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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
幕間劇  異世界の群像
54/63

53. カレン・シチナ~大粛清体制下の人民共和国

 とある共産主義国家に、閉じているかのように細い瞳をした美女がいた。

 彼女の名はカレン・アクラコン。現在の年齢は20代後半。

 その美しさは写真などの「静止画媒体」を通してであれば、「正体を知らない」男なら思わず胸を高鳴らせる程の魅力を有しているが、実際に彼女の姿を目にした時、その淡い「恋慕の情」は強い「恐怖心」へと変わる。

 「正体を知る」共産圏の人々は彼女をこう呼ぶ。

 氷点下の血液が流れる女……「冷血女」と。


 その「冷血女」の居城が世界最大の共産主義国家、アーガン人民共和国「絶対首都」カムラクにある。

 鉄筋コンクリート造10階建ての黄色い外壁タイルで覆われた内務人民委員ビル。

 それがカレンの「城」だ。

 ビル最上階にある自身の執務室にて、今日も彼女は愛する男……ザイツォン・ベタシゲン国家主席の権力を盤石なものとする為に、大勢の人間を「始末」する。

 太陽が、無機質なコンクリートのビルが建ち並ぶ「赤いみやこ」に朝の日差しを降り注ぐ中、カレンは執務机に座り、「日課」である世界各地に放った工作員からの定期報告に目を通していた。

 そこへ岩盤から削り出したかのような偉丈夫の政治将校が入室し、カレンに近付く。

 

「おはようございます、カレンお嬢様。

 本日の“鉱山送り”対象者リストになります。ご決済願います。」


 敬愛する「お嬢様」にリストを手渡す政治将校の大男……名をグラシカという。

 階級は大佐。以前は「人民共和国核心階級の核心」たるアクラコン家の専属警備隊隊長を務めており、カレンがこの世に生まれてから常にその傍にあった。

 カレンが両親を暗殺して権力を手にした時も、進んで「お嬢様」に味方し、今や人民共和国における「影の重鎮」となっていた。

 カレンは、そんな腹心の部下が持ってきたリストを受け取る。

 リストには100人を超す男女の名前が、年齢や「元」の職業等の基本事項に加えて「鉱山送り」となった「罪名」と共に記されていた。

 冷血女はその全員の情報を、素早く、そして正確に脳へインプットしていく。

 ふと彼女の目に、一人の女の名前が引っ掛かった。

 カレンはグラシカに確認する。


「……この79番の女、生きてたのか?」


 グラシカは、その日に提出するリストに記された全員に関する情報を頭に叩き込んでおり、手元に資料が無くとも淀みなく「主君」の質問に答えられる。


「はい。先日、ロングニルの“捕虜帰還事業”第3陣として共和国へ戻ってきたところを、国家保安局の者が直ちに拘束しました。」

「……やはり死んでなかったか……死に損ないが。」


 カレンの全身から禍々しい氷点下のオーラが放たれる。

 冷血女の冷たく仄暗い憎悪が、「79番」の管理番号が割り当てられた女に向けられる。


「……この女が生きてることを、ザイツォン様は知っているのか?」


 次なる質問をグラシカに投げかける。

 大男の大佐は、首を横に振り否定した。


「いいえ、ザイツォン坊ちゃまはご存じありません。

 戦後、ロングニルが我が国に通知した人民軍捕虜の名簿にも、この女の名は載っておりませんでした。

 恐らく、彼の国が“余計な配慮”をしたんでしょう。」


 グラシカは、ゴツゴツした鷲鼻の下に生えてるカールした髭を指で触りながら自身の見解を述べた。

 それにカレンも同意する。


「そうだろうな。全世界に向けてコイツの祖父クソジジイを“国家反逆罪”で処刑したと盛大に宣伝から、大方、あのご立派な民主主義国家は奴を“庇ってやった”つもりだったんだろう。

 ……だとしたら、連中は何故、この女を帰国させた?

 我が国に戻れば、死ぬことよりも辛い目に遭うくらい想像できただろうに。」


 カレンの疑問に、グラシカは「尋問結果」を報告する。


「……彼の国の“配慮”が、逆に79番の首を絞めたようです。

 保安局職員による初期尋問の結果、本人が自分の意思で帰国を望んだことが判明しており、その際……あっ……」


 グラシカは言い淀む。

 この先のことを「お嬢様」に告げてもいいものか、若干の躊躇いを覚えたからだ。

 しかしカレンは斯様なグラシカの「配慮」に、むしろ苛立ちを見せた。


「なんだ?このクソ女は何とほざいた?

 ……さっさと言え!グラシカ!!」


 語気を荒げるカレン。

 グラシカは観念して答えた。


「……“許嫁”であるザイツォン坊ちゃまが助けてくれる筈だ、と言ったそうです……」


 直後、カレンの細い瞳が「カッ」と見開かれ、全身から壮絶な極寒のオーラが放たれる。

 側近のグラシカとて、強い「圧」を覚える悍ましいオーラ。

 「人民共和国の実質的最高権力者」である冷血女は、地獄の底へ響くような低い声で「79番の女」に対する「呪詛」の言葉を吐き捨てた。


「……おのれ、ジクラキムめ……一族まとめて核の炎で原子レベルまで分解してやったというのに、今度はその“残りカス”の孫娘が妄言を吐くか……

 ……絶対に許さん……絶対に許さんぞ!!

 あらゆる苦痛を与えて、じわじわと嬲り殺してやる!!

 ……ザイツォン様のお傍にいていいのは、私だけだ!!」


 手にしたリストをぐしゃぐしゃに握り潰し、机に叩き付ける。

 「79番」の主な項目には、こう書かれていた。


 「名前:ユナタ・ジクラキム」

 「職業:人民空軍戦闘機パイロット」

 「罪状:ロングニルのスパイ」

 「特記事項:“国家反逆者”イルベキン・ジクラキムの孫娘

       この者の処遇に関し、同志アクラコン内務人民委員長の指示を最優先で仰ぐこと」

 

 氷点下の血が流れる女の猛烈な「嫉妬」が、人民共和国をさらなる「暗黒時代」へ突き落とそうとしていた。

 まだ旭日さえ登らぬ早朝。

 「矯正労働者」たちは、けたたましいサイレンと共に叩き起こされる。

 ボロボロの人民服を着たみすぼらしい格好の男女が、ダニとシラミだらけの粗末な簡易ベッドから這い出てくる。

 数百人の労働者が、狭いプレハブ長屋にすし詰めで押し込まれた宿舎。

 そこに個人のプライバシーへの配慮など皆無である。

 刑務所の雑居房以下の極めて劣悪な環境。

 「人民の敵」のレッテルを貼られた者が行き着く「地獄」である。

 ここは「世界労農人民の祖国」にして異世界最大の共産主義国家、アーガン人民共和国。

 その国土の中心部に聳えるコクラン大山脈の一角にあるレアメタル採掘場……正式名称「人民共和国本土第207号希土類指定鉱山地区」である。

 かつてはドワーフの鉱山国家が存在していたが、50年前に「共和国大躍進政策」の名の下、逞しい鉱夫の亜人たちは一方的に追い出され、「人民共産主義のさらなる発展」というスローガンが掲げられて大規模な地下資源採掘用鉱山と化した。

 そこに環境への配慮、ましてや作業員の安全確保などは一切存在しない。


……

 そもそもレアメタルとは、タングステンやタンタルなど電子機器や自動車の製造に必要な希少金属の総称である。

 近代文明国家にとって必須と言っても過言ではないこれらの希少金属は、その採掘に当たって様々な環境リスクを伴う。

 その最たる例が、採掘時と製錬時に発生する放射性物質である。

 希土類を含む鉱石には放射性元素が含有している場合が多く、採掘場で掘り出された原石にはウランなどの核物質もあり、然るべき防護措置を講じなければ作業員に甚大な健康被害を及ぼす。

