44. スタントールという国 第一部~エルフの証言~
※この第44話にサーラたち主人公サイドは出てきません。
スタントールによる迫害から逃れた亜獣人たちの回想録となります。
※当初、1話でまとめるつもりでしたが、文字数があまりに膨大となるので3話に分割します。
【新暦1927年5月6日付 ロングニル・ワールド・トゥデイ社放送
特別報道番組「スタントールという国 第一部」より抜粋】
・アナウンサー(ハイエルフ女性)
「こんばんは。本日から三夜に渡り、全三部構成でお送りしますこの特別報道番組“スタントールという国”。
世界的な批判を無視し続け、亜獣人への常軌を逸した前時代的な差別政策をやめようとしないノルトスタントール連合王国という国について、彼の国から命辛々逃れて来たロングニル在住の3人の人物へのインタビューを基にその真の姿に迫ります。
インタビュアーは、先月発生した『フェリス同時多発テロ』の模様をリアルタイムで報道した当局記者、ロッピ・ヴァーニッタです。
ロッピ、よろしく。」
・記者(※ヴァニーシャ人女性)※ウサギ系亜人
「よろしくお願いします。
今回インタビューに応じていただいた3人の方は、いずれもスタントールという国が辿った歴史の生き証人です。
まず、私たちロングニル人にとって、ヒト、亜人、獣人、魔獣の違いは単なる個々人の身体的差異に過ぎません。
しかし、一度国外に出れば、それは恐るべき“身分”の差として私たちに襲い掛かってきます。
私自身、外国への現地取材で何度も体験しました。
そんな諸外国の中でも、一際亜獣人に対し差別的な態度を取り続けるノルトスタントール。
彼の国が行った糾弾されること無き過去の悪行を、当事者の生々しい証言を基に明らかにしていきます。」
・アナウンサー(ハイエルフ女性)
「尚、本番組の中では、私たちロングニル人の常識では理解出来ない極めて差別的な表現が出てくることがありますので、あらかじめご了承ください。
それでは、最初の証言者の方をご紹介します……」
(後略)
●第一部 証言者●
エルレナータ・アリシダット女史
元アルヴァーン王国女王 現ヴェンデンゲン王立歴史図書館終身館長
彼女の王国は、ノルトスタントール連合王国の二大中核州の一つであるフェターナ広域州にあった。
王国の名はアルヴァーン王国。
数万年という長大な歴史を持つエルフたちの王国。
フェターナ広域州と共にスタントール王国の中核を成すネクタス広域州との州境に聳える峻厳な山岳地帯、エルスヴィル山脈の奥深く、フェターナ人から「遥けき谷」と呼ばれる美しい自然の造形が織りなす谷間にその王国は「かつて」存在していた。
不死の存在たるエルフにより、膨大な年月をかけて建造された石と木材で出来た荘厳な宮殿と整備された見事な木造建築の建物が居並ぶ城下町に、約2万人のエルフが平和に暮らしていた。
街の中心部である谷間を流れる河川を伝って旅商人のエルフやドワーフ、オークの戦士商人が頻繁に交易を行い、アルヴァーン王国はスタントール地方最大のエルフの国家としてその静かな繁栄を謳歌していた。
彼の国からの使者が訪れるまでは。
新暦928年3月10日。
玉座に座るエルレナータ女王はその日、美しい顔を顰めて無粋な「訪問者」と相対していた。
黒のタキシードにシルクハットといった出で立ちの白人男。
機械仕掛けの片眼鏡を装着した紺碧の右目には、女王とその取り巻きのエルフたちへの侮蔑の念が隠すことなく現れていた。
男の背後には、最新型のボルトアクションライフル銃のスリングを右手に持った蒸気時代風の煌びやかな軍装を纏った王国軍兵士数名が侍り、周囲のエルフたちを威圧している。
「……悪いけど、もう一度言ってもらえるかしら?」
エルレナータは黒タキシードの男に、来訪目的の再確認を行う。
建国から約500年程の「若い」王国からやってきた白人男は、尊大な態度で返答する。
