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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
幕間劇  異世界の群像
56/63

55. 混迷する古き王国

※次章以降に深く関係するスタントール王国の政局混迷を描いた話となります。

 戦闘描写はほぼありません。

 政治的な話が中心となりますが、お付き合いいただければ幸いです。



 可憐な黒い瞳に長く美しい黒髪を靡かせる少女が、逞しい筋肉を備えた金髪碧眼の母親に連れられ、愛する父親の執務室に入った。


「お父様!」


 部屋に入るなり、少女は執務机のチェアに腰掛ける父の下に駆け寄った。

 父親は椅子から立ち上がり、両手を広げて今年11歳となる長女を歓迎する。


「カリーシア。それにエクトリア。

 今、帰ったのか?」


 心から愛する一人娘を優しく抱き締め、戦場を共に駆け回った戦友でもある最愛の妻を満面の笑顔で出迎える黒髪に黒い瞳の「気高き」白人男。

 彼の名はカスデル・シノーデルⅢ世。

 世界屈指の超工業大国、ノルトスタントール連合王国第24代国王である。


「あぁ、カスデル。クソみたいなパーティーだったよ。

 デルバータのオッサンが、アンタに宜しくってさ。」


 スラム出身の粗野な「王妃」はニヤリと笑みを浮かべて夫の代理として出席した王国海軍記念式典での感想を述べ、「主催者」である名門貴族当主の「今上国王陛下への惜しみない賛辞」をこの上なく簡略化して伝えた。

 エクトリアは言葉を続ける。


「それで?そっちはどんなだった?

 クソ政治屋連中の緊急会合は。」


 彼女の言う「クソ政治屋の緊急会合」とは、ノルトスタントール連合王国国民議会の「臨時国会」のことだ。


「……まぁ……酷いものさ。

 君があそこにいたら、議事堂にいた連中全員を撃ち殺してただろうな。」


 そう言うとカスデルは、愛娘の頭を優しく撫でながら苦笑いを浮かべた。

 

……

 カスデルⅢ世国王在位の現在、ノルトスタントール連合王国の文民政府は、「極左」である「スタントール人民主義者党」も政権に参画する「左派系小規模政党の寄り合い所帯」と言っても過言では無い非常に不安定な中道左派系連立政権である。

 内閣の長たる王国首相こそ「穏健左派」で国民議会第一党……それでも議席過半数に遠く及ばない弱小政党……の「フェターナ社会国民連合」の党首が担っていたものの、検察庁長官や内務大臣には「人民共産主義思想」を唱える人民主義者党の者が就任しており、事あるごとに「王」と「軍」に対し、言いがかりにも近い「不正疑惑」への捜査や「審問」を突き付けていた。

 今回の臨時国会も、人民主義党議員及び内務大臣による「王国空軍次世代戦闘機の選定を巡る国王不正」に関する「国民査問委員会」立ち上げ決議案の発議が出されたことで急遽開催が決まった。

 「疑惑の渦中」であるカスデルは当然のように国会出席を求められ、当初予定していた王国海軍記念式典に参加できなくなり、愛する妻と娘に代理を頼んだという次第だ。


 尚、この「王国空軍戦闘機選定の国王不正」とは、「ネクタス・シノーデル王家」当主であるカスデルが、「故郷」のネクタス州に本社を構える航空機メーカーに便宜を図ったとされる疑惑であるが、そもそもの事の発端はとある式典に参列したカスデルがネクタスの航空機メーカー重役と式典後のパーティーで談笑している写真を見た「左派系」タブロイド紙の記者が「憶測と妄想」で書いた低俗なゴシップ記事で、何ら確たる証拠も無い「デマ」の類であった。

 しかし、王制に断固反対する「アカい議員」とそれに与する左派メディアは、これを「絶好のチャンス」と捉え、根も葉もない「国王の醜聞」を巻き散らしては王制への国民の支持を低下させようと目論んでおり、「国王審問」に慎重な首相はじめとする他の政権与党に、今回の「査問委員会発足決議」への賛成を強く迫っていた。


 一方、そんな「アカ」共に対し、野党の中道右派・極右系政党や右派メディアは激しく反発。

 特にネクタス州系の政党やメディアはこぞって「国王の無罪」を訴え、「人民主義者」の「古き王国を指導せし偉大なる王家」への非常識極まる振る舞いに大いに憤慨し、ネクタス州内にある人民主義者党の支部建物前では、連日「国王に忠誠を誓う」ネクタス人による「暴動寸前」の抗議デモが起こっていた。


 斯様に左右両方からの「攻撃」に晒される現在の中道左派連立政権は、発足から僅か1年で崩壊の危機に直面していた。

 カスデルが出席した今回の臨時国会は特に「酷い有様」であった。

 右派議員と人民主義者党所属の左派議員による猛烈な言い争いが議事堂を包み込み、「国民査問委員会」決議案の「強行採決」が始まると、激高した左右両議員による取っ組み合いの喧嘩すら起こる始末。

 もはやそこに1000年以上の歴史を誇る「スタントール王国国民議会」の「理性的な文民統治の重み」など無く、さながら動物園が如き理性なき獣同士の醜い修羅場と化していた。

……


 ふとカリーシアは父の執務机に置かれた朝刊の束に目を向け、その一つを手に取った。

 それはフェターナ広域州に本社を構える「極左メディア」の新聞だった。

 一面記事には以下のような言葉が踊っている。


『国王弾劾へ向け前進~国民査問委員会発議案本会議通過の見込み~』

『古びた王制に否を!今こそ人民主義に学ぼう!』

『カスデルⅢ世王の品格を問う国民の声高まる……国王不正を許すな』

『“私は王の慰安婦だった”……元少女アイドル、衝撃の告白』


「……」


 聡明な王女はその「反吐が出る」文言を見て、強い怒りを覚えた。

 特に最後の「慰安婦」云々は完全なる「偽証」であり、許し難い名誉毀損である。

 こんな三流タブロイド紙以下の飛ばし記事を「一流マスメディア」を自負する大手新聞社が堂々と一面に掲げる等、言語道断だ。

 新聞を持つ王女カリーシアの手がわなわなと震える。


「……なにこれ?許せない……」


 すると母エクトリアは賢い愛娘から新聞を取り上げ、壮絶な笑顔を見せた。


「おい、カリーシア。バカな“便所紙”見たら、アンタまでバカになっちまうよ?

 ……いいかい?

 こんなケツを拭く紙にすらならないゴミは、破って捨てちまえばいいんだよ。」

 

 言うなりエクトリアは「大手一流新聞社」発行の朝刊を破り捨てた。

 カリーシアはスラム出身の母の、王妃となっても変わらない「豪快さ」に素直な喝采を送った。


「流石、お母様!次はこの記事を書いた“クソ野郎”を引き裂いてやろうよ!」

「おうカリーシア!機関銃持ってカチコミ行くか!!」


 満面の笑顔で物騒な「冗談」を飛ばし合う母娘。

 この2人なら本当にやりかねないが、父カスデルは温和な笑みを湛えたままだ。


「ハハッ!相変わらずだな、2人とも。

 ……おいで、カリーシア。」


 カスデルは再び愛する娘を傍に呼び寄せ、傍らに近付いた彼女の美しい黒髪を優しく撫でながら言った。


「カリーシアが“次の国王”に成るまでに、父さんが厄介な連中全員を黙らせてやるからな。

 お前には楽をさせてやる。約束だ。」

「……うん……ありがとう、お父様……」


 心優しい父の愛撫に、黒い瞳を心地よさげに細めるカリーシア。

 

 だが、その「約束」が守られることはなかった。

 翌年、父カスデルと母エクトリアは搭乗していた王室専用機を極左過激派ゲリラが放った携帯型対空ミサイルによって撃墜され、帰らぬ人となった。


 やがてカリーシアは、「大戦」という最大の試練に真正面から立ち向かい、結果、「偉大なる古き王国」史上「最強の女王陛下」と讃えられ、熱狂的スタントール愛国主義者はじめとするスタントール王国臣民の大部分から神の如く「崇拝」されるようになる。 

 その圧倒的「威光」の前では、文民政府なんぞ「路傍の石」に過ぎなかった。

 新暦1929年8月某日。

 南半球に位置する超大国の「不落の王都」にして「枯れること無き花の都」は、その日、しんしんと降り積もる雪に覆われていた。

 しかし、冬の空気に包まれた王都は今、舞い落ちる雪を蒸発させるかの如き「狂乱」の只中にあった。

 フェリス王国国会議事堂。

 強大な超工業国家の行政府「本拠地」たる壮麗な「蒸気時代スチームパンク」風レンガ造り建物正面ゲート前の目抜き通りは、怒れる無数の人々で埋め尽くされていた。

 彼らの掲げるプラカードや横断幕には、以下のような「攻撃的」な言葉が書かれている。


『中央レヴェリガイアの武力奪還を!!』

『コモルドの獣人共を核で吹き飛ばせ!!』

『“植民地清算人”サリコジを街灯に吊るせ!!』


 彼らはいわゆる「愛国者」たち。

 右派に属する市民団体や武装結社の構成員のみならず、自発的に全国から集まった「偉大なる古き王国」を心から愛する王家に忠実な臣民は、声を大にして「失われた植民地」奪還を訴えていた。


 ネクタス州より遠路はるばる王都の乗り込んできた金髪碧眼の青年が、拡声器に向かって声を張り上げる。


「サリコジ首相!!あなたは、自分がどれだけ愚かな決断を下したか、本当にわかっているのか!?

