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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第六章  フェリスの戦い
43/63

42. 決戦、天空要塞 後編

※今更で申し訳ございませんが、本話も過去最大クラスの文字数となってしまいました。

 非常に長文とはなりますが、お付き合いいただければ幸いです。 



 美しい黒髪の少女が、逞しい筋肉に覆われた金髪碧眼の母に手を引かれて、荘厳な装飾で彩られ床には真っ赤な高級絨毯が敷かれた王宮の廊下を歩いていた。

 母親は不安げな表情を見せる娘を連れて自室に入る。

 そこは「王の間」。

 世界屈指の工業大国、ノルトスタントール連合王国で最も高貴な人物のプライベート空間である。

 今、この部屋の主であるスタントール国王は公務で不在だった。

 母と娘の2人だけが、この「カズキの天空要塞」の異名を誇るスタントール国王宮殿の最上階を独占していた。


「さぁ、カリーシア。そんな顔すんなよ。

 アンタはこれでいっぱしの女になれたんだ。良いことさね。」


 母親は優しい笑顔を浮かべて身を屈めると、今にも泣きだしそうな愛する娘の頭を優しく撫でた。

 少女は涙を堪えて母に問う。


「……でも、股からすごく血が出てお腹も痛いの……

 怖いよ、お母様。」


 少女、カリーシア・シノーデルは8歳にして初潮を迎えていたのである。

 突然の体調不良で大きな不安を抱えた娘を、母は優しく受けとめた。


 エクトリア・シノーデルはノルトスタントール連合王国第24代国王、カスデル・シノーデルⅢ世の王妃にしてカリーシア・シノーデル王女の母だ。

 生まれはスタントール王国「本国」の一つ、ネクタス広域州の州都・ネクタスのスラム街。

 マフィアの末端構成員の父と売春婦の母との間に生まれた、典型的なスタントール最貧困層に位置する女性である。

 父はエクトリアが物心つく前に敵対組織との抗争で死亡し、母も彼女が思春期を迎える頃に姿を消した。両親を失い行き場を無くしたエクトリアは、16の時、軍に志願入隊することになった。

 そんな素性のエクトリアは、およそ社会通念上、王室関係者ましてや世界的な超大国国王の妃に相応しい出自とは到底言えなかった。

 しかし、2人は出会った。

 カスデルの王子時代、まだ士官学校を出たばかりの若手陸軍将校だった彼が初めて指揮した歩兵小隊に、エクトリアは一兵卒として所属していた。

 最初彼女は、カスデルのことをいけ好かない王室という「温室育ち」の将校としか思っていなかったが、その後発生した北に存在するスタントールの敵対国家・ディメンジアとの国境紛争の際に、カスデルが見事な野戦指揮官ぶりを発揮すると評価を一変させ、大勢の戦友たちと共に彼を信頼するようになる。

 屈強なオークと「文明化シヴィライズドオーク」の異名で知られるデニア人による軍事独裁国家であるディメンジアとの熾烈な戦闘の最中、次第にカスデルとエクトリアは惹かれ合う。

 そしてエクトリアが負傷したカスデルを背負って敵中突破を果たしたことが直接的なきっかけとなり、紛争終結後、2人は結婚することとなった。

 スラム出身の母は、娘であるカリーシアに時折人目を盗んでは堅苦しい王室の儀礼とは正反対な「スラムの流儀」を教えていた。

 今回も、記念すべき初潮を迎えた愛する我が子に「人生の本質」を教えてやるつもりなのだ。


「大丈夫、なーんにも怖くないよ。

 オークのクソッタレ緑肌連中の鉄砲玉に比べれば、カスみたいなもんさ。

 アンタはこれでお子ちゃまを卒業して、ガキを産める一人前の女になれたんだ。

 すっげー良いことなんだぜ?

 ……ちょっと他のガキより早いだけで、何も問題ないよ。」


 そう言いながらエクトリアはカリーシアを抱きしめた。

 粗野だが優しい母のぬくもりが、黒髪の少女を癒す。

 しばしの間娘を抱きしめた後、元軍人の母は背中に隠し持っていた「ある物」を少女に「プレゼント」として渡した。

 軍用の自動拳銃である。

 9mm弾を使用するオートマチックピストル。

 よく手入れされた漆黒のフレームは室内照明を受けて輝きを放ち、銃把には円形の枠に王国軍の記章がデザインされている。

 15発の銃弾が入った弾倉が装填されているが、安全装置は働いており危険は無い。

 エクトリアは銃を手にしたまま笑みを消し、真剣な眼差しを娘に向けた。


「いいかい、カリーシア。

 もうアンタは一人前の女だ。これからは自分で自分の命を守らなきゃならない。

 このクソみたいにデカイ宮殿には大勢の兵隊が居るが、いざという時に頼りになるのは自分自身なんだ。

 コイツは戦場であたしの命を何度も救ってくれた相棒だが、カリーシアにやるよ。」


 母から銃を受け取ったカリーシアは、それを両手で持ちじっくりと眺めた。

 注意深く観察すれば小さな傷があちこちについており、かなり使い込まれた代物であることが伺えた。

 一目で母にとって「大切な物」であることが分かる。

 カリーシアはおもてを上げて母を見つめる。


「……いいの、お母様?私が貰って……」


 するとエクトリアは再び笑みを零して答えた。


「あぁ。コイツがカリーシアを守ってくれる。

 これからの人生、いろんなことがアンタに降りかかってくるだろう。

 それを周りの連中は助けてくれるだろうが、最後の最後で頼りになるのは結局、自分自身の力だけなんだ。

 アンタは強い子だよ。めそめそ泣いて王子様の助けを待つようなクソみたいなお姫様じゃない。

 このスタントールっていう国を作った大英雄の血を引く女なんだ。

 もし、アンタにふざけた真似をしようとするクソッタレが近付いて来たら、コイツで遠慮なくぶっ殺してやりな。」

 

 そう言うとエクトリアは愛する娘に銃の扱い方を教えた。

 聡明なカリーシアはすぐに使用方法を理解し習得した。

 一通りレッスンを終えると、エクトリアは娘にこう言った。


「でも、時には逃げることも大切だよ。

 命あっての人生だ。ムカつくだろうが、強すぎる敵には一度背中を見せなきゃならない時もある。

 引き際を間違えちゃダメだ。ヤバイと思ったら迷わず逃げるんだ。」


 これにカリーシアは素直に頷いて答える。


「うん。わかったよ、お母様。」


 そしてエクトリアは娘を再度抱きしめると、耳元で囁いた。


「……周りのクソ共が何と言おうと、母ちゃんはカリーシアの味方だよ……」

「……ありがとう、お母様……」


 その4年後、極左ゲリラによって搭乗していた王室専用機を撃墜され、逞しきスラム出身の母エクトリアと心優しき陸軍上がりの父カスデルは帰らぬ人となった。

 血のように紅い髪をした王国軍女性兵士が、手にした大型軍用拳銃の銃口を地に伏した褐色肌のゲリラ兵に向ける。


 発砲。


 強力な.45口径弾が、まだ息をしていた若い男性ゲリラ兵の頭部に叩き込まれ、その命の灯火を完全に吹き消した。

 周囲には彼と同じような褐色の肌をしたゲリラ兵の死体が数十体転がり、その倍以上の白い肌をした老若男女の死体が散乱している。

 その惨劇の中心部に鎮座する巨大な凱旋門は下部構造付近を大きく損傷しており、「枯れること無き花の都」が誇る観光名所の一つは昔日の面影を辛うじて留めているに過ぎなかった。

 

 ここはノルトスタントール連合王国王都・フェリス。

 今、この世界第二位の経済規模と周辺国を遥かに圧倒する工業力を有する超大国の首都は、海の向こうの「祝福の大地」ファーンデディアからやって来た「薄汚い原住亜人」の武装テロリストによる大規模同時多発テロ攻撃を受けていた。

 「亜人」共の名はダニーク人。そのテロ組織の名称はダニーク解放戦線。

 この凱旋門一帯も、大規模な爆発とその直後に行われたゲリラ兵による無差別銃撃によって多数の民間人の死傷者を出したが、たまたま現場に居合わせた「王国軍の精鋭」3人の活躍によってゲリラ兵全ての「制圧」に成功していた。


