41. 決戦、天空要塞 前編
私は突き進んだ。
白い肌をしたガーゴイル共の親玉の巣窟を。
断崖にへばりつくように聳える奴等の王宮、カズキの天空要塞。
私の任務はただ一つ。
女王、カリーシア・シノーデルⅡ世の首を獲ること……だった……
彼の国の王都が敵の攻撃を受けたのは、これが初めてではない。
およそ1500年前、海の向こうの「祝福の大地」を支配する蛮族の工作員による放火や略奪等の破壊行為、通称「フェリス大火」が、この王国が海を渡ってその大地を征服するきっかけとなった。
王国の名はノルトスタントール連合王国。
建国から1500年以上を経た今、王国はこの異世界で第二位の超工業大国として君臨していた。
今、その「枯れること無き花の都」フェリスは「大火」を遥かに凌ぐ空前の同時多発テロ攻撃を受け、市内各所でテロ実行組織の「決死隊」と王国治安当局による激しい戦闘が発生していた。
後の世にいう、「フェリス同時多発テロ」。
発生した日時を冠して「4.11事件」とも呼ばれるこの大規模テロ攻撃は、「大戦が終わった」と思い込んでいた全てのスタントール人たちに、海の向こうの「祝福の大地」ファーンデディアでまだ「戦争」が続いているという事実を強烈に思い出させたのであった。
……スタントールからの独立を求めるファーンデディア原住民・ダニーク人の武装組織、ダニーク解放戦線との血みどろの戦争が続いているという事実を……
……
「一体どこの馬鹿野郎だ!?こんなところにデカイ重機を積んだトレーラーを停めてるヤツは!?」
王都警察に所属するスタントール人警官が、苛立ちを露わにして言う。
フェリスの心臓部とも言うべき官庁街第1街区の目抜き通りである「天空要塞前大通り」は、朝の通勤ラッシュを狙って発生した市内同時多発爆弾テロとダニーク人ゲリラ兵によるゲリラ攻撃に対処する王国治安当局の車両がけたたましいサイレンを鳴らしながら何台も行き交っていた。
そんな片側4車線の大通りの歩道側1車線を完全に潰すように、重機のようなものを積んだ大型トレーラーが路上駐車していた。
しかもトレーラーは、あろうことかこの偉大なる工業大国で最も高貴な人物が暮らす宮殿「カズキの天空要塞」の地上ゲートの直ぐ傍、王都警察本庁ビルの目の前に堂々と駐車しているのである。
平時であっても警察を挑発するが如き非常識な行為であるにもかかわらず、今は同時多発テロ攻撃という一大事だ。
ただでさえ未曽有のテロで翻弄されている警官たちの怒りは、普段の10倍増しになっていた。
若い警官が、怒りの違反切符を切ろうとトレーラーの運転席に近づく。
「おい!!天下のフェリス市警のど真ん前に路駐たぁいい度胸だな!!
明日から車の運転が出来ると思うな……よ……」
怒声を張り上げていた警官は、運転席の「惨状」を見て言葉を失った。
ドライバーの白人中年男がハンドルに突っ伏すように倒れている。
その頭部は花弁のように開き、辺りには血糊と脳漿が飛び散っていた。
大口径の強力な軍用拳銃による銃撃によって殺害されたようだ。
「な、なんだこれは!?ドライバーが殺されてるぞ!?」
運転席の惨状を目の当たりにした警官たちが色めき出す。
それとほぼ同時に、後部トレーラーに積まれていた緑色の厚手防水シートで覆われた「重機のようなもの」の中にいる褐色肌の人間たちが通信を開始する。
『こちら、フェリスネスト。ケンタウロス1へ。
時間だ。“状況”を開始せよ。』
「ケンタウロス1、了解。
状況を開始する。ダニークのファーンデディア、バンザイ。」
エンジンの始動音が通りに響く。
周囲のスタントール人警官たちは、トレーラーの「積み荷」からエンジン音がしたことに気付くなり、警戒しつつ防水シートを剥がそうとする。
しかし、「それ」が動き出す方が早かった。
トレーラーの「積み荷」はゆっくりと前進し、トレーラーから降りながら強引に防水シートを引き千切り正体を露わにした。
スタントールと敵対する人民共産主義国家・アーガン人民共和国製造の強力な主力戦車だ。
押し潰した卵のような円形砲塔に、105mm戦車砲と14.5mm対空機関砲を搭載した人民陸軍の「地上の華」。
その主力戦車は砲塔を不気味に旋回すると、王都警察本庁ビルエントランスに砲口を向けた。
砲撃。
105mm戦車砲から放たれた対物榴散弾がエントランスを粉砕し、その場にいた無数の警官たちを物言わぬ肉片に変えた。
「せ、戦車だー!!」
トレーラーを取り囲んでいた警官たちは、叫びつつその場から蜘蛛の子散らすように逃げ出した。
すると14.5mm対空機関砲がマウントされている砲手用ハッチが開くと、中から褐色肌の若いゲリラ兵の女が姿を現し、機関砲のコッキングレバーを引いて銃把を固く握った。
フルオート射撃。
周囲にいたスタントール人警官に、ダニーク人女性ゲリラ兵が14.5mm砲弾の雨を見舞う。
次々と白人警官たちは撃ち倒され、装甲車すら破壊する圧倒的な運動エネルギーによって無残な肉の残骸と化す。
たちまち、王都警察本庁ビル前は死屍累々の地獄となった。
