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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第五章  戦乱のファーンデディア
38/63

37. 分裂する組織

 白肌のガーゴイル共に妥協するのは民族と革命への裏切りである。


 奴等は、銃弾で倒すことの出来ない最悪の敵。

 ダニーク解放戦線「和平派」と称する臆病者共。


 私は決して、奴等を許しはしない。

 大戦の終結により、王国空軍の絨毯爆撃で灰燼に帰した港湾都市は急ピッチで復興工事が行われていた。

 ここはノルトスタントール連合王国直轄領、肥沃な大地と地下資源に恵まれたファーンデディア広域州における最大の物流拠点「だった」街、セティア。

 かつて世界有数のコンテナ取扱量を誇った街の要であるコンテナターミナルは、女王親政時にあらゆる関係企業を総動員して超突貫工事で復旧されており、今やすっかり往年の面影を取り戻していた。

 復興に必要な様々な建設資材や機械が連日スタントール王国「本国」から船で陸揚げされ、瓦礫の山と化していた街には無数の大型クレーンやブルドーザー等が入り込んで空前の建設ラッシュに沸いている。

 復興事業を統括し、作業現場を監督するのはもちろん白い肌の「優生人種」スタントール人。

 危険な現場作業には無数の徴発されたゴブリンや「収容所」送りとなった褐色肌のファーンデディア原住民・ダニーク人たちが当てられていた。

 彼らの労働環境は劣悪の極みであり、建設現場で普通は当然考慮されるべき安全措置は全くなされておらず、毎日のように死者が出ていたがスタントール人たちは一顧だにしなかった。

 この日も、とある鉄筋コンクリート造20階建ての高層マンション建築現場では高所からの落下や重機災害によりダニーク人やゴブリンの作業人夫が約20人ほど死亡したと言うのに、部下からの報告を聞いたスタントール人の現場監督はこう言い放った。


「茶色い蛆虫と緑虫が死んだからなんだっていうんだ?

 気にするな。あんなゴミ共、掃いて捨てる程いるんだから。

 それよりも工期が最優先だ。死体は適当に穴を掘って埋めておけ。」


……


 そんなスタントール人の為の復興事業に沸き立つ港湾都市・セティアの地下深く。

 スタントール人たちから存在すら忘れ去られた地下治水施設を改造した「人民公会議議事堂」で、大勢のダニーク人たちが左右に分かれて激しい「議論」を交わしている。

 だがその実情は「議論」とは名ばかりの怒号飛び交う口論であり、侃々諤々の言い合いが繰り返され、全く纏まりを欠いていた。


 彼らはダニーク解放戦線。

 スタントール王国からの分離独立を求めて戦うダニーク人武装組織。

 今や単なる武装組織の枠を大きく超え、支配下町村落の行政運営やダニーク人同士の争いを調停する自前の裁判所すら持つ「国家」であった。


 今、彼ら解放戦線の総本部とも言うべきセティア地下の公会議議事堂では「第3回ダニーク人民公会議」が開かれていた。

 その議事堂中心部、議長席に座る解放戦線最高指導者の男は、眉間に皴を深く刻み、精悍な顔を渋面に曇らせて知性無き獣の咆哮が如き罵詈雑言飛び交う議場全体を睨み付けていた。

 男の名はゲイル・ベルカセム。

 「ダニーク人民革命」と彼らが呼ぶ「ファーンデディア戦争」を引き起こした張本人だ。

 ゲイルが指導者を務める人民公会議の議事堂では、少数派の「左側」に座る議員たちが多数派の「右側」に座る議員たちを強く非難している。

 その「左側」先鋒に立つのは、一見すると気弱そうな佇まいを感じる30代の褐色美女。

 しかし彼女は今、その気弱さを何とか呑み込んで己が主張を断固とした思いを胸に述べていた。


「あなたたちのその頑なな態度が何をもたらしたか、まだ分かってないの!?

 王国が新型爆弾を投下してオランの街は消えてなくなり、10万人の罪無き同胞たちが苦しみながら焼け死んだのよ!!

 これ以上の悲劇はもうたくさん!女王の親政が終わった今こそ、和平のチャンスよ!

