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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第七章  偽りの停戦
49/63

48. ヴェンデンゲンの戦い 後編

 突然天井は崩れ、爆風が道路に面した壁やガラス窓を粉砕する。

 反対側の壁一面に並んだ監視カメラの映像を映し出すテレビモニターの画面には破片が突き刺さり、無残に破壊された。

 部屋の中に居た40代の褐色肌をした男は、瓦礫を押し除け何とか身を起こす。

 突然の「破滅」から自分を庇ってくれた狼系亜人の警備員は既に死んでいた。

 狼が二足歩行しているような姿をした陽気な「ロングニル人」は、背中にコンクリート片の直撃を受けて内臓破裂で即死した。

 彼が身を挺して庇ってくれたお陰で、自身は腕や足に擦り傷を負った程度で済んだのだ。

 辺りの瓦礫の下からは、他の警備員たちが上げる悲痛な呻き声が聞こえる。

 辛くも軽傷で済んだ褐色男は、大きな狼の口から夥しい血を流しながら息絶える「戦友」の姿を見て呟いた。


「……すまない……」


 男の名はバシル・ムラヒディル。

 「祝福の大地」ファーンデディアの住む褐色肌の原住民、ダニーク人の男。

 彼がいるのは、故郷から遠く離れたこの異世界最大の経済大国ロングニル王国連合の首都ヴェンデンゲン。

 その金融街の一角に拠点を構える世界有数の国際的報道機関、ロングニル・ワールド・トゥデイ社の本社ビル最上階に「あった」中央警備管理室だ。

 今、その管理室は「敵」攻撃ヘリ部隊の奇襲攻撃を受け瓦礫の山と化していた。

 破壊をもたらしたヘリの一機が、ビルを掠める様に飛び去る。

 その漆黒の機体には、「敵対国」のとある名門貴族の紋章である「王家を守るフリントロックピストル」を意匠化した「敵対組織」のエンブレムがこれ見よがしに描かれていた。

 報道機関を狙った武力テロ攻撃を仕掛けた「敵」……ファーンデディアを支配する強大な超工業国家、ノルトスタントール連合王国の「熱狂的愛国者武装集団」王国防衛烈士団。

 彼ら「極右武装テロ組織」烈士団の目的は、ロングニル・ワールド・トゥデイが「垂れ流す」反スタントールプロパガンダ番組「スタント―ルという国」の放送阻止と、そんな番組にデカイ面して出演する「ダニーク人テロ組織メンバー」の抹殺。

 バシルはその「ダニーク人テロ組織」……故郷ファーンデディアのスタントールからの分離独立を目指して戦うダニーク解放戦線の主要構成員である。

 死体となって横たわる「ロングニル人」たちは、ダニーク人を殺す「ついでに」殺されたに過ぎない。

 巻き込んでしまった末に死亡したロングニルの亜獣人らに、バシルは呵責の念を感じざるを得ない。

 しかし、彼に感傷に浸る暇は無かった。

 敵のタンデムローター式大型輸送ヘリが奏でる威圧的なエンジン音とブレードの回転音が、直ぐそこまで迫っていた。

 大穴が空いた天井から上空を見上げると、後部ハッチを開いた輸送ヘリから2メートルを超す「大男」の影が幾つも降りて来る。

 強化外骨格パワードスケルトンを纏ったスタントール武装兵団の重装歩兵ジャガーノートだ。


「ま、まずい!!」


 バシルは強い焦燥と恐怖を覚えた。

 敵重装兵は極めて強力な12.7mm重機関銃や12連発リボルバードラムを備えたグレネードランチャーで武装しており、1体でも並の兵隊が束になっても敵わない強敵である。

 それが10体も姿を現した。

 

 もはやこれまでか。


 バシルは襲い来るであろう圧倒的な「死」を覚悟し、「無駄な抵抗」とはわかっていながらも、手にしたスタントール製新型ブルパップ式自動小銃を構えた。

 敵の重装歩兵ジャガーノートもバシルを発見し、重機関銃の銃口を向ける。

 その直後、バシルは背後から何者かに襟首を掴まれ、割れた窓ガラスからビルの「外」へと放り投げられた。


「なにっ!?」

「お前は逃げろ!!こいつらは俺様が相手してやる!!」


 屈強なオークの警備隊長が、褐色肌の異国人を「死地」から逃がしたのだ。

 地上40階の虚空に投げ出されたバシル。

 その視線の先で、彼を逃がしてくれた逞しいオークの身体が、複数の重装歩兵ジャガーノートによる重機関銃の攻撃で無残にも引き裂かれていた。

 地面に向かって真っ逆さまに落ちる褐色男を、駆け付けた巨大なドラゴンが背中で受け止めた。


「うおっ!!」


 鈍い衝撃がバシルの全身を襲う。

 褐色男を受け止めたドラゴンは、そのまま高層ビルの隙間を縫う様に飛ぶ。

 バシルは何とかドラゴンの背中を一列に走る骨板の一つにしがみ付いた。


「大丈夫か、茶色いの?」


 ドラゴンがバシルを気遣う。

 だがそこに、敵攻撃ヘリの30mm機関砲弾が襲い掛かる。

 それを身を捻って回避する古代龍エンシェントドラゴン

 バシルは振り落とされまいと骨板にしがみ付きながら、自身を助けてくれたドラゴンに礼を述べる。


「ド、ドラゴン?……まさか、ヴェンデンゲンの“守護龍”ゲルンガルムか?

 あなたが助けてくれたのか?……ありがとうございます……」

「礼を言うのは早いぞ、茶色き肌のヒトよ。

 お前さんの古里からやってきた白肌の連中が、サラマンダーの群れの如く襲って来よるからな。」


 バシルは後ろを確認する。

 スタントール王国製の大型対戦車攻撃ヘリ「長弓ロングボウ」およそ10機が、「大トカゲ」とその背中に乗る「ダニ虫」を殺さんと執拗に攻撃を加えてくる。

 苦虫を噛み潰したような顔をするバシル。


「クソッ!スタトリアのハエ共め!!」


 するとロングニル空軍元帥のゲルンガルムはバシルに「頼み事」をした。


「なぁ、茶色いの。お前さんに頼みがある。

 あんたの足元に、ワシの対空戦闘器具エアロコンバットギアに装着された武器ラックがある筈だ。

 そこに対空ミサイルが何本か積まれとる。それであの鬱陶しいヘリを叩き落してくれ。

 ワシは回避に専念するでな。振り落とされないよう、腰のベルトに連結フックを嵌めるのを忘れるなよ。」

「……了解した!任せてくれ!!」


 バシルは自身の弾帯ベルトとゲルンガルムの対空戦闘器具エアロコンバットギア備え付けの「搭乗者用連結フック」を繋ぎ、確実な転落防止措置を取った。

 これで両手がフリーになる。

 早速足元にあった武器ラックを開け、ロングニル製携帯型対空ミサイルランチャーを取り出した。

 ロングニル軍将兵たちから「毒針スティンガー」の愛称で呼ばれる、高い信頼性を誇る熱追尾式対空ミサイルである。

 バシルは揺れるドラゴンの背中に悪戦苦闘しながらも何とか体勢を維持し、ミサイル照準器を後ろから迫る敵攻撃ヘリに向けた。

 赤外線サーモが熱源を探る「ピッ、ピッ、ピッ」という探知音が数秒間鳴る。


 ロックオン。

 

 バシルはトリガーを引いた。


 発射。


 撃ちっ放し式の細長いミサイルが筒状の本体から放たれる。

 ミサイルは、今まさに30mmチェーンガンの砲撃をドラゴンに浴びせかけようとしていたスタントール武装テロ組織の大型攻撃ヘリコックピット部分を直撃した。

 大爆発が巻き起こり、ヘリは機体前部を大破された。

 パイロットとガンナーは即死。機体は紅蓮の炎に包まれ、ロングニル警察による付近一帯の通行止め措置で車と人の行き来が耐えた無人の大通りに落下した。


「お見事だ、茶色いの。筋が良いな。

 ありがとう。」


 ゲルンガルムが、首を少し後ろに傾けながらバシルの奮闘を讃える。

 これにバシルはニヤリと笑みを浮かべて「お返し」とばかりに答えた。


「お礼は早いですよ、ゲルンガルム殿。

 しつこい白肌連中の“サラマンダー”は、まだ何匹もいます。」

「ハッハッハッ!左様か!

 なら、引き続き頼んだぞい。」

「了解!元帥殿!!」


 僚機をやられて殺気立つ敵ヘリの銃撃を、紙一重で回避する古代龍エンシェントドラゴン

 30mm砲弾の雨が、終業時間を過ぎて無人となった高層ビジネスビルに叩き付けられる。

 激しい空中戦の中、何とか足を踏ん張りながらミサイルを再装填する褐色男。

 2人は見事な連携プレーを見せ始め、敵大型攻撃ヘリ部隊との本格的な「空の死闘」へ突入する。


……

 

 ヴェンデンゲン上空2万メートルの超高空を飛ぶ早期警戒管制機(AWACS)の機内。

 そこで戦況を逐一追っていたスタントール武装組織「作戦指揮官」の男が、攻撃ヘリ部隊「ウィーン」戦隊に向けて状況報告を要求する。


「こちらヴォルフシャンツェ。ウィーン各位に通達。

 トカゲを背後から追撃していたウィーン2-7がレーダーから消えた。何があった?報告しろ。」


 直ちに「ウィーン」戦隊指揮官が返答した。


『ヴォルフシャンツェ!こちらウィーン1-1!!

 クソッタレの大トカゲの背中に、いつの間にかダニ虫男が乗ってやがる!!

 奴が対空ミサイルを持ち出して、2-7を殺りやがった!!

