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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
幕間劇  異世界の群像
53/63

52. 「コウノトリ」を信じるか?~とあるオーク軍人の物語

※この第52話から数話程(3~4話を予定)、幕間劇としてこの異世界各地で起こった出来事を様々な人物の視点から描いていきます。

 本編の続きは幕間劇後に開始します。

 お付き合いいただければ幸いです。

 鬱蒼としたジャングルに、乾季の太陽が容赦ない日差しを降り注ぐ。

 赤道直下の密林が広がるここは、一帯を支配するトカゲ獣人国家とオーク国家との国境係争が続く紛争地帯。

 熱帯地方特有の厚い雲が点在する青々とした空を、卵のような丸みを帯びたフォルムが特徴的な「人民共和国原産」の兵員輸送ヘリが約10数機、飛行していた。

 濃い緑色の塗装が施されたヘリの胴体には、「オークの大剣」を意匠化したエンブレムが描かれている。

 それは晴天に恵まれた密林の上を飛行するヘリ部隊が、「オークによる近代文明国家」ことディメンジア国家社会主義国の国防陸軍所属であることを示していた。

 オークのヘリ部隊に向かって、地上の密林から激しい「敵」の対空砲火が浴びせられる。

 ヘリを駆るデニア人……「文明化シヴィライズドオーク」の異名を持つ緑肌の精悍な亜人の男性パイロットは、巧みに操縦桿を操って襲い来る14.5mm対空機関砲弾を回避していた。


『ガッドーゾ少尉!!あと30秒で降下地点です!準備を!!』

 

 ベテランヘリパイロットが、インカムを通じて若手将校に「作戦地域」到着が近いことを知らせる。

 堀の深い端整で逞しい顔付きの陸軍少尉ウルヴァフ・ガッドーゾは、直ちに指揮小隊のデニア人やオークの軍人たちに命令した。


「了解!……よーし、第5小隊!野郎共!戦争の時間だ!ロックンロール!」


 小隊長の命に応じて、ヘリに同乗する30人のディメンジア軍兵士は各々が装備する銃火器の安全装置を外した。

 ウルヴァフの前に座る屈強なオーク軍人の男が、壮絶な笑みを見せて軽口を飛ばす。


「少尉!今日の晩飯はトカゲのステーキか!?」


 これにウルヴァフもニヤリと口元を吊り上げて答えた。


「そうだ!ガムザ軍曹!視界に入ったトカゲ野郎は全部撃て!

 故郷くにの嫁さんへの土産も忘れるなよ?」

「ハハッ!我が嫁は大飯喰らいだからな!了解だ、少尉!我に任されよ!!」


 やがてヘリは密林の只中にある開けた草むらとなっている「着陸地点ランディングゾーン」に降下。

 機体が地面と接触する直前に、搭乗していたデニア人やオークの兵士たちが次々と飛び降りた。

 すぐさま周囲のジャングルから銃弾が襲い掛かる。

 降下したヘリのボディに敵の小銃弾が命中しては弾かれ、装甲板に火花が散る。

 アーガン人民共和国からライセンス権を得て生産された頑強な「ディメンジア製」軍用ヘリは、歩兵用火器では掠り傷程度のダメージしか与えられない。

 降下した勇敢なディメンジア軍人たちは、迅速に展開して草むらに身を屈めると反撃の銃弾をジャングルに叩き付ける。

 搭乗していた兵士全員の降下を確認すると、ヘリは大空へと舞い戻った。

 ガッドーゾ少尉は、愛用の自動小銃を小脇に抱えつつ右手を天に掲げて部隊へ指示を出した。


「第5小隊!行くぞ!トカゲ共に、ここが我らオークの領土であることを教えてやれ!!

 大帝の栄光と共に!!」

「了解!大帝の栄光と共に!!」


 ウルヴァフの声を合図に、完全武装した緑肌の亜獣人たちは「勝利」に向かって突撃した。



……



 新暦1924年9月1日早朝。

 木漏れ日が差す森林地帯の一角で、精悍な顔付きをした緑肌の軍人が弾薬箱の上に腰掛けて愛用の自動小銃を整備していた。

 つい先日まで、彼は北部赤道ジャングル地帯の戦場で戦っていたが、今は一転して南部国境の穏やかな空気に包まれた深い森の只中に居る。

 少尉の階級章を付けた軍服を纏う彼、ウルヴァフ・ガッドーゾは何故自分がここで待機を強いられているのか、まだ知らなかった。

 彼の周囲の森には、偽装網を被せて秘匿された兵員輸送ヘリが多数あり、それを駆るパイロットや兵士たちも辺りで待機しており、ウルヴァフのように自身の装備品を点検したりあるいは仲間とカードゲームに興じたりと、思い思いに時を過ごしていた。

 彼らが潜む森の先には果てしない荒野が横たわり、その先にはディメンジアにとって「宿敵」とでも言うべき強大な人間の王国が存在する。

 その宿敵の名は、ノルトスタントール連合王国。

 ディメンジアにとって建国以来の最大の敵対国家である。

 今、ウルヴァフをはじめとしたディメンジア国家社会主義国国防陸軍第66空挺騎士師団の面々は、そんな「千年宿敵」との国境に広がる奥深い広大な森林地帯、通称「母神護りの森」にて、かれこれ2日も身を潜めていた。

 この国境の森を、オークたちが親しみと尊敬の念を込めて「母神護りの森」と呼ぶには理由がある。


……※歴史解説です。読み飛ばし可※……

……※ディメンジアについては「第18話」もあわせてご参照いただければ幸いです※……

 約1500年前、大帝ラカラールが東レヴェリガイア大陸の中心部に当たる「ミッドランド地方」に存在した無数の人間の諸王国を滅ぼし、大陸南部に広がるスタントール地方への親征を試みた。

 ラカラール率いるシャハーン大帝国の勇ましいオークの軍勢100万は、スタントール地方の二大「人間国家」であるネクタス・フェターナ連合軍60万と「嘆きの荒野」と呼ばれるミッドランド-スタントール間を横断する荒地にて激突。シャハーン軍の攻撃主軸を担っていたラカラール本人とその近衛兵団は、「傭兵侯爵」カズキ・シノーデル率いる「カズキ傭兵団」と戦闘状態となり、やがてラカラールとカズキによる一騎討ちが始まった。

 結果、大帝ラカラールはカズキに討ち取られ、シャハーン軍は大混乱に陥り潰走。

 ネクタス・フェターナ連合軍はこれを大いに叩き、嘆きの荒野を緑肌の獣人たちの躯で満たした。

 そんな破滅的な敗走の最中、大帝の第一王妃である亡国の女騎士……後にオークたちから「祝福の母神」と呼ばれることになる「人間の女性」ディテクティアは、混乱するオーク戦士たちを見事にまとめ上げ、追撃部隊の最先鋒である「カズキ傭兵団」とネクタス王国「次期国王」ネタリア王女率いる「ネタリア騎士団」の熾烈な攻撃を躱しながら辛くも荒野の先に広がる森へと辿り着いた。

 ディテクティアとシャハーン軍残党のオーク戦士、それに彼女とラカラールの子供たちである「始まりのデニア」と称される若き緑肌の男女は、この奥深い森林地帯にて、森の妖精たちの助力もあり「オークスレイヤー」カズキとその恐るべき兵馬の追撃を振り切ることに成功したのであった。

 無事「本国」に逃れたディテクティアとその子供たちは、分裂の危機に瀕した「偉大なる大帝」が遺した大帝国の滅亡を寸前で食い止め、「母神」ディテクティアの名を讃えて「ディメンジア」と国号を変えつつも、「嘆きの荒野の戦い」から1500年が経った今も尚、ミッドランド地方最大の軍事国家として君臨している。

