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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第七章  偽りの停戦
52/63

51. ティーカ・ホルドレルという男

※この第51話にサーラたち主人公サイドは出て来ません。

 スタントール王国サイドに属する新たな登場人物の物語となります。



 冬の終わりを感じさせる陽気に包まれたとある巨大工業都市。

 その街中を、10代前半の少年が友人たちと共に家路を歩んでいた。

 「冬休み」明けの始業式が終わり正午には学校から「解放」された子供たちは、明日から本格的に始まる学業の日常にやや暗澹とした気持ちを感じつつも、久方振りに会った学友との楽しい帰宅の時間を満喫していた。


 ここはノルトスタントール連合王国フェターナ広域州北部最大の工業都市、オランドゥール。

 人口約120万人を有するこの街には、幾つもの煙突や工業プラントが建ち並び、市内中心部には超工業大国が世界に誇る大企業のオフィスが入った高層ビルが見事な木立を見せつけていた。

 街の北部には、かつてスタントール建国王がオークの大帝国と激戦を繰り広げた古戦場の荒野が広がり、その先には古き王国の「宿敵国家」にて「オーク帝国の残滓」ことディメンジア国家社会主義国が存在している。

 オークによる近代国家であるディメンジアのことを、スタントールの人々は「極めて野蛮な中世的非文明国家」と見做し、幼少期には学校で「暴虐で恐ろしいオーク」のことを必ず習う。

 取り分け「国境の街」であるオランドゥール市民にとって、オークとは何時攻め込んでくるかわからない「今そこにある危機」と言っても過言では無かった。

 しかし、ここ最近ディメンジアは自国北部赤道地帯を支配するトカゲ獣人国家連合との国境紛争に忙殺され、加えて王国陣営と共和国陣営間の世界的な融和ムードも手伝い、市民の誰もが戦争が起きる等と露程にも思ってはいなかった。


 その時までは。


「じゃあな、ティーカ!明日も遊ぼうぜ!」


 学校から自宅までの道中、分かれ道に差し掛かった金髪碧眼の少年が笑顔で、反対方向へ行く「金髪」に「黒い瞳」の友人に別れを告げる。

 黒い瞳の少年もまた、大きく手を振り学友と別れの挨拶を言う。


「あぁ!また明日学校で!」


 ティーカと呼ばれた今年10歳になる少年は、友人と別れて自宅を目指し閑静な住宅街を歩いていた。

 中流階級向けの小振りながらも小綺麗な低層住居が軒を連ねる「平和」な街並み。

 長い冬も終わり、春を告げる小鳥のさえずりも聞こえる。

 「明日」からいよいよ再開する友人たちと過ごす小学校での「日常」を、ティーカは何処か楽しみにしていた。


 しかしその「平和な日常」への期待は、突如破壊された。


 上空から獣の咆哮が如き重厚なエンジン音が幾つも響いてきた。


「ん?なんだろう?」


 ふと空を見上げるティーカ。

 そこには無数の「黒い影」があった。

 巨大なレシプロエンジンを積んだ四発重爆撃機が実に100機以上、「故郷の街」オランドゥールを蹂躙せんと、「北」方向より襲来してきたのである。

 その直後、ようやく本来の目的を思い出したかのように響き渡る空襲警報。

 けたたましいサイレンと市役所職員による「警告」が、市内の公共放送用スピーカーから発せられる。


『全てのオランドゥール市民に緊急警報です!

 つい先程、ディメンジアが我が国に対し宣戦を布告しました!

 現在、非常に多数の大型軍用機がオランドゥールに接近しております!

 市民の皆様は、直ちに最寄りの地下鉄、または頑丈な建物に避難してください!!

 繰り返しお伝えします……』


 だが、その警報はあまりに遅きに失した。

 何の抵抗も受けずに悠々とオランドゥール市上空に達した「文明化オーク」の駆る重爆撃機は、機体下部の爆弾槽を開け放ち、溜め込んだ大量の無誘導爆弾の排出を開始した。


 時に、新暦1924年9月1日正午。

 後に「三大陸大戦」と呼ばれることになる史上最大の戦争が勃発した瞬間だった。

……新暦1925年5月5日……


 銃声と硝煙に包まれた「占領下」の工業都市。

 少年の憎悪に燃える黒い瞳は、手にした短機関銃の照星の先に、緑色の肌と黄色い瞳を持つ「文明化オーク」デニア人の若い男性兵士の焦燥に曇る顔を捉えた。


 発砲。


 9mm弾が銃口から飛び出し、ディメンジア国家社会主義国国防陸軍兵士の顔面を直撃する。

 弾丸は真っ赤な血と肉片を伴いながらうなじから飛び出した。即死である。

 直後、少年の傍らで自動小銃を構えていたレジスタンスリーダーの中年男が彼の「仕事振り」を称賛すると同時に味方へ向けて叫ぶ。


「いいぞ、ティーカ!

 ……ティーカが機関銃手を片付けたぞ!!今だ!突撃!!

 女王陛下、バンザーイ!!」

「女王陛下、バンザーイ!!」


 男の号令と共に、家具や廃車で設けられた即席バリケードに身を潜めていた数十人の武装した白人たちが、一斉にバリケードから飛び出し突撃した。

 街の大通りを塞ぐ土嚢で築かれた防衛陣地に籠るディメンジア軍兵士たちに動揺が広がる。


「おのれ!!誰か機関銃に着け!!」


 屈強な筋肉を蓄えた緑色の肌のデニア人指揮官が命令を飛ばす。

 しかしこれを、部下の女性通信兵が「司令部」からの命令を伝える形で遮る。


「大尉殿!!軍管区司令部から『戦線崩壊!全軍、街を放棄して速やかに撤退せよ!』との命令が……」

「クソッ!!」


 デニア人大尉は悪態をつき、迫りくるスタントール人レジスタンスを睨みながら配下部隊に命令を飛ばした。


「……撤退だ!!オランドゥールを放棄する!!総員、直ちに陣地を離れろ!!

