36. 地獄の底で殺し合う者たち
※注意※
本話では、物語の展開上どうしても原子爆弾による凄惨極まる惨状と生き残った被爆者を殺害する描写が登場します。
このような描写が苦手な方は、ブラウザバックを推奨いたします。
但し、作者に原爆を称賛するような意図は一切ございません。
本話の描写をお読みになり不快に思われた方には、心よりお詫び申し上げます。
トンネルを抜けるとそこは地獄だった。
木々は薙ぎ倒され、僅かに残った大木も激しく燃え盛っている。
都市郊外住宅地の木造家屋は跡形もなく吹き飛ばされ、市内のコンクリート造建築物も見るも無残な瓦礫の山と化していた。
そして……黒焦げになった人々の亡骸が辺り一面に転がっている。
自動車専用道のトンネルを超えて、次々と「地獄の底」へと展開する装甲車や戦車の群れ。
この「地獄」を作った張本人たち、ノルトスタントール連合王国の軍隊。
ファーンデディアと呼ばれる「祝福の大地」の一地方都市・オラン市に、「小さな太陽」……原子爆弾を叩き付けた者たち。
装甲車の側面や戦車の砲塔には、白文字で「305」という部隊識別記号がペイントされていた。
彼らはノルトスタントール連合王国ファーンデディア管区方面陸軍所属、独立第305機械化歩兵大隊。
「ファーンデディアの精鋭」の異名を誇る王国軍の精鋭兵たちである。
スタントールからのファーンデディア独立を求める原住民・ダニーク人たちからは「地獄の猟犬」と呼ばれ、恐れられていた。
今まさに、地獄の猟犬たちは「地獄」に展開し、その絶大な「戦果」を目の当たりにしていた。
都市中心部に近づくにつれ、地獄はその深みを増す。
紅蓮の炎がそこかしこで吹き荒れ、空気を真っ赤に染める。
コンクリートさえ焦げ果て、アスファルト舗装の道は溶けて灼熱の煙を放っている。
305大隊の装甲車数台が、周囲に展開する友軍歩兵部隊と歩調を合わせて慎重に「爆心地」へと進む。
視界は炎と煙でかなり悪い。
すると、装甲車操縦兵の前に煙の向こうから人影のようなものが複数、ゆらゆらと出現した。
「なんだ?あれは……」
灰色の防護服に身を包んだ兵士が、装甲車の防弾ガラスがはめ込まれたスリット越しにその人影に目を凝らす。
それはまるで死霊術師が使役するゾンビのような姿だった。
皮膚と肉が強烈な熱で焼け爛れ液状化し、地面にボトボトと落ちている。
両腕を身体の前に力無く出して、ひたすら水を求めて彷徨い歩く。
男や女、子供の姿もある。オラン市の住民「だった」ダニーク人たちの成れの果てだ。
装甲車が停車すると、後部ハッチが開かれ防護服姿の王国軍兵士たちが周囲に展開する。
強力な分隊支援機関銃で武装する防護服の胸部が異様に膨れた女性兵士が、ガスマスク内蔵の通信機を通して呟いた。
『なんだこいつら?ゾンビか?』
女の呟きに応答するかのように、配下の兵士が動揺に声を震わせながら言う。
『……姐さん……こ、こいつら、コッチに近づいてくるぞ!?』
『ひっ!く、くるな!
あ、姐さん!撃っていいよな!なあ!!』
兵士たちの動揺はもはや怯えに近かった。
高熱で重度の火傷を負って全身の皮膚を糜爛させるダニーク人たちは、その失明寸前の視界の中に現れた防護服姿の兵士たちへ本能的に助けを求めようと集まってきていた。
炎を身に纏ったまま近付いてくる者もいる。
彼らは赤く染まる煙の向こうから、あるいは瓦礫の下から、次々と姿を現した。
それを王国軍兵士たちは、自分たちに襲い掛かろうとする悍ましいアンデットの群れのようにしか感じられなかった。
『トランキエのオッサン。黒焦げベチャベチャになったダニ虫があたしたちに近づいてくるけど、ぶっ殺していいかい?』
周囲の兵士たちが怖気に捕らわれる中、全く動揺の素振りさえ見せず落ち着き払った小隊指揮官の若い女は、ガスマスク内蔵の通信機を介して直属の上司である大隊長の男に念のため発砲許可を求めた。
トランキエ大隊長は、すぐさま返答を寄越した。
『あぁ、かまわねぇぞ、レシア嬢ちゃん。
ぶっ放せ。全員殺せ。邪魔する奴は容赦するな。』
レシアは配下の兵士たちに告げる。
『よし、撃ちまくれ!ビビりあがったタマ無しのクソッタレ共!
ダニ虫のゾンビ共にトドメを刺せ!!』
『了解!姐さん!!』
直後、猛烈な銃撃音が地獄に響き渡った。
小隊指揮官の女は分隊支援機関銃を軽々と構えると、正確にダニーク人被爆者たちの頭部を撃ち抜いて射殺。
配下の小隊兵士らも、自動小銃を構えて確実に射殺した。
さらには六輪装輪装甲車の回転砲塔も動き出し、辺り一面に25mm機関砲弾を叩き込む。
もはや重度の火傷によりいずれ訪れる不可避の死を待つだけだった褐色肌の原住民を、容赦なく殺戮していくスタントール人たち。
高熱によって激しく損傷したダニーク人たちの身体は、まるでガラス細工のように銃弾を受けて木っ端微塵になった。
そんな王国軍の想像を絶する「蛮行」を、激烈な殺意を抱いて見つめる者たちがいた。
つい先程、この地獄の底に到着したばかりのダニーク人武装組織・ダニーク解放戦線の戦士たち。
戦士たちの指揮官を担う褐色少女は、黄色い防護服のガスマスク越しに燃え盛るような緋色の瞳で、誰よりも強い殺意を抱きながら白い肌をした人型ガーゴイル共を睨み付けている。
……
『……白い悪魔共が……』
瓦礫の山に身を隠し、重度の火傷を負い完全に無抵抗な同胞たちを嬉々として殺戮する王国軍の姿を見つめる少女。
名をサーラ・ベルカセムという。
愛用の人民共和国製自動小銃を握る手に力が入る。
今すぐにでもこの瓦礫を飛び出して、王国軍の悪魔共を殺したい衝動に駆られたが、多勢に無勢なのは子供でも理解できる。
王国軍側は多数の装甲車や戦車で武装した非常に強力な機械化兵団。
対するダニーク軍側は、同行する「支援国」のアーガン人民共和国工作員も含め僅か20名の歩兵しかいない。
しかも相手は「地獄の猟犬」の渾名を持つ敵軍の精兵。
戦いを挑んだところで、負けるのは自分たちである。
サーラは、殺意で赤く燃え盛る緋色の瞳を敵に向けることしか出来なかった。
『同志サーラ。行きましょう、地下連絡通路は無事なようです。
奴らの目を盗んで、孤児院があった都市中心部を目指しましょう。』
そう報告したのは、ガスマスクの下に美顔を隠した若きダニーク人戦士のユーセフだ。
サーラが信頼する革命戦士の一人である。
『……サーラ。ぶっ放したくなったらいつでも付き合うぜ。