……※歴史解説終了※……


 ディメンジア建国の母神を護った森はその後、スタントール支配下で行われた開発事業により大きく荒廃したものの、「鋼鉄時代アイアンパンク」最後期に勃発した「亜獣人大戦」でディメンジアが「勝利」したことにより、彼らオークの手に戻った。

 そしてディメンジアの官民挙げての自然回復活動が行われた結果、「母神護りの森」はかつての大森林地帯の姿を取り戻し、現在では「大帝と母神」を尊崇する緑肌の亜獣人たちにとって欠かせない「聖地」の一つとなっているのであった。


 愛用の人民共和国製自動小銃の点検を終えたウルヴァフに、2人のデニア人女性将校が近付く。

 大佐の階級章を付けた逞しい緑肌のデニア女性が、「義理の弟」に話しかける。


「ウルヴァフ。赤道では随分と大暴れしたらしいな?」


 笑みを浮かべて義弟のジャングルでの活躍を讃える。

 これにウルヴァフも笑顔で応じた。


「ジーラ義姉さん……大したことはしてませんよ。

 帝国領土に不法侵入したトカゲをおっぱらっただけです。」


 ジーラと呼ばれたディメンジア国防軍国家情報局所属の大佐は、ウルヴァフの傍まで来ると隣の弾薬箱に腰掛けた。

 もう一人の若いデニア人女性将校は、ジーラの傍らで直立している。

 その精悍で美しい顔を、キッと引き締めている。

 ウルヴァフはその顔に見覚えがあった。


「……君は……もしかしてザルメかい?

 こいつは驚いた!10年振りか!すっかり大きくなったね!」


 久方振りに会った義理の妹に破顔するウルヴァフ。


「……」


 しかしザルメは固い表情のまま、無言で頷くだけだ。

 何処か緊張しているようだ。

 ジーラは苦笑いの表情となり、妹の無礼な態度を謝罪する。


「……許せ、ウルヴァフ。ザルメはつい先月、情報局士官学校を出たばかりでな。

 まだ右も左もわからん状態だ。」

「いや、気にしてませんよ、ジーラ義姉さん。

 俺も最初はそんなかんじでした……部下共には大分舐められたものです。」


 ウルヴァフは緊張し切ったザルメに優し気な笑みを向けた後、その笑みを消して情報局大佐に「待機」の理由を伺った。


「……ところで、ジーラ義姉さん……いや、ガッドーゾ大佐。

 なんで、俺たち66空挺師団は北部国境のジャングルから南部国境の森へ配置転換になったんですか?

 もう2日もここで待機してますが、一体、何が始まるんですか?

 聞けば、アヴァフ兄さんの第999戦車兵団も、東のイェルレイム国境防衛線からモラグヴァータに移動しているそうですが……」


 ウルヴァフは、兄アヴァフ大佐が率いる「国防陸軍最強」の呼び声高い重装甲戦車兵団が、「母神護りの森」の内地側にある工業要塞都市モラグヴァータに集結していることを既に知っていた。

 他にも、自身が属する第66空挺師団のみならず、ディメンジアが有するヘリボーン部隊のほぼ全軍が国境一帯の森林地帯に広く展開している。

 これは明らかに異常だ。

 ジーラも笑顔を消し、真剣な眼差しを陸軍少尉に向ける。

 彼女の切れ長で美しい黄色の瞳に、ウルヴァフの神妙な面持ちが映り込む。

 ジーラはおもむろに口を開いた。


「……少尉は、『コウノトリ』を信じるか?」

「コウノトリ……ですか……」


 ウルヴァフは言葉を濁した。

 「コウノトリ」とは、赤道ジャングル地帯の紛争地域から対スタントール正面となる南部国境への配置転換が通達されてから空挺師団将兵の間で広まり、まことしやかに語られるようになった「ある噂」のことだ。

 それは、「スタントールがディメンジアとの長きに渡る対立関係を解消するべく国境一帯の「嘆きの荒野」の領有権を我々に譲ることを決めたらしく、今回の配置転換は領有権譲渡後に速やかに荒野へ進駐する為のものであるが、実はそれは欺瞞工作で、真の目的は現在国境紛争中のトカゲ獣人国家連合に対して大規模全面攻勢を実施する前準備としての非常に大掛かりな陽動作戦だ」とする噂である。

 ウルヴァフもまた、この噂をなんとなく信じている将兵の一人だったが、何処か腑に落ちないところを感じていた。

 そこで、渡りに船とばかりに姿を現した高級将校の「親類」に「真の事情」を聞き出そうとしたのだが、帰ってきた言葉がくだんの「コウノトリ」だった。

 ウルヴァフは何処となく現実味のある「この噂」を信じつつも、心の隅にとある叶うことの無い「淡い期待」を抱いていた。


 それは、ディメンジア建国以来の宿敵、ノルトスタントール連合王国との全面戦争である。

 

 歴史の教科書では、約200年前の「亜獣人大戦」で彼の国相手に「勝利」を収めたことになってはいるが、実際は10年近い消耗戦争を経てようやく国境の森と要塞都市モラグヴァータを「奪還」出来ただけで、偉大なる大帝ラカラールが果たし得なかった悲願、「スタントール地方の完全征服」は到底望むべくも無かった。

 現実的に考えても、ディメンジアとスタントールとでは国力に大きな差がある。

 ディメンジアの国内総工業生産能力は、スタントールの「一都市」に過ぎないネクタス広域州州都ネクタスとほぼ同程度であり、あの恐るべき超工業国家にはネクタスと同じ工業生産能力を有する大都市が他にいくつも存在する。

 つまり、極端な例を言えば、ディメンジアが戦闘機1機を生産する間にスタントールは100機を生産できる能力を有しているのだ。

 それ以外にも、人口はディメンジアの倍に相当する3億人であり、科学技術の分野でも極北の不気味な半鎖国国家ベルベキア連邦を除けば世界トップレベルである。

 領土もスタントールの方が遥かに広大だ。そして、その広大な領土に豊富な地下資源と肥沃な大地を抱えている。

 このように、あらゆる面でスタントールはディメンジアを圧倒し、もはや大帝の悲願達成なんぞ「子供が描いた夢物語」でしかない。

 「千年宿敵」との国境に展開した「事情を知らない」緑肌の戦士の誰もが、「スタントール征服の大戦争」を夢想しながらも決して“それ”は起こりえないと思っていた。

 

「……やはり、このまま俺たちはジャングルへトンボ返りか……」


 ウルヴァフは少し残念そうに呟いた。

 それを見たジーラは、ニヤリと含みある笑みを浮かべて言った。


「フフッ……まぁ、あと少しの辛抱だ。

 ……少尉、“昼”を楽しみにしてろ。」


 昼?

 

 新たな疑念を抱いたウルヴァフだったが、義理の姉はそれに答える事無く、緊張し切りの妹ザルメを従えて義弟から離れて行った。

 ザルメは去り際、ウルヴァフにぎこちないながらも見事な敬礼を示した。

 ウルヴァフも義理の妹へ微笑みと共に敬礼を返す。

 美しい義理の姉妹と入れ替わるように、輜重部隊から配給された朝食を手にした部下の屈強なオーク戦士数名が姿を現す。


「少尉!飯を持ってきてやったぞ!

