22. ダニーク人テロリスト
私が、白い肌の連中から「テロリスト」と呼ばれるようになったのはあの頃からだ。
「始まりの街」を救い出し、解放戦線が地下に潜るようになってから。
好きなように呼べばいい。
私がお前たちを殺し続けることに、変わりはないのだから。
片側2車線の自動車専用道路を民間物流会社の大型トラック1台が走る。
夜の闇がようやく終わりを迎え、旭日の大攻勢が中天に煌めく星々の虐殺を始める。
トラックを運転する中年白人男性は、瞼が下がるのを必死でこらえつつ目的地へと急いでいた。
彼は、ノルトスタントール連合王国臣民。
「偉大なる」カリーシア・シノーデルⅡ世女王が統べる強大な工業国家で暮らす国民の一人である。
肥沃な大地を抱えるファーンデディア広域州南部の広大な農園で産出されたトウモロコシやジャガイモと、その農園近郊に超突貫工事で建設された軍需工場で大量生産された弾薬を、運転席後方のウィングボディの荷台に満載していた。食糧品と危険な銃火器用の弾薬を一緒に運ぶなど、平時なら考えられないことだ。
既に勤務時間は法定時間を大幅に超過し、彼の過労はピークに達しようとしていた。
大戦勃発後、無能な文民政府を見限ったシノーデル女王による「親政」が始まり、彼の所属する物流会社をはじめファーンデディア広域州に存在する全ての物流会社のトラックは、運転手ごと軍に強制徴用されることとなった。
その後、トラックはほぼ毎日休みなく全車フル稼働状態である。
ファーンデディアの原住民・ダニーク人による武力テロにより、元より存在したこの地域における物流の要である巨大港湾都市・セティアが乗っ取られ、その後に行われた王国軍による徹底反撃により街は完全に壊滅。今までセティアを拠点に大型貨物列車で行っていた物資供給を、全てトラックで代替する羽目になったのだ。それに加え、それまでトラックの運転手を担っていた褐色肌の原住民・ダニーク人は同胞の「テロリスト」に共感してサボタージュを繰り返し、もはやまともに仕事してくれない。
結果、徴用されたトラックの運転手であるスタントール人たちは軒並み超長時間労働を強いられていた。
今、自動車専用道路を自社のトラックでひた走るスタントール人中年男性は、本来トラックの運転手ではない。
会社で事業部長を担う役員の一人だった。ダニーク人が運転するトラックによる会社全体の物流管理と新規顧客の開拓事業を主な仕事としていた。
しかし、軍は人手不足を理由に彼もトラック運転手として強制動員した。
まさか何十年も前、入社当初に経験したトラックの運転を再びすることになるとは……
もう自宅にも1ヶ月近く帰っていない。
昨日、会社から無線で娘が孫を産んだという連絡が妻からあったことを知らされた。
今回の配送が終われば、一度家に帰れる筈だ。
戦時下という最悪の情勢ではあるが、新しく生まれてくる希望もある。
眠気を必死でこらえてハンドルを握る手も、自ずと力が入る。
「あともうひと踏ん張りだ……孫の顔を見るまでくたばってたまるか。」
トラックの運転席で独り言を吐き出し、自分に発破をかける。
山間の森に囲まれた自動車専用道路を走るトラックは、やがてファーンデディア最大の都市にして特別行政区・アディニア市の手前、街と南部農業地帯とを隔てる山々を貫く長いトンネルに入った。
全長10キロを超す、ファーンデディアにおいて最大延長を誇る自動車専用トンネル。
黄土色のカウンタービーム方式の照明が、トンネル内に十分な明るさをもたらす。
早朝の時間帯ということもあり、今トンネル内を走行するのは事業部長の男が運転するトラック一台のみ。
このトンネルを抜ければ、目的地・アディニアの超高層ビル群が目の前に広がる。
そのアディニア近郊に設けられた軍向け巨大物流センターが、このトラックの目的地である。
あと少しで、家に帰って孫の顔が拝める。
トンネルをしばらく進むと、途中に旧式のセダン車が道を塞ぐような形で道路の真ん中に停まっている。
目的地が近付いてきた気の緩みから漫然と運転していた部長は、道路を塞ぐ車に気付くや否や慌ててブレーキを踏み、何とか寸でのところで衝突を回避する。
サイドブレーキを引き起こしてギアをニュートラルにし、エンジンをかけたままトラックから降りる。
