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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第三章  王国の反撃
22/63

21. セティア、脱出 後編

 マズルフラッシュが暗い放棄された排水溝内を断続的に照らす。

 その閃光が走る度、自動小銃を射撃しながら走る完全武装した褐色肌の人間たちの姿が闇に浮かぶ。

 

 その人間たちから、「彼ら」は全力で逃げていた。

 


 死にたくない。



 それが、今この場に居る「彼ら」の共通認識だった。

 彼らは緑色の肌をした地底の獣人にして、人間たちから「餓鬼」と罵られ蔑まれる卑しき存在、ゴブリン。

 ノルトスタントール連合王国ファーンデディア広域州にある巨大な港湾都市・セティアの地下に網目状に張り巡らされた様々な地下構造物、取り分けその構造物を作った張本人である人間たちから、存在すら忘れ去られた旧地下鉄線路や放棄された排水溝などで自分たちの王国を築き、細々と暮らしていた。 

 その王国に足を踏み入れる人間はほとんどいない。

 ごく稀に、浮浪者や物好きな地下探検家などが入って来るが、いずれも単独または少人数であり斥候班のゴブリンたちによって速やかに「排除」または追い出されていた。

 今回もいつものように威嚇の為に毒矢を放ち、一人を倒した。使用したのは弱毒の吐血性毒。毒を喰らった人間は派手に吐血して一時的に苦しむが、適切な治療を受ければ大事には至らない。

 これで大抵の人間たちは、仲間を抱えて恐れおののいて逃げていく筈だった。


 しかし、今回は違った。

 仲間を攻撃された人間たちは、ゴブリンたちに激しい「反撃」を加えてきた。

 それも数人ではない。ざっと2~30人以上はいる。

 こんなことは、この地下空間に住処を構えて以来初めての経験だった。

 ゴブリンたちに今や遺伝子レベルで刻まれた「鉄砲を持った人間」に対する恐怖が、必死に逃げる斥候班の彼らに襲い掛かっていた。

 次々と射殺されるゴブリン斥候たち。

 相手への目印になる松明たいまつを持っていることさえ忘れて、自分たちの王国へと逃れようとする。

 兎に角、「鉄砲を持った人間」たちから離れて「安全な」住処に戻らなければ。

 それが、敵意を持つ人間たちを自分たちの王国へと招き入れることになるとは考えもつかずに、がむしゃらに逃げた。仲間たちの元へ。生き延びて危険を知らせなければ。


……


 そんなゴブリンたちに激しい殺意を抱きつつ、人民共和国製自動小銃を発砲する褐色肌に緋色の瞳をした人間たち、ダニーク人。その完全武装のダニーク人たちの先頭に立ち、もっとも激しくゴブリンへ銃撃を加える美少女がいた。

 少女の名はサーラ・ベルカセム。

 彼女と彼女が指揮する戦士たちの目下最優先任務こそ、苦境に陥った自分たちが所属するダニーク人武装組織・ダニーク解放戦線を救う為、この地下世界を掃討して瓦礫の山と化した港湾都市・セティアからの脱出経路及び外部連絡通路を確保することであった。

 ゴブリンは、彼女たちにとって最低の障害である。

 人里を襲い、食糧や金品を略奪するという習性で知られるゴブリンは、サーラたちの後に続く女子供老人や重傷者を喜んで襲撃してくるに違いない。

 ましてや、その後は外部拠点とセティア地下の解放戦線本部を繋ぐ重要な物資供給連絡網となるのだ。

 そのような重要戦略ラインにゴブリンが存在するなど、言語道断である。

 皆殺しにしなければならない。


「同志ユーセフ!!絶対にあいつを逃がすな!!この地下空間に巣食うゴブリンを皆殺しにするぞ!!」

「はいっ!!同志サーラ!!」


 サーラは隣を走る、今や頼れる副官と言っても良い褐色の美少年ユーセフに指示を飛ばす。

 彼女の後ろには、解放戦線の精鋭たる革命親衛隊の勇敢な戦士およそ40名が続いていた。

 本部を約100名で出発したサーラたち革命親衛隊は、制圧した敵王国軍警邏の排水溝メンテナンス通路や地下通路の分岐点など、要所の警備に戦士を数名ずつ残していった為、今や人数は半減。

