、「最終攻撃目標」であるベゼラ基地中央弾薬庫を塞ぐ隔壁の「最後の一枚」を粉砕すべく、ダニーク軍「弾薬庫攻撃戦隊」所属の人民共和国製主力戦車が徹甲弾による砲撃を継続していた。
サーラは油断なく「自由を求める戦士たちの相棒」たる7.62mmライフル弾使用の堅牢な自動小銃を構え、無様にも手傷を負い物陰に隠れ潜む「憎き敵」に告げた。
「……出てこい、レシア……貴様の“彼氏”共は全員あの世に送ってやったぞ?
もうお前だけだ、クソ女……隠れてないで、私と戦え!」
サーラの言葉通り、レシア率いる独立第305機械化歩兵大隊第1歩兵中隊と所属部隊が壊滅して右往左往する基地守備隊兵士を掻き集めて急遽編成された「弾薬庫死守戦隊」は、指揮官レシアを除き全員戦死していた。
サーラ本人の圧倒的戦闘能力もさることながら、今回の「弾薬庫攻撃戦隊」そのものがダニーク解放戦線最精鋭部隊である「革命親衛隊」の中から一部「幹部クラス」を除いて選抜された戦闘経験豊富な戦士で構成されているに加え、レシアが破壊出来なかった主力戦車の「圧力」があまりに強かった。
ダニーク軍戦車は、主砲こそ隔壁破壊の為に用いて直接戦闘に使用しなかったものの、副砲の砲塔上部砲手ハッチにマウントされた14.5mm対空機関砲はその威力を遺憾なく発揮し、サーラたちを強力に援護してレシアの弾薬庫守備小隊を圧倒。
対空機関砲の支援を受けたダニーク軍戦士らは、敵弾薬庫守備部隊の王国軍精兵を一人、また一人と着実に撃ち倒した。
今や、配下兵士全てを失った王国軍史上最高の戦車肉弾戦撃破記録を誇る「タンクスレイヤー」レシアの命は風前の灯火であった。
身体のあちこちから流れ出る血液により、愛用する分隊支援機関銃を握る手の力も薄れていく。
「……あぁ……畜生っ!……ここまでかよ……
……クソ……お父さん、お母さん…………アニキ……
ごめん……あたし、ここまでみたいだ……」
レシアは覚悟を決めた。
機関銃のコッキングレバーを引き、確実に弾薬を機関部へ送り込むとトリガーに指をかけて身を隠すトラックの端から慎重に外を伺う。
憎き家族の仇の褐色女が手下を連れてほんの数メートル手前まで近付いていた。
……絶対に、あのクソ女だけは道連れにしてやる!
血の如き紅い髪を乱す王国軍女性兵士は、決意を胸に立ち上がると深呼吸をした。
「……サァーーラアァーーッ!!」
雄叫びと共に飛び出す。
だが、既にサーラはそれを予測していた。
レシアに「絶対的死」をもたらす人民共和国製自動小銃の漆黒の銃口が、そこにあった。
「レシア。負けて死ね。」
サーラが引き金を引く為、指に力を込めた。
まさにその瞬間。
大爆発。
弾薬庫隔壁前に陣取り、これを砲撃していたダニーク軍戦車が突如として爆発炎上した。
「なにっ!!」
サーラの意識が一瞬だけ自身の後方に位置する味方戦車の「異変」に捕らわれる。
その致命的隙をレシアは見逃さなかった。
照星の先にサーラとその手下の姿を捉える。
フルオート射撃。
サーラとその左右に侍るダニーク軍戦士に向け、レシアから5.56mmの「死」が叩き付けられる。
「うぐっ!!」
「うがっ!!」
サーラ配下の褐色肌男女戦士は瞬時に射殺された。
「ッ!!」
一方のサーラは、長年の戦闘経験で培った超人的反射神経をもって右側にあった資材箱の陰へ飛び込み、レシアの放った「必殺の銃弾」を辛くも回避。
しかし、2発が褐色少女の左腕と左肩に命中し、数発が彼女の鍛え抜かれた胴体を抉るように掠めた。
「グッ!!……クソがっ!!」
銃創が穿たれた左上腕部と肩から鮮血が噴き出し、脇腹や足に受けた「抉り傷」からも同様の出血が見られた。
「け、警報!!巨人出現!巨じ……ぎゃっ!!」
「総員退避!!退避しろ!!……うごっ!!」
「きゃああぁーーっ!ミ、ミサイルが……ぶべっ!!」
ダニーク人たちの阿鼻叫喚がベゼラ基地の地下空間に満ちる。
一体、何が起きた?
