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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第三章  王国の反撃
21/63

20. セティア、脱出 前編

 大戦がその流れを大きく変えようとしていた頃。

 私たちダニーク人は、瓦礫と死体の山と化した「始まりの街」から脱出を試みる。

 だが、決して「始まりの街」を見捨てたりはしない。

 地下深くを進み、外部との安全な連絡網を築くこと。

 それが私と私の戦士たちに与えられた指導者からの至上命令だった。


 例えそれが、地下で蠢く「スタントールではない敵」と戦うことになろうとも、

 私は民族の自由の邪魔となる全ての者に、一切容赦はしない。

 微かに灯る照明が、暗い排水溝を照らす。

 その排水溝を、人民共和国製の自動小銃で武装した褐色肌の精悍な顔つきをした男女の一団が走る。

 今が昼なのか夜なのか、もう彼らにはわからなかった。

 誰もが疲労困憊し、走る足元も時折、覚束おぼつかなくなる。

 だが、今は全力で走らなければならない。

 強力な銃火器で武装した「敵」が直ぐそこまで迫ってきているからだ。


 彼らは、ファーンデディアと呼ばれる肥沃な大地と豊富な地下資源を産出する「神々に祝福されし土地」に、遥か古代より暮らす褐色肌の原住民・ダニーク人。

 彼らの「敵」とは、およそ1500年前に海の向こうからファーンデディアにやってきた「支配者」、金髪碧眼の白人種・スタントール人である。

 正式国号・ノルトスタントール連合王国。人口約3億人。

 世界第二位の国内総生産を誇る、広大な国土の超工業大国である。

 今、この恐るべき工業国家は大戦という国家存亡の危機に晒された後、不屈の精神を持つ若き女王の下で一つに纏まり、その生産力の驚異を余すところなく発揮していた。


 そんな圧倒的な敵に戦いを挑むダニーク人たちの武装組織・ダニーク解放戦線は、大戦勃発直後にゲイル・ベルカセムという若く逞しいカリスマ性溢れる指導者に率いられ武装蜂起。蜂起後、しばらくは優勢に駒を進め、遂にはスタントール人のファーンデディア広域州における重要物流拠点、巨大港湾都市・セティアを攻略するまでに至った。

 だが、それは眠れるエンシェントドラゴンの尾を踏むのに等しい行為だった。

 そのドラゴンさえも瞬殺する強大な王国の軍勢は、瞬く間に彼らダニーク人が「不法占拠」したセティアの街を、圧倒的な空軍力を持ってダニーク人ごと吹き飛ばしたのであった。

 今、地上の拠点を失ったダニーク解放戦線は、セティアの街の地下深くに網目状に広がる排水溝や地下鉄に逃げ込み、スタントール王国軍の放った猟犬の如き掃討部隊に追われる日々を強いられていた。



「うわっ!痛っ!!」


 褐色の若い女性戦士が、覚束ない足取りと焦りのせいで段差に躓いて大きく転倒する。

 空腹状態が続いていたことに加えて、この薄暗い排水溝内を全力疾走だ。

 もう体力の限界に来ていた。それに、どうやら足をくじいてしまったようだ。

 立ち上がれない。

 すぐさま傍にいた男性戦士が、彼女を助けようと戻って来る。

 しかし、彼女はそれを拒んだ。


「私のことはいい……ハァハァ……先に行って……スタトリアはすぐそこまで迫ってるわ……」

「何を言ってるんだ、アネット!!立って走れ!!味方部隊はきっと近くまで救援に来てる!諦めるな!」

「ねぇ、もう体力はほとんど残ってないの……ハァハァ……残された力で何とか奴らを足止めする……早く行って……」

「アネット……ダメだ。さぁ、肩を貸すから立ってくれ。」

「もういいの、ハジーン。あなたは仲間たちと共に生き延びて……足手まといの私を連れて行けば、必ず奴らに追いつかれる……生き残って「ダニークのファーンデディア」を勝ち取って……お願い……」


