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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第八章  戦火再燃のファーンデディア
57/63

56. 第二次ベゼラ攻防戦 前編

 「祝福の大地」ファーンデディア。

 偉大なる近代王国が支配する豊かな恵みをもたらす大地。

 その地にて最大の都市であるアディニアは今、「熱狂」に包まれている。

 無数の群衆が街の広場中央に置かれた「断頭台」を取り囲み、「大犯罪人」が引き立てられるのを今か今かと待ち侘びていた。

 やがて、複数の「処刑執行人」によって褐色肌の若い女が断頭台へと連行されてきた。

 両手には木製の枷をはめられ、両足には鉄の鎖に重い鉄球が取り付けてある。

 「大犯罪人」である褐色娘は、斯様に身体を完全に拘束されているにもかかわらず、尚も激しく身を捩って抵抗を試みる。


「離せ!異教徒共!!貴様らを殺してやる!!殺してやる!!」


 漆黒のフードと鉄製の鎧で全身を固めた執行人の男たちは、女の呪詛を全く意に介さず、褐色女を粛々と断頭台へと引っ立てた。

 女と処刑執行人たちが登壇すると、周囲の群衆が一斉に沸き立った。


「殺せー!!そのダニーク女を今すぐ殺せー!!」

「地獄に落ちろ!!邪教徒が!!」

「私の夫を返して!!この茶色いアバズレ女!!」


 群衆の白人たちが、あらん限りの罵声を「大犯罪人」の褐色女に浴びせる。

 それに答えるかのように、執行人たちは女を断頭台にセットした。

 台座に固定させられた女の首が、「刃」が落下する僅かな隙間が設けられた木枠にはめられる。

 もはや「処刑」目前となった女の顔は、壮絶な憎悪で激しく歪んでいた。


「……おのれ……おのれ、スタントール人!

 呪ってやる……呪ってやる!たとえ我が身朽ち果てようとも、貴様らが死に絶えるまで呪ってやる!!」


 燃え盛る緋色の瞳で眼前に群がる「白い蛆虫」共を睨み付ける。

 処刑台の傍に立つ聖職者の白人男は褐色女の「無駄な呪詛」を完全に無視し、群衆に向かってこれから断頭の刃の露と消える「大犯罪人」の罪状を読み上げて「死刑執行」を声高に宣言した。


「我らが大いなる主神ライナス!神に祝福されし偉大なるカリーシア女王陛下!

 そして親愛なるアディニア市民諸君よ!!

 これより、ファーンデディアに破壊と殺戮をもたらした大犯罪人サーラの死刑を執行する!

 この者、邪神の名を騙りダニーク人共を扇動し、無数の王国臣民を殺害して家屋を焼き払った!

 ……その行い、極悪非道極まれり!!

 もはや神は決してその蛮行を許しはしない!!

 故にこの者は“異端者”と見做し、我らがライナス教への改宗を許さず処断するものである!」


 聖職者の男は、そこで一旦言葉を区切ると断頭台へ向き直り部下たちに命じた。


「……執行人!断頭刃の縄を切れ!!」


 聖職者の号令と共に、処刑執行人が手にした両手斧で断頭台の刃を固定する荒縄を切断した。

 高速で落下する鋭い斜め刃。

 サーラと呼ばれた褐色女は、刃が己が首を叩き斬る直前、強烈な「呪い」の念を残した。

 


 呪ってやる!!

 全てのスタントール人とファーンデディアの大地に、消えること無き災い有れ!!

 我、憎悪の化身となってこの地を呪わん!!

 いつの日か、我が遺志を継ぐ者が貴様らを殺し尽くす!!

 ……ダーナよ!力無き神よ!!見ておれ!!

 我が呪いが貴様の大地を血と炎で覆うその様を!!



 断頭の刃がサーラの首に激突した、その時。

「!!……ハァハァ……」


 褐色少女がベッドから上半身を飛び起こす。

 荒い呼吸。

 幾多の戦いと日々の鍛錬で鍛え抜かれた全身から気持ちの悪い汗が吹き出す。

 額の汗をぬぐい、周囲を見渡す。

 地下に設けられた自身が所属する武装組織の軍事基地内にある狭い個室。

 いつもの見慣れた自分の部屋だ。


「……夢か……」


 少女は汗を拭った額に手を当て、あまりに現実味を帯びた強烈な「悪夢」の光景を拭い去ろうとした。

 だが、頭から離れない。

 逆に腹の奥底から、スタントール人と夢に出てきた「サーラ」への激烈な憎悪が沸き起こる。



 ……呪ってやる、か……

 「昔のサーラ」は生温いな……呪う暇があるなら殺せばいい。

 ……私は絶対にあの女のようにはならない……

 奴等に処刑されるくらいなら、戦って死んでやる!



 少女には、先程の悪夢の正体がなんとなくわかった。

 断頭台の露と消えたのは、「蒸気時代」序盤にダナーラム教原理主義者のリーダーとしてスタントール人と「聖戦ジハード」を戦った「預言者サーラ」だ。

 1000年以上昔に処刑された「古の時代のサーラ」の「怨念」が、「現代のサーラ」にあの悪夢を見せたのだろうか。

 少女は一言「くだらない」と呟くと、下半身に纏わりついたシーツを払いのけてベッドから離れた。

 直後、部屋のドアを誰かがノックする。


『おはようございます、同志サーラ。

 作戦室で同志モルディアナがお待ちです。ご準備願います。』


 若い男の声だ。

 「歴戦の革命戦士」にて輝くような褐色肌の美しい少女サーラ・ベルカセムには、声の主が自身が直接指揮する戦闘部隊「革命親衛隊」幹部のユーセフであるとわかった。

 サーラは扉に向かって返事を寄越す。


「……わかった、すぐに行く。」


 黒色のタンクトップに同じく黒のショートパンツといった出で立ちの褐色少女の身体は、さながら古代の剣闘士グラディエーターを彷彿とさせた。

 今年16歳を迎えたサーラの肉体に、「戦い」に不要となる無駄な筋肉や脂肪は一切無い。

 人を殺すことに特化した戦士の身体である。

 サーラはベッド近くの椅子に掛けていた厚手のタオルで「悪夢」がもたらした嫌な汗を拭き取ると、手早く「普段の衣装」に着替えた。


 緑色の戦闘服にコンバットブーツ。

 腰に弾帯ベルトを巻き、ベルトに装着された革製ホルスターに枕の下に隠していた愛用の共和国製小型自動拳銃を仕舞う。

 

