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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第七章  偽りの停戦
47/63

46. スタントールという国 第三部~ダニーク人の……

 新暦410年10月8日。

 日付が変わった深夜。

 5年前に誕生した新しい王国のみやこは炎に包まれていた。

 王国の名はスタントール王国。

 都の名はフェリス。

 炎は瞬く間に街を飲み込み、フェリスに住まう王国臣民は寝床から叩き起こされ逃げ惑っていた。

 そんな混沌の中を、火を放った張本人たちが王宮目指して駆け抜ける。

 漆黒のターバンと口元に巻くストールで頭部を覆い、闇に紛れるような暗黒の外套の下には革製の鎧を装備している。

 手に三日月刀シミターを持つ褐色肌の彼らはダニーク人。

 遥かなるアデア海の向こうに存在するダニーク人の故郷、「祝福の大地」ファーンデディア。

 その対岸に生まれた「新しい王国」への侵略の先兵として、彼らはファーンデディアの「支配者」によって送り込まれた「捨て駒」の奴隷戦士である。

 ファーンデディアを支配する凶悪な騎馬民族・イェルレイムを束ねる「至強」王サウルが、彼らダニーク人奴隷戦士に課した使命は二つ。

 「新しい王国」の王都を灰燼に帰させ、その王族……特に若い王女を拉致すること。

 イェルレイム王国は、いつも斯様な手段で幾つもの国を侵略し滅ぼしていた。

 敵王国の王族の女を辱め奴隷にし、その血統を貶めて屈服させるのだ。

 一方、このような「重大使命」を課せられた奴隷戦士たちにとってもこれは死活問題である。

 もし「使命」を達成することが出来なければ、故郷で過酷な奴隷生活を送りながら彼らの帰りを待つ家族の命は無い。

 壮絶な悲壮感と覚悟を胸に刻んだ彼らダニーク奴隷戦士たちは、時折邪魔なフェリスの民や衛兵を斬り捨てながら、一路切り立った断崖の上に聳える荘厳な国王宮殿を目指し、突き進んだ。


……


 賊が宮殿に侵入したのは、「大火」を治めるべく、「建国王」カズキ・シノーデルとその「第二王妃」にして「王国宰相」ネタリア・パピヒツブルッケ自らが腹心の兵を引き連れて出陣した直後であった。

 侍女の悲鳴や城に残った僅かな衛兵の叫び声が、断崖の上に聳える「国王の城」に響き渡る。


 後に「天空要塞」と呼ばれることになるその宮殿は、新暦410年当時、建物自体は特に珍しいところも無い一般的な城塞建築であったが、街の中央に鎮座する断崖の上という好立地により、フェリスの街のどこからでもその威容を拝むことが出来た。

 しかし、攻城戦や賊の侵入に対する備えは当時万全とは言い難く、海の向こうからやってきた奴隷戦士の集団が土足で踏み入ることを許してしまったのであった。


 賊の侵入で混乱する城内を、焦燥の表情を浮かべた金髪碧眼の美しい女騎士が駆け回っていた。

 己が「守るべき者」の名を叫びながら、宮殿の廊下を走る。


「カリーシア殿下!!カリーシア殿下は何処いずこにおられますや!!」


 女騎士は鉄の鎧を身に纏い、愛用のロングソードを腰に差して広い宮殿の中を駆ける。

 すると侍女の悲鳴や衛兵の怒号に交じり、近くで甲高い剣戟の音が聞こえてきた。

 女騎士は剣を抜き、戦闘騒音の発生場所に向かう。

 L字になっている廊下奥の行き止まりで、血塗れの剣を両手で握る美しい黒髪の少女が三日月刀シミターを持った5人の賊に取り囲まれていた。

 彼女の服は所々が破れ、血が滲んでいる。体力も使い果たしたのか、肩で息をするほど疲弊している。

 一方で行き止まりに続く廊下には賊の死体が5、6体ほど転がり、黒髪の少女が手練れの剣士であることを物語っていた。

 しかし、もうこれ以上は抵抗できないだろう。

 少女を囲む賊のリーダー格の男が忌々し気に降伏を迫る。


「……なんて小娘だ……我らを散々手古摺らせおって。

 もう後が無いぞ!大人しく剣を捨て降参しろ!!」

「ハァハァ……お、おのれ、賊めが……」


 直後、女騎士が叫ぶ。


「カリーシア殿下!!」


 その叫びに黒髪の「王女」も答える。


「アリス!!」


 アリスと呼ばれた女騎士は、カリーシア王女を取り囲む賊に襲い掛かった。

 これに奴隷戦士のリーダーも即座に対応する。


「クソッ、新手か!?……ハキム!ユーセフ!あの女を始末しろ!!」

「ははっ!!」


 2人の賊がシミターを振りかざして女騎士アリスに応戦する。

 アリスの紺碧の瞳が激しい憎悪と殺意で血走る。


「邪魔なり!!」

 