でも、今はまず、孤児院の子供たちの無事を確認しようや。』
周囲の戦士たちより一回り大きな身体つきを誇る大男のヤシュクも、先を急ぐよう意見を具申する。
彼の両手には、強力な人民共和国製汎用機関銃が握られている。
『……わかった。行こう。』
サーラは戦士たちを振り返り、辛うじて残った地下連絡通路入口の中へ入った。
この地下連絡通路は、彼らダニーク人たちが作ったものだ。
敵王国空軍による苛烈な空爆を受けても、迅速に市内の民間人や守備部隊が地下へ退避できるよう市内を四方八方に走っている。
つるはしやシャベルで掘られ、要所を木枠で補強しただけの簡素な作りだが、極めて強力な原子爆弾による攻撃にも何とか耐えてくれたようだ。
サーラが先頭となり、目的地の孤児院があったオラン市中心地区を目指す。
時折地上から微かに銃撃音が聞こえてくる。
王国軍兵士たちが、助けを求めて幽鬼のように彷徨う同胞のダニーク人たちを射殺する音だ。
歴戦の少女戦士は、直ぐにでも地上に飛び出して敵を殺したい衝動を超人的精神力を持って押さえつけなければならなかった。
やがて彼らは最初の目的地に辿り着いた。
オラン市ターミナル駅地下に設けられた地下防空壕と解放戦線軍オラン守備隊基地。
だが、そこに生存者はいなかった。
原子爆弾から瞬間的に発せられた超高熱により、爆心地直下にいた基地要員たちは残らず蒸し焼きにされていた。
皮膚は焼け爛れ、両目は溶けて無くなり虚無な双眸があるだけ。
誰もが突然地上から襲ってきた圧倒的な熱量に恐怖しながら絶命していた。
基地内に備蓄されていた各種物資も焼け溶け、壮絶な炎に嬲られた後が残っていた。
地下空間の酸素を瞬時に使い果たした炎は、サーラたちが辿り着いた時にはほとんど消えていたが、まだパチパチと嫌な音を立てる小さな火が所々に残っていた。
『……なんてこと……酷過ぎる……』
懐中電灯で暗闇に支配された地下基地を照らしていた女性戦士のアネットが、小さく呻く。
『……行こう、孤児院は……この上だ……』
サーラは全ての希望を失ったかのような沈痛な声で戦士たちに命ずる。
戦士たちも言葉が出なかった。
まだ、この地下拠点が無事ならば、子供たちが生存している一縷の望みがあったかもしれない。
だがその地下拠点さえ、この有様だ。
その真上の地上にある施設が如何なる状況となっているか、考えるまでもなかった。
それでも戦士たちは地上へと進んだ。
不気味なまでに静まり返った瓦礫と焼け跡しか残っていないターミナル駅地下商店街を抜け、地上へ続く商店街出入口の幅広の階段を登る。
その時、サーラは気が付いた。
階段のコンクリートに幾つか模様のようなものがついていることに。
少し注視すると、それは模様では無かった。
人の影だ。
爆発の瞬間にこの地下商店街へ出入りしようとしていた何人かの影が、強烈な熱線で焼き付いていたのだ。
そして、階段にいた人々は影を残して文字通り蒸発してしまっていた。
金属さえ蒸発させる爆心地付近の想像を絶する高温は、人間の体組織を瞬時に原子レベルまで分解したのである。
目的地である大学施設を転用して設けられたダニーク人の公営孤児院は、ターミナル駅のすぐ近くにある筈だった。
しかし、地上に出たダニーク解放戦線の戦士たちの前には、何もなかった。
かつてそこに、人口約15万人の中規模都市の中心部として栄えていた痕跡は微塵も残されていなかった。
見渡す限りのコンクリートの瓦礫の山。
鉄筋さえ溶けて無くなり、土や石くれ、黒焦げた細かいコンクリ片が点在するのみ。
さらに土の一部はガラス結晶化していた。
アスファルトさえ蒸発し、どれが道で何処に建物があったかすらわからない。
そこら中で巻き起こる炎と煙で、空気は酷く赤茶けて澱んでいた。
ダニーク解放戦線の戦士の中でも無類の実戦経験を誇る戦士たちを選抜して編成された「オラン市調査戦隊」の17名の戦士たちでさえ、しばしの間呆然とするほかなかった。
『……孤児院は……孤児院は、どこに……あるんだ……』
サーラでさえ混乱を隠せない。
周囲を見渡す少女。
その時、防護服のガスマスク越しに彼女の緋色の瞳が、煙と炎で見通しの悪い視界の隅に何かを捉えた。
瓦礫の下に半分以上埋まった黒焦げの冷蔵庫。
サーラは無意識のうちに駆け出した。
それに調査戦隊の戦士たちも、周囲を警戒しつつ続く。
サーラは黒焦げとなった冷蔵庫に到達すると、その扉を力任せにこじ開けようとする。
しかし、瓦礫に半分以上埋まった冷蔵庫の扉は中々開いてくれない。
そこにユーセフとヤシュクも加勢し、徐々に開いてきた。
やがて蝶番が壊れ、扉を開け放つことに成功する。
中にあったのは、真っ黒に炭化した幼い子供の遺体だった。
祈るように両手を組み、身を守るように小さな身体を屈めていた。
唇や鼻は無くなり、骨と歯が剥き出しとなっていて、大きな二つの瞳は何もない穴が穿たれているのみ。
もはや性別すらわからない程の損傷状態だが、サーラには何故かこの子の正体がわかった。
『……ラナ……ごめんね……あなたを、助けてあげられなかった……』
冷蔵庫の前に屈み、物言わぬ亡骸となったラナの頬を優しく撫でようとしたが、少し触れただけで炭化した身体はボロボロと崩れてしまう。
推測にすぎないが、ラナはその天性の勘のようなもので原子爆弾が炸裂することを漠然と察知し、それから少しでも逃れようと爆発の直前にこの分厚い鉛で覆われた業務用冷蔵庫の中に逃れたのであろう。
しかし、爆心地のすぐ傍にあった孤児院は、瞬間的に1万度を超える超高温に晒され、文字通り跡形もなく消し飛んでしまった。
如何に頑丈な冷蔵庫の中に隠れていようとも、尋常ならざる高温は容赦なく隠れていた幼子を焼き殺したのだ。
扉を開けるのを手伝ったユーセフやヤシュクも、ただ俯くしかなかった。
屈強な歴戦の戦士である彼らでさえ、両目から溢れそうになる悲しみと悔しさの涙を必死に耐えざるを得なかった。
ましてや定期的に孤児院を訪れ、子供たちを優しく見守っていたサーラの悲しみは如何ばかりだろうか。
戦士たちは冷蔵庫の前で屈み込む指揮官の背中に向けて掛けるべき言葉が見つからない。
さぞ、深く嘆き悲しんでいることだろう。
誰もがそう思った。
その時、防護服と合わせて人民共和国側から提供されたサーモグラフィーで周囲を警戒していたダニーク人戦士が、ガスマスク内蔵の通信機を介して戦隊に警告を発する。