 着替えを済ませると、彼女の大きな緋色の瞳があかく燃え上がった。

 これから本格的に「再開」される憎き白人種族との戦いに向け、必殺の決意を新たにする。

 そして、今は亡き妹に誓う。



 ……ナシカ……天国のあなたに沢山届けてあげるわ……

 ……スタントール人共の死体を……



 超大国ノルトスタントール連合王国と、ファーンデディアの分離独立を目指して戦う原住民武装組織……ダニーク解放戦線との5年間の「暫定的停戦」は、いよいよ明日、終了の日を迎える。


 「祝福の大地」は再び、激しく炎上しようとしていた。



……



「……ったく、よりにもよって何で“今日”補充兵連中が来るんだよ。」


 早朝の日差しに包まれた巨大な軍事基地の施設内廊下。

 血のように紅い長髪を靡かせる豊満な胸部を持つ軍服姿の美女が、隣を歩く上官に向かってボヤく。

 年齢は20代前半。特徴的な深紅の髪とはち切れんばかりの巨大な乳房に加え、すれ違う男が皆振り返る程の美貌を誇っている。

 長年使い込んだ王国陸軍の軍服に輝く階級章は、紅髪女が大尉であることを示していた。


「補充兵というより、軍事学校を卒業した士官候補生様だな。

 仲良くしろよ、レシア。気付いたら連中が“上官”になるかもしれねぇんだぞ?」


 レシアと呼んだ紅髪女の隣を行く優男の「大隊長」は、冗談めいた含みのある笑みを浮かべて彼女のボヤきに答えた。

 これに「史上最強のタンクスレイヤー」ことレシア・リョーデック王国陸軍大尉は、これから対面することになる「士官候補生」を吐き捨てるように言った。


「けっ……どうせすぐにダニ野郎にぶっ殺されるさ。

 なんたって今日は“停戦明け”だからな。」


 すると上官の「大隊長」……ギデオン・トランキエ中佐は笑みを消して呟く。


「……そうだな……いよいよ今日だったな……」


 神妙な顔をしたままトランキエが、廊下の「終点」である頑丈な鉄製両開き扉を開く。

 扉の先は大型車両用格納庫である。

 大量の軍事物資が種類ごとに整然と並び置かれ、何台もの装甲車両が「臨戦態勢」で駐車している。

 多数の整備兵や警備兵が行き交う格納庫の一角で、10名程の若い兵士たちが野戦服を着込んで待機していた。

 彼らは先日、「本国」フェターナ広域州にある王国軍幼年軍事学校を卒業したばかりの「士官候補生」たち。

 レシアの言うところの「補充兵」である。

 トランキエとレシアは、緊張の面持ちで両足を開いた「待機」の姿勢で微動だにしない彼らの下に近付いた。


「……ガキ共、敬礼!」


 レシアが指揮する中隊所属の強面こわもて軍曹が号令を発すると、若き補充兵の男女は「ザッ!」と音を立てて一斉に敬礼した。

 整列した補充兵グループの前に進み出るレシア。

 一通り彼らの顔を見渡すと、「歓迎の挨拶」を行った。


「……よく来た、本国のクソガキ共。

 なんでテメェーらみたいなクソッタレ連中が我が305大隊配属になったのかは知らないが、とりあえず歓迎してやる。

 あたしは第1中隊中隊長で大尉のレシア・リョーデック。こっちは305大隊長であるトランキエ中佐だ。

 ……さて、ガキ共。早速だが今日が何の日かわかるか?」


 レシアは大きな紺碧の瞳で「ガキ共」を睨む。

 すると金髪碧眼の青年が恐る恐る手を上げ、すかさずレシアは彼を指差した。


「……そこのネクタスのガキ。発言を許可する。」

「はっ!!ありがとうございます、リョーデック大尉!

 自分はアレン・デルバータであります!!

 ……き、今日は、王国とダニーク解放戦線の暫定停戦の終了日であります!」


 したり顔で「模範回答」を寄越したネクタス州名門貴族の三男坊に、レシアは壮絶な笑みを浮かべて言った。


「……そうだ、デルバータ家のお坊ちゃま。

 素晴らしい回答だ。

 ……ご褒美は何が良い?あたしのオッパイを見たいか?」

「ええっ?……い、いやぁ……流石にそれは……」


 次の瞬間、顔を赤くしてニヤけるアレンの緩んだ顔面を、レシアは全力で殴り飛ばした。

 王国軍史上最高の戦車撃破スコアを誇る歴戦の女兵士の拳をまともに喰らったアレンは、文字通り吹っ飛んだ。

 彼の身体は積み上げられた軍用資材箱の一群に激突し、整然と並べられた資材箱を盛大に散らかす。


「何をニヤついてやがる!?デルバータ家のクソガキが!!

 ……ニュースを見てりゃあ誰でも知ってる当たり前のことをドヤ顔で答えやがって!!