 薙ぎ払うようにロングソードを横に一閃。

 ダニーク人奴隷戦士2人の胴体を真っ二つに斬り裂いた。即死である。


「なっ!?」


 驚愕する3人の奴隷戦士。

 幾多の戦いを経験してきた手練れの女騎士が、その致命的な隙を見逃す筈も無かった。

 一瞬で間合いを詰めると、剣の柄を両手に持ち中央の敵の頭蓋目掛けて振り下ろす。

 女の膂力が加算された鉄の塊は、褐色肌の奴隷戦士の黒いターバンごと頭部を叩き割った。

 真っ赤な脳漿と緋色の眼球が飛び散る。賊、残り2人。

 瞬時に左手を柄から離すと、そのまま右手一本で右側の賊兵の首を刎ねた。

 胴体から弾き飛ばされた褐色男の頭部が廊下を転がる。賊、残り1人。


「き、貴様!!……死ねぇい!!」


 最後の一人となったリーダー格の男が、シミターをがら空きになっている女騎士の脇腹目掛けて振り下ろす。

 だが、残された力を振り絞ったカリーシアの剣が男の心臓を貫く方が早かった。


「グフッ!!」


 血反吐を吐いて褐色肌の賊が倒れる。

 それに続いて、カリーシアも行き止まりの壁に身を預けるように崩れた。

 すぐさまアリスが介抱にかかる。


「カリーシア殿下!!」


 カリーシアを抱きかかえるアリス。

 すると美しき王女は、隠しようのない疲労を滲ませながらも気高い笑みを見せた。


「……心配するでない……どれも掠り傷よ……

 それよりも末の妹のカーシアが心配じゃ……妾に構わず、すぐにカーシアの下へ向かえ……」


 カリーシア王女の命に、アリスは直ちに応じた。

 3年前に生まれたばかりの幼い妹を守れ。それが、今年14歳となる若き王女がアリスに課した至上命令である。

 女騎士は片膝をつき、こうべを垂れて謹んで「王命」を受領した。


「ははっ!このデルバータ、我が命に代えてもカーシア姫様をお守りします!!」


 アリス・デルバータは立ち上がると、剣を仕舞って駆け出した。

 次なる「守るべき者」を見つけ出し守り抜く為に。

 

……

 アリス・デルバータはネクタス王国の平民出身の騎士だ。

 「屯鉱兵」と呼ばれるドワーフやゴブリンから奪い取った鉱山で働く武装鉱夫の両親の長女として生まれた彼女であったが、物心つく頃に両親がドワーフ鉱山国家との戦争で命を落とした。

 身寄りを無くしたアリスがネクタス貧民街で極貧生活を送っていたところを、後に「ネクタス王国最後の女王」となるネタリア王女に拾われて彼女の侍女となった。

 やがて剣の才能を見込まれて「ネタリア騎士団」の兵卒となり、戦場で頭角を現すと順当に出世していき、ネタリアとカズキの婚姻を期して成立したスタントール王国の王族の一つ、「ネクタス・シノーデル王家」の専属護衛騎士となったのであった。

……


 アリスは再び宮殿の中を駆ける。

 幼い姫君であるカーシアの部屋を目指す道中、右往左往する衛兵を見つけるなりカリーシア王女の所在を伝えてこれを守るよう厳命する。

 アリスは目的の部屋に辿り着いた。

 カーシア姫の小さなベッドが置かれた専属の乳母が詰める姫様の寝室。

 その部屋の木製扉は、僅かに開いていた。

 扉をそっと開けて中を伺う。

 そこには服を引き裂かれ、血を流し半裸状態で横たわる乳母の姿と、今まさに窓から幼い姫様を肩に担いで逃げ去ろうとする賊の姿があった。


「おのれ、賊が!!姫様を離さぬか!!」


 アリスは剣を引き抜き全力で駆ける。

 しかし異様な漆黒の衣装を纏う褐色肌の賊は、意に介さず窓から飛び降りようとする。


 間に合わない!


 そう判断したアリスは、剣を投げ捨てて腰に差した「もう一つ」の得物を取り出した。

 金属製の短い筒に金メッキの意匠が輝く木製の「銃把」を備えた「フリントロック式ピストル」の引き金を引く。

 火打石フリントが取り付けられた撃鉄が当たり金に衝突して火花が散り、その火花が筒の中に充填されていた黒色火薬に引火した。


 発砲。


 真円の小さな鉄球が、炎と煙を纏って目にも止まらぬ速さで筒の先の「銃口」から飛び出した。

 鉄球は賊の背中に命中すると、圧倒的な運動エネルギーを伴ったまま身体の中で粉々に砕ける。

 褐色肌の男の背骨から肺、心臓、そして肋骨を徹底的に破壊しながら胸元から弾け飛んだ。

 幼いカーシア姫を拉致しようとした男の上半身に大破孔が穿たれた。即死である。

 男の身体はそのまま窓枠の下にある城の三角屋根に倒れ込み、屋根の傾斜に沿って地面へと落下する。

 男の肩に担がれていたカーシア姫は、その寸前にアリスが救い出していた。

 幼い姫は健気にも賊に襲われている間、一切悲鳴を上げたり泣き喚いたりすることも無く耐えていた。


「カーシア様、お怪我はありませんか?」


 腕に抱いた幼い姫の様子を気遣う女騎士。

 するとカーシアは、その可愛らしい黒い瞳にじわりと涙を湛えつつ倒れた「乳母」の身を案じた。

 

「……ぐずっ……お、おそいぞ、ありす!

 ……わらわはだいじょうぶだから、すぐに“るな”をてあてするのじゃ!」


 アリスはそっとカーシアを床に降ろすと、横たわる乳母のルナを診た。

 脈は無い。彼女は死んでいた。

 身体のあちこちに刀傷がある。

 戦いを知らぬか弱き乳母でありながら、なんとかカーシアを守ろうと奮戦したのだろう。


「……恐れながらカーシア様……既にルナは……」


 アリスが項垂れ、ルナが天に召されたことを暗に告げるとカーシアは泣き出した。


「いやじゃ!!“るな”はしんでおらぬ!!ありす、なんとかしろ!!

 ……う、う、うええぇぇ~ん!うえ~ん!!えぇ~ん!!」


 カーシアの泣き声に、アリスは自身の非力を深く嘆いた。

 もはや自分は騎士失格である。この大失態は、命を持って償わねばならないだろう。


 するとカーシアの声を聴いたのか、彼女の「母」がその場に現れる。

 切れ長の透き通る紺碧の瞳に、光り輝くプラチナブロンドの長髪を靡かせる「世界史を彩る美女」の姿がそこにあった。

 彼女は夫の「建国王・カズキ」と共に街で暴れる賊を迅速に殲滅したところ、「賊徒、宮殿侵入」の急報を受けて「自宅」へと大急ぎで帰ってきたのである。

 泣きじゃくるカーシアは、愛する母の存在に気付くなりその胸に飛び込んだ。

 「母」ネタリアが小さな娘を優しく抱きかかえる。

 するとカーシアは、先程までの癇癪が嘘のように穏やかな寝息を立て始めた。

 アリスは直ちに騎士の礼をもって「主君」に頭を垂れ、深く謝罪する。


「ネ、ネタリア様!我が君よ!このデルバータ、一生の不覚にございます!