 俺が殿しんがりになる!!お前ら、早く行け!!」


 大尉は愛用の人民共和国製自動小銃を構え、部下らに後退を促す。


「……大尉殿!!」


 女性通信兵が不安な表情を浮かべて自ら死地に赴こうとする上官を見る。

 すると精悍なデニア人の男は、同胞の美しき緑肌の女兵士の肩に手を置き微笑みを浮かべた。


「案ずるな。我は大帝と共にある……さぁ、行け!!」


 女性兵士は肩に乗せられた大尉の手を握り、黄色い瞳に涙を浮かべつつ命令に従った。


「大尉……貴方に、大帝の栄光と母神の加護が有らんことを……」


 そう告げると、彼女は他の同僚たちと共に陣地を放棄して後退した。

 大尉はその姿を見届ける間すら惜しんで自動小銃を構え、自軍陣地の土嚢を乗り越えてくるレジスタンスと称する「スタントール人暴徒」に銃口を向けた。


 フルオート射撃。


 ベテランのデニア人野戦指揮官が放ったブレ無き7.62mm弾の一斉射は、瞬く間に5名のスタントール人レジスタンスの命を奪った。


「来い!スタトリア!!オークの底力を、見せつけてやる!!」


 唯一人、陣地に残った誇り高き「文明化オーク」の軍人が叫ぶ。

 その直後、倒れたレジスタンスの死体を飛び越えて何者かが大尉の前に姿を現す。

 すぐさま反応するデニア軍人。

 だが彼は、照星の先に見た「敵」の姿に一瞬動きを止めてしまう。


「なっ!?子供か?」


 しかし、それは致命的な隙となって大尉に「血の代償」を強要した。

 ティーカは短機関銃のトリガーを引き絞った。


 フルオート射撃。


 10数発の9mm弾が雨となって歴戦のデニア軍人の身体を引き裂いた。

 弾丸は心臓や肺を正確に撃ち抜き、屈強な緑肌の亜人男の息の根を止めた。

 驚愕の表情を浮かべたまま絶命する大尉。

 その横たわる「緑虫」の死体に、「殺害した張本人」の金髪に黒い瞳の少年が近付く。

 激しい憎悪の眼差し。

 腰のホルスターから王国警察用自動拳銃を引き抜き、大尉の顔面に銃口を向けた。

 引き金を引こうとしたその時、レジスタンス野戦指揮官の男が少年の銃に手を乗せて発砲を阻止した。


「……やめろ、ティーカ……もう死んでる。」

「……はい。」


 少年は素直に上官の命に従った。

 レジスタンスの男は、頼れる勇敢な少年兵の頭に優しく手を乗せた。

 直後、上空からジェット戦闘機の爆音が響いて来る。


「聞こえるか、ティーカ?女王陛下の王国軍が帰って来たぞ。

 ……俺たちは勝ったんだ……」


 男は空を見上げて少年に告げた。

 ティーカもまた、つられて空を見る。

 

 もうそこに、憎き「緑虫」の爆撃機の姿は無かった。

 偉大なる祖国ノルトスタントール連合王国の空軍機が、次々と「故郷」の空へと帰って来る。

 およそ9ヶ月前、宣戦布告同時攻撃で「野蛮なオーク」に占領されたフェターナ広域州北部最大の工業都市オランドゥールは、この日「偉大なる」カリーシア・シノーデルⅡ世女王の「御親政」で組織力と士気を一気に回復させた王国軍の大反撃により解放された。



……新暦1925年6月10日……



 解放から1ヶ月後のオランドゥール。

 戦場と化した街の「後片付け」が進められていた。

 瓦礫の撤去やオークが設営した「占領軍」拠点施設の解体の他、「緑虫」に協力した「裏切者」の私的処断……粛清エピュラシオンが街の至る所で行われていた。


「いやっ!やめてっ!!離して!!」

「黙れ、この売女が!オークに股を開きやがって!!恥を知れ!!」


 頭髪を無理矢理剃られた若い白人女が、銃を手にしたレジスタンスの男女によって乱暴に連行される。

 ディメンジア軍による占領下でオークやデニア人兵士相手に「水を売る商い」をした女に対し、「同胞」の白人たちが容赦ない暴力を振るう。

 男が鉄拳を「売女」の顔面に叩き付け、小銃を持った女が銃床で腹を打ち付ける。


「うぐっ!!……や、やめて……お腹には赤ちゃんがいるの……」


 するとレジスタンスの男と女は、あらん限りの憎悪を顔に浮かべて罵声を浴びせた。


「だから何よ!?薄汚い緑色の赤ん坊でしょ?

 そんなもん産ませてやるものか!!あたしの夫はオークに殺されたんだ!!

 今この場で、その忌々しい緑色のガキと一緒にぶっ殺してやる!!」

「そうだ!!オークのガキを産むなんて、人類に対する裏切り行為だ!!

 死んで詫びろ!!売女!!」


 暴力はさらなる激しさを増し、逞しいデニア人将校に恋したスタントール人女性は全身血塗れとなった。

 ぐったりとアスファルトの地面に倒れる若い女。

 するとそれを取り巻くように見ていたレジスタンスの一人が、ガソリンタンクを持ち出して女にガソリンを振りかけた。

 直後、女に鉄拳を振り下ろしていた男がライターを取り出し火をつける。


「ぎゃああぁぁーーっ!!熱い!!熱い!!ぎゃあぁーーっ!!」


 火だるまとなって転げ回る「売女」。

 それをレジスタンスやオランドゥール市民の野次馬たちは壮絶な笑みを浮かべて見下す。

 憎悪に囚われた群衆の中に、短機関銃を手にしたレジスタンスの少年兵がいた。

 少年の黒い瞳に、オークに股を開いた「裏切者」の女が焼け死ぬ様が映り込む。

 瞬き一つせずに凄惨極める「私刑」の様子を見つめ続けるティーカ。

 


 ……死ね、裏切者……



 炎を纏い黒焦げの死体と化した「売女」に向けて、心の中で呟く。

 群衆とレジスタンスは、次なる「ゴミ処理作業」に取り掛かるべくその場から移動を開始した。

 しかしティーカは女の死体を睨んだまま動こうとしない。

 そんな少年の肩に、レジスタンスリーダーである体格の良い白人中年男が優しく手を乗せた。


「……ティーカ……隣のブロックに移動するぞ。ついてこい。」


 ティーカは元王国陸軍大佐の「上官」の言葉に従う。


「……はい、わかりました。シャールおじさん。」


 ティーカは上官のシャールに続き、「裏切者」の掃討を行う仲間たちの後を追った。

 その道すがら、シャールがティーカに尋ねる。


「……なぁ、ティーカ。お前は、これからどうする?