 さらに鉱石を粉砕し、選別した鉱物を製錬処理する際にも残留放射性物質を処分する必要があり、作業員への健康に配慮しなければならない「先進国」では、これら一連の作業に膨大なコストが発生してしまう。

 現実世界で中国やアフリカが主要なレアメタル産出国となっているのは、資源埋蔵地の偏在に加えて「人道的配慮を無視した低コスト」も由来していると言えよう。

 その「人道的配慮の欠如」は、この異世界……とりわけ大粛清体制カレンシチナ下のアーガンではより顕著に表れていた。

……


 彼ら「人民の敵」は、集団食堂で「水で薄めた一杯の粥とカビの生えた黒パン一切れ」という豚の餌以下の朝食を与えられた後、使い古されたツルハシを手に放射能や有毒ガスで満ちた鉱山へと送り込まれる。

 作業は「ノルマ達成」まで続く。

 各坑道にはその日の「採掘ノルマ」が課せられており、規定トン数に達しなければ作業は終わらない。

 さらに坑道や宿舎には、以下のような「看板」が掲げられている。


【掘れ!人民共和国勝利の為!】

【ノルマ未達はダム送り!】

【怠慢には銃弾を!】

【ツルハシを振るい自己批判せよ!】


 鉱山の要所には監視塔が設けられており、自動小銃や短機関銃を手にした国家保安人民局職員が坑道や作業所を常時巡回し、一瞬の隙も無く「人民の敵」に対して鋭い監視の目を光らせる。

 僅かでも通常作業とは異なる動作をした者……具体的には、疲労困憊して倒れた者や仲間と密談する者には容赦なく銃弾が浴びせられ、その者が所属していた「班」の面々は残らず「ダム送り」となる。


 そんな地獄のような鉱山に、一人の女性がいた。

 年齢は30代前半。

 長かった黒髪は丸刈りにされ、きめ細かく美しかった肌はガサガサになっている。

 かつては精悍で凛々しかった顔も、栄養失調により痩せこけていた。

 だが、その黒き瞳は不屈の精神を宿し、何があろうとも「今日」という「絶望」を乗り越える覚悟を見せていた。

 彼女の名は、ユナタ・ジクラキム。

 以前は人民空軍のエースパイロットとして勇名を馳せていた。

 アーガン人民共和国も所属する「共和国陣営」による「王国陣営」諸国への大規模軍事侵攻で幕を開けた「三大陸大戦」では、アーガンの主要交戦相手国であるロングニル王国連合空軍を相手に活躍。

 多数の敵航空機を撃墜し、祖国から数多くの勲章を授与された。

 しかし、彼女が有名となったのは、単にパイロットとしての優秀さだけに寄るものではない。

 彼女には、人民軍の捕虜となったロングニルの亜獣人兵士を「守った」逸話がある。


 当初、アーガン人民共和国は人間(南リガイア人・白人)の捕虜はある程度設備の整った収容所に入れて「人道的」に遇し、それ以外の亜獣人(エルフやドワーフ、オーク、ゴブリンに黒人や黄色人種)は「単純労働力」と見做して過酷な強制労働を課していた。

 その実態を知ったユナタはじめとする人民軍の一部高級将校は、これに強く反発。

 ある時、捕虜となったロングニル軍エルフ兵士の一団を本国のウラン鉱山へ連行しようとした内務人民委員会「特別行動部隊」に対し、それを阻止すべくユナタをリーダーとして人民空軍将兵たちが銃撃戦を繰り広げたのである。

 この時、幸い双方に死者こそ出なかったものの、内務人民委員会所属の戦闘部隊は退却を余儀なくされ、その後「事件」を知った当時人民陸軍の将軍だったザイツォン・ベタシゲンが仲裁に入り、以後はロングニル軍亜獣人兵士の捕虜も人間の捕虜と同等に扱うこととなったのである。

 この話は瞬く間に「交戦相手」であるロングニルにも知れ渡り、ユナタはロングニル人たちから好意的に受け入れられるようになった。


 その後、大戦後期に起こったロングニル首都ヴェンデンゲン解放戦では、自ら殿しんがりとなり人民共和国本土へと後退する味方人民軍を援護。

 最終的に搭乗していた戦闘機ごと「ヴェンデンゲンの守護龍」ゲルンガルムによって「捕獲」され、彼の国の捕虜となってしまった。

 やがてロングニルとアーガンとの間で「終戦合意」が締結されたことで、捕虜となった人民軍兵士の帰還事業が始まったが、折しも人民共和国で「カレンクーデター」なる一大政変が発生。

 ユナタの祖父であるイルベキン・ジクラキム他、「前書記長派」と目された者たちへの苛烈な粛清の嵐が吹き荒れた。

 事態を憂慮したロングニル軍当局は彼女を匿うことにしたが、ユナタ本人が強く「帰国」を望んだ為、これを断念。

 大勢の帰還兵と共にユナタは祖国の大地を踏んだが、次の瞬間には内務人民委員会の者によって身柄を拘束されてしまった。

 罪状は「ロングニルのスパイ」である。

 もちろん事実無根だが、内務人民委員会は「敵王制国家の捕虜」となった者は全て「スパイ」と見做して「粛清の対象」としたのである。

 ユナタが持つ委員会との「因縁」もあり、直ちに「矯正労働キャンプ」送りが決定した。

 だが、彼女を襲う「悲劇」はこれだけに留まらなかった。

 彼女には「将来」を約束した男性がいた。

 その婚約相手の男こそ、現人民共和国国家主席であるザイツォン・ベタシゲンその人であった。

 そしてこの「事実」は、ある人物にとって極めて不快であり、不都合であった。

 内務人民委員長カレン・アクラコン。

 人民共和国のみならず共産圏全てを「恐怖」を持って支配する「冷血女」。

 共産主義陣営で暮らす限り、この女に目を付けられて「明日」を生きるのは奇跡に近い。

 だが、カレンによって「鉱山送り」となったユナタは逞しく「今日」という「地獄」を生き抜き、既に半年が経とうとしていた。

 

「えっ!?第5坑道のノルマが昨日の倍になったって!?

 どういうことだ!!」


 ユナタが属する「班」の長である筋肉逞しい中年男が、坑道地区長の冴えない小男に詰め寄る。


「お、俺もついさっき、保安局の職員に言われたんだ。

 いきなり『今日から第5坑道だけ、採掘トン数を昨日の倍にする』って……

 俺にも理由はさっぱりだ。

 それこそ一昨日、第5坑道は最近、放射性物質の含有が多い“粗悪鉱石”ばかりしか採れないから、坑道そのものの閉鎖を提案したんだが……

 ……返って来た答えが『倍増』だなんて……正直、意味がわからんよ……」


 地区長もがっくりと肩を落とす。

 ユナタ班の班長も、掴んでいた小男の胸倉から手を離し、詫びる様に肩に手を置いた。


「……そうか……お前に当たってもしょうがないよな……

 わかった……第5坑道の奴等には、俺から説明する。」


 班長はそう言うと坑道詰め所を出て、外でツルハシを手に待機する労働者たちを集めた。


「どうしたの、パガン?」


 ユナタが班長のパガンに事情を伺う。


「ユナタ……それに第5坑道採掘班の皆、聞いてくれ。

 ……採掘ノルマが今日から倍になったそうだ……」


 たちまち「第5坑道採掘班」に属する数十人の男女がざわめく。


「……そ、そんな……」

「昨日の倍だって?

 ……今までのノルマだって、夜遅くまで掘ってなんとかなるレベルだってのに……」

「なんてことだ……俺たちはもう終わりだ……」


 しかし、その動揺による騒めきは背後から現れた巡回中の保安局職員によって「強制的な沈黙」を余儀なくされる。


「何をやっているクズ共!?

