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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第五章  戦乱のファーンデディア
39/63

38. 人民共和国大粛清

※この第38話にサーラたち主人公サイドは出てきません。

 人民共和国サイドの物語となります。


 暖かな日差しが降り注ぐ森の中。

 明るい茶色の人民服に真っ赤なスカーフを首元にあしらった「10月革命幼年団」の制服を着た幼い女の子が、揃いの制服を纏う2歳年上の少女に手を引かれて人民共和国首都近郊の山岳地帯に設けられた子供用ハイキングコースを歩いていた。


 幼子の名前はカレン・アクラコン。


 今年で5歳になる。

 一見すると瞑っているかのように細い瞳をした美少女だが、その纏う雰囲気には冷たい禍々しさが既に漂っていた。

 そんなカレンの手を引く7歳の少女の名は、ユウナ・ベタシゲン。

 活発で明るい性格の女の子で、カレンとは対照的にパッチリとした愛嬌のある瞳をしていた。

 兄であるザイツォン・ベタシゲンとは5歳、年が離れている。


「さぁ、カレンちゃん。もうちょっとだから頑張ろうね!

 あと少しで、皆に追いつくはずだから!」


 年長のユウナが「体調不良」を訴えるカレンを励ました。

 この日はカレンやユウナ等、「赤い国」の高級幹部の子供たちが所属するアーガン人民共和国人民党の「党員候補生」初等教育機関「10月革命幼年団」による遠足の日だった。

 カレンはその遠足の途中で突如として気分の悪さを訴え、ハイキングコースを登る「幼年団」の一団から取り残されてしまっていた。

 彼女のような幼子を補助する為に、このような遠足の場合は年長組の者がマンツーマンで付き添うのだが、カレンの担当はユウナと決まっていた。

 ベタシゲン家とアクラコン家は、共に約150年前の「アーガン10月革命」の際に革命の中核を担った労働者一家をその起源としており、人民共和国の階級区分における「核心階級」……すなわち「貴族」としての地位にあった。

 両家は長年優れた人材を祖国に提供し続けており、特にベタシゲン家は軍人を、アクラコン家は文官を輩出し、人民共和国における文武の両輪として両一族は懇意にしている。


「……」


 そんな「文官貴族の娘」ことカレンは、その細い瞳でじっと「軍人貴族の娘」ユウナを見た。

 周囲には他に誰も居ない。

 「幼年団」の他の子供たちは引率の教師に連れられ、既にこのハイキングコースが設けられた標高の低い山の山頂で、遅れてやって来るであろうカレンたちを待っている。

 カレンは自分たち以外誰も居ないことを確認し、口を開いた。


「ねぇ、ユウナおねえちゃんはザイツォンおにいちゃんが……すき?」


 幼子の突然の問いかけに、ユウナは少し驚いた。

 しかし彼女は優し気な笑みを浮かべると頷き答えた。


「うん!大好きだよ!

 大きくなったら、ザイツォンお兄ちゃんと一緒に人民軍の兵士になって、金持ち連中や王制主義者と戦うんだ!」


 するとカレンは顔を地面に向けて立ち止まった。

 訝しがるユウナ。


「どうしたの?カレンちゃん?」

「……ユウナおねえちゃんは、“だいすき”なザイツォンおにいちゃんの“ゆめ”をしってる?」

「ザイツォンお兄ちゃんの“夢”?」


 俯きながら質問を続けるカレンに、ユウナは少しばかり困惑を隠せない。

 一族ぐるみの付き合いをしているベタシゲン家とアクラコン家は、その子供たちも互いのことを幼い頃から知っている。

 ユウナはどうもカレンのことが苦手だった。

 明らかに自分に心を開いていないのが分かる。

 特に、ユウナが兄ザイツォンと遊んでいる時には物陰から刺すような視線を投げかけて来たものだ。

 だからこそ、今回の遠足で先生からカレンの補助役を命じられた時、ユウナはカレンと仲良くするチャンスだと思うことにした。

 遠足の道中、努めて明るく振る舞っているのだが、カレンの様子は反比例するように暗くなる一方だった。

 そんなカレンが、兄ザイツォンの「ゆめ」について尋ねてきた。

 ユウナは誉れ高き軍人一族の長男の妹として、当然と言わんばかりに胸を張って答える。


「そんなの決まってるよ!勇敢な人民軍の兵士になって、人民革命を世界に広げることだよ!

 そのために、お兄ちゃんは毎日特訓してるんだから!

