28. 和平会談という名の戦場 中編
「よう、ザイツォン。久しぶりだな。」
王国陸軍将校の正装姿の男が、人民軍上級将校の正装を纏う男に軽いノリで話しかける。
王国軍の男は慣れない髭剃りで下顎に負った2箇所の傷を、絆創膏で隠している。
正装も着慣れていないようで、どこか居心地が悪そうにしていた。
一方の人民軍将校の男は、見事に正装を着こなし、堂々とした佇まいを見せている。
その男前の顔は若い活力に漲っていた。
王国軍の男の名は、ダリル・マッコイ。階級は准将。
自身が忠誠を誓う古い歴史を誇る王国……ノルトスタントール連合王国……の重要な直轄領、ファーンデディア広域州管区方面軍の実質的司令官を務めている。
人民軍の男の名は、ザイツォン・ベタシゲン。先日、人民陸軍元帥となり、名実共に「労働者の国」……アーガン人民共和国……の軍隊の最高司令官となっていた。
2人の男の祖国は、目下交戦中である。
「ダリルさん!?お久しぶりです!」
ザイツォンはダリルと固い握手を交わす。
「面と向かって会ったのは、10年前のロングニル駐在武官交流会以来か……元気そうだな。」
「はい。ダリルさんもお変わりなさそうですね。」
「まあな。なんもかんもテキトーにやり過ぎて、未だに准将だけどな。」
笑顔を向け合い、しばし互いの敵国将校と談笑する2人の男。
彼らがいるのは、王国陣営最大の超大国・ロングニル連合王国が世界に誇る超巨大港湾都市・ヴォーレンクラッツェの臨海地帯にあるヴォーレン国際会議場、その廊下の一角である。
戦前から様々な国際会議や世界的アーティストのイベント等が連日催されていた巨大施設。
この異世界史上最大の戦争となった大戦の終結を目指した「大戦和平会談」が、今まさにこの会場で開かれようとしていた。
大戦和平会談は、大戦当事国は元より世界中の主要国首脳が一堂に会する史上初の一大国際会議となり、会場とその周辺一帯は開催国・ロングニルの軍や警察による厳重な警備が行われ、非常に物々しい雰囲気に包まれていた。
「そういや、この会談が成功した暁には総書記長様になるんだって?
軍人やめて政治家になるのかよ。つまんねえな。」
ダリルが冗談めかしてザイツォンに言う。
「気の早い連中が根も葉もない噂をしてるだけですよ。
ウチの頑固な爺様連中が、そう簡単に権力を明け渡す筈ありませんし。」
「そうか……まぁ、だったらいいんだが……」
ダリルの顔から笑顔が消え、神妙な面持ちになる。
「どうかしましたか?」
「……なぁ、ザイツォン。俺は、個人的にお前が気に入ってる。
……今からでも遅くない。誰か代理を立てて、会場を離れろ。」
「……それは出来ません。自分はこの会談に関して祖国から全権を委任されています。
その重責を放棄して逃げるなど、絶対に出来ません。」
ザイツォンは、ダリルの突然の助言を頑なに拒否した。
彼の顔からも笑顔が消え、真剣な表情となる。
「……そうかい…………なら、今から言うのは俺の“独り言”だ。聞き流してくれ。
“俺たち”は会場奥と左側から突入する。死にたくなければ、右側へ逃げろ。」
「……ありがとうございます……同志マッコイ。」
「……やめてくれ、俺はお前の“同志”じゃない。“友人”だ。」
そう言うとダリルはその場から立ち去ろうとする。
すれ違いざまにザイツォンの肩を数回叩くと、廊下奥にある王国軍関係者将官控室へと姿を消した。
ザイツォンは振り返り、自身が尊敬する軍人の去り行く背中を見つめた。
立ち去ったダリルと入れ替わるように、背後から幼馴染の女が近寄って来た。
「ザイツォン様。今の方は?」
閉じているかのように細い瞳をした美女。
専用の人民軍上級政治将校の制服を着た冷徹な雰囲気を纏うその女は、今や人民共和国の実質的最高権力者であるカレン・アクラコン。
普段、部下などと話す口調とはまるで異なる、愛する男にしか発さない穏やかな声色で問いかける。
カレンの方へ向き直るザイツォン。
「古い友人さ……カレン、彼の“独り言”を聞いた……お前の恐れていた通りだよ。
活路は“右”だ……それはそうと、こっちの兵隊はどれくらいだ?」
「……私の配下の特別行動部隊、1個大隊です。
既に会場隣にあるダミー会社の大型倉庫にいます。
それとは別に、都市沖合を潜航中の“海狼級”3隻に“ワニ”を計18機、準備しております。」
「空軍は?」
「最新鋭の戦闘機を配備した第156戦術航空団“鷲”中隊が、国境そばの山岳地帯秘匿基地にて臨戦態勢で待機中。