 テメェみてぇなボンボンの馬鹿は、さっさとネクタスに帰ってオヤジのナニでもしゃぶってろ!!」


 アレンはレシアの強烈な一撃で意識を失い、立ち上がることすら出来なかった。

 再び補充兵連中を見渡すレシア。

 ほとんどの者が恐怖に怯えて身体を小刻みに震わす中、金髪「黒目」の青年だけ無表情のまま微動だにしていない。

 するとレシアはその青年に近付いて顔を覗き込み、改めて尋ねた。


「おい貴様。もう一度訊くぞ……今日は何の日だ?」


 これに漆黒の瞳を正面に向けたまま青年は静かに答えた。


「はっ、リョーデック大尉殿……今日は、王国に仇なす褐色の亜人共を殺せる日です……」


 黒目の若い男が出した「真の回答」に、レシアは不敵な笑みを浮かべる。


「ほう……貴様は少し見所がありそうだ……

 お友達がぶっ飛ばされたのに、怖くないか?」

「はい。偉大なる女王陛下と祖国の為、命を捧げる覚悟は出来ております。」


 レシアは改めて男の瞳を覗き見た。

 その目を見て、紅髪女はこの男が既に「経験済み」であることに気付いた。


「……お前、名前は?」

「はっ……ティーカ・ホルドレルであります。」


 レシアはティーカへの問いかけを淡々と続ける。


「どこで“童貞”を捨てた?」


 言葉通り受け取れば「女性経験の有無」だが、ティーカはレシアの問いが「戦闘経験の有無」であることを瞬時に理解した。


「はっ……オランドゥールであります。」

「そうか……ようこそ、ファーンデディアへ。ホルドレル少尉候補生。」


 そう言うとレシアはティーカから離れ、トランキエの隣に戻った。

 屈強な紅髪女の「大隊副官」による「新兵洗礼」が終わり、改めてトランキエが微笑みを浮かべて挨拶する。


「さて新兵諸君。改めて自己紹介する。

 大隊長のギデオン・トランキエだ。

 学校で俺たち独立第305機械化歩兵大隊の話は聞いていることだろう。

 そんな俺たちが待ちに待ったダニークとの停戦終了“記念日”に配属となった諸君に、305の荒くれ連中はイチイチ教育なんてしてやる暇は無い。

 ……まぁ、幼年軍事学校を優秀な成績で卒業したお前たちのことだ。

 ダニ野郎共との実戦で大いに活躍してくれることと思う。

 配属される中隊はそこのおっかない顔をした軍曹が伝達する。

 まぁ、仲良くやろうぜ。

 それじゃ、あとは……」


 トランキエが挨拶を締めようとした、その時。


 遠雷のような爆発音が響き渡った。


 動揺する新兵たち。

 格納庫内を警備する基地守備隊の兵士たちも、スリングで肩掛けした自動小銃を両手に持って外へ駆け出す。

 レシアと部下の鬼軍曹も、状況を確認すべく警備兵と共に格納庫の外へと飛び出した。

 トランキエも肩に装着した小型無線機で基地司令部を呼び出す。


「……オヤッサン、トランキエです……

 もう来やがりましたか?」


 この軍事基地の主……ノルトスタントール連合王国ファーンデディア管区方面隊司令官にして方面隊南部総隊基幹軍事基地「ベゼラ」の指揮官でもあるダリル・マッコイ「少将」が、トランキエの通信にすぐさま応答した。


『おうトランキエ。日の出と一緒にダニちゃんたちもお出ましだ。

 基地周囲の原生林一帯……特に“飛行制限”の南部を中心に、極めて大規模な未確認の機甲部隊が展開している模様。

 ……停戦明け前日の昨日の内に準備したんだろうな……

 基地守備隊と305大隊総員で迎え撃て。』

「了解、オヤッサン。」


 トランキエは全く動揺の素振りすら見せず、上官のダリルに命令受領を返答する。

 これにダリルは、現在不在にしている味方のベゼラ基地所属主力機甲部隊に関する情報を軽口を交えて伝えた。


『それと、南極の紛争鎮圧で遠征していた第1戦車師団は船便の遅れで今日の夜にしか帰ってこない。

 ……いいか、夜まで持ちこたえろ。

 連中の寝床が無くなったら、俺たちは奴等の戦車に轢き殺される羽目になるぜ?』


 トランキエは不敵な笑みを浮かべて上官の軽口に応じる。


「大丈夫ですよ。最悪、そんときはレシア嬢ちゃんが第1師団の戦車を全部オシャカにしてくれるんで。

 ……トランキエ、通信終了。」


 ベゼラ基地司令官との通信を終えるなり、優男の大隊指揮官は外で状況を確認している部下の女兵士の名を叫んだ。


「レシア嬢ちゃん!!」

「おう、トランキエのオッサン!!」


 トランキエの命令が飛ぶ。


「第1中隊は南面中央防衛陣地に入れ!ダニ野郎はあそこを突破点に選ぶはずだ!

 新兵共も連れていけ!鉄砲の数は1丁でも多い方がいい!」

「南面中央陣地!了解だ!

 ……クソガキ共!あたしに続け!!」

 