王都警察を血祭りに上げたダニーク軍の戦車は、砲塔を旋回しながらその場で超信地旋回を行い、車体と砲身を大通り対岸にあるスタントール王宮「カズキの天空要塞」地上ゲートに向けた。
直後、砲撃。
頑丈な鉄製ゲートは一撃で破壊され、ゲートを守備していた女王の兵隊「ネタリア機械化騎士団」に所属する黒衣の兵士数名の肉体も引き裂いた。
ダニーク軍の戦車は、さらに通報を受けて急行した多数のパトカーや武装警察の装甲車も一方的に粉砕し、付近一帯の制圧を完了した。
車内から周囲を確認した戦車長のダニーク人男性戦士が、咽喉式マイクに手を添えて味方歩兵部隊との通信を試みる。
「ゴブリン1へ、こちらケンタウロス1。
天空要塞地上ゲート付近を制圧。」
間を置かず通信相手の少女が返答する。
『ゴブリン1、了解。まもなく到着する。』
通信終了後、戦車はゲートの前に陣取り、敵スタントール治安当局のさらなる増援を警戒する。
そこに、およそ100名程の完全武装した褐色肌の戦闘員たちが現れた。
屈強な戦闘集団である精悍な顔つきをしたダニーク解放戦線ゲリラ兵の男女を率いるのは、弱冠11歳の少女。
彼女の名はサーラ・ベルカセム。
解放戦線最高指導者、ゲイル・ベルカセムの長女にして「解放戦線最強の戦士」。
誰よりもスタントール人を憎み、誰よりもスタントール人を殺した少女。
元より生きて帰るつもりの無い「王都決死隊」のダニーク戦士たちは天空要塞地上ゲートに居座る味方戦車の周囲に展開し、まだ息のあるスタントール人たちにトドメを刺していく。
戦車砲塔の戦車長ハッチが開かれ、中から姿を現した戦車長が「決死隊」指揮官の少女に敬礼する。
「同志サーラ。」
「同志ハジーン。よくやった。
ここはもういい。貴官は、フェリシニア駅前で暴れているケンタウロス2及び都庁ビルを攻撃しているケンタウロス3と共に引き続き市内を蹂躙しろ。
次の攻撃目標は凱旋門だ。
弾の続く限り撃て。女子供老人の別なく、視界に入ったスタトリアを全て挽肉にしろ。
フェリスに死を。」
サーラは冷徹に命じた。
これに戦車長の男、ハジーンは弾かれたように背筋を伸ばして力強く応じた。
「了解!同志サーラ!!フェリスに死を!!
……戦車前進!!第二目標、凱旋門!!」
重厚なエンジン音と共に、無限軌道を軋ませて主力戦車は大通りを悠然と前進する。
サーラは、これに配下のダニーク戦士数名を同伴させた。
残った戦士たちを前に、恐るべき褐色少女は決戦前の「最後の訓示」を発する。
「同志諸君……ここだ……
ここに奴が居る。
カリーシア・シノーデルⅡ世。血に飢えた女王の首を獲る。
女王を殺し、フェリスを灰にして勝利を手にするぞ!!
ダニークのファーンデディア、バンザイ!!」
「ダニークのファーンデディア、バンザイ!!」
100人近いダニーク戦士たちの咆哮。
士気は激昂し、誰一人として死を恐れていない。
全ては「祖国」と呼べるものを手にする為に。
「同志アスラン。同志は20名を率いて王都警察本庁ビルを制圧しろ。
ビル内の白人全員を始末し、これを占拠せよ。
そこで、ここへ急行するであろうスタトリアのガーゴイルを一匹でも多く引き付けろ。」
「了解!同志サーラ!!」
若く逞しい美青年のアスランが決死隊指揮官の命に従う。
アスランに率いられたダニーク兵20名が、戦車の砲撃で瓦礫と肉片の山となった王都警察本庁ビルのエントランスに向けて駆け出した。
ビル内部からエントランスに集まり、生存者の救助を行おうとしている警官らと交戦を開始する。
「残りは私に続け!!
第一攻撃目標は、天空要塞内にある王国軍中央作戦総司令部だ!!
陸軍総司令と空軍総司令を始末してやる!!
行くぞ!!」
「オオォォーーッ!!」
サーラは愛用の人民共和国製自動小銃を構え、破壊された天空要塞地上ゲートを突破した。
彼女の後に、同じく自動小銃や汎用機関銃で完全武装したダニーク戦士の集団が続く。
要塞のエントランスまでは断崖を刳り貫いて設けられた白亜の高級石材で造られた幅広の100段近い階段がある。
階段を一気に駆け上がるサーラ。
すると、前方のエントランスから多数の黒衣の兵団が出現した。
女王直属の王国軍最精鋭エリート部隊、「ネタリア機械化騎士団」に所属する王国軍の精兵である。
全員、配備されたばかりの最新型ブルパップ式自動小銃で武装している。
階段を駆け上がる褐色肌の蛮族を始末しようと階下に銃口を向けた。
しかし、サーラとダニーク戦士たちの方が早い。
フルオート射撃。
解放戦線最強の少女兵が放った7.62mm弾は、正確に黒衣の兵士の額中心部に命中した。
後頭部から頭蓋の破片と脳漿が撒き散らされ、即死。
サーラの右から左へ流れるような一斉射で瞬時に黒衣兵数名が射殺され、階段を転がり落ちる。
激しい怒りと殺意を燃やす褐色肌の戦闘員たちは、一切の動揺や恐れを見せることなく一方的に女王の兵隊を撃ち倒した。
「ク、クソッ!!敵の攻撃、苛烈!!
エントランスへ退避して守りを固めろ!!