 護衛騎士の大任を仰せつかっておきながら、参上の遅れにより王女様を悉く危険に晒しました!!

 ……如何なる処罰もお受けいたします!!我が命にて償えるのであれば、なんなりと!!」


 しかし「主君」ネタリアは、穏やかな笑みを忠実なる騎士に向けた。


おもてを上げよ、デルバータ。

 この混乱の折、そちはよく働いた。カリーシアも貴様を褒めておったぞ。

 よくも一振りで賊2人を横斬してみせた、とな。」


 あまりにも意外な言葉に、アリスは恐る恐る顔を上げた。

 彼女には、ネタリアの微笑みがさながら大天使の笑みの如く見えた。

 その隣には、応急手当を受けたカリーシア王女が同じような笑顔をアリスに向け、壁に寄り掛かって立っていた。


「……そ、そんな……私は……」


 戸惑いを口にするアリスに、「主君」は言葉を続ける。


「その上、我が末娘のカーシアも救って見せた。

 褒美を取らす。貴様に爵位と領地を与えよう。

 以後は“卿”を名乗るが良い。」

「ええっ!?……そ……そんな……わ、私如きに爵位を?……」


 それは身に余るとてつもない報酬だった。

 平民出身の騎士に過ぎなかったアリス・デルバータは、この瞬間、ネクタスの貴族となったのである。

 あまりに望外の喜びで呆然としてしまい、言葉が出ないアリス。

 そんな彼女の右手に握られた硝煙燻る「得物」の存在にふと気付いたネタリアが問いかける。


「……その方、カズキが渡した“てっぽう”を使こうたのか?」

 

 主君の問いに、慌てて釈明する「デルバータ卿」。


「は……ははっ!!カ、カズキ王より下賜されしこの鉄筒を、火急のときなればと判断し、断りも無く軽々に使わせていただきました!!」


 再び頭を深々と下げて詫びるアリス。

 しかし、ネタリアは満面の笑顔を向けると、むしろその「功績」を讃えた。


「よいよい。カズキが聴いたら、大いに喜ぶだろうて。

 ……これからも貴様の変わらぬ忠誠に期待しておるぞ、デルバータ卿。」

「ははーっ!!我が命、そして我が子々孫々の命、永遠とわにネクタス王家へ捧げます!!」


 ……ネタリア様とその子孫への忠誠こそ、我が全て。

 害為す者は、全てこのデルバータが始末する……


 アリスの「不滅の忠誠」の誓いは1500年が経った今も尚、デルバータ家第一の家訓として受け継がれ、一度として破られたことは無い。


 ネクタス・シノーデル王家への絶対不滅の忠誠と祖国ノルトスタントール連合王国の永遠の繁栄。

 それこそが、デルバータ家の存在意義である。


 それを阻む者は、誰であれ容赦しない。

 ロングニル王国連合首都ヴェンデンゲン。

 広大で変化に富んだ超大国の国土を走る二本の大河がクロスする交差点に位置したその王都は、都市圏人口約4500万人を誇る世界最大の極大都市メガシティ

 その膨大な人口の約7割を、様々な亜獣人と魔獣が占めている。

 この街では、白人である南リガイア人は「少数派」だ。

 ここでは人間と亜獣人、魔獣の間に、差別や格差は一切無い。

 ありとあらゆる種族が、共に働き、共に暮らしている。

 エルフの警察官にドワーフの消防士、ゴブリンの救急隊員とオークの軍人。

 赤道の祖国から留学に来たトカゲ獣人の学生や猿人のコメディアン。

 ドラゴンの保険営業マンにミノタウロスの作家。

 他国では「邪教」として禁忌されている死霊術教団のCMが繁華街の街頭大型スクリーンで当たり前のように映し出され、買い物袋を持ったアンデットやスケルトンが街中を歩き公共交通機関を利用する。

 他にも東方大陸から移住してきた黄色人種や、南極のシュミシュカ大陸よりの移民である黒人たちも大勢暮らしている。


 完全なる人種の坩堝。


 ロングニルという国を造ったハヤト・フリーデライツ建国王の意志、「法の下での絶対的平等」と「完全なる信仰の自由」が完璧な形で実現していた。

 先の大戦では北に存在する「労働者の国」アーガン人民共和国の軍勢に新市街を占領され、旧市街を巡る激しい戦闘が繰り広げられたものの、終戦後、急ピッチで行われた復興事業により往年の輝きをすっかり取り戻していた。

 そんな世界第一位の経済規模を誇る超大国の首都に、環状大陸の片隅にある「祝福の大地」ファーンデディアから褐色肌の少女がやって来た。

 彼女が属する「組織」の最大の支援国である「人民共産主義の総本山」ことアーガン人民共和国が特別に用意してくれた四発レシプロエンジンを備えた大型軍用輸送機が、ヴェンデンゲン国際空港に着陸する。

 着陸と同時に猫系亜人の男性が運転する空港作業車両がタラップを運び、ミノタウロスの空港職員が輸送機側面のハッチにそれを取り付けた。

 ハッチが開かれると、タラップの階段を踏みしめながら褐色肌の男女が次々と「自由と平等の国」に降り立つ。

 異国の空はどこまでの碧く澄み渡り、心地よい風がタラップを下る少女の輝く褐色の肌を撫で、艶やかな長い黒髪を靡かせる。

 少女の名は、サーラ・ベルカセム。

 ファーンデディアに古の時代から暮らすダニーク人の美しい少女。

 緑色の軍服にコンバットハーネスを着込んだ「いつもの」格好をしている。

 彼女は「歴戦の革命戦士」。

 少女が属する組織の名は、ダニーク解放戦線。

 故郷ファーンデディアを支配する「圧政者」ノルトスタントール連合王国からの分離独立を求めて戦うダニーク人武装集団である。

 およそ1ヶ月前の4月11日、サーラ率いる500名の解放戦線ゲリラ兵がスタントール王都フェリスにて大規模同時多発テロ攻撃を行い、スタントール治安当局と激しい戦闘を繰り広げた。

