40. 戦場と化す王都
※本話では場面と登場人物が度々切り替わりますので、「……●(場面の場所)●……」と明記して可能な限り分かり易さを心掛けます。
……●スタントール王国王宮・カズキの天空要塞最上階「王の間」●……
人口約1000万人を有する超巨大都市の只中に聳えるその王宮は、地上300メートルを優に超える超高層宮殿「カズキの天空要塞」。
この宮殿最上階の「王の間」に、城の主はいた。
その日、超工業大国ノルトスタントール連合王国の国家元首たる若き女王は、朝から大勢の仕立て屋やメイク係たちに取り囲まれて、儀礼用軍服の着付けに追われていた。
今日の午後から天空要塞1階の大広間にて、国内主要メディアを招いての盛大な大戦叙勲式が予定されていたからだ。
その女王、カリーシア・シノーデルⅡ世は煌びやかな専用の王国軍正装を身に纏っている。
肩章は総付きエポーレットで肩端から首元にかけては黄金色の飾り紐があしらわれている。
彼女の程よく整った大きさの胸元には様々な軍功勲章が輝いており、この女王が実際に戦場に赴き勇敢に戦ったことを物語っていた。
仕立て屋の若い男が恐る恐る女王の股下から足首にかけての長さを布製メジャーを当てて測り、ズボン裾の最終調整を試みる。
メイク係の若い女性は、ノーメイクでも抜群の美しさを誇る国家元首の顔を、より引き立てるべく強めのアイラインを入れようとしていた。
そんな折、天空要塞の最上階にまで遠雷のような音が響いてきた。
「うん?今の音は何だ?」
訝しがる女王。
すると女王は最高級調度品で彩られた広い「王の間」の隅で待機する女王の身辺警護を担う黒衣の兵士の一人に、遮光シールドを解放するよう指示した。
下界を望む強化ガラス張りの一面、そのガラスを守る鋼鉄製のシールドが上にスライドして解放されると、落ち着いた照明で満たされていた女王の居室に燦燦と輝く日の光が差し込んでくる。
ガラスの壁に近づき、下界の王都を見渡す女王。
幾つもの黒煙が、愛する祖国の都から立ち昇っていた。
その光景を目の当たりにした者たちは、一様に動揺する。
「な、なんだこれ?」
「火事かしら?それにしては黒煙が大きいような……」
「な、なんだよ……何が起こってんだ?」
だが若く美しき女王は一切の動揺を示すことなく、傍らに侍る若いメイド娘に一言こう言った。
「電話だ。」
……●王都フェリス 宮殿前の目抜き通り「凱旋門大通り」の車道●……
王都フェリスの街中心部には、ある巨大な門が鎮座している。
高さ80メートルを誇る巨大なその門の歴史は約1500年前のスタントール王国建国前に遡り、北から侵略してきたオークの大帝国・シャハーンの大軍勢を、現在のスタントール王国「本国」を構成する二大州たるネクタス・フェターナ両王国による初の連合軍が撃退して凱旋したことを記念し建造された。
最初は木造の小さな記念碑的な門だったが、数多くの戦争や動乱の度に改築され、今や全面を荘厳な装飾で彩られたコンクリート製の巨大建造物となり、王都フェリスにおける観光の目玉となっている。
その凱旋門をぐるりと取り囲むように幅広のアスファルト舗装道路があり、そこを起点にして放射線状に王都の大動脈とも言うべき市内主要大通りが走っていた。
凱旋門周辺の車道は、市内主要大通りが交わるという致命的構造上の欠陥により、朝の通勤ラッシュともなれば毎日のように慢性的な大渋滞を引き起こし、この王都の都市計画の無能さを露呈していた。
まるで駐車場と化した各大通りには無数の自動車や市営バス、戦災復興事業に携わる大型トラックやミキサー車で溢れ返っており、そのドライバーたちには苛立ちを通り越してある種の諦観すら漂っている。
だが、そんな王都の「交通事情の惨状」を知らない「海向こうの」ファーンデディアからやって来た血のように紅い髪をした王国軍の女兵士は、軍幹部用セダン車の助手席から後部座席に座る上官の2人の男に向かって苛立ちをぶつけていた。
「……ぜんぜん進まねぇじゃねぇかよ……
朝食バイキングも食わずに高級ホテルを出たってのに、こんなんじゃあ王宮に着くのは夜中になるんじゃねぇか?」
これに明らかに着慣れない正装に息が詰まりそうになっている王国軍准将の男が答える。
「まぁ、のんびりしようや、レシア嬢ちゃんよ。
その内、進みだすさ。どうせ叙勲式は午後からなんだし、ゆっくりしてろよ。」
これに紅髪女のレシアが怒気を伴って反論した。
「ふざけんなよ、ダリルのオッサン!
