25. ダニーク人問題に関する最終的解決
【新暦1925年12月25日付 ノルトスタントール連合王国親政下王国政府 発令
王国内特定地域における原住民武装勢力による反社会的暴動に関する特別措置命令書
(通称:ダニーク人問題に関する最終的解決) より一部抜粋】
ノルトスタントール連合王国王国政府 内務省 第666号命令書
新暦1925年12月15日 王国直轄領 フェターナ広域州 フェリス 発
ノルトスタントール連合王国(以後、我が王国)の不可分にして要である直轄領・ファーンデディア広域州において、その分離独立を標榜する極めて悪辣な原住民・ダニーク人による武装集団……自称:ダニーク解放戦線(以後、解放戦線)によるファーンデディア広域州在住王国臣民(以後、センチネル)への野放図的かつ野蛮な殺害行為及び政府関連施設に対するゲリラ攻撃は、もはや到底看過しえない事態に至っていると言わざるを得ない。
(中略)
よって、我らがカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下(古き王国よ偉大なれ)及びその僕たる王国政府は、以下の通り全ての我が王国関係省庁に対し王命を下す。
1. 解放戦線の壊滅を企図したあらゆる物理的・法的措置の実施
2. 解放戦線構成員に対するあらゆる法的保護の撤廃
2-1. 身柄を拘束した解放戦線構成員に対するあらゆる肉体的拷問の全面的な許可
2-2. 解放戦線構成員は原則として直ちに処刑すること(裁判不要)
2-3. 解放戦線構成員に対し、物資的・経済的・精神的援助を行う全ての者の身柄拘束
2-3-1. この項による「全ての者」とは以下の者を言う
・全ての原住民・ダニーク人(貧困層・中間層等所属階層は一切不問)
・人民主義を標榜する非国民(スタントール人)
・外国人(共和国陣営諸国は無論、同盟国の人間であっても対象とする)
2-3-2. 身柄拘束に抵抗を示した場合、直ちに処刑すること(裁判不要)
3. 解放戦線に協力した全ての「原住民自治町村落」の速やかな解体
3-1. 解体後、住民全てを「原住民特別隔離収容所」へ収監すること
3-2. 解体及び収監に抵抗を示す者は直ちに処刑すること(裁判不要)
3-3. 自治体解体を執行する軍・警察に対し、あらゆる武器の使用を許可する
3-4. 尚、経済的・行政的混乱を回避する為にやむを得ず当面の間、「王国自治体管理下原住民町村落」は対象外とする
(中略)
……尚、解放戦線及び協力者たる原住民に対するセンチネルの民間防衛組織によるあらゆる行動も同様に許可される。
全ての王国臣民は、「スタント―ルのファーンデディア」を堅持するべく行動しなければならない。
それを阻害せんと試みる全ての者・組織・国家は、同様に我が王国の敵と見做し殲滅せよ。
ノルトスタントール連合王国 第25代国王 カリーシア・シノーデルⅡ世 署名
※第25話にサーラたち主人公サイドは出て来ません。
後に主人公サイドの登場人物となるダニーク人たちの物語となります
●ダニーク中間層 役所職員 バシル・ムラヒディルの場合●
彼はその日、全てを失った。
ノルトスタントール連合王国が支配するファーンデディア広域州。
彼はそこに古の時代から住まう褐色肌の原住民・ダニーク人の一人。
精悍な顔立ちをした中肉中背の40代の男。ファーンデディアなら何処にでもいる平均的な容貌のダニーク人男性である。
ダニーク人の中でも比較的裕福な「ダニーク中間層」と呼ばれる階層に位置する存在だった。
ファーンデディア広域州の実質的州都・特別行政区アディニア市。
人口約400万人を扼するこの街で、バシルは市の行政区の一つ、西区役所の小役人として働いていた。
主に、同胞であるダニーク人が支払うべき各種税金の管理業務と滞納者への督促を担っていた。