 さらに、サーラはゴブリンの毒矢による攻撃で負傷した戦士の手当てと後方警戒の為、約10名を残置。

 この付き従う40名で、ゴブリンを「絶滅」させなければならなかった。

 サーラは苦虫を潰したような顔をする。



 一体、この先にどれだけのゴブリンが巣食っているのか、全く見当が付かない。

 連中を殺し尽くすのに、手持ちの弾薬と爆薬で足りるのか。



 それが、この赤黒い戦闘オーラを放つ9歳になる少女の最大の懸念だった。

 絶滅寸前となり、人目を恐れて惨めに隠れ潜むゴブリンへの憐みの念など、ただの一片足りとも存在しなかった。


 絶滅、あるのみ。


 サーラは走りながら「労働者の国」製の7.62mm弾使用の堅牢な自動小銃を構え、尚も逃走を図るゴブリン共に狙いを定める。


 発砲。


 放棄された排水溝の澱んだ暗闇を、槍の如く鋭く尖った完全被甲弾フルメタルジャケットが切り裂く。

 緑色の卑しき地底獣人の後頭部へと叩き込まれる。

 被弾したゴブリンは脳漿と眼球を撒き散らし、前のめりに倒れて絶命した。


 ついに逃走するゴブリンは残り一匹。


 斥候班最後の生き残りとなったゴブリンの前方、排水溝の先の出口から青白く輝く鈍い光が差し込んできた。

 彼は光の中に飛び込むと、そこにいた同胞たちに警告した。


「ギャ、ギャギャッギャ!ギャギャーギャッギャッギャ!!(に、人間だ!今すぐ逃げろ!!)」


 直後、彼の頭部に命中した7.62mm弾は、これをスイカのように破裂させた。

 脳漿や眼球といった肉体組織を撒き散らし、即死。

 ひたすら真っ直ぐ仲間の元へ逃げ込んだ彼は、自分が大失態を犯したことに気付かないまま死んだ。その失態の代償は、彼の同胞たち全員の命を持って償われることになる。

 サーラたちも、すぐさま光の中へと躍り出る。

 

 そこは、やや広い打ち捨てられた排水ポンプ室だった。

 今はゴブリンたちの「農場」となっている。部屋を満たす青白い光は、腐った木材や生ゴミを苗床として「栽培」されている不気味なキノコの傘が放つ光であった。

 巨大な錆びついた排水ポンプが部屋の中央に2個配置され、その周囲を取り囲むようにキノコの畑は部屋一面に広がっている。他にも廃材で出来た檻が部屋の一角に設けられ、その中にはジャイアントラットや巨大ローチといった不快害虫獣が「飼育」されている。

 農場では、100匹以上のゴブリンが働いていた。

 小さな子供やメスゴブリンなどの「非戦闘員」が中心で、廃材を加工したと思しき「槍」や「剣」のような物で武装し、古びたフライパンや錆びついた鍋で頭と胴体を防護する「戦闘員」のゴブリンが数匹。


 サーラたち褐色肌の戦士たちは皆、驚きを隠せなかった。

 ゴブリンが「農業」をする……そんなこと聞いたこともなかった。

 思わずサーラも、その緋色の瞳を丸くする。

 恐らくロングニルあたりの人類学者が目の当たりにすれば、「世紀の大発見」と大喜びすることだろう。

 農場のゴブリンたちも、突然現れた大勢の「鉄砲を持った人間」に驚愕し、動きが止まる。

 そのゴブリンたちの様子を見て、サーラは自分が今「為すべきこと」を瞬時に思い出す。

 驚いている暇などない。


 