『警報!!スタトリアの装甲車と思われる熱源を3個及び複数の敵兵の姿を確認!こちらへ接近中!』
サーラはその警報の直後、すっくと立ち上がると自動小銃の安全装置を解除し、セレクターレバーを「自動」に切り替えた。
彼女は嘆きも悲しみもしていなかった。
その胸の中に抱かれた感情はただ一つ。
スタントール人に対する絶対に消えることの無い激烈な殺意だけ。
全て、殺せ。
サーラは背後の戦士たちを振り返り、こう告げた。
『……殺してやる。スタントール人を殺せるだけ殺してやる。
お前たちは好きにしろ。私一人でも、地獄の猟犬共を力の続く限り殺す。』
ガスマスクから垣間見える少女の瞳は、真っ赤に燃え盛っていた。
緋色の瞳は完全なる赤を宿し、絶対の殺意を宿していた。
配下のダニーク人戦士たちもまた、呼応するかのようにその瞳を赤く燃やす。
『同志サーラ、お供します。地獄の底まで!』
ユーセフは自動小銃のコッキングレバーを引き、サーラに付き従うことを宣言する。
『おい、サーラ。さっき言ったろ?とことん付き合うぜ。
ぶっ殺してやろうや、スタトリアのクソ共をよ!!』
大男のヤシュクも、強力な汎用機関銃を肩に担いで戦闘参加を表明する。
他の戦士たちも同様だ。
僅か17名しかいないが、もはや関係ない。
たとえ刺し違えてでも、一人でも多く敵を殺す。
この場にいるダニーク人戦士で、逃げ出そうと考えた者は皆無だった。
サーラはそんな頼もしき同胞たちを前に、改めて告げる。
『ならついて来い。
地下通路を活用して敵を翻弄する。弾が尽きるまで戦うぞ!
スタトリアに死を!!オランの仇討ちだ!!』
『了解!!同志サーラ!!』
凄まじい殺意を抱いた17名のダニーク戦士たちは、それぞれの武器を手に散開した。
強大なる敵と戦う為に。
一方、彼らに同行していた3名の人民共和国工作員は既にガイガーカウンター等の各種計測器具を取り出して、周辺の放射線量をはじめとする簡単なデータ収集を開始していた。
それと同時に、オラン市の沖合まで近づいてきていた友軍潜水艦との通信を試みる。
王国軍との無謀な戦いに挑もうとするダニーク人を少しでも支援する為に。
人間が作り出した地獄の底で、スタントール人とダニーク人は今まさに激しく殺し合おうとしていた。
……
305大隊の先遣部隊が、オラン市中心部の爆心地付近に到達しようとしていた。
周囲は完全に瓦礫の山。
強烈な熱線により黒焦げの死体すらなく、金属さえも蒸発しているようだ。
もはや見渡す限りの瓦礫の荒野が広がるのみで、荒れ狂う炎から巻き起こった煙で視界も悪い。
もし敵がいれば奇襲には絶好の環境だが、305大隊の兵士たちは僅かに警戒を緩めていた。
こんな地獄の底のようなところで、生きている敵がいるはずがない。
そんな思い込みが、先遣部隊の兵士たちを支配し始めていた。
そして斯様な隙を生んだ罪は、自身の命という代償を持って支払われることになる。
装甲車の車長は、安全な車内で外部カメラの映像を確認しつつ作戦本部へ通信を入れる。
「こちらユニフォーム6-4。もうまもなくグラウンド・ゼロだ。
周囲に敵影は無し。煙で多少視界が悪いが、見渡す限り瓦礫の野原があるだけだ。」
『ユニフォーム6-4、こちらブラウンスカム。
了解。後続の科学者連中も先程現地入りした。グラウンド・ゼロの安全を確保せよ。』
「ユニフォーム6-4、了解。これより……」
その直後だ。
突然、ユニフォーム6-4のコールサインを持つ305大隊の六輪装輪装甲車は大爆発を起こし大破した。
車体側面に対戦車ロケットランチャーから放たれた強力な成形炸薬弾が叩き込まれ、装甲板を貫通した破壊エネルギーと爆風は装甲車の搭乗員たちを残らず殺傷し、命中箇所に大破孔を穿って完全に破壊した。
サーラは装甲車を吹き飛ばした対戦車ロケットランチャーの発射機を傍らに放ると、愛用の自動小銃を素早く構える。
少女の殺意に燃える緋色の瞳が、照星の先に突然破壊された友軍装甲車に驚く様子の敵兵のガスマスクを捉えた。
発砲。
煙渦巻く「地獄の底」の空気を切り裂き、7.62mmの完全被甲弾がおよそ100メートル離れたスタントール兵の頭部に命中。
軍用の対放射能防護服ガスマスクを難なく突き破り、王国軍兵士の脳細胞を圧倒的運動エネルギーを持って破壊しつくした後、後頭部から脳漿と共に飛び出した。
この世の地獄の底に、地獄を作り出した民族の一員たる男の脳漿が撒き散らされる。
サーラが発砲するのとほぼ同時に、十字砲火を浴びせるように分散展開したダニーク人戦士たちも怒りの銃弾を王国軍兵士に叩き込む。
完全な奇襲となった。
装甲車の周囲に展開していたスタントール兵は抵抗する間も無く一瞬にして撃ち倒され、残った2台の装甲車も他のダニーク戦士がロケットランチャーを撃ち込んで直ちに撃破した。
爆心地を目指して進んでいた王国軍先遣隊「ユニフォーム6-4」は、ここに全滅した。
『敵部隊、全滅を確認。』
ユーセフがガスマスク内蔵の通信機を通じて報告する。
直後、別の戦士が接敵を報告。
『同志サーラ。さらなる敵の接近を確認。
戦車3台に装甲車が複数。先程の敵より強力です、如何しますか?』
サーラは瞬時に状況判断を行い、命令する。
『敵戦車の予想進路にプラスチック爆弾を設置した後、主力は一時地下へ退避しろ。
私が戦車を仕留める!』
『了解!同志サーラ!!』
とにかく時間との勝負だ。
煙が晴れてしまえば、奇襲効果は大いに薄れてしまう。
原爆炸裂から既に3時間近くが経過している。
あたりを覆っていた炎や煙は次第に落ち着きを見せ始め、見渡す限りの荒野と化した平面の戦場では数が圧倒的に少ないこちらが不利だ。
ならば、煙で視界が悪い今のうちに殺せるだけ殺す。
極めて高い戦意を漲らせる解放戦線が誇る歴戦の戦士たちは、手早く強力なプラスチック爆弾を敵戦車の予想進路に複数並べて設置した。
起爆装置を起動し、瓦礫に潜んだサーラが起爆スイッチを握る。
17名のダニーク人戦士の内、サーラと3名を残して他の13名は瓦礫の下に埋もれた地下通路入口のハッチを何とかこじ開けて退避した。
サーラたちも敵戦車を吹き飛ばしたら、一度地下へと退避する。
その後はひたすらゲリラ戦だ。
街中を走る地下通路を最大限利用して、敵を搔き乱す。
そして頃合いを見計らって街から離脱する。
殺せるだけ殺すのだ。
もうこのオランの街は放棄するほかないが、ただで明け渡しはしない。
暴虐極まる白肌の悪魔共を、一人でも多くここで殺す!
