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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第二章  セティアの戦い
14/63

13. 第四日目 セティア、陥落

「なぁ、ちょっといいか?」


 数名の部下を引き連れて早足で歩く、ノルトスタントール王国空軍少将の階級章を付けた軍服姿の白人男性を呼び止めたのは、無精ひげを生やし着崩した軍服姿の男だった。

 だらしない印象を受けるその男の開いた胸元の襟や汚れた肩に付いた階級章は、男がノルトスタントール王国陸軍准将であることを示していた。


「お?ダリルか?いつこっちに戻った?」


 空軍少将は、自身がダリルと呼んだ陸軍准将の男の呼び止めに応じ、部下たちに先に行くよう告げた。

 ここは北部ファーンデディアに位置するデルカン空軍基地。

 現在戦時下にあるノルトスタントール連合王国の、ファーンデディア戦線における王国空軍の中心的作戦拠点である。数分毎に、様々な作戦機が燃料弾薬の補給を終え次第飛び立っていた。

 今彼らが居るのは、そんな慌ただしい空軍基地の作戦司令本部施設内部。

 統括指令センターへ向かう廊下の一角である。


「昨日の夜さ。やっとこさ、共和国の馬鹿共の攻撃が一段落ついたからな。息抜きに、後方でのんびりしてるお前の顔を見に来てやったぜ、マルセル。」


 空軍少将の問いかけに、ダリルはニヤリと笑う。


「何がのんびりだ、この野郎。見ての通り、アルベール将軍様はご多忙だぜ?お前ら陸軍連中の頭を守るのに忙しいからな。」


 空軍少将マルセル・アルベールも破顔して応じる。


「まぁ、冗談はさておいてだ。ダリル・マッコイ陸軍准将殿。お前が姿を現す時は、大抵ロクでもない知らせがある時と相場が決まってる。何があった?」

「セティアだ。ダニーク人共が乗っ取りやがった。」


 ダリルは笑顔のまま答えた。

 一方、親友の空軍少将はたちまち驚愕で顔を歪める。


「なんだって?セティアって、あの港湾都市のセティアか?」

「このファーンデディアに、他にセティアって名前の街があるかよ。」


 動揺して「当たり前」のことを確認するマルセルに、ダリルは呆れた風を含んだ笑顔で応じる。


「初めて聞いたぞ……それが本当だとしたら、大事だ。」

「だからここにすっ飛んで来たんだ。いいか、このままだと俺たちはいずれガス欠に弾切れでオシマイだ。」


 ここでダリルはマルセルに顔を近づける。

 もうそこに、空軍少将が良く知る「軍律に囚われないラフなお調子者」のダリルはいなかった。

 彼の表情は真剣だった。事態が、彼らが忠誠を誓うノルトスタントール連合王国にとって極めて深刻なものであることが容易に伺えた。

 ファーンデディア最大にして世界有数の一大港湾都市セティアは、オークとの激戦が続くスタントール本国のみならず、彼らが戦うここファーンデディア戦線方面部隊向け軍事物資の重要な発送拠点でもあるのだ。

 そこが褐色肌の原住民・ダニーク人によって乗っ取られたのだとしたら、王国は戦争遂行能力の屋台骨を叩き折られたようなものだ。

 


「単刀直入に訊こう。何が必要だ。」

「直ぐに偵察機を飛ばしてくれ。状況を迅速に把握する必要がある。それと、この事をルクレールのおやっさんにも伝えてくれ。」


 ダリルの言う「ルクレールのおやっさん」とは、元空軍総司令官のロアン・ルクレール上級大将のことである。彼は、醜い政争を繰り返すばかりの無能な政府を見限り、陸海軍と共にノルトスタントール王国女王による「親政」に賛同したものの、最高裁判所は女王の「親政」を一方的に違憲だと決めつけてこれを取り消した。

 その後、政府による軍統制が復活した際に、見せしめとして降格させられていたのだ。

 しかし、空軍内におけるルクレール将軍の人気と影響力は絶大であり、その権威はほとんど衰えていない。

 マルセルは、ダリルがそんな上級大将の名前を出した意味を直ぐに察した。


「……わかった。つまり“全力”で行くってことだな?」

「そういうことだ。ルクレールのおやっさんなら、こんなクソみたいな状況もチャンスに変えて上手くやってくれる筈だ。まぁ、もし上手く行かなかったら、そん時は俺とお前のクビが吹っ飛んで、ついでにこの王国も消し飛ぶだけで済むさ。今の内に、イェルレイム語でも勉強しとくか?」


