23. 物流センターの虐殺
私は引き金を引く時、何処を撃てば確実に死ぬか、それしか考えない。
殺す相手のことを考えたりしない。
その人間がたとえ幼子の親だろうが、誰かの大切な子供だろうが関係ない。
私の邪魔をする者は、全て殺す。
何台もの大型トラックが行き交うファーンデディア広域州最大規模を誇る一大物流拠点「アディニア王国軍物流センター」。
早朝から喧噪漂う物資集積場は、突然発生した激しい爆発音に全てが掻き消された。
トラックの運転手や軍の兵站管理部門の兵士たちは、入退場ゲートの方から聞こえてきたその爆発音に騒めき出す。
「なんだ?今のは?」
「ゲートの方からだよな。タンクローリーでも事故ったか?」
「まさか、共和国の空爆か?」
騒めきはやがて根も葉もない噂を巻き起こし、集積場を警備する兵士たちは外へと駆け出していく。
そんな不安感が支配する集積場で作業する人々……スタントール人の目を盗むように、完全武装した褐色肌の原住民・ダニーク人の戦士たちが、高性能プラスチック爆弾を建物の主要な柱やうず高く積まれた物資に、次々とセットしていった。
「うん?おい、お前何してるんだ?」
自動小銃用の5.56mm弾が満載された木箱を積み下ろしていたスタントール人のトラック運転手が、自分がトラックから降ろして積み上げた木箱に「何か」をくっつけているダニーク人の少女を見つけて声を掛ける。
すると褐色肌の美少女は腰からコンバットナイフを取り出すと、目にも止まらぬ早さでそのスタントール人の男に襲い掛かった。
男の喉を素早く一閃。直後、ぱっくりと切り裂かれた喉から大量の血が溢れ、男を窒息させる。
「うごっ!!ゴプァッ!!」
喉を両手で押さえながら膝をつき倒れる男。
家で帰りを待つ妻子に別れを告げることも無く、この世を去った。
「こちらゴブリン1。各位、状況を知らせろ。」
少女は緑色の戦闘服の肩に取り付けた小型無線機で部下の戦士たちに状況確認を図る。
少女の名はサーラ・ベルカセム。
「ダニーク人テロ組織」ことダニーク解放戦線の「テロリスト」の一人である。
彼女の敵、ノルトスタントール連合王国は、彼女の父親であるゲイル・ベルカセムが指導するダニーク解放戦線を、悪辣なテロリストと見做して徹底殲滅を宣言していたが、共和国陣営との大規模な戦争の真っ只中にある現在、このテロリストへの対応は二の次とされ、結果、ダニーク解放戦線は組織構築と拠点の地下要塞化を滞りなく進め、それと合わせてスタントール後方への激しいゲリラ・テロ攻撃を継続していた。
今回は、そのゲリラ攻撃の中でも過去最大規模、王国側の重要物流拠点殲滅を企図した「大攻勢」である。
サーラの小型無線機に続々と報告が入る。
「こちらゴブリン2。同志サーラ、爆弾設置完了です。」
「ゴブリン3、こちらも完了です。」
「ゴブリン4及び各班、我々も完了しました。敵には気付かれておりません。」
サーラは腕時計を確認する。
当初の見込み通りの時間で所定の作業を完了出来た。
後は敵に見つからずに建物から十分に離れて、センターを吹き飛ばすだけ。
サーラがそう考えた次の瞬間。
事態は一変する。
「ガウッ!!ガウッ!!ガウッ!!」
爆弾探知犬の叫び声が聞こえた。
その犬を使役していた王国軍兵士が警告を発する。
「警報!!警報!!こちら物資集荷場!多数の高性能爆薬の存在を確認!!敵が侵入している恐れアリ!!至急、応援を!!」
サーラは臍を噛んだ。
こうなったら仕方がない。
銃で敵を制圧し、爆弾が解除されるのを防いで迅速に吹き飛ばすしかない。
サーラは声がした方を確認する。
無線機で応援を要請する犬のリードを持った若い王国軍兵士が積み上がった木箱の傍にいる。