 俺は街の様子が落ち着いたら、近くの王国軍の司令部に出向いてそのまま軍に復帰するつもりだ。」


 するとティーカは俯き、力無く首を横に振った。


「……何も……もう僕には何も残ってない……

 母さんは連れ去られ、父さんも死んだ。

 ……レジスタンスが解散したら、僕の居場所は何処にもない……

 ……もっとオークを殺したいのに……」

「……」


 少年の言葉を聞き、彼と初めて出会った日のことをシャールは思い出していた。


……

 新暦1924年9月1日。

 あの日、非番だったシャールは「自宅」を襲った空爆から家族を連れて地下鉄に退避した後、急ぎ軍務に戻るべく瓦礫の山と化した街を進んでいた。

 街には空爆終了と同時に降下した大規模なディメンジア軍ヘリボーン部隊の兵士で溢れており、王国側の治安部隊は壊滅状態であった。

 そんな中、シャールがとある半壊したマンションに差し掛かった時、数発の銃声が聞こえた。

 彼はまだ抵抗している味方がいることを期待し、敵兵に警戒しつつ銃声のした部屋に向かった。

 

 そこには胸と顔面を撃たれて仰向けに倒れるデニア人女将校の死体と、それを見下す硝煙燻る自動拳銃を握った少年の姿があった。

 その少年こそ、ティーカである。

 

 彼が如何にして敵将校を射殺したのか、シャールにはわからない。

 だが経験豊富な王国陸軍大佐は銃声を聞いて敵が集まってくることを危惧し、無言で立ち尽くす少年の手を引いてその場から急ぎ退散すると、地下に逃げ延びた同胞の有志を募ってレジスタンスを結成。

 当たり前のようにシャールのレジスタンスに参加したティーカは、オークに対して並々ならぬ激しい憎悪を抱きながらも冷静に「任務」をこなし、いつしか「兵士」としての潜在的才能を開花させ、少年兵となって大人たちに混じり戦列に加わった。

 斯様にオランドゥール市民の老若男女は「気高き白人種」の誇りを見せつけ、憎きオークの占領軍相手に粘り強い抵抗戦を展開しつつ待ち焦がれた祖国の反撃のときを迎えたのであった。

……


 シャールは改めてティーカを真っ直ぐ見つめた。

 少年もまた、黒い瞳を「父親代わり」の軍人に向ける。

 その瞳に年相応のあどけなさは無くなっており、空虚な「黒色」が浮かぶのみ。


「……ティーカ……お前には“素質”がある……

 偉大なる女王陛下の兵士となれる素晴らしい素質がな。

 もし、その気があるなら……俺が幼年軍事学校への入学を手助けしてやる。

 ……どうだ、ティーカ?王国軍に来ないか?」


 シャールが問い掛けると、ティーカは力強く頷き「即答」した。


「……はい!」


 少年の熱のこもった言葉に、シャール大佐は笑みを見せる。


「よし!決まりだな!

 なら、さっさと緑虫に協力したクズ共を全部片付けて街の掃除を終わらせよう!

 行くぞ、兵隊!」

「はい!シャール大佐!!」


 ティーカとシャールは揃って駆け出した。

 故郷の街に未だ巣食う「敵の残滓」を完全に摘み取る為に。



……新暦1927年4月11日……



 ノルトスタントール連合王国フェターナ広域州、「枯れること無き花の都」フェリス。

 夜明けを告げる陽の光に包まれた強大な超工業国家の「千年王都」は、その日もいつもと変わらぬ朝を迎えていた。

 国会議事堂や各政務省庁の本庁ビルが建ち並び、「偉大なる女王陛下」の居城「カズキの天空要塞」が聳える「古き王国の心臓部」、官庁街第1街区「天空要塞前」駅へ向けて走る王都市営地下鉄の列車内は、無数の通勤客でごった返していた。

 そんなスーツ姿の大人に混じり、10代前半の少年少女たちの姿が地下鉄車内にあった。

 スタントール王国軍幼年軍事学校の生徒たち。

 今回、彼らは本日午後から天空要塞で盛大に催される「大戦叙勲式」に参加することとなっており、特に成績優秀な生徒約10名が選抜されて叙勲式参加という「名誉」に浴することが出来たのである。

 皆、幼年学校の正装に身を包み、王都郊外の学園寮から「公共交通機関」を用いて天空要塞を目指していた。

 王都フェリスの通勤ラッシュは「破滅的渋滞」と形容されるほど酷く、政府や自治体は公務員に対して公共交通機関の使用を推奨していた。

 それは叙勲式に参加する幼年軍事学校の生徒たちも例外では無く、彼らは慣れない「満員電車」に「苦闘」を強いられていた。


「……全く……なんなんだよ、この人の山は……」


 軍事学校正装に身を包む金髪碧眼の少年が、その顔を苦痛に歪めていた。


「文句言わないの、アレン。皆我慢してるんだから。」


 アレンと呼ばれた少年の文句を、同じく正装姿の赤毛に碧眼の美少女が窘める。


「けっ!射撃成績が俺より良いからって“上官面”しやがって。

 見てろよ、ルーシー。次のテストでは必ず俺が勝つ!」


 アレンはニヤリと笑みを浮かべながら、赤毛の少女ルーシーに握り拳を見せつけて反発する。

 これをルーシーは鼻で笑って応酬した。


「ふんっ、バーカ!アンタじゃあたしに勝てないわ。」

「なっ!……どういう意味だよ?俺じゃ勝てないって?

 なら、誰だったらお前に勝てるってんだよ?」


 訝しがるアレン。


「そ、それは……」


 するとルーシーは顔を赤らめて、アレンの近くで車内に揺れている端整な顔立ちを備えた金髪黒目の少年を見た。

 黒い瞳の少年は無言で車両出入口の脇に設けられた取手を掴み、等間隔で流れる地下鉄トンネル内の照明に視線を向け、雑談に花を咲かせる学友たちに何の関心も示していなかった。

 そんな少年を、成績優秀な女子生徒が潤んだ碧い瞳で見つめる。

 少女の「恋する」視線が自分以外の男に向けられていることに気付いたアレンは、途端に不機嫌になる。


「……コイツかよ……」


 毒づくアレン。

 直後、金髪碧眼の少年は黒い瞳の少年の肩を掴んだ。


「……おい、トンネルなんか見てないで、ちょっとこっちを向け。ティーカ・ホルドレル!」

「……」


 無言で振り返るティーカ。

 

「……なぁ、なんでお前が栄えある叙勲式に参加できるんだ?

 座学の成績は俺より下だろ?」

「……」


 アレンの問いに、ティーカは黙ったままだ。

 すると苛立った金髪碧眼の少年は、黒い瞳の少年の胸倉を掴む。


「……なんか言えよ!ホルドレル!

