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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第四章  大戦の終わり
30/63

29. 和平会談という名の戦場 後編

 まだ12歳に過ぎない喪服姿の美しい黒髪の少女は、宮廷魔術師の男に連れられて自宅である天空要塞の客間へと入った。

 そこで彼女を待っていたのは、婚約者だという肥え太った醜い男であった。


「さぁ、カリーシア王女様。この方が、あなたの夫となられるお方です。

 イェルレイム王族の末裔の方にございます。

 とても由緒正しきお生まれの御仁で、カリーシア様に相応しいかと。」


 宮廷魔術師のローブを纏う長身の痩せた中年男は、少女に不気味なまでの満面の笑みを見せて客間のデブ男を紹介する。デブ男の醜い顔が、さらに気味の悪い笑顔で醜悪さを増す。


 カリーシアが愛する父にして第24代ノルトスタントール連合王国国王、カスデル・シノーデルⅢ世を亡くしたのは、つい数日前のことだ。

 ファーンデディアの統治開始から1500年を記念した一大軍事パレードに参加する為、母である王妃と共に王室専用機でファーンデディア広域州へ向かおうと王都・フェリスの空港を離陸した直後に、極左武装ゲリラが放った携帯式対空ミサイルで撃墜された。

 人民主義を信奉する同胞のスタントール人によって、国王は殺害されたのだ。

 ほとんどのスタントール国民が深い悲しみに沈む中、スタントールの極左メディアは有りもしない父王の醜聞を撒き散らし、そんな王を殺した左翼ゲリラを、あたかも英雄であるかのように印象付けて連日報道していた。

 人民主義者党も一部参画する中道左派系連立政権である文民政府は、今回の事態に関する醜い責任の擦り付け合いを展開。

 政権は崩壊の危機を迎え、まともに機能していなかった。

 一方、王国軍や警察はそんな無能な政府を見限り、独自に捜査を開始。

 王を弑逆した「朝敵」を抹殺せんと奮闘していた。


 斯様な情勢の中、暗殺された父王の盛大な国葬が昨日行われたばかりだと言うのに、この宮廷魔術師の不気味な男は、明日の戴冠式を前にした少女に、突然醜い豚男を宛てがおうとしている。


「ここ、こ、こんにちは!へへっ、か、カリーシアちゃん、可愛いね……げへっ!」


 カリーシアは全くの無表情だった。


「では、私は失礼します。どうかお二人で、しばらく愛を育まれてください。」

「待て、自称宮廷魔術師のザイスとやら。どこへ行く。

 わらわにこのイェルレイム産の醜い豚の粗末なナニをしゃぶれ、とでも抜かす気か?」


 宮廷魔術師の男、ザイス・インクヴァルトは王女の想定外の発言に、思わず固まってしまう。


 ザイスは宮廷魔術師と言えば聞こえは良いが、実際は父王から疎まれており、カリーシアが物心ついたころにはスタントール王宮である「カズキの天空要塞」から追い出されていた。

 そんな人物が、王の死の直後に突然姿を見せ、国王夫妻の国葬を取り仕切ったかと思えば、明日にも第25代スタントール国王として即位するカリーシアに、イェルレイムの王族の末裔と称する豚を夫に据えようとしていたのだ。


 全ては、人民共和国の意向である。

 異民族の血を入れて王家の血統を穢し、その権威を貶め、王に失望したスタントール人たちの間に人民革命を引き起こす。

 偉大なる同志キムケグァン書記長の為に。


 ザイスは、カリーシアという少女をよく知らなかった。

 御しやすい温室育ちの小娘にしか思っていなかった。


 そんな小娘が、突如自分に対して粗野な言葉を使った。

 こみ上げる困惑と怒りを抑えつつ、敢えて聞き返す。


「……え?はい?カリーシア王女様?今、何と仰いましたか?」

「妾に、このクソ豚のチンケなナニをしゃぶれと言うのか、と問うたのだ。

 クソッタレのアカの手先が!!」


 直後、客間に数名の黒衣の兵士と王国陸軍元帥の制服を着た老人が入り込んできた。


「女王陛下。遅れてしまい、申し訳ございません。」


 元帥が「女王」に到着遅延を謝罪する。


「よい。貴様らが来なければ、妾自らこのゴミ共を始末するつもりでおった。」


 突然現れた軍人たちに、ザイスとイェルレイム王族を自称する豚は大いに狼狽する。


「な、なんなんだ?お前らは?

 無礼であろう!ここはスタントール王宮の宮廷内であるぞ!!」

「え?なに、この兵隊は?ぼ、僕の為のサプライズとかかな?うふっ!」


 ザイスは額に血管を浮き上がらせて怒鳴り散らし、無様なデブ男は状況が理解できずヘラヘラとしている。


「無礼は貴様だ!!ザイス・インクヴァルト!

 我らが偉大なる国王、カスデル・シノーデルⅢ世陛下を弑逆した逆賊めが!!

 貴様と人民共和国の赤い繋がりに、我々王国軍が気が付かないとでも思ったか!!」


 陸軍元帥の鋭い声が、最上級の調度品で彩られた天空要塞の客間に響き渡る。


「な、な、なな、なんのことだ。言い掛かりだ!」

「うお、ス、スス、スゴイ声。爺さんカッコイイ!えへへっ!」


 宮廷魔術師の動揺はさらに大きくなり、馬鹿な肥満男は他人事のように喝采を送る。

 直後、黒髪の王女は背中に隠し持っていた軍用自動拳銃を引き抜き、侮蔑の眼差しと共にイェルレイム産の豚に銃口を向ける。


 発砲。


 9mm弾が肉の塊のような男の額にめり込み、後頭部から矮小極まる脳漿を弾き出した。

 イェルレイム王族の末裔を自称する男は、その劣等遺伝子を後世に伝えることなく息絶えた。


「ひえっ!!な、え?こ、こ、これは、一体?はぁ?」


 激しく取り乱す痩身の男は、ようやく恐怖を覚えた。

 取るに足らない王族の小娘と思っていた少女が、何の躊躇いも無く自分の隣にいた頭の悪い肥満男を射殺したという恐るべき事実が襲い来る。


「女王陛下、お見事にございます。」

「うむ、少し気が晴れた。後は貴様らに任せる。

 父と母、それに専用機に同乗していた王国臣民の皆々が抱いたであろう死の恐怖を、100倍にして此奴こやつに叩き付けよ。

 それと、この男の家族を連行して、穢れた妾の要塞の客間を掃除させるように。」

「ははっ!!女王陛下!仰せのままに!」


 屈強な黒衣の兵士たちが、ザイスの両脇を掴んで連行する。

 それに激しく暴れて抵抗する魔術師の不気味な男。


「やめろー!!離せ!!不当逮捕だ!

 こんなことして、マスコミが黙ってないぞ!重大な人権侵害だ!!」

「黙れ!!クソッタレのアカい痴れ狗が!!

 ……妾の父と母を返せ!!」


 カリーシアは怒声と共に跳躍。売国奴ザイスの顔面に強烈な膝蹴りを叩き付けた。

 反動をもって空中で一回転すると、女王は見事な着地を披露する。

 ザイスの下顎は粉砕骨折し、今の一撃で意識を失った。


 黒衣の兵士はボロ雑巾を扱う様に、極左ゲリラ主要幹部の一人を連行していった。

 

 顔を伏せ気味にして、黒く大きな瞳から零れた涙を拭う「女王」。


「陛下。」


 威厳漂う陸軍元帥の老人は、主君の少女に優し気な微笑みを向けつつ白い清潔なハンカチを差し出す。

 だが少女はこれを固辞した。


「……いらん。もう涙は流さない。

 妾はもう……決して泣かない。」

「……承知致しました、我らが女王陛下。無礼をお許しください。」


 老人は、深い敬愛の念を込めてカリーシアの決意を聞き取った。

 おもてを上げた彼女の前に、スタントール王家に絶対の忠誠を誓う王国軍兵士が居並ぶ。

 女王が自分たちを見渡す様を見るや、一斉に背筋を正して敬礼する。

 古き偉大なる工業大国の国家元首に向かって。


 斯くして、カリーシア・シノーデルはノルトスタントール連合王国第25代国王となった。

 


※この第29話では場面や登場人物が次々と切り替わり、一話辺りの文字数も過去最高となります※

 この為、「……●(場面の場所)●……」と明記し、可能な限り分かり易さを心掛けます。

 拙い文章力で見辛いかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。

 怒り狂う女王の兵隊が和平会談の会場に突入した時、ほぼ同時に動き出した2人の女がいた。

 褐色肌の美少女と、閉じているかのように細い瞳をした三つ編みの黒髪を揺らす美女。

 褐色少女の名は、サーラ・ベルカセム。

 細い目の女は、シクラ・アクラコン。

 解放戦線最強の革命戦士と、人民共和国最強の兵士である。


 サーラはサスペンダースカートの中に隠し持っていた銀色に光る小型自動拳銃を引き抜き、シクラは人民軍政治将校の上着下の両脇からマシンピストルを取り出した。


 サーラの緋色の瞳が自動拳銃の照星越しに、会場メインホール1階の奥5箇所の出入り口から突入してきた、王国製自動小銃を持ってこちらへ迫りくる黒衣の兵士の顔面を捉える。

 専用ゴーグルで覆われた敵兵の瞳と視線がかち合う。

 女王直属の親衛部隊兵士が、褐色肌のテロリスト女を始末するべく発砲しようと小銃を構える。

 しかし、サーラの方が早かった。


 発砲。


 黒衣の兵士の右目に9mm弾が叩き込まれる。

 絶対の殺意を込められた弾丸は、女王の兵士の頭部細胞組織を破壊し尽くした。

 