 さっさと作業に移れ!ノルマ未達は、すなわち死だ!」


 「人民の敵」に反論は一切許されない。

 異を唱える者に与えられるのは弾丸のみだ。

 しかし、粗末な食事にも負けず屈強な筋肉を維持する第5坑道採掘班のリーダーは、鋭い「反撃」の眼光を保安局職員に叩き付ける。


「……」


 その眼光と立ち昇る戦闘コンバットオーラに、実戦経験皆無の若い保安局職員は思わず気圧されて後退あとずさりを強いられる。


「な、なんだ!!き、きき、貴様、反抗する気か!?

 射殺するぞ!!」


 木製ストックにドラムマガジンを備えた後方部隊用旧式短機関銃を構える保安局職員。

 だが、銃口を向けられたパガンに一切の動揺は見られない。


「……れよ。テメェーに引き金を引く度胸があるならな。」


 ドスの効いた声で凄む班長の男。

 若い保安局職員はさらに動揺し、構えた短機関銃の銃口は小刻みに震える。

 引き金に掛けた指も震え出す。

 

「……き、貴様っ!!」

「待って!」


 そこへユナタが間に入った。

 悠然と短機関銃の銃口の前に立ち、切れ長の黒く美しい瞳を怯える若い職員に向ける。


「……」


 その瞳が放つ「無言の圧力」に、「鉱山勤務」経験の浅い保安局職員は完全に圧倒された。

 思わず銃口を下げてしまう。

 それを確認したユナタは、パガンの方を向き直ると微笑みを見せ、彼の肩に手を乗せてその怒気を抑え込んだ。


「……もうそれくらいにしてやれ、同志パガン中尉。」

「わかったよ、同志大佐……ちょっとからかっただけさ。」


 ユナタに朗らかな笑顔を見せるパガン。

 すると若い職員は、逃げるようにその場から立ち去った。

 「騒動」を収めたユナタが、「仲間たち」に告げる。


「……さぁ、あの若い職員が面倒な上司を連れてくる前に、さっさと坑道に入ろう。

 内務委員の滅茶苦茶なノルマを達成して、今日を生き延びてやるんだ!

 連中の鼻を明かしてやれ!行くぞ、人民軍同志諸君!」

「了解!同志ジクラキム!」


 ユナタの宣言に、「人民の敵」のレッテルを貼られたロングニルからの帰還兵たちが力強く応じる。

 彼らはユナタとパガンを先頭に、放射能や毒ガスの渦巻く第5坑道へと「突撃」していった。


……


 ツルハシが岩盤を砕く音が響き渡る。

 安全帽に取り付けられたライトが暗黒の坑道を断続的に照らし、不純物だらけの鉱石を満載した錆まみれのトロッコが、不快な金属音を奏でながら即席の線路を進む。


 とにかく何が何でもノルマを達成してやる。


 今、第5坑道で働く「人民の敵」と見做された元人民軍将兵の意識は、その一点に集約されていた。

 彼らの「真のリーダー」であるユナタは劣悪な環境下の坑道で、人一倍ツルハシを振るい次々と鉱石を掘り出していた。

 その姿は鬼気迫るものがあり、隣で作業する班長のパガンでさえ、思わず気圧される程であった。

 彼女の身を案じ、パガンが声を掛ける。


「……なぁユナタ。少しはペースを落とせ。

 それじゃあ、ぶっ倒れちまうぞ。」

「……大丈夫……私は絶対に負けない……あの冷血女の思い通りにはならないわ。」


 ユナタは答えながらツルハシを振り下ろす。

 掘り出された大きな鉱石の塊が足元を転がり、それを同じ班の労働者が回収して手早くトロッコに載せる。


「パガン班長!大変だ!隣のR支道で落石が起こった!

 2人程足をやられて動けない!すまないが、手を貸してくれないか?」


 作業員の男が駆け寄り、ユナタとパガンがいる場所の隣にある別の支道で起こった事故を伝えた。

 これにパガンは直ちに応じる。


「わかった、直ぐに行く!……ユナタ、悪いがちょっと空けるぞ。

 お前も気を付けろ。」

「あぁ、怪我人を頼む、同志大尉。」

「了解だ!大佐殿!」


 ユナタに対して見事な敬礼を見せた後、筋肉逞しい部下思いな班長の男は「事故」を報告しに来た作業員と共に駆け出した。

 その場にはツルハシを振るうユナタのみが残る。

 

 そこへ、一人の男が現れた。

 男は他の作業員と同じくボロボロの人民服に身を包んでおり、手にはツルハシを持っている。

 ユナタの隣に来ると、彼女と同じように岩盤の掘削作業を開始した。


「……?」


 ユナタは、パガンと入れ替わるように姿を見せた男を訝しむ。

 やがて男は静かに口を開いた。


「……ユナタ・ジクラキムだな?」


 若い男の声だ。

 ユナタは作業を中断し、視線を男に向ける。

 だが男は「その行為」を諫めた。


「こっちを見るな。巡回に来た保安局の奴等に気付かれると面倒だ。」

「……わかった……」


 ユナタは再び視線を正面に戻してツルハシを岩盤に叩き付ける。

 男が声を潜めて「話」を続ける。


「君に、2人の人物から“伝言”を預かってる。

 一度しか言わないから、よく聞け。」

「……」


 ユナタは掘削作業を行いつつ耳に神経を集中する。


「まず一人目だ。

 “黄色の4”より“黄色の13”へ。」

「!!」


 そのコールサインを聞いた途端、ユナタの全身に衝撃が走る。

 心臓の鼓動が早まるのを感じる。


「……“お前の翼は暖めてある。空に戻って来る日を待っている”……以上だ。」

「…………隊長…………」


 元人民空軍精鋭部隊パイロットの目に涙が滲む。

 「黄色の4」とは、アーガン人民共和国人民空軍第156戦術航空団「鷲」中隊……通称「黄色中隊」を指揮する女性隊長のコールサインである。

 ユナタはその「黄色中隊」で隊長の僚機ウィングマンを務めていた。

 陽の当たらない鉱山送りになってからというもの、もはや「空」に戻ることは叶わないと思っていた彼女の心の暗雲を振り払うかの如く、「白鶴」の愛称で呼ばれる多用途戦闘機マルチロールファイターの翼が紺碧の空に舞い上がる。


「……すまない、ありがとう……」


 謎の男に礼を述べるユナタ。

 だが男は、言葉を続けて「礼を言うのが早かった」ことを彼女に理解させた。


「……二人目は“俺の直属の上司”からだ。」

「……?」


 この男の上司?