 ……クソッ!野郎、またミサイルを撃ったぞ!回避!回避ーっ!!』


 ウィーン1-1からの通信が途絶する。

 直後、「作戦指揮官」の男……ダリル・マッコイ「元」王国陸軍准将が見つめる戦域レーダーから「1-1」の反応が消えた。


「……マジかよ。面倒なことになりやがった。」


 ダリルは思わずぼやいてしまう。

 当初の予定が大幅な狂いを見せてしまっているからだ。

 ステルス戦闘機部隊によって直ちにヴェンデンゲン一帯の制空権を確保し、攻撃ヘリ部隊の支援を受けた陸戦部隊が滞りなく任務を遂行する筈だった。

 ところが蓋を開けてみれば、こちらのステルス戦闘機部隊は、配備が殆ど進んでいない為に「脅威とはならない」と見做していたロングニル空軍の新型ステルス戦闘機、それもたったの5機を相手に制空権を巡る死闘を強いられ、攻撃ヘリ部隊は「空飛ぶ大トカゲ」と「抹殺目標の1人」であるダニーク人テロリストの「共闘」により部隊指揮官を失ってしまった。

 現代戦において、空を制する者が戦いを制するのだ。

 空を手に入れない限り、どれだけ強力な陸戦兵器を用意しようが絶対に勝利は得られない。

 にもかかわらず、既にダリルは手持ちの「空関連」の駒を出し切ってしまっていた。

 破天荒な「一時離職」扱いの陸軍准将は、「ジョーカー」とでも言うべき新たなカードを切るべきか否かの検討に入った。

 

 「ジョーカー」とは即ち、彼ら「王国防衛烈士団」の出撃拠点でもあるロングニル東側の隣国にして「スタント―ル友好国」、ラガール君主国領内に存在する「空軍基地」で待機中の「王国空軍ラガール駐留方面軍」である。


 ノルトスタントール連合王国空軍の数的主力である通常型デルタ翼戦闘機に加え、大型誘導爆弾を抱えた戦闘爆撃機に強力な対戦車ミサイルや対地ロケットを装備した対地攻撃機、さらには都市絨毯爆撃用の無誘導大型爆弾や原子爆弾を搭載した戦略爆撃機からなる非常に大規模な「航空艦隊」が、来たるべき「敵亜獣人国家」との「全面戦争」に備えて臨戦態勢で待機している。

 これを投入すれば、間違いなく今回の戦いに勝てる。

 だが最悪の場合、そのまま世界最大の経済規模を有する超大国ロングニルと「祖国」ノルトスタントールが全面戦争に突入する恐れがある。

 現時点では辛うじて局所的な「紛争」あるいは「テロ事件」で済んでいるが、こちらが追加で航空戦力を投入すれば戦火は「破滅的」な拡大を迎えるだろう。


 極めて高度な政治的判断が求められる。


 しばし思案した後、ダリルは「とある人物」との連絡を試みることにした。

 作戦指揮所の片隅に置かれた本国とのダイレクト通信専用の「蒸気時代アンティーク風」電話機に視線を向けると、意を決してそこへ近付き受話器を取ろうとした。

 その時。


 電話が鳴った。


 指揮所内の全ての者が、思わず電話の方を振り向く。

 その電話が鳴るということは、彼らが最も恐れ敬う人物による「直接命令」が下されることを意味していた。

 固唾を飲んで指揮所の一同が見守る中、ダリルは3コール目で受話器を取った。


「……じょ、女王陛下。」


 いつもは軽快な口調で話す「不真面目」な男の声が震える。

 電話の向こうの若い女の怒気を帯びた声が、電話機の拡声器を通して指揮所内に響く。


『何をやっておるか、マッコイ?……貴様らしくもない。

 ログニーのクソッタレ亜獣人共に、良い様に翻弄されておるではないか?あぁっ!?』

「……も、申し訳ございません、我らが女王陛下。

 弁明の余地もございません。」


 ダリルは素直に己が不明を詫びた。

 電話の相手は彼らスタントール人にとってこの異世界で「最も高貴な御方」、ノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世女王である。

 女王は素直に詫びを入れたダリルを取り合えず許し、その「考え」を言い当てた。


『ふん、随分と素直に詫びたものよ。

 まぁよい。貴様とレシアは気に入っておるから、今回の失態は不問に伏そう。

 ところで准将……貴様、よもや“わらわの”ラガール駐留空軍航空艦隊を使おうと思うてはおらんだろうな?』


 ダリルは背筋が凍る思いがした。

 女王は彼の考えを見事に言い当て、それを暗に否定したからだ。


「……使わせていただけないかな?……と、思ってました……」


 またしてもダリルは正直に答えた。

 すると意外なことに女王は笑い出した。


『……フッ、ハハハハッ!相変わらず正直な男よ!!

 だがダメだ。流石にソレをやったら“あの”エルンストであってもキレる。

 そこでだ……南部ファーンデディアの空で見つけた面白い“オモチャ”を、特別大サービスで貸してやる。

 10分程前、赤道植民地のロケット基地から発射された大陸間弾道弾に、その“オモチャ”が積み込まれておる。

 もうまもなくヴェンデンゲン上空に“散布”される筈だ。

 有効活用して見せよ、マッコイ!』


 女王のこのセリフについて、いくつか解説が必要だろう。

 まず「エルンスト」とは、ロングニル王国連合の現国家元首であるエルンスト・フリーデライツⅣ世国王のことである。世界平和と諸民族の融和を貴ぶ平和主義者として名高い。

 その温和なロングニル王でさえ、「航空艦隊」の投入はスタントールとの全面戦争を決断させるに足る十分すぎる「無礼」に当たるとカリーシア女王は考えた。


 そこで女王は「代案」を出したのだ。


 現在、ダニーク解放戦線の主要支配地域となっている南部ファーンデディア・オーレン県を中心とする「祝福の大地」南部地域一帯には、国際的紛争調停機関「独立国家調停機構」により「強制的飛行制限空域」が設定されている。

 カリーシア女王による、ダニーク解放戦線主要拠点都市にしてオーレン県県庁所在地のオラン市核攻撃に対する国際的な非難が具体化した代物である。

 自国領空を「不当に」占拠されるに等しいこの国際合意に、当然スタントールは烈火の如き怒りを表し、何度となく「飛行制限」を無視して軍用機を侵入させようとした。

 しかし、制限空域に入った機体はすぐさま謎の「操縦不能」に陥り、強制的に付近の畑や幹線道路に「胴体着陸」させられてしまった。

 ……これには、極北の不気味な半鎖国国家にして他国より数世代進んだ超先進的科学技術を誇る「調停機構オブザーバー国」ベルベキア連邦が間違いなく関与している……

 そう考えたスタントールは、世界に名立たる工業大国としての威信を賭け、飛行制限空域に仕掛けられた「呪い」の正体を暴こうとした。

 そして先月、遂にその「正体」を突き止めたのである。


 それは超小型の機械……通称:ナノマシンであった。


 電機的システムを有しない熱気球を用いて収集された制限空域の大気サンプルから発見された「ソレ」に、スタントールの科学者たちは大きな驚きを隠せなかった。

 このウィルスサイズの極小機械が制限空域一帯の空を漂い、「活動領域」に飛来した「敵性航空機」の機器内部に侵入。

 機体のあらゆる制御システムを乗っ取り、あらかじめ設定されたプログラムに沿って機体を強制的に動かしてしまうのだ。

 徹底した解析の結果、スタントールの科学者たちはこの「ハイジャックナノマシン」の模倣コピーに成功。つい先日、試作品の製造が行われたばかりである。


 その「出来立てホヤホヤ」のナノマシンを、女王は文字通り「大サービス」でダリルに貸そうと言うわけだ。

 ダリルの顔が勝利を確信して綻ぶ。


「あ、有難き幸せにございます!女王陛下!!」

『よろしい。戦果を期待しておるぞ。

 必ずやあの茶色い小娘とその取り巻きの首を持って帰れ。』


 女王はダリルにそう告げると通話を終えた。

 その直後、まるでタイミングを合わせたかのように早期警戒管制機(AWACS)の戦域レーダーに、新たな「未確認飛翔体」の作戦空域侵入を示す白色の光点が複数出現した。

 出現から数瞬と間を置かずに「祖国」から最新のデータが衛星を介して届けられると、「UNKNOWN」と記されていた光点は「味方」を示す緑色となり、「ICBM-NANO」という表記に変わった。

 光点「NANO」は、極めて高速でヴェンデンゲン中心部と北部にあるロングニル空軍基地へと突っ込んでいく。

 着弾まで残り数十秒。


「……さーて、亜獣人ちゃんの飛行機は“オネンネ”の時間だぜ?

 あとは、ゆっくりとサーラちゃんをぶち殺すだけだな。」


 ダリルはニヤリと笑みを浮かべると、「最優先抹殺目標」である「ダニーク人の小娘」を始末する具体的な段取りを考え始めた。

 「解放戦線最強の戦士」にして「スタント―ル臣民最大の敵」、ダニーク人の褐色少女サーラ・ベルカセムに、恐るべき王国軍ベテラン野戦指揮官の策謀が襲い掛かろうとしていた。


……


 ハヤト・ワールドセンタービルの1階から5階にかけてのフロアは建物中央部が吹き抜け構造となっており、様々な小売店やレストラン、オフィスが四角く縁取られた吹き抜け空間を囲むように並んでいる。

 いつもは大勢の買い物客やサラリーマンで賑わうその空間は、今、激しい銃撃音が木霊する戦場と化していた。

 その苛烈なる戦闘の中心人物である褐色肌の美しい少女は、敵の死体から分捕った最新型ブルパップ式自動小銃を構えると、銃本体上部のキャリングハンドルに取り付けられたレッドドットサイトを燃え盛る緋色の瞳で覗き込んだ。

 赤い点が敵武装兵のアサルトマスクと重なる。


 発砲。


 トリガーを一瞬だけ引く単発射撃。

 銃口から飛び出した5.56mm弾は、硝煙渦巻くセンタービルの空気を切り裂いて狙い違わずスタントール人武装兵の顔面に飛び込んだ。

 アサルトマスクの赤いゴーグルを貫き、紺碧の右眼にめり込む。

 銃弾はそのまま圧倒的運動エネルギーを保ったまま白人男の眼球と脳漿を滅茶苦茶に破壊した。

 テロで愛する妻を奪った憎き「ダニーク人テロリスト」が放つ弾丸が直撃した武装兵の男は、その場で糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 褐色少女は今しがた射殺した敵に何の感情も抱くこと無く、すぐさま次なる敵に照準を合わせた。

 少女の名はサーラ・ベルカセム。

 スタントール王都フェリスで同時多発テロを引き起こした「超重犯罪人」にして、世界中の白人種によって「抑圧されし原住民」たちのアイドル的存在。

 彼女は今まさに、「革命のアイドル」として最高の「演舞」を世界に向けて披露していた。

 スタントールを糾弾する番組に出演していた彼女を抹殺せんと襲い掛かった「白人至上主義者」の武装テロ集団相手に、少女は一歩も引かずに正面から戦いを挑んでいる。

 その模様は、番組を台無しにされただけでなく大勢の自社職員も巻き添えにされた国際的報道機関、ロングニル・ワールド・トゥデイによって全世界同時生中継で送り届けられていた。