人民共和国製の7.62mm弾を使用する自動小銃を構え、照星の先に兵士の頭部を捉える。
発砲。
弾丸は狙いたがわず兵士のヘルメットを貫通し、頭蓋を叩き割って中の脳細胞を滅茶苦茶に破壊した。
即死である。
サーラは小型無線機で指揮下の戦士たちに命令する。
「敵に爆弾の存在が気付かれた!!解除を阻止しろ!皆殺しだ!!」
「了解しました!同志ベルカセム!!」
直後、物資集積場は激しい銃声に包まれた。
場内各地で身を潜め、建物の外に退避しようとしていたダニーク人戦士たちが、一斉に身近な敵に向かって自動小銃を発砲する。
瞬く間に集積場内に残っていた王国軍兵士やトラック運転手が射殺されていく。
館内に警報が鳴り響き、天井に等間隔に配置された赤色灯が動き出し、センター内の全ての人間に異常事態発生を知らせる。
物資集積場と外界を繋ぐスロープから、機関銃を車体天井に搭載した王国軍軍用軽装甲自動車が3台、猛スピードで出現した。
装甲板で守られた4つのドアが開け放たれ、王国製自動小銃で武装したスタントール軍兵士が次々と降りてくる。
「RPGだ!!」
サーラは無線で指示しながら、自身も背中に背負っていた人民共和国製対戦車ロケットランチャー(Rocket-Propelled Grenade)を構える。迅速に射撃できるよう、三角錐の形をしたロケット弾頭先端のセーフティは事前に取り外してある。
発射機本体に装備されている簡易的な光学照準器を、燃え盛る緋色の瞳で覗き込むサーラ。
憎き王国軍兵士が軍用装甲自動車から降り立ち、こちらに銃を構えようとしている。
発射。
弾頭のロケットが安定翼を展開し、筒状のロケットモーターが猛烈な推進力を発揮する。
強力な成形炸薬弾は王国軍軍用装甲自動車の右側面に叩き込まれた。
爆発。
軍用自動車は、王国軍兵士5名と共に木端微塵に吹き飛ぶ。
さらに、別のダニーク人戦士が放ったロケットも残り2台の車両に命中。
これを撃破した。
場内の敵兵及び敵増援第一波を殲滅。
後は迅速に物流センターから退避するのみ。
内部構造は頭に叩き込んである。
今、敵増援がやってきたスロープは危険だ。恐らく、王国軍の装甲車が待ち構えているだろう。
ならば敵の裏をかき、このまま建物内部を突き進んで目に付いたスタントール人全てを殺害しつつ、瓦礫の山と化しているであろう入退場ゲートから外に出る。
そのついでに、スロープで自分たちを待ち構えているであろう敵装甲車もランチャーで吹き飛ばしてやる。
サーラは戦士たちに次なる指示を飛ばす。
「ゴブリン1から各位。場内制圧。このまま建物内部を進み、外部へと退避する。恐らく敵はスロープやゲートで待ち構えているだろうが、全て倒すぞ。」
「了解!!同志ベルカセム!」
集積場各地に分散していた戦士たちと一時的に合流するサーラ。
50名全員生存。内、軽傷者が2名なれど戦闘継続に支障なし。損害は皆無も同然だった。
「大丈夫か?同志アネット?」
サーラは負傷した一人である若い女性戦士を気遣った。
褐色肌の美女アネットは、銀色に輝く艶やかな髪を揺らしながら力強く頷き、問題ない旨を伝える。
「大丈夫です、同志サーラ!私は戦えます!あなたに助けてもらった命、こんなところで無駄にしません!」
「そう、よかった……そちらの同志も問題ないな?」
サーラはもう一人の負傷した男性戦士にも確認を取る。
その戦士もまた、力強く頷いて自分が戦えることを伝える。
「こんなの掠り傷です、同志!戦います!」
「よし!なら、早速この物流センターを灰にするぞ!セティアの仕返しだ!!」
「オオォォーー!!」
50人の褐色肌の男女の咆哮。
各自手にした自動小銃を構え、建物内を早足で進む。