「っつたく……なんだこりゃ?誰がこんなところに車を?」
道路を塞ぐ旧式セダンに近づく。
すると車の背後から3人の褐色肌の原住民・ダニーク人が現れた。
その中の一人、10歳前後くらいの少女が殺意漲る緋色の瞳と共和国製自動拳銃を事業部長に向けてきた。
「お、おい、ダニークの小娘。い、いったい何の真似だ?」
動揺が隠せない事業部長。
少女と一緒にいたダニーク人の男がドアが開け放たれたままになっているトラックの運転席に乗り込み、さらに別の若い男がウィングを展開して積み荷を確認し始めた。
「おい!!何をしてるんだ!!さ、触るんじゃない!!」
事業部長は、突然自分のトラックに狼藉を働きだしたダニーク人へ怒鳴る。
「黙れ、スタトリア。両手を頭に組んで跪け。」
銃を手にした原住民の小娘が命令する。
スタトリアとは、スタントール人の略称だが彼らと敵対する国や民族の者が使う時は侮蔑的な意味合いを含んだスラングとなる。
「な、なんなんだ、お前らは……」
発砲。
少女は銀色の自動拳銃で事業部長の右足の甲を撃ち抜いた。
「うがっ!!わ、わかった……言われた通りにする……」
事業部長は跪き、両手を頭に組んで降伏の意を示す。
「どうだ?同志アスラン?」
少女が積み荷を確認した若い男にその中身を確認する。
「同志ベルカセム。間違いありません。大量のモロコシにイモ、おまけに弾薬付きです。」
事業部長は恐る恐る後ろを振り返り、アスランと呼ばれた積み荷を検めたダニーク人の男を見る。
見覚えのある顔だった。
確か、自分の会社に以前勤めていたダニーク人運転手の男だ。
どこでいらない知恵をつけてきたのか、大戦が始まった後、一部の同胞連中と結託して賃金上昇や休日の設定、トラック移動時間制限の緩和等を訴えてきた生意気な奴だった。
事業部長はこの男を「懲戒解雇」にして、同業者や取引先に氏名住所を通達して再就職できないようにしてやった。その後、風の噂で南のオーレン県の方で武装蜂起した「ダニーク人テロ組織」……名前を忘れた……に入った、という話を聞いたが、まさかこんなところで再開するとは思ってもみなかった。
アスランが部長に近づく。
緑色の戦闘服上下にコンバットハーネスを装着した完全武装の状態。
その両手には、人民共和国製の強力な軍用自動小銃が握られている。
「よう、部長。久しぶりだな。」
アスランは穏やかだが明らかに皮肉を込めた言い方で、かつての上司に声を掛ける。
「な、なにをしてるんだ?アスラン?げ、げげ、元気にしてたか?し、心配したぞ?」
部長は引き攣った笑みを浮かべ、元・部下に答える。
すると大人しい雰囲気を纏う褐色肌の美青年は豹変し、その顔を怒りに歪めて怒声を浴びせる。
「何が、『心配した』だ!クソ野郎!!あまりにも酷過ぎる労働環境の改善を訴えた俺を、『貴様の代わりなんぞいくらでもいる』とほざいて殴る蹴るの暴力を加えて会社から叩き出した癖に!!ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」
アスランは、怒りに任せて自動小銃の銃床で部長の頭を殴打した。
「ぐおっ!!……や、やめてくれ、アスラン。は、は、話し合おう。」
部長は前かがみに倒れ、左の手のひらを顔の前にかざし「話し合い」を求める。
怒りの収まらないアスランは、アスファルトに転がる部長の腹に蹴りを見舞う。
「ぐはっ!!……お、俺が悪かった……だ、だからやめて……」
「ふざけんな!!このクソ野郎!!」
「気持ちはわかるがそれぐらいにしておけ。同志アスラン。」
褐色の少女が、尚も暴力を振るおうとするアスランを制止する。
「……すみません、同志。失礼しました。」
少女の言に素直に従うアスラン。
「この男を車に乗せる。同志ハジーン、トラックは任せたぞ。」
少女が2人のダニーク人戦士に指示を出す。トラックに乗ったハジーンと呼ばれた精悍な顔つきの男性戦士が、頷きながら片手を上げて「了解」の意を示す。
アスランは旧式セダンの運転席に乗り、少女に促されて部長は後部座席に座る。その横に拳銃を構えたまま少女が乗り込むと、若いダニーク人の男は車を発進させる。それに続いて、トラックの運転席に座ったハジーンもセダンの後を追う様に続いた。