その日、バシルはいつも以上に疲労していた。
南部で武装蜂起を引き起こし、多数のスタントール王国臣民を殺害したダニーク人武装勢力……通称:ダニーク解放戦線に対する制裁の一環として、先日、ダニーク人全体への懲罰的追加課税である「原住民人頭税」が州議会本会議で可決。
この人頭税とは、ファーンデディアに居住する全てのダニーク人に対し、所得等を一切考慮せず一定額を一律徴収する代物で、「ダニーク人武装勢力によって破壊された社会インフラ復旧の為」という題目が掲げられてはいるが、明らかなスタントール政府によるダニーク人全体への「罰金」であった。
この人頭税が施行された場合、特に、解放戦線に協力的だったダニーク人貧困層の人々には経済的な大打撃を与えることが予想された。
バシルは、そんな人頭税が翌月には課税執行されるのを前に、あらゆる準備に追われていた。
彼の勤める西区管内のダニーク人戸籍と既存課税の支払い状況の照合、「人頭税」課税に関する全ダニーク人世帯への通知準備等、仕事は山積状態でありながら、その全てを限られた数のダニーク人公務員で行わなければならなかった。
バシルら中間層のダニーク人たちは、ファーンデディアの支配者である白人種・スタントール人からしてみれば体のいい雑用係扱いであり、同胞であるダニーク人からは……特に解放戦線に共鳴する貧困層からは……「民族を裏切ったスタトリアの手先」として忌み嫌われていた。
ただ、バシルをはじめ中間層に位置するダニーク人たちのほとんどが、解放戦線に特段思い入れは無かった。
強大なスタントールに戦いを挑む無謀で無責任な同胞たち。
それが解放戦線に対する中間層の共通した認識であり、ともすれば迷惑とさえ思っていた。
彼らがスタントール人を殺害する度に、ダニーク人全体への差別は高まり、様々な社会的・法的な制約が次々と課せられるようになって日常生活にも支障をきたし始めていた。
役所での山のような書類仕事で疲れ切った身体を引きずり、バシルがアディニア市内の中間層とスタントール人貧困層が混在して暮らす「共同地区」内のアパート一室にある自宅に戻った時、既に異変は始まっていた。
日付が変わった深夜、彼が階段を登って家の玄関前に着くと、大勢の王国軍兵士や武装警察がアパート内の全ての部屋からダニーク人たちを乱暴に外へと連れ出しているではないか。
「な、なんだこれ?一体何が?」
バシルは困惑する。
何が起こっているんだ?ここに解放戦線なんぞ居やしないというのに。
そんな混乱するバシルにも短機関銃で武装した警官が迫る。
「おい、貴様の名前は?」
非常に高圧的な態度。
スタントール人は往々にしてダニーク人を見下し、蔑むがこの警官の発する雰囲気はもはや激しい敵意さえ帯びていた。
「バ、バシルです。バシル・ムラヒディル……この西区で小役人をしてます……」
すると警官はバシルの顔と手元の手帳を開いて内容とを交互に確認すると、乱暴に両手を背後に回して手錠を掛けた。
「あ、あの!こ、こ、これは一体何なんですか?わ、私が一体何を……」
直後、警官が短機関銃の銃床でバシルの顔面を殴りつけた。
鋭い痛みが走り抜け、奥歯の一本が取れてしまう。
口から折れた歯を吐き出し、血が溢れてくる。
「黙れ!!ダニ虫が!!
貴様の義理の息子が解放戦線の協力者であることは調べがついているんだ!!
このアパートの住民全員を、たった今から“原住民特別隔離収容所”へと移送する!
抵抗すれば射殺するぞ!!」
バシルはさらに混乱した。
何だって?自分の娘婿が、解放戦線に協力した?
そんな馬鹿な!ありえない!
バシルは混乱した様を隠さず、警官に尚も食い下がる。
「あ、あの!!何かの間違いです!
義理の息子のラヒールが、そんなことする筈ありません!