 私、知ってるもん!お兄ちゃんは毎日、夜遅くまで自主練やってるんだよ!」


 誇らしげに答えるユウナ。

 するとカレンは俯いたまま首を横に振った。


「……ちがう。ザイちゃんはね、“おうさま”になりたいの。

 兵隊なんていう安っぽい存在じゃなくて、ザイちゃんは“王”になりたいの。

 ……そうやっておねえちゃんやおじさん、おばさんは勝手にザイちゃんの“ゆめ”を決めつける……

 カレン、嫌い。」


 ユウナは動揺を隠せない。

 笑みは消え、顔に焦燥が浮かぶ。


「な、なに言ってるの?カレンちゃん。

 ザイツォンお兄ちゃんが“王様”になりたいなんて言うわけないよ。

 だって、お兄ちゃんと私は世界人民革命をやり遂げる兵士となる為に生まれてきたんだから。

 お父さんやお母さんも、大人の人たち皆そう言ってるもの。」

「だから、カレン、あなたたちが嫌い。

 ザイツォンお兄ちゃんのこと、何も知らないくせに、くだらない老人共の雑兵になることを押し付ける。

 ……大嫌い……」


 カレンの全身から絶対零度のオーラが迸る。

 直後、カレンは背中から隠し持ったコンバットナイフを引き抜き、ユウナの顔目掛けて一閃する。

 だがこれを、軍人一家の長女は持ち前の運動神経を持って紙一重で回避。


「……なにするの?カレン……

 ……私を殺す気?」


 ナイフを握りしめる5歳児と対峙する7歳の少女。

 もはや「仲良くなるチャンス」は完全に消滅した。

 少女は目の前の幼女を「敵」と見做した。


「そんなナイフで私を殺せると思ってるの?」

「……殺す。ザイツォンお兄ちゃんの王道の邪魔をする者は全て殺す……」

「そう……なら、私はアンタみたいな気持ち悪い“冷血女”から大好きなお兄ちゃんを守って見せるわ!!」


 直後、ユウナが動く。

 鋭い回し蹴りを幼女の腹目掛けて放つ。

 しかしカレンはこれをギリギリで回避。逆にナイフを振り、ユウナの太腿に直線の切り傷を負わせた。

 流れ出る鮮血が、人民服のズボンを真っ赤に染める。


「ぐっ!このガキ!」

「ねぇ、死んでよ。邪魔。」


 直後、カレンはナイフを腰だめに構えてユウナへ突進してきた。

 ユウナは衝突の直前に身を翻すと、がら空きになったカレンの脇腹に鋭いフックを叩き込んだ。

 ユウナの一撃で吹き飛ばされた5歳の幼女の身体はハイキングコースの案内看板に激突し、握っていたナイフも地面を転がる。


「ゴホッ!ゴホッ!」


 身を屈めて地面に横たわりながら、苦しそうに咳をするカレン。

 そこにユウナは悠然と近づく。


「カレン、アンタの負けよ。

 今日、アンタが言ったことと私にしたことは先生と党に報告するわ。

 アンタはもう終わりよ。

 この……核心階級の面汚しが!二度と“私の”ザイツォンお兄ちゃんの前に姿を現さないで!!」


 カレンの細い瞳が憎悪で見開かれる。

 直後、激烈な冷気が辺りを包み、ユウナはその異様なオーラを前に一歩退いた。

 カレンがゆっくりと身を起こす。


「……」


 無言で「敵の女」を睨み付ける5歳の冷血女。


「な、なによ……気持ち悪い目で見るな!!」


 禍々しい雰囲気に、ユウナは完全に気勢を削がれ後退りを強いられる。


 その時。


 彼女は視界の隅に、どこからともなく現れた長い髪を三つ編みにした2~3歳程の幼児がハイキングコースの端に設置してある転落防止用手摺柵をよじ登って柵の向こう側の崖へと転げ落ちそうになるのを捉えた。 

 目の前のおぞましい幼女のことさえも一旦忘れ、反射的に身体が動く。


「あ、危ない!!」


 ユウナはカレンの傍で今まさに崖から転げ落ちそうになっている幼児を助けようと駆け出した。

 ユウナが手を差し伸べた、次の瞬間。

 その幼児は柵から跳躍してユウナを「回避」すると、音もなくハイキングコースの地面に着地した。


「えっ?」


 完全にバランスを崩したユウナの目の前に、崖が広がる。

 なんとか身体を踏ん張らせて転落を阻止しようと試みる。


 だが、そのユウナの背中を「ドンッ」と押す者がいた。


 カレンである。

 振り返ったユウナが見たその顔には、壮絶な絶対零度の笑みが浮かんでいた。


「カ、カレン!!アンタ……」

「死ね。」

「き、きゃああぁぁーーっ!!」


 ユウナの身体は柵を超え、悲鳴と共に崖下へと転落した。

 少女の身体は数回激しく崖の岩に叩き付けられ、森の中へと消える。

 それから数分後、中々戻ってこないカレンとユウナ、それに忽然と姿を消した幼児のシクラを探す為、様子を見に降りてきた「幼年団」の教師たちが、さめざめと泣くカレンとその幼い妹シクラを発見した。


「ど、どうしたんだい?同志カレン。

 同志ユウナは何処へ行ったんだ?」


 泣き続けるカレンの頭を優しく撫でる男性教師。

 それにカレンは嗚咽を漏らしながら答えた。


「うっ、うっ。ユ、ユウナおねえちゃんが……おちそうになったシクラをたすけようとして、したにおちちゃったの!うっ、ううっ!」

「な、なんだって!?」


 事情を聞いた教師たちが慌てふためく。

 彼らは大急ぎで下山すると麓の管理施設から民警に通報。

 党の「高級幹部」子息の一大事とあって、民警隊と救急隊員はすぐさま現地に到着し、ハイキングコースの崖下で変わり果てた姿となったユウナを「発見」した。

 全身を複雑骨折し、多臓器破裂で既に死亡していた。

 特に右太腿に鋭利な刃物で傷つけられたような深い裂傷があり、転落の際崖の岩盤で負ったものであろうと推測された。


 ユウナの家族、両親と兄ザイツォンも現場に駆け付ける。

 担架に乗せられた変わり果てた彼女の姿を見て、母は号泣し、歴戦の人民軍将官である父でさえ涙を抑えられなかった。

 一方、ザイツォンは呆然としていた。

 これが現実のこととして受け入れられないと言った様子だった。

 そんなザイツォンにカレンが近付き、彼の右手をそっと握った。


「……カレンちゃん。」

「ザイちゃん……カレン、ザイちゃんのおそばにいてあげる。」

「うん……ありがとう、カレンちゃん……」


 やがて現実を受け入れたザイツォン少年は、声を押し殺して泣き始めた。

 涙が幾筋も頬を伝い、耐え切れずに項垂れて空いている左腕で溢れ出る涙を拭う。


「……カレンが、絶対ザイツォンお兄ちゃんを“王様”にしてあげる……」


 愛する妹の死に涙する少年の隣で彼の手を握る「殺人犯」の冷血少女は、誰にも聞き取れないような小声でそう呟いた。

 まだ深い闇が天空を覆う夜明け前。

 激しくドアをノックする音が人民共和国高級幹部用公共団地の一角に鳴り響く。


 ここはアーガン人民共和国首都・カムラク。

 「労働者の国」にして全世界のプロレタリアートの「母国」。

 世界人民革命を目指し、あらゆる大陸に工作員を放つ赤き国。

 その労農人民の祖国で、これから「ある嵐」が起ころうとしていた。


「……は、はい。どちらさまでしょう?」


 鉄製ドアを開けて出てきたのは年老いた女性だった。

 ドラムマガジンに木製ストックという旧式短機関銃で武装した内務人民委員会所属の国家保安人民局職員が数名、ドアの外に立っている。


「クチダナンの家か?」


 保安局員が老婆に問う。

 老婆は震える声で答えた。


「は、はい。そ、そそ、そうです……」

「夫のバキャガン・クチダナンは何処だ?」

「……お、夫なら寝室におります……」


 保安局員の冷徹な声。

 老婆は突然のことで動揺のあまり正直に答えた。

 すると保安局員たちはズカズカと部屋に入り込む。

 直後、長年連れ添った夫が寝間着姿のまま手荒に部屋から引き摺り出される。

 老婆は連行される夫に取り縋り、この異様な事態が呑み込めずに困惑する。


「あ、あなた!一体、どうして?」

「マクナ、落ち着いて……直ぐに帰ってくる。

 きっと何かの間違いだよ。」


 両脇を保安局員に抱えられた寝間着姿の肥満気味な老人が、愛する妻に引き攣った笑顔で辛うじてそう答える。

 玄関ドアが荒々しく閉じられて妻の姿が部屋の中へ消えると、老人は怒気を帯びた震える声で事態の釈明を求めた。


「こ、これは一体どういうことだ!?