ダニ亜人共を我らが王宮に入れるな!!」
黒衣兵の部隊長の大男がやや狼狽しつつ叫ぶ。
女王の兵隊は、牽制射撃をしながら後方の王宮エントランスへと退避を図った。
それに、ダニークの亜人兵が追撃を加える。
階段を登り切り、王宮一番槍をつけたダニーク兵の野戦指揮官である少女は、天空要塞エントランス守備小隊隊長の大男の頭部に狙いを定める。
照星の先に、大男の動揺した顔が広がった。
発砲。
7.62mmの完全被甲弾が天空要塞エントランス前の戦闘騒音渦巻く空気を切り裂き、大柄なネクタス州出身の40代スタントール人男性の左眼を直撃した。
弾丸は眼球と脳細胞、後頭部の頭蓋を叩き割って飛び出し、大量の肉片と血を飛散させた。
即死である。
「しょ、小隊長、戦死!!繰り返す、小隊長戦死!!
これより、先任軍曹の自分が指揮を執る!!態勢を立て直せ!!」
副官の男が周囲に叫び、味方兵士の動揺を最小限に抑えようと試みる。
だが、これが決壊点となった。
怒涛の如き勢いで殺到する約80名のダニーク戦士たちを前に、スタントール精鋭部隊約一個小隊は圧倒された。
辛くもエントランス内部に退避できた黒衣兵たちが、大理石の支柱が円形に立ち並ぶ荘厳な装飾で彩られた女王の宮殿で褐色の蛮族を迎え撃とうとするが、組織的な抵抗が出来ないまま射殺された。
「う、うわあっ!!敵だー!!
ダニーク人が来たぞ!に、逃げろ!!」
要塞エントランスにいた非武装の公務員や清掃要員たちが、蜘蛛の子散らすようにその場から這う這うの体で逃げ出す。
こうして、サーラたちダニーク解放戦線王都決死隊は、強大な超工業大国で最も神聖な天空要塞への入城を果たした。
エントランスで再集結するダニーク戦士たち。
数名の軽傷者がいるだけで、損害はほぼ無し。
傷を負った者も、戦闘継続が可能である。
サーラは王都地下の放棄された地下鉄駅構内に設けられた決死隊前線司令部へ状況報告を行う。
「こちらゴブリン1、フェリスネストへ。
要塞エントランス制圧。繰り返す、要塞エントランスを制圧した。
これより、5階の王国軍中央作戦総司令部を目指す。」
『フェリスネスト、了解。
城内に潜伏している人民共和国の工作員によれば、抹殺目標の陸軍総司令クルス・エスデナントと空軍総司令ロアン・ルクレールはまだ司令部内に残っているようだ。
見つけ出して始末してくれ。』
司令部で全体の戦況統括を担うバシルから返答。
王国軍の3つの頭脳の内の2つが、至近にいることを告げていた。
「ゴブリン1、了解。
処刑を開始する。通信終了。」
サーラは10名をエントランスの防衛の為に残置すると、残った70名と共に再び駆け出した。
エレベーターは既に使えない。
スタントール人によって電源が切られ使用不可能となっていたが、そのようなことで彼らを止められはしなかった。
……
要塞内のメイン階段を突き進むサーラたち。
そんな彼女たちの後をこっそりと追う、2人の異国から来た報道関係者がいた。
グラビアアイドル顔負けの抜群のスタイルと美貌を兼ね備えたウサギ系亜人の女性記者と、小柄なネコ系亜人の女性カメラマンのコンビ。
この異世界で第一位の経済規模を誇る超大国・ロングニル王国連合の報道機関「ロングニル・ワールド・トゥディ」に所属するベテラン現地特派員記者とカメラマンである。
彼女たちの映像は今、全世界に向けて同時中継されている。
今2人は、天空要塞エントランスの装飾支柱の陰に隠れてサーラたちの様子を遠巻きに撮影していた。
「ニャニャ~……凄いニャ。宮殿の入口を制圧しちゃったニャ。
どうするニャ、ロッピ?まだ追いかけるニャ?」
猫娘カメラマンのメウラが、ウサギ記者の相棒であるロッピに確認する。
ロッピは「当然」と言わんばかりに答えた。
「なに当たり前のこと言ってんの、メウラ?
最後まで見届けるわよ!」
「ウニャ~……スタントール人に見つかったらどうするニャ?」
メウラが両頬に3本づつ生えたヒゲを力無くしならせて問いかける。
「見つかった時に考えればいいのよ!!さぁ、行くよ!!」
「ウニャ、わかったニャ。」
2人は潜んでいた支柱から飛び出して階段近くの壁まで進み、スタントール人やダニーク戦士たちに見つからないよう慎重に撮影を継続した。
そんなロングニル人の2人が捉えた恐れを知らないダニーク人ゲリラ兵が強大な超大国・ノルトスタントール連合王国の国王宮殿内部を進撃する様子に、スタントールを除く世界中の人々が固唾を飲んで見守っていた。
……
ディメンジア国家社会主義国首都・シャハナルーダ。
スタントール本国の北部に位置するオークによる近代国家であるこの国は、今回の大戦における事実上の「敗戦国」となり、建国以来最悪規模の甚大な被害を被っていた。
総人口の2割にあたる2000万人が死亡、主要都市の悉くがスタントールとの苛烈な市街戦や徹底した戦略爆撃によって灰燼に帰し、スタントールとの国境に近い主要工業要塞都市・モラグヴァータに至っては核攻撃で完全に破壊された。
その首都・シャハナルーダも例外ではない。
大戦後半に繰り返されたスタントール王国空軍の大型戦略爆撃機による猛空爆で都市は廃墟となり、およそ400万人の人口を誇った「大帝国の名を冠する都」には、空爆の犠牲となった100万人の亡骸が瓦礫に埋もれた街のあちこちに転がっていた。
そんなシャハナルーダの街角。
建物が半壊しながらも何とか営業を続ける家電量販店の店先に置かれたブラウン管テレビの前に、緑色の肌をしたディメンジアの人々が群れを成していた。