 無益な武力闘争を中断して、王国との和平を模索しないと!!」


 彼女の名はアスリ・ベルカセム。

 解放戦線指導者ゲイルの「名目上」の妻だ。

 組織における肩書は、解放戦線人民内務委員会委員長。

 解放戦線の後方支援要員である婦人部隊や互助会、労組の取り纏め役を担っている。

 しかし、今やゲイルとアスリの関係は完全に冷却しており、解放戦線を巻き込んでの「離婚劇」が起ころうとしていた。


「ふざけんじゃねぇぞ、アスリ!!

 スタトリアの鉄砲玉の前に立ったことも無い軟弱女が何をほざく!!

 王国連中の暴虐っぷりは、アーガン人民共和国やロングニルとかの海外メディアが報じてくれたおかげで全世界に伝わってる!

 むしろ、国際社会は私たちに味方してくれているんだぞ!?

 女王の親政が終わった今こそ、逆に攻勢に打って出るチャンスだ!!

 解放戦線が一致団結しなきゃならない時に、それを割ろうとするテメェは裏切り者だ!!」


 右脇に松葉杖を持つ筋肉逞しい妙齢の褐色美女が、アスリに向かって叫ぶように反論する。

 彼女はモルディアナ。

 ここセティアで元は港湾労働者をしていたが、ゲイルの人民革命にいち早く、そして深く共鳴してダニーク民族独立闘争の道を突き進んでいた。

 失われた右足と身体に刻まれた無数の傷痕は、彼女が常に最前線に立って戦い続けた戦闘部隊指揮官であることを物語っている。

 解放戦線における彼女の身分は、ダニーク人民軍統括軍事局局長。

 ダニーク解放戦線の中核とも言うべきダニーク軍将兵のトップである。

 そんな「軍人」モルディアナによる「人民政府高官」アスリを「裏切り者」呼ばわりする発言に、議場左側の議員や幹部たちが色めき立つ。


「裏切り者とはどういう意味だ!」

「同志アスリに謝れ、筋肉女!!」

「軍人如きが政治に口出しするな!!」


 これに「右側」の議員や幹部たちが咆哮する。


「黙れ!民族と革命を裏切った日和見主義者が!!」

「スタトリアと戦うつもりのない腰抜けは、ファーンデディアから出て行け!!」

「人民革命の敵を吊るせ!!」


 もはや議場は一触即発と言っても過言では無い状況だった。

 ダニーク解放戦線は、今やモルディアナを中心とする「主戦派」、アスリを中心とした「和平派」の、真っ二つに別れて対立していた。

 単純に議員や幹部の数を考慮すれば、組織内で優勢なのは「主戦派」であったが、「和平派」には大きな強みがあった。

 それは「和平派」に属する主要幹部の多くが、ゲイルによる農園での武装蜂起の時から彼に付き従っていた「最古参幹部」であるという事実だ。

 その最古参幹部の一人である小男が、アスリを擁護するように発言する。

 

「モ、モルディアナ!あんたは感情的になり過ぎだ!

 ここは冷静にならないと!

 ……オ、オラン市調査戦隊の報告書を読んだが、あれは余りにもひ、酷過ぎる。

 なぁ、これでハッキリしたろ?スタトリアと俺たちにはどうしようもないほどの差があるんだ!

 それを認めた上で、なんとかダニーク人の“自治”に向けた話し合いをだな……」


 発言した小男の名はベン・ベラクス。

 ゲイルが一介の農園労働者だった頃から彼と同じ農園で働きつつ「来る日」に向けて共に準備を進め、大戦勃発翌日の武装蜂起の時から幹部の一翼を担ってきた。

 今、ベンは解放戦線人民政治委員会委員長を務めており、解放戦線が支配下に置いているダニーク人町村落の行政運営に関する最高責任者という重責にある。

 そんな「政府高官のトップ」ベンの言った「自治」という単語が、「主戦派」全ての議員や幹部たちを激しく刺激した。


「“自治”だと?なんだそれは!!

 俺たちはスタントールからの“独立”を目指して戦ってんだぞ!?

 同志ベラクスは何を言ってる?」

「今のはこれまでの革命闘争で死んだ全てのダニーク同胞を侮辱する発言だ!!」

「そうよ!同志ベラクス、ふざけないで!!

