24. 女王、共和国首都を征く
※この第24話にサーラたち主人公サイドは出て来ません。
スタントール王国サイドの物語となります。
太陽は朝を過ぎ、天空の頂点に近づこうとしていた。異国の青空はどこまでも澄み切っている。
その青空の下、美しい黒髪を靡かせる大きな黒い瞳の美女が、新型戦車の砲塔に立って双眼鏡を睨んでいた。
「第3世代」に分類される彼女の王国が誇る最新型の主力戦車。
戦車の上に立つ彼女が双眼鏡から覗く瞳には、王国空軍が破壊の限りを叩き付け、黒煙上がる「敵対国家」首都の姿が映っていた。
女の名はカリーシア・シノーデルⅡ世。
ノルトスタントール連合王国の国家元首たる女王。
人口約3億人の「誇り高き」白人種の頂点に立つ若い女である。
その傍らには、血のように紅い髪をした女王より年下の女性兵士が強力な分隊支援機関銃を持ち、新型戦車の砲塔に腰掛けて待機している。
さらに戦車の隣には、ヨレヨレの軍服を自分なりに精一杯整えて体裁を繕った男もいる。
伸び放題となっていた無精ひげも剃っていたが、剃り残しが多い。
男の名はダリル・マッコイ。ファーンデディア駐留軍の実質的陸軍指揮官の准将。
そして紅い髪の女はレシア・リョーデック。ダリル直属の戦闘部隊「独立第305機械化歩兵大隊」で軍曹をしている。王国軍による「敵対国家」本土攻撃が開始された際に伍長から昇進した。
今、彼らがいるのはスタントール王国の交戦国の一つ、イェルレイム民主共和国の首都・エイラート近郊の高速道路上である。
「……空軍めが。
妾は灰にせよ、と命じたのに幾つもビルが残ってるではないか。
もう一度空爆させるか?」
女王は双眼鏡を下ろすと、傍に侍る歴戦の女性兵士に言う。
レシアは女王を見上げて答えた。
「女王陛下。あんまり空爆し過ぎると連中、地下に籠っちゃいますよ。
私はそれをセティアで痛感しました。狭い地下でクソ野郎共に群れで襲われると、どうしようもないですもん。」
レシアは機関銃を肩に担ぎながら、苦々しい記憶を思い出していた。
……あの時、地下じゃなければヘリと戦車でダニーク人共を皆殺しに出来たのに……
悔しさに顔が歪む。彼女の紺碧の瞳に、怒りが宿る。
「ふむ。我らが兵器の恐ろしさを発揮出来ないのは問題であるな。
ならば突入するか。
小細工は無しだ。妾が好きなのは、真正面から圧倒的軍力を持って叩き潰すことだ。
……准将、全軍総攻撃開始だ。」
女王は戦車の傍らで待機する「だらしない」准将に命令する。
それまで煙草を吹かしながら空軍の「猛爆撃」をボーッと眺めていたダリルは、たちまち弾かれたように姿勢を正して女王にぎこちなく敬礼する。
「は……ははっ!!女王陛下!直ちに攻撃を開始します!」
ダリルが返答するなり、女王は当たり前のように告げた。
「宜しい。では、戦車前進。」
「えっ?……お、お待ちを、女王陛下。
まず、俺の……失礼、私の配下部隊が露払いします。
……陛下の禁軍は、我らの後に続かれてください……」
ダリルは珍しく驚愕に目を見開き、女王の突撃を阻止しようとした。
途端に女王の顔は不機嫌になった。
「貴様の軍のケツを眺めながら悠長に進めと言うか?妾の騎士団の力を見縊ったか!?」
「と、と、とんでもない!!滅相もありません!!
