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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第七章  偽りの停戦
46/63

45. スタントールという国 第二部~ゴブリンの証言~

【新暦1927年5月13日付 ロングニル・ワールド・トゥデイ社放送

      特別報道番組「スタントールという国 第二部」より抜粋】


・アナウンサー(ハイエルフ女性)

「こんばんは。先週から三部構成でお送りしております“スタントールという国”。

 まず、当番組に対し、先日スタントール外務省から『歴史歪曲に基づく愚劣な反スタントール・プロパガンダ番組の即時中止』という要求が出されましたが、我が放送局はこれに強く抗議するとともに放送の継続を宣言致します。

 本番組制作に際し、我々は証言者の言葉の全てを鵜呑みにすることなく、スタントールの公的な歴史文献、当時アルヴァーン王国と交易を行っていた旅商人エルフの帳簿や日記等の民間記録も綿密に調べ上げました。

 我々ロングニル・ワールド・トゥディは、ロングニルを代表する国際報道機関としての重責を十分に理解しております。

 『生き証人がそう言っているのだから、これが真実なんだ』等と幼稚で無責任なことを言ったり、ましてや事実を捻じ曲げて捏造したりなんかしません!

 先週放送した内容は、あらゆる角度から取材を行った末に判明した、歴然たる事実であるとハッキリ申し上げます。

 ……本番組が、僅かなりともスタントールの意識を変える手助けとなればと思っていたのに、当の彼らから“放送中止要求”が出たことには、ただ嘆くばかりです……

 …………第二部の今回は、さらに戦慄すべき内容となります…………

 一部に過激な表現が出てきますので、あらかじめご了承願います。

 ……それではロッピ、証言者の方の紹介をお願い。」


(後略)

●第二部 証言者●

 ギャズム・ゴーギルン氏

  元ネクタス山岳・都市ゴブリン頭領オーバーロード

   現 世界最大の多国籍複合企業・ディランTECH社 運輸部門常務取締役


 

 ゴブリン。

 緑色の肌をした地底の獣人。

 成人しても人間の子供程度の背丈までしか成長せず、同じ緑肌の獣人であるオークと異なり肉体的強靭さも無い。

 東西レヴェリガイア大陸のほぼ全域に広く分布しており、主に山岳や森林地帯の天然洞穴で暮らしている。

 人間が剣や魔法に頼っていた「中世暗黒時代」までは、ゴブリンはイナゴの群れに相当する「天災」とでも言うべき存在であった。

 どこからともなく現れては人里近くの洞穴に住み着き、付近の村落への略奪を繰り返した。

 数に物を言わせて食糧を奪い、手当たり次第に非力な村人を襲った。

 知性の高いオークと異なり総じて知能レベルが低く、貢物を供出して襲わないよう願い出ることも出来ず、人間たちからは蛇蝎の如く嫌われていた。

 しかし、スタントール建国後に始まった蒸気機関発明に伴う産業機械革命により、人間が「機械」と「銃」という強大な力を手にしてから立場は完全に逆転した。

 銃を持った人間により村落を襲うゴブリンは容易く撃滅され、さらに組織的な「駆除」が行われるようになると、彼らは次第に「銃を持った人間」を本能的に恐れるようになった。

 可能な限り人里から離れ、森の動物や住処の洞穴に自生する苔やキノコを糧として生きていく道を模索していた。


 ギャズムは、そんなゴブリンの中でも最高位種に分類される「ゴブリンオーバーロード」と呼ばれる個体である。

 この異世界のゴブリンは雄と雌がおり、通常個体のゴブリンは雌のゴブリンから産まれる。

 しかし極稀に、人間と同程度の高い知性を有した個体が生まれる場合がある。

 ギャズムは正にそういう存在だった。

 幼い頃から高い知性を示し両親の寵愛を受けたギャズムであったが、生まれて10年程が経ったある日、彼の一族に悲劇が襲い掛かった。


 金持ちの人間たちによる娯楽の一つ、「ゴブリン狩り」のターゲットになってしまったのである。


……


 新暦1705年11月15日。

 南半球に位置するノルトスタントール連合王国は、夏の陽気に包まれていた。

 この国の夏は周囲の海を流れる寒流と国土中央に聳える大山脈から吹き下ろす冷たい風のお陰で、一年を通して最も外の娯楽に適した季節である。

 様々なスポーツ大会やアウトドアレジャーが、今でもこの時期になるとスタントールでは盛んに催されている。

 「鋼鉄時代アイアンパンク」と呼ばれる内燃機関の発明と鋼鉄の大量生産技術確立による科学技術のさらなる発展が成熟期を迎えた1700年代、スタントール上流階級で最も人気のアウトドアレジャーと言えば「ゴブリン狩り」であった。


 スタントール本国二大広域州の一つ、ネクタス広域州。

 山がちな地形が広がるネクタス州には無数のゴブリンの巣やドワーフの鉱山国家が点在しており、古の時代からこの地に住まうネクタス人は、己が生存権を賭けて亜獣人と激しい争いを続けていた。

 しかし、人間の飛躍的な科学技術発展は、この不毛な争いに決定的な終止符を打ったのである。

 今、彼らネクタス人の生存を脅かす者は存在しない。

 彼らは食物連鎖の絶対的頂点に君臨し、他種族の生殺与奪を握っていた。

 

「紳士淑女の皆様!本日は当社主催のゴブリンハンティングツアーにご参加いただき、誠にありがとうございます!

 天気にも恵まれ、最高のハンティング日和となりました!

