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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第七章  偽りの停戦
51/63

50. 原理主義の芽生え

 日没が間近に迫っていることを知らせる黄昏の光が、粗雑な低層住居で埋め尽くされた広大な大地を遍く照らす。

 無数の爆発音と銃撃音がそこかしこから聞こえてくる。

 幾つもの黒煙がスラム街のあちこちから立ち昇る。

 その戦闘騒音と黒煙の下で、予想をはるかに上回る激しい「抵抗」を受けた白人武装集団が、次々と褐色肌の原住民武装ゲリラによって撃ち倒されていた。


『こ、こちらアルンヘム1-8!さらなるダニークゲリラの出現を確認!!

 現在、カスバ第7地区にて孤立中!!もう持ちこたえられない!!至急、救援を……うわっ』


 右耳に取り付けたイヤホンへ届いていた味方部隊からの通信が、爆発音と共に途絶する。

 眼下に広がる巨大な「唾棄すべき原住亜人共の掃き溜め」たるスラム街を双眼鏡で睨む白人中年男の紺碧の瞳に、「味方部隊壊滅」を告げる新たな黒煙が立ち昇ったのが刻まれる。

 直後、男の顔は激烈な怒りにより大きく歪んだ。

 「茶色い虫」と忌むべき「混血児」が蠢く「呪われたスラム街」……カスバを一望できる隣接地区に建つ鉄筋コンクリート造20階建てのマンション屋上に設けられた「前線司令部」の主は今、鎧袖一触と見込んでいた「カスバ区画整理事業」が完全に頓挫してしまった現実を受け入れられないでいた。

 逞しい筋肉で覆われた狂信的愛国主義者の名門貴族当主の全身から、壮絶な憤怒のオーラが立ち昇る。

 そんな「恐ろしい」上官の背中に向けて、連絡将校の男が恐る恐る「味方部隊壊滅」を報告した。


「……お、恐れながらデルバータ卿……カスバに突入した歩兵部隊からの通信が全て途絶しました……」


 デルバータは双眼鏡をゆっくり降ろすと、背後から「分かり切った事」を報告しに来た部下に向き直り言った。


「……王国防衛烈士団残存部隊全てに命令……作戦失敗だ、撤退せよ。」

「はっ!了解しました、大臣閣下!!」


 連絡将校は背筋を伸ばして見事な敬礼をデルバータに見せた後、速やかに配下部隊へ「撤退命令」を下達すべく司令部テントへと駆け戻った。

 夜明けと共に始まった「祝福の大地」ファーンデディア広域州最大のスラム街「カスバ」を巡る「支配者民族」スタントール人民兵組織「王国防衛烈士団」とファーンデディア原住民族ダニーク人による武装組織「ダニーク解放戦線」の激しい攻防戦は、日没を待たずして決着がついてしまった。


 スタントール側の惨敗である。


 ダニークゲリラはスラム街各所から神出鬼没の待ち伏せ攻撃を仕掛け、幹線道路から真っ直ぐカスバを攻撃してきた烈士団戦闘部隊を翻弄。

 カスバ内部へ突入した烈士団の各部隊は、入り組んだスラム街で瞬く間に分断され各個撃破の憂き目に遭った。

 スラム街を貫く幹線道路を陣取り展開した偵察戦車や装甲車、テクニカルを主体とした主力の「機械化部隊」も、対戦車ロケットランチャーで武装したゲリラ部隊による奇襲攻撃を受けて大きく混乱。

 部隊の連携が乱れて指揮が交錯する中、街道沿いのバラックに偽装して隠れ潜んでいた複数の「人民共和国製」軽戦車や対空戦車がトドメの攻撃を加え、壊滅状態となった。

 解放戦線との繋がりが希薄である為、孤立無援状態の「混血児」共がまともな組織的抵抗を示すことは無いだろうと高を括ったのが全ての敗因である。

 慌てて増援として民間ヘリコプターに機関銃を複数積んだ「手製ハンドメイド武装ヘリ」を数機投入したが、全てゲリラ兵の携帯型対空ミサイルと四連装重機関砲を回転砲塔に装備した対空戦車によって叩き落されてしまった。

 「忌々しい」停戦協定によって「空軍」を投入できないことが致命傷となった格好である。

 加えて、デルバータ「内務大臣」による今回の「独断専行」に強い不満を示したファーンデディア州政府からの「怒りの問い合わせ」が、引っ切り無しに内務省へ寄せられているとの報告も入っている。


 デルバータは再度眼下の「掃き溜め」を睨み付ける。

 そして、吐き捨てる様に呟いた。


「……醜いダニ虫共……停戦が終わり次第、空軍の絨毯爆撃で吹き飛ばしてやる……」


 スタントール人たちが無様に敗走すると、「碧い瞳」と「緋色の瞳」の褐色戦士たちは、互いに抱き合いながら勝利の歓声を上げた。

 「ダニークのファーンデディア、バンザイ!」と叫ぶ声は、夜通しスラム街を満たした。

 肥沃な土地と膨大な地下資源を有した「祝福の大地」ファーンデディア。

 この大地で最も古い都が、その北部にある。

 古都の名はエル・アルメイン。

 「祝福の大地」に遥か太古の昔から暮らす褐色肌の原住民ダニーク人たちが築き上げた古代王国の都。

 そのダニーク人の王国が北辺の野蛮な騎馬民族イェルレイム人によって滅ぼされ、その後、海を渡りやって来たノルトスタントール連合王国の「文明人」によってイェルレイム人が叩き出されるという目まぐるしい「支配者の入れ替え」を経て、古都は昔日の面影を「ダニーカン・カスル」と呼ばれるファーンデディア・シノーデル王家の居城に僅かに残すのみとなっていた。

 先の「三大陸大戦」では、1500年振りに「ファーンデディアの支配者」へ返り咲くことを目論んだイェルレイム民主共和国の軍勢とスタントール軍による激戦地となり、「ダニーク王家宮殿」以外で極僅かに残り「観光地」となっていた古代ダニーク建築物も全て瓦礫と化した。

 「文明人」ことスタントール人は、「分離独立」を標榜するダニーク人の存在を理由に古代ダニーク建築物の復元を「見送り」とし、瓦礫が撤去された後の空き地には「スタントール人の為の」高層マンションや商業施設が新築される運びとなり、ダニーク人の僅かに残された「民族の尊厳と歴史」は徹底的に否定されることとなった。


 その古都エル・アルメインに、人民共和国製自動小銃を手にした褐色肌の少女が現れた。


 深い闇に包まれた深夜。

 消音器を銃口に取り付けた愛用の自動小銃を構え、少女は自身が指揮する「解放戦線最強の戦闘部隊」である「革命親衛隊」の中でも、最も信頼する戦士およそ50名を率いて「ダニーカン・カスル」に接近していた。

