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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
序章  独立闘争の始まり
4/63

3. 武装蜂起

 はじめて殺した奴のことは今でも鮮明に覚えてる。

 あの怯えた表情と醜い顔……

 でも、昨日殺した奴の顔は、もう忘れた。

 闇夜の中、絶対的な殺意を抱いた大勢の褐色肌の男女が、銃を手に葡萄畑を進む。

 この葡萄畑の主にしてスタントール人、リョーデック一家の洋館を目指して。


 洋館の門番であるスタントール人中年男性の警備員は、やって来たダニーク人たちの目的を永遠に理解することが出来なかった。

 門右脇にある詰め所のパイプ椅子に腰掛けて戦争勃発を告げる新聞記事を読んでいた彼は、彼らの存在に気付いた瞬間、高速で飛来した小銃弾で頭部を撃ち抜かれたからだ。


 銃声を聞き他の警備員数名が門に駆け付けたが、ダニーク人たちの銃弾を浴びて即死した。

 ダニーク人たちは洋館に押し入ると、銃声で目を覚まし、部屋から出てきたスタントール人のメイドや執事たちを次々に射殺して、自分たちの「所有者」一家を洋館から引きずり出した。

 高価な調度品や宝石、現金を略奪し、部屋と言う部屋を徹底的に荒らす。

 そして、焼夷手榴弾を投げつけ洋館に火を放った。逃げ遅れた給仕やコックが炎に捲かれ苦しみながら焼け死んだ。

 この農園の「王宮」は劫火に包まれ、夜空を赤く照らす。


 この農園の経営者「だった」男、ジョエル・リョーデックは銃声で目を覚まし、同じく目覚めて怯える妻ルシアを宥めているところを、寝室に押し入って来たゲイルとラルビ他数名の「元従業員」らによって手荒に外に連れ出された。


「何なんだお前らは!?いったい何のつもりだ!?何が目的なんだ!!」


 ジョエルは酷く狼狽し、周囲を取り囲む武装したダニーク人たちに声を荒げて問い質す。

 妻のルシアは涙を流し、夫のジョエルに縋り付く。

 すると軍用散弾銃を装備したダニーク人労働者の青年が、ルシアをジョエルから乱暴に引き剥がした。


「いやあぁぁーー!!やめて!!あなた、助けて!!」

「な、何をする!?やめろ!!貴様らの汚い手で私の妻に触るな!」


 次の瞬間、ラルビがジョエルの顔面に鉄拳を食らわせる。

 たまらずジョエルは地面に叩き付けられる。


「黙れ、スタトリアめ。俺たちが普段お前たちにされたことを倍にして返すだけだ。」


 ダニーク人の青年は手にした散弾銃をスタントール人の中年女性に向かって構えると、躊躇なく発砲し、彼女の頭部を吹き飛ばした。

 40代後半ながら潤んだ艶のある白肌に美しく整った貴婦人の顔面は、強力な軍用12ゲージ9粒弾によって粉々になり、脳漿や頭蓋は肉片となってファーンデディアの大地に散乱した。


「あああっ!!なんてことを!!ルシア!!ルシアーッ!!」


 起き上がろうとしたジョエルに、再びラルビが鉄拳制裁を加える。


「次はお前だ。ボス。」

「なんだって!?なんで殺されなきゃならない!?金か?金なら全部持っていけ!だから、せめて俺と息子の命は助けてくれ!!」


 ゲイルがラルビと入れ替わり、ジョエルと対峙する。


「金じゃない。俺たちダニーク人は“自由”と自分たちの“国”が欲しい。」

「何を言ってる?意味が分からない……金なら……」

「お前たちの金はもういらない。俺たちは自分たちで通貨を作り、自分たちの国家を築く。

 それにはお前たちスタントール人が邪魔だ。出て行ってくれ。」

「ふ、ふ、ふざけるな!寝言を言うな!ここは何百年も前から俺の一族の土地だ!