 既にレシアは格納庫内の物資で迅速に装備を整えており、両手に分隊支援機関銃を持ち5本の使い捨てロケットランチャーを背中に担いでいた。

 斜め掛けした5本のランチャーのスリングが紅髪女の胸部の谷間に食い込み、意図せずその豊満さを強調している。

 一方、新兵らは慌てて地面に置いた自分たちの装具一式を引っ掴むと、レシアに続いて駆け出した第1中隊の精兵たちの後を追った。


 ティーカは紅髪女にノックアウトされ倒れたままの「友人」アレンに駆け寄り、顔を叩いて起こす。


「アレン、起きろ。敵だ。」

「……うぁ……ティ、ティーカ……俺、なんで倒れてるんだ?」


 レシアの強烈すぎる一撃で、一時的に記憶が飛んでしまっているようだ。

 ティーカは名門貴族の子息を抱え起こすと、両頬を軽く叩いて目を醒まさせた。


「アレン。すぐに装備を取れ。

 俺たちのファーンデディア到着を、ダニーク人たちが早速歓迎してくれるみたいだ。」

「な、なんだって!?今日は停戦が終わったばっかりだろ?」


 停戦終了初日に戦端を「再開」した敵に驚く親友に、ティーカはニヤリと笑みを向け言った。


「……だからさ。停戦明けを待っていたのは連中も同じみたいだな。」


 言うなりティーカは自身の装具を肩掛けすると、レシアたち305大隊第1中隊を追いかけた。

 慌ててアレンも続く。

 格納庫の外は「戦い」の喧騒に包まれていた。

 ベゼラ基地守備隊や305大隊の精兵たちの怒号が飛び交い、何人もの兵士がそれぞれの職務を果たすべく四方八方へ走る。

 ティーカたち「新兵」は、特徴的な深紅の髪を靡かせる「上官」の後を全力で追いかける。

 戦闘準備の喧騒に支配された基地に、再び「敵弾」が落下してきた。

 大型野戦榴弾砲による砲撃である。

 砲弾は基地の大型滑走路の真ん中に着弾し巨大な爆炎を上げたものの、幸い爆発の影響範囲内には誰もおらず、砲弾は滑走路のアスファルトを抉っただけだった。

 だがその一撃は、「戦闘処女」の幼年学校卒業生たちに恐怖を与えるには十分だった。


「ひっ!ば、爆発!?」

「な、何が起きてるんだ!?」

「いや……いやっ!私、死にたくない!!」


 状況を理解出来ず立ち止まったり頭を抱えてその場にしゃがみ込む「士官候補生」たち。

 そんな恐怖で竦む若き新兵の群れに遅れて到着したティーカが、同期の仲間たちを叱責する。


「立ち止まるな!走れ!!

 リョーデック大尉に続け!!」


 そう叫びながらティーカはグループの先頭に立ち、怯える戦友たちを鼓舞して紅髪の「タンクスレイヤー」とその指揮中隊の後を追いかける。

 敵の砲撃に竦みあがっていた彼らだったが、ティーカの言葉を聞いて恐怖に顔を強張らせながらも何とか走り出す。

 やがてレシアの中隊と合流した幼年学校卒業生たちは、「職場」である基地南面中央防衛陣地へ配置についた。



……



 同時刻。

 ベゼラ基地周囲一帯に広がる鬱蒼とした原生林に、緋色の瞳を燃え上がらせる少女がいた。

 傍らには大勢の同胞戦士たちが待機しており、「総攻撃命令」が下るのを今か今かと待ち侘びている。

 他にも多数の人民共和国製主力戦車や兵員輸送車、協商連合製小型偵察戦車に自走対空砲など極めて強力な機甲部隊が出撃のときを待っていた。

 

「同志サーラ。革命親衛隊第1戦車連隊、出撃準備完了です。

 ケンタウロス戦車兵団も同様にスタンバイしております。

 ……始めましょう……」


 サーラの背後に褐色肌の美青年ユーセフが近付き、敬愛する野戦指揮官に攻撃部隊全ての準備が整った旨を報告した。

 サーラは後ろを振り返ると、居並ぶ戦士たちを見渡した。

 誰もが、彼女の言葉を待っていた。

 無線回線もオープンとなり、ダニーク解放戦線ベゼラ攻略軍の戦士全員が耳に神経を集中する。

 女性革命戦士は、一度頷くと「運命の言葉」を発した。

 5年に渡る「偽りの平和」を、彼女の声が打ち砕く。


「……同志諸君。いよいよ今日だ。

 今日から私たちは再びスタトリアと戦う。

 憎き白人共を、私たちの大地から叩き出す為に。

 その前に、諸君には思い出してもらいたい。

 私たちが戦う理由を。

 ……思い出せ。

 奴等が我らに向けた嘲笑を。

 ……思い出せ。

 奴等に奪われた大切な人の顔を。」


 サーラの演説が始まると、解放戦線の戦士たちは誰もが瞳を閉じた。

 そして思い出す。

 敵への消えること無き激しい憎悪を。

 褐色少女は言葉を続ける。


「……思い出せ。

 奴等に愛する者が奪われた瞬間を。

 ……思い出せ。

 殺された家族の無残な姿を。」


 するとサーラの傍に侍る大男の「兵団指揮官」ヤシュクが呟いた。


「……殺せ。」


 その呟きに応じるように、少女の声は続く。


「思い出したか?

 なら、我らがすべきことはなんだ!?」


 野戦指揮官の問いかけに、副官の美青年ユーセフが声を張り上げた。


「殺せ!」


 続いて無線を聞いていた後方の前線司令部の主である中年の褐色男バシルが叫ぶ。


「殺せ!!」


 やがてベゼラ基地の周囲を、殺意を滾らせる褐色戦士の男女の「大合唱」が包み込んだ。


「殺せ!!殺せ!!殺せ!!」

「そうだ!!殺せ!!

 あの白いガーゴイル共を!白肌の大悪魔共を!!

 一人残らず殺せ!!

 我らはこれより、悪鬼羅刹となってベゼラを滅ぼす!!

 動く白い人間は全て撃て!!

 ……皆殺しだ!!ベゼラの全てを灰にしろ!!

 ダニーク解放戦線ベゼラ攻略軍全軍!!突撃!!

 攻撃目標、ベゼラ!!

 ……ダニークのファーンデディア、バンザーイ!!」


 サーラは演説を締めくくると同時に自動小銃を構えて走り出した。

 ベゼラを取り囲む解放戦線ベゼラ攻略軍約8万の戦士たちも、鬨の声を叫び彼女に続く。


「ダニークのファーンデディア、バンザーイ!!」


 「ベゼラの丘」を取り囲む原生林地帯を無数のダニーク人兵士と大型兵器が駆ける。

 突撃開始から数十秒後、戦域後方の前線司令部指揮官のバシルからの通信が、肩に取り付けたサーラ他「攻撃主軸」たる革命親衛隊所属戦士たちの小型無線機に入る。


『ベゼラフロントネストよりゴブリン各位。

 これよりケンタウロス砲兵隊による“効力射”を行う。

 友軍の砲撃に注意せよ。』


 直後、後方から複数の重火砲の砲撃音と多連装自走ロケット砲の連続発射音が響き、高速落下する大型榴散弾と長距離ロケット弾が空気を切り裂き豪雨となってベゼラに襲来した。