サーラは身を隠した資材箱からそっと様子を伺う。
するとそこには「破滅」が出現していた。
「鋼鉄の巨人」……ノルトスタントール連合王国陸軍汎用人型陸戦兵器「パワーアーマー」の初期量産機が、サーラ配下戦士たちに向け、小型スマートミサイルや頭部の左右に「耳」代わりに設置された分隊支援機関銃による攻撃を加えていた。
巨人の動きは洗練されており、戦闘経験豊富な筈の革命親衛隊「弾薬庫攻撃戦隊」のダニーク人戦士らによる携帯型対戦車ロケットの攻撃を難なく躱しては、逆にカウンター攻撃を食らわせて一方的に撃ち倒していく。
ダニーク軍主力戦車「コールサイン:ゴブリン2-6」は後部エンジンルームから激しい炎を噴き出して擱座しており、その傍らには当該戦車破壊に用いたと見られる40mm速射機関砲が放り投げられていた。
巨人の主兵装として猛威を振るった40mm機関砲も、連戦に次ぐ連戦で「ゴブリン2-6」を撃破後に残弾0となり、一時的に放棄されたのである。
これで「身軽」になった巨人は、左脚部の損傷をものともせずに基地中央弾薬庫ゲート前地下空間を縦横無尽に動き回り、「野蛮な褐色肌の原住亜人」共を文字通り圧倒した。
その光景を、2人の女が全く正反対の感情を抱きながら見ていた。
レシアは巨人の活躍に「希望」を見出し、サーラは次々に骸と化していく同胞たちの姿に「絶望」を感じた。
「お、おい……なんだよコイツ……かっこいいじゃねぇか……」
あまりにも圧倒的な巨人の「活躍」を前に、レシアは思わず棒立ちになっていた。
柄にもなく紺碧の美しい瞳を細めて歓喜の涙を見せる。
そんな無防備な背中を見せる「宿敵の女」に、褐色の少女戦士は手出しが出来なかった。
サーラは本能的に理解していた。
今ここで少しでも身を乗り出せば、次の瞬間、音速を超えて対人小型ミサイルが飛来し木端微塵となってしまうであろうことを。
故にレシアを殺す「絶好のチャンス」を前に、物陰に身を隠す他無かった。
そんな状態に陥ったサーラの肩に取り付けられた小型無線機に「味方前線司令部」から「遅過ぎた警報」が届く。
『こちらベゼラフロントネスト!ゴブリン戦隊に緊急警報!!
巨人が弾薬庫方向に向かってるぞ!大至急、迎撃準備を!!』
もはやその「ゴブリン戦隊」は、予想を遥かに上回る速度で奇襲してきた巨人によってサーラ一人となっていた。
サーラは無線機を掴み、「前線司令部」のバシルに向けて「最悪の戦況」を伝えた。
「……こちらゴブリン1……弾薬庫攻撃戦隊ゴブリン、巨人の奇襲攻撃で壊滅。
……生き残りは私一人だけだ。」
これにバシルは焦燥も露わに返答する。
『なっ!!なんだって!?
……あぁ……クソッ!遅かったか……ゴブリン1、すまない。
最優先でそこから離脱してくれ。
支援の為にベゼラ攻略軍の残存部隊全てをそちらに急行させる。
だから…………絶対に死ぬな!』
何とか平静を保とうとしたバシルだったが、最後の一言には強い感情がこもっていた。
バシルの通信の直後、サーラの腹心「革命親衛隊装甲兵団指揮官」であるヤシュクが連絡してきた。
『おい、サーラ!無事なのか!?
……いいか、バシルも言ったが絶対に無茶すんじゃねぇぞ……
今、アスランとアネットの機械化歩兵戦隊がソッチに向かってる。何とか合流してくれ!』
ヤシュクは解放戦線の精鋭部隊である「革命親衛隊」の中でも特に古参戦士からなる「最精鋭部隊」を救援に向かわせた旨を伝える。
しかし、サーラはこれに懸念を抱いた。
相手はあの巨人である。
しかもパイロットは相当に優秀だ。
同じく手練ればかりを揃えた解放戦線「弾薬庫攻撃ゴブリン戦隊」を一瞬にして壊滅してみせた。
これ以上の損害はもはや看過できない。
それだけではない。
巨人がわざわざ地下深くの弾薬庫まで来援「できた」ということは、地上の戦闘は解放戦線側にとって相当不利に傾いているのではないか?
つまり……もう「潮時」だ。
歴戦の革命少女戦士は、今次ベゼラ基地攻防戦全体の戦況を冷静に分析し、「兵団指揮官」に援軍拒否と合わせて確認を取る。
「……ヤシュク……私に構うな……
あの巨人が弾薬庫にまで現れたということは、外の戦況は厳しいのだろう?」
これにヤシュクは数瞬ほど躊躇いの沈黙の後に、現在の「苦しい戦況」を「解放戦線精神指揮官」に報告した。
『……あぁ、正直言って押されてる……パワーアーマーのせいで、ケンタウロス部隊に大損害が出た。他にも北面陣地から基地内に戻ってきた305の連中が暴れてやがる。
それに……ウチの戦闘機も敵のステルスに全部叩き落とされた……加えてついさっき、北のデルカン空軍基地から大型爆撃機の編隊が出撃したらしい。
悔しいが……今すぐにでも撤退しないと全滅だ……』
「……クソ……」
サーラは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて小さく悪態を吐いた。
今回のベゼラ攻略に、解放戦線は保有する軍事戦力の中でも「最新・最精鋭」の主力軍を文字通り「全力投入」した。
しかし、ベゼラの「堅き壁」を超えることは出来なかった。
忌々しい鋼鉄の巨人に、スタントール本国から急行したステルス戦闘機という圧倒的な敵側最先端戦闘機材は、数に物を言わせて襲来した「原住褐色亜人」の軍勢を見事に捌いてみせた。