……た、ただ、女王陛下にもしものことがあれば……」
そんな准将の慌てぶりに、女王はニヤリと笑みを浮かべる。
「ふん。蛮族共の弾が妾の身体を掠めるものか。
よしんばくたばったとしても、それが我が天命よ。
後は、妾の弟と三軍総司令が上手くやるだろう。」
ダリルは頭を抱えた。
このお方は本気だ。本気で自ら部隊を率いて危険な最前線に征くつもりだ。
それに付き従う部下の兵士たちは、その御身が気掛かりで堪ったものではない。
そこで准将の男は「保険」をかけることにした。
「わ、わかりました。
ただ、そこの物騒な機関銃女は陛下の傍に置いときます。何でも雑用を申し付けてやってください。」
「わかった。」
女王は一言添えて頷きを返した。
ダリルは自身がもっとも信頼する女性兵士を見る。
その視線に、彼女は頷いた。
「わかってるよ、オッサン。
イェルレイムのクソッタレに、女王陛下に指一本触れさせないよ。」
「……マジで頼んだぞ、レシア……
陛下の戦車の上では、常に周囲に目を光らせろ。死角からの敵対戦車兵の攻撃に最大限注意しろ。」
「了解!マッコイ准将殿!!」
レシアは「わかりきったことを言うな」と言わんばかりにわざとらしく「型通りの返事」をすると、分隊支援機関銃のコッキングレバーを引いて「戦闘準備完了」を伝える。
ダリルとレシアの一連のやりとりを確認した女王は、軽やかに戦車に乗り込むと専用の通信用ヘッドホンを素早く頭に装着し、近くに存在する全ての王国軍部隊に命令を飛ばした。
「よし!準備は良いな?……シノーデル01より全ての騎士及び王国兵共に告げる……
進撃し、殲滅せよ!攻撃目標!イェルレイム共和国首都、エイラート!!」
『了解!!シノーデル01!!古き王国に、栄光あれ!!』
大戦勃発から1年と3ヶ月。
新暦1925年12月10日。
南半球の超工業大国・ノルトスタントール連合王国は、自国領・ファーンデディア広域州に突如軍事侵攻を仕掛けてきた「ならず者の蛮族国家」イェルレイム民主共和国首都に対する大規模総攻撃を開始した。
……
女王の新型戦車と随伴する複数台の新型歩兵戦闘車、そして「ファーンデディアの精鋭」こと独立第305機械化歩兵大隊の王国軍兵士たちは、瓦礫の山と化した共和国首都・エイラートの街中を進んでいた。
時折、散発的な共和国軍兵士による抵抗があるが、その悉くを部隊上空で直掩にあたる新型の大型攻撃ヘリ部隊が始末する。さらにその上では、誘導爆弾を満載した戦闘爆撃機編隊が近接航空支援にあたり、空の安全は王国空軍の「新兵器」ステルス戦闘機の群れによって完全に確保されていた。
王国陸軍部隊は、「女王陛下」の戦車に敵を一切近づけまいと神経を尖らせて周囲を警戒する。
そんな憎むべき王国軍を、瓦礫の隙間から恐れを抱きつつ睨む幾つもの瞳。
「共和国郷土防衛隊」という名の根こそぎ動員されたイェルレイム人の老人や子供からなる「戦闘員」たち。
その手には、非常に簡易的かつ旧式の対戦車兵器である「対戦車鉄拳」という名称の使い捨て対戦車ロケットが握られていた。
残念ながら、彼らの兵器では女王の新型戦車はおろか、305大隊の装甲車にさえも掠り傷すらつけることは出来ないが、当人たちは当然そのようなことは知らない。
一撃必殺の思いで飛び出し、女王を倒せば戦争は終わる。
彼らは……否、共和国首脳陣もそう考えていた。
それはスタントールという国を侮り過ぎであった。
女王の首を取ったところで、もはや「偉大なる古き王国」は止まらない。
その女王本人が前線で心置きなく自らの愉悦を満たすことが出来るのは、既に自身の王国の統治機構が、自分の思い通りに完全に機能しているからである。
中世時代の王国とは違い、近代先進国家とは「偉大なる王」を失って瓦解するような脆い国ではないのだ。
「……さぁ、行くよ。スタトリアに目に物を見せてやろう!