 ……うん?今のは情報局の将校か?」


 体長2メートル近い巨躯の獣人兵士が、ウルヴァフの為に持ってきた糧食を掲げつつ、すれ違った美女2人の後ろ姿を振り返る。


「俺の兄貴の嫁さんだ。手を出すなよ、ガムザ軍曹!」


 ウルヴァフはガムザから朝食を受け取り、冗談めかして言った。


「ハハハッ!安心せい!他の女に手を出したら、我は故郷くにの嫁に引き千切られてしまうわ!」


 豪快に笑う腹心の部下に、ウルヴァフも笑みを零す。

 やがて彼の周りには自身が指揮する第5小隊の面々が集まり、朝食を食べながら談笑に花を咲かせた。

 「母神護りの森」にて待機中の各空挺騎士師団全将兵に、「中隊ごとに整列せよ」の号令が発せられたのは、天空の頂点に太陽が近付く正午1時間前のことだった。


……


 屈強なオークと精悍なデニア人将兵が、中隊ごとに纏まって森林地帯の各地に整列した。

 豊富な実戦経験と過酷な訓練を積んだディメンジア空挺軍団の精鋭たちの列に、僅かな乱れすら無い。

 総員直立不動で、中隊長の訓示が始まるのを待った。

 第66空挺騎士師団第2降下猟兵中隊中隊長のデニア人大尉が中隊各位の前に進み出ると、懐から訓示書を取り出した。


「第2中隊!これより、“始まりのデニア”……我らが最高執政官様からの“全軍命令”を読み上げる!」


 緑肌の戦士たちに緊張が走る。

 ディメンジアの最高権力者である「執政官」から「全軍命令」が発せられる時……それは国家の命運をかけた一大決戦の始まりを意味していた。

 歴史の授業で学んだだけの「全軍命令」が、今まさに「現実」に発せられるのだ。

 誰もが耳に全神経を集中する。

 森も静まり返る。風さえ止み、木々が揺れる音も鳥の囀りも聞こえなくなる。

 まるで森の妖精たちも固唾を飲んで聴き入っているかのように。

 中隊長は言葉を続けた。


「スタントール戦線の全将兵に告ぐ!」


 なんだって!?

 スタントール戦線!?


 ……まさか!!


「この数日間、諸君らに沈黙を強いたことを詫び、今ここに全てを語る!

 敵王国陣営諸国全ての国境に“共和国陣営”の全軍が集結を完了しており、空前の大戦争を始める準備は整った!

 我らディメンジアは、その国家の悲願を遂に果たす時が来たのだ!

 偉大なる大帝の悲願達成の大事業は、今、始まる!

 ……スタントール戦線の将兵よ!

 諸君らはこれより、嘆きの荒野を超え、フェターナ大平原のたわわに実る稲穂の海原を踏み拉き、スタントール王都フェリスに、我らがオークの大剣を掲げるのだ!!

 1500年の雌伏の時を経て、遂に我々は約束の地を手に入れる!

 殺戮者カズキの末裔の胸に、我らが剣を突き立てよ!

 ……ディメンジア国防軍の将兵諸君!

 誇り高きオークの未来は、諸君らの双肩にかかっている!」


 そして中隊長は一呼吸を置き、全軍命令の結びでは無く彼自身の言葉であるかのように言った。


「……此度の大戦に、大帝と母神の加護があらんことを……」


 訓示書を仕舞うと、デニア人大尉は「最初の命令」を発した。


「総員、出撃準備!!1時間後に宣戦布告同時攻撃を開始する!!

 小隊長はこの場に残れ!解散!!」


 次の瞬間、「母神護りの森」はハチの巣をつついたかのような大騒ぎとなった。

 下士官以下の兵士たちは大急ぎで出撃準備に取り掛かり、ヘリの偽装網は取り払われて整備兵たちが手早く離陸準備を整える。

 空挺騎士師団所属のヘリは、牽引車に引っ張られて迅速に近くの開けた草地へ移動し、それに搭乗する緑肌の空挺戦士たちも各種装備を携えて駆け足で続く。

 ウルヴァフはじめとする小隊指揮官には、中隊長から詳細な作戦内容と命令が速やかに下達される。

 命令を口頭で受領したウルヴァフが、森から原っぱへと移動して戦闘準備を進める配下兵士たちの下へ駆け寄る。

 するとオーク重装歩兵専用の突撃重機関銃の点検を終わらせたガムザが、目に涙を浮かべる程の歓喜を顔に浮かべてウルヴァフに迫った。


「少尉!これは現実か!?現実なのか!?

 頼む!俺を思いっきり殴ってくれ!!」


 ウルヴァフは間髪入れず右フックをガムザの左頬に叩き込んだ。

 ガムザは殴られた頬をさすり、脳に伝達された強烈な痛みを噛み締めた。


「……痛い……ということは、これは現実か!!」

「そうだ、ガムザ!!俺たちは、これからスタトリアと戦争するんだ!!

 大帝の偉業を、俺たちが果たすんだ!!」


 直後、ウルヴァフとガムザは力強く抱き合った。

 戦士の抱擁である。

 ウルヴァフはその後、第5小隊各位一人一人と熱い抱擁を交わし、離陸準備の整った兵員輸送ヘリに乗り込んだ。

 エンジンが始動しメイン・ローターのブレードが勇ましく回転を始めると、緑の大地が発生した風に煽られて大きく円状に靡く。

 小隊全員が搭乗したのを確認すると、ウルヴァフも「愛機」へと飛び乗った。

 その直後、大戦おおいくさを前にして顔を引き締める陸軍少尉を国家情報局女将校が大声で呼び止めた。


「ウルヴァフ!!」


 義理の姉のジーラが、短機関銃を手にし完全武装した妹のザルメと共にヘリへ駆け寄る。


「ジーラ義姉さん!」


 ヘリのスライド式機体側面ドアの取っ手を掴みながら、ウルヴァフも声を張り上げて答える。

 ジーラは彼の傍まで駆け寄ると、ザルメが同行する旨を伝えた。


「こいつを連れて行ってくれ!

 ザルメには、これからお前が攻略するオランドゥールに関する情報を叩き込んである!

 “初めて”のスタトリアの街で迷子にならないよう、彼女がお前たちを案内してやる!」


 ジーラがそう告げると、ザルメは力強く頷いた。

 まだ緊張感が拭い去られてはいないものの、その顔には揺るがぬ戦いへの覚悟と決意が表れていた。

 ウルヴァフは頼もしい笑みを浮かべ、ザルメに手を差し伸べた。


「了解です、義姉さん!!

 ……さぁ、ザルメ少佐!こう!大帝が目指した“約束の地”へ!!」

「……了解!!ウルヴァフ少尉!!」

 

 ザルメは逞しいウルヴァフの手を取り、離陸準備の整った兵員輸送ヘリに飛び乗った。

 直後、ヘリは緑なす「母神護りの森」の大地を蹴って大空へと飛翔。

 それとほぼ同時に、遥か上空に国防空軍のレシプロエンジンを四発備えた重爆撃機の大編隊が姿を見せた。

 天空から響く爆撃機の重厚なエンジンの咆哮とヘリボーン部隊のローター音が、勇壮な「戦いの前奏曲」を奏でる。

 広大な森の各所から次々と軍用ヘリが離陸し、空中で大編隊を成すと一路南の空へと飛び去った。


「……ウルヴァフ、ザルメ……貴様等に、大帝と母神の加護があらんことを……」


 地上に残ったジーラは、南の空へと消えていく「家族」を乗せたヘリを見送りながら、建国の祖霊に2人の無事を祈願した。



……



 士気激昂する緑肌の戦士を満載した兵員輸送ヘリの大部隊が、嘆きの荒野の空を突き進む。

 かつて偉大なる大帝が打ち倒され、その後もスタントールとディメンジアが度々砲火を交える戦場であり続けた荒野は、今や完全にオークたちによって制圧されていた。

 王国側国境防衛部隊のレーダーサイトや監視塔は、宣戦布告と同時に飛来したディメンジア国防空軍の近接航空支援機により瞬時に破壊され、それを物語る黒煙が荒野の所々で立ち昇っている。