「ダリルのオッサン!このダニ虫で最後か!?」


 今しがたダニーク人ゲリラ兵にトドメを刺した紅髪の女……レシア……が、声を張り上げて上官の男に確認を取る。

 すぐさま、王国陸軍将官の正装を盛大に着崩した中年男が若い女兵士の質問に答える。


「うん?……あぁ、レシア嬢ちゃん。

 今、嬢ちゃんがぶっ殺した奴で最後だ。」


 男の周囲には多数の警官や救急隊員が居り、陸軍准将の位にある彼が矢継ぎ早に出す指示を聞いていた。


「それで、負傷者の搬送は何処なら出来る?」

「フェリス中央総合病院もテロでやられました。

 ……建物が半壊している上に、無事だった入院棟にはゲリラ兵数名が立て籠もっているそうです。

 郊外にある王立がんセンターが緊急で負傷者の受け入れを開始したので、そちらなら可能かと。」


 救急隊員の男が緊張の面持ちで答える。

 テロ攻撃は市内30箇所以上で発生しており、その被害は王都最大の総合病院にまで及んでいた。

 それを聞き、王国軍准将ダリル・マッコイの顔が険しさを増す。


「なんてこった。それじゃ足りねぇし間に合わねぇよ。

 この凱旋門広場に野戦病院をこしらえるぞ。

 おい、そこのお巡り。国家憲兵隊に無線で繋げ。」

「り、了解!」


 ダリルに促された若い白人警官の男が、自身のパトカーの無線をいじって国家憲兵隊本部を呼び出した。

 連絡はすぐに繋がった。

 警官から、無線機本体とコードで繋がった受話器を受け取るダリル。


「あー、こちら王国陸軍ファーンデディア管区方面隊所属の准将、ダリル・マッコイだ。

 凱旋門一帯の安全確保。民間人の負傷者が極めて多数。

 病院への搬送困難につき、大至急で医者をここに呼んでくれ。」

『こちら憲兵隊本部。

 市内全域が同じような状況で、とても人が回らない。

 加えてダニークゲリラが各所で暴れてる。

 ……現在、我々も敵の攻撃を受けている最中だ……

 すまないが、何とか手持ちの治安当局職員で対応してくれ。』


 ダリルの顔が険しくなる。

 相当不味い状況だ。王国の国家秩序を守る最後の砦とも言うべき国家憲兵隊でさえ混乱し敵の攻撃に晒されている。

 このままだと、死者がいたずらに増えるだけだ。

 ダリルがどうにかしてこの状況を打破すべく思考を巡らせようとした時、通信相手の憲兵隊から警報がもたらされる。


『……なに!?……准将、今、凱旋門と言ったな?』

「そうだ、凱旋門だ。敵ゲリラは掃討済みで、安全だ。」

『今、市民から通報があった!

 そこに敵の戦車が向かってるぞ!!今すぐ生存者を連れて退避しろ!!』

「なんだって!?連中は戦車まで持ってやがるのか!?」


 ダリルの精悍な顔が驚愕に歪む。

 傍でやり取りを聞いていたダリルの腹心の部下であるトランキエ大佐も同様に驚く。


「オヤッサン!!」


 トランキエが上官に指示を乞う。

 ダリルは通信を中断し、叫ぶように部下2人に最優先命令を下した。


「トランキエ!レシア!!

 ダニ野郎のクソッタレ戦車がこっちに来るぞ!!迎え撃て!!」

「了解!!准将!!」


 トランキエは敵から奪った自動小銃を構えて走り出す。

 上官2人から少し離れた場所で所轄警官と共に敵の生き残りを始末していたレシアも、同じく敵から奪った人民共和国製汎用機関銃を両手に持って駆け出した。

 その際、死亡した敵ダニーク兵の弾帯ベルトに装着されていた手榴弾数個をベルトごと強奪する。


「それ以外のお巡りや救急隊員は、生き残った民間人を連れてこの場から退避しろ!!

 移動が難しい重傷者は近くの建物の中に引きずり込め!!戦車は俺たちで何とかする!!」

「了解!」


 再び凱旋門広場一帯は騒がしくなった。

 「敵戦車接近」の警報を受け、スタントール治安当局の職員たちは慌ただしく自らの使命を果たすべく奔走を開始。

 警官は歩行が可能な軽傷者や無傷の民間人を、秩序を保たせながら可能な限りこの場から退避させる。

 救急隊員は自律歩行が困難な重傷者に応急処置を施しつつ近隣の建物の中へと身を隠した。

 そして王国軍の3人の兵士は、恐るべき敵に立ち向かう。


 敵戦車の重厚なエンジンと無限軌道が大通りを埋め尽くす一般車両を踏み砕く「破滅の音」が、凱旋門の先に聳えるスタントール王宮「カズキの天空要塞」の方向から聞こえてくる。

 やがて戦車がその巨体を現した。

 押しつぶした卵のような円形砲塔に105mm戦車砲と14.5mm対空機関砲を備えた人民共和国製の主力戦車。

 その戦車を守るようにダニーク兵が数名随伴している。

 敵戦車の姿を捉えるなり、レシアは舌なめずりをした。


「……へっ!クソアカ製のクソデカブツのお出ましだぜ!」


 傍らに立つトランキエが、王国軍史上最高の撃破スコアを誇るタンクスレイヤーの女に指示を出す。


「レシア。ダニ歩兵は俺とオヤッサンで片付ける。

 戦車を頼むぞ。その手榴弾でやれるか?」

「あぁ。任せなよ、トランキエのオッサン。

 コイツでぶっ殺してやる。」


 直後、レシアはその豊満な乳房を揺らしながら敵戦車を目指して走り出した。

 朝の通勤ラッシュで駐車場のような有様を呈していた大通りの車列の隙間を、紅髪女が一陣の風のように駆ける。

 それを援護すべく、トランキエとダリルはそれぞれ大通り両岸の歩道を進み、車両や街灯の陰に身を隠す。

 トランキエは敵から奪った自動小銃を、ダリルは自身愛用の軍用自動拳銃を構えて、それぞれ照星の先に敵ゲリラ兵の集団を見据えた。


……


 ダニーク軍の戦車は「第二攻撃目標」である凱旋門目指し、民間車両を踏み潰しながら突き進んでいた。

 周囲を王都攻撃決死隊のダニーク戦士が固め、戦車の進撃に随伴する。

 戦車長を担う男性戦士のハジーンは、戦車砲塔内から外界の様子を伺いつつ前線司令部と通信する。


「こちら、ケンタウロス1。フェリスネストへ。

 まもなく凱旋門に到達。敵影無し。送れ。」


 すぐに「フェリスネスト」である参謀役のダニーク人男性バシルが応答する。

 その声は冷静さを保ちつつもどこか高揚していた。


『了解、ケンタウロス1。

 ……聞け、ゴブリン1が陸軍司令と空軍司令の処刑を遂行した。

 残るは女王とデルバータだけだ!』

「なんだって!?それは本当か!!」

『あぁ、本当だ!!君たちは引き続き、フェリスに破壊の限りをもたらせ!!

 スタトリアに死を!フェリスに死を!

 ダニークのファーンデディア、バンザイ!!』

「了解!!ダニークのファーンデディア、バンザイ!!」


 女王の宮殿に突入した味方部隊の勝報に、戦車長の男は歓喜の声を上げる。

 ハジーンは決死隊司令部との通信を終えるなり、乗員たちにこれを伝えた。


「同志サーラが陸軍総司令と空軍総司令を始末したぞ!!

