34. 女王、決断を下す
※この第34話にサーラたち主人公サイドは出て来ません。
スタントール王国サイドの物語となります。
ノルトスタントール連合王国。
人口約3億人を数える世界屈指の超工業大国。
その本国の一つ、王都・フェリスを有するフェターナ広域州は、古の時代より肥沃な土地が生み出す膨大な食糧によって栄え、西隣の一大工業・鉱山地帯を扼するネクタス広域州と合わせてスタントール国力の「要」を形成している。
フェターナ、ネクタス。
この二つの巨大広域州こそ、スタントール本国の代名詞と言って過言ではない。
両州は元々別の王国であり、それぞれ国の成り立ちと歩んできた歴史が大きく異なる。
1500年前、フェターナ国王カズキ・シノーデルと、ネクタス女王ネタリア・ハピヒツブルッケが婚姻したことによってスタントール王国は成立。
スタントール揺籃の地たる旧フェターナ王国に住まうフェターナ人は、農業という古来から続く産業を生業としているにもかかわらず、どちらかと言えば革新的な意識を持ち、現状に甘んじることをあまり良しとしていなかった。
故に、生まれも育ちも分からない傭兵上がりの侯爵・カズキが、老いからくる病で死去した先代フェターナ王に代わって王位に就いても、ほとんど叛乱や騒擾は起きず、むしろ「大きな変革をもたらす」であろう王位禅譲はフェターナ人たちの喝采を持って歓迎された。
一方のネクタス。
彼らは遥か古代より、その山がちな国土一帯に広がる鉱山を根城とするドワーフや山々に隠れ潜むゴブリンと激しく戦い続けては鉱山を切り開き、その奥に眠る「財宝」たる各種鉱石や宝石の原石を切り出すという鉱石業を生業としていた。
これによりネクタス人の男女とも、「戦士」としての気概を誇りとする独特な国民性を形成している。
戦いを先導する「強き王」への揺るぎない忠誠と国体堅固を旨とする非常に保守的な考え方と「人間は亜獣人より優れている」とする人間優越思想が、ネクタス人のほとんどを占めている。
この異世界にて「蒸気の時代」と呼ばれる人間科学技術躍進の時代にあって、真っ先に重工業の発展による都市部への人口集中や労使問題に直面したにもかかわらず、そのような保守的傾向は微塵も変化しなかった。
むしろ、ネクタスに遅れて工業化が進んだフェターナの方で労働組合などに代表される左派的な思想・制度が生まれ広がった。
このように、スタントールは偉大なるシノーデル王家の下で強固な一枚岩を形成しているとは言い難く、特にフェターナ人の一部を中心に「人民共産主義思想」という極めて反王制的考えが広まっていることは、かつて新しい王家を歓迎した彼らがその王家を否定するというある種の歴史の皮肉と言えよう。
だが、現在のスタントールの情勢はこれを単なる皮肉と一笑に付すことは到底できない有様だった。
スタントールの王都フェリス。
人口約1000万人を誇る超巨大都市にして、「枯れること無き花の都」の雅名を持つノルトスタントール連合王国の建国以来の首都。
超高層ビルが林立する都市中心部に、ある建物が圧倒的存在感を放って鎮座していた。
切り立った断崖のような山に聳え立つ巨大な高層宮殿。
通称、カズキの天空要塞。
その麓にある要塞入口ゲート前には、大勢の民衆が詰め掛けていた。
彼らは「女王独裁反対!!」と書かれたプラカードや、「戦争は終わった!王は国権を返せ!」と記された横断幕を掲げ、シュプレヒコールを上げている。
「カリーシア女王!!あなたの独裁は明らかな憲法違反だ!!
戦争は終わったのに、尚も国権を文民政府に返還しないのはどういうことだ!!
憲法違反の独裁を、今すぐやめろ!!」
拡声器を持ったフェターナ人の中年男が固く門扉が閉ざされた要塞ゲートに向かって叫ぶ。
男の背後には多数の老若男女が続き、それぞれプラカードを天高く掲げて先頭の中年男が叫んでいることを続けて訴えていた。
「女王独裁反対!憲法を守れ!」
参加人数は「主催者公表」で15万人。
だが、どうみても精々8000~1万人程しかいなかったが、その声を世界各国の主要メディアは大々的に報じていた。
特に力を入れて報道していたのは、身分を偽って入国した「デモの本当の主催者」であるアーガン人民共和国の広報部局関係者と、本来ならスタントール最大の同盟国である筈の「自由と平等の国」、経済規模世界第一位の超大国・ロングニル王国連合の報道機関だった。
彼ら彼女らの「過剰に」偏った報道により、国際社会にはあたかもスタントール国民全員が「女王独裁」に反対しているかのような印象を与えていた。
そんな報道機関に所属する記者の一人。
頭頂部に白いウサギ耳を左右に生やしたグラビアアイドルのような美しいウサギ系亜人の記者が、ネコ系亜人カメラマンが構える大型テレビカメラに向かって「民主化デモ」の様子を伝えていた。
「はい、スタントール首都フェリスからロッピ・ヴァーニッタがお伝えします。
先日、長らく交戦中だったディメンジアとの暫定的休戦協定も発効され、アーガン人民共和国と国際法上戦争状態であることを除けば、事実上有事事態が解消した筈のスタントールですが、戦争が終わったにもかかわらず尚も国権を手放さないカリーシア・シノーデルⅡ世女王に対し、国民から非難の声が高まっています。
ご覧のように、今、大勢の人々が王宮前に詰め掛け、女王独裁反対を声高に訴えております。」
ウサギ亜人のロッピが生中継でフェターナ人左派団体によるデモの様子を伝えている最中、突然スタントールの武装警官らが現れて彼女をはじめとするロングニル取材陣を排除しにかかった。
「おい!亜人が何でこんなところにいやがる!?