 またしても笑顔を浮かべながら「タチの悪い冗談」を言い放つダリル。

 これにはマルセルも再び破顔して応じた。


「ふっ!馬鹿野郎!あんなクソ蛮族の言葉を勉強するくらいなら、山賊にでもなってやるさ!」

「……ぶちかましてやろうぜ、マルセル!」


 2人は互いに右拳をぶつけ合って別れた。

 幼年軍事学校の頃から続く、何か「デカイ」事を始める時の決意を示す作法だ。

 今までやられるがままだった強大な王国は、ついにその本性を現そうとしていた。 



……


 ダリルとマルセルが空軍基地の一角で立ち話をしていた時から、時間は丸一日程巻き戻る。

 緋色の瞳が自動小銃の照星の先に敵兵の頭部を捉えていた。

 褐色の小さな指が、銃のトリガーを引き絞る。

 

 発砲。


 7.62mm弾は硝煙渦巻く市街地の空気を引き裂いて、狙いたがわず兵士の頭部を直撃した。

 威力の高い完全被甲弾フルメタルジャケットは、兵士のヘルメットを難なく貫き、頭蓋を叩き割って脳漿を徹底的に破壊した。即死である。


 引き金を引いた小さな指と正確に相手の頭部を狙った緋色の瞳の持ち主である褐色肌の美少女は、敵兵が死亡したのを確認すると、銃を下ろして駆け出した。次なる敵を始末する為に。

 美しきその少女の名前はサーラ・ベルカセム。

 ダニーク人武装組織、ダニーク解放戦線の最精鋭部隊たる革命親衛隊の指揮官である。

 今年9歳を迎える少女の身体は、怠ったことの無い日々の鍛錬と連日の実戦により鍛え上げられ、射撃反動の強い人民共和国製の自動小銃を、まるで自分の手足のように扱っていた。