 今回の作戦の為に用意された漆黒の戦闘服に身を包んだ褐色少女サーラ・ベルカセムは、右腕を上に掲げて配下部隊に「停止」を命じると、銃本体上部レールにマウントされた暗視機能付き新型光学照準器を覗き込んだ。

 サーラの緋色の瞳に、暗視装置によって鮮明に写し出された「王家の宮殿」を占拠する「敵兵」の姿が飛び込む。


 発砲。

 銃声を消音器がほぼ完全に掻き消す。


 音速を超えて闇夜を切り裂いた7.62mm弾が、王国防衛烈士団戦闘員の若いスタントール人男の頭部を吹き飛ばした。

 男が装備していたケブラー製の新型軽量ヘルメットは、「労働者の国」が生み出した傑作自動小銃に対して全くの無力であった。


「……クリア……行くぞ。」


 宮殿外周を警邏していた敵兵を始末したサーラは、声量を抑えて配下戦士たちに命じる。

 これに褐色肌の戦士たちは無言で従い、先を行く褐色少女に続いた。

 やがてサーラとダニーク戦士たちは、古代ダニーク建築特有のドーム状の円形屋根を備えた荘厳ながらも落ち着いた雰囲気を纏う「ダニーク王家の宮殿」ダニーカン・カスルを間近に臨む城壁の足元に辿り着いた。


「……同志シャルファ、ここだな?」


 サーラは城壁のレンガの一つを静かにノックしながら、傍らに付き従う小柄な少女兵に確認する。

 指揮官の言葉に、頷きをもって返答する褐色の肌に黒い瞳の少女。


「はい、同志サーラ。ここが“裏口”です。

 ダニーカン・カスルに住まう王族しか知らない秘密の抜け道で、地下通路は玉座の間と一直線に繋がってます。」


 黒い瞳の少女、ダニーク王家の次期王位継承者であるシャルファ王女はそう請け合った。

 その手には、スタントールに反感を抱く「王国陣営外」の経済大国であるアペルダ協商連合が解放戦線に無償提供してくれた小型短機関銃が握られている。

 .32口径弾を使用するそのサブマシンガンは、威力は低いが射撃反動が小さい為、戦闘経験が足りない「王女様」でも難なく扱える優れた銃だ。

 今や解放戦線の後方支援要員や敵地で活動する工作員等に広く使用され、「スコーピオン」の愛称で呼ばれていた。

 「蠍」短機関銃を装備するシャルファは銃を腰の留め金具に仕舞うと、サーラがノックした城壁のレンガを取り外し、3段下のレンガと入れ替えた。

 すると「ガチャリ」という機械の歯車が噛み合う音が聞こえ、その数秒後に城壁の一部が石が擦れる鈍い音を伴いながら地面に没した。

 漆黒の闇に包まれた「秘密の抜け道」が、サーラとシャルファの目の前に姿を現した。

 大きさは大人一人が何とか通れる程度で、非常用の脱出経路であることが容易に伺えた。

 しかし今回、彼らダニーク解放戦線は本来の用途と全く逆の目的でこの通路を使用することになる。

 サーラは、シャルファはじめとする配下の戦士たちに「突入前の最後の訓示」を述べた。 


「……よし、これより王家の宮殿に突入する。

 スタトリアのガーゴイルに囚われたマガン王とその妃、そしてシャルファの妹3人を救出するぞ。

 王家の人間を確保するまで絶対に音を立てるな。隠密維持を常に心掛けろ。

 無線は救助成功まで厳禁だ。」

「了解。同志サーラ。」


 サーラが先頭となり、暗視装置付き照準器を頼りに自動小銃を油断なく構えて暗闇が覆う「抜け道」へと突入した。


……


 「抜け道」は果たして玉座の間へと続いていた。

 歴代のダニーク王が腰を据えたその玉座は今、座る者もおらず照明が落とされた闇の中に沈んでいる。

 そんな玉座の真裏にある床タイルの一つが横にずらされると、タイルの下から殺意に燃えた褐色少女サーラが出現した。

 サーラは強力な人民共和国製自動小銃を構え、学校の教室2つ分程の大きさがある玉座の間の空間を素早く横切り、廊下に続く両開き扉に貼り付いた。

 恐るべき褐色の少女戦士に続き、シャルファや褐色肌の戦士たちも「抜け道」を伝って次々と玉座の間に展開した。

 サーラは扉越しに外の様子を伺うべく耳を押し当てた。

 扉の外から「憎き白い肌のガーゴイル共」の雑談が聞こえてくる。

 2人の烈士団兵士が扉の左右に立って警備中のようだ。


『……なぁ、なんでさっさとあの茶色虫の国王とかほざくクソ野郎を始末しないんだ?

 鉛玉を叩き込んでやったってのに死なないように治療までするなんて……金と労力の無駄だぜ。』

『アール、お前分かってないな。

 あのダニーク王家のオッサンには、全ての馬鹿なダニ虫を代表してありったけの屈辱を与えてやる必要があるんだ。

 ここだけの話だが……来週中にキリシア王弟殿下がファーンデディアへお越しになり、殿下直々にダニ虫王家の“お家断絶”を執り行うらしい。

 マガンとその妻は公開処刑にして、ガキ共は全員収容所送りだ……ざまぁみやがれ。

 そうやって見せしめにする為にも、あのダニ虫国王には“それまで”生きててもらわなきゃならねぇんだよ。』

『なるほどねぇ……見せしめか……悪くねぇな。

 クソッタレのダニ野郎がションベン垂らしながら縛り首になる無様な姿を、早く見てみたいぜ。』


 そんなスタントール人武装民兵の下卑た会話を聞き、サーラの傍を固める「ダニーク王家次期王位継承者」たるシャルファの黒い瞳は激しい怒りと殺意で血走った。

 小声で怒りを呟くシャルファ。


「……ゆ、ゆるせない……」


 これにサーラは怒れる王女を落ち着かせると同時に命令を発した。


「同志シャルファ、落ち着け……行くぞ。

 私が右側のクズを始末する。同志は左側のカスを殺せ。

 ……出来るか?」

 

 シャルファはサーラの命に力強く応じた。

 