「その長い耳は飾りか?全く……
……もう一度だけ言うぞ……
我がノルトスタントール連合王国は、偉大なるカルディン・シノーデル国王陛下による王命を持って“王国領土不法占拠者”たるエルフに告げる。
直ちに、この“不法占拠地”を明け渡して王国から出て行け。
猶予は1週間。その間に大人しく立ち退けば、生命だけは保障してやる。
だが、我が王国の寛大な慈悲を無視して尚も不法に居座り続けた場合、貴様等エルフに逃れられぬ悲劇が襲い掛かるであろう。
以上だ。」
男は懐から書状を取り出し、それをエルレナータに突き出して「宣告」した。
たちまち「玉座の間」に集まったエルフの文武百官が色めき立つ。
「ふざけるな!人間風情が調子に乗るな!!」
「ここは太古の昔から我々の地だ!何が『不法占拠』だ!!」
「なんで出て行かなきゃならないの!?一体、何のために!?」
口々に不躾な宣告を発したスタントール王国の使者を非難する。
これに王国からの使者は、さも当然のことのように言い放った。
「黙れ、無教養な耳長の亜人が。
ここには我が王国の広域州横断鉄道が敷設されるのだ。
その為には、この邪魔な谷を埋めなければならない。
こうしてわざわざ事前通告に来てやっただけでも、有難いと思って欲しいものだ。」
スタントール人の尊大極まる態度とその発言は、エルフたちの怒りの炎に油を注いだ。
「……こ、この無礼者が!生きて帰れると思うなよ、人間!!」
血気盛んな若いエルフの武官の一人が、腰に差した剣を引き抜いた。
直後、王国使者のタキシード男は上着の下に隠したリボルバー拳銃を取り出し、銃口を剣を抜いたエルフに向ける。
発砲。
強力な.45口径弾は、圧倒的運動量を若いエルフ男の額に叩き付け、彼の後頭部から脳漿と頭蓋の破片を荘厳な「玉座の間」に撒き散らした。
この場にいる全てのエルフに衝撃が走った。
「な、なんだ!?ティスタールが、音だけで殺されたぞ!?」
「今のは何だ?何があった!?」
「ま、魔法?魔法なの!?でも、魔力反応は何も……」
騒めくエルフたち。
「音」だけで仲間の武官が殺されたと思っているようだ。
一方のスタントール人の男は、銃を悠然と構えたまま無様に慌てふためく耳長の亜人への嘲笑を浮かべる。
その背後に立つ王国兵たちは、既に油断なく周囲のエルフにライフル銃の銃口を向けている。
音だけで相手を殺す謎の武器。
人間たちの持つ得体のしれない「ソレ」を前に、エルフたちは足を踏み出せずにいた。
エルレナータは顔をこわばらせて玉座から立ち上がり、仲間を殺した使者の男に宣言した。
「……なんてことを……
あなたは使者として失格よ!謁見の場を血で汚すなんて、何を考えているの!?
……たしかに、最初に剣を抜いた彼にも非はあります……
しかし……だからと言って殺していい理由にはなりません!!
去りなさい!!二度と“私たちの地”に足を踏み入れないで!!」
これにタキシードの男は最大限の侮蔑と尊大さをもって答えた。
「わかった。愚かなエルフのアバズレ女よ。
貴様等には栄光のスタントール王国から絶対的な死を賜ろう。
残された僅かな余生を、精々満喫することだな。」
男とその配下のライフル兵たちは、踵を返してエルレナータの宮殿から立ち去った。
エルフたちは、その忌々しい後ろ姿をただ見送るしかなかった。
……
宮殿前の広場には大勢のエルフの民が集まり、突然「空」から飛来した「謎の物体」とそれを守るように展開する王国軍兵士数名を、警戒の眼差しと共に遠巻きに見つめていた。
事情がよく分からない子供たちは、広場に居座る奇妙な「それ」を指差しながら無邪気にはしゃいでいた。
彼らの視線の先にあるその物体。
強力な蒸気エンジンを搭載した小型軟式飛行船である。
エルレナータらアルヴァーン王国の頭脳に「宣戦布告」を叩き付けたスタントール王国の使者を、人里離れた山岳地帯の奥深くまで容易く運んできた人間たちの驚愕すべき「新発明品」。