 是非、満足の行くまで狩りをご堪能ください!」


 市販品のハンター服に身を包んだツアーガイドの白人男が、様々な高級品のハンティングスーツを着込んだ上流階級の男たちと歩き易い外出用ドレスに日傘を差した貴婦人たちを前に、「狩りの開始」を告げた。

 じんわりと汗が滲むくらいの暖かな日差しが降り注ぐ青空の下。

 遠くにネクタス大山系を望む森林地帯への入口に、「ハンター」たちは集結していた。

 男たちの手には、各々が愛用する「得物」が握られている。

 年代物のリボルバー拳銃に最新型の大型自動拳銃、ボルトアクション式ライフル銃や強力な軍用散弾銃を持った者もいる。

 そんな中、一際異彩を放つ「得物」を「従えて」現れたのが、王室関係者の覚え目出度いネクタス州名門貴族の当主であった。

 上流階級の面々から驚きと称賛の声が上がる。


「おお、デルバータ卿!随分とすごい得物ですな!」


 蒸気時代に製造されたビンテージライフルを手にした小太りの中年男が、肩で風を切って歩く堂々とした佇まいを見せる名門貴族の男の「得物」を讃えた。

 菱型の車体左右両端に履帯を備え、強力な水冷式重機関銃を搭載した砲塔を同じく左右両側面に配備した機械仕掛けの鋼鉄の魔獣が、デルバータに続きゆっくりと進んできた。

 恐るべき工業大国の「新型陸戦兵器」、菱型戦車である。

 

「ハハハッ!ありがとうございます、シュタイナー知事!

 友人であるネクタス王立兵器工廠の工場長に、『今度の休み、ゴブリン狩りに行く』と言ったところ、『是非、ゴブリン相手に実地試験をしてくれ』と頼まれましてな。

 北で怪しげな動きを見せるディメンジアの緑虫に備えて準備された新兵器“戦車”の馴らし運転ですよ。

 ……なに、皆さまの獲物を横取りするつもりはありませんので、どうかご安心を。」


 アドルフ・デルバータ。

 かつてエルフの王国を滅ぼした「王国使者」の末裔にして、後の海軍総司令となるハインツ・デルバータの直系の先祖は、破顔して軽口を飛ばした。

 これに周囲のスタントール上級国民たちは笑みを零して名門貴族のジョークに答えた。


「いやいや!もう今回はデルバータ卿の総取りでしょう!」

「我々は卿のおこぼれに与るとしましょう!」

「やはり我らが王国は偉大なり!こんな新兵器があれば、北のオーク共なんぞ一撃ですな!!」


 一躍この日のスターに躍り出たデルバータは、意気揚々と「新兵器」戦車の解説をはじめ、さらに上流階級の面々の喝采を浴びた。

 そして、ゴブリン狩りは始まった。


……


 ギャズムは、住処である天然洞穴奥深くの「作業場」で、父とその仲間たちが森で狩った鹿や熊の皮剥ぎを他の子供ゴブリンたちと一緒に行っていた。

 異変は突然起こった。

 作業場の先にある洞穴のさらに奥、「居住地」から小さな赤子を抱えた雌ゴブリンたちが転がるように逃げて来た。


【なんだ?】


 ギャズムと子供たちは作業を中断し、逃げて来た「母親」たちの姿を見た。

 するとその中の一人、ギャズムの母が3年前に生まれた小さい弟のゴラムを背負って駆け寄って来る。


【ギャズム!急いでここから逃げるよ!!】


 母の顔は焦燥と恐怖に歪んでいた。


【何があったんだよ、かあちゃん!?】

【……白い変な煙が天井の岩の隙間から流れ込んできたんだ……

 煙を吸った連中は皆、泡を吹いて苦しみながら倒れちまった!

 ……もうすぐ煙がこっちまで来る!急いで外に逃げるよ!!】


 そう告げると、ギャズムの母は彼の小さな手を引いて「安全な」外界を目指して走り出す。

 地上へと続く道は複数あったが、煙はまるでゴブリンたちの逃げ道を限定するかのように様々な方向から流れ込んでくる。

 横穴という横穴からゴブリンたちが逃げ出てくる。

 たちまち混雑する洞穴の「メイン通り」。

 白い光が差し込む出口を目指してひたすら走った。

 ふとギャズムは後ろを振り返る。

 そこには「死の煙」が立ち込めており、彼の数メートル後方にまで迫っていた。

 煙に巻かれた者は、母の言った通り苦しみ悶えて地面を転がっている。


 とにかく外へ。

 全力で走るギャズムたち。


 やがてギャズムと彼の小さな弟を背負った母は、辛くも「安全な」日差しの中へと飛び込んだ。

 だがそこに「安全」など存在しなかった。


「ワン!ワン!ワン!ワン!!」


 外に出るなり響き渡る大型犬の咆哮。

 そして洞穴の左右からゴブリンたちに向かって銃撃が加えられる。


【ギャッ!】

【ギギッ!!】


 銃弾を受けた者が悲鳴を上げる。

 洞穴出入口の左右には、小銃で武装し揃いのハンター服を着た人間たちと、首輪とリードを付けた獰猛な大型犬が多数待ち構えていた。


【に、ニンゲンだ!鉄砲を持ったニンゲンがいる!!】

【コッチだ!森の外へ逃げろ!!】


 彼ら「ゴブリン狩りツアー会社」の社員たちは、ゴブリンがバラバラに散開して逃げ出すのを許さず、まとまって真っ直ぐ森の外へ逃げるよう仕向けた。

 少しでも集団から外れたゴブリンには容赦なく弾丸もしくは犬が襲い掛かり、「死の煙」で住処を追われたゴブリンたちは一塊にまとまって森の出口へと逃げることを余儀なくされる。