あいつはダニーク人小学校の新米教師なんですよ?」
「黙れと言ったはずだ。大人しく移送に従え。」
警官の表情から殺意が迸っていた。
もはや一介の小役人に過ぎないバシルは、黙って従う他なかった。
連行され階段から下に降りると、家に帰り着いた時には無かった数台の武装バスや軍用トラックがアパートの前の舗装道路に停車していた。
その内の一台に、自身の妻と自慢の娘、その娘の腕に抱かれた去年生まれたばかりの孫娘が押し込まれようとしていた。
「サリーダ!アマリ!!リアンナ!!無事か!?」
バシルは大声で家族に声を掛ける。
その声を聴き、家族が振り返る。
「あなた!」
「父さん!」
妻と娘がバシルに答えるが、傍に控える王国軍兵士が乱暴にそれぞれの頭を自動小銃の銃床で小突くと、2人に迅速な乗車を促した。
「黙れ!!茶色いダニが!さっさとバスに乗れ!!」
2人は大勢の近隣住民たちと共に武装バスに押し込まれていった。
バシルは別の軍用トラックへと連行される。
その時、銃声が響き渡った。
複数の王国軍兵士による自動小銃の一斉射。
銃声がした方を向くと、数名のダニーク人の男女が近くの建物の壁の前に立たされ、射殺されていた。
銃殺刑である。
その中に、血だまりに倒れる義理の息子の姿もあった。
「そ、そんな……ラ、ラヒール!!なんで?どうして?」
「立ち止まるな!ダニ虫!!……さっさと乗れ!」
直後、傍に居た王国軍兵士に横腹を自動小銃の銃床で殴られる。
「うごっ!!……な、なんなんだ……一体、なんなんだ……」
バシルは大勢の同胞たちと共に、狭いトラックの荷台へと押し込まれた。
皆、同様に混乱していた。
昨日まで普通に日常生活を送っていた筈なのに、突然全てが壊された。
ダニーク解放戦線への激しい怒りに燃えるノルトスタントール連合王国国家元首、カリーシア・シノーデルⅡ世女王が発した命令書……通称:ダニーク人問題に関する最終的解決の一部が、しがない小役人だったバシルの身に、圧倒的な暴力と理不尽さをもって襲い掛かってきた。
トラックは夜の闇の中を、アディニア市内からやや離れた郊外、山間部の手前辺りまで進んでいく。
手錠を掛けられ、ダニーク人の誰もが満足に身動き出来ない。
そんな中、容赦なく揺れる車内。
トラックを運転する王国軍兵士は、幌が張られた荷台に押し込められたダニーク人のことを全く考慮しない乱暴な運転を繰り返した。
永遠にも思えたトラックの揺れは次第に収まり、何処かに到着した。
荷台の後部あおりが倒され、兵士が叫ぶ。
「ここが貴様らの新しい住処だ。さっさと降りろ!」
またしても乱暴に連れ出されるダニーク人たち。
王国軍兵士らは、まるで粗雑に扱っても大丈夫な積み荷を降ろすかのように荷台のダニーク人たちを地面に引き倒した。
外は雨が降り、地面は泥濘んでいる。
何人もの褐色肌の原住民たちが泥だらけになり、そこに王国軍兵士の容赦ない足蹴りが襲う。
彼らが突然着の身着のまま連行されたのは「原住民特別隔離収容所」。
真新しい非常に簡素なプレハブ小屋や粗末な作りのトタン家屋が並んだ一帯。
明らかについ最近設けられた区画のようだ。
バシルは雨が降りしきる闇の中に放り出され泥だらけになった身体を、兵士たちに足蹴されつつ列に並ばされた。
列の先はカーキ色の幌が被せられた軍用大型タープテントに続いていた。
同様の列が何十も形成され、それぞれの列の先に同じようなテントがある。
テントの下には机があり、そこにスタントール人の事務方の兵士たちが座っている。
列のダニーク人を一人づつチェックしては、粗末なプレハブやトタン家屋に「新住居」を割り当てていた。
バシルは首を長く伸ばし、辺りをキョロキョロと見渡す。
自分の妻と娘、幼い孫娘の姿を必死に探すが、何処にも見当たらなかった。
やがてバシルの列は粛々と進み、ついに彼が先頭となる。
入り口に立つ武装警官がバシルの手錠を外すと、乱暴に肩を掴んでテントの中へと押し込んだ。
中には簡易テーブルに座る肥満体のスタントール人中年兵士が居て、その隣には自動小銃で武装した若い王国軍兵士が威圧するように立っている。
椅子に座る兵士の腹は酷く突き出て、顎はたっぷりと纏わりついた肉によって消失していた。
「はい、次。」
デブ兵士がバシルを促し、テーブルの前へと進み出る。
「名前。」
デブ男は必要最低限の単語しか言わなかった。
「バ、バシル・ムラヒディルです。」
「年齢。」
「今年で43となります。」
「職業。」
「に、西区役所の税務課で勤務しております。」
「家族。」
「妻のサリーダ、娘のアマリ、孫のリアンナに……義理の息子のラヒール……」
血だまりに沈む義理の息子の姿が頭を過ぎる。
未だに状況を理解出来ずに頭は混乱していたが、彼の名前を口に出した瞬間、バシルの心は言いようのない悲しみに包まれる。
そんなバシルを睨み付けるデブ兵士。
「ラヒールとかいうヤツは処分済みだ。
解放戦線に協力する王国の敵め。
貴様には新居提供の前に“ショー”を体験してもらう。
……二度と偉大なる我が王国に歯向かう気が起きないようにしてやる……」
不気味な笑みを浮かべる醜く肥えた男。
バシルは両目に浮かべた涙と共に悲しみを現しつつ、目の前の男が言った「ショー」とやらが何なのかわからずにキョトンとしてしまう。
すると屈強な王国軍兵士が現れ、バシルの腕を掴むと何処かへと引っ張っていく。
訳が分からず、混乱に拍車がかかる。
兵士は全くの無表情で、バシルを雨と泥の中、引きずるように連れて行く。
収容所の片隅、10台程の六輪装輪装甲車が眩いライトを照らす先にバシルの家族がいた。
それ以外にも、大勢の女子供老人が装甲車のライトに照らされて所在無げに佇んでいる。
その目の前にバシルは連れてこられた。
周りを見れば、バシル以外にも大勢の男女が同様に兵士に連行されてきたようだ。
一体、何が始まると言うのだ?