血に飢えた女王をやっつけるんだ!」
郷土防衛隊の粗末な軍服に身を包んだイェルレイム人の少女が、恐怖に竦む少年や老人たちを奮い立たせるように叫ぶ。
そして、「対戦車鉄拳」を手に瓦礫から飛び出した。
筒状の発射機本体に折り畳まれた非常に簡易的な照準器を起こし、女王の戦車に狙いを定める。
しかし、その砲塔に乗った紅髪女の「反応」の方が早かった。
レシアは瓦礫の隙間から現れた少女兵の頭部を、強力な分隊支援機関銃の照星の先に捉えた。
5.56mm弾の一斉射。
少女は頭部に高速で飛来した小銃弾数発を受け、その可憐な顔面は無惨に粉砕された。
イェルレイム少女兵を始末したレシアは、直ちに味方部隊へ警告を発する。
「警報!敵伏兵!!シノーデル01の左側面!倒壊した商業ビルの隙間!!複数だ!!」
直後、火炎放射器を持った王国軍兵士がレシアの警告した瓦礫の隙間へ灼熱の炎を注ぎ込む。
地獄の亡者の断末魔が如き叫び声が響き渡る。
「熱い!!熱い!!熱いよ!!ああぁぁーー!!」
「ぎゃああぁぁーー!!やめてくれ!!う、うがあぁ……」
「いやあぁ!!熱いよ!かあさん!!いやああぁぁーー!!」
その叫び声を、安全な戦車の中で外部スピーカー越しに壮絶な笑みを浮かべて聞き入る黒髪の女。
女王は誰に言うでもなく、呟いた。
「ふふっ……苦しみながら死ね、蛮族が。報いを受けよ。」
愉悦。
これぞ、圧倒的強者の愉悦。
蹂躙する快感。木霊する賊徒の悲鳴。
抹殺あるのみ。
今、工業大国の女王は、仄暗い怒りを敵の断末魔で癒していた。
「妾だ。准将、目標の大統領官邸まであとどのくらいだ。」
女王は笑みを浮かべつつ、咽喉式マイクに手を添えて「前線統括指揮」を担うダリルに「最終攻略目標地点」までの距離を確認する。
『はっ!女王陛下!この通りの先であります!目標は至近、敵の抵抗は軽微です。』
「宜しい。では、大統領に会いに行くとしよう。
それまで、目に付いた全ての蛮族を殺せ。」
『ははっ!!ご命令のままに、女王陛下!』
瓦礫の山と化した共和国首都の目抜き通りを突き進む女王とその軍勢。
爆撃により傾いた高層ビルが、大通りを跨いで向かいのビルに支えられるように倒れている。
そのアーチ状に倒れたビルの中から下界の王国軍に向かって、複数の共和国軍兵士や郷土防衛隊の女子供老人たちが銃撃を加えてくる。
狙いはもちろん女王の新型戦車。
しかし、王国軍はそのような攻撃に「煩わしさ」しか感じていなかった。
歩兵たちは瓦礫や黒焦げとなった自動車の残骸へと迅速に身を隠し、上方の傾いたビルから射撃してくる敵に猛烈な反撃を叩き付ける。
レシアも、女王の戦車の砲塔から分隊支援機関銃による激しい銃撃を見舞う。
次々と撃ち倒され、ビルから下へと転がり落ちるイェルレイム人たち。
そんな戦闘状況を、戦車の新型電子機器で備に確認する女王。
その女王の黒い瞳が捉える。
戦車右側面にある倒壊したビルの残骸の陰から、たどたどしく対戦車ロケットランチャーを構える少年兵の存在を。
砲塔の機関銃女は、上方から攻撃を加える敵への反撃に気を取られて新たな敵の存在に気付かない。
周囲の歩兵も同様だ。
傾いたビルから下界へ銃撃する蛮族への対処に集中している。
上空直掩の大型攻撃ヘリ部隊も、他のビルの残骸が邪魔をしてメインストリートを進む女王の戦車へ有効な援護が出来ずにいた。
「やむを得ん。妾が始末するか。」
女王はそう呟くと戦車長ハッチを開け、砲煙弾雨の外界へと姿を現した。
誰もがその姿に驚愕する。
女王?
なぜ、安全な戦車の中から出てきた?