 死の恐怖から逃れるべく必死に走るゴブリンたちは、やがて森の外へと飛び出した。


 銃声の大合唱。


 様々な銃火器で武装したスタントール人上流階級の人間たちが奏でるゴブリンたちを地獄へ叩き落す「葬送曲」。

 小銃弾や粒状の散弾、ピストル弾の雨が、森の外へ出ようとしたゴブリンの肉体を引き裂いた。

 デルバータ卿の「戦車」も、車体を正面に向けて左右の砲塔に搭載された重機関銃から強力な7.62mm弾の豪雨を降り注がせる。

 一方的な虐殺。

 完全なる遊興目的の殺戮であった。


【ギャギッ!!】

【ウギャッ!!】


 次々と射殺される緑肌の地底人たち。

 母に手を引かれたギャズムは、足元の木の根っこに躓いて地面を転がった。


【ウギッ!クソッ!】


 悪態をつくギャズム。

 しかし、それが結果として彼の命を救うことになった。

 転んだ息子を気遣い立ち止まったギャズムの母は、直後、デルバータの戦車から放たれた機関銃弾の雨を浴びて彼の目の前で頭部を粉砕された。


【かあちゃん!!】


 地面に倒れた母の亡骸まで這っていくギャズム。

 銃弾は頭だけでなく、胴体も貫いていた。

 そして胴体に命中した弾丸は、母の背中にいた小さな弟の身体にも確実に届いていた。


【そんな……かあちゃん……ゴラム……】


 ギャズムの瞳に涙が浮かぶ。

 血塗れとなった弟のゴラムの息は次第に細くなり、命の灯火は掻き消えようとしている。


【にいちゃん……いたいよ……】

【ゴラム!喋っちゃだめだ!兄ちゃんが安全なところに連れてってやる!!】


 ギャズムは小さい弟の身体を引き摺り、頭上を飛び交う銃弾に恐怖しながら地面を這った。

 周囲では仲間のゴブリンたちが次々と射殺されていく。

 ギャズムは必死の思いで人間たちの銃弾と目を掻い潜り、何とか殺戮地帯からの逃避に成功した。

 

 死にゆく弟を背負い、無我夢中で山を目指して森を走るギャズム。

 日は地に没しようとし、大地を赤く染める。

 ようやく人間の「鉄砲の音」も、恐ろしい大型犬の咆哮も聞こえなくなるほど遠くまで逃げおおせることが出来た。


【ハァハァ……ゴラム!ここまでくれば大丈夫だろう……今から手当てしてやるぞ!

 ……ゴラム?どうした?おい!】


 背中に背負った弟に声を掛けるギャズム。

 しかし返事がない。

 背中に体温の温もりも感じない。

 ギャズムはそっと小さな弟を地面に降ろして確認する。


 もうゴラムは死んでいた。


【ウ、ウ、ウオオォォーーッ!!】

 

 ギャズムは泣き叫んだ。

 その慟哭はネクタス大山系全体に響き渡る。

 木々は震え、山や森の動物たちは思わず声の方を振り返った。


 しかし、人間たちには届かなかった。


……●「スタントールという国 第二部」番組本放送一部抜粋●……


・ギャズム

「……ゴラムの死に顔は、今でも時々夢に出てきます……

 苦しそうに顔を歪めたまま息絶えた小さな弟の顔が……」


・ロッピ

「……なんて悍ましいことでしょう……

 彼らが文明人だなんて、聞いて呆れる思いです。

 洞窟にいなかったそれ以外のご家族……お父上はご無事だったのですか?」


・ギャズム

「……ひとしきり泣き通した後、私は家に戻りました。

 するとそこには、槍の切っ先に突き刺さった父とその仲間たちの首が、崩落した洞窟の入口に掲げられていました。

 ……銃声を聞き、狩りを止めて戻って来たところを、待ち構えていた人間たちに撃ち殺されたんだと思います……

 ゴブリン狩りの後、人間たちは成果を誇り他のゴブリンたちに恐怖を与える為に、そうやって殺したゴブリンの生首を住処の前に掲げることを習慣的に行っています。

 また、スタントールの“亜獣人狩猟法”によれば、狩りの後は巣穴を爆破することが義務付けられていますので、私の生まれ育った故郷は地面に埋もれてしまいました。」


・ロッピ

「……“亜獣人狩猟法”……とんでもない法律ですよね。

 しかも現行法というのが恐ろしい。

 それで、その後どうなされたんでしょうか?」


・ギャズム

「私に芽生えたのは、人間に対する仄暗い憎悪でした。

 人間に復讐してやりたい。その一身で、私は敢えて人間たちの街へ向かったのです。

 ネクタス広域州州都・ネクタスへ。」


……抜粋終了……


 ネクタス。

 亜獣人を心の底から憎むネクタス人の首都。

 新暦1927年現在の都市圏人口は約600万人。

 スタントール第二の巨大都市であり、日用品から航空機に至るまで、あらゆる工業製品を生産するノルトスタントール連合王国の超工業都市。

 特に自動車や航空機の生産能力は、ネクタス市単体で戦前のディメンジア国内生産高に匹敵する程である。

 西を海に接し、周囲を剥き出しの山肌を晒す岩山に囲まれたその街は、新暦1700年代、無数の煙突が立ち並ぶ光化学スモッグに包まれた公害の都でもあった。

 中世暗黒時代までは「ネクタスの輝き」の雅名で知られた街の中心を流れるオーデル河は、往年の美しさを微塵も感じさせない程汚染され、川面には悪臭放つヘドロが浮かび、人間以外の「好ましい生物」の生存を許さない過酷な環境となっていた。


 今、この街で生きていけるのは人間と「好ましくない生物」だけ。


 ドブネズミや巨大ローチと言った不快害虫獣に……人目を盗んで地下に潜むゴブリン……

 ギャズムがこの街に来た目的は、言うまでも無く人間に復讐する為。

 その為には、人間のことを深く知る必要がある。

 ギャズムは手始めに、人間の文字を理解することから始めた。

 彼は人間の家に忍び込み、「本」を盗んだ。

 まずは子供向けの教科書。

 その持ち前の高い知性を大いに活かして、独学でひたすら言葉を学んだ。

 ある程度文字を理解できるようになると、今度は投げ捨てられた新聞紙を読んだ。

 人間たちの移り行く社会情勢を知り、何をすれば奴等に大打撃を与えられるかを探る。

 その間、彼はじっと耐えた。

 糞尿の入り混じる汚水を啜り、ドブネズミやローチの肉を喰らって逞しく生き延びた。

 人間の家に忍び込む時も、マヌケな面を晒して熟睡する人間たちを殺したい衝動を抑え、目的の「書物」だけ盗んでいった。


 ギャズムが故郷と家族を失って、気付けば10年の歳月が流れていた。


……


「号外!号外だよ!北の恥知らずなオークが攻めて来た!!