 ユナタの頭上に浮かんだ疑問符が見えたかのように、男はさらに声を潜めて言った。


「……“人民の星”だ。」

「なっ!?」


 思わず大きな声を出しそうになり、咄嗟に自分の口を片手で塞ぐユナタ。

 そのコールサインは、彼女にとって「最後の希望」とも言える人物のものだ。

 男は構わず続ける。


「……“お前が無事でよかった。だが鉱山は脆い。頭上に注意しろ。

 もし、不幸にも『その時』が来たら、『俺』を信じて仲間を率いて奥へ進め”……以上だ。」

「……」


 恋する乙女のように感激に身を震わせたい衝動を強く抑え込み、「婚約相手」の部下が伝えた内容を何度も頭の中で繰り返し、一言一句違わず脳内に刻み込む。


「……ちなみに、もう準備は整ってる。『その時』は『今日』だ。

 ついでに言えば、今日を逃せば『明日』は来ないぞ。

 この第5坑道に課せられた採掘ノルマは絶対に達成不可能な数値だから、明日には全員問答無用で“ダム送り”だ。

 ……いいか?間違っても『その時』が来たら地上を目指すな。

 坑道最奥のD支道へ走れ。」

「……わかった……」


 男は最後に自分の言葉で締めた。ユナタに具体的な「作戦内容」を伝えると、ツルハシを持ったまま立ち去った。

 すると入れ違いにパガンが戻って来る。


「……うん?おいユナタ。今の奴、見かけない顔だな。ウチの班にあんな奴いたか?」


 これにユナタは保安局職員の姿が無いことを確認した後、パガンに告げた。


「……彼は天からの御使者様さ……いいかパガン。今から私の言うことをよく聞け……」


 ユナタは「腹心の部下」に事の次第を伝え、信頼のおける仲間と共に『その時』に備えた。


……


 太陽が地に没し、日付が変わろうとする深夜。

 第5坑道の入口で、短機関銃で武装した保安局職員の一団が待機していた。

 部隊長の中年男が腕時計を確認する。

 もう間もなく「タイムリミット」だ。

 男の時計の針が「12:00」を過ぎた時、この坑道で作業中の「人民の敵」は一人残らず旭日を拝むことなくこの世を去らなければならない。

 本鉱山におけるノルマ未達者は一切の例外無く、コクラン大山脈の中心部に聳え立つ空前の規模を有する超々巨大重力式コンクリートダム……コクランダムの底へ「転属」となるからだ。

 そのダムには獰猛な理性無き食人種族の半魚人たちが巣食っている。

 ダムへの「転属」……所謂「ダム送り」とは、この人民共和国において絶対的かつ凄惨極まりない「死」を意味していた。

 そして針は無常にも「12:00」を過ぎ、第5坑道内の人間全員の「死」が確定した。

 部隊長は配下の職員に頷きを送った後、指示を飛ばす。


「よし、時間だ。坑道内のクズ共全員を引き摺り出せ。

 抵抗する場合は射殺して構わん。

 ……但し、管理番号1929-06-79番のユナタ・ジクラキムだけは絶対に殺すな。

 この者は生きたままダムに放り込まなければならない。

 同志アクラコン内務人民委員長の厳命である。殺した者はダム送りだ。心せよ。」

「了解しました。同志。」


 先発部隊の数人が第5坑道へ突入した。


 その直後。


 突如として轟音と共に坑道の岩盤が大きく崩落し、突入した先発部隊の保安局職員を押し潰した。


「うわあぁーーっ!!」

「ぐぎゃっ!!」

「ぎゃああぁぁーーっ!!」


 職員らの断末魔が響き渡る。

 唖然とする部隊長はじめとする保安局職員たち。

 さらに崩落は鉱山全体に広がりを見せ、彼らが陣取る「鉱石一次集積場」なる鉱山内部をくり抜いて建造された巨大な空間の天井にも亀裂が生じ、コンクリートの塊や岩盤が襲い掛かる。

 激しい振動が辺りを包み込み、保安局員らは大きく動揺する。

 部隊長は直ちに総員退避を命じた。


「退避―っ!!今すぐ全員鉱山から出ろ!!退避だーっ!!」


 その場から走り出す者、大慌てで集積場に停められていた保安局用黒塗りセダン車に飛び乗る者など、保安局員たちは完全に混乱状態となり、這う這うの体で鉱山から退避を図る。

 だがそんな職員たちを、鉱山の入口でツルハシやシャベルで武装した大勢の「人民の敵」が待ち構えていた。


「内務委員のクソ共を血祭りにしろ!!かかれーーっ!!」

「オオォォーーッ!!」


 ボロを纏った男女が一斉に襲い掛かる。


「そのまま轢き殺せ!!」


 セダン車に乗る部隊長が、運転席の若い職員に命じる。

 職員はアクセルを踏み込み、ツルハシを手に襲撃してくる「人民の敵」を容赦なく轢き飛ばした。

 数人の労働者たちが宙を舞う。

 一方、走って鉱山から逃げ出してきた職員らは短機関銃を構えて「暴徒」に銃口を向ける。


 フルオート射撃。


 7.62mmピストル弾の雨が、工具で武装した労働者たちの身体に撃ち込まれる。

 だが、それは焼け石に水であった。

 「暴徒」の数は余りに膨大であり、前列の数十名を射殺したところで、その後ろから死体を飛び越えて次々とやってくる。


「く、く、来るな!来るなーっ!!」

「やめろーっ!近づくな!!」


 「人民の敵」のツルハシが「弾切れ」になった保安局職員目掛けて振り下ろされる。


「死にやがれ!保安局チェキストの豚野郎!!」

「ぴぎゃっ!!」


 職員の頭部に命中。

 保安局略帽を突き破ったツルハシの刃が、職員の頭蓋を叩き割る。

 両目が飛び出し、鮮血が噴水のように舞う。

 同様の光景が、山体の崩壊が始まった207号鉱山メイン通用口で繰り広げられた。

 その戦慄すべき惨劇を車の中から目撃した部隊長の男が、車内備え付けの無線機で「委員会」へ緊急連絡を試みる。


「クソがっ!!

 ……こちら207号希土類指定鉱山地区保安隊!

 現在、鉱山が原因不明の崩落を起こし、同時に人民の敵共が暴徒化して多数の職員が襲われている!!

 大至急、特別行動部隊の出撃を要請する!!

 繰り返す!

 こちら207号指定鉱山保安隊!

 鉱山が崩壊し、労働者が暴徒化!!

 大至急、特別行動部隊の出撃を……」


 しかし、アンデッドの群れが如く襲い来る「人民の敵」の「海」を引き裂いた黒塗りセダン車も、やがて分厚い「人間の壁」を前に立ち往生を余儀なくされる。


「なにをしている!エンジンをかけ直せ!!囲まれるぞ!!」

「クソッ!クソッ!!動けよ!動いてくれよ!!」


 部隊長は怒声を張り上げ、運転席の若い職員が懸命にエンジンキーを回して再始動を図る。

 そんな保安局員たちの悲痛な願いは、必死の努力も空しく誰も聞き届けなかった。

 ツルハシが、シャベルが、保安局セダン車に叩き付けられ、ガラスが割られると職員たちは無数の「汚らしい手」によって外に引き摺り出される。


「や、やめろ!!貴様等、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」


 粉砕されたフロントガラスから外に引き摺り出された部隊長の中年男は、尚も強気な態度を崩さず「人民の敵」に相対する。

 だが、彼ら「人民の敵」の返事は容赦なかった。


 フルスイングされたシャベルが、部隊長の男の顔面に激突する。


「ぶぎっ!!」

 

 豚のような鳴き声を上げて無様に地面を転がる保安局の男。

 たちまち無数の「暴徒」が取り囲み、各々が手にした工具が男の身体に打ち付けられる。


「死ね!死ね!保安局チェキスト野郎!!」

「殺せ!!殺せーーっ!!」

「魔女の婆さんの鍋で煮られやがれ!!保安局の豚が!!」

 

 瞬く間に207号指定鉱山保安隊指揮官の男の身体は、見るも無残な肉塊と化した。

 裂けた腹から臓物が飛び出し、頭部は徹底的に粉砕されて原型すら留めていない。

 隣に座っていた運転手の職員も同様の有様となっている。


「207号鉱山を“解放”したぞ!!祖国アーガン、バンザイ!!」

「アーガン、バンザイ!!」


 ボコボコにされた保安局セダンの屋根に登った労働者の男が、ツルハシを夜空に掲げて「宣言」すると、周囲の労働者たちも呼応する。

 鉱山地区各地で、保安局詰め所や監視塔を襲撃した「人民の敵」たちも、勝鬨を上げる。


 しかし、彼らが勝利を宣言するには早過ぎだ。

 

 通報を受けた内務人民委員会「特別行動部隊」が迫りくる「破滅」のローター音が、夜陰を切り裂いて周囲に響き渡る。

 二つの丸が並んだ円形のタンデムコックピットに、全体的に丸みを帯びた肉厚な胴体両脇のスタブウィングに強力な対戦車ミサイルと対空ミサイルランチャー及び対地制圧用無誘導ロケットポッドを装備した恐るべき重武装「強襲」ヘリの大部隊が、207号鉱山に姿を現した。