 一方、人民共和国最強の兵士であるシクラは、マシンピストルを両手二丁持ちすると、殺到する黒衣の兵団に向け、極めて正確な銃撃を加える。

 サーラが1人を始末する間に、シクラは6人を射殺した。


 すぐさま、黒衣の兵団も猛烈な反撃を加えてくる。

 5.56mm弾の雨が、会場1階メインホール奥と左側の出入り口から雪崩れ込んできた黒衣の王国軍精鋭兵から人民共和国代表団の席周辺一帯に向かって叩き付けられた。

 たちまち、代表団の近くに座る他の共和国陣営諸国代表団のメンバーらが被弾。

 次々と射殺されていく。


 血の雨が降る「和平会談」の会場メインホール。

 3つの大陸を巻き込む史上最大の「大戦」の平和的終結を目指して開催された「大戦和平会談」は、和平を断固拒否する工業超大国の意志により、完全にご破算となった。

 もはや全世界を敵に回すことさえ厭わないその国の名は、ノルトスタントール連合王国。

 この強大な工業国家は、和平を話し合うべく世界主要国首脳陣が集まった会場に、自らの精鋭兵団を叩き付けて来た。

 敵対陣営である共和国陣営諸国、その中でも不倶戴天の敵とも言うべきアーガン人民共和国の代表団と、自身が支配する「祝福の大地」ファーンデディアにてテロ攻撃を繰り返す原住民武装組織の代表者を、全世界が注目するその目の前で抹殺する。

 およそ常軌を逸しているとしか思えない暴挙に打って出たのである。



……●人民共和国代表団の座席付近●……



「うおっ!やっぱスゲーな、スタントールは!容赦ってものがないぜ!」 


 王国兵に射殺され、突っ伏して倒れる衛星国代表者の死体がある机の陰に隠れて、辛くも敵弾をやり過ごす人民軍元帥の男は、何処か楽し気な様子だった。

 ザイツォン・ベタシゲン。アーガン人民共和国の人民軍最高司令官を務める30代の男。

 右手に愛用の小型自動拳銃を持ち、身を隠す机から銃を突き出しては敵兵に向かって反撃を加えていた。


「ザイツォン様!お怪我はありませんか?」


 そんなザイツォンを心配する、シクラと同じような細い瞳の美女。

 人民共和国の実質的最高権力者にして内務人民委員長のカレン・アクラコンだ。

 彼女も既に、腰のホルスターから自動拳銃を取り出し両手でしっかりと握っている。

 銃撃が多少和らぐ隙を逃さず、身を屈めつつ銃を突き出して応射するという動作を繰り返していた。


「なぁ、カレン。もっと良い銃は無いのか?

 このままじゃ、ウチの兵隊が来る前に押し切られるぜ?」

「ザイツォン様、座席の下にございます。どうかお使いください。」


 カレンに促され、ザイツォンは自身の座席下から「ある物」を取り出した。

 人民共和国が世界に誇る工業芸術作品、7.62mm弾使用の強力な軍用自動小銃を全体的に短くしたカービン銃である。

 銃床が直角三角形のような金属フレームになっており、折り畳みが可能。

 銃身も二回りほど短くなっている。

 空挺部隊や特殊部隊向けに、狭小空間でも取り回しが良い様にデザインされたアサルトカービン。

 ザイツォンは、銃本体に既に装填されていた弾倉を一旦外して弾薬を確認すると、再び機関部に叩き込みコッキングレバーを引いて銃床を折り畳んだ。

 両手で構えると、机から身を乗り出して王国兵に銃撃を加える。

 それにカレンも続く。愛用の自動拳銃で、ザイツォンを守るように敵兵を射殺する。


「同志サーラ。あなたの椅子の下にも、同じものがありますよ。

 さぁ、シクラと一緒に遊びましょう。」

 

 シクラがサーラにも座席下を確認するよう促す。

 褐色肌の少女も、アサルトカービンを手にした。

 セレクターレバーを「自動」にセット。

 身を隠す机から銃を突き出し、両手でしっかりと構えながら敵兵に銃口を向ける。


 連続発砲。


 さらに黒衣の兵3人を射殺。


「私も戦います!どうか、私にも銃を!」


 サーラの父、ダニーク解放戦線の指導者ゲイル・ベルカセムも叫ぶ。


「同志ベルカセム!あなたの座席下にもカービン銃がございます!

 さぁ、戦いましょう!スタトリアのクズ共と!」


 シクラがその叫びに答える。

 ゲイルもまた、愛する娘と同じようにカービン銃を座席下から取り出してスタントール兵との戦いを始める。



……●メインホール舞台上の演台●……

 


 人民共和国代表団の思わぬ抵抗。


 それに顔を曇らせる、会場演台に立つ美しい長髪の黒髪をした若き女王。

 ノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世。

 女王の周囲には、既に数名の黒衣の兵士がいる。

 その手には強化防弾プラスチック製の透明なライオットシールドが握られており、間違っても女王に流れ弾が飛び込んでこないよう、鉄壁の守りを見せていた。


「ふん。無駄な足掻きよ。我が兵団をたった5人で捌き切れるものか。」

「女王陛下!お待たせしました!」


 女王の元に、強力な分隊支援機関銃で武装した血のように紅い髪の豊満な胸部を誇る若い女兵士が現れた。

 紅髪女の名は、レシア・リョーデック。

 女王お気に入りの王国軍兵士である。


「おう、少尉。我が兵を5人、お前に貸す。

 あそこで無駄に粘る目障りなアカとダニ虫を始末せよ。

 ただ、間違っても細い目の長髪女は殺すな。奴は生け捕りにしろ。

 人民軍の男と三つ編み女、それにダニ虫親子は速やかに殺せ。」

「了解です!陛下!!」


 レシアが女王の兵を伴って戦闘に参加しようとしたその時。

 会場メインホール右側の出入り口3箇所が、突如として開け放たれた。


 現れたのは、和平会談開催提唱国にしてこの和平会談会場がある国、ロングニル連合王国の兵士たちと、その後に続く不気味なフルフェイスガスマスクをした重武装の人民軍兵士の一団であった。



……●メインホール右側、ロングニル代表団座席付近●……



 怒りの表情を見せるロングニル兵は、もはや一切の躊躇なく「元・同盟国」スタントール兵に向かって銃撃を始めた。

 彼らロングニル兵の最優先任務は、言うまでも無く混沌の戦場と化す和平会談会場内に取り残された、敬愛する国王をはじめとする自国代表団の身の安全の確保である。

 しかし、彼らが到着する前に代表団の安全は確保されていた。

 外務大臣を担うエルフの女性が、王をはじめとするロングニル王国代表団全てを包み込む魔法の防壁を展開。王国軍や人民共和国代表団による流れ弾の雨から一団を防いでいた。さらにオークの首相とドワーフの国防大臣が、自らの身体を挺してロングニル王を庇っていた。

 そのロングニル王、エルンスト・フリーデライツⅣ世は、深い嘆きの只中にあった。

 スタントールがこのような実力行使に訴える可能性が高いことは、様々な関係筋から情報を貰っていたため、既に知っていた。

 それでも、彼は人間の理性を最後まで信じていた。

 だが、スタントールは見事に慈悲深きロングニル王の期待を裏切ったのである。


「フリーデライツ国王陛下!政府ご要人方!皆さん、ご無事ですか?」


 真っ先に駆け付けた若いロングニル軍兵士が、自国代表団の無事を確認する。


「あぁ、若いの。エルフのお嬢ちゃんが防壁を張ってくれたお陰で、皆無事じゃよ。」


 ドワーフの国防大臣が、自軍兵士の問いかけに破顔して応じる。


「お嬢ちゃんとは随分ですね?私はあなたより300歳は年上よ?」


 エルフの外務大臣は、両手を大きく掲げて防壁を展開しつつ余裕の笑みを浮かべる。

 一見すると可憐な若い女性のようだが、このエルフの外務大臣のよわいは、優に500歳を超えていた。


「我らは後でいい!国王陛下を先に会場の外へお連れしろ!

 大至急、安全な場所へ!急げ!!」


 恐れを知らない屈強なオークの首相が、険しい顔をして自国兵士に指示を飛ばす。

 兵士たちは首相の命令を直ちに実行する。

 フリーデライツ国王は、身を低くして周囲を屈強な兵士たちに守られつつ会場を後にした。

 それに首相をはじめとするロングニル代表団一行も続く。


 銃弾渦巻くメインホールから脱出した後も、ロングニル王の顔は嘆きに包まれ暗いままだった。



……●人民共和国代表団の座席付近●……

 


 一方、ガスマスクで顔面を覆った人民軍兵士たちは、スタントール兵と激しく戦いつつ会場左側を目指して戦場を突き進んでいた。

 カレン直属の戦闘部隊、内務人民委員「特別行動部隊」の精鋭兵である彼らは、強力な分隊支援機関銃や自動小銃による銃撃をスタントール兵に加えつつ、会場左側で防戦を展開する自国代表団の下へ急行した。


「カレンお嬢様、ザイツォン坊ちゃま!

 申し訳ございません、遅くなりました!!」


 一際大柄な兵士が、カレンに到着遅延を詫びる。

 ガスマスクを取ったその男は、まるで岩盤から削り出したかのような逞しい顔つきをしていた。

 カレン直属の部下の一人、グラシカ人民軍政治将校。

 階級は大佐である。


「いや、時間通りだ。同志グラシカ大佐。

 直ぐにここを脱出する。援護せよ。」

「派手にかましてやろうぜ!グラシカ!!」

「はっ!了解であります!」


 カレンとザイツォンが、幼い頃からよく知る大男の大佐に指示を出す。

 グラシカと配下の特別行動部隊は、人民共和国代表団の席周辺の左右に展開すると、スタントール兵の頭を抑える猛烈な銃撃を叩き込み始めた。

 たまらずスタントール兵は身を隠し、攻撃を停止せざるを得なくなる。

 その絶好の機会を、歴戦の猛者揃いの人民共和国代表団のメンバーたちは逃さなかった。

 特別行動部隊の兵士らに守られつつ、ザイツォンとカレン、ゲイルが会場出口を目指す。

 そんな中、シクラとサーラは彼らから離れると、素早く動いた。


 自分たちにとって最大の敵、スタントール王国女王が目の前にいる。

 この最高の瞬間を逃す手はない。


 逆に、あの女をここで討ち取るのだ!