今すぐ出て行け!!官庁街地区は人間以外立ち入り禁止だ!!」
「なんですって!?ふざけないで!!」
ロッピもすかさず応戦する。
揉み合いになるロングニルメディア関係者の亜人とスタントール治安当局の人間。
警棒を振りかざす武装警官数名をウサギ女記者は持ち前の格闘術を駆使して圧倒するが、直後、彼女目掛けてテーザー銃が撃ち込まれる。
強烈な電流を浴びて瞬時に気を失った「野蛮な」ウサギ女を拘束しようと警官らが近付くが、今度は猫娘カメラマンやドワーフ、エルフといった同じ「ロングニル人」の仲間記者たちがそれを阻止しようと動き出したことで、スタントールの白人警官らと激しい揉み合いになる。
「彼女は渡さないわ!あっちに行きなさい!恥知らずのレイシストめ!
私たちには報道の自由があるのよ!!」
「そうじゃ、そうじゃ!!ワシらが何処で取材しようと勝手じゃ!!
つべこべ言われる筋合いは無いわい!」
「ニャニャッ!ロッピ、重いニャ……誰か引き摺るの手伝ってニャ!」
「…………だ、誰が重いですって……」
「黙れ!!クソッタレの亜人共が!!検挙!検挙だ!!検挙ー!!」
警棒を振り回して襲い来るスタントール武装警察に激しく抵抗するロングニル人記者たち。
たちまち騒然となる現場。
その模様を、中立国メディア関係者と身分を偽ってスタントール入りしていた人民共和国外務人民委員会広報部局関係者のカメラが全て捉えていた。
映像は衛星を介して人民共和国本国にダイレクトに送られ、そこで大幅に悪意を持って改変された後に全世界に向けてスタントールの「非道さ」がアピールされることになる。
一方、そんな左派デモ隊や海外メディアを激しい嫌悪感と共に殺意さえ漂わせて睨み付ける集団がいた。
ネクタス人や保守派フェターナ人を中心とした「右派」デモ隊とスタントール国内メディア関係者である。
武装警察部隊によって分断された対岸にて、赤子のように「女王独裁反対!」と叫びながら蠢く人民主義者の手先と、武装警察に抵抗して騒ぎを起こす異国の亜獣人記者たちに対し、右派デモ隊の先頭に立つネクタス州からやって来た金髪碧眼の青年が拡声器で雄叫びを発する。
「薄汚い人民主義者と理性無き亜獣人共はスタントールから出て行け!!
偉大なる我らがカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下の御親政に、一体何の不満があろうか!!
ここは神に祝福されし古き人間の王国!
唾棄すべき偽善者と醜い亜獣人が存在していい場所じゃない!!失せろ!!
女王陛下、バンザイ!!古き王国よ、偉大なれ!!
人民主義者に死を!亜人を街灯に吊るせ!」
それに呼応するかのように、青年の背後にいる大勢の老若男女もまた叫んだ。
「女王陛下、バンザイ!!古き王国よ、偉大なれ!!
人民主義者に死を!亜人を吊るせ!!」
参加人数は「警察発表」でおよそ5万人。
事実、王宮前の目抜き通りは人という人で埋め尽くされ、スタントール王国の国旗や「偉大なる女王による親政の継続を!」と書かれたプラカードがそこかしこで掲げられている。
彼らはほぼ自然発生的に集まり、集団としての統率を欠いていたがその意志は皆共通している。
偉大なる女王陛下による親政の継続。
それこそが彼らの願いであり、共通の意志だった。
武装警察という歯止めがなければ、彼ら「右派」デモ隊の面々からは今にも「左派」連中に襲い掛かりそうなほどの怒気が発せられていた。
武装警察という川を挟んで鋭く睨み合う右派と左派のデモ隊。
その衝突のきっかけは実に些細なことだった。
左派デモ隊に参加しようと現地入りした中年女性が、誤って右派デモ隊の列に向かってしまう。
混雑する現場、その雑踏の中で女性は「女王は退位しろ」と大書きされたプラカードを背後に居た右派の男の頭に当ててしまった。
「いてっ!……うん?“女王は退位しろ”だと?
おい、お前!なんだこのふざけたプラカードは!?」
背後からの怒声にギョッとして振り向いた中年女性は、さらにプラカードを周囲の右派連中にぶつけまわる。
たちまち取り囲まれ、最初に頭をぶつけた男から胸倉を掴まれる。
左派の女は自身の不明を詫びもせず、逆上する。
「なにすんのよ!!離しなさい!!」
「クソッタレ人民主義者のババァが!!なんでここにいやがる?
そんなに殺されてぇか!?ああぁ?」
周囲の右派デモ隊参加者が左派の女を取り囲み、頭をはたく等の軽い暴行を加える。
それを対岸にいた拡声器を持った左派の男が発見。
左派の女性が「野蛮な」右派レイシストに攻撃されていることを「労働人民」の同志たちに告げる。
「同志諸君!!武器を取れ!!
レイシスト共が仲間の女性を殺害しようとしているぞ!!