たちまち女王の戦車を操る若い戦車兵が女王に警告する。
「へ、陛下!!危険です!!直ちに車内へ!!」
「黙って運転してろ。妾のことは気にするな。」
見事な黒髪を靡かせ、戦車長ハッチにマウントされている「キャリバー50」対物重機関銃のコッキングレバーを引き、両手で銃把をしっかり握ると、右側面で対戦車ロケットランチャーを構える少年兵に照準を合わせる。
あどけなさが色濃く残る少年兵は、敵国女王と目があった驚きに幼い瞳を見開いた。
連続発砲。
トリガーボタンを両の親指で力強く押し込むと、非常に強力な12.7mm弾の一斉射を少年兵に注いだ。
イェルレイム人の少年兵は一瞬にして肉塊と化した。
「うわお!やりますね、女王陛下!」
「ふん、蛮族のガキが。
妾の戦車に傷をつけようなどと、1000年早いわ!」
レシアは、突然車外に現れたかと思うと重機関銃を難なく操作して敵兵を始末した女王を大いに讃え、これに女王も得意げに答える。
『へ、陛下!!車内にお戻りを!それか、せめてヘルメットを被ってください!!』
ダリルが慌てて女王のヘッドホンへ通信を入れてくる。
「いらん。ヘルメットなどしたら、妾の髪が痛む。」
「あー、わかります。私も髪が痛むのがやだからヘルメットしません。」
「ふふふ、やはりそなたにはわかるか。まぁ、ガサツな野郎にはわからんだろうがな。」
銃弾飛び交う戦場のど真ん中で意気投合する黒髪女と紅髪女。
たまらず呑気に自国君主と談笑する部下の女兵士に通信する准将の男が一人。
『レシア!なにやってんだよ、女王陛下を車内に戻せってんだよ!!
お前、その方に何かあったら俺もお前も、デルバータのオヤジに八つ裂きにされっぞ!?』
「うっせーよ!ダリルのオッサン!!何もなきゃあいいんだろ?」
やかましいとばかりにダリルとの通信を一方的に切るレシア。
だが上官の言うことも最もなので、改めて女王に向き直り、車内へ戻るかどうか確認する。
「あのー……ウチのオッサンが陛下に車内へ戻るよう五月蠅いですが、どうされますか?」
すると女王は爽やかな笑顔で事もなげに言った。
「よい、気にするな。
やはり蛮族共の悲鳴は、直に聞く方が心地よい。妾も戦闘に直接参加する。
援護せよ、軍曹。」
「了解しました!我らが女王陛下!」
これにレシアも笑顔で承諾する。
続いて女王は、喉元のマイクに手を添えて配下部隊へ改めて命令を飛ばした。
「シノーデル01より全軍へ告げる!
妾のことが気掛かりなら、目の前の蛮族をひたすらに殺せ!殺し尽せ!
蛮族共の屍を街中に積み上げよ!!」
『り、了解!シノーデル01!!』
すぐさま付近に展開する王国軍部隊の主だった前線指揮官たちが、動揺しながらも力強く返答した。
これを聞いて、ダリルは思わず破顔した。
全く、とんでもない国家元首様だ。
スタントールの建国王も、王になった後も頻繁に手勢を率いて戦場を駆け回ったという。
まさに、この女王はその血統を見事に引いている。
ダリルは気持ちを切り替え、女王の援護を最優先としつつも部隊を確実に前へと進めた。
最終目的地……共和国大統領官邸はもう目の前だった。
目抜き通りの行き止まりに、その建物はあった。
落ち着いた雰囲気を纏う白亜を基調とした中世アンティーク建築風の地上3階建ての建物。
イェルレイム民主共和国首都・エイラートの著名な観光名所の一つであるが、戦時下の今、この建物の前には「共和国大統領護衛隊」による強力なトーチカを中心に短い塹壕線が設けられ、「殺戮集団」スタントール王国軍の襲撃を阻止しようと絶対最終防衛ラインを構築していた。
「何があってもスタトリアを通すな!ここは通行止めだ!」
トーチカを守る共和国大統領護衛隊の部隊長が配下兵士たちに檄を飛ばす。
兵士たちは共和国製自動小銃や短機関銃を構え、通りの向こうから迫りくる敵国女王とその軍勢を待ち構えていた。
王国の新型戦車の無限軌道と王国軍歩兵の軍靴が奏でる行進曲が聞こえてくる。
共和国軍兵士たちに緊張が走る。
部隊長の男も、トーチカ据え付けの共和国製対物重機関銃を握る手に汗が滲む。
音がさらに大きくなる。
すると、トーチカから100メートル程手前の瓦礫を乗り越えて敵戦車が現れた。
それを見た共和国軍兵士たちは目を丸くして驚愕する。
女王だ!
女王が戦車の砲塔ハッチから身を乗り出して重機関銃を構えている!
……あの女を殺せば、戦争は終わる!!
トーチカや塹壕に籠る兵士たちの誰もがそう思った。
女王は共和国「最後の砦」たる大統領官邸門前トーチカに目を向けると、何故か笑みを見せた。
なぜ、あの女は笑ってる?
共和国大統領護衛隊の部隊長は疑問に駆られた。
しかし、今はそんなことを考えている暇はない。
とにかく、撃て!
