49. 碧い瞳と黒い瞳
たわわに実った葡萄畑のあぜ道を、血のように紅い髪を揺らす少女が歩いている。
空はどこまでも澄み渡り、やや強い日差しは少女の背後に濃い影を大地に刻む。
ここは少女の「王国」……「古き偉大なる祖国」ノルトスタントール連合王国五大広域州の一つ、「祝福の大地」と呼ばれる肥沃な土地と膨大な地下資源を有したファーンデディア広域州は南部オーレン県最大の葡萄農園「リョーデック農園」。
彼女の名はレシア・リョーデック。
ここリョーデック農園の「王女様」だ。
「国王夫妻」である両親からは深い愛情を注がれ、「次期国王」たる4歳年上の兄ピエルとは幼少の頃から仲が良い。
レシアはこの葡萄畑を散策するのがなにより好きだった。
しかし、彼女は「広域州最大の都市」アディニアにある王国女子学園への進学が決まっており、明日にはここを発たなければならない。
しばしの別れとなる「故郷の風景」を目に焼き付けるべく、レシアは一歩一歩噛み締めるように歩を進めていた。
そんな葡萄畑では、大勢の褐色肌の「原住亜人」労働者が手入れ作業に追われていた。
この大好きな葡萄畑で、レシアが「唯一嫌いな存在」が「コイツ等」だ。
何の向上心も無く、教養も無く、「薄汚い」緋色の目に死んだ魚のような虚ろさを滲ませながら働く「亜人」共……ダニーク人。
レシアは常々こう思っていた。
何故、ダニーク人たちは私たちスタントール人に「感謝」しないのだろう?
今、自分たちが当たり前に生きているのは、大昔にスタントール王国の「偉大なる建国王」が悪逆非道な騎馬民族・イェルレイム人から救い出してあげたおかげなのに。
……なのに、ダニーク人はスタントール人に感謝しない。
スタントール人が与えた労働に苦痛しか感じていない様子で、むしろ仄かな敵意を向けてくる。
まるで自分たちは「虐げられた哀れな奴隷」である、とでも言いたいかのように。
レシアは父親から「ご先祖様」の話を聞いて育った。
父によれば、リョーデック家の先祖は元々スタントール王国「本国」二大広域州の一つであるネクタス州の生まれで、1500年前に「スタントール建国王」カズキ・シノーデルの「ファーンデディア・コンクエスト」に兵士の一人として参加。当時ファーンデディアを恐怖を持って支配していた残虐な騎馬民族・イェルレイム人との幾多の激戦を戦い抜き、見事ファーンデディア征服を成した建国王カズキから直々に「褒美」としてこの農園一帯の領地を下賜されたという。
すなわち、リョーデック家は誇り高き「真の尖兵」なのである。
以来1500年に渡り、リョーデック家はこの南部オーレン県に一大農園を構え、地元の名士として栄えてきた。
偉大なる祖国スタントールとシノーデル王家に不滅の忠誠を誓い、その強固な愛国心は代々子孫に受け継がれている。
斯様な「英才教育」を幼少期から受けて育ったレシアは、「スタントール人は全ての人類の頂点であり、亜獣人は人間より大きく劣った存在だ」とする「優生思想」をごく当たり前のことと認識していた。
スタントール人は無教養で「原始的」な亜獣人に文明という名の「理性」を与えてやった。
故に全ての亜獣人はスタントール人に深く感謝し、その指導に従わなければならない。
これがレシアのみならず大多数のスタントール人が持つ一種の「固定概念」である。
それは特にファーンデディアに住まう王国臣民……通称:センチネルには顕著に表れていた。
ましてやファーンデディア原住民のダニーク人は、スタントール人が騎馬民族の野蛮な支配から「救ってあげた」のだ。
感謝して当然な筈だ。
にもかかわらず、あの褐色の亜人共は「王女様」である自分に目を合わせようともしない。
「……茶色い虫共……」
仄暗い嫌悪感が紅髪の少女の心を満たし、ぽつりと口をついて出る。
その直後、レシアの背後から声がした。
「……“茶色い虫”って、誰のこと?」
幼い女の子の声だ。
レシアが後ろを振り返ると、葡萄収穫用のプラスチックボックスを抱えた5、6歳程のダニーク人の少女がいた。
レシアはこの少女のことを知らなかった。
大方、無数に存在するダニーク人農園労働者の子供の一人だろう。
突然、背後から自分より10歳近く年下の「原住亜人」のガキから「無礼な」質問を投げつけられ、レシアは途端に不機嫌になった。
「……なによ……あたしに気安く話し掛けないで。」
だがその少女は引かなかった。
「……ねぇ、“茶色い虫”って、誰のこと?教えて。」
「茶色い虫」の少女の緋色の瞳に、ほのかな怒りが浮かんでいる。
レシアに渦巻いた嫌悪感はより強い「憎悪」へと変わる。
「……少しは自分で考えなさいよ……ここで茶色の気持ち悪い虫って言ったら、アンタたち以外にいないじゃない。
そんなこともわからないの?」
紅髪の少女は紺碧の瞳を歪ませ、あからさまな憎悪をダニーク人の少女に叩き付ける。
これに褐色少女も「応戦」した。
「……なんで……なんでそんなこと言うの?