何故、あの女子供老人は装甲車の前に立たされている?
バシルの心を言い知れない不安が襲う。
たまらず家族の名前を叫ぶ。
「サリーダ!!アマリ!!リアンナ!!」
これがきっかけとなり、バシルの周囲にいた男女も次々と家族の名を呼び、その身を気遣う。
「ムアド!父さんだよ!!」
「アティーラ!あなた!大丈夫?」
「おい、イゼル!カデルは無事か?」
ダニーク人たちの家族を心配する声の合唱。
直後、それを切り裂くスピーカー音が轟く。
『黙りやがれ!!クソッタレのダニ野郎共が!!
貴様らダニによる、我らスタントールに対する絶対に許されざる狼藉の数々!
我らが偉大なる女王陛下は大層憤慨されておられる!
陛下は、貴様らダニークに家族を奪われた王国臣民の気持ちを、貴様らにも叩き付けよとご命令された!!
その澱んだ緋色の瞳に焼き付けよ!!家族が奪われる瞬間を!!』
直後、装甲車の25mm機関砲が一斉に発砲した。
眩しいライトに照らし出された無抵抗なダニーク人の女子供老人は、民間用自動車さえ粉砕する圧倒的な運動エネルギーを叩き付けられ、一瞬にして肉塊と化す。
バシルの妻サリーダの頭部は鉄棒を振り下ろされたスイカのように破裂し、娘のアマリとその腕に抱かれた孫のリアンナも胴体を吹き飛ばされ、人間だった面影さえ留めず徹底的に破壊された。
25mm機関砲弾の猛烈な弾幕が止み、惨たらしい家族の亡骸が目の前に現れると、家族を突然奪われたダニーク人たちの断末魔の如き絶叫が収容所一帯を包む。
「そんな!!そんな!!そんな!!
……あ、ああ、あああ!!ああああ!!うわああああーーっ!!」
バシルはほとんど発狂状態となった。
思わず、家族だった肉塊の元へと駆け寄る。
妻の頭部の欠片を寄り集め、何とか元に戻そうとする。粉々になってしまった孫娘は、もはやどの肉片が彼女のものだったかさえわからない。
そんなバシルの哀れな姿を、装甲車の上からニヤニヤと見つめる王国軍兵士たち。
孫娘と思しき肉片を泥と一緒に両手で掬いあげたバシルが面を上げると、装甲車の上に座る分隊支援機関銃を抱え持った王国軍女性兵士と目が合った。
血のように紅い髪をした若い女兵士が、侮蔑を極めた邪悪な笑みを見せつける。
そして女はバシルに向かってこう言った。
「鍋なら新居に転がってるぜ?好きなだけクズ肉を喰らいな!ダニ虫野郎!」
その女の声に、周囲のスタントール兵が下卑た笑い声をあげる。
突然惨たらしく家族を奪われた男の緋色の瞳は、焦点が合っていないままだ。
しかし、その心の奥底に、絶対に消えることの無い炎が点火した。
スタントール人への絶対的憎悪。そして不滅の殺意。
虚ろな瞳のバシルは、しばしその場で呆然としていた。
周囲には同様に壮絶な悲しみに打ちのめされた同胞たちの姿。
理不尽に、そして一瞬にして家族を奪われた小役人の男が、命懸けで収容所を脱走して解放戦線に身を投ずるのは、それから半年後のことであった。
●親スタントール派 王国軍ダニーク人義勇兵
ヤシュク・ブメディエンヌの場合●
ヤシュクが北部の戦場から故郷に帰った時、彼を歓迎してくれる筈の家族はこの世にいなかった。
ヤシュクはダニーク人の中でも非常に限られた数しか存在しない「地主」一家の出であり、解放戦線が武装蜂起し一帯を制圧した南部ファーンデディア・オーレン県に程近い「原住民自治町村落」に、親から受け継いだ自身の農園を所有していた。
堀の深い精悍な顔、農園仕事と日課のトレーニングで鍛え上げられた身体を持つ30代のダニーク人男性。