 号外!号外!!赤道のトカゲとディメンジアの緑虫が結託して我が王国に侵攻してきたぞ!!」


 オーデル河の支流である小さなドブ川に架けられた「蒸気時代」風の石造りの橋を、小脇に号外新聞の束を突っ込んだ鞄を抱えた青年が「記事の内容」を叫びながら辺りに新聞を撒き散らして駆け抜ける。

 それを拾い新聞を読むネクタスの人間たち。

 新聞の一枚が風に乗って橋の下のドブ川に舞い落ちる。

 橋脚下に身を潜めていたギャズムもまた、その号外新聞を拾い上げて記事を読んだ。

 そこには、ノルトスタントール連合王国の北部に位置する「敵対国家」ディメンジア国家社会主義国が、赤道のトカゲ系獣人の国家連合と大同盟を組んでスタントールへの大規模軍事侵攻を開始したことが記されていた。


【ギャズム、人間の新聞か?なんて書いてあるの?】


 ギャズムの新たな「家族」が、彼の背後に続く下水管から姿を現して声をかけてきた。

 ギャズムは振り返り、声の主に言った。


【人間がオークと大きな戦争を始めたようだ。

 ついに“その時”が来たぞ、グリガ。】


 グリガと呼ばれた雌ゴブリンの顔が明るくなる。

 ギャズムの妻である「ゴブリンクイーン」に分類される高度知能を有した地底獣人の雌は、喜びを露わにした。


【やったね、ギャズム!直ぐに地下の仲間たちに知らせるよ!】

【頼む、グリガ。俺は山に戻って、戦士たちと準備を整えてくる。】


 ギャズムはこの時を待っていたのだ。

 スタントールはいつも周辺諸国との国境紛争を繰り返している。

 だが、大抵は圧倒的な工業力を有するスタントールが終始優勢に駒を進め、戦火は直ぐに鎮火してしまう。

 しかし今回は違う。

 スタントール建国以来の「千年宿敵」ディメンジアのオークたちが、赤道一帯を統べるトカゲ獣人国家連合という大国を味方につけ、満を持して大攻勢を開始したのだ。

 間違いなく、これまでの地域紛争とは大きく異なる「大戦争」である。

 「敵生産拠点の中心部」に潜む自分たちが大暴れすれば、もしかしたら彼らオークが「勝利」を飾る手助けが出来るかもしれない。

 ギャズムはその可能性に賭けることにした。


……

 この10年の間に、彼の下には多数のゴブリンが集まった。

 彼と同じように「ゴブリン狩り」によって家族と故郷を奪われた者たちが、一人また一人と彼に付き従うようになり、やがて彼はネクタスの地下と大山系の奥深くに潜むネクタス山岳・都市ゴブリンの指導者、ゴブリン頭領オーバーロードとなっていた。

……


 無論ただ単に暴れ回ったところで、強力な銃火器を持った人間により一瞬にして掃討されてしまうだろう。

 そこで彼は人間の書物から得た知識を動員して「ターゲット」を絞ることにした。

 そのターゲットこそ、「物流」だ。

 物流網とは国家の血管である。

 「血液」となるあらゆる物資を必要とする場所、すなわち「臓器」に届けることで、国家は「生命」活動を行うことが出来るのだ。

 海の向こうで産出された鉄鉱石を船舶で製鉄所に届けて「鋼鉄」に加工し、その鋼鉄のインゴットを軍需工場にトラックで運んで「戦車」を製造。そして出来上がった「戦車」を列車に乗せて「戦地」へと送る。

 これが物流の一例である。

 それが滞ることは、すなわち国家の死を意味する。

 ギャズムは、その「物流」拠点の一つであるネクタス市内の王国中央鉄道基地と、そこからネクタス大山系を通り「隣接州」フェターナ広域州に聳えるエルスヴィル山脈の中心を貫く「広域州横断鉄道」の巨大鉄橋、通称「アルヴァーン“征服”鉄橋」を叩くことにしたのだ。

 基地には大量の「石油」や「弾薬」という可燃材が集積されており、それを燃やして全て破壊する。

 橋には、人間の書物を参考にして肥料を基に作った手製の「アンホ爆弾」を設置して列車ごと吹き飛ばす。

 スタントール王国の一大生産拠点と北の「戦地」を結ぶ陸の大動脈を叩き斬るのだ。

 永遠に分断することは出来ないだろうが、それでも人間たちに致命的な時間的ロスと資材の消耗を強いることが出来る。それは、同じ緑色の肌をしたオークたちにとって大きな有利となるはずだ。


 非力なゴブリンでも、人間たちに目に物を見せてやれることを証明する。


 ギャズム率いる山岳・都市ゴブリン連合による「復讐戦」の始まりだ。


……


 新暦1716年4月3日早朝。

 南半球に位置するスタントールの夏は終わりに近づき、赤みを帯び出した木々を旭日が優しく照らす。

 秋化粧を纏い始めた奥深い森が覆う山の中から、人間への復讐心を抱いたゴブリンたちが山岳部の谷間を跨ぐ巨大な赤い鉄橋を睨んでいた。

 かつてこの谷にはエルフたちの王国があった。

 その名はアルヴァーン王国。

 今、王国が存在した痕跡は全く残っていない。

 エルフたちが気の遠くなるような年月をかけて建設した荘厳な女王の宮殿は徹底的に破壊され、谷間に広がっていた木造の城下町と共に鉄橋基礎のコンクリートと土砂の下に埋まっている。