 建物メイン階段の踊り場に面した壁に身を隠し、3階吹き抜け部分の対岸に陣取る敵兵と銃撃戦を繰り広げるサーラ。

 彼女の背後にある階段から、2名の敵兵が下の階から駆け登って来る。

 背後から奇襲攻撃を仕掛ける腹積もりだ。

 スタントール人武装兵らは、手にした自動小銃の銃口を無防備なサーラの背中に向ける。


「!!」


 背後から迫る敵の気配に気付いたサーラは急いで振り返るが、間に合わない。

 敵の指が引き金を引こうとした、その時。


「くらえ(TAKE THIS)!!」


 ウサギ系亜人の美人女性記者が鋭い飛び蹴りをスタントール武装兵に喰らわせた。


「ぎゃっ!!」


 たまらず階下の踊り場まで吹っ飛ぶ武装兵。転倒の衝撃でそのまま意識を失った。

 ウサギ記者、ロッピ・ヴァーニッタは器用にも階段のステップへの見事な着地を披露すると、傍らに立つ残った敵武装兵1人の首目掛けて強烈なカラテチョップを見舞った。


「イヤーーッ!」

「うぐわっ!!」

 

 ロッピのチョップは白人テロリストの首の骨を叩き折った。即死。

 絶命した武装兵の身体もまた、階下の踊り場へと転げ落ちていった。

 褐色少女とウサギ美女がスタントール人を圧倒する様を、猫系亜人の女性カメラマンが頭部にセットしたヘッドセットカメラで撮影し、映像はそのまま全世界へ向けて生中継で流される。

 そんな硝煙渦巻くワールドセンタービルの建物内に、ロングニル・ワールド・トゥデイ最高経営責任者にして看板アナウンサーであるハイエルフ女性ディートリールによる館内放送が響く。


『館内の全てのロングニル人及びダニーク人に警報。ビル屋上より、スタントール重装歩兵多数が侵入。

 繰り返す、ビル屋上から敵重装兵多数侵入。

 建物内の全ての非戦闘員は、直ちに地下駐車場へ退避せよ。

 エレベーターは屋上機械室崩壊により使用不能。避難階段から秩序を保って退避せよ。

 繰り返す、ビル屋上から敵重装兵多数侵入。

 建物内の全ての非戦闘員は、直ちに地下駐車場へ退避せよ……』


 凛としたディートリールの声に、僅かの動揺や焦燥も無い。

 その放送を聞き、サーラは顔を歪ませる。

 厄介な敵が屋上から大挙して侵入してきたことを知り、形勢が不利になったことを理解した。

 そしてこの知らせは、当然敵にも伝わったことだろう。

 それを裏付けるかのように、敵から奪った小型無線機に「連絡」が入った。


『おい、サーラ・ベルカセム!!

 聞いてるか!?テメーはもう終わりだ!!

 あたしが殺してやるから、さっさと1階まで降りてこい!!』


 若い女の怒声。その声の主を、サーラは嫌という程よく知っていた。

 血のように紅い髪をした王国軍女性兵士、レシア・リョーデック。

 大戦では無数の共和国軍戦車を肉弾戦で撃破し、その後のダニーク人虐殺にも積極的に関与した「女王陛下のお気に入り」にして憎むべき支配者民族の若い女。

 サーラは肩に取り付けた無線機を掴み取り、レシアへ「返答」した。


「今すぐ行く。今日こそ殺してやる、レシア!!」


 そう答えるなり、サーラは飛び出した。

 銃弾の雨が降り注ぐ中、吹き抜け部分に設けられたエスカレーターを飛ぶように駆け下りる。

 走りながら周囲の敵兵に向けて応射。数名を射殺する。

 そんなサーラを援護するべく、各階で身を潜めていたロングニル人の警備員たちも手にした自動拳銃や短機関銃でスタントール人へ銃撃を加える。

 サーラは3階から2階へ辿り着くと、そこから吹き抜け部分へと跳躍した。

 見事な着地。

 すぐさま襲い来る敵弾を転がって回避。

 1階部分に置かれた公共ベンチに身を隠し、素早くリロードする。

 直後、銃声さえ掻き消すレシアの雄叫びが響く。


「サァーラァーーッ!!」

 

 これにサーラも雄叫びを持って返す。


「レシアーーッ!!」


 レシアが分隊支援機関銃を手にエントランス側から突進してくる。

 サーラもベンチから飛び出し、ブルパップ式自動小銃の照準器を睨みながら走った。

 レシアの機関銃照星とサーラのレッドドットサイトが互いの姿を捉える。


 フルオート射撃。


 双方の5.56mm弾が「ハヤト・ワールドセンタービル」1階の硝煙に煙る空気を切り裂き、高速で激突。

 無数の「かち合い弾」が形成される。

 命中弾無し。

 射撃の腕はほぼ互角。

 サーラとレシアは「憎き敵」へ向かって真っ直ぐ突撃し、撃ち合いながら一気に距離を詰める。

 褐色少女は残弾0となった自動小銃を捨てて背中のホルスターに仕舞った愛用の小型拳銃を抜き、紅髪女も分隊支援機関銃を放り投げて腰のホルスターから軍用自動拳銃を抜いた。


 連続発砲。


 サーラの9mm弾はレシアの血色の髪数本を切り裂き、レシアの.45口径弾はサーラの身体を掠めただけだ。

 2人の女の脳内で大量分泌されるアドレナリンが、互いの動体視力を極限まで高め、ほぼ反射的に身体を捩って敵弾を回避する。

 間合いは拳銃の戦闘距離から肉弾戦の距離に縮まる。

 憎き敵の瞳に、自分の姿がハッキリと映った。


「うおおぉぉーーっ!!」

「がああぁぁーーっ!!」


 褐色肌と白肌の女戦士は、ほぼ同時に拳銃を仕舞ってコンバットナイフを取り出した。

 

 ガキンッ!刃から火花が散る。


 刃が激突する甲高い音が辺りに木霊する。

 2人の女は、古代のコロッセオに登場する剣闘士グラディエーターが如く激しい肉弾戦に突入した。


「うりゃあっ!!」


 レシアが敵の首元目掛けてナイフを一閃すれば、これをサーラは刃でいなし、逆に相手のがら空きとなった腹部へ刺突を試みる。

 だがレシアはこれを紙一重で回避。「ダニ虫娘」の緋色の瞳を潰そうとナイフを振るった。

 サーラもこの攻撃を寸でのところで躱す。少女の艶やかな黒い前髪が数本切断される。

 互いに一歩も譲らない。

 壮絶な憎悪と殺意の激突。

 2人の女剣士が振るうコンバットナイフの鍔迫り合いの音が、周囲を包む。

 そこへ、サーラが身に付けている「味方との通信専用」小型無線機に連絡が入った。


『同志サーラ、遅れて申し訳ございません!!

 解放戦線代表団護衛戦隊、地下連絡通路よりワールドセンタービルに到着!!

 これよりスタトリアとの戦闘に突入します!!』


 若いダニーク人女性の声だった。

 通信から数瞬後、サーラにとって「聞き慣れた」自動小銃の銃声が聞こえて来た。

 絶大な信頼性を誇る「自由を求める労働者たち」の相棒。

 アーガン人民共和国製自動小銃が奏でる「祝福の銃声」だ。

 ビルの地下駐車場へと続く建物メイン階段から、複数の褐色肌の戦闘員が姿を現した。

 ダニーク解放戦線代表団の「護衛戦隊」である。

 新たな「敵テロ部隊」の出現に、レシアに一瞬の動揺が生まれる。


「なにっ!?」


 その隙を、サーラは見逃さなかった。


「はぁっ!!」


 レシアの脇腹にナイフを突き立てた。白人女の肉を切り裂く手応えを感じた。


「ぐっ!!クソッタレ!!」


 レシアもすぐさま反撃の一閃を見舞う。

 サーラの左頬を切っ先が掠め、僅かに鮮血が舞う。

 しかし褐色少女はその痛みを一顧だにせず、強烈な回し蹴りを敵紅髪女の腹部に喰らわせた。


「ぐおぉっ!!」


 レシアは建物メインエレベーターまで吹っ飛ばされ、半壊した自動ドアを突き破って籠の壁に激突した。


「ク、クソがあぁっ!!」


 怒りの咆哮と共に、何とか身を起こすレシア。

 サーラは再度自動拳銃を抜き、憎き敵女兵士にトドメを刺そうと銃口を向けた。

 しかし、レシアが指揮していたスタントール武装兵部隊「ハンブルク」戦闘兵団の生き残りが、サーラが指揮官を殺害しようとするのを阻止すべく銃撃を加えて来た。


「姐さんを守れ!!ベルカセムを殺せ!!」


 ブルパップ式自動小銃のフルオート射撃。

 サーラはこれを素早く回避して近くの柱に身を隠す。

 エレベーターの籠の中で、レシアが脇腹に突き刺さったナイフを引き抜き苦痛に顔を歪めている。

 サーラは腰の弾帯ベルトに取り付けていた手榴弾を取り出し、歯で安全ピンを引き抜き発火レバーを指で弾き飛ばした。


「死ね、レシア。」


 投擲。


 狙い違わず手榴弾はレシアの足元に転がった。

 紅髪女の紺碧の瞳が激烈な憎悪で見開かれる。


「サァーラァーーッ!!!」


 爆発。


 爆炎が巻き起こり、エレベーターの籠が地下へと落下した激突音が木霊する。

 煙が晴れると、そこにレシアの姿は無かった。

 「ハンブルク」戦闘兵団の残党に、強い動揺が広がる。


「あ、姐さん!!……クソッ!

 こちらハンブルク1-9!ヴォルフシャンツェ!!

 ハンブルク1-5がやられた!!繰り返す、ハンブルク1-5が」


 発砲。


 サーラは、狼狽えながらダリルへ戦況報告を行う敵武装兵の男を愛用の自動拳銃で射殺した。

 それが「崩壊」の合図となった。

 褐色肌の武装集団がサーラの周囲に展開し、ロングニル人警備員らと共に敵の「掃討」を開始した。

 瞬く間に撃ち倒される「ハンブルク」戦闘兵団。

 付近の制圧が粗方終わると、サーラの傍に銀色の長髪を靡かせる美しい褐色女が現れた。

 見事な敬礼を「指揮官」に見せる。


「同志サーラ!!遅くなりました!

 解放戦線代表団護衛戦隊指揮官代理、アネット・ナセル!現地到着!