 殺せ。



 自動小銃のセレクターレバーを「単発」から「自動」にセット。

 一番近くにいた子供ゴブリンの頭を狙う。


 フルオート射撃。


 歴戦の少女は、愛用する人民共和国製自動小銃の反動を完璧に抑え、自分の手足のように制御する。

 その流れるような銃撃は、最初に狙いを付けた子供ゴブリンの頭部を吹き飛ばして瞬く間に10匹以上を撃ち倒した。

 サーラが射撃を開始すると同時に、革命親衛隊の戦士たちも銃撃を始める。

 次々と射殺される農場のゴブリンたち。

 「殺戮者」の集団から逃れようと、農場中のゴブリンたちがポンプ室奥の排水溝出口へと殺到する。

 その奥にある自分たちの王国へと逃れる為に。


「手榴弾だ!!」


 サーラが叫ぶ。それにユーセフ他数名の戦士たちが応じる。

 コンバットハーネスの胸フックに引っ掛けてあった手榴弾を手に取ると、素早く安全ピンと発火レバーを外す。

 一挙に出口へと殺到したせいで、団子状態となってつっかえてしまった緑肌の野獣の集団に向かって投擲。


 爆発。


 複数個の手榴弾は、ゴブリンの群れを惨たらしくズタズタに引き裂いた。

 爆発地点至近に居た者はもはや原型すら留めていない。

 人類学上の大発見とも言えるゴブリンの農場は、銃弾や手榴弾の破片を受けて苦痛に悲鳴を上げてのたうち回る10数匹のゴブリンを残し、壊滅した。

 辛くもポンプ室を脱出できたのは、4匹の子供ゴブリンだけ。

 サーラは配下の戦士たちに指示を飛ばす。


「3名ここに残り、まだ息のあるゴブリンに止めを刺せ。弾の無駄使いは控えろ。着剣して刺し殺せ。他の戦士は私に続け!このまま地底の獣共を殲滅する!」

「了解!同志ベルカセム!!」


 子供ゴブリンたちもまた、がむしゃらに走った。

 「王様」に報告しなければ……鉄砲を持った人間が襲って来たことを皆に知らせなければ……

 涙を流し、必死になって走る4匹の子供ゴブリン。

 後ろから追いかけてくる足音が、コンクリートが剥がれ落ち、雑然とした排水溝に響く。

 茶色の肌にあかい目をした「殺戮鬼」たちの殺意漲る足音だ。

 1匹の子供ゴブリンのメスが走りつつ後ろを振り返る。

 暗闇に、爛々とあかい目が複数光っている。

 次の瞬間。

 その闇を引き裂くマズルフラッシュが光る。

 後ろを振り返っていた子供ゴブリンの心臓と肺を、7.62mmの鉛の塊が容赦なく破壊した。

 

「ヒギャア!ヒギャアア!!(助けて!助けて!!)」


 その祈りの言葉は何処にも通じない。

 さらにもう1匹の餓鬼が頭部を粉砕される。

 残り2匹。


「ウギャアギャ!!ギャア!!(こっちにこい!!急げ!)」


 排水溝の先、大人のゴブリンたちが廃材のトタンで作った粗雑なフェンス状の扉から手招きしている。

 


 助かった!


 