 およそ800年前にスタントール人によって滅ぼされたアルヴァーン王国は、その上に築かれた巨大鉄橋の名称として、屈辱的な「征服」の二文字を加えられて僅かに名が残るのみであった。


 もっとも、そんな歴史的背景を知らないゴブリンたちにとってこれから破壊する鉄橋の名前なんてどうでもよかった。

 あれが落ちれば、ネクタスとフェターナを結ぶ地上の大動脈は切断される。

 一大工業地帯であるネクタスで生産された膨大な戦争機材は、鉄橋が復旧されるまでの間、戦地に送られること無く倉庫の肥やしになるだろう。

 ギャズムとその仲間の山岳ゴブリンたちは、森の中で「その時」を待っていた。

 既に、深夜の内に「アンホ爆弾」を鉄橋左右の橋脚のアーチが交わる橋の中心部に4箇所設置した。

 後は列車が橋中心部に差し掛かった時に、一斉に爆破するだけ。

 古典的な押し込み式起爆スイッチを両手で握るギャズムの手に、緊張の汗が滲む。

 そんなギャズムの緊張した顔を見た仲間の一人が、彼を励ますように声を掛けた。


【ギャズム、大丈夫だ。頭のいいお前が考えた作戦だ。

 絶対に上手く行く。橋が落ちた後は俺様に任せろ。生き残ったニンゲンは、全部始末してやる。】


 「ゴブリンチャンピオン」に分類されるヒトより一回り大きい体格を誇る偉丈夫の雄ゴブリンが、右手に持った巨大な棍棒を肩に乗せながら豪快な笑顔を見せた。

 ギャズムは頼りになる副官のゴブリンに、ぎこちない笑みを返した。


【……そうだな……ありがとう、ゴルザム。】

 

 ゴルザムと呼ばれた大柄なゴブリンは、ギャズムの言葉に答えるように左手の握り拳を天に突き上げた。

 そして手下のゴブリンたちを率いて橋の傍まで山を下っていった。

 ギャズムは改めて橋を睨む。

 事前に鉄道基地から盗んだ時刻表によれば、もう間もなく新兵器の「戦車」を満載した30両編成のディーゼル機関車が通る頃だ。

 

 果たして列車はやって来た。

 時刻表通りである。

 ギャズムの緊張はさらに高まる。

 絶対にタイミングをミスしてはならない。

 設置したアンホ爆弾の威力はそんなに高くない。

 自動車やトラック等の車両を破壊するには十分でも、強靭な建造物を破壊するには威力不足は否めない。

 そこで、列車の荷重を利用する。

 爆発で損傷した鉄橋に列車の重量を乗せることで、一気に崩落させるのだ。

 鉄橋へ続く線路脇の森で待機するゴルザム率いる「攻撃部隊」のゴブリンたちにも緊張が走る。

 列車が鉄橋に差し掛かった際に発する軽快な警笛音が「遥けき谷」に響く。

 そして、機関車は橋の中心部に到達した。


 今だ!


 ギャムズは起爆スイッチのレバーを力いっぱい押し込んだ。


 爆発。


 4つの肥料爆弾が1秒の狂いも無く同時に炸裂した。

 鉄骨に損傷を与え、線路は破断される。

 爆発から僅か数秒後、破損した鉄骨は重量級のディーゼル機関車の重さに耐え切れず崩壊した。

 破滅の音が、かつてエルフたちが暮らしていた平和な谷に木霊する。

 機関車本体と後続の牽引貨物列車が、次々と谷の底へ落ちて行った。

 慣性の力が働いて10両程が谷に落ち、積んでいた戦車や各種重火器とその弾薬は瞬時に「産業廃棄物」と化した。

 辛くも線路に留まった20両は、牽引する機関車を失いその場に力無く停車する。

 

【今だ!!残ったニンゲンを始末しろ!!】


 ゴルザムが叫んだ。

 直後、およそ1000体のゴブリンが線路上に残存する貨物列車に襲い掛かった。

 彼らは自前で作った粗末な剣や棍棒、弓で武装し、列車に残っているであろう人間たちの命を奪わんと殺到する。


 しかし、やはり人間には敵わなかった。


 軍用貨物列車を守る王国軍部隊は、森から殺到するゴブリンを発見するや直ちに反撃した。


「警報!警報!!

 ゴブリン多数が左右から襲来!!応戦しろ!!」


 貨物列車屋上に据えられた対空機関銃座の王国兵が、伝声管に向かって警報を発する。

 直後、守備兵が乗るコンテナの分厚い鋼鉄の引き戸が開かれると、三脚に載せられた強力な水冷式重機関銃が出現した。

 対空機関銃座の兵士も、空を向いていた銃身を水平にして迫りくるゴブリンの集団へと砲口を指向する。


 フルオート射撃。


 鉛玉の大豪雨が、緑肌の地底人の肉体を一方的に引き裂いた。

 屈強な「ゴブリンチャンピオン」のゴルザムは、オークに勝るとも劣らない驚異的な膂力を発揮することなく頭部を吹き飛ばされて物言わぬ肉片と化す。

 他のゴブリンたちも恐怖心を押し殺して列車に突撃するが、それは単なる自殺行為に過ぎなかった。

 一瞬にしてゴブリンの「攻撃部隊」は壊滅した。


【クソッ!!やはり人間の銃には敵わない!!】


 橋を一望する山から一部始終を見ていたギャズムは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて「撤収」の草笛を鳴らした。