 サーラはカービン銃を、シクラはマシンピストルを、憎きカリーシア女王に向ける。


 連続発砲。


 会場正面の舞台に置かれた演台でふんぞり返る若い女王に、弾丸の雨が飛来する。

 しかし、雨は強力な「傘」に弾かれてしまった。


 女王の視界を確保しつつその身を守る特注品の透明ライオットシールドは、音速を超えて飛来するサーラの放った必殺の小銃弾さえも防いでみせた。


「クソッ!あのシールドが破れない!!」


 サーラは臍を噛む。

 だが、シクラに取っては想定済みのことだったようだ。


「やはりダメですか。シクラ、本当にあの女が嫌いです。

 サーラさん。悔しいですが、あの女を殺すのはまたの機会にしましょう。

 今は、この殺戮地帯を抜け出すのが優先です。

 あなたや私には、この場に守るべき存在がいるのですから。」


 人民共和国最強の女兵士は、優しい笑顔を褐色肌の歴戦の少女に向ける。


「了解!同志シクラ!あなたに続きます!」


 サーラの素直な返事に、シクラは笑顔で頷いた。

 2人は出口を目指して進む友軍部隊を強力に援護しつつ彼らの殿しんがりを務めた。

 斯くして人民共和国の代表団も、辛くも女王が用意した殺戮の罠から抜け出すことに成功したのであった。



……●メインホール2、3階客席の各国報道陣●……



 まんまと敵を逃した。

 女王は激怒の表情である。

 レシアや周囲の王国兵は、思いもよらぬ敵伏兵と味方であった筈のロングニル兵の攻撃により気勢を削がれてしまい、寸でのところで身を隠して何とか応戦するのがやっとの有様であった。

 2階や3階に突入した王国軍兵士は、もっと無様な姿を晒していた。

 当初の計画では、速やかに2、3階に陣取る各国報道機関を排除して、上から黒衣の兵士らによる「処刑執行」を援護することになっていた。

 ところが、思わぬ「伏兵」がそこにもいたのであった。


 ロングニル報道関係者の亜獣人たちだ。


 ウサギ系亜人の女記者やオークの記者、それに猫系亜人のカメラマンや狼系亜人のアシスタントディレクター等、銃を持っておらず、特に脅威とはならない筈であったロングニルの亜獣人たちが、スタントール兵たちを相手に激しい肉弾戦を挑んできたのである。

 スタントール兵は完全に相手を侮っていた。

 「惰弱な」亜獣人如きが、銃を手にした人間に敵う筈がない。

 そう高を括って連中に向かって威嚇射撃を加えたところ、怒り心頭したロングニル人たちは大挙して王国軍兵士らに襲い掛かって来たのであった。


「スタントールの大馬鹿野郎!!これでもくらえ!!」


 ウサギ系亜人、ヴァニーシャ人女性記者のロッピ・ヴァーニッタは大きく跳躍し、強烈な飛び蹴りをスタントール兵の男の顔面に叩き込んだ。


「うぎゃっ!!」

 

 スタントール兵は派手に吹っ飛び、ホールの壁に叩き付けられた。

 背骨は粉砕骨折し、顔面は大きく窪んで両目が飛び出していた。即死である。

 ロッピは空中で2回転して着地すると、傍にいたスタントール兵に回し蹴りを食らわせ、これを一撃で倒す。さらに別のスタントール兵にも膝蹴りや右ストレートを叩き込む。

 スタントール兵に銃撃する暇と距離を与えず、次々となぎ倒していった。


「ぬおおぉぉー!!もはや許せん!!ディメンジアの同胞の無念!ここで晴らす!!」


 オーク記者の屈強な大男は、自身が座っていたホール座席を素手で引き剥がすと、スタントール兵の集団に向かって投げつけた。

 強烈な座席爆弾の直撃を受けた数名が吹っ飛ぶ。

 直後、敵兵の集団に突進し、強烈なタックルを叩き込むと、ウサギ女に負けじとスタントール兵をぶっ飛ばしていく。


「ニャー!!ニャーのカメラになにするニャ!!もう許さないニャ!」


 突然背後から現れたスタントール兵に、銃床で殴りつけられたキャットピープル女性カメラマンは、咄嗟にカメラで自分の身を守ったが、当然の結果としてカメラは大破してしまった。

 本来なら激昂するロングニルの同胞たちを落ち着かせる役割の彼女であったが、今回ばかりはもう許せなかった。ロングニル王やザイツォン、それにダニーク人武装組織のリーダーの見事な演説を記録したカメラを破壊されたことで、スクープを台無しにされた代償をスタントール兵の命に求めた。


「ウニャーー!!」


 両手の指先から、鋭い爪が生える。

 次の瞬間、目にも止まらぬ速さで左右からクロスさせるようにスタントール兵の顔面を引っ掻いた。

 スタントール兵の両目が潰れ、鮮血が迸る。


「うぎゃあっ!!クソッ!!」

「ウニャー!!カメラ、弁償しろニャー!!」


 大人しい子猫から、凶暴な虎に変貌した猫娘カメラマンは、スタントール兵の喉元に右手の鋭い爪を突き立て、そのまま背負い投げの要領で1階へと放り捨てた。

 投げ捨てる瞬間に爪が引き抜かれ、夥しい血を撒き散らしながらスタントール兵は階下へと落下し死亡した。


「ガルルルゥゥーー!!スタントール、殺してやる!」


 狼系亜人であるヴォルフ人のADは、スタントール兵から銃撃を受けて負傷した同僚の人間の姿を見て激怒。

 二足歩行の狼と言った外見の彼は、勇ましい狼の顔を怒りに歪ませ、同僚を撃ったスタントール兵の喉元に食らいついた。何本もの牙が、スタントール兵の喉の肉を噛み千切り、膨大な血が溢れ出す。

 直後、他の王国軍兵士が彼を殺そうと銃撃するも、ヴォルフ人ADは狼のような目にも止まらぬ走り込みでこれを回避。

 一気に間合いを詰めると、敵兵の鳩尾に怒りの拳を叩き込み一撃で倒した。

 意識を失った敵兵が落とした自動小銃を素早く拾うと、次なるスタントール兵に立ち向かう。

 巧みに敵弾を回避しつつ敵に対して応射した。


 このように、ホール2、3階客席に突入したスタントール兵は、ロングニル報道関係者の亜獣人という思わぬ強敵に遭遇。

 全く予期していなかった大損害を出すこととなってしまった。



……●会場舞台上の演台~ベ連邦代表団座席付近●……



 これまで、圧倒的工業力を背景に、ディメンジアのオークやイェルレイム共和国と言った敵を文字通り圧倒してきた強大な王国軍が、ロングニルとアーガンという二大超大国相手にまさかの苦戦を強いられている。しかもロングニルは正規兵では無く、亜獣人の民間人だ。

 

 激怒の表情を見せる女王は、喉元に取り付けた咽喉式マイクに手を添えると追加の命令を発した。


「妾だ。空軍並びに海兵隊を全て投入せよ。

 このログニーの薄汚い港湾都市そのものを、徹底的に灰にすべし!」

『ははっ!女王陛下!!古き王国よ、偉大なれ!!』


 ログニーとはロングニル人に対する最も侮蔑的な表現である。

 斯様な言葉遣いからも伺えるように、怒りに我を忘れた女王は今や見境を失った。

 和平会談の会場があるロングニル最大の超巨大港湾都市・ヴォーレンクラッツェを、火の海にする程の大兵力を、女王は都市沖合に用意していた。

 もはや、ロングニルやアーガンとの全面核戦争さえ覚悟の上だ。

 


 どいつもこいつも、皆殺しにしてやる。



 女王の顔に、壮絶な笑みが宿る。


 だがこの時、女王は気付いていなかった。

 否、女王だけでなく他のスタントール兵やロングニル人、会場の脱出を優先したサーラをはじめとする人民共和国代表団たちも気付いていなかった。

 もう一つの超大国の存在。

 半鎖国体制を取る不気味な極北の巨大国家、ベルベキア連邦の代表団が会場座席から忽然と消えていたことに。

 その席には得体の知れない小さな映像投射装置があり、銃弾飛び交う混乱の最中、人知れず装置の出力はオフになって代表団の姿が掻き消されていた。

 

 非常に高性能なホログラム投影技術。

 