物資集積場中央の階段を降り、エントランスロビーへと向かうダニーク人戦士の一団。
途中、兵站部門所属の事務方の敵兵らを次々と射殺していく。
小太りのメガネをかけた王国軍事務員が、トイレから転がる様に飛び出してエントランスへと走っていく。その後ろ姿を、褐色少女の緋いの瞳が自動小銃の照星ごしに睨む。
「ひいぃぃっ!!い、いやだ!死にたくないよ!!」
涙と鼻水を撒き散らしながら、敵に背を向けて無様に逃走を図るスタントール人の太った男。
発砲。
物流センター建物内の空気を切り裂き、サーラが放った7.62mm弾が高速で飛来する。
男の後頭部に命中した弾丸は、その醜い顔とメガネを引き裂いて眼球や脳漿を新築物件の廊下にばら撒いた。
同様に他の戦士たちも、目に映った敵国民に対し、戦闘員・非戦闘員の別なく発砲する。
一方的殺戮である。
何とかダニーク人テロリストに反撃を試みようとする兵士もいたが、その悉くが先にテロリストの凶弾に倒れて地面に伏した。
エントランスロビーに到着したサーラたち解放戦線ゲリラ部隊。
そこには既に王国軍兵士が多数、ソファーや棚、物資運搬用の木箱等を用いて即席バリケードを築き、待ち構えていた。
強力な分隊支援機関銃をロビーのソファーに据え、簡易的な機関銃座を構築。
のこのこと現れたダニーク人テロリストに5.56mm弾の雨を降らすべく、機関銃を構える若い兵士がレッドドットサイトを覗き込んでいた。
先頭を進んでいたサーラはロビーで待ち構える敵の存在に気付き、後ろの味方に警告する。
「止まれ!ロビーに敵!!突破するぞ、援護しろ!!」
サーラは駆け出した。
一気にロビーに左右3本づつ立っている柱の一つまで走る。
機関銃が叫び、他の王国軍兵士が持つ自動小銃も激しいマズルフラッシュと共に銃弾の雨をサーラに浴びせる。
そこに、他のダニーク人戦士らが援護射撃を加える。
たちまちアディニア王国軍物流センターの真新しいエントランスロビーは、無数の銃弾が飛び交う戦場と化した。
サーラは味方の援護を受け、左側の柱の陰に身を隠して敵弾をやり過ごす。
柱からそっと顔を覗かせ、エントランス正面に築かれた敵のバリケードを確認する。
敵兵、約20。
分隊支援機関銃による即席機関銃座が一つ。
彼女の背後では、仲間の戦士たちが壁やロビー備え付けの受付用デスクの裏等に身を隠しつつ、敵バリケードに向かって果敢に銃撃を加えていた。
そんなゴミのようなバリケードで私を阻止できると思ったか!?
スタトリアのカス共が!!
赤黒い戦闘オーラが歴戦の少女の身を包む。
直後、サーラは柱を飛び出し、一気に敵バリケードに肉薄する。
それを驚愕の眼差しで見るバリケード左端にいた王国軍兵士に、照準を合わせる。
走りながらのフルオート射撃。
3発もの7.62mm弾を顔面に受けた兵士が後ろに吹っ飛ぶ。
強力な「労働者の国」製自動小銃の反動を完全に抑え込んだサーラは、バリケードに突進しながら照準を左から右へと流す。一瞬にして4人の敵兵を射殺。
そのままバリケードの左端を乗り越え、敵の側面に躍り出る。
さらに射撃。
残ったおよそ15名の王国軍兵士を瞬く間に撃ち倒した。
サーラは味方の援護を受けつつも、たった一人でエントランスで待ち構えていた敵兵の一団を殲滅した。
他のダニーク人戦士たちも、敵兵がいなくなったバリケードへと近づく。
一足先にバリケードに辿り着いたサーラは、エントランスのガラス製自動ドアの向こう、建物外部に目を向ける。
その瞬間、緋色の瞳が驚愕に見開かれる。
なんと、王国軍主力戦車が1台、装輪装甲車3台を伴って瓦礫の山となった入退場ゲートからこちらに侵入してくるではないか!