 元オランドゥールレジスタンスだかなんだか知らないが、本当は俺のこと見下してるんだろ?」


 たまりかねたルーシーがアレンの身体を掴んで制止を試みる。


「ちょ、ちょっと!なにすんのよ、アレン!」

「うるさい!離せよ、ルーシー!」


 アレンはルーシーの制止を意に介さず、尚もティーカに詰め寄る。

 ネクタス州出身のアレンは、幼年軍事学校に「途中編入」してきた「黒目の男」に端から敵愾心を抱いていた。

 この男が現れるまでは、自分こそが成績トップの「エリート」であり学園の中心だった。

 ところが、「レジスタンス少年兵」という経歴を引っ提げて現れたティーカは、学業成績こそ普通だったものの実技では圧倒的な「強さ」を見せつけ、その端整な顔付きと相まって女子生徒の恋慕の情を一身に浴びていた。

 まさに、アレンにとってティーカは「目の上のたんこぶ」とでも言うべき存在なのであった。

 好いた女の前ということもあり、ここは一発締めてやろうとの腹積もりだった。


 だが、アレンの浅はかな目論見は完全に裏目に出ることとなる。


 ティーカは無言で自身の胸倉を掴む「敵」の手を捻ると、瞬時にアレンの両腕を彼の背後に回して拘束し、その動きを封じた。

 混み合う満員電車の車内にもかかわらず、ティーカの一連の動きに僅かな乱れも見られなかった。


「なっ!?クソッ!……は、離せよ!!」

「ホ、ホルドレル君!?」


 苦痛と驚愕で顔を歪めるアレン。

 ルーシーも何の躊躇もなく学友を拘束したティーカに戸惑いを隠せない。


「……」


 一方のティーカは無表情のままだった。

 彼は、この電車に乗ってから首に纏わりつくような「嫌な空気」を感じていたが、どうやらこの男では無かったようだ。


 では誰だ?誰が「敵意」を発している?


 視線を地下鉄車内に向ける。

 「花の王都」のさらに「花形」である官庁街第1街区で勤務するオーダーメイドスーツで武装した「王国上級臣民」たちは、軍関係と見られる子供のちょっとした騒動に一切の無関心を決め込んでいた。

 しかし、そんな「上級臣民」で詰まった車内にあって若干の「場違い感」を発する若い男がいた。

 ティーカたちが乗っている車両の進行方向側車両連結部分の扉付近に立つその男は、周囲のエリートたちと同じように黒色のスーツを着ていたものの、背負っているリュックサックは見るからに安物であり、加えて何処か落ち着かない様子だった。

 ティーカは、人だかりの奥で見え隠れするその男に注意を向ける。

 その「挙動不審」な様子には覚えがあった。

 レジスタンスとしてオランドゥールで戦っていた時、「自分」も最初はそうだったからだ。

 危険な「爆発物」を所定の場所へ「敵」に気付かれないよう置くには、相当の覚悟が必要だ。

 あらゆる「死」の恐怖に足が竦み、視線はせわしなく周囲を走り回る。


 あの若い男も、恐らくこれが「初陣」なのだろう。


「……」

「痛ててっ……な、なぁ、ホルドレル……俺が悪かったから、そろそろ離してくれ……」


 観念したアレンが許しを乞うも、ティーカは彼を拘束する手を緩めることなく目と耳をくだんの男へ向ける。

 男が小型無線機のようなものを取り出して、小声で「何処か」と通信を始めた。

 全神経を聴覚に集中する。


「はい……団結11号です…………車内に…………要塞前にはもうじき……」


 車両の走行音に邪魔されて途切れ途切れになりながらも、何とか聞き取ることが出来た。

 直後、電車内に次の停車駅を告げる女性型機械音声のアナウンスが響く。


『まもなくー、天空要塞前ー、天空要塞前です。

 官庁街第1街区へお越しの方は、次でお降りください。

 尚、第1街区への亜獣人の立入は禁止されております。駅改札口では民族証明カードの提示が必要となりますので、忘れずにご準備ください。』

 

 不審な男の挙動全てをつぶさに監視する少年の黒い瞳。

 市営地下鉄の電車は速度を落とし始め、停車駅が近付いていることを知らせる。

 この天空要塞前駅こそ、車内に充満した「上級サラリーマン」とティーカたち幼年軍事学校エリートの降車駅だ。

 そして、安物リュックサックを背負った男の「目的地」も恐らくここだ。


「……」


 ティーカはアレンの腕を拘束したまま、視線をルーシーに向ける。

 学友2人が起こした騒動に戸惑っていたフェターナ広域州南部出身の少女は、途端に頬を真っ赤に染めて意中の人が向ける目線にモジモジし出す。


「……な、なに?……ホルドレル君?」


 ティーカがテロリストの存在を伝えようとした、その時。

 停車駅到着を知らせる車内アナウンスが流れる。


『天空要塞前ー、天空要塞前です。

 お出口は左側です。開くドアにご注意ください。』


 アナウンスとほぼ同時に、不審者が小型無線機の「相手」に向けて酷く動揺した様子で叫んだ。


「……えぇ!?ま、ま、待ってください、同志ベルカセム!!

 すぐに爆弾を置いて駅を出るんで、少し時間をくださ……

 ……も、もしもし?もしもし!?」


 車内の全員が突然叫び出し慌てふためく男に注目する。

 間髪入れず、ティーカはルーシーとアレン他、付近の学友たちに向けて叫んだ。


「伏せろ!!爆弾だ!!爆発するぞ!!」

 

 ティーカはアレンに覆い被さる様に電車の床へ伏せた。

 ルーシーも慌ててティーカに続く。

 だが、その他の学友や通勤客たちはティーカの突然の「警告」に対応できなかった。


 直後、大爆発。

 

 極めて強力なプラスチック爆弾が、天空要塞前駅に到着した地下鉄電車内で炸裂した。

 破滅的な爆風と同封されていた指向性地雷用の鉄球が、周囲に徹底した破壊をもたらす。

 王都都心で勤務するエリートたちの肉体は無残に細切れとなり、アルミ合金製の地下鉄車両は紙細工のように引き裂かれる。

 「爆心地」と化した不審者の若い男は、圧倒的な運動エネルギーを全身に浴びて一片の肉片すら残さず消え失せていた。

 煌びやかな装飾と明るい照明で満ちていた王都市営地下鉄「天空要塞前」駅構内は、たった数秒で廃墟と化す。


 ティーカとアレン、ルーシーは爆心地の比較的近くに居たにもかかわらず、何重もの「王国上級臣民」たちの「肉の壁」が爆発エネルギーを和らげてくれた上に、床に伏せたことで致死性の爆風と鉄球の雨を奇跡的にやり過ごすことに成功した。

 特にティーカが覆い被さったアレンはほぼ無傷であり、ティーカ自身とルーシーも背中や足に掠り傷を負った程度で済んだ。

 しかし、激烈な爆音により耳はしばらく使い物にならない。

 不快極まりない耳鳴りが聴覚を麻痺させる。


「……くそっ!……」


 顔を顰めて起き上がるティーカ。

 背中に降りかかった電車の破片や通勤客「だった」肉片を払い除け、酷い耳鳴りに苦しみながらも周囲を油断なく警戒する。

 