 世界の数世代先を行く、魔法の如き超先端科学技術を有する連邦の存在に、怒り狂う女王は気付いていなかった。



……●ヴォーレンクラッツェ港湾地帯●……



 夜の訪れを迎え、各種照明に照らされる世界最大のコンテナ取扱量を誇る一大港湾地帯。

 ミノタウロスの労働者が、いつものように巨大コンテナを軽々持ち上げるとドワーフの運転手が乗る大型トラックへと積み込む。


「よいしょっと!おい、ギーム!今日はこれで終わりだよ。俺は先に上がるぜ!」


 人の5倍以上の巨体を誇るミノタウロスは、運転席のドワーフに向かって本日作業の終了を宣言するとその場を後にした。

 逞しいドワーフの運転手は、丸太のように太い二の腕を運転席から突き出して、ミノタウロスの同僚に手を振る。

 ミノタウロスも、それに応える様に右手を掲げて立ち去った。


「ふーい。こいつを倉庫に届けたら、ワシらも帰るとするかのう。」

「ニャーン。やっと仕事が終わるニャ。働くのメンドイニャ。」


 助手席に座る荷下ろし補助係のキャットピープルの若い男が、ヒゲを揺らしながらぼやく。

 猫が二足歩行しているような姿で、顔は可愛げのあるトラ猫のそれであった。

 キャットピープルの容姿は、女性は人間の女性に似ているが男性は猫そのままの姿である。

 背丈も、男女ともに10代前半の人間の子供程しかない。


「そう言えば、すぐ近くのヴォーレンでニャんか国際会議が開かれてるんニャーよね?」

「そうじゃ。たしか、和平会談じゃったな。ラジオでなんぞやっとるかの?」


 ドワーフが運転席のラジオのチューニングを合わせようとした、その時。

 突然目の前を、海の方から陸へと巨大な「何か」が猛スピードで通り過ぎて行った。


「ニャニャ!?なんニャ?今の!?」


 直後、後ろのコンテナが破壊される物凄い音が響き、運転席にも衝撃が走る。


「うおお!!なんじゃなんじゃ!?」


 たまらずトラックから飛び出す2人。

 「何か」はさらに海の方からやってくる。


 巨大な軍用ホバークラフトだ。

 その車体には、東の同盟国の王家の紋章が描かれている。

 スタントール軍である。


「危ないニャ!!ギーム、逃げるニャン!!」


 トラ猫が叫ぶ。

 2人は咄嗟に地面に伏せて、トラックから離れた。

 直後、ホバークラフトがトラック運転席部分を跳ね飛ばしていった。


「ああぁぁ!!ワシのトラックが!なんてことすんじゃ!!」

「とにかく、危ニャいからここを離れるニャーよ!!」


 怒り心頭のドワーフはその場で地団駄を踏むが、トラ猫の男に引っ張られてコンテナターミナル災害時退避所へと避難する。


 次々と上陸するホバークラフトに続いて、巨大な水陸両用歩兵戦闘車も姿を現す。

 上空には、攻撃ヘリの大軍も出現した。


 東の超工業大国、ノルトスタントール連合王国軍による本格的なヴォーレンクラッツェ総攻撃が始まった。



……●ヴォーレンクラッツェ都市沖合の海中●……



 ヴォーレンクラッツェ沖合を潜航する人民共和国の巨大潜水艦「海狼105号」の戦闘指揮所で、ベテラン艦長の男が潜望鏡から敵の大艦隊を確認していた。


 大型空母4隻に、ミサイル戦艦3隻。

 それに加えて巡洋戦艦や大型ミサイル巡洋艦、駆逐艦、さらに大型強襲揚陸艦が多数存在している。

 スタントール王国海軍が4つ保有する非常に強力な空母機動艦隊の1つが、人民海軍特務潜水艦部隊から程近い海上に展開していた。

 中堅国家なら容易く灰に出来る程の大兵力である。


「クラゲナン艦長。上はどんな様子ですか?」


 艦長が信頼を寄せる副長が心配そうに尋ねてくる。


「やばいな。あいつら、ベタシゲン将軍や冷血女アクラコンをロングニルの港町ごと吹き飛ばすつもりだ。」


 潜望鏡を収納し、艦長は副長に答える。


「なら、俺たちはこのまま共和国に帰りましょうか?」


 副長は冗談めかして艦長に言った。


「そいつは最高に名案だが……冷血女はともかく、将軍や褐色肌の親子を見捨てることは出来ないな。

 ジャミング装置を発射後、直ちに全艦浮上。

 “ワニ”を空に解き放ったらすぐさま潜航。敵艦隊に警戒しつつ合流ポイントへ移動する。

 さぁ、仕事の時間だ、野郎共!」

「了解!同志クラゲナン!!」


 戦闘指揮所の乗組員たちが艦長の命令に応じる。

 艦内が慌ただしくなった。

 巨大潜水艦上部の垂直ミサイル発射装置(VLS)の発射管が開き、妨害電波発生装置が海上に打ち上げられる。

 スタントール海軍艦艇の海上レーダーに、一時的に大きな乱れが生じた。

 その隙を逃さず、人民海軍巨大潜水艦3隻が海中から姿を現した。

 手練れの乗組員ばかりの潜水艦部隊は、迅速に艦体上部ハッチを開くと「積み荷」を空へと解き放った。

 凶悪な外見をした重武装の人民軍大型強襲ヘリ。潜水艦1隻に、6機も詰め込まれていた。

 格納されたヘリをベテラン整備兵たちが素早く展開し、パイロットも操作手順を省略して直ちに大空へと飛び上がる。離陸しようとするヘリに、傍で待機する完全武装の特別行動部隊兵士が順次飛び乗っていく。

 「人食いワニ」の愛称で呼ばれる、完全武装の兵士10名を体内に宿したヘリが合計18機、戦場と化した「自由と平等の国」の超巨大港湾都市へと飛んでいく。


「艦長!ワニ全機、発進完了!」


 若い副長の男が、艦長へ簡潔に状況報告を行う。

 すぐさま歴戦の潜水艦乗りであるクラゲナン艦長が命令を下す。


「よし!さっさと潜るぞ!!急速潜航!

 スタトリアのおっかない駆逐艦が来る前に、海の中へトンズラするぞ!」


 搭載したヘリ全てを夜空へと解き放った「海狼級」3隻は、上部ハッチを閉じると同時に再び海の中へと姿を消した。

 カウンタージャミングを開始したスタントール艦隊は、対潜駆逐艦部隊を人民海軍潜水艦部隊へと差し向けたが、極めて静粛な推進機関を誇る敵潜水艦をロストしてしまった。


 海狼105号が指揮する人民海軍特務潜水艦隊は、全速力で恐るべきスタントール空母機動艦隊がたむろする危険な海域を離れ、予定されていた人民共和国代表団の回収ポイントへと移動した。

 


……●ヴォーレン国際会議場建物内部●……



 辛くもメインホールを脱出した人民共和国代表団と特別行動部隊の兵士たち。

 そんな彼らに、怒れる女王率いるスタントール軍は執拗に追撃を加える。

 会場の長い廊下を、屋上を目指して走る代表団の面々。

 それを血のように紅い髪をした若い白人女が、黒衣の兵団や王国軍兵士の大部隊を引き連れ、銃を乱射しながら迫る。


 殿を務めるサーラとシクラ、特別行動部隊の兵士たちが何とか敵の追撃を弱めようと逃げつつ反撃する。しかし、最後尾のシクラと兵士数名が、敵の猛烈な銃撃で廊下の柱の陰から身動き出来なくなってしまった。


「同志シクラ!援護します!!先に行ってください!」

「サーラさん!感謝します!

 お前とお前、同志サーラに従え!!」

「はっ!同志アクラコン野戦指揮官!!」


 サーラは会場廊下の曲がり角の壁に身を隠し、シクラたちの脱出を援護する。

 カービン銃を突き出し、迫りくる王国軍へフルオート射撃を叩き込む。

 黒衣の兵1人と王国軍兵士2人を射殺。

 シクラと特別行動部隊兵士らは窮地を脱し、曲がり角の先へと走る。

 そのサーラに、特別行動部隊兵士2名が付き従う。

 紅い髪の女……サーラの宿敵レシアは廊下の鉄製ゴミ箱の後ろに隠れ、サーラの7.62mm弾をやり過ごす。


「レシア!貴様はここで死ね!!」

「ほざきやがれ!ベルカセムのアバズレ娘!!八つ裂きにしてやる!!」


 サーラとレシアはほぼ同時に発砲した。

 無数の7.62mm弾と5.56mm弾が交差する。数発がかち合い弾を形成した。

 

 弾切れを起こしたサーラのカービン銃。

 もう予備弾倉が無い。

 それを察知した人民軍兵士の一人が、自身の予備弾倉をサーラに投げ渡す。


「これを使え!同志ベルカセム!!」

「ありがとう!同志!!」


 サーラはそれをキャッチすると、素早くリロードした。

 

「同志ベルカセム!君は先に行け!

 俺たちが援護する!!」


 フルフェイスガスマスクの特別行動部隊兵士が、サーラの脱出を優先させる。

 サーラは素直にその勇気ある好意に甘えた。


「……すみません!ありがとうございます!!」


 人民軍兵士2名がその場に残り、サーラは曲がり角の先へと駆け出す。

 業を煮やした王国軍兵士が、ロケットランチャーを敵に向かって発射したのはその直後だった。


 爆発。

 サーラを援護していた人民軍兵士2名は木っ端微塵となり、即死した。


 サーラも背中に爆風を受けて吹き飛ぶ。

 受け身を取って直ぐに体勢を立て直すが、爆発によって巻き起こった粉塵を突破し、王国軍兵士が彼女の目の前まで殺到してきていた。

 褐色少女の緋色の瞳が真っ赤に燃え上がる。



 貴様らスタトリアのガーゴイル如きに、この私が殺せるものか!!