虎の子とも言える解放戦線空軍部隊も壊滅した今、制空権を完全に掌握した王国軍は、ついに解放戦線野戦軍の撃滅を目的に大型戦略爆撃機を投入したのである。
この爆撃機部隊がベゼラに到着すれば、自由を求めて戦う全てのダニーク人戦士の頭上に「空」が落ちてくる。
一刻も早く、攻撃発起点であるベゼラ地方原生林地帯の地下拠点や「物理的飛行制限」のある安全な基地南部方面に退避しなければならない。
……またしても、ベゼラを滅ぼせなかった……
物陰に隠れ潜みながら、サーラは溢れ出る悔しさを押し殺して決断を下す。
「ヤシュク……ベゼラ攻略軍全軍に命令だ……
……総員、撤退……撤退だ……
私は何とか一人で脱出する……」
『サ、サーラ!馬鹿言うな!巨人がいるってのに、どうやって一人で脱出を……』
「ゴブリン1、通信終了。」
サーラは自身の無茶を咎めようとするヤシュクの返答を遮って通信を終える。
物陰からほんの少しだけ頭を出して外の様子を慎重に窺う。
「解放戦線中央弾薬庫攻撃戦隊」を殲滅した巨人が、ゆっくりとサーラが隠れ潜む資材コンテナに近付いてくる。
……もはやこれまでか……
サーラは死を覚悟した。
だが、思わぬ好機が訪れる。
サーラに無防備な背中を見せて巨人の「活躍」に涙していたレシアが、突然倒れたのだ。
……
「リョーデック大尉!!」
巨人パイロットである金髪黒目の青年、ティーカがコックピット内で叫ぶ。
直後、座席右端にある「前面ハッチ解放レバー」を引いた。
『コックピット、解放。待機モードに移行します。』
パワーアーマーの女性型機械音声によるアナウンスの直後、ティーカの視界を完全に覆っていた外部カメラの映像を映し出すディスプレイから光が消え、圧縮空気の抜ける音と共に上方へスライド。
硝煙と血の匂いに塗れた中央弾薬庫ゲート前地下施設の澱んだ空気が、青年パイロットの全身を包む。
鋼鉄の巨人は前屈みの姿勢となって動作を停止。
ティーカはハーネス型の座席ベルトを手早く外すと、コックピット左側面のウェポンラックに仕舞っていた自身のブルパップ式自動小銃並びに座席下の救急医療パックを掴んで飛び出した。
すぐさま倒れたレシアを介抱し、応急処置を試みる。
「リョーデック大尉!大丈夫ですか!?」
歴戦のタンクスレイヤーの顔は青ざめ、呼吸も細くなっている。
身体の各所に負った銃創から流れ出たことで失われた大量の血液によって、もはや立っていることさえままならなくなったようだ。
ティーカに抱きかかえられえたレシアは、徐に閉じていた紺碧の瞳を開いた。
「……お、お前……ホ、ホルドレルか……
……ふふっ…………すげぇな、お前……」
苦痛に顔を曇らせながらも、レシアはその美顔に微笑みを浮かべる。
血塗れになった右手で、愛おしそうにティーカの顔を撫でる。
ティーカは彼女の右手を両手で握り返しながら上官の白人美女を励ました。
「リョーデック大尉……お気を確かに。直ぐに衛生兵の下へお連れしま……」
その時、ティーカとレシアは共に殺気を感じ取った。
巨人が一時的に活動を停止した絶好の機会を見逃さず、「宿敵」の褐色女テロリストが物陰から飛び出して人民共和国製自動小銃の銃口をこちらに向けてきた。
瞬時にティーカも反応する。
目にも止まらぬ早さで背中に回していた王国製ブルパップ式自動小銃のスリングを引っ張り、アイアンサイトの向こうに憎むべき褐色の殺人鬼の姿を捉えた。
サーラ、ティーカ、同時に発砲。
人民共和国製7.62mm 完全被装甲弾と王国製5.56mm 完全被装甲弾がベゼラ地下の空気を切り裂き激突。
強烈な金属の衝突音を伴い、弾丸は完全に融合してしまった。
「……サーラ・ベルカセム!!」
「巨人パイロット!!仲間の仇!レシアと一緒に殺す!!」
褐色少女戦士と王国軍青年兵は、互いを「最優先抹殺目標」と定めて激しい戦闘に突入した。
ティーカはレシアのコンバットハーネスを引っ張りつつ、トリガーを引き絞りながら至近の資材箱に駆け寄る。
これにサーラは迫りくる敵弾を横に転がりながら回避し、姿勢を崩しながらもカウンター射撃を見舞う。
銃弾が2人の王国軍兵士の至近に降り注ぐも、然るべき射撃体勢を取らずに発砲したせいで命中弾は無かった。
ティーカはレシアを安全な物陰に退避させると、迅速に救急医療パックを広げて彼女に止血等の応急医療処置を施した後、顔を紅潮させて紺碧の瞳を潤ませる紅髪の女将校に告げた。
「大尉、こちらでお待ちください。すぐにベルカセムを始末します。」
「……あ、あぁ……わかったよ……」
レシアは赤面しながら辛うじてそう答えた。
直後、ティーカは頷きを返す暇すら惜しみ、ブルパップ式自動小銃を構えて資材箱から飛び出した。
走りながらのフルオート射撃。
褐色の女テロリストに殺意の弾丸を叩き込む。
サーラは巧みにステップとフェイントを組み合わせてティーカの放った「殺意」を際どいところで躱し、傍らの擱座した王国軍大型トラックに身を隠す。
コンマ数秒でリロードし、すぐさま大破したトラックの陰から自動小銃を突き出して反撃の銃弾をティーカに見舞う。
元少年レジスタンスの青年兵はそのまま銃弾の雨の中を突っ走り、ゲート前の簡易バリケードに飛び込んだ。
愛機のパワーアーマーまであと少し。サーラに牽制射撃を加えつつ迅速に鋼鉄の巨人の下へ戻り、「再搭乗」しなければならない。