 私が誰か分かっててお前たちはこんなことをしているのか?

 こ、こ、こんな狼藉を同志ジクラキムや偉大なるキムケグァン前書記長閣下が知れば、お前たちのクビなんぞ直ぐに吹っ飛ぶぞ!?

 分かってるのか!」


 その直後、保安局員は短機関銃の銃床で老人の突き出た腹部を殴りつけた。

 強烈な痛みが襲い掛かる。


「ぐおっ!」

「黙れ、人民の敵が。

 バキャガン・クチダナン首都専衛軍“元”親衛大将。

 貴様には国家反逆罪の嫌疑がある。申し開きは“155号室”で同志アクラコンに直接言え。」


 保安局員のその発言を聞いた直後、老人の顔から血の気が失せた。


……

 「155号室」とは内務人民委員会ビル地下1階にある国家人民保安局の取調室の一つだが、人民共和国とその衛星諸国の人間にとって、そこで取り調べを受けることはすなわち「死」を意味していた。

 「冷血女」カレン・アクラコンの専用取調室。

 内務人民委員長のこの女は、今や実質的な人民共和国の最高権力者である。

 そのカレンに尋問を受けてまともな精神状態のまま155号室を出た者は皆無であり、部屋を出たが最後、行き先は世界最大の超巨大ダム・コクランダムの底で半魚人たちの生き餌と相場が決まっていた。

……


 首都・カムラク専門の防衛軍指揮官であった老人は激しく動揺する。


「な、なな、な、なんで私が155号室に!?

 わ、私が国家反逆罪なんぞ働くわけがあるまい!!」


 今度は顔面に短機関銃の銃床が直撃する。

 目の前を火花が飛ぶような痛みが襲い、前歯が数本折れた。


「ぎゃああっ!」

「同じことを二度言わせるな。釈明は取調室で同志内務人民委員長殿に直接しろ。」


 保安局員の男はそう告げると、黒塗りの保安局用セダン車に老人を無理矢理押し込んだ。

 車は1時間とかからずに目的地に辿り着いた。

 黄色い外壁タイルに覆われた鉄筋コンクリート造10階建ての内務人民委員会ビル。

 鼻や口から出血する老人は、そのまま両脇を屈強な保安局員に抱えられながら地下1階の155号室へと連れ込まれた。

 壮絶な笑みを浮かべた専用の人民軍上級政治将校の制服を纏う細い瞳の美女がそこにいた。

 強烈な氷点下のオーラが部屋全体を包んでいる。

 老人は取調室中央に置かれた椅子に縛り付けられると、怯え切った表情で「冷血女」を見た。

 「冷血女」ことカレンが口を開く。


「ようこそ、我が“城”へ。

 同志クチダナン、貴様に聞きたいことがある。」

「な、なんだ!?」


 老人が口を開いた直後、カレンの容赦ない鉄拳が老人の顔面に叩き付けられる。


「ぐはっ!!」

「おい、『なんだ!?』とはなんだ!?

 私が許可したこと以外、喋ることは許さん。

 次から無駄口を叩く度に指を1本切り落とす。分かったか?

 返事をしろ。」


 生まれてこの方味わったことの無い恐怖が老人を襲う。

 老人は震え切った声で短く返事した。


「わ、わかりました。同志アクラコン。」

「よろしい。

 早速だが、貴様は“人民大戦”を屈辱の停戦に追いやった共和国最大の敵、キムケグァンの隠居先を知っているはずだ。吐け。」

「そ、それは……」


 口を濁すクチダナン翁。

 カレンは取調室の壁に掛けられた鉄線切断用のクリッパーを手にすると、手慣れた仕草で老人の右手親指を切断した。


「ぎゃああぁぁっ!!」


 老人の悲鳴が響く。

 直後、カレンは鋭い鉄拳を防衛軍司令官「だった」男の顔面に見舞う。

 老人の歯がまたしても数本叩き折られた。


「黙れ。悲鳴を上げることも許さん。

 今すぐキムケグァンの居場所を吐け。」

「あぁ……ど、同志キムケグァンなら、隣国の衛星国ユークトデミナールの避暑地別宅で隠居なされてる……このアーガンには居ない。」


 するとカレンは容赦ない鉄拳を老人の顔面に何度も叩き付けた。

 血が部屋に飛び散り、冷血女の拳を真っ赤に染める。

 その顔には壮絶な愉悦の笑みが浮かんでいた。


 そこまで聞けば場所の見当は付く。あとはこの「用済み」になった老人を盛大に甚振いたぶって始末するだけ。

 政敵の肉体と精神を徹底的に破壊してからダムへ送る。

 冷血女カレンにとっての「至福のひと時」が始まった。


 その直後である。

 腹心の部下である大男の政治将校・グラシカ大佐が突然取調室のドアを開け放って「ダニーク解放戦線支配下のファーンデディア地方都市・オラン市、核攻撃により壊滅」の急報を伝えてきたのは……


……


 核の炎が「祝福の大地」と呼ばれるファーンデディアの地方都市を焼き払ってから3日後。

 「労働者の国」アーガン人民共和国の「絶対首都」カムラクの中心部、「共和国労農人民委員会中央評議会議事堂」と呼ばれる60階建てビルの最上階にて、毎月月末になると定例の最高幹部会議が開催されていた。