 その模様がロングニルの報道機関によって全世界に同時中継されたことで、サーラとダニーク解放戦線の名前と「ファーンデディア戦争」の実態が一気に全世界へ広まった。

 結果、ロングニルを中心にスタントールとダニークの可及的速やかな停戦の訴えが巻き起こり、ついに今日、ロングニル首都ヴェンデンゲンの国王宮殿にてスタントール代表団とダニーク解放戦線代表団による暫定的停戦に関する合意文書の締結が執り行われる運びとなったのである。

 「解放戦線最強の戦士」の誉れ高いサーラは、その代表団の護衛として同行することが決定した。

 

 しかし、これにスタントールは強く反発。他ならぬ「4.11」同時多発テロ実行犯の主犯格を「停戦合意」の場に同席させることに激しい拒否反応を示した。

 ロングニルやスタントール友好諸国の仲介による懸命な妥協案模索の結果、本日のサーラの「会場入り」は残念ながら見送りとなってしまい、サーラは停戦会談の間、解放戦線代表団一行とは別行動することを余儀なくされた。

 その代わり、彼女は明日放送予定の「とあるロングニルの番組」に特別出演することとなったのである。今日は番組放送局であるロングニル・ワールド・トゥデイの関係者が、サーラを出迎える手筈となっていた。


 番組関係者の女性記者が、タラップから降りてきたサーラの姿を見るなり大きく両手を振って歓迎した。


「おーい!サーラさん!!」


 白いふわふわした毛に覆われたウサギ耳を頭頂部の左右に生やしたグラビアアイドル顔負けのスタイル抜群なウサギ系亜人の美人記者が、「自国」ロングニル産の大衆向けセダン車の運転席側に立って手を振っていた。

 彼女の相棒である小柄な猫系亜人女性のカメラマンも、反対の助手席側で友好的な笑みを湛えて立っている。

 ロングニルの地に降り立ったサーラは、ぎこちない微笑みを浮かべながら2人の傍に歩み寄る。


「こんにちは……えーっと、ロッピ・ヴァーニッタさんですよね。」

「そうよ、ロッピって呼んで!

 ようこそ、ロングニルへ!!歓迎するわ!」


 ロッピは満面の笑みでそう言うと、サーラに握手を求めた。

 軽めの握手を交わすウサギ美女と褐色少女。

 猫娘カメラマンも右手を掲げて歓迎の意を示した。


「ようこそニャーン。ニャーはメウラ・ミャルテアニャン。

 ニャーのこともメウラって呼んでニャン。」

「宜しくお願いします。」


 サーラも笑顔を可愛らしい猫娘に向けて答える。

 自己紹介を終えた3人は、車に乗り込むと空港を出発した。

 車中の人となったサーラが、ハンドルを握るウサギ美女と助手席でカメラをいじる猫娘カメラマンに「礼」を述べた。


「……あの、ロッピさん、メウラさん……

 本当にありがとうございます。あなたが私たちの戦いを世界に伝えてくれたお陰で、解放戦線には毎日のように世界中から支援の申し出が届いてます。

 ……本当にありがとう……」


 後部座席に座るサーラが深く頭を下げる。

 バックミラーでその様子を見たロッピが笑顔で応じる。


「お礼なんてとんでもない!

 私たちの方こそ、勝手に撮影してゴメンね。

 でも、サーラさんが無事で本当によかった。重傷を負ったって聞いたから、心配してたの。

 元気そうでなによりだわ。」

 

 4.11フェリス同時多発テロの際、スタントール国王宮殿たる「カズキの天空要塞」への攻撃を敢行したサーラは、最上階の「王の間」にてスタントール軍最精鋭特殊部隊と交戦し、これを辛くも撃滅したものの深手を負った。

 しかし、少女はその後、驚異的な回復力を見せた。

 まるでスタントール人への強烈な復讐に燃える少女の精神が、肉体の治癒力を高めたかのように。


 ウサギ記者が運転する車は、空港を出て暫く自動車専用道路を走ると、世界最大の「自由と平等の街」の中へと滑り込んだ。

 煌めくネオンと広告に満ちたヴェンデンゲン新市街の超高層ビルのジャングル。

 サーラの「戦場」だった「敵国王都」フェリスが霞む程の超巨大都市の威容。

 それを目の当たりにした彼女は、田舎から大都市に来た少女のような反応を見せた。


「わぁ……すごい……」


 感嘆の声が漏れる。

 ロッピとメウラは、年相応の反応を示すサーラに思わず笑みが零れた。

 その後、サーラはロングニル・ワールド・トゥデイの現地特派員コンビに連れられてヴェンデンゲン市内を観光して回った。

 それは彼女にとって、久しく忘れていた「平和な日々」であった。

 ドワーフが経営するスイーツカフェで生まれて初めてとなるソフトクリームを味わい、市内で一番の観光名所である地上約800メートルの高さを誇る超巨大電波塔「ノルデンタワー」に登る。

 タワー最上階にはヴェンデンゲンの守護龍である古代龍エンシェントドラゴンの「ゲルンガルム」の住居がある。

 そこは観光客にも開放されており、日に数回、主のドラゴンが大空を羽ばたいては来訪者を歓迎していた。

 サーラもまた、大戦でアーガン人民軍相手に一歩も引かず大活躍した勇壮で人懐っこい古代龍の姿を、その緋色の瞳を大いに輝かせながら脳裏に焼き付けた。


 ヴェンデンゲン。

 そこで歴戦の少女兵は、普通の少女に戻ることが出来た。

 食べ物で溢れながらも掃除が行き届いた綺麗な街並みに行き交う大勢の人々、そして亜獣人たちの笑顔。

 

 祖国ファーンデディアの大都市では当たり前の、「支配民族」に属する白肌人間が発する憎悪の眼差しは一切無かった。

 何もかもが新鮮だった。



 この憎悪と殺意に満ちた世界に、こんな平和な空間があったなんて……



 サーラはそう思わずにはいられなかった。

 しかし、少女のそんな「平和な気持ち」は、街角の大型スクリーンが映し出すニュース映像を見た時に終焉を迎える。

 解放戦線代表団団長のバシルが、スタントール代表団リーダーの外務省事務次官の男と停戦合意文書を取り交わす姿が放映されていた。

 バシルの顔には憎しみと悔しさが滲み、スタントール外務省事務次官の男の顔にもあからさまな嫌悪が浮かんでいる。

 スクリーンを見るサーラの目が、自然と鋭くなる。


 国際社会によって強制された偽りの停戦。

 もはや、ダニーク人とスタントール人の共存は不可能だと言うのに、この僅か5年の停戦が何の意味を持つのだろうか?