 あなたは、我ら古き王国の先達たちが600年の年月をかけて築き上げた赤道植民地を、現地の獣人共にタダでくれてやったんだぞ!?

 一体、何を考えている!?

 王国の歴史を裏切った植民地清算人めが!!

 アカやロングニルの亜獣人共の不当な外圧に屈した腰抜けが!!

 ……恥を知れ!!

 僅かでも王国に対し罪の意識を感じるのなら、今すぐ王国軍を派遣し、翼の生えた野蛮人と猿共を殲滅せよ!!

 そして、偉大なる女王陛下に死をもって詫びよ!!

 ……ノルトスタントール連合王国、万歳!!女王陛下、万歳!!

 古き王国よ偉大なれ!!」


 青年の締めの言葉を、通りを埋め尽くす人々が唱和する。


「女王陛下、万歳!!古き王国よ偉大なれ!!」


 斯様に過激な言葉をもって現政権を糾弾する青年と「右派スタントール人」のデモの様子は、世界各国のメディアを通じて全世界に発信されていた。

 

「ご覧ください。今、スタントール首都フェリスでは、大勢の市民による政府への抗議活動が行われております。

 彼らは、先月末に合意された“中央レヴェリガイア植民地州の消滅”及び“民主コモルドニア人民共和国”成立に対し、これを容認した現政権を非常に強い差別的表現で攻撃しています。

 ……見てください、あの横断幕を……

 『ハエと猿を核で焼き滅ぼせ』……これが文明人とやらの言うことでしょうか!?」


 今や「古き王国」の「敵対国家」となった「自由と平等の国」ロングニル王国連合を代表する世界最大手の報道機関「ロングニル・ワールド・トゥデイ」に属するウサギ系亜人の女性記者、ロッピ・ヴァーニッタが「白熱」する現地の模様を猫娘カメラマン、メウラ・ミャルテアのカメラを通じ、リアルタイムで世界の「茶の間」に届けていた。


 一方、それを忌々し気に見つめるのは国会周辺の警備に当たる王国武装警察の警官たちだ。

 以前の「栄光に満ちた女王陛下の御親政下」であれば容赦なく警棒で排除出来たが、「大戦終結」に伴い文民政府の統治が「復活」した後は、これ以上の「自由主義諸国」との関係悪化を憂慮する政府の意向により一切手出しが出来なくなった。


……※本話における現在の世界情勢解説です。非常に冗長な内容に注意!※……

 「三大陸大戦」と呼ばれるこの異世界史上最大規模かつ史上初となる国家総力戦は、それまでの世界勢力図を大きく書き替えた。

 先進主要国が群立する東西レヴェリガイア大陸は、ロングニルやスタントールなどの伝統的立憲君主国家を中心にした「王国陣営諸国」と、革新的共和制国家で構成される「共和国陣営諸国」(その「共和国陣営」も、実情はより急進的な人民共産主義国家と保守的な民主共和制国家に大別されていた)の二大陣営に分かれて対立・融和を繰り返していた。

 ところが、今回の大戦で北半球の超大国にして「民主共和制国家」の雄であったエルエナル民主統合共和国が事実上滅亡したことにより、その構図は崩壊。

 民主共和制国家は拠り所であったエルエナルが失われたことで、「共和国陣営のもう一つの雄」だった「人民共産主義国家」アーガン人民共和国に依存することになり、二分されていた共和国陣営諸国はアーガンを盟主とした「人民共産主義陣営」に飲み込まれた。

 「共和国陣営」の「片翼」だった民主共和制国家では人民主義者による政変が相次ぎ、その悉くが「共産化」してしまったのである(しかし、共和国陣営にあっても独自の強固な政治体制を有する国……例えばディメンジア国家社会主義国は、アーガンとの関係を強化しつつも国体はそのまま)。

 

 一方で、王国陣営側にも大きな動きがあった。

 それまで王国陣営は、北ラーバキア大陸に位置する「不気味な半鎖国国家」ベルベキア連邦を除けば世界第一位の経済規模を有するロングニル王国連合と、同じく世界第一位の工業生産能力を有するノルトスタントール連合王国という二つの超大国が両輪となって陣営を引っ張ってきた。

 しかしこの二つの国は、政治体制こそ「立憲君主国家」と同じではあるものの、国情は全くの正反対だ。

 ロングニル王国連合は「法の下での絶対的平等」「完全なる信仰の自由」という二つの国家理念を掲げ、全ての人間、亜獣人、人語を解する魔物が平和共存している国家である。

 ところが、ノルトスタントール連合王国は完全人間(白人)至上主義国家で、この国では亜獣人の「人権」など存在せず、魔物は文字通り「有害鳥獣」でしかない。

 故にロングニルとスタントールは、元々大戦前から度々外交上の衝突(主にロングニルによる人道的観点からの各種非難を「内政干渉だ」とするスタントールの反発)を繰り返し、決して心から信頼し合う「友好国」とは言い難い状態であった。

 それが今回の大戦を契機に、一気に関係が悪化したのである。

 当初は「同盟国」として「共和国陣営」という敵と戦っていたが、大戦が王国陣営優勢に傾き、戦争の終わりが見え始めると、その「戦後処理」を巡って明確に対立し出すようになった。

 ロングニルは、エルエナルによる軍事侵攻を受けて「大戦当事国」となったベルベキア連邦からの莫大な支援……通称「イヴァノヴァ・プラン」を受け入れ、敵だった「元共和国陣営諸国」も含めた世界的統括復興計画を考えていたが、スタントール及びその友好国はこれに強く反発。

 スタントールは、国情が明瞭でない「半鎖国国家」べ連邦が「国際政治」に介入することを警戒すると共に、「敵」への復興支援を拒否した。

 事実、スタントールは占領下に置いた共和国陣営諸国の産業基盤を徹底的に破壊し、残された資産を没収することで「戦争賠償」としたのである。

 古き王国の直接的交戦相手国だったイェルレイムでは、スタントール占領軍のあまりに苛烈な「財産没収」によって深刻な飢餓が発生し、子供を中心に大量の餓死者が発生。

 一部地域では「人民共和国」の支援を受けた反スタントール・レジスタンス軍による武力蜂起さえ起こっていた。

 他にも、ベルベキア・ロングニル・スタントールの「3ヶ国分割占領統治」とされた「元・共和国陣営盟主」エルエナルでは、ベルベキア・ロングニル占領地域がいち早く「エルエナル民主主義国」として再スタートした一方、スタントール占領地域はそのまま「北西部レヴェリガイア海外州」としてスタントール領に組み込まれてしまった。

 ロングニル政府は一連のスタントールの「戦後処理」を厳しく非難し、ロングニルの主要マスメディアも彼の国に対するネガティブキャンペーンを展開。

 その結果、遂にスタントール系極右武装組織によるロングニル首都ヴェンデンゲンでの大規模軍事攻撃「ロングニル・ワールド・トゥデイ本社ビル襲撃事件」が発生するにまで至った。