……私たちが何をしたの?」
少女は抱えていた収穫用ボックスを地面に置き、真っ直ぐレシアを見据えながら言った。
その声は怒りと困惑で震え、緋色の瞳にはハッキリと「敵意」が浮かんでいる。
直後、憎悪感情が頂点に達したレシアは少女を思い切り蹴り飛ばした。
「グッ!!」
「うるさい!!黙れ!ダニークのクソッタレ!!
薄汚い目で、あたしを見るな!!」
褐色少女の身体は地面を二度転がり、あぜ道の上で俯せの格好で倒れた。
レシアはさらなる追撃を加えるべく、地面に倒れる茶色い亜人の小娘へと近付いた。
すると褐色少女は立ち上がり、背中から「何か」を取り出した。
銀色のフレームを輝かせるイェルレイム共和国製小型自動拳銃だ。
「なっ!?」
驚愕するレシア。
褐色の小娘……サーラ・ベルカセムは全身から赤黒い殺意のオーラを放ちながら言った。
「死ね、レシア。」
発砲。
9mm弾がレシアの額に「絶対的なる死」を叩き付けようとした。
その時。
……
「起きろ。囚人番号1022番、レシア・リョーデック。
……釈放だ……」
非常に大柄で緑色の肌をした屈強な女性看守の声で目を醒ます。
目の前には独房の小汚いコンクリートの天井とぶら下がった裸電球がある。
そこに、家族の仇である憎き「ダニーク人テロリスト」の小娘の姿や迫りくる拳銃弾は無かった。
紅髪の若く逞しい身体をした白人女は、粗末なベッドから跳ね起き、鉄格子の外にいる「オークベルセルク」と呼ばれる「女オーク」の看守を睨み付ける。
「あんだって?あたしはクソッタレのオーク語がよく分からないんだ。
もう一度、“人間様”の言葉で言ってくれないか?」
優に3メートルを超す巨躯を誇るオーク女性看守の精悍な顔に、強い嫌悪の表情が浮かぶ。
看守は鉄格子扉を開けると、右腕一本で軽々とレシアの胸倉を掴み上げて独房から外に出し、無造作に廊下の端へと放り投げた。
レシアは強打した臀部をさすりながら立ち上がった。
「痛ってぇーな……ちょっとしたジョークだろ?全く……」
「……さっさと私たちの国から出て行け、忌々しいスタントールのクソ女。」
オーク女性看守は、殺意すら漂う口調でそう告げた。
これにレシアは壮絶な笑みを浮かべて答える。
「……あぁ、そうさせてもらうぜ。
次に来る時はロケットランチャーを100本くらい担いで来るからさ……首洗って待ってな、クソログニーのアバズレオーク。」
「ヘイトテロ実行犯」として「異国」ロングニルの刑務所に収監されていたレシアは、「祖国」の外交努力により、身柄拘束から約1年後の今日、他の「仲間」たちと共に釈放された。
ファーンデディア広域州最大の都市、アディニア。
人口約400万人を誇る巨大都市。
「祝福の大地」と呼ばれるファーンデディア最大の商業都市にして、州政府議事堂や州知事官邸を有した広域州の政治的中枢でもある。
そのアディニアの郊外には、ファーンデディア原住民ことダニーク人の「専用居住地区」として指定された広大な土地が存在する。
廃材やトタンで作られた粗雑な住居がひしめくように建ち並び、アディニア市はじめ州内各都市から排出された産業廃棄物の「非公式集積場」と化した衛生状態劣悪のその居住地のことを、人々は「カスバ」と呼び、特にスタントール人は決して近付こうとしない。
この赤茶けたファーンデディアの大地で「不要」とされたあらゆるヒト・モノが詰め込まれた「掃き溜め」が、カスバだ。
そんな広域州最大のスラム街に、褐色肌の美しい少女が姿を見せた。
緑色の軍服の上にコンバットハーネスを着込み、手には愛用の人民共和国製自動小銃のスリットが握られている。
中古のセダン車から降り立った彼女に続き、数名のダニーク人武装兵が姿を現す。
彼らはダニーク解放戦線。
ノルトスタントール連合王国からのファーンデディア独立を目指して戦う武装集団。
今、カスバに姿を見せた解放戦線戦闘員約一個分隊を率いる者こそ、褐色の少女戦士サーラ・ベルカセムである。
そんな彼らを、スラムの街角でたむろする薄汚いダニーク人浮浪者たちが胡乱な眼差しで見つめる。
「異様な」カスバの空気を肌で感じたサーラ側近の一際大柄な褐色肌の男性戦士が呟いた。
「……なんて臭いだ……それに辛気臭さが染み付いてやがる。」
大柄なダニーク人の男ヤシュクは、かつて「ダニーク人富裕層」に属していた。
約8000万人存在するダニーク人の中でもほんの一握りしかいない「市民権を得たダニーク人」だった。
愛する家族と故郷を「ダニーク人問題の最終的解決」と称する王国軍による民族虐殺で奪われ、解放戦線に身を投じている。
そんな彼にとってこのカスバは、「噂」にこそ聞いていたが実際に訪れたことの無い「魔境」であった。
「そうですね……それに、ここはなんだか異様な雰囲気を感じます。」