 そして荒野の先では、「黒煙の魔王」が巨大な工業都市を覆っていた。


 ノルトスタントール連合王国フェターナ広域州北部ノールリンド県県庁所在地、オランドゥール。


 人口約120万人を抱える一大工業都市は今、宣戦布告同時攻撃たる大規模空爆を受けて壊滅状態にあった。

 ウルヴァフはじめとするヘリボーン空挺軍団の任務は、空爆で混乱するこの都市を占領して後に続く機甲兵団を迎え入れることである。

 やがてヘリは、黒煙立ち込める「千年宿敵」の街へと到達した。

 赤道ジャングルの戦場で戦火を掻い潜った「戦友」のヘリパイロットが、インカムを通じてウルヴァフにまもなくの「戦地到着」を告げる。


『ガッドーゾ少尉!あと3分で第5小隊降下予定ポイントです!』

「了解!!」


 返答するなりウルヴァフは下界に向けていた視線を機内に戻す。

 指揮小隊の面々を見る。

 巨躯のオーク戦士たちは分厚い防弾ベストを備えた専用の戦闘装具コンバットギアを身に着け、手には強力な12.7mm弾使用の突撃重機関銃や多連装ロケットランチャーを携えている。デニア人の兵士は灰色の軍服の上にコンバットハーネスを装備し、7.62mm弾使用の人民共和国製自動小銃や火力支援用の汎用機関銃を手にしている。

 その顔には、微塵の隙も油断も無い。

 最後に、傍らにいる情報局少佐のデニア人女性将校を見る。

 初の実戦に、緊張している様子だ。

 ウルヴァフは義理の妹の緊張を和らげるべく、声をかけた。


「ザルメ!戦場で一番大切なことが何か分かるか?」


 これにザルメは義理の兄の黄色い瞳を真っ直ぐ見つめて答えた。


「……常に冷静さを保ち、いかなる時も敵への警戒を怠らないことです。」


 ウルヴァフはニヤリと笑みを浮かべると、これを否定した。


「違うな、少佐!戦場で大切なこと、それは“カバー命”だ!

 戦場では、とにかく物音を聞いたら直ぐに物陰に隠れろ!もし適当な隠れる場所が無いなら、そこのガムザの後ろに隠れるんだ!

 オークは図体がデカくて頑丈だ!こいつら以上に頼れる盾は無い!

 ヤバイと思ったらガムザたちの背中に貼り付け!」


 すると話を聞いていたガムザはじめオーク戦士たちは破顔した。


「ハハハッ!我らに任されよ!!スタトリア如き、我らがひねり潰してやるわい!!

 その代わり、手柄は全部頂いていくぞ!?」


 他の兵士たちも笑みを見せ、機内を優しい笑い声が包む。

 いよいよ始まる強大な人間の王国との本格的な戦闘突入を前に、張りつめていた緊張が一気に解きほぐされる。

 ザルメもその端正な顔に、微笑みを浮かべた。


「さぁ、ザルメ少佐!道案内は頼んだぞ!なんせ、オークとデニア人がスタントールの街を散歩するなんてことは、これが史上初なんだからな!」

「了解!ウルヴァフ少尉!!観光案内なら任せて!!」


 ウルヴァフの言葉に、力強く応じるザルメ。

 これに頷きを返すと、少尉は部下たちに指示を飛ばした。


「……よーし、野郎共!!待ちに待った“最高の”戦争の時間だ!!

 ロックンロール!!」


 直後、兵士たちは銃の安全装置を解除した。

 間を置かず、ヘリは降下予定地点に到達。放置された車両で満ちた大通りの上空数メートルの場所でホバリングする。

 ヘリの側面や後方ハッチからロープが地上へと垂れ下がる。


「第5小隊!降下!降下!!」


 ウルヴァフの指示を受け、次々と緑肌の戦士たちが懸垂降下した。

 ザルメも同胞の兵士に続いてロープを掴み飛び降りる。

 最後に残ったウルヴァフは、全員が無事に降下完了したことを確認すると、地上へと伸びるロープを掴んだ。

 ヘリのパイロットが「宿敵」の街へ向かうウルヴァフに、その武運を祈った。


「少尉!貴方と第5小隊に、大帝の栄光が共にあらんことを!」

「あぁ!大帝と共に!!」


 直後、ウルヴァフはヘリから飛び出した。

 すぐさま着地し、自動小銃を油断なく構える。

 彼ら第5小隊が降下したのは、オランドゥール市役所近くを走る主要幹線道路の大通りで、そこら中に持ち主のいなくなった車両が放置されていた。

 突然の空襲警報を受け、車を乗り捨てて我先にと地下鉄や頑丈な建物へ避難したのだろう。

 爆撃により大破した車両も多い。通りに面した建物も、そのほとんどが全壊または半壊し、瓦礫が散乱して炎と黒煙を噴き上げている。

 ウルヴァフは人民共和国製自動小銃の照星を睨み、周囲を警戒。

 敵影は無し。


「……よし……第5小隊、移動するぞ。ザルメ少佐、市役所はこの近くだな?」


 ウルヴァフは案内役の情報局少佐に確認する。

 ザルメは頷きを返しながら返事した。


「えぇ、ここから北へ2ブロック先です。」

「了解だ……ガムザ、第1分隊を連れて先を進め。他は俺に続け。」

「了解!少尉!」


 ウルヴァフの命令に小隊各位が応じる。

 巨躯のガムザが率いるオーク分隊の戦士が、後続のデニア人兵士たちを守るように灰燼に帰したスタントール人の街を進む。


「オ、オークだ!!オークが来やがった!!」

「クソッタレのオークめ!!俺たちの街から出て行きやがれ!!」


 大通り交差点に差し掛かったところで、スタントール警官約10名と遭遇する。

 彼らは無謀にも、重武装したディメンジア軍兵士に警察用自動拳銃で戦いを挑んできた。

 ガムザに向けて若いフェターナ人警官の男が、9mm弾数発を発射する。

 だが「軟弱な」ピストル弾では、ディメンジア国防陸軍オーク重装突撃兵の防弾ベストを貫くことなど到底かなわなかった。

 ガムザは文字通り痛痒すら感じず、お返しとばかりに手にした突撃重機関銃を構えた。


 フルオート射撃。


 強力な12.7mm弾が、オランドゥール市警の警察官たちを襲う。


「ウギャッ!!」


 ガムザを撃った若い警官の額に弾丸がめり込み、その圧倒的な運動エネルギーによって後頭部を粉砕。頭蓋骨の破片と脳漿が飛び散り、22年あまりのフェターナ人警官の人生に終止符が打たれた。

 彼を含め、今のガムザの一斉射で4人が即死した。


「ひ、ひいぃっ!!逃げろ、逃げろー!!」


 残った数名の警官は転がるように撤退した。

 歴史の授業で見聞きした「凶暴なオーク」の姿を目の当たりにし、完全に戦意を喪失して逃げ去ってしまった。

 ウルヴァフ率いる第5小隊は周囲を警戒しつつ交差点を超え、ザルメが案内役となり市役所へと進む。

 

 辿り着いたオランドゥール市役所は、ディメンジア国防空軍の空爆により完全に破壊されていた。


 歴戦のデニア人小隊指揮官は、部下に付近への展開を命じると共に、肩に装備した小型無線機を掴むと通信を開始した。


「こちら第5小隊ガッドーゾ。市役所建物は消滅。敵行政機能の無力化を確認。

 周囲に敵影及び民間人の姿無し。小隊を展開させ、一帯を確保した。」

 

 ウルヴァフは迅速に空爆戦果評定を下し、中隊司令部へ「市役所一帯の確保」を報告した。

 すぐさま中隊司令部が返答する。


『こちら中隊本部。了解だ、ガッドーゾ少尉。

 先程、予定通り第3連隊がオランドゥール・スタジアムを占拠した。現在、師団司令部もそちらに展開している。

 尚、もはや市内全域でスタントール側の組織的抵抗が見られないことから、これより“占領フェーズ”へと移行する。

 市役所一帯を確保しつつ付近を捜索して民間人の発見及び保護に努め、スタジアムへ移送せよ。』

「第5小隊、了解。機関銃分隊を市役所前に残置し、他の分隊で付近を捜索する。

 ガッドーゾ、以上アウト。」


 中隊本部との通信を終えると、ウルヴァフは配下小隊に指示を飛ばした。


「第5小隊!これより占領フェーズへ移る!