 最高指導者たる総書記長が議長を務め、人民共和国労農人民委員会の各委員長とその部下である上級官僚数名からなる比較的少人数の会議だ。

 この定例幹部会議……通称「人民共和国方針会議」こそ、アーガンの最高意思決定機関である。

 眼下に約800万人の人口を誇る大都市を望む会議室の最上座には、30代半ばの若い男が座っていた。

 彼の名はザイツォン・ベタシゲン。

 人民共和国総書記長の座にある元・人民軍将官。

 類い稀な軍才を発揮して世界第一位の経済規模を誇る敵超大国・ロングニル王国連合を滅亡寸前にまで追いやった「人民軍の星」であり、その後の守勢に回った防衛戦では、人民共和国本土に敵王国陣営連合軍を一兵たりとも侵入させなかった「大祖国防衛の英雄」。

 母国アーガンのみならず、その武名は敵味方を超えて世界に鳴り響いていた。

 前書記長である高齢のキムケグァンが大戦の「敗北」の責任を取る形で引退し、後任としてザイツォンが就任したのは、もはや既定路線であったと言っても過言ではない。

 だが今、方針会議に臨むザイツォンの顔は大いに曇っていた。

 委員長の一人である肥え太った醜い男が、酷い吃音を伴いながら冗長な報告を行っていたからだ。


「えー……そ、そ、それで……こ、今回のぉー、スス、スタントールによる核攻撃についてはー……あー……だ、だ、断固抗議するものでありぃー……

 ダ、ダニーク解放戦線への支援はー……今後も、けけ、継続していくことになります。

 あー……い、以上です。」


 ようやく終わった。

 拷問のような2時間だった。

 型通りの面白みの欠片もない内容をダラダラと喋っただけ。

 この太った要領の悪い吃音男はラベゴアン。

 他の国では外務大臣に当たる外務人民委員長を務めている。

 ザイツォンは正直に言って、この男にはうんざりしていた。


 …もっと明快に、ハッキリと、要点を押さえて発言できないのか?


 「核心階級」出身のエリートかもしれないが、生理的にもこのラベゴアンは受け付けない。

 だが、まだこの男を蹴落とすことが出来ない。前書記長の子飼いの男で、ザイツォンの「お目付け役」でもあるのだ。

 あの忌々しい爺さんが死ぬまでは、こんな男に「外交」という大任を与えてやらなければならない。

 そしてその爺さんの「隠居先」は、「前書記長派」である一部の老人たちしか知らない最高機密であり、ザイツォンでさえ居場所を掴めずにいた。

 

「ありがとう、同志ラベゴアン。

 次、内務人民委員長、報告を。」


 ザイツォンはラベゴアンの隣に座る閉じているかのように細い目をした酷薄な美女に発言を促す。

 その女、カレン・アクラコンは立ち上がるなり会議室の面々を見渡し、微笑みを浮かべつつこう言った。


「まず、ここにいる皆様にご報告申し上げねばならないことがございます。

 偉大なる前書記長こと同志キムケグァンが、昨日急逝なさいました。」

「なんだって!?」

「そんな馬鹿な!」


 このカレンの発言に、「前書記長派」の高官たちは動揺を隠せなかった。

 すぐさま前書記長の腹心の部下であった軍事人民委員長のジクラキムが声を荒げる。


「な、なにをほざいておる!!アクラコン!!

 貴様、妄言を垂れるでない!!私はつい先日、隠居先でご壮健この上ない同志にお会いしたばかりだぞ!?

 大体、何故貴様が同志キムケグァンの動静を把握できる!?

 いい加減なことを抜かすな!!」


 するとカレンは苛立ちを隠しもせずにジクラキムに向かって言い放つ。


「うるさいなぁ、ジクラキム。

 キムケグァンのクソ爺は昨日の夜、ダムの底で半魚人にズタズタにされるっていう“寿命”を迎えたんだよ。

 大戦を事実上の敗北に導いた人民の敵にふさわしい末路だ。

 お前もそう思うだろ?なぁ、ジクラキム!?」


 軍事人民委員長の老人をはじめ「前書記長派」に属する者全員の背筋に冷たい汗が流れる。

 ジクラキムはすぐさま会議室の外で待機している「首都専衛軍」の衛兵を大声で呼んだ。


「……衛兵!!衛兵!!偉大なる同志キムケグァンを弑逆した反革命分子がここにいるぞ!!

 今すぐここに来い!!」


 その直後、会議室の扉が開かれ10数名の「政治将校」が指揮官らしき大男の大佐に率いられて入室してきた。

 明らかに首都専衛軍ではない連中の出現に、ジクラキムは指揮官らしき大佐を詰問する。


「だ、誰だ、お前は!?首都専衛軍指揮官の同志クチダナンは何処だ!?」

「はて?この翁は誰ですかな?」


 大男の大佐……グラシカはとぼけて見せる。

 それにジクラキムはさらに苛立ちを募らせた。


「ふ、ふざけるな!!クチダナン将軍を呼んで来い!

 貴様等は出て行け!」

「はて?なぜ私がこの口やかましい翁に指図されねばならんのでしょう?

 恐れながらザイツォンぼっ……失礼、同志ベタシゲン総書記長閣下、この翁は何者でございましょう?」


 グラシカから話を振られたザイツォンだったが、とても答えられるような状態では無かった。

 右手で頭を抱え、ひたすら大爆笑してしまうのを堪えていたからだ。

 やがて耐え切れなくなったザイツォンは、ひとしきり大声で笑った。


「アッハハハハハハッ!!ハハハハハッ!!

 カレン!この野郎、“また”やりやがったな!?

 お前、いつあの爺様の居場所を掴んだんだ!?」


 満面の笑みを零すザイツォンに、カレンはこの星で一番愛する男へ屈託ない笑顔を向けて答える。


「つい3日前にございます、ザイツォン様。

 今まで黙ってて申し訳ございません。

 昨日、奴の隠居先を私の妹シクラが指揮する特別行動部隊を持って奇襲し、守備兵と奴の家族他関係者全員を始末しました。

 これで、ザイツォン様の邪魔をする者は完全にいなくなりました。

 後に残った“ゴミ”の片付けは、どうか私にお任せください。」


 カレンは深々と「主君」に向かって頭を下げた。

 一方、カレンが「ゴミ」と称した老人たちは酷く狼狽していた。


「こ、ここ、これは……あー、一大事ですぞ、ジクラキム同志。」

「うるさい!ラベゴアン!貴様如きに言われんでも分かっておる!!