鳥やドラゴンの独壇場だった「空」に、人間が進出してきたのである。
人ならざるエルフの民に、その正体が何なのか分かる筈も無かった。
飛行船を守る兵士たちの部隊指揮官が、戻って来た使者の男に敬礼する。
「デルバータ卿。ご苦労様です。
それで、耳長連中は何と?」
屈強な体格の王国軍部隊指揮官の男が、黒タキシードの使者に首尾を問う。
デルバータと呼ばれたネクタス州随一の高級貴族当主は、「ふん」と鷲鼻を鳴らして答えた。
「話にならんよ。私が立ち退きを要求するなり奴等は剣を抜き戦いを挑んできた。
とんでもない野蛮人共だ。直ぐに陛下へご報告申し上げねばならん。」
「なるほど。ということは久方振りのエルフ共との大戦でありますな!」
部隊指揮官の男の顔が明るくなる。
人間よりも優れていると思い上がっているエルフの屑共へ鉄槌を下すまたとない機会の到来に、誇り高き王国軍人としての心が躍る。
しかしヨアヒム・デルバータはニヤリと邪な笑みを浮かべると、大佐の階級章を付けた士気漲る王国軍将校の発言の一部を訂正した。
「大佐。これは戦なんぞではない。
我が王国に巣食う有害鳥獣の駆除。言うなれば狩りだ。
ビンテージ物のワインを賭けてもいい。エルフ共と我々とでは、“戦争”にならんよ。」
デルバータはそう言うと飛行船に乗り込み、機上の人となった。
黒タキシードの男に続いて兵士たちも搭乗を完了する。
大空へと舞い上がった人間の「機械」は、一路彼らの首都である「枯れること無き花の都」フェリスを目指して、エルフの里から飛び去った。
……
スタントールからの使者が去った直後、エルレナータはアルヴァーン王国全ての民に布告を出した。
人間たちが谷に攻めてくる。
遥けき谷の城下町のみならず、周囲の村落にも使いを出した。
すると実に500年振りとなる人間との大戦とあり、特に血気盛んな若いエルフたちを中心に弓と剣を携えて我先にとエルレナータの城へ馳せ参じてきたのであった。
「女王陛下!!北のヴァリン伯の兵も参上しました!」
城兵の女性エルフが、玉座のエルレナータに向かって片膝をつき頭を垂れて報告した。
玉座の周囲に侍る臣下たちに喜びの声が上がる。
「おお!なんとヴァリン伯まで!」
「これで我々の兵と近隣諸邦から集まった若者たちを合わせると、実に5000を超える兵が揃ったぞ!!」
「もはや人間の軍勢なんぞ恐るるに足らず!」
もはや人間なんぞ鎧袖一触。
常命の者が不死という圧倒的なアドヴァンテージを持つ「優良種」エルフに勝てるものか。
潜在的に人間に対する優越思想が根強い亜人の中でも、特にその傾向が強いエルフは人間を見下し完全に見縊っていた。
それも無理はない。
このアルヴァーン王国は人間の国から遠く離れた「辺境」であり、彼らが戦らしい戦を経験したのは、およそ500年前。スタントール建国により小さな村落にも衛兵が配備されて国内治安が大幅に向上した結果、行き場を失った山賊の一大連合軍による襲撃を受けた時以来である。
その時、エルフたちは文字通り人間の山賊軍を圧倒した。
谷の手前に広がる奥深い森林地帯にて、遊撃弓兵による攪乱攻撃と精霊魔導兵の魔法攻撃を展開。山賊を只の一人たりとも谷に近づけることなく撃退したのだった。
しかも次なる敵は人間の王国そのもの。
山賊連中とは明らかに格が違う「大いなる敵」との戦いに、長老たちの語る山賊との戦記譚を聞き育った500歳未満の若いエルフたちは戦争というものへの憧れと期待感を隠しきれなかった。
しかし、聡明なエルレナータと一部の古参臣下の顔は晴れなかった。
女王たちは、スタントール建国から現在までの約500年の間に起こった「異変」に気付いていた。
まず、オークたちの姿が消えた。
スタントール建国以前は、アルヴァーン王国へ頻繁にオークの戦士商人が訪れ、彼ら緑肌の獣人たちが作った頑強な刀剣や防具を携えては王国の農産品と交換する交易を行っていたが、彼の国が出来てしばらくするとオークたちは何処かへと消えてしまった。