 先程トランキエの挨拶を遮り、「新兵たち」に恐怖を与えた散発的な砲撃は「試射」と「修正射」だ。

 「ベゼラの丘」を見渡す隣の尾根に隠れた解放戦線地上弾着観測兵が、試射の後に砲兵隊へ方位座標等の修正を指示し、修正射で射弾位置を確認。

 それが「有効」であると判断され、ようやく本来の「砲撃」が開始されたのである。

 スタントール人の巨大軍事基地全域に、ダニーク人の激しい憎悪が込められた無数の砲弾が降り注いだ。


 爆炎がベゼラの丘を覆い尽くす。


 砲弾やロケット弾は特に基地北側と南側に広がる「防衛陣地」に集中して叩き込まれた。

 丘を目指して駆けるサーラの瞳に、爆炎に覆われた敵陣地の姿が広がった。

 そろそろ原生林地帯を抜ける。

 土煙で覆われたベゼラ基地の「第一次防衛ライン」が姿を現した。

 5年の停戦期間で戦力を増強していたのは彼ら解放戦線だけではない。

 敵であるスタントール軍も万全の準備を整えていたのだ。

 「第一次ベゼラ攻防戦」での戦訓を受け、南部ファーンデディアの基幹軍事基地であるベゼラは、強固な防衛陣地を備えていた。

 南北に三重に及ぶ防衛線を構築し、200メートル間隔で重機関銃や対戦車ミサイルを配備したトーチカを設置。トーチカを繋ぐジグザグに走る各防衛線も、コンクリートで補強された半地下式の通路で結ばれており、迅速かつ安全な兵員の移動を可能としていた。

 だが、そんなノルトスタントール連合王国ファーンデディア駐留軍ベゼラ基地自慢の防衛線は今、想定を上回る圧倒的な砲弾の投射を受け、大きく混乱していた。

 森を抜けたサーラは愛用の人民共和国製自動小銃を構え、機関部上部のレールにマウントされた光学照準器を右目で覗き込む。

 真っ赤なドットの照準が、半壊したトーチカから這い出てきたスタントール軍兵士の頭部を捉えた。


 発砲。


 7.62mm弾がベゼラ基地守備隊所属の若い兵士の顔面に命中。

 強力な完全被甲弾フルメタルジャケットは難なくヘルメットを弾き飛ばし、頭蓋を破壊して鮮血と共に脳漿を「祝福の大地」にばら撒いた。

 サーラは照準を下げると、一気に丘を駆け上がった。

 半壊したトーチカ傍の半地下式塹壕線に飛び込む。

 敵の猛砲撃で身を屈めていたスタントール兵3人が、サーラの姿を見るなり驚愕の表情を浮かべる。


「て、敵だ!!」

 

 慌ててブルパップ式自動小銃を構えてサーラに銃口を向けようとする。

 しかし、歴戦の女性戦士の方が圧倒的に早かった。


 連続発砲。


 サーラの放った3発の弾丸は、正確に敵白人兵士の額を撃ち抜いた。

 即座に付近の敵を殺害した褐色娘は、疾風のように塹壕線を走る。

 砲撃が命中しなかった隣のトーチカから重機関銃による阻止銃撃が始まっていた。

 トーチカ入り口の壁に背中を預け、中の様子を伺う。

 「キャリバー50」重機関銃の射手が、叫びながら傍らの通信兵に司令部への報告を促している。


「クソッ!!敵の主力は“こっち”だ!!

 おい!マッコイ将軍に連絡しろ!!敵の攻撃主軸はこの“北面”だ!!」

「りょ、了解!!……ベゼラコントロール!こちら基地守備隊北面第5ブロック小隊!!

 非常に大規模なダニーク軍機械化部隊の猛攻撃を受けている!!

 敵攻撃主軸は北面!!至急、305の応援を!!」


 サーラはコンバットハーネスの金具に取り付けた手榴弾を1つ手に取った。

 犬歯で安全ピンを引き抜き、発火レバーを指で弾き飛ばすと、トーチカの中へ投擲した。


 爆発。


 機関銃手と通信兵はじめトーチカ内にいたスタントール兵5名を殺害。

 直後、サーラは肩に備え付けた小型無線機を手に取るとオープン回線で前線司令部への戦況を報告した。


「こちらゴブリン1。ベゼラフロントネストへ。

 敵北面第一防衛ラインを突破。このままベゼラまでの道を切り開く。」


 サーラの報告に、ダニーク解放戦線ベゼラ攻略軍全体が沸き立った。

 直ちに前線司令部のバシルが応答する。


『ネストよりゴブリン1……相変わらず見事だ。

 革命親衛隊第1戦車連隊は、同志サーラの重点突破を支援せよ。』

『了解!!』


 バシルの指令が発せられた後、サーラがいるベゼラ基地北面第5ブロックに人民共和国製主力戦車が10台近く姿を見せた。

 押し潰した卵のような砲塔に105mm戦車砲を搭載した強力な「第2世代型」戦車で、世界中の紛争地域で用いられている労働者の国が生み出した「傑作兵器」である。

 サーラのすぐ近くに停車した戦車の砲塔上部に備わった戦車長用乗降ハッチが開き、大柄な褐色肌の男が身を乗り出すとサーラに向けて叫んだ。


「おい、サーラ!俺の隣の機関銃を頼む!!

 一緒にベゼラまで散歩としゃれこもうや!!」

「わかった、ヤシュク!!」


 サーラは軽い身のこなしで素早く戦車によじ登ると、ヤシュクの戦車長ハッチの隣にマウントされた14.5mm対空機関砲銃座に座った。

 バットのように太いコッキングレバーを力強く引いて機関部に強力な14.5mm弾を送り込むと、銃把を両手でしっかり握る。


「よっしゃあ!革命親衛隊第1戦車連隊の野郎共!

 ……突撃だ!!一気にスタトリアの防衛線を抜けるぞ!!」

『了解!同志兵団指揮官殿!!』


 ヤシュクはサーラが自身の戦車の機関銃座に座るなり、配下部隊へ突撃を命じた。

 自由を求める褐色肌の男女は指揮官の命令に固い意思を込めて応じる。

 およそ70輌の戦車、20輌の装甲車から成るダニーク解放戦線革命親衛隊第1戦車連隊の「戦争機械」たちが一斉に集中して進撃を開始した。

 この圧倒的な「機械の突撃」に、軟弱なベゼラ基地守備隊の歩兵約二個中隊は成す術がなかった。


「て、敵機械化兵力!およそ一個連隊規模!!