 護衛戦隊指揮権を、同志サーラにお返しします!」


 ニコリと笑みを浮かべ、現着及び指揮権返上をサーラに報告した。

 サーラも敬礼を返し、早速命令を飛ばした。


「同志アネット。ご苦労様。

 でもこれで終わりじゃないわ。外にはスタトリアの巨人兵団、屋上からは重装歩兵ジャガーノート一個分隊が迫ってる。

 部隊を大急ぎで再編成する。同志は戦隊主力を率いて屋上から来るスタトリア重装兵を相手にしろ。

 無理するな。放送局職員の避難援護を最優先とせよ。

 私は対戦車兵一個分隊を率い、外でロングニル人相手に暴れているデルバータを始末する!」

「了解!同志サーラ!!」


 駆け出そうとしたアネットだが、「重要な事」を思い出して踏みとどまり、サーラに「銃」を手渡す。


「……同志サーラ。あなたの“相棒”も持ってきました。

 ……デルバータが操る鋼鉄の巨人は強大です。どうかお気を付けて……」

「ありがとう、同志アネット。」


 サーラはアネットから渡された自動小銃を簡単に点検する。

 やはりこの銃こそ、最高の武器だ。

 武骨で堅牢。命中精度こそスタントールの新型小銃に劣るが、強力な7.62mm弾は敵の防弾チョッキや軽装甲板を容易に貫く。

 これなら、鋼鉄の巨人……巨大強化外骨格パワーアーマーを駆るデルバータであっても倒せるだろう。



 否、必ず倒す!!

 


「デルバータとその取り巻きのガーゴイル共を叩き潰すぞ!!

 私に続け、ダニークの戦士たちよ!!」

「オオォォーーッ!!」


 褐色少女の雄々しき宣言に、彼女に付き従うこととなった護衛戦隊対戦車猟兵分隊の男女10数名が咆哮をもって答える。

 憎き敵武装兵団総帥の抹殺を決意したサーラは、同様に覚悟を決めた頼もしい同胞戦士を率いて「ハヤト・ワールドセンタービル」を飛び出した。


……


 ワールドセンタービルの前は、死屍累々の地獄絵図と化していた。

 低空飛行で侵入したスタントール製大型軍用輸送機より降下した鋼鉄の巨人は、主兵装の30mmガトリング砲で付近一帯に展開していたロングニル警察部隊主力を一瞬で粉砕した。

 その直後、3機の大型ヘリが飛来し、30体を超える重装歩兵ジャガーノートが鋼鉄の巨人の周囲に展開。巨人と共に「残党」の掃討戦を開始した。

 パトカーは紙細工のように引き裂かれ、機動隊の装甲車も穴だらけの残骸となっている。

 大勢の「ロングニル人」警官が、無残な遺体となって辺りに転がる。

 頭部を吹き飛ばされたエルフや胴体に大穴を開けられ絶命するドワーフの警官。

 その屍を踏み拉き、スタントール人の巨人兵団が異国の首都を我が物顔で闊歩する。

 下半身を吹き飛ばされながらも、何とか這って「死地」から逃れようとするゴブリン警官の頭部を、スタントール人重装兵の巨大な足が踏み潰す。

 僅かなロングニル警察の生き残りは、付近の商業ビル等に身を隠し、圧倒的戦闘力を誇る「敵」白人至上主義者重装兵団の猛威をやり過ごすので精一杯だった。


「……なぁ、ヴァーティン。せっかくヴォーレンクラッツェから首都へ栄転になったってのに、俺たちツイてねぇな……」


 ハヤト・ワールドセンタービルの大通り向かい側に建つ商業ビル1階美容室。

 そこのレジカウンターに身を隠すダークエルフの警官が、隣にいる相棒のエルフ警官にぼやく。

 彼が手にしているのは警察用セミオートショットガン。強力なスラッグ弾が装填されているが、スタントール重装歩兵ジャガーノートの装甲板に掠り傷程度の損傷しか与えられなかった。

 短機関銃を手にした相棒のエルフ男性警官は、同僚の黒いエルフの意見に賛同した。


「あぁ……グラット、全くその通りだ。

 しかもヴォーレンの時と同じく、またスタントール人に殺されそうになってるとはな……

 こんなことなら、本庁の“撤退命令”を大人しく聞いておけばよかったぜ……」


 2人の白と黒のエルフ警官は、以前ロングニルの港街ヴォーレンクラッツェで勤務していた。

 そこで大戦和平会談が開かれた際、彼らも会場警備の任に就いていたが、あろうことかその和平会談の会場をスタントール正規軍が総攻撃したのである。

 もはや成す術無しと思っていたところ、大戦におけるロングニルの交戦相手だったアーガン人民共和国の特殊部隊が救援に現われ、彼らと「共同戦線」を張ることになった。

 2人はヴォーレンクラッツェの地理に暗いアーガン軍兵士たちを巧みに誘導し、スタントール軍撃退に貢献。

 その時の功績が認められ、2人は揃って栄えある首都ヴェンデンゲン警視庁勤務となれたのだが、その矢先に「この様」である。

 先程から無線で本庁へ「軍」の出動を要請しているが、一部の「平和主義系」国会議員たちが「軍の投入はスタントールとの全面核戦争に発展する恐れがある」として強く反対しているらしく、その重い腰を上げられずにいた。

 その為、本庁はあろうことか現場の警官たちに対し、「その場を放棄して逃げろ」と命じて来たのである。

 もはや「お手上げ状態」という訳だ。

 重大な危険に晒されているロングニル・ワールド・トゥデイ職員ら民間人の救護という警官としての職務を放棄して逃げろ、と言うに等しい本庁の命令に、当然現場の警官は反発。

 生き残ったロングニル警官全員が、本庁の「撤退命令」を無視してその場に残ることを選択したが、圧倒的なスタントール人武装集団の攻撃力を前にいたずらに死者を増やすだけだった。

 そして今まさに、強力な対人榴散弾が装填されたオートマチックショットガンを持つ重装歩兵ジャガーノート一体が、白エルフのヴァーティンと黒エルフのグラッドが身を隠す美容室に向かって来ている。


 もはやこれまでか。


 2人のエルフは覚悟を決めた。

 せめて今こっちに接近してくる敵兵を道連れにしてやる。

 そう腹を括り、互いに頷き合うとレジカウンターから銃を構えて身を乗り出そうとした。

 まさにその時。

 

 突如、2人に迫り来る重装兵の背中に対戦車ロケット弾が突き刺さった。

 間を置かず大爆発。


 主力戦車さえ吹き飛ばす圧倒的な破壊力を前に、強化外骨格の鎧を纏ったスタントール人は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 爆炎とパワードスケルトンの破片、スタントール人の血肉が2人に降りかかる。

 唖然とするロングニル警官の2人。


「な……なにが起こった?」


 状況が呑み込めないヴァーティンは、混乱の呟きを発する。

 隣にいる相方のグラッドは驚愕の表情で指を差した。


「み、見ろ、ヴァーティン!向かいのワールドセンタービルからダニーク人たちが出て来た!!

 連中、ロケットランチャーを持ってやがる!彼らが殺ったんだ!!」


 ダークエルフが指差す先に、向かい側の「ハヤト・ワールドセンタービル」エントランスから飛び出し、人民共和国製対戦車ロケットランチャーを再装填する褐色肌の戦闘集団の姿があった。

 スタントール重装兵団に動揺が広がる。

 付近一帯でロングニル警察部隊掃討戦を行っていた彼らは、「新たなる敵」が出現したワールドセンタービルエントランスを向き直り、手にする重火器の銃口をそちらへと向けようとする。

 しかし、褐色肌の戦士たちの方が早かった。

 迅速に再装填を終えると、彼らは再びランチャーを構えた。 


 発射。


 10本の対戦車ロケットが白煙を引きながら大通りを扇状に駆け抜ける。

 直後、爆発。

 スタントール重装歩兵ジャガーノートがさらに数体「無力化」された。

 ヴェンデンゲン金融街目抜き通りに、東からやって来た「白人至上主義者」武装テロリストの肉片が爆炎と共に撒き散らされる。


「いいぞ!ぶっ飛ばせ!」


 ダークエルフ警官のグラッドが喝采を上げる。

 一方、白エルフ警官のヴァーティンは、「今が好機」とばかりに小型無線機で「味方残存部隊」へ反撃を促した。


「こちらヴェンデンゲン東署27!ダニーク人たちの援軍だ!

 彼らを援護しろ!!ぶっ放せ!!」


 ヴァーティンは無線を肩の留め金具に戻すと、隠れていたレジカウンターから身を乗り出し、短機関銃の引き金を引き絞った。


 フルオート射撃。


 ダニーク人武装集団へ反撃の銃撃を試みようとするスタントール重装兵の機先を制した。

 ヴァーティンの無線を合図に、ワールドセンタービル周辺の建物に身を隠していたロングニル人警官の生き残りが、一斉に援護射撃を加える。


……


『クソッ!!亜獣人共めが!!』


 スタントール武装兵が悪態をついた。

 あちこちから飛来する敵警察部隊の銃弾が重装兵の装甲板を叩く。

 特にダメージは無いが、うっとうしいことこの上ない。

 だがそれ以上に問題なのは、対戦車ロケットランチャーを装備したダニーク人テロリストの集団がワールドセンタービルから突如として出てきたことだ。

 既にダニーク側の奇襲ロケット攻撃により、10体を超える重装歩兵ジャガーノートが倒されてしまった。


 建物内へ突撃した「ハンブルク」戦闘兵団は何をやっているのだ?


 直後、その疑問に答えるかのように作戦指揮官のダリルが巨人兵団「ベルリン」各位へ警報を発した。


『ヴォルフシャンツェからベルリン総員へ緊急警報。

 ハンブルク戦隊からの通信途絶。ダニークテロリストの増援が建物地下から出現した模様。

 センタービル周辺の掃討を中止し、直ちにビルへ向かえ。

 奴等を殲滅せよ。』


 これに対し、センタービルから数ブロック離れた大通り交差点にて、重装歩兵ジャガーノート数体を従えてロングニル首都機動隊本隊へ砲弾の雨を浴びせていた「ベルリン」巨人兵団のかしら、ハインツ・デルバータが応答する。


『こちらベルリン01。ヴォルフシャンツェへ。

 ……ハンブルク1-5がやられたと言うのか!?』


 「女王陛下のお気に入り」でもある極めて優秀な王国軍女性兵士の安否を確認する。

 数瞬の間を置いて、ダリルが答える。


『……ベルリン01。肯定です。

 生死は不明ですが、ハンブルク1-5……レシア・リョーデック元少尉とも連絡が取れません。』

『なに!?……おのれ、ダニ虫共め……』


 デルバータは思わず唸り声を上げる。

 憎むべき原住亜人によって優秀な若いスタントール人女性が奪われたことに、強い怒りがこみ上げる。


『……わかった。このデルバータ自らの手で、憎きダニ虫の小娘テロリストを血祭りに上げてやる!!