命令後、30分以内に来援可能です。」
「よし。流石だ、カレン。ナデナデしてやる。」
「あ、ありがとうございます。あぁ、ザイツォン様……」
カレンは顔を真っ赤に染めると、頭をザイツォンの肩に預ける。
ザイツォンはそんなカレンの頭を数回愛撫した。
彼女の言った「特別行動部隊」とは、カレンが委員長を務める内務人民委員会直属の戦闘部隊。
専用の不気味なガスマスクで顔面を覆った重武装の精鋭兵たちである。
そして「海狼級」とは、人民共和国が世界に誇る長距離大型多目的潜水艦。
驚くほど静かな新型推進機関の潜水艦であり、100メートルを超す巨体には大型強襲ヘリや主力戦車を搭載可能である。今回は即席の潜水ヘリ空母として運用していた。
その海狼級が積むヘリこそ、人民軍将兵から「人食いワニ」の愛称で親しまれている凶悪な外見をした大型強襲ヘリである。完全武装の兵士10名を搭載可能で、小規模なエルフの町なら1機で滅ぼすことが出来る程の重武装を誇る。
さらに、最新鋭の多用途戦闘機を多数装備するベテラン揃いの空軍部隊も待機させている。「白鶴」の愛称で呼ばれるこの新型機は、機首から胴体にかけての見事な流線形のラインにカナード翼からなる全体構造の美しさと、推力偏向ノズルが生み出す極めて高い機動性、大型爆弾も搭載可能なペイロードを持ちながら最大速力マッハ2.5を叩き出すという「労働者の国」が世界に誇る空の工業芸術作品である。
このように、数千人規模の訓練未熟な軍隊しか持たない小規模国家なら容易く灰に出来る程の戦力を、この氷点下の血が流れる内務人民委員の女は用意していた。
宿敵・ノルトスタントールの怒れる若き女王、カリーシア・シノーデルⅡ世が和平会談の最中に雪崩れ込ませるであろう王国軍に備えて。
……
環状大陸の片隅からやって来た褐色肌の親子は、その超巨大港湾都市の光景に圧倒されていた。
世界第一位の経済規模を誇る超大国の大都市。
煌びやかなネオンと広告の海で満ちる新市街に、中世時代を彷彿とさせるレンガ造りの古い街並みが保存された旧市街が調和する風景と、無数の巨大ガントリークレーンとガスタンクが建ち並ぶ一大臨海工業地帯の威容。
そこでは、大勢の人間とエルフ、ドワーフ等の亜人、ゴブリンやオークと言った獣人、ミノタウロスやドラゴンに代表される魔獣たちが共に暮らし働いていた。
彼ら褐色肌をした親子の故郷、ファーンデディアでは当たり前の支配者民族と原住民族の厳格な「住み分け」は皆無であり、不当な職業差別や賃金の格差も無い。
完全なる平等社会がそこにあった。
建物の建設現場ではオークの現場監督が人間の職人に作業指示を出し、オフィス街ではゴブリンロードの社長の下で、綺麗なエルフ女性の事務員が書類仕事に携わっている。
ドラゴンの体育教師が学校のグラウンドで様々な種族の子供たちにフットボールを教え、ミノタウロスの港湾労働者が荷揚げされたコンテナを軽々と両手で持ち運び、ドワーフが運転する大型トラックに載せている。
ヴォーレンクラッツェ。人口約2000万人を扼する世界最大の超巨大港湾都市。
大戦ではアーガン人民空軍の空爆を度々受けるも、ロングニルの旗を守り切った。
戦争が王国陣営優位に傾いてからは、空爆で被害を受けた建物の迅速な復旧工事が進められていた。
褐色肌の親子、父ゲイル・ベルカセムと娘のサーラは、そんな大都市の有様に気圧されつつも、あらゆる人種の人々が平和に暮らす光景に少しの感動を覚えていた。
彼らが人民共和国の首都から軍の特別機に乗りこの地に降り立ったのは、太陽が天空の頂点を過ぎて黄昏に近づこうとしていた時であった。
大戦和平会談の会場であるヴォーレン国際会議場に行くまでの道中、2人は人民共和国が用意してくれた高級セダンの車内から、この世界で最も平等な社会が広がる大都市の風景を備に見ていた。
特にサーラは感動を覚えたようだ。
年相応の少女に戻った解放戦線最強の歴戦の戦士は、たまらず聡明な父に問う。
「すごい……ゴブリンが街中をスーツ着て歩いてる……ねぇ、父さん。どうしてロングニルでは亜人も獣人も、ヒトと一緒に暮らしてるの?」
愛する娘の無邪気な問いに、父親は微笑みながら答える。
「それはね、この国を建国した王様の理想が現実化したからなんだ。
“法の下での絶対的平等”、“完全なる信仰の自由”。
これがこの国の理念で、建国から1600年近く経った今も変わってない。