その少女……サーラ・ベルカセムは、黄土色のトンネル照明に照らされ鈍く銀色に光る自動拳銃の銃口を部長の顔に突きつけながら尋ねた。
「スタトリア。私の質問には正直に答えろ。嘘をついたり答えをはぐらかしたりしたら、貴様の家族も殺す。わかったか?」
燃え盛るような緋色の瞳。
その瞳を見て、部長は背筋が凍るような思いがした。
経験したことも無いような絶対的な殺意の宿るその目。
彼の生物的本能が、命の危機を告げていた。
「……わ、わかった。し、正直に答える……」
「アディニア王国軍物流センターの内部構造を教えろ。特に、物資集積場の場所とそこを常時警備している王国軍兵士の正確な数を答えろ。紙とペンくらい持ってるだろう?それに内部構造を詳細に書け。」
「あ、あ、あそこは半年前に出来たばっかりで、俺もまだ2回くらいしか行ってないからよくわからない……」
するとサーラは銃のグリップ底で部長の額に打撃を加える。
「ぐあっ!!や、やめてくれ!」
「次に嘘をつけば貴様の娘を殺す。その赤子も殺す。貴様が頻繁にアディニア王国軍物流センターに出入りしているのは知っている。あまり私たちを舐めるなよ?事業部長?」
部長の顔が青ざめる。
そして、運転席に座るかつての部下の顔をバックミラーごしに見た。
アスランは酷く邪悪な笑みを浮かべていた。
恐らく、自分が乗るトラックはダニーク人テロリストによって以前からマークされ、会社との無線も傍受されていたようだ。
今日、この時間ここを通ることも日々の移動経路を確認して割り出したのだろう。
つまり、今回の襲撃は自分を狙って用意周到に準備されたものだと言うことだ。
当然、家や娘のことも調べ上げているのだろう。
部長は目に涙すら浮かべて叫ぶように言った。
「や、やめてくれ!!それだけはやめてくれ!!知っていることは偽りなく全て話す!!だから、か、家族に手を出すのはやめてくれ……頼む……」
「ならさっさと私の知りたいことを全て書け。」
部長は胸ポケットから手帳とペンを取り出すと、メモ欄の白紙に自分が知っている限りのアディニア王国軍物流センターの内部構造を出来るだけ詳細に書いた。
それを書き記した手帳のメモ欄を破ると、サーラに渡す。
内容を確認する褐色肌の美少女。
「王国軍兵の数は?」
サーラの尋問は続く。
「お、およそ300人だ。敷地の外が特に厳重で、施設内部はそれほど多くない。」
「入場ゲートでの積み荷検査の頻度は?」
「に、入場パスを持ってる業者で新規じゃない者はほとんど検査されない。ごく稀に抜き打ち検査があるが、お、俺は今まで一度も受けたことが無い。今じゃ、顔パスも同然だ……」
「センターを警備する王国軍の大型兵器は?」
「タ、タイヤが左右3輪づつの砲塔を載せた大き目の装甲車が2~3台くらいで、あとは機関銃を搭載した軍用自動車が20台ほど……それと、少し前まで対空ミサイルが置かれてたけど、もう制空権を確保したとかで、この間撤去された……」
「戦車や歩兵戦闘車は?」
「ほ、『ほへいせんとうしゃ』ってのがどんなかはよく知らないけど、戦車はいない。これは間違いない。俺はあそこで戦車、というか無限軌道が付いた兵器は見たことがない。」
サーラは部長から貰ったメモ紙に尋問内容の要点を素早く追記する。
これが本当ならいよいよ「作戦決行」だ。
こちらが用意した戦力で十分な打撃を与えられる。
セティアの屈辱を晴らす時だ。
サーラは拳銃の銃口を部長の額に当てる。
「いいか。たった今から貴様は我々の“奴隷”だ。家族を殺されたくなければ言うことを聞け。僅かでもこちらの意図に反する行動を取れば、貴様の家族を常に監視している別働班が直ぐに行動を開始する。わかったか?」
部長は大粒の汗をかきながら、何度も必死に頷いた。
「わ、わわ、わかった。な、何でも言うことを聞く……だから、家族だけは……」
「よし……同志アスラン、そこのトンネル点検口に入れ。」
「了解しました。同志ベルカセム。」
アスランは指示通りに、トンネル内に設けられた道路公団の道路メンテナンス用車両専用の地下点検通路へと続く入口へと車を走らせる。
それにハジーンが運転するトラックも続く。
スロープ状になっている点検通路の地下奥にセダンとトラックは到着した。
「車から降りろ。」
サーラに言われるがまま部長は車を降りた。