ダニーク人戦士たちの意志は鋼鉄よりも固かった。
瓦礫に身を隠すサーラが、そっと敵戦車の動向を確認する。
もうすぐだ。敵戦車はこちらの予想通りの進路を通ってやってくる。
起爆の瞬間を慎重に見極める。
経験豊富な戦士たちは、見事な間隔で爆弾を配置していた。
3台の戦車が絶妙なタイミングで爆弾の上を通りかかった。
今だ!!
サーラは躊躇なく起爆スイッチを押した。
直後、3台の王国軍第2世代型主力戦車は、車体下部から襲い掛かったビルすら倒壊させる強力なプラスチック爆弾の爆風をモロに浴び、砲塔を吹き飛ばして揃って擱座した。
『て、敵だ!!敵がいるぞ!!こちらエキュロイユ2-2!!
戦車がやられた!地雷が仕掛けてあるぞ!!』
王国軍兵士がすぐさま味方部隊に敵の存在を伝える。
サーラの護衛役の戦士2名が、すぐ傍にあった地下通路入口の半壊したハッチをこじ開けて中に滑り込む。
だがサーラはそれに続かなかった。
自動小銃を構えると、混乱する敵兵の集団に銃口を向けた。
フルオート射撃。
人民共和国製自動小銃の強力な反動を完璧に制御して弾倉内に残る全弾を、敵兵集団に向けて正確に放った。
瞬時に12人の敵兵を射殺。
直後、装甲車やその他の王国兵が発砲炎のしたサーラがいる瓦礫の山付近に向け、猛烈に銃弾を降り注がせた。
サーラはそれを難なく回避すると、味方戦士が待機する地下通路へと姿を消した。
……
オラン市から約30km離れた自動車専用道路上に設けられた王国軍前線作戦本部では、全体指揮を執るダリルが味方部隊の損害状況を迅速に把握していた。
そこへ無抵抗なダニーク人被爆者を一方的に殺戮していたレシアが、ダリルにクレームの通信を入れてきた。
『クソッタレ!!銃を持ったゾンビがいるってのかよ!!
ダリルのクソオヤジ!!話が違うぞ!?
今回のあたしたちの任務は、核で灰にした街をハイキングして、ついでに科学バカのケツを守ることだろ!?先遣隊のクソ共や3台の戦車がオシャカになるなんて、どういうことだよ!!』
軽微な抵抗があるかもしれないとは思っていたが、正直この損害は想定以上だ。
レシアのみならず305大隊各位へ通信を入れる。
「……マジかよ。核でも死なねぇのかよ、ダニちゃんよ……
まぁ、あれだ。レシア、お遊びモードから本気モードに切り替えろ。
305のアホ共、お前ら全員だ。マジで行け。
これは俺の勘だが、恐らく敵は少数だ。
街を覆う煙と粉塵も、あとしばらくしたら落ち着くはずだ。
そうなりゃ、遮る物の無い戦場では数と装備で勝る俺たちが絶対有利だ。
今は慎重に進め。本隊は科学者連中を死守しろ。
お前らより給料が遥かに高いんだからな。」
『ダリルのオヤッサン、トランキエです。
攻撃ヘリをコッチに回してもらえませんか?
サーモでダニ虫のクソをいぶり出してもらいたいんですが。
あと、しれっと兵隊の士気を下げるようなこと言わんでください。』
大隊長のトランキエからも通信だ。
するとダリルはニヤリとする。
「安心しろ。もうこっちに向かってる。
攻撃ヘリが3機、あと5分で作戦空域に到着だ。」
『さすがオヤッサン、仕事が早い。トランキエ、通信終了!』
『出し惜しみすんなよエロオヤジ!リョーデックもアウト!』
通信終了とほぼ同時に、王国軍前線作戦本部上空を3機の攻撃ヘリが通過した。
対人用熱源暗視装置を搭載した小型攻撃ヘリ。タンデム式コックピットのシャープなボディが、キノコ雲が消え去ったオランの街目指して飛行する。
ダリルは本部の野戦テントから出てヘリの通過を肉眼で確認すると、胸ポケットから煙草を取り出して紫煙を燻らせた。
「ま、これで終いだろう。あとは、ダニ連中の幹部を見つけて始末すればいいだけだな。
……上手くいけばだが……」
ダリルは呟くようにそう言った。
その直後だった。
ヘリ部隊が通過しようとしたオラン市と作戦本部の間に横たわる山間部から、ヘリに向かって対空ミサイルが放たれた。
たちまち被弾した3機のヘリが、山間部の森へと墜落し爆発炎上した。
それが合図だったかのように、自動車専用道周囲の森林地帯から銃撃音が響いてきた。
「敵襲!!敵襲だ!!」
王国軍兵士の警告が山間に響く。
ダリルは忌々し気に吸い始めたばかりの煙草を放り棄てると、腰のホルスターから自動拳銃を取り出して傍らの装甲車の陰に身を隠し、戦闘に備えた。
「……そう簡単には死なねぇってか?