「撃て!!撃ちまくれ!!あの黒髪の女を仕留めろ!そうすれば俺たちの勝ち……」
大爆発。
直後、トーチカは中の兵士たちは言うに及ばず、付近の塹壕線諸共吹き飛ばされた。
強烈な爆発の衝撃は突風を巻き起こし、女王の黒髪と傍に侍る機関銃女の紅い髪を大きく靡かせる。
結局、共和国軍兵士たちはただの一発も発砲する事無くこの世を去り、「共和国絶対最終防衛ライン」は一瞬にして消滅した。
戦闘爆撃機のジェットの爆音が遅れて戦場に響き渡る。
スタントール王国空軍の強力な誘導爆弾は、305大隊の兵士がレーダー照射したトーチカに寸分の狂いも無く直撃した。
イェルレイム共和国の中心部、白亜の大統領官邸に王国軍はほとんど損害を出すことなく到達した。
「偉大なる女王陛下」が現時点までの所感を申し述べる。
「ふむ。全くもって脆いな。妾の軍勢に傷一つ付いておらんわ。」
これに傍らのレシアも同感を示す。
「ええ、イェルレイムの連中、もうちょっと頑張れよってかんじですね。」
「所詮、蛮族よ。我ら文明人の圧倒的な軍事力に抗える筈もなかろう。
さて、蛮族の頭目に挨拶しに行くとしよう。引き続き、妾に付き従え、軍曹。」
惨めな蛮族共に対する嘲笑を浮かべながらレシアに同行を命ずる女王。
歴戦の王国軍女性兵士の力強い返事が返ってくる。
「もちろんです!!我らが女王陛下!
調子に乗った共和国のクソ野郎共をぶっ飛ばしに行きましょう!」
女王は砲塔のハッチから出て、軽やかに地面へと着地した。
それに分隊支援機関銃をリロードしたレシアも続く。
新型歩兵戦闘車のハッチも開け放たれ、女王直属の「ネタリア機械化騎士団」の黒衣の兵士たちが次々と降車し、速やかに女王の周囲に展開する。
女王は自身愛用の最新型短機関銃を両手に持ち、弾倉を装填して安全装置を外した。
周囲の兵士たちを見渡す女王。
女王直属の「ネタリア機械化騎士団」に属する黒衣兵に305大隊の精兵たち。
誰もが顔を引き締め、微塵の油断も無い。
「よろしい……では、このファーンデディアにおける戦役を終わらせよう。
大統領以外は全て撃て。」
「はっ!!我らが女王陛下!!古き王国に栄光あれ!!」
王国軍兵士たちは背筋を伸ばし、見事な敬礼を自分たちの国家元首に見せる。
女王は一度頷くと、銃を構えて大統領官邸へと突入した。
それに兵士たちも続く。
……
戦闘と爆撃で所々崩れ、瓦礫やゴミ、コンクリ片が散乱する共和国大統領官邸。
その中を黒髪美しい若い女と紅い髪の機関銃女、そして黒衣の兵士と王国軍兵士たちが突き進む。
大統領護衛隊所属の黒スーツ姿の男たちが自動拳銃や短機関銃で必死の抵抗を示すも、王国軍の精鋭たちの敵では無かった。
女王も新型短機関銃を手に敵兵を次々と射殺していく。
レシアの分隊支援機関銃は、木製ドアや薄い壁に身を隠した敵兵を障害物ごと撃ち抜いて容赦なく殺害する。
「シャロン大統領を探せ!あの痴れ狗を見つけ出して妾の前に引き立てよ!」
「ははっ!!女王陛下!!」
女王の命令が配下部隊に飛ぶ。
ただちに兵士たちは分隊ごとに官邸内各所へ散らばり、行方を晦ます共和国大統領の捜索を開始。
女王とレシア、女王を護衛する黒衣の兵士数名は真っ直ぐ大統領執務室を目指した。
建物最上階に位置する執務室へ向かう螺旋階段を駆け登ると、屈強なシークレットサービスの男たち数人が、「何か」を守るように廊下奥の突き当りにある「避難口」へ向かっていた。
フルオート射撃。
その黒スーツ男の集団に、レシアと女王が銃弾を降り注がせる。
たちまち男たちは折り重なるように撃ち倒された。
レシアは、被弾し苦痛の声を上げて廊下の床に転がる黒スーツ男一人の胸倉を掴んで自身の顔の前に引き寄せる。
怒りを湛えた紺碧の瞳で蛮族男の顔を睨みながら「質問」した。
「おい、クソッタレの蛮族野郎。テメェらの給料支払い人の居場所を吐け。」