 俺たちもやるぞ!!視界に入ったスタトリアを全て殺せ!!」

「オオォォーーッ!!」


 歓喜の咆哮が狭い戦車内を満たす。

 だがそれは、ほどなくして阿鼻叫喚の叫びへと変わることになる。


 外から銃声が聞こえてきた。

 それと同時に、戦車の周りを守る味方兵が次々と撃ち倒されていく。

 ダリルとトランキエによる、正確な銃撃である。


「なんだ、敵か!?凱旋門攻撃班は何をやってるんだ!?」


 ハジーンは戦況を確認する為、戦車を一時停車させて外の様子を伺おうとする。

 停車直後、操縦兵の運転用ペリスコープに機関銃の銃口が突っ込まれた。


「な、なんだ、これは?」


 突然のことに、操縦兵を務める若いダニーク男性戦士は驚愕する。


 連続発砲。


 ペリスコープのガラスに密着された銃口から、強力な7.62mm小銃弾が10数発放たれてガラスを粉々に粉砕し、その先にあった若い褐色肌の操縦兵の顔面も叩き潰した。

 大量の鮮血と肉片が運転席から戦車内部に撒き散らされる。


 レシアは銃口をペリスコープから引き抜くと、器用に円形砲塔を登って14.5mm機関銃がマウントされた装填手ハッチをこじ開けた。


「な、なに?何が起こってるの!?」


 突然外界の空気が頭上から流れ込んできたことに驚いた褐色肌のダニーク人女性装填手が見上げると、壮絶な笑みを浮かべた真っ赤な髪を靡かせる王国軍人の女と目が合った。

 その紅髪女、レシアは血塗れになった汎用機関銃の銃口を敵戦車兵に向ける。


 フルオート射撃。


 弾丸の雨が至近距離からダニーク女ゲリラ兵に浴びせられる。

 端正なその顔は頭部ごとぐちゃぐちゃになり、瞬時に物言わぬ肉塊と化した。


「クソッ!!スタトリアのアバズレがぁっ!!」


 隣に座る装填手の返り血を浴びた戦車長のハジーンが、腰のホルスターから自動拳銃を引き抜いて砲塔に取り付いた敵王国軍女兵士を始末しようとハッチを開いた。

 しかし、彼の目の前に広がったのはスパイク付きの軍靴の底だった。

 レシアの鋭い足蹴りをモロに顔面に食らったハジーンは、そのまま車内へ蹴落とされる。

 前歯数本と鼻の骨をへし折られ、顔面血だらけになった。


「ぐおっ!!」


 咄嗟に深手を負った顔面を左手で覆うハジーン。

 指の間から頭上を見上げると、恐ろしい紅髪の女が死神のような笑みを浮かべていた。


「くたばれ、ダニ虫。」


 レシアはそう言うと、左手に持った手榴弾2個の安全ピンを犬歯で引き抜き、発火レバーを弾き飛ばしてハジーンの股間付近に投下した。

 足で戦車長ハッチを叩き付けるように閉めると、砲塔から飛び降りた。


「や、やめろーーっ!!」


 戦車長であるダニーク男の叫びは何処にも届かなかった。


 爆発。


 ダニーク軍戦車の砲塔内で発生した破滅的な爆発は、残りの乗員全てを殺害した。

 さらには砲塔内の戦車砲弾にも引火。

 最初の手榴弾の爆発から数瞬後、大規模な誘爆が発生して円形砲塔を天高く舞い上げた。

 タンクスレイヤーの女の戦車撃破スコアにプラス1が加算される。


「……ざまぁみやがれ、クソッタレのダニーク野郎……」


 レシアは起き上がりながら、激しく炎上する敵戦車に向けて吐き捨てるように言った。

 そこに上官の男2人が近付き、頼もしい部下の健闘を讃えた。


「見事だ、レシア嬢ちゃん。まさか、本当に手榴弾で片付けてしまうとはな。」


 優男のトランキエ大佐が自動小銃を肩に掛けて笑顔を向ける。


「相変わらず頼もしいぜ。吸うかい?」


 いつの間にか紫煙を燻らせていたダリルが、ニヒルな笑みを見せて自身の煙草を1本、レシアに差し出した。

 紅髪のタンクスレイヤーは、煙草をひったくるように受け取り口に銜える。

 すかさず准将の男が愛用の金属ライターで火を点けてやった。


「……なぁ、オッサンたち。

 この戦車、王宮の方から来なかったか?」


 一息で紙煙草の半分を灰にしたレシアが、大量の煙を吐き出しながら上官たちに尋ねる。

 歴戦の野戦指揮官である2人の王国軍人の顔が再び曇った。

 するとダリルはそれに答えるように指示を出した。


「……あぁ、どうやらゆっくりと一服する暇すらなさそうだな、嬢ちゃんよ。

 トランキエ、お前は凱旋門に残って警官共と一緒に守りを固めろ。

 それから、警察無線で大至急、軍の応援を呼べ。

 兵隊と武器を搔き集めてから王宮に連れて来い。」

「了解です、オヤッサン。」


 トランキエはこれに頷くと、すぐに来た道を戻って凱旋門広場へと向かった。


「レシアは俺と一緒に王宮に向かうぞ。

 お前の当初の望み通り、歩きでな。」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、オッサン!走るぞ!!

 ……女王陛下が危ないかもしれねぇんだ!!」


 直後、レシアは全力で走り出した。

 「生ける伝説」とまで称される程のタンクスレイヤーが誇る強靭な脚力によって、女の後ろ姿は瞬く間に小さくなった。

 これに不精気質のダリルは「マジかよ……」と呟くと、何とか彼女に追いつくべくやはり全力で駆け出したのであった。

 

 偉大なる女王陛下の住まいである「天空要塞」を目指して。


……


 褐色肌の武装集団が、激しい戦闘によって大きく損傷した王国軍総司令部内部で残敵掃討を行っている。

 今、彼らはスタントール王国軍の中枢を占拠し、「次なる戦い」に向けた準備を進めていた。

 逞しき褐色肌の戦士たちの名はダニーク解放戦線。

 スタントールの白人たちから「亜人」と蔑まれ、厳しい抑圧を受け続ける「国を持たぬ民族」による白人たちからの分離独立を目指して戦う武装組織。

 スタントールによる組織的虐殺と拠点都市への核攻撃を受け、一大反攻作戦として今回の王都・フェリスへの大規模同時多発テロ攻撃を敢行した。

 そのテロ攻撃部隊……通称「王都攻撃決死隊」のリーダーである美しき褐色少女サーラ・ベルカセムは、4人存在する最優先抹殺目標の内の2人、王国陸軍総司令官と王国空軍総司令官の「処刑」を見事完遂し、その様子は彼女たちを隠し撮りする海外メディアの特派員によって全世界に生中継されていた。

 スタントールと敵対もしくは反感を持つ国の人々からは大喝采を送られていたが、今まさに敵地の只中で作戦行動中のサーラたちは、そのことを知る由も無かった。


「撃つな、ダニーク解放戦線の同志諸君。

 人民共和国からの使いの者だ。」


 司令部内の掃討作業を進めていたダニーク戦士たちの前に、一人の王国軍兵士が両手を上げながら隠れていた通信端末の座席下から出てきた。


「あなたが人民共和国の工作員?

 エスデナントの秘書官では?」


 サーラがゆっくりと自動小銃の銃口を降ろしつつ問いかける。

 当然警戒は緩めない。少しでもおかしな素振りを見せれば、即座に射殺するつもりでいた。


「意外かね?いかにも、私は王国陸軍総司令の筆頭秘書官を務めるカリストル伍長だよ。」


 人民共和国の工作員を名乗る男は、典型的なスタントール人の特徴を備えていた。

 金髪碧眼に整った鷲鼻の30代白人男性。

 到底、黄色味がかった白肌が特徴的なアーガン人民共和国の人間には見えない。

 すると男は突然、顎下から「顔面」を引き剥がした。

 さらに左右の瞳に付けていた紺色のカラーコンタクトも外される。

 スタントール人の「仮面」が取り外され、露わになったその顔はアーガン人の若い男だった。


「はじめまして、同志サーラ・ベルカセム。

 私は、内務人民委員会対外工作労働者戦隊所属のヴィジマ・クラゲナンだ。

 父のリクキンとは潜水艦で会ったことがある筈だ。

 お会いできて光栄だよ。」


 クラゲナンと名乗った男は微笑みを向けて握手を求めた。

 サーラは若干の驚きを隠し切れず、戸惑いながら握手に応じる。


「……はじめまして、同志クラゲナン。

 あまりにも見事な変装で、驚きました。

 こちらこそ、宜しくお願いします。」


 褐色少女が年相応の素直な反応を見せると、若いクラゲナンは破顔した。


 ちなみに「本物の」カリストル伍長は、約半年に渡って人民共和国の工作員によって個人情報や本人の癖など身辺調査された後に、仕上げとして2ヶ月ほど前に人民共和国本国へ拉致され、そこで徹底的な尋問を受けた末にダムに沈められている。

 孤児で配偶者もおらず、尚且つ敵国の軍中枢で勤務する彼のような人間は、人民共和国からすれば「最高」の人材である。

 クラゲナンのような特殊な訓練を受けた潜入工作員が入れ替わっても、親しい者が身近にいないから誰も気が付かない。

 あの恐るべき人民主義国家は、こうして「適材」または「邪魔」と判断した敵国の人間を何人も拉致しては「入れ替え」もしくは「処分」を行っているのである。

 そして拉致された人々の存在は、敵国の「人民共和国に協力的なメディアと政治家たち」によって巧妙に秘匿されていた。


「ハハッ。これが私の仕事だからね。

 もっとお話ししたいところだが、時間が無い。

 早速用件を言おう。」

 

 クラゲナンは笑みを消して「本題」に入った。

 「労働者の国」から来た工作員の男は、懐から折り畳んだ数枚の紙を取り出して傍らにあった小休憩用コーヒーテーブルの上に広げた。

 A3サイズのそれは、この「天空要塞」の概略図面だった。

 簡略化された断面図1枚と、「王の間」をはじめとする要塞上層階の平面図が5枚。

 それぞれ「脱出経路」と大陸共通語で矢印と共に赤文字で記された箇所がある。

 広げられたスタントール国王宮殿の図面を、サーラやヤシュク、ユーセフといった解放戦線の面々が覗き込む。


「同志クラゲナン、これは?」


 図面を見ながらサーラが問いかける。

 クラゲナンは早速説明に入った。


「我々人民共和国の工作員が長年に渡って調べ上げた要塞の見取り図の一部だ。

 今回の諸君らによる要塞攻撃に際して、祖国から女王抹殺後の脱出経路を確保するよう指示されている。

 この天空要塞は、火災などの非常時に要人を速やかに避難させる為の設備が整っているんだ。

 これを利用させてもらう。

 まずはこれだ。」


 若いアーガン人の工作員は、要塞断面図の建物左端に赤い丸で囲まれた部分を指し示した。

 螺旋階段のような構造物がそこにあった。


「避難用シューターだ。

 螺旋状の筒のような滑り台があり、これで一気に地上まで安全に降下できる。

 ただ、一人づつ飛び込む必要がある為、複数人が同時に脱出することは困難だ。

 状況に応じて使え。

 ……次はこれだ。」


 クラゲナンは要塞最上階フロアの平面図の一角を指差す。

 王室関係者専用エレベーターから一直線で女王のいる「王の間」に至る大きな廊下に面した小部屋。

 図面では「備品準備室」と書かれている。


「ここには万が一シューターが使えない場合に備えて、パラシュートが準備されている。

 これを奪取して屋上のヘリポートから飛び降りろ。

 パラシュートは全部で20個用意されている。これなら、シューターとは違って一気に脱出可能だ。

 しかし、何も考えずのんびりと空の散歩を楽しんでしまったら、足元に殺意を抱いた白人連中が大挙して待ち構えているという状況に陥るだろう。

 地上で別行動している味方部隊との連携を密に取ることが必須となる。

 ……最後はコイツだ。」


 人民海軍生え抜きのベテラン潜水艦乗り自慢の長男坊は、屋上のヘリポートを指し示す。

 そこには「女王専用ヘリコプター」と書かれている。


「このヘリポートには、女王が移動するのに使う王室専用ヘリが常時2機待機している。

 シューターもパラシュートも使えないような最悪の状況に陥ったらコイツを奪え。

 陸軍の大型兵員輸送ヘリを王室専用に改修した代物だ。

 最大で30人乗れる上に防弾性も抜群だから、これなら間違いない。

 しかも王国軍のシステム上、彼らの対空ミサイルでは絶対に攻撃できないようになっている。

 後は、対空砲に注意しながら一気にフェリスを離れればいい。

 ヘリを操縦できる者はいるか?」


 クラゲナンの問いに、ヤシュク他数名のダニーク戦士が挙手で答えた。

 人民共和国の工作員は、満足気に頷いた。


「よし、問題無いな。何か質問はあるか?」

 

 サーラがやや恐縮気味に発言した。


「ありがとうございます、同志クラゲナン。

 ……これほどの危険を冒して私たちを支援していただけるなんて……

 ……でも、どうして貴重な諜報結果を提供してまで私たちの脱出をサポートしてくれるんですか?