「……お任せください、同志サーラ。

 覚悟は出来てます。」


 王女の燃え盛る黒い瞳を見たサーラは満足そうに頷くと扉を静かに内側へ開いた。


「なんだ?」


 右側に立つ烈士団兵士の白人男が音も無く開いた玉座の間の扉を訝しがる。

 その直後、コンバットナイフを手にしたサーラは風のように男へ襲い掛かり、一瞬にして喉元を切り裂いた。


「ガブッ……ゴポッ!?」


 即死。

 そのサーラの背を守るように一緒に飛び出したシャルファは、両手でしっかりと小型短機関銃「蠍」を構えて照星の先に左側の兵士の姿を捉えた。


「えっ?な、なにっ!?」


 突然のことに戸惑う若いスタントール男。

 スリングを引っ張り、慌てて王国製ブルパップ式自動小銃を両手に構えようとするが、覚悟を決めて飛び出したシャルファの方が圧倒的に早かった。


 フルオート射撃。

 銃声は消音器により極小化される。


 10数発にも及ぶ.32口径弾の雨が扉左側に立つ烈士団兵士の全身に注がれる。


「ガッ!グウッ!!」


 壁に身体を叩き付けられ、ダニーク王家宮殿を「穢れた白人の血」で汚染する。

 男は壁に夥しい血の帯を描きながら廊下へと崩れ落ちた。

 紺碧の瞳の瞳孔が開く。死んだ。

 


 ……はじめて人を殺した……



 過剰分泌されたアドレナリンによる不気味な高揚と殺人を犯したことへの言い知れない不安感が同時に襲い、可憐な王女の全身が意思に反して小刻みに震え出す。


「あ、あ……わ、私……人を、人を殺したんだ……」


 徐々に銃を持つ手から力が失われ、今にも短機関銃を取りこぼしそうになる。

 明らかな動揺を示すシャルファ。

 するとサーラがそんな王女の肩を掴んで無理矢理自分の方を向かせると、肌が触れんばかりに顔を近づけてきた。

 歴戦の少女戦士の緋色の瞳が、シャルファの黒い瞳を支配する。


「なにをしている、同志シャルファ?

 その銃を絶対に落とすな。

 落とせばお前をこの場で殺す。

 スタトリアを人間と思うな。殺せ、容赦なく殺せ。

 それが出来ないならお前に何の価値も無い。

 ……いいか?スタトリアの蛆虫一匹を始末しただけでイチイチ苦悩するようなら、お前の家族を救い出すことなんて絶対に出来ない……

 思い出せ。奴等への憎しみを。

 思い出せ。父が撃たれたその瞬間を。

 思い出せ。恐怖に震える残された家族の姿を。

 お前にしか彼らは救えない。

 だから、お前に葛藤する時間はない。

 ……わかったか?」


 シャルファは涙を拭うと、真っ直ぐサーラの燃え盛る緋色の瞳を見た。

 そして震える唇を血が滲むまで噛み締めた後、改めて覚悟を決めた。


「……申し訳ございません、同志サーラ……

 もう、迷いません。家族を救う為……いえ、ダニーク民族の自由を勝ち取る為、最後まで引き金を引きます。」


 そう告げた王女の瞳に、動揺により消えかけた「敵」への憎悪の炎が再点火した。

 それを確認したサーラはシャルファを解放し、微笑みを見せた。


「それでいいわ、同志シャルファ。

 さぁ、引き続き宮殿を案内して。」

「はい、同志サーラ。」


 そんな2人のやり取りを、解放戦線精鋭部隊は油断なく周囲への警戒を行いつつ優しく見守る。

 やがて部隊は迅速に展開。

 手練れ揃いの褐色肌の戦士たちが、瞬く間に二人一組ツーマンセルで警邏中だった烈士団約一個分隊を片付け、玉座の間と周辺フロア一帯の安全を確保した。

 サーラ側近の一人である人民共和国製汎用機関銃で武装した大男のヤシュクが、指揮官に以後の行動について伺いを立てる。


「サーラ……思った以上に警備は厳重みたいだな……

 どうする?当初の予定通り、手分けして軟禁されてる王家の方々を探すか?

 それとも、敵に見つからないよう慎重に纏まって行動するか?」


 これにサーラはしばし思案した後、判断を下した。


「図らずしもマガン王は無事らしいことが確認できた。

 なら、敵に発見されるリスクを冒してまで急ぐ必要もないだろう。

 脱出経路である玉座の間を確保する為に同志アスランの分隊はここに残し、他は全て纏まって行動する。」

「了解だ、サーラ。」


 指揮官の命令は直ちに「革命親衛隊ダニーク王家救出特別戦隊」全員に伝達された。

 部隊を再編成したサーラは、シャルファ王女の案内の下、スタントール人の手に落ちたダニーク民族の国王宮殿を突き進んだ。


……


 国王夫妻とその子供たちは、宮殿の地下にある謀反を起こした王侯貴族を幽閉する「地下牢ダンジョン」に囚われていた。

 宮殿建設当時から存在するそのダンジョンは、薄汚れた石畳の床に粗雑なレンガの壁で覆われ、レンガの隙間からは所々地下水の雫が溢れて出ており、不快な湿気を纏った陰鬱な空気に包まれている。

 

 サーラの放った7.62mm弾が、ダンジョンを警邏する王国防衛烈士団の兵士の頭部を撃ち抜き、苔と汚水に塗れた石の床に「偉大なる工業大国の熱狂的愛国者」の脳漿と眼球をぶちまけた。

 射殺したスタントール人の死体を跨ぎ、サーラはダニーク王家が囚われている雑居房の鉄扉に到達した。

 その傍にシャルファが駆け寄り、ヤシュクやユーセフらサーラ側近の革命親衛隊の戦士たちが周囲を警戒する。

 サーラの「戦士の嗅覚」が、鉄扉の向こうに複数の敵兵の気配を感じ取った。

 扉の蝶番に小型プラスチック爆弾を取り付け、「突入」の準備を済ませる。

 自動小銃を縦に構え扉左側の壁に背中を預けると、反対側の壁で「蠍」短機関銃を両手でしっかり握り締めて待機する黒い瞳の「王女」に言った。


「……突入するぞ、同志シャルファ。

 間違っても自分の家族を撃つなよ。」


 これに王女は真剣な表情を浮かべて頷いた。


「……はい、同志サーラ……」


 直後、サーラは小型プラスチック爆弾の起爆スイッチを押した。

 

 小規模な爆発。

 しかし頑丈な地下牢獄の鉄扉を吹き飛ばすには十分な威力だった。


 扉は床に倒れ、房の中の者たち皆が驚愕の表情を浮かべて入口に視線を向ける。

 間髪入れずサーラは叫んだ。


「突入!突入!突入!」


 人民共和国製自動小銃を構えた褐色少女が「囚われし王家の間」となった雑居房の中に飛び込む。


 連続発砲。

 部屋の四隅に陣取り、ダニーク王家の人間を監視していたブルパップ式自動小銃や新型短機関銃で武装したスタントール民兵3人を迅速に射殺。

 残った1人は、サーラに続き突入したシャルファが小型短機関銃で始末した。

 囚われていたダニーク王族一家に怪我は無し。

 