「……く、くたばれ、スタトリア。」
紅髪女の問いに、口から血を流しながら罵声で返すシークレットサービスの男。
レシアはその男を地面に叩き付けると機関銃弾を浴びせる。
全身に5.56mm弾が高速で撃ち込まれ、男の身体はズタズタに引き裂かれた。
「クソッ!……大統領はどこに居やがる?」
悪態を吐くレシアの隣で、女王は淡々と黒スーツ男たちの死体を足で退けると、折り重なる骸の下から白を基調とした女性用高級スーツに身を包み、綺麗な肌を持つ50代女性を発見した。
彼ら黒スーツの男たちが命を懸けて守っていたのは彼女だった。
まだ息がある。
シークレットサービスの男たちは文字通り盾となり、最期にその職務を全うしたようだ。
女王はその女の顔を見るなり、すぐに正体を見抜いた。
この50代の「蛮族女」は、共和国大統領夫人だ。
女王は大統領夫人を乱雑に死体の山から引き摺り出すと、彼女の長い茶髪を引っ張り面を上げさせた。
「おい、蛮族の女。妾が誰か分かるか?」
女王は冷酷さを貼り付かせた表情で、苦痛に顔を歪める大統領夫人を見る。
「……も、もうやめて……貴方の勝ちよ……
お願いだから、これ以上殺さないで……」
「貴様の旦那は何処にいる?
妾と面を合わせて地に額付き謝罪するのがまず筋だろう?」
女王の尋問だ。
「お、お願い……慈悲を……」
か細い震える声で慈悲を乞う大統領夫人。
だが女王に「蛮族」への慈悲は無い。
「もう一度だけ問う。貴様の無様な痴れ狗の夫、アリエヤン・シャロン共和国大統領は何処に隠れておる!?」
「……あ、あの人なら……し、執務室の隣の専用パニックルームで貴方を待っているわ……」
観念したファーストレディは、遂に夫の居場所を「正直」に白状した。
しかしその直後、女王の無線機に官邸内の捜索をしていた別働部隊からの通信が入る。
『陛下、大統領と思われる男の身柄を地下防空壕で発見しました。
……女王陛下との直接対談を希望しております……ご命令を。』
女王は怒りに顔を歪ませると、大統領夫人の顔面を強かに地面へ叩き付けた。
「この蛮族女が!!妾に偽りを抜かしよったな!?アバズレが!!」
「……ま、待って、防空壕にいるのはあの人の影武者よ……
……貴方と刺し違えるつもりなの……
……私の夫はパニックルームにいるわ……本当よ。」
「どうやってそれを証明する?」
「……私に最初にプレゼントしてくれた物を訊いてみて……
本物のアリエヤンなら答えられる筈だから……お願いだから、もうこれ以上殺さないで……」
大統領夫人は折れた鼻から溢れる鼻血を押さえながら言う。
全身を途轍もない恐怖で震わせているが、かつて銀幕の大女優として活躍した華々しい経歴を持つイェルレイム人中年女性は、健気にも硝煙と鮮血を纏う若い敵国女王に立ち向かおうとしていた。
彼女は理解していた。
もし影武者が己の命と引き換えに女王を暗殺した結果、待っているのは怒り狂ったスタントール人による凄惨極まりないイェルレイム人の民族虐殺であると。
故に同胞を1人でも多く救うには、「本当の事」を伝えて祖国の敗北という形で速やかに戦争を終わらせるしかないのだ。
一方の女王は、そんな夫人の顔を再度床に叩き付けると、咽喉式マイクに手を添えて別働部隊に「指示」を出す。
「その地下で確保した大統領とやらに、妻への最初のプレゼントは何か、と訊いてみよ。」
『はっ!承知しました、女王陛下。』
しばらくして再度通信が入る。
『陛下、男は覚えていないと言っております。』
「よろしい、ソヤツは影武者だ。射殺せよ。」
『ははっ!女王陛下!!』
女王は、血塗れになった顔面を両手で押さえる大統領夫人を乱暴に立たせると、配下の兵士に身柄を託した。
「この女も連れて行く。執務室だ。
少しでも妙な素振りを見せたら殺せ。」
「承知しました、我らが女王陛下。」
女王はレシアに目で合図する。