 人民軍兵士からは「人食いワニ」の愛称で呼ばれ、敵対国からは「雌アカシカ(ハインド)」のコードで呼ばれ恐れられる「労働者の国」が生み出した「凶悪な」工業芸術作品。

 そのコックピットの前席に座るガンナーのヘッドギアには「人狩り用」赤外線照準器が搭載されており、深夜にも関わらず、地上で蠢く暴徒と化した「人民の敵」全てを捕捉していた。

 ガンナーは、自身が握る機関砲操作レバーのトリガーを押し込む。


 30mm連装機関砲が咆哮する。


 集中豪雨のような30mm機関砲弾の雨が、「お門違いな」勝鬨を上げる暴徒たちに降り注ぐ。

 肉片が舞い散り、血飛沫が地面を真っ赤に染める。

 勝鬨は阿鼻叫喚となり、労働者たちはデタラメに逃げ回った。

 さらに強襲ヘリ部隊は、機関砲の射撃を継続しつつロケット弾を一斉射した。

 次々と吹き飛ばされる労働者たちの身体。彼らの「寝床」だった宿舎も破壊され、紅蓮の炎が辺りを包む。

 部隊は二手に別れ、対地攻撃を継続する機と搭乗中の戦闘員を降下させる機が所定の作戦行動に移った。

 ロケットの爆発音と機関砲の唸り声、そして「人民の敵」の断末魔が木霊する鉱山地区の要所上空に、強襲ヘリが展開しホバリングを開始。

 側面のスライド式ドアが開け放たれると、降下用ロープが地上へと垂れ下がった。

 間を置かず、ロープを伝い次々と「特別行動部隊」の精兵が懸垂降下する。

 専用のフルフェイスガスマスクに重武装の戦闘装具コンバットギアを身に付けた不気味な格好の内務人民委員会「最強」の実力部隊が、暴動発生地区となった207号鉱山に展開。

 その手には、人民共和国最新型の軽量型汎用機関銃が握られている。

 7.62mmライフル弾を200発装填したドラムマガジンを備え、夜間でも鮮明に敵を浮かび上がらせる熱源探知機能付き光学照準器が銃機関部のレールにマウントされていた。


「ナンキン05。暴徒多数及び地区保安隊責任者の死亡を確認。発砲許可を。」


 惨殺された保安隊隊長の死体近くに降下した「特別行動部隊」分隊指揮官が、マスク内蔵の無線機で「野戦指揮官」に指示を乞う。

 すぐさま命令は下された。


『発砲を許可。皆殺しにしろ。誰一人として生かしておくな。

 保安局員も例外ではない。我々以外の者は全員殺せ。』

「了解しました。同志アクラコン野戦指揮官。」


 フルオート射撃。


 降下した特別行動部隊各隊は、付近の「暴徒」に向けてライフル弾を高速で叩き込む。

 実戦経験豊富な行動部隊の精兵の射撃により、逃げ回る「人民の敵」たちは一方的に射殺されていく。

 そんな「地獄絵図」の只中に、一人の女兵士がロープを使わずにヘリから飛び降りた。

 空中で一回転すると、「地獄」に見事な着地を披露。

 その「両手」には、行動部隊兵士が装備する新型汎用機関銃があった。

 機関銃の「二丁持ち」である。

 きめ細かな美しい黒髪を三つ編みにした細目の美女。

 戦闘装具コンバットギアには7.62mm弾の弾帯が巻き付いており、着地の衝撃でジャラジャラと大きな金属音を立てる。

 彼女が降下したのは、逃亡を図る労働者の大群が今まさに殺到せんとする鉱山主要入退場ゲートであった。

 ゲートには女兵士一人だけ。

 集団の先頭を走る労働者の男が叫んだ。


「あ、あの保安局チェキストの女を殺せ!あいつを殺せば、ここから逃げられるぞ!!」

「う、う、うおおぉぉーーっ!!」


 無数の労働者の群れが、理性無きゾンビが如くツルハシやシャベルを振りかざして機関銃二丁持ちの女に迫る。


 直後、フルオート射撃。


 女は両手の機関銃を難なく操作して猛烈な弾丸の雨を「ゾンビ」の群れに見舞った。

 彼女の機関銃には「マガジン」は装填されておらず、弾帯ベルトが直接機関部に挟み込まれており、身体に巻き付いたベルトが高速で銃の機関部に吸い込まれていく。

 そして、それと比例するように暴徒の死体が彼女の周囲に積み上がった。

 女兵士一人により、1000を超す暴徒の群れが圧倒される。

 労働者側は誰一人として彼女に近付くことすら出来ず、瞬く間に物言わぬ死肉と化した。

 女は悠然と機関銃を乱射しながら歩き出す。

 敵わないと判断した暴徒たちが四方八方に逃げ出すが、女兵士は視界に入った者全員を迅速に射殺していく。

 入口ゲートの警備員詰め所で無数の暴徒を前に身を隠していた保安局員2人が、その様子を恐る恐る見ていた。

 一通り「掃討」が終わったことを確認すると、その女兵士に感謝を伝えるべく詰め所から出て来る。


「……い、いやぁ……助かったよ。流石は特別行動部た」


 発砲。


 感謝を述べた保安局員の額に高速で7.62mm弾が命中し、後頭部から頭蓋と脳漿が血飛沫を伴って吐き出される。


「ひぇっ!な、なんで殺」


 続いて発砲。


 隣の同僚が撃ち殺されたことに動揺した若い職員もまた、顔面にライフル弾を喰らって仰け反り倒れた。

 保安局員を射殺した女が「無能者」共を罵る。


「貴様等は内務人民委員会の面汚しだ。死んで詫びろ。」


 この恐るべき女兵士の名は、シクラ・アクラコン。

 恐るべき特別行動部隊の野戦指揮官であり、同時に国家保安人民局局長でもある。

 「冷血女」カレン・アクラコンの妹にして「人民共和国最強の兵士」。

 今も、たった一人で鉱山メインゲートに殺到した1000人を超す「暴徒」を「鎮圧」してみせた。

 そんな彼女に続き、上空のヘリからロープを伝って後続の戦闘部隊が降下する。

 シクラの下に、後続部隊の兵士が現れて指揮官に敬礼する。

 

「同志アクラコン野戦指揮官。特別行動部隊“ナンキン”戦隊、総員“第一次掃討”を完了しました。」

「よろしい。直ちに“第二次掃討”に移行せよ。

 この鉱山から誰一人として生かして出すな。隠れ潜んでいる者、山間部に逃げ込んだ者、全て殺せ。上空のヘリ部隊との連携を密にせよ。」

「はっ!了解しました!!」


 シクラの命令を受領した行動部隊兵士が駆け出す。

 彼女の命令は速やかに実行に移された。

 焼け残った建物や建設機械の裏に隠れていた労働者のみならず保安局職員さえも発見次第射殺され、山間部の森へ逃げた者にも人狩りサーモを搭載した「ハインド」が襲い掛かり迅速に殺処分される。

 鉱山の「殲滅」が確認されると、強襲ヘリよりもさらに大型のティルトローター式重武装攻撃輸送ヘリが上空に飛来。

 その大型重攻撃ヘリは、巨体をゆっくりと鉱山地区のヘリポートへと運び、堂々と着陸した。

 ヘリの後部ハッチが開かれ、多数の特別行動部隊兵士が展開。

 さながら王侯貴族を出迎える儀仗兵のように、中央に大きな間隔を空けて左右一列に向かい合い整列すると、機内奥から姿を見せた「人民共和国の実質的最高権力者」の女に対して一糸乱れぬ敬礼を見せた。