 ベルリン01!目標アルファに戻る!ログニー機動隊の足止めは、ベルリン第一分隊に任せる!!』

『了解!デルバータ卿!!』


 ベルリン第一分隊の面々が力強く返答。

 デルバータが操る全長約4メートルの「鋼鉄の巨人」は、踵を返してワールドセンタービルの方向に向き直った。

 直後、「王国防衛烈士団」総帥の駆る巨大強化外骨格パワーアーマーは足元のブースターを点火させ、一気に大通りを駆け抜けた。

 「最優先抹殺目標」であるサーラ・ベルカセムを始末するべく、機械仕掛けの巨人は夜の極大都市メガシティを疾走する。


……


 その頃、極大都市ヴェンデンゲンに建ち並ぶ高層ビルのジャングルを舞台に、敵攻撃ヘリ部隊との激闘を繰り広げていたヴェンデンゲンの「空の守護者」、古代龍エンシェントドラゴンゲルンガルムの通信機へ空軍司令部からの緊急入電が入った。


『元帥閣下!一大事です!!

 首都上空広域に、ナノマシン反応検出!!こちらのステルス戦闘機部隊及び警察ヘリが、全機墜落しました!

 一方で、スタントール武装組織所属の航空機は健在!

 ……信じ難いことですが、連中によるハイジャックナノマシン攻撃と見られます!!』


 通信を聞いたゲルンガルムの表情が歪む。


「そいつは不味いな。敵戦闘機部隊の所在は?」

『……カウンターステルスレーダーは、現在オーバーヒートにより使用不能です。

 敵ステルス戦闘機部隊が高度3000まで降下したところでロストしてしまいました……

 最大限の警戒を!!』


 若い女性連絡将校の緊迫した声が古代龍の耳朶を打つ。

 ゲルンガルムは、自身の背中で敵ヘリ相手に対空ミサイルを放つ「茶色い肌の戦友」に警告する。


「おーい、茶色いの。

 お次はスタントールの戦闘機が来るぞ。しばし派手に飛ぶから、お主はしっかりワシの背中に掴まっとれ。」


 ゲルンガルムの警告を聞いたバシルが返事する。


「了解です!元帥殿!!」


 その直後だ。

 突如、星々が瞬く夜空から曳光弾が数本の光線状となって襲い掛かった。


「早速来たわい!!掴まれ!茶色いの!!」

「うおっ!!」


 ゲルンガルムは急旋回し、高層ビルの谷間へと飛び退く。バシルは振り落とされまいと、龍の背中を走る骨板にしがみ付いた。

 紙一重で回避した敵航空機関砲弾がオフィスビルのガラスを粉々に砕いた。

 数秒後、ジェットエンジンの爆音が響く。

 スタントール側のステルス戦闘機部隊「マルセイユ」飛行隊が、ロングニル側「最後の航空戦力」である大トカゲを始末するべく攻撃を開始した。


「マルセイユ01からヴォルフシャンツェへ。大トカゲを視認。

 これより“駆除”を開始する。」


 ベテラン戦闘機パイロットである「マルセイユ」飛行隊リーダーがダリルに報告する。

 ダリルもすぐさま返答した。


『了解、マルセイユ01。ヴォルフシャンツェから烈士団航空部隊各位に命令。

 トカゲとダニちゃんはマルセイユに任せて、“ウィーン”戦隊はベルリン戦隊の援護に回れ。』

『こちらウィーン1-7!了解、ヴォルフシャンツェ!目標アルファへ急行する!

 ……マルセイユ01、隊長の仇を取ってくれ!』


 攻撃ヘリ部隊「ウィーン」戦隊の指揮官代理の通信。

 マルセイユ01はパイロットマスクで隠された顔を引き締め、ウィーン1-7の通信に答える。


「こちらマルセイユ01、任せてくれ。

 マルセイユ戦隊の紳士諸君、ウィーン1-1の弔い合戦だ。

 大トカゲとダニーク人テロリストを、花火の如く四散させるぞ!!」

『了解!マルセイユ01!!』


 およそ10機の「灰色の亡霊(グレイゴースト)」がゲルンガルムとその背に乗るバシルへ迫る。

 先程までの攻撃ヘリとは比べ物にならない正確で素早い敵の銃撃は、確実にゲルンガルムの身体を捉えだした。

 躱しきれなかった航空機関砲弾がゲルンガルムの右側翼を穿つ。

 ドラゴンの鮮血が、高層ビルの窓ガラスに降り掛かる。


【グアオッ!!】


 ドラゴン語で悲鳴を上げるゲルンガルム。

 バシルは激しく揺れ動くドラゴンの背中に悪戦苦闘しつつも、懸命に対空ミサイルの照準を敵ステルス戦闘機に合わせようとするが、あまりに速度が速くてロックオンできない。

 左方向から飛来した敵機の機関砲弾が、古代龍の左側面を叩く。

 鱗は弾け飛び、血肉が極大都市へ飛散する。

 ゲルンガルムの飛行速度が落ち、それまで機敏だった動きは緩慢となる。


 仕上げだ。


 マルセイユ01は敵の動きが弱まったのを確認すると、分散して多方向から機関砲による攻撃を加えていた僚機を自機の周りに呼び集め、大トカゲの後方に回り込んだ。

 ロングニルとの関係悪化後、今後「発生」するであろう「対ドラゴン空中戦」を想定して開発された新型対空ミサイルの発射準備に入った。

 「生体熱源追尾型」短距離空対空ミサイルの照準シーカーを起動し、「ヴェンデンゲンの空の守り人」を自称する大型有害鳥獣の姿を、HUD上に表示されたシーカーの円の中に捉えた。

 このミサイルは「撃ちっ放し式」では無く、目標着弾まで照射レーダーを相手に当て続けなければならない。その為、彼ら「マルセイユ」飛行隊はある程度敵にダメージを与えて、その動きを鈍らせる必要があったのだ。

 マルセイユ01のコックピット内に、ターゲットをロックオンしミサイル発射態勢が整ったことを示すビープ音が鳴り響く。


「空は人間様のモノだ。トカゲは地面を這ってろ。」


 フェターナ人ベテランパイロットは吐き捨てるように呟くと、操縦桿のミサイル発射ボタンに指を乗せた。


 直後。

 彼の機体に衝撃が走る。


「なにっ!?」


 機体の上に何かが激突したような衝撃と震動。

 後ろを振り返るマルセイユ01。

 するとそこに、機体にしがみ付く翼を生やした人影があった。

 その人影はコックピットまで素早く這ってくると、拳を振り下ろした。

 ガラスは割れ、突風のような外気が狭い操縦席を駆け巡る。

 直後、謎の人影はマルセイユ01の両肩を掴むと力任せにコックピットから放り投げた。


「う、うわああぁぁーーっ!!」


 突如外に放り出されたマルセイユ01は、たまらず絶叫する。

 真っ逆さまに極大都市の地面へ落下する彼を「何か」がキャッチした。

 「竜人族」と呼ばれるドラゴンの翼を生やした「獣人」の女だ。

 群青色の肌に顔や腕にトライバルタトゥーを施した美しいロングニル人の女性は、右腕一本で軽々と異国の白人男のパイロットハーネスを掴みながら、マルセイユ01のロングニル訪問を「歓迎」した。


「どうも、スタントールの色男さん。久しぶりね。

 ロングニルへようこそ。今度はウチの旦那が随分とお世話になったみたいじゃない?」

「くっ!!」


 含みのある穏やかな笑みでそう言った竜人の女の格好は、部屋着にエプロンと言った出で立ちであり、「民間人」であることは明白だった。

 訳が分からず混乱するマルセイユ01は、腰のホルスターに仕舞った護身用の自動拳銃を取り出して女に銃口を向けようとしたが、すぐさま竜人女のトカゲ状の尻尾ではたき落とされてしまった。


「なにやってんの?あたしを撃ったらアンタ、地面まで真っ逆さまだよ?

 それとも、誇り高いスタントール人様はこのままアスファルトのシミになるのをお望みかい?」

 

 そう言うと、竜人女はわざと腕の力を緩めてスタントール人パイロットを落とそうとする。

 マルセイユ01は悲鳴を上げた。


「ひっ!!……や、やめろ……」

「じゃあ大人しくしてな。これから“アンタたち”全員、警察に突き出してやる。」


 アンタたち?


 その言葉が引っ掛かったマルセイユ01は辺りを見回してみると、自身の背後で編隊を組んでいた10機の僚機のパイロット全員が竜人族の男女やドラゴンによって空中で身柄を拘束され、彼らのステルス戦闘機は一機残らずドラゴンの集団によって鹵獲されていた。

 低空飛行に加え、弱ったゲルンガルムを始末すべく速度を大幅に落としていたことが仇となった。

 彼ら空飛ぶ「ロングニル国民」の有志たちは、付近の高層ビル屋上に集まり、敵機が高度と速度を落として集結するのを待っていたのだ。

 マルセイユ01を空中で拘束する竜人女性に、満身創痍となりながらも飛び続けていたゲルンガルムが近寄る。


「よぉ、ゼベラ。ご近所さんまで連れて来てくれたのか。すまんのう。」

「アンタ!なにやってんだい!もう若くないんだから、無茶するなって!

 それに、スタントールの奴等はヤバイって言ったろう?