「……な、なな、なにが……何が起こったんだ?」


 続いてアレンも起き上がる。

 引き裂かれた人間の肉片と瓦礫が入り交じった酸鼻極まる光景を目の当たりにし、反射的に胃の内容物である「朝食」が込み上げてくる。


「うぷっ!……うげええぇぇーっ!!」


 アレンはその場で激しく嘔吐した。

 ほぼ同時にルーシーも恐る恐る身を起こす。

 起き上がる際に右手を床についたところ、「グチャッ」という気味の悪い音と共に生温い「肉」の感触が伝わった。

 視線をふと右手に向ける。


 人間の臓物がそこにあった。


「ひっ!ひいいぃ……ムグッ!!」


 悲鳴を上げようとした赤毛の少女を、黒い瞳の少年が口元を押さえつけて黙らせる。


「静かにしろ!取り乱すな!冷静になれ!」


 ルーシーは首振り人形のように何度も頷いた。

 赤毛の少女の可憐な紺碧の瞳には大粒の涙が溜まり、恐怖で全身が震えていたが、「意中の人」のお陰で何とか錯乱せずに済んだ。

 ティーカは彼女が落ち着いたことを確認するとその口元から手を離し、次は四つん這いになって嘔吐を続けるアレンを介抱する。


「ハァハァ……うげぇっ!!……ひ、ひひ、ひいいぃいぃ……あ、あ、あ、人が……人がぁ!」


 一頻ひとしきり吐いたアレンは、もはや発狂寸前だった。

 ティーカがその背中を強く叩いて声をかける。


「落ち着け!静かにしろ!

 ……ゆっくり呼吸するんだ。

 4つ数えて息を吸い、また4つ数えて息を吐け。」

「ひぃ!!…………え?……あ……う……わ、わ、わかった……」


 アレンは、ティーカのこの言葉により錯乱状態に陥る一歩手前で辛くも踏みとどまった。

 言われた通りに軍隊式戦術呼吸法を試み、冷静さを取り戻したアレンはゆっくりと起き上がる。

 ティーカが手を差し伸べる。

 金髪碧眼の少年は黒い瞳の少年の手をしっかりと握り、再び立ち上がった。

 「地獄」そのものの有様となった「天空要塞前」駅の惨状を確認し、アレンが問い掛ける。


「……な、なぁ、ホルドレル……何があったんだ?」


 ルーシーも不安な表情でティーカを見つめる。

 黒目の少年は、他に生存者がいないか周囲を見渡しながら答えた。


「……テロだ……リュックサックを背負った不審な男が電車内にいた。

 そいつが駅に到着すると同時に“自爆”した。」 

「な、なんだって!?テロ!?」

「そんな……ここは王都よ!?世界で一番安全な街の筈よ!?」


 驚愕するアレンとルーシー。

 ティーカはそんな2人を尻目に、倒れた他の「同級生たち」や通勤客らの容態を確認する。


「……ううっ……」

「あぁ……痛い……痛いよ……」

「誰か……誰か助けて……」


 耳を澄ませば悲痛な呻き声がそこかしこから聴こえる。

 ティーカは近くの声がした方へ駆け寄り、崩落した駅天井のコンクリ片に下半身を押し潰された同級生の男子生徒の救助を試みる。

 降り注いだ鉄球によるものか、左目が抉れるように無くなっていた。


「……た、助けて……」


 残った右目で学友の存在を認識した彼が、か細い声で助命を乞う。

 これにティーカが応じる。


「今助けてやる。辛抱しろ。」


 コンクリ片はかなりの大きさで、両腕にありったけの力を込めても僅かに浮き上がるだけ。

 するとアレン、ルーシーの2人もティーカに加勢してきた。

 ティーカの左右に2人が取り付き、瓦礫を持ち上げようと手をかける。

 黒目の少年が「指示」を出す。


「……合図するぞ……1、2の3で持ち上げろ。

 ……いくぞ……1、2……3!!」


 3人はタイミングを合わせてコンクリ片を持ち上げ、それを横にずらした。

 すぐさまティーカが瓦礫の下敷きになっていた男子生徒を引っ張り出す。

 しかし崩落した天井の破片が直撃した左足はぐちゃぐちゃに潰れ、膝から下は千切れていた。

 出血が止まらない。

 ティーカは自身の正装の左袖を引き破って即席の包帯とし、懸命に止血処置を施す。

 だが男子生徒の顔はみるみる青ざめ、命の灯火はどう足掻いても消えようとしていた。


「……ホ、ホルドレルか?……お、俺、し、死んじゃうのかな?」


 震える右手をティーカに差し出す。

 ティーカは止血を試みたことで血塗れになった両手で、その手を握り締めた。


「……しっかりしろ!直ぐに救急隊が来る!死ぬな!」

「し、死にたくない……母さん……死にたくな……」


 男子生徒の碧い瞳の瞳孔が開いた。

 直ちに脈を確認するティーカ。

 もはや心臓が然るべき動作をしている様子は確認できなかった。


「……」


 ティーカは俯き、死への恐怖で紺碧の瞳を見開いていた同級生の瞼に手を乗せ、その瞳を閉じた。


「そ、そんな……お、おい!ジョッシュ!!目を開けろ!!」

 

 瓦礫を退かしたアレンも傍に駆け寄り、物言わぬ骸となった友人の身体を揺さぶる。


「……嘘……彼、死んじゃったの?」


 ルーシーは涙を流し、口元を両手で覆って何とか嗚咽を飲み込む。

 一方のティーカは、動揺する級友2人を尻目に生存者の捜索を行った。

 しかし無情にも助けを求める呻き声は、数分と持たずに消えていく。

 そんな中ティーカは、辛うじて息のあった幼年学校の生徒やサラリーマンなど5人の応急処置を試みたが、高性能プラスチック爆弾に同封されていた鉄球による肉体部位の激しい損傷が原因で大量出血し、誰一人として助けられなかった。