デニア人と呼ばれる「文明化オーク」の異名を持つ端正な顔立ちをした大勢の緑肌の男女と、屈強なオークたちが食い入るようにそのテレビ画面を見つめている。
テレビが映し出していたのは、ロングニルの報道機関による特別報道番組の中継映像。
彼らディメンジアの「千年宿敵」スタントールの王都・フェリスにある女王の宮殿内部で激しく戦う褐色肌の少女の姿だった。
店先のショーウィンドウのガラス前、大勢の群衆の先頭でテレビを見上げるデニア人の少年が呟いた。
「……がんばれ……がんばれ、ダニークのおねえちゃん……
おいらの父ちゃんと母ちゃんの仇を取ってくれ……」
少年の父親の名はアヴァフ・ガッドーゾ、母の名はジーラ・ガッドーゾ。
いずれもディメンジア国防陸軍の優秀なデニア軍人としてスタントール戦線で勇敢に戦い、そして戦死した。
少年の黄色い瞳に涙が浮かぶ。
そんな少年の肩を、背後に立つ保護者替わりのデニア人女性が優しく握りしめる。
彼女の目にも、やはり涙が浮かんでいる。
その場にいた誰もが少年と同じ気持ちを抱いていた。
ダニークの少女よ。
スタントール人に奪われた愛する者たちの仇を取ってくれ。
……
ロングニル王国連合首都・ヴェンデンゲン。
王国陣営の盟主国にして世界第一位の経済規模を誇る「自由と平等の国」。
その超大国首都・ヴェンデンゲン旧市街の中心部に、この王国の国王宮殿は存在する。
中世の古いレンガ造りの街並みが保存された旧市街と見事に調和し、スタントールの天空要塞のような威圧感を全く感じさせない芸術的気品さが漂う高層城塞。
その名は「アーセナル城」。
ロングニル王国建国当初、国王の居城と武具の鍛造場を兼ねた城塞であったことから「工廠」を意味する「アーセナル」の名で呼ばれ、それがいつしかスタントール以上の古い歴史を誇る「諸民族の融和」を貴ぶ王国における国王宮殿の代名詞となっていた。
そのアーセナル城内の一室。国王御前会議室ではロングニル王国連合の政府首脳陣と国王が、会議室備え付けのブラウン管テレビに釘付けとなっていた。
外務省からもたらされた「同盟国兼仮想敵国」ノルトスタントール連合王国の王都・フェリスにおける「同時多発テロ」発生の報を受け、緊急御前会議が招集された。
テロ実行犯の特定や今後のスタントールの出方など、さらに緊迫の度合いを増すであろう国際情勢に対応するべく開かれたものだったが、会議中に自国報道機関による現地特別中継が行われているとの知らせを受けて、急遽会議を一時中断してテレビを点けたのであった。
「この少女は……あの和平会談にいたダニーク人の少女だな。」
画面に映し出された、敵スタントール黒衣兵との激しい銃撃戦を戦う褐色肌の少女兵の姿を見たロングニル国王エルンスト・フリーデライツⅣ世は、呟くように言った。
それにオークの首相が相槌を打つ。
「はい、陛下。間違いありません。
解放戦線指導者、ゲイル・ベルカセムの長女、サーラ・ベルカセムです。」
「……」
エルンスト国王の顔が曇る。
画面からでさえ、少女からスタントール人への激しい殺意が放たれていることがよくわかる。
そして恐らく、彼女はカリーシア女王と刺し違える覚悟で戦いに臨んでいる。
またしても未来ある若い命が凄惨な戦いで散っていくのかと思うと、平和を愛する優しき王の心に陰を差す。
「……ガルゴード君。手遅れかもしれないが、我が国からスタントール・ダニーク双方に“仲介”を申し入れてはどうだろうか?
これ以上、彼らが殺し合うのは無意味だ。」
「……恐れながら、陛下……誠に言いにくいことではありますが、これは彼の国の“内政問題”です。
我が国が必要以上に介入すれば、スタントールの強烈な反発を招くだけです……」
オークの首相、ガルゴードは苦渋の表情で国王に答える。
しかし、王は下がらなかった。
「……では、未来あるダニークの少女とスタントールの若者たちが殺し合うのを黙って見ていろ、とでも言うのかね?
……それは王国陣営盟主を預かる超大国としての責任ある態度とは思えない……
“和平仲介”が内政干渉と言うのであれば、独立国家調停機構を通じて暫定的でも構わないから停戦を呼びかけるべきだ。」
この王の発言に、外務大臣を担うエルフの女性が同調する。
「ガルゴード首相。私は陛下の御意見に賛成です。
外務省対外情報局でも、スタントールが依然としてファーンデディアでダニーク人町村落の掃討作戦を継続中との情報を掴んでいます。
これに加えてオラン市への核攻撃で、いよいよダニーク側も見境を無くしてしまったのでしょう。
今、惨劇を止めなければ、双方の暴力の応酬が際限無く続いてしまう恐れがあります。
誰かが流血の連鎖を止めなければ!!
それが出来ないのなら、独立国家調停機構を作った意味が無いわ!!」
これがきっかけとなり、他の閣僚たちも王や外務大臣に賛成の意を示し始めた。
「そうじゃ!あのスタントール人のことじゃ!!
南部ファーンデディアの飛行制限なんぞ無視して、無理矢理陸軍だけでも報復攻撃を行うやもしれん!
そうなれば、戦争は一気に泥沼化じゃ!!大勢のダニーク人とスタントール人が死ぬぞ!
ワシらが止めんで、どうするんじゃ!!」
ドワーフの国防大臣が会議机に拳を叩き付けて発破をかける。
「とにかく、スタントール・ダニーク双方の合意点を探らなければ!」
「いや、それでは時間が掛かり過ぎるだろ!