ヤシュクの呟きに応じたのは同じくサーラ側近の一人、褐色肌の美青年戦士ユーセフだ。
彼の生まれ故郷もここと似たような大都市の「原住民居住地区」だった。
しかしその故郷は、王国空軍の絨毯爆撃によって灰燼に帰し、もはや地上に存在していない。
だが「今は亡き」故郷のスラムとカスバのそれは、大きく異なった空気を纏っているように感じた。
「それはそうだろう。このカスバを支配しているのは“碧目”の連中だ。
俺たち“緋色目”のダニーク人とは違う……奴等には、スタトリアさえ近付かない。」
ユーセフの言葉に、元小役人の40代ダニーク人男性のバシルが答えた。
彼は初等教育すら満足に受けられない者が多いダニーク人の中にあって、高等教育を受ける機会を与えられた「ダニーク人中間層」に位置していた。
解放戦線の対外代表団の団長を任せられる程の高い教養があり、度々軍事作戦の前線参謀も担っている。
そんな彼が、スラム出身のユーセフが感じた「違和感の正体」を見事に言い当てた。
ユーセフは改めてバシルに確認する。
「“碧目”?……それって、もしかして……」
バシルは褐色肌の美青年に頷きを返して解説を始めた。
「そう、“忌み子”だ。
無理矢理スタトリアの男に犯されたダニーク人女性が涙と共に生み捨てた子供たち……“碧い瞳のダニーク人”がこのカスバの真の支配者だ。
だからスタトリアもカスバには基本的にノータッチだ。連中にとって、ダニークとの混血児なんて“存在していい”代物じゃないからな。」
この異世界において、スタントールのような「人間(白人)至上主義国家」では「亜獣人」との混血は「重罪」である。
故に公式には、スタントール人とダニーク人の混血は「存在しない」とされている。
この為、「碧い瞳のダニーク人」はスタントール王国内務省の人口統計に載らないことから正確な人数は不明であるが、一説には500~800万人程存在していると見られる。
無論、その人数は公称8000万人とされる「ファーンデディア原住亜人・ダニーク人」には含まれない。完全に「忘れ去られた」存在なのである。
一方のダニーク人にとっても、スタントール人との「混血」は歓迎されない。
特に、同胞の女性がスタントール人男性の子供を産むことに対しては「拒絶」と言っても良い程の抵抗感が根強い。
このようにスタントール・ダニーク双方から忌み嫌われる「白人男と褐色女の混血児」には、決まってある身体的特徴が現れる。
それこそ、「碧い瞳」だ。
通常、ダニーク人の瞳の色は緋色である。
ほのかに黄色味を帯びた鮮やかな赤色の瞳と輝くような褐色の肌こそ、「純血ダニークの証明書」であると言える。
しかし、スタントール人男とダニーク人女の混血児は、ほぼ100%「褐色の肌に紺碧の瞳」という特徴を持って生まれてくる。
支配者民族の男によってレイプされた褐色肌の女性は、その大半が「忌み子」を生むのを苦にして非業の自殺を遂げるが、自殺を躊躇った女性が「出産してしまった」我が子を「捨てる場所」こそ、このカスバなのである。
カスバは古くからファーンデディア各地からスタントール人の子供を身籠ってしまったダニーク人女性が赤子を捨てに来る「子捨て山」として機能し、1500年という長い歴史を経て「忌み子」による「公的には存在しないコミュニティー」が広大なスラム街の最深部に構築されていた。
「でもよ……なんでそんな碧目の連中が俺たち解放戦線に“救援要請”なんて寄越してきやがったんだ?
連中、俺たち純血ダニークのことも毛嫌いしてるんだろ?
サーラのオヤジさんが共闘を呼び掛けても無視した癖に、今更なんだってんだ?」
ヤシュクが最もな疑問を口にした。
今回、サーラはじめとする「解放戦線代表団」がカスバを訪れた理由がそれである。
カスバに暮らす解放戦線協力者を介して、この度「カスバの支配者」から解放戦線へ「救援要請」が送られて来たのである。
『至急、連絡を取りたい。最も手練れで信頼できる兵士とカスバでの面会を希望する。』
それがカスバの支配者……通称:捨て子の導手が解放戦線宛に発した「要請」の内容だ。
わざわざ「最も手練れで信頼できる兵士を~」と指定しているあたり、サーラとの面会を希望しているのは明白だった。
「指名された」褐色少女も、僅かに顔を曇らせる。
「……ヤシュクの言う通りだ。
セティアで解放戦線結成を宣言した後、同志ベルカセム書記長が幹部連中の反対を押し切ってまで何度も接触を試みたというのに、奴等はずっと黙ったままだった。
……それなのに、何故今になって……」
サーラは唇に手を当てて「相手」の意図を探るべく思考を巡らせる。
これにサーラ側近の一人である長い銀髪を靡かせる美しい褐色女性のアネットの脳裏に、一つの「懸念」が生まれた。
「……同志サーラ……もしかしたら、連中の罠なのでは?