 北面防衛陣地第5ブロックに集中攻撃!!持ちこたえられません!!」


 基地第二防衛ラインのトーチカに配置された守備隊兵士の白人男が、無線機で司令部に報告する。

 傍らでは同僚の兵士が重機関銃を操って迫りくる「茶色い亜人」の兵団に銃撃を加えるも、その猛攻撃を全く阻止できない。

 直後、正面から突き進んできた敵戦車の砲口が彼らのトーチカを捉える。


 砲撃。


 非常に強力な対物榴散弾がコンクリート製のトーチカを中の兵士ごと吹き飛ばした。

 先程、基地司令部へ通信していた若い男性兵士も爆発に巻き込まれ、塹壕の外に放り出される。

 両足の膝から下が千切れて無くなっていた。

 大量の血を噴き出す


「う、う、うわぁっ……え、衛生兵は」


 発砲。


 トーチカを破壊したダニーク軍戦車の機関銃座を操る褐色少女は、銃把中心部のトリガーボタンを両の親指で押し込み、瀕死の重傷を負った敵白人兵士の頭部を「消し飛ばした」。

 対空機関砲弾の直撃で頭部が血煙となり消滅した兵士は骸となって横たわる。

 さらに戦車は敵兵の亡骸を履帯で粉砕し、第二防衛ラインを易々と突破した。

 続く第三防衛ラインの兵士は見るからに浮足立っていた。

 どう足掻いてもダニーク人たちの「決断的進撃」を阻止できず、1人また1人と勝手に陣地を離れて基地内へ後退し始める。

 北面防衛線は完全に崩壊した。

 恐怖のあまり、這う這うの体で塹壕から飛び出すスタントール兵たち。

 そんな憎き白人共の背中へ向け、サーラは呵責容赦ない銃撃を浴びせた。


 フルオート射撃。


 14.5mm弾の豪雨が逃げ惑うスタントール人たちを襲う。

 ある者は胴体に大破孔が穿たれ、ある者は頭部を粉砕される。

 手足を失い泣き叫ぶ兵士にも、サーラは一切容赦しなかった。


 殺せ。


 歴戦の革命戦士である褐色少女の緋色の瞳が激しい憎悪で燃え上がる。

 斯くして、サーラ率いる革命親衛隊は「ベゼラの丘」の頂上へと到達した。



……



 一方その頃、当初「敵」解放戦線の「攻撃主軸」と目されていた「南面」防衛陣地に展開した「ファーンデディアの精鋭」305大隊の面々は、敵本隊の攻撃が予想よりも低いことに違和感を覚えていた。

 大隊規模の歩兵と数両の戦車や装甲車による攻撃を受けてはいたが、敵の攻撃はやや散発的で「陣地突破」というよりも何処か「探り」を入れているような感さえあった。

 「激戦」になると予期された南面中央防衛線第1ブロックに展開した305大隊第1中隊を指揮する紅髪女レシアは、早速ロケットランチャーで敵戦車を1輌撃破していたが、それ以降は敵の装甲車両が姿を見せないことに疑問を抱いた。


「……なんかおかしい……あれだけ気前よく砲弾を叩き込んできた割には、たいしたことねぇな。」


 レシアの呟きに応じるかのように、ベゼラ基地の主がダイレクト通信を入れてきた。


『嬢ちゃん!奴等の本隊は北だ!!

 今すぐ、中隊全員を連れて基地に戻れ!!もうサーラちゃんが中で大暴れしてるぞ!!

 速攻で始末しろ!!』


 ダリルの通信に、レシアは肩の小型無線機を掴んで応答した。


「あんだって!?クソッタレ“飛行制限”の南じゃねぇのかよ!?

 ……ふざけやがって、あのクソ女!!裏を掻いたつもりか!?

 レシア、了解!基地に戻る!!」


 通信を終えるなり、紅髪女は付近に展開する配下中隊各位と新兵たちに向け叫んだ。


「クソ共!!ダニ野郎の本隊が北から来やがった!!

 基地に戻るぞ!!急げ!!」

「了解!姐さん!!」


 続いてレシアは隣でブルパップ式自動小銃を断続的に発砲し、視界内に入ったダニーク兵を的確に始末していたティーカに告げる。


「おい、ホルドレル。テメェーの実力ってやつを見せてみろ。

 今からサーラ・ベルカセムをぶっ殺しに行くぞ。」

「はっ!リョーデック大尉殿!!」


 ティーカは銃を下げると、全力で基地へ向けて駆け出したレシアの背中を追いかける。

 彼の後ろを、アレン他新兵たちも慌ただしく続いた。


「な、なぁ、ティーカ……どういうことだよ?

 攻勢主軸は、連中にとって“安全”な飛行制限のある南からじゃなかったのか?」


 走りながらアレンがティーカに尋ねる。

 これにティーカが答えを出す。


「……だからだ。俺たちは当たり前にそう考えていた。

 もし俺がベルカセムなら……敵が想定していない方を叩く。」

「マジかよ……でも、北なら空軍がやっつけてくれるだろう?」


 アレンのこの発言について、説明が必要だろう。


……

 新暦1926年末に女王の命により行われた解放戦線拠点都市・オランへの「核攻撃」を受け、スタントールの「冷戦相手国」であるロングニル王国連合を中心とした国際社会は、ファーンデディア南部地域一帯にスタントール空軍所属のあらゆる航空機を対象とした「飛行制限空域」を設定した。

 しかし、スタントール側は自国主権を無視するこの措置に当然の如く猛烈に反発。

 それをあらかじめ見越していたロングニルは、「新たなる友好国」に協力を要請した。

 極北の半鎖国国家、ベルベキア連邦。

 他国の数世代先を行く超先端科学技術を有するこの国は、「飛行制限空域」と設定されたベゼラ基地以南のファーンデディア南部地域一帯の上空に自律行動型ナノマシンを散布。

 空域に侵入したスタントール軍用機は、電子機器へウィルスのように入り込んだナノマシンによって制御システムを乗っ取っられてしまい、強制着陸させられてしまうのである。

 ナノマシンの存在に気付いたスタントール軍は、停戦期間中何度となく対抗策として編み出した「カウンターナノマシン」を散布して「飛行制限」の無力化を試みたが、べ連邦製のナノマシンの持つ圧倒的な自己複製能力を前に敗北しているのが現状である。