 サーラのようなダニーク人「過激派」や、極右政党を率いるデルバータのようなスタントール人「至上主義者」が唯一共通して持っている認識が「それ」である。

 

 お前らを必ず殺し尽くしてやる。

 ファーンデディアから一匹残らず叩き出してやる。


 停戦合意の模様を伝えるニュースを見たダニーク人とファーンデディア在住スタントール人……通称:センチネルの多くが、相手への必殺の誓いを新たにしたのであった。


 その後、日も暮れて深い黄昏色に染まる街並みを車窓から眺めるサーラを乗せたロッピのセダン車は、市内で最高ランクの高級ホテルに到着した。

 サーラは何度も固辞したが、ロッピは「経費で落ちるから大丈夫!」と、遠慮する褐色少女を半ば無理矢理高級スイートに放り込んだ。

 落ち着かなくなる程に煌びやかで高級感溢れる広々とした室内に、久方ぶりとなるフカフカのダブルベッド。

 サーラはベッドにダイブすると、そのまま深い眠りに落ちてしまった。


……


 翌日早朝、サーラは解放戦線代表団一行とホテルのロビーで合流した。

 団長のバシルがサーラに会談の件について報告する。


「同志サーラ。これが停戦合意文書だ。

 事前の想定通り、驚くほど“抜け道”だらけだ。

 連中が合意をまともに守るつもりが無いのは明白だな。」


 そう言うと、元区役所職員だった40代ダニーク人男性のバシルがサーラに文書のコピーを手渡した。

 内容に目を通す。

 そこには、「軍・警察によるダニーク人集落への強制的廃村措置の停止」だとか、「軍・警察によるダニーク人への拷問行為の停止」などと書かれており、あたかも「軍・警察」で無ければ何をしてもいいのかと言いたくなるような文言の書き方となっていた。

 事実、故郷ファーンデディアではセンチネルによる「民兵組織」が多数存在し、ダニーク人居住地区や集落への無差別銃撃を行ったり、解放戦線と繋がりがあると僅かでも疑った者への容赦ない拷問を行っている。

 今や、このセンチネル民兵組織も、サーラはじめとするダニーク解放戦線にとって倒すべき凶悪な敵の一つと言える。

 そんな民兵の中でも最大規模かつ最凶の集団が、極右政党「ネクタス・センチネル王国武装戦線」の党首であるハインツ・デルバータが率いる「王国防衛烈士団」だ。

 退役軍人や元警官が多数所属し、ダニーク人への組織立った「ヘイトテロ」を繰り返しては、王国政府の「統計」にはカウントされないダニーク人犠牲者を大量に生み出していた。

 ダニーク人以外にも、人民主義系市民団体や人権活動家などの「同胞」のスタントール人とも血生臭い闘争を展開しており、さらには少しでもスタントールに批判的な海外メディア関係者の誘拐・暗殺を行うなど、「スタントール至上主義者」の代名詞となっている。

 今回の停戦合意文書では、王国治安当局によるダニーク人の組織的虐殺・弾圧の停止こそ謳っていたが、斯様なスタントール人テロリストは完全に野放しの状態である。

 無論、解放戦線も黙ってはいない。

 彼ら至上主義者が戦いを望むのならば、解放戦線もまた銃弾で応酬するだけだ。

 サーラは、読み終えた合意文書のコピーをバシルに返すと冷徹に言い放った。


「ふん。あの白いガーゴイル共が()()()()との約束を守る筈もあるまい。

 ……殺す対象が軍人や警官から、スタトリアのクソッタレ至上主義者に変わっただけだ……

 我々の闘争は終わらない。ファーンデディアから白豚共を必ず根絶やしにしてやる。」


 サーラの発言に、代表団の面々も壮絶な笑みを浮かべる。


 そう。所詮は強制された停戦だ。

 大人しく守ってなんぞやるものか。

 殺された家族の無念は、引き続き奴等自身の血で払ってもらう。


 「解放戦線最強の革命戦士」による決断的革命闘争継続の宣言を受け、スタントール人への煮え滾る憎しみを再燃させるダニーク人たち。

 そこに、ロングニル・ワールド・トゥデイのウサギ記者が少女を迎えにやって来た。


「おはようございます、サーラさん。それに解放戦線の皆さん。」


 笑顔で挨拶するロッピに、ダニーク人たちも先程とは打って変わって朗らかな笑みで応じる。

 今日は、いよいよサーラとバシルがロングニル・ワールド・トゥデイの特別報道番組「スタントールという国」に出演する日である。

 既にロングニル・ワールド・トゥデイには、解放戦線が辛くもスタントールの魔の手から逃れた同胞から入手した「ダニーク人町村落解体処分」の様子を克明に記録した隠し撮り映像や写真、スタントールメディアが「国内向け」限定で配信したオラン市への核攻撃直後の映像等、目を背けたくなるような戦慄すべき「証拠」の数々を提供済みである。

 後は生放送のスタジオで、サーラとバシルがそれぞれ体験した「愛する家族をスタントール人によって惨たらしく奪われた時」のことを証言するのみ。

 スタントールがダニーク人に対して行った非道を、今一度、あまねく全世界に知らしめるのだ。

 

「おはようございます、ロッピさん。

 ……今日も、宜しくお願い致します。」


 かしこまって頭を下げるサーラ。これにバシルほかダニーク解放戦線の面々も倣う。

 ロッピは両手を振って彼らの「礼」を丁寧に辞退する。


「そんな、皆さん頭を上げてください。

 時代遅れな差別政策を改めないスタントールの悪行を糾弾することこそ、自由と平等を愛するロングニルの代表的報道機関たる私たちロングニル・ワールド・トゥデイの使命だと思ってます。