 「ピイィーーッ!!」という甲高い笛の音が谷に響き渡る。

 直後、生き残った僅かな「攻撃部隊」所属のゴブリンたちは、一斉に森の中へと消えていった。


……


 鉄橋崩壊から2日後。

 ネクタス州政府からの報告を受けて現場に駆け付けた「鉄道運輸庁長官」の男は、その顔を憤激に歪めていた。

 鉄橋は中心部が完全に崩壊して分断されていたが、幸いなことに橋脚本体に損傷は見られなかった。

 これならば20日以内には応急的な復旧は可能だろう。

 しかし、その20日の遅れは戦時の今、かなりの痛手だ。


 後の歴史書にて「亜獣人大戦」と称されることになる現在進行中の戦争は、スタントールにとってかなり旗色が悪い情勢だ。

 フェターナ・シノーデル王家出身の今上国王キールス・シノーデルⅡ世は、犠牲者が増える積極的な攻勢を嫌い、南側以外の周囲を交戦国・ディメンジアの領土に囲まれた要塞工業都市・モラグヴァータを「防衛不可能」と見做して完全放棄を宣言し、ほぼ無血でオークに明け渡してしまった。

 その「お陰」で、戦力を綺麗な1本の防衛線に纏めることが出来、結果として王国本土防衛には成功しているものの、ネクタス人を中心に「軟弱」な国王と「弱腰」の政府に対する強い不満が燻っていた。


 緑虫に王国の都市を明け渡すとは、何事か!!


 生粋のネクタス人である「運輸庁長官」ことアドルフ・デルバータは、そんな今上国王に不満を持つ「王国臣民」の筆頭だ。

 そんな中、あろうことかゴブリンによる後方兵站破壊工作が発生するとは。

 もはやただ単に殺すだけでは飽き足らない。

 オーク以下の「クソッタレ」地底人に、この世に生まれて来たことを後悔させてやらねば。

 仄暗い憎悪と殺意のオーラが、ネクタス州名門貴族の男を包み込む。


「……デルバータ卿。ご報告します。

 ゴブリン共の巣を発見したと、偵察隊から連絡が……」


 王国軍兵士がデルバータに敬礼しつつ恐る恐る報告した。

 激怒の表情のまま、デルバータは兵に命じた。


「……巣の出入口全てに狙撃兵を配置しろ。

 奴等が餌を求めて外に出てきたら撃ち殺せ。徹底的に餓えさせるんだ。」

「はっ!了解しました!長官!!」


 兵士は弾かれたように背筋を伸ばして見事な敬礼を示した後、命令を実行させるべく駆け出した。

 谷間に落ちた機関車と貨物列車の残骸を橋の上から見下ろしながら、デルバータは誰に言うでもなく呟いた。


「……ゴブリン共……飢え死に寸前になったところで、とっておきの“餌”をくれてやるからな……」


……

 

 ギャズムが山岳部の「本拠地」に戻って数日後、異変が起こった。

 いつものように森で食糧を確保する為「狩猟班」が巣穴から出ると、どこからともなく銃弾が襲った。

 極めて正確な射撃で、地上に出た数体のゴブリン全員が一瞬にして頭部を撃ち抜かれてしまった。

 仲間から報告を受けたギャズムは、直ちに異変が起こった出入口へと向かう。

 そっと顔を出すと、すぐさま銃弾が襲って来た。

 弾丸はギャズムの目の前の岩に命中し、細かい破片となった。


【ギャッ!!……なんだ?人間がいるのか?】


 彼の脳裏に、10年前の凄惨な記憶が蘇る。

 だが、彼が新たな本拠地に選んだこの洞穴は、「死の煙」こと毒ガスに対処できるような場所となっていた。

 岩山の中腹にあって全体的に通気性が良く、5箇所ある出入口のいずれも開口が大きく確保されている。

 ガスが中で滞留することなく、何処から流し込まれようとも直ぐに拡散して毒性は弱体化してしまうだろう。むしろ、外にいる人間に被害が及ぶ可能性がある。

 さらに洞穴内部の外界に通じる岩の隙間は粘土を練り込んで塞ぎ、その上に木で十分な補強を施しているので、5箇所の開口部以外から毒ガスが流れ込む余地は無い。

 この住処なら毒ガスであぶり出される心配はない。

 逆に人間たちが巣穴に入り込んできたらこっちのものだ。

 複雑に入り組んだ洞穴内での戦いなら、人間の銃火器も最大限の力を発揮できない。

 背後からの挟撃や複数方向からの同時包囲攻撃で各個撃破してやる。

 それに、予定ではネクタス市内の鉄道基地を攻撃した妻グリガ率いる都市ゴブリンの本隊が2、3日以内に帰還する手筈になっている。

 内と外から、迂闊に洞穴内へ踏み込んだ人間共を数の暴力で圧殺してやる。

 ギャズムはそう考えた。

 手下たちに戦闘準備を命令し、トラップを仕掛けて迎撃戦に備える。

 

 しかし、人間たちは襲ってこなかった。

 

 姿は見えないが、食糧調達を担う「狩猟班」のゴブリンが洞穴から出ようとする度、確実に銃弾は襲い掛かる。

 どこかで監視しているのは間違いない。

 それに、1週間経ってもグリガたちは帰ってこなかった。

 備蓄していた食糧も底を尽き始めた。

 飢えが次第に緑肌の地底人たちを襲う。

 