 「飛行制限空域」の「有効ライン」は、偶然にもちょうどベゼラ基地南側境界フェンスの直上に位置している。

 故に、ベゼラ基地の南面は航空支援が一切得られない「危険地帯」と化しており、基地の防衛網は南部に重点が置かれていた。

……


『コロン2-1よりベゼラコントロール。

 まもなく作戦空域に到達。指示を乞う。』


 既にベゼラ基地の「主」ことダリルは、北が敵攻撃の主軸と判明する前から手を打っていた。

 基地管制塔から周囲の戦況を双眼鏡で確認しつつ、北のデルカン空軍基地から来援中の味方戦闘爆撃機部隊からの通信に応答する。


「こちらベゼラコントロール。コロン2-1、北からダニ野郎の機甲部隊が襲来。

 敵戦力、数個師団規模。遠慮は無しだ。持ってきたナパームとクラスターを全弾基地北面に投下しろ。

 間違っても基地南面に入るなよ。入ったらパイロットから歩兵に格下げだ。」

『コロン2-1、了解。交戦する。』


 ジェット機の爆音がベゼラに轟いてくる。

 スタントール空軍の主力である大型デルタ翼戦闘爆撃機約10機が、高度を下げてベゼラ基地北面の原生林に接近する。

 戦闘爆撃機部隊の先頭を進む部隊長「コロン2-1」のヘッドマウントディスプレイに、森の中を突き進む多数のダニーク軍戦闘車両の存在が四角いマス状に表示された。

 操縦桿のトリガーに指をかけ、翼に懸架した大型ナパーム弾の投下準備に入る。

 間を置かず、地上のダニーク軍から対空砲火が撃ち上げられた。

 無数の対空機関砲弾がスタントール軍航空部隊に浴びせられる。

 だが、大戦を経験した手練れのパイロットで構成された「コロン」中隊にとって、闇雲に撃ち上げられた対空砲火は大きな脅威ではない。

 彼らは編隊を乱すことなく、一直線に敵機甲部隊へ接近した。

 やがて投下適正距離に達する。

 ベテランであるフェターナ系センチネル男性パイロットの「コロン2-1」が叫ぶ。


『コロン2-1、投下!投……なに!?』


 彼のコックピットに突如、けたたましい「ミサイル警報」が鳴り響く。

 慌てて回避機動を行おうとするも、間に合わなかった。


 爆発。


 「コロン2-1」の機体に側面から短距離「空対空」ミサイルが直撃し、木端微塵となった。

 次の瞬間には彼の部下数名も空の塵と化す。

 辛くも回避に成功した「コロン」中隊の生き残りがダリルに驚愕の状況を報告する。


『こ、こちらコロン2-6!隊長がやられた!!

 ……敵戦闘機だ!複数いるぞ!いったい、何処から湧きやがった!?』

「なんだって!?」


 管制塔のレーダーを大急ぎで確認するダリル。

 するとそこには「所属不明」を示す赤色の光点が複数、ベゼラ基地から10キロ程南側に位置する丘陵地帯から突如として出現する様子が映し出されていた。

 

「……おいおい、マジかよ……

 ダニちゃんたち、よりにもよってウチの近所に地下空軍基地を作りやがったな?」


 思わずニヤリと笑みを浮かべるダリル。

 だが、その歴戦の王国軍指揮官の額には一筋の汗が流れていた。

 

 ダリルは王国防諜局からの「未確認情報」として、ダニーク解放戦線が「空軍」を組織した可能性があることを掴んではいた。

 だが王国軍上層部や政府は、「一介の地方武装ゲリラ」に過ぎないと見做していた解放戦線が、国家クラスの資力を必要とする空軍を組織することなど不可能と考えており、当然何らの対策も講じてはいなかった。

 加えて今日までの「暫定停戦」と「南部飛行制限」である。

 5年にも及ぶ王国側が一切手出しできない状況が、解放戦線にとって相当有利に働いたようだ。

 ダリルは『ダニーク解放戦線、空軍を組織』なる「未確認情報」を「確度の高いもの」と考えて軍上層部や政府高官に働きかけを行ったものの、「本国」のお偉方の「石頭」を崩すことは出来なかった。


 今、そのツケを、現場の王国軍兵士たちが払わされることとなる。


 ダリルは無線範囲内の全王国軍部隊に向け、緊急警報を発した。


「こちらベゼラコントロール、ダリルだ。

 ベゼラ基地に展開の全王国軍に緊急警報!解放戦線“空軍部隊”出現!

 基地守備隊は防空戦闘に移行!305の馬鹿野郎共は、頭に気を付けつつ引き続きダニちゃんたちを地獄に送れ!

 いいか!気合入れてけよ!!空を飛んでるのは俺たちだけじゃないぞ!!」

『了解!オヤッサン!!』


 配下の各部隊が応答する。

 その直後、解放戦線「空軍部隊」の奇襲を受けた王国空軍戦闘爆撃機部隊「コロン」中隊の連絡を受けたデルカン空軍基地の「主」が、慌てた様子で「旧友」であるダリルに通信を入れてきた。


『ベゼラコントロール!こちらデルカンコントロール!

 おい、ダリル!聞こえるか!?返事しろ!』

「ようマルセル、とりあえず生きてるぜ。」


 ダリルは「同期の桜」であるところの「王国空軍総司令」マルセル・アルベール上級空軍大将の通信に、冗談めかして答えた。

 これにマルセルは胸を撫で下ろしつつ用件を伝えた。

 

『クソ……心配したぜ……

 今、本国フェターナのフェリス空軍基地から“マルセイユ戦隊”を発進させた!

 アフターバーナー全開でソッチに向かってるから、あと30分以内に到着する!

 ダニのハエ共を速攻で叩き落としてやるから、その後で彼らがベゼラに着陸できるようにしておいてくれ!