もうこのクソ車から降りて歩いて行こうぜ!身体がなまっちまうよ!!」
「……こっから王宮まで5キロはあるぞ?
こんな堅苦しい正装を着たまま歩くなんて御免だぜ。
いいから大人しく座っててくれ。オッサンからのお願いだ。」
ダリルに宥められたレシアは短く「ケッ」と呟くと、ダッシュボードにドカリと足を乗せてくろぎだした。
不機嫌さを全く隠さない王国軍史上最高の戦車撃破数を誇るタンクスレイヤーの女。
そのすぐ隣の運転席に座る「本国」部隊所属の若い兵士は、「生ける伝説」とでも言うべき女兵士や後部座席のベテラン高級将校たちを前にしてどこか怯えるように委縮していた。
一方、ダリルの隣に座るもう一人の男、大佐の階級章を身に着けた「ファーンデディアの精鋭」の誉れ高い独立第305機械化歩兵大隊大隊長のトランキエが外の景色を眺めながら短く笑った。
「ハハッ。嬢ちゃんは相変わらず血の気が多いな。
……ん?あの男、やたらと周りをキョロキョロしてやがるな?」
窓の外をふと眺めていたトランキエの視界に、大きなリュックサックを背負う挙動不審な男の姿が飛び込んできた。
男はまるで何かを警戒するかのように周囲を見回しながら、大勢の人が行き交う「凱旋門大通り」の歩道を観光名所の凱旋門に向かって歩いていく。
「異変」に気付いたトランキエに、ダリルが声を掛ける。
「どうした、トランキエ?」
「いえ、オヤッサン。なんか、変な男が居たもんで……」
やがてリュックサックを背負った不審な男は、朝から無数の観光客や通勤・通学者でごった返す「栄光のシノーデル凱旋門」の足元付近の雑踏の中に消えた。
その直後、大爆発が発生。
凱旋門の下部構造物と外壁の装飾を徹底的に破壊し、周りにいた全ての人間の肉体を容赦なく引き裂いた。
さらに凱旋門の周囲ロータリーを走行していた車両も巻き添えとなる。
自動車やバスは大破横転、タンクローリーは爆風とその破片によって損傷し中から大量のガソリンが溢れ出した。
最初の爆発から僅か数瞬の後、そのタンクローリーも爆発炎上。
「きゃああぁぁーー!!」
「うわあぁーー!!助けて!」
「ぎゃああぁぁーー!!熱い!熱い!!」
地獄が出現した。
阿鼻叫喚が一帯を包み、そこかしこに夥しい血と肉片が撒き散らされる。
爆発炎上したタンクローリーの業火に巻き込まれた通行人や車のドライバーが炎に襲われながら絶叫する。
手足を失った者が泣き叫び、血塗れになった者が助けを求めて逃げ惑う。
突然現れた凄惨な光景を、レシア、ダリル、トランキエの3人のベテラン王国軍人は、唖然とした表情で凱旋門からほんの数ブロック離れた車内から見ていた。
「……おいおい、一体何が起こったってんだよ?テロか?」
「……オヤッサン……こ、こいつは……」
「あぁ。レシア、トランキエ。お前らの予想通りだ。
こいつはテロだ。それも恐らく……」
その時だ。
ダリルは、地獄と化した凱旋門広場に突如現れた人民共和国製自動小銃で武装する褐色肌のゲリラ兵集団の姿を捉えた。