歴戦の王国女性兵もそれに無言で頷く。
女王とレシアは執務室の扉の両脇の壁に背中を合わせる。
銃を縦に構え、「突入態勢」を整えた。
扉を開くのは大統領夫人だ。その背後には黒衣の兵士がピタリとくっつく。
ゆっくりと扉が開かれる。
果たしてその先には、自動拳銃を構えたシークレットサービスの男2人が、大統領執務机の両脇で待ち構えていた。
男らは扉を開けた人物を確認し、さらにその背後に敵兵の存在を認めると、観念したかのようにゆっくりと銃を降ろした。
直後、夫人を押しのけ女王とレシアが突入する。
発砲。
降伏の意を示したシークレットサービスの男2人を、黒髪と紅髪の女2人が迅速に射殺した。
まるでそれが合図であったかのように、大統領官邸に「館内放送」が響き渡る。
『私は、共和国大統領アリエヤン・シャロンである。
全ての共和国同胞に告げる。
武器を捨て、スタントール兵に投降せよ。
これ以上の戦いは無意味である……我々は、敗北した……』
放送が終わると同時に、執務机の左側壁にあった書棚が動いてパニックルームが解放された。
その部屋から両手を頭上に掲げた60代のイェルレイム人の男と、数名の側近たちが姿を現した。
危険を顧みず、大統領夫人が夫に駆け寄って抱き付いた。
「あなた!!」
「すまない、サフラ……君だけでもどうにか逃がそうとしたのに……
逆に怖い思いをさせてしまったね……本当にすまない……」
共和国大統領の男は、愛する妻の髪を撫でながら謝罪した。
そのすぐ傍で、黒衣の兵士たちが大統領側近の身柄を拘束する。
両手を背後に回され、手錠を嵌められる共和国の頭脳たち。
その頂点に立つ男は、抱き着く妻を引き離すと「敵対国家」の恐るべき国家元首と向き合った。
「……カ、カリーシア・シノーデル女王……この度は、ご尊顔を拝見でき、私め幸せでございます……」
震える声で女王に儀礼的挨拶を述べるイェルレイム共和国トップ。
これに「古き王国」の現君主は、この上ない不快感を一切隠すことなく応じた。
「そうか?妾は実に不快だ。
貴様のようなクソッタレ蛮族の頭目と、本来なら会話すらしたくは無いのだが、そうも言っておられん。
将来に遺恨を残さず、イェルレイム人を民族丸ごと鏖殺することも出来るが、あいにくと後方のファーンデディアで暴れている褐色の蛆虫を早急に抹殺せねばならぬ故、時間が無い。
奴らダニークのクズ共と、妾の深い“慈悲”に感謝せよ。」
「……あ、有難き幸せにございます……我らイェーレンの民への陛下の慈愛、決して忘れはしません……
こ、この度は、我らの狼藉により陛下を煩わせてしまったこと、心より謝罪申し上げます……」
共和国大統領の男はそう言うと、膝を崩し地面に両手を付けて項垂れた。
その男の後頭部を乱暴に軍靴で踏みつけ、強制的に額を地面に擦り付ける女王。
「真に詫びる気持ちがあるなら!!額付き謝らんか!たわけが!」
若き女王は、容赦なく汚れたコンバットブーツで敵対国大統領の後ろ頭を踏み躙った。
アリエヤンの見事な白髪に血と泥が混じり、髪型はぐしゃぐしゃに乱れた。
彼の両目からは、痛みと屈辱の涙が溢れ出た。
拘束された大統領の側近たちや妻は、それを深い悲しみの表情で見るより他になかった。
「さて、我らスタントールは貴様らの為にわざわざ降伏文書を用意してやった。
これにサインせよ、悪臭放つ惨めな痴れ狗が。」
女王は「無様なイェルレイム人の男」の後頭部から足を離すと、配下の兵士より手渡されたドラゴンの皮製高級書類ケースに収められた「降伏文書」を、無造作に大統領の目の前に放った。
床に正座したまま、共和国大統領は胸ポケットに挿してある愛用の万年筆を握ると、ケースを開いて中の文書に自身の名前を署名した。
もはや中身をしっかり確認する気力すら、大統領には残されていなかった。
完全なる敗北である。