大昔、ナルヴァの丘でロングニルの建国王、ハヤト・フリーデライツ王が南の神聖アスパニア王国から侵攻してきた“異端査問軍”を迎え撃った時、自身の呼びかけに応じた邪教徒や亜獣人の軍勢を前に宣言したそうだよ。
『お前たちは、全て我が民だ』ってね。」
「すごい王様なんだね。ロングニルの建国王は。」
「あぁ。だからロングニルの王は“近代人権思想の父”とも呼ばれてる。
歴代の国王も聡明な人物ばかりで、今でも8億人のロングニル国民全員から慕われているんだよ。」
「……スタントールの王とは大違いだ。」
「……そうだね。連中の王に、ロングニル王の千分の一でもいいから、他の種族を思いやる気持ちがあれば良かったんだが……」
そう言うと、ゲイルの顔に陰が差した。
スタントールの建国王、カズキ・シノーデルは「人間の覇者」と呼ばれている。
彼と彼が率いるスタントールの軍勢は、容赦なくエルフやドワーフの国を攻め滅ぼし、無数のオークを殺し、ゴブリンを組織的に狩り立ててドラゴンを家畜化した。
獣人の襲撃に怯え、亜人が独占する肥沃な土地と地下資源を目の前にしながら指を銜えるしかなかったヒト種に、シノーデル王は力を与えて支配者としての確固たる地位をもたらした。
ロングニルの建国王とスタントールの建国王。
どちらも幼少期の記録が無く、出自は謎に包まれている。
ほぼ同じ時期に歴史の表舞台に登場し、卓越した知識とリーダーシップを発揮して短期間の内に巨大な王国を打ち立てた。
だが、2人の作った王国は全く正反対な道を歩んでいた。
ロングニルは、亜獣人たちと共に進んでいく道を。
スタントールは、亜獣人と徹底して戦う道を。
車窓から流れ行く「自由と平等の国」の、平和で活気溢れる風景を眺めるベルカセム親子を乗せたセダン車は、特に大きな問題に遭遇する事も無く会場へと到着した。
国際会議場は大勢の各国政府関係者、マスコミ関係者に警備を担当するロングニル軍・警察でごった返し、喧噪に包まれている。
その喧噪の中、ベルカセム親子は地下駐車場入口から会談が行われるメインホールへと向かう。
ダニーク人親子を守るように、先頭を人民共和国最強の兵士である特別行動部隊野戦指揮官のシクラが行き、その左右と後ろを人民軍政治将校が固める。
しかし、この会場で褐色肌の人間は嫌でも目立つ。
早速、複数のロングニルやスタントールの報道関係者が飛びついてくる。
「こんにちは。ロングニル・ワールド・トゥディのロッピ・ヴァーニッタと申します。
ダニーク人武装組織の関係者の方ですか?よろしければ簡単なインタビューをお願いします。」
くりっとした大きな瞳のマスコミ記者の美女が、ゲイルにマイクを向けてきた。
その頭部には、特徴的な白いフワフワした毛で覆われた大きいウサギ耳が左右に生えている。
スタントールのグラビアアイドルさえ霞む抜群のスタイルに、大作映画のヒロインのような勝気な美貌に溢れていた。
ロングニルの「国民種族」の一つ、ウサギ系亜人のヴァニーシャ人女性だ。
彼女の相棒を務めるカメラマンは、キャットピープルの女性である。
小柄で愛嬌のある顔つきに、頭部に生えた左右の猫耳と頬の左右に3本づつ生えたヒゲが特徴的な猫系亜人。
2人ともまだ新人の記者とカメラマンだったが、ロッピの物怖じしない性格と猫娘カメラマンの本能的機転の早さで、これまで幾つもの大戦関連のスクープを物にしていた。
「はい、もちろんです。喜んで。」
ゲイルは歩く速度を落として温和な表情で応じる。
それに人民共和国の将校たちも歩調を合わせる。
「ありがとうございます。早速ですが、スタントールに対し、ダニーク人の組織的虐殺を行っているとの疑惑が持たれていますが、これについてどう思われますか?」
「疑惑では無く戦慄すべき事実です。私のダニーク解放戦線には、彼らの無差別な虐殺により、これまでスタントールの理不尽かつ差別的な法制度に大人しく従っていた大勢のダニーク人の同胞たちが、殺された家族の無念を晴らすべく消える事の無い復讐心を胸に抱き、次々と参加しています。
私たち解放戦線が把握しているだけで、既に100を超える町村落が地図から消えました。」
ロングニル報道関係者に騒めきが巻き起こる。
直ぐに、我も我もと何人ものロングニル王国メディア関係者がマイクを差し出してくる。
そこに、激怒の表情を浮かべた白人の男が割り込んできた。
「嘘ばかり吐きやがって!!薄汚いテロリストの首領め!!