 まだこの銃を手に入れて1日も経っていないが、既にサーラは10人以上の「敵」の命を奪っていた。

 彼女の敵とは、すなわちノルトスタントール連合王国の国民であるスタントール人。

 彼女たちダニーク人が遥か昔より暮らすファーンデディアの大地を支配する白人種。

 サーラは、自分たちの国を手に入れる為に、武装蜂起から現在までの僅か4ヶ月程の間に100人を超すスタントール人を殺害していた。

 兵士だけでなく、女子供老人、僅かでも自分たちの障害になると判断した者は、誰であれ容赦なく殺した。

 今サーラは、父にしてダニーク解放戦線の指導者ゲイル・ベルカセムの考える「ダニーク人民革命」の第二段階、港湾都市セティア攻略の為の「最後」の戦いを遂行していた。


 銃弾の中を駆け抜けたサーラは、燃え尽きた残骸と化したスタントール警察のパトカーの背後に飛び込んだ。

 直後、敵兵からの銃撃が襲い来る。

 目標建物の前に積まれた土嚢には即席の機関銃座が設けられ、王国軍の兵士たちが武器を手に取り襲いかかる原住民たちの進撃を邪魔していた。

 その機関銃座の先には、セティアで残されたスタントール側最後の砦である市議会議事堂があった。


「こちらゴブリン1!ゴブリン2、援護しろ!私があの機関銃座を潰す!」

『ゴブリン1!こちらネスト!今、ミノタウロスが向かってる!そこで待機しろ!無茶をするな!』


 サーラは肩に取り付けた小型無線機で、副官のナリータに向け援護を要請したが、返信を寄越したのはダニーク解放戦線作戦本部であった。


「サーラ!!」


 少女の名を呼ぶ叫び声が近付く。

 革命親衛隊の副官にして逞しい筋肉褐色美女のナリータが、サーラが隠れるパトカーの残骸に到着した。

 部下の親衛隊戦士数名と、地元セティアの元港湾労働者の武装戦士数名を伴っていた。


「同志ナリータ。状況は?」

「ミノタウロスがすぐそこまで来てるよ!アレが来れば、あんな機関銃座イチコロさ!」

「わかった。ミノタウロス到着まで、ここを死守するぞ。スタトリアの蛆虫共に反撃を許すな。」

「了解!同志サーラ!!」


 ダニーク人の戦士たちは、手にした人民共和国製の自動小銃を議事堂の敵防衛陣地に向けて発砲する。

 たちまち反撃の機会を伺っていた王国軍兵士の機先を制し、彼らを土嚢やバリケードの裏に釘付けにする。

 それから間を置かずして、重厚なエンジン音と無限軌道が奏でる勇ましい行進曲が聞こえてきた。

 それはダニーク人戦士たちにとってはまさに勝利をもたらす福音、スタントール王国軍兵士にとっては死へと誘う絶望の音であった。

 「ミノタウロス」の到着である。

 105mm砲を搭載した人民共和国製主力戦車が、通り沿いの建物の角から銃弾飛び交う議事堂の前に姿を現した。

 議事堂前で戦っていた大勢のダニーク人戦士たちから、歓声が上がる。

 そして、彼らと対峙する議事堂前の防衛陣地に籠るスタントール兵士は、突然現れた「敵の」主力戦車に言葉を失う。


「な、なんだ……あれは……」

「警報!!け、警報!!戦車だ!!せ、戦車だぞ!!」

「冗談じゃない!対戦車兵器なんて無いぞ!議事堂へ退避しろ!!急げ!!」


 王国軍兵士に激しい動揺が広がる。動揺は恐怖となり、瞬く間に兵士たちに感染する。

 議事堂建物へ退避しようと、兵士たちは転がるように走り出した。

 ダニーク人たちの戦車は、その巨大な砲身を動かし、逃げ始めた敵兵の姿を捉えた。


 105mm砲の咆哮が轟く。

 直後、議事堂前の王国軍即席防衛陣地は跡形も無く消し飛んだ。

 兵士たちの身体は宙を舞い、四肢は千切れ飛び、臓物が撒き散らされる。

 ダニーク人戦士たちを足止めしていた機関銃座も、もはや存在しなかった。

 

 褐色肌の戦闘員たちの雄叫びが響いた。


「やったぞ!!ざまぁみやがれ!スタトリアのクソッタレ共!!」

「凄いわ!戦車様様ね!」

「センシャ、バンザーイ!ダニーク、バンザーイ!」


 一方のサーラは油断なく自動小銃を構え、身を隠していたパトカーから出て、敵のバリケードの残骸まで進む。それにナリータをはじめとするダニーク解放戦線の戦士たちも続く。

 議事堂入口に銃口を向ける。どうやらまだ生き残った敵が建物にいるようだ。


「行くぞ!!同志たち、私に続け!ここさえ落とせば、セティアは我らの物だ!!」

「はいっ!!同志ベルカセム!!」


 サーラは一気に駆け出す。

 議事堂入口のアーチの下を走り抜け、建物出入口のガラス自動ドアに体当たりする。

 入口のガラスは砕け散り、サーラの身体は議事堂エントランスホールへと突入した。


 直後、ホール2階のテラスから複数の銃撃。

 サーラはステップを踏むような軽快な動きと前転を駆使して、銃弾の悉くを回避。

 ホール備え付けのソファーの陰に身を隠す。

 しかし、彼女の後ろに続いていたダニーク人戦士数名が敵弾の餌食になってしまった。

 地元セティアの元港湾労働者たちが、スタントール人によって名前を奪われた神々の元へ旅立つ。

 一方、歴戦の革命親衛隊戦士らは、敵の待ち伏せを見越して辛くも銃弾を回避。

 ホールの柱や壁に身を隠し、敵の攻撃をやり過ごした。

 サーラは空になった弾倉を外し、腰の弾帯ベルトから新しい弾倉を取り出す。

 昨日、人民共和国の不気味な女工作員から貰ったばかりの自動小銃に、ベテランの人民軍兵士ですら驚くほどの速度と正確さで弾倉を叩き込む。

 コッキングレバーを引き、7.62mm弾を機関部へと送り込む。

 セレクターレバーの矢印を、アーガン文字で「自動」と刻印された部分にセットする。

 この市議会議事堂さえ制圧すれば、巨大港湾都市セティアは完全にダニーク人たちの物となる。

 少女は、スタントール人への絶対的殺意を新たにし、己が命を賭す覚悟を決めた。

 赤黒いオーラが少女の身体を包む。



 さぁ、ナシカ。

 今日もあなたに沢山白いガーゴイルの死体を捧げるわ。

 天国から微笑んでいて。



 愛する亡き妹に誓いを立てる。

 今日も彼女は大勢を殺す。ダニーク民族の為、妹の復讐の為。

 コンバットハーネスのフックに引っ掛けた手榴弾一つを手に取ると、安全ピンと発火レバーを外す。

 次の瞬間、身を潜めたソファーから身体を起こして勢いよく放り投げた。

 手榴弾は綺麗な放物線を描き、ホールを一望する2階テラスの床に転がった。

 入口から次々と議事堂内部へ侵入する武装した褐色肌の原住民を攻撃するのに忙しい王国軍兵士たちは、足元の手榴弾の存在に気付くのが遅れてしまった。それは文字通り致命的なミスとなって彼らに代償を強要した。