「……クソッ!!」


 己の無力さを痛感するティーカ。

 電車の破片が胸に突き刺さった女子生徒が懸命の蘇生処置も空しく息を引き取ると、黒い瞳の元レジスタンス少年兵は握り拳を床に叩き付けた。

 アレンとルーシーはオロオロするばかりで能動的な行動が取れず、懸命に生存者を救おうと藻掻き苦しむティーカを見て自分たちの不明を大いに恥じた。


「……ホルドレル君……その……ごめんなさい……」

「……すまない、ホルドレル……俺たち……」


 2人がティーカに詫びようとした、その時。

 ティーカの背筋に氷を押し付けられたような「殺気」が走った。

 黒い瞳が地下鉄線路奥の暗闇を睨む。

 直後、少年は所在無げに佇むアレンとルーシーに飛び掛かると、死体と瓦礫が散乱する電車の床に押し倒した。


「な!?なにするんだ!ホルドレル!」

「えっ!?な、なにを…‥」


 ティーカは激しい剣幕を見せて2人を黙らせる。


「静かにしろ……敵だ……線路から来るぞ……

 ……いいか、絶対に動くな……そうすれば死体と見分けがつかない……」


 元少年兵の言葉を裏付ける様に、複数の人間の足音と銃火器が擦れる音が聞こえてくる。

 やがて「敵」は地下鉄線路から駅構内へと侵入してくる。

 微かに残った駅構内の照明に照らし出された「敵」の姿を、ティーカは注意深く観察する。 

 カーキ色の軍服を着た「褐色肌」の人間たち。 

 ファーンデディア広域州の「原住亜人」ダニーク人だ。

 ディメンジア軍の「文明化オーク」も装備していた人民共和国製自動小銃で武装している。

 そしてティーカは、ようやく地下鉄電車に乗ってから感じていた「嫌な空気」の正体を突きとめた。

 敵武装集団の先頭を行く比較的小柄な女。

 その「少女」の全身からは、「自分たち」スタントール人への激烈な憎悪と殺意が溢れ出ていた。 

 この女が、王都市営地下鉄の広大な空間を満たしていた「敵意」の正体だ。

 ティーカはその女の名前を知っていた。


 サーラ・ベルカセム。

 

 唾棄すべきダニーク人テロ組織「ダニーク解放戦線」における「最重要指名手配犯」。

 スタントール現代史上最悪の殺人鬼が率いる非道なテロ集団が、あろうことか「花の王都」フェリスの中心部にいる。

 ティーカの額を冷たい汗が流れる。

 「殺人鬼」ベルカセムとその一味が、改札口へと続く構内主要階段に近付く。

 直後、「最悪のタイミング」で駆け付けた消防隊員らが姿を現した。


「えー、こちらフェリス東5-5。天空要塞前駅構内に到着。

 これより生存者の救助作業に……うん?なんだ?」


 発砲。


 テロリストが自動小銃を躊躇なく発砲し、消防隊隊長の頭部を粉砕した。

 ティーカの瞳が驚愕と憎悪で見開かれる。


「……くっ!……」


 今すぐ飛び出して「同胞」が殺されるのを阻止したい衝動に駆られるが、「絶対的な死」を意味するその衝動を超人的精神力を持って抑え込む。


 そして少年の目の前で、殺戮は始まった。


 消防隊や救急隊員といった「非武装」の治安当局職員が、一方的に「茶色虫のクソッタレ共」によって射殺されていく。

 ベルカセムの叫び声が駅構内に響き渡る。


「殺せ!!

 良いスタントール人は死んだスタントール人だけだ!!」

「了解!同志サーラ!!」


 「茶色い殺人鬼」の号令に他の「茶色虫」が応じる。

 ティーカの胸に、サーラ・ベルカセムへの強い殺意の波動が込み上げるが、少年はそれも何とか飲み込んだ。


 あの女は自分と同じだ。

 ここで殺意を放てば、必ず気付かれる。


 ティーカは息を殺し、敵集団が過ぎ去るのを待つ。

 敵はおよそ二個小隊規模。約100人の完全武装したダニーク人が死臭漂う地獄と化した「天空要塞前」駅構内を我が物顔で突き進む。

 改札口方向から激しい銃撃戦の音が響く。

 救助隊を殺戮したダニーク人テロリストと王都の治安を守る武装警察が交戦しているようだ。


「……ホ、ホルドレル……アイツらは一体……」

「あの茶色い肌……もしかしてダニーク人?」


 床に伏せたアレンとルーシーが声を潜めてティーカに状況を確認する。

 敵の一団が過ぎ去り、周囲を警戒しつつ身を起こしたティーカが応じる。


「……あぁ、ファーンデディアからクソッタレ亜人の団体客がやって来たようだ……

 間違いなく、奴等が今回のテロの主犯だ。

 ……自爆させられたフェターナ赤軍のマヌケは利用されただけのようだな。」


 ティーカは腰を低く屈めて改札口へ続くメイン階段の様子を伺う。

 敵の歩哨2人が階段両脇を固めている。恐らく後衛だ。

 既に銃声は止み、敵の主力は地上に出てしまったようだ。

 ティーカは瓦礫や電車の残骸等に身を隠しながら移動する。

 アレンとルーシーも音を立てないよう慎重にティーカの後に続いた。


「そこで待て。後衛の敵を始末する。」


 元少年兵は「実戦未経験」の級友2人にそう告げ、幼年軍事学校正装の装備品である腰のベルトに差した儀礼用銃剣を引き抜く。

 儀礼用と言っても殺傷能力は通常の銃剣と変わらない。

 ティーカは銃剣を逆手持ちして敵に近付く。

 ダニーク兵は油断なく周囲を警戒しており、僅かな隙を見せない。

 場慣れしたベテラン戦士のようだ。

 だが、市街戦においてはティーカの方が技量が上だった。

 小石状のコンクリの欠片を拾い上げると、階段に向けて投擲した。

 コンクリ片は階段のステップと衝突して音を立てる。

 古典的だが敵の注意を逸らすには最適の手法である。

 敵ゲリラ兵はまんまと罠にかかった。


「うん?なんだ?」


 向かって左脇を固めていたダニーク女ゲリラが階段の方を向く。


「スタトリア警察の残党か?」


 右脇の男ゲリラも駅構内から一瞬だけ視線を逸らしてしまう。

 それは致命的な隙となって彼らに「血の代償」を請求した。

 黒い瞳の少年が、電車の残骸から飛び出した。

 儀礼用銃剣を振りかざし、右脇の若いダニーク人ゲリラ兵の喉元を斬り裂いた。

 動脈が切断され、ファーンデディア原住民の血が大量に噴き出す。


「ウゴプッ!!」


 自らの血で溺れて絶命する茶色男。

 