敵ゲリラ兵数名が、凱旋門大通りから凱旋門ロータリーへ進入しようとしていた車両の一団に銃撃を加えるべく銃を構える。
「クソ共!伏せろ!!」
ダリルは叫んだ。
これに歴戦の兵士であるレシアとトランキエはすぐに反応して車内に身を屈めるが、若い運転兵の反応は遅れた。
フルオート射撃。
無数の7.62mm弾が停車していた車列に叩き込まれる。
フロントガラスは瞬時に粉々になり、運転兵の若者の上半身に数発の銃弾が次々と命中。
銃撃の反動で身体を小刻みに揺らした若い兵士の頭部に、トドメの一発が炸裂。
車内に彼の血糊と脳漿が撒き散らされる。即死であった。
「クソッタレ!!オッサン!!あいつはダニークだ!!」
レシアが後ろの上官2人に警告する。
その超人的な動体視力が捉えた敵兵の姿。
その正体は彼らの「戦場」であるところの、王都フェリスを扼するスタントール「本国」から海を挟んで対岸にある「祝福の大地」ファーンデディアの原住民、ダニーク人武装組織の構成員であった。
ダニーク解放戦線。
それが今回のテロの実行犯であり、レシアやダリルたちファーンデディア駐留軍の宿敵の名である。
「レシア!トランキエ!今すぐ車を出ろ!!
……反撃だ!!」
「イエッサー!!准将!!」
レシアとトランキエ、ダリルの3人は頭を低くして車外へと飛び出し、腰のホルスターから護身用の自動拳銃を引き抜くと、安全装置を解除した。
レシアはすぐ隣に停車していたタクシーの後ろに、ダリルは街路樹の陰に、トランキエはバスの後方に身を隠すと、3人は前方から激しい銃撃を浴びせてくる敵ダニークゲリラ兵へ応戦を試みる。
レシアが3発連続発砲。
強力な.45口径弾がダニーク兵の心臓と脳を破壊してその命を奪った。
「敵の反撃を確認!!」
「スタトリアに死を!!殺せ!!」
ダニーク兵の叫び声。
次の瞬間、レシアが隠れるタクシーに敵の銃撃が殺到。
最初の銃撃で瀕死の重傷を負っていたタクシー運転手の老人や乗客のサラリーマンの男は、この銃撃で完全に命を奪われた。
今度はバス後方に身を隠すトランキエ大佐が応射。
敵ダニーク兵の若い女が、頭部に直撃弾を受けて仰け反り倒れた。
ほぼ同時にダリルも街路樹から身を乗り出して反撃の銃弾を叩き込み、これに対するダニーク兵も自動小銃を乱射する。
逃げ惑う民間人にも容赦なくダニーク兵の銃弾が撃ち込まれ、テロの被害はさらに増大。
やがて喧しいサイレンの音と共に数台の王都警察所属のパトカーが到着した。
自動拳銃や散弾銃で武装した一般警官が10数名が降り立ち、ファーンデディアから来た歴戦の王国軍兵士に加勢する。
「軍人さん!一体、何が起こってんだ?」
警官の一人がダリルの傍までやってきて、状況を確認する。
ダリルはすぐに答えを寄越す。
「ダニークだ!!茶色のクソが、王都をゲリラ攻撃しやがったんだ!!
直ぐに警官と兵隊をどっさり寄越せ!!
それまでダニーク兵の相手は俺たちがする!