まずは陛下の仰る通り、暫定的にでも一度停戦させる必要がある!」
「いっそのこと、スタントールの拒否権を無視して我が国主体の調停機構軍を展開させてはどうだ!?」
喧騒に包まれる御前会議室。
これを会議議長であるガルゴード首相が収める。
「わかった、わかった!一旦静まれ、諸君!!
……私個人としては、勇敢なダニーク人の戦士たちに肩入れしたいところだが、王国陣営の超大国としての責務を全うせねばならんようだ。
明日、独立国家調停機構の緊急理事会の開催を、常任理事国全てに呼びかけることにしよう。
そこで、ファーンデディア戦争の強制力を持った一時停戦を、我が国から提案する。
……恐らくスタントールから烈火の如き怒りの反発が出るだろうが、このような地域紛争さえ収拾できなければ、外務大臣の言う通り調停機構を作った意味そのものが無くなってしまう。
それだけは断じて避けなければならない!
皆、それでよいな!?」
「異議無し!」
エルンスト国王の発言から端を発した動議は、斯くして閣僚の満場一致で可決された。
ロングニル王国連合はその超大国としての責務を果たすべく、動き出した。
……
アーガン人民共和国「絶対首都」カムラク。
人民共産主義の総本山であるこの大都市の中心部に、実質的最高権力者の女がいる。
カムラク人民革命広場の一角に聳える「ダムへの片道乗車駅」こと内務人民委員会ビル。
黄色い外壁タイルに覆われたRC造10階建てのビルが女の居城だ。
その女の名はカレン・アクラコン。閉じているかのように細い瞳をした酷薄な美女。
今はビル最上階にある自身の執務室にて、無表情でテレビを見ていた。
テレビは、南に存在する「元・交戦相手国」たるロングニルの報道機関による特別報道番組の「現地中継」映像を延々と流していた。
「……これは、あまりよろしくないな……」
カレンは画面を見ながら呟いた。
それに、カレンの傍で彼女の護衛に当たる「人民軍最強の兵士」である妹のシクラが反応する。
「お姉様?どうされました?」
カレンは微笑みつつ愛する美しい妹を見た。
「シクラ、あなたはこのテレビを見てどう思う?」
シクラは愛する姉に促されるまま、スタントール兵と激しく戦うサーラを映し出すテレビ画面を改めて注視した。
「まるでサーラさんが英雄のようですね。
ダニーク人だけでなく、世界的にも強大なスタントールという大魔王と戦う勇者の如く認識されてしまう恐れがあります。」
聡明なシクラは姉の懸念を見事に言い当てた。
模範解答を示した妹に、姉のカレンは賛辞を送る。
「素晴らしいわ、シクラ。その通りです。
……この茶色い小娘とその父親には、いずれ“消えて”貰わなければならないのに、これじゃあ簡単には消せなくなりました……困ったものね……」
そうは言いつつも、カレンは何処か楽しそうだった。
シクラはそんな姉の言動に疑念を呈する。
「どうしてですか、お姉様?
いつものように、こっそりダムの半魚人さんたちに食べてもらえばいいのでは?」
「いえ、シクラ。ここまで世界的に認知されてしまった以上、彼女とその父親には、確実かつ盛大に、そして我々の関与が一切気付かれないように消えて貰わなければなりません。
そうしなければ、ファーンデディアに“人民共和国へ忠誠を誓う”衛星国家を誕生させることは出来ないのでしょう。
……このクソみたいなテレビ中継さえなければ、シクラの言う通り、頃合いを見てダムに沈めてしまえばよかったのだが……」
カレンは話しながら策謀を巡らせる。
一方のシクラは、姉の言わんとすることを全て理解した。
「なるほど、シクラはいささか物事を単純に考えておりました。
流石、お姉様です。教養の低い原住民や世界の凡愚共は、このような映像に弱いということを忘れておりました。相応の理由なくサーラさんが姿を消せば、騒ぎ立てる愚か者が出てくる恐れがありますね。
それで、シクラは何をすればよろしいでしょうか、お姉様?」
シクラは愛する姉に満面の笑みを見せながら問いかける。
これにカレンも表裏の無い笑みで返した。
「シクラ、あなたにはいずれファーンデディアに行ってもらう必要があるでしょう。
その時に改めて、“してほしいこと”をお願いしますね。」
「わかりました、お姉様!