 サーラはカービン銃を右手に持ち、空いた左手に銀色の共和国製自動拳銃を握る。

 自動小銃と拳銃の二丁持ちだ。


 連続発砲。


 ダニーク人テロリストの小娘を生け捕りにしようと殺到したスタントール兵全員に、鉛弾の雨を注ぐ。

 たちまち敵兵の集団は撃ち倒された。

 直後、レシアは味方に構わず手榴弾を投げつける。

 だがサーラのアドレナリンで極度にブーストされた超人的動体視力が、その手榴弾を捉える。

 彼女は手榴弾に回し蹴りを食らわせ、そのまま敵方へ投げ返した。

 レシアの紺碧の瞳が驚愕に見開かれる。


「クソッタレ!!」


 レシアがゴミ箱の後ろに身を伏せた直後、手榴弾はレシアの背後にいたスタントール兵の一団の前で爆発。

 2名が即死し、数名の四肢や肉体を引き裂いた。

 手足を失う重傷を負った王国軍兵士や、はらわたを零す黒衣の兵士などが苦痛に叫ぶ。


「ああぁぁっ!!う、腕が!腕があぁ!!」

「ああぁぁ……た、助けてくれ……衛生兵を……」


 スタントール兵の攻撃が緩む。

 歴戦の革命戦士は、その好機を逃さない。

 全力で駆け出し、離れてしまった父ゲイルをはじめとする人民共和国代表団の下へと急ぐ。


 レシアは立ち上がり、頭についた味方の血肉や埃を払いながら雄叫びをあげた。


「絶対にぶっ殺してやる!サーラ・ベルカセム!!」


 サーラは走った。

 やがて目の前に、人民軍兵士数名の後ろ姿が現れる。

 三つ編みの黒髪を激しく揺らす人民軍最強の女性兵士の姿もあった。


「同志シクラ!!」


 サーラはその兵士の名を叫ぶ。


「サーラさん!……危ない!!伏せろ!」


 シクラが彼女の叫びに応じた直後、サーラや兵士たちに警告を発する。

 次の瞬間。廊下右手側の窓からまるで砲撃のような大口径機関砲による攻撃が襲い掛かった。

 たちまち特別行動部隊兵士数名が挽肉になってしまう。

 サーラとシクラは、辛くも廊下の床に伏せてこれを回避。

 強力な大出力エンジンと空気を切り裂く強靭なローター音が轟き渡る。

 窓枠下の壁に身を隠し、外の様子を確認するサーラとシクラ。

 最悪の敵がそこにいた。


 スタントール王国陸軍が誇る大型攻撃ヘリ。

 「長弓ロングボウ」の異名を持つ地上部隊の悪夢が、およそ3機も会議場外をホバリングしている。

 会場内を虫のように逃げ回る人民共和国代表団を血煙にせんと、外から国際会議場建物への攻撃を加えてきたのである。


 サーラの顔が、苦虫を潰したように怒りと悔しさで歪む。


「クソッ!!どうすれば……」

「シクラが合図します。サーラさんは右の1機を。シクラが左の2機を片付けます。」


 シクラはまるで当たり前のことのように言った。

 サーラは驚きに目を見開くも、直後、覚悟を決めて緋色の瞳を輝かせる。


「わかりました!同志シクラ!!」

「ふふっ!心配しないで、サーラさん。

 大丈夫、失敗しても死ぬだけです。」


 シクラが優しい笑みを見せる。


「それでは、遊びましょうか?……ふーっ……撃て!!」


 サーラとシクラが同時に壁から身を乗り出して、破壊された窓から敵大型ヘリのコックピットを狙う。


 発砲。


 サーラのカービン銃から7.62mm弾が、シクラのマシンピストルから9mm特殊炸裂弾が何発も放たれる。

 彼女たちの必殺の弾丸は、王国軍攻撃ヘリのコックピットの強化ガラスで出来たキャノピーを貫通し、中の操縦兵や射撃手の命を確実に奪った。


 操縦する者を失った機械仕掛けの3匹の大地を喰らうドラゴンは、そのまま地面に落下すると大爆発を起こして大破した。


「……やった。倒した……」


 サーラは予想外の大戦果に驚きを隠せない。

 シクラは呆け気味になった褐色少女に、その健闘を讃えつつ先を急がせる。


「お見事ですね、サーラさん。

 さぁ、急ぎましょう。ザイツォン様とお姉様、それにあなたの父君から大分離れてしまいました。」

「はい、ありがとうございます。同志シクラ。」


 機甲部隊さえも撃破する大型攻撃ヘリを、通常の歩兵火器で撃墜した恐るべき人民主義者の2人の女は、守るべき者たちの背中を求めて走り出した。



……●ヴォーレンクラッツェ市上空●……



 ロングニル空軍の戦闘機部隊がスクランブル発進して港湾都市上空に到達した時、既に臨海地帯の広範囲で「敵」の大部隊が上陸を完了し、国際会議場へと殺到していた。

 会議場を守るロングニル軍部隊と警察が「敵」であるスタントール軍相手に必死の防衛戦を展開していたものの、その圧倒的な攻撃力と物量差で壊滅寸前となっていた。


「こちらメビウスリーダー。既にスタントールの連中が大挙して上陸している。

 交戦許可を求める。」

『こちらスカイバット。了解、メビウスリーダー。

 交戦を許可する。スタントールの大馬鹿野郎共を海へ叩き落せ。』

「メビウスリーダー、了解。これより……」


 直後、メビウスリーダーの大型戦闘機は爆発した。

 「イーグル」の正式名称を持つロングニルのベストセラー戦闘機は、大戦で人民空軍やエルエナル統合共和国空軍相手に大活躍していたが、恐るべき超工業国家の新兵器の敵では無かった。

 スタントール王国空軍の最新鋭兵器であるステルス戦闘機の編隊は、相手に気付かれること無く瞬時にロングニル空軍のイーグル戦闘機部隊を夜空から駆逐した。


「マルセイユ01からシノーデル01へ。我ら、航空優勢を確保セリ。

 繰り返す、航空優勢を……なに!?」


 忠誠を誓う偉大なる女王に向け、制空権確保を報告しようとしたステルス戦闘機のパイロットは、突然のミサイル警報に驚き、通信を一方的に断絶して急遽回避行動を取る。

 急旋回を繰り返して回避を試みるも、敵のミサイルを中々振り切れない。

 他の味方戦闘機からも、突然の敵襲を告げる通信が入る。


『リヨン03!撃たれた!誰が俺を撃ちやがった!!』

『マルセイユ02!被弾!クソッ……脱出する!』

『リヨン06!!エンジンに被弾!爆発す……』

『マ、マルセイユ04!!主翼が吹っ飛んだ!!操縦不能!助けて!』


 そんな中、友軍戦闘機の1機が「謎の敵」を確認した。


『こちらリヨン02。敵機を確認……アカ共だ!!』


 何とか敵ミサイルを回避した部隊リーダーのマルセイユ01も、敵機を視認する。

 人民共和国空軍最強の戦闘機部隊、第156戦術航空団「鷲」中隊。

 最新型のカナード翼付き多用途戦闘機マルチロールファイターを駆る、赤色労農人民空軍の精鋭中の精鋭。

 尾翼や主翼の端に黄色の部隊識別塗装を施していることから、別名「黄色中隊」とも呼ばれている。

 そのアカ共のベテランが、突然ロングニルの港湾都市上空に姿を現したのだ。

 スタントール空軍パイロットに、大きな動揺が広がる。

 自分たちのレーダーに、攻撃を受ける瞬間まで全く敵影が映っていなかったからだ。

 しかし、連中の戦闘機はステルスでも何でもない通常型の戦闘機。

 一体何が起こっているのわからず、マルセイユ01は空中管制機に怒りをぶつける。


「マルセイユ01からル・シエルへ!

 何故、敵機接近を警告しない!?あいつらは通常型戦闘機だろ?

 なんでレーダーに反応しなかったんだ!?」

『こちらル・シエル!

 恐らく、レーダーの索敵範囲外である超低空から作戦空域に侵入したものと思われる!

 最大限に警戒せよ!奴らはベテランだ!』


 そんなもの、わざわざ警告されなくてもわかっていた。

 既に、スタントールが世界に誇る最新鋭のステルス戦闘機が、アーガン人民空軍精鋭部隊の通常型戦闘機によって数機撃墜されている。

 しかも攻撃の全てが機関砲か短距離対空ミサイルによるもので、完全に接近戦に持ち込まれてしまった。ステルスが最も得意とする、無警戒な敵を背後から刺し殺すような戦いはもう望めない。

 王国軍のステルス戦闘機と人民軍の最新鋭戦闘機による、互いのケツを追いかけ合う激しいドッグファイトが、ロングニルの超巨大港湾都市上空の夜空で始まった。

 


……●ヴォーレン国際会議場周辺●……



 既に一帯は死屍累々の修羅場と化していた。


 突如、港湾地帯から現れたスタントール海兵隊と陸軍機械化部隊は、大戦和平会談が開催されているヴォーレン国際会議場周辺一帯を警備していたロングニル軍・警察部隊に襲い掛かった。

 完全なる奇襲攻撃となり、ロングニル軍現地部隊の対応は後手後手に回り、いたずらに死傷者ばかり増え、状況は最悪と言ってよかった。


 ロングニル警官のエルフ男性が自身のパトカーを盾にして必死に自動拳銃による応戦を試みるも、非常に強力な「敵」王国軍海兵隊の猛反撃で、すぐさま頭を引っ込めざるを得なくなった。

 パトカーには無数の小銃弾が食い込み、いつ爆発炎上してもおかしくない。

 隣には散弾銃を手にした同僚のダークエルフ男性警官がいるが、彼の銃も明らかに強大な敵に対して火力不足であった。


「どうする、グラット?このままじゃ、殺されちまうぞ!?」

「一体何なんだ?あれはスタントール軍だろ?同盟国じゃないのかよ!?」

「クソッ!!俺が知るかよ!」


 エルフの警官は、ダークエルフの同僚の疑問に答えられるはずもなく毒づく他なかった。

 直後、大爆発が起こる。

 近くにいたロングニル機動警察部隊の装甲車が、突然爆発炎上した。

 装甲車の周囲で防衛戦を展開していた機動隊員の人間たちの死体が、辺りに降り注いでくる。


「クソッタレのスタントール野郎め!!何を考えてやがる!!」

「み、見ろ。戦車だ!!ヴァーティン!戦車だ!!」


 装甲車を破壊した犯人が、白いエルフと黒いエルフの警官の前に現われる。

 王国海兵隊が使用する105mmライフル砲搭載の水陸両用小型戦車。

 街の街灯に照らされた敵戦車が、2人が隠れるパトカーに砲口を向ける。


 もはやこれまで。

 2人は死を覚悟した。

 

 その直後、敵戦車が大爆発を起こして擱座した。

 エルフ警官の2人は、パトカーの陰から頭を上げて様子を伺う。

 爆発炎上する戦車の煙の向こう側から、人民共和国の大型強襲ヘリが出現した。

 気が付けば、辺り一帯を重厚なヘリのローター音が支配する。

 10機を超す人民軍のヘリが、会場周辺を飛行し、スタントール軍装甲車両に容赦ない攻撃を加えていた。

 エルフの警官2人は、全く状況を呑み込めなかった。


 同盟王国の軍隊が、戦場から遠く離れた自分たちの港湾都市に攻撃を仕掛けて来たかと思えば、目下交戦中の人民共和国の軍隊がその王国軍を攻撃して自分たちを助けてくれた。

 もはや意味不明だ。


 ロングニル警官2人の傍に、不気味なガスマスク姿の人民軍兵士が上空でホバリングする強襲ヘリから降下してきた。

 呆気に取られるエルフとダークエルフ。

 

 人民軍の兵士たちは、2人の脇を素通りして会場を目指して駆け出した。

 たまらずエルフの警官が人民軍兵士の一人を掴まえて事情を問い質す。


「おい!お前、アーガン軍だろ?こんなところでなにやってる?