お前ら所轄の警官は、民間人の避難を優先しろ!!」
「り、了解!!」
警官数名は、出鱈目に逃げ惑う民間人に向かって声を張り上げて逃げ道を指示し、他数名が戦闘に参加する。
「不落の王都」フェリスの中心部、シノーデル凱旋門前は斯くして銃弾飛び交う戦場となった。
……●フェリス王国国会議事堂 政府閣僚会議室●……
その日、複数の右派政党からなる連立政権は、朝の定例閣僚会議の最中であった。
首相のフェターナ人中年男のエミリアン・サリコジによる冒頭挨拶が終わり、最初の議題である今後の戦災復興プログラムについて国土建設大臣が内容説明をしようと建設省の官僚が用意した資料を手にした、その時。
国会前ゲート付近から物凄い爆発音と震動が響いてきた。
動揺による騒めきが会議室を包む。
「な、なんだ?」
「正面ゲートからだ……事故か?」
その数分後、会議室に首相秘書官がノックもせずに飛び込んできた。
サリコジ首相の下に駆け寄ると、「大規模テロ発生」の第一報を報告した。
「なんだって?同時多発テロ?」
閣僚たちの動揺はさらに大きくなる。
サリコジは直ちに定例閣僚会議を「緊急テロ対策本部」に切り替えた。
「すぐに市内の全警官を総動員しろ!!
王国軍にも非常呼集をかけろ!
テロが起こったのは全部で何箇所だ!?」
サリコジが秘書官や会議に同席していた官僚らに指示を飛ばす。
「首相!一体何が起こったのでありますか?」
副首相を務める40代フェターナ人男性のマクロンが、他の閣僚たちを代表して首相に問う。
サリコジは顔を青く染めて答えた。
「……極めて大規模な爆発が、ほとんど同時にフェリス市内の少なくとも30箇所以上で発生したようだ。
……恐らくテロだ……」
この首相の発言に、閣僚たちは大いに騒めき出す。
「なんだって!?」
「そんなバカな!!ここは王都だぞ!?」
これをサリコジは一喝した後に収め、各大臣に指示を出した。
「落ち着け諸君、冷静になれ!
各自、担当省庁にすぐさま命令を出せ!
人命救助を最優先にした緊急対応と情報収集を急がせろ!
シラク!内相のお前は王都武装警察の即時総動員を!!
ポンピドゥ!国防大臣命令として陸海空軍に予備動員令を出せ!!」
「わかりました!首相!」
祖国を愛する者たちは、これが大戦勃発に比類する非常事態であることを認識した。
すぐさま閣僚たちは担当省庁の官僚を通じて命令を飛ばす。
慌ただしくなる閣議室内。
すると外から喧騒を打ち破るような銃声が複数聞こえてきた。
「なんだ!?」
首相の叫び声。
直後、閣議室の扉が開かれると、外で扉を警備していた王国議会警備隊所属の兵士の死体が倒れ込んできた。
その死体を跨いで不躾に入室する者がいた。
スタントール王国の極左政党「スタントール人民主義者党」党首の男と、その部下の党幹部たちである。
彼らは皆手に拳銃を持ち、不気味な笑みを浮かべていた。
「ブワッハハハハッ!!
右派レイシスト共め!貴様等の時代は終わったのだ!!
これは人民革命勃発を告げる労農人民同志による号砲である!!
ファーンデディアから来た革命戦士たちと共に、フェターナ人民の一斉決起が始まった!!
古臭い王室に忠義を尽くす王制主義者とブルジョワには死あるのみよ!!
ワーッハハハハハッ!!」
人民共和国に魂を売った薄汚い売国奴が、遂にこの土壇場で本性を現した。
アカの手先に銃口を向けられ、身動きが取れなくなってしまった王国政府の司令塔の面々。
サリコジは恐怖に身体を震わせながらも、気丈に一国の行政府の長として無法を働く政党幹部を叱り飛ばす。
「……き、貴様等!何を考えている!!
大勢の民間人が犠牲になったかもしれないんだぞ!?
今すぐに緊急対応を取らないと、救える命も救えない!!