血に飢えた女王の手先を、スタントールから始末しろ!!」
拡声器で背後の同志たちに叫ぶ。
その直後だ。
赤ヘルメットを被り口元を赤いバンダナで覆った若いフェターナ人の男が、手製火炎瓶を持って武装警察の防壁を突破し、右派デモ隊に向かって投擲した。
火炎瓶は「女王陛下は偉大なり」と書かれたプラカードを掲げる右派女学生を直撃した。
割れやすいビール瓶の中からガソリンが撒き散らされ、瓶の口に突っ込まれていた新聞紙の炎が引火。
「ぎゃああぁぁぁああぁぁ!!」
「うぎゃあぁぁ!!ああ、熱い!熱い!!」
「いやあぁぁっ!!助けて!助けて!!」
瞬く間に炎は燃え広がり、右派デモ隊参加者数名が火だるまになった。
周囲の人々は自身の上着を脱いで、燃え盛る仲間の炎を消そうと懸命に消火を試みる。
それは文字通り右派の人々に怒りの炎を着火させた。
拡声器を持った右派側のリーダー格の青年が叫ぶ。
「人民主義者め!!本性を現したぞ!!
スタントールの民よ、武装せよ!!アカ共を古き王国から叩き出せ!!」
「オオォォーー!!」
青年の叫びに応じたスタントール人たちは、隠し持っていた武器を取り出した。
完全なるカオスが出現した。
怒り狂った右派デモ隊は、武装警察の防壁を怒涛となって突破して左派に襲い掛かった。
拳銃や散弾銃、さらには剣やバールで武装した右派が手あたり次第に左派デモ隊参加者を殺害あるいは激しい暴行を加える。
それに左派も反撃。
同じように銃火器や刃物を取り出して、右派や武装警察への攻撃を開始した。
混乱の中央部にいた警官隊も警棒で果敢に応戦するが、事態を収拾できずに一度撤退。
武装警察本隊が放水装甲車とジェラルミンの盾を持って現れると、強烈な放水と催涙弾を殺し合う暴徒に向けて放った。
悲鳴と怒号、催涙弾の白い煙が天空要塞前の目抜き通りを覆い尽くす。
煙が晴れた通りには、何十人もの人々が死体となって横たわっていた。
惨劇の王宮前。
各報道機関はそのような見出しを付けて、大量の血が流れた左右両派デモ隊の衝突の模様を中継していた。
……
そんな下界の有様を伝える大画面最新型液晶テレビを、最高級調度品で彩られた広大なリビングの特注品ソファーでくつろぎながらも不機嫌な顔をして眺める若く美しい女性がいた。
天空要塞の主にして超工業大国の国家元首、カリーシア・シノーデルⅡ世女王その人である。
自宅玄関前で起こった騒乱について、現場から上がって来た報告書を手にした内相を務める中年男が、ビクビクしながら女王から指示があるのを待っていた。
「……そこで突っ立ってないで、さっさと寄越さぬか。」
「は、はい!申し訳ございません、女王陛下……」
報告書を受け取る女王。
内相は一歩下がって次の指示を待つ。
「……もうよい、失せろ。」
「はい!……失礼致します。古き王国よ……」
「さっさと消えろ!!」
「ひっ!し、しし、失礼しました!!」
女王の相当な苛立ちに小役人上がりの内相の男はビクリと肩を震わせ、肉食動物に睨まれた小動物が如く逃げるように「王の間」を後にした。
報告書を流し読みする女王。
地元スタントールのテレビ局報道とほとんど変わらない内容だった。
左派デモ隊参加者による火炎瓶投擲をきっかけに始まった騒乱。
スタントールメディアの報道内容や手元の報告書は、原因についてそう告げていた。
「……クソッタレ共が。」
自分以外誰もいないリビングで独り言のように悪態をつく。
「女王陛下、失礼します。」
リビングの両開きドアをノックする音と共に、ドアの向こう側から聞き慣れた声がした。
女王の側近の一人、海軍総司令官兼王国防諜局局長のハインツ・デルバータ海軍元帥の声だ。
「入れ、デルバータ。」
「失礼します。」
女王が返答して直ぐに扉は開き、堂々とした佇まいを見せる3人の軍人が入室してきた。
スタントール王国軍の頭脳たる三軍総司令。
中央に先程のデルバータ、右側に陸軍総司令のクルス・エスデナント元帥、左側には空軍総司令のロアン・ルクレール上級大将が立つ。
「なんだ?」
ソファーに腰掛け報告書に視線を落としたまま、3人の将軍に向かって単刀直入に来訪目的を問う女王。
3人とも背筋を伸ばし、自分たちが不滅の忠誠を誓う若い女性に最大の敬意を示しつつ、デルバータが答えた。
「はっ、女王陛下。
今回の左派による無認可デモについて、国家憲兵隊の調査によって左派テロリスト及びダニークテロ集団に肩入れする一部の左派系国会議員による関与が明らかになりました。
陛下による御親政継続に異を唱える人民主義者の賊を完全に殲滅すべく、国家憲兵隊と海軍海兵隊及び陸軍による特別治安部隊を編成しましたので、命令書へのサインをお願い致します。」
デルバータは、小脇に抱えたドラゴンの皮製の上級品書類ケースに納められた書類の束を女王に渡そうとする。
女王はそれを受け取りつつ、訝しげに空軍総司令の顔を見た。
フェターナ人の空軍上級大将ルクレールは、その引き締まったベテラン軍人の顔にどこか苦悩の色を浮かべていた。
「……ルクレール。何故、海兵隊と陸軍だけなのだ?