 私の息子は“自治”を勝ち取る為に死んだんじゃない!!」


 怒号はさらに激しさを増し、緋色の瞳を燃え盛らせた「主戦派」議員や幹部たちは席から立ち上がってベンとアスリを指さし、猛烈な非難を浴びせる。

 その「主戦派」の中心的人物であるモルディアナの瞳には殺意すら宿り、両腕を組んで鋭い眼光をベンとアスリに叩き付ける。

 一方、「和平派」側も大いに反論。一部の議員は自分の机に置いてあったコップを相手側に投げつけるなど、言葉だけでなく物理的に物が飛び交う惨状を呈し始めた。

 すると、斯様なカオス状態の議場中央部の席に座る中年の大男が、飛び交う怒号を掻き消すかのような大声で怒鳴った。


「黙りやがれ!!貴様等は腹を空かせたゴブリンか!?

 いい加減にしろ!!

 もう十分だ!!俺たちみたいな馬鹿がどれだけ言い合ったところで無意味だ!!

 ゲイル!!我らが解放戦線最高指導者である同志ゲイル・ベルカセム!!

 彼が決める!!テメェら餓鬼共は、ちょっと黙ってろ!!」


 地上にさえ響きそうな程の大男の怒声で、議場は瞬時に静まり返った。

 その中年の大男、ラルビ・ビン・ムヒディルは席から立ち上がると指導者に発言を促した。

 彼も武装蜂起の時からの最古参幹部であり、今は解放戦線人民保安局局長の任に就いている。

 解放戦線における諜報・防諜を統括し、「ダニーク人の警察」であるところのダニーク民警の指揮官である。

 この公会議では左右のどちらにもくみせず、中立的な立場を保っていた。

 しかし、一向に纏まる気配のない会議の有様を前に堪忍袋の緒が切れ、事態の収拾を親友でもある解放戦線総書記長兼人民評議会議長たるゲイルに託した。

 静まり返った議場の人々の視線が、ある一点に集中する。

 公会議議事堂、解放戦線の旗の下に位置する議長席に座る若き指導者の発言を、誰もが固唾を飲んで待った。

 しばらくの静寂の後、ゲイルは口を開いた。


「……アスリ、私は以前、お前に直接言った筈だ。

 闘争をやめた時点で奴隷に戻る、と。

 アスリだけではない。“和平派”を称する同志諸君にはっきりと申し伝えておく。

 我々が目指すのは“独立”であり、それをスタトリアは絶対に認めない!

 話し合いで解決できる問題では無い!!

 このファーンデディアは、スタントールとダニーク、そのどちらかの生存しか許さない!

 スタントールとダニーク!この祝福の大地の恵みを享受できるのはそのどちらかだけだ!!

 赤茶けた我らの大地は、“共存共栄”等という生易しい選択肢を用意してはくれない!!

 激しい闘争あるのみだ!!

 奴らが我々の街や村を核で攻撃するのであれば、我らは奴らの首都を、決死隊をもって焼き払う!

 ……もはや制限は無しだ……

 これまで我々は敵の軍事拠点や官公庁施設にゲリラ攻撃を限定していたが、今後は無差別テロ攻撃に移る!

 解放戦線は、喜んでスタトリアの言う“テロ組織”の汚名を着てやろう!

 オランの同胞たちの苦しみを、万倍にして奴らに返してやる!!

 我らは必ず、“ダニークのファーンデディア”を勝ち取る!!

 “和平派”を称する諸君!!

 このゲイル・ベルカセムの不変の方針に納得出来ないのであれば、今すぐこの議場から去れ!!」


 その直後、「主戦派」議員や幹部たちは総立ちとなって割れんばかりの大歓声と万雷の拍手を巻き起こした。


「同志ベルカセム!!バンザイ!!」

「うおおぉぉーっ!!ダニークのファーンデディア、バンザーイ!!」

「同志ベルカセム!!同志ベルカセム!!我らと共に!!」


 「和平派」側の者たちは項垂れ、居心地悪そうに肩を落として議場から退席した。

 議場から出て行く彼らのリーダーである褐色美女の緋色の瞳には、かつて夫と呼んでいた男への強い憎しみが焼き付いていた。

 斯くして、「第3回ダニーク人民公会議」は解放戦線最高指導者による「ダニーク人民革命闘争の決断的継続」が「満場一致」で可決されて閉幕した。

 