面白れぇ……とことん付き合ってやるよ。」
突然の核攻撃で統制を失い混乱していたダニーク解放戦線であったが、ダリルの予想を大幅に上回るスピードで態勢を立て直したようだ。
敵を甘く見過ぎていた自身の不明を恥じると同時に、自動車専用道と周囲の森を仕切る遮音壁をよじ登って出現したダニークゲリラ兵2名に向けて自動拳銃を発砲し射殺。
直後、肩の小型無線機を口元に寄せて命令を出す。
「はいはーい、ダリルから作戦本部守備隊各位へ。踏ん張れよ。
とにかく目に付いた茶色い奴は全部撃て。
第1戦車師団、今すぐオラン30kmポストまで来い。俺たちが殺されないうちにな。」
『了解!オヤッサン!!』
戦闘は、地獄の底を超えて拡大しようとしていた。
……
地獄の底ことオラン市での戦闘は尚も続いていた。
サーラたちは敵が把握できていない地下通路を最大限活用し、神出鬼没に敵後方や側面に奇襲を仕掛けては直ぐに退くというゲリラ攻撃を爆心地一帯で繰り返した。
17名の戦士に損害は無し。
対して王国軍側はサーラによる先程の戦車3台撃破に加え、装甲車約10台を失っていた。
死者も40名を数え、完全にダニーク側に翻弄されている。
305大隊の本隊は今、先遣部隊が全滅した爆心地に向けて展開中だった。
だがそこに、サーラたちは居なかった。
地下通路を駆け抜けるサーラの防護服内蔵の通信機に、統制を取り戻した作戦本部「ネスト」からの連絡が入る。
『ゴブリン1、応答しろ。こちらネスト。』
『ネスト、こちらゴブリン1。感度良好。』
『ゴブリン1。オラン山岳守備隊が態勢を立て直した。
現在、敵前線本営部隊と交戦中。
だが自動車専用道を監視する偵察隊より、ベゼラ方面から極めて大規模な機甲師団が接近中との報告有り。
残念だが、オランは完全に放棄する。これは同志ベルカセム書記長閣下の決定だ。』
ならばここに長居するのは得策とは言えそうにない。
305大隊を完全に翻弄出来ている今、粘れば敵に損害を強要出来そうだがそろそろ潮時だろう。
サーラはネストに返信した。
『……了解、ではこれよりオランからの退避行動に移る。』
『ゴブリン1、健闘を祈る。
尚、諸君らに同行していた人民軍政治将校の同志たちは既に戦場を離脱している。
彼らから報告があったが、現地の残留放射能は危険値を下回っていることが確認された。
よって現在、諸君らの離脱を援護する為に作戦本部から応援部隊が急行中。
彼らが到着するまで、何とか持ちこたえろ。ネスト、通信終了。』
サーラは驚きを隠せなかった。
残留放射能が危険値を下回っているというのはどういうことだろうか?
彼女は知らなかったが、これは原子爆弾の特性の一つでもある。
……
そもそも放射能汚染とは、ウランやプルトニウムなどの放射性物質が拡散・残留し人や自然環境に重大な影響を及ぼす放射線を放出し続ける状態にあることを言う。
全面核戦争による「核の灰」所謂フォールアウトが有名だが、局所的かつ限定的な核爆発の場合、爆発のあった土地の形状や気候によっては残留放射性物質が滞留しないことがある。
これは広島や長崎が、原爆投下直後から復興が始まっていることからも伺えよう。
上空数百メートルで核爆弾を爆発させた場合、熱線と衝撃波による爆発力そのものの威力は非常に高くなるが放射能は限定的にしか効果を及ぼさない。
爆発の瞬間こそ、爆心地を中心に「初期放射線」と呼ばれる即死レベルの放射線が放たれるが、その後長期間にわたって影響を及ぼす「残留放射線」の値は非常に小さくなる。
これは、爆発時の超高温の熱線で核物質そのものが燃え尽きてしまう上、上空で爆発させることにより風などの影響を受けて残った核物質も拡散してしまい、地表への降下はかなり限定的なものに留まるからだ。無論、全く影響が無い訳では決してない。それは広島・長崎への原爆投下から70年以上経った現在でも放射能による後遺症で苦しんでいる方がいることからも分かるだろう。
しかし、かと言って防護服を着なければ直ちに死亡・または重篤な症状に至るようなレベルの放射線は残留しないのだ。特に今回核攻撃を受けたオラン市は、山から吹き下ろす東向きの風が吹いており、この風によって放射性物質の多くがオラン市東部の大海へと拡散。結果、放射能汚染を大きく抑えてくれたのである。
……
サーラは一度「調査戦隊」の面々を再集結させ、ネストからの指示内容を伝達する。
戦士たちの顔を見渡す。
17名の戦士全員、士気は激昂し敵に対する強い殺意を抱いたままだ。
戦闘継続だ。
味方が来るまでの間、殺せるだけ殺してやる。
サーラは一度だけ頷くと言った。
『作戦本部の応援が到着するまで暴れてやろう。
一人でも多くの305を殺してからオランを離れる。
行くぞ、同志諸君。』
『了解!同志サーラ!!』
地獄の底での殺し合い、時間制限付き第2ラウンドが始まった。
彼らは既に爆心地である都市中心部から離れ、自動車専用道路インターチェンジ近くの工場地帯まで来ていた。
ここにはまだ激しく損傷しながらも比較的多くの建物が残っており、それらを利用したゲリラ戦を展開できる見込みがあった。
骨組みだけになってしまった物流会社倉庫内の地下通路出入口から地上へと出るサーラと調査戦隊の面々。
慎重に周辺警戒をしつつ、辺りに展開。
ダニーク戦士の青年が辛うじて焼け残った製粉工場のプラントのハシゴを登り、高所から周囲を確認する。
近くの瓦礫の中に、大型野戦テントが複数設営された敵の仮設拠点のようなものを発見した。
双眼鏡で確認すると、明らかに戦闘員では無い防護服姿の連中が、装甲車に積んでいた様々な資機材を積み下ろしている。さらに、王国軍によって身柄を拘束された重度の火傷を負うダニーク人生存者数名をテントに連れ込んでいた。
彼は速やかにその様子を戦隊指揮官のサーラに報告した。
『同志サーラ。製粉工場西側およそ200メートル先の地点で、305大隊とは様子が異なる防護服姿の連中が何やら仮設テントで作業しています。加えて生存者の姿も確認。
連中のテントの中に連れ込まれています。』
『分かった、同志アスラン。そのままプラント屋上で周囲警戒を続けろ。
これから生存者の救出に向かう。』
『了解。同志サーラ。』
サーラは戦隊主力を引き連れ、報告のあった敵野戦テントを目指す。
スタントール王国の紋章が描かれた大型野戦テントが合計5張り。
305大隊の兵士多数が周辺警戒を行い、戦車1台と装甲車数台も展開している。
ダニーク戦士たちは瓦礫や建物残骸を巧みに利用し、敵の警戒を掻い潜って接近する。
その先頭を行くサーラが、生存者が連れ込まれたテント入口近くまで接近。
王国軍兵士1名が、入口で警備に当たっている。
サーラは腰の弾帯ベルトからコンバットナイフを引き抜くと、敵兵の背後から足音を立てない様、身を屈めてゆっくり近づいた。
十分接近したところでナイフを一閃。
『ウゴッ!』
敵兵の短い断末魔。
サーラは隠密行動を維持し、身を屈めたままテントの中に入る。
後ろに続く青年戦士のユーセフと女性戦士のアネットも入った。
そこで歴戦の少女戦士が見たものこそ、本物の地獄であった。
防護服姿のスタントール人科学者たちが、生き残ったダニーク人被爆者を生きながら解体していたのである。
核攻撃による人体への影響調査と称して、重度の火傷を負いながらも何とか命を繋いでいたダニーク人たちが、まるで屠殺場の牛か豚のように四肢を切断されてミートフックに吊り下げられていた。
さらには台の上に寝かされたダニーク人たちが、生きながら腹を切り裂かれ臓物を取り出されている。
金属製の検死用ベッドにテント入口側を向いて横たわっていた少女の光を失った緋色の瞳と、サーラの燃え盛る緋色の瞳が合わさった。
彼女の着ていた服は高熱で皮膚にへばりつき、頭部も右半分が痛々しいまでの熱傷により髪が無くなっていた。
横向きに寝かされた少女のケロイド状になった背中の火傷を、防護服姿のスタントール人がメスで切り裂いている。
治療の為ではない。核熱傷の生体サンプルとして取り出す為だ。
「……た、たすけ……て。」
少女の今にも消え入りそうな声。
次の瞬間、スタントール人科学者のメスが深々と刺し込まれて少女の身体がビクッと一瞬痙攣すると、その命の灯が消えた。
サーラの頭の中で何かが弾けた。
殺せ。
革命戦士の少女の全身から赤黒いオーラが放たれる。
直後サーラは立ち上がり、自動小銃の銃口を今しがた少女を「解体」したスタントール人科学者に向けた。
科学者の男は、防護服のマスクの下に驚愕の表情を貼り付かせる。
『えっ?お前は誰だ?』
発砲。
サーラの殺意が込められた7.62mm弾は、スタントール人科学者の男の額を直撃し、防護服のフードを突き破ってスタントール・ネクタス州原産の脳漿を王国軍原爆戦果調査チーム用仮設テント内にばら撒いた。
突然の銃声に、テント内のスタントール人科学者たちが驚く。
激烈な殺意に燃えたサーラとユーセフ、アネットの3人は容赦なく銃弾の雨を科学者たちに浴びせた。
サーラは発砲しつつ外で待機する大男のヤシュクに攻撃を命じた。
『ヤシュク!皆殺しにしろ!!