お前たちの方が、先に我々スタントールの民間人を殺したんだろうが!!
神と女王陛下に誓って、必ずお前が八つ裂きにされる無様な姿を、全世界に流してやる!!」
今にもゲイルの胸倉を掴まんばかりの勢いで迫るスタントール人記者の男。
そこに、先程のロングニル人女性記者が割り込み、強く抗議する。
「割り込まないで!!あっちに行きなさいよ!スタントールの馬鹿!」
「なんだと!?クソ亜人の雌犬め!!」
「私は犬じゃない!ウサギよ!間違えないで!!」
「黙りやがれ!醜い亜人め!!」
たちまち辺りは騒然とし出す。
スタントール人報道関係者たちとロングニル人記者らが、大声で言い争いを始める。
騒ぎを聞きつけ、周辺警戒中のロングニル軍兵士たちが駆け付けた。
「何の騒ぎですか!?落ち着いてください!」
「おい!!ロングニル兵!!亜人の躾がなってないぞ!なんて、無礼な奴らなんだ!」
「無礼はアンタでしょ?ふざけないで!!」
「そうだ、スタントールよ。己が所業を恥ずかしいと思わんのか?」
「なんだと、このクソッタレの緑虫オークが!!テメェこそ一丁前に記者の格好をして、一体何のつもりだ!?ディメンジアのゴミと一緒に核で焼いてやろうか!?」
「貴様!!今、何と言った!!」
「ニャニャ!!みんな、落ち着くニャ!!」
ロッピやオークの記者がスタントール人記者と揉み合いになる。
それをキャットピープルの女性カメラマンやロングニル兵が制止しようと割って入るという混乱状態となった。
そんな混乱の最中を、ベルカセム親子はシクラの巧みな先導と政治将校の固いガードのお陰ですり抜けることが出来た。
会場を目指し通路を急ぎ足で歩くゲイルの背中に、スタントール人記者らの罵声が響く。
「テロリストめ!地獄に落ちろ!!」
「呪われろ!!ダニーク!!」
サーラに激しい殺意が沸き起こる。
サスペンダースカートの背中に隠した小型自動拳銃に思わず手が伸びる。
「ダメです、サーラさん。ここは堪えてください。」
シクラが血気盛んな褐色少女の行動を制止する。
その顔は氷のような無表情。
反論は一切許さないと、その表情と纏うオーラが物語っていた。
「……失礼しました。同志シクラ。」
素直に殺意を引っ込め、背後の銃に伸ばそうとしていた手を元に戻す。
シクラは笑顔に戻った。
「大丈夫ですよ、サーラさん。その内、いっぱい殺せます。
もうちょっとだけ、我慢してね。」
サーラの頭に疑問符が浮かぶ。
「いっぱい殺せる」とは、どういう意味だろうか。
まさか、スタントールの連中がこの和平会談の場に戦闘部隊でも送り込んでくるとでも言うのだろうか?
いや、流石に連中もそこまで馬鹿では無いだろう。
そんなことをすれば戦争は絶対に終わらないし、何よりロングニルとの関係が決定的に悪化してしまう。
様々な思考がサーラを駆け巡る。
ふと隣を歩く父ゲイルを見上げる。
そこには、極めて真剣な表情をした精悍なダニーク人指導者の男がいた。
……まさか、奴らの女王はそんなこと全く気にしてないのか?