 この「事件」以後、ロングニル・スタントール両国の関係は決定的に悪化し、事件から2年経った現在、「王国陣営」はロングニルを中心とした「政体を問わず民主主義的な国家の連合体」たる「自由主義諸国」と、スタントールを中心とした「本来の王国陣営」とでも言うべき保守的な白人国家の集合体である「王制国家同盟」の2つに事実上分裂していた。

……※世界情勢解説、終了※……


 「植民地失陥」により、「偉大なる古き王国」を愛する国民と軍・警察からの信頼を完全に失った現在のノルトスタントール連合王国右派連立政権の「長」であるエミリアン・サリコジ首相は、今、「職場」門前で繰り広げられるデモ以上の「敵」と相対していた。

 フェリス王国国会議事堂閣僚会議室。

 1500年以上の歴史を誇る古き王国の行政府「指令室」に、3人の白人男がいた。

 上座に座る金髪碧眼の筋肉逞しい「元海軍総司令官」にしてネクタス州名門貴族当主の中年男は激しい怒りに顔を歪め、対面の下座に座る2人の「フェターナ人」男に鋭い眼光を飛ばしていた。

 愛用の葉巻を深く吸い込み「忌々し気」に濃い紫煙を吐き出すと、フェターナ人男たちとの間に据え置かれた高級木製テーブルの灰皿に葉巻を押し付ける。

 そして、ネクタス人の男……ハインツ・デルバータ内務大臣は口を開いた。


「……改めて言おう。これ以上、俺はこの“バカバカしい”内閣に留まるつもりは無い。」


 するとフェターナ人男の一人、サリコジ首相が顔を歪めて反論した。


「……今、デルバータさんに内相を辞任されると、我が内閣は議席過半数を維持できなくなり倒壊してしまう……

 そんなことになれば、人民主義者の連中を喜ばせるだけですよ?」


 これにデルバータは怒りを露わにして声を荒げた。


「それ以上に!俺は貴様ら“フェターナ人”が許せない!!

 ……中央レヴェリガイアの武力奪還……これを確約しない限り、俺は内相を辞める……

 あの時、呑気にロングニルの港町へ旅立った貴様に、俺はそう言ったはずだ!

 ……にもかかわらず、翼の生えたトカゲ人間共に我らが植民地をくれてやるだと?

 なめてるのか!!」


 このデルバータの発言に、今度はサリコジの隣に座る40代の若い副首相……マクロンが激昂し立ち上がった。


「なめてるかだと!?

 なんだ、その粗野な言葉遣いは!!

 内相の分際で、首相に対して度が過ぎる発言だとは思わないのか!!」

「……軟弱なフェターナ人のガキが……

 調子に乗るんじゃねぇ!!」


 デルバータも立ち上がり、マクロンを睨み付ける。

 今にも取っ組み合いの喧嘩を始める勢いだ。

 これをサリコジは、「部下」のマクロンに一喝して場を治める。


「座れ!ドミニク!!無礼なのはお前だ!!」

「……はい……」


 気勢を削がれ、すごすごと着席するマクロン。だが、その顔には「狂信的愛国者」への怒りが張り付いたままだ。

 デルバータも背広の襟元を正すと、おもむろに着席した。

 この「狂信的スタントール愛国者」の男が、サリコジはじめとする政権指導部に強い態度で臨めるには理由がある。


……※世界観設定文章です。スタントールの議会制度に関する解説となります※……

……※長々と「議会制度」の説明が続きますが、ご一読いただければ幸いです※……

 ノルトスタントール連合王国国民議会は一院制で、議席定数は510議席。

 日本の衆議院・参議院、あるいはアメリカの上院・下院に代表される「二院制議会」では無く、普通選挙で選出された国会議員からなる単一議会である。

 1500年前の建国から約600年続いた「蒸気時代スチームパンク」まで、スタントールはシノーデル国王が強大な権力を握る「絶対王政国家」だった。

 故にフェターナ・ネクタス両州の高級貴族や有力者たちは、それぞれの「王家」を国王に据えるべく暗闘を繰り返し、「王」が死去する度に国は大きく乱れた。 

 そして「鋼鉄時代アイアンパンク」と呼ばれる「近代」に入った直後に巻き起こった複数回の大衆革命暴動や内戦を経て、それまで「王への意見機関」に過ぎなかった王国貴族と農民(フェターナ人)、鉱夫(ネクタス人)による「王国三部会」を発展した「連合王国国民議会」と「国王の上に立つ法」……すなわち「憲法」が成立し、立憲君主国家へと生まれ変わった。

 当初は「貴族院」と「市民院」の二院制だったが、200年前に「貴族特権撤廃法」が市民院で可決されて議会制度の見直しが図られた結果、現在の一院制国となった。


 そんなスタントール国会の議員は男女平等、貧富格差無しの完全普通選挙で選出され、任期は4年。

 内閣は国会の解散権を持ち、任期中であろうとも議会解散となれば直ちに「総選挙」となる。ここは日本の衆議院と同じである。

 ただし、選挙制度自体は大きな欠陥を抱えていた。

 それは現在のスタントール国民議会の選挙制度が、「完全比例代表制」だということだ。

 比例代表制では国民の投票先は「支持政党」となり、その得票数に応じて政党ごとに議席が割り当てられる。

 この際、「ドント式」などに代表される独特な計算式により議席数が算出されるが、計算式をそのまま当てはめると本来なら議席確保など叶わないような「泡沫政党」でも議席を得る場合がある。

 所謂「一票の格差」や小選挙区で落選候補に入れられた「死に票」というデメリットが無く、特定の候補者に投票できないことから地元の政治を優先する利権に絡んだ「政治屋」が生まれにくく「公正な選挙」が担保されるメリットがあるものの、議会では様々な思想を持つ少数政党が乱立することになり、政権は基本的に「複数政党の連立」となってしまう。

 その結果、スタントールの政局は中々安定せず、些細な政治スキャンダルや連立与党間の意見対立で容易に瓦解してしまい、今回の大戦でその「脆さ」が鮮明に表れた格好となった。

 斯様に不安定な政局と、不安定であるが故に「保身」ばかりを優先する国民議会議員たちに対し戦前から一部の国民の間で不満が燻っていたが、大戦を契機に「文民政府」への不信感は一気に増大。

 今ではネクタス州などを中心に、「絶対王政の完全復古」を求める声さえ上がっていた。

……※世界観設定文章、終了※……

 

 サリコジが首相を担う現ノルトスタントール連合王国右派連立政権において、デルバータが率いる超極右政党「ネクタス・センチネル王国武装戦線」は、その政権存続のキャスティングボードを握る「大型政党」へと成長していた。

 デルバータの「武装戦線」は、戦線の武装組織「王国防衛烈士団」が引き起こした「ロングニル・ワールド・トゥデイ本社ビル襲撃事件」以後、「熱狂的スタントール愛国者」の全面的支持を得るようになり、それまで存在していた数多の右派政党を相次いで糾合した。

 結果、約3年前の「武装戦線」結党時は僅か5議席に過ぎなかった議席数は、今や65議席を誇り、議会過半数である255議席の2割以上を占めている。

 これはサリコジ率いる国民議会「第一党」たる「フェターナ民主党」の議席137議席に次ぐ党勢であり、今やデルバータの「武装戦線」は女王親政終了後に発足したサリコジ右派連立政権における「第二党」となっていた。

 故にデルバータは自身が内務大臣を辞して連立を離れれば、議会過半数を下回る現内閣は倒壊し、大戦勃発とその後の「女王親政」により先延ばしにされていた「国民議会解散総選挙」が実施されることを良く理解していた。

 デルバータは既に「選挙」に向けて入念な下準備を行っており、「選挙はまだ先」と高を括っている他の「弱小政党」を「殲滅」し、植民地を「清算」したサリコジ一派を片付けるつもりでいた。


 だが、これは「反対側」も同じであった。

 極左政党である「スタントール人民主義者党」は、女王親政終了に伴う民政移管以後、「解散総選挙」実施を強く訴えており、国内の労組はじめ左派系市民団体の結束を強めていた。

 この政党は先の「フェリス同時多発テロ」の折、あろうことかテロに乗じて政権の「武力強奪」を企てたが、国内外主要メディアはテロ首謀者であり、今や「革命のアイドル」と化した「サーラ・ベルカセム」にばかり注目し、極左による「政権強奪テロ」自体もデルバータが極めて迅速に鎮圧したこともあってか、彼ら人民主義者党による「テロルの事実」は迅速に人々の記憶から忘れ去られていた。