どれだけの同胞が、王国軍の共和国本土侵攻が始まった約2ヶ月の間に失われたか把握出来ていない。
共和国の基幹工業地帯は全て灰燼に帰し、主要都市もほぼ全て占領されている。
完全に詰みの状態であった。
降伏文書にサインする大統領の両手は大きく震え、文字も歪んでしまっていた。
敵国大統領が署名し終わった降伏文書を黒衣の兵士が拾い上げると、恭しく女王に渡した。
書面を確認する「戦勝国」の女王。
パタンとケースを閉じ小脇に抱えると、黒衣兵に命じた。
「よし。全員、連行しろ。」
「はっ!!女王陛下!」
王国軍兵士たちは大統領夫妻をはじめとする共和国の頭脳たちを連行する。
すると女王は突然、その内の一人の男の胸倉を掴むと自身の顔に引き寄せた。
「貴様が共和国情報局の局長だな?」
細身の長身で、ともすれば「不気味」な印象を感じるイェルレイム人の壮年男性は、引き攣った顔で若き女王の問いに答えた。
「……そ、そうであります……女王陛下……」
女王は手短に「尋問」した。
「貴様には聞きたいことが山ほどある……
……特に、あのクソ忌々しい人民共和国のアバズレ女……たしか、カレン・アクラコンとかいう名前の女のことについて、知っていることを全部吐き出して貰う。」
これに共和国情報局局長の男は、額から冷たい汗を流しながらも「黙秘」する旨を伝える。
「……わ、私は無口な方でして……」
男の発言に、女王は壮絶な笑みを浮かべて言った。
「かまわん。己が肉を切り刻まれ、目の前で自分の家族がゴブリンの餌にされる様を見れば、誰だって面白いようにしゃべり出す。
……精々、妾の国で残された余生を楽しめ……ベングリオンとやら。」
共和国情報局局長ベングリオンは女王の言葉に戦慄を覚えた。
顔はみるみる青ざめ、恐怖に身体が震え出す。
女王は男の身柄を兵士に返す。
「連れて行け。」
「はっ!!」
連行される共和国側近の列に引き戻されたベングリオン。
これから自分に降りかかる運命を予感して、恐怖のあまり失禁する。
「うん?……うわ、臭ぇっ!」
その列の隣を通り、大統領執務室にダリルが現れた。
「よう、ダリルのオッサン。遅かったね。」
「レシア、それに女王陛下……まずは、ご無事で何よりです……」
声を掛けた部下の女性兵士に一声返し、偉大なる女王に敬礼するダリル。
「言ったろうが、妾に蛮族の弾は当たらんと。
それに、軍曹もよくやってくれたわ。」
女王は表裏の無い笑顔をレシアとダリルに向ける。
レシアもそれに笑みを持って返す。
「いえ、女王陛下はとてもお強いです。私なんかとても。」
「謙遜せんでよい。此度はご苦労であった……だが、そなたらには、既に次の仕事が待っている。」
女王の言葉の意味を瞬時に理解したレシアは、力強い頷きと共に模範解答を示す。
「……はい、もちろんわかってます。
いよいよ、あのダニーク野郎共をぶっ飛ばすんですよね!?」
「そうだ……あの蛆虫共に、飼い主の手を噛むという行為が如何なる代償をもたらすか、奴らの身体に刻み込め。
頼んだぞ、軍曹、それに准将!」
「ははっ!女王陛下!!奴らに目に物を見せてやります!」
2人は背筋を伸ばし、敬愛する女王に敬礼する。
女王はそんな2人に改めて微笑みを向けると、配下の黒衣兵を伴って執務室から退去した。
その直後、ダリルはレシアの背中を叩き、健闘を讃えつつ言った。
「よっしゃあ、レシア嬢ちゃん!よくやったぜ!
次は“本命”へと行こうか!
あんまり褐色の恋人連中を待たせ過ぎると、よくねぇもんな!」
「……あぁ、ベルカセムのクソ野郎の腸を切り裂いて、奴の口に自分の糞をねじ込ませてやる!」
レシアの周囲に黄金色の復讐のオーラが渦巻く。
オーラに煽られ、鮮血が如き紅い髪が逆立つ。
イェルレイム民主共和国の無条件降伏。
それはダニーク解放戦線のみならず、ダニーク民族にとっての暗黒時代の幕開けであった。