馬鹿な真似はやめて、ここから出て行け!!」
しかし首相の怒声に、スタントール人民主義者の首領は威嚇射撃で応戦した。
アカい男は天井に向かって一発発砲した後、銃口をサリコジに向けて言い放つ。
「黙れ!資本主義の権化が!!
偉大なる人民共和国と世界人民革命の光の前に屈しろ!!
お前たちはもう終わり……なんだ?どうした?」
その直後、再び外から銃撃音が響いてくる。
閣議室に土足で踏み込んだ人民主義者党の党員や所属議員たちが銃を手に部屋を飛び出して「何か」と交戦を開始した。
戸惑うアカの首領は、部下に状況を確認する。
「な、なにが起こっているんだ!?
議事堂は制圧した筈では?」
「同志書記長!デルバータと奴の手下共が突然反撃を……」
「なんだと!!クソッ!あのレイシストめ、どこに隠れていやがった!!
始末しろ!!人民革命と世界平和の敵を殺せ!!」
「はっ!同志書記長!」
だがその命令が実行されることは無かった。
人民主義者党党首の男が指示を出した部下の党員は、閣議室から出た直後に脳天を吹き飛ばされて即死した。
やがて銃声は収まり、今しがた武装したアカを始末した元・海軍軍人の男が閣議室に姿を現した。
男の名はハインツ・デルバータ。
大戦中は王国海軍元帥として海軍総司令官の重責を担い、同時に王国防諜局の局長の座も兼ねて国内の人民主義系反政府分子の摘発にその辣腕を振るったベテランの元・軍人である。
今の彼は超極右政党を率いる政治家であったが、その格好は軍人時代の軍服にコンバットハーネスを着込み、両手には王国製の最新型ブルパップ式自動小銃が握られていた。
「よう、同志書記長ラヴァル。
久しぶりだな。偉大なる我らがカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下の御親政開始と同時に国外に逃亡した腰抜けのくせに、随分と大それた真似をしでかしたもんだ。」
「……デ、デルバータ!狂った極右戦争主義者めが!!」
デルバータの背後には、彼が率いる政党の私兵部隊、右派学生や退役軍人からなる「王国防衛烈士団」の団員たちや議会警備隊の兵士らの姿があった。
既に議事堂の不法占拠を試みようとしたアカの武装暴徒は全て「無力化」されていた。
残るは、この閣議室に乱入した人民主義者党党首のラヴァルと数名の党幹部のみ。
しかしラヴァルをはじめアカ連中は酷く狼狽している。
「黙れ!!狂っているのはお前の粗末なナニを握っている人民共和国のクソ女の方だ!!
このデルバータの命ある限り、あの“冷血女”アクラコンの思い通りにはさせないぞ!!
武器を捨てろ!無様なアカ共めが!!」
デルバータの議事堂全体に轟くような怒声。
これにラヴァル以外のアカ連中は、ビクリと身体を震わせて武器を捨て、両手を挙げた。
しかし往生際の悪い売国奴の首魁は、尚も無駄な抵抗を試みる。
「う、う、うるさい!!世界平和を乱す分断主義者のレイシストがぁ!!
お前たちこそ失せろ!さ、さもないと、首相を射殺するぞ!?」
だがこの無様な男は「射殺する」と宣言した男に背を向けている事実を忘れていた。
直後、ラヴァルの背後から政府閣僚やその部下の官僚たちが飛び掛かった。
「は、離せ!離してくれ!!
こ、こ、ここで捕まったら、私の家族が同志アクラコンに殺される!!