そして次なる異変はドワーフたちだ。
隣のネクタス地方に点在するドワーフ鉱山国家が攻め滅ぼされたという知らせが、やはりスタントール建国以後何度ももたらされるようになった。
それ以前にも、彼の地方では人間のネクタス王国とドワーフたちが激しく争っているという話は聞いていたが、「滅ぼされた」ことは長い歴史の中でもほんの数例程度で、大抵は身体的に優れたドワーフたちが人間の軍勢を撃退していた。
しかしスタントール建国からこの500年の間、毎年のようにドワーフの鉱山国家滅亡の知らせが届くようになった。
それを裏付けるようにドワーフの交易商の数も年々減り続け、ついに2年前には誰もアルヴァーンへ訪れなくなってしまった。
そして決定的なのが人間国家の異常なまでの発展に関する「噂話」である。
これは主に旅商人のエルフと、「難民」となってアルヴァーンへ逃れてきた少数の「平野エルフ」たちからもたらされた。
彼らの話は、どれも理解しがたい内容だった。
目に見えない速さで鉄の玉を撃ち出す「銃」と呼ばれる新しい武器、白い煙をあげて大地を突き進む人間が操る「列車」という鉄の魔獣、そして大空を飛ぶ船……
広大なフェターナ平野に点在する森林地帯に村落規模のミニ国家を築いていた「平野エルフ」の悉くが「機械」と「銃」を持った人間によって「狩り立てられ」、ほとんどの者が一方的に殺戮されたという話。
古きエルフの王国の長老たちはいずれも「滑稽な作り話」と見做して請け合わなかった。
僅かに生き残りアルヴァーンへ逃れてきた「平野エルフ」の必死の訴えを、逆に「平和を乱す」と断じて無視した。
エルレナータも俄かには信じられなかったが、つい先日目の前でアルヴァーン随一と謳われた若い剣士が一瞬で殺害されたことや、人間の使者たちが「空」からやって来たという「事実」を突きつけられ、今回の「戦争」に大きな懸念を抱いていた。
「……わかりました。ヴァリン伯とその兵に、はちみつ酒とパンを届けるように手配なさい。
後程、私が帷幕を訪ねると、ヴァリン伯に伝えて。」
「かしこまりました、陛下!」
女性エルフの城兵が、王命を果たすべくその場から駆け去る。
エルレナータの顔色が優れないことを、臣下の一人が気に掛ける。
「恐れながら女王陛下。如何なされました?
ヴァリン伯は北で跋扈していたゴブリンロードとその軍勢を打ち倒した英雄です。
ましてや此度はか弱き人間の軍勢。何も恐れることはありません。」
今年で1000歳を迎える優男の「若手」文官が、微笑みを湛えて女王の懸念を払おうとする。
これに1500歳を超すエルレナータも笑みを持って返した。
「……そうですね。少しばかり懸念を強く持ち過ぎたようです……
……皆さん。人間の軍が何時襲ってくるかわかりません。
我が城兵は諸邦の民兵と共に麓の森へ展開し、見張りを怠らないように。
武官たちは練兵を急ぎ、戦に備えてください。
文官の皆は武具と兵糧の確認を。」
「ははっ!女王陛下!」
エルフたちはエルレナータに深々と頭を下げると、各々の仕事に取り掛かるべく玉座の間から退散した。
そう、何も問題は無い。
この僅か一週間の間に、アルヴァーン王国史上最大規模となる5000もの大軍が集まったのだ。
500年前の山賊連合軍との戦いの時は、ほとんど犠牲を出すことも無く数百人程の兵力で3000を超す人間のならず者集団を倒したではないか。
エルフは人間より優れた存在だ。
今回も何事も無く撃退できるはずだ。
アルヴァーン王国のエルフたちは誰もがそう考えていた。
しかし、彼らの考えが甘い「幻想」でしかなかったことが、この3日後に判明することになる。
……●「スタントールという国 第一部」番組本放送一部抜粋●……
・エルレナータ
「あの日のことを、私は1000年経った今も鮮明に覚えてます。