 主だった「主戦派」及び「中立派」の議員たちも議場を後にし、広い人民公会議議事堂にはゲイルと主要幹部数名が残るのみとなった。

 その内の一人、モルディアナが両目にうっすらと涙を浮かべてゲイルと抱擁を交わす。


「……ありがとう、ゲイル。

 あんたのさっきの演説に、死んでいった連中も廃却されし神々の御許で涙しているだろうよ。

 自分の死は無駄じゃなかった、ってね。」


 抱擁の後、モルディアナと向き合ったゲイルは優し気な笑みを浮かべて答える。


「……あぁ……そうだと願いたい。

 彼らの為にも、生き残った我らは闘争を続けなければならないんだ。

 モルディアナ、私からも君へ感謝を伝えるよ。ありがとう。」


 直後、モルディアナはゲイルの頬へ軽くキスをした。

 そして、感激の涙を零すダニーク軍将校の軍服を着た数名の戦士たちと共に、名残惜しそうに議場を後にした。

 モルディアナが議場から姿を消すのを確認した後、今度はラルビが口を開いた。


「……なぁ、ゲイル。さっきの演説だが……

 奴らの王都を……フェリスを焼くのか?」


 そうゲイルに問うた大男の顔には不安な表情が浮かんでいた。


「そうだ。奴らは新型エネルギー爆弾……今は原子爆弾という言い方をしているが、あれで我々の街を一切の容赦なく焼き払ったんだ。

 絶対に許しはしない。

 我らに核は無いが、核の炎よりも激しく燃え盛る憎悪と殺意がある。

 人間の持つ憎しみが如何に強いか、思い上がったスタントール人に教えてやらねばならない。

 ラルビ、引き続きお前の力が必要だ。手を貸してくれ。」


 その意志は決して揺るがない。

 最高指導者にして親友である男の精悍な顔がそう物語っていた。

 ラルビは不安な表情を引っ込めて微笑みつつゲイルに応じる。


「……もちろんさ、ゲイル。

 さぁ、スタトリアをぶっ飛ばしてやろうぜ。」


 大男はゲイルと握手を交わした後、背後で待機していた民警服姿の部下らと共に議場を出た。

 最後に残ったのは、「中尉」の階級章をつけた軍服を纏う褐色少女とその父親の2人。

 少女は「主戦派」側議席の末席に座り、かつて「母」と呼んでいた女とその手下への殺意を押し殺して会議に臨んでいた。

 その会議も終わり、今は議長席の前に立つ父ゲイルの下へ歩み寄るその少女の名はサーラ・ベルカセム。

 「解放戦線最強の戦士」「人民革命の申し子」「地獄の猟犬ハンター」とあらゆる言葉で讃えられる解放戦線の戦隊野戦指揮官。

 その年齢は、まだ今年で11歳となる幼さであったが、身体は毎日欠かすことなく継続する鍛錬と、連日のスタントール人との戦闘によって徹底的に鍛え上げられ、同年代の少女とはかけ離れた身体能力と大人びた雰囲気を纏っていた。


「父さん。」


 サーラが最愛の父親に話しかける。

 ゲイルは笑みを浮かべて最愛の娘に答える。


「サーラ……また母さんと喧嘩してしまったよ。

 だが、私は決して彼女に譲る気はない。それは、分かってくれ。」

「もちろんよ、父さん。

 それにアスリのことを、私はもう“母”とは思ってない。

 ……父さん、命令さえあれば私は何時でもあの女とその取り巻きを始末するわ。」


 サーラのこの発言に、ゲイルの笑みは消えどこか悲しそうな表情となる。


「……サーラ。もしアスリを殺せば、彼女は“和平派”連中によって神格化され、さらに彼らを団結させてしまうだろう。

 そうなれば解放戦線は名実ともに真っ二つだ。

 ……もう実質的には分裂してしまっているようなものだが……

 だからこそ、奴らに“味方”を増やす口実は極力与えたくない。

 私がサーラに命じてアスリとベンを始末させた、となれば今はこちら側についている“中間層”の同胞たちが眉をひそめて“和平派”になびく恐れがある。

 そうなれば我々“主戦派”が少数派となって解放戦線が乗っ取られてしまう可能性だってある。

 それだけは絶対に避けなければならない。

 わかるね、サーラ?」


 ゲイルはそう言うと、愛する娘の肩に優しく手を乗せる。

 サーラは頷きを返す。


「……わかったよ、父さん。

 私が軽率だった。

 ……つまり奴らは銃弾では倒せない“最悪の敵”ってことだね。」

「……そうだね。ある意味、スタトリアより厄介かもしれない。

 今後はラルビに命じて、彼らの監視を強化させるようにしないと。」


 そのゲイルの発言に、サーラは一抹の不安を感じざるを得なかった。


 果たしてあのラルビは信用できるのだろうか?