またしてもお姉様の策謀がどんなかんじになるか、シクラとっても楽しみです!」
シクラが無邪気にその場でぴょんと跳ねると、彼女の三つ編みにされたきめ細やかな黒髪が揺れる。
この世界で二番目に愛する人物との会話を終えたカレンは、改めてテレビに視線を向ける。
恐るべき人民共和国の冷血女は、ファーンデディアを「次の段階」へ進める段取りを凍り付いた血の流れる脳内で構築していった。
……
天空要塞5階、王国軍中央作戦総司令部前のホール。
強大なる工業大国が世界に誇る王国軍の最高司令部正面出入口は、エレベーターホールを兼ねた大きめの円形ホールとなっており、他の階よりやや高い天井には矛を握る黄金の腕を意匠化した巨大なスタントール王家の紋章が描かれ、床にはドラゴンの首を貫く矛をイメージした王国軍の記章がデザインされている。
その出入口の扉は鉄製の両開き扉であり、扉の前には簡易ゲートが設けられて出入りする者のIDチェックが行われている。
しかし今、この司令部前ホールは銃弾飛び交う戦場と化していた。
簡易ゲートの警備兵詰め所の衝立を盾にファーンデディアからやって来た褐色肌の蛮族兵と銃撃戦を展開していた王国軍兵士の頭部に銃弾がめり込み、その僅か25年の短い人生を終了させた。
「敵殲滅!」
若い王国軍兵士の命を奪った褐色肌の少女が叫ぶ。
彼女は数名の王国軍兵士の死体が転がるゲートを軽々飛び越えると、その先にある扉に体当たりする。
しかし、頑丈な鉄製扉はビクともしない。
今や世界の注目を一身に浴びる少女サーラは、すぐに扉を突破する方法を思いついた。
「クソッ!!プラスチック爆弾だ!吹き飛ばせ!」
「了解!同志サーラ!!」
サーラの指示を受け、若いダニーク人女性戦士が自身の肩に下げた雑嚢から人民共和国製の高性能プラスチック爆弾を取り出し、信管をセットすると司令部出入口扉の中央取っ手部分に設置した。
サーラはその場から一時退避してホールの隅にある柱の陰に身を潜め、扉に向けて自動小銃を突き出した。
他のダニーク戦士たちも周囲の壁や柱に退避し、手にした銃火器の銃口を今しがた工兵担当の女性戦士が爆弾を設置した鉄製扉に向ける。
「同志サーラ、準備完了です!」
扉のすぐ傍にある壁に身を隠した美しい褐色肌の女性戦士が、指揮官であるサーラに告げる。
サーラは頷くと爆破を命令した。
「やってくれ、同志リアンナ。吹っ飛ばせ!」
「了解!」
爆発。
王国軍の頭脳中枢を守る鉄製扉は脆くも吹き飛ばされた。
白い煙が辺りを包み、一時的に視界が悪くなる。
「突入だ!!スタトリアの司令部に突入しろ!!」
「オオォォーーッ!!」
サーラの叫びに応える勇ましい褐色肌の戦士たちの咆哮。
彼女の命令と同時に、目的地の一番近くにいた工兵担当の女性戦士と彼女の指揮する工兵分隊の戦士数名が司令部内への突入を試みる。
その時。
腹に響くような重機関銃の銃声が轟き渡り、司令部への突入を試みた工兵分隊の面々が一瞬にして粉砕された。
頭や腕を吹き飛ばされ、瞬く間に地面に撃ち倒されるダニークゲリラ兵たち。
工兵分隊の分隊長である女性戦士リアンナも左足を吹き飛ばされ、地面を転がった。
すると彼女の目の前に、野太い巨人の足のようなものが出現した。
「な、なに?」
足はリアンナの顔面目掛けて振り下ろされる。
「リアンナーーッ!!逃げろ!!」
サーラの叫びも空しく、リアンナの美しい褐色肌の顔面は象の如き巨大で太い黒々とした足によって踏み潰された。
頭蓋は粉々になり、夥しい血液と共に眼球と脳漿が床に撒き散らされる。
煙の向こうから姿を現したのは、パワードスケルトンを身に纏う重装歩兵であった。
漆黒の防爆装甲で覆われた2メートル近い巨体。
その両手には、ライフル形状の専用銃把を備えた王国軍の工業芸術作品「キャリバー50」対物重機関銃が握られており、二玉のドラムマガジンには400発の12.7mm機関銃弾が装填されていた。
「あれは……重装歩兵!?」
直後、敵重装兵によるフルオート射撃が司令部前エレベーターホールを包み込む。
司令部へ突入しようと壁から身を晒していたダニーク兵数名がさらに犠牲となった。
サーラや他の歴戦戦士たちはすぐさま飛び出そうとした壁や柱の陰に身を隠した。
「おい、サーラ!!あいつはヤベーぞ!!ありゃ一体何なんだ!?」
サーラの傍にいる大柄なダニーク男性戦士のヤシュクが、手にした汎用機関銃で不気味な重装兵相手に何とか応戦しつつサーラに話しかける。
サーラは苦々しい表情を浮かべながら信頼する大男戦士の疑問に答えた。
「あれは重装歩兵だ!!
並みの銃撃では奴に致命傷を与えられない!!」
ヤシュクは自身の機関銃弾を10発ほど相手に叩き込んだが、その全てが漆黒の装甲によって弾かれてしまっていた。
「クソッ!!マジかよ!!どうすりゃあいい!?」
直後、サーラとヤシュクの隠れているホール柱に向けて敵重装兵の銃撃が浴びせられる。
たまらず頭を引っ込める2人。
そこへサーラの副官である褐色美青年のユーセフが焦りの表情で現れた。
指揮官であるサーラに部隊の損害を報告する。
「同志サーラ!16名戦死、5名が重傷です!!
あの化け物には銃弾が効きません!どうすれば!?」
サーラの緋色の瞳が見開かれる。
真っ赤に燃え盛る瞳に覚悟が浮かんでいた。
「ヤシュク!ユーセフ!援護しろ!!