「お父様!!」


 安全が確保されるなり、シャルファは治療機器のチューブに繋がれてベッドに横たわる父マガン王の傍に駆け寄った。

 マガン王はゆっくりと澄んだ黒い瞳を開くと、愛する長女に優しく微笑んだ。


「……おお、シャルファ……無事に解放戦線の方々と会えたんだね……」

「……お父様……なんとおいたわしい姿……

 ……直ぐにここから脱出します。玉座の間から抜け道を通って外に出られますので、どうかご準備を。」


 すると父マガンとその傍らに立つ母サルファ王妃の顔が暗くなる。


「……シャルファ……マガン王は……お父様はもう……立ち上がることが出来ません……」


 そう告げたサルファの「紺碧の瞳」に涙が浮かぶ。

 母の手を握る幼いシャルファの妹たちも、同様に悲し気な表情となった。

 しかしシャルファは毅然として答えた。


「……ならば、私がお父様を担ぎます。

 皆でここを脱出しないと、来週には本国からシノーデルの者がやって来て、お父様とお母様を公衆の面前で辱めた後に処刑してしまいます。

 ……そんなこと、絶対にさせない!」


 だがマガン王は、微笑みを湛えたまま愛する娘にハッキリと告げた。


「……シャルファ……優しい我が娘よ……

 ……私の命は、このスタントール人が用意した機械によって繋ぎ止められている。

 ……ここから動くことが出来ないのだ……

 それに、ベッドの下には爆弾も仕掛けられている……私がベッドから離れると起爆する仕組みになっているそうだ……

 さぁ……私に構わず、母と妹を連れて逃げなさい。」


 しかしシャルファは取り乱し、断固として首を横に振った。

 黒い可憐な瞳に涙が浮かぶ。


「嫌っ!!お父様を残していくなんて出来ない!

 ……なら、いっそのことベッドごと……」


 直後、サーラはシャルファの顔面を殴り飛ばした。

 恐るべき少女戦士は、三文芝居じみた「家族ドラマ」に苛立ちを隠さなかった。

 口から血を流して床に倒れたシャルファに近寄り、その胸倉を容赦なく掴み上げた。


「……いい加減にしろ、クソ王女……

 いつ敵警備兵の交代が来るかわからないんだぞ?

 ベッドごと脱出なんて不可能だ。

 マガン王は気高くも自らが犠牲になる覚悟を示したのだ。

 ……私がこれまで、どれだけ同じような覚悟を決めた同胞の死を見て来たか分かるか?

 その覚悟を無駄にして優秀な戦士たちを無用な危険に晒すなんてことは、私が絶対に許さない。

 今ここで決めろ。

 母と妹を連れて今すぐ脱出するか、マガン王を連れ出すことに固執して一人敵陣の只中に残るか。

 二つに一つだ。」


 サーラは容赦ない二者択一をシャルファに迫った。

 シャルファの顔が悲壮に歪む。

 瞳から溢れる涙が止まらない。

 サーラは王女の胸倉から手を放すと、改めて決断を迫った。


「どうする、シャルファ王女。

 お前は“同志”か?それとも“シノーデルの王女様”か?

 どっちだ。」


 項垂れていたシャルファが面を上げる。

 悲しみとやり場の無い怒りが綯い交ぜになった険しい表情。

 やがてシャルファは絞り出すように「選択肢」を回答した。


「……同志サーラ……母と妹の脱出を援護してください……

 父は……マガン王は…………置いていきます……」


 ダニーク王家の面々に深い悲しみが覆い被さる。

 だが、見捨てられることとなったダニーク王家当主の顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。

 そしてサーラに向けて「愛娘」を託す言葉を遺した。


「……ベルカセムさん……我儘な娘を説得してくれて、ありがとう……

 ご覧のようにまだ世間を知らぬ若輩者だが……どうか、シャルファのことを頼んだよ……」

「……わかりました。マガン王陛下……同志シャルファとご家族は、私たちが必ず守ります。

 ……そして、いずれ廃却されし神々の御許に旅立つあなたの下に、無数のスタトリアの死体を供物として捧げます。

 どうか、その死が安らかであらんことを……」


 サーラはそう言うと、「死出の道」へと旅立つことになるマガン王へ深々と頭を下げた。

 これにヤシュク、ユーセフ、アネット等の共に雑居房へ突入した革命親衛隊の精鋭たちも倣う。

 その後、マガン王は愛する家族と短い「最期の別れ」の時を過ごした。

 「混血児」の妻、サルファ王妃が最愛の夫に抱き付き接吻を交わし、3人の幼い娘たちも父との別れの抱擁を行う。

 最後はシャルファだ。

 父王マガンに縋り付くような抱擁を交わし、その耳元にサーラはじめ周囲に聞こえないよう「決意」を囁いた。


「……お父様、私は戦います……必ずや、栄光のザイヤーン朝を復活させます……

 奪われし神々の名を民に還して信仰を呼び覚まし……ファーンデディアを……いえ、遍くスタントール五大州全てを……聖戦ジハードの炎で焼き尽くします……」


 これをマガン王は、やはり周囲に気付かれぬよう努めて表情を変えずに小声で窘めた。


「……シャルファ……やめなさい……神の聖名みなにおいて行う戦いは惨事を招くだけだ……

 どうか、安らかに人生を過ごしてくれ……」


 するとシャルファは父の傍を離れ、短機関銃を両手でしっかり持つと真剣な表情を向けた。


「……お父様、私は戦います……」


 周りにハッキリと聞こえる凛とした声で、「改めて」そう告げた。

 もうマガンには頷くことしかできなかった。

 サーラは「同志」の肩を優しく叩き、シャルファはじめとする褐色戦士たちに「脱出作戦開始」を命令した。


「行くぞ、同志シャルファ。

 ……ヤシュク、ユーセフ。お前たちの分隊は先行して玉座の間までの安全を確保しろ。

 私とアネットの分隊で王家を守る。」

「了解。同志サーラ。」


 歴戦の武装ゲリラたちは迅速に動く。

 マガン王を除く王家の人間たちの周囲を、人民共和国製自動小銃や協商連合製短機関銃で武装したダニーク兵が固め、付近を油断なく警戒しつつ雑居房を出た。

 殿を務めるサーラが房を出ようとした、その時。

 死体となって横たわるスタントール民兵の肩に装着された小型無線機に通信が入る。


『こちらデスヘッド。メーヴェ5、どうして定期連絡を寄越さない?