 先を走っていた1匹は無事に扉の中に飛び込んだが、残りの1匹は頭と胴体に複数発の銃弾を叩き込まれ死亡した。

 サーラたちがフェンスに辿り着く直前、ゴブリンたちは扉を閉じ、かんぬきを入れて固く扉を閉ざした。

 これで一安心だとゴブリンたちは思った。

 だが、彼らは知らなかったのだ。人間の科学技術の恐ろしさを。 


「クソッ!なんだ、この扉は!?」


 粗雑なトタンと腐った木材で出来た即席のフェンス状の扉。

 サーラとユーセフは、その扉を蹴破ろうと足蹴りするもあまり効果が無い。


「どうしますか?同志サーラ?」


 褐色美少年のユーセフが部隊指揮官に指示を仰ぐ。


「危険だけど、吹っ飛ばすしかない。プラスチック爆弾をセットしろ!」


 サーラの後ろにいた男性戦士が扉の前に進み出て、肩に掛けた雑嚢ざつのうからレンガ程の大きさがある乳白色の粘土状の物体を取り出す。

 それをゴブリンの扉に貼り付け、信管を突き刺してコードを起爆装置と繋げる。

 十分に距離を取るダニーク人戦士たち。


「よろしいですか?同志サーラ?」


 起爆装置を持った戦士が、指揮官に確認する。


「あぁ、この排水溝がもってくれることを祈ろう。吹き飛ばせ。」


 男性戦士が、トリガー状になった起爆装置のスイッチを引く。


 爆発。


 衝撃がサーラたちにも襲い掛かる。

 幸い、放棄された排水溝はもってくれたようだ。一部損傷が目立つが、崩落するようなことはないだろう。

 一方、ゴブリンたちのフェンス扉は跡形も無く吹き飛んでいた。

 その後ろで扉を守っていたゴブリンたちも、無残な肉塊と化している。

 サーラたちは自身の銃火器を改めて点検。

 各自再装填を行い、次なるゴブリン集団の殲滅を目指して走り出した。


……


 その頃、辛くも生き延びた農場最後の生き残りの子供ゴブリンは、「王」であるゴブリンロードに事の次第を報告した。

 鉄砲を持った大勢の人間が襲ってきたこと。

 そして、農場が全滅したこと。

 それを聞いたゴブリンロードの顔は青ざめた。

 かつて、100年以上前に幼き日の自分が経験した「地獄」の記憶が呼び起こされる。


 金髪碧眼の白い肌をした人間たちが、幼少期のゴブリンロードとその仲間たちが平和に暮らしていた森の奥深くにある地下洞穴に突如、毒ガスを流し込んできた。洞穴のあらゆる箇所から、臭気が非常に強い着色の致死性ガスが流し込まれたのだ。

 次々とガスを吸って死んでいく同胞たち。

 たまらず彼の父と母、それに兄弟や仲間たちは唯一ガスが流れてこなかった出入口へと進んだ。

 そこでは、「鉄砲」と呼ばれる非常に強力な武器で武装した大勢の白人たちが待ち構えていた。

 高級スーツや特注品の狩猟服に身を包んだ上流階級のスタントール人たちは、手にした愛用の散弾銃や小銃、大型拳銃で穴から飛び出したゴブリンを一方的に次々と射殺した。

 当時のスタントール人上流階級の娯楽の一つ、「餓鬼狩り」である。

 ゴブリンロードの父も母も射殺され、父は首を切り落とされて見世物にされた。

 幼かったロードはただ一人、辛くも人間たちの目を盗みその場から逃げ出すことに成功。

 そして50年に及ぶ長い放浪の果てに、巨大な人間たちの街の地下に安寧の地を見つけた。

 否、見つけたと思い込んでいた。

 ロードの周りには、不安そうな顔を浮かべる仲間のゴブリンたちが大勢いる。

 その数、およそ1000匹。その内半分がメスと子供。

 ゴブリンロードの玉座と彼の王国の住処は、放棄された広大な地下鉄駅に存在していた。

 見捨てられた広大な地下構造物のあちこちから廃材を集めて建造されたロードの「宮殿」と民の住居は、壮麗とはとても言えないが、人間が見捨て忘れ去った地下空間に見事な居住空間を築いていた。