典型的な「親スタントール派」のダニーク人だった。
「親スタントール派」とは文字通りスタントールに親近感と抱き、王国に忠誠を誓うダニーク人のことである。一部「中間層」や、ヤシュクのような富裕層ダニーク人のほとんどがこれにあたる。
偉大なるスタントール王国がファーンデディアにもたらしてくれた文明の光を歓迎し、その「栄光」と「繁栄」の歴史を心から信じていた。
それらを否定する解放戦線のことは、敵対国家に扇動されて王国に反旗を翻した馬鹿な同胞にぐらいしか考えておらず、いずれは倒さなければならない敵とさえ思っていた。
故に、大戦勃発直後に始まった王国によるダニーク人志願兵募集にも進んで応じた。
ヤシュクは持ち前のタフな身体と卓越した判断力、それに農園経営で備わった統率力を、イェルレイム民主共和国軍を相手とする北部ファーンデディア戦線で遺憾なく発揮。
戦争後期には、2個師団規模にまで膨れ上がったダニーク人義勇兵部隊の一中隊長を任される程にまで出世した。
まさに、スタントール王国が求める「正しいダニーク人」の体現とでも言うべき存在だった。
大戦は王国の「本国」ではまだ継続していたものの、ファーンデディアにおける「戦争」はイェルレイム民主共和国首都・エイラートを女王自らが部隊を率いて陥落せしめたことにより、彼の共和国の無条件降伏を持って終結した。
動員を一時的に解除されたヤシュクは、およそ1年振りとなる帰郷に心を躍らせていた。
故郷である南部ファーンデディアへと向かう州政府運営の長距離バスの車内で、ヤシュクは野戦服の胸ポケットにお守り代わりに忍ばせていた四つ折りにされた家族の写真を広げる。
美しい褐色肌の美女と、その女性の腕に優しく抱かれた幼い男児。
その右隣には60代になるヤシュクの両親の姿があり、写真の撮影者である夫にして息子へ、優しい笑顔を向けていた。
戦場において苦境に立たされた時や、心が砕けそうになった時、この家族の写真がヤシュクの大いなる支えとなった。
既に戦場を離れて丸1日が経過していた。
ファーンデディア北部の共和国領内の戦場から軍の輸送機に乗り、広域州最大の都市・アディニアの空港を降りてからこのバスに揺られている。
故郷はもう間もなくだ。
ヤシュクはふと車窓に目を向ける。
自動車専用道路を走るバスの外には、黄昏時を迎えた太陽の光を一身に受ける見慣れた故郷の山々が連なり、繁茂する木々はこここそが彼の古里であると教えてくれていた。
顔が自然と綻ぶ。
だが、その顔は次の瞬間、驚きと焦燥に曇る。
バスの運転手によるアナウンスが、ヤシュクが降りるべき故郷が「消えた」ことを告げたからだ。
「えー、ご乗車のお客様にご案内します。次の目的地のメドルッサ村は、王国政府による“自治体解体処分”を受けた為、消滅しました。
よって当バスは、このまま停留所を通過致します。」
今、運転手は何と言った?
俺の村が「消滅」した?何のことだ?
ヤシュクは突然の宣告に、己が耳を疑った。
バスは彼の終着駅に近づこうとしているのに、一向に減速する気配が無い。
たまらず席を立ち、運転席へと向かう。
「すみません、運転手さん……ここが俺の故郷なんだ。
お願いだから降ろしてくれないだろうか?」
運転手のスタントール人の中年男は、突然話しかけてきたダニーク人の大男に小さな驚きを示しつつ反論した。
「いや、ダメだよ。もうメドルッサ村は消えたんだ。
悪いけど、会社からも『ここには停車するな』と言われているんだ。」
それでもヤシュクは食い下がった。
「そこをなんとかお願いできないか?