 なんでスタントール軍がこの街に襲い掛かって来てんだよ?」


 人民軍特別行動部隊の兵士は、エルフの警官に告げる。


「お前たちロングニルの王はスタトリアの女王に殺されかけ、我らが人民共和国の代表団も敵に追われている!

 スタトリアが和平会談をメチャクチャにした!我らはこれより、祖国代表団を救出しに行く!

 お前たちはそこでボーっとしてろ!」


 ロングニル警官2人に怒りの表情が浮かぶ。


「ふざけたことぬかすな!そういうことなら、俺たちロングニル警察がお前らを特別に案内してやる!!

 会場正面はスタントールの大馬鹿野郎だらけだ!

 兵隊を集めろ!手薄な会場裏口はコッチだ!」


 エルフの警官は人民軍兵士にそう告げると、パトカーから飛び出して先導する。

 それに同僚のダークエルフ警官、さらに人民軍兵士たちも続く。


 暴虐極まるスタントール軍の大攻勢に対抗し、徐々に態勢を立て直したロングニル軍・警察とアーガン人民軍特別行動部隊による「臨時連合軍」が各地で編成されていた。

 


……●ヴォーレン国際会議場建物内部●……



 サーラとシクラによって多数の死傷者を出してしまい、重傷者の応急処置などで足止めを喰らったレシア率いる「アカ狩り部隊」の下に、最新型短機関銃で武装した女王自ら、大勢の黒衣の兵団と王国兵を率いて現れた。


「何を止まっておる少尉?

 アカのクソ共は、何処へ行った?」


 怒れる女王はレシアを問い質す。

 女王は、お気に入りの紅髪の女の追撃部隊に多数の死傷者が出ている有様を見て、立ち止まっているおおよその理由は察していた。

 あのダニ虫の小娘と三つ編みの不気味なアーガン女に、相当手古摺った様子が伺えた。

 しかし、それでも女王は敢えて問い質すように言った。


「すみません、陛下……あのダニ女なら、その角を曲がって先に進みました。

 上空直掩のヘリ部隊に直ぐ攻撃を要請したんですが、どうやら撃墜されてしまったみたいで……」


 普段は覇気に溢れ、勝気な紅髪の美女が項垂れている。

 余りの悔しさからか、紺碧の瞳にうっすらと涙さえ浮かぶ。


「泣くな、少尉。貴様の部隊が奮戦したことは妾にはわかる。

 だが泣くことは許さん。

 泣くのは、自分はアカに敗北した、と認めるようなものだ。

 ……妾は絶対に涙を見せぬ。アカに殺された父と母に誓ったのだ。

 わかったら、さっさとおもてを上げよ!レシア・リョーデック少尉!!」


 レシアは表情を引き締め、決意を新たに顔を上げた。


「はっ!!女王陛下!!小娘のような無様を晒し、申し訳ございません!」

「よい、許す。再び妾に付き従え、兵士よ。アカを始末するぞ!

 ……准将。奴らは何処を目指しておる?」


 女王はレシアを励ますと、咽喉式マイクに手を添え、会場内の地下駐車場の一角に設けられた王国軍作戦指揮所で全体指揮を執るダリル・マッコイ陸軍准将に連絡する。


『はっ!女王陛下!

 各作戦部隊やヘリ部隊からの報告によりますと、連中は建物屋上を目指していると思われます。

 現在、会場上空周辺に人民共和国所属の大型強襲ヘリおよそ18機が襲来しておりまして、恐らく、その内の1機に乗ってこの場を離脱するものと予想されます。』


 ダリルは会場内の王国軍部隊や外の海兵隊、上空直掩の友軍攻撃ヘリ部隊からの報告を元に、人民共和国代表団の目的地を正確に割り出した。

 女王は壮絶な笑みを浮かべる。


「ふん!この空は、もうじき妾のものよ!

 にもかかわらず、空から逃げようなどと笑止千万!!

 袋のネズミを容赦なく叩き殺してくれるわ!!

 准将!会場の屋上へと繋がるルートを示せ!!」


 女王は、全体指揮官のダリルに征くべき道を求める。

 ダリルはすぐさま戦況地図代わりに使っている王国情報局が入手した詳細な会場内部構造図を確認。

 女王に進撃ルートを示した。


『陛下!そのまま進むと、屋上へと続く階段で敵の迎撃を受ける恐れがあります!

 屋上に通ずる階段はもう一つあります。それを進めば、奴らの裏をかけるでしょう。』


 そしてダリルは詳細な移動経路を簡潔に報告する。

 ルートの詳細を頭に叩き込む女王とレシア。


「……よし、征くぞ!!

 屋上で奴らを迎撃する!王国兵共よ、妾に続け!!」

「はっ!!我らが女王陛下!!古き王国よ、偉大なれ!!」


 女王の周囲に展開する黒衣の兵士や王国軍兵士たち、そしてレシアが見事な敬礼を主君に向ける。

 絶対的殺意を抱いたスタントールの軍人たちは、偉大なる王の先導を受けて走り出した。

 不倶戴天の敵、憎き人民主義者を抹殺する為に。



……●ヴォーレン国際会議場屋上●……



「同志アクラコン、ワニが周囲一帯を制圧しました。

 敵王国海兵隊の第一波を撃退。ロングニルの軍・警察も、我らに協力しています。」


 岩盤から削り出したかのような偉丈夫の人民軍政治将校グラシカ大佐が、配下の特別行動部隊からの報告を簡潔にカレンに伝える。

 既に遅れていたサーラとシクラも一行と無事に合流を果たし、王国軍の追撃部隊を警戒する為、再度殿を務めていた。


「そうか。ロングニル人が協力してくれるとは思わなかったが、スタトリアがそれだけ“やり過ぎた”ということだな。

 ……本当に、あの女王には感謝せねばならんな……」


 絶対零度の極寒オーラが冷血女から放たれる。

 屋上目指して駆ける周囲の人民軍兵士らが、思わず気圧される。

 しかし、それに全く動じていない人間が3人程いた。

 今しがたカレンに戦況報告を行ったグラシカ、ファーンデディアのダニーク解放戦線の指導者ゲイル・ベルカセム、そしてカレンが心から愛する男、ザイツォンである。

 ザイツォンはカレンに状況を確認する。


「なぁ、カレン。ワニで逃げるのはいいが、航空優勢は確保できてるんだろうな?

 帰り道で王国軍の戦闘機に撃墜されるのはゴメンだぜ?」

「ご安心ください、ザイツォン様。

 “鷲”中隊が予想以上の働きを見せてくれているようです。

 それにヘリは超低空を飛び、海に出ると直ぐに海狼105号が収容する手筈になっております。

 ザイツォン様に、傷一つ負わせはしません。」


 カレンは表裏の無い笑顔で愛する男に報告する。

 だが、ザイツォンにはまだ気掛かりがあるようだ。


「……カレン、ベ連邦の代表団は何処へ行った?

 俺たちがこれだけ散々暴れ回ってるのに、連中の影どころか気配すら感じないぞ?」


 これにはカレンも沈黙せざるを得ない。

 その通りだ。

 スタントールにかまけて「あの」ベルベキアに注力する暇が無かった。

 ゲイルやグラシカも、ハッとする。


 そう言えば、連中は何処へ消えた?


「……申し訳ございません、ザイツォン様。

 仰せの通りにございます。彼らの動静を正確に把握できておりませんでした。」

「……いや、いいんだ。カレン……多分、俺の気のせいだ。

 今はとにかく、物騒な女王の兵隊から逃げることを優先しよう。」

「はい、ザイツォン様。」


 カレンに笑顔が戻る。

 ザイツォンが「気に掛ける」ことがあること自体、カレンに取って許せないことだった。

 己の準備不足を、大いに恥じる。

 常にザイツォンが進むべき最高の「王道」を用意すること。

 これこそが、カレンが自身に課した責務である。

 半鎖国体制を取る不気味なベルベキアについては、何もかもが情報不足だ。

 何とかして現地に工作員や「人民細胞」を植え付けられないか、帰国次第優先的に検討しなければならないだろう。

 屋上へ続く階段を駆け登りながら、カレンは「次の段階」へと思考を進ませる。


 屋上へと到達した人民共和国代表団。

 既にヘリポートに人民共和国が世界に誇る大型強襲ヘリが1機、何時でも離陸出来る態勢を整え待機していた。

 特別行動部隊の兵士数名もヘリの周囲に展開し、屋上を完全に制圧していた。


 屋上へと出る扉を開け、ヘリに向かう人民共和国代表団。

 カレンが一足先にヘリに近づこうとヘリポートの階段に足をかけた、その時。


「お姉様!!危ない!」


 シクラがカレンに飛びつき、屋上の床に伏せた。

 直後、人民軍の強襲ヘリにロケット弾が飛び込み、大爆発。

 ヘリは激しく炎上し、一瞬で残骸と化した。

 屋上を制圧していた人民軍兵士も、次々と突如飛来した銃弾に倒れる。


 サーラも父ゲイルとザイツォンを強引に床に引き倒すと、カービン銃を構えてもう一つの屋上出入口に銃口を向ける。


「スタトリア!!」


 シクラとカレンもすぐさま立ち上がり、サーラと同じ方向に銃を向ける。

 彼女たちの真正面にあるもう一つの屋上出入口には、煙が燻るロケットランチャーを構えた女王がいた。

 女王はランチャーを放り捨てると、素早く新型短機関銃を取り出し両手でしっかりと構える。

 その背後には、多数の黒衣の兵士と王国軍兵士、そして恐るべき紅髪の女兵士レシアが銃をこちらに向けていた。 

 一方のグラシカと人民軍特別行動部隊の兵士たちも、直ちに敵に向かって銃を構える。

 