 シクラも、その女を後部ハッチ正面から敬礼を持って出迎える。


 ロケット弾がもたらした業火が消し飛ぶような絶対零度の極寒オーラが女から放出されている。


 それだけで、この最高権力者の女が「激怒」していることが分かる。

 専用の人民軍上級政治将校の軍服を纏うその女……カレンに「事態収束」を伝えるべく妹のシクラが近寄る。


「同志内務人民委員長。第207号鉱山関係者全員の処分を完了しました。」

「……」


 シクラの報告に、カレンはしばし無言のままだった。

 やがておもむろに口を開く。


「……ここの保安隊指揮官はどうした?」


 地獄の底でさえ凍り付く低い声。

 シクラは淡々と事実のみ報告する。


「暴徒の手に掛かり死んでおります。」

「なら家族は何処だ?」


 矢継ぎ早に質問するカレン。

 シクラは淀みなく簡潔に答える。


「カムラクに居住しております。」

「一族全員、“ダム送り”だ。」

「承知しました。同志内務人民委員長。」


 カレンの命令を受けたシクラが、部下の兵士に「委員長」の命令を下達する。

 その命令は直ちに実行され、労働者によって血祭りに上げられた「第207号鉱山地区保安隊指揮官」の家族は、妻子は言うに及ばず親兄弟も含めて翌日には「ダム送り」となった。

 カレンはヘリポートから降り、「鮮血の浴場」と化した鉱山地区を「視察」する。

 その上空を飛ぶ強襲ヘリ数機が、搭載したサーチライトで下界を明るく照らし出す。

 暴徒や保安局職員の死体を特別行動部隊の兵士が慣れた手付きで近場に寄り集め、幾つもの「山」を形成しており、カレンはその一つに近付いた。


「……」


 保安局職員の死体がうず高く積まれた「肉の山」を睨むカレン。

 その山を見ながら傍に侍るシクラに「最後」の質問をした。


「……クソ女ジクラキムの死体は何処だ?」

「ありません。崩壊した鉱山に埋まっているものと思われます。」


 シクラは即答した。

 直後、カレンは腰のホルスターから自動拳銃を引き抜くと、「無能者」の死体の山に銃口を向けた。


 連続発砲。


 血飛沫が舞い、肉片が飛び散る。

 15発装填のマガジンを一瞬で空にしてしまった。


「この鉱山に配属されていた保安局職員の家族は、全員“鉱山送り”だ!!」


 壮絶な怒りの極寒オーラが放たれる。

 あまりのおぞましさに、付近にいた特別行動部隊の兵士全員が強い恐怖を覚えて後退あとずさる。

 一方、至近でそのオーラを浴びているシクラは微動だにしない。

 むしろ、姉のオーラに触発されて自身もそれに類する冷徹なオーラを放つ。

 地獄さえ凍り付かせる「冷血姉妹」の怒気に、鉱山全体が怯えているようだった。


「シクラ!ジクラキムを探せ!!

 何が有ろうとも、あのクソ女の死体を潰れた鉱山から見つけろ!!

 近隣のクソ亜獣人や人民の敵共を総動員して山を掘り返せ!!」

「ははっ!!承知しました、お姉様!!

 国中の亜獣人と粛清対象者を徴発し、本鉱山の掘削を行わせます!」


 見事な敬礼を敬愛する姉に向けるシクラ。

 姉のカレンは、心から信頼する妹のシクラを伴いティルトローター式大型重攻撃輸送ヘリに搭乗すると、「惨劇の207号鉱山」を後にした。


……


 朝の訪れを告げる太陽の光が、「殺戮の夜」の星々を殺していく。

 恐るべき「冷血姉妹」が去った207号鉱山から「山2つ分」程離れた奥深い原生林に覆われた山岳地帯。

 その一角にある岩肌の巨石が「内側」から倒されると、隠されていた洞穴から数十人の男女が姿を現した。

 集団の先頭を、筋肉質な大男であるパガンと精悍な面持ちをした女性のユナタが行く。

 洞穴から慎重に這い出し、注意深く辺りを警戒する。

 すると洞穴のすぐ近くに聳える巨木の背後から人影が現れた。

 手にしたツルハシを構えて警戒するユナタ。


「俺だ、ユナタ。」


 その声を聴くなり、ユナタはツルハシを放り捨て「影」に向かって駆け出した。


「ザイツォン!!」

 

 「影」に抱き付くユナタ。

 切れ長の瞳からは大粒の涙が溢れていた。

 「影の男」はアーガン人民共和国「第2代」国家主席、ザイツォン・ベタシゲンその人であった。

 専用の特注迷彩服を着込んだザイツォンの周囲には、最新の対赤外線遮熱機能付きギリースーツに身を包み、同じく最新型の人民共和国製ブルパップ式自動小銃を構えた人民軍兵士およそ一個小隊が展開しており、国家主席の身辺を油断なく警護する。

 ザイツォンの傍らには、ユナタに「伝言」を届けてくれた「天からの使者」……ヴィジマ・クラゲナンの姿もあった。

 彼もまた、ギリースーツ姿に新型ブルパップ式自動小銃を手にして「直属の上司」の警護に当たっている。


「お、おい……ユナタ……そのお方は、まさか本当に……」


 大きく動揺するパガンはじめとする第5坑道採掘班所属の「元」人民軍将兵たち。

 ザイツォンと熱い「再開の抱擁」をしていたユナタは、彼から離れると改めて「婚約相手」を紹介した。

 

「パガン中尉、それに同志の皆。

 紹介するわ……私の“最愛の人”で人民共和国国家主席のザイツォン・ベタシゲン将軍よ。」


 ユナタから紹介されたザイツォンは、気さくに片手を上げてユナタの仲間に声を掛ける。


「よう、ベタシゲンだ……まぁ、知ってるかもしれないが……

 ちなみに、ユナタは俺の将来の嫁さんだ。」


 その言葉に、パガンらは強い衝撃を受けた。

 なぜなら、彼らのみならず共産圏に暮らす者は皆、「ザイツォンの恋人」は「あの女」だと思っていたからだ。

 労働者の一人が思わず「その事」を口にしてしまう。


「……え?でも、将軍の恋人はあのアクラコンなんじゃ……」


 するとザイツォンは「破顔」した。


「ハハッ!まぁ、あの女だけじゃなく世界中がそう思ってるだろうな。

 ……だが俺は……今まで、ただの一度としてカレンを愛おしいと思ったことはない。」


 そう言うとザイツォンの顔から笑みが消えた。

 真剣な眼差しを、「人民の敵」のレッテルを貼られたロングニル帰還兵たちに向ける。

 自身の「衝撃の告白」に驚愕する彼らへ、「ある提案」を行った。


「さて、このままお前たちを国外へ逃がしてやることも出来るが……

 俺から頼みがある。

 このまま鉱山で“死んだこと”にして、俺直属の兵隊になってくれないか?