敬愛する解放戦線最高指導者の顔を見たサーラに、そんな懸念が浮かぶ。
それに気づいたのか、シクラが遠回し気味に回答を出した。
「サーラさん。あなたの会場座席の下に“あるもの”を用意してます。その時が来たら、それを使って一緒に遊びましょうね。」
恐るべき人民共和国最強の兵士が、満面の笑みを向ける。
どうやら間違いない様だ。
スタントールは、実力でベルカセム親子のみならず敵対国家首脳陣全てを抹殺するつもりだ。
彼らには、話し合いなどするつもりは毛頭無いようだ。
それに、人民共和国でさえ現在交戦中の敵対王国が厳重に警備する会場に銃火器を忍ばせることが出来た。
名ばかりとは言えロングニルの同盟国であるスタントールなら、強力な戦闘部隊を会場に潜伏させるのは容易いことなのだろう。
サーラに緊張が走る。
絶対に、父ゲイルを死なせるわけにはいかない。
全て、殺す。
褐色の美少女の緋色の瞳が緋く輝く。
……
黄昏時を過ぎた太陽が大地に没しようとする赤い輝きが、和平会談の会場であるヴォーレン国際会議場を照らし出す。
会談初日のこの日は、大戦主要国首脳による顔合わせを兼ねた簡単なスピーチを行うこととなっていた。
本格的な当事国同士の和平交渉は、明日から始まる。
その後、和平合意に道筋をつけて大戦の終結が見えてきたならば、他の世界主要国要人を交えて、二度とこのような大戦が起きぬよう超国家的な国際調停機関創設を目的とした国際会議が行われる予定となっている。
以上が「大戦和平会談」の大まかなスケジュールであり、最終的な大戦和平合意と国際調停機関の草案決定まで約2週間を見込んでいた。
この異世界に、「国連」に当たるような組織は存在しない。
史上初となる大戦を経験した今、ようやくこの世界にも国際的な合意形成機関の必要性が意識され始めていた。
そして、それを特に強く提唱している人物こそ、他ならぬロングニル国王、エルンスト・フリーデライツ4世その人であった。
一方、そんなもの全く眼中に無く、目の前の敵を葬り去ることばかり考えている人物もいた。
ノルトスタントール連合王国第25代国王、カリーシア・シノーデルⅡ世女王である。
女王は酷く不機嫌であった。
会場入りと同時に、ロングニルの無礼千万な亜獣人記者が詰め掛けてきた。
すぐさま、直属の兵隊である「ネタリア機械化騎士団」所属の黒衣の兵士たちが、主君に近寄らせまいと手にした警棒や小銃の銃床で排除したが、それにロングニル兵が「待った」をかけた。
衆人環視の中、スタントール兵とロングニル兵が互いに銃を向け合う一触即発の事態が出来したのである。
異様な事態を察知して急行したロングニル政府高官らがその場を取り持ったお陰で最悪の事態は防げたが、女王は大いに不満であった。
「頭に来ますよね。あのクソッタレロングニルの亜獣人野郎共。汚いから近寄るなっつーの。」
血のように紅い髪をした若い王国軍女性兵士が不躾な不満を口にする。
女王の希望により、彼女は特別に女王の護衛として今回の会談に同行していた。
名はレシア・リョーデック。まだ18歳に過ぎない若いスタントール人の女性だが、その王国軍兵士正装の肩と襟元に付いた階級章は、彼女が少尉の位に達していることを示していた。
「全く持ってその通りよ。高貴なヒト種である妾の半径100メートル以内に亜獣人のクズめが近寄るなど、無礼極まる所業。
ガニッシュのアカが片付いたら、次はログニーの賊を掃討してやりたいわ。」
美しく長い黒髪を靡かせる若い女王は、レシアに同調するように言った。
尚、「ガニッシュ」とはアーガン人に対して、「ログニー」とはロングニル人に対する最も侮蔑的な表現の一つである。
本当に「高貴な」身分の人間なら決して使わない極めて粗野な言葉でもある。
だがこの女王は、自身の不機嫌さと隣に侍る護衛役の紅髪女の荒っぽさも手伝い、発する言葉もトゲを増していた。
「エスデナント。」
己が背後に付き従う王国陸軍総司令官の男の名を呼ぶ女王。
「ははっ!女王陛下。」
体格のいい50代の男が、首を垂れつつ女王の隣に進み出る。
陸軍元帥の正装を纏った白人の男からは、歴戦の猛者の風格が滲み出ていた。
「準備は出来ておるのだろうな?」
「はい、女王陛下。陛下の“宣告”が終了次第、突入させます。」
「宜しい。これで少しは気が晴れるな。」
ニヤリと笑みを浮かべる若き女王。
ロングニルや他の王国同盟諸国との友好など、もはやクソくらえだ。
自分の国を踏み荒らしたクズを抹殺することこそ最優先課題である。
邪魔立てするなら、ロングニルとて容赦しない。
激しい怒りと憎悪のオーラが、女王をはじめとするスタントール政府・軍高官たち、及び彼らを守るように周囲を固める黒衣の兵士たちから放たれる。
そう、今回の和平会談襲撃は女王の独断で行われるものではない。
古き王国を愛するスタントール人の誰もが、対話の必要性を感じていなかった。
この会談も、敵の首脳陣が集まる「都合のいい狩場」にしか思っていない。
優生思想が民族アイデンティティの根底に流れる偉大なる「文明人」たちは、世界の調和よりも民族の矜持を選択した。
殲滅、あるのみ。
……