 お、お前たちダニークの()()共に何が出来るって言うんだ!?」


 ジョエルは立ち上がり、ゲイルに食って掛かる。


「それを今から証明する。我々は()()だと、お前たち白肌連中に理解させてやる。」


 ジョエルの両腕をゲイルの「部下」たちが掴み拘束する。


「な、なんだ!離せ!!」


 ゲイルは腰のホルスターから大型軍用自動拳銃を取り出し、ジョエルの眉間に銃口を向ける。

 漆黒の銃口がジョエルの眼前に広がる。


「や、や、やめてくれ……頼む!!殺さないでくれ!!」


 発砲。

 強力な.44マグナム弾が圧倒的運動エネルギーを伴って葡萄農園の王だった男の額に叩き付けられる。

 弾丸は後頭部を粉砕し、頭部の内容物全てを破壊して吐き出した。

 先祖代々この農園に君臨し続けた白肌一族頭首の誇り高き脳漿は、赤茶けたファーンデディアの大地の染みとなった。


「頼む!!殺さないでくれ!!心を入れ替える!!

 これからはあんたたちの奴隷になる!!だから、お願いだ!殺さないで!!」

「黙れ!クソ野郎!!」


 農園の王が死に、次にゲイルの前に連行されて来たのはあの「監督」だ。

 スタントール人貧困層に位置するこの惨めな白肌の中年男は、恥も外聞も無く顔面を涙と鼻水で汚し、ズボンには失禁の跡がハッキリと残っていた。

 自分を拘束し連行するダニーク人男性に向かって、懸命な命乞いを繰り返していた。

 「監督」はゲイルの前に座らされた。


「べ、ベルカセム……お、お前たちの勝ちだ……

 俺は、俺はあのクソ金持ちの豚共に強制されてやってただけなんだ。

 本当だよ、信じてくれ!ほ、本心では俺はお前たちのこと、か、可哀想だな、とか思ってたんだよ。

 これからは、あんたの言いなりになるから、お願いだから殺さないでくれ……」

「……」


 ゲイルは無言・無表情で自分の足に縋り付く目の前の無様な男を見下ろしていた。

 農園ではあれほどまでにダニーク人を蔑み、罵倒していた男が、そのダニーク人に必死になって命乞いをしている。


 なんたる無様な姿だろうか。

 こんなしょうもない人間に、自分たちが虐げられていたかと思うと、吐き気すらしてきた。 


 ゲイルは語る言葉が見つからなかった。

 「監督」に銃口を向ける。


「や、やめて……こ、こ、殺さな」


 二発連続発砲。

 無様な白肌中年男の頭部はスイカのように破裂した。


 サーラもまた、無表情でそれを眺めていた。

 あの忌々しいスタントール白人の男が、呆気なくただの肉塊と化した。

 そこに復讐の一片を晴らしたという爽快感は無く、何故か更なる憎悪と怒りが沸き起こった。


 

 足りない。

 こんなクソッタレ一人では、到底足りない。



「次だ。」


 ゲイルが部下に指示する。 

 すると、太った若いスタントール人の男が、両脇を屈強なダニーク人労働者に抱えられながら引っ立てられてきた。

 ジョエルが死んだ今、この葡萄農園の新たなる王となったピエル・リョーデックその人である。

 尚も激しく抵抗し暴れているが、その度に暴行を受け、既に左顔面が赤く腫れ上がっている。


「いやだああぁぁぁーー!!!お父さん!お母さん!!

 あああっ!農園のおっちゃんまで!!

 なんでこんなことするんだよおおぉぉーー!!うわーーっ!」

「うるせえぞ!このクソガキ!」

「やだよおおぉぉーー!離してよーー!」


 先程の「監督」以上に酷い様だった。

 下半身は恐怖のあまり自身が垂れ流した汚物で汚れ、顔中汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「こ、こ、こんなことして、ただで済むと思ってんのかよ!

 警察や軍隊が来たら、お前たちは終わりなんだぞ!!この犯罪者めー!!」

「黙りやがれ!その警察も軍も、とっくに吹っ飛んでんだよ!