 ……もちろん無理強いはしない……

 もう家族とは会えないし、なにより内務委員の連中に見つかったら鉱山以上の地獄を見る羽目になるかもしれない。

 それでも構わないのなら、どうか力を貸して欲しい。

 あいつから……カレンから……祖国アーガンを取り返す為に、俺に協力してくれないか?」


 それを聞くなり、パガンは背筋を伸ばして「完璧」な敬礼を「上官」に示した。

 彼に続き、他のロングニル帰還兵たちも乱れ無き素晴らしい敬礼を向ける。

 ユナタもまた、「将来の夫兼上官」へ敬礼する。

 兵士たちは口を揃えて新たな「主君」への忠誠を誓う。


「我ら人民軍ロングニル帰還兵!ザイツォン・ベタシゲン国家主席閣下に忠誠を誓います!!」

「……ありがとう、諸君……

 さぁ、始めようぜ。この暗黒時代カレンシチナをさっさと終わらせるんだ。」

 

 ここに、ザイツォンの「影の手足」となる「死人部隊」が誕生した。

 

 彼らの「冷血女」から祖国を取り戻す過酷な戦いが、遂に幕を開ける。

 深い朝霧に覆われた超巨大ダム堤頂の舗装道路の一角に、1台の人民共和国製高級セダンが停車した。

 運転席から岩盤から削り出したような偉丈夫のアーガン人政治将校が降り、助手席からは10代中頃の少女が出てくる。

 後部座席のドアを大男が開けると、車内から両手足を固く拘束された男女を引き摺り出した。

 男女は共に麻袋を頭に被せられ、悲鳴を上げることすら出来ない。

 ダム堤頂の舗装道路の上に、正座の格好で座らされる。

 大男……グラシカは、雇い主「だった」男の麻袋を取り外した。

 袋から解放された男は、すぐさま強い口調で怒鳴り出す。


「ブハッ……お、おいグラシカ!!貴様、これは一体何のつもりだ!!

 何故、いきなり私たちを拘束した!?説明し……」


 そこまで言い掛けて、グラシカの隣に立つ「長女」の姿に気付く。


「カ、カレン?……何故、お前がここにいる?」

「……」


 カレンは無言だった。

 その全身からは、血の気が引く極寒のオーラが迸っている。

 辺りを見回すと、何人かの「自分の私兵部隊の兵士」が自動小銃や短機関銃を手に周囲を警戒している。

 その中に「次女」の姿もあった。

 やはり武装しており、父親である自分にまるで関心が無い様子だった。


「な、何をするつもりだ?」


 続いてグラシカは「カレンの父親」の隣にいる女の麻袋を取り外す。


「……」

 

 生気を感じさせないまでに色白でありながら艶やかな肌。

 腰辺りまで流れる長い黒髪は上級品の絹が如き質感を持って朝霧に濡れて淡く光沢を放ち、思わず息を飲む程に美しく妙齢で「酷薄な」女の顔が露わになる。

 その女は至って冷静に閉じているかのように細い瞳で周囲を確認し、瞬時に自身が置かれた状況を理解した。


「……ほう、カレンにシクラ。随分と面白いことを考え付いたようだな。」


 「アクラコン家当主」の女が、表情一つ変えずに地獄の底さえも凍てつく低い声で淡々と「感想」を述べる。

 これにシクラが反応する。

 彼女の全身から壮絶な憎悪のオーラが立ち昇る。


「……お母様。ようやくあなたを殺すことが出来ます。

 シクラはとっても幸せです。」

「そう。よかったわね、シクラ。」


 まるで他人事のように言う「お母様」。

 たまらず夫が狼狽を見せる。


「な、なにを呑気に言ってるんだ、クラナ!!

 早くこいつらを何とかしないと、私たちは……」

「黙れ、無能者。」

 

 クラナは無駄に騒ぎ立てる「無能な夫」を一喝し、黙らせる。

 するとカレンが母親に質問した。


「……お母様。どうして私はザイツォンお兄様と結婚できないのですか?」


 長女カレンの質問に母クラナは即答する。


「貴様のような異常者と、人民軍の“核心階級の核心”にして将来有望な将官候補を夫婦めおとになど出来るか。

 貴様の仕出かしたクソみたいな“事件”を、何回私が握り潰してやったと思っている?

 逆上せ上がるな!

 ベタシゲン家の長男は、ジクラキム家の長女と結婚させる。

 これは核心階級の長老間で決まった“合意”だ。何度も言わせるな。」


 母親の言葉を聞いた直後、カレンの細い瞳が見開かれる。

 激烈極まる憎悪がクラナに叩き付けられる。


「……殺す……殺してやる……

 ザイツォンお兄様は、下らない軍の狗で終わる人間ではない!

 ……私は“約束”したんだ……必ずザイツォンお兄様を“王”にすると!!

 その為には、私がザイツォンお兄様の傍に寄り添う必要があるのだ!!

 邪魔をする者は、お母様だろうが殺す!!」


 カレンは声を荒げて力強く宣言した。

 しかし、母クラナはこれを鼻で笑い軽くあしらった。


「……ふん、実にくだらん。

 人民共産主義の大義とアクラコン家の跡取りとしての自覚を忘れ、男如きに目が眩んで発狂したか。」


 続けてクラナは、落胆も露わに娘たちの「処分」を決定した。


「……全く……どんな“面白い”理由で私を殺すつもりなのか期待して“捕まってやった”というのに、これではとんだ期待外れだな。

 ……薄々感じてはいたが、どうやら私は子育てに失敗したようだ……

 やむを得ん。

 おの股座またぐらからヒリ出した“ゴミ”は、おのれで片付けるとするか。」


 そう言うなり、クラナは自身の両手を拘束している手錠を引き千切り、間髪入れず足の縄を「手刀」で切断した。

 立ち上がるアクラコン家当主。

 その全身から、吹雪が如き冷徹な戦闘オーラが放たれる。


「い、いかん!ご当主様を取り押さえろ!」


 狼狽したグラシカが慌てて指示を出す。

 クラナの左右から私兵部隊の兵士が襲い掛かる。


 次の瞬間。


「ぎゃあっ!」

「うぐっ!」


 2人の兵士は一瞬にして身体を斬り裂かれ、鮮血を撒き散らし倒れた。

 彼らは胴体を斜めに切断された上に首も斬り飛ばされていた。


 常人の目に止まらぬ程の速さで繰り出された恐るべきクラナの手刀。


 クラナは5本の指を揃えて真っ直ぐ伸ばした左手を腰だめに構え、同じく見事な右手の「手刀」を肩の高さに構えて2人の娘に向けて突き出した。


「来なさい、カレン、シクラ。お前たちを処分する。」


 朝霧が、否、空気そのものが凍り付くかの如き激烈な殺意のオーラが、アーガン人民共和国の「治安維持」を司る戦慄すべき「赤き名門文官貴族」アクラコン家の女3人から発せられる。

 長年、アクラコン家に仕えてきたグラシカさえ微動だに出来ない程の張り詰めた空気が一帯を支配した。

 他のアクラコン家専属警備隊の兵士たちも、「ご当主様」と「お嬢様2人」の強烈な極寒オーラを前に凍り付いたかのように身動きできない。


 次の瞬間。


 カレンとシクラが同時に動いた。

 長女は左脇の腰ホルスターから自動拳銃を取り出し、次女は手にしていた木製ストックにドラムマガジンという保安局職員用旧式短機関銃を構え、姉妹揃って母親に銃口を向けた。