 アネットと呼ばれた女性戦士は、自分を助けようと懸命な男性戦士の頬に右手で力なく触れる。

 ハジーンと呼ばれたその戦士は、涙を浮かべながら彼女の弱々しくなった手を一度握り返すと、後ろを振り返ることなく排水溝奥へと走り去った。

 アネットの頬を一筋の涙が伝う。


 もう、覚悟は決めた。


 一人でも多くのスタントール兵を道連れにする。

 人民共和国製の堅牢な自動小銃の弾倉を一旦外し、残った7.62mm弾の数を確認する。

 残り10発くらいだろうか。敵の襲撃を受けた時、無駄にばら撒いてしまったことを後悔する。

 残弾僅かとなった弾倉を再装填し、コッキングレバーを震える手で何とか引いて戦いの準備を終える。

 排水溝の奥からライトの光が見えてきた。

 自分たちを執拗に追撃してくるスタントール王国治安部隊の兵士たちが装備する、5.56mm弾を使用する軟弱な自動小銃の銃口に取り付けたライトの光だ。

 アネットは残された最後の力を振り絞り、ライトの方向へと銃を構える。

 彼女の緋色の瞳が、照星の先に蠢く光の筋を捉える。


 発砲。


 引き金を断続的に引いて、単発射撃。

 直後、ライトの一つが地面に落ち、人影が倒れた。

 


 やった。一人倒した。



 アネットがそう思った次の瞬間。ライトの光が彼女に浴びせられ、直後に激しいマズルフラッシュが暗黒の排水溝を照らす。

 王国軍兵士による反撃だ。

 たちまち彼女の周りに敵弾が降り注ぎ、その内数発が彼女の足や腕に命中する。

 鋭い焼けるような痛みが、脳へと伝達される。


「ぐっ!!ま、負けない……ダ、ダニークのファーンデディア、バンザイ!!」


 人民共和国製自動小銃のセレクターレバーを「自動」に合わせ、残った数発全てを発射。

 直ぐにトリガーは残弾ゼロを示す乾いたクリック音を出す。

 自動小銃を傍らに置き、腰のホルスターから最後の武器である王国警官仕様の9mm自動拳銃を取り出し、安全装置を外して発砲しようと構える。

 だが、それを阻止するかのように更に王国軍兵士の銃撃が浴びせられ被弾。

 身体にも数発を受け、拳銃を取りこぼしてしまう。


 もはやこれまで。

 彼女は覚悟を決め、コンバットハーネスのフックに引っ掛けてあった手榴弾を手に取り、安全ピンを引き抜こうとする。


 その時。


 突然、彼女の真後ろから銃撃音とマズルフラッシュが炸裂する。

 一人の少女が、アネットが持っている自動小銃と同じ銃を構え、彼女の傍を通り過ぎると、敵王国軍兵士に向かって正確な射撃を加える。瞬く間に、追撃部隊の敵兵は撃ち倒され、アネットの手前で蠢いていた銃口のライトの煌めきは、全て地に落ち消えた。


 アネットは霞んでいく景色の中で、その少女の名を呼んだ。


「ど、同志サーラ……」


 すると少女はアネットの方を向き、手持ちの医療キットを広げて彼女に応急処置を試みる。


「死んではダメ!同志アネット!あなたは絶対に助ける!……同志ユーセフ!!彼女を急いで本部へ連れて行け!急げ!」

「はい!同志サーラ!!」


 サーラに応急処置を施されたアネットは、後ろから抱きかかえられ、まだ10代半ばくらいの若い男性戦士の肩に担がれると、排水溝の奥へと引き摺られるように連れて行かれる。

 直後、先程別れたハジーンも駆け寄ってきて、ユーセフとハジーンの2人で彼女の両脇を抱えつつ地獄からの退避に成功した。

 

 死を覚悟したダニーク人の若き女性戦士は、こうして辛くも一命を取り留めた。

 伝説的な歴戦の少女のお陰で。

 その少女の名は、サーラ・ベルカセム。

 この異世界で、恐らく誰よりもスタントール人を憎み、誰よりもスタントール人を殺したダニーク人の弱冠9歳の美少女。

 彼女が年相応の可愛らしい笑顔を見せなくなり、もう半年以上が経過しようとしていた。


……


 港湾都市・セティアのコンテナターミナル近くに存在したダニーク人居住区画である「原住民指定居住区」……今は王国空軍戦略爆撃機の猛空爆によって跡形も無く瓦礫の山と化した一帯の地下深く、都市行政に見捨てられ忘れ去られた治水施設の一つである巨大な調圧水槽に、ダニーク解放戦線の本部はあった。