 いいか!?30分だ!何が何でも持ちこたえろよ!』

「ありがとよ、マルセル。貸しが出来たな。今度、酒を奢るよ。」

『……約束だからな、ダリル。絶対に死ぬなよ……

 デルカンコントロール、通信終了アウト。』


 旧友との通信を終えるダリル。

 マルセルの言った「マルセイユ戦隊」とは、超工業大国が世界に誇る最新鋭ステルス戦闘機を装備したスタントール王国空軍の精鋭ベテラン戦闘機部隊である。

 マルセルは自身の権限を持って、本来なら国防大臣の承認が必要な「本国」空軍部隊を、急遽投入したのであった。

 敵ダニーク空軍の戦闘機は、人民共和国製の小型汎用戦闘機。

 新型ステルスの敵ではない。件の「マルセイユ戦隊」が来れば、一瞬で片付けられるだろう。

 だが問題は、遠く「本国」フェターナから真っ直ぐこちらに向かってくる為、ベゼラに到着する頃には燃料をほぼ使い果たしてしまうということだ。

 彼らが制空権を確保したら、給油しなければならない。

 もし、空の戦いに勝ったとしても、ダニーク地上軍がベゼラに侵入して滑走路を塞がれてしまえば極めて高価なステルス戦闘機を無駄に失ってしまうことになる。

 ただでさえ「本国精鋭部隊の援軍」という大きい貸しを作ってしまったのだ。

 これに加えて「給油失敗による機材喪失」となれば、ダリルはマルセルに一生かけても返せない壮絶な「貸し」を抱えることになる。

 ベゼラ基地の司令官は、舌なめずりを一つかまして再び双眼鏡を構える。

 

「……頼むぞ、レシア嬢ちゃんたち……

 サーラちゃんを滑走路に入れるなよ。」


 ダリルは各部隊に指示を出しつつ、最も信頼する女性兵士らの奮闘に己と基地の運命を託すのであった。



 停戦明け初日に始まった「第二次ベゼラ基地攻防戦」は、さらに過熱していく。

 アーガン人民共和国「絶対首都」カムラク。

 ノルトスタントール連合王国の「完全敵対国家」にして、この世界最大の人民共産主義国家。


 その首都カムラクに広がる無機質なコンクリートの街並みは「新たな指導者」ことザイツォン・ベタシゲン国家主席による「改革」によって徐々に改められており、「旧帝政時代」の雰囲気を感じる歴史的な装飾を纏った建物や「自由主義陣営諸国」から招かれた世界的な建築家が手掛けた近未来的意匠の高層ビルが建ち始めていた。


 そんなカムラクの一角に、黄色い外壁タイルで覆われた10階建てのビルがある。

 内務人民委員会ビル、通称「ダムへの片道乗車駅」だ。

 人民共和国の治安と謀略の全てを司るその建物の「主」が、自身の執務室で「腹心の部下にして愛する妹」からの不愉快極まる「不穏な報告」を訊いていた。

 閉じているかのように細い瞳をした美女、名をカレン・アクラコンという。

 アーガン人民共和国内務人民委員会委員長であり、つい先日、その肩書に「人民党総書記長」なるものが加わった。

 この冷徹な雰囲気を纏う酷薄の若い女こそ、恐るべき共産国家の実権を一手に握る「実質的最高指導者」である。

 今、彼女に「不穏な情報」を届けた人物はカレンの妹にして「人民共和国最強の兵士」、シクラ・アクラコンである。

 姉と同じように細い瞳をした美女であり、きめ細かな黒髪を後ろで三つ編みにしている。

 机に座る姉の正面に立ち、直立不動で自身が掴んだ「政敵」の「報告」を終えた。


「……その情報、絶対に間違いないのか?

 もし王国側の欺瞞情報を掴まされたのなら、お前であっても“ダム送り”にしてやるぞ……シクラ……」


 カレンの全身から強烈な極寒オーラが迸る。

 今、人民共和国の実質的リーダーは激怒していた。

 それだけ、妹シクラの伝えた「報告」が彼女にとって不愉快極まる内容だったからだ。


「……お姉様……残念ながら本当です。

 ザイツォン様……いえ、“あの男”はお姉様に対抗するべく“影の兵力”を組織しており、内務人民委員会の矯正労働施設へのサボタージュや特定政治犯の脱獄幇助を行っております。

 ……これは明確なお姉様への裏切り行為です。」


 シクラはハッキリとそう言った。

 するとカレンは椅子から立ち上がり、シクラに近付いた。

 鼻先が触れ合う程に顔を寄せ、「冷血姉妹」は互いの細い瞳を真っ直ぐ見つめ合う。

 相手の考えていることを、姉妹は完全に理解した。


「……シクラ。」

「……お姉様。」


 カレンはシクラの両頬に優しく手を添え、シクラも愛する姉の顔を愛おしそうに触る。

 そしてカレンはおもむろに口を開いた。


「……シクラ……ザイツォン様に気付かれぬよう“神の演算機”をファーンデディアに移設なさい。」


 これにシクラはゆっくり頷いて命令を受領する。


「……承知しました、お姉様……」

 

 そしてカレンは愛する妹シクラの唇に自身の唇を重ねた。

 しばしの間、濃厚なキスをする「冷血姉妹」。

 やがてシクラは姉から名残惜しそうに離れると、見事な敬礼を示した。


「……では、“世界再構築準備”に入ります……お姉様。」

「……頼みましたよ、シクラ。」


 姉の執務室を辞するシクラ。

 一人残されたカレンは、窓から外を眺める。

 その脳裏に、昔「暗殺した」母親が死に際に遺した言葉の断片が蘇る。



 ……思い知れ……貴様は……愛していた者に裏切られ、無様に死ぬだろう……

 


「……地獄から見てて、お母様……絶対に貴様の思い通りにはならないから……

 このクソみたいな世界……私の思い通りに無理矢理“作り直して”やる!」


 カレンの細い瞳がカッと見開かれ、カムラク全土を覆うかのごとき激烈な氷点下のオーラが迸る。

 


 ……愛する男に裏切られたことを知った「冷血女」の狂気が、この異世界に取り返しのつかない未曾有の惨劇をもたらそうとしていた……

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