会談のメイン会場となる国際会議場大ホールは、ホール中央奥の舞台から扇状に観客席が並ぶ。
広大な観客席は三段構成となっているが、今回の和平会談に当たって内装が大きく改装されていた。
1階部分の既設観客席は全て撤去され、各国首脳陣用の専用テーブルと座席を用意。
専用テーブルには会談参加各国の正式国名が大陸共通語で記載されたプレートが置かれ、大戦当事国は約10席、その他の世界主要国は5席分の座席が準備されている。
席の配置は、共和国陣営諸国が中央の舞台から向かって左側、王国陣営諸国が右側となり、それぞれの陣営主要国が最前列を陣取る。
その他の大戦関係国については、国の規模や大戦で被った被害の大きさ等を考慮して前から順に席が置かれていた。
一方、途中から大戦に参加した元・中立国やそれ以外の世界主要国は、1階後方にまとまって席が置かれている。
共和国陣営諸国の最前列は、当然のようにアーガン人民共和国であった。
代表者の席にザイツォンが座り、その右をカレン、左をシクラが占め、ベルカセム親子はシクラの隣に座った。
その後方に並ぶ共和国陣営側諸国のほとんどが人民共和国の衛星国であったが、中にはスタントール相手に目下絶望的な本土防衛戦を展開するオークの国・ディメンジア国家社会主義国の代表団のように、アーガンの影響が直接及んでいない共和国陣営側の国々も姿を見せている。
一方で、既に首都が陥落し、単独でスタントールに無条件降伏したイェルレイム民主共和国は、席こそ用意されていたが本会談を欠席していた。
本来の共和国陣営盟主国であるエルエナル民主統合共和国は、もはや国家消滅寸前の為、元より招待されていなかった。
王国陣営諸国の最前列には、3ヶ国が居座る。
中央を会談提唱国であるロングニルが、その右側をスタントールが座る。
ロングニル代表団の半数以上は亜獣人だ。首相はオークの男性、外務大臣はエルフ女性、国防大臣はドワーフと、人間の方が少ない。
スタントール代表団は、そんな「唾棄すべき」亜獣人だらけのロングニル代表団に露骨な不快感を示していた。
女王の左右を険しい顔つきをした陸海空軍の総司令官が座り、一団の中で最も強く不快感を露わにしている女王の背後には、彼女を守るようにレシアと黒衣の兵士数名が、周囲を威圧するかの如く直立不動で待機している。
外務大臣等のスタントール政府要人は末席に追いやられていた。
一方、ロングニル左側の座席には、ベルベキア連邦の代表団が姿を見せていた。
半鎖国体制を取る不気味な極北の超大国・ベルベキアが、このような国際会議の場に姿を現した事自体が史上初の出来事であった。
ホール2階部分でカメラを回す世界各国の報道機関は、こぞって斯様な歴史的瞬間を逃すまいとベ連邦代表団に注目する。
連邦代表団はいずれも黒髪に黒い瞳、アーガン人よりもさらに黄色味の強い肌をしており、どことなく東方大陸の人々に近しい容貌であった。しかし、肝心の連邦代表団の「団長」に当たる人物は、まだ会場入りしていないようだった。
僅かな欠席や遅刻はあったものの、およそ100ヶ国からなる各国首脳陣がほぼ勢揃いした。
会談初日の今日、顔合わせを兼ねた主要国代表による演説が始まる。
そのトップバッターは、この会談の提唱者であるロングニル国王、エルンスト・フリーデライツ4世。
白い正装スーツを着込んだ50代の南リガイア人の白人男性が、ホール中央の舞台へと登壇する。
清潔感ある口ヒゲを蓄え、堂々とした佇まいを見せる「自由と平等の国」の王。
舞台の壁には世界地図が掲げられ、王はそれに向かって一礼した後、演台に立った。
会場の騒めきは消え、誰もが史上最大の国際会議の始まりを告げるロングニル王の第一声に注目する。
「……まずは、ここに集まった全ての人々に、深く感謝申し上げる。
……ありがとう……
大戦という大いなる災いにもかかわらず、こうして人類が理性的な話し合いの場を設けることが出来たことに、私とあなたたちが敬う神々にも感謝せねばなるまい。
どうか、各々の作法で各々の神に感謝を捧げて欲しい。
……私は今、多くを語らない。
全ての国々が、理性と博愛の精神を持って本会談を成功に導いてくれることと思う。
そして、この大戦が平和的に終結し、二度とこのような戦争が起きないよう世界的な紛争調停の枠組みが生み出されることを、ただただ切に願う。
改めて、この会談開催を、神々とあなたたちに感謝する。
……この星に住まう全ての人々に平和と平等を。以上である。」
ロングニル王の開会の言葉は、短く簡潔なものであったが会談に臨む王の決意と願いが込められていた。
スタントールを除く各国首脳、報道関係者など会場内の人々から大きな拍手が起こった。
これから開かれる「平和」を話し合う会談に、誰もが希望を抱いていた。
……スタントールとアーガンを除いて……
次はザイツォンの番だ。
ザイツォンは立ち上がり、カレンやゲイルと視線を交わす。
カレンは、にこやかな顔をしながら会釈する。愛する男の「出陣」を静かに見送った。
ゲイルも温和な笑みを浮かべて、人民共和国次期最高指導者の男を見送る。
一方、シクラは周囲に神経を研ぎ澄まし、サーラも戦士の嗅覚を総動員する。
ザイツォンはカレンやゲイルに向かって力強く頷くと、登壇した。