 今、解放戦線の頭脳とも言うべき「解放戦線人民評議会」の最高幹部会議が、本部の隅に設けられた会議室で催されている。

 彼らの指導者、ゲイル・ベルカセム総書記長は会議机の最上座のパイプ椅子に腰掛け、その顔は険しい。

 そんな彼の前では、幹部たちが「とある議題」について賛否両論の意見を激しく戦わせていた。

 会議は大いに紛糾。怒号が飛び交っている。

 ゲイルの顔を顰めさせ、幹部たちが意見を真っ二つに割り論争するその議題とは、このセティアを放棄するか否か、であった。


「もう食糧も弾薬も底をつきかけてる。今すぐにでもこの灰になった街を離れて、俺たちの本来の根拠地であるオーレン県に戻るべきだ!そこで、軍を再編成し、地下拠点を構築して防備を固め、王国軍の本格的な全面反撃に備えなければ!このままじゃ、解放戦線は壊滅だ!!」


 そう唱える「放棄賛成派」は、屈強なダニーク人の大男のラルビである。

 ゲイルと同じ農園で働いていた彼の親友で、武装蜂起の時から行動を共にする勇敢な戦士。

 配下の戦闘部隊は、解放戦線の貴重な戦力の一つとして各地で勇戦してきた。


「私たちの街を「灰」呼ばわりとは随分じゃないか!?えぇ?オッサン?ふざけんじゃないよ!この街を見捨てて逃げ出したら、それこそ解放戦線はオシマイさ!王国のクソッタレ共に、小便ちびらせて逃げ出した臆病者呼ばわりされるのがオチだ!放棄なんて許さないよ!」


 ラルビに食って掛かり、舌鋒鋭く反論するのは筋肉逞しい妙齢の褐色美女、モルディアナである。

 彼女とその取り巻きの幹部たちは、他ならぬこのセティア出身。

 ファーンデディアの物流の要を、縁の下で支えてきた逞しき元・港湾労働者たちだ。

 彼女は、このセティアで昔ゲイルと共に「ダニーク自由民権運動」というダニーク人の権利拡大と平等を求める平和的な運動を展開してきた。

 そして、ゲイルが当局の弾圧から逃れる為にセティアを離れざるを得なくなった後も、彼女はこの街に残り、仲間を集めてスタントールに対抗してきた。

 そんな彼女にとって、生まれ故郷でもあるセティアを放棄するなど、言語道断であった。

 

 斯くして、王国軍によるセティア大反攻作戦が行われるまでは一枚岩に固まっていた解放戦線は、セティア放棄問題を皮切りに分裂の兆しを見せつつあった。


「この筋肉女が!もっと大局的に物事を考えろ!今、このセティアにしがみついていたら、待ってるのは物資の欠乏による無残な死だ!!オーレン県に戻れば、周辺町村落が無償提供してくれる食糧があるし、拠点都市・オランの港なら、僅かながらでも人民共和国からの軍事物資を受け取れる!こんな無残に敗北したってのに、人民共和国は支援を継続すると約束してくれたんだぞ!?そこらへん、ちゃんとわかってるのか!?」

「ウダウダとうるせぇんだよ!!図体ばかりデカいクソ野郎が!第一回人民公会議が開かれたのはどこだよ?えぇ!?オランとかいうクソ田舎じゃねぇだろ!!このセティアで、ゲイルは私たちに希望を語ったんだ!!その歴史的意義を忘れて、何が「革命」だ!何が「民族の自由」だ!ふざけんなってんだ!!」

「歴史的意義で、飢えに苦しんでる戦士たちの腹が満たされるってのか!?筋肉ダルマ!!」

「……表に出な、ラルビ。テメェの思い上がった脳天をカチ割ってやる!!」


 今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな大男と筋肉女に、双方の側に立つ幹部たちは大いに動揺する。


「モ、モルディアナ姐さん。とりあえず落ち着こうぜ。殴り合ったってどうしようもないよ。腹が減るだけだ!」

「ラルビ、一旦座れよ……気持ちはわかるけど、そんなに興奮するなよ……」


 両者の幹部たちが、それぞれの肩や腰を掴んで相手に飛び掛かりそうな代表者を何とか物理的に食い止める。

 それをゲイルは、更に顔を顰めて見つめる。


「もうラチが明かねぇ……ゲイルに決めてもらおうや。それが確実だ。ゲイルの判断は常に正しかった。あの時、俺たちがもっと真剣にゲイルの言った王国空軍の脅威を聞いてりゃあ、セティアの同胞たちが大勢死なずに済んだんだ。ゲイルに決めてもらおうや……なぁ、筋肉ダルマ女さんよ!!」