 ……それに、今日はサーラさんとムラヒディルさんには辛い過去を思い出していただくことになりますので、こちらこそ宜しくお願い致します。」


 ロッピもまた頭を下げると、サーラとバシルを自身が運転するセダン車まで案内する。

 他の解放戦線代表団はホテルで待機だ。

 褐色肌の精悍な男女を乗せたウサギ美女の車は、ホテルエントランス前のロータリーを出て超高層ビルが建ち並ぶ極大都市の中を目的地目指して進む。

 ロングニル・ワールド・トゥデイは、ヴェンデンゲン「旧市街」に程近い「金融街地区」のど真ん中に本社を構えていた。

 猫系亜人ことキャットピープルの男性建築家がデザインした未来的意匠の曲線美が美しい全面紺色のガラス張りとなった地上40階建ての高層ビル「ハヤト・ワールドセンタービル」。

 ロングニル国王宮殿「アーセナル城」を中心に頂く中世の街並みが保存された「旧市街」に近い「金融街地区」の中で最も背の高いビルの30階から最上階の40階までのフロアを、ロングニルを代表する国際的報道機関が占めていた。

 スタジオフロアは中心階の35階にある。

 ビル1階のエントランスで、放送局関係者数名が遠い異国からやって来た褐色肌の客を出迎えた。

 猫娘カメラマンのメウラに屈強な体格を誇るオーク男性記者、ドワーフ男性の番組スタッフにエルフ女性のアシスタント、そしてロングニル・ワールド・トゥデイの看板キャスターであるハイエルフの女性。

 出迎え一行の代表格である長い耳が美しい金色の長髪から飛び出した色白の美女が、友好的な笑みをサーラとバシルに向ける。


「ようこそ、ロングニル・ワールド・トゥデイへ。

 ディートリール・アレフィシアです。

 サーラさん、ムラヒディルさん、今日は宜しくお願いします。」


 笑顔で握手を求めるハイエルフ女性。

 サーラとバシルはテレビでよく見る「ロングニルの有名美人キャスター」を前にして、やや緊張しながら交互に握手に応じた。

 

「……サーラ・ベルカセムです。

 フェリスでの戦いを世界に伝えてくれて、本当にありがとうございます。」

「バシル・ムラヒディルです。

 この度は第三部の当初予定を変更してまで、私たちダニークのことを取り上げていただき、解放戦線指導者ゲイル・ベルカセムを代理してお礼申し上げます。」


 固く握手を交わすハイエルフと褐色肌のダニーク人男女。

 笑顔で歓迎する国際的報道機関の面々に囲まれたサーラとバシルの姿が、「ハヤト・ワールドセンタービル」の中へと消える。


 その姿を、猛烈な憎しみの感情を抱きながら監視する紺碧の瞳があった。

 双眼鏡を手にした深い紺色のタクティカルベストを着込む白人男が、大通りを挟んだ向かい側にあるビルの屋上からサーラとバシルの姿を睨んでいた。

 2人が建物の中に入ったことを確認すると、肩に取り付けた小型無線機を掴んで「何処か」と通信する。


「こちらミュンヘン。ヴォルフシャンツェへ。

 ターゲット2名、目標アルファに入った。送れ。」

『こちらヴォルフシャンツェ。了解、ミュンヘン。

 引き続き監視を怠るな。』

「ミュンヘン、了解。監視を続行する。通信終了。」


 無線機を肩に戻し、双眼鏡を睨む。

 生粋のスタントール人愛国者であり家族を褐色肌のテロリストに奪われた男は、沸き立つ激情を抑え込んで任務に集中した。


 「その時」に備えて。

 

……


 サーラとバシルは、ロッピとディートリールの2人をはじめとするロングニル・ワールド・トゥデイ関係者らと会議室で事前打ち合わせを重ねた。

 夜の生放送に向けて様々な事項を確認し、解放戦線が提供した映像や写真の再確認も行う。

 打合せが終わると、サーラとバシルは控室で待機することになった。

 その際、サーラは特別に愛用の自動拳銃の持ち込みが許可された。

 ビル1階の入場ゲートで預けたその銃を、控室を訪れた狼系亜人の警備員の男性から返してもらう。

 簡単に点検する。

 8発の9mm弾が装填された弾倉が銃把の中に差し込まれており、銃本体のチェンバーにも1発入っている。

 予備弾倉は全部で3つ。それを腰の弾帯ベルトのマガジンポーチに入れる。

 安全装置を働かせ、確実な暴発防止措置を取る。


 銀色のフレームを輝かせるイェルレイム共和国製小型自動拳銃。

 ダニーク人による武装蜂起当日、父ゲイル・ベルカセムから貰った小さなオートマチックピストル。

 もうこの銃でどれだけのスタントール人や革命に不要と判断した「同胞」を殺してきたか分からない。

 だが、一番最初にこの銃で殺した奴の顔なら、今でもハッキリと思い出すことが出来る。

 愛する幼い妹ナシカを凌辱して惨殺した、醜く肥え太った農園経営者の長男坊。

 ナシカを屋敷に連れ込もうとする奴の下卑た笑顔と、死の間際に見せた無様な顔が脳裏に浮かぶ度、サーラの中でスタントール人への消えることの無い憎悪と殺意が燃え上がる。

 

 

 廃却された神様の傍で見ていてナシカ。

 まやかしの停戦を受け入れた裏切者共と一緒に、スタトリアの白い屍を沢山あなたに届けてあげる。



 改めて亡き妹への誓いを立て、銃を腰の弾帯ベルトに取り付けた背中のホルスターに仕舞った。

 やがて若い白人男性スタッフが、サーラとバシルに「スタジオ入り」するよう伝えに来た。

 2人は互いに瞳を交わすと、頷き合って控室を出た。

 スタッフの案内で、スタジオ入りする2人のダニーク人。

 3人掛けのテーブルが、ハの字形の左右斜め向かいに置かれたスタジオ。

 座席の後ろには、垂直に並んだ虹色の棒状となっているスタイリッシュな意匠が施された壁に「スタントールという国」と大陸共通語で書かれた白い文字ブロックが掲げられている。