もう一度パワーアーマーに戻りさえ出来れば、ここで「王国史上最悪の褐色殺人鬼」を簡単に始末できる。
一方の「褐色殺人鬼」ことサーラもまた、間髪入れず身を隠していたトラックから走り出す。
敵王国青年兵が飛び込んだバリケードへ断続的に銃弾を浴びせながら、「次の目標」へと接近する。
コックピットを開放して前屈の姿勢で待機する「無防備な」鋼鉄の巨人。
サーラはこれを無力化するつもりだ。
褐色の歴戦少女戦士は、走りながら自身のコンバットハーネスの留め金に差した協商連合製焼夷手榴弾を手に取る。
解放戦線の新たな「支援国」アペルダ協商連合国が無償供与してくれた極めて強力な火炎を発する新型の焼夷手榴弾。
いかなる資機材も、この手榴弾にかかれば一瞬にして消し炭と化してしまうが、強力な複合装甲に守られた巨人へ無闇にそのまま投げつけても、精々焦げ跡をつけるのが関の山だろう。
だが今、敵の巨人兵器は脆弱なコックピット部分を曝け出して「待機中」だ。
そこに焼夷手榴弾を投げ込めば、内部精密機械に致命傷を与えられる。
もしこの絶好の機会を逃し、敵王国兵が巨人に再搭乗すれば、いかにサーラとて瞬殺されてしまう。
無論敵であるティーカもそのことを理解しており、サーラに銃弾を見舞いながら懸命に自機へ戻ろうとしているのだ。
しかし、歴戦の褐色少女戦士の方が先に辿り着いた。
ティーカは焦燥を顔に浮かべてバリケードを飛び越えると、ブルパップ式自動小銃を構えながら全力で駆ける。
「サーラ・ベルカセム!!……させるか!!」
ティーカは叫びながら引き金にかけた指に力を込めた。
全く同時にサーラは安全ピンと発火レバーを弾き飛ばした焼夷手榴弾をコックピット内部へと投擲し、踵を返して至近の物陰へ全力疾走。
爆発。
激しい炎が噴き上がり、一瞬にしてパワーアーマーのコックピット部を紅蓮の炎が飲み込んだ。
「……ハハハッ!!ざまぁみろ、スタトリア!お前の大切なオモチャをゴミにしてやったぞ!」
サーラは飛び込んだ資材箱の陰から、ティーカを嘲笑しながら叫んだ。
青年王国兵の黒い瞳に、無残に焼け落ちる愛機の姿が刻まれる。
だが、歴戦の元レジスタンス少年兵に一切の動揺は生まれなかった。
自動小銃の銃把から右手を離し、腰の弾帯ベルトから手榴弾を取り出した。
目にも止まらぬ速さで安全ピンと発火レバーを外すと、走りながらサーラの潜む資材箱へと投擲。
サーラの足元に手榴弾が転がり込む。
「!!」
咄嗟にその場から飛び離れる。
爆発。
爆風の衝撃と対人殺傷用の破片が褐色少女兵を襲う。
身体のあちこちを手榴弾の破片が抉り、全身から血が噴き出す。
「ぐっ!!クソッ!!」
辛くも受け身を取り、すぐに体勢を整える。
そこへ、ティーカのフルオート射撃。
息つく間もなく襲い掛かる王国製5.56mmライフル弾の雨。
だがサーラは側転を駆使して「必殺の弾丸」を際どいところで躱し、全力で走る。
「ッ!……もう潮時か……」
サーラは冷静に状況判断を下し、ベゼラから脱出すべく地上の出口を目指し「来た道」であるスロープを駆け上がる。
「……逃がすか……」
ティーカもまた、残弾0となった自動小銃の弾倉を取り外してリロードしながら、逃走を図る宿敵の後を追う。
……
激しい銃撃の応酬がベゼラの丘地下深くで繰り広げられる。
大型主力戦車すら容易に行き交うことの出来る地下通路で、2人の若い男女が文字通りの「死闘」を演じていた。
地上を目指して通路を駆け上がる褐色の肌に燃え盛る緋色の瞳を宿した少女を、金髪「黒目」の白人青年が執拗に追跡する。
その青年……ティーカの黒い瞳が、祖国が世界に誇る新型ブルパップ式自動小銃のアイアンサイトの先に、宿敵の「テロリスト」サーラ・ベルカセムの背中を捉えた。
3点バースト射撃。
だが、サーラは超人的なまでに研ぎ澄まされた戦士の嗅覚を持ってこれを察知し、通路内に置かれた小型資材コンテナの陰に隠れて敵弾をやり過ごす。
そして、間髪を入れずコンテナから身を乗り出して愛用の人民共和国製自動小銃を構え、反撃の銃弾を叩き付ける。
サーラの放った7.62mm弾は、ロクに狙いを定めなかったことが災いし、ティーカの足元や至近の壁にめり込むだけだったが、「追跡者」の足止めには十分な効果を発揮した。
ティーカは通路上に停車中の王国軍軽装甲自動車の背後へと退避を余儀なくされる。
「……クソ……」
短く悪態を吐くティーカ。
サーラとの「追いかけっこ」が始まって既に、王国製5.56mmライフル弾が30発装填されたバナナマガジン1つを使用してしまった。
先程のバースト射撃で、ちょうど「2つ目」の弾倉が空となった。
残りのマガジンは1本。これで「ヤツ」を仕留めなければならない。
ティーカはベテラン王国兵すら舌を巻くほどの手際良さでリロードすると、軽装甲自動車から頭を出してサーラの様子を伺う。
次の瞬間、数発の人民共和国製7.62mm弾がティーカの「盾」たる軍用自動車の車体に命中。
すぐさま頭を引っ込める。
サーラはその隙を逃さず、潜んでいたコンテナから飛び出してスロープを駆け上がった。
ティーカも敵を追う為、自動車の陰から出て走る。
するとティーカの小型無線機に「戦友」から通信が入った。
『おいティーカ!今どこにいる!?