 えーい、そこの大佐!!貴様でかまわんから、そこの冷血女と総書記長を自称する男の身柄を拘束しろ!!

 さっさと動かんか!!」


 無駄に声を張り上げるジクラキム。

 それにグラシカをはじめ政治将校や若手高級官僚らは、腐ったゴミを見るような視線を送った。


「この爺様、やかましいですな。

 如何いたしましょう?カレンおじょ……失礼、同志アクラコン。」

「ふむ、そうだな……

 同志ジクラキムには、つい先日ようやく完成した我が人民共和国の新型エネルギー爆弾の威力を是非、間近で体験していただこう。

 それ以外のゴミはどうでもいい。速やかにダムへ沈めろ。」

「はっ!了解しました、同志アクラコン!!」


 瞬く間に身柄を拘束されたのは「前書記長派」の老人たちの方であった。


「は、離せ!離さんか!!無礼者め!!」

「な、な、なんで僕まで!?や、やや、やめてくれ!ダムは嫌だ!!」

「やめろ!!キムケグァンなんてクソくらえだ!

 これからは同志ベタシゲンに忠誠を誓うから、離してくれぇーっ!!」


 速やかに政治将校らによって連行される老人たち。

 扉が閉められると会議室はそれまでの喧騒が嘘のように静かになった。

 その沈黙を破ったのはザイツォンだった。


「さて、これでこの国は完全に“俺たち”のものになった訳だな。」


 これにカレンが訂正を入れる。


「いいえ、ザイツォン様。“あなた様”のものです。」

「ふっ、そうか。」


 ザイツォンは「冷血女」の訂正を受け入れた。

 そしてカレンは提案する。


「ザイツォン様。今やこの人民共和国の全権を完全に掌握なさいました。

 これを機に、これまで空位であった国家主席へご就任なされてはいかがでしょうか?」


 国家主席。

 それはこのアーガン人民共和国において、最頂点の位であることを意味する。

 150年前に皇帝を銃殺した革命指導者がこの位に就き、革命による混乱と反乱、さらには諸外国の干渉さえも全て跳ね除け、人民共産主義を不滅のものとせしめたのである。

 以来、革命指導者が病没した後は、無用な権力闘争を避ける為に誰も国家主席になろうとはせず、栄光と名誉の位として慣例上空位のままとされてきた。

 その慣例をカレンは「破れ」と言ってきたのである。

 ザイツォンはしばし悩んだ末、これも受け入れることにした。

 

「……わかった。カレン、お前の望むように派手に踊ってやる。

 そのかわり徹底的にこき使ってやるからな!

 カレンだけじゃない、ここにいる者全員、覚悟しろよ!

 我がアーガン人民共和国を、真の強盛大国にする!

 今までの古臭い慣習や固定概念は全て捨てろ!今日この日より全ては変わるものと思え!」


 偉大なる新しい国家指導者の力強い言葉に、居並ぶ若手官僚たちは感動を覚えた。

 その直後、カレンが号令を発する。


「総員、起立!!」


 会議室に残った「ベタシゲン派」の各委員長、若手高級官僚らが号令と共に一斉に立ち上がる。


「我らが人民希望の星にして、常勝不敗将軍ザイツォン・ベタシゲン国家主席閣下に……敬礼!!」


 ザッ!という音が会議室に轟く。

 若手幹部たちによる、一糸乱れぬ見事な敬礼だ。

 ザイツォンも略式の敬礼を持って返す。

 人民共和国史上、「最高にして最強」と謳われる「赤き武帝」誕生の瞬間であった。


 ……しかしこの直後から、人民共和国に恐るべき嵐が巻き起こることになる。


 「前書記長派」と目されたあらゆる者を対象とした大粛清の嵐が吹き荒れる。


……


 アーガン人民共和国の国土中央部に位置する非常に峻厳な山脈地帯。

 その平均3000メートル級の高き山々さえも圧倒するかの如き超巨大なコンクリートの壁が、山脈地帯のど真ん中を貫いていた。

 この異世界の歴史上、類を見ない超巨大重力式コンクリートダム・コクランダム。

 完成から30年が経った今も尚、このコクランを超えるダムは存在しない。

 その堤高は1500メートルに達し、堤頂長は約30キロにも及ぶ。

 ダム湖はさながら小さな海の如き広大さを誇り、圧倒的な水量がもたらす膨大な電力は、アーガンのみならずその周辺主要衛星国家の電力需要の大半を補ってしまうほどだった。

 だが、このダムは極めて膨大な犠牲の上に成り立っている。

 建造に際して死亡した作業員は優に5000人。その全員が「人民革命の敵」のレッテルを貼られた強制労働者や周囲の山々から連行されてきたドワーフやゴブリンと言った亜獣人たちである。

 さらに標高1000メートル級の山が3つ、ドワーフの鉱山国家が5つ、断固立ち退きを拒否したアーガン人村落が2つ、そして無数のゴブリンの巣が、そこで暮らしていた人間や亜獣人、魔物等生きとし生けるもの全てを飲み込んでダム湖に沈んでいる。