 ダニ虫王家はそこにいるのか?これからオルフェナル大佐がダンジョンへ確認に向かう。

 ……おい、メーヴェ5!応答しろ!』


 王国防衛烈士団ダニーカン・カスル警備隊本部からの通信だ。

 王家を監視する兵士からの連絡が途絶えたことを訝しんで確認部隊を向かわせるようだ。

 サーラの顔が「タイムリミット」が迫っていることを感じて険しくなる。

 自動小銃を構えて雑居房から駆け出そうとするサーラを、マガンが呼び止めた。


「……ベルカセムさん……サーラ・ベルカセムさん……」


 サーラは無言でダニーク国王の方へ振り返る。

 マガン王は「最期の言葉」を褐色の戦士へ送った。


「……あなたに……自由を求めて戦う全てのダニークの民に……太陽神ダーナの加護があらんことを……」


 サーラの緋色の瞳が驚愕で見開かれる。


「……それが……スタントール人に奪われた私たちの神の名ですか?」

「そうだ……そして覚えておいてくれ……

 ……神は、決してその聖名において戦いを命じたりはしない……

 もし、神の名を騙って“聖戦ジハード”を煽る者が現れたら……あなたの手で、止めてくれ……

 ……頼む……」


 マガン王「最期の言葉」は懇願であった。

 サーラは力強く頷き、王の遺言を聞き届けた。


「わかりました、陛下。我らが独立闘争を、神の名で“穢す”者は容赦しません。

 ……失礼します……」


 そう言うとサーラは駆け出した。

 周囲を警戒しつつ、先行した味方部隊との合流を果たし、ダンジョンから玉座の間へと敵に発見されること無く進んだ。


……


 サーラたちが「囚われし王の間」を去った10分後。

 戦闘服に身を包んだスキンヘッドの筋肉質な白人男が、数名の部下を伴ってダンジョンを進んでいた。

 全員自動小銃や分隊支援機関銃で完全武装しており、周囲を油断なく警戒している。

 所々に転がる味方警備兵の死体が「賊の侵入」を告げていた。

 先行していた兵士が、吹き飛ばされた雑居房の鉄扉の向こうにベッドで横になるマガン王の姿を確認した。

 直ちに後続の「大佐」へ報告する。


「オルフェナル大佐!マガンはいますが、その妻とガキがいません!」


 すぐさまオルフェナルと呼ばれたスキンヘッド男も雑居房に入る。

 そこには微笑みを湛えるマガン王と、部屋の四隅で倒れる部下の死体があった。

 南部ファーンデディアの大農園経営者にして生粋のファーンデディア在住王国臣民……「センチネル」であるオルフェナルの顔が怒りに歪む。

 つかつかと威圧的な軍靴の音を奏でながらマガンに近づき、これを見下す。

 

「……おい、ダニ虫王。貴様の家族は何処へ行った?」


 これにマガンは笑顔を向けたまま答えた。


「……“祖国”さ……私の家族は、“祖国”へ帰るんだ。

 ……そして私は、お前たちを道連れにして神々の許へと旅立つ!」


 その直後、マガンは最後の力を振り絞って自身と医療機器を繋ぐチューブを引き抜き、ベッドから転がり落ちた。

 オルフェナルの顔に驚愕が貼り付く。


「おのれ!!」


 王のベッドの下に爆弾を仕掛けさせた張本人であるオルフェナルの反応は早かった。

 房を飛び出し、苔と汚水で濡れた石畳の床に伏せる。


 ほぼ同時に爆発。


 オルフェナルと共にマガン王の傍に居た烈士団兵士2名が爆発に巻き込まれ即死。

 数名が手足を吹き飛ばされる等の重傷を負い、激痛にのたうち回る。


「あぁ!!う、腕が、腕がぁ!」

「ぎゃあぁぁっ!俺の足が無い!クソッ!クソォッ!!」

「目、目がっ!何も見えない!助けてくれ!!」


 辛くも軽傷で済んだオルフェナルが立ち上がる。

 「爆心地」のマガン王の肉体は、人間だった原型すら留めず徹底的に破壊されていた。唯一まともに残っている肉体部位は、部屋の隅に転がった傷ついた頭部のみ。

 その顔は何処か安らかな表情を浮かべていた。

 一方、狂信的スタントール愛国者のスキンヘッド男は激怒した。

 廊下で待機し難を逃れた周囲の部下に命令する。


「……大至急、付近の烈士団及びセンチネル民兵隊全てに警報を出せ!!

 ダニーク王家がダニーカン・カスル地下牢ダンジョンから逃亡!!発見次第射殺せよ!!

 ついでに目障りなそこら辺にいる茶色虫も撃ち殺せ!!部下の仇を取ってやる!!」

「はっ!了解しました、オルフェナル大佐!!」


 たちまち辺りは騒がしくなる。

 大佐の命令を受けた若い男性兵士はダンジョンから駆け出し、その他の兵士たちは重軽傷を負った同僚らの応急処置を試みる。

 オルフェナルは腰のホルスターから私物である愛用の大型リボルバー拳銃を引き抜くと、銃口をマガン王「だった」頭部に向ける。


 3発連続発砲。


 非常に強力な.44マグナム弾が、辛うじて原型を留めていたダニーク王家当主の頭部を木端微塵にした。


「……虫共め……磨り潰してくれる。」


 憎悪の呟きを吐き捨て、オルフェナルは逃亡したダニーク王家の追撃戦を指揮すべくその場を後にした。


……


 地下から微かに爆発音と振動が伝わってきた。

 「秘密の抜け道」を通り宮殿外の城壁へと到着したダニーク王家の面々と彼らを護衛する解放戦線戦闘部隊の戦士たちは、それが何なのか瞬時に理解した。

 王女シャルファは瞳に涙を浮かべたが、ぐっと瞼を閉じて堪えた。


「……お父様……」


 この瞬間、シャルファは「王女」から「女王」となった。

 思わず立ち止まり、顔は力無く地面を向く。

 サーラはそんなシャルファの肩に優しく手を乗せる。


「同志シャルファ……急ぐぞ。スタトリアのガーゴイル共が直ぐに襲ってくる。」

「……はい……同志サーラ……すみません。」

「……ここを脱出したら、盛大に王を弔おう。そして、スタトリアに血の報復を見舞ってやるんだ。」


 シャルファは、未だ涙に暮れる黒い瞳でサーラの燃え盛る緋色の瞳を見つめた。

 ダニーク女王は右手の袖で涙を拭い去り、解放戦線最強の戦士に力強い頷きを返した。


「……はい!同志サーラ!……白い悪魔に復讐を!!」


 これにサーラは満足気に頷くと、人民共和国製自動小銃を構えて周囲を警戒しつつ「前線司令部」に通信を入れた。


「こちらゴブリン1。エルアルネストへ。王家救出に成功。繰り返す、王家救出に成功。

 だが、敵部隊に我々の侵入を気付かれた可能性がある。至急、援護を求む。」


 これに「ネスト」の主である野戦司令官のバシルが直ちに返答した。


『こちらエルアルネスト。了解、ゴブリン1。見事だ。

 既にケンタウロス戦隊が宮殿付近に展開済みだ。これより、脱出を援護すべく陽動攻撃を開始する。

 ゴブリン戦隊は、そのまま地下鉄“エル・アルメイン宮殿前”駅へ退避せよ。』

「ゴブリン1、了解。地下鉄駅を目指す。通信終了。」


 通信を終えるなり、サーラは配下部隊と護衛対象であるダニーク王家に移動目標を指示した。


「地下鉄の駅だ!そこまで走るぞ!邪魔するスタトリアは全て撃ち殺せ!!」

「了解!同志サーラ!!」


 緋色の瞳の戦士たちは紺碧の瞳の王妃と黒い瞳の少女たちの周りをしっかりと固めながら、街灯が等間隔で灯るダニーカン・カスル城壁傍を走る大通りを、明かりに入らないよう最寄りの地下鉄駅入口目指して慎重に走る。