俺たちは第2中隊と一緒にスロープを降りてるとこだ!』
通信の主は幼年軍事学校の同期で「親友」のアレン・デルバータだ。
彼とティーカをはじめとした10人程の若き「補充兵」たちは当初、レシア率いる第1中隊へ「臨時配属」となったが、ベゼラ基地司令ダリルがレシアの第1中隊に地下中央弾薬庫死守を命じた際、中隊長よりティーカ以外は「足手まとい」と見做され、基地守備要員として残置されていたのである。
その「同期」たちが、305大隊第2歩兵中隊と共にサーラが目指す「出口」から増援として入ってきたようだ。
ティーカは褐色女テロリストの背中を追いかけながら、小型無線機を掴んで「親友」へ応答する。
「アレン……今、サーラ・ベルカセムがお前たちの方へ向け逃走中だ。
俺はヤツを背後から追撃している……挟み撃ちにするぞ!」
ティーカの通信に、アレンは驚きつつも力強く返答した。
『なんだって!?……了解だ!!ここをアイツの墓場にしようぜ!!』
「あぁ……もうまもなくそちらと“会敵”する筈だ。気を抜くな。
ホルドレル、通信終了。」
ティーカは無線機を仕舞うと、敵との距離を詰めるべく緩やかなカーブを描くスロープを全力で走る。
やがて前方から複数の軍用車両のエンジン音と軍靴の音が響いてきた。
それはティーカにとっては「祝福」、サーラにとっては「破滅」を意味する音である。
破滅の音が響いてから数分の後、褐色少女の緋色の瞳に「戦車の砲身」が飛び込んできた。
地上へと続くスロープの緩やかなカーブの先から姿を現した「砲身」は、間を置かずして「主」がその威容をサーラに見せつけた。
スタントール王国陸軍が世界に誇る「第3世代型」主力戦車。
大戦では女王自ら率いる「ネタリア機械化騎士団」に優先配備されて初陣を飾り、オークの頑強な戦車部隊やイェルレイム共和国軍戦闘車両を文字通り圧倒。
大戦終結から5年以上が経過した今、恐るべき超工業大国陸軍の主力機械化部隊への配備はほぼ完了しており、「ファーンデディアの精鋭」の誉れ高い305大隊にも本車輛が配備されていた。
ダニーク解放戦線が保有する105mm戦車砲搭載の人民共和国製「第2世代型」主力戦車をあらゆる面で凌駕しており、数的優位に立つ解放戦線ベゼラ攻略軍が苦境に陥った背景には、ティーカの「鋼鉄の巨人」の猛威もさることながら、305大隊が有するこの「第3世代型」新主力戦車の「活躍」に依るところも大きかった。
「……クソッ!!」
サーラは咄嗟にスロープ側面の補強柱目掛けて飛んだ。
砲撃。
「偉大なる工業王国」が世界に誇る長砲身120mm滑腔砲が咆哮し、対物榴散弾が一瞬前までサーラがいた通路の床に炸裂。
「ぐはっ!!」
爆風が歴戦の褐色少女戦士を襲い、サーラの身体はスロープ壁面に叩き付けられた。
だがサーラは身体中から脳へと伝達される痛みを全て無視し、愛用の人民共和国製自動小銃を構えて立ち上がる。
今しがたサーラを「砲撃」した戦車の両脇から、続々と305大隊所属の王国兵がブルパップ式自動小銃や分隊支援機関銃を手に出現し、通路の壁に背を預けながら立つ「褐色殺人鬼」に銃口を向けた。
その反対側からは、スロープを駆け上がりながら同じく王国製ブルパップ式自動小銃を構えたティーカがサーラへと迫る。
もはや絶体絶命の状況。
しかし、サーラの「戦士の本能」は五感を極限まで研ぎ澄ませた。
アドレナリンの過剰分泌が始まり、彼女の周囲の時間はスローモーションのように緩慢となる。
「活路」を求める緋色の瞳は、先程の主力戦車が放った砲撃により穿たれたスロープ中央の「大破孔」へと注がれた。
……たしか、作戦開始前に確認したベゼラ基地の構造図には、スロープ直下に排水管があったはず……
少女はその脳細胞に刻まれたあらゆる情報を引き出し、瞬時に「活路」を見出した。
ほぼ同時に身体も動く。
サーラは背後の壁を蹴り、地面を滑るように飛んだ。
直後、王国軍兵士らによるフルオート射撃。
褐色少女の左右から必殺のライフル弾の雨が注がれる。
だが、サーラの脚力は瞬間的かつ爆発的な膂力を発揮し、敵王国軍兵士らの放った弾丸を悉く躱した。
スロープの床面に穿たれた大破孔に飛び込むサーラ。
激しい水の音と飛沫が舞う。
「おのれっ!!ベルカセムッ!!」
ティーカは顔を顰め、宿敵の褐色殺人鬼が飛び込んだスロープの穴へと駆ける。
同様に、アレンはじめとする王国軍兵士たちもサーラが飛び込んだ床面の穴に殺到。
そこには、ベゼラ基地の地盤から染み出した地下水や雨水、各種汚水を排出する大型排水函渠があった。
コンクリートU字型函渠の中を、轟々と音を立てて濁った水が流れているだけで、既にサーラの姿は確認できない。
ティーカは何の躊躇も無く手にしたブルパップ式自動小銃のトリガーを引き絞り、函渠内の排水に残った弾丸全てを叩き込み、トドメに手榴弾も投げ込んだ。
周囲の王国兵らもティーカに続いて銃弾や手榴弾を叩き込む。
だが、ティーカはこれらの行為が全くの無駄であると理解していた。
「……」
漆黒の瞳で「ダニーク人テロリスト」が飛び込んだ函渠をじっと見つめる。
……逃がしたか……
この上ない悔しさが若き王国兵の心を支配する。
そんなティーカに、親友のアレンが興奮気味に声を掛けてきた。