 それを最大限利用した「労働者の国」のシンパらは、フェターナ人左派は言うまでもなく左右のどちらにも与しない「浮遊層」や他の広域州(ノルドガルト州や南部ホルスタ諸州)の人々に向け、繰り返し「大戦以後失われた平和の回復」を唱えることで急速に支持を拡大しつつあった。


 以上の政治情勢により、今ここでデルバータが内閣から飛び出して連立を解消すれば、議会における議席過半数を失ったサリコジ政権は、間を置かず野党から提出されるであろう「内閣不信任案」の本会議決議を阻止出来ず、議会を解散させるより他に道が無くなってしまう。

 故にデルバータは、サリコジに対して強硬な姿勢を取ることが出来るのである。

  

 サリコジは着席したデルバータに、改めて「海外州放棄」が「苦渋の決断」だった旨を伝え、内閣に留まるよう説得を続けた。


「……デルバータさん……元軍人のあなたならわかるはずだ。

 あの時、万策尽きた我々が“コモルド人”に譲歩しなければ、人質となった民間人3000人と州政府軍捕虜800人の命は失われていた。

 ……人命は何物にも代えられない。そうでしょう?」


 サリコジのこの「説得」は、ネクタス州名門貴族当主には「逆効果」であった。

 怒りを再燃させたデルバータは、感情を露わに反論する。


「それが“バカバカしい”と言うのだ!!

 我らが古き王国の植民地死守という大義を前に、高々4000人足らずの人命がなんだというのだ!?

 ……彼らとて、偉大なる王国の勝利の為とあれば喜んで犠牲となっただろう……

 ……首相!貴様はあの会談で、会場の椅子を蹴飛ばして翼の生えたトカゲ人間の頭を銃で撃ち抜くべきだった!!

 そうすれば、今頃中央レヴェリガイアの争乱は治まり、秩序は回復されていたであろう。

 ……それが理解出来ないのか!?」

「なっ!?……そんな……」


 約4000人の同胞の命を「軽い」と言い放った「狂信的愛国者」デルバータに、サリコジはもはや言葉を失った。


「……」


 隣に座る「部下」のマクロンは沈黙を保ちつつも激怒。

 「上司サリコジ」という「押さえ」が無ければ、今すぐにでもデルバータを殴り飛ばすつもりでいた。


「……理解出来ないようだな。

 なら、話はこれで終わりだ。俺は明日にでも記者会見を開き、内相辞任と連立解消を発表する。

 ……今のうちに首相官邸を引き払う用意をしておけ、サリコジ。」


 言うなりデルバータは立ち上がり、閣僚会議室を後にした。

 重い空気に包まれた会議室に残された現職の首相と副首相。

 

「……畜生っ!!あのクソッタレの“鉱石野郎”が!!」


 マクロンは机に拳を叩き付けると、たまらずネクタス人への「差別用語」を吐き捨てた。

 「鉱石野郎」とは、「農業国」フェターナ人による「鉱山国」ネクタス人への「蔑称」であり、保守的な傾向が強く「頭の固い」ネクタス人を揶揄する差別的ニュアンスを含んだ「粗野」な言葉だ。

 さしものサリコジも「部下」の発言に同意せざるを得なかった。

 だが今は、「去っていったネクタスの分からず屋」のことを罵倒するより、「先のこと」を見据えて直ちに行動を起こさなければならない。


「……兎も角、これで道は決まってしまった……

 早ければ来月にも“選挙”となるだろう……急いで準備を進めるぞ、ドミニク。」

「……了解です。首相……」


 会議室に残された2人のフェターナ人は、暗澹たる思いに駆られた。



……



「……そうか、内相を辞すると言うか。」

「……ははっ!サリコジ一派の軟弱なフェターナ人政権を粉砕し、我が武装戦線一党による単独政権を樹立してみせます!」


 閣僚会議室を出たデルバータは、その足で自身が「最も敬愛する女性」の下を訪れ、国会議事堂での一連の「顛末」を報告していた。

 フェリス王国国会議事堂から車で5分程の距離にある「そこ」は、超工業大国の国家元首が住まう城。

 切り立った断崖の上に建てられた荘厳な超高層宮殿……名を「カズキの天空要塞」と言う。

 そこに、約3億を数えるスタントール人の頂点に君臨する「最強の女王陛下」は居る。

 カリーシア・シノーデルⅡ世女王。

 年はまだ20代半ばと若く、可憐な黒い瞳と上質な絹が如き艶やかな黒髪を備えた美しい女性である。

 今、女王は自身が普段過ごしている要塞最上階にある「王の間」にて、執務机に腰掛けながら本を読んでいた。

 視線は本に向けたまま、女王は机を挟んだ正面で直立するデルバータを「問い詰める」。


「……デルバータ……貴様を内相にしたのは、くだらぬ政治ゲームをさせるためではないぞ?」


 デルバータは背筋に冷たいものを感じながらも「弁明」した。


「も、もちろんであります、我らが女王陛下。

 既に“ダニーク人問題の最終解決”は第三段階の中間フェーズを完了しており、第四段階に向けた“絶滅収容所”の建設を占領下イェルレイムで継続中です。

 ……そ、それに、来月には行われるであろう選挙では必ず私の党が勝利します……

 私が首相となった暁には、失われた中央レヴェリガイア海外州の奪還も果たして御覧に入れます!

 そして……」


 ダンッ!


 「弁明」を遮るように女王は読書中の本を机に叩き付け、デルバータに鋭い眼光を飛ばす。

 その「恐るべき眼力」を前に、先程までフェターナ人の首相と副首相相手に尊大極まる態度で臨んだ男は、打って変わって肉食獣に睨まれた小動物のように震え上がった。


「……いつ、誰が貴様に『首相になれ』と言った!?

 わらわは、そんなことを命じた覚えはないぞ?

 ……第一、逃亡したダニーク王家の者は見つけたのか?……見つけておらんだろうが!!

 与えられた己が使命すら全うせず、何が首相だ!

 逆上せ上がるのも大概にせよ!!」


 デルバータは女王の「怒り」に、この上ない恐怖を感じた。

 全身から大粒の汗が噴き出し、身体は小刻みに揺れる。


「……も、もも、申し訳ございません、女王陛下……わ、私は……」

「どうせ貴様のことだ。サリコジに向かって啖呵を切り、阿呆みたいにブチギレて席を蹴ったのだろう?

 プライドだけは一級品で中身は我が儘なクソッタレの馬鹿ガキそのものではないか?あぁ!?」


 スラム出身の母から受け継いだ「流儀」で名門貴族当主の男を難詰した女王であったが、一呼吸置いて続けた言葉には、ある種の「諦め」が表れていた。


「ハァ……まぁ、良い……

 もう貴様が腹を決めたのなら、これ以上とやかく言うつもりは無い。

 精々、選挙で民意を問うが良い。

 妾は口出しせん。如何なる結果になろうとも、しっかりケジメをつけよ。」


 この「女王の御言葉」に、項垂れていたデルバータは地獄から救い出された気分になり、晴れやかになったおもてを上げて「決意」を申し述べた。


「……は、ははぁーっ!!偉大なる我らが女王陛下!!

 必ず……必ずや選挙に勝利してみせます!!