【……まずい……このままだと飢え死にだ……

 人間たちの狙いはコレだったんだ……】


 地底の玉座に座るギャズムは、側近たちに恐るべき人間の「計画」を明かした。

 「毒ガス」対策としては「最適」なこの住処は、今現在「最悪」の住処と化していた。

 通気性が良い為、洞穴内に苔やキノコ等が自生せず、岩盤の隙間を悉く埋めてしまった所為で雨水も入り込まない。

 食糧のみならず水の自給さえ覚束おぼつかない「最悪」の住処だ。

 直ちに外の森で水と食糧を調達しなければ、今この洞穴内で身を潜める約2000体のゴブリンは1ヶ月以内には全滅してしまうだろう。

 

 なんとかしなければ。


【ボス!俺たち、どうしたら……】

【飢え死になんて嫌だ!】

【ギャズム!どうか、俺たちに“道”を示してくれ!!】


 側近のゴブリンたちが悲痛な声を上げる。

 ギャズムはイチかバチかの賭けを思い付いた。


【……人間に、銃を撃つ暇を与えない程、大勢で一斉に飛び出すんだ。

 何人も犠牲になるだろうが、食糧を調達しないと体力の無い子供たちから死んでいく……

 なんとしてでも食い物を持って帰るんだ。】


 悲壮な表情を浮かべて宣言するギャズム。

 これに側近たちの表情も固くなる。

 それしか無いだろう。

 とてもまともな作戦とは言えないが、小さな命が奪われるのを目の当たりにするのはもう沢山だ。


 翌日、食糧調達決死隊が編成された。

 5箇所の巣穴に、それぞれ20~30体のゴブリンたちが集結している。

 ギャズムはその一人一人全員に声を掛け、武運を祈った。


【……頼んだぞ。お前たちの持って帰る食べ物を子供たちが待ってる……】

【任せてよ、ボス。バケツ一杯に食い物持って帰るから!】


 若い雌ゴブリンが頭領オーバーロードに笑顔で応じる。

 死地に追いやる同胞たちへの声掛けを一通り終えると、ギャズムは草笛を口に当てた。

 甲高い笛の音が洞穴の中を駆け巡り、外まで響き渡る。

 数瞬と間を置かず、多数のゴブリンたちが一斉に洞穴から飛び出した。

 

 重機関銃のフルオート射撃。


 5箇所の洞穴入口からやや離れた森の中に設けられた偽装火点から、強力な水冷式重機関銃が咆哮する。

 バタバタと折り重なるように倒れるゴブリンたち。

 狙撃兵部隊も直ちに攻撃。

 機関銃が撃ち漏らした緑肌の蛆虫の脳天を吹き飛ばす。

 食糧調達決死隊は、圧倒的な人間の火力の前に「作戦開始」から僅か数分で全滅した。


【あぁ……そんな……なんてことだ……】


 ギャズムや側近たちに絶望が襲い掛かる。

 そして飢餓が覆い被さった。


……


 食糧が尽きて1ヶ月近くが経った。

 約2000体を数えたギャズムの仲間で、今、何とか息をしている者は僅か100体ほど。

 壮絶な共食いが発生して大勢が死に、もはやそこに獣人としての僅かな理性さえ無かった。

 ゴブリンたちの白い骨が、洞窟のそこら中に散乱している。

 スタントール人たちがイメージする通りの「醜い」ゴブリンの姿がそこにあった。

 ギャズムもまた完全に知性を失い、空腹で倒れた側近の雄ゴブリンの肉を貪り食っていた。

 

 そこに、スタントール人は「極上の餌」を放り込んだ。

 5箇所の出入口から丸々と太った「緑色の肉」が相次いで投げ込まれる。

 生き残った山岳ゴブリンたちは、すぐさま群がるように殺到した。

 ギャズムも駆け付け、その「肉」の太腿に食らい付く。


【ギャギャッ!!新鮮な肉!!ニク!!】


 食らい付いた肉を引き裂こうと顔を思い切り引き上げた。

 その時、「肉」の顔が彼の瞳に飛び込んでくる。


 口を縫い付けられた妻のグリガだった。

 

 スタントール人によって無理矢理肥え太らさせられた妻の姿だった。

 他の「新鮮な肉」も、都市ゴブリンの仲間たちの成れの果てであった。

 ギャズムが「アルヴァーン征服鉄橋」を攻撃したのと同時刻に、ネクタス市内の鉄道基地への襲撃を試みた彼ら都市ゴブリンたちであったが、その全てが武装警官らによって撃滅され、生き残ったグリガはじめとする僅かなゴブリンたちは残らず捕らえられていたのである。

 そして彼らには残虐な「死刑」が待っていた。

 山に潜む仲間たちの「餌」となること。

 「食餓鬼刑」と呼ばれる死刑の執行である。


 ギャズムは悲鳴を上げることさえ出来ない妻の悲痛な瞳を見て、急速に理性を取り戻した。

 食らい付いた「妻の」肉を口から零れ落とし、飢えに餓えた仲間たちに身体を貪られる彼女の姿を目の当たりにして呆然とする。


【グ、グリガ……あ、あ、あぁ……俺は……俺は何をしてるんだ……】


 餓えた仲間のゴブリンによって妻の腹が引き裂かれる。

 するとそこから埋め込まれていた時限爆弾が姿を現した。

 鉱山発破用の強力な筒状の岩石破砕爆弾にネジ巻き式のタイマー時計が取り付けられている。

 タイマーは「カチカチ……」と嫌な音を出しながら秒針をゼロに進めている。

 ギャズムは叫んだ。


【み、皆!逃げろ!!爆弾だ!!逃げろ!!】


 だが理性を失ったゴブリンたちは「極上の肉」に食らい付いて離れない。

 グリガの瞳から生気が失われる。

 腹を引き裂かれ、臓物を喰われたことで彼女の命の灯は掻き消えた。

 爆弾が仕込まれていたのはグリガだけでは無い。投げ込まれた他の「極上の肉」のはらわたからも次々と現れた。

 ギャズムは本能的に外へ向かって転がるように逃げ出した。

 