ある城兵が、血相を変えて戦の準備をする私たちの下へ報告に来ました。
『空から多数の船が来た』と。
……私や臣下の者はすぐに城のテラスに出て、空を見上げました。」
・ロッピ
「……“船”ですか?」
・エルレナータ
「ええ……飛行船です。スタントール軍の飛行船が何十隻も私たちの城と街を目指してやってきました。
そして、彼らの飛行船が私たちの真上に来た時、“それ”は始まりました……」
……●抜粋終了●……
王国使者のデルバータ卿が帰国してから10日後。
新暦928年3月20日。
ついに「駆除」が始まった。
スタントール軍蒸気飛行船の大艦隊は、憎きエルフの王国をその眼下に捉えていた。
偉大なる建国王の矛とそれを握る「王の腕」を意匠化したシノーデル王家の紋章をガス袋にデザインした約50隻の飛行船からなる「新スタントール空軍」の、記念すべき初陣である。
巨大なガス袋の下腹部に大きめのゴンドラが設けられ、そこに飛行船を駆る王国軍人が搭乗している。
艦隊の先頭を行く一際巨大な漆黒の飛行船に、艦隊指揮官を担う逞しいブロンドのヒゲを蓄えた金髪碧眼の壮年男が乗っている。
フェターナ高級貴族出身の将軍、名をアルベールといった。
「アルベール艦隊司令!王国空中艦隊全艦、“エルフの巣”上空に到達!」
副官の座乗艦艦長の男がアルベールに報告する。
艦隊司令は一度頷くと、エルフ駆除作戦開始を告げる命令を発した。
「艦隊全艦へ発光信号!舫を解け!爆弾投下!」
「了解!発光信号!ばくーだんーとうーかー!!」
直後、艦隊司令座乗艦のゴンドラから、後ろに続く飛行船団に向けて大型投光器による発光信号が送られる。
そして各飛行船のゴンドラに吊り下げられていた数個の小型焼夷爆弾が、次々とアルヴァーン王国の街並みが広がる「遥けき谷」へと落ちていった。
「山岳エルフ」拠点都市への空爆。
これこそスタントール空軍の初陣にして初の戦略爆撃であり、王国空軍の燦然と輝く栄光の歴史の誇るべき第一ページとなった。
……
飛行船から投下された爆弾は地表で爆発を起こし、猛烈な炎を巻き起こす。
木で出来たエルフの街は、たちまち100発を超える焼夷爆弾の雨によって大炎上した。
地上から「空」に浮かぶ謎の物体を不安げに見上げていたエルフたちは、たちまち阿鼻叫喚木霊する地獄絵図の中に叩き落された。
「ぎゃああーーっ!!熱い!熱い!!」
「いやだ!!誰か助けて!!いやあぁっ!!」
「に、逃げろ!!城へ逃げろ!!」
業火は瞬く間に美しきアルヴァーンの街を舐め尽した。
生き残った僅かなエルフが、何とか石造りの頑丈な女王の城へと退避したが、そのほとんどが手酷い火傷を負っていた。
エルレナータの城にも数発の爆弾が命中し、所々で火の手が上がっている。
城から駆け付けた精霊魔導士が水の精霊魔法を持って街の消火を試みたが、あまりに炎が強すぎる。
まるで呪いの業火であるかのように。
エルレナータはじめアルヴァーン王国の首脳陣は、城のテラスから一瞬にして炎の地獄と化した故郷を前に呆然とする他無かった。
「な、なにが起こったの……」
エルレナータの問いに、臣下の誰も答えられない。
そして「異変」は、人間の軍勢を麓の森林地帯で待ち構えるエルフたちにも襲い掛かっていた。
……
アルヴァーン王国の街が炎に呑み込まれるのと時を同じくして、「北の勇者」ヴァリン伯が率いる山岳エルフ連合軍は、森の向こうから木々を薙ぎ倒して進んでくる鋼鉄の巨獣を目撃した。
もうもうと白い煙を吐き出しながら進撃する無限軌道を備え、その上の車体に多数の大砲を積んだ櫓のような鉄製の塔を配置した巨大な化け物。
蒸気陸上戦艦である。その数、実に10隻。
巨大な履帯がいともたやすく大木を轢き倒し、その背後を鋼鉄の鎧を身に纏い分厚い盾を備えた重装歩兵、さらにその後ろを多数のライフル兵が続く。
物見から報告を受けたヴァリンは、直ちに迎撃を命じた。
「なに?塔のような巨獣だと?