 我がデルバータ家の名に懸けて、決して陛下のご期待を裏切るようなことは……」


 女王は名門貴族当主の長くなりそうな「決意表明」を遮り退出を促した。


「わかった、もう黙れ。さっさと妾の部屋から出ていけ。」

「ははっ!失礼致します、女王陛下!古き王国よ偉大なれ!」


 デルバータは見事な敬礼を女王へ示すと、「王の間」から退出した。

 残された女王は「狂信的愛国者」の男が去った扉を睨みながら呟いた。


「……ッたく……この国には馬鹿しかおらんのか?」

 

 「偉大なる女王陛下」は不機嫌そうに読書を再開した。



……



『ノルトスタントール連合王国、戦後初の国民議会選挙実施へ』


 この報が世界を駆け巡ったのは、デルバータが「王の間」から退出した約1週間後のことだった。

 女王への「報告」を終えた「狂信的愛国者」の男は、翌日、記者会見を開いて内相辞任と「王国武装戦線」の連立政権からの離脱を表明。

 その次の日には「スタントール人民主義者党」を中心とした左派系野党4党連名による「内閣不信任案」が発議された。

 もはや議席過半数を失い、左右双方から見放された現政権に不信任案可決を阻止する力は無く、サリコジ首相は熟慮の末、不信任案発議から4日後の通常国会開会目前に国民議会を解散した。

 「国民議会総選挙」の投票日は新暦1929年9月末日とされ、左右両派が「待ち望んだ」選挙戦の幕は上がった。


 斯くして、今や世界勢力図の「第三極」を担う超工業大国の政局の行く末に全世界が注目することとなる。

 

 カリーシアⅡ世女王という「稀代の傑物」による親政で、「大戦」では圧倒的不利な戦局を独力で覆して見事勝利を収め、「古き王国」の偉大さを「再認識」したスタントールの人々。

 だが一方で、大戦終結後の女王親政継続には「否」を突き付け、自らの手に国権を取り戻したことも事実。

 ……果たして、彼ら3億人の「栄えある白人種」たちは大戦後の国の本格的な舵取りを「右」と「左」のどちらに託すのか……


 世界中から報道メディアが押し寄せ、過熱するスタントール「国民議会総選挙」の一挙手一投足に関心が集まった。


……


「皆さん!!これ以上の戦争はもう止めましょう!!

 古臭い王制を否定し、我々労働者による政府を打ち立てて真の平和と真の平等を実現しようではありませんか!!

 もう戦争はうんざりな筈です!

 私たち人民主義者党にお任せいただければ、大戦後もダラダラと続く植民地とファーンデディアでの戦争を直ちに終了させることを、お約束します!」


 選挙カー天井に設けられた演台に立つスーツ姿の「極左政党」に属するフェターナ人の男性代議士が、王都フェリスのターミナル駅前を通る大通りで声を張り上げる。

 複数のマイクを束にした「集束マイク」を片手に、付近の通勤客らに支持を訴える。

 数名の「支持者」が選挙カーの周囲にたむろしている他は、誰も彼の「熱い」演説に耳を貸そうともしてなかった。

 一方、その道路を挟んだ「対岸」では同じく選挙ワゴンの演台に立った「極右政党」所属の若手女性代議士が負けじと大衆に「人民主義者の犯した罪と女王の偉大さ」を声高に訴え、これに道行く大勢の人々が共感を示して立ち止まり、彼女の演説を聞いていた。


「愛するフェリス市民の皆さん!人民主義者があの忌まわしい“4.11”の時、何をしたか覚えていますか?

 ……そうです!彼らは、あろうことかテロに乗じて政権強奪を企てたのです!

 ダニーク人テロリストと共謀した祖国の裏切り者の言う事に、耳を貸してはいけません!!

 女王陛下を讃えましょう!大戦を勝利に導いた我らが偉大なるカリーシアⅡ世陛下こそ、スタントール民族の希望なのです!!

 今こそ!愚劣極まりない衆愚政治を終わらせ、史上最強の女王陛下による絶対王政の復活を!!」


 これに聴衆に混じった「極右」女性代議士関係者の若い男が「合いの手」を入れる。


「そうだ!!我らが女王陛下は偉大なり!カリーシアⅡ世女王陛下、バンザイ!!」


 男の言葉に、周りの人々も思わず同調してしまう。


「……おう……そうだ!女王陛下、万歳!」

「……女王陛下、万歳!」

「女王陛下、万歳!!王政復古を!!」


 気付けばフェリス中心部に位置するターミナル駅・フェリニシア駅一帯を、「女王、万歳」を唱える人々の大合唱が包み込んだ。

 対岸で「王制廃止」を訴えていたフェターナ人中年男は、尚も女王の「悪行」を糾弾しようと演説継続を試みたが、「偉大なる女王」を讃える群衆の大合唱を前にあまりに無力であった。


「み、皆さん!あの女王は人殺しですよ!……聞いてください!

 女王は……じょ、女王は……」

「“陛下”をつけろ、デコスケ野郎!!」


 「偉大なる女王陛下」を人殺し呼ばわりする「アカ男」に対し、近くにいた一部の群衆が罵声と共に道端で拾った小石やゴミを投げつける。

 あわせて今にも襲い掛からんばかりの「怒気」と「殺意」が、「極右」女性代議士の演説を聞いていた対岸の人々から発せられる。


「……ク、クソッ!」


 たまらず「人民主義者」の男は、取り巻きと共にその場から退散を強いられた。

 それを見た「極右」女性代議士が、あらん限りの罵声を浴びせる。


「見てください!!惨めで救いようのないアカが尻尾を巻いて逃げ出しました!

 これが奴等の正体です!!

 ……何が『労働者の味方』よ!!アンタたちは馬鹿でマヌケな負け犬なのよ!!

 恥を知りなさい!!共産アーガンに媚び売る売国奴め!!

 ……さぁ、フェリス市民の皆さん!!

 我らが古き偉大なる王国を脅かす敵を、皆さんの手で殲滅しましょう!!

 私たち王国武装戦線は、必ず“偉大なるスタントール”を取り戻します!!

 王国滅亡を企てるアカに死を!!」


 再び「関係者」の若い男が叫ぶ。


「アカを街灯に吊るせ!!」


 「女王、万歳」の声は、やがて「アカ」の殺害を訴える物騒な声に変わる。


「……そうだ!アカを殺せ!」

「アカを吊るせ!!吊るせ!!」

「死んだアカだけが良いアカだ!!」


 そんな熱狂する「右派」の物騒な合唱を、選挙戦関連の現地取材に来ていた「ロングニル人」ウサギ系亜人女性記者のロッピが遠くから冷めた瞳で見ていた。


「……」

「ウニャ~……ニャーが言うのもニャンだけど、なんか品が無いニャ。」


 ロッピの相方である猫系亜人女性カメラマンのメウラも、「アカを吊るせ」と叫ぶスタントール人たちにハンディカメラを向けつつ呟いた。

 信頼する相方の呟きに答える形で、ロッピは「偉大なる古き王国」を愛する「文明人」をこき下ろした。


「……本当に馬鹿な連中……こんな奴等が“文明人”だなんて、聞いて呆れるわ。」


 フェリニシア駅で起きた一連の「選挙活動の一幕」は、彼女をはじめとする現場に居合わせた海外メディア関係者を通じて大々的に報じられ、結果として「右派スタントールの野蛮さ」ばかりが目立つ格好となった。

 これが巡り巡って、スタントール本国の左右どちらにも与しない中間層やフェターナ・ネクタス以外の他州で暮らす人々の「右派」への心象悪化をもたらした。

 斯様に「右派」は、「戦術的」には勝利を収めたが「戦略的」には敗北していたのである。


 だがそのことに、「極右」のリーダーであるデルバータは気付いていなかった。


……


 ノルトスタントール連合王国「本国」四大広域州とはアデア海を挟んだ「対岸」に位置する「祝福の大地」ファーンデディア広域州。

 この地の選挙戦は、本国以上に「過激さ」を増していた。

 元より保守的傾向の強いネクタス人を先祖とするファーンデディア在住王国民たる「センチネル」の大部分は、分離独立を求めるファーンデディア原住民ダニーク人に対抗して断固とした「スタントールのファーンデディア」堅守を掲げ、植民地を「清算」したフェターナ人政権に強く反発。

 加えてアーガンやロングニルなどの「スタントール敵対国」が揃ってファーンデディアを「圧政下にある前時代的植民地」と見做して「現地住民」による自治を訴えていることもあり、これに対抗出来得る強力な極右政権の誕生を希求していた。


 その為、自らの「故郷」を奪おうとする左派に対し、「右派センチネル」たちは一切容赦しなかった。


 ファーンデディア広域州「州都」アディニア。

 人口約400万人を有する「祝福の大地」で最大の街。

 高層ビルが建ち並ぶ「新市街」の隣に、「蒸気時代スチームパンク様式」レンガ造り低層住居が集まった「旧市街」がある。

 その一角。3階建て住宅に一人の「アカ」とその家族が住んでいた。

 左派系新聞のコラムニストでアディニア大学の人文学教授である中年男は、自宅書斎にて愛用する年代物のタイプライターを前に、女王の悪行を糾弾する連載コラムの執筆に追われていた。


『……このように、カリーシアⅡ世女王が奪った命は数知れない。歴代最悪と言っても過言では無い暴虐な女王がこれ以上玉座に留まるのを、我々労働者は許してはいけな……』


 締めの文章をタイプしていたその時、自宅1階の固定電話が鳴った。


「うん?電話か?