空軍はこの治安行動に参画せんのか?」
するとネクタス人であるデルバータとエスデナントは、微かな怒りが込められた眼光をフェターナ人空軍司令に向ける。
ルクレールは俯き、覚悟を決めると重い口を開いた。
「……偉大なる我らが女王陛下……恐れ多くも意見を具申させていただきます……
……空軍としましては……有事事態の収束により、速やかな文民政府及び裁判所への国権返還をお願いしたく思います。」
美しい女王の顔が僅かに歪む。
すると陸軍総司令はもう我慢できないとばかりに噛み付いた。
「ロアン……貴様、何たる無礼だ……
まさか陛下に面と向かって言うとは思わなかったぞ。
この……国賊め……」
エスデナントがルクレールに向かって静かに怒りを放つ。
一方、デルバータは女王に向き直って冷徹に言い放った。
「陛下、実はもう一つ命令書がございます。
空軍幹部の身柄拘束と、陸海軍高級将校による空軍の暫定管理に関する物です。
どうか、ご検討をお願いします。」
これにルクレールは絞り出すように苦しい胸の内を語った。
「……ハインツ、クルス……
自分たちのしようとしていることが、本当に正しいかどうかもう一度考えてくれ。
現状は明らかに憲法違反だ……我らが王国は法治国家であり、中世のような人治国家では無い筈だ。
頼む。法と秩序を守る者としての使命を思い出してくれ……」
だがデルバータは目も合わせようとしない。
「陛下、どうかご指示をお願い致します。
自ら戦地に赴かれ、敵の悉くを打ち倒した偉大なる女王陛下に対し全ての陸海軍将兵は心服しており、御親政を阻むあらゆる障害をなぎ倒す準備が出来ております。
憲法よりも、叡智と武勇を誇る英雄による民族の栄光に満ちた統治こそ優先されるべきです。
空軍の妄言は、どうか無視されますように。」
海軍総司令は小脇の書類ケースから王国空軍の実質的な解体を強行する「もう一つの命令書」を取り出し、女王に差し出した。
その命令書も受け取る女王。
命令書の番号は「第999号」とあった。
これは、スタントール王国における慣習のようなもので、国家組織の大幅改編や敵対国家への宣戦布告等、王国の一大事に関わる事柄を実行に移す際の命令書管理番号は、3桁のゾロ目としている。
通常は年度が変わって最初に出される命令書の番号を「第1号」としてその後は「2、3、4……」と連番となるが、3桁のゾロ目だけは欠番となる。
つまり、「3桁ゾロ目の命令書」とは女王が統べるこの王国では非常に特別な意味合いを持つことになるのだ。
女王親政に反対する空軍の実質的解体。
陸海軍の暴走とも取れるこの命令書が実行された場合、空軍は元より諸外国からの反発も必至であろう。
だが、デルバータもエスデナントもそんなことは歯牙にもかけていなかった。
偉大なる女王による栄光の統治が続くこと、これこそ至上命題である。
それを邪魔する者は……たとえ幾多の激戦を共にくぐり抜けてきた戦友であろうと……容赦はしない。
女王はまず最初に渡された「通常連番」の命令書にサインしてデルバータに渡した後、「第999号命令書」にザっと目を通した。
そして3人の将軍にこう告げる。
「この“ゾロ目”は妾が預かる。しばし検討する故、下がってよい。」
それは海軍総司令と陸軍総司令にとって予想外の返答だった。
海軍海兵隊と陸軍特殊部隊は王国各地の空軍基地制圧の為、既に基地近郊に部隊を展開しており、命令書を受け取り次第、迅速に基地制圧を行う手筈になっていた。
空軍にこちらの動きを察知される前に、速やかに武装解除する。
その為にも今ここで「ゾロ目」の命令書を受け取らねばならないのに、敬愛する女王は「検討する」として保留したのだ。
当然、すぐさま承認してくださるものとばかり思っていたデルバータとエスデナントにとって、それは全くの想定外の事である。
デルバータは恐る恐る女王に伺いを立てる。
「……偉大なる女王陛下……失礼を承知で申し上げますが、空軍による騒擾を未然に防ぐ為にも、999号の命令書をここで頂戴したく思います。
どうか、ご署名をお願い致します。」
すると女王はデルバータを鋭く睨み付けた。
歴戦の戦艦乗りで実戦経験も豊富なベテラン海軍軍人の男は、その眼光に戦場でも味わったことがないような恐怖を覚えると女王から一歩下がった。
「妾は『検討する』と言ったのだ。この件は追って沙汰を出す。
……さっさと失せろ。」
デルバータとエスデナントは弾かれた様に背筋を直角に伸ばして敬礼した。
「ははっ!!大変失礼致しました!女王陛下!」
3人の王国軍将官が女王のリビングを後にしようと扉へ向かった。
デルバータが扉に触れようとしたその時、女王は「フェターナ人」の将軍に命令した。
「貴様は残れ、ルクレール。」
突然の指示を受け、驚愕に目を大きく見開く空軍総司令。
驚愕したのは2人のネクタス人将校も同様である。
なぜ、女王は空軍にだけ「残れ」と?
わからないが、命令は命令だ。
デルバータとエスデナントはそのまま部屋を辞し、ルクレールのみリビングに残った。
……
女王のリビングを出た2人のネクタス州出身の軍人は、王宮の長い廊下を歩きながら小声で話し合った。
「おい、ハインツ。どういうことだ?