 そんなダムの底には、周囲の湖から「強制移住」させられてきた半魚人たちの労働キャンプがある。

 ダムの完成後、その保守点検を名目に収容された半魚人たち。

 当初は単なるダム整備用の労働力程度にしか見られていなかった半魚人たちだが、その「有効活用」の可能性に気付いた者がいた。

 カレン・アクラコン。

 この冷血女は、面倒な政敵を確実かつ痕跡を残さず簡単に消す最良の手段として活用することを思いついたのだ。

 その最初の犠牲者こそ、カレンの両親である。

 内務人民委員の委員長を務めていた父と国家保安人民局局長だった母を、当時まだ13歳の少女だった妹のシクラに命じてダムの底に沈めさせた。

 以来、カレンは自身の出世と権力掌握の為に公然と、時には内密に無数の「邪魔者」や「人民の敵」をダムへ沈め続けた。

 こうして「ダム送り」はいつしか人民共和国における粛清の代名詞となったのである。


 ザイツォンが「国家主席」となってから数日後。

 新年を迎えたばかりのコクランダムに、今日も大勢の粛清対象者が連れてこられた。

 内務人民委員会の恐るべき戦闘部隊・特別行動部隊が使用する新型の大型オフロードトラックが10台程、ダム中央部堤頂の舗装道路に続々と並んで停車した。


「出ろ。」


 道路で待機していた国家保安人民局の職員たちが、幌で覆われたトラック荷台に押し込められた将校らに向かって告げる。

 彼らは首都専衛軍の佐官以上の高級将校たち。

 数は200人近く。

 いずれも彼らの勤務先である首都・カムラク各地に点在する首都専衛軍主要基地に、突如雪崩れ込んできた内務人民委員会の異様な兵隊によって有無を言わさず連行されてきた。

 将校たちは背中に手を回されると、インシュロックのようなビニールバンドで左右の親指を結束させられている。

 たまらず専衛軍将校の一人が怒気を帯びた抗議を行う。


「お、おい!これは一体どういうことだ!?

 俺たちが何をしたって言うんだよ!

 ちゃんと説明し」


 銃声。


 抗議した専衛軍大佐の男の額に9mm特殊炸裂弾が直撃。

 「パンッ!」という破裂音と共に男の頭部が血飛沫を纏って花弁のように開く。

 付近の専衛軍将官らに、彼の脳漿等の肉片や頭蓋骨の欠片が飛び散る。


「うわあぁっ!な、なんだこれは!?」

「さ、ささ、殺人だ!これは不当殺人だ!!」

「ひぃぃっ!な、なんなんだよ!!」


 酷く狼狽する実戦経験皆無な将官連中。

 そんな彼らの前に、きめ細やかな黒髪を後頭部で三つ編みにした細い瞳の美女が現れた。

 名はシクラ・アクラコン。

 内務人民委員長にして人民共和国の実質的最高権力者となった姉のカレンを、全力でサポートする「人民共和国最強の兵士」である。

 9mm特殊炸裂弾という非常に変わった弾薬を使用する人民共和国製マシンピストルを両手に持っていた。


「黙れ、人民の敵共。

 お前たちが喋りに費やしていい我が国の酸素は無い。」


 シクラが冷徹に言い放つと、それまで「不当殺人」だのとがなり立てていた将官たちは水を打ったように静かになる。

 禍々しい氷点下のオーラを放つ特別行動部隊野戦指揮官は、「人民の敵」たちを一通り見渡した後に「宣告」を発した。


「貴様等は、偉大なる人民共和国に対する重大な裏切り行為を働いた人民共産革命の敵である。

 我らが無敵将軍ベタシゲン国家主席閣下様に弓引く賊徒を、可及的速やかに処分せよとの同志内務人民委員長のご命令である。

 よって、貴様等の転属先はたった今をもって“ダムの底”だ。」


 直後、専衛軍将校らは保安局職員や特別行動部隊兵士らによって「処刑台」に並べられた。

 ダム堤長の舗装道路の歩道、眼下にダム湖を望む落下防止用手摺柵が取り外された一角。

 その長さ、実に1キロに及ぶ長大な「処刑台」である。

 将校たちは壮絶な恐怖に顔を歪め、中には恐ろしさのあまり失禁する者までいた。

 およそ200人の将校たちが、黒色と形容してもいいほどの深い紺色のダム湖を目の前にしていた。


「“転属”開始だ。始めろ。」


 シクラの号令の後、内務人民委員所属の人間たちは作業を開始した。


 銃声が鳴り響く。


 将校らの背後に立った数十人の保安局職員たちが、「人民の敵」の頭部に拳銃弾を叩き込んだ。

 銃撃により、前のめりに倒れた将校たちの身体はそのままダム湖へと落下。

 水飛沫が上がるとほぼ同時に待ち構えていた半魚人たちがその肉を引き千切り貪り喰う。

 瞬く間にダム湖の水面は紅に濡れる。

 その光景を、真横で見ていた専衛軍の将校の一人が発狂する。


「ひいいぃぃっ!!ひいいいっ!!

 嫌だ!半魚人の餌になるのは嫌だ――!!」


 突如逃げ出そうとしたその男の鳩尾に、シクラが素早く蹴りを食らわせる。


「グボァッ!!」


 男は胃の内容物を吐き出すと、生きたままダム湖へと落下した。


「う、うわあぁーーっ!!」


 激しい水飛沫が上がる。

 男はおよそ50メートル下の水面に叩き付けられ、激しい衝撃によって全身は複雑骨折し、多数の臓器が損傷した。致命傷である。


「あ、あ、あぁ……い、嫌だ……」


 直後、半魚人の「同志たち」が男に群がる。

 彼らは死体よりもどちらかと言えば「生きた餌」を好む。

 発狂した専衛軍将校の男は、たちまち生きながらに半魚人たちによって引き裂かれた。


「ぎ、ぎゃああぁぁーーっ!!ぎゃあっ!がぁ……」


 男が助けを求めるように突き出した右腕も千切られダムの底に沈んでいく。


「抵抗する者は今のように生きたままダムへ沈めてやる。

 次は誰だ?」


 シクラが残った将校たちに問いかける。

 誰もが無言だった。

 啜り泣く声や唸り声のような怨嗟が微かに聞こえるのみ。


「作業再開。」


 再び銃声が響き渡る。

 人間の肉の味を覚えた獰猛な半魚人たちに、新鮮な餌が絶え間なく供給されていく。


……

 

 場所は変わり、ここはアーガン南部の広大な荒野。

 王国陣営の盟主国家にして世界最大の経済大国・ロングニル王国連合とアーガン人民共和国の国境一帯に横たわるこの果てしなく続く無人の荒野は、別名「絶望の大地」とも呼ばれている。