「上等じゃねぇか!!デカブツ野郎!!ゲイルが決めたことなら、私は一切文句を言わない!」

「今の発言を忘れるなよ?ど・う・し!?」

「あぁ、忘れねぇよ。クソッタレの早漏野郎が!」


 激しい罵り合いをしていたラルビとモルディアナは、興奮冷めやらぬ面持ちで上座のゲイルを見る。

 彼らダニーク人の最高指導者は、ようやく重い口を開いた。


「……終わったか?餓鬼の罵り合いは?どうだ、清々したか?」


 ゲイルは厳しい表情でラルビとモルディアナを睨み付ける。

 すると両者は互いに申し訳なさそうに項垂れた。


「……す、すまない。ゲイル……頭に血が上った様だ。面目ない。」

「……わ、私は、ただ……いや、すまない、ゲイル……」


 ゲイルは一度深い溜息をついて、言葉を続けた。


「いや、お前たち2人の言うことは両方とも正しい。このままセティアに残れば、待っているのは物資欠乏による物理的な死。その一方、「始まりの街」を見限り、己が生存を優先して逃げ出せば、ここぞとばかりに王国の右派メディアは我々をこき下ろして嘲笑うだろう。それは築き上げた名声の死を意味する。「中間層」や「親スタントール派」の同胞が、以後我々に味方することは未来永劫無くなってしまうだろうし、支持してくれた同胞からも見限られる恐れがある。」


 ゲイルがそう言うと、モルディアナの顔が明るくなり、ラルビの顔は更にばつの悪そうなものとなる。


「だが、物理的な死と名声の死、そのどちらを取るかと言われれば、俺はこう答える……

 どちらも取らない!!

 セティアは放棄せずに残存部隊を残し、本隊は一度オーレン県へ撤収する!だが、解放戦線の本部は飽く迄セティアだ!そして、来たるべき「ダニークのファーンデディア」首都は、他ならぬここセティアだ!!」


 この発言に、幹部の誰もが驚愕した。

 どちらかを取らなければ、解放戦線は滅んでしまうものと思って激論を交わしていたのに、指導者はどちらも取らないと力強く宣言したのだ。

 しかも、独立ダニークの新国家の首都をセティアと明言した。

 これに、モルディアナをはじめとするセティア出身の幹部たちは皆、感激のあまり涙を浮かべる。


「だ、だだ、だけどゲイル!それだと、セティアに残る者たちに「死ね」と言うのと同じなんじゃ……」


 筆頭幹部の一人、ベンが恐る恐る指導者に意見具申する。

 すかさず、モルディアナが反論する。


「ゲイルがここを守る為に死ねっていうんなら、私たちセティアのダニーク人は喜んで死んでやるよ!!我々解放戦線は、決してセティアを見捨てずに華々しく散ったって、スタトリアのクソッタレ連中にわからせてやる!」


 この発言に、ゲイルは「待った」をかけた。


「いや、モルディアナ。決して俺は「死ね」等と命じない。セティアの広大な地下構造物は、市役所や水道管理局から略奪した資料によると、どうやら市郊外の排水処理施設や治水用河川ダムまで繋がっているようだ。我々はその地下構造物の実態を調査し、敵を排除して地下連絡網を建設する。そして、セティアと拠点のオーレン県までの安全な物資供給ラインを早急に構築して、何があろうともセティアを堅持してみせる!」

 

 幹部たちからどよめきが上がる。

 それと同時に、自分たちの見識の狭さを恥じた。

 もう、セティアを放棄するか名誉の為に死ぬかのどちらかしかないと、勝手に決めつけていた。

 一気にダニーク人たちの顔に希望が戻ってきた。

 余りにも圧倒的な王国軍の恐ろしさを目の当たりにして、思考が停滞していたようだ。

 やはり、ゲイル・ベルカセム書記長は自分たちより数段も頭が良い。

 彼は、ダニーク人に道を指し示してくれる。

 解放戦線は、再びゲイルの下で一つに纏まった。


「異論がある者はいるか?」


 ゲイルは幹部たちを見渡した。異論がある者はただの一人もいなかった。

 むしろ皆、溌剌とした表情に戻り、顔は輝いている。

 解放戦線のリーダーは一度力強く頷くと、椅子から立ち上がり改めて命令を下した。


「よし!ならば早速取り掛かろう!!外部への脱出経路及び後の連絡網確保の為、大至急で部隊編成に入れ!連絡網確保の後、重傷者と子供老人の移送を最優先で行う!!各自、仕事に取り掛かれ!!」