何故、ロアンの奴だけ残されたんだ?」
陸軍総司令の威風堂々とした偉丈夫は、親友で海軍総司令のベテラン海軍軍人の男に詰問する。
それにデルバータも苦し気に思案する顔を見せて答えた。
「……それは俺が知りたい。999号は直ぐにでも承認されるものと思っていたのに、陛下は何を“悩まれて”おられるのだ……
ましてあのフェターナ人の軟弱な空乗りを自室に残す等、全てが想定外だ……」
デルバータはヒゲが無く清潔感ある自身の下顎を指で触りながら、今回の事態に困惑する。
「あのロアンが、陛下に何を吹き込むか分かったものじゃない。
何か策はないか、ハインツ。」
「……今はとにかく陛下の御判断に任せるほかあるまい。
ただ、ルクレール如きが陛下を説得できるとは到底思えないが……うん?あの男は?」
海軍総司令は正面からこちらへ歩いてくる人物に気が付いた。
若い白人の男。
見事な黒髪に、澄んだ黒色ダイヤのような黒い瞳の美形。
年齢は女王より2、3歳程年下の10代後半。
王国空軍将校の制服を完璧に着こなし、若者ながら堂々とした佇まいを見せるその男は女王の「弟」。
スタントール王国「王弟」、キリシア・シノーデルである。
弟と言っても、直接的な血の繋がりは極めて薄い。
彼は「フェターナ・シノーデル王室」の王位継承者であり、カリーシア女王とは建国王カズキを共通の先祖に持つ別の王室の人間である。
彼の両親たる先代のフェターナ王家当主とその妻は、約10年前、極左ゲリラによる「スタントール王国王室専用機撃墜事件」で失われ、同じく父王と王妃である両親を失ったカリーシア女王とは「姉弟」の関係を結んでいた。
引き締まった身体に優しさと自信に満ちた美顔。
女王からの愛情と信頼の厚い王弟は2人の将軍に気付くと、立ち止まり見事な敬礼をした。
エスデナントはすれ違いざま微笑みつつ略式の敬礼を返したが、デルバータは無視して通り過ぎた。
王弟は特にそれを気にする素振りも見せず、女王のリビングへと消えていった。
キリシアのことを無視ししてすれ違った海軍総司令を、陸軍総司令が小声で咎める。
「おい、ハインツ!
仮にも王室関係者だぞ?少しは敬意を示せ。」
だがデルバータは鼻を鳴らして一蹴した。
「ふん、フェターナ王室は真の王室ではない。
我ら真のスタントールの民が頂くのは、今も昔もネクタス・シノーデル王室のお方のみ。
歴史の授業を思い出せ、クルス。フェターナ王室の者が王位に就いた時、我が王国は決まって衰退し、次なるネクタス王室の王がその尻拭いをさせられてきた。
我々が核で吹き飛ばしたオーク共の街、モラグヴァータとて本来は我がスタントールの街だったんだぞ?
「鋼鉄の時代」の亜獣人大戦で放棄を余儀なくされ、その隙に薄汚い緑虫が居座ってしまった。
今回の大戦も、偉大なるネクタス王室ご出身のカリーシア陛下で無ければ、王都すら失陥していただろうよ。」
ネクタス州出身の海軍元帥は、苛立ちを隠しもせずに「フェターナ・シノーデル王室」への不遜極まる発言を吐いた。
冒頭、スタントール本国を構成する主要二大州たるフェターナとネクタスは、元来別の王国であったことを述べたが、その名残は1500年以上経った今も尚、この超工業大国に色濃く刻まれている。
……※世界観設定文章です。読み飛ばし可※……
フェターナ・シノーデル王室。
建国王カズキの「第1王妃」にして彼が真に愛した女性、エレナ・シノーデルが産んだ子供たちを開祖とするフェターナの王室。
満身創痍のカズキを、一人で切り盛りしていた自身の農園に温かく迎え入れた「建国王の恩人」。
カズキは農作業を手伝う傍ら、彼女とその農園を守るべく矛を手にして山賊やオークを討伐して回る傭兵となった。
エレナは非常に温厚で包容力のある美女で、貧しい人々には農園で取れた糧を惜しみなく分け与え、孤児たちを率先して救い出したことから、今ではフェターナ人の信仰の対象にもなっており「聖母エレナ」として聖人に列せられている。
さらには王都・フェリスの国際空港の正式名称も、彼女の名を取り「フェリス・エレニア国際空港」となっているほどだ。
そしてネクタス・シノーデル王室。
現在の女王、カリーシア・シノーデルⅡ世を当主とする、ネクタス王国最後の王にしてスタントール王国「第2王妃」兼初代宰相ネタリア・ハピヒツブルッケが産んだ子供たちを開祖とするネクタスの王室。
ネタリアは、王女の頃より当時無敵を誇った重装突撃騎兵部隊「ネタリア騎士団」を率いてネクタス国内に点在する数多くの亜獣人の国を攻め滅ぼした。
カズキと出会ったのも戦地であった。隣国フェターナに攻め入ったネクタスの軍勢を率いるネタリアは、フェターナ軍の傭兵カズキと一騎討ちとなった。しかし、戦場となった国境の川は折からの豪雨により氾濫。上流の自然堤防が決壊して今まさに剣を交えようとした2人を鉄砲水が襲い、そのまま下流の森林地帯へと押し流した。
そこは巨大な魔物が巣食う通称「魔界の森」と呼ばれる場所。
敵同士だった筈の2人は森から脱出する為に共闘を余儀なくされ、互いに背中を合わせて襲い来る魔物と戦った。その際、ネタリアは次第にカズキの武勇に惹かれ、強い恋心を抱くようになる。
やがてネタリアは魔物が跋扈する森の中で、妻エレナの存在を理由に肉体関係を拒むカズキを押し倒し半ば強引に関係を持った。その後2人は辛くも森を脱することに成功し、それぞれの国へと帰路につく。
その時、ネタリアの腹にはカズキの子供が宿っていた。
それから数年後、北より襲来するオークの大帝国・シャハーンの大軍勢を前に両国は結束を強め、これを打ち破った。それから間も無くカズキがフェターナ王位に就き、数か月後に今度はネタリアがネクタス女王として即位した際、両国はそれぞれの王の婚姻を持って合併。スタントール王国が成立することとなった。
やがて、カズキが自身の高齢を理由に王位を退くと、スタントール第2代国王として即位したのがネタリアの第一子にして「ネクタス・シノーデル王室」最初の王、カリーシア・シノーデルⅠ世である。
フェターナ人は「フェターナ王室」を、ネクタス人は「ネクタス王室」をそれぞれ尊崇し、どちらの王室出身者が王位に就くか、フェターナ人とネクタス人によって近世まで熾烈な権力闘争が繰り広げられていた。
その後、近代に入って国民議会の成熟と立憲君主制が本格的に確立したことで国王が「平時」では国家権力を行使することが無くなった。
これにより王室の権威は儀礼的・象徴的なものへと変化したことから血が流れるような王位継承を巡る激しい権力闘争は無くなったものの、現代に至ってもスタントール本国の国民……フェターナ人とネクタス人の潜在意識を分断していた。
それは特に、保守的傾向の強いネクタス人たちに色濃く現れている。
……※設定文章、終了※……
「それにしても」と陸軍総司令は言った。
「なぜ、フェターナ王室のキリシア王弟殿下が女王の部屋に?」
これに海軍総司令の男は合点がいったようだ。
「……そうか、だからルクレールの野郎が残されたんだ!