 私たちは元より、故郷に帰ることすら考えていなかったのに……」


 これはこの王都攻撃決死隊に参加した全ての戦士たちの共通認識だった。

 敵地の最深部とも言うべき首都の、さらにど真ん中で戦うのだ。

 文字通り刀折れ矢尽きるまで戦って敵と刺し違えるつもりでいた。

 無論、脱出する機会があればそれを見逃すつもりは無い。

 しかし、故郷に帰るのは二の次である。

 500人のダニーク解放戦線の戦士たちは、最優先抹殺目標である王国軍陸海空軍総司令官と女王の4人を始末するまでは二度と「祖国」ファーンデディアの地を踏まない覚悟を決めて海を渡ってきたのであった。

 ところが、解放戦線最大の支援国である「人民共和国」は手厚いとすら感じる程の「脱出」のサポートを用意してくれていたのである。

 年相応の素直さを垣間見せる解放戦線最強の戦士に、若きクラゲナンは優し気な笑みを見せて答えた。


「礼には及ばないさ。全ては我が人民共和国の“意志”だ。

 君が抹殺してくれたエスデナントとルクレールは特に優秀な軍人で人望も厚く、我が国にとっても極めて邪魔な存在だったが、あまりに影響力の大きい人物だった為に密かに始末することが出来ずにいた。

 彼らを盛大に片付けてくれただけで、我々としても大助かりだ。

 それに個人的なことだが、お陰様で私も久方ぶりに家族の待つ祖国に帰ることが出来るしね。」


 クラゲナンの発言を受け、サーラは改めて礼を申し述べる。


「本当にありがとうございます。同志カレンにもよろしくお伝えください。」

 

 するとサーラのこの発言に、クラゲナンは若干の「訂正」を入れる。


「いや、お礼は我らが“ベタシゲン将軍”に言ってくれ。

 今回の君たちの脱出サポートは、国家主席閣下からの直々のご命令なんだ。」


 これは少し異例なことだ。

 本来ならクラゲナンはじめとする人民共和国対外工作員への指示は、全て内務人民委員長である「冷血女」カレン・アクラコンから発せられる。

 ところが今回のダニーク解放戦線による王都攻撃への支援については、ベタシゲン国家主席自らによる個別具体的な命令が所々で存在していた。

 これにスタントールで暗躍する人民共和国の工作員たちは、特に疑問を抱かなかった。

 彼らの最高指導者は飽く迄ザイツォン・ベタシゲン国家主席であり、その命令内容にもおかしな点は何一つ感じなかったからだ。

 何より他ならぬ国家主席自身が、今までの古い慣習にこだわらない新政策を次々打ち出しており、これもそういった変化の一つと捉えられていた。


 ……もっとも、聡いクラゲナンはその奥にあるザイツォンの「真意」を見抜いてはいたが……

 

 その後クラゲナンはさらに、清掃作業員に偽装した部下の工作員らが準備した各種予備弾薬や爆薬、医療キットの隠し場所をサーラたちに告げてからその場を離脱する。

 避難用シューターに飛び込もうとする別れ際、「次なる戦い」に臨むサーラに忠告をした。


「同志サーラ。必ず生きて再びファーンデディアへ帰るんだ。

 ……女王の命を取れずとも、“祖国”を勝ち取ることを優先しろ……決して無理はするな。」

「……はい……わかりました、同志クラゲナン。」


 サーラの素直な返事に満足した若いアーガン人の男は、気さくな微笑みを残して消えた。

 人民共和国工作員との接触を終えたダニーク解放戦線の精鋭たちは各種弾薬の補給や負傷者の手当てを手早く済ませると、いよいよ最後の決戦へと駒を進める。


 憎き敵超大国の国家元首、カリーシア・シノーデルⅡ世が待つ天空要塞最上階の「王の間」を目指して。


……


 そんな彼らダニーク人戦士たちの一部始終を、生中継で隠し撮りするロングニル人報道関係者。

 ウサギ系亜人の美人記者ロッピ・ヴァーニッタと猫系亜人女性カメラマンのメウラ・ミャルテアのコンビは、司令部入口付近のエレベーターホールの壁に身を隠して取材を続けていた。

 ロッピはサーラが「接触」した人物に気付くなり、相棒である小柄な猫娘カメラマンに「警告」を出そうと振り向いた。


「メウラ……あれ多分、アーガンのスパイよ……あんまり撮らない方がいい……」


 言いかけて彼女が既にカメラを下げていることに気がつく。


「……ニャーもニャんかヤバイと思ったから、もうカメラ回して無いニャ。」

「流石ね。」


 頼りになる相方に、ふっと軽い笑みを零す。

 直後、腰のベルトに装着している小型無線機と繋がった右耳のイヤホンに、天空要塞の外で待機するロングニル・ワールド・トゥデイの同僚から通信が入ってきた。


『ロッピ、聞こえる?』


 すかさずロッピは無線機を取り出し、通信相手であるエルフの女性アシスタントに応答した。


「こちらロッピ。よく聞こえるわ。どうしたの、ディーラ?」

『大変よ。今、ギムリと一緒に要塞前を見張ってるんだけど、軍でも警察でもない異様に装備が整った妙な武装集団が大勢集結してて、すぐ近くにある王都警察本庁ビルに立て籠もるダニーク兵と激しい銃撃戦をやってるの!

 ……ダニーク側の旗色が大分悪いわ……それに、一部の兵隊が警察ビルのダニーク兵を無視して要塞に突入してる……

 そこに連中が来るのも時間の問題よ!危険だわ、すぐに離脱して!』


 ロッピの顔が苦渋に歪む。

 このまま行けば、ダニーク人たちの刃が「あの」スタントール女王の喉元に突き刺さる瞬間を映像に収めることが出来るかもしれない。

 しかし、これ以上彼らの後を追いかけると、今度は自分たちの尻に火が付きかねない。

 既にスタントールはテロの衝撃から立ち直りを見せており、今すぐにでも国家の威信をかけて国中の軍や警察を動員して王都に雪崩れ込んでくるだろう。

 そうなった場合、敵に加担しているにも等しい「亜人」のメディア関係者を、差別意識の強い白人たちがどうするかなんて子供でも分かる。

 そして、それを裏付けるかのような警告がエルフの同僚から発せられる。


『それと……さっき局長から衛星電話があって、私たち全員今すぐロングニル大使館に避難しろって指示があったの……スタントールの外務省が、私たちの国の外務省に宣告を出したみたい……

 ……“テロ組織を支援する海外メディア関係者は、たとえ友好国の国民だろうと発見次第射殺する”って……本当にヤバイよ、ロッピ!大使館に逃げ込まないと!!』


 もはやこれまでのようだ。

 ロッピは決断を下した。


「……わかったわ、直ぐにここを離れる。ディーラたちはバンに戻って!」


 通信を終え、相棒のメウラと視線を交わす。

 もはや何も言わずとも猫娘カメラマンは全て理解した。


「ウニャ、残念ニャーけどここまでニャーね。帰ったらステーキ、ちゃんと奢ってニャ?」

「……わかってるわよ。」


 しっかりと約束を覚えていた猫に、ウサギ美女はやや不貞腐れたような表情を見せる。

 2人は今いるフロアの奥に「非常階段」と書かれた耐火扉を見つけると、その扉を開けて慎重に階段を下った。

 下界に近づくなり、銃撃音が激しさを増す。

 1階に辿り着いた2人は、物陰に身を隠しながら天空要塞エントランスの様子を伺う。

 エントランスを守っていた10名程のダニーク兵と正体不明の王国側武装集団が激しい戦闘を繰り広げている。

 しかし、ダニーク側は敵の物量と装備する銃火器の性能差により圧倒されつつあった。

 さらに、血のように紅い髪をした恐ろしい王国軍女性兵士が謎の兵士たちと共に姿を現すと、瞬く間に残ったダニーク兵を撃ち殺してしまった。

 