視界に入ったスタントール人は全て殺せ!!この悪魔共め!!』
『サーラ!何があった!?』
『奴らは……悪魔だ!!生き残った住民を解体してやがった!!
殺せ!一人も生かして帰すな!!』
『なんだって!?ブメディエンヌ、了解!!交戦する!!』
直後、テントの外でも戦闘騒音が鳴り響く。
調査テントで作業していたスタントール人科学者の男女に向け、絶対的殺意を抱いた褐色肌の原住民たちが、人民共和国製の自動小銃や機関銃を撃ち放つ。
非武装の科学者たちは、たちまち一方的に射殺された。
サーラたちはテント内の科学者およそ20名程を射殺し終えると、生存者を探す。
だが、そこに息をしている同胞のダニーク人は居なかった。
あの少女が、最後の生き残りだったようだ。
『ううっ……』
防護服のマスク越しのこもったうめき声が聞こえた。
身体に銃弾を数発受けたスタントール人の男が、大量の血を流しながら這いずり逃げようとしていた。この男が、今この大型テント内でサーラたち以外で息をしている最後の一人だ。
サーラは腰から共和国製自動拳銃を引き抜くと、男の頭部に照準を合わせる。
その気配に気づいた科学者の男は、振り返って黄色い防護服を来た褐色少女に命乞いをした。
『や……やめてくれ。わ、私はただの研究員で』
発砲。
サーラの放った9mm弾が優秀な核物理学者だった若い男の頭部を破壊した。
将来を嘱望された若き王国の頭脳は、斯くして永遠に失われた。
『同志サーラ。テント内の敵、一掃しました。』
科学者たちにトドメを刺していたユーセフがサーラに報告する。
サーラは頷くと次なる戦いに進む。
『……皆殺しにするぞ、ユーセフ、アネット。
ここはガーゴイル共の巣だ。一匹も生かしておくな。』
『はっ!同志サーラ!!』
3人の解放戦線の戦闘員は死体だらけとなったテントを飛び出し、既に王国軍部隊と交戦中の仲間の戦列に加わる。
自動小銃の弾倉を素早く交換し、新しい30発の「殺意」を装填する。
ヤシュク他13名の戦士たちが、テント周辺の機材や瓦礫に身を隠しつつ305大隊の警備部隊と激しく戦っていた。
少女は自動小銃の照星の先に、敵王国軍兵士の姿を捉える。
フルオート射撃。
サーラの正確無比な銃撃は、放った弾丸のほぼ全てを敵の身体に叩き込んだ。
瞬時に敵兵数名を射殺。
しかし、王国軍兵士たちも直ちに反撃の応射。
敵小銃弾の雨を掻い潜り、サーラは科学者用の機材を積んでいた装甲車の陰に身を隠すヤシュクの下に滑り込む。
『サーラ!さっき、他のテントも確認したが……
あいつらは本物のクソだ!!俺は……あんな大悪魔共に協力してたのか!
クソッタレが!!スタトリアは本物のクソだ!!』
どうやらこの大男はサーラたちが侵入したテントとは別張りのテントを確認したようだ。
そのテントの中も、先程と同様の凄惨な有様だったらしい。
かつて「親スタントール派」に属していた元・ダニーク人農園経営者の男に、殺意と共にスタントール人への激烈な嫌悪感が生まれていた。
『皆殺しにするぞ、ヤシュク!!
特に科学者と思われる奴は絶対に逃すな!
私はこの装甲車の機関砲で305の奴らを挽肉にする!!』
『了解だ!!サーラ!!』
サーラは敵の銃撃が弱まった隙を突き、弾除けに身を隠した装甲車の車内に突入すると、車体前方に搭載された25mm機関砲を備えた回転砲塔に座った。
砲塔を旋回し、車体右側から瓦礫を盾にして銃撃を加える王国軍兵に照準を合わせる。
砲塔内の機関銃用照準器に複数の敵兵の姿を捉えると、砲塔回転ハンドルの引き金を引いた。
機関砲の咆哮。
25mm機関砲弾は、瓦礫ごと敵兵を粉砕した。
サーラによる強烈な銃撃が、仮設テントの守備任務についていた305大隊所属の兵士たちをミンチにする。
ヤシュクは手にした汎用機関銃を撃ちまくりながら装甲車の陰から飛び出した。
仮設拠点から非武装の防護服姿の男女が、我先にと逃げ出している姿を確認。
ヤシュクとダニーク人戦士数名が、そんな彼らの背中に容赦なく銃弾を浴びせた。
スタントール王国オラン市原爆戦果調査チームの科学者たちは、ここに全滅した。
その直後、サーラたちが居る仮設拠点に砲撃が加えられた。
たちまち身を隠すダニーク人戦士たち。
製粉工場のプラント屋上から周囲警戒を行っていたアスランから、仮設拠点で戦闘中のサーラたちへ警報が発せられる。
『同志サーラ!!305大隊の本隊です!!