「な、なにっ!?」


 相方の異変に気付いた左側の女ゲリラが自動小銃を構えようとする。

 しかしティーカが早かった。

 元レジスタンス少年兵は敵の死体を掴んで盾にしつつ血塗れの銃剣を素早く投擲した。

 銃剣は「死」に包まれた駅構内の空気を一直線に引き裂いて、狙い違わずダニーク人女戦士の額に突き刺さった。


「ガッ……」


 銃剣は頭蓋を貫通して前頭葉を破壊。即死である。

 茶色女は一瞬痙攣して白目を剥き、頭部をガクンと後ろに逸らした状態で膝を屈した。

 ティーカは物言わぬ死体となったダニーク女ゲリラに近寄り、右足を相手の左肩に当てて力いっぱい額から銃剣を引き抜く。

 そのまま右足で死体を蹴り飛ばす。

 額から鮮血を噴き出す憎き「茶色虫の雌」の亡骸は、無様に地下鉄駅の床を転がった。

 ティーカはすぐさま始末した敵から銃火器を奪った。


 木製ストックに堅牢な機関部を備えた7.62mmライフル弾を使用する人民共和国製自動小銃。


 ティーカはこの銃が「大嫌い」だった。

 威力は申し分ないが、その分反動も大きく正確な射撃がしにくいという性質も肌に合わなかったが、それ以上に少年にとってこの銃は、彼が「この世界で最も嫌悪する存在」であるディメンジアの「文明化オーク」が愛用していた小銃であるという事実が「嫌悪感」を強く抱かせた。

 だが今は選り好みしている場合ではない。

 弾倉を外して残弾を確認し、再装填してコッキングレバーを引く。

 セレクターレバーは「自動」を指し示していたが、少年はそれを「単発」に切り替えた。

 級友のアレンとルーシーが遅ればせながらティーカの下へ合流する。


「……す、すげぇ……一瞬で2人も……」

「えぇ……本当にすごいわ……」


 ティーカの圧倒的な戦闘技量を目の当たりにし、驚愕するばかりの2人。

 一方のティーカは、自動小銃を構えて改札と続く階段を伺う。

 敵影無し。

 元少年兵は学友2人の方を振り返ると、短く指示を出した。


「……ついて来い……ここに居たら、敵の増援と遭遇するかもしれない。

 地上に出よう。音を立てず、静かに。」


 アレンとルーシーは真剣な表情と共に頷きを返した。

 階段を登り、改札口付近に到達する。

 10人程の武装警察職員が亡骸となって横たわっていた。

 その一方で茶色いテロリストの死体は無く、戦闘が敵の圧勝で終わったことを物語っていた。

 改札を慎重に通り抜けて、地上へと続く階段を確認する。

 耳を澄ませば銃声が織り成す「戦闘騒音」が聞こえてくる。

 ここからそう遠くない場所で、敵ゲリラと王国治安当局が戦っているようだ。

 周囲を警戒しながら先を進み、やがて元オランドゥールレジスタンスの少年は「天空要塞前」駅地上出入口を出て「花の王都」フェリスに到達した。

 何十台ものパトカーや消防車、救急車が赤色灯を回しながら付近に停車しているが、その車両に乗って駆け付けて来たであろう警官や消防隊員らの姿は無かった。

 何人かが死体となって倒れており、突如地下鉄出入口から出現した敵ゲリラ部隊の奇襲攻撃を受け、慌てて撤退した様子が伺えた。

 ティーカは急ぎ地下鉄の惨状を当局へ通報するべく、出入口傍に停車中のパトカーに近付いた。


 その時。


 誰かの鋭い悲鳴が聞こえた。


「戦車だー!!逃げろーっ!!」


 直後、腹に響く砲撃音。

 一瞬と間を置かず、地下鉄駅から2ブロック程先の王都警察本庁ビル付近で大爆発が起き、数人の人影が吹き飛んだ。

 直ちにパトカーに身を隠すティーカ。


「えっ!?な、なんだ!?」

「なに?なにが起こったの!?」


 その背後、地下鉄出入口で狼狽えているアレンとルーシーに警告を発した。


「おい、2人とも!今すぐ伏せろ!そこでじっとしているんだ!

 絶対に動くな!!」


 そっと頭を上げてパトカーのガラス越しに様子を伺う元少年兵。

 押し潰した円形の砲塔に105mm戦車砲を備えた「鋼鉄の巨獣」がそこにいた。

 人民共和国製「第2世代型」主力戦車。

 人民共産主義を信奉する「労働者の国」で製造された「傑作戦車」である。

 敵戦車は付近にまだ残っていた警官や逃げ遅れた民間人に砲身を向けながら、大通りを「凱旋門」方面へとゆっくり進んでいる。

 ティーカは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、パトカーのドアを静かに開いて乗り込むと、運転席と助手席の間のコンソールに備え付けの警察無線マイクを引っ掴み、コンソールの周波数調整ツマミをいじった。

 周波数を示す無線機のデジタル数字を、国家憲兵隊への通報専用周波数のそれに合わせる。

 相手は数秒と間を置かずに通信に応じた。


『こちら国家憲兵隊王都緊急通信センター。』


 ティーカは己の素性を明かす暇すら惜しんで「通報」した。


「緊急!緊急!!天空要塞前にダニークゲリラの主力戦車を確認!!