 先程の公会議でも自身の立場を明白にせず、中立を貫いた。

 だがアスリが日頃相談していた相手は、明白に「和平派」側についたベンと「あの」ラルビだったはず。

 繋がっていないと言い切れるだろうか?


 サーラはその不安をひとまず押し込み、「戦士」としてゲイルに向き直る。


「さっきの演説だけど……フェリスを焼き払え、というなら喜んで征ってまいります。

 同志総書記長。」


 ゲイルもまた、父親から最高指導者の顔に戻る。


「同志ベルカセム。奴らに教えてやれ。

 原子爆弾如きで、我らは倒せないとな。

 敵首都へのゲリラ攻撃については、人民共和国側とも調整して詳細を詰めよう。

 とりあえずは通常任務に戻り給え。」

「はっ!同志ベルカセム書記長閣下!!」


 サーラは見事な敬礼をゲイルに示した後、議場を後にした。


……


 公会議議事堂を出て、人民軍作戦本部へと続く廊下を歩くサーラ。

 そんな彼女の前に、数人のダニーク人たちが立ちはだかった。

 サーラがかつて「母」と呼んでいた女、アスリとその部下であるベン、それに腰のホルスターに人民共和国製自動拳銃を忍ばせた人民内務委員会所属の警備兵が4人。

 少女は行く手を遮る「敵」に向かって言い放つ。


「なんだ貴様等は?何の用だ?」


 サーラは自身の背中に隠し持ったイェルレイム共和国製自動拳銃の感触を確かめ、いざという時に備える。

 自分たちにあからさまな敵意を向ける娘に、母アスリは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「……サーラ。お願いだから、母さんやベンおじさんにそんな顔をしないで。

 私たちはあなたの味方よ。

 最近、まともに話をしてなかったじゃない?

 よかったら、母さんの執務室でちょっとお話ししましょう。」

「貴様と話すこと等無い、アスリ。

 殺されたくなければ私の眼前から消え失せろ。」


 少女は生みの親に向かって冷徹に言い放った。

 それに警備兵たちは顔を顰める。

 サーラは「敵兵」の動きに油断なく注意を払う。

 そんな彼女をベンが動揺しつつ窘める。


「サ、サーラちゃん!……お母さんに向かってなんてことを言うんだ!?

 いいかい、君はあのオラン市を実際に見てきたんだろ?

 そんな君ならわかるはずだ!ゲイルは間違ってる!

 こんなことを続けていたら、ダニーク人はゴブリンのように絶滅寸前になってしまうよ!」


 サーラは、妄言を吐く小男を激しく燃え盛る緋色の瞳で睨み付ける。

 ベンの発言はサーラの逆鱗に触れるどころか、その逆鱗にヤスリをかけるに等しいものだった。

 強烈な殺意が放たれ、小男は小さく「ヒッ!」と悲鳴を上げる。

 少女は男の妄言に返答を叩き付けた。


「実際に見てきたからこそわかる。

 間違っているのは貴様等だ!!

 あの地獄の底で、スタトリアのガーゴイル共が何をしたか……

 私は絶対に許さない。

 たとえ貴様等のほざく“自治”とやらが実現したとしても、私は奴らが絶滅するまで殺し続ける。

 女子供老人、皆殺しだ!!

 そして奴らを殺し尽した後は、民族を裏切った貴様等を全員殺す!!」


 その直後、警備兵4人は腰のホルスターから拳銃を抜いてサーラに銃口を向けようとする。

 だがサーラが圧倒的に早かった。

 褐色少女は目にも止まらぬ早さで背中に隠し持っていた共和国製自動拳銃をホルスターから引き抜く。


 4発連続発砲。


 銀色に輝く拳銃のスライドが4度前後に動いて薬莢を排出し、短い銃身から9mm弾の弾頭が飛び出した。

 サーラの極めて正確な射撃で、警備兵4人は額を撃ち抜かれて即死。

 緑色のベレー帽は弾け飛び、後頭部の頭蓋を叩き割って脳漿が解放戦線地下本部施設の廊下に撒き散らされる。

 小男のベンは「ひいぃっ!」と無様な悲鳴を上げてアスリの背後に隠れる。

 一方のアスリは娘と思っていた少女兵に対して厳しい表情を貼り付かせたまま微動だにしない。


 銃声を聞きつけ、すぐさま大勢のダニーク人たちが銃を手にやって来た。

 アスリの背後からは内務委員会の警備兵が、サーラの背後からはダニーク人民軍の戦士たちが駆け付ける。

 現着した彼らは、サーラが警備兵4人を射殺したことを確認するや内務委員会側の警備兵がサーラに銃を向けると、ダニーク人民軍側の戦士たちが「敵兵」に銃口を向けて対峙した。