 第4分隊!お前たちは市役所を確保しろ!他は分隊ごとに別れて付近を捜索する!

 民間人を見つけたら速やかに保護しろ!

 ……いいか、間違っても撃つなよ!連中に俺たちは野蛮人じゃないって教えるんだ!」

「了解!小隊長!」 

 

 緑肌の戦士たちは直ちに命令を実行した。

 デニア人とオーク混成の機関銃分隊が即席陣地を構築し、灰燼に帰した市役所前に陣取る。

 他のデニア人小銃分隊2個、ガムザを分隊長とするオーク重装突撃兵分隊とがそれぞれ分散して付近の損壊した建物の捜索に当たった。

 小隊長のウルヴァフと情報士官のザルメは、ガムザらの分隊に同行する。

 ウルヴァフを伴ったオーク重装兵分隊は、市役所から数ブロック離れた半壊したマンションへ近付いた。

 するとマンションへ逃げ込もうとする子供を連れたスタントール人女性を発見した。


「止まれ!我らはディメンジア軍だ!危害を加えるつもりは無い!

 こっちに来い!」


 ガムザが口に手を当てて大声で叫ぶ。

 だがそれは、相手に恐怖心を与えただけだった。

 女性は子供を抱きかかえてマンションへ駆け込んだ。

 ガムザは困惑の表情を浮かべる。


「むぅ……なぜ逃げる?」

「やれやれ……やっぱりオークが怖いんだろうな。」


 ウルヴァフは苦笑いした。警官でさえ、拳銃弾が効かないと分かるや否や這う這うの体で逃げ出したのだ。

 一介の民間人、それも女性が抱く恐怖心はその何十倍だろうか。

 ウルヴァフの隣にいるザルメが「追跡」を具申する。


「追いましょう、少尉。可能な限り民間人を収容しないと、後々面倒なことになります。」

「そうだな。後ろから撃たれるのはカンベンだからな。」


 スタントール人の「愛国心」の高さは折り紙付きだ。

 「占領」した都市の民間人はほぼ必ず「民兵」となってディメンジアに抵抗を示すだろう。

 国家情報局は対スタントール開戦前、そのような見通しを立てていた。

 特に開戦と同時に占領することになるオランドゥールは、以後の戦線拡大における最重要拠点都市となる。

 そのような街で、レジスタンスが組織されるようなことは何としても防がなければならない。

 故に、彼らは「占領フェーズ」として市内残留のスタントール民間人の保護・収容を急いでいるのだ。


 ウルヴァフはガムザはじめオーク戦士たちに、女性が逃げ込んだマンションの捜索を行う旨を告げ、建物へ突入した。

 破壊されたエントランスを抜けて慎重に躯体階段を登り、各部屋を点検する。

 爆撃によって建物は半壊し、瓦礫がそこら中に散乱しており足元はかなり悪い。

 こんな状況の中、小さな子供を連れて上層階までは上がっていない筈だ。

 ウルヴァフはそう当たりを付けて低層階を重点的に捜索することにした。

 すると物音が聞こえた。

 半壊した玄関扉が倒れて廊下にぶつかる音。


「こっちだ!」


 ウルヴァフは2階の各部屋を検めていた分隊の面々を集め、音がした3階奥の部屋へと向かう。

 万が一に備え、自動小銃を構えて警戒しつつ進む。

 玄関扉が無くなったその区分所有住居は、大きな損壊は免れており部屋の中はほとんど原型を留めていた。

 ただ様々な物や細かなコンクリ片が散乱し、お世辞にも綺麗とは言い難い。

 どうやらこの部屋の住民は、着の身着のまま大慌てで逃げ出したようだ。

 部屋の奥の方に人の気配を感じる。


「……我が行こう。少尉は後ろからついてきてくれ。」

「頼む、ガムザ。」


 屈強なオーク戦士のガムザが先頭を行く。

 万が一、相手が武装していて攻撃を受けても、オークならばある程度の攻撃に耐えることが出来る。

 気配のする部屋……寝室の扉手前の壁に張り付き、様子を伺う。


「……そこに隠れて……絶対に出て来ちゃダメよ、ティーカ……」


 何やら小声で話す女の声が聞こえる。

 ガムザが意を決して部屋に突入した。


「動くな!スタントール人!抵抗しなければ何もしない!」

「きゃあっ!!」


 女は慌ててクローゼットの扉を締め、それを守るように立ちはだかる。


「こ、こ、来ないで!!」


 20代後半から30代程の若い白人女だ。

 金髪に碧眼と、典型的なスタントール人の特徴を備えている。


「心配するな。乱暴なことはしない。さぁ、我らと来るんだ。」


 そう言うとガムザは女の手を掴もうとした。

 しかしこれにスタントール人女は激しい抵抗を示す。


「い、いやっ!触らないで!!あっちに行って!!」

「こ、コラ!暴れるな!」


 ガムザは抵抗する女を抑えようとするも、下手に力を入れてしまえば華奢な女の腕を引き千切ってしまいかねず、上手く抑えつけられない。

 見かねてウルヴァフとザルメも助力に加わる。


「なぁ、奥さん!頼むから落ち着いてくれ!」

「スタントール人!私たちの指示に従いなさい!収容に抵抗しないで!」


 しかし女は尚も激しく抵抗し、逆にザルメを突き飛ばしてしまった。


「離してっ!!」

「きゃっ!!」


 ザルメは後ろの家具に臀部をぶつけ、その反動で留め金具の取付が甘かった腰のホルスターから小型拳銃を取りこぼしてしまう。

 拳銃は寝室の床を滑り、クローゼットの扉の隙間を通って中へ入ってしまった。

 しかし、ザルメはそのことに気付かなかった。


「クソッ!ちょっと手荒だが止むを得ん!」


 言うなりウルヴァフは、女の鳩尾みぞおちに鋭いパンチを叩き込んだ。


「うぐっ!!」


 その一撃で女は気を失い、ぐったりと倒れ込んだ。

 ガムザがその身体を受け止め、軽々と右肩に担いだ。


「……うーむ、スタントールの女も中々やるではないか。」

「……あぁ、なんか疲れたぜ……ザルメ、大丈夫か?」


 女に突き飛ばされた義理の妹を気遣うウルヴァフ。

 ザルメは腰をさすりながら立ち上がった。


「……えぇ、大丈夫です……ウルヴァフ義兄さん。」


 思わぬ「戦場の洗礼」を受けたザルメだったが、その顔には笑みが浮かんでいた。

 ウルヴァフも微笑みを返す。


「そうか……よし、とりあえず一旦、市役所の陣地に戻ろう。そこでこの女を拘束し、他の場所の捜索を行う。」

「了解だ、少尉。」


 ガムザが女を担いだまま部屋を出る。

 一方、ザルメは少しの間、この部屋に残ることにした。


「ウルヴァフ義兄さん。私はちょっとこの部屋に残って、スタントール人の生活様式を調べてみます。そうすれば、占領政策の役に立つかも。」

 