 現在、敵戦車は目抜き通りを凱旋門方向へと進行中!!至急、対応を……」


 その時、ティーカの視界に逃げ遅れた民間人の姿が飛び込んだ。

 大通り対岸の歩道を、小さな子供を抱えたOLやサラリーマン等数名の白人の男女が、血相を変えて全力で戦車から逃げようとしていた。

 「茶色虫」が乗る戦車は、その民間人の集団へ砲口を向ける。


「クソッ!!させるか!!」


 ティーカは無線マイクを座席に放り捨てると、運転席のハンドル中央を力いっぱい押し込み、クラクションを鳴らした。

 さらにコンソールの赤色灯回転ボタンを押して、けたたましいサイレンを辺りに響かせる。


「お、おい、ホルドレル!なにやってんだよ!?」


 背後で伏せていたアレンが突然「騒音」を掻き鳴らしたティーカを問い質す。

 一方、慎重に起き上がったルーシーが逃げ惑う民間人の姿を見て、瞬時にティーカの意図を理解した。


「ホルドレル君!!」

「お前たちは地下鉄に戻れ!!」


 ティーカの警告に、ルーシーはすぐさま応じた。

 赤毛の可憐な少女は、地面に伏せるアレンの襟首を掴んで引っ張り、大急ぎで地下へ戻る。

 突然赤色灯を回転させたパトカーに気付いたダニークゲリラの戦車が、民間人に向けていた砲口をティーカが乗り込んだパトカーへ指向する。


「!!」


 それを確認したティーカが車から飛び出した直後。


 砲撃。


 105mm戦車砲から極めて強力な対物榴散弾が放たれた。


 大爆発。


 ティーカがサイレンを鳴らしたパトカーは粉砕され、黒い瞳の元少年兵の身体も爆風をモロに受けて吹き飛ばされる。


「ぐあっ!!」


 ティーカの身体は地下鉄出入口を超え、その後ろに建つ王国国土建設省の本庁ビルエントランスに飛び込んだ。

 少年の身体は自動ドアのガラスを突き破り、国土建設省本庁エントランスの床タイルの上を転がった。

 満身創痍となったティーカは、そのまま意識を失った。


……


 少年が目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。

 白い清潔なシーツに包まれたベッドの上で仰向けに寝かされている。

 右腕には点滴が打たれており、胸と手首に取り付けられたパットから伸びるコードの先には心拍数を記録する医療器具があって「ピッピッピッ」と規則正しい音を奏でていた。


「……」


 ティーカはゆっくりと身体を起こす。

 すると病室の扉が開き、手荷物を携えたルーシーが入って来た。

 たちまち赤毛の少女は驚愕し、ベッドから起き上がろうとするティーカに駆け寄った。


「ホルドレル君!!意識が戻ったの!?

 ……起きちゃダメ!酷い怪我だったのよ!?寝てないと!」


 少女は紺碧の瞳に涙が浮かべつつ、起き上がろうとしたティーカを再度寝かしつけた。

 続けて彼女は嗚咽を漏らしながら言った。


「でも……よかった……本当によかった……

 もうこのまま、意識が戻らないんじゃないかと……ううっ!」


 ルーシーは耐え切れずに泣き出した。

 ティーカは視線を見舞いに来てくれた級友に向け、彼女に状況を確認した。


「……心配をかけてすまない、アルベール。

 それで……俺はどれくらい気を失っていたんだ?」


 その言葉を聞いて泣き止んだルーシー・アルベールは、瞳に涙を湛えたまま笑顔を見せた。

 

「……1ヶ月よ……ホルドレル君の意識が戻ったことを学校の皆が知れば、きっと大喜びするわ。」


 それを聞いてティーカは短く礼を述べた。


「……そうか……ありがとう……」


……


 後日、ティーカは日を改めて開催された叙勲式に「叙勲者」として参加することになる。

 「フェリス同時多発テロ」でダニークゲリラ2人を殺害し、敵戦車の情報を迅速に憲兵隊へ通報したことに加え、自らの危険も顧みず幼い子供を含む民間人を救った「勇気」を讃えて。


……


 そんなティーカに関する報告書を、一人の男が「自分の城」である陸軍基地内の自室で読んでいた。

 「准将」の階級章が付いたヨレヨレの軍服に無精ひげを生やしたその男……ダリル・マッコイ准将は報告書を読み終えると、書類の束やタバコの吸い殻で雑然とした執務机にある固定電話の受話器を取り、番号をプッシュした。

 数コールして相手が出ると、いきなり本題を切り出す。


「……よう。久しぶりだな、シャール。

 早速だが、お前の“息子”が学校卒業したら、是非ウチで預かりたいんだが……良いか?」

※この後書きは本編とほとんど関係ありません※


【新暦1929年5月20日付 ロングニル・ワールド・トゥデイ社放送

        特別報道番組 「暴走するスタントール~LWT襲撃事件から2年」より抜粋】

●ファーンデディア停戦合意の実態と相次ぐスタントール植民地の騒乱●


(前略)


・アナウンサー(ハイエルフ女性)

「……このように、2年前の5月19日に締結されたアーセナル合意は、残念ながら事実上機能していない可能性が極めて高いと言わざるを得ません。

 歪んだ愛国主義者による武装テロ組織“王国防衛烈士団”は、今もダニーク人への不当な弾圧や虐殺を続け、それをスタントール当局は黙認していると思われます。

 スタントールは、この疑惑について説明すべきではないでしょうか?

 また、先日の記者会見で『古き王国は停戦合意を尊重し、履行している』と発言したデルバータ内務大臣の言葉が本当なら、海外メディアによるファーンデディアでの自由な取材を許可すべきです。

 我々ロングニル・ワールド・トゥデイは、引き続きスタントールに対して、ファーンデディアでの取材許可を求め交渉を継続します。」


・アナウンサー(キャットピープル男性)

「ニャ。それに加えて、スタントールが未だに世界各地に持っている前時代的な植民地でも騒乱が相次いでいるニャ。

 昨日、中央レヴェリガイア赤道地方のコモルドでは、アーガン人民共和国とトカゲ獣人国家連合が支援する“革命コモルドニニャ人民政府”が、今後の和平交渉を拒否して一方的に独立を宣言し、スタントール植民地軍との本格的な戦闘に突入したニャ。

 革命コモルドニニャ指導者、ニグ・ガーザッツ人民代表は昨日の独立宣言で、ファーンデディニャのことを例に出してスタントールとの全面対決を訴えたニャ。」


(VTR再生)

(武装した無数の竜人族の同胞を前に、テント張りの演台に立って演説する竜人の男)


・革命コモルドニア人民政府代表(竜人男性)

『白い肌の狡猾なスタントール人は、ダニークの人々に対して偽りの契約を交わし、そして騙し討ちした!

 ドラゴンの民よ!もう奴等に騙されるな!もう奴等の甘い言葉に乗るな!

 奴等の騙し討ちにもめげず、勇敢に戦うダニーク人に……“鱗無き戦士”サーラに続け!

 我らは今ここに!コモルドニアの独立を宣言し、白い肌の人間共から祖国を取り戻すことを龍神ヤシャガーラに誓うのだ!』


(VTR終了)

(画面はスタジオに切り替わる)


・アナウンサー(キャットピープル男性)

「他にも、南極のシュミシュカ大陸にあるミペルチレ・コロツキチでも現地住民による暴動が続き、国境地帯の一部地域がスタントール軍に空爆されて大勢の難民が発生したニャ。

 隣国のガイナラキトクタ人民連邦が難民保護の為、国境に軍を送ったニャーけど、スタントール軍との武力衝突が発生して多数の死傷者が出てるみたいニャ。

 ガイナラキトクタ政府はスタントールを強く非難し、今度の独立国家調停機構理事会でコロツキチ紛争を提訴する構えニャ。」


(VTR再生)

(ガイナラキトクタ連邦軍の黒人兵士が、ジャングル地帯でスタントール植民地軍と銃撃戦をしている様子が映し出される)

(VTR終了。スタジオへ)


・アナウンサー(ハイエルフ女性)

「スタントールは各地で騒乱を巻き起こし、世界平和を大きく乱しています。

 国際社会は一致団結して、人類恒久平和の脅威と化したスタントールとその同盟諸国家に対抗していかなければなりません……」


(後略)

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