……よくわからんが、矢で殺せない生き物など存在しない。
遊撃弓兵前へ!人間が操る巨獣を倒せ!!
魔導兵は弓兵を援護せよ!大戦の始まりだ!!」
「ははっ!!」
エルフの弓兵部隊が、スタントール軍の蒸気陸上戦艦へと向かう。
その動きを、戦艦最上段の物見櫓から周囲を双眼鏡で油断なく見渡していたスタントール軍の偵察兵が伝声管を使って戦闘指揮所に報告する。
「デルバータ将軍!エルフ共に動きあり!
敵兵複数、本艦に接近中の模様!」
報告を受けた陸上戦艦艦隊指揮官のヨアヒム・デルバータは、直ちに命令を発する。
「ふん、耳長の蛮族が。無駄なあがきよ。
各艦に旗信号!主砲、榴散弾一斉射!
目標、前方のエルフの森!!」
「了解!旗揚げ!目標、前方の森!主砲、榴散弾一斉射!!」
直後、デルバータの乗る艦隊旗艦の物見櫓から砲撃戦用意を告げる真っ赤な旗が掲げられた。
他の9隻の陸上戦艦も、同様の旗を掲げて命令受諾を示す。
10隻の巨大な陸上戦艦の車体前方に備えられた二連砲塔が、20センチの大口径を誇る砲身を起こして砲撃準備を整える。
「将軍、全艦砲撃戦準備、よし!!」
デルバータは副官の報告に力強く頷くと「攻撃」を命じた。
「撃て!!」
直後、櫓の手旗がメビウスの輪を描くように振られた。
一斉砲撃。
耳を貫かんばかりの轟音が響き渡り、空気が震える。
陸上戦艦10隻の二連砲塔から放たれた合計20発の20センチ榴散弾は、数キロ先の地表から10メートル上空で爆発。
エルフの兵士たちを森ごと吹き飛ばした。
爆発は非常に広範囲に渡り、今のたった一撃で、ヴァリン伯をはじめとする山岳エルフ連合軍主力を引き裂いた。
かつて凶悪なゴブリンロードとその大軍勢を倒し、「北の勇者」とまで讃えられた武勇に優れるヴァリン伯は、己の身に何が起こったのかさえ分からぬまま、その2000年の生涯を閉じたのであった。
辛くも生き残った極僅かなエルフは完全に混乱していた。
「な……なにが、なにが起きたんだ……」
半ば地面に埋まった身体を何とか起こして周囲を見渡す若い男性エルフの弓兵。
先程まで5000を超える大軍勢が展開していた木々の生い茂る美しいエルフの森は、辺り一面炎燻る焼け野原となっていた。
仲間のエルフたちが、無残な肉片と化している。
「そ、そんな!ヴァリン様!!ヴァリン様は何処へ御出でですか!?」
敬愛する領主にして軍司令官の名を呼ぶエルフ。
だが、彼の声は空しく焼け野原に響くだけ。
いや、その声を聞き届けた者がいた。
聞き届けたその者は、彼の身体に「返事」を送った。
銃声と鉛玉という返事を。
高速で飛来したライフル弾が、エルフ弓兵の胸を背後から貫いた。
「な!!……ゴフッ!!」
血反吐を吐き、地面に倒れるエルフ。
彼の霞んでいく視界に、煌びやかな蒸気時代の軍装を纏った人間の姿が広がる。
王国軍兵士の一人が、黄泉の地へ旅立とうとする若いエルフに近付いてくる。
エルフの彼は、思わずその人間に助けを求めた。
「た、頼む……助けてく」
発砲。
王国兵は手にしたボルトアクション式ライフルでエルフの額を撃ち抜いた。
エルフを射殺した若い兵士は、その死体に何ら関心を示すことなく周囲の戦友らと共に進軍する。
結局、スタントール軍に一矢報いたエルフは、皆無だった。
生き残りの僅かなエルフ兵たちは、訳が分からず混乱したまま「掃討戦」を開始したスタントール軍小銃兵団により一方的に射殺された。
ここにアルヴァーン王国の「兵力」は完全に壊滅した。
陸上戦艦による砲撃から僅か1時間後のことであった。
……●「スタントールという国 第一部」番組本放送後半から一部抜粋●……
・ロッピ
「……それで、その後どうなったのでしょうか?」
・エルレナータ