俺の家族が待ってる筈なんだ。
直ぐに降りる。決して迷惑はかけない。
約束するよ。」
これに運転手の男は申し訳なさそうに顔を顰めて言った。
「……お客さん……こんなことは言いたかないけど、多分家族はもういないと思うよ?」
ヤシュクはその発言に衝撃を受けた。
どういうことだ?
なぜ、この運転手はそんなことが言えるんだ?
ここは俺の故郷で、農園の一角に建つ自宅には、愛する妻と幼い息子、それに農園を自分に譲って隠居する両親が居る「筈」なんだ!
ヤシュクは戦場帰りの本領を発揮せざるを得なかった。
運転手の胸倉を掴み、停車を強要する。
「いいか、この先のメドルッサ村停留所でバスを停めろ。
家族が居るか居ないかは、俺が自分の目で判断する!
……勝手なことをほざくな!」
運転手の男は戦場帰りの大男の迫力に恐怖を覚え、たまらず胸倉を掴む乱暴な原住民の手を抑えつつ従う意思を示した。
「わ、わ、わかったよ、お客さん!バスを停める!
だ、だから……は、放してくれ!」
ヤシュクは手を放す。
幸い停留所は通り過ぎる直前だった。
バスは急ブレーキをかけて車線変更すると自動車専用道路の側道へと進入し、メドルッサ村停留所に停車した。
ヤシュクは大急ぎでバスを降り、自身の荷物をバス車体下部の荷台から引っ張り出して故郷へと走った。
停留所は完全に無人だった。
本来なら、ここに顔見知りの切符販売人のダニーク人中年女性とチケットを確認するスタントール人の若い男性職員が居る筈だが、影も形も無い。
元・王国軍人のダニーク人の大男に、言い知れない不安が襲い掛かる。
停留所の先には、こじんまりとした故郷の村が広がっている筈だった。
しかし、ヤシュクの故郷は徹底的な破壊を受けていた。
停留所の目の前には店があった。
幼馴染のダニーク人男性が自身の妻や親戚らと共に経営していた地元料理を提供する個人食堂は、大砲か何かの攻撃を受けて全壊し、所々で今だに小さな炎が燻っていた。
ヤシュクは、その緋色の瞳を驚愕に見開く。
一体、何があったんだ!
何故、俺の故郷が焼けているんだ!!
それ以外の家屋も、甚大な被害を被っていた。
明らかに人為的な破壊の痕跡。
だが、誰一人として居ない。
これだけの徹底した破壊の後には、無残な死体が転がっているのが相場だが、その死体さえも無い。
顔なじみである村の同胞たちが、まるで煙のように消えていた。
ヤシュクは自分の荷物を肩に担ぎながら必死に走った。
自分の家へ。
愛する家族が待っている筈の家へ。
小さな家族経営の農園。
葡萄やリンゴを栽培する地元でも有名な「ブメディエンヌ農園」は、村の観光案内にも明記されている程であった。
そんなメドルッサ村自慢のヤシュクの農園は、完膚なきまでに破壊し尽くされていた。
丘一面に広がった見事な葡萄畑と、ビニールハウスで覆われたリンゴ畑は、火炎放射器のようなもので徹底的に灰にされ、彼の城である築100年以上の歴史を誇る3階建ての郊外型木造大型住居は、黒焦げになった大黒柱数本を残して焼け落ちていた。
そして、当たり前のように家族の姿も無い。
ヤシュクは担いだ荷物を地面に落とし、呆然とした。
なんだこれは……
一体全体、どうなっているんだ……
なんで俺の農園が灰になっているんだ?