そこには、完全武装した大勢のダニーク人の男女がいた。
そして、薄暗い点検通路の隅には作業服姿のスタントール人数人の死体が転がっている。
この点検通路の「本来」の持ち主たちだろう。
その死体を見て、部長はゾッとせざるを得ない。
間違いない。こいつらが、テレビや新聞で報道されてた「ダニーク人テロ組織」……ダニーク解放戦線だ……
部長は思い出した。すっかり忘れていた彼ら褐色肌の原住民たちの武装集団の名前を。
……
ダニーク解放戦線は、ファーンデディア南部オーレン県での武装蜂起後、物流の要である巨大港湾都市・セティアを激戦の末、占領。しかしその10日後に、圧倒的軍事力を誇るノルトスタントール王国陸空軍の大反攻により街は壊滅。辛くも街の地下に逃れた組織も、王国軍治安部隊の追撃と物資欠乏により死を迎えようとしていた。
しかし、聡明な革命指導者ゲイル・ベルカセムは街からの脱出経路兼外部連絡網を放棄された広大な地下構造物に見出し、愛する娘にして歴戦の戦士である少女サーラと彼女の指揮する革命親衛隊は、見事、指導者の期待に応えて地下連絡網構築に成功したのだ。ゴブリンが巣食っていた見捨てられた地下鉄と放棄された排水溝は、セティアの街から大きく外れた山間の河川治水ダムと、空爆により灰燼に帰した「原住民指定居住区」地下深く、放棄された治水施設に置かれた解放戦線本部とをほぼダイレクトに結んでくれたのである。
これにより解放戦線は息を吹き返し、本部内にいた重傷者や女子供老人等の非戦闘員を脱出させ、外部からは新鮮な食糧と武器弾薬を供給することが出来た。
一時的にセティアを離れたゲイルたち解放戦線主要幹部は、元々の拠点である南部オーレン県県庁所在地・オラン市をはじめとする各解放地域における主要拠点の地下拠点化を図り、今やその大半を完了。彼ら解放戦線最大の支援国であるアーガン人民共和国からの軍事支援も、途切れることなく継続されている。人民海軍大型特殊潜水艦に満載された各種軍事物資は、オラン市の小規模港湾施設を使って夜間など王国側の目を盗みながら細々と、しかし確実に陸揚げされていた。
共和国陣営による突然の軍事侵攻で幕を上げた大戦勃発から、もう1年が過ぎようとしていた。
今、サーラの父ゲイルが率いるダニーク解放戦線は従来の方針を転換。
強大過ぎる王国軍に正面から立ち向かうのではなく、人民共和国工作員から教授された「パルチザン戦法」を積極的に用いて、スタントール王国に対する戦線後方でのゲリラ・テロ攻撃をその主軸に据えていた。
今、サーラが指揮する戦闘部隊およそ50名のダニーク人戦闘員は、かねてより攻撃目標としていた特別行政区・アディニア市郊外に建設された「アディニア王国軍物流センター」への大規模ゲリラ攻撃を開始しようとしていた。
……
スタントール人の事業部長が運転していたトラックの積み荷である食糧や弾薬は全て降ろされ、ダニーク人らによって素早く「接収」された。
代わりに、待機していた完全武装のダニーク人戦士50名がすし詰め状態になりながら荷台に乗る。全員が人民共和国製の7.62mm弾使用の堅牢な自動小銃と対戦車ロケットランチャーで武装し、手榴弾やプラスチック爆弾などの各種爆薬も所持。
服装も統一されている。緑色をした専用軍服に階級章まで備わっていた。この軍服は人民共和国の支援品ではなく、彼らダニーク人の手によるものだ。戦うことの出来ない老婆や力の弱い女性たちが、一生懸命手作りで作成したものである。
部長がトラックの運転席に座り、その隣の助手席に歴戦の少女サーラが座る。
身に纏う軍服の階級章は、彼女が「少尉」であることを示していた。
「よし、トラックを出せ。何度でも言うが、少しでも予定の道から外れたり、おかしな行動を取れば直ぐに家族を殺す。」
「……わ、わかってる。言われた通りにする……誓うよ。」
部長は震える手でハンドルを握る。
ギアをセカンドに入れ、アクセルとクラッチを踏みセカンド発進。
スロープを登り点検通路を出て、トンネル本線に戻る。
行き交う車はいない。
部長にとっては永遠にも思える時間だったが、ダニーク人少女らによる襲撃からまだ10分も経っていない。
黄土色のカウンタービーム方式の照明が乳白色の天井蛍光灯に変わると、長いトンネルを抜ける。