「クソッタレのダニ虫共がぁ!!調子に乗りやがって!!絶対に皆殺しにしてやる!!」


 ロッピに勝るとも劣らない豊満な乳房を誇るその女は、悪鬼羅刹が如き咆哮を上げた。

 その姿を見たウサギ美人記者は、密かに密着していた褐色少女の身を案じざるを得なかった。


「……サーラさん、どうかご無事で……」


 ロングニル人記者とそのカメラマンの亜人女性2人は、辛くも女王の要塞から脱出し同僚たちと合流。

 自国大使館に何とか逃げ込むことに成功したのであった。


……


 時は少しだけ巻き戻る。

 鮮血の如き紅い髪の王国軍女性兵士が天空要塞に到着すると、そこには見慣れない軍服を来た多数の兵隊がいた。

 紅髪の女兵士ことレシアは、油断なく敵から奪った人民共和国製汎用機関銃を構えて誰何すいかした。


「なんだテメェーらは!?どこの兵隊だ!?」


 すると、その武装集団のリーダー格らしき男がレシアの前に進み出てきた。

 男の顔を見るなり、レシアは驚きの表情を浮かべて銃を下げる。


「デルバータ元帥!?どうしてここに?」


 デルバータと呼ばれた老獪なベテラン軍人の風格漂う中年白人男性は、王国軍史上最高の戦車撃破記録を誇るタンクスレイヤーに笑みを見せた。


「よう、レシア・リョーデック少尉。相変わらず元気いっぱいだな。

 久しぶりだ。」


 その直後、「ゼイッゼイッ」と肩で息をするレシアの上官である陸軍准将が遅れて姿を現した。


「ハァハァ……あ?……なんだコイツら……って、デ、デルバータのオヤジさん!?」


 部下にフルマラソンを強いられた准将の男も、やはり驚愕の表情を貼り付かせる。


「ふっ、やはりお前も来たか、マッコイ!

 丁度いい。2人とも手を貸せ。これから天空要塞を穢した亜人の蛆虫共を駆除しに行く。」


 デルバータの発言を聞くなり、レシアに怒りが沸き起こる。

 自らが永遠の忠誠を誓う古き偉大なる祖国スタントールで最も高貴な人物がいる場所に、薄汚い茶色い亜人の虫共が土足で踏み込んだことに対する心火燃ゆるが如き怒り。

 黄金色のオーラが、血の色をした髪を逆立たせる。


「……あのクソダニ虫共……やっぱり宮殿に踏み込んでいやがったか……

 ……皆殺しにしてやる!!」


 今にも飛び出しそうな紅髪女に、デルバータは「銃」を投げて寄越した。

 それを片手で軽々と受け取るレシア。


「そんなアカ共のゴミは捨ててこれを使え、少尉。

 我らが偉大なる王国の最新型自動小銃だ。」


 受け取った銃を確認する。

 弾倉がトリガーの後ろに配置された「ブルパップ式」の近未来的なデザインの銃だ。

 自動小銃にもかかわらず全長がカービン銃より短く取り回しが軽快な設計となっている。

 銃上部には大きなキャリングハンドルが配置されており、一見するとトランペットや軍隊ラッパのような印象を受けた。

 レシアは弾倉を一度取り外して弾薬の状態を確認し、安全装置を外してコッキングレバーを引いた。

 戦闘準備完了である。


「中々いいかんじの銃じゃねぇか……気に入った。

 ……おっと、ありがとうございます。デルバータ元帥。」


 レシアのたどたどしい礼に、デルバータは威厳漂う顔で応じる。


「礼はいらん。俺が求めるのは結果だけだ。

 偉大なる女王陛下は、逃げも隠れもせずに最上階で堂々とダニーク人共を待ち構えておられる。

 我らと陛下で、ダニークを挟み撃ちにするぞ!続け、少尉!!」

「イエッサー!元帥!!」


 続いてデルバータはダリルに指示を出す。


「マッコイ。お前には付近一帯の全体指揮を任せる。

 至近の王都警察ビルにもダニが巣食っている。俺の兵隊を貸してやるから、始末して見せろ。」


 これにダリルはあっけらかんと答えた。 


「了解です、オヤジさん。」


 サーラたちダニーク解放戦線の抹殺目標の一人、ハインツ・デルバータ元海軍総司令官は私兵の「王国防衛烈士団」の戦闘員たちと恐るべき紅髪女兵士レシアを率い、「カズキの天空要塞」へと突入した。


 王都フェリスを覆う戦火はスタントール人とダニーク人の憎悪がぶつかり合い、その激しさを増していく。


……


 天空要塞最上階。

 そこでは多数の黒衣の兵士たちが、下層階から一直線にここへ登って来る王室専用大型特殊エレベーターを待ち構えている。

 手には超工業大国の最新鋭ブルパップ式自動小銃や、新型短機関銃が握られており、銃口を一つのブレ無く専用エレベーターの扉に向けていた。

 この専用エレベーターは王国軍中央総司令部のある5階からシノーデル王家の居住区画であるこの最上階までをダイレクトに繋いでおり、その制御システムも司令部のすぐ隣にある要塞設備管理室で一括管理していた。

 肝心の軍総司令部が「陥落」した今、天空要塞のエレベーターシステムをはじめとする空調や照明など建物の各設備は敵に乗っ取られてしまった格好だ。

 そして唾棄すべき敵であるファーンデディア原住亜人のダニーク人テロリストたちは、女王専用の大型エレベーターに土足で踏み込んでこの最上階を目指しているのだ。


 絶対に許してはおけない。


 女王にのみ忠誠を誓う「ネタリア機械化騎士団」に属する黒衣の精鋭兵たちは皆、彼らの麗しき王都「枯れること無き花の都」フェリスに破壊と殺戮をもたらしたテロリストに絶対の殺意を抱いていた。

 やがてエレベーターが最上階に到達する。


 「ポーン」という到着を知らせる音と共に両開きスライド式の扉は開かれた。

 一瞬として間を置かず、黒衣兵の部隊長の男が一言命令を発した。


「撃て!!」


 フルオート射撃。

 複数のブルパップ式自動小銃や短機関銃による猛烈な銃撃が、王室専用エレベーターの広い籠に叩き込まれる。

 無数の弾丸が籠を文字通りハチの巣にした。


 だがそこに人影は無かった。


「なに!?……敵はどこだ?」


 訝しがる部隊長の男。

 その直後、エレベーターの天井を突き破りダニーク人の大男が強力な人民共和国製汎用機関銃を持って現れた。


 フルオート射撃。


 ハチの巣状になったエレベーターの籠の中に降り立った大男が、お返しと言わんばかりにありったけの7.62mm弾を黒衣兵の集団に注ぎ込む。

 たちまち数名が撃ち倒される。

 さらに大男に続いて小柄な褐色肌の美少女も降り立った。

 人民共和国製自動小銃を構える緋色の瞳は、真っ赤に燃え盛っている。


 連続発砲。


 極めて正確な射撃で、さらに複数の黒衣兵が床に倒れる。

 辛くも難を逃れた騎士団の兵士たちは、何とか柱の陰に身を隠して敵弾をやり過ごした。

 しかしそこに、彼らを指揮すべき部隊長の男の姿は無い。

 男は既に、褐色少女の放った小銃弾で頭を撃ち抜かれ脳漿と頭蓋の破片を撒き散らして即死していた。


「た、大佐が戦死!!繰り返す、シュワルツ大佐が戦死!!

 大至急応援を!!」


 黒衣の兵士たちに僅かな動揺が生まれる。

 その隙を、歴戦の少女サーラは見逃さなかった。


「今だ!RPGを叩き込め!!」


 配下の戦士たちに命令を飛ばす。

 既に複数のダニーク戦士たちが、サーラや大男ヤシュクに続いてエレベーターから飛び出し展開していた。

 その中の2名が、装備する強力な人民共和国製対戦車ロケットランチャーを構えて敵兵の集団が身を潜める正面通路左右の装飾柱に狙いを定めた。


 発射。

 そして次の瞬間、強烈な爆発が巻き起こる。


「ぎゃあっ!!」


 2本のロケット弾は狙いたがわず敵兵たちを柱ごと吹き飛ばした。

 コンクリートの欠片に混じって飛び散るスタントール人の肉片。

 「被害者」の一人である右腕を吹き飛ばされた若い黒衣の兵士が、悶え苦しみながら高級絨毯が敷き詰められた床を転がる。


「うわあぁ……だ、誰か、衛生兵を……」


 直後、発砲。


 兵士の傍まで進んできた褐色少女が、腕を失った激痛に喘ぐ兵士の苦しみを取り去ってやった。

 頭部に一発。

 漆黒のヘルメット前面中央部に描かれた王家の紋章を、サーラが放った7.62mm弾が貫く。

 このネクタス州出身の青年が、最後の一人だった。


 採光用の強化ガラスが円形の天井に放射線状にはめ込まれ、華美な装飾や有名画家による印象派絵画で彩られた天空要塞最上階のエレベーターホールは、褐色肌のゲリラたちによって制圧された。

 ホールから一直線に伸びる長い廊下の先に、女王が待つ「王の間」の最高級生地を使用した赤いクロスで覆われる両開きの重厚な扉が無防備な姿を晒している。

 サーラは叫んだ。


「突撃!女王の首を獲れ!!」

「オオォォーーッ!!」


 およそ40名程のダニーク解放戦線戦士たちが、少女戦士の命令に雄叫びをもって答える。

 一気に扉を目指して驕奢を極めし王宮の廊下を駆け出す褐色肌の戦士たち。

 