全く理解できなかった。
共和国の魔の手がここまで伸びることが無い様に、家族の為、王国の為、必死になって戦ったというのに。
王国は守れたかもしれないが、肝心の自分の故郷は「何者か」によって灰にさせられていた。
既に黄昏の太陽は地に没し、天空を星々の大攻勢が覆い尽くそうとしていた。
呆然と立ち尽くすヤシュクの近くから、老人の消え入りそうな力無い声が聞こえた。
「……お、おお……ヤシュク坊ちゃんですか?……お戻りになられたんですね……」
声がした傍らの植え込みを確認するヤシュク。
そこには、ブメディエンヌ家に昔から仕える忠実な執事が仰向けに倒れていた。
満身創痍の状態。いつも上品に身に纏っていたタキシードはボロボロになって血が滲んでいた。執事のダニーク人の老人は、今まさに命の灯火を消そうとしていた。
ヤシュクは、すぐさま彼に駆け寄り介抱する。
そして故郷に到着してから湧き出して止まらない疑問の数々を、生まれた時から自身の傍にいる「家族」の一人である執事に投げかける。
「一体何があった、オルハン!?……あぁ、なんて酷い傷だ……
……誰にやられた!?家族や村の皆は何処にいった!?」
オルハンと呼ばれた執事の老人は、敬愛する主人に向かって事実を告げた。
「……さ、昨日、王国軍の兵士が大勢やって来て……突然『解放戦線に協力したこの村を解体する』と宣言しました……ハァハァ……
す、すると……彼らは……次々と村の皆さんを……バスやトラックに押し込み、手当たり次第に村を破壊したのです…………わ、私は何とかこの農園を守ろうと努力したのですが……
……ハァハァ……至らずに……も、申し訳ございません……兵士たちの暴力に晒され……惨めに逃げて隠れてしまいました……」
オルハンは顔を歪ませ、悔しさに涙を流す。
そんな老人をヤシュクは抱きかかえつつ、尚も疑問を投げかける。
「……な、なんてことだ……
……では、妻のタハミーネや息子のマリク、オヤジとお袋は何処かに連行されたのか?」
「…………う、うぅ……」
その問いに、オルハンは途方もない悲しみを思い出したのか、さらに大きく顔を歪めて大粒の涙を零した。
同時に命が尽き掛けようとするのを懸命に堪えている様子も伺えた。
そんな様子を見て、ヤシュクの焦燥はさらに募る。
「オルハン……頼む、死ぬな……俺を一人にしないでくれ……
……ちょっと待ってろ。すぐに手当てを……」
今にも死にそうな「家族」の老執事を救うべく立ち上がろうとしたヤシュクの逞しい腕を、オルハンは残された僅かな力を振り絞って掴んだ。
そして、ヤシュクの両親と妻子の身に起こった「顛末」を主に告げる。
「……お、お坊ちゃま…………ほ、本当に……本当に申し訳ございません……
さ、最期に……最期に、これだけはお伝えせねば……
……奥方様や先代ご当主様は……他の地主の皆様方と共に……兵士たちの狼藉を止めようと……ゴホッ!ゴホッ!……役所前の広場にいた王国軍の指揮官へ直訴しに行かれました……
……そ、そ、その後……ハァハァ……ひ、広場の方から……じゅ……銃声が響いたのを…………お、覚えております……ハァハァ……
ほ、本当に申し訳ござません……わ、私が……あの時……か、身体を張ってでも……お、お止め……して……おれ……ば…………」
残った命の灯火全てを出し切り、己が死の間際に再開した主人に最期の報告をすると、オルハンは静かに息を引き取った。
「オ、オルハン…………すまない……」
ヤシュクは込み上げる悲しみを押し殺し、最期の最期まで自分の為に尽くしてくれた老執事の両目をそっと閉じて亡骸を地面に置くと、役所前広場へと駆け出した。
……まさか……そんな……嘘であってくれ……
激しい焦燥。
とにかく確かめなければ。
オルハンは実際に見た訳ではない。
その銃声も、きっと威嚇射撃のようなもので家族は何処かに連行された。
それも何かの間違いで、直ぐに戻ってくるはずだ。
家族さえ戻れば、農園は再建できる。
ヤシュクは、まさに藁にも縋る思いで役所前広場を目指した。
広場には「地獄」が出現していた。
訪れたばかりの夜の薄闇に浮かび上がる夥しい数のダニーク人の銃殺体。
何発もの小銃弾を浴びせられ、ズタズタにされた顔なじみの同胞たちの姿。
果たしてそこに、愛する家族はいた。
妻と幼い息子、そして両親。
その身体には何発もの銃弾が叩き込まれていた。
妻の美しい顔の半分は粉砕され、10歳にも満たない息子は胴体に大穴が開いている。
2人とも、その顔には途轍もない恐怖が刻まれていた。
そして両親に至っては、頭部が原型を留めていない。
着ている服装と体形、そして妻と息子の直ぐ傍に転がっていたから辛うじて両親と分かったようなものだった。
ヤシュクは家族の亡骸を前に崩れ落ち、天を仰いで絶叫する。
「なんだ!!なんだこれは!!なんで俺の家族がぁ!!