 誰もお前を助けになんぞ、来ねぇんだよ!!」

「そ、そんな!!そんな馬鹿なことがあるかよ!」


 ゲイルの前に座らされるピエル。


「うっうっうっ!!やめてよ……僕はまだ、やりたいことがいっぱいあるんだ……」

「……私の娘は、それこそこれからの人生の可能性に満ち溢れていた。

 彼女もやりたいことがいっぱいあった筈だ。

 だが貴様は、彼女から全てを奪った!」

「な、なんの話だよ。ぼ、僕には全然わからないよ……」


 ゲイルはピエルの胸倉を掴み、顔を近付ける。


「貴様が先日殺したダニーク人の少女の話だ。」

「あ、あ、あれは……あれは事故だったんだ……あの子が、あの子が嫌がって暴れるから……

 ちょっと大人しくさせたかっただけなんだ。僕は悪くない!!」


 ピエルの胸倉を掴んだ手を突き飛ばすように離す。

 その意味不明な抗弁に、ゲイルは怒りを通り越してあきれてしまった。

 思わず銃を下げる。


 すると、サーラが父の横からピエルの前に躍り出た。



 もう我慢できない!

 私が殺す!!


 

 サーラの右手には自動拳銃が握られている。


「あっ!お嬢ちゃん!助けて!僕は悪くないんだ!

 この大人たちを説得してよ!」


 直後、サーラは発砲。

 ピエルの股間にへばりついていた突起物のごとき矮小な肉体部位を9mm弾が吹き飛ばした。

 名状しがたき激痛が肥満体の若い男に襲い掛かる。


「あぎゃあああああぁぁぁ!!!」


 銃口を上に向けてさらに発砲。

 ピエルの右目を直撃し、眼球が破裂。血と硝子体の粘液が飛散し、サーラの頬に引っ掛かる。


「びやああああぁぁぁ!!」


 豚のような悲鳴をあげるピエル。

 さらに発砲、発砲!

 額に2発命中し、豚男の脳漿は後頭部から零れ落ちた。

 ここに、リョーデック一族の男系血筋は途絶えた。

 飛び散ったピエルの血飛沫が美しい褐色少女の顔を汚す。


 思わず天を仰ぐサーラ。

 妹の仇は取った筈だが、その心から激しい憎しみの感情が消えることは無く、むしろさらに高まった。

 


 なんてことだ。

 怒りが、憎しみが、鎮まらない。

 足りない。

 ナシカが受けた苦痛を晴らすのに、この程度では全然足りない。

 もっと……もっと殺さなければ!



 ゲイルがサーラの右肩に優しく手を置く。


「よくやったサーラ。これで、お前も立派な戦士だ。」


 左手で父の手を握り返し、サーラは言った。


「父さん。あと何人殺せば、私たちは“自由”になれるの?」


 戦士となった愛する娘その問いに、ゲイルは無言のままだった。

 

 既に闇夜は東から登り来る太陽の光に切り裂かれはじめ、天空の星々の殺戮が始まっていた。

 辺りを見渡せば、葡萄畑の向こうで何本もの煙が立ち昇っている。

 ゲイルらの武装蜂起に呼応した他の農園労働者たちが、同じようにスタントール人の屋敷や施設を攻撃したことを示す、武装蜂起の狼煙であった。


 

 結局、ゲイルがサーラの問いに答えを出す機会は、永遠に訪れなかった。

※この後書きは本編とほとんど関係ありません※


【新暦1924年9月28日付 ノルトスタントール連合王国国民議会

          戦時緊急対策御前会議 第21回会合議事録より一部抜粋】


・ダミヤン首相(以下、首相)

 「なんで総動員令が未だに実行されないのか。ルペンはこの国を滅ぼす気か?」


・ルペン内相(以下、内相)

 「総動員令発動には内閣構成大臣の過半数の賛成と、軍による要請が必要であり、前者の条件を満たしていない。そもそも、まだこれが本格的な軍事攻撃か偶発的な小競り合いかは正式には判断出来ていない。」


・エスデナント陸軍総司令(以下、陸軍)

 「何をもって判断出来ていないとほざくのか。

  既に北部のオランドゥールは壊滅し、ディメンジアのオークによって占領されている。陸軍の現時点での戦死者は既に3,000名を超え、尚も被害は増大中だ。

  今すぐ、総動員令を発令し、全予備役招集と武装警官の陸軍編入を急いでもらいたい。もはや、今の状態の陸軍では、フェターナ広域州北部地方から逃れてきた戦災避難民たちの対応だけで手いっぱいだ。」


・内相

 「今の陸軍司令の発言は重大な文民統制への侵害である。ハッキリと記録するように。」


・ルクレール空軍総司令(以下、空軍)

 「内相は、ディメンジア空軍ほぼ全軍による大規模な空爆と、ファーンデディア広域州全域に降下したイェルレイム軍の最精鋭部隊、共和国空挺兵団による総攻撃が『偶発的な小競り合い』だと本気で思っているのか?