舞台に上がり、先程のロングニル王と同じように世界地図に向かって一礼してから演台に立つ。
そこから会場内部の構造を改めて確認する。
ホール1階奥の出入り口は全部で5箇所。左右に3箇所づつ。
大きな観音開きの上品な赤い厚手シートで覆われた防音扉。
それぞれの出入り口には武装したロングニル兵や警官が待機しているが、奴らは遠慮なしに彼らを殺害して突入してくるだろう。
王国陣営側を見る。ロングニル王と目が合った。
その引き締まった表情は、決して油断はしていないが、人民共和国側への敵意はもはや微塵も感じられなかった。どこか友好的な雰囲気さえ感じられる。
次にスタントール側を見る。
恐らく、子供でも感じ取れるほどの猛烈な敵意と殺意を、黒髪の女王とその取り巻きたちが放っていた。残念なことに、彼が尊敬する軍人の一人であるダリルは代表団の席には座っていない。
今頃、関係者控室のテレビで、中継されている会談の模様を見ているのだろう。
ザイツォンは一呼吸すると、演台のマイクに向かって言葉を発した。
「世界人民同志諸君。今回の和平会談の開催を、我が人民共和国も心より歓迎する。
王制主義者と資本主義者に対し、本来なら不断の闘争を持って人民革命を達成すべく、労農人民の決断的団結力を発揮して尽力すべきなのだろうが、今は話し合いをすべき時なのだ。
新型エネルギー爆弾という、史上最強の超兵器が対立する両陣営に存在することとなった以上、革命を達成すべき世界人民の悉くが死に絶える恐れが、現実のものとなった。
我が人民共和国は、人の死に絶えた焼け野原に、赤き星を掲げるつもりなど、全く無い!
それは人類の破滅である!
遍く世界労働者人民よ、今は対話こそ重要なのだと理解してほしい!
……だが、私は確約する。必ずや、圧政者に搾取される労働者の未来は開かれる、と。
この和平会談は、決して革命の後退などではない。
これは、新たなる世界革命の始まりなのである。
大戦終結を契機とし、あらゆる圧政者によって支配される被支配民族労働者の自決を促す次なる進歩の序曲なのだ!
それを証明すべく、我が人民共和国は王制主義者の壮絶な搾取の只中にある労働者同志たちの代表者を連れて来た。
……紹介しよう。恐るべき圧政者、スタントールに反旗を翻した勇気あるダニーク人武装組織、ダニーク解放戦線の総書記長、ゲイル・ベルカセムだ!」
ザイツォンは、人民共和国代表団の席に座るゲイルに向かって右手をかざした。
カレンもゲイルに笑みを見せて、壇上に上がる様促す。
「さぁ、同志ベルカセム。あなたがたの苦境とスタントールの悪行を、世界に教えてあげてください。」
「…………ありがとうございます。同志アクラコン……」
「いえ、お礼なら我が人民共和国総書記長となられるザイツォン様にお願いします。」
ゲイルは、その精悍な顔を引き締めて檀上へと登った。
舞台に上がったゲイルは、フリーデライツ王やザイツォンと同じように、世界地図に向け一礼する。
ザイツォンが満面の笑みで褐色肌の男を出迎える。
「……本当によろしいのですか?私が演説して……」
ゲイルはザイツォンと固い握手を交わしつつ、小声で確認を取る。
「えぇ。登壇した時にスタントールの奴らの顔を見て、確信しました。
奴らは最初からやる気です。
なら、こっちも徹底的にメンツを叩き潰してやりましょう。
ぶちかましてやってください、同志。」
ザイツォンはそう言うと一歩演台から引いて、ゲイルに場を譲る。
会場を見渡す。
世界各国首脳をはじめ、世界中の人々が、今、ゲイルに注目していた。
スタントール側を見る。
そのオーラの範囲内に入った瞬間に圧殺してしまいそうな程の怒りと殺意が、ダニーク人テロリストのボスに向かって注がれていた。
だがゲイルは一切動じない。むしろ、敵の殺意を受けて緋色の瞳が燃え盛る。
マイクを軽く握って感触を確かめた後、両手を演台の端に乗せて語り出した。
「同志ベタシゲン。そして人民共和国の皆様、本当にありがとうございます。
このような得難き機会を与えていただいたこと、全ての自由を求めるダニーク人を代表して感謝申し上げます。
……まずは、世界の皆様に、改めて自己紹介致します。
私は、ノルトスタントール連合王国が支配するファーンデディア広域州で暮らす原住民、ダニーク人の労働者です。
私たちには“祖国”がありません。
私たちダニーク人は、この世に生まれてきたその時から、支配者スタントールによって「原住亜人」のレッテルを貼られ、奴隷同然の扱いを受けています。
住む場所も、仕事も、給料も、全て彼らに牛耳られ、我らの労働は当然のように彼らによって不当に搾取されています。
私は最初、そんな状況を改善してもらおうとスタントールの人々に話し合いを求めました。
スタントール人に自分たちが如何に不当な扱いを受け、苦境に喘いでいるかを訴えました。
平和的に話し合いを求めたのです。
……ですが、彼らから帰って来たのは警棒と銃弾でした。
私の仲間たちは、次々とスタントール当局によって殺害されました。
……私はそれでも諦めず、何度もスタントール人と対話を求めました。
しかし!彼らから帰ってくる答えはいつも、暴力!