「……殺戮の嵐です……炎の向こうから鋼鉄の鎧を纏ったスタントールの重装兵が現れると、辛くも飛行船団の爆撃から生き延びた無抵抗の民を無残にも殺して回ったのです。
……私は……私は彼らスタントール兵の前に進み出て、必死に許しを乞いました。
すると彼らは私や召使の女性たちの服を引き裂いて裸にした上で、エルフの誇りである長い耳をナイフで削ぎ落したのです。
そして彼らの首都フェリスまで連行され散々見世物にされた後、収容所へ閉じ込められました。
……新国王即位の大赦として、私が悪夢のような収容所を出られたのは、アルヴァーンが滅亡して40年後のことです……一緒に収監された同郷の仲間たちは、劣悪過ぎる収容所の環境と強制労働に耐えられずに皆、死んでしまいました……」
・ロッピ
「……そんな……」
・エルレナータ
「収容所を出る時、所長の男からこう言われました。
『お前たちエルフに何の価値も無い。価値の無い存在は、死ななければならない。』
私はその言葉を聞き、心の底から怖くなってスタントールから逃げ出しました。
……郷里がどうなったかを見に行くことも無く、全てを捨てて逃げたんです……
そして、ロングニルのことを出所後に偶然知り合った旅商人のエルフから聞いてここへ辿り着いた、という訳です。」
・ロッピ
「……とても辛いことを思い出させてしまい、申し訳ありません。」
・エルレナータ
「とんでもない。
私の方こそ、こうして“あの時”のことを公に話す機会をいただいたことを、とても感謝してます。
ありがとう、ウサギさん。」
・ロッピ
「……ありがとうございます。アリシダット館長。
最後に、何かスタントールに対して言いたいことはありませんか?」
・エルレナータ
「……私たち亜人も、人間と同じように悲しいことがあれば泣き、嬉しいことがあれば笑います。
ですが、スタントールの人々はそのことを忘れているように思います。
どうか、あなたたちの隣人をほんの少しでいいので愛してください。
……そして、あなたたちの先祖が犯した過ちを、どうか繰り返さないで……」
……●第一部 終了●……
※この後書きは本編に少しだけ関係しますが、読み飛ばしても問題ありません※
【新暦1927年5月9日付 ファーンデディアセンチネル新聞社(極右メディア)発行
全国紙朝刊(通常版) 一面記事より抜粋】
●ロングニルの捏造報道に怒りの声!歴史歪曲を許すな!●
先日6日付放送のロングニル・ワールド・トゥデイ特別報道番組「スタント―ルという国」に関し、我が王国外務省報道官は昨日8日、「歴史的事実を大幅に歪曲した許し難い捏造報道である」として強く非難した。
本紙をお読みの親愛なる王国臣民の皆の中には、あの放送を見た方も大勢おられることだろう。
その内容のあまりの出鱈目さと歴史的事実の想像を絶する捏造振りには、憤慨を通り越して呆れ返るばかりである。
百歩譲って悪辣なアーガン人民主義者共のプロパガンダ放送ならばいつものことなので多少我慢できるが、王国陣営の盟主を気取るロングニルの代表的報道局が斯様な報道を行った事実に虫唾が走る思いだ。
我らが古き王国の歴史学会からも、この「スタントールという国」への批判が相次いでいる。
王立アディニア人文大学の学長にしてスタントール歴史学会の名誉理事であるエルミン・ヴェルファーツ氏(73)は、本紙取材にこう語った。
「あの放送で登場した“アルヴァーン王国”なるものは、当時、広域州横断鉄道の建設を妨害していた無法者のエルフ盗賊集団の拠点に過ぎず、番組の再現VTRにあった“平和なエルフの国”などでは決してない。
“遥けき谷掃討戦”は、法に則った王国軍による正当な治安行動であり、それを無差別殺戮のように報道してスタントールの悪名を広めるようなやり方には、怒りを禁じ得ない。」
(後略)