あの軟弱なフェターナ王室の男と一緒に、女王陛下に国権返還を迫るつもりだ!!」
「なんだって!?
……ロアンの野郎!姑息にも王室関係者を巻き込むつもりか?
完全に見損なったぞ。あの野郎!」
エスデナントは顔を紅潮させ、眉間に皺を寄せる。
デルバータも自身の碧い瞳が赤に染まるかのように、その白目に赤い血管が走る。
「……ハインツ。女王陛下の採決を待たずに空軍解体を“強行”するか。」
「待て。それでは本当に逆臣となり、奴らフェターナ人を調子に乗らせるだけだ。
奴らが憲法、憲法と餓鬼のように叫ぶなら……こちらも憲法の規定で対抗すればいい。」
法曹知識に疎い陸軍総司令は、海軍総司令の言わんとするところがいまいち理解できなかった。
疑問符を頭上に浮かべる陸の戦友に、海の男が解答を寄越す。
「国民投票だ。王国憲法第3条の条文解釈によれば、本来ならこれは有事事態終了後に国権が文民政府に返還された後に、国王の親政そのものの是非を問う投票とされているが、国家憲兵隊や右派メディアを巻き込んで、この投票を“女王陛下の親政継続の是非”を問うものにすり替えるのだ。
投票をすると言えば、民主主義と憲法遵守を訴える口やかましい非人民主義系リベラルもとりあえず黙るだろう。」
その言葉に陸軍総司令の男の顔は晴れやかになった。
空軍総司令ルクレールのような中道右派や中道左派連中も「国民投票」で是非を問うことにすれば、文句はない筈だ。国際社会も、投票の結果ならば言い掛かりをつけてこない。
つまり、堂々と偉大なる女王による統治を継続できるのだ。
「こんな投票は無効だ!」と人民主義者の売国奴が叫ぶだろうが、そんな「民主主義の原則」に反する連中は粛々とゴブリンや海棲巨獣の餌にしてしまえばいい。
2人の将軍は、親政継続に反対する連中への「渾身の一撃」となるであろう策の仔細を、王国軍中央作戦総司令部へと続く王宮の長い廊下で詰め始めた。
……彼らにとって最大の「誤算」は、投票結果が当然に親政継続賛成が過半数を取るという根拠の無い「推測」によるものであることに、気付かなかったことだった……
……
デルバータが女王に999号命令書を手渡してから1週間後。
スタントール主要メディアと世界各国報道機関は、「国民投票」に関する速報を以下のように発信した。
『女王親政継続の是非を問うノルトスタントール連合王国の国民投票の実施、遂に決定さる。』
投票日は1ヶ月後とされ、たちまち各メディアによる苛烈な報道合戦が始まった。
スタントール右派メディアは、女王の親政開始により如何に王国の工業基盤が迅速に復興・発展してきたか、王国軍がどれほど精強な組織へと進化したか、そして何より……新型エネルギー爆弾に代表される飛躍的な科学技術の発展がもたらされたかを、具体的な数字を上げて連日のように伝えた。
それに対し、女王親政下で一度は地下に潜った左派メディアが国民投票実施を受けて「日の当たる場所」に戻ってきた。
彼らはその親政でどれだけの貴重な人命が奪われ、どれほどスタントールが閉鎖的で差別的な社会へと変貌してしまったかを、海外メディアの支援を受けつつ繰り返し訴えた。
枕詞のように親政で損なわれてしまった「民主主義」と「平和」の回復を唱え、王や政府の上に立つ憲法の重要性をひたすらに説いた。
戦時中、女王が憲法の条文を盾に親政を開始しようとした時は「そんな条文は無効」と散々叫んでおきながら、今度は手のひらを返したかのような「護憲」報道。そんな左派に右派は理詰めで大いに反論するも、感情論で反撃する左派に効果は無かった。
親政に関する議論やデモが王国各地で活発に行われた。
特にデモは投票日が近付くにつれ激しさを増し、左右両派の衝突がスタントール王国各地で頻発。
その左右デモ隊による騒乱を抑えるべき王国陸軍と武装警察による鎮圧行動は、あからさまに左派の取り締まりを重点に置いており、そのことがかえって「浮遊票」とも言うべき左右どちらにも組しない穏健派フェターナ人やネクタス・フェターナ以外の本国諸州の人々の右派への不信感を高めてしまった。
一方その頃、本国東側に海を挟んで存在する王国直轄領・ファーンデディア広域州でも「国民投票」の熱狂が逆巻いていた。
元々、旧ネクタス王国からの移住者の末裔が多数を占めるファーンデディア在住王国国民……通称:センチネルは、州内各地の大都市で「女王親政死守」をスローガンに一大キャンペーンを展開。
そのスローガンに異を唱えるフェターナ系ファーンデディア王国人を言葉で、時には暴力で叩きのめしていた。
それを目の当たりにしたファーンデディアに住まう褐色肌の原住民・ダニーク人たち、特にスタントールからの分離独立を求める武装組織・ダニーク解放戦線は、その誰もが投票そのものが茶番であり、女王の親政は当然に続くものと考えていた。