あのクソッタレのヘルメットに手榴弾を捩じ込んでやる!!」
「そんな!!無茶です、同志!!」
「サーラ!馬鹿言ってんじゃねぇ!命がいくつあっても足りな……」
直後、サーラは仲間たちの制止を振り切り飛び出した。
驚愕するダニーク戦士たち。
だが、瞬時に自分たちの為すべきことを理解する。
「マジかよ……撃て!撃ちまくれ!!サーラを援護しろ!!」
「同志サーラを死なせるな!!撃て!!」
ヤシュクとユーセフの号令が飛ぶ。
ホール各所の壁や柱に身を潜めていたダニーク戦士たちが一斉に躍り出て重装歩兵へ向けて猛射を加える。
『なに!?クソダニ虫共が!!ちょこざいな!!』
敵兵が一斉に攻撃を開始したことで、パワードスケルトンに身を包む王国兵の男に一瞬の動揺が生まれた。重機関銃の弾丸を手当たり次第にホール中にバラ撒く。
サーラはその致命的な隙を逃さなかった。
一気に敵兵の懐に飛び込んだサーラは、胸部装甲の首元に左手を掛けると敵兵に取り付いた。
『なっ!!なんだ、この小娘は!!離れろ!!』
褐色肌の小娘を振り払おうと、必死にもがく重装兵。
サーラは右手に握った手榴弾の安全ピンを歯で引き抜くと、両足を敵兵の胴体にがっしり絡ませた上で、左手で半透明の防弾特殊ガラスで覆われたフルフェイスヘルメットの前面シールドを強引に引き上げた。
中から焦燥を張り付かせた白人男の顔が出現する。
サーラは一切の躊躇なく男の口を目掛けて発火レバーを指で弾き飛ばした手榴弾を捩じ込み、ヘルメットのシールドを叩き付けるように閉めた。
「ウゴッ!!」
「死ね、スタトリア。」
サーラは地獄の底から響くような声で死を宣告すると、右足で胸部装甲板を蹴って敵重装兵から飛び退いた。
重装歩兵の男は、重機関銃を放り捨てて慌てふためきヘルメットを脱ぎ去ろうともがき苦しむ。
しかし、手遅れだった。
爆発。
パワードスケルトンを纏った男の頭部が、ヘルメットごとスイカのように弾け飛んだ。
男の頭蓋骨の破片と脳細胞が、天井に描かれたスタントール王家の紋章にこびりつき、これを激しく穢す。
サーラは受け身を取って地面を二度転がると、すぐさま起き上がり背中に回していた自動小銃のスリングを引っ張って両手に構える。
憎きスタントール王国軍の頭脳が、彼女たちの前に無防備な姿を晒していた。
「今だ!!突撃しろ!!
エスデナントとルクレールを逃すな!!殺せ!!」
「了解!!」
サーラが号令を発し、激烈な殺意と憎悪に燃えるダニーク解放戦線の戦士たちは王国軍総司令部へと突入した。
……
王国軍中央作戦総司令部は騒然としていた。
中規模のコンサートホールのような大空間には、5列からなる通信兵や連絡将校の専用端末がずらりと並び、その正面には超巨大液晶画面が据え置かれ、今や世界各地に展開している超工業大国が有する軍部隊の動静全てが逐一表示されていた。
その司令部空間の一番奥。
「三軍総司令執務室」と書かれた表札の扉を、総司令部付きの陸軍将校の男が血相を変えて開け放ち、室内にいる「上司」に警報を伝える。
「元帥閣下!!重装歩兵がやられました!
敵、司令部に侵入!!直ちに退避してください!!」
その警報を裏付けるかのように、激しい銃声が執務室まで聞こえてくる。
すると3つ並びの執務机の真ん中、「陸軍総司令」と明記されたプレートが置かれた木製の執務机に座る大柄なネクタス州出身の中年男は、覚悟を決めたような表情を見せて堂々と立ち上がった。
「……このエスデナント、決して敵に背中は見せん!!
俺の銃を持ってこい!!ダニ虫を直々に始末してやる!!」
自身の専属秘書を務める陸軍伍長の若い男に、銃を持ってくるよう告げる陸軍元帥の男。
端から退避すること等考えていない。
敬愛する女王陛下が暮らすこの王宮に、土足で踏み込んだファーンデディア原住亜人を全て抹殺する。
今、スタントール王国陸軍総司令官の重責を担うクルス・エスデナントの脳裏を支配するのはそれだけだ。
そんな陸軍総司令の男に、「空軍総司令」と書かれたプレートのある執務机に座るフェターナ州出身の中年男が声を掛ける。
「……征くのか、クルス……」
エスデナントは、両肘を机につき両手をクロスさせて口元に寄せている「空乗り」の男に厳つい顔を向けて答える。
「あぁ。そこで座って待ってろ、ロアン。
茶色で薄汚い小娘の首を持ってきてやる。」
エスデナントがそう答えた直後、秘書官の伍長が「元帥の銃」を持ってきた。
長方形の箱のような銃本体に円形のドラムマガジンが差し込まれている近未来的なデザインの銃。
フルオートマチックショットガンである。
弾倉には非常に強力な対人小型榴弾が32発装填されており、敵の身体に命中すると小規模な爆発を生じさせて文字通り木っ端微塵にしてしまう威力がある。
エスデナントは簡単に愛用の銃の最終点検をする。
セレクターレバーを「オート」に切り替え、秘書官の伍長他部下数名を伴って執務室を飛び出した。
司令部には既に多数のダニーク兵が侵入しており、実戦経験の乏しい司令部要員たちをほぼ一方的に射殺している。
重要書類の束を持って逃げようとした女性通信兵が、エスデナントの目の前で射殺された。
陸軍元帥の男の紺色の瞳が憎悪で血走る。
エスデナントはフルオートマチックショットガンを腰だめに構えると、今しがた女性通信兵を射殺した若いダニーク男に銃口を向けた。
連続発砲。
強力な榴弾数発が命中すると、褐色肌の蛮族兵の男は吹っ飛びながらバラバラになった。
穢らわしい蛮族の大量の肉片や血飛沫が「神聖な」司令部内に撒き散らされる。
エスデナントはさらに発砲し、直属の部下たちもそれぞれ手にした短機関銃や軍用自動拳銃でダニーク兵に猛烈な反撃の銃弾を浴びせる。