離せー!!」
ラヴァルは尚も激しく暴れて抵抗を示すが、数人の男たちに組み伏せられ身動きが取れなくなった。
手にしていた拳銃も取り上げられた。
「黙りやがれ、この売国奴め!!」
「靴紐で両手を縛れ!!この馬鹿を大人しくさせろ!!」
暴れる売国奴に殴る蹴るの暴行を加えつつ押さえ付けながら、革靴の紐などの手近な品でその両手をしっかりと拘束する。
やがてラヴァルの身柄は警備隊の兵士に引き渡され、その他の人民主義者党幹部も連行されていった。
サリコジ首相は身なりを正すと、命を救ってくれた極右政党党首と向き合った。
「……ありがとう、デルバータさん。」
「礼は後で……今は王都の一大事です、首相。
すぐに取り掛かろう!敵はダニークだ!!」
「はいっ!」
斯くして、テロ発生とほぼ同時に起こったスタントール人民主義者による強引な文民政府の武力強奪は大失敗に終わり、古き強大な工業王国は迅速に未曾有のテロ攻撃による混乱から立ち直ろうとしていた。
……●官庁街第1街区 王都市営地下鉄「天空要塞前」駅構内●……
普段なら官公庁や大企業本社勤めの通勤客でごった返すスタントール王国の「中心部」は、その日、不気味な静寂に包まれていた。
明るい蛍光灯の光は消え、地下鉄駅は薄暗く辛うじて数個の照明が生き残っているのみだった。
電車内で突然発生した大爆発によって通勤客を満載した地下鉄車両は完全に大破し、破壊された壁や天井からは配管や配線が飛び出して汚水や火花を吐き出していた。
構内は地獄絵図そのものだった。
人間だったものの残骸がそこら中に散らばっている。
細切れとなった肉片や血、手足に臓物、そして駅構造物の残骸に埋もれたスーツ姿の男や女たち……
朝の通勤ラッシュを狙った無差別テロの犠牲者たちである。
花の王都のさらに花形とでも言うべきエリートたちは今、物言わぬ骸となって横たわっている。
時折、辛うじて命を繋いでいた者が消え入るような呻き声を出す以外、つい先程まで喧噪に包まれていた駅から人の声は絶えていた。
そんな「生温い」地獄の中を、人民共和国製自動小銃で武装した褐色肌の少女と100人程の同じく褐色肌の武装兵たちが銃を構えて突き進んでいた。
少女の名はサーラ・ベルカセム。
他ならぬこの地獄を作った女だ。
遠く「祝福の大地」ファーンデディアからやって来た、スタントールからの分離独立を求める原住民武装組織・ダニーク解放戦線に所属する歴戦の革命戦士である。
その緋色の瞳にはスタントール人への絶対的殺意が宿り、王国の心臓部である「天空要塞前」駅の構内で惨たらしく死体を晒す白人種族に対し、憎しみ以外の何の感情も抱いていなかった。
「……とまれ。スタトリアだ。」
背後に続くダニーク戦士たちに警告し、愛用の自動小銃を構えるサーラ。
瓦礫と死体が散乱するホームから改札口へと続く階段より、銀色の耐火防護服に身を包んだ消防隊員や救急隊員が降りてきた。
地獄絵図と化した地下鉄駅構内で生存者の救助を行うべく駆け付けた王国消防庁の隊員たちである。
「えー、こちらフェリス東5-5。天空要塞前駅構内に到着。
これより生存者の救助作業に……うん?なんだ?」
救助部隊の先頭を行くベテランの消防隊隊長と褐色肌のゲリラ兵少女の目が合う。
発砲。
サーラが放った7.62mm弾は、高性能プラスチック爆弾による破滅的な破壊力で死と埃が渦巻き暗澹とした地下鉄構内の空気を切り裂き、フェリス官庁街管区消防本隊隊長の頭部を直撃。
耐火防護服の頭部フルフェイスガスマスクを貫き、ベテラン消防士の頭蓋と脳細胞を粉砕した。
サーラはさらに発砲。
殺した消防隊隊長の後ろに続く消防士や救急隊員を次々に射殺する。
彼女に続くダニーク戦士たちも、容赦ない銃撃を非武装のスタントール人らに浴びせた。
恐るべき褐色少女は、銃撃しつつ配下の戦士たちに向かってある「宣言」を発した。
「殺せ!!