「同志サーラ!発砲許可を!!」


 褐色肌の美青年にしてサーラの副官であるユーセフが指示を乞う。

 その隣には強力な汎用機関銃を手にした大男戦士のヤシュクもいる。


「おい、サーラ!このクソ共に何をされた!?

 どうせ“和平派”に来いとか言われたんだろ?ぶっ殺そうぜ!!」


 ヤシュクが吐き捨てるように言う。

 周囲の戦士たちも「敵」に対して怒りを露わにしている。

 「主戦派」の中心人物であるモルディアナも、松葉杖をつきながら腹心の部下たちを連れて遅ればせながら参上した。


「サーラに銃口を向けるなんて、ついに気でも狂ったか?

 えぇ?()()アスリ!?」


 アスリは唇をキュッと噛み締め、厳しい表情を崩さない。

 そんな彼女の背後に隠れるベンが意味不明な抗弁をする。


「そ、その小娘が先に銃を抜いたんだ!!

 俺たち“和平派”を殺すと宣言して、警備兵4人を一方的に射殺したんだ!!

 お、おお、お前たちは揃いも揃って戦争狂だ!!」


 サーラをよく知る者たちからしたら、それが事実だとするならばアスリとベンが生き残っている方がおかしい。

 彼女が「殺す」と決めたなら、警備兵のみならずその2人も一緒に殺しているはずだ。

 なにより、死体となって転がる警備兵は皆、腰のホルスターから拳銃を引き抜いている。

 状況を見れば、明らかにサーラの正当防衛だ。


「同志サーラ!交戦許可を!こいつらは万死に値します!」

「なぁ、サーラ!ぶっ放していいよな!?」

「同志サーラ!こんな連中、始末しましょう!!」


 少女の背後で「敵兵」に銃口を向けるダニーク人民軍将兵たちは、口々に指揮官へ交戦許可を求める。

 そこへ、アスリが口を開いた。


「殺すなら殺せばいい。

 でもね、()()()()()

 そんなあなたたちの山賊紛いな振る舞いに、果たして理性ある同胞たちがついてくるかしら?

 人間としての理性を保っているのは、私たちの方よ!

 あなたも、あの男も、皆間違ってる!!

 今はとりあえず、ゲイルとあなたたち“主戦派”の望み通り、我々はここを去ります。

 でも、正しきダニークの同胞たちは必ず私たちの側に付く!

 あなたたちのような野蛮な()()()()は、好きなだけスタントール人と殺し合えばいいわ!!」


 そう言い放つと、アスリは踵を返してその場を去ろうとする。

 ベンやアスリ側の兵士たちも銃を下ろして彼女の背中に続く。

 敵に背を向けるに等しい行為だが、サーラはその忌々しい背中を黙って見送るほかなかった。


「ど、同志サーラ、撃たなくていいのですか?」


 ユーセフが困惑気味にサーラに問う。

 それをサーラは苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべて答えた。


「絶対に撃つな、同志ユーセフ。

 皆もどうか堪えて。今ここで奴らを殺せば、それこそ奴らとスタトリアの思う壺よ。」


 ダニーク人民軍の戦士たちも、手にした銃を下げざるを得なかった。


 その後、アスリはセティア地下の解放戦線総本部を離れ、セティア郊外にあった地下ゴブリン王国跡地に独自の「和平派」拠点本部を設置。

 解放戦線そのものの名目的な分裂は起こらず、アスリとベンは引き続き組織での肩書と権力を維持したままだったが、実質的には分裂状態となってしまった。

 オラン市への核攻撃を受けて急遽開催された第3回ダニーク人民公会議は、サーラにとって倒すべき敵が一つ増えた出来事となった。


 これ以後、ダニーク解放戦線は主流の「主戦派」と少数派ながらも多方面で精力的に活動する「和平派」の二つに別れて内紛を繰り広げることとなる。

※この後書きは本編とほとんど関係ありません※


【新暦1927年1月12日付 ロングニル・ワールド・トゥデイ社放送

            通常放送番組「今日の世界」より抜粋】

●第1回独立国家調停機構・安全保障理事会 中継●


(前略)