尚、彼らダニーク人をはじめとする「王国在住亜人」と規定された人々には、当たり前のように投票権は無い。
このように様々な人々の思惑が交錯し、世界各国の注目が集まる中、遂にその国民投票は始まった。
結果は投票締め切りと同時に即日開票され、直ちに発表された。
……
国民投票の翌日。旭日が大地を遍く照らし、夜の闇は完全に消え去った午前。
スタントール王宮・カズキの天空要塞の最上階に位置する「王国御前会議室」の広い室内。
最上座に座る女王の眼前には、超工業大国の頭脳とも言うべき文武百官が一堂に会していた。
女王に最も近いところに座る陸海空軍の総司令官3人のうち、2人はこの世の終わりを宣告されたかのような表情を浮かべている。
言うまでもなく、陸軍総司令のエスデナントと海軍総司令のデルバータである。
国民投票の有効投票率は実に94%。これは1000年近い歴史を持つスタントール王国憲政史上最高の投票率である。
そして肝心の国民投票の結果と言えば……51%が親政継続に反対、49%が継続賛成となった。
ただし合わせて実施された「本来の」国民投票の命題たる親政そのものの是非については、肯定が実に89%、否定が11%と圧倒的大差をつけ、カリーシア・シノーデルⅡ世女王は引き続き王位に留まることとなった。
デルバータは「ダンッ!」と目の前の会議机に両手を叩き付けると同時に立ち上がった。
「……無効だ。選挙管理委員会がアカに汚染されていたに違いない。
陛下、今すぐに王国防諜局による捜査を開始致します。」
血走る目はまず隣に座る空軍総司令を睨み付け、次に女王の隣に座る王弟に向けられる。
だが女王は海軍総司令の男に命令した。
「黙れ、そして座れ。デルバータ。」
そう命じた女王の真顔は、一切の抗弁を許さぬと告げていた。
勢いよく立ち上がったデルバータであったが、すごすごと着席を余儀なくされる。
女王は居並ぶ王国政府高官や省庁高級官僚、三軍司令をはじめとする軍高官らと、本会議への出席を求められた国民議会主要政党の党首たちの顔をひとしきり見渡した後に口を開いた。
「臣民の声を問うた結果がこれだ。妾は潔く退く。
文民政府は速やかに議会を再開し、組閣に入れ。退出してよい。」
右派政党の党首や幹部たちは席から立ち上がると、女王に向け恭しく一礼して会議室を辞した。
左派政党の面々も立ち上がるが、女王に頭を下げることも無く、どこか勝ち誇ったような顔をしたまま雑談しつつ会議室を出る。その様に、若手官僚や軍高官らは静かに怒りを燃やした。
そんな左派政党の最左翼、スタントール人民主義者党の党首の男が去り際に言い放つ。
「ハハッ!女王、ようやく間違いを認めましたな。
これが国民の声です。我がスタントール労農人民の声です。
いずれ時代遅れ極まりない王制そのものも否定されることでしょう。
では、失礼します。ハハハッ!」
デルバータとエスデナントは人民主義者の男のあまりにも女王への敬意を欠いた発言に、強い殺意を覚えた。
否、彼ら2人だけでは無かった。この場にいる王国軍高官全員が憎悪を通り越して激しい殺意を放つ。
何人かの若手将校が立ち上がり、男に食って掛かる。
「貴様!今の発言を取り消せ!!」
「人民主義者のクソ野郎め!窓から突き落とすぞ!!」
しかし人民主義者党党首の男は、軍人連中の発言を豪快に笑い飛ばして会議室を出て行った。
「ブワッハハハハッ!!ほざけ、ほざけ!民に見限られた女王の負け犬めが!!ハハハッ!!」
渾身の一撃と思って放った国民投票に敗北した今、彼らは「負け犬」であった。
どれだけ怒鳴ろうとも、それは「負け犬の遠吠え」でしかない。
会議室を去った人民主義者の男の笑い声に重なるように、遠く「人民共和国」の首都で踏ん反り返る赤い傀儡女の「冷血女」が上げる大爆笑が聞こえてくるようだった。
通夜のような雰囲気が会議室を包む。
しかし、その中心にいる女王は超然としていた。
政党関係者が会議室から出てしばらくの後、再び口を開いた。
「もとより国民投票なぞせずとも、妾は親政を取りやめるつもりでおった。」
その発言に、デルバータとエスデナントはじめ軍高官らは驚愕する。
たまらず一番衝撃を受けたデルバータは女王に問うた。
「な……なぜでありますか、女王陛下?
陛下の御親政でどれほどの臣民が救われ、どれだけ王国が発展したか……
それはまだ道半ばにございます。人民主義者との戦争やファーンデディアの騒乱は治まっておりません。我ら真のスタントールの民には、陛下が必要なのです。」
「もはや国難は去った。後の戦後処理とファーンデディアの騒擾は文民政府でも対処できる案件だ。
これ以上、妾がでしゃばる必要は無い。」
女王はきっぱりと言い切った。
デルバータは打ちひしがれたように腰を落とした。
「そんな……一体何が陛下のお気持ちを変えてしまったというのですか?