良いスタントール人は死んだスタントール人だけだ!!」
「了解!同志サーラ!!」
一瞬にして王国消防庁の地下鉄「天空要塞前」駅爆発現場先遣救助隊は壊滅。
怒り狂うダニーク兵は怒涛となって地上へと続く階段を登る。
「なんだ!?銃声か!?
地下に降りた救助隊はどうなった!!」
銃声を聞きつけ、短機関銃を装備した武装警察が地下へと急行する。
殺意を滾らせるダニーク兵と動揺するスタントール武装警官が改札口付近で会敵した。
フルオート射撃。
サーラの極めて正確な銃撃により、瞬時に6名が即死。
さらに他のダニーク兵も豊富な実戦経験を持つ「革命親衛隊」の精鋭ばかり。
「安全な」王都で勤務し、実戦を知らない武装警官では勝負にすらならなかった。
数で勝る武装警官隊に対し、ダニーク解放戦線側は一人の負傷者すら出すことなく「天空要塞前」駅構内を制圧した。
そして彼らはそのまま暖かな日が差し込む地上へと出る。
……●王都市営地下鉄「天空要塞前」駅 地上出入口ゲート前●……
そこは辺り一面救急車両や消防車、パトカーに武装警察の装甲バスと治安当局の車両で埋め尽くされていた。
加えて無数のマスメディアも駆け付けており、同時多発テロで騒然とする超工業大国の王都の様子を生中継で全世界に報道している。
その報道機関の一つ、ロングニル・ワールド・トゥディという世界一の超大国・ロングニル連合王国の大手メディアに属するウサギ系亜人の美人記者が、やや離れた場所から「天空要塞前」駅の地上出入口を背にリポートしていた。
「はい、ロッピ・ヴァーニッタが引き続き同時テロで騒然とするフェリスからお伝えします。
先程、地下で大規模な爆発があった市営地下鉄“天空要塞前”駅から銃声が聞こえた為、大勢の武装したスタントール警察の機動隊員が突入しました。
現在、状況を確認中で……え?なに、メウラ?……ダニーク人が居る?」
小柄なネコ系亜人の女性カメラマンが、ロングニル・ワールド・トゥディ現地特派員のロッピに背後を見るように促す。
ロッピが後ろを振り返ると、地下鉄駅の地上出入口から複数の自動小銃を持った褐色肌の武装兵が出てきていた。
先頭を見覚えのある少女が進み、近くにいたスタントール人たちを目にも止まらぬ早さで射殺していく。その後ろから、続々と緑色の野戦服に身を包んだダニーク兵が出現する。
その数、およそ100名。
ダニーク解放戦線の大部隊だ。
たちまち周囲を銃撃音が包み、凄惨なテロ発生現場は一瞬にして戦場と化した。
ロッピは流れ弾を警戒して身を屈めつつ、冷静に状況を分析してリポートを続けた。
「……はい、大規模なダニーク兵の集団が地下鉄駅から出現しました。
付近のスタントール治安当局と交戦しています……激しい銃撃戦です……
恐らく、今回のテロ実行犯は彼らと見られ……」
「おい!カメラを止めろ!!クソ亜人のマスゴミ!!」
緊迫する現場から実況を続けるロッピに対し、若いスタントール人所轄警官が彼らの中継を止めさせるべく妨害を始める。
当然、これに抵抗を示すロングニル人メディア関係者。
「なにすんのよ!!お宅の国のメディアは中継して良くて、私たちはダメだって言うの?
ふざけないで!!」
「そうじゃ!報道の自由じゃ!!喧しい官憲は、あっちに行けい!!」
「私たちに構う暇があったら、野次馬の民間人を避難させたらどうなの!?