 その数分後、王家の宮殿全体を震わせるかのように警報が鳴り響いた。

 城壁の回廊に設置された強力なサーチライトが辺りの通りや街並みを昼間のように照らす。

 たちまちその一つに捕捉されてしまった。


「敵発見!!ダニ虫王家と解放戦線のテロリスト共だ!!撃て!撃てぇ!!」

 

 サーチライトを操る白人男が叫ぶ。

 数分と間を置かずにスタントール武装兵約一個分隊が「ダニーク人テロリスト」と逃亡した王家の人間を捉えた大型投光器の周囲に集結し、手にしたブルパップ式自動小銃を構える。

 だが、彼らに新型自動小銃を発砲する機会は永遠に訪れなかった。


『ケンタウロス1!突撃!!

 サーラたちの脱出を援護しろ!!撃ちまくれ!!』


 サーラの小型無線機に、逞しい褐色美女が発する「攻撃命令」が飛び込んできた。


 直後、砲撃。


 城壁回廊のサーチライトとその周囲に展開していた白人武装兵団が吹っ飛ぶ。

 ダニーカン・カスル周囲を走る大通りに、次々と民間ピックアップトラックの荷台に対戦車砲や対空機関砲を搭載した「テクニカル」や四連装対空機関砲を回転砲塔に装備した人民共和国製対空戦車、さらには76mm戦車砲を備えた協商連合製小型偵察戦車が出現した。

 先程サーラたちを捕捉したサーチライトと武装兵の集団を吹き飛ばした偵察戦車が、地下鉄駅を目指して走る「革命親衛隊ダニーク王家救出特別戦隊」の面々を守るように並走する。

 小型砲塔のハッチが開かれ、中から妙齢の筋肉逞しい褐色美女が姿を現した。


「モルディアナ!」


 サーラが叫ぶ。

 これに解放戦線人民軍統括軍事局局長であるモルディアナが、笑顔と共にサムズアップを返す。


「サーラ!!やったね!!

 後は私たちに任せて、早く王家を連れて地下へ!

 ……ケンタウロス1から各隊!派手に暴れるぞ!!クソッタレのスタトリアを地獄に叩き落せ!!

 私たちの王族に指一本触れさせるな!!」

『了解!姐さん!!』


 ダニーカン・カスルを取り囲むように展開したダニーク解放戦線「機械化兵団」ケンタウロス戦隊が一斉に宮殿へ向けて攻撃を開始した。

 近くの「原住亜人指定居住区」からは迫撃砲による砲撃も加えられる。

 王国防衛烈士団ダニーカン・カスル警備隊は大混乱に陥った。

 全方向からの激しい攻撃により、逃亡した王家の追撃どころでは無くなってしまう。

 宮殿正面ゲートから重装歩兵ジャガーノート数体と烈士団のテクニカル約5台が30名程の武装兵を伴って出撃したが、解放戦線側の機械化兵団によってゲートにて射竦められてしまい、ほんの数ブロック先の地下鉄入口へ逃げ込もうとするサーラたちに手出し出来ない。 

 愛する夫を失った王妃サルファと幼い王女3人、それを護衛する革命親衛隊の面々が続々と地下鉄駅へ続く階段を駆け降りる。

 サーラと「女王」シャルファは殿となって地下鉄「エル・アルメイン宮殿前」駅出入口の左右を固め、周囲に油断なく銃口を向ける。

 やがて味方部隊最後の1人が地下へ退避したのを確認すると、2人は揃って階段を降りた。

 階段中腹でシャルファは不意に立ち止まり、激しい戦闘が巻き起こる「地上」を黒い瞳で睨む。

 そして誰に言うでもなく呟いた。


「……お父様……必ずやスタトリアとシノーデル王家に神の裁きを下します。

 太陽神ダーナの御許にて、我らが聖戦ジハードをお見守り下さい……」


 シャルファが立ち止まっていることに気付いたサーラが、階下から大声で呼ぶ。


「同志シャルファ!何をしている?本隊と合流するぞ、急げ!」

 

 するとダニーク王家当主の褐色少女は歴戦の革命戦士の方を向き、直ちに返答した。


「はい!同志サーラ!今行きます!!」


 階段を駆け降りる女王シャルファの黒い瞳に、仄暗い憎悪の炎が灯る。

 その脳内では、「聖戦」を完遂する為、如何にしてダニークの民に神の名を広め「殉教者」と為させるべきかの思案を繰り返していた。



 ……廃却されし神の名が同胞たる褐色肌のファーンデディア原住民に還って来た時、ダニーク解放戦線上層部は後に、何故、スタントール人が自分たちの神の名を奪い信仰を抑圧したかを思い知ることになる……


 ここに、サーラにとってスタントール人及び解放戦線「和平派」に次ぐ「第三の敵」、ダナーラム教「原理主義者」誕生の種が蒔かれた。


 しかし、それをサーラ本人が「思い知る」ことになるは、まだ先のことであった。

 分厚い雲に覆われた空から大粒の雨が降りしきる。

 南半球に位置する超工業大国の空気は迎えた冬の空気に包まれ、雨はその冷たさを下界の白人種たちに叩き付ける。

 冬の到来を感じさせる冷雨に煙る「枯れること無き花の都」フェリスの郊外に、「女王の宮殿」はあった。

 王都郊外の山岳リゾート地帯。美しい雪化粧を纏ったエルスヴィル大山脈を一望出来る切り立った断崖の上に築かれた荘厳な城塞建築のそれは、「ドラゴンの巣」の通称で知られている。

 その「ドラゴンの巣」の主であるノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世女王は、宮殿の書斎にて「ある本」を読んでいた。

 国内産最高級木材のみを使い、王国随一の家具職人が製作した超高級執務机に肘を付き、革製の専用チェアに腰掛けながら読書するその姿は、可憐な文学美女と威厳ある知性に溢れた王という一見すると相反するような要素を見事に両立させていた。