 もう「鉄砲を持った人間」たちはすぐそこまで迫っている。

 ロードは決断を下した。

 人間たちに降伏して、持てる全てを差し出して仲間たちの助命を乞う。

 これしかない。

 人間たちはあまりに強い。そして残酷だ。

 ゴブリンが決して勝てる相手では無いのだ。

 自分が人生の半分を掛けて築き上げた「王国」も全て人間に渡し、せめて仲間たちの命だけでも救わなければ。

 ロードは側近数名を連れ、人間がやって来るであろう駅メンテナンス通路奥の放棄された排水溝へと向かった。人間たちが降伏の意を示すのに使う、白い布を持って。


……


 サーラたちは破壊したフェンス扉を越え、更に先へと進む。

 すると、前方奥の排水溝右側面にある錆びついた鉄製扉が開き、何かが出てきた。

 油断なく自動小銃を構えるサーラたち。

 出てきたのは棒の先に結びつけられた白い布だった。

 その布に続いて、ゴブリンが数匹と明らかに装いが他のゴブリンとは異なる「王」と見られるゴブリンが現れた。

 「王」と思しきゴブリンは恐る恐る両手を上げ、「降伏」することを示しているようだった。


「……私の言葉がわかるか?貴様がゴブリン共の王か?」


 サーラは自動小銃を構えつつ、「王」らしきゴブリンとの会話を試みる。

 もし、話が通じなければこのまま射殺するつもりでいた。

 しかし、「王」はサーラの問いに頷き答えた。


「オ、オレ、オウサマ。ニンゲン、ツヨイ。オレタチ、マケ。コ、コロサ、ナイデ。」


 たどたどしい言葉で、ゴブリンの「王」はサーラに助命嘆願を試みていた。

 それにまたしてもダニーク人戦士たちは驚愕する。


 ゴブリンが人間の言葉を理解して、しかも話すことが出来るのか?


 だが、これはこの異世界における人類生物学上、特に珍しい発見ではない。

 ゴブリンはかなり限定的ながら人語を理解し、意思疎通は可能。

 ゴブリンも「国民」扱いとしているロングニルを中心とした学会では、もはや常識であった。

 しかし、そのような「常識」も国と地域が変われば「非常識」となる。

 ましてや、ゴブリンを「有害鳥獣」扱いにして絶滅寸前にまで追い込んで一顧だにしないノルトスタントールのような国なら尚更だ。

 

 一方、サーラは特段驚きを見せず、思考を次へと進めていた。



 殺さないでだと?私たちに降伏するつもりのようだが、罠の可能性もある。

 だが、もし本当に降伏するつもりなら……


 殲滅がより簡単になる。



 サーラは自分たちがゴブリンたちより圧倒的優位な立場にあることを理解していた。

 敵は粗雑な弓矢に剣や槍もどきの武器しか持っていない。

 こちらには強力な自動小銃と手榴弾、各種爆薬に……敵スタントール王国軍兵士の死体から奪った「とある重火器」がある。

 この「重火器」の使いどころが今なのかもしれない。

 サーラは降伏を申し出たゴブリンの「王」にある命令を下した。


「殺されたくないなら、仲間全員を一箇所に集めろ。1匹でも残っていれば、皆殺しにする。わかったか?」


 自動小銃を構えながら命令する人間の少女の緋色の瞳を見て、ゴブリンの「王」は背筋が凍るような思いをした。

 彼女は本気だ。

 従わなければ殺される。

 「王」は側近に目で合図を送ると、その側近はメンテナンス通路奥の「王国」へと戻って行った。


「ワ、ワカッタ。ゼンイン、アツメル。コノサキ、オレノイエ、アル。ソ、ソコニミンナ、アツメル。」

「さっさとしろ。時間をかければやはり殺す。今すぐ全員集めろ。」

「ワカッタ……イウコト、キク……オネガイ……コロサ、ナイデ。」


 ゴブリンの「王」はサーラたちを先導して自らの「王国」へと招き入れた。

 その先に広がる地下鉄駅と彼らの居住空間に、再びダニーク人戦士たちの目が丸くなる。

 もう驚いてばかりだ。

 自分たちが地上で激戦を繰り広げた街の地下深くに、こんなゴブリンの王国が広がっているとは想像もしていなかった。

 しかし、その驚愕は次第に嫌悪に変わっていく。

 言うなれば、彼らからしてみれば自分の家の床下にゴキブリが国を築いているようなものなのだ。

 嫌悪感は、仄暗い殺意へと変わる。

 