 これにウルヴァフは一抹の不安を感じつつも了承した。


「わかった。だが用心は怠るな?まだスタトリアの警官が残ってるかもしれないからな。」

「了解。少尉殿。」


 ザルメは少しいたずらな笑みを見せて応じた。

 その顔は愛嬌に富み、とても美しかった。

 ウルヴァフは頷きを返すと、部屋を後にした。

 一人残ったザルメは、寝室に残った家族写真や書籍を確認する。

 割れた窓ガラスから風が吹き込み、ベレー帽の先から覗く美しい「文明化オーク」の黒髪を靡かせる。

 一通り調べ終わった寝室を後にしようと、クローゼットに背を向けた。

 

 その時。


 クローゼットの扉がゆっくりと開かれた。

 金髪に「黒い瞳」の少年が姿を現す。

 その右手には、ザルメが取りこぼした拳銃が握られていた。

 瞳には「憎悪」が燃え盛っている。


「うん?物音?」


 ザルメが背後のクローゼットの扉が開いた僅かな音に気付き、振り返った直後。


 発砲。


 9mm弾がデニア人女性将校の胸を直撃した。

 弾丸は肺を貫き、瞬く間に気管を血が満たす。

 

「な!!……ゴフっ!!」


 大量に吐血し、膝を屈して鮮血迸る胸部を押さえる。

 視界は急速に霞み、溢れかえった血で呼吸が出来ない。

 そんなザルメに近寄る人影。

 苦痛に歪む顔を何とか上げる。

 漆黒の銃口をこちらに向けた少年の姿があった。

 顔は無表情そのものだったが、その瞳には母を奪った「唾棄すべきオーク」への壮絶な憎しみが現れている。


「や、やめて……」


 ザルメはか細い声で命乞いした。

 


 ……殺せ……



 発砲。

 少年は容赦なく引き金を引いた。

 9mm弾はザルメの額を貫通し、ベレー帽を弾き飛ばして大量の血と脳漿を伴って後頭部から飛び出した。

 銃撃の反動でザルメは寝室の床に仰向けで倒れた。

 黄色の瞳には涙が浮かび、美しい端整な顔は苦痛と恐怖で歪んでいる。


「……」


 少年は自分が殺したデニア人女の死体を無表情で見下していた。


 ウルヴァフが銃声を聞いて部屋に戻った時、そこにもう「殺人犯」の少年の姿は無かった。

 ベテランデニア人小隊指揮官の「家族」を失った慟哭が、短くオランドゥールの一角に響く。



……



 新暦1926年2月3日。

 かつて「ディメンジア建国の母」を「殺戮者」から護り給うた美しい森は、「殺戮者」の末裔が率いる白人たちがもたらした「鉄の暴風雨」によって一面焼け野原と化していた。

 緑肌の戦士たちは、クレーターと炭化した木々が点在する「森の屍」に幾重にも張り巡らされた塹壕とトーチカに籠り、現代兵器を駆使する人間国家の強大な軍勢の猛攻を、膨大な犠牲を払いつつ寸でのところで防いでいた。


「警報!!敵機襲来!!」


 精悍な顔付きをした若いデニア人兵士が叫ぶ。

 空を見上げれば、敵王国空軍のジェット戦闘爆撃機が数機、低空で防衛陣地を目指して侵入してくる。

 直ちに緑肌の戦士たちは塹壕に身を隠した。

 その直後、敵機は腹に抱いた大型無誘導爆弾を「緑虫共」目掛けて投下した。


 耳をつんざく大爆発。


 塹壕に逃げ込むのが遅れた数人の戦士たちが木っ端微塵となり、土嚢で構築された即席機関銃座も吹き飛ばされる。

 今、敵の空爆に晒されながら塹壕に籠る兵士たちは、本来なら大空をヘリで駆ける空挺師団の戦士だった。

 しかし圧倒的な工業力を誇る強大な「千年宿敵」人間国家・ノルトスタントール連合王国の極めて強力な空軍により、彼らのヘリも、そして彼らの頭上を守る味方空軍も、もはやこの世に存在していなかった。


「……あぁ……足が、足が……」

「クソッ!……ヴァルーグ、しっかりしろ!!……衛生兵!!衛生兵は何処だ!!」


 爆撃により左足を失った若いデニア人兵士を、歴戦の「中隊指揮官」が塹壕に引き摺り込んで介抱する。

 指揮官の叫びを聞きつけ、救急箱を小脇に抱えた衛生兵のデニア人女性兵士が駆け寄る。


「ガッドーゾ()()!!」

「こっちだ!ヴァルーグがやられた!急いで止血してくれ!!」


 中隊指揮官……ウルヴァフ・ガッドーゾ大尉の指示を受け、まだあどけなさの残る若い女性衛生兵が、失った足の切断面から大量の血を流す若い兵士に応急処置を施す。


「……た、大尉殿……も、申し訳ございません……」

「ヴァルーグ!お前は運が良い!この怪我ならモラグヴァータへ後送だ!」


 部下の若い兵士は、負傷により尊敬する上官と共に戦えなくなったことを詫びた。

 しかしウルヴァフは、辛くも命を繋ぎ止めた部下に笑顔を見せた。


「こいつをモラグヴァータ行きのトラックに乗せる。手を貸してくれ!」

「はいっ!ガッドーゾ大尉殿!」


 ウルヴァフと女性衛生兵は片足を失ったヴァルーグ上等兵の左右の肩を担ぐと、ジクザグに地面を走る塹壕の中を、今や「帝国絶対防衛線」と化した「母神護りの森」の後方にある要塞都市・モラグヴァータへと負傷兵を後送する大型軍用トラックの待機場所を目指して駆け抜ける。


「大尉!コイツが今日の“最終便”だ!!急げ!」


 「オーク重装突撃兵専用」の大型対空機関砲を自在に操る屈強なオーク戦士のガムザ()()が、トラック待機場に近付く上官へ叫ぶ。

 その待機場は天然の洞穴をコンクリートで補強した強固なバンカーとなっており、先程の敵空軍戦闘爆撃機部隊による攻撃にも見事に耐えていた。

 ガムザはそのバンカーの入口で、携帯型対空機関砲や連装式対空ミサイルランチャーで武装した部下のオーク小隊を率いている。

 ウルヴァフは、負傷した兵士の肩を共に担ぐ女性衛生兵と歩調を合わせつつ小走りでバンカーに飛び込んだ。

 トラックは今まさに発車するところだった。


「こいつも乗せてくれ!!片足を吹き飛ばされて大量出血してる!!」

「了解です!大尉!!」


 軍用トラックのあおりを起こそうとしていたデニア人兵士がウルヴァフから負傷兵の身柄を預かり、彼を荷台へと乗せる。

 トラックの荷台には既に定員をはるかにオーバーする数の負傷兵で溢れていたが、ヴァルーグ上等兵は僅かにスペースが残っていた荷台端のベンチに押し込まれた。

 ヴァルーグは薄れゆく意識に抗い、改めて上官のウルヴァフに謝意を伝える。


「……た、大尉殿……ハァハァ……ほ、本当に……申し訳……ありま……」


 ところがウルヴァフはそれを遮り、肩を叩いて彼を大いに励ました。


「ヴァルーグ!貴様の分も暴れてやるから、しばらくベッドで寝てろ!