司令部に突入した10人近いダニーク兵を瞬く間に「始末」した。
しかしその直後、通信端末の列の間を疾風の如く駆け抜けてエスデナントたちに接近する褐色少女が叫んだ。
「エスデナント!!貴様を殺す!!」
これに屈強な陸軍の男が応じる。
「ベルカセム!!ダニ虫の小娘!!肉塊にしてやる!!」
榴弾のフルオート射撃。
サーラの至近に着弾した榴弾が司令部の通信コンソールを激しく破壊し、辺りを火花や破片が覆う。
だが、褐色肌の小娘はそれに全く動じることなく走りながら人民共和国製自動小銃を構えた。
発砲。
サーラの放った10数発の7.62mm弾は、容赦なく元帥の部下たちの命を奪い、さらにエスデナントの肺や腸を引き裂いた。
陸軍元帥の男は知らなかったのだ。
敵である茶色い小娘が持つ憎悪と殺意が、自身のそれを遥かに上回っていることに。
大柄なネクタスの男は、背後の壁に身体を叩き付けられて膝を屈した。
ずるずると床にずり落ちる男の背後の壁に、夥しい血の帯が描かれる。
「……グッ!!ゴフッ!!」
血反吐を吐き出し、手にしていたフルオートマチックショットガンも零れ落ちて視界が霞む。
大穴が穿たれた肺は機能を著しく低下させ、引き締まった腹に命中した小銃弾は大腸をはじめとする重要器官を大いに痛めつけていた。
放っておいてもいずれ免れ得ぬ死を迎える王国陸軍のトップの目の前に、褐色肌の少女が近付いてくる。
「……く、くそっ……ダニ虫がぁ……地獄に落ち」
発砲。
サーラは腰のホルスターから銀色に輝く愛用の小型自動拳銃を右手に構え、まだ息をしていた抹殺目標の処刑を完遂した。
9mm弾はエスデナントの額を貫き、後頭部から頭蓋を砕いて背後の壁にめり込んだ。
素早く拳銃をホルスターに仕舞うと、再度自動小銃を構えて「次の目標」へ進む。
執務室に向かう彼女に、副官のユーセフと大男のヤシュクが付き従う。
サーラは執務室の扉を荒々しく蹴破った。
海軍総司令と陸軍総司令の机は空席であり、扉の直ぐ傍に置かれた事務机に座る眼鏡をかけた気弱そうな王国軍兵士の若い男が、扉が蹴破られた衝撃によって椅子から転げ落ちる。
腰が抜けて床を転がるように後退りしながら、蛮族の少女に命乞いをし始める若い兵士。
「ひ、ひいぃっ!ど、どうか殺さないでくだ」
発砲。
サーラは自動小銃を右手で片手持ちしながら、容赦なく事務員の兵士を射殺した。
少女は一瞥さえしなかった。
その真っ赤に燃え盛る緋色の瞳は、次なる抹殺目標をしっかりと見据えていた。
ノルトスタントール連合王国空軍総司令、ロアン・ルクレール上級大将の姿を。
「……クルスを倒したのか……サーラ・ベルカセム。」
ルクレールは執務机に座りながら、動揺の素振りさえ見せず毅然と敵ゲリラ兵と対峙した。
サーラは自動小銃を背中に回すと、先程、陸軍元帥の処刑に用いた共和国製小型自動拳銃を腰のホルスターから引き抜き、その銃口を空軍大将に向ける。
そして少女は「判決」を言い渡した。
「ロアン・ルクレール。
ファーンデディア人民最高裁判所の判決を伝える。
オラン市民への無差別殺戮及びダニーク人民の組織的虐殺に関する計画立案の罪により死刑。
死刑だ。」
するとルクレールは突然笑い出した。
「フッ、フハハハッ!!
何が“判決”だ!馬鹿馬鹿しい!国の真似事か!?
誰が貴様如きに“殺されて”やるものか!!」
直後、空軍総司令は机から私物である年代物のリボルバー拳銃を取り出すと、自身のこめかみに銃口を密着させた。
「女王陛下!バンザ」
発砲。
サーラは一切の容赦なく、空軍大将の「死刑」を執行した。
壮絶な憎悪に燃える褐色少女は、敵に名誉の自殺さえ許さなかった。
少女は肩の小型無線機を掴み、王都攻撃決死隊前線司令部へ状況報告を行う。
「こちらゴブリン1。フェリスネストへ。
陸軍総司令及び空軍総司令の死刑を完了。
このまま、女王の死刑に向かう。」
すぐさまフェリスネストの主を務めるバシルから返答が来る。
『了解、ゴブリン1。見事だ。
司令部内に、人民共和国の工作員がいるはずだ。まずは彼と合流しろ。』
「ゴブリン1、了解。
……無事だといいが……」
サーラは銃弾が飛び交った司令部室内の状況を見て、工作員が戦闘に巻き込まれた可能性を危惧した。
だがバシルはその懸念を払拭する。
『大丈夫だ。ついさっき、こちらにも“先方”から連絡があった。
サーラたちに伝えたいことがあるそうだ。急ぎ合流してくれ。』
「ゴブリン1、了解。工作員と合流する。通信終了。」
サーラは通信を終えると、配下の戦士たちに向き直った。
ユーセフやヤシュクをはじめダニーク戦士たちの顔に、笑みが浮かんでいる。
「やりましたね、同志サーラ。」
「……見事だ、サーラ。お前こそ、本物の戦士だ。」
「流石です、同志!」
口々に少女の武勇を讃える褐色肌の戦士たち。
だがサーラはこれを戒めるかのように革命戦士たちに告げた。
「……まだだ。まだ終わってない……
次は女王の首だ!
だがその前に、この司令部内に人民共和国の工作員がいるそうだ。
まずは彼と合流するぞ!気を緩めるな!!」
「了解!同志サーラ!!」
指揮官である少女の檄に緩みかけていた意識を改めるダニーク戦士たち。
斯くして、ダニーク解放戦線は4つの抹殺目標の内、2つの「処刑」を完了した。
残る最大の目標は、この天空要塞の最上階にいる。
ノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世女王。
サーラが次に狙うは、その首である。
彼女たちの戦いはさらに過熱する。