「了解!!同志ベルカセム!!」


 解放戦線幹部全員が立ち上がり、全幅の信頼を寄せる指導者の号令に見事な敬礼を持って答えた。


 地下にドブネズミのように身を潜め、意気消沈し滅びを待っていたダニーク解放戦線は、再び息を吹き返した。

 彼らの民族の自由と祖国を求める闘争は、決して終わらない。


 会議室を飛び出した幹部たちは、自分の担当部署の者たちに指導者の命令を伝え、その活気はすぐさま解放戦線全体へと波及した。

 

 幹部たちが出て行き、静かになる最高幹部会議室。

 そこには、命令を下した指導者とその娘にあたる少女が残っていた。

 ゲイルは、信頼を置く戦士にして愛娘のサーラに微笑みかける。


「……これでよかったと思うか?サーラ?」


 今、この部屋には父娘の2人きり。公の場では無い為、ゲイルは指導者から父親に戻っていた。


「うん、素晴らしいと思う。私も、ここでスタントール人と死ぬまで戦うって勝手に思い込んでた。」


 どうやらこの歴戦の少女は「放棄反対派」だったようだ。


「そうか。サーラは街を放棄するのは許せなかったんだね。」

「父さんがあの素晴らしい演説をしたこの街を見捨てるなんて、私は許せなかった。ねぇ、父さん。こんなこと言いたくないけど、ラルビおじさんとベンおじさん……それに母さんには、少し気を付けたほうがいいかも……」


 サーラは俯きながら父に意見を述べた。

 それを聞いてゲイルは驚きを隠せなかった。

 この10歳に満たない少女は、既に見抜いていたのだ。


 この解放戦線に入り始めた軋轢を。

 分裂の兆しを。

 

 特に、ゲイルの妻アスリは、今や前線で戦うことの出来ない後方支援要員のか弱いダニーク人女性たちのリーダー的存在となり、その影響力は日々増大している。

 今のところ、特に組織への大きな影響は具体的には無いが、ここ最近アスリは、王国軍のあまりにも圧倒的な力を目の当たりにして、何とか平和的に交渉できないかと模索している様子だ。

 そんなアスリの相談に、時折ベンやラルビが乗っていると、ゲイルは親友である本人たちから直接聞いていた。


 実は、他ならぬゲイルも妻アスリからそのような話を持ち掛けられたことがある。

 だがゲイルはそれを一蹴した。

 「如何に絶望的な状況だろうと、闘争をやめた時点で奴隷に戻ってしまう。」

 そう言って、「スタント―ルとの対話を考えるべき」と申し述べた妻の言葉を退けた。

 以後、ゲイルとアスリはほとんど口を利かなくなってしまった。

 ベルカセム夫妻の関係は、過去最悪レベルに悪化していると言っていい状態である。


 問題は、それが一般的な夫婦のすれ違いで済む話では無い、ということだ。


 スタントールとの対話を求める者……所謂いわゆる「和平派」と称する者たちが、「指導者の妻」アスリを中心として少数ながらも一定の勢力を解放戦線内に築きつつある。

 現状、その「和平派」は特に具体的な行動は起こしていないが、これは近い将来、組織分裂の火種になる恐れがある。

 ゲイルはそれを大いに懸念していた。

 そんな懸念に、聡明な歴戦の少女は気が付いていたのである。


「……流石だね、サーラは。やはり気付いていたのか。」

「うん。母さんが、互助会のお婆さんや奥さんたちと「スタトリアとの話し合い」のことを、よく話題にしてたから。それに私も最近、母さんとはあまり話してないし……」


 アスリは内心サーラのことを恐れていた。

 武装蜂起と共に父親と戦場へと赴いた娘を、最初の頃は酷く心配していたが、こびり付いた硝煙と血の臭いを纏う娘のことを、次第に母アスリは恐怖を抱くようになってしまった。