 あたしはコイツ等のことを、嫌って程知ってるんだから。」


 ゼベラと呼ばれた竜人女が夫であるゲルンガルムを叱った。

 これにロングニル空軍元帥はバツの悪そうな笑顔で答える。


「いやー、スマンスマン。お前さんの一族を故郷から追い出した実力は本物じゃったな。

 流石に今回は危なかったわい。

 それで……ソイツが、ワシを追い込んだスタントール人か?」


 ゲルンガルムのエメラルド色の瞳がマルセイユ01を睨む。

 言い知れぬ恐怖がフェターナ人空乗りに襲い掛かる。


「……な、なんだ?……俺をどうするつもりだ!?」

「安心せい、食ったりせんわい。

 そのかわり、お前さんは長いことムショ暮らしするハメになるじゃろうがな。

 ワッハハハッ!」

 

 豪快に笑い飛ばすゲルンガルムと、捕虜になったことをようやく実感してがっくりと肩を落とすマルセイユ01。

 その様子をゲルンガルムの頭の上から眺めていたバシルも、思わず笑みを零す。

 気付けば「ハヤト・ワールドセンタービル」付近の上空には、竜人族やハーピー族と言った「翼人種」の「亜獣人」や、ドラゴンをはじめとする翼を持った「魔獣」が大勢群れを成していた。

 彼らは皆ロングニルの民間人であり、自宅傍で暴れ回る白人連中に怒り心頭して自発的に集結。

 我が物顔で「自分たちの空」を飛び回るスタントール武装組織の航空戦力へ戦いを挑んできたのであった。

 センタービル前でダニーク人と戦闘を繰り広げる味方巨人兵団を援護すべく急行する攻撃ヘリ部隊「ウィーン」戦隊も、死角から奇襲してきた翼を持った「ロングニル人」により次々と無力化され、ここにスタントール側の航空戦力は「消滅」した。


 そしてこのような「ロングニル民間亜獣人」による自発的抵抗運動レジスタンスは、地上でも巻き起こっていた。


……


 30mmガトリング砲の咆哮が、「自機」の周囲を走り回る褐色肌の少女に向けられる。

 しかし少女は辺りを疾風の如く駆け抜け、大通りに散乱する瓦礫やパトカーの残骸を盾にして巧みに砲撃を回避。

 「敵」に肉薄すべくその周囲を大きく円を描くように敵弾を躱しながら接近を試みていた。

 今、褐色少女が相対する敵は全長4メートルの鋼鉄の巨人。

 それを駆る憎き「スタントール至上主義者」の男、ハインツ・デルバータである。

 美しき褐色少女サーラは、30mm砲弾の豪雨を掻い潜って飛び込んだ機動隊装甲車の残骸から身を乗り出し、手にする人民共和国製自動小銃の照星を、その緋色の瞳で覗き込んだ。


 連続発砲。


 敵巨人の左腕装甲連結部の隙間に数発の7.62mm弾を叩き込む。

 火花が飛び散る。ダメージを与えることに成功したようだ。

 それを裏付けるように、鋼鉄の巨人ことパワーアーマーのシステムコンピューターが搭乗員のデルバータに「警告」を発した。


『警告。左腕アクチュエーター駆動システムに損傷。ケーブル破断による漏電検知。

 アクチュエーター駆動電力に20%のロス発生。電力カットを推奨。』


 女性型自動音声の淡々とした警告を、デルバータは無視する。


「かまわん!左腕駆動パワーを100%に維持しろ!!」

『了解。電力供給を維持。バッテリーの異常過熱に注意。』


 損傷した左腕を一顧だにせず、デルバータはガトリング砲を振り回す。

 外部カメラが映し出す映像を赤外線探知モードに切り替え、物陰に隠れるサーラを見つけ出す。

 ガトリング砲の砲身が高速回転を再開した。


 直後、フルオート射撃。


 何十発もの30mm劣化ウラン弾がサーラが隠れ潜む機動隊装甲車の残骸に注ぎ込まれる。

 たちまち残骸は細切れにされ、辺りを鉄粉が入り交じった土煙が覆う。

 しかしサーラはこれを素早く回避。

 手前で横転するパトカーに身を隠した。


「おのれ!ベルカセム!ちょこまかと!!」


 デルバータの顔が憤怒に歪む。

 ガトリング砲の残弾も残り少ない。

 小癪な茶色い小娘は、どうやらガトリング砲の「射程外」となるこちらの懐へ飛び込むつもりのようだ。

 ならば……敢えて接近させ、一気に「片を付ける」!

 デルバータはガトリング砲の銃撃を止めると、銃口を空に向けて弾詰まりを「演出」した。


「今だ!!」


 これをサーラは絶好の好機と捉え、パトカーから躍り出た。


 かかったな!


 デルバータはこの瞬間を待っていた。

 突然、それまで猛威を振るっていたガトリング砲を放り棄てると同時に、背中の巨大バレットタンクのロックを解除して取り外した。

 身軽になった鋼鉄の巨人は素早い身のこなしで瞬く間にサーラの目の前まで迫ると、間髪入れず右腕から強烈なパンチを繰り出した。


「なっ!!」

 

 反射的に後ろへ飛び退き、辛くも直撃を免れる。

 しかし、強い衝撃波が襲い掛かり、褐色少女の身体はセンタービルエントランス近くまで吹き飛ばされた。

 地面に叩き付けられ、アスファルト道路を転がるサーラの身体。


「同志サーラ!!」


 それを見ていたダニーク戦士の男が叫ぶ。


「クソッ!!同志サーラを援護しろ!!……撃て!!」


 彼の合図と共に、褐色肌の男女数名が一斉にデルバータに向けて対戦車ロケットを放った。

 しかしロケット弾はパワーアーマーの複合装甲を焦がしただけで、大きな損傷を与えることは出来なかった。


『小賢しいダニ虫共め!!今だ!デルバータ卿を援護しろ!!』


 直後、デルバータが従える重装歩兵ジャガーノート数体が、逆にデルバータを援護すべく手にした重火器による攻撃をダニーク人たちへ叩き込む。

 たちまち数名の精悍な褐色戦士が、スタントール人によって名を奪われた神々の御許へ旅立った。


……

 ダニーク側の戦力はこれまでの激戦で大きく低下。

 当初、サーラ含め10数名でスタントール巨人兵団「ベルリン」戦隊への攻撃を開始したダニーク戦士の面々は、今や僅か5名程にまで撃ち減らされていた。

 そのほとんどが、デルバータが駆るパワーアーマーの「主兵装」30mmガトリング砲の猛烈な攻撃によるものであった。

 センタービル前を占拠していた20体以上の重装歩兵ジャガーノートは、付近の建物に隠れていたロングニル警官たちの援護もあり、何とか残り数体まで減らすことが出来たが、デルバータの鋼鉄の巨人が現れると一気に形勢は逆転してしまった。

 この巨人を倒さなければ、到底勝利は得られない。

 しかし、どれだけダニーク戦士とロングニル警官らが攻撃を加えても、強靭な戦車用装甲板で全身を覆うパワーアーマーに致命傷を与えられずにいた。

……


「ゴホッ!ゴホッ!」


 苦し気に咳込みながら何とか起き上がろうとするサーラに、巨人の影が迫る。


『虫は虫らしく、無様に潰れて死ね。ダニ虫の小娘が!』


 頭部内蔵の拡声器から、憎き「白人武装テロ組織」首領の声が響く。

 デルバータのパワーアーマーは右足を大きく上げると、その圧倒的質量をセンタービル前の歩道に転がるサーラに叩き付けようとした。


 間に合わない!


 サーラがそう思った、まさにその時。


 パワーアーマーの後部ハッチに取り付けられていた筒状の駆動バッテリーの挿入蓋を、どこからともなく飛来した強力な対物狙撃銃の大口径弾が貫いた。

 

 .50口径弾は蓋を粉砕して中のバッテリーを破壊した。

 無機質な女性型自動音声が、デルバータに異常を伝える。


『警告。駆動バッテリーに重大な損傷。機能を停止します。

 警告。駆動バッテリーに重大な……ザッ……傷……機能……ザッ……止……ザザザッ!』


 自動音声は耳障りなノイズと共に消えた。

 外部カメラも機能を停止し、突然、デルバータは深い闇に取り残されてしまう。

 一方のサーラも、突然動きを止めた鋼鉄の巨人を訝しがる。


「な、なんだこれは!……なにがあった!?……再起動だ!!再起動しろ!!」


 デルバータは真っ暗になった機内で叫ぶ。

 しかし相棒のパワーアーマーは黙して語らない。

 右足を上げたままの機体は、やがてバランスを崩し前のめりに倒れ出す。


「クソッ!」

 

 サーラはそのまま歩道を転がり、何とか倒れくる鋼鉄の巨人を回避。

 

 轟音が響く。

 それと同時に、転倒の衝撃で歩道に大穴が開き、鋼鉄の巨人はそのまま直下の地下駐車場へと落下した。

 至近にいたサーラもその崩落に巻き込まれる。

 地下駐車場のコンクリート舗装通路に身体を叩き付けられる褐色少女。

 肺から一気に空気が抜けるような鈍く重い衝撃が全身に襲い来る。


「ゴホッゴホッ!!……くっ!」


 よろめきながら何とか立ち上がろうとするサーラ。

 鋼鉄の巨人は俯せに倒れ、その機能を完全に停止していた。

 サーラが立ち上がると同時に、「ブシューッ!」という空気が抜ける音が巨人の背中から発せられ、後部ハッチが弾けるように開いた。

 中から筋肉逞しい白人中年男が姿を現す。

 その右手には大型軍用自動拳銃が握られている。


「……デルバータ!!」


 サーラは身体のダメージを無視し、震える手で何とか自動小銃を男に向けて構える。

 しかし、デルバータの方が早かった。


 発砲。


 スタントール製大型軍用拳銃から放たれた.45口径弾が、サーラの左足の太腿を貫通した。


「グッ!!」


 激痛が走る。膝を屈するサーラ。

 頭上の大穴には、彼女の仲間を掃討したスタントール重装歩兵の生き残りおよそ3体も姿を見せ、周囲を警戒している。

 デルバータは巨人の背から飛び降りると、銃口を向けたままサーラに近づく。


「……このダニ虫の小娘が……貴様のお遊びも、これで終わりだ!」

「……」


 デルバータの銃口が目の前に広がる。

 サーラは緋色の瞳を真っ赤に燃え盛らせ、眼前の敵にあらん限りの憎悪をぶつける。

 だが同時に、襲い来るであろう「死」を覚悟した。

 デルバータの指がトリガーを引こうと動く。


「こいつをくらえ(TAKE THIS)!!」


 叫び声と同時に、左方向からデルバータの身体に鋭い飛び蹴りが炸裂した。


「グオッ!!」


 白人中年男の身体は吹っ飛ばされ、右後方に駐車していた業者用ライトバンのフロント部分に叩き付けられる。手にした自動拳銃も彼方へ転がり、デルバータは一瞬にして「無力化」される。

 男の身体が叩き付けられた衝撃で、ライトバンの盗難防止用クラクションが辺りに鳴り響く。


「サーラさん、大丈夫!?」


 ウサギ耳を頭頂部に生やした美人記者が、サーラに手を差し伸べる。

 褐色少女はその手を握り、ウサギ美女の手を借りて再び立ち上がった。

 ウサギ記者のロッピは左足に銃創を負ったサーラに肩を貸す。


「あ、ありがとうございます、ロッピさん……」


 突然現れたロッピに、若干戸惑いつつも礼を述べるサーラ。

 ウサギ美女の後ろには、相棒の猫娘カメラマンの姿もあった。

 