権利拡大を訴えるダニーク人そのものの存在を、彼らは許さなかったのです!
そして、私は決心しました。
もう、彼らと話し合いは不可能なのだと。
スタントールとダニーク。この両者がファーンデディアで共存することは不可能なのだと。
不可能なのです!
スタントールとダニーク!もはや共存は不可能だ!
……そして今、この瞬間にも!私の故郷では恐るべき王国の殺戮集団が、ダニーク人の無実な民間人を殺して回っている!
恐るべき血の惨劇が、あの赤茶けた大地の上で繰り広げられている!
世界の皆さん。私は皆さんに今日、是非知ってもらいたい。
ダニークという辺境の一民族の存在を抹消せんと殺戮を繰り返す、血に飢えた女王が率いる王国の所業を!
そして、それに抗い必死に祖国を求め戦うダニーク人の存在を!
私たちは、ダニーク解放戦線!
自分たちの祖国を手に入れるまで、私たちの大戦は決して終わりません!
ダニークのファーンデディアを手に入れるその日まで!
…………最後に、私をこの場に導いてくれた、王国に廃却されし古のダニークの神々に感謝致します。
……ありがとうございました。」
共和国陣営諸国のみならず、他の主要国要人や報道関係者からも大きな拍手が起こる。
解放戦線の指導者の世界政治デビューは、斯くして成功を収めた。
ザイツォンはゲイルの健闘を称えるように肩に手をやり、共に壇上を後にした。
その2人の姿を、激烈な憤怒の表情で睨み付ける者たちがいる。
他ならぬスタントール人たちだ。
その中でも、彼らの頂点に君臨する女王の怒りたるや壮絶であった。
激怒のオーラで黒髪が逆立ち、黒い大きな瞳に絶対的殺意が宿る。
人民共和国代表団の席に戻ったゲイルを睨んでいたその瞳に、内務人民委員長の女の姿が飛び込んでくる。
カレン・アクラコン。
女王が「殺したい奴リスト」のトップを飾る女。
カレンもそんな女王の視線に気づき、細い瞳から絶対零度の殺意を放つ。
互いに相手の思考が簡単に読み取れた。
お前を、必ず殺す。
次の演説は女王の番だった。
「陛下。あの女を突入の第一撃で殺します。」
海軍総司令のデルバータが、登壇の為立ち上がろうとする女王に耳打ちする。
だが女王はそれを一蹴した。
「ならん。あの女は絶対に生かして妾の前に連れてこい。
奴は、想像を絶する苦と惨と悲を絡めてから地獄の底に叩き落す。
他は全て殺せ。」
「承知しました、女王陛下。」
デルバータは主君の意を汲み取った。
舞台に上がりそのまま演台に立ったカリーシア・シノーデルⅡ世女王。
ロングニル王やザイツォン、ゲイルが示した世界に対する礼節の念を、この若い女王は微塵も見せなかった。
演台の両端をへし折る勢いで両手を叩き付けると、女王は「宣告」した。
「世界の凡愚共に告げる。
妾は和平など求めておらぬ。
我が古き偉大なる祖国、ノルトスタントールは、何者にも侵されること無い神の国である。
遍く世界に優れた工業産品を与え、教養無き愚図めに慈悲深くも文明の味を教えてやった。
そんな偉大なる王国を、土足で踏み躙りおった賊や恩知らずの茶色い蛆虫共と呑気に語らい合う言葉なんぞ、妾は持っておらん!
和平など、クソくらえだ!
もう一度言ってやる!和平なんぞ、クソくらえだ!
人民共和国とそのケツにこびり付いたフンが如き弱小国のクズ共よ!
そして、妄言を吐いたダニークの蛆虫よ!!
これが妾の答えだ!
今ここで、無様に死ね!!」
直後、会場奥と左側の防音扉が荒々しく蹴破られる。
ロングニルの兵士や警官の死体が扉から会場に倒れ込むと同時に、完全武装した黒衣の兵士の集団が雪崩れ込んできた。
さらに、2階や3階からも王国軍兵士の大軍が突入し、スタントール報道関係者以外に対する容赦ない銃撃を開始する。
後の歴史に言う「ヴォーレンクラッツェ和平会談事件」の勃発である。