「な、なぁ、ティーカ!こんだけ弾と手榴弾ブチ込んだら、あの女もくたばったよな!?」
高揚した笑みを浮かべる金髪碧眼の名門貴族出身の戦友に、苦渋の表情を向けるティーカ。
「……いや、恐らく効果は無い……俺は……ヤツを始末する絶好の機会を失った。
マッコイ将軍やリョーデック大尉に顔向け出来ない。」
そう呟いたティーカの背後に、血のように紅い髪を揺らす女性兵士が近付いてきた。
レシアである。
美しい顔に険しい表情を浮かべた「タンクスレイヤー」の女兵士は、サーラが飛び込んだ函渠を睨むティーカに、いきなり背後から抱き着いた。
「なっ!?」
突然の「奇襲攻撃」に戸惑う青年。
上着のボタンが外れており、露わとなった豊満な乳房の谷間がティーカの背中と密着する。
レシアの紺碧の瞳は熱っぽく潤み、顔の表情は険しいままだが真っ赤に紅潮している。
「……お前……あのサーラとガチで殺り合ったのに、傷一つ負わなかったみてぇだな……
……ふふ……スゲェな……お前みたいな男に会ったの、初めてだよ……」
レシアは、抱き着いた青年兵士の身体を愛おしそうに触りながら耳元で囁いた。
最初こそ動揺したティーカだが、やがて大任を果たせなかった不明を冷静に恥じた。
「……リョーデック大尉……自分は、ベルカセムを始末できるチャンスを掴みながら果たせませんでした。
……申し訳ありません……」
するとレシアは、その端正な美顔をティーカの横顔に近付けた。
紅潮する顔は、険しい表情からトロンとした微笑みに変わっている。
青年兵士とベテラン女性兵士の互いの頬が触れ合う。
「……ふふふっ……本当にわりぃと思ってんなら……そうだな、あたしとキスしろ。」
「……大尉殿?なにを……」
突然のレシアの「命令」に、未だ女性経験の無い青年は再び軽い動揺を覚えた。
ティーカの口に、レシアは容赦なく己が唇を重ねようとした。
金髪黒目の美青年と紅髪碧眼の美女の唇が触れ合う寸前で、ティーカの小型無線機に通信が入った。
『おーい、ティー坊!よくやった!さっき第2中隊から報告を受けたぜ!!
約束通り俺の部屋に来い!酒、奢ってやるぜ!!』
ベゼラ基地の「主」であるダリル将軍からのダイレクト通信だ。
ティーカのファーストキスを奪い損ねたレシアは露骨に不機嫌な表情となり、ティーカの小型無線機をひったくると「邪魔者」に怒りをぶつけた。
「オッサン!!今、スゲー“良いとこ”だったんだぞ!!
台無しにしやがって!!オッサンの酒、全部飲み干してやる!!」
これに「オッサン」呼ばわりされたダリルは笑いながら応じた。
『おっ!?なんだよ……ティー坊と一緒かよ、レシア嬢ちゃん!
ちょうどダニちゃんたちも、ウチの爆撃機にビビリ上がって逃げ出したとこだ。
……“終わった”ぜ!……今すぐ俺の部屋に来い!最優先命令だ!』
ダリルはそう告げるなり一方的に通信を切った。
破天荒な基地司令の言う通り、味方空軍戦略爆撃機部隊の到着を前に敵は全面撤退し、時を同じくして地上の戦闘も「終わった」ようだ。
「ケッ!最優先命令だとよ、ホルドレル!おら、行くぞ!!」
「……了解、大尉殿……」
レシアはティーカの腕を引っ張り、残敵警戒や残骸撤去を始めた味方王国兵を尻目に、ダリルの部屋へと走り出した。
斯くしてベゼラ攻防戦「第二幕」は、再び解放戦線側の敗北として幕を閉じたのであった。
……
ベゼラ基地東面の断崖。
基地内の排水函渠から集まった各種排水が放出される大型排水口が切り立った岩盤の下に複数設けられており、今回の攻防戦では、その地形的特徴から解放戦線側の攻撃に晒されず「戦場」とはならなかった。
格子状の金属製侵入防止扉が新設された排水管渠の一つに、「内側」からずぶ濡れの戦闘服姿をした満身創痍の褐色少女が現れる。
その少女……サーラは残った力を振り絞り、格子扉を全力で蹴った。
彼女の驚異的な膂力の直撃を受け、取っ手のレバーハンドルは破損し蹴破られる。
「……ハァハァ……ハァハァ……」
荒い呼吸を吐くサーラ。
激戦で負った傷と「死地」からの逃亡で体力を使い果たし、今の扉破壊で残った僅かな力も失われる。
愛用の人民共和国製自動小銃を杖替わりにし、ザブザブと汚水が流れる排水函渠を緩慢な動作で歩く。
そこに、褐色肌の男女が複数姿を見せた。
サーラと同じ緑色の解放戦線戦闘服に身を包み、自動小銃や汎用機関銃、対戦車ロケットランチャー等で完全武装した一個小隊規模のダニーク軍戦士たちは、周囲を油断なく警戒しながら「解放戦線最強の戦士」の元へ近付く。
「……同志サーラ……ご無事でなによりです……」
戦士たちの先頭を進んでいた褐色の美青年ユーセフが、「敬愛する指揮官」の帰還を静かに歓迎した。
それが合図であったかのように、ダニーク戦士の男女らは排水函渠からサーラを救い上げ、銀髪が美しい褐色美女のアネットが中心となり満身創痍の彼女への応急手当を始めた。
その様子を、人民共和国製汎用機関銃を手に持ち周辺警戒する大男のヤシュクや、ベゼラ攻略軍前線基地司令官を担ったバシルが心配そうに見守る。
「……ユーセフ……アネット……皆、すまない……助かった……」
サーラは、素直に自身を出迎えてくれた腹心の同志たちに感謝の気持ちを伝えた。
これに褐色の戦士たちは安堵の微笑みを返す。