 席の並びは、左側テーブルの左端からバシル、サーラ、メインキャスターのディートリール。

 そして右側テーブルの右端にロッピが座り、残りの2座席には老獪な雰囲気を漂わせるエルフ男性の政治学者と、歴史学者の大柄なオーク男性が座っている。

 サーラとバシルは、先にスタジオ入りしていたエルフとオークの学者と簡単に自己紹介を済ませて本番前のリハーサルを行った。

 サーラは、言いようの無い緊張感を覚えた。

 スタントール人との苛烈極まる銃撃戦では感じたことの無い手に汗握る緊張が、田舎ファーンデディアからやって来た褐色少女を襲う。

 そんな震える少女の拳を、隣に座る美しいハイエルフの女が温和な笑みを湛えながら上から握り締めた。


「大丈夫よ、緊張しないで。

 ありのままのあなたを、世界の人々に見せてあげて。」


 ディートリールの微笑む瞳を見たサーラは、頷きを返す。

 次第に震えは収まった。



 ……これも「戦い」の一つなんだ。

 言葉という鉛玉を、スタトリア共に喰らわせてやる。



 心の中で、初の体験となる「言葉による戦い」への覚悟を決めた褐色少女。

 一方のバシルは、これまで度々解放戦線の対外的代表として各国報道陣と相対して来た為、その態度はすっかり堂に入ったものとなっていた。

 スタッフとの最終打合せや胸元の小型マイクの声量調整まで恙無つつがなく終わらせる。

 いよいよ放送が始まる。

 ロッピが対面に座るサーラにウィンクを飛ばし、未だ若干の緊張が残る褐色少女を和ませた。

 白人スタッフが「30秒前!」と告げた。


 遂に始まる「言葉による戦い」に臨むサーラ。

 ……だが結局、彼女が「言葉」という鉛玉をスタントール人に喰らわせてやることは出来なかった。


 スタッフは「5秒前!」と叫ぶと同時に右の手のひらをディートリールに向けてかざし、以後は無言で「カウントダウン」した。

 最後の小指が折りたたまれた直後のロングニル標準時間新暦1927年5月20日19:00時、放送はスタートした。

 ディートリールが真剣な表情をカメラに向けて開幕の挨拶を行う。


「こんばんは。先週から引き続きお送りしております“スタントールという国”。

 第三部の今日は、当初の予定を変更して生放送にて、御二人のダニーク人による衝撃の証言をお伝えします。尚、本来放送予定だった“ドラゴンの証言”は、後日改めて放送致します。

 昨日、暫定的停戦合意を“アーセナル城”にて取り交わしたスタントールとダニーク解放戦線ですが、そもそも一体何故、彼らダニーク人たちはスタントール人に反旗を翻したのか?

 一部で噂されているスタントール治安当局による“ダニーク民族抹殺計画”の実態とは?

 そして、昨年末に起こった衝撃のファーンデディア南部オラン市への核攻撃……

 今夜は、それら全てを実際に体験してきたダニーク人……解放戦線代表団団長のバシル・ムラヒディル氏と、先月のフェリス同時多発テロ攻撃にて解放戦線ゲリラ部隊指揮官を担ったサーラ・ベルカセムさんの御二方に、その全貌について語っていただきます。

 ……ムラヒディルさん、サーラさん。宜しくお願い致します。」


 ディートリールがサーラとバシルに視線を向けると、2人はカメラに向かって会釈した。

 ハイエルフの女性アナウンサーが挨拶を続ける。


「……さて、先週の第二部放送後、スタントールの一部過激派武装組織から我がロングニル・ワールド・トゥデイに対して“犯行声明”とも受け取れる脅迫文書が公表されました。

 繰り返しますが、我々はこのような脅しには決して負けません!

 この第三部“特別生放送”は、私たちのそのような強い意志の現れです!

 不当な暴力による言論弾圧に、我々は断固として“否”を叩き付けます!

 本放送をご覧の一部の過激思想を持つスタントールの皆さん!

 何もかもが、あなたたちの思い通りになると思ったら、それはとんだ思い上がりです!

 ……それではロッピ、改めて今回のゲストの紹介を……」


 ディートリールが強い口調でスタントールを糾弾しつつ挨拶を締めようとした、その時。

 「彼ら」はやって来た。

 スタジオ出入口の両開き扉が荒々しく蹴破られる。

 直後、複数のスタントール王国製最新型ブルパップ式自動小銃の銃口が、生放送中の番組出演者席に向けられた。


「伏せて!!」


 サーラは、叫ぶと同時に左右に座るバシルとディートリールの襟首を掴んで無理矢理後ろに引き倒した。

 ロッピもすぐさまテーブルの下に飛び込む。


 フルオート射撃。

 5.56mmライフル弾の雨が、「スタントールという国」のスタジオ全体を覆いつくす。


 反応が遅れたロッピの隣に座る政治学者と歴史学者の亜人男性2人が無数の銃弾を受けて血塗れとなり、同じくサーラが発した警告に反応できなかったカメラマンやアシスタントディレクターなどの番組スタッフもまた、銃弾の雨に引き裂かれた。

 テーブルに隠れ伏した褐色少女の緋色の瞳が激しく燃え上がる。



 上等だ、スタトリア!!

 やはり貴様等白肌のガーゴイルには、本物の鉛玉を叩き付けてやる!!