 直後、大爆発。


 爆風をモロに受けたギャズムは、そのまま洞穴の外へと弾き飛ばされた。

 身体は岩山の斜面を転がり、崖下の流れが急な川の中へと没した。



……●「スタントールという国 第二部」番組本放送後半から一部抜粋●……


・ロッピ

「……」


・ギャズム

「……その後、私は海まで流され、海面を漂っているところをディランTECH社所属の貨物船に助けられました。

 人間の船長と船医は、ゴブリンの私を人間と同じように治療して温かい食事を振る舞ってくれました。

 ……あの時のパンとコーンスープの味は、一生忘れられません……

 船員にはゴブリンも居て、彼らが人間と同じ服を着て一緒に仕事をしている様を見て驚愕しました。

 私は思わず、そのゴブリンに言ったんです。

 『なぜ、君は人間たちと一緒に仕事しているんだ?』と。

 すると彼は笑顔でこう言いました。

 『人間と一緒に働いちゃ悪いかい?』

 ……私は、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けました。

 この呪われた世界に、人間とゴブリンが共に働き、共に暮らせる場所があるんだ、ってね。」


・ロッピ

「……」


・ギャズム

「私はこの世界に、ロングニルという国が存在することを感謝しています。

 ただ……叶うことなら、あの破壊工作を行う前に、その存在を知りたかった……

 そうすれば、私は“人間への復讐”なんて馬鹿な真似はやめて、妻グリガと仲間たちを率いてロングニルに渡っていたでしょう。」


・ロッピ

「……本当にありがとうございます。ゴーギルンさん。

 とても辛いことを思い出させてしまい、改めてお詫び申し上げます。」


・ギャズム

「お詫びなんて……私もこうして、話せて良かった。

 飢餓にさいなまれていたとは言え、妻を食べようとしてしまったことや仲間を見捨てて自分だけ助かったことを、この200年ずっと悔やみ続けてました。

 話すことで、すこしばかり気持ちが晴れたように思います。」


・ロッピ

「ありがとうございます、ゴーギルンさん。

 最後に、スタントールに対して何か思うことや言いたいことはありませんか?」


・ギャズム

「……何も……もうあの国に何を言っても無駄でしょう。

 ……私からは、何もありません……

 ……何も……」


……●第二部 終了●……

※この後書きは次話に少しだけ関係しますが、読み飛ばしても問題ありません※


【新暦1927年5月16日付 スタトリアン王国通信社(中道右派メディア)

        全国紙朝刊(通常版)一面記事より抜粋】

●ディランロジに営業停止命令 ゴーギルンCEOを国際指名手配へ●

 先日13日にロングニル・ワールド・トゥデイ(以下、LWT)放送の「スタントールという国 第二部」の内容を受け、王国警察庁は昨日、ディランTECH社常務取締役で関連グループ会社のディランロジスティクス社CEOであるギャズム・ゴーギルン容疑者(232)を国際指名手配した。

 王国警察庁のベルトルト・ウェーバー警察総監(60)は昨日、定例記者会見でゴーギルン容疑者を国際指名手配したことを明らかにした上で、容疑について次のように語った。

「昨日(13日)放送のロングニルの反スタントール番組において、現ディランロジスティクス社長のギャズム・ゴーギルンなるゴブリンが我が国においてテロ行為を行っていたことが本人の自供でわかった。

 王国警察は本件を非常に重く見ており、政府と緊急協議の上、“国家秩序騒擾罪”、“列車横転罪”など複数の重犯罪の容疑で国際指名手配したものである。

 ロングニル政府には、速やかにゴーギルン容疑者の身柄を王国へ引き渡すよう強く求める。」

 また、あわせて運輸省は昨日付けでディランロジスティクス・スタントール支社の営業停止を命令。スタントール国内での企業活動全てに関して、無期限の禁止を通達した。

 理由として運輸省は、「代表者が指名手配されたことに加え、同社が運輸省へ提出した書類に重大な瑕疵が見つかった」としており、瑕疵の内容については「営業許可申請書の“会社代表者種族欄”に本来なら“獣人(営業不許可)”と明記しなければならないところ“ヒト”と記入していた」と明かした。


(中略)


●王国防衛烈士団が緊急声明 LWTに即時放送中止を要求へ●

 ハインツ・デルバータ氏(55)が総帥を務める右派市民団体「王国防衛烈士団」は昨日、報道機関各社に向けて「緊急声明」を発表。

 この声明の中で烈士団は、LWTの「スタントールという国」について、残された第三部の放送を即時取りやめ、悪質な反スタントール・プロパガンダ番組を放送したことに対する全面的な謝罪を求めた。

 また、声明文には「もし、第三部放送が強行された場合、怒りに燃えるスタントール臣民が如何なる行動に出たとしても、その全責任はロングニル側にある」とし、直接的な武力を用いた放送妨害を示唆した。

 これについて、同番組内でも度々先祖が実名で登場した烈士団総帥で極右政党、ネクタス・センチネル王国武装戦線党首のデルバータ氏は本紙取材に次のように語った。

「私としては一族の過去の栄光を全世界に知らしめた“スタントールという国”には“感謝”していますよ。偉大なるネクタス・シノーデル王家の忠実なるしもべとして、如何に我がデルバータ家が身を粉にして働いてきたか、それを大勢に知ってもらえたのですからね。

 ただ、私の一族の事をどう言おうと一向に気にしませんが、ああも悪し様に我らが偉大なる古き王国を歴史的事実の歪曲・捏造をもって非難するやり方には強い憤りを禁じ得ません。

 特に、次の第三部はダニーク人が“証言者”というではありませんか。

 4.11で大勢の無実な人々の命を奪った唾棄すべきテロリストに過ぎないダニーク人が何を語ると言うのですか?

 言語道断です。」


(後略)

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