  そうだとしたら、今すぐ病院に行け。耄碌等というレベルではないぞ!」


・内相

 「今の空軍司令の発言も文民統制から逸脱したものだ。

  さらに許し難い個人攻撃であり、名誉棄損だ。書記官、記録を。」


・首相

 「いい加減にしろ!俺の任期はまだ2年あるんだ!

  このままじゃ、次の総選挙を乗り切れないぞ!

  お前も我が党の一議員なら、現状をちゃんと理解しろ!」


・内相

 「この事態の全責任は首相にある。あんたの無能さが、この事態を招いたんだ。」


・首相

 「黙れ、この野郎。そうやって俺の足を引っ張って、自分が首相になりたいだけだろ?ふざけるな。」


・内相

 「書記官、記録を。」


・デルバータ海軍総司令(以下、海軍)

 「おい書記官、この会議室から出ていけ。これ以上の記録はもう不要だ。」


・内相

 「何の権限があって海軍司令はそのような発言をする?これも文民統制への重大な……」


・首相

 「待てルペン!この際だからハッキリ言ってやる。

  首相の座を狙ってるのだとしたら、お前には無理だ。

  既に党の二大主要派閥の領袖である国民議会議長と政調会長の支持は取り付けてあるから、次の党首選での俺の再選は何があっても揺るがない。」


・内相

 「ふん、ほざいてろ。この戦争とやらで大失態をやらかして若手議員たちの浮遊票や党員たちの票が入ると思うなよ。」


・陸軍

 「お前ら気は確かか?この期に及んで政争か?今は王国の一大事なんだぞ!」


・空軍

 「選挙のことを気にする前に、今まさに戦禍の最中にいる国民のことを考えろ!」


・海軍

 「今後、海軍は無能極まる政府を見限り、偉大なる我らが国王陛下のご指示にのみ従う。誠に僭越ながら陛下、ご発言を賜りたく存じます。」


・首相

 「おい!海軍司令!それは国政に対する重大な越権行為だぞ!」


・内相

 「書記官!今のデルバータの発言は絶対に記録しろ!」


・シノーデル女王陛下(以下、陛下)

 「ルペン、それにダミヤン。2人ともここから出ていけ。

  貴様らのようなクズはこの国に不要だ。」


・首相

 「陛下?いったいなにを?」


・内相

 「おい、まさかこの小娘……」


・陸軍

 「陸軍は陛下による“親政”を全面的に支持します。」


・空軍

 「空軍も同様です。」


・海軍

 「陛下、ご指示を。」


・陛下

 「まずはこの不快な老人2人を摘まみ出せ。

  その後、直ちに総動員令発令。以後は、私が国権の全てにおいて責任を持つ。

  書記官、現時刻を持っての“国王親政”を記録せよ。」


●新暦1924年9月28日 20:37 国王親政開始 

   王国議会一等書記官 アッシュ・ド・ルーゴ 記録


・首相

 「そんなものは無効だ!おい貴様!記録するな!」


・内相

 「何の拘束力も無い!政府が健在である限り、親政は不可能だ!」


・海軍

 「王国憲法第3条。

  『重大なる国難に際し、文民政府による対応が不十分であると王が判断した場合、軍の賛同を持って親政を開始できる。尚、国難終息後、速やかに国民投票を行い、その結果過半数以上の親政への賛成を得られなかった場合、親政を行った王は直ちに退位するものとする。』

  政治家の端くれなら、自分の国の憲法くらい当然知っているだろ?」


・首相

 「ほとんど死文化している第3条がなんだと言うのだ!」


・内相

 「そうだ!我らの政府は現に存在し、有効である!」


・陛下

 「書記官、退室せよ。」


(以後、書記官退室により議事録は取られていない)

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