 赤黒い憎悪と殺意のオーラを纏ったサーラは、背中のホルスターから愛用の自動拳銃を引き抜いた。 


 後に、「ロングニル・ワールド・トゥデイ本社ビル襲撃事件」と呼ばれる「戦い」の幕が上がった。

 スタントール標準時新暦1927年5月21日01:55時(ロングニル標準時+約6時間)。

 ノルトスタントール連合王国王都フェリス郊外に広がるエルスヴィル山脈の雄大な山並みを望む王室専用別荘、通称「ドラゴンの巣」。

 日付が変わって間もない深い闇に覆われる切り立った断崖の上に聳える城塞建築の「宮殿」の中、最高級調度品で彩られた「国王のリビング」の中央に置かれた真っ赤な超高級品ソファーに寝そべりながら、正面の壁に設置された大画面液晶テレビを眺める黒髪の若い女性がいた。

 傍らのテーブルにはグラスに並々と注がれた最高級ワインがある。

 時折そのワインをあおっては、これから始まる最高の「ショー」を楽しみにしていた。


 女の名は、カリーシア・シノーデルⅡ世。「栄光の」ノルトスタントール連合王国第25代国王。

 スタントール至上主義者たちが神の如く崇める「至高最強の女王陛下」である。


 「準敵対亜獣人国家」ロングニル王国連合の代表的マスメディア、ロングニル・ワールド・トゥデイ放送の「スタント―ルという国 第三部~特別生放送~」がそろそろ放送時間を迎える。


「ふっ……ベルカセムの小娘が。その汚らしい脳漿を全世界に晒すがよい。」


 不敵な笑みを浮かべて放送開始を待つ女王。

 間もなく、女王を崇拝するスタントールの熱狂的愛国者たちが、愚劣極まる反スタントール・プロパガンダ番組を粉砕すべく生放送のスタジオに突撃を敢行する手筈となっている。


 こちら側の再三に渡る放送中止要求を無視して「歴史的事実の歪曲・捏造」に基づく番組放送を強行する「憎き亜獣人のクズ共」と、そんな番組にノコノコとでかいツラして出演する「卑劣なテロリストたる褐色肌の原住亜人」に、鉛玉を叩き付けてやるのだ。

 怒りに燃える「偉大なる我がスタントールの民」は、一切容赦しない。


 放送が始まった。

 女王の顔に浮かんでいた不敵な笑みは、これから始まるであろう「血の報復」を想像して壮絶さを増す。


 しかし放送開始から10分と経たずして、美しき女王の顔は激しい怒りで歪むことになる。


「……なにをやっておるか!!この大うつけ共っ!!」


 激烈な怒りを露わにした女王は、部屋の隅で「主」が放つ怒気のオーラを前にして身体を震わす若いメイド娘の一人に命令した。


「電話だ!!さっさと持って来い!!」


……


 金髪碧眼の堂々とした佇まいを見せる筋肉質な中年男の顔が、ポータブルテレビの光に照らされて浮かび上がっている。

 ジェットエンジンと「積み荷」が振動で軋む音が包む薄暗いその空間は、彼の生まれ故郷である超工業大国で製造された最新鋭大型軍用輸送機の機内。

 ステルス塗装を施した漆黒の機体の中で、男は折り畳み椅子に腰掛けて小型液晶テレビの画面に注目していた。


「……ダニ虫の小娘が……」


 白人中年男は怒りの形相を浮かべながら呟く。

 男の名はハインツ・デルバータ。

 「偉大なる祖国」ノルトスタントール連合王国はネクタス広域州の代表的名門貴族の現当主にして、熱狂的スタントール愛国主義者による武装結社「王国防衛烈士団」の総帥。

 先日、スタントール王国内務大臣という新たな肩書が加わっていた。

 小さな液晶画面は、「スタント―ルという国 第三部」の生放送中の映像を流している。

 デルバータの座席左側の機体内壁に設置された電話機が鳴った。


「私だ。」

『大臣閣下……陛下からのダイレクト通信です……』


 受話器の向こうで、デルバータにそう告げたのは機長の男だった。

 作戦行動中の軍用機に直接通信できる程の絶大な権限を有する「陛下」からの通信を受けた機長の声が震えている。


「すぐに代われ!

 …………女王陛下……デルバータであります。」

 

 機長から転送された電話の主は、デルバータが絶対的忠誠を誓う「偉大なる女王陛下」であった。

 その声は激しい怒気を帯び、狂信的愛国者の男に「至上命令」を下した。


「……お任せください、女王陛下。

 必ずやベルカセムを始末してご覧に入れます。

 …………はい、陛下より下賜いただきました“新兵器”の威力を、ダニ虫とログニーの亜獣人共に見せつけてやります。

 …………ははっ!!戦果をご期待ください!!古き王国よ、偉大なれ!!」


 主君との通信を終え、受話器を戻すデルバータ。

 尚、男の言った「ログニー」とはロングニル人に対する最大級の侮蔑的表現である。

 紺碧の瞳が、目の前に置かれた「積み荷」を見つめる。

 それは、恐るべき工業国家が生み出した最新の陸戦兵器。

 強化外骨格……通称:パワードスケルトンを大幅に改良した新型巨大強化外骨格……通称:パワーアーマー。

 全長約4メートル。中世の重装騎士を連想させる厳つい容貌に、自動車を紙細工のように引き裂く超怪力を誇る合金アームを備えたそれは、大戦の教訓を得て製造された古き偉大なる王国の決戦兵器である。


 スタントール王国の長年の宿敵であるディメンジア国家社会主義国の獣人オークに対抗するべく開発されたパワードスケルトンであったが、その「雌」には非力であることが今次大戦で明らかになった。

 オークの雌……別名:オークベルセルクは、雄のオークの倍以上の巨体に小銃弾さえ弾き返す極めて強靭な肉体を誇り、大戦ではパワードスケルトンを纏うスタントールの重装歩兵ジャガーノートを容易く引き裂いた。

 これを受け、大戦後急ピッチで開発されたのがこのパワーアーマーである。

 全身を新型戦車にも採用されている複合装甲で覆ったことにより、対戦車ロケットランチャーの直撃さえも耐える程の頑強さを獲得。主要兵装は左右のアームで操る「復讐者」の異名を持つ非常に強力な30mmガトリング砲で、背中に30mm劣化ウラン砲弾を1000発内蔵した巨大ドラムマガジンを背負っている。


 その記念すべき初号機が、ネクタス州名門貴族当主の目の前に鎮座している。

 デルバータは祖国と女王に誓った。


 この新兵器で、必ずや褐色肌のテロリストを始末してやる。

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