 具合の良い義足を手に入れたら、戻って来い!!」


 これに「文明化オーク」の若い上等兵は黄色い瞳に涙を浮かべて頷きを返した。


「……はいっ!……ありがとうございます……大尉殿……」


 直後、荷台のあおりが起こされ、積荷担当の兵士がトラック車体側面を力強く叩き、運転手に出発の合図を送った。

 トラックは発進し、敵空軍を警戒するように慎重にバンカーを出た。


 その直後。


「警報!!警報!!敵攻撃ヘリ、多数襲来!!」


 ガムザの叫び声がバンカーまで木霊した。

 ほぼ同時に猛烈な対空機関砲の射撃音も響き渡る。

 ガムザ小隊所属のオーク戦士も叫ぶ。


「おいトラック!!出てくるな!!戻れ!戻れーっ!!」


 だがその警告も空しく、ガムザ小隊による強力な対空射撃を掻い潜ったスタントール陸軍が誇る「長弓ロングボウ」の愛称で呼ばれる大型攻撃ヘリが、ノコノコと「巣穴」から出てきた「敵オーク」の軍用トラックに迫る。

 タンデム式コックピットの前座に座るガンナーがトラックに照準シーカーを重ねた、次の瞬間。

 

 対地ロケット弾の猛烈な一斉射が放たれた。

 着弾と同時に爆炎が一帯を包み込む。


 ウルヴァフの目の前で、負傷兵を満載した軍用トラックが細切れにされた。


「おのれっ!!スタトリアのハエがあぁーっ!!」


 辛くも敵の攻撃を躱したガムザが、雄叫びと共に反撃の機関砲弾を叩き込む。

 怒りの14.5mm砲弾が、敵機のテイルローターを吹き飛ばす。

 超工業国家自慢の「長弓ロングボウ」攻撃ヘリは、制御不能に陥り墜落。爆発炎上。

 だが他のヘリはガムザ小隊の攻撃を躱し、その場を飛び去った。

 一方、強靭なバンカー内に居て無事だったウルヴァフたちは、しばし唖然としていた。

 大勢の戦友を乗せたトラックが、一瞬にして原型を留めない程破壊された「現実」に打ちのめされていた。


「……そ、そんな……ううっ!!」


 若い女性衛生兵はその場にへたり込み、耐え切れずに泣き崩れた。


「……クソ……俺のせいだ……」


 トラックに発車の合図を送ったデニア人兵士も、突然の悲劇を前にしてヘルメット越しに頭を抱えた。

 そんな中、ウルヴァフはこみ上げる怒りや悲しみを全て押し殺して愛用の人民共和国製自動小銃を構えると、敵陸軍部隊襲来に備えるべくバンカーを飛び出した。


「ガムザ!!」

「おう!大尉!!」


 信頼するオーク戦士の名を呼び、命令を飛ばす。


「ヘリは露払いだ!次はスタトリアの本軍が来るぞ!!

 生き残った兵隊を搔き集めて、塹壕へ走れ!!

 防衛戦、用意!!」

「了解だ!中隊長殿!!

 ……第5小隊!!防衛戦、用意!!

 他にも我が声を聞いた戦士たちも続け!!

 スタトリアが来るぞ!!」


 ガムザが中隊指揮官の命令を実行しようと大声を張り上げて駆け出す。

 その声に応じて、辛くも「鉄の暴風雨」を凌ぎ切ったオークやデニア人の兵士たちが銃を手に塹壕へ走る。

 ウルヴァフも彼らに続いて駆け出そうとした。


 その時。


 彼らの「背後」から強烈な閃光が襲い掛かった。

 数瞬後、大地を割らんばかりの激震と身体を引き裂かんばかりの爆発音が、かつて美しい森が広がっていた「帝国絶対防衛線」の戦場を覆いつくした。

 ウルヴァフは、直ちに塹壕の一つに身を隠しつつ「背後」から襲ってきた「未知の攻撃」を確認する。


 巨大な禍々しいキノコ雲が、要塞都市・モラグヴァータがある方角から立ち昇っている。


「……な……なんだ、あれは…………一体、何が起こった?」


 その時、「帝国絶対防衛線」で戦う逞しい緑肌の戦士の全員が、防衛線を支える屋台骨たる要塞都市を飲み込んだキノコ雲を、ただ茫然と眺めていた。

 そして誰もが言い知れない「恐怖」を抱いた。

 ディメンジアの誇り高き軍人には決して生まれない筈の「恐怖」という感情が、彼らを支配していた。


 ノルトスタントール連合王国軍によるディメンジア国家社会主義国主要都市への「核攻撃」が行われた、その日。

 

 帝国絶対防衛線は崩壊した。



……



 新暦1927年4月11日。

 ディメンジア国家社会主義国「帝国首都」シャハナルーダ。

 大帝ラカラールが一代で打ち立てた空前の大帝国シャハーンの名を冠した誇り高きオークのみやこ

 「戦前」は人口400万人を有し、特徴的な「オーク建築様式」である尖塔式屋根を備えた高層ビルが立ち並ぶ荘厳な大都市は、「戦後」の今、敵王国空軍によって執拗に繰り返された戦略爆撃で見渡す限り瓦礫の山と化し、100万人の緑肌の人々が物言わぬ骸となって横たわっていた。


……

 「大戦」は、ディメンジアにとって建国以来最悪規模の戦災をもたらした。

 大戦のターニングポイントとなった「フェリス門前の戦い」の大敗から始まり、「帝国絶対防衛線」崩壊後に繰り広げられた破滅的な本土決戦を経て、優に2000万人を超える同胞が失われ、かつて「ミッドランド最強」と謳われた国防軍は事実上壊滅。

 主要都市もシャハナルーダと同等、あるいはそれ以上の徹底した空襲によって焦土となっている。

 特に、「絶対防衛線」崩壊の直接的要因ともなった国境の要塞都市・モラグヴァータへのスタントール軍による原爆攻撃では、同都市に居た軍・民あわせて200万の人々が、大帝と母神の許へと旅立ってしまった。

……


 スタントール側との「休戦協定」がおよそ半年前に発効され、ようやく戦火の収まったシャハナルーダの街角を、憔悴しきった一人の軍人が力無く歩いていた。

 ボロボロになった軍用雑嚢を右肩に掛け、両目の下には色濃い「くま」が浮かび、黄色い瞳からは生気が失われている。

 以前は精悍で引き締まっていた顔は痩せこけてしまい、彼が「地獄」を味わってきたことを物語っていた。

 彼……ウルヴァフはこの日、「故郷」の街にようやく帰還を果たしたのだった。

 

 モラグヴァータ消滅直後に始まったスタントール陸軍機甲部隊による総攻撃によって、ウルヴァフは「全て」を失った。

 自身の中隊は言うに及ばず、所属していた「ディメンジア降下猟兵の精鋭」こと第66空挺騎士師団そのものが消し飛んだ。

 士官学校を出て以来、長年指揮してきた腹心の部下たちも皆、かつて「母神護りの森」と呼ばれていた帝国絶対防衛線で死んだ。

 ウルヴァフは、敵王国陸空軍の壮絶かつ圧倒的な猛攻撃により次々と味方が斃れていく中、至近で炸裂した敵戦車の放った榴弾の衝撃により昏倒。

 そのまま「虜囚の辱め」を受けることとなった。

 収容所の環境は劣悪の極みだった。

 何もない原野を高圧電流が流れる鉄条網と背の高いフェンス、等間隔で配置された監視塔で囲った「だけ」の収容所に押し込められた「デニア人」将兵は、テントを張ることすら許されず、風雨とスタントール人の憎悪に晒され続け、汚物の処理すらままならない不衛生極まる環境により次々と病に罹って死に、病で死ななかった者はスタントール監視兵の「暇潰し」の余興として酷く虐待され、殺された。

 そこに、「鋼鉄時代アイアンパンク」後期に定められた「捕虜の適切な処遇」を規定した戦時国際法を守る姿勢は微塵も無く、スタントール人はデニア軍人の尊厳を徹底的に否定し、ゴミ同然に扱った。