 そこに、再び強敵が立ちはだかる。


 王の間へと続く扉の手前、T字路になっている左右の廊下から「それ」は突如として出現した。


 王家の紋章が胸部装甲に輝く漆黒の重装歩兵ジャガーノートが2体。

 手には偉大なる工業大国が世界に誇る工業芸術品の「キャリバー50」重機関銃が握られている。


「なっ!?」


 褐色少女の緋色の瞳が驚愕に見開かれる。

 他のダニーク戦士たちも同様だ。完全に不意を突かれた。


 フルオート射撃。


 12.7mm機関銃弾が褐色肌のテロ集団に叩き込まれる。


「クソッ!!スタトリアのデカブツがぁっ!!」


 サーラは咄嗟に長い廊下に等間隔で設けられた装飾柱の陰に飛び退きながら悪態をつき、前方から降り注いだ絶対的なる死をもたらす鉛の豪雨を寸でのところで回避。

 ヤシュクやユーセフ他、サーラと長年共に戦い続けているベテラン戦士たちも同様に紙一重でこれを凌ぐことに成功したが、今の不意打ちの一撃により40名で最上階に到達したダニーク解放戦線「天空要塞攻撃班」は、一気にその半分が廃却されし神々の下へ旅立ってしまった。

 今度は茶色い肌の肉片が超工業大国で最も高貴な廊下を穢す。

 集団の先頭を突っ走っていたサーラは、味方と分断される形となった。

 ヤシュクやユーセフなどの生き残りのダニーク戦士たちは、サーラのいる場所から柱3本分後方で釘付けにされている。

 残った弾薬は自動小銃の予備弾倉が2つと手榴弾が2個。

 パワードスケルトンを纏う敵重装兵が1体だけなら何とか倒せるが、2体では手の出しようがない。

 1体を倒そうと敵に取り付けば、残ったもう1体によって一瞬にして引き裂かれてしまう。



 どうする?

 どうすれば奴等を始末できる!?



 少女は思考を高速で巡らす。

 その時、仲間の大男の叫ぶ声が聞こえて来た。


「サーラ!!俺が行く!!俺が片方を何とかするから、もう片方を頼む!!」


 直後、残った戦士たちが死の豪雨に身を晒して一斉に反撃の銃弾を敵重装兵に叩き込み始めた。


『クソッ!小賢しいダニ虫が!!』

『落ち着け、フィリップ!一匹づつ確実に始末しろ!!』


 突然の一斉応射により、重装歩兵ジャガーノートに一瞬の隙が生じる。

 それをヤシュクは見逃さずに意を決して飛び出し、自身の肉を抉るように掠める12.7mm弾を物ともせず突進。

 右側の重装歩兵ジャガーノートに組み付いた。


「うおおぉぉっ!!クソがああぁぁっ!!」


 敵の機関銃を強引に取り上げようと、敵パワードスケルトンに無謀にも真正面からの力勝負を挑む褐色肌の大男。

 眉間や逞しい両腕にくっきりと血管が浮き出て、筋肉がその全力を発揮する。

 突如、隣の戦友にがっぷり四つに組み付いた茶色い亜人ゲリラに驚きつつ、キャリバー50の銃口を大男に向けようとした左側の重装歩兵ジャガーノート


 次の瞬間、サーラの身体も反射的に動いた。

 アドレナリンの過剰分泌により目の前がスローモーションの光景となる。

 左側の敵兵がヤシュクを始末せんと引き金を引く直前、サーラは敵兵の股下に滑り込みをかけて右足の付け根部分にある装甲の隙間に手榴弾を捩じ込んだ。

 股下の違和感に、引き金を引こうとした敵兵の指が止まる。


『な、なんだ!?』


 爆発。


 左側の重装歩兵ジャガーノートの右足が吹き飛び、その巨体が前のめりなって床に倒れ伏す。


『うがあぁっ!あ、足が!!足があぁっ!!』


 足を失った激痛に絶叫する敵重装兵。

 サーラは身を起こすと、すぐさま振り返って自動小銃を構えた。

 足が吹き飛び、鮮血迸る「中身」が露わになった部分を照星の先に捉えた。


 連続発砲。


 高速で飛来した10発の7.62mm弾が肉を突き破り、パワードスケルトンの脆弱な「中身」たる内臓器官を徹底的に破壊した。


『グパッ!!ゴファッ!!』


 敵の断末魔。フルフェイス防弾ガラスの下に隠れた、フェターナ州出身の「ネタリア機械化騎士団」所属ベテラン軍人の男の口から大量の血が吐き出された。

 重装歩兵ジャガーノート1体、撃破。

 残る1体と力比べを続ける大男ヤシュクに、生き残った10数名のダニーク戦士たちが加勢に加わる。

 ヤシュクは敵の機関銃を素手で掴みながらサーラに言った。


「……行け、サーラ!行け!!女王の首を獲れ!!」


 そのヤシュクと一緒に敵重装兵に縋り付く美青年の副官ユーセフも叫ぶ。


「同志サーラ!!行ってください!!王の間は目の前です!!」


 サーラは再度振り返る。

 彼女の目の前に、「王の間」へと続く扉はあった。

 残った敵重装兵との死闘を信頼する仲間に任せ、重厚な王の扉に体当たりを仕掛けて飛び込んだ。

 扉はすぐに閉まり、オートロックが作動する。

 

 女王はそこにいた。

 ノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世。


 広い居室は荘厳な装飾や高名な画家による博物館級の絵画で彩られていたが、ソファーや執務机は部屋の隅にまとめられておりややガランとした印象を受けた。

 天井からはモダン風デザインのシャンデリアが吊り下げられていたが、その照明は落とされており、南側の強化ガラスの一面には鋼鉄製の遮光シールドが下りていて日光を完全に遮っていた。

 間接照明のみが点灯しているだけの「王の間」は薄暗く、部屋の中心にわざわざ置かれた「玉座」に悠然と腰掛ける女王に向けて、部屋の四隅から淡いスポットライトのようなものが浴びせられていた。

 女王の右手には愛用の軍用自動拳銃が握られている。

 左手で頬杖をつきながら、不躾な入室を果たした褐色肌の小娘にその無礼を咎めた。


「ふん。教養無き蛮族の小娘が。

 偉大なる国王の御前なるぞ。ぬか付き平伏さぬか。」


 サーラは自動小銃を構えて照星の先に女王の顔を見据える。


「カリーシア・シノーデル!!

 血に飢えた殺戮の女王!貴様を殺す!!」


 これに女王は嘲笑を持って答えた。


「ハッ!!ほざけ、ケツからひり出てきたクソみたいな色をした亜人が!

 貴様如きにわらわを殺せるものか。

 しかし、ここまで来た褒美として特別に発言を許そう。

 何か言い残すことはあるか、ダニ虫?」

「……死ね、カリーシア。」


 サーラは一切の躊躇なく引き金を引いた。


 発砲。


 7.62mm弾が女王の頭部に向かって音速を超えて飛来した。

 しかし、銃弾は空を切り背後の壁にめり込んだ。

 まるでそこに女王が「存在」しないかのように。 


 

 何が起こった?



 サーラは驚愕し、さらに連続発砲。

 しかし銃弾が女王の「肉体」を捕らえることは無く、壁や玉座に空しく食い込むばかり。

 ひとしきりサーラが発砲し終えると、女王は尊大に笑った。


「フフフッ……ハーハハハハッ!!

 中々面白いではないか!極北の不気味な奴等から“頂いた”技術は!」


 直後、女王の姿が受信状態の悪いテレビ画面のように一瞬「乱れた」。


「うん?どうした?」

『申し訳ございません、女王陛下。出力が不安定になってきました。

 そろそろ投影限界に達します。』


 この部屋にはいない何者かが女王に詫びる声が聞こえてきた。

 女王の姿の「乱れ」はさらに酷くなった。


「そうか。まぁよい、所詮盗んだ技術よ。丁度いい暇潰しと実験になった。

 今後、さらなる技術向上に努めよ。」

『ははっ!女王陛下!!』


 サーラの混乱は加速するばかりだ。

 なぜ、銃弾が命中しない?

 これに女王は「親切」にも回答を寄越した。


「ダニ虫。貴様のようなクズには理解できんだろうが、妾は“ここ”にはおらぬ。

 貴様が今見ているのは言うなれば“幻”。ホログラム映像だ。

 妾が薄汚いダニ虫共をわざわざ待ってやるとでも思ったか!?

 自惚れるな!!貴様の相手は、我が王国の精鋭中の精鋭がしてやる!!