 既にゴブリンたちは一箇所に集められていた。

 ゴブリンロードの宮殿の中。腐った木材にトタンや崩れ落ちたコンクリ片などを寄り集めて作られた、この王国で一番大きな建物。

 サーラは一度宮殿の中に入り、およそ1000匹のゴブリンがすし詰め状態で集まっているのを確認した。

 「王」とサーラは、共にゴブリンたちがうじゃうじゃとひしめく大型バラック家屋を出る。


「同志ハジーン。ちゃんと装備しているな?」


 サーラは男性戦士の一人の名を呼んだ。

 精悍な顔つきをした褐色の戦士ハジーンがサーラの前に現われる。


「はい、同志サーラ。」


 そのハジーンは背中に大型のタンクのようなものを背負い、タンクから伸びるホースの先には「何か」を放出する巨大なノズルガンが両手に握られていた。

 火炎放射器である。


「よろしい。あそこに害獣共が全て集まっている。残らず焼き払え。」

「わかりました。同志サーラ。」


 ハジーンは火炎放射器のノズルをゴブリンロードの宮殿に向けるとトリガーを引き絞った。


 猛烈な炎が一条の線となって宮殿に降り注ぐ。


 ゴブリンロードの宮殿は大炎上し、中にいた彼の「国民」の悲惨な断末魔が広大な見捨てられた地下鉄駅をどこまでも木霊した。


「ギャアアァァーー!!ギャアアァァーー!!」

「ウギャギャギャー!!ギャギャアァーー!!」


 それをサーラの隣で呆然と見つめるゴブリンロード。

 ふと横を見ると、仲間を焼き殺すよう命令した褐色の「殺戮鬼」が、腰のホルスターから炎に照らされ銀色に輝く小型自動拳銃を取り出し、自分の方へ銃口を向けていた。


「……ナ、ナンデ?ナンデ?オレ、コウフクシタ……ナ、ナンデ、ミンナ、コロシタ?」


 銃口を前にして、遺伝子に刻まれた圧倒的な恐怖がゴブリンロードの心を支配する。

 だが彼はそれを何とか押さえ、絞り出すようにどうしても聞かざるを得ない疑問を口にした。


「お前たちは戦わなかった。圧倒的な敵にすぐさま屈服し、自分たちの全てを曝け出した。だが、お前たちは私たちの望むものなんぞ、何も持っていない。何の価値も無い。むしろ、その存在が邪魔だ。だから殺した…………私たちは違う。お前たちのように、惨めに降伏したりしない。どれだけ敵が強大で恐ろしかろうが、私たちは……私は……死ぬまで戦う!それを放棄した貴様のような奴は、無様に負けて死ね!!」


 発砲。


 9mm弾はゴブリンロードの額を叩き割り、後頭部から破壊の限りを尽くされた脳細胞を鉛の破片と共に噴出する。

 激しい怒りの念が込められた弾丸は、100年以上生き永らえたゴブリンに絶対の眠りをもたらした。


 少女の怒りは、このゴブリンに向けられたものではない。

 彼女たちダニーク人が4日間に渡る激戦の末、辛くも手にした「始まりの街」こと巨大港湾都市・セティアを、強大なる敵……ノルトスタントール連合王国は、たった1日で灰にし易々と奪還した。

 それを目の当たりにし、恐怖に竦み上がって「和平」を唱え始めた同胞に向けられたものだ。


 如何に敵が強大であろうと、戦わずして降伏した時、その国や民族の歴史は終わる。

 現実世界での具体例を挙げるまでも無い。

 歴史の教科書は、戦わずして敵に屈したせいで歴史の表舞台から消え去った民族や国のリストで埋まっている。


 この異世界でも、その真理は変わらない。


 サーラは戦い続ける。

 圧政者スタントールを倒し、ダニーク民族の自由を手に入れる為に。

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