 ……おーい、すまないが出てくれないか?」

「はーい。」


 男は長年連れ添った妻に電話応対を頼み、1階で家事をしていた彼女はそれに応じる。

 電話機に駆け寄った大学教授の妻が受話器を取る。


「はい、もしもし?」

『我らが古き王国から出ていけ、アカ。』


 電話相手の男がそう告げた直後。


 大爆発。


 大学教授とその妻が暮らす「蒸気時代様式」住居は跡形もなく吹き飛んだ。

 起爆スイッチを押した黒いコートを着た男が、「ターゲット」の住居近くの公衆電話に受話器を戻す。

 次の瞬間、男の隣に黒塗りのセダン車が横付けすると、男は急いで車に乗り込みその場を後にした。


 デルバータ率いる武装組織「王国防衛烈士団」による「白色テロ」である。

 

 暴走する愛国心が引き起こしたテロを受け、スタントール左派系メディアと海外メディアの「右派攻撃」はさらに激しさを増す。


……


 新暦1929年9月末日。

 ノルトスタントール連合王国国民議会選挙投票日当日。

 広大な国土を有する超工業国家各地の投票所には、大勢の王国臣民が詰めかけていた。

 国内メディアのみならず、海外メディアも公民館や小学校体育館等に設けられた投票所に記者を派遣し、熱心な出口調査を行っている。

 日本では投票日当日の選挙活動は一切禁止されているが、この異世界の王国ではその限りではない。

 左右両派は、何が何でも一票でも多く票を得ようと「足掻き」続けた。

 

「本人の自由意思です!本人の了承済みです!」


 「寝たきり」の老人を無理矢理車椅子に乗せた人民主義系医療機関職員の一団が、声を張り上げて会場に現れた。

 彼らは病院から連れ出した満足にペンを持つことさえ出来ない高齢者に、「人民主義者党」への投票を強要する。


「ほら、ベンさん!ここよ、ここ!『人民主義者党』にチェックを入れて!」

「……あ…………あぁ…………」


 本来ならベッドで寝たきりの状態で安静にしておかなければならない高齢の男性に、車椅子を押す「アカい」中年の看護婦が投票用紙を老人の目の前に突き付け、自身の支持政党の名称が記載された欄の四角いチェックボックスに印を付けさせた。

 会話さえ困難な「要介護者」の老人たちは、自身の意思を明確に伝えることさえ出来ずに「介護者」である医療機関職員らによって「投票」を済ませた。

 その様子を、投票場の選挙管理委員会の職員たちはただ眺めるだけだった。

 「介護者」が「本人の了承済み」と言っている以上、それを否定出来る「証拠」は何処にも無い。

 傍から見て明らかに異様な光景だが、車椅子に乗せられた老人たちの「投票」は「有効」となった。

 

 一方の右派は、より苛烈な手段に打って出た。

 

 フェターナ広域州の地方都市に位置するとある国立大学。

 意識の高い「進歩的学生」の集団が、舞い落ちる粉雪の中を大学正門から投票所へ向けて「革命的行進」を開始した。

 彼らの掲げる横断幕やプラカードには、以下のような言葉が踊っている。


『カリーシアⅡ世女王の悪行を裁く左派政党へ一票を!』

『今こそ平和を!戦争はウンザリだ!』

『真の民主主義へ前進しよう!』


 大学から最寄りの投票所である市役所へ続く通りを練り歩く「進歩的学生集団」の先頭を行くリーダー格の若いフェターナ人男子学生が、拡声器を片手に通行人たちへ呼びかける。


「皆さん!投票はお済みですか!?

 まだの方は今すぐ投票所へ!

 あなたの一票が、この国を変えます!

 悪逆非道な女王の罪を裁き、今こそ人民労働者の団結を……」


 彼の「見事な」演説は、そこで永遠に中断させられることになった。

 突如、「アカい」若者集団による「革命的行進」の隊列の前に、一台の黒塗りピックアップトラックが現れた。

 その荷台には、「偉大なる古き王国」が世界に誇る工業芸術作品が搭載されている。

 「キャリバー50」重機関銃。

 12.7mm弾を使用する極めて強力な対物重機関銃である。

 機関銃を操るフルフェイスアサルトガスマスクを被った「王国防衛烈士団」の男は、突然行く手を遮った「テクニカル」に驚愕する学生たちに銃口を向けると、何の躊躇も無く重機関銃のトリガーボタンを押し込んだ。


 フルオート射撃。


 強力な12.7mm弾の雨が、「進歩的学生」の群れに放たれる。


「うぎゃっ!!」

「ぐわあぁっ!!」

「きゃああぁぁっ!……あがっ!!」


 弾丸は学生集団の肉体を文字通り「木っ端微塵」にした。

 自動車ですら切り裂く圧倒的運動エネルギーの直撃を受けた「アカい」学生たちの血肉が、雪で白色に舗装された大通りを真っ赤に染め上げる。

 阿鼻叫喚と共に頭蓋と脳漿の破片、手足が撒き散らされる。

 「進歩的学生」たちの「決断的投票行動」は、斯くして阻止された。

 極右テロ組織所属の「テクニカル」は一斉射を学生たちに見舞うと、全速力でその場から退散した。

 立憲君主制民主主義国家を謳う先進国にあるまじき暴挙であるが、スタントール国内メディアや海外メディアがこれを大々的に報じることはなかった。


 各報道機関のリソースは、深夜に大勢が判明したノルトスタントール連合王国国民議会総選挙の「驚愕」の結果に全て割かれることになったからだ。


……


 投票日翌日の10月1日。

 王都フェリス、王国国会議事堂。

 その日、古き王国の行政府は狂乱の渦にあった。

 選挙結果に納得出来ない「極右」・「極左」双方の議員たちが、議場で「選挙の無効」を喚き散らしていた。


「こんなバカな話があるか!!労働者の票が全て無効化されたに違いない!!」

「ふざけるな!!選管のメンバーは偉大なる王国を滅ぼしたいのか!?」

「女王の差し金だ!!あの女が票を操作した!!恥知らずのレイシスト共が!!」

「黙れ、人民主義者の蛆虫め!!貴様らこそ操作したんだろうが!!

 我々が負けるなんて有り得ない!!」


 一部の議員たちは掴み合いの喧嘩を始める始末であり、そこに「先進主要国国会議員」としての品格や威厳は微塵も存在していなかった。


 選挙の結果は、中道右派及び穏健左派の「圧勝」であった。


 大多数のスタントール国民が選択したのは、「民主主義の否定」たる「絶対王政復古」でも「古き王国の滅亡」たる「王制廃止」でもなかった。 


 現状維持。


 まさに「灰色の決着」だった。

 

 デルバータ率いる極右「ネクタス・センチネル王国武装戦線」は、その党名が示す通りネクタス州及びファーンデディア州では幅広い支持を集め、改選前の65議席から大幅に議席数を伸ばして112議席を獲得したが、目標としていた国民議会議席単独過半数には遠く及ばなかった。

 対する極左「スタントール人民主義者党」も、改選前18議席から80議席と「大躍進」を遂げたものの、100議席にさえ届かなかった。

 双方共に今回の選挙に党の命運を懸けて臨んだが、その選挙戦はどちらも「過激」または「姑息」に過ぎた。

 特に、人口約1億人を抱えるフェターナ州では両党への「不信感」……中でも過激路線が目立つ「王国武装戦線」への反発があり、穏健左派「フェターナ社会国民連合」が躍進。改選前94議席から一気に154議席まで増え、中道右派「フェターナ民主党」を抑えて国民議会第一党に輝いた。

 しかしながら、その「フェターナ民主党」も改選前137議席から150議席と「微増」。

 総選挙当初は議席数大幅減の「苦戦」が予想されていたが、極左・極右の「潰し合い」に呆れた大多数のフェターナ人や「二大広域州以外の本国州」であるノルトガルト、ホルスタ州民の票が「穏健・中道」へ流れた結果、棚ボタ式に「勝利」を収めたのであった。