 感謝しながら死ね!!」


 女王による「死の宣告」の直後、南側の遮光シールドが上にスライドして格納され、燦燦と輝く日光が「王の間」に差し込んでくる。

 一気に天然の明かりに包まれる女王の居室。

 それと同時に玉座を照らしていた四隅の「ホログラム投影装置」が消灯すると、女王の姿は掻き消えてしまった。

 シールドが上がり切ると、今度は緊急時脱出システムが作動し南側の部屋一面を覆う強化ガラスがかまびすしい音を立てて粉々になった。

 地上300メートルの高所に位置する「王の間」に強い風が吹き込んでくる。


「な、なに!?」


 サーラは驚きの表情を張り付かせたまま突如外界と繋がった南面に視線を向ける。

 そこに鋼鉄製の巨大な怪鳥が姿を現した。

 四発ジェットエンジンを抱く王国空軍の最新鋭長距離大型軍用輸送機。

 巨大な機体は偉大なる天空要塞の上空を掠めるように飛び去る。

 その去り際、黒い胴体から「何か」が勢いよく飛び降りてきた。

 ウイングスーツを展開した漆黒の専用戦闘服に身を包んだ王国兵。数はおよそ20。

 円を描くように要塞上空を滑空すると、一斉に「王の間」や屋上ヘリポートを目指して飛び込んできた。

 ウイングを大きく広げて空気抵抗を増大させながら減速し、5人の黒衣兵が「王の間」に着地した。

 大戦を受けて新たに編成された王国軍統合広域作戦特殊部隊「アルファ・フォース」。

 陸海空軍の三軍から志願してきた兵士に特別試練を課し、それを勝ち抜いた精鋭中の精鋭のみで構成された最新鋭特殊部隊である。

 顔面を覆うコンバットマスク越しに、指名手配犯の褐色小娘の姿を確認した兵士が部隊指揮所に報告する。


「アルファ1、サーラ・ベルカセムを確認。これより“処分”を開始する。」

『了解、アルファ1。速やかに“処分”せよ。』


 直後、サーラに向け5人の「精鋭部隊」が手にしたブルパップ式自動小銃の銃口を向ける。


 フルオート射撃。


 サーラは反射的に駆け出し、部屋の奥にある女王の執務机に飛び込んだ。

 敵の銃撃は極めて正確だった。

 今まで敵の銃弾をまともに「喰らった」ことの無い少女の身体に、数発の5.56mm弾がめり込む。


「ぐっ!!」


 何とか机の陰に隠れることに成功したが、銃弾はサーラの腕や足を貫き、右脇腹の肉を抉って右肩にも傷を負わせていた。

 身体中から血が出てくる。

 目の前が霞んでいく。

 自動小銃を持つ手から握力が失われ、心臓の鼓動は異常に激しくなる。

 死神の足音が聞こえてくる。

 だが、その時サーラは思い出した。


 スタントール人への激しい憎悪を。

 ホログラムで投影された女王の嘲笑を。

 レシアが和平会談会場の屋上で見せた殺意の眼差しを。

 ……そして、愛する妹ナシカを殺した豚男の下卑た笑顔を……


 赤黒いオーラが少女を包み、残された全ての力を全身に行き渡らせる。

 執務机の陰に飛び込んだサーラにトドメを刺すべく近寄る「アルファ・フォース」の戦闘員たち。

 そこに少女は「グレネード」を放り投げた。


「手榴弾!!」


 気づいた兵士が警告を発するが、それは「手榴弾」では無かった。

 一瞬と間を置かず、強烈な閃光と轟音が広大な天空要塞最上階の部屋を引き裂く。

 スタングレネードだ。


「うおっ!!」

「クソッ!視界が!!」

「畜生っ!!」


 光と音で視界を一時的に奪われる精鋭兵。

 その致命的な隙を、サーラは見逃さなかった。

 机から身を踊り出し、人民共和国製自動小銃のトリガーを一気に絞る。


 フルオート射撃。


 瞬く間にスタングレネード炸裂地点の至近にいた「アルファ・フォース」の精鋭3人を射殺。

 7.62mm弾の強力な貫通力は、新型ケブラー素材と合金で出来た新型ヘルメットや防弾チョッキを難なく貫いて脳細胞や心臓を破壊した。

 残り2人。


「ダニークのゴミがぁっ!!」


 ネクタス州生まれの屈強な白人男が、雄叫びと共にブルパップ小銃を発砲する。

 サーラのこめかみを銃弾が掠めるが、真っ赤に燃え盛る緋色の瞳に陰りは生まれなかった。

 机から飛び出して一気に駆ける。男に肉薄すると、自動小銃の銃口を男のコンバットマスクに押し付けてゼロ距離連続射撃。

 マスクや漆黒のヘルメットごと粉砕される白人男の頭部。

 血肉が「王の間」の高い天井やモダンシャンデリアを穢す。


 残り1人。南側一面に空いた外界との「出入口」にいる。


「こちらアルファ4、アルファ1他戦死!!

 クソッ!!この茶色い化け物が!!」


 自動小銃の銃弾が切れた。

 しかし、弾倉を交換する暇は無い。

 敵兵の最新型自動小銃の銃口がこちらを向く。

 サーラを始末せんと「王の間」に突入した特殊部隊最後の一人に、褐色肌のゲリラ少女は浴びせられる小銃弾を物ともせず捨て身の突進を仕掛けた。


「うおおぉぉーーっ!!」


 男の腰回りにがっしりとしがみ付き、そのまま敵精鋭兵と一緒に地上300メートルの虚空へと飛び出した。

 相手に絡みついたまま、サーラは右手で腰のコンバットナイフを引き抜くと敵特殊部隊兵士の戦闘服とコンバットマスクの隙間にあたる喉元に切っ先を突き立てた。


「グフウッ!!グパッ!!」


 敵の鮮血がナイフの刃を伝い少女の手にまで流れてくる。

 心臓の鼓動は急速に弱まっていく。

 白い肌をした男の死の感触が、逞しい褐色の肌へ直に伝達される。

 しかし、このままではサーラにも逃れられぬ死が訪れる。

 地上へ向けて真っ逆さまに落下する2人。

 サーラはほとんど無意識にしがみ付いている男の胸元で風に暴れるフックを引っ張った。


 特殊部隊仕様の特殊パラシュートが展開。


 落下速度は急速に緩慢となる。

 パラシュートを開いた死体のハーネスに、最後の力を振り絞って自身の腕をがちっと絡める。

 その時に気が付いたが、愛用の自動小銃はスリングが運よく腕に引っ掛かってくれていた。

 地上に激突する恐れが無くなり一安心すると、サーラの意識が途端に薄れ始めた。

 霞み行く視界の隅にこちらへ急接近する大型ヘリコプターの陰が見えたが、それが何なのか認識する前に褐色少女の意識は途切れた。


……


「クソッタレが!!それでも女王陛下の騎士団かよ!?

 なに殺されてんだ!!ふざけんなよ!?」


 紅い髪をした王国軍女兵士が、豊満な胸を揺らしながら怒鳴る。

 その女、レシアの眼前には無残な屍を晒す黒衣の兵士たちと重装歩兵ジャガーノート2体の姿があった。

 敵ダニークゲリラの死体はおよそ20体ほど。

 その中に、レシアにとって憎き家族の仇である少女の姿は無かった。


「おのれダニ虫……」


 レシアと共に天空要塞最上階に到達した元海軍軍人のデルバータも、唸るように言った。

 するとレシアは焦燥を顔に張り付かせてデルバータを急かした。


「元帥!!女王陛下が危ない!!

 “王の間”に急がないと!!」


 それにデルバータは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……女王陛下ならご無事だ……だが、小娘と生き残ったゲリラはもうここにいない……」

「なんだって!?」


 その直後だ。

 若いダニークゲリラ兵の男が苦し気な呻き声を出した。


「うっ……ううっ……き、貴様はデルバ」


 発砲。


 デルバータはブルパップ式自動小銃の銃弾数発を、片腕を失っても尚息をしていた茶色い雄虫一匹に叩き込んだ。

 元海軍総司令官の大いなる怒りが込められた弾丸は、容赦なくゲリラ兵の男を引き裂き物言わぬ肉塊とした。


「虫が。軽々しく俺の名を呼ぶな。」


 すかさずレシアがデルバータに詰め寄る。


「どういうことだよ、元帥のオヤジ!!

 女王陛下は無事って、なんでわかるんだ!?

 王の間でベルカセムのクソッタレを待ち構えてたんじゃないのか!?」

「敵に会話や通話を盗み聞きされていることを懸念してそう言ったが、女王陛下ご本人はテロ発生と同時に要塞を脱出されておられる。

 それに待ち構えておられたのは本当だ。

 ベルベキア連中から失敬した幻影装置を使ってな。」


 レシアの頭に疑問符が浮かぶが、それよりも優先すべきことがある。

 

「それよりも敵がいないってのはどういうことだ!?

 奴等は何処に消えた!?」

「……」


 デルバータの顔が暗くなる。

 レシアはもどかしいと言わんばかりに、元帥の肩に取り付けられた小型無線機をひったくって直属の上官を呼び出した。


「ダリルのオッサン!!

 敵は何処だ!?ぶっ殺してやるから指示してくれ!!」

『……あー、嬢ちゃんよ。とりあえず一旦下に降りてこいや。

 もうそこにダニちゃんたちはいないからよ……』

 

 ダリルの声もどこか暗かった。

 まるでとっておきのプレゼントが、箱を開けて中身を見たら大したものじゃ無かった時のような落胆した声だ。

 レシアの苛立ちはさらに募る。


「どこにいった!?まさかここから飛び降りたってのか!?」

『まぁ、そうとも言えるが……

 あのクソダニ共、王室専用ヘリの予備機体を奪って逃げやがったんだ。

 ヘリの存在は国家機密の一つだぜ?どこで連中そんなもんの在処を知りやがったんだ!?