 しかし、その顔は何処か不機嫌であった。

 そんなカリーシアⅡ世女王がいる書斎の扉を何者かがノックする。


「……入れ。」


 女王は入室を許可した。

 扉が開き、黒髪に黒い瞳の若く美しい青年が入って来た。


「姉上、失礼致します。」


 青年の名はキリシア・シノーデル。

 女王の「弟」である。


「……おう、キリシア。呼び出してすまんな。

 早速だが、来週のお前のファーンデディア行きは無くなった。」


 これにキリシアは若干の驚きを隠せない。

 そして聡明な王弟は、自身の「用向き先」に何かが起こったことを察し、「姉」に確認する。


「……ダニーク王家の者共に、何かあったのでありますか?」

「……ベルカセムの小娘とその手下共が、ダニーカン・カスルからクソ色肌の王家を奪取した。

 忌々しいダニ虫テロリストと烈士団のクソッタレ無能者共が。」


 女王は読んでいた本を閉じて書斎机に置くと、両手を組んでキリシアを真っ直ぐ見据えた。


「……だがそれ以上に由々しき問題がある……

 ダニ虫王家の人間が、奴等の神の名を記した“聖典”を隠し持っていた疑いがある。

 もし、わらわの直系の先祖であるカリーシアⅠ世女王が取り上げた神の名がダニーク人共に還るようなことがあれば……この上なく面倒なことになるだろう。」

 

 女王の顔が険しくなる。

 キリシアは直ぐに合点がいった。


「……まさか……あの悪名高き“狂信的原理主義者”が復活するというのですか?」


 賢い王弟は女王の懸念事項を見事に言い当てた。

 これに女王は、その美しい顔に「ファーンデディア原住民」への嫌悪感を滲ませて答えた。


「そのまさかだ。神を信じぬ解放戦線の連中でさえフェリスで死ぬまで戦ったというのに、“聖戦”という揺るがぬ大義名分を得た“信心深い”ダニ虫8000万が如何なる行動に出るか……考えただけで胸糞が悪くなる。」


 スタントールがダニーク人たちから神の名を奪ったのは、苦い過去の経験があったからだ。


……※歴史解説です!冗長な設定説明に注意!※……

 約1500年前、スタントール建国王カズキ・シノーデルによる「野蛮な騎馬民族たるイェルレイムが恐怖で支配するファーンデディア」への一大遠征行は、強力なマスケット銃や野砲を多数揃えたスタントール軍の圧勝で幕を閉じた。

 イェルレイムによって奴隷の身分に落とされていたダニーク人たちは当初、スタントール人を文字通り「解放者」として歓迎した。

 特にダニーク正統王家最後の王となったナシカ・ザイヤーン女王とカズキの婚姻は、両者の対等な統合を感じさせ、ダニーク人の誰もが「新たなる王国時代」に強い期待感を抱いていた。


 だがそれは、次第に打ち砕かれていく。


 ファーンデディア併合の数年後、スタントールを中心に始まった蒸気機関の発明や本格的な銃火器の登場による近代文明開闢期……「蒸気の時代」の到来は、ただでさえ増加の一途を辿っていたスタントール本国二大広域州たるフェターナ、ネクタスに「人口爆発」をもたらした。

 中でもネクタスの人口増加は取り分け顕著であり、文明開化による急速な工業化も、増え続ける若年層へ満足に職を提供するまでには至らなかった。

 そこで元ネクタス王国最後の王にして建国王カズキの第二王妃兼王国宰相のネタリア・シノーデルは、ファーンデディアへの大規模な移民事業を立ち上げた。


『ネクタスの若者よ!汝、スタントール王国の尖兵センチネルたれ!

 祝福の大地に、我らが王の旗を掲げよ!』


 以上のスローガンがネクタス広域州の至る所に掲げられ、特に「王国の尖兵センチネル」という勇ましいフレーズに触発された若い家族が大勢「新天地」ファーンデディアを目指して海を渡った。

 その結果、奴隷から解放された筈のダニーク人たちは相次いで手に入れたばかりの「自分たちの土地」を追われることとなった。

 ネクタス人たちはダニーク人を肌の色の違いから「亜人」と見做し、「亜獣人の土地所有権はこれを認めない」と規定する「連合王国民法」に照らし合わせて「合法的」に土地を収奪したのである。

 これにダニーク人は強く反発したものの、スタントール建国王カズキとナシカ女王が民の宣撫に努めた為、大きな騒乱は起こらなかった。

 しかし、カズキが高齢を理由に退位し、ほぼ同時期にナシカ女王も死去すると、一気にダニーク人たちの不満は爆発。各地で反乱が頻発するようになった。

 やがてこの反乱は、ダニーク人のとある若い女性が自らを「預言者」と名乗って全ての褐色肌の同胞に「聖戦」を呼び掛けたことで、収拾のつかない大騒乱へと発展した。

 その「預言者」を名乗り「ダニーク人最初の独立闘争」を引き起こした女の名前こそ、サーラである。

 太陽神ダーナの聖名を持って宣言された「聖戦」は酸鼻を極めた。

 防御の手薄なスタントール人入植地を襲撃しては、女子供老人さらには家畜に至るまで惨殺。

 王国軍との戦闘においては、ダニークの「殉教戦士」たちは文字通り死ぬまで戦い、誰一人として虜囚の辱めを受けなかった。


『太陽神ダーナの御意思を地に顕現せよ。聖戦をもって海より来たる異教徒を抹殺すべし。』

 

 預言者サーラのこの言葉は、遍くダニーク人を陰惨極まる闘争へ駆り立て、「新たな支配民族」への根源的憎悪を煽った。

 これに対し、ノルトスタントール連合王国第2代国王となった建国王カズキとネタリア宰相の長女、カリーシア・シノーデルⅠ世女王は「徹底殲滅」を宣言。

 当時のスタントール軍ほぼ全軍にあたる100万の兵力を動員して大規模掃討戦を実施し、10年の歳月をかけて反乱を力づくで鎮圧した。

 「鮮血の10年」と呼ばれる王国軍による徹底した「殲滅戦」で、ファーンデディアの谷という谷はダニーク人の死体で埋まり、何百もの村が焼かれ、主要河川は処刑されたダニーク人たちの血で真っ赤に染まったと言われている。

 これら一連の鎮圧行動により、当時500万人を数えた褐色肌の人々は80万人程に激減した。

 また、反乱の首謀者であった「預言者」サーラも捕らえられ、ファーンデディアにおけるスタントール最大の入植都市として開発が進んでいたアディニアにて公開処刑となり、最期まで激しく抵抗した末に断頭台の露と消えた。

 そしてこれ以後、あらゆるダニーク人の宗教儀式は「違法行為」となり、神官や宗教指導者は一人残らず処刑され、王国で発行される全て書物からダニーク人の土着信仰である「ダナーラム教」に関する記述は完全に削除された。