 ここで「王国武装戦線」と「フェターナ民主党」が再度連立を組めば、与党議席数262と議会過半数255を上回る比較的強固な右派政府が出来上がるが、そもそもの総選挙の発端が「武装戦線」の連立離脱である為、両党共にこれを即日否定。

 一方、第一党となり政権を握ることになった穏健左派「フェターナ社会国民連合」であるが、極左「スタントール人民主義者党」と仮に連立を組んだとしても議席数は合わせて234議席と議会過半数に及ばず、不安定な政権となってしまう。

 加えて社会国民連合は、前国王カスデルⅢ世王の時代に人民主義者党と組んだ連立政権が崩壊した「苦い記憶」がある。

 さらに、もし彼ら「アカ」と連立を組めば、今回の総選挙で大きく勢力を伸ばした極右の壮絶な反発を招くのは必至であり、到底現実的とは言えなかった。

 よって、「波乱」の総選挙翌日の現在、極左・極右議員によるカオス渦巻く議場を余所に、民主党と社会国民連合の幹部は「左右同舟」という王国憲政史上前例の無い連立に向けて協議を続けていた。


……


 総選挙から5日後。

 「フェターナ民主党」党首のエミリアン・サリコジと、「フェターナ社会国民連合」代表のルネ・ミッテランは共同で記者会見を開き、サリコジを今まで通り首相、ミッテランを副首相兼内相とする「左右共同」内閣の発足を宣言した。

 ここで国民議会第二党のサリコジが首相として続投したのは、その政治手腕を買うというよりも過激路線を歩み続ける国内右派への「配慮」であった。

 眩いカメラのフラッシュを浴びる老獪なフェターナ人政治家の首相は、集束マイクに向けて所信を述べる。


「まず、親愛なるスタントール国民の皆様にお願いがあります。

 どうか、今回の選挙の結果を受け入れ、この古き王国を“分断”すること無きようお願い致します。

 我々民主党と社会国民連合の連立に、特にネクタス、ファーンデディア両州にお住まいの方は強い懸念と不快感を覚えていることは重々承知しております。

 ……しかし、私たちは古き王国と偉大なる女王陛下を蔑ろにするような真似は絶対にしません!これ以上の海外州喪失を防ぎ、アーガンとロングニルという強大な外敵に断固たる態度で臨みます!

 一方で、大戦後も長く続く戦乱に多くの国民の皆様が疲弊していることも承知しております。

 私は、自分の政治生命を懸けて、この長引く動乱を必ずや終息させて見せます!

 ……ですから、親愛なる王国臣民の皆様におかれましては、どうか、これ以上の……」


 すると所信表明を続けるサリコジの言葉を遮り、極右新聞の若い男性記者が立ち上がって叫び出した。


「黙れ!植民地清算人めが!!

 我々は絶対にお前を信じないぞ!!中央レヴェリガイアの次は何処の植民地を明け渡すつもりだ!?

 南極のコロツキチか?それとも東方大陸のアカプチアか?

 ……まさかファーンデディアじゃないだろうな!!

 ダニーク人共に私の故郷をくれてやるつもりだろう!!

 そんなことはさせないぞ!!」


 記者の男は、そのままサリコジに向かって走り出した。

 すぐさま会場警備の王国議会警務隊の職員が3人掛かりで身柄を押さえ、激昂し暴れる「熱狂的愛国主義者」の男を会場からつまみ出す。

 男は警務隊所属の警官たちによって引き摺り出される際、捨て台詞を残した。


「サリコジ!!お前とお前たちを選んだフェターナ人共を、必ず後悔させてやる!!

 ……女王陛下、バンザイ!!王政復古、バンザイ!!」


 動揺の騒めきに包まれる会場。

 サリコジは顔をしかめて俯き、首を横に振る他なかった。


……


 ファーンデディア広域州「州都」アディニア。

 人口約400万人を抱える「祝福の大地」で最大の街。

 黄昏を過ぎ、すっかり冬の夜に包まれた超工業大国の大都市は今、煌びやかな人工の光に満ちていた。

 高層ビルや大型複合商業施設が建ち並ぶ「新市街」と、レンガ造りの古き良き「蒸気時代」の街並みが保存された「旧市街」との境に「愛国者」たちが集うバーがある。

 新市街の喧騒や旧市街に住まう人々の生活圏から外れた路地裏にひっそりと佇むその古風なバーには、いつも王国の行く末を案じる何人もの「真のスタントール臣民」が、ワインやカクテル片手に「王国のあるべき姿」を熱く語り合っていた。

 そんなバーのカウンターに、無精ひげを生やし薄汚れた軍用コートを纏う男がいた。

 一人カウンターの隅に座るその男は、ショットグラスに注がれたウィスキーのロックを一口で飲み干す。

 だらしない印象が強いこの男は今、人を待っていた。

 やがて、オーダーメイドスーツに特注品のコートを羽織った「上流階級風」の男が入店して来た。

 身なりの良い男は、軍用コートを着たまま酒を喰らう無精ひげ男を見つけるなり傍に近寄り、男の隣に腰掛けた。


「よう、ダリル。お前が俺をこの店に呼び出すなんて、珍しいな。」


 オーダーメイドスーツを着こなした「上品な」男は、ダリルと呼んだ無精ひげ男に笑みを向ける。

 ダリルは再び注がれたウィスキーをあおると、「上流階級」男に顔を向けた。


「……マルセル……お前と久しぶりに飲みたかったのは本当だが、この店に呼び出したのは“ある人”に頼まれたからなんだ。

 その人は、ファーンデディア駐留空軍の最高司令官にして次期王国空軍総司令候補でもあるマルセル・アルベール空軍大将殿に折り入って話があるそうだ。」


 そう告げたダリル・マッコイ王国陸軍准将の瞳に、鋭い光が宿る。

 するとバーの奥から一人の白人男が姿を現した。

 黒の山高帽で目元を隠し漆黒の高級コートを纏った男の全身から、怒りのオーラが迸っている。

 男はマルセルの隣に座ると、帽子を取った。

 その顔に、空軍大将の男は驚きを隠せず呟いた。


「……デ、デルバータ卿……」


 デルバータは穏やかな笑みを浮かべると怒気を抑え込み「紳士的」に挨拶した。


「こんばんは、ミスターアルベール。

 お会いできて光栄だ。」

「……こ、こちらこそ、貴方のような“高貴なお方”と知り合えたことを光栄に思います……」


 握手を交わす「本国」の名門貴族当主と「地方」の中流貴族当主。

 アルベール自身も古くから続くフェターナ系貴族の現当主だが、所詮はファーンデディアという「地方」の貴族に過ぎない。

 一方でデルバータは「本国」ネクタスにおける名門中の名門貴族の当主だ。

 あまりに家柄が違い過ぎる為、どうしても委縮してしまう。

 今バーにいる者で、そんな「家柄」を一切気にしないのは「一般市民」に過ぎないダリルくらいだ。

 握手を終えると、デルバータは早速本題を切り出した。


「さて、アルベール将軍。

 君は今回の選挙を、どう思う?」

「……王国の未来に大きな不安を感じる選挙だったと愚考致します。」


 マルセルは正直に「個人的感想」を口にした。

 彼はフェターナ系とは言え、栄えある「センチネル」の一人として断固として「ダニークのファーンデディア」に反対であり、選挙ではデルバータ率いる「王国武装戦線」に一票を投じていた。

 ところが、選挙は「軟弱な」中道・穏健派連中の勝利に終わってしまった。


 個人としては到底納得は出来ないが、受け入れるほかない。

 立憲君主制民主主義国家の軍人として、己が職務を全うするのみ。

 それが王国軍人としてのあるべき姿だ。


 マルセルはそう考えており、この「信念」が揺らぐことは無い。

 故に、彼の「個人的感想」を聞いて続いたデルバータの言葉に、思わず顔を固くした。


「流石はフェターナ系とは言えども生粋のセンチネルだ!

 ……そうだ。あんな選挙に何の意味もない……

 我々ネクタスと君たちセンチネルの力を結集し、惰弱な文民政府を打倒して偉大なる女王陛下に国権をお返ししようではないか!