 激しく炎上するヘリの炎に照らされ、王国と人民共和国は互いに銃を向け合い鋭く対峙していた。

 その上空に輝く星空からは、両軍の精鋭戦闘機部隊が尚も激しい空中戦を繰り広げていることを告げるジェットエンジンの爆音が響いて来る。


「醜いアカとダニ虫めが……貴様らの負けだ。

 銃を捨て、降伏しろ。

 そうすれば、()()生かしておいてやる。」


 女王が尊大に宣告する。

 だが、降伏する意志など、今この場にいる人民共和国関係者の誰一人として一片足りとも持っていなかった。


「黙れよ、カリーシア。

 惨めな女王。馬鹿な王制主義者は、現実が見えていないようだ。

 負けたのはお前だ!カリーシア!!」


 カレンが声を荒げて叫ぶ。

 その叫びに答える様に、人民軍強襲ヘリ数機が屋上に姿を現した。

 30mm連装機関砲の銃口を、女王とその一味に向ける。

 しかし、スタントール兵の誰一人として動揺していない。

 女王は不敵な笑みを零す。


「はっ!!この不細工なヘリ数機で、妾に勝ったつもりか?

 クソ女アクラコン!!妾を舐めるなよ!!」


 直後、強襲ヘリ1機にミサイルが直撃し、爆発炎上。

 空中で残骸と化し、そのまま地面に叩き付けられた。


 数瞬と間を置かず、一際大きなジェットの爆音が国際会議場の屋上に響く。

 王国空軍ステルス戦闘機による攻撃だ。

 残ったワニのパイロットたちに衝撃と動揺が広がる。


 航空優勢を巡る激しい戦いは、どうやらスタントール軍が優勢になりつつあるようだ。

 港湾都市の上空を飛ぶ王国側の作戦機の数が、先程よりかなり多くなっている気がした。

 それを裏付けるように女王の右耳の通信受信機に、海軍総司令デルバータからの報告が入る。


『女王陛下。空母機動艦隊所属の海軍航空隊全機、作戦空域に到着。

 敵人民空軍ベテラン戦闘機部隊を、圧倒的物量で押し潰します。』


 女王の不敵な笑みが壮絶さを帯びる。


「ハハハッ!!妾の勝ちだ!アクラコン!

 そして、ダニ虫のベルカセム親子よ!!

 ……貴様ら、楽に死ねると思うなよ……」

 

 サーラとゲイルの表情が険しさを増す。

 女王に向けた銃口が揺らぐことは無かったが、覚悟を決めなければならないようだった。


 空の戦いに負けることは、現代戦における敗北である。

 今、人民共和国はその空の戦いに敗北しようとしていた。

 カレンの顔にも焦燥が見え始める。


 女王の兵士たちが、敵の武装解除を試みようと進み出た。


 次の瞬間。


 激しい閃光が屋上の王国と人民共和国に襲い掛かった。

 目が眩み、その場にいた全員が視界を奪われる。

 閃光から目を守る為、敵に向かって構えていた銃を下げざるを得なかった。

 中には銃を取りこぼす者さえいた。


 やがて視力を取り戻すと、そこには異様な身なりをした兵士と思われる男女約20名が、見たことも無いライフル銃のような物を手に王国と人民共和国の間に立っていた。

 頭部を真っ黒なフルフェイスヘルメットで覆い、身体の線にピタリと沿った漆黒のジャンプスーツに身を包んでいる。


 あまりに異様な集団の突然の出現に、両陣営とも困惑を隠せない。

 一方、空でも異変が起こっていた。

 

 突如、王国軍と人民軍双方の戦闘機の機器に異常が発生。

 コントロールが全く効かなくなり、突然勝手に脱出装置が働いた。

 ヴォーレンクラッツェ上空を飛行していたスタントール空軍とアーガン人民空軍のパイロットたちは、訳が分からないまま空に投げ出された。

 主を失った両国の航空機は、何故か無人状態で暫く飛行したかと思うと、そのまま全て海へと墜落していった。

 夜空一面に、両空軍パイロットが地上に降下するパラシュートの花が咲き乱れる。

 さらに人民軍の強襲ヘリもコントロールを失い、地面へと降下してしまった。

 パイロットたちが必死に再度の離陸を試みるも、まるで言うことを聞かない。

 瞬く間に、王国軍と人民軍の航空戦力は無力化されてしまった。

 

 女王は短機関銃を構え、誰何した。


「……何者だ、貴様ら!妾の空軍に、何をした!!」


 カレンとザイツォン、ゲイルやグラシカも未知の存在を警戒する。

 サーラとシクラも、すぐさま銃を構え直して突如現れた謎の兵団に備える。


 すると謎の兵団を間に置いて対峙する両陣営の背後の屋上出入口から、ロングニル軍兵士・警官が大勢現れた。

 両国の兵士たちに銃口を向けるロングニル治安当局関係者。

 完全に包囲された。


 直後、屋上にティルトローター式の垂直離着陸機が出現。

 炎上する人民軍強襲ヘリを避けるようにヘリポートに着陸すると、中からロングニル国王エルンスト・フリーデライツⅣ世と、煌めくような銀色の長髪を靡かせた絶世の美女が現れた。

 その場にいた王国と人民共和国の誰もが、思わず息を呑む程の美しさ。

 明らかに軍人の正装と思われるような服装を纏ったその美女は、アルビノのような新雪の如き白い肌に宝石のように輝くエメラルド色の瞳をしていた。


 その美女が、怒れる女王の誰何に答えた。


「我らはベルベキア軍。

 カリーシア・シノーデルⅡ世女王並びにカレン・アクラコン内務人民委員長。

 あなた方の航空戦力は、我々が無力化しました。」


 女王が怒りに任せてベルベキアの銀髪美女に短機関銃を向けると、すぐさま漆黒のジャンプスーツ姿のベルベキア兵一人が、手にしたライフル銃のようなものを「発砲」した。

 青い光線が女王に命中すると、彼女の全身を強烈な痺れが襲い、手にした短機関銃を落としてしまった。膝を屈する女王に、黒衣の兵士や王国兵が駆け寄って女王を守るべく肉の盾となる。

 間を置かず、複数のスタントール兵やレシアがベルベキア兵に向かって銃撃を加えるも、彼らの周囲には「光学バリア」とでも言うべき未知の磁場が存在しており、銃弾はそのバリアによって消滅してしまった。

 ベルベキア兵が光線銃を向けると、スタントール兵らは大人しく一旦銃を下げた。


「いい加減にせんか!!

 スタントール兵とカリーシア女王よ!!

 お前たち、自分たちの行いを恥ずかしいとは、思わんのか!!」


 ロングニル王フリーデライツ国王の一喝が響き渡る。

 スタントール兵とその女王に、怒りが再燃する。


「……クソが。亜獣人にケツの穴を掘られ過ぎて、脳細胞まで消し飛んだか?

 ロングニルの惰弱なる王よ!!

 亜獣人やアカに屈して民族の矜持を捨てることこそ、最も恥ずべき事よ!!」


 女王は自らの足で再度立ち上がり、短機関銃を拾い上げるとフリーデライツ国王に銃口を向ける。


「……カリーシア。それが本当にお前の答えか?

 カスデルがこんなことを望んでいると、本気で思っているのか?」

「……軽々しく我が父王の名を呼ぶな!」


 女王の怒りに、配下のスタントール兵全員が応える。

 全方位に向かって銃口を向ける。

 周囲を完全に敵に囲まれているが、もはや関係ない。


 沖合には大艦隊がいる。

 海兵隊の第二波も、いつでも出撃できる。

 さらには、新型エネルギー爆弾を積んだ大型戦略爆撃機も待機している。

 いざとなれば、自分たちごとこの街を吹き飛ばしてやる。

 だが……このベルベキアという連中は、全くの未知数だ。

 航空戦力がいともたやすく無力化された今、さらにカードを切ったところで優位に立てる保証は無い。


「准将。聞こえるか?なぜ定期戦況連絡を寄越さない。」

『……』


 女王は次の一手を考える為、まず最新の戦況を把握しようと会場地下駐車場の一角に設置した王国軍作戦指揮所の主に連絡するも、応答が無い。


「ダリル・マッコイ准将。応答せよ!」

『…………な、頼むよ、俺の一番の上司からの連絡なんだ……いいか?スマンね……

 じょ、女王陛下。大変失礼しました……』

「誰と話しておる?戦況はどうなった!?」


 ダリルは「何か」を警戒しながら通信している。

 まさか?


『へ、陛下……誠に申し訳ございませんが、突然正体不明の戦闘部隊が指揮所の中に現れ、一瞬で制圧されてしまいました…………え?なんだって?……クソ、わかった。切るよ……』


 通信が途絶してしまう。

 王国軍作戦指揮所も、瞬時にベルベキア軍に制圧されたようだ。


 いったいこの連中は何をした?

 どんな「魔法」を使ったというのだ?


 女王の顔が焦燥に陰る。


 そして、それは女王と相対するカレンも同様である。

 この場を脱出する術を失い、今自分たちの命は、名前すらわからない銀髪の女の手に握られている。

 常に謀略で優位に立ち、常に相手の命を握り続けていたカレンに、人生初となる「未知の存在に生殺与奪を握られる息苦しさ」が襲って来ていた。


 不安の表情を浮かべながら心から愛する男、ザイツォンを見る。

 若き歴戦の人民軍将校の男に、動揺の素振りは全く見えなかった。


「ザ、ザイツォン様?」

「カレン……どうやら、ここまでのようだ……

 人民軍兵士よ!武器を置け!