 この荒野にて、ロングニルとアーガンはこれまで幾度となく戦火を交えてきた。

 今回の大戦でも、ここは主戦場となった。

 開戦劈頭の人民軍による「無停止攻撃」という大攻勢の攻撃発起点であり、大戦終盤の人民共和国絶対本土防衛戦の舞台であった。

 そして今、この「絶望の大地」の奥深くにて、人民共和国の「記念すべき」原子爆弾第一号の実験が粛々と執り行われようとしていた。


 見渡す限り土くれと岩しかない空虚な荒野の只中に、櫓のようなものが組まれている。

 そこでは何人もの白衣を着た科学者と人民軍兵士が作業を行っている。

 地上数十メートルの高さがある櫓の頂点には、巨大な円形の物体が据えられていた。

 アーガン人民共和国が持てる国力の粋を結集して建造した「新型エネルギー爆弾」……原子爆弾である。

 人民共和国から遠く離れた大陸の片隅にあるファーンデディアという大地で闘争を続ける原住民・ダニーク人たちが奪取した、超工業大国・ノルトスタントール連合王国の「戦術型核爆弾」を徹底的に分解・解析したことで、他の核保有国が辿ってきたプロセスを大幅に省略して今回の完成に漕ぎ着けることが出来た。


 その「愛おしい」爆弾を櫓の下から壮絶な笑みを浮かべて見つめる女がいた。

 カレン・アクラコンである。

 その傍らには、地面に固定された椅子に縛り付けられた老人がいる。


「素晴らしい……これで我が人民共和国は本物の核保有国となったのだ。

 どうだジクラキム、嬉しいだろ?

 嬉しければ笑え。さぁ、笑え!笑え!!笑わんか!!」


 言うなりカレンは「元」軍事人民委員長ジクラキムの顎ごと口元を右手で掴み上げて笑みを強制する。

 ジクラキムは憔悴しきった様子で、顔には生気が無かった。


「も、もう許してくれ……私が悪かった……だから、息子や孫は解放してくれ……」


 精魂尽き果てたようにか細い声で翁は訴えた。

 老人が座らされた椅子の100メートル後方には、同じように椅子に縛られた肥満気味な中年の首都専衛軍将官と、さらにその100メートル後方には同様な有様となっている若い専衛軍兵士の姿もあった。

 ジクラキムの息子と孫である。

 2人とも顔が酷く腫れ上がり血塗れで、椅子に固定されるまでの間に相当な暴力を振るわれたことが容易に伺えた。


 カレンはそんな老人の嘆願に、暴力を持って答えた。

 冷血女の鉄拳が、ジクラキム翁の顔面にめり込む。


「ブファッ!」

「誰が勝手に喋って良いと言った?

 私は『笑え』と命令したのだ。それ以外は許可していない。

 さぁ、笑え!」


 愉悦の混じった壮絶な絶対零度のオーラがカレンから放たれる。

 もはやジクラキムに成す術は無かった。


「ハ……ハハハ……ハハハハ……」


 またしてもカレンの鉄拳制裁。

 ジクラキムの顔から荒野の大地に鮮血が飛び散る。


「グフッ!!」

「クソッタレの大根役者が。

 幼年団のクソガキの方がまだ良い演技をするぞ?

 さぁ、心の奥底から感謝を奮い起こして笑え!

 笑え!ジクラキム!!このカレン様の広大無辺な慈愛に感謝して笑え!!

 人民共和国は慈悲深くも国家反逆者である貴様に“楽”な死を提供してやるのだ!