“碧目”の中にはスタトリアに親近感を抱く者もいるって聞いたことがあります。
自分たちの家に誘き寄せて、スタトリア当局に突き出すつもりなんじゃ……」
アネットの発言に、ヤシュクやユーセフ、バシルも緋色の瞳をハッと見開いた。
有り得ない話では無い。
拒絶されコミュニティーに入れてくれない「同じ肌の色」をしたダニーク人より、端から存在を無視しているが絶大な権力を持った「同じ瞳の色」のスタントール人に歩み寄ろうとする「混血児」がいるのではないか?という疑惑を、解放戦線はじめとする大勢のダニーク人たちは常々抱いていた。
なんとかスタントール人に取り入ることで、「忘れられた存在」から「一ファーンデディア市民」になりたいと欲する者がいても不思議ではない。
ましてやサーラはスタントールにとって「最重要指名手配」の極悪テロリストだ。
それを捕らえたとあれば、相応の報酬が期待できるだろう。
サーラは配下の戦士たちに短く命じた。
「……いつでも発砲出来るようにしておけ。
奴等の態度次第では容赦なくカスバを焼く。気を抜くな。」
「了解、同志サーラ。」
直後、褐色肌の戦士たちは各々の「得物」を再点検する。
ヤシュクは強力な人民共和国製汎用機関銃のコッキングレバーを引き、ユーセフ、バシル、アネットの3人は解放戦線の基幹歩兵火器である人民共和国製自動小銃にマガジンを装填した。
サーラも、愛用している「労働者の国」からやって来た堅牢な自動小銃のセレクターレバーを「自動」に合わせて戦闘準備を整える。
剣呑な空気を感じ取ったスラム街の住民たちは、解放戦線の戦闘員らの視界から潮が引くようにサッと姿を消す。
だが、結論から言えば彼らの「懸念」は杞憂であった。
戦闘態勢を取りつつカスバ市内へ立ち入ったダニーク解放戦線「最精鋭」の一個分隊に、スラム街奥から一人の碧い瞳をした褐色肌の女性が近付いてきた。
武装は無し。
多くのスラム街の住民と同じくみすぼらしい服装をしているが、頭部をボロ布で覆っているので瞳以外の表情は窺い知れない。
胸部の膨らみと身体付きで女性と判断できる格好だ。
分隊の先頭を行くヤシュクが、油断なく腰だめに機関銃を構えて誰何する。
「止まれ。誰だ。」
ヤシュクの問いかけに、碧い瞳の女性は頭部を纏う布を取り払った。
思わず息を呑む程の妙齢の美女だった。
顎は細く引き締まり、顔面を構成するあらゆるパーツに可憐さと気品が漂っていた。
ボロを纏いながらも、その美しさは微塵も損なわれていない。
「……サーラ・ベルカセムさんとそのお仲間ですね。
お待ちしておりました……カスバへようこそ……
あなたたちに会わせたい方がいます。
どうぞ、こちらへ。」
碧目のダニーク美女は静かな物腰でそう告げると、解放戦線一行をスラム街奥地へと案内し出した。
するとサーラが前に進み出て、改めて女に素性を問い質す。
「待て。その前にお前は何者だ。」
美女は少女の不躾な問いに、微笑みを見せて答える。
「フフッ……こんにちは、サーラさん。
私はサルマ・アラファト。
ここカスバの迷える捨て子たちからは“導手”とも呼ばれております。
どうぞ、宜しくお願いします。」
穏やかな口調でそう言うと、サルマは深々と頭を下げた。
それが合図であったかのように、それまで物陰に隠れて解放戦線一行の様子を伺っていたスラム街の住民……とりわけ幼い子供たちが続々と姿を現した。
たちまち取り囲まれるサーラたち一行。特にサーラの周りには大勢の子供たちが群れを成した。
「サーラさんだ!ほんものだ!」
「すげー、テレビで見たまんまだ!」
「ねぇねぇ!あくしゅして!」
この予想外の「奇襲攻撃」に、サーラたちは困惑するばかりだ。
中でもサーラは戸惑いを隠しきれず、握手を求めた4歳程の幼女の手をぎこちなく握る。
碧い瞳をした少女は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!どうしサーラ!」
その幼気な少女の姿と、憎き白人種による核攻撃で奪われたオラン市の孤児院にいた少女の姿が重なる。
瞳の色こそ違えど、彼らも自分たちと同じ「同胞」なのでは?
むしろ、より悲惨な境遇にある彼らを「救済」してこそ真の「解放戦線」なのでは?