戦車がおよそ20台!歩兵戦闘車に装甲車多数!!
今すぐ退避してください!!』
するとアスランがいるプラントに向け、砲弾が飛来した。
双眼鏡に日光が反射したのだ。
気づけば街全体を覆っていた炎と煙は収まりを見せ、見通しが良くなってきていた。
『マズイ!!』
アスランはハシゴを滑るように降りたが、その途中で敵弾がプラント屋上に命中。
熱線と衝撃波で激しく損傷した製粉プラントは、その砲撃で完全に粉砕された。
ハシゴも倒れ、地面に投げ出されたアスランであったが咄嗟に受け身を取ってダメージを回避。
すぐさま立ち上がると、仲間たちの下へ走った。
……
胸部が異様に膨らんだ防護服姿の王国軍女性兵士と、彼女が率いる歩兵小隊が褐色肌の原住亜人の武装兵に乗っ取られた科学者たちのテントに接近していた。
女の顔には憤怒の表情が浮かんでいる。
『トランキエ大佐!!科学バカ連中が死んじまったよ!
第3中隊の新兵連中は何してたんだ!!寝てたのかよ!!』
『クソッ!ダニゲリラお得意の奇襲攻撃だ!
レシア嬢ちゃん!お前たちは製粉工場跡から回り込め!挟み撃ちだ!!
奴らの逃げ場を奪え!!ここで殲滅するぞ!!』
レシアと大隊長トランキエとの通信に、作戦指揮官が割り込んでくる。
『おーい、聞こえるか?レシアにトランキエ。
第1戦車師団のご到着だ。砲兵隊の自走砲をズラリと並べたから、砲撃座標を指示しろ。』
『そのクソ戦車師団のクソッタレ戦車は何処だよ!?』
クソを連呼する獰猛な対戦車猟兵の女。
それにダリルは淡々と受け答える。
『もうトンネルを抜けて市街地に入るところだ。
いいからさっさと砲撃座標を言え。ダリルおじさんからのプレゼントを、ダニちゃんたちに超特急で届けてやるからよ。』
レシアは腰の弾帯ベルトに装着した野戦バッグの中から作戦地図を取り出し、座標を確認し作戦指揮官の准将の男に伝達した。
『了解だ。砲撃が来るから頭低くしてろ。』
それから数分後、サーラたちの居た科学者連中の仮設拠点に大量の砲弾が降り注ぐ。
猛烈な爆発と煙が仮設テント他拠点の資機材ごとダニーク兵を吹き飛ばした。
弾着を確認したレシアは配下の小隊に告げた。
『行くぞ!!ダニ虫にトドメを刺す!!』
『了解!姐さん!!』
圧倒的戦力を誇るスタントール軍は、敵の完全殲滅を目指してサーラたちの下へ迫っていた。
……
『敵弾飛来!!伏せろ!!』
敵砲弾が飛来する空気を切り裂く音を聞き取ったサーラが、味方戦士に警報を発する。
直後、激しい砲撃に晒されたサーラたち「調査戦隊」の面々。
今の強力な敵砲兵隊による攻撃で、17名の戦士の内6名が戦死、さらに2名も重傷を負っている。
サーラ他ヤシュク、ユーセフ、アネット、アスランの主要戦士はすぐさま瓦礫に身を伏せて難を逃れたが、間に合わなかった戦士たち6名は身体を引き裂かれ即死していた。
2名の重傷者も手足を失い戦闘参加は不可能。
『うああぁぁ……助けてくれ……』
『痛い……誰か、手を貸してくれ……』
重傷者が苦痛の声を上げる。
仲間の戦士たちが、僅かに残った瓦礫の陰に負傷者を引きずり込むと、手にした野戦医療キットで応急処置を試みている。
先程の砲撃で大型テントや資機材、装甲車などが破壊され、サーラたちには満足に身を隠す場所さえない状態に陥っていた。
『同志サーラ!!敵に囲まれます!どうしますか!?』
ユーセフが戦隊指揮官に指示を乞う。
『クソッ!ここが死に場所かよ!!上等だぜ!!』
大男のヤシュクが、伏せの格好で瓦礫の隙間から汎用機関銃を出して迫りくる敵兵に射撃する。
他の生き残った戦士たちも、僅かに残った瓦礫や資機材の残骸を盾にして接近する敵兵に向けて撃ちまくっている。
サーラの顔が怒りと悔しさで大きく歪む。
もはやこれまでか。
『同志サーラ!!私は最後の一発まで戦います!!』
アネットが力強く宣言した。
他の戦士たちも同様だ。先程指示を乞うてきたユーセフも覚悟を決めたような目をしていた。
激しい怒りと殺意に燃えるダニーク戦士たちは、ここで敵と刺し違える覚悟を決めていた。
サーラも覚悟を決めた。
『最後の一発まで戦うぞ!!奴らを一人でも多く道連れにしろ!!
ダニークのファーンデディア、バンザイ!!』
『了解!!ダニークのファーンデディア、バンザイ!!』
生き残った11名の戦士たちは、目の前まで接近した305大隊本隊に向け最後の戦いに挑む。
重傷を負った2名の戦士も、腰の自動拳銃を引き抜いて銃撃する。
そこに、敵王国軍の壮絶な銃弾と戦車砲弾の雨が降り注ぐ。
さらに3名が戦死し、重傷の2名の内の一人も神々の御許へ旅立った。
サーラも敵弾が飛来するのを顧みず、立ち上がり敵を銃撃する。
ナシカ。志半ばで倒れる姉を許して。
敵に向け発砲しつつ、そう心の中で亡き妹に詫びた直後だった。
突如、至近まで接近していた王国軍戦車の1台が大爆発を起こして擱座した。
さらに瓦礫の野原を突き進む王国軍兵士に向け、上空から大量の銃撃が浴びせられる。
たちまちサーラたちが隠れ潜む仮設拠点跡に接近していた王国軍兵士たちは、蜘蛛の子散らすように退避し、近くの瓦礫や建物の残骸に身を隠した。
一体何が?
サーラが急いで周囲を確認すると、海の方から重厚なエンジンとローター音が響いてきた。
人民共和国の極めて強力な強襲ヘリが2機、こちらに飛来してきたのである。
人民軍将兵からは「人食いワニ」の愛称で呼ばれる獰猛な外見をした大型攻撃ヘリは、満足な対空兵器を装備していない305大隊の主力部隊に向けてロケット弾や対戦車ミサイルを放ち、次々と敵を葬り去っていった。
たまらず敵部隊が後退を開始。
それとほぼ同時に、サーラたちが居る仮設拠点跡の近くに大型軍用トラックや軍用自動車、それに人民共和国製装輪装甲車からなる解放戦線側の大規模な自動車化歩兵部隊が出現した。
作戦本部が寄越した「応援部隊」である。
トラックや装甲車から降り立ったダニーク人戦士たちは皆、通常の野戦服姿だった。
「同志サーラ!ケンタウロス10です!ご無事ですか!?」
突然出現した人民共和国の大型ヘリに驚きの表情を浮かべていたサーラに、若いダニーク人戦士が声を掛ける。
サーラは防護服のガスマスクを取り、頭部を外気に晒すと、艶やかな黒髪を靡かせて応援部隊の戦士に答えた。
「重傷者が1名いる!彼を直ぐに本部へ搬送して!