 それでだけではない。


 頭上の大穴付近にいた敵重装兵の様子もおかしい。


『オ、オークベルセルクだ!!撃て、撃てーッ!!』

『突進してくるぞ!うわあぁっ!!』


 明らかに動揺した敵兵の声。

 直後、スタントール重装兵の一人が「何者か」によって吹っ飛ばされ、地下駐車場に叩き落された。


『グギャッ!!』


 その胸部装甲板は大きく凹み、重装兵の男は血反吐を吐いて絶命した。

 サーラが上を見上げると、そこには鋼鉄の巨人と同じくらいの背丈がある非常に屈強な緑色の獣人女性数体の姿があった。

 OLスーツやスポーツジム帰りのようなタンクトップ姿等、皆、カジュアルな民間人の装いだ

 「彼女」たちは、穴の下にいるサーラの姿を見るなり友好的な笑みを見せて手を振った。

 サーラは思わず隣のロッピに彼女たちの「素性」を尋ねる。


「あの、ロッピさん……彼女たちは?」


 するとロッピも笑顔で答えた。


「彼女たちは“オークの女性”よ。私たちの放送を見て、我慢できずに助けに来てくれたの。

 他にも彼女たちのような大勢の“レジスタンス”がやって来て、私たちを救ってくれたわ。」


 大戦中、アーガン人民軍によってヴェンデンゲン新市街は占拠され、王城「アーセナル城」をいただく旧市街は完全に包囲された。

 しかし、ロングニルの人々は決してアーガン軍に屈せず、避難を拒否した一部の市民がレジスタンスを結成。

 屈強な亜獣人や魔獣たちは、ゲルンガルムを中心にロングニル正規軍以上の大活躍を見せつけた。

 大戦後期の大反攻でヴェンデンゲンが解放されると、彼らは皆、日常の生活に戻っていった。

 そんな中、自宅の玄関先で起こったスタントールの白人至上主義者による今回のテロ。

 生中継されるサーラの活躍を大人しくテレビで見ていた彼らであったが、いよいよ味方が苦境に陥ったことに我慢できず、一斉に馳せ参じたのであった。

 デルバータのパワーアーマーと航空戦力が健在であれば、警察のように一方的な虐殺となっていたであろうが、それが共に沈黙した今、スタントール側に義憤を滾らせるロングニルレジスタンスたちを止める術は無かった。


「同志サーラ!!ご無事ですか!?」


 銀髪美しい褐色美女のアネットが姿を見せ、ロッピの肩を借りるサーラを気遣う。

 左足の負傷を確認するや、簡易医療キットを取り出して応急処置を行う。


「……ありがとう、アネット……部隊の損害は?」


 仲間の安否を確認するサーラ。

 これに部隊指揮官であるアネットが笑顔で答える。


「はっ!代表団護衛戦隊主力、損害ありません。

 ビル屋上から襲来した敵スタトリア重装兵団は殲滅済みです。

 駆け付けてくれたロングニルレジスタンスが、非常に強力な援軍となってくれました。

 地元警察の応援もまもなく到着します。

 ……あの、すみません、ロングニルの記者さん。私が代わります。」


 アネットは、ロッピに代わってサーラに肩を貸した。

 ロッピも快く交代する。

 頭上の大穴から無数のパトカーや救急車が奏でるサイレンの重奏音が聞こえてくる。

 デルバータに代わり彼らを足止めしていたスタントール重装歩兵ジャガーノート「ベルリン」第一分隊も、「オークベルセルク」の異名で呼ばれるオーク女性たちによって叩きのめされたようだ。

 猫娘カメラマンのメウラが、ライトバンのフロント部分に倒れ込むデルバータを確認した。


「ウニャ~、このスタントール人、生きてるニャ。

 ロッピの蹴りを喰らって生きてるニャンて、結構しぶといニャ。」


 「どうする?」と相方のウサギ記者に確認する。


「手足を縛って警察に突き出しましょう。私が担ぐわ。」


 ロッピは上着の袖を破り、それで完全に気絶しているデルバータの手足をきつく縛った。

 筋肉質な中年男を軽々と持ち上げると、右肩で担いだ。

 デルバータを担ぐウサギ美女が褐色肌の美女2人に爽やかな笑顔を向ける。


「とりあえず1階に戻りましょう。もうすぐ救急車も到着するから、サーラさんの手当てをしてもらわないと。」

「ありがとうございます。でも、私はもう大丈夫です。

 ……それよりもロッピさん……あなたは命の恩人です。お陰で私は戦いを続けられます。

 この恩は決して忘れません。」


 地下駐車場から1階エントランスへと上がる階段へと歩みを進めながら、サーラは深々と頭を下げた。

 これにロッピは満面の笑みを浮かべて言った。


「そんな!気にしないで!

 ……でも……一つだけお願いしても良いかしら?」

「私にできることなら何でも。」


 サーラも微笑みを見せて応じる。


「……もし、あなたたちが戦いに勝ったら……その時は独占インタビューさせてね。」

「はい!喜んで!」


 満面の笑みで承諾するサーラ。

 それは、少女が久しく忘れていた心からの笑顔だった。


 だがそこに、サーラの笑顔を心の底から憎む女が地獄の底から還ってきた。


 一行が通りかかった建物メインエレベーターの扉が突如として内側からこじ開けられ、次の瞬間、中から血の様に紅い乱れた髪を揺らす女が飛び出した。

 肩の骨が外れたのか左腕はだらしなく垂れ下がり、上腕筋には大きな裂傷があって流れ出た大量の血で腕は真っ赤に染まっていた。

 服は盛大に破れており、身体中血と煤にまみれ汚れている。特に上半身はほとんど裸同然で、暴力的なまでに豊満な乳房が露わとなっていた。

 しかし、その紺碧の瞳には激烈な憎悪と殺意が貼り付いており、黄金色のバトルオーラが迸る。

 ざんばら髪の隙間から、ボロボロの紅髪女は憎き「敵の女」を真っ直ぐ睨み付けた。


「……サ……サァーラァーーッ!!」


 まだ動く右腕には愛用のスタントール製軍用自動拳銃が握られており、その銃口をサーラに向けた。

 殺したと思っていた「敵」の思わぬ出現に、驚きを隠せないサーラ。

 だが戦士の本能が身体を反射的に動かす。

 サーラは肩を借りていたアネットを突き飛ばし、傍らに立つロッピを庇うように前へ飛び出すと、背中のホルスターに仕舞っていた愛用の小型ピストルを素早く抜いた。

 直後、褐色少女も「敵」の名を叫ぶ。


「レーシーアァーーッ!!」


 発砲。


 両者は全く同時に引き金を引いた。

 サーラの9mm弾とレシアの.45口径弾が真正面から激突。

 壮絶な運動エネルギーにより完全に融合してしまう。

 その直後、1階から多数のロングニル警察の所轄警官が降りてきた。

 その手には暴徒鎮圧用の強力なテイザー銃が握られていた。


「銃を捨てろ、スタントール人!!」


 南リガイア人の白人男性警官は、そう警告すると同時にレシアに向けてワイヤー針を発射。

 強力な電流が流し込まれたボロボロの半裸紅髪女は、断末魔の如き絶叫を上げて気絶した。


「うぎゃああぁぁーーっ!!」


 すぐさまレシアを取り囲む警官たち。彼女が取り零した拳銃を遠くへ蹴り飛ばし、両手を背中に回して手錠を掛けた。

 それを見て、サーラは銃を下げざるを得なかった。


「……クソッ、殺せなかった……」


 流石にこの状況で、異国の法執行者に「処刑させてくれ」とは言えない。

 サーラは直ぐ傍で無防備な姿を晒す憎き宿敵2人を前に、小さく呟く他無かった。

 

 その後、センタービル1階に戻ったサーラは、ロングニルの救急隊員から本格的な応急治療を受けると、大勢のロングニルレジスタンスやロングニル・ワールド・トゥデイ社員たちに取り囲まれ、惜しみない喝采を浴びた。


「サーラちゃんだ!カッコよかったぞ!」

「ようよう!サーラちゃん!握手してくれ!!」

「小さな茶色い英雄さん!お見事だわ!!」


 大人しくロングニル治安当局の武装解除に応じていたダニーク解放戦線代表団護衛戦隊の生き残りたちも、同様にサーラを称賛する。


「同志サーラ!!バンザイ!!」

「デルバータを倒した我らが英雄、同志サーラ!!」

「ダニークのファーンデディア、バンザイ!!」


 その後、念のため最寄りの病院へ搬送されることになったサーラが外に出ると、そこにはバシルとゲルンガルムが待っていた。

 バシルは疲れを滲ませつつも朗らかな笑顔を見せ、愛する妻と救急隊員から治療を受けるゲルンガルムも両目を細めて笑みを浮かべる。

 褐色肌の男が、心から尊敬する解放戦線最強の戦士に声を掛けた。


「同志サーラ、やったな……ただ惜しむらくは連中にトドメを刺せなかったことだな。」


 これに救急車に乗り込もうとしたサーラは、壮絶な笑みを浮かべて答えた。


「かまわんさ。奴等にはファーンデディアの土になってもらおう。

 ……このロングニルの地は、奴等には不釣り合いだ。」

「……フッ、そうだな。連中との決着は故郷でつけよう、同志サーラ!」


 見事な敬礼を見せるバシル。これにサーラも敬礼を持って返した。

 救急車には付添人としてアネットとロッピも同乗する。

 サイレンと共に走り去る救急車。それを見送るバシルとゲルンガルム。


「なぁ、茶色いの。お前さん、どうしても故郷に帰るのか?」


 ゲルンガルムはバシルの横顔を覗き込む。

 バシルは「相棒」の古代龍エンシェントドラゴンを向き直り、真剣な表情で返答した。


「はい。愛する家族を奪ったスタントールを倒し、同志サーラと共に“祖国”を手に入れるまで戦い続けます。」


 するとゲルンガルムは何処か悲し気な表情を見せ、こう言った。


「そうか……だが、気が変わったら何時でもロングニルに来い。

 ワシの背中は空けておくからな。」

「……」


 バシルは空を見上げる。

 先程、ロングニル政府の要請を受けたベルベキア連邦から、軌道衛星を介してナノマシン不活性化信号がヴェンデンゲン一帯に投射された為、スタントールによって強いられた航空制限は全面解除されていた。