ふと、そんな考えが解放戦線最強の戦士の頭を過ぎる。
「混血」の子供たちの無邪気な姿を目の当たりにし、つい先程まで潜在意識に刷り込まれた「混血児への拒絶感」から、ありもしない「罠」を警戒して敵意すら発していた自分たちを恥ずかしいとさえ思うようになった。
しばし碧い瞳の子供たちによる「手荒い歓迎」を受けた後、その「母親」であるサルマが「我が子」たちを抑えた。
「みんなー。そろそろ彼らから離れてちょうだい。
これから私たちの新しいお客様を、“姫様”のところへ連れて行かなきゃならないの。」
「はーい、導師様!」
直後、子供たちは素直に「導手」の言に従い、サーラ一行の傍から離れていった。
改めて一行をスラム奥へと案内するサルマ。
サーラたちも大人しく彼女の後に続いた。
次第にスラムはその深みを増し、3~4階建ての違法建築物がひしめき合う様に細い路地に並んでいる。
トタンや廃材で建造された住宅の軒先では、女がタライで服を洗濯したり老人たちが地面に座り込んで安タバコを吹かしているが、サルマの姿を見るなり誰もが敬愛の眼差しを向けて頭を垂れる。
そこに、スタントール人や純血ダニーク人たちが想像していたような「掃き溜めのカオス」は無く、環境は劣悪ながらも一定の「秩序」が保たれていた。
「……アラファトさん。先程、あなたが言った“姫様”とは誰ですか?」
そんな道中、バシルが碧目の美女に尋ねる。
先頭を進むサルマは、純血ダニーク人男性に優し気な笑みを湛えた横顔を見せながら応じる。
「あなたなら彼女のお姿を見れば察しがつくと思います。
……もうすぐですよ。」
やがてサルマは老朽化が著しい鉄筋コンクリート造3階建ての雑居ビルへと入った。
そのビルは、200年以上前にカスバを支配下に置こうと考えた州警察が建設した「カスバ監視拠点」だったが、カスバに巣食う「混血児」の取り扱いを巡って州政府及び警察内部の意見が纏まらず、結局は有効活用されないまま放棄された代物だ。
今やバラックがひしめくスラム街の只中に取り残されている。
サーラたちも、サルマに促されるままスタント―ル治安当局が残していった「スラムで最も堅牢な」ビルへ入る。
3階の「隊長室」と大陸共通語で明記されたボロボロの表札が掲げられた木製扉をサルマが開ける。
そこに、一人の少女がいた。
年齢はサーラと同じ10代前半だが、背丈は彼女より頭一つ分低い。
首回りで切り揃えたショートボブの艶やかな黒髪に輝くような褐色肌を纏った華奢な身体。
清楚で大人しい雰囲気を醸し出す美少女だったが、「純血ダニーク人」では無かった。
その瞳の色が、さながら吸い込まれるような見事な「黒」だったからである。
少女はサーラたちの姿を見るなり、椅子から立ち上がって一礼した。
すると「元ダニーク富裕層」のヤシュクと「中間層」出身のバシルが、揃って驚愕の表情を浮かべた。
汎用機関銃を持つ大男が思わず呟いた。
「……こ、こいつは驚いた……この少女は、ダニーク王家の方か?」
バシルもヤシュクの驚きに続く。
「あぁ……これはとんでもないことになったぞ。
王家のお方が解放戦線と接触してくださるなんて……富裕層と中間層の連中が軒並みひっくり返るぞ。」
一方、貧困層出身のユーセフとアネットは「年上2人」の驚愕が理解出来ず、頭上に疑問符を浮かべていた。
ユーセフが信頼する上官であるヤシュクに質問する。
「あの……ヤシュクさん、“ダニーク王家”ってなんですか?」
するとヤシュクは、驚きの表情のままスラム出身の戦友に「歴史解説」を始めた。
「俺たちダニーク人の“王族”さ。
ここファーンデディアには、ずっと遠い昔に俺たちダニーク人の王国があったんだ。
でもその王国は、スタトリア連中が遠征に来る200年くらい前にイェルレイムのクソ共に侵略されて滅んじまった。
だが王家の人々は、奴等から“ダニーク人支配に利用できる”と思われて生き残った。
そしてスタトリア建国王のカズキがイェルレイム連中を叩き出してファーンデディアを征服した後に、当時のナシカ女王様が“第三王妃”として迎えられファーンデディア・シノーデル王室となり、今もダニーク人の象徴として続いてるんだ。」
ヤシュクは、自分たちの民族の歴史さえ満足に学ぶ機会を与えられなかったユーセフとアネットに、要点を押さえて簡潔に説明した。
すると2人の若いスラム出身のダニーク人男女も、自分たちダニーク人に王様がいたという新事実を知って大いに驚愕する。
「ええ!?僕たちに王様がいたんですか?」
「……初めて知りました……でも、同志ヤシュクと同志バシルは、どうして一目見て王族の人だと分かったんですか?」
銀髪美女のアネットの次なる疑問に、今度はバシルが回答した。
「瞳の色さ。スタトリアとの混血児が“碧い瞳”となるように、建国王カズキと婚姻したナシカ女王の子供は、皆“黒い瞳”を持って生まれて来た。
黒い瞳はシノーデル王家の、それも直系の者にしか現れない特徴だ。
あのスタトリアの“殺戮女王”も見事な黒髪に黒い瞳だろ?