 アスリは努めてサーラにそのことを気付かれまいと頑張ってはいたが、聡明な少女は、母の心の底に渦巻く変貌してしまった娘への恐怖に気付いていた。

 戦争は、確実に親子の絆さえ引き裂いていた。


「早く戦いを終わらせて、自由を勝ち取ろう。そうすれば、全てが良くなる。約束するよ、サーラ。」


 ゲイルは暗い表情をして下がり気味になった愛する娘の肩に、優しく手を乗せる。

 サーラはその手を握り、おもてを上げて決意を新たにする。


「そうだね、父さん……では、地下構造物調査の為、革命親衛隊の再編成に取り掛かります。同志ベルカセム。」

「頼んだぞ!同志ベルカセム!……これは俺の推測に過ぎないが、地下に潜む「敵」はスタトリアだけとは限らない……見捨てられた地下深くにはどんな「怪異」が潜んでいるかわからない。十分に注意せよ。」

「えっ?……わかりました、同志。あらゆる状況に対応できるよう、戦士に注意徹底させます。」


 サーラは父の言う「怪異」とやらがよく分からなかった。

 だが、すぐに「ソレ」が如何なるものか、サーラと彼女が指揮する革命親衛隊は目の当たりにすることになる。


……


 サーラは指揮する革命親衛隊の部隊再編を早急に終わらせ、地下連絡網構築の任務へと出発した。

 戦士全てに残された貴重な食糧を十分に与え、限られた武器弾薬も規定数以上に配った。

 ダニーク解放戦線の未来は、今やサーラとその親衛隊の双肩に掛かっていると言っても過言では無かった。解放戦線の他の戦士たちや後方要員の女性たち、それに空爆とその後の地上戦から辛くも生き延びたダニーク人の民間人たち、無数の同胞たちに見送られながら、革命親衛隊は本部のある調圧水槽から外部へと伸びる排水溝の中を突き進む。