・アナウンサー(ハイエルフ女性)

「はい。ではここで中継が繋がってます。

 ヴォーレンクラッツェのヴォーレン国際会議場からロッピ・ヴァーニッタ記者がお伝えします。

 ロッピ?理事会について何か進展はあった?」


(画面が切り替わり、中継先の安全保障理事会会場と繋がる)


・現地記者(※ヴァニーシャ人女性)※ウサギ系亜人

「はい、こんばんわ。ロッピ・ヴァーニッタが現地ヴォーレン国際会議場からお伝えします。

 先程、理事会でアーガン人民共和国とディメンジア国家社会主義国の連名で提案された“ファーンデディア戦争”に関する民族浄化ジェノサイド阻止を目的とした調停機構軍の現地派遣については、ノルトスタントール連合王国側の非常に強い反発と拒否権行使により見送りとなりました。

 しかし、スタントール側がファーンデディア原住民のダニーク人殺戮を目的に実施した原子爆弾による攻撃については、アペルダ協商連合、神聖アスパニア王国等の王国陣営未加盟の大国、さらには東方大陸の二大国である舜国と定国、南極大陸のガイナラキトクタ人民連邦等の世界主要国の多くが、強い表現で非難声明を出すことで一致。

 これを受け、スタントールによるこれ以上のダニーク人への核攻撃を阻止するためにも、南部ファーンデディア一帯の飛行制限空域設定については、スタントール側の拒否権を無視する形で採択されました。」


(会議の模様のVTRが流れる。

 議場でスタントール代表団が怒り心頭している様子が鮮明に映し出されている。)


・アナウンサー(ハイエルフ女性) ※画面端にワイプが出現

「ロッピ、どうもありがとう。

 南部ファーンデディアの飛行制限空域の設定はなされたそうね。

 でも、スタントール側が無視したら意味が無いように思うけど、そこはどうなっているの?」


・現地記者(ヴァニーシャ人女性)

「はい。飛行制限空域については、ベルベキア連邦が該当空域一帯に航空機の飛行を制限する何らかの妨害措置を講ずることが決定しました。

 昨年4月の大戦和平会談の際、スタントール空軍による本会場への攻撃を停止させたものと同じ極めて強制力のある妨害措置とのことですが、最高軍事機密につき、詳細は私たちメディアには発表されておりません。ただ、スタントール側が無視して飛行制限空域に軍用機を侵入させたとしても、その軍用機は直ちに無力化されるとのことです。」


・アナウンサー(ハイエルフ女性)

「なるほど、わかりました。では、ダニーク側は今回の措置をどのように捉えているのでしょうか?」


・現地記者(ヴァニーシャ人女性)

「はい。会場でダニーク解放戦線側の代表者として出席していたバシル・ムラヒディル氏にインタビューしたところ、『解放戦線は今回の独立国家調停機構及び関係各国のご尽力に深く感謝する』と述べ、歓迎の意向を明らかにしました。

 また、今後のスタントール側との和平交渉の有無についても質問しましたが、ムラヒディル氏は強い口調で『スタントール人がファーンデディアから出て行ってダニークの独立を認めない限り、和平は絶対にあり得ない』とし、改めてスタントールとダニークの対立の根深さが伺えました。」


(解放戦線代表団団長・バシルへのインタビューの模様を映したVTRが流れる)


・アナウンサー(ハイエルフ女性)

「わかりました。お疲れ様ね、ロッピ。

 以上、第1回独立国家調停機構・安全保障理事会の模様をお伝えしました。

 ロッピ、ありがとう。」


・現地記者(ヴァニーシャ人女性)

「ありがとうございました。」


(現地中継終了。画面はスタジオに戻る)


・アナウンサー(ハイエルフ女性)

「では、次のニュースです。

 昨日、ロングニル空軍とベルベキア空軍による初の合同軍事演習が占領下エルエナル統治領で実施されました。これは緊迫する対スタントール情勢を踏まえて実施されたもので……」


(後略)

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