 その為には、次期空軍総司令となる君の力が必要だ。

 ……手を貸してくれるな……アルベール将軍!」


 デルバータの紺碧の瞳は熱く燃え上がっている。

 ふと見渡せばバーでくだを巻いていた他の客も、同様の視線をマルセルに送っていた。

 どうやら今このバーにいるのは、全員デルバータの関係者のようだ。

 よく見れば見知った顔もいる。

 王国「陸海軍」の高級将校たちである。

 だが、「同僚」である空軍将校の姿は無い。

 伝統的にフェターナ人が多数を占める王国空軍に、根っからのネクタス人であるところの「狂信的愛国者」の影響力はあまり及んでいないようだ。

 それゆえ、ダリルを通じて「次期空軍総司令候補」である自分に直接「この話」を持ってきたのであろう。


 軍事クーデターを起こし、無理矢理にでも悲願の「王政復古」を成し遂げる。


 「今の」王国に忠誠を誓うマルセルには、とても承服し難い話だ。

 彼は自分を「とんでもない罠にはめた旧友」のダリルの顔を見た。

 

 先程の鋭い眼光は鳴りを潜め、いつも通りの「考えを読み取らせない」飄々とした表情を浮かべていた。

 しかし、幼年軍事学校時代からの長い付き合いであるマルセルには「その考え」が分かった。

 それを踏まえ、彼はこう答えた。


「……わかりました……私の出来る範囲で、ご協力しましょう……」


 その「望んだ」答えを聞くなり、デルバータは笑顔と共に再度の握手を求めた。


「……古き王国よ、偉大なれ。」


 そう告げた「狂信的愛国者」にして名門貴族当主の握手は、とても力強かった。

 ファーンデディアの分離独立を目指してスタントールと苛烈な戦いを繰り広げる原住民武装組織「ダニーク解放戦線」は、今回の一連の「選挙」に関して「不介入」の方針を示した。

 現在、スタントールと解放戦線は「表向き」には暫定停戦下にあり、軍・警察と解放戦線戦闘部隊が衝突するような「戦闘状態」は鳴りを潜め、「偽りの平和」が「祝福の大地」に訪れている。

 解放戦線はこの「偽りの平和」を最大限利用し、スタントールと敵対する世界各国から連日届けられる支援物資を元に組織力と軍事力の大幅な向上を図っていた。

 そんな解放戦線の最高指導者であるゲイル・ベルカセムは、まだ30代後半と若く活力に溢れており、精悍な褐色肌の顔には必ず独立を成し遂げんとする強い覚悟が表れている。

 ゲイルは今、最愛の娘にして「解放戦線最強の戦士」である美しい褐色少女サーラと側近数名を連れて「とある国」を訪れていた。


 その国の名は、ディメンジア国家社会主義国。


 オークによる近代文明軍事国家であるこの国は、大戦で国土が大きく荒廃したものの逞しい緑肌の亜獣人たちは不屈の精神力を発揮し、驚異的なスピードで復興を推し進めていた。

 ベルカセム親子はじめとする解放戦線幹部一行は、今、ファーンデディア大半島と「ミッドランド地方」の結節点に位置するディメンジア―イェルレイム国境付近の空軍基地にいた。

 ディメンジア国家社会主義国の最高指導者である「始まりのデニア」ザファング・ディテクティア・シャハナルタ最高執政官本人が一行を出迎える。


「ようこそ、猛き褐色肌の戦士たちよ。あなたたちを我が国にお迎え出来て光栄だ。」

「こちらこそ、この度は我々に“得難い最高の機会”をお与えいただき、感謝の言葉もありません。

 本日は宜しくお願い致します。」


 ゲイルとザファングが固い握手を交わす。

 続いて「偉大なる大帝」の末裔は、ゲイルの隣に立つ「革命のアイドル」に手を差し伸べた。


「……戦士サーラ……フェリスで戦った君の姿に、どれだけ我々オークの民が勇気づけられたか……」


 笑みを浮かべるザファング。

 サーラはスタントールと真正面から戦った強大な軍事大国の指導者を前に、やや緊張しながら握手に応じた。


「シャハナルタ執政官様……身に余る御言葉をいただき、大変光栄です……

 この度は本当にありがとうございます。」


 ゲイルに続きサーラも感謝の意を伝える。

 その直後、褐色肌の親子が述べた「感謝の理由」が彼らの頭上を通過した。


 鳴り響く複数のジェット戦闘機の爆音。

 

 その戦闘機部隊のパイロットは「文明化オーク」こと緑肌の亜人・デニア人ではなかった。

 今まさにベルカセム親子ら解放戦線幹部の頭上を編隊飛行で通過した戦闘機のパイロットは、サーラたちと同じ褐色肌のダニーク人男女だった。


 彼らこそ、ダニーク解放戦線初の「空軍部隊」配属となるパイロットである。


 今彼らが駆るは、アーガン人民共和国よりディメンジア経由で解放戦線へ供与された小型汎用ジェット戦闘機……型式名「MiG-21」、敵である王国陣営の認識コード「魚類寝床フィッシュベット」で知られる傑作戦闘機。

 機体尾翼には解放戦線のシンボルである「赤い星に自動小銃」の記章が大きく描かれている。


 ゲイルはスタントールとの「暫定停戦終了」を見据え、停戦合意直後から自前の「空軍」創設を目指していた。

 そんな折、北の隣国ディメンジアは、ゲイル率いる解放戦線の為に国境付近の空軍基地を提供し、戦闘機パイロットの訓練を無償で請け負ってくれたのだ。

 そして今回、遂に解放戦線訓練生「第一陣」の訓練修了を迎え、大々的なセレモニーが行われることとなったのである。

 空軍基地メイン滑走路に設けられた特設会場では、屈強なオークや精悍な顔立ちのデニア人男女からなるディメンジア国防軍軍楽隊が勇壮な「オークの行軍歌」を奏で、整列した褐色肌のダニーク人男女の集団が、「教官役」のデニア空軍士官から「訓練修了」を意味する儀礼用短剣を授与された。

 その様子を、ザファングはじめとするディメンジア政府高官とゲイルやサーラ等の解放戦線幹部が見守る。

 式典は滞りなく進み、解放戦線訓練生「第一陣」と「第二陣」の交替式に差し掛かった。

 そこに、ダニーク人「土着信仰」の「宗教指導者」である少女が姿を現す。

 褐色肌に黒髪、黒い瞳のその少女……古のダニーク王家の現当主、シャルファ「女王」は、居並ぶダニーク「空軍」兵士たちに向けて「神の御言葉」を告げる。


「……我らが太陽の女神ダーナは、使徒神ムスタファを介してサーラ様に仰せられました……

 『空を駆けしファーンデディアが民よ!汝ら、雷となりて異教徒スタントールを滅するべし。

 預言者サーラと共に、我が大半島を穢す白き災いに死の鉄槌を喰らわしめん!』

 ……おぉ、我らがダーナ神の御意志は地に顕現されました!

 解放戦線空軍戦士の皆様に神の祝福は降ったのです!!

 ダーナ神とその預言者サーラ様を讃えましょう!!

 ……ダーナ、偉大なれ(アクバル)!!」


 シャルファは半ば陶酔状態になりながら空を見上げて声を張り上げた。

 すると、これにダニーク空軍兵士のみならず式典に参列した主だった解放戦線幹部が、同じように興奮気味に神を讃える言葉を唱和した。


「ダーナ、アクバル!!」


 この時、会場内の誰もがダニーク人に「本来の信仰」が戻ったことを歓迎した。

 だが、その「喜ばしい光景」を半ば不信感を抱きつつ見つめる者がいた。


 他ならぬ「預言者」サーラ本人である。


 確かにシャルファのお陰でスタントールによって廃却されし神々の名が戻り、解放戦線の結束はより強固なものとなった。

 そして「革命のアイドル」にして「解放戦線最強の戦士」であるサーラは、そのまま「ダナーラム教最高指導者」を意味する「預言者」に祭り上げられた。

 サーラ自身も、当初は「これで組織が強靭になれば」と歓迎していたが、ここ最近「何かが違う」という思いが頭から離れないでいた。

 

「……」


 無言で神と「自分」を讃える同志たちを見つめるサーラ。


 その「何か」は、この時の彼女にはわからなかった。

 そして「何か」がわかった時、既に「手遅れ」であった。


 ……ダナーラム教原理主義思想は、「偽りの平和」を養分にして着実に褐色肌の民の間に「伝染」していた……


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