それに敵の大規模な戦車部隊が迫っています!私たちもただちに離脱します!!」
「了解しました!こちらへ!!」
上空の強襲ヘリはひとしきり敵軍に攻撃を加えてその進攻を阻止すると、再び海の方へ去っていく。
サーラはそのヘリの進行方向の先に、水平線上に浮かぶ黒い巨体を見た。
人民海軍所属の大型長距離多目的潜水艦だ。
ヘリはどうやらあの潜水艦から発進してきたようだ。
先に戦場を離脱した人民共和国政治将校の工作員たちが、ダニーク解放戦線への定期支援軍事物資を積んだ潜水艦に支援を要請してくれていたのである。
街を覆っていた粉塵や煙が収まったことで、ようやく来援できたのだ。
サーラと「調査戦隊」の生き残りたちは、味方自動車化歩兵部隊の車両に分乗すると慌ただしく「地獄の底」を後にした。
大勢の同胞たちの亡骸を残したまま。
……
レシアと彼女の小隊は、突然襲い掛かった不細工な強襲ヘリの攻撃を前に何も出来なかった。
暴風雨が収まるのを待つかのように、工場地帯に残された建物の残骸に身を潜める他なかった。
やがてヘリが去り攻撃を再開しようと建物から飛び出すと、そこには夥しい数のダニーク人武装兵が大量の軍用車両と共に出現していた。
たちまち猛烈な銃撃を受け、辛くも身を隠して応戦したがまんまと敵を取り逃がしてしまった。
怒りの頂点に達したレシアは、暑苦しい防護服のガスマスクを剥ぎ取ると地面に叩き付けた。
「クソッタレがぁ!!どうなってやがんだよ!!クソボケが!!
完全に任務失敗じゃねぇか!!」
「まぁ、そう熱くなるな。一服するか?」
激高するレシアの背後から、ヨレヨレの軍服姿の男が現れて自身の煙草を一本差し出してきた。
レシアはそれを引っ掴むと口に銜える。
その男……ダリルはライターを取り出し、レシアの煙草に火をつけた。
なれない煙草にむせ返る紅い髪を靡かせる女。
そんなレシアに、ダリルはニヤリといたずらな笑みを浮かべて言った。
「あーあ、オッサンとの約束を破って防護服脱ぎやがったな?
赤ちゃん出来なくなってもしらねぇぞ?」
「うるせぇ、セクハラオヤジ。ダリルのオッサンこそ、防護服来てねぇじゃねえか。」
「まぁ、ここの放射線量は危険値を下回ってるからな。
実はもう防護服着なくても大丈夫なんだよ。さっきのダニちゃん連中の増援も、フツーの服装だったろ?」
レシアは忌々し気に煙草の煙を吸う。
恐るべきタンクスレイヤーの女が持つ強靭な肺活量は、一息で口に銜えた紙煙草の半分を灰にした。
大量の煙を吐き出したレシアは、苛立ちを隠さずに言った。
「ったく……ならさっさとそう言えよ。
こんなゴワゴワした服を着てたからランチャーも背負えなかったし。
クソッ!ロケットランチャーさえ持ってりゃあ、あの不細工なクソヘリも叩き落せたってのに!」
するとダリルは神妙な顔でレシアに問うた。
「なぁ、レシア。そのヘリ、どっから来たと思う?」
「あぁ?海からだよ。水平線の彼方にデカい潜水艦みたいなのがいたから、そこから飛んできたんじゃね?」
305大隊イチの視力を誇る女兵士は事も無げに答えた。
「そうか……やっぱり潜水艦か。
こりゃあ、ベルベキアのキモい兵器ばかりに気を取られた俺たちの失敗だな。
人民主義者の連中も、中々いいモン持ってるみたいだな……」
「なんだよ?どうせ海軍の連中が始末してくれるんだろ?
あんな馬鹿でかい潜水艦、ソッコーで見つけられるだろ?」
レシアの頭に疑問符が浮かぶ。
だがダリルは知っていた。海軍がこれまで一度も解放戦線を支援する人民共和国の潜水艦を捕捉できていないことを。
「……まぁ、今色々考えてもしょうがねぇな。
とりあえず、この何にもない野原の制圧は第1戦車師団に任せて、俺たちは一旦ベゼラに帰るか。」
「あぁ、今回はあたしたちの負けってことにしといてやるよ。
……サーラ・ベルカセム……次こそお前を殺す……」
血のように紅い髪の女の全身から黄金色のオーラが迸る。
紺碧の瞳に、サーラと同じような絶対の殺意が宿っていた。
【新暦1927年1月10日付 スタトリアン王国通信社(中道右派メディア)発行
全国紙朝刊(通常版) 一面記事より抜粋】
●女王陛下、御親政終了へ 右派連立政権成立●
先月23日の親政継続の是非を問う国民投票の結果を受け、5日、正式にカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下(古き王国よ偉大なれ)による御親政が終了し、司法・行政・立法の三権文民返還が行われた。
これを受け、昨日9日、フェターナ民主党及びネクタス国民団結党による右派連立政権が発足。
内閣首相にはフェターナ民主党党首のエミリアン・サリコジ氏(58)が就任し、昨夜、首相所信表明を発表。
その中でサリコジ新首相は、「大戦は終結したものの、フェターナ広域州北部7県及びファーンデディア広域州全域を中心に戦災被害は甚大かつ広範囲に及んでいる。まずは、一日も早い戦災復興を行う必要があり、5大広域州全てのノルトスタントール王国民が一致団結しなければならない。偉大なる女王陛下もそれを強く望まれておられる。」と述べ、投票結果に強い不満を持つネクタス州民やファーンデディア・センチネルを牽制。
さらに「ファーンデディアにおけるダニーク解放戦線の鎮圧は、戦災復興と同等の喫緊の課題であると理解している。今後、本国からの戦力を増強して速やかな情勢安定化に努める。」とし、ダニーク人テロ集団・ダニーク解放戦線の早期鎮圧に意欲を示した。
しかし、この連立政権には昨日の正式発足前から、スタントール人民主義者党をはじめとする左派、元・海軍元帥ハインツ・デルバータ氏(55)を党首として昨年末結党されたネクタス・センチネル王国武装戦線を中心とした極右派の双方から激しい批判が早速巻き起こっており、今後のサリコジ首相の政権運営に注目が集まっている。
(後略)