その戦車や装甲車を守るように、200人近い敵兵も姿を現す。
120mm滑腔砲を搭載した少し丸みを帯びた砲塔が特徴的な王国軍「第2世代」型主力戦車。
他国が100mm~105mm戦車砲を主力戦車の主兵装としている中、この工業大国は先んじて120mm滑腔砲を採用。その強力な主砲から放たれる各種砲弾は、まさに歩兵部隊の悪夢そのものと言ってよかった。
対するダニーク人戦士は僅か50人。
客観的に見て、彼我戦力差は絶望的だ。
しかし、戦車を目の当たりにして驚愕に見開かれた少女の瞳は、直後、殺意の炎を宿して鋭くなる。
敵がほぼ全て、物流センターの構内に入ってきたからだ。
戦車は予想外だったが、他は予定通りだ。
サーラは小型無線機で、「外」で待機している別働部隊に連絡する。
「こちらゴブリン1。ケンタウロス隊、応答せよ。」
『こちらケンタウロス1!!大物が釣れたね、ゴブリン1!』
女性の溌剌とした声が無線機に届く。
「ええ、そうみたい。そちらの準備は如何?」
『準備OKだよ、ゴブリン1!』
「なら、始めましょう。改めて、全てのスタトリアに死を!」
『了解!!ケンタウロス1!発射!発射!!』
その直後である。
アディニア王国軍物流センターの入退場ゲートの道路を挟んで向かい側にある森林地帯から、「何か」が複数個打ち上げられた。
その「何か」は、入退場ゲートのから建物へと近づく王国軍機甲部隊の頭上へと飛来すると、猛烈な白い光を降り注がせた。直後、辺り一面猛烈な炎が逆巻く地獄と化した。
焼夷白燐弾である。
人民共和国から新たに供与された広範囲を焼き尽くす迫撃砲用の砲弾。
現実世界では国際条約違反の有毒で卑劣な火傷をもたらす「非人道兵器」等と言われるが、通常の化学火傷以上の深刻な火傷をもたらすことは無く、主な用途は飽く迄発煙弾である。
しかし、中国等の一部の国でその強力な自然燃焼性を活かして焼夷弾として運用されるケースもあり、特にこの異世界においては、アーガン人民共和国をはじめとする共和国陣営諸国が、装薬にアルミニウム等の燃焼促進剤を添加して強力な焼夷砲弾として運用している。
そんな焼夷砲弾が戦車を連れた王国軍兵士たちの頭上へと叩き込まれたのである。
猛烈な炎がおよそ200人の兵士たちの全身を焦がし、入場ゲート一帯は阿鼻叫喚の巷と化した。
装輪装甲車も大破し、乗員が凄まじい炎に捲かれて灼熱地獄の車内から這い出てくるも無残に絶命する。
戦車も炎に捲かれ、立ち往生。
強烈な熱で履帯の金具が焼き切れ、走行不能に陥ってしまう。
サーラとその配下部隊の50名の戦士たちが、建物を出る。
まだ戦車は「生きて」いる。
砲塔をぎこちなく動かし、サーラたちに狙いを定めようとしていた。
恐らく、車内は息をすることすら困難な程の高温地獄と化しているだろうが、中の戦車兵たちを殺傷するには至っていないようだ。
既にサーラは対戦車ロケットランチャーに次弾装填を完了しており、他数名の戦士もランチャーを構えている。
サーラはランチャーを持つ戦士たちに目配せし、自身もそれを構える。
照準器の視界内いっぱいに、黒焦げになり所々炎が燻る王国軍戦車が広がる。
同時発射。
強力な対戦車成形炸薬弾を搭載したロケットが、翼を展開して数発同時に戦車へと殺到する。
大爆発。
王国軍主力戦車は、砲塔を皿のように裏返しにする程の大爆発を起こして完全に撃破された。
それを見届けたかのように、ゲート向かいの森林地帯から大勢のダニーク人別働部隊の戦士たちが現れた。皆、笑顔を浮かべ、勇敢にもセンター内に潜入した50人の同胞の健闘を称える。
黒焦げ死体だらけの入退場ゲートに差し掛かったサーラの下に、その別働部隊「ケンタウロス」のリーダーである筋肉逞しい妙齢のダニーク人美女、モルディアナが近付く。
満面の笑みを見せるモルディアナ。
それにサーラも微笑みを返す。
「やったね。サーラちゃん。」
「はい、同志モルディアナ。まさか戦車まで来るとは思いませんでしたが……」
「ふふっ!砲塔をひっくり返して無様さらす自分とこの戦車と、瓦礫の山になった建物を目の前にしたスタトリアの馬鹿共の顔が目に浮かぶよ!」