 それに感謝せよ!笑え!!」


 カレンは尊大に言った。

 やけになったジクラキムは涙を流しながら大笑いした。


「ワーッハハハハハハッ!!ハーッハハハハッ!!」


 直後、カレンは老人の胸部を激しく蹴り付ける。

 肋骨が折れ、一部が肺に突き刺さった。


「グアッ!……く、苦しい……ヒューッ、ヒューッ……」


 呼吸する度に激痛が襲い、肺が損傷したことで身体への酸素供給量が著しく低下する。

 適切な治療を施さなければ、半日と持たずに酸欠で死亡するだろう。

 ジクラキムは顔を真っ青に染め、苦しみ悶える。

 そんな瀕死の老人に向かって冷血女が言い放つ。


「うるさい。もうそのまま黙ってろ、老害が。」

「同志アクラコン。全ての準備が整いました。」


 若い核物理学者の青年が、内務人民委員長に「核実験」準備完了を報告する。


「ご苦労、同志。では始めよう。

 さようなら、同志ジクラキム。地獄の底で大好きなキムケグァンのケツでも掘ってろ。」


 カレンは老人に別れを告げると、傍らに停車していた人民軍の最新型軍用自動車に乗り込んだ。

 櫓からも10台近い軍用トラックや自動車が出発し、作業をしていた科学者や兵士たちがその場を離れる。

 カレンを乗せた軍用自動車は、「爆心地」となる櫓からおよそ50キロ離れた観測バンカーに到着した。

 バンカーの中では人民共和国国家主席が冷血女の到着を待っていた。


「よう、カレン。ジクラキムの爺さんは元気にしてたか?」

「はい、ザイツォン様。祖国の核開発成功を大層喜んでおりました。」


 上品な微笑みを愛する男に向ける冷血女。

 直後、実験開始を告げるサイレンが鳴り出した。

 ザイツォンとカレンをはじめ、バンカーで実験に立ち会う人民共和国の軍・政府高官らはあらかじめ渡されていた遮光ゴーグルを身に着ける。

 カウントダウンがはじまった。


「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0、爆破!」


 強烈な閃光が発せられた直後、空気を切り裂く轟音と大地を叩き割るような震動が襲い来る。

 そしてバンカーの前方に巨大なキノコ雲が出現。

 人民共和国が「偽りの核保有国」から脱した瞬間であった。

 記念すべき初の核実験は大成功となった。


「……凄いな……

 こいつの禍々しさに比べたら、封印された古代の魔王なんて子供同然だな。」


 ザイツォンが感想を述べる。

 その若き精悍な元・軍人の顔には、とんでもない物を手にしてしまったことへの覚悟と重責を噛み締める真剣な表情が刻まれている。

 一方、隣に侍る細い目の美女は、周囲がゾッとするような妖艶な笑みを浮かべていた。

 強烈な絶対零度のオーラが知らずに放たれ、ザイツォン以外の高官たちは思わずその場から二歩退いた。


「……カレン、随分と楽しそうだな。」


 ザイツォンがカレンに声を掛ける。

 カレンは男を振り返ると、オーラを消して満面の笑みを向けた。


「はい、ザイツォン様。

 これで我が国は、王制主義者や極北の不気味な国家の干渉を気にする必要が無くなりました。

 いずれ世界はあなた様の物です。」


 そう言いながら、カレンはザイツォンの左腕に縋り付いてきた。

 頭を愛する男の肩に乗せる冷血女。

 ザイツォンがそんなカレンの頭を優しく撫でると、冷血女の顔は真っ赤に染まった。

 この恐るべき内務人民委員長の女にとって、最上級の「至福の時間」が訪れる。


「爆心地に置いてきた爺さん一家はどうなったかな?」


 ザイツォンが頭を撫でながら、カレンに尋ねる。


「恐らく地面に“影”だけ残して消滅しているでしょう。

 これで我が国の“粗大生ゴミ”の掃除は完了しました。その他の塵芥の片付けも進んでおります。

 どうかご安心を。」


 カレンは心からの笑みと共にそう返すと、ザイツォンの左半身から離れて深々と頭を下げた。



 「安心」か……



 ザイツォンは心の中で呟く。

 彼が最後に本当の「安心」を感じてから、もう20年以上が経っている。

 最愛の妹が「事故死」して以降、彼の傍には常にこの冷血女がいた。

 以来、彼が心安らかであった時は無い。

 腰ベルトに装着した鞘に収まった、切っ先が血で汚れたままの「愛用の」コンバットナイフの感触を確かめる。

 妹ユウナが「転落死」した現場であるハイキングコースの片隅で見つけたナイフ。

 彼はこれを片時も手離すことなく持ち歩いている。


 実験を見届けた人民軍や人民政府高官たちは、口々にザイツォンとカレンに「偉大なる祖国の大偉業」を讃えてからバンカーを後にする。

 静かになったバンカーの中には、国家主席の男と内務人民委員長の女が残った。


「ザイツォン様。ついでに、この場で一つお読みいただきたい“承認書”がございます。」

「なんだ?」


 カレンはそう言うと、足元に置いていた書類カバンからクリップボードに挟まれた一枚の紙をザイツォンに手渡した。

 内容を確認する国家主席。

 海を二つ超えた先にあるファーンデディアと呼ばれる大地にて、圧政を敷く王国からの独立を目指す原住民武装組織が、敵王国首都へのゲリラ攻撃の許可と支援を求める内容だった。

 ザイツォンは胸ポケットに差したボールペンを取り出すと、自身の名前を下段の署名欄に書き記してから書類をカレンに返した。


「一度、このファーンデディアに行ってみたいものだな。

 あの逞しい褐色肌の親子が暮らしている“赤茶けた祝福の大地”とやらがどんなものか、見てみたい。」


 これにカレンは微笑んだまま言った。


「それは素晴らしい。

 あの大地が“あなた様”の物になった時、共に堂々と訪問することにしましょう。」


 それはダニーク解放戦線が来るべき「勝利の時」を迎え、人民共和国の「衛星国家」が誕生した後でという意味だ。

 だが、ザイツォンは心の中で疑念を抱く。



 果たして、彼らが大人しく我々の傀儡となるだろうか?

 特に、「あの」親子がそれを認めるとは思えないが……



 これに対し、カレンはあたかもザイツォンの心の中を読み取ったかのように言葉を続けた。


「あのベルカセム親子には、いずれ“退場”してもらうことにします。

 彼らダニーク人が勝利を手にするその直前に消えてもらいますので、ザイツォン様がお気に病むようなことは一切ございません。」


 屈託の無い心からの笑顔。

 この冷血女は「本気」だ。

 既に女の頭の中には「独立ファーンデディア衛星国」の誕生までの工程が描き出されていた。


 後はそれを実行に移すだけ。


 カレンのその答えに、ザイツォンはただ一言こう告げた。


「そうか。」


 斯くしてファーンデディア原住民ダニーク人による武装組織・ダニーク解放戦線による敵王国首都へのゲリラ攻撃は承認された。


 ダニーク解放戦線のみならず、アーガン人民共和国にとっても目下最大の敵対国家である強大な工業力を誇る超大国・ノルトスタントール連合王国。

 その「枯れること無き花の都」にして「不落の王都」フェリスは、今まさに激しく燃え上がろうとしていた。

※この後書きは本編とほとんど関係ありません※


【新暦1927年2月25日(アーガン人民暦149年2月25日)付

             人民時事環報社 発行

           国際新聞「人民革命」 一面記事より抜粋】

●国家反逆者ジクラキムに死刑判決下る!人民の敵に死を!●

 全世界の労農人民にとって朗報である。

 激しき搾取の只中にある世界労働者の救済を目指して始められた「人民大戦」を、屈辱の休戦に追い込んだ元凶である全世界人民の敵にして唾棄すべき反革命分子、イルベキン・ジクラキムとその一味に対して最高人民司法院は昨日24日、死刑を言い渡した。

 ジクラキムとその一味がスタントール王制主義者と共謀し、我が人民共和国の破壊を目論んでいた数々の証拠が法廷で明らかになると、無様なジクラキムは呆然と立ち尽くしていた。

 さらに恐るべきことに、このジクラキムは己が権勢を盤石なものとすべく、引退した前書記長キムケグァン同志の自宅を私兵部隊を持って強襲し彼を殺害していたことも判明した。

 なんという戦慄すべき所業か!!

 奴は軍事人民委員長という重責を担いながら、裏でスタントールと共謀して我らが人民共和国の崩壊を企み、既にその一歩を踏み出していたのである!

 しかし、そんな恐るべき人民の敵の謀略は、偉大なる国家主席閣下であらせられる同志ザイツォン・ベタシゲン将軍によって見事に阻止された!

 世界労農人民よ、偉大なる国家主席閣下の大偉業を讃えよ!

 如何なる我が人民共和国に対する謀略も、ベタシゲン将軍の神の如き眼差しからは逃れられないのだ!

 ベタシゲン将軍による人民共産主義の栄光に満ちた我が人民共和国の大繁栄を阻止する者はいなくなった!

 世界の王制主義者とブルジョワジー共よ、刮目せよ!恐怖せよ!

 貴様等の首を、必ずや狩り取ってやる!

 偉大なるザイツォン・ベタシゲン国家主席閣下と共に進む世界労農人民の団結せし決断的進撃を前に、震えて眠れ!!

 (ジクラキムによる恐るべき国家犯罪の詳細は三面記事を参照のこと)


(後略)

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