……やはり貴様らか……フェターナ人!」
デルバータの眼光が再び鋭くなる。
やるせない表情を見せる空軍総司令と、優し気な微笑みを絶やさない王弟はその眼差しを正面から受け止めた。
海軍総司令の発言を、女王は諭すように否定した。
「いや、この者たちはむしろ“汚れ役”を買って出てくれたのだ。
お前のように妾に心服し、親政継続を強く求めるネクタスの民による憎悪がフェターナ人全体へと向かわぬよう、その受け皿となる為にな。
ネクタスとフェターナ、このどちらが欠けてもスタントールは滅ぶ。
此度の親政終了が、両州の民の分断を招かぬよう配慮してくれたのだ。
デルバータ、聡い貴様なら分かろう。
我らの隙を狙っているあのクソ女が、こんな絶好の機会を逃す筈あるまい。」
女王の言う「クソ女」とは、他ならぬスタントールの敵対国家であるアーガン人民共和国の実質的最高権力者にして「冷血女」こと、カレン・アクラコンのことだ。
強大な敵対超大国が政治問題を巡って国民意識が分断されることほど「有難い」事態は無い。
生まれたひび割れに大量の水を注ぎ続ければ、それは巨大な割れ目となる。
そのような謀略を最も得意とするカレンにしてみれば、今のスタントールはまな板の上の鯉のようなものだ。
それに聡明な女王は気付いていた。
だからこそ女王は思案に思案を重ねていたのである。
今回の国民投票は一つの賭けだった。
もし、親政継続が賛成多数となった場合はそのまま親政を続けるつもりでもいた。
だが、民は賢明にも「民主主義」を選んでくれたのである。
投票という目に見える形での親政終了と速やかな民政移管が実現したのであった。
だがそのまま親政を終えてあげる程、カリーシア女王はお人好しではなかった。
女王は、改めて主君の聡明さを思い知り己が不明を恥じて項垂れる海軍総司令と陸軍総司令の元に、一つの命令書を投げて寄越した。
会議机の上を滑るように目の前に飛び込んできたクリアケースに入れられた命令書の束を確認する2人の将軍。
命令書の管理番号は999号。
困惑しつつ命令書の内容を確認した2人は、またしても驚愕した。
「へ、陛下……こ、これは?」
エスデナントは大いに動揺しながら女王に確認を取る。
女王は壮絶な笑みを浮かべて答えた。
「妾が出す最後の命令だ。デルバータが持ってきた999号の内容を完全に変更した。
陸海空三軍は、本命令を必ず遂行せよ。」
するとデルバータは先程までの絶望の表情が嘘だったかのように、元のベテラン軍人の顔になると立ち上がり見事な敬礼を持って女王の命に答えた。
「ははっ!女王陛下!!直ちに実行致します!!」
「よろしい。大体の概要はルクレールと詰めておる。
後は貴様等3人で確実にこなせ。」
直後、陸空軍の総司令官も立ち上がり、海軍総司令に続いて女王に敬礼し答えた。
「はっ!!女王陛下!!古き王国よ、偉大なれ!!」
軍高官や官僚たちは置いてけぼりだ。
会議の内容の一切を記録していた若い書記官も、疑問符を頭に浮かべていた。
だがその翌日、彼らのみならず世界中の人々は知ることになる。
ノルトスタントール王国軍による自国領ファーンデディア南部オーレン県県庁所在地・オラン市への「戦略型」新型エネルギー爆弾による核攻撃という衝撃の事実を。
※この後書きは本編とほとんど関係ありません※
【新暦1926年12月25日付 ファーンデディアセンチネル新聞社(極右メディア)発行
全国紙朝刊(通常版) 一面記事より抜粋】
●ダニーク解放戦線へ痛恨の一撃!王国軍、オランへの核攻撃を敢行せり!●
23日の国民投票の結果は、全ての王国臣民とセンチネルを落胆させた。
偉大なる我らがカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下(古き王国よ偉大なれ)の御親政に反対する人民主義者とその手先による一連の投票に関する不正は、いずれ白日の下に晒されることになろう。
しかし今は、ネクタスとフェターナ、そしてファーンデディアのセンチネルたちが一致団結してこの苦難の時代を乗り越えねばならないのだ。
決して隣人を疑ってはならない。我らを嘆き悲しませる憎むべき敵は常に悪辣な人民主義者なのだから。
そんな中、昨日24日、スタントール愛国主義者たちの斯様な嘆きを吹き飛ばしてくれるような実に痛快な出来事があった。
我らが王国軍は、開戦から長らく忌々しい褐色肌の原住亜人ことダニーク人テロ集団・ダニーク解放戦線により占拠されていたファーンデディア広域州南部オーレン県オラン市に対し、彼奴等の完全殲滅を目的とした大型エネルギー爆弾による核攻撃を敢行したのである!
恩を忘れた蛆虫共よ!刮目せよ!
如何に、貴様等が山がちな南部ファーンデディアの地形を利用したゲリラ戦術を持って我が王国軍奪還部隊を退けようとも、全ては無駄だったのだ!
大いなる核の炎は、蛆虫ダニークにより白き肌の同胞たちが追放されたオランの街を、徹底的に破壊しつくしたのである。
これにより同市に巣食っていた茶色いゴブリン共およそ数万が消し炭と化した!
偉大なる女王陛下による御親政が終了し、意気消沈するセンチネルにとってこれ以上の朗報があろうか!
おぉ、全てのスタントールの民よ!讃えよ!
我らが偉大なるカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下とその僕たる精強な王国軍の英断を!
軟弱な文民政府では絶対に成し得ない偉業を!
我らは一切容赦しない!文明を与えた我らを裏切った蛆虫は、全て死あるのみ!
震えて死を待つが良い!ダニークとそれに味方する腐った人民主義者共よ!
カリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下、万歳!古き王国よ偉大なれ!
(後略)