 カレン、連続発砲。

 シクラ、フルオート射撃。


 7.62mm拳銃弾の雨が、クラナへと注がれる。


「えっ?」


 娘たちの発砲と全く同時に、クラナは何の躊躇も無く隣に座る「無能者の夫」の襟首を掴むと「肉の盾」にした。


「うぎっ!ぐっ!ぎゃっ!ぶぎゃっ!」


 瞬く間に引き裂かれる父親の肉体。

 その娘2人も、引き金を引く指の力を一切緩めなかった。

 カレンとシクラの父親にしてクラナの夫「だった」人間は、瞬時に物言わぬ肉塊と化す。

 これだけで、如何にこの「無能男」が妻子から全く愛されてなかったかが分かる。

 娘たちから叩き付けられる容赦なき拳銃弾の集中豪雨により、男の身体は次第にボロボロになり手足が千切れ飛ぶ。

 カレンの放った弾丸が「肉の盾」を貫通し、クラナの白い肌を掠めて赤く細い帯を生じさせる。


「チッ……盾にもならないか、この役立たずは。」


 クラナは「肉の盾」を酷評する。

 もはや「夫だった肉塊」が物の役に立たないと判断したクラナは、その亡骸をカレン目掛けて投げつけた。


「くっ!!」


 カレンは銃撃を中断して防御の構えを取る。

 血塗れの「クズ肉」がカレンに激突する寸前で、突如「肉」が真っ二つに斬り裂かれた。

 「肉」を切り裂き出現した母クラナが絶対的殺意を抱いて長女の懐に飛び込む。

 一気に間合いを詰めたクラナは、強烈な右手の手刀をカレンの自動拳銃に炸裂させた。

 金属製の拳銃は、紙細工のように切断され破壊。

 クラナはそのまま左手の手刀をカレンの首に狙いを定めて叩き込む。


「クソッ!!」


 カレンはこれを辛うじて右腕で防御。強張らせた筋肉の防壁によりクラナの強烈な斬首攻撃を吸収するも、耐え難い激痛がアクラコン家長女の脳天を直撃する。

 間髪入れず、カレンは母の腹に左手で反撃の「刺突」を見舞う。

 だがクラナをこれを上半身を捩って紙一重で回避。

 その身を捩った反動を利用して流れるような回し蹴りをカレンの背中に喰らわせた。


「ぐはっ!!」


 モロに母の痛烈な蹴撃を喰らったカレンは吹っ飛ばされ、ダム堤頂のアスファルトを転がる。


「クラナ!!」


 姉と母の間合いが離れたその一瞬を逃さず、シクラが短機関銃の残弾全てをクラナに向けて放つ。

 しかしクラナはこれを驚異的な跳躍力を持って回避。

 逆に次女との間合いを詰め、左右の手刀を恐るべき速さで繰り出した。

 シクラも残弾0となった短機関銃を放り捨て、これに応戦。

 クラナの繰り出した右手の手刀を左腕でいなし、左手の手刀による顔面への刺突を超人的動体視力を持って寸前で躱す。

 反撃としてシクラがクラナの脇腹に鉄拳を叩き込もうとするも、クラナは相手の拳に手を添えるようにして外へ「流し」、返す刀で掌底を次女の腹部に打ち込むが、これはシクラの肘鉄で阻まれてしまった。

 激しい肉弾戦の応酬。

 もはや互いを母娘とは認識していない。

 機械的に「如何にして敵に有効な打撃を加えるか」しか考えていなかった。


 そんなシクラとクラナの激戦を食い入るように見つめてしまうアクラコン家私兵部隊の兵士たち。

 今すぐにでも「シクラお嬢様」に加勢して「ご当主様」を仕留めなければ、次は自分たちが「手刀」の餌食になってしまう。

 そのことは理解していたが、どうしても身体が動かない。

 「氷の魔女」の異名を持つ国家保安人民局局長兼内務人民委員会対外工作労働者戦隊指揮官のクラナが放つ凄まじい「圧力」に加え、その次女シクラとの激闘に、自分たち如きがどう割り込んだらいいのか分からず、思考は停止し身体は硬直してしまう。

 一方、「極寒オーラの呪縛」からいち早く抜け出すことに成功したグラシカは、道路上に倒れるカレンを介抱すべく駆け寄った。


「カ、カレンお嬢様!!お怪我はありませんか!?」


 グラシカに抱きかかえられたカレンは、激痛に顔を歪めてよろめきながらも自分の足で立ち上がった。


「……クラナ・アクラコン……クソババアが……殺す……殺す!!」


 カレンは、傍らに転がっていた母クラナが手刀で斬殺した兵士の自動小銃を掴む。


 木製銃把に銃床、強力な7.62mm弾を使用するその小銃は、「去年」正式採用されたばかりの「最新型」である。

 正式採用前に赤道や南極のシュミシュカ大陸などの熱帯の高温多湿なジャングルが広がる紛争地帯に他の試作小銃と共に「試験的」に投入されたが、本銃は「競争相手」の試作小銃が過酷な環境により相次いで動作不良を起こす中、確実に銃弾を吐き出し、極めて良好な「戦果」を残したことで「頭の固い」軍上層部から認められ、一気に人民軍全軍への配備が決定した。

 「核心階級の核心」たるアクラコン家の私兵部隊には優先的に配備され、順次短機関銃との切り替えが行われていた。

 堅牢な機関部は、母クラナの「斬撃」にも見事に耐え、僅かに掠り傷が付いているのみ。

 

 カレンはセレクターレバーを「安全」から「自動」へと切り替え、コッキングレバーを引き機関部に初弾を送り込んだ。

 両手でしっかり構え、アイアンサイトを覗き込む。

 少女の細い瞳が見開かれる。

 照星の先に、拳の応酬を繰り広げる愛する妹と「クソババア」の姿が飛び込む。

 一瞬、妹と姉の視線が交錯した。



 シクラ。コンマ5秒だけ、そのクソ女から離れなさい。

 わかりました、お姉様。



 シクラが母クラナの手刀を流した次の瞬間、わざと体勢を崩して一歩後ろに下がった。

 クラナはこれを「好機」と見て、返しの手刀をシクラの首筋に叩き込もうとする。


 発砲。

 

 カレンは自動小銃のトリガーを引いた。

 秒速730mの高速で銃口から放たれた7.62×39mmライフル弾は、クラナの胴体に命中。

 左肺を撃ち抜き、重大な損傷を与える。


「なに?……グァッ!?」


 血反吐を吐き、その場に膝を屈するクラナ。

 それを正面から見下すシクラと、自動小銃を手に悠然と近付くカレン。

 シクラが無表情のまま母に告げる。


「……ようやく止まりましたね、お母様。

 あなたの苦しそうな御姿を見られて、シクラは今、本当に幸せです。」

「……グッ!!……そうなの……よかったわね、シクラ……」


 母は苦しそうに銃創が穿たれた鮮血溢れる左胸を両手で押さえ、震えながら答えた。

 その顔には何故か微笑みが浮かんでいた。

 自動小銃を手にしたカレンもシクラの隣まで来ると、姉妹は揃って吐血しながら苦しむ憎き「母」を冷徹に見下した。


「……」


 カレンは無言のままだ。

 クラナは途切れそうになる意識を辛うじて繋ぎ止めつつ、これから「アクラコン家当主」となる長女に「遺言」を遺した。


「……よかったな……カレン……これで……貴様のッゴフッ!!

 ……思い通りだな……ハァハァ……好きなだけ殺すがいい……己が醜い欲望の為だけに、祖国と世界に破滅をもたらすがいい……

 ゴホッゴホッ!!…………そして思い知れ……貴様が虐げし者たちが『反撃』に出た時、貴様は全てを失い、絶望しながら死ぬことになる……

 ……愛していた者に裏切られ、無様に死ぬだろう……

 ……うっ!ゲホッ!!……ハァハァ……その時は……母が地獄の道先案内をしてやる……

 ……感謝しろ……」


 発砲。


 至近距離から放たれた7.62mm弾がクラナの額に命中。

 弾丸は脳細胞を破壊しながら変形し、後頭部から頭蓋を叩き割り飛び出した。

 その際、夥しい量の鮮血と脳漿も辺りに撒き散らされる。即死だった。

 この瞬間、アクラコン家の当主はカレンとなった。

 固唾を飲んで見守っていた私兵部隊の兵士たちは、思い出したかのように背筋を伸ばして見事な敬礼を「新しいご当主様」に示した。

 グラシカとシクラも敬礼し、「主君」に「最初」の指示を乞う。


「……カレンお嬢様。どうかご指示を。」

「……お姉様。ご命令ください。」


 カレンはシクラとグラシカ、そして周囲の私兵らを見渡すと「アクラコン家当主」として「最初」の命令を下した。


「シクラ、グラシカ……ここに転がっているクズ肉2体をダムへ放り込め。

 このクソ女と無能男が存在した痕跡を一切残すな。」

「はっ!!」


 これが、人民共和国最初の「ダム送り」が行われた瞬間であった。

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