同様に褐色の肌に黒い瞳をしたダニーク人は、それだけで王家の方だと分かるんだ。」
ダニーク王家に関する解説を行う「年上2人」の話を聞き入るダニーク人の若者2人。
そんな4人を尻目に、サーラは正面に立つ黒い瞳の少女を真っ直ぐ見つめていた。
ファーンデディア・シノーデル王家。
サーラはその存在をよく知っていた。
今は亡き愛する妹ナシカの名前の由来について、父が度々教えてくれた。
「褐色の宝石」とまで呼ばれた麗しきダニーク「最後」の女王。
そのあまりの美しさ故に、凶暴なイェルレイムの蛮族王サウルさえも手を出すのを躊躇った「世界史に輝く絶世の美女」。
その名前こそ、ナシカである。
男女問わず圧倒する程の美貌を持ちながら、それを鼻に掛けることは一切せず、自身は清貧を貫き同胞の救済に心血を注いだ「慈愛の女王様」。
ファーンデディアの新たなる支配者となったスタントール建国王カズキに自らの身体と心を差し出すことで、イェルレイム人によって奴隷の身分に貶められていたダニーク同胞の解放を実現。
その後、正式にカズキ王の第三王妃となり、ここファーンデディアにおけるスタントール王家の「分家」を成立させ、1500年が経った今も尚、富裕層や中間層を中心としたダニーク人たちから広く敬愛されている。
元は中間層の出身だった父ゲイル・ベルカセムは、両親が読み聞かせてくれた絵本や学校の授業で「慈愛のナシカ女王」の話を聞き育ち、やがて授かった次女の名前を、美しく慈しみある人物に育つようにとの願いを込めて「ナシカ」と命名したのであった。
ちなみに「サーラ」は、「蒸気時代」にスタントールへ反旗を翻した勇ましいダニーク女性戦士がその由来となっているが、詳細は後々語ることとし、ここでは割愛する。
「カスバの支配者」であるサルマが、微笑みと共に改めて「王家」の少女を解放戦線一行に紹介した。
「それでは改めて紹介するわね。
ファーンデディア・シノーデル王家の次期王位継承者、シャルファ・ザイヤーン・シノーデル王女様よ。」
サルマの紹介に続き、シャルファ王女は真剣な表情を浮かべてサーラとその側近たちを真っ直ぐ見つめつつ答えた。
「はじめまして、シャルファ・ザイヤーンです。
サーラさんと皆さんの“ご活躍”はよく存じ上げております。
……どうぞ、宜しくお願い致します。」
これにヤシュクとバシルは敬愛の念を表すように深々と頭を下げ、ユーセフとアネットもぎこちない一礼を返す。
しかし、サーラは少女の黒い瞳を見据えたまま微動だにしない。
そこには仄かな敵意すら漂っている。
「……シノーデルの血族が、ダニーク解放戦線に何の用だ?」
王家の者への無礼極まりない不躾な質問。
だがサルマとシャルファはこの反応をあらかじめ予想していたようだ。
ファーンデディア・シノーデル王家は何の実権も持っておらず、ネクタス、フェターナ両シノーデル王家のようにスタントール国王を輩出することは出来ない。
飽く迄、ダニーク民族の象徴であるが、それと同時にスタントールによるファーンデディア支配の正当性を裏付ける存在であるとも言える。
スタントールが毎年行う「ファーンデディア征服」を祝う各種イベントには必ず主賓として顔を出し、ダニークの同胞に「偉大なる工業大国」の支配を甘受するよう訴えてきた。
言うなれば、「スタント―ルのファーンデディア」を確固たる物にする為の「道具の一つ」として機能している。
サーラのような解放戦線「主戦強硬派」にとっては、いずれ倒すべき敵という認識でしかない。
これまで何百人ものスタントール人を殺してきた褐色少女が放つ刺すような視線と質問に、シャルファ王女は思わず泣き出しそうになるのをぐっと堪えて果敢にも「応戦」する。
「……サーラさんの仰りたいことはよく分かります。
今まで散々、スタントールの理不尽な支配を手助けして来た我々王家の人間が解放戦線に“助け”を求めるなんて、身勝手な振る舞いであることは百も承知しております。
ですが……ですが!……もうあなたたち以外に頼れる人はいないんです!!