……なんなんだこれはああぁぁーー!!うわああぁぁーー!!」
愛する妻と幼い息子の亡骸を両手で抱きかかえ、泣き崩れるヤシュク。
次第に夜は辺りをすっかり黒に染め、灰になった村を漆黒の闇が覆う。
しばらくして、その闇を切り裂くヘッドライトを灯した一台の人民共和国製軍用自動車が現れ、ヤシュクの近くで停車した。
涙が溢れる緋色の瞳を、その光の方へ向けるヤシュク。
軍用自動車の運転席と助手席のドアが開き、完全武装した2人の「同胞」が降りてきた。
見たことも無い緑色の軍服の上にコンバットハーネスを装備した少女と、運転手と見られる若い男。
両者ともにその両手には、強力な人民共和国製の自動小銃が握られていた。
少女がヤシュクに近づく。
「解体処分させられたばかりの村から男の絶叫が聞こえたと、近くを通りかかったトラック運転手から通報を受けて来た。
……あなたね?」
少女を見つめるヤシュク。
家族を突然失い混乱と悲しみの極みにある男でも、その正体はすぐに分かった。
「……解放戦線か?」
「そうだ。」
少女は短く答える。
ヤシュクは焦点が合っていない虚ろな瞳で続けた。
「……ほっといてくれ……もう、俺には何も残っていない……」
「……そう。なら、家族の亡骸と共に朽ち果てるといいわ。」
少女はそう言うと、踵を返して運転手の男に「帰還する」と短く指示を出した。
運転手の若い男は少しばかり驚いた表情を見せて少女に再度確認する。
「……宜しいんですか?同志。」
「構わない。
自分は生きているのに、殺された家族の復讐すら出来ないような“親スタントール派”の腰抜けに用はない。」
その言葉に、戦場帰りの大男はハッと目を覚ました。
「……おい、今、俺のことを腰抜けと言いやがったか?」
「そうだ……お前は腰抜けだ……
お前の愛する家族を、スタトリアは一方的に奪った。
このメドルッサ村は我々とは一切無関係で互いに不干渉を貫いていたのに、王国の連中は“解放戦線拠点の近くに存在するから”という理由だけで皆殺しにした。
そんな理不尽な連中と戦わず、家族の無念を晴らすことさえ出来ないような奴は、ただの腰抜けだ。」
ヤシュクはゆっくりと立ち上がった。
全身から激しい戦闘オーラが立ち昇る。
運転手の若い戦士は、その姿に思わずたじろぐ。
しかし、正面に立つ少女は平然としていた。
「……そんなクソみたいな理由で、王国は俺の家族を惨たらしく撃ち殺したってのかよ……
……ふざけんなよ……」
「……」
少女は真っ直ぐヤシュクを見つめる。
彼もまた少女を睨み付けていた。
「……おい、解放戦線のクソガキ……
お前らの仲間になったら、スタントール人共を殺せるんだな?」
これに少女は頷きを返した。
「あぁ、大勢殺せる。」
「なら連れて行け。
俺は“元”王国軍兵士だ。
テメェーらもムカつくが、それ以上に今はスタントールがムカつくぜ。
……そもそもテメェーらがいなけりゃ、こんなことにはならなかったような気もするが……
……あぁ、クソッ……んなことを言っても仕方ねぇ……今はとにかく、俺の家族を殺した張本人のスタントール野郎共をぶっ殺したい気分だ……」
ヤシュクの不躾な申し出を、少女は表情一つ変えずに了承した。
「……好きにしろ。但し、役に立たないと判断すればすぐに殺す。それでも構わないな?」
「……あぁ、構わねぇ……
……俺にも銃を寄越せ、小娘。」
すると少女は運転手の戦士に指示を出し、後ろの荷台から「何か」を取り出させた。
「何か」を片手で受け取った少女は、そのままヤシュクにソレを投げて寄越す。
人民共和国製の強力な汎用機関銃だ。
「これをやる……使いこなして見せろ。
王国軍の雑魚共が使うオモチャとは比べ物にならないぞ。」
すぐさま慣れた手付きで銃を点検するヤシュク。
ドラムマガジン内の弾薬を確認し、機関部に再装填するとコッキングレバーを引く。
銃を投げ渡した少女を真っ直ぐ見据えながら彼は言った。
「……小娘、名前は?」
「サーラだ……サーラ・ベルカセム。」
歴戦の元・王国軍義勇兵士の大男は、こうして敵であった筈の解放戦線に身を投ずることとなった。