 尚、オークの捕虜は存在しない。なぜなら、スタントール軍はオークの投降を認めず全てその場で「処刑」したからだ。

 ウルヴァフは、そんな「捕虜収容所」での過酷な生活を辛くも耐え抜き、「休戦協定」発効によって生き残った僅かな同胞と共に祖国へと帰ってくることが出来たのである。


「……」


 虚ろな目で「故郷」を見渡す。

 かつて「実家」があった集合団地は見る影も無く、ただ瓦礫の野原が存在するだけだった。

 大きなコンクリートの破片を利用した即席の「掲示板」には、家族の安否を尋ねる張り紙が無数に貼られており、復興が遅々として進んでいない現状を見せつけていた。

 ウルヴァフは、その張り紙の一つに注目する。


『両親を探しています。もし()()()()方は、見つけた場所を国防軍戦災調査事務局まで伝えてください。

 私は甥っ子と一緒に毎日そこで両親に関する情報を待ってます。

 我らが祖国と貴方に、大帝と母神の救いがあらんことを。

 ――ガフィーナ・ガッドーゾ(長女)、アザック・ガッドーゾ(長男アヴァフの息子)』


 それは、ウルヴァフの血を分けた姉が記した「尋ね人」の張り紙だった。

 書き方が「見つけた」となっているのは、もはや両親に生存の見込みは無く、無残に広がる街の瓦礫の何処かに埋もれていることを暗に示していた。


「……姉さん……それにアザック……無事だったのか……」


 ウルヴァフの瞳に涙が浮かぶ。

 この戦争で「全て」を失ったとばかり思っていた矢先、漆黒の闇に一筋の光明が差した気がした。

 元ベテラン野戦指揮官の顔に、僅かながら生気が戻る。

 彼は心の中で大帝と母神への感謝を述べた後、国防軍戦災調査事務局がある首都中心部へ向かうことにした。


 バス替わりとなっている市内を巡回する軍用トラックに飛び乗り、シャハナルーダ中心街区に辿り着いた。

 首都中心部では流石に瓦礫の撤去作業も進んでおり、人々は官民問わず復興に向けて力を合わせていた。

 トラックから降り、事務局がある国防総省ビルへと歩くウルヴァフ。

 すると半壊した電気店のショーウィンドウ前に大勢の人だかりが出来ていた。

 民間人のみならず、軍人や警官なども食い入るように店頭に置かれた大型ブラウン管テレビが流す映像を見ている。


「なんだ?」


 ウルヴァフもその緑肌の人々の群れに加わる。

 するとそこには、褐色肌の少女が人民共和国製自動小銃を手に、「宿敵」スタントールの兵士と激しく銃撃戦を繰り広げる姿が克明に映し出されていた。

 あわせてグラビアアイドルのような美人のウサギ系亜人記者が「戦場」の様子をリポートする。


『今、サーラ・ベルカ……ザッ……が率いるダニーク軍兵士が、天空要塞エントランスを突破しました……ザッ……トール軍兵士が階段で防戦を試みてますが、次々と撃ち倒されて……ザッ……ルカセムさんたちは恐らく、このままスタントール軍総司令部への攻撃を敢行するものと見られ……ザッ……』


 受信状態の悪い中継映像は、時折音声が途切れ画面が乱れてしまっているが、その「臨場感」は微塵も損なわれていなかった。

 その時、ウルヴァフの耳に「家族」の一人が漏らした声が聞こえた。


「……がんばれ……がんばれ、ダニークのおねえちゃん……

 おいらの父ちゃんと母ちゃんの仇を取ってくれ……」

 

 それはウルヴァフの甥、アザックの声だった。

 少年の声がきっかけとなり、それまで固唾を飲んで映像を見ていた周囲の緑肌の人々も声を上げる。


「……そうだ!行け!ダニークの少女よ!」

「頑張れ!頑張れ!大帝様、母神様、どうか彼女をお守りください!」

「……我が夫の仇も頼む!スタトリアを……女王を倒せ!」


 歓声が響き、それに釣られて一人また一人とテレビを見ようと人々が集まった。

 「スタントール首都フェリスで起こったダニーク人戦士による決戦」の話は瞬く間にシャハナルーダ中に広がり、オークたちはまだ稼働するテレビを外に引っ張り出して噛り付いた。

 褐色の少女戦士サーラがスタントール人を倒す度に、街を逞しき緑肌の亜獣人たちの歓声が震わせた。


 映像を目の当たりにしたウルヴァフの瞳に、戦士の輝きが戻る。

 

 

 ……そうだ……あの少女に続くんだ……

 俺たちの……俺の戦争は、まだ終わってない!



 姉と甥っ子との再会を果たしたベテランデニア軍人は、その日の内に軍務へ復帰した。

 一時は全てを失い、絶望の淵を彷徨っていたウルヴァフであったが、彼は再び銃を手に取り戦場へ戻る。

 残された家族を守り、愛する者を奪った「宿敵」と戦う為に。

 

 サーラという「コウノトリ」が、絶望したディメンジアの民に「勇気」を届けていた。

※この後書きは本編に少しだけ関係しますが、読み飛ばしても問題ありません※


【新暦1927年4月20日付 シャハーン帝国中央放送(ディメンジア国営放送局)

          特別報道番組「帝国最高指導者 緊急声明発表」より抜粋】


・アナウンサー(デニア人女性)

「大帝の栄光と共にあれ、シャハーンの猛き民よ。

 そして傾注せよ。

 我らが“始まりのデニア”第58代当主、建国母神ディテクティアが子孫であらせられるザファング・ディテクティア・シャハナルタ最高執政官様のお言葉である。」


(画面が切り替わり、『オークの大剣』を意匠化したエンブレムが掲げられた地下防空壕官邸の記者会見場演台に、国防軍最高指揮官正装に身を包んだデニア人壮年男が姿を現す)


・ディメンジア国家社会主義国最高執政官

「瓦礫の野にて、今も逞しく復興に励む我が同胞よ。

 血に飢えた殺戮者の暴虐にも屈せず、勇ましく明日を生きる緑肌の同志たちよ。

 ……そして、大帝の御許へと旅立った無数の戦士たちよ……

 聞いてくれ。

 ……私は、諸君らに感謝している……

 スタントールとの決戦に敗れ、森を焼かれ街を焼かれても尚、諸君らは祖国の為にその身を投げうってくれた。

 その献身と勇気に、心からの賛辞を送る。

 ……ありがとう……

 さて、今日ここに私が来たのは他でもない。

 皆は“あの少女”とその仲間たちの姿を見ただろうか?

 殺戮者カズキの末裔が巣食う天空要塞に、果敢にも寡兵で挑んだ褐色肌の戦士たちの姿を。

 私は見た。

 そして奮い立った。

 あの少女は、私に戦士としての誇りを呼び戻してくれた。

 圧倒的なまでのスタトリアの暴力を目の当たりにして絶望しかけていた私に、褐色肌の少女は戦士としての模範を見せつけてくれた。

 ……猛き緑肌の同胞よ……

 まだ戦いは終わっていない。

 我らはまだ、負けていない!

 あの少女と褐色の戦士たちに続くのだ!

 私はここに、あの少女……サーラ・ベルカセムに“名誉ディメンジア軍人”の称号を与え、その雄姿を大きく讃える!

 そして私は、スタトリアからの独立を求めて戦う褐色肌の民……ダニーク解放戦線への全面的な援助を約束する!

 ディメンジアの民よ!奮い立て!

 戦士サーラに続け!

 我らが森を、街を焼いたスタトリアへの怒りを呼び戻せ!

 奴等がどれだけ我らが国を焼こうとも、猛き戦士の誇りだけは焼き滅ぼせない!

 大帝の栄光と共に進め!オークの戦士たちよ!」


(後略)

 

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