「そうですね。では早速、吹き飛ばしましょう。」
「あぁ、やっておくれよ!サーラ!」
モルディアナに促され、サーラは高性能プラスチック爆弾の遠隔起爆スイッチを手に取る。
既に味方はゲートを通り越して向かいの森へと退避していた。
起爆スイッチを押す。
直後、複数の爆発音が響き、建物全体が激しく煙を巻き起こしながら沈下した。
煙が収まった後に残されたのは、夥しい瓦礫の山だけとなった。
スタントール王国がファーンデディア中の建設会社をフル動員して超突貫工事で建設させた物流センターは、斯くして地図から消滅した。
すると、敵攻撃ヘリの破滅の羽音が複数、空から響いてくる。
通報を受け、遅ればせながら登場した王国軍航空兵力の尖兵だ。
長居は無用だ。
森の中にある地下拠点へと逃げなければ。
モルディアナはサーラの肩を叩き、健闘を讃えて一足先に森の中へと姿を消した。
サーラもその後に続こうと瓦礫と死体の山から踵を返す。
直後、その足首を黒焦げとなった手が掴む。
驚き、下を見るサーラ。
そこには全身重度の大火傷を負い地面に倒れるスタントール兵の男が、辛うじて残った右目でサーラを見上げていた。
炎で焼かれた喉から絞り出すように、地獄の底の亡者のような声でサーラに問う。
「……な、なんで……なんでこんなことをするんだ……
お、俺たちが……お前たちに何をした……
お前たちは……な、何がしたいんだ……」
するとサーラは腰のホルスターから朝の日差しを受けて銀色に輝く共和国製自動拳銃を取り出し、自分の足首を掴む死に損ないのスタントール兵に銃口を向ける。
そして死にゆく黒焦げの男のその問いに、答えを叩き付ける。
「お前たちは我らダニークを弄び、時にはくだらない理由で命さえ奪った。
だから今度は、こっちが殺す。
我らの……いや、私の望みはただ一つ。
貴様らを殺し尽くして、自分たちの国を手に入れることだ!
負けて死ね!スタトリア!!」
発砲。
9mm弾が熱で損傷した男の頭部を、まるで鉄棒を振り下ろされたスイカのように破裂させる。
サーラは足首にまとわりついた男の手を踏み砕き、森へと走った。
男の残った右目から、一筋の涙が零れる。それが生まれたばかりの息子に別れを告げられなかった悲しみか、あるいは壮絶な怒りを漲らせる少女への恐れがもたらしたものか、もう誰にもわからない。
現場に到着した王国軍攻撃ヘリは、結局、物流センターを破壊したダニーク人テロリストの姿を発見できなかった。
…………
ダニーク人たちが去り、灰燼に帰した物流センターの残骸を、一見すると関心なさげにも見受けられる表情で眺める男がいた。
ヨレヨレの軍服姿に無精ひげ。愛用のタバコを吹かして、深く吸い込んだ煙を吐き出した。
男の周囲では、スタントール人の警官や消防隊員、救急救命士等が生き残った生存者を探したり現場の状況を確認したりと忙しなく動き回っている。
そんな治安当局関係者を守る様に、男が指揮する優秀な兵士たちがセンター跡地一帯に展開し、周囲の安全を確保していた。
男の名はダリル・マッコイ。ノルトスタントール連合王国陸軍ファーンデディア管区方面軍准将。
今や、実質的なファーンデディア管区方面軍……通称:ファーンデディア駐留軍の陸軍指揮官である。
「……派手にやってくれちゃったね~。ダニークちゃんたちよ。」
男は何処か陽気な声でそう呟いた。
その呟きを、男のすぐ隣にいた血のように紅い髪をした若い女が咎める。
「おい、ダリルのオッサン。なに呑気にほざいてやがる。どうすんだよ、これ。」
強力な分隊支援機関銃を軽々と抱えるその女の美しい紺碧の瞳には、瓦礫の山となった無残な物流拠点の姿が映し出されていた。
彼女の名はレシア・リョーデック。
ダリルが直接指揮する「ファーンデディアの精鋭」、独立第305機械化歩兵大隊所属の女性兵士である。
その余りにも勇猛果敢な戦い振りは、彼の国の女王の耳にも届いている程であった。
「どーしよーもねぇーな。レシアの嬢ちゃん。」
「ふざけんなよ、オッサン。どうせ何か考えがあんだろ?」