 それに……ウチの特殊部隊も全員返り討ちに遭った。

 信じられねぇ……最悪だぜ……というわけで、さっさと降りて来い、嬢ちゃん。』


 直後、レシアは無線機を床に叩き付けて破壊した。

 同時に壮絶な怒りの咆哮を上げる。


「クソッタレがぁっ!!本国の雑魚共が!!

 ダニ虫をまんまと逃がしやがって!!あたしがもう一回ぶっ殺してやる!!」


 デルバータはじめ彼の私兵たちも、レシアの怒りに言葉が出ない。

 やり場のない悔しさと怒りが彼らの心を支配する。

 そしてそれは、この王国をさらに強靭なものとする原動力となる。

 より一層防諜に力を入れ、ファーンデディアの治安部隊を大幅に増強すべし。


 二度と同じことを繰り返させない。

 ダニーク人に血の報復を!


 スタントール人とダニーク人の民族的対立は、この王都フェリス同時多発テロをもって決定的となった。


……


 女王は暖かな日の光が降り注ぐ白亜のバルコニーで、眼前に広がる山頂に雪化粧を纏った山々の絶景を眺めながら優雅に午後のティーを嗜んでいた。

 最高級調度品のテラス用テーブルには、フェターナ広域州南部にあるホルスタ島の高山地帯でのみ収穫可能な超高級茶葉を使用した上品な赤みを帯びるまろやかな紅茶が入ったティーセットと、特注品の銀皿に乗る専属シェフお手製の家畜ドラゴンのミルクを材料としたチーズケーキが置かれていた。

 ここは王都フェリスからヘリで1時間とかからない王室専用別荘。

 切り立った崖の山頂に築かれた城塞建築のそれは、通称「ドラゴンの巣」と呼ばれていた。

 王都近郊の山岳地帯にあるここは著名な観光地でもあり、王の別荘を頂く崖の麓には王国の上流階級に属する人間たちの別荘や高級ホテルが広がり、冬の時期には大勢のスキー客で、夏にはゴブリン狩りを楽しむ富裕層ハンターで賑わいを見せる。

 

 丁度シーズンオフにあたる今は下界に喧騒も無く、女王は静かで優雅な時間を満喫していた。

 つい先程まで、この別荘内部に臨時で設けられた「ホログラム実験室」で憎きテロリストである褐色肌の小娘を挑発し、まんまと引っ掛かった無教養な蛮族娘の狼狽ぶりに大いに愉悦を感じたものだ。

 そろそろ小娘を始末した連絡が来る頃だろう。

 その後で記者会見に臨まねばならない。犠牲となった臣民に哀悼を捧げ、同時に悪辣非道なテロリストの殲滅を世界に向けて宣言するのだ。

 今はその為の短い休息の時間である。


「……じょ、女王陛下……王国軍フェリス管区方面隊司令官殿からのご連絡です……」


 白いタキシード姿をした給仕係の白人男が、蒸気時代アンティーク風デザインの電話機を持って女王の下に静かに駆け寄った。

 早速来たか。


「うむ。ご苦労。」


 女王は専用のリクライニングチェアから身を起こして受話器を取った。


「妾だ。」


 電話の相手方である首都一帯の国防を担う方面隊司令官の言葉を詰まらせるようなたどたどしい報告を聞くなり、若く美しい女王の顔が激しい怒りで歪む。


「……この大馬鹿者が!!何をやっておるか!!

 妾のヘリの予備を奪われた上に、生き残りの茶色い虫共を全て取り逃がしただと!?

 クソッタレの無能者がぁ!!」


 投げつけるように受話器を叩き付ける。

 給仕係の若い男は思わず「ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、深々と頭を下げてからその場を逃げるように去った。

 すると、入れ替わるようにサリコジ首相とマクロン副首相が女王の前に現れた。

 頭を深く下げてからサリコジが女王に王都の状況について報告しようとした。


「……へ、陛下、この度は陛下の御身に大事が無く、心より神への感謝を」

「黙れ。軍からはさっき電話にて天空要塞の件は報告を受けた……さっさと市内の状況について報告しろ。」


 直後、サリコジは弾かれたように背筋を正して直立不動で女王に報告を始める。


「はっ!失礼しました、陛下!!

 ……市内各所でゲリラ攻撃を行っていたテロリストのほとんどを制圧しました。

 総合病院や市役所に立て籠もっていたゲリラは全員射殺。凱旋門広場と王都警察本庁ビルのテロリストも鎮圧済みです。この他、フェリシニア駅や国家憲兵隊本部への攻撃を行ったゲリラも撃退しました。

 市内で猛威を振るっていた敵主力戦車3台の内、2台を軍の攻撃ヘリで、1台を王国軍の女性兵士が肉弾戦を持って撃破しております。」


 首相の発言の最後の部分に女王は反応を見せる。


「……肉弾戦で戦車を撃破したのは、レシアか?」

「はっ。ファーンデディア管区方面隊所属のレシア・リョーデック少尉であります。

 えー……彼女はその後、デルバータ氏が率いる“王国防衛烈士団”と合流して天空要塞のゲリラ掃討に従事しております。」

「ふっ、そうか。役立たずの特殊部隊よりよっぽど良い仕事をしておるな。」


 サリコジは手元の報告書を見ながら答えた。

 女王はさらなる報告を促す。


「それで、現時点での死傷者の数は?」

「……死者だけでおよそ3000人以上、負傷者の数はあまりに膨大で現時点では把握出来ておりません……」


 女王の顔がさらに怒りで歪む。


「……クソッタレのダニ虫めが……

 ……絶対に許さぬぞ……首相、“ダニーク人問題の最終的解決”を第三段階へ進めよ。」


 怒れるカリーシアは、首相に「命令」を出した。

 これに首相は疑問符を頭上に浮かべて思わず聞き返してしまう。


「だ、第三段階……で、ございますか?」

「そうだ。“王国自治体管理下原住民町村落”も片っ端から“解体処分対象”とせよ。

 そして、今現在収容所にいるダニ虫を動員して今回の後始末をさせろ。

 終わったら動員したダニは全てアデア海にでも沈めてしまえ。

 ……一切容赦するな……

 ……第三段階の詳細についてはデルバータが詳しい。奴を内務大臣に任命しろ。」


 親政は終わった筈なのに、女王は行政の長に有無を言わさぬ圧を持って「命令」を下した。

 これに王室に忠実な右派政治家であるサリコジとマクロンは素直に応じる。


「ははっ!女王陛下!仰せのままに!!」

「これで少しは気が晴れる。下がれ。」

「失礼致します、女王陛下!古き王国よ偉大なれ!」


 首相と副首相は何とか「女王への顛末報告」という人生最大規模の難関を乗り越えた。

 女王の機嫌が悪くならないうちに、足早にその場を去る2人のフェターナ人。

 するとまたしても入れ替わるようにカリーシアに歩み寄る人影があった。

 黒髪、黒い瞳の美男子。

 名をキリシア・シノーデルといった。

 現フェターナ・シノーデル王室の当主にして「王弟」である。


「姉上、失礼します。」


 「姉」に対して会釈する美しき弟。

 これに姉である女王は微笑みをもって返す。


「おう、キリシアか。わざわざファーンデディアまで行ってもらい、苦労を掛けたな。

 それで、あの“ダニーク人たち”は何と言っておった?」


 女王は早速キリシアに報告を催促した。

 王弟もまた笑みを向けて返答する。


「はい、姉上。“彼ら”はベルカセム一派を“差し出す”ことに同意しました。

 そのかわり、自分たちを“交渉相手”として扱って欲しいとのことです。」

「ふん、蛮族めが。まぁよい。茶色虫だらけになったオーレン県でなら“自治”とやらを認めてやらんでもない。

 ……ベルカセムのクソッタレを差し出すというのならな……」


 これにキリシアは微笑んだまま疑念を呈する。


「彼らがそれで納得するでしょうか?ファーンデディア全体の自治を求めるのでは?」

「そんなことをほざきだしたら、ダニーク人を“絶滅”させてやるまでよ。

 奴等がその惨めな遺伝子をどうしても後世に残したいのであれば、広域州の南端で満足せねばならんだろう。」


 紅茶を啜り、女王は尊大に言った。

 キリシアは尚も笑みを絶やさずに問う。


「……姉上、もし宜しければ本心をお聞きしても?」

「……ダニーク人の“和平派”とやらは馬鹿の集まりと聞いておる。

 利用できるまで利用して、組織を壊滅状態に追いやった後はまとめて収容所に叩き込んでくれるわ。」

「……流石です。姉上……」


 キリシアの笑顔に黒い影が差す。

 そして、その姉たる女王の顔には壮絶な笑みが浮かんでいた。



 ベルカセム。貴様等親子の命はそう長くないぞ。



 恐るべき超工業大国の聡明な女王は、今回の王都同時多発テロの前に既に手を打っておいたのだ。

 敵テロ組織が事実上の分裂状態にあるとの情報を掴み、文民政府にも極秘で「交渉」を実施。

 ダニーク解放戦線「和平派」と称する連中と接触し、「主戦派」を裏から磨り潰す段取りを進めていたのである。

 王都へのテロ攻撃という先手を打たれた形にはなったが、女王の恐るべき謀略が確実にゲイル・ベルカセム率いる解放戦線「主戦派」へと忍び寄る。

 サーラたち独立を求めるダニーク人戦士たちに、スタントール人と共に同胞さえもが立ちはだかろうとしていた。

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