「……サーラ……あれだけ絶望的な状況から帰還するなんて、やっぱりお前は只者じゃねぇよ。
……無事で本当によかった……」
油断なく敵王国兵を警戒しつつ、ヤシュクが優し気な笑みで告げる。
「同志サーラ……君さえいれば、俺たちは何度でも戦える……
さぁ、本部へ戻ろう……同志モルディアナやベルカセム書記長も心配してるぞ。」
バシルに至っては緋色の瞳にうっすらと涙すら浮かべてサーラの生還を静かに喜んだ。
サーラの傷を手当てするアネットも、安堵の笑顔に涙を流して「同意」の頷きをする。
やがて応急手当を終えたサーラは、自身の自動小銃を「支え」にしてゆっくりと立ち上がった。
周囲のダニーク戦士たちの視線が「解放戦線精神指揮官」に集まる。
恐るべき歴戦の褐色少女戦士は、光を失いかけていた緋色の瞳を「再点火」させ、厳かに告げた。
「……同志諸君……
今回も悔しいが我らの“負け”だ。
だが、すぐに“次の戦い”へと移るぞ。
……このファーンデディアに巣食う白色ガーゴイル共の総本山を、破壊し尽くしてやろう……
……アディニアの全てに……死を……」
サーラの宣告を受け、周囲のダニーク戦士たちの瞳にも炎が灯る。
この第二次ベゼラ攻防戦は、「再戦開始の狼煙」に過ぎなかった。
スタントール人への憎悪滾らせるダニーク人たちは容赦しない。
どれだけの犠牲を払おうとも、「祖国」を求めて戦う褐色肌の戦士たちは決して止まらない。
第二次ベゼラ攻防戦終了と時を同じくして、ノルトスタントール連合王国ファーンデディア広域州州都・アディニアを、激しい「戦火」が襲おうとしていた。
「祝福の大地」ファーンデディア大半島の南端に、雄大な紺碧の大海原を望む岬がある。
1500年前、この岬にて、北辺の騎馬民族・イェルレイムの支配から「解放」されたことをファーンデディア原住民であるダニーク人の「最後の女王」が神に感謝したことから、ここは「ナシカの喜望峰」と呼ばれていた。
切り立った三角形の断崖となっているファーンデディア最南端の岬には、古の慈愛溢れる美しき褐色の女王を讃えるささやかな記念碑が設けられていて、大戦前までは知る人ぞ知る風光明媚な歴史的観光地として静かな賑わいを見せていた。
しかし今、この岬に往年の「平和な」面影は微塵も残っていない。
岬の断崖は記念碑と共に切り崩され、強大な「人民共和国」が現地の「人民細胞」ことダニーク解放戦線の人員を動員して建造した大規模軍事要塞が存在している。
アーガン人民共和国「ファーンデディア軍管区」第1号多目的要塞拠点……それが「今」の岬の「人民共和国側」の正式名称であり、解放戦線や諸外国向けの一般通称は「ファーンデディア人民革命の家」とされている。
大型港湾都市に匹敵する程の規模を持つ巨大埠頭に半地下式の軍用滑走路を2本も備え、強力な対空機関砲や沿岸砲、対空・対艦ミサイルランチャーを各所に多数配備。
さらに要塞中央部には「人民共産主義的前衛芸術」……アーガン・アヴァンギャルドの最先端芸術家がデザインした「革命的記念碑」である「左右から龍の翼が生えた巨大な眼球」としか形容出来ない異様な謎のオブジェが聳え建っており、全体を強化コンクリートで覆った圧倒的存在感を放つ一大軍事建造物だ。
この「ファーンデディア人民革命の家」こそ、スタントールと敵対する諸外国がダニーク解放戦線向けに提供した軍事支援物資の陸揚げ拠点で、解放戦線の「生命線」と言っても過言ではない。
本要塞を「母港」とするアーガン人民海軍所属の大型ミサイル巡洋艦を「旗艦」とし、解放戦線「海軍部隊」所属の複数の小型ミサイル高速艇やフリゲート艦から成る「ファーンデディア人民艦隊」が付近海域に展開して「鉄壁の守り」を構築。
「人民艦隊」に守られつつ、毎日のように世界各国から軍事物資を満載した大型船舶が行き交っていた。
そんなアーガン人民共和国の半ば公然の「海外軍事拠点」に、一隻の巨大潜水艦が近付いてきた。
日付が変わろうとする深い闇に閉ざされた要塞埠頭の一角、そこに「内務人民委員会」所属の「最新鋭」戦略型原子力潜水艦が巨体を静かに滑り込ませる。
埠頭に接岸した潜水艦の艦橋部側面ハッチにタラップが架けられると、一人の若い女が姿を現した。
きめ細かな黒髪を後頭部で三つ編みにし、閉じているかのように細い瞳を持つ美女。
鍛え上げられた全身から「冷徹極まる」オーラを放つその女の名は、シクラ・アクラコン。
「人民共和国最強の兵士」の異名で恐れられる国家保安人民局局長であり、人民共和国の実質的最高権力者にして現人民党総書記長、カレン・アクラコンの実妹。
そんな恐るべき酷薄の美女は、タラップから大地に降り立つなり、自身に続き下船した配下の戦闘部隊の兵士らに短く命令した。
「“オブジェクト”を運び出せ。急げ。」
内務人民委員会直属の戦闘部隊である「特別行動部隊」所属の兵士たちとシクラの直属の部下である国家保安人民局職員らが、潜水艦から「とある物」を慎重に搬出する。
「鋼鉄製防弾アタッシュケース」の取っ手と自身の手首を「手錠」で繋いだ国家人民保安局幹部職員の前後左右を、「消音器付き」新型汎用機関銃で完全武装した不気味なフルフェイスマスクを備える特別行動部隊兵士が固めている。