レシアはダリルの横顔を覗き込む。
呆けたような顔をしているが、この男は常に敵の予想の裏を突いてくる。
「……まあな。そろそろ共和国のアホ共の片が付くし、いい加減、ダニーク連中の面倒も見てやらねぇとな。」
ダリルはそう言うと、吸い終わったタバコをポケット灰皿に仕舞い込むと、レシアの方を向く。
「さあてと、共和国を殴り倒したら、直ぐに調子に乗ったダニ共もぶっ飛ばすぞ、レシア。
向こうがどうしても民間人も巻き込んで戦争したいっていうなら、こっちもやりたい放題やってやろうや。」
「あぁ、皆殺しにしてやるよ、オッサン!!」
レシアは再び瓦礫の山に目を向ける。
その美しき顔を怒りに歪め、紺碧の瞳に絶対の殺意を宿していた。
独立第305機械化歩兵大隊。
彼らの恐るべき牙が、再びサーラたち解放戦線を襲う日は刻一刻と近づいていた。
※この後書きは本編とほとんど関係ありません※
【新暦1925年10月1日付 ノルトスタントール連合王国 王国政府外務省主催
対共和国和平交渉結果に関する特別記者会見 議事録より全文抜粋】
(スタントール王宮・カズキの天空要塞内、定例記者会見場)
(会見場正面、シノーデル王家の紋章が描かれた演台に若い広報官が現れる)
(広報官、紋章の前で立ち止まり一礼してから台に着く)
・ド・ルーゴ特別広報官(以下、広報官)
「……はい、ではまず、会見に先立ちまして私から記者の皆様に注意申し上げます。
我らがカリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下への質問の時間は非常に限られております。前の記者と重複する質問、会見内容の確認のような質問、今回の会見の主旨から逸脱した質問は禁止致します。それを守れない記者は強制退場処分と致します……それでは、女王陛下、宜しくお願い致します。」
(広報官、台より離れる)
(カリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下、演台へ)
(一斉に報道陣のカメラが回り、関係者に緊張が走る)
・カリーシア・シノーデルⅡ世女王陛下(以下、女王)
「ふん。妾には時間が無い。故にさっさと終わらせよう。
先日、赤道の獣人国家を介してイェルレイムの蛮族めが提示してきた和平条件とやらは……検討する価値すらない。端金ような賠償金と国境一帯の非武装化で、妾の腹の虫が収まると思ったら大間違いだ!
ファーンデディア駐留軍には、直ちに国境を越えて奴らの大地を蹂躙せよと命じた。
我がノルトスタントール王国の軍事力の恐ろしさを、全てのイェルレイム人はその心胆に刻むがよい。」
・広報官
「ありがとうございます。我らが女王陛下。
それでは、質問の時間とします。一人づつ、挙手してこちらが促した後で簡潔にお願いします。勝手に質問することは許されません。」
(すぐさま何人もの記者が手を上げる)
(広報官、手前に座る一人を指差す)
・中道右派メディア記者(30代男性)
「スタトリアン王国通信社のギャリソンと申します。恐れながら我らが女王陛下、此度の陛下のご決断により、事実上イェルレイム民主共和国側との和平交渉は決裂し、以後交渉は行われないという認識で宜しいでしょうか?」
・女王
「奴らの態度次第だが、妾を満足させるような条件を奴らが提示できるとは思えぬ。
故に、交渉は無いものと考えてよかろう。外務省には、これ以上要らぬ労力を割くなと命じておる。」
・中道右派メディア記者
「ありがとうございました、女王陛下。古き王国に栄光あれ。」
・広報官
「次、そちらの女性の方。」
・極右派メディア記者(20代女性)
「ファーンデディアセンチネル新聞社のカットネスと申します。
我らが古き王国を指導せし栄光のシノーデル女王陛下、私のような一臣民に言葉を交わしていただく機会をお与えいただき、深く感謝申し上げます。
僭越ながら陛下、一部の憂国のセンチネル※(注:ファーンデディア在住王国臣民の意)より、この度の和平交渉決裂に伴い、ファーンデディア北部戦線が長期化することによってダニーク人テロリストの跳梁跋扈が長引くのでは、との懸念が出ておりますが、忌々しいテロリスト共への対処について陛下の見解をお伺い出来れば幸いです。」