その先には、朝焼けに陰る無数のビル群からなる大都市が眼前に広がっていた。
ファーンデディア最大の都市、特別行政区アディニア。
人口約400万人を扼する域圏の行政と経済の中心地。
だがサーラたちの目的地はこの街ではない。
その街の手前、郊外に存在する新たな王国軍の物流拠点。
超工業国家が、その持てる生産力の驚異をフル稼働させて僅か2週間で建設した「アディニア王国軍物流センター」。
ここを今から吹き飛ばしに行く。
既にサーラは頭の中に部長が書き記した内部構造を叩き込んである。
今、そのメモはトラック荷台ですし詰め状態になって戦いの時を待つ50人の戦士たちが回し読みしていた。
「な、なぁ。君たちをセンターまで送り届ければ、俺をか、解放……してくれるんだよな?」
怯え切った部長は、震える声でサーラに確認する。
「黙って運転しろ。」
スタントール人に激しい憎悪を抱く少女は、それを一蹴する。
部長は大いに冷や汗をかき、目に涙を浮かべて自分が置かれた現状を神に呪った。
クソッ!!どうして俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!!明日には家に帰って孫の顔が拝めると思ったのに!!畜生!!神様、俺がなにしたってんだよ……
やがてトラックはセンター近くのインターチェンジで自動車専用道路を降り、目的地へと辿り着く。
「アディニア王国軍物流センター・関係者以外立ち入り禁止」と大陸共通語で大書きされた素っ気無いアーチ状の看板があり、その下に軍の入退場ゲートがある。
サーラは小柄な身体を器用に助手席の足元に滑らせ、身を隠す。
油断なく拳銃の銃口を運転席の惨めな中年男に向けつつ念を押す。
「余計なことを話すな。少しでも変なことを口走れば家族を殺す。」
「……わ、わ、わかってる。」
元よりそんな度胸はこの男にはなかった。
兵士にはいつも通りに返事して、いつも通り物資集積場へと向かうつもりだった。
ゲートへと進むダニーク人ゲリラ兵を満載したトラック。
若い王国軍兵士がいつものようにトラックへと近づき、部長に話しかける。
「おはようございます、部長さん。今日はいつもよりちょっと遅かったですね?」
部長は顔を引き攣らせつつ、なんとか平常を保とうと心掛けた。
「す、すみません。ちょっと腹を壊しちゃったもんで……途中のパーキングでトイレに行ってました。」
「……そうですか。わかりました。構内速度を厳守して進んでください。」
兵士はゲート詰め所の入場バー制御係の兵士に腕を掲げて合図を送る。
入場ゲートのバーが上がる。
部長はほっと胸を撫で下ろした。
トラックはそのまま無事にゲートを突破した。
「このまま物資集積場の目立たないところへ進み、私たちを降ろせ。その後、貴様は入場ゲートまで戻ってそこでトラックを止めろ。いいな?」
「えっ?ゲートまで戻ってトラックを止めるのか?」
部長が驚きの表情で訊き返す。
「そうだ。指示通りにしろ。追加の指示はトラックの無線でこちらから送る。わかったか?」
「わ、わかった……」
部長はチャンスだと思った。
恐ろしい褐色肌の原住民共は集積場の隅で全員降りるようだ。
この悍ましい褐色の小娘も降りるらしい。
だとしたら、そのままゲートの王国軍兵士に通報しよう。
自分の家族も急いで守ってもらうよう手配してもらわないと。
部長はそんな考えを気取られないよう、怯えた顔を崩さずにハンドルを握る。
構内道路を進み、大型スロープを登ってセンター2階の物資集積場へと到着する。
早朝にもかかわらず、既に多くのトラックが行き交っていた。
ファーンデディア広域州南部から産出された様々な食糧や武器弾薬、ガソリン等が満載された燃料タンクが所狭しと置かれ、それを別の民間トラックや軍用トラックに手早く積むと、ファーンデディア北部の前線へと送られていた。スタントール王国のファーンデディアにおける交戦国、イェルレイム民主共和国の軍勢と戦う王国軍主力部隊の元へと。
部長のトラックは、そんな喧噪感漂う集積場の端、「荷下ろし場・第一番区画」とコンクリ路面に明記された薄いコンクリ壁で囲まれた一角にバックで駐車した。
ウィングが展開し、50名の完全武装のダニーク人たちが降車する。