ほっといてちょうだい!!」
ロッピが強く抗議し、音響スタッフの男性ドワーフやアシスタントの女性エルフも声を荒げる。
これに激高したスタントール人警官は、腰のホルスターから警察用自動拳銃を取り出してロッピたちに銃口を向ける。
「クソッタレの亜人連中が!!もうこれ以上、偏向報道はさせないぞ!!」
銃声。
思わずぎゅっと目を閉じるロッピ。
しかし、襲い来るであろう痛みが無い。
恐る恐る瞳を開けると、そこには頭部を撃ち抜かれ、路上に脳漿を散らすスタントール人警官の死体が転がっていた。
先程の銃声は、自分たちを撃とうとした警官を射殺したダニーク兵の自動小銃によるものだった。
その警官を射殺した本人が、ロッピたちに近づいてくる。
「大丈夫?」
褐色肌の少女だった。
ロッピはその名前をよく知っている。
サーラ・ベルカセム。ダニーク解放戦線最強の革命戦士。
ロングニルの報道関係者の命を救ったのは、他ならぬ彼女だった。
「あ、ありがとう……」
ウサギ系亜人の女性は、頭部の左右に生えた白いフワフワの毛で覆われたウサギ耳を力無く垂らしながら震える声で答えた。
サーラは彼らの無事を確認すると、警告を発してその場を去る。
「直ぐに避難して。ここはもう戦場よ。
怒り狂った他のスタトリアに殺されるかもしれない。」
少女は自動小銃を構え直すと、再び銃撃しながら走り出した。
瞬く間に撃ち倒されるスタントール治安当局者たち。
天空要塞前駅周辺一帯に、スタントール人警官や救急隊員、消防士の死体が転がり、逃げ遅れたスタントール報道陣さえもダニーク人によって射殺されていく。
その様子を、ロングニル人メディア関係者たちはしばし呆然と見ていたが、やがてロッピはハッとして「自分たちのすべき仕事」を思い出す。
「メウラ!彼女を追うわよ!!」
ウサギ美女がカメラの点検をする猫娘カメラマンに告げた。
「ニャニャ!?正気かニャ!?死んじゃうニャーよ!!」
「何言ってんの!?ロングニル・ワールド・トゥディの独占報道よ!!
あのダニーク人少女に続いて、この騒動の顛末を見届けてやるわ!!」
気付けば他の報道関係者は、皆蜘蛛の子散らすように現場から逃げ去っていた。
今、この場に居るメディアは彼女たちロングニル・ワールド・トゥディのみであった。
「ギムリとディーラはバンに戻って、ヴォルゴにヴェンデンゲンへの中継を繋いだままにするように言って!
飛び切りのスクープをモノにするわよ!!」
「わかったわい。気ぃつけるんじゃぞ?」
「……ロッピ、無理しないでね。」
ロッピはドワーフ男性とエルフ女性のスタッフに報道バンへ戻り、そこで待機している機械設備スタッフのオオカミ系亜人の男へ本国との中継を繋ぐように伝えた。
自身はマイクを握り直し、猫娘カメラマンに目で合図を送る。
これにカメラマンのネコ系亜人の女性は、げんなりした顔で答える。
「本気みたいニャーね……しょーがないニャー、国に帰ったら何かご飯奢ってニャ!?」
「……最高級国産牛ステーキを奢ってあげるわ。」
ウサギ亜人の女性記者は真顔で返答する。
「なら行くニャ!!」
次の瞬間、猫娘カメラマンのメウラは満面の笑顔となった。
ロングニル報道機関に所属する2人の亜人女性が、スタントール王国の王宮である天空要塞に向かって進む褐色少女の後を追いかけるように走り出す。
天空要塞。
そこには、サーラが最も憎む4人のスタントール人の内の3人がいる。
陸軍総司令官のクルス・エスデナント、空軍総司令官のロアン・ルクレール、そして最大の敵カリーシア・シノーデルⅡ世女王。
建国から1500年以上の歴史を誇る古き王国の宮殿に、血の雨が降ろうとしていた。