・女王
「ダニークの蛆虫については妾も大いに怒りを覚え、被害を被り続けるファーンデディアの臣民には心を痛めておる。
まず、イェルレイムの蛮族を片付けるのに時間は掛けぬ。
本国ディメンジア戦線から妾の精鋭、「ネタリア機械化騎士団」を転進させる。現地の精鋭部隊と協力し、迅速に彼奴等の首都、エイラートを灰にしてくれよう。
ダニークのテロリストについては、その後だ。既に、駐留軍及び州政府と対応策の骨子を決定し、現在仔細を詰めておるところだ。今迄の百倍にしてツケを払わせてやる故、今しばらく辛抱してもらいたい。」
(会場からどよめきが起こる)
(右派メディアの記者ら報道関係者の顔に笑みが浮かぶ)
・極右派メディア記者
「ありがとうございます!陛下!全てのセンチネルを代表し、心より感謝申し上げます!古き王国よ、偉大なれ!」
・広報官
「次で最後とします。そちらの方……」
・極左メディア記者(50代男性)
「ちょっと待て、さっきから右派メディアばかり質問してるぞ、広報官。
報道の自由を蔑ろにする気か?」
・広報官
「促していないのに発言しないでください。そちらの方……」
・極左メディア記者
「おい!俺のことを無視するな!俺に質問させろ!」
・広報官
「黙ってください。」
・女王
「よい、貴様の発言を許す。さぞ、良い質問を持っているんだろうな?」
・極左メディア記者
「フェターナ毎日通信社のビヤルトです。
女王陛下、あなたが行ったメディア関係者への「不当弾圧」についてですが、一部の王国陣営諸国や元・中立国等から反発が出ております。今後の戦争継続に大きな影響があると思いますが、いかがお考えでしょうか。」
・女王
「ほう、どの国が妾に文句をつけておる?外務省から斯様な報告は届いておらぬぞ?
教えてくれ、具体的な国名と発言したその国の政府高官の名を今すぐ言え。」
・極左メディア記者
「……いや、私は女王陛下の考えをお聞きしているのであって……」
・女王
「今、貴様はハッキリと「一部の王国陣営諸国や元・中立国が反発している」と言ったぞ?
妾はそれを知らぬから、まず「反発している」国とその担当者の名を明かせ、と言ったのだ。どうした?反発している国があるのだろう?さっさと言え。」
・極左メディア記者
「……あの、質問をはぐらかさないでくださいよ。」
・女王
「さっさと言わんか!!妾に文句をつけるふざけた国の名前を!
共和国連中とまとめて吹き飛ばしてやるわ!!
さっさと言え!!言わんとこの場で射殺するぞ!!
……衛兵!妾の短機関銃を持って来い!」
・極左メディア記者
「ひっ!……し、失礼しました、質問を取り下げます……」
・女王
「ならん!!妾の「質問」に答えよ!
どうした、他者を押しのけてまで発言したのだぞ?
勝手に取り下げるなど、妾が許すとでも思ったか!!答えろ!アカが!!」
(黒衣の戦闘服姿の兵士が、女王に最新型短機関銃を手渡す)
(女王、弾倉を確認して安全装置を外す)
・極左メディア記者
「ひいっ!!ど、どうかお許しを……」
・女王
「これが最後だ。妾に「反発している」と貴様がほざいた全ての国の名前を吐け。」
・極左メディア記者
「……あ、ありません。私の想像です……」
(会見場が騒めく)
(右派メディアを中心に怒声が上がる)
・女王
「……貴様、妾が親政再開後に出した布告を知ったうえでの狼藉か?」
・極左メディア記者
「……え?……そ、それはどういう」
・女王
「こういうことだ、アカの手先が。」
(女王、短機関銃を発砲)
(極左メディア記者の頭部に複数発命中。即死)
・広報官
「はい、それでは時間となりましたので、質疑応答を終了いたします。我らが女王陛下、誠にありがとうございました。」
・女王
「妾の要塞が穢れたわ。後で王国矯正収容所のアカ共に掃除させよ。」
・広報官
「承知いたしました、我らが女王陛下。古き王国よ、偉大なれ。」
(会見終了)