 ダニーク人共から神の名を完全に奪い、二度と「ダナーラム教原理主義者」を復活させない。


 カリーシアⅠ世女王と当時の王国政府は徹底した「廃却」を行う事で、ダニーク人の信仰に基づく結束を阻止し、凄惨を極めた「聖戦」を絶対に起こさせないという決意を示したのであった。

……※歴史解説終了※……


 再び書斎の扉をノックする音が聞こえた。

 一瞬の間を置き、ノックした者が入室許可を乞う声もあわせて届く。


「……女王陛下、デルバータにございます……」


 女王は仄かな怒りを浮かべ入室を許可した。


「入れ。」


 扉は開かれ、女王の書斎に筋肉逞しい白人中年男が入室する。


「……失礼致します。女王陛下……」


 男は女王の執務机に近付くと、深々と頭を下げた。


「……こ、この度は、我が烈士団の力不足により、ダニーク王家を逃がすと言う大失態を演じてしまったこと、心よりお詫び申し上げます……

 ……団の総帥として、如何なる処分も覚悟しております……」


 狂信的愛国主義者の男は、この星で最も敬愛する「偉大なる女王陛下」に、自身が主宰する組織の失態を一切弁明することなく真っ直ぐに詫びた。

 すると女王は不機嫌な顔をしつつも「寛大な心で」これを許した。


「……よい。貴様が責任を取る必要はない。

 だが、ダニーカン・カスル制圧部隊を指揮した当時の指揮官が王女シャルファの逃亡を隠蔽したというとんでもない失態は許し難い……速やかに“処分”しろ。」


 これにデルバータは頭を下げたまま「報告」した。


「はっ!!女王陛下!!既に私自身が徹底した取り調べを行った末に銃殺しております!!

 今一度、烈士団構成員全てに再教育を施し、“陛下の”王国軍に比する軍事組織へと早急に成長させます!!

 以後二度と、斯様な失態は演じないとお誓い致します!!」


 ダニーカン・カスルを烈士団が強襲した際、烈士団戦闘員により頭部を散弾銃で吹き飛ばされたダニーク人の侍女がいた。

 その後、カスルを占拠した烈士団がダニーク王家の身柄を拘束し確認したところ、王女シャルファがいないことに気付いたが、当時制圧部隊の指揮官を担っていた元武装警察の男は、シャルファを取り逃がした責任を負いたくないあまり、頭部を激しく損傷したくだんの侍女を「シャルファである」と偽ってデルバータはじめ上層部に報告していたのだ。

 結果、スタントール人によって「死んだこと」にされたシャルファは無事にカスバへと逃げ果せ、母サルファと繋がりが深い「混血児」コミュニティの助力を得て解放戦線と接触し、今回の「ダニーク王家救出劇」を見事に演じて見せたのであった。


 そんな体たらくを晒した自身が総帥を務める武装組織に関して、デルバータは女王に対し不退転の決意をもって「王国防衛烈士団」の組織改革と強化を図ることを誓った。

 だが女王はその誓いを一蹴し、改めて名門貴族の男に問うた。

 

「……デルバータ……

 妾はそんな“当たり前”の釈明を聴くために貴様をここに呼んだのではない。

 わかっておるのか!?王家が“聖典”を持って逃げた恐れがあるのだぞ!?

 この意味を正しく理解しているのか?妾が問い質したいのはそこだ。」


 これにデルバータは恐る恐る面を上げて答えた。


「……はっ……無論、重々理解しております……

 既に国家憲兵隊と王国防諜局職員を動員して密かに王家の行方を捜索しており、発見次第直ちに射殺致します。

 奴等、茶色い原住亜人共に神の名が還る前に、何としてもダニ虫王家を駆除致します。」


 だがデルバータの報告に、女王の顔は晴れなかった。


「……手遅れになる前に見つかるとは思えんがな……

 ともかく最善を尽くせ。8000万もの“狂信者”がファーンデディアで暴れるなんぞ、妾は御免被りたい。3000万のセンチネルの未来がかかっておるぞ、決して抜かるな!」

「ははっ!!承知致しました、我らが女王陛下!!古き王国よ、偉大なれ!!」


 デルバータは見事な敬礼を女王に示し、書斎を後にした。

 この間、キリシアには一瞥とてくれなかった。

 しかし、デルバータに無視された「フェターナ・シノーデル王家」当主キリシアに、特段それを気にした様子は無い。


 ネクタス広域州が誇る名門貴族「デルバータ家」が「ネクタス・シノーデル王家」にのみ忠誠を誓っていることは、この超工業大国に住まう人間であれば誰もが知っている事だ。

 第2代国王カリーシアⅠ世女王没後、フェターナとネクタスの貴族たちは互いの「主」たる王家を連合王国の国王とすべく熾烈な権力闘争を繰り広げた。

 デルバータ家は常にその王位を賭けた「戦い」の最前線に立ち、「フェターナ・シノーデル王家」とその取り巻きであるフェターナ貴族相手に権謀術数を巡らせ、時には命さえ狙われた。

 「鋼鉄の時代」以降の立憲君主制確立後に国王が平時は実権を持たない「儀礼上の君主」となった後は、斯様な国王の座を巡る暗闘は鳴りを潜めたものの、以上のような歴史的経緯からデルバータ家の者が「フェターナ王家」の人間に頭を垂れることは無いのである。


 デルバータが退出し、ひと時の静寂が書斎に訪れる。

 ふとキリシアは先程まで女王が読んでいた本に視線を向けた。

 その視線に気付いた女王が「弟」に本を掲げて見せた。


「これか?今、巷で話題になっている小説だ。

 中々面白いぞ。我々の世界とは異なる世界で起こった“とある騒乱”の顛末が描かれておる。

 キリシアもちょっと読んでみるか?」


 そう言うと女王はキリシアに本を差し出した。

 王弟は女王から本を受け取り、出だしの数ページをめくった。


「……これは興味深いですね……我々の置かれた状況と小説の舞台が似通っているようにも感じます。」


 初見の感想を述べる黒髪に黒い瞳の美青年。

 これに姉が「問題」を出した。


「そうだろう?

 ではキリシア……我々はこの小説で言うところの“どの国”に当たると思うか?」


 キリシアは若干の躊躇いを感じつつも回答した。


「……“フランス”……ですか。」


 すると女王は表情を曇らせながらも、キリシアの「回答」に同調した。


「……妾もそう思う……だが、我がスタントールは決して“フランス”のようにはならんぞ。

 なぜなら、妾が“それ”を許さないからだ。

 ……原住民共に、独立なんぞくれてやるものか……」


 若き女王の黒い瞳に怒りの炎が灯る。

 キリシアが手にした本の題名にはこう記されていた。



 『アルジェリア独立戦争全史』と。



 外界の冷たい雨は、尚も書斎の窓を叩いていた。

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