……どうか、どうかこのカスバと私たちザイヤーン家を助けてください……」
王女の潤んだ黒い瞳から、耐え切れなかった涙が一粒零れ落ちる。
見かねたサルマが王女を椅子に座らせ、彼女の代わりに事情を説明する。
「……ごめんなさい。私から説明するわね……」
そう言うと、サルマは事の次第を全て詳らかにした。
「ロングニル・ワールド・トゥデイ本社ビル襲撃事件」でロングニル当局に身柄を拘束されていた「王国防衛烈士団」の面々が、核戦争の可能性さえちらつかせたスタントールの「脅迫外交」により先月釈放された後、「主犯格」である王国内務大臣兼烈士団総帥のハインツ・デルバータが帰国後「ダニーク人問題の最終的解決」を「第三段階」に進める準備を始めた。
その「第三段階」とは、ダニーク民族の「完全浄化」を目的とした第一歩である。
……※「ダニーク人虐殺」に関する世界観説明です。冗長な内容に注意!※……
新暦1925年に発令されたノルトスタントール連合王国第666号命令書、通称「ダニーク人問題の最終的解決」と呼ばれる王国政府の行動計画は、ダニーク解放戦線の殲滅を完遂する為、全四段階で構成されている。
第一段階は、原住民テロ組織であるところの「ダニーク解放戦線」構成員及びその支援者へのあらゆる法的権利の停止と生存権の否定であり、文字通り解放戦線の物理的殲滅を主目的とし、本命令書の大前提である。
第二段階では、解放戦線に物資や人員を提供する「恐れ」のある一定の自治権が認められた南部ファーンデディア一帯の「原住民自治町村落」に対する「解体処分」を実施し、その住民全てを「特別隔離収容所」へ送る。
既に暫定的停戦発効直前の時点で、スタントール政府は南部ファーンデディアを中心に1000以上存在する「ダニーク人自治町村落」の過半数以上を「解体」しており、およそ1000万人程のダニーク人を、カスバ以上に環境が劣悪な州内各地に設けられた「隔離地区」に収監した。
しかし、オラン市核攻撃後に国際的紛争調停機関である「独立国家調停機構」により南部ファーンデディア広域で大規模な「物理的飛行制限空域」の設定がなされて以降は、航空戦力の支援を受けられなくなったスタントール治安当局部隊を解放戦線防衛部隊が撃退するという事態が多発するようになり、第二段階は事実上頓挫した状態となっている。
そして「第三段階」である。
これは、第二段階では「解体処分対象外」とされた自治権が一切付与されていない「王国自治体管理下原住民町村落」も含めた「全てのダニーク人居住区」を対象とした「一斉掃討」と、名目的な存在でしかない「ダニーク王家」の「身分剥奪」を実施するという極めて強硬な措置だ。
事実上、ダニーク人全ての基本的人権を否定するものであり、ファーンデディアに存在する約8000万人の褐色肌の人々から「自由」を完全に奪うことを目的としている。
いわば「第三段階」とは、スタントール側が解放戦線を第二段階で封じ込めることに失敗したと認める代物であり、彼の国にとっては大きな屈辱でしかない。
それ故、講じられる措置も非常に強烈なものとなっているのである。
特にダニーク王家の「解体」は、長らく王家を民族の拠り所としていた「スタントールに従順なダニーク人」の反発を招くだけにもかかわらず、斯様な「原住亜人」の「僅かな名誉」さえ嫌悪する「工業大国」はお構いなしに強行する腹積もりでいた。
尚、最後の第四段階は言うまでも無く「絶滅の実行」である。
収容所にガス室を設けてダニーク人を組織的に「殺処分」し、ファーンデディアを完全に浄化する。
そうすれば、独立を求める原住亜人そのものがいなくなる為、「祝福の大地」は永遠にスタントールのものとなるのだ。
「第三段階」は、この戦慄の第四段階への布石であり前提条件となる。
それを実行するということは、超工業大国が辺境の原住民を歴史から抹殺することを決意した意思表明であるとも言える。
……世界観説明、終了……
「そして、このカスバの“区画整理”に関する内務省官報が発表されたのが3日前。
もう既に、カスバの隣にある共同地区には武装したスタントール人たちが大勢集結してるわ。
……暫定停戦中だから当分は安全だろうと思ってたんだけど、ここを“掃討”するのは軍や警察じゃないみたいなの……」
サルマの声が暗くなる。
今まで、混血児の存在を認めたくないスタントールのファーンデディア州政府はカスバの存続を黙認し続けていた。
それに加えてスタントール・ダニーク間の暫定的停戦が発効されており、軍・警察はダニーク人へ手出しできない状態である。
しかし「最終的解決」を任された王国内務大臣のデルバータは、弱腰な州政府の意向を無視し、停戦合意とは一切関係ない自前の私兵部隊を用いて、解放戦線との繋がりの有無を問わず目障りな「忌み子の里」を容赦なく地図から消し去ることを決めたのだ。
軍や警察ではない民間武装組織がダニーク人を「攻撃」しても、停戦合意違反とはならない。
これこそ、スタントールが停戦合意文書に「軍・警察による~」という言葉をわざわざ盛り込んだ真意である。
もっとも、サーラはじめダニーク解放戦線側はそんな「敵」の見え透いた意図を合意締結直後から見抜いていた。
故に、解放戦線側に戦いを躊躇う姿勢は一切無い。
デルバータの私兵……「王国防衛烈士団」を自称する「白人至上主義テロ組織」とは、既に停戦合意以後、何度となく戦火を交えている。
瞳の色こそ違えども「褐色肌の子供たち」が殺戮されるのを黙って見過ごす程、解放戦線はお人好しではない。
殲滅あるのみ。
サーラの緋色の瞳が、来るべき「スタントール白人のクソッタレ連中」との激戦を予期し、紅く燃え盛る。
「……アラファトさん、わかったわ。