 ……聞け!ロングニルとベルベキアよ!

 我らは会話に応じる!」


 人民軍最高指揮官の命令に、全ての人民軍兵士らは従った。

 赤い星を抱く労働者の軍の兵士たちは、手にした機関銃や自動小銃を自身の足元に置いた。

 斯くして人民軍側は武装を解除し、戦闘態勢を解いた。

 シクラとサーラも銃を下げる。

 だが、敵王国に対する警戒は決して解かない。

 女王の出方を用心深く伺う。

 

 ロングニル王の顔は、嘆きと怒りの表情からお転婆娘をあやすような優しい笑顔に変わる。


「さぁ、カリーシア。

 賢明な労働者たちが先に武装を解いた。次は君たちの番だ。

 お願いだ。銃を下ろし、会談に臨んでくれ。」


 女王が向ける銃口をものともせず、ロングニルの王は寛大に申し出る。

 一方で女王配下の兵士たちに乱れは無い。

 全員が、女王の命令を待っていた。


「陛下、発砲許可を。」

「女王陛下!交戦許可をお願いします!」


 レシアや王国軍兵士らは、何があっても女王と共に戦うつもりでいた。

 祖国を踏み躙った敵に対し、彼らが抱くのは憎悪と殺意だけ。

 周囲全ての敵と刺し違える覚悟は出来ている。

 しかし、女王の心境にはある変化が生じていた。

 先程のロングニル王の言葉が引っ掛かる。

 愛する亡き父王が、果たして祖国を破滅させてまで民族のプライドを守ることを望むだろうか?


 断じて否だ。


 如何なる国の王だろうと、まず望むのは臣民の幸福と祖国の繁栄だ。

 今、ここで怒りに身を任せて敵と刺し違えた結果残るのは、世界最大の超大国ロングニルと魔法の如き超先端科学技術を有するベルベキアの総攻撃による、祖国スタントールの免れることの出来ない滅亡である。

 

 女王は苦渋の決断を下した。


「スタントール兵!!我が勇敢なる兵士たちよ!!

 ……銃を下ろせ!!」


 王国軍兵士たちは、偉大なる主君の命令に従った。

 決意をもって握り締めていた銃を下ろし、力が抜けた手から銃が零れ落ちる。

 悔しさに顔が歪む。


「……クソッ!!」


 レシアは悪態をつかざるを得なかった。

 ロングニルの兵士や警官が、スタントール兵の武装解除を開始した。

 既に会場内のスタントール兵は、ロングニル軍・警察とアーガン人民軍の「連合軍」、そして閃光と共に突如出現したベルベキア兵によって制圧され、会場エントランスに陣取っていた王国陸海空三軍総司令をはじめとする王国軍・政府幹部の身柄も拘束されている。

 

 女王は、ベルベキアの指揮官と見られる銀髪の女に鋭い眼光を飛ばしながら問う。


「お前の名を教えよ、ベルベキア。」

「私の名は、シルヴィスク・イヴァノヴァ。

 ベルベキア連邦国防軍統括元帥。

 宜しく、カリーシア・シノーデルⅡ世女王。」


 超然とした態度で答えるベ連邦軍最高指揮官。

 それに堂々と相対する女王。


「名は覚えたぞ、イヴァノヴァとやら。

 貴様らベルベキアのからくり、いずれ全て暴いてみせる。」

「そうですか。」


 シルヴィスクはまるで関心が無いように受け流す。

 そんなやり取りをする2人の美女の間に、ロングニル王が割って入る。


「止めんか、カリーシア。

 ……ともあれ、最後に理性を取り戻してくれて感謝する。

 今回のこと、我がロングニルは水に流すこととする。

 遺恨は無しだ。犠牲となった両国民への哀悼と賠償は、互いに補填し合うことにしよう。

 良いな?」


 ロングニル王は威厳を漂わせ、スタントール女王に確認を取る。

 その顔の表情と纏うオーラは、有無を言わせぬ圧を伴っていた。


「ふん……感謝なら、そこの極北から来た銀色女にせよ、エルンスト。

 貴様とそこのアカだけなら、容赦なく皆殺しにしておったわ。」

「……まぁよい。明日からは銃を持たずに会場に来るように。

 頼んだぞ、カリーシア。」


 女王は不遜な態度を隠しもせず、「自由と平等の国」の国家元首の言葉を不承不承受け入れた。

 次に、王は人民共和国の女の下へ歩み寄る。


「アクラコン。お前もだ。

 明日中に兵を引き上げてくれ。もうお前たちを傷つける者は存在しない。

 後は、話し合いで解決しよう。」

「……私では無く、ザイツォン様に言え、国王よ。

 私はザイツォン様の命令しか聞かない。」

「……わかった。失礼したね。」


 カレンから冷徹なオーラが放たれる。

 話す相手を間違えている、と女の纏う雰囲気が語っていた。

 王はそれに素直に従った。

 

「やぁ、ベタシゲン将軍。

 君とはいつかゆっくりと語り合いたいと思っていたよ。

 だが今は、君の勇気ある決断への感謝を述べるに留めておく。

 ……銃を手にした者たちを前にしながらも、君たちは先に武装を解いてくれた。

 ありがとう。」


 ロングニル王は微笑みを湛えて人民軍最高司令官と向き合った。

 握手を求める王。

 ザイツォンは、それに笑顔で応える。

 固く握手を交わす国王と人民主義者のリーダー。


「お会いできて光栄です、フリーデライツ国王。

 自分はただ、その時最善と思った判断を下したまでです。

 この会談が終わったら、是非、ゆっくりと食事でもしながら談笑しましょう。」

「楽しみにしているよ、ベタシゲン将軍。」


 ロングニルとアーガンの両軍は今も尚国境で交戦中ではあったが、両国の最高指導者同士の戦争は一足先に終わりを告げたようだ。

 周囲を見渡せば、ロングニル軍兵士・警官とアーガン人民軍特別行動部隊の兵士たちが互いにタバコ等の私物を交換し合い、穏やかに談笑している。

 

 次にロングニルの王が向かったのは、褐色肌の親子の下であった。

 ダニーク解放戦線最高指導者の前に進み出たロングニル王。

 指導者ゲイルは、背筋を正して王と向き合った。

 若干緊張気味の彼に、和やかな笑みを見せ、握手を求めるフリーデライツ国王。


「君の演説も見事だったよ、ベルカセムさん。

 ……我がロングニルは他国を貶めるような策謀は行わないので、あなた方ダニーク人に具体的な支援をすることは出来ないが……

 我が国は、何時でも全てのダニーク人を受け入れる用意があることを知っておいて欲しい。

 故郷での望みを完全に失っても、絶対に破滅の道を歩んではいけないよ。」

「……ありがとうございます。フリーデライツ国王陛下。

 ですが、私は決して諦めません。必ずや、故郷に自分たちの祖国を築いて見せます。」


 決意の表情を見せるゲイル。

 ロングニル王も、力強い頷きを返してその健闘を祈る。

 ゲイルは、世界第一位の超大国国家元首と握手を交わした。

 そんな父の姿を、頼もしく見つめるサーラ。

 サーラの肩に背後から誰かが優しく手を乗せてくる。

 振り返り、手の主を確認する褐色少女。

 人民共和国最強の兵士、シクラだった。


「サーラさん。

 短い時間だったけど、一緒に遊んでてシクラが『楽しい』と思ったのはあなたが初めてです。

 また、遊びましょうね。」


 シクラはサーラに満面の笑みを送ると、愛する姉の傍へと戻っていく。

 サーラは最強の人民軍兵士の後ろ姿を、尊敬の念をもって見送った。


 直後、正面から壮絶な殺気を感じ取り、思わず後ろに飛び退いてカービン銃を構える。


 レシアだ。

 武装解除された血のように紅い髪の女が、黄金色の戦闘オーラを放っていた。

 こちらに向かって歩いてくる。

 それを阻止しようとロングニル兵が立ちはだかる。

 レシアはロングニル兵の肩越しに、サーラに殺意の眼差しを叩き付けた。


「……レシア!!」

「サーラ・ベルカセム。貴様と貴様のオヤジは、必ず殺す。

 ファーンデディアで首を洗って待ってろ。」


 それだけ言い残し、レシアは女王の下へと戻っていく。

 

 戦闘が終了し、対峙していた国際会議場屋上から次々と退場させられる王国軍と人民軍兵士たち。

 だが、彼らの最高指揮官はまだ対峙していた。


 女王とカレン。


 両者は睨み合ったまま、その場を去ろうとはしなかった。

 それを間で見守るロングニル王とベルベキア軍司令官。

 女王の背後にはレシアと数名の黒衣の兵士が、カレンの背後にはザイツォンとシクラ、それにベルカセム親子が残る。


 火花散るような沈黙を破ったのは、女王の方だった。


「……ザイス・インクヴァルトという男を知っているか。」


 女王がカレンに問う。

 カレンは事も無げに答えた。


「知っている。私の母が訓練した“人民細胞”の男だ。

 とんだ役立たずだったが……貴様が始末したんだろう?」


 カレンは女王に挑発するような絶対零度のオーラを放つ。

 女王はそれに全く動じずに返事する。


「そうだ。妾が八つ裂きにした。

 ……お前も必ず八つ裂きにしてやる。」


 女王の全身から激しい怒りが迸る。

 それに真っ向から受けて立つカレン。


「黙れよ、カリーシア。

 私の“細胞”たちがお前の喉を斬り裂くその日まで、震えて眠れ。」


 王国と人民共和国の女たちは、最後に宣戦布告して別れた。


「「お前を、必ず殺す!!」」



 和平会談は、翌日から本格的に始まった。

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