 既に上空を無数の警察や報道機関のヘリコプターが飛び交い、北の空軍基地からは改めて戦闘機部隊がスクランブル発進し、航空優勢を完全に確保している。


 発生から約4時間に渡って続いたスタントール人武装テロ組織による「ロングニル・ワールド・トゥデイ本社ビル襲撃事件」は、斯くしてようやく沈静化した。


……


 ロングニル東部国境付近。

 「スタントール友好国」ラガール君主国領内に存在する「ノルトスタントール連合王国ラガール駐留方面軍」主要空軍基地ディエル・ブエロ。

 夜明け前の闇に包まれた基地主要滑走路に、一機の早期警戒管制機(AWACS)が着陸した。

 管制機の機内から、意気消沈した白人たちがタラップを降りてくる。

 そんな彼らを王国空軍大将の階級章を付けた白人男が「出迎え」た。

 空軍大将の後ろには、マガジンを装填した旧式自動小銃を手にした基地警備兵が3名侍っている。

 やがて、彼らの目当ての男が列の最後尾から降りてきた。


「……ダリル……」


 空軍大将の男が着崩した武装組織幹部服姿の無精ヒゲ男に声を掛けた。

 俯きながらタラップを降りた「だらしない」男は、憔悴したおもてをゆっくり上げると声の主を見た。


「……よう、マルセル……お前が俺の“拘束係”か?」


 マルセルと呼ばれた空軍大将の男は、「旧友」であるダリルの軽口に笑顔一つ見せることなく、深刻な面持ちのまま告げた。


「……准将、女王陛下が基地司令執務室でお待ちだ……ついて来い。」


 そう言うと、マルセル・アルベール空軍大将はダリル・マッコイ「元」陸軍准将に背を向けて歩き出した。

 するとダリルの背後に小銃を持った警備兵が貼り付き、同行を促す。

 気まずい沈黙の中、ディエル・ブエロ空軍基地の中央管制センター目指して歩く一行。

 やがてダリルは「今、最も会いたくない高貴な御方」が待っているという部屋の前に到着した。

 「基地司令執務室」と大陸共通語で書かれた金色のプレートが扉の上に輝いている。

 まず、マルセルがドアをノックする。


「……じょ、女王陛下……マッコイを連れてまいりました……」


 すぐさま「今の部屋の主」が「本来の部屋の主」に返事した。


「さっさと入れ。」


 やや怒気を帯びた若い女の声だ。

 恐る恐る扉を開けると、そこに女王はいた。

 わざわざ部屋の真ん中に据え置かれた「玉座」に座る美しい黒髪を靡かせる若い女。

 ノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世女王その人である。

 女王はマルセルとダリルの姿を見るなり、やおら立ち上がった。

 その右手には、9mm弾使用の軍用自動拳銃が握られている。

 女王はダリルを見るなり、嫌悪の表情を浮かべた。


「ダリル・マッコイ……教えてくれ。貴様、どのツラ下げてわらわの前に現れた?」


 ダリルは緊張の極みの表情のまま、言い訳一つせずに答えた。


「……はっ……申し訳ございません、女王陛下……

 陛下より下賜いただいた新兵器全て、有効活用出来ないまま惨めに敗北しました……

 機材に加え、デルバータ卿はじめ多くの優秀な兵士も失いました……

 一切言い訳はしません……如何なる処分も覚悟しております……」


 直後、女王は無言で拳銃の銃口をダリルに向けた。

 ダリルの眼前に、小さな円形の「漆黒の死」が広がる。

 汗が滝のように噴き出す。



 ……あぁ、やっぱり銃殺かよ……クソッタレ……



 破天荒な野戦指揮官は己が死を覚悟し、きつく目を閉じた。


 発砲。

 銃声が部屋に木霊する。


 しかし、銃弾はダリルに命中しなかった。

 無精ヒゲ男は、痛みが無いことに不安を覚えながらゆっくりと目を開けた。

 そこには、不敵な笑みを浮かべた女王の姿があった。


「フッ……フハハハッ!ビビったか?マッコイ!!

 まぁ、チビらなかったことは誉めてやろう。」


 そう言うなり女王は拳銃を腰のホルスターに仕舞った。

 ダリルは「女王の姿」を注意深く観察すると、銃弾が自身に命中しなかったことに合点がいった。


「……ま、まさか、ホログラム映像でありますか?」

「そうだ。妾がわざわざ貴様の失態をなじる為だけに、ラガールのようなクソッタレ“後進国”に行くわけがあるまい?

 だが、これで貴様の中に巣食った惨めな負け犬意識は吹っ飛んだろう?」


 女王は「寛大なお言葉」をダリルに投げ掛けた。

 これにダリルはキョトンとしてしまう。


「え?銃殺刑じゃないんですか?」


 ともすれば無礼に当たる一言だが、女王は鼻で笑い許した。


「フン!こんなことでイチイチ殺しておったら、我が国から政治家や官僚なんぞ全員いなくなってしまうわ!

 元より“敵地”のど真ん中でドンパチやらかす無謀極まりない作戦だったからな。

 失敗することも想定の内よ。我らが強い意思を、世界のクソ共に示せただけでも良しとせねばなるまい。

 それよりも今回の事を大いなる教訓として“次の戦争”に生かせ。良いな?」


 ホログラムの女王がダリルの顔を覗き込む。

 すると「だらしない男」は栄光ある「王国軍人」の顔つきに戻り、見事な敬礼を主君に見せた。


「ハハッ!女王陛下!!必ずや!!」


 女王は満足気に頷いた。


「よろしい。貴様には引き続き期待しておる。

 それと、デルバータやレシアのことは心配するな。“ケツ掘られ男”のエルンスト直々に、身柄を拘束した旨の連絡があった。

 後は外交の仕事だ。貴様はさっさとファーンデディアに戻れ。

 ……停戦が終わった後の“仕事”の段取りを抜かりなく進めろ。

 以上だ。」


 直後、女王の姿は掻き消えた。

 それと合わせるように部屋の四隅から「玉座」を照らしていた間接照明のようなホログラム投射器も「消灯」する。


「……ハァ~……」


 思わず安堵の溜息を漏らすダリル。

 その背中を、破顔した空軍大将が豪快に叩いた。


「ハハハッ!ダリルさんよ、すっかりビビり上がってたな!?

 良かったな、殺されなくて!」

「……マルセル、この野郎。ハメやがったな?」


 悪友の顔をじとりと睨むダリル。

 一方のマルセルは「銃殺を免れた」旧友に質問する。


「ところでダリル。陛下が仰られた“停戦後の仕事”ってのは、なんだ?」


 するとダリルはニヤリと笑みを浮かべて答えた。


「……生意気なダニちゃんたちの親玉をぶっ殺すっていう素敵なお仕事さ。

 ちょうど良い。お前も手伝え、マルセル!」


 ダニーク解放戦線最高指導者にしてサーラの愛する父親、ゲイル・ベルカセムを仕留める作戦を、破天荒なファーンデディア駐留軍司令官の男は早速「旧友」の空軍将校と共に練り始めた。

「ふぅ……」


 極大都市で2番目に高い構造物である市庁舎ビル屋上にて、対物狙撃銃の高性能スコープを睨んでいた若い男は、「任務達成」を確認すると一息ついた。

 アーガン人民共和国内務人民委員会対外工作労働者戦隊所属の工作員、ヴィジマ・クラゲナン。

 彼の放った一発の.50口径弾が、デルバータの鋼鉄の巨人を一瞬にして機能停止に追い込んだ。

 偉大なる国家主席から託された「褐色肌の同志の全面的かつ隠密的援護」をとりあえずは達成できた。

 ロングニル治安当局に勘付かれた様子も、今のところ無い。


 あとは「上手く死ぬ」だけだ。


 そう考えた直後、彼の専用無線機に秘匿通信が入った。

 咽喉式マイクに手を添え、右耳の通信受信機に神経を集中する。


「こちらシャンハイ。感度良好。」

『シャンハイ、こちら“黄色の4”。』


 ベテランの風格漂う女の声だ。

 「黄色の4」なるコールサインは、世界中の空軍関係者のみならずアーガン人民共和国とその衛星国の人間なら誰でも知っている。

 人民空軍第156戦術航空団“鷲”中隊。

 別名、「黄色中隊」。

 人民共和国最新鋭の多用途戦闘機マルチロールファイターを駆るベテラン中のベテランばかりで構成された戦闘機部隊。

 その中隊長本人のコールサインである。


「……こいつは驚いた……まさか黄色中隊がお出ましになるとは。」

『シャンハイ、無駄話をしている時間は無い。

 まもなく我が中隊は“演習空域”に到達する。“流れ弾”に注意せよ。』


 どうやら自分を「上手く殺して」くれるのは、天下のベテラン戦闘機部隊隊長のようだ。

 これは急がねばならない。


「シャンハイ、了解。警告に感謝する。通信終了。」


 ヴィジマは通信を終えると同時に、手早く狙撃銃を破壊し、身に着けた人民党のバッジや手帳をその場に残して退散した。

 彼が建物非常階段を駆け下り、屋上から2階下まで降りた直後。

 つい先程まで彼がいたビル屋上に、「スタントール製」短距離空対空ミサイルが直撃した。

 

 小規模な爆発。


 ミサイルは屋上部分の一角を正確に破壊。

 その直後、破壊された屋上スレスレの「超低空」を、翼の先端部分を黄色く塗装した機首部分にカナード翼を配置した美しい流線形の大型戦闘機が音速を超えて飛び去る。

 機体はその後、ロングニル軍の防空レーダーの索敵可能高度を下回る超低空を維持しながら人民共和国本土へと帰還した。

 その飛行経路は人民空軍の一部高級将校によって巧妙に秘匿され、当該レーダー記録は直ちに破棄された。


……


 後日、市庁舎ビル屋上の損傷はロングニル治安当局によって「ロングニル・ワールド・トゥデイ本社ビル襲撃事件」の関連被害に認定され、そこで発見された「遺品」は高度な機密扱いとされた。

 だが、人民共和国内務人民委員会の工作員はこの「遺品」に関する情報を盗み出し党に報告。

 報告を受けた内務人民委員会委員長にして「人民共和国の実質的最高権力者」である冷徹な空気を纏う細目の美女、カレン・アクラコンは無関心な様子でこう言っただけだった。


「クラゲナンが死んだ?まぁいい、工作員の代わりなんぞいくらでもいる。」


 「亡霊」と化した工作員の存在に、権力の絶頂に達して勘の鈍った「元工作員」の女は気付かなかった。

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