彼らは慎重にタラップを降り、シクラを先頭にして「人民革命の家」という偽りの名を纏った軍事要塞内部へと向かう。
そこに、要塞勤務のアーガン「人民軍」将校が武装した部下数名を伴い姿を見せた。
「国家主席」に忠誠を誓うベテラン軍人の中年男は、先を急ぐシクラたち内務委員会一行の前に立ち塞がった。
「止まってください、同志アクラコン……失礼ですが、我々はあなた方内務人民委員会の要塞訪問を伺っておりません。
恐れ入りますが、来訪目的をお教えいただけませんでしょうか?」
ベテラン軍人の顔は友好的な笑顔だったが、その顔の裏には最大級の警戒心が見え隠れしていた。
彼の背後に控える人民軍兵士たちも、人民共和国製新型ブルパップ式自動小銃に弾倉を装填し、安全装置さえ外している。
一方の「相対する」内務委員会の行動部隊兵士らは、まるでこのような事態を予見していたかのように一切動じていない。
そのボスであるシクラは、氷の如き無表情のまま「敵」将校に告げた。
「“死体”が喋るな。」
「……なんだと?」
人民軍将校の男がシクラの「不気味な発言」を受け、咄嗟に腰のホルスターから自動拳銃を取り出そうとした、次の瞬間。
男の頭部が宙を舞った。
シクラの恐るべき速さで繰り出された「手刀」で、人民軍将校の首が一瞬で切断される。
さらにシクラは、そのまま「突風」のように男の背後にいた人民軍兵士数名を「斬殺」する。
全くの無音で行われた「瞬間的殺戮」に、殺された者たちは断末魔の悲鳴を上げる間もなく惨たらしく絶命した。
バラバラに引き裂かれた人民軍兵士たちの死体から撒き散らされた鮮血や臓物が、シクラのコンバットブーツを汚す。
恐るべき「人民共和国最強」の冷血女は、ブーツにこびり付いた「ゴミ共」の血肉に一瞥すらくれず、部下らに短く命令を飛ばした。
「急ぐぞ。“再定義室”まで邪魔する者は全て殺せ。」
「はっ。同志アクラコン。」
シクラと保安局幹部及び特別行動部隊兵士らは、難なく要塞内部へと侵入を果たした。
一行は途中遭遇した警邏中の人民軍兵士らを静かに始末しながら要塞最深部の目的地……「再定義室」へ辿り着く。
部下の保安局幹部の手錠を外して「鋼鉄製防弾アタッシュケース」を受け取ったシクラは、単身「再定義室」へ入室。
円形の殺風景な小部屋の中心部に、四角形のコンクリート製台座が設けられている。
シクラは極めて頑丈なケースの三重ロックを解除して「中身」を取り出し、台座にセットした。
黒色の小型ノートパソコン。
シクラの言う「オブジェクト」……アーガン人民共和国内務人民委員会特定極秘管理「異常物」第001号……通称、神の演算機である。
シクラが台座に「オブジェクト」をセットすると、ブラックアウトしていたノートパソコンの画面に淡い青色の光が灯った。
黒地の画面に横一列に並んだ無数の文字や記号、数字が白色で表示され、それが何行にも渡って下から上へと素早く流れていく。
およそ10秒ほど「特殊なプログラミング言語」が画面を流れた後、数行の空白を置いて「意味を成した」文章が出現した。
【*第1117-055-666世界線*
*現行基準世界線との差異…99999「カウントオーバー」*
*世界線区分:異種人類併存型科学文明発展モデル異世界(現行基準世界線からの人材転送:有効)*】
さらに一行の空白の後、次なる文章が表示される。
【*進行シナリオ再定義準備を開始しますか?*】
シクラは「目的」の文章が「想定通り」出現したことを確認すると、「ENTERキー」を叩いた。
すると、再び数行の空白を置いて新たな文章が表示された。
【*コマンド承認*
*シナリオ再定義準備を開始します*
*再定義準備に伴い、以下の“変更起点地”生命体エネルギーの消費を要求します*
*消費要求生命体エネルギーの規定値消費を確認後、進行シナリオ再定義を開始します*
*消費要求生命体エネルギー … ファーンデディア・スタントール人 5万9902人
ファーンデディア・ダニーク人 8万1154人*】
画面の「消費要求生命体エネルギー」なる数値は、「スタントール人」、「ダニーク人」共に表示された直後から緩やかに「カウントダウン」を始めた。
それを見ながら、これまで一切無表情だったシクラは氷点下の微笑みを浮かべて呟いた。
「……さぁ、サーラさんとスタントール人の皆さん……
お姉様の為に、頑張って殺し合ってくださいね……」
冷徹なる「人民共和国最強の女兵士」は、不気味な呟きを残して「再定義室」から退出する。
その後、シクラと特別行動部隊は要塞の管理・運営を担っていた「アーガン人民軍将校」全員を迅速かつ極秘裏に「殺処分」し、ファーンデディア軍管区第1号多目的要塞「ファーンデディア人民革命の家」をたった一晩で内務人民委員会の支配下へ置くことに成功。
しかしその事実は対外的には巧妙に秘匿され、要塞を「名目上」共同運営しているダニーク解放戦線側に対しても、解放戦線内部の「協力者」を通じて徹底した露見防止措置を講ずる。
斯くしてカレンの望む「世界再構築」準備は整った。
……照明が落とされ闇に包まれた「再定義室」の中央に据え置かれた「演算機」は、青白い光を放つモニターの「数値」を静かに「カウントダウン」し続けていた……