助手席のサーラも、ドアを開けて外へと飛び出した。
それを確認し、部長はトラックを再度発進させる。
決して慌てず、ゆっくりとトラックはやって来た道を戻り入退場ゲートへと進む。
王国軍兵士たちは、それを訝し気な顔で見ている。
先程入場したばかりの民間トラックが、なぜもうゲートに戻ってきたのか。
兵士たちは少し警戒しつつトラックへと近づく。
あと少しだ。
あと少しで、自分は救われる。
あの若い兵士に洗いざらい早朝から体験した恐怖の出来事を話し、家族を守ってもらうようお願いしないと。
そんなスタントール人中年男の思惑を見抜いたかのように、トラックの無線に通信が入る。
ビクリと身体を震わせる部長。
恐々(こわごわ)その無線のマイクを取り回線を開いた。
「お、俺だ。」
『スタトリア。ゲートに着いたか?』
あの恐ろしいダニーク人の小娘からの通信だ。
「あ、あぁ、着いた。ゲートの兵士たちがこっちに近づいてくる。」
すると先程の若い王国軍兵士がドアをノックした。
「部長さん?どうかしました?もう荷下ろし終わったんですか?」
兵士が尋ねてくる。
部長は兵士に目で助けを求める。怯えきり、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を見た王国軍兵士は、近くの仲間たちに異変を伝えようとする。
「も、もう俺の役目は終わったんだろ?そうだろ?」
『あぁ、終わった。ご苦労……そのまま地獄まで吹き飛べ。スタトリア。』
直後、大爆発。
トラックの荷台から大規模な爆発が発生し、物流センターの入退場ゲートごとトラックを吹き飛ばした。荷台には、ダニーク人戦士たちが残していった非常に強力なプラスチック爆弾の束が置かれていたのだ。
サーラは、センター外で待機する別働部隊からトラックがゲートに到達したことを知らされると、爆弾の遠隔起爆スイッチを押した。
爆発の轟音がここまで響いてくる。
作戦第一段階成功だ。
サーラはスリングを引っ張り、背中にあった愛用の自動小銃を両手で構える。
弾倉を叩き込み、コッキングレバーを引いてセレクターレバーを「自動」に合わせる。
さぁ、戦争の時間だ。
褐色の美少女の身体を赤黒いオーラが包む。
50人の同胞戦士たちを見渡すサーラ。
「始めよう。全てのスタトリアに死を。」
「はいっ!!同志ベルカセム!!」
今、王国軍の新たな物流拠点に、血と鉛弾の雨が降ろうとしていた。
※この後書きは本編にほとんど関係ありません※
【新暦1925年9月15日付 スタトリアン王国通信社(中道右派メディア)
戦時特別報道新聞 五面記事(地域面)より抜粋】
●ダニーク人テロリストに警戒 ファーンデディア治安当局が市民に呼びかけ●
ファーンデディア広域州州警察本部は14日、州内全ての市民に対するダニーク人テロリストによるテロ攻撃への特別警戒声明を発表した。
ダニーク人テロリスト(自称:ダニーク解放戦線)は、主犯格のゲイル・ベルカセム容疑者(37)を中心としたダニーク人による人民主義系武装組織であり、今年1月14日、港湾都市・セティアを不法占拠したことで知られている。1月24日に実施された王国軍による大規模な反攻作戦でセティアが奪還された後は、地下に潜伏してファーンデディア各地で政府関連施設へのゲリラ攻撃や要人テロを繰り返している。
州警察本部は、州北部の対イェルレイム共和国戦線に武装警察のほとんどが動員されている現状を踏まえ、暫くは十分な対応が取れないこともあり、今回の声明を出すことによって市民に自主的な防衛措置を呼び掛けた格好だ。
既に、ファーンデディア州の一部の地域では地元住民(通称:センチネル)らによる独自の民間防衛組織も作られており、現在、このような「民間防衛」の動きはファーンデディアを中心に急速に広がりを見せている。
その民間防衛組織の一つ、ベゼラ地方の農業経営者らで結成された「センチネル民兵隊」の指揮官を務めるシャルル・オルフェナル氏(55)は本紙取材に対し、
「ダニーク人なんぞ全く恐ろしくない。奴らは、自分たちが我々センチネルに養ってもらっている惨めな存在である、という自覚を持たなければならない。我々王国臣民が、感謝を忘れた亜人にくれてやるのは銃弾だけだ。」
と語った。