スタトリアは私たちで“歓迎”してやる。でも、それにはあなた方“碧目”の皆の協力が不可欠よ。」
サーラは妙齢の「導手」にそう告げた。
これにサルマは頷きを返して答える。
「……ありがとう、サーラさん。
この地を……私たちを守ってくださるのなら、カスバはその“全て”を解放戦線に提供し、私たち“捨て子”も銃を手に取り共に戦うことをお誓いします。」
この瞬間、解放戦線の「勢力図」にカスバが加わった。
今まで「独立」に対して態度を保留し続けていた混血児たちは、ここに「闘争」への参戦を決意したのであった。
後の世に言う、「カスバの誓い」である。
解放戦線代表のサーラと「カスバの支配者」サルマは互いに固く握手を交わし、「交渉成立」を確認した。
そして「議題」は次の問題へと移る。
「それで、女王から存在を否定されたダニーク王家はどうして欲しいんだ?」
黒い瞳の少女は再び椅子から立ち上がり、サーラを真っ直ぐ見つめる。
サルマは少女の傍に近寄ると、その左肩に優しく手を乗せた。
「……既にダニーク王家の主だった方々は、北部のエル・アルメインにある宮殿で自宅軟禁状態に置かれてます。
彼女……シャルファ王女様だけが寸でのところで脱出することが出来たの。」
シャルファの瞳に涙が浮かぶ。
「その時」の辛い記憶が蘇ったようだ。
「……スタントール人は突然、宮殿を襲撃してきました。
……父マガン王は、私を宮殿の窓から脱出させる時、彼らに銃で撃たれました……
その後、父がどうなったのかさえ分かりません……情報は遮断されています。
どうか……どうかお願いです。
父と母、それに妹たちを救い出してください……」
シャルファは深々と頭を下げた。
ファーンデディア北部の古都にある宮殿に幽閉された王族一家の救出。
それがシャルファ王女の要請だった。
彼女の話を聞くなり、ヤシュクとバシルが強い怒りを露わにする。
「……ふざけやがって、スタトリアのクソ野郎共が……
俺たちの王様を殺そうってのか?……冗談にしてはタチが悪すぎるぜ……」
「あぁ、その通りだ、同志ヤシュク……こいつは冗談じゃ済まされない。
何千年も続いたダニーク王家を否定するなんて、俺たち“中間層”や“富裕層”出のダニーク人全員を敵に回すのと一緒だ。」
バシルはそう言った後、「上官」である褐色少女に自身の見解を申し述べた。
「……同志サーラ。王家の方を前にして言い方は悪いが、これは俺たち解放戦線“主戦派”にとっても大きなチャンスだ。
もし王家を救出できれば、和平派に靡いている中間層より上のダニーク人全員を、こっちの味方に引き込めるぞ。」
サーラは口元に手を当てて思考を巡らせた。
そして少しの間を置いた後、解放戦線最強の戦士は決断を下した。
「……わかった。あなたの家族を救い出してみせる。
その代わり、以後はスタントールと決別してダニーク民族独立の為に全面協力してもらう。
……もうシノーデルの名は名乗れないぞ、王女様。」
するとシャルファは真剣な表情をサーラに向けて答えた。
「……あの宮殿から逃げ延びた時に、シノーデルは捨てました。
これからは一ダニーク人民として、解放戦線の闘争に参加します!
私にも銃の撃ち方を教えて下さい!!同志サーラ!!」
シャルファはもう涙を流さなかった。
黒い瞳の奥に、父王を撃ったスタントール人への憎しみの炎が灯る。
サーラは、怒りと覚悟で全身を震わせるシャルファに手を差し出した。
「歓迎するわ、同志シャルファ。」
黒い瞳の少女が緋色の瞳の少女の手を固く握る。
ここに、ダニーク王家の解放戦線への合流が決定した。
「忌み子」と「王家」……ダニーク民族全ての生存を賭けた熾烈な戦いの幕が上がる。
※この後書きは次話に少しだけ関係しますが、読み飛ばしても問題ありません※
【新暦1928年7月12日付 スタトリアン産業日報テレビ(中道右派メディア)
通常報道番組(毎日夕方放送)「スタントールの出来事」より抜粋】
(前略)
・アナウンサー(スタントール人30代女性)
「……次のニュースです。
ファーンデディア広域州アディニア近郊のスラム街、通称カスバにおいて昨日11日、ダニーク解放戦線を自称するダニーク人武装勢力とセンチネル民兵隊による大規模な武力衝突が発生しました。
これにより民兵隊側に多数の犠牲者が出ている模様で、少なくとも120人が死亡、400人以上が重軽傷を負ったと見られており、現在、州政府が事態の確認を急いでいま……」
(突然、音声が途切れる)
(スタッフが慌ててアナウンサーの原稿を差し替える)
(アナウンサー、やや動揺しつつも“差し替えられた”ニュースを読み上げる)
・アナウンサー(30代女性)
「……失礼しました。先程のニュースは誤報とのことです……
……次のニュースです。
偉大なる我らがカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下……古き王国よ偉大なれ……は本日、ネクタス王国海軍中央基地にて建造中の新型航空母艦の進水式にご臨席されました。
この新型空母は、動力機関として原子炉を搭載した初の超大型航空母艦であり、通常動力型のこれまでの空母より多数の航空機を搭載可能な為、我が国との緊張を高めるロングニルへの有力な対抗戦力として期待されています。
女王陛下は式典で挨拶を述べられ、スタントールへ不当な国際的外交圧力を強めるロングニルを強く非難しました。」
(VTR再生)
(新型空母進水式にて、演台に立ち演説する女王の姿)
・カリーシア・シノーデルⅡ世女王
『此度の新型空母に、妾は大いに期待を寄せておる。
あのロングニルという忌まわしい亜獣人国家には、人種の偉大さと強大さを教えてやらねばならん。
この原子力空母こそ、その鉄槌として相応しかろう。
妾は……』
(後略)