 先頭を行くサーラは、油断なく人民共和国製の自動小銃を構え、その隣には信頼する戦士の一人である褐色の美少年のユーセフが続く。

 その後ろ、革命親衛隊およそ100名の完全武装した褐色肌の男女が、周辺警戒しつつ進む。


 広大なセティアの地下構造物は、何十年も増改築を繰り返して迷宮のように入り組み、サーラは時折セティア市の公的機関から押収した地図を頼りに進んだ。

 地下では日の経過がまるでわからない。

 サーラは腕時計をしっかり確認し、本部を出発してからの経過時間を記録する。


 既に本部を出発し、半日以上が経過しようとしていた。

 接敵は無し。

 とにかく時間との勝負である。

 こうしている間にも、本部の物資は払底しようとしているのだ。

 根拠地との連絡網を確保して、重傷者と子供老人を移送し、物資を届けなければならない。


 さらに数時間が過ぎ、次第に排水溝はその口径の大きさを増し、水量が増えてくる。

 サーラは地図を確認する。

 もうそろそろセティアの街郊外に到達しそうだ。

 この排水溝の先は、河川用排水処理施設に繋がっているようだ。

 巨大なトンネル状の排水溝の左右両脇に設けられたメンテナンス通路を警戒しつつ進むサーラたち。


「同志諸君。止まれ。静かにしろ。」


 大量の水が勢いよく流れる排水溝のメンテナンス通路の先に、サーラは見つけた。

 スタントール兵である。

 地下に逃げ込んだ褐色の原住民共に備え、公共施設へと繋がるこの道を警邏している。

 その数、およそ10人。


「どうします?同志サーラ?」


 ユーセフが指揮官に指示を乞う。

 サーラは構えていた自動小銃を背中に回すと、腰からコンバットナイフを取り出した。


「一人づつ殺す。皆は、万が一に備えて待機して。」

「わかりました。同志サーラ。」


 サーラは腰を屈めてナイフを逆手に持ち敵兵に近づく。

 革命親衛隊の戦士たちは、そんな恐れを知らない指揮官を援護する為、同じように静かに散開して配置につく。


 サーラに後ろ姿を見せるスタントール兵。

 その接近に全く気付かない。豪快な音を立てて流れる膨大な水が、サーラのごく僅かに発せられる足音を見事に掻き消してくれた。

 十分に敵兵に接近すると、サーラはナイフをかざした。


 喉の肉と動脈が斬り裂かれる感覚がナイフ越しにサーラの手に伝わる。


「うごっ……ゴプッ!」


 スタントール兵の男は喉から夥しい血を流して絶命した。

 1人排除。次だ。

 通路脇に備えられた作業小屋の中におもむろに入っていくスタントール兵に狙いを定める。


 またしても後ろからの奇襲。

 今度は飛び掛かって首の右側に鋭い一撃を見舞い、兵士が倒れたところを追撃。

 心臓にナイフを突き立て止めを刺す。

 2人目。


 3人目が、先程サーラが最初に殺害した兵士の死体に近づいて行く。

 死体の存在に兵士が気付く。


「うん?なんだ、あれは?」


 警戒しつつ死体に近付く敵兵。

 直後、突如ナイフが兵士の額に突き刺さった。即死。

 ユーセフが投擲したコンバットナイフだ。

 3人目。


 直後、味方兵士が倒れたことに気付いた通路奥の王国軍兵士が、周囲の味方に警告する。


「て、敵だ!!ダニーク共だ!!」

「クソッ!!気付かれたか!!殺せ!!スタトリアを始末しろ!!」


 サーラはスリングを回して背中の自動小銃を構える。

 素早くセレクターレバーを「単発」にセットし、敵兵に照準を合わせる。


 発砲。


 7.62mm弾は薄暗い排水トンネルの澱んだ空気を切り裂いてスタントール兵の男の頭部に命中する。

 圧倒的な運動エネルギーが兵士の頭蓋をヘルメットごと叩き割り、後頭部から脳細胞を飛散させる。

 その直後、スタントール兵も反撃。

 革命親衛隊の戦士たちも、次々に発砲し、スタントール兵に銃弾を浴びせる。

 既に配置につき、準備万端整えていた親衛隊戦士たちは、突然現れた武装原住民に驚く王国軍兵士をすぐに圧倒した。残り7人のスタントール兵は射殺された。

 部隊に損害は無い。先を急がなければ。


 だが、そんな彼女たちに別の脅威が迫っていた。

 

 兵士を排除した先、排水処理施設へと続くメイン通路は、頑丈なシャッターによって物理的に封鎖されていた。どうやら、サーラたちの侵入が先程の兵士たちによって報告され、施設職員がシャッターを作動させたようだ。

 銃弾や手榴弾も効果なし。

 やむを得ず、メイン通路脇にある錆びついた格子で塞がれた放棄された排水溝を進むこととした。

 その先は、地図によれば河川治水用小型調整ダム付近に繋がっているようだ。

 そこまで来れば、もうセティア市街地から大きく外れた森林地帯になっており、王国軍の警戒部隊も少ないと思われる。

 錆びた格子を外し、所々コンクリートの崩落が目立つ雑然とした通路の闇の中をライトを照らしながら慎重に進むサーラたち。


 その放棄された排水溝の奥に、突如明らかに人工的ではない揺らめく炎のような光が複数個灯る。

 直後、弓矢のようなものが飛び込んできた。

 サーラの隣にいた男性戦士の肩に突き刺さる。


「痛てっ!!なんだこれ!?……うっ!!苦しいっ……ぐはぁっ!!」


 弓矢が刺さった戦士が大量の血を吐いて倒れる。


 毒矢だ。


 サーラはすぐさま弓矢が飛来した揺らめく炎が灯る通路奥の闇に目を凝らす。

 その緋色の瞳が捉えたもの……それは、父ゲイルが警告した「地下の怪異」。

 緑色の肌をした唾棄すべき地底の獣人、ゴブリンの群れだった。


 森の奥深くの自然洞穴や古代遺跡、放棄された中世の砦の地下などで暮らすゴブリンは、中世までは人里を襲う人間が抗うことの難しい「自然の脅威」の一つであった。

 しかし、科学技術が発展した人間たちによって次々と組織的に「駆除」され、「国民」扱いされているロングニルなど極一部の国を除き、今や絶滅寸前となっている。

 しかし、一部の強かなゴブリンたちは、むしろ人間たちの巨大な街の地下に、その安寧の地を見出した。食糧もドブネズミやローチなどの不快害虫獣、人間たちが垂れ流してくれる生活ゴミと非常に豊富にある上、地上にさえ出なければ人間に襲われる心配もない。

 このような放棄された広大な地下構造物の一部は、彼らの「国」となっているのである。

 サーラたちは、知らないうちに彼らの活動領域に入ってしまったようだ。

 


 スタントール兵の次はゴブリンの群れか!!

 誰であろうと邪魔はさせない!邪魔する者は全て……殺す!!



 緋色の瞳が紅く燃え盛る。

 赤黒いオーラが少女の身体を包む。

 相手が絶滅寸前のゴブリンだろうと関係ない。

 この劣悪な環境の地下排水溝でも問題なく作動する人民共和国製自動小銃を、緑色の害獣共に向ける。

 

 全て、殺せ。

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