 爆発。


 テラスから銃撃を加えていたスタントール兵2名が吹き飛び、2階から1階ホールへと落下する。

 脳や内臓器官は爆発の衝撃で徹底的に破壊され、身体の中でズタズタに引き裂かれた。

 2人とも即死である。

 他にも付近にいた数名の兵士が重軽傷を負い、苦痛の声を上げる。

 テラスからの阻止銃撃が止む。

 当然、ダニーク人戦士たちはこの絶対の好機を逃さない。


「今だ!!全員突撃!議事堂のスタトリアを皆殺しにしろ!!」


 少女の叫ぶ声が議事堂エントランスに響き渡る。


「オオォォーー!!」


 ダニーク人たちの勝鬨。

 戦士たちは物陰から飛び出し、建物奥へと進撃する。

 サーラもソファーを飛び越えて戦士たちに続く。

 部屋という部屋で銃声が響く。

 負傷した王国兵や隠れていた民間人に対する容赦ない銃撃が、野蛮な原住民たちから浴びせられていた。

 その原住民を率いるサーラは、2階テラスへと上がる階段を風のような速さで駆け登ると、阻止銃撃を再開しようとしていた敵兵の姿を確認する。

 人民主義者が作った堅牢な自動小銃を構える褐色少女。

 その緋色の瞳は、照星の先に負傷した仲間を手当てしつつ反撃体勢を整えようとする敵白人兵士の集団を、確実に捉えていた。


 フルオート射撃。


 射撃時に発生する発射ガスを応用したガスピストン方式の強力な機関部は、毎分600発の連射速度をもって7.62mm弾を送り出す。並の大人でもその強烈な射撃反動を抑え込むことに苦労するにもかかわらず、褐色の美少女は荒ぶる自動小銃を完全に制御して見せた。

 2階テラスに陣取るスタントール王国兵の生き残り約10人は、瞬く間に射殺された。

 これで議事堂入口は確保された。彼女はテラスから1階のホールを望む。

 自身が体当たりで粉砕したガラス自動ドアから、大勢の同胞たちが雪崩れ込んで来ていた。

 エントランスホールの安全を確認したサーラは、素早くリロードして踵を返し駆け出す。

 議事堂内ではまだ戦闘が続いていた。味方の損害を一人でも減らさなければ。

 その時、肩に取り付けた小型無線機に通信が入る。


『こちらゴブリン2!市議会議場に多数の敵!強力な機関銃座有り!ケンタウロス部隊、損害多数!至急援護を求む!』

「ゴブリン1、了解。すぐ向かう。現状を維持せよ。」

『サーラ!!皆、同志サーラが来るぞ!!ゴブリン2、了解!通信終了!』


 親衛隊副官のナリータからの通信だった。

 目的地の市議会議場まで続く長い廊下を走る。その途中、隠れ潜んでいたスタントール人の民間人家族が部屋から出てきた。スーツ姿の壮年男が周囲を警戒しながら、30代くらいの妻、10代前半の少年とサーラより年下と思われる白人少女を連れて廊下の扉を開けて姿を見せる。

 それと鉢合わせしたサーラは、自動小銃のスリングを肩に回し、腰のホルスターから愛用の自動拳銃を取り出す。非武装の民間人相手に、強力な自動小銃は「勿体無い」と判断したからだ。

 扉を開けると同時に目の前に現れた褐色の美少女に、スーツ姿の白人の父親は目を丸くする。


「や、やぁ、お嬢ちゃん。すまないけど、出口は何処かな?」

「これが貴様らの人生の“出口”だ。スタトリア。」


 サーラは銀色に輝く自動拳銃の銃口を白人一家に向けると、それぞれの頭部を狙い連続発砲した。

 そこに一片の慈悲、情けも無い。

 父親と母親、それに少年と少女も頭を撃ち抜かれて即死した。

 サーラは銃をホルスターに仕舞うと、自分が殺した白人一家に一瞥をくれることもなく自動小銃を構えて駆け出す。目的の戦場、市議会議場を目指して。

 

 廊下の行き止まりに戦場はあった。

 「セティア市議会議事場」と大陸共通語で書かれたゴールドの表札。

 その表札の下にある高級素材で出来た紅色の厚手シートで覆われた観音開きの大きな扉は半壊しており、扉の周囲には武装した複数の褐色肌の男女の死体が転がっていた。

 扉の両脇の壁や、議事場内の議員座席の陰にダニーク人戦士たちは身を潜め、議事場中央の一段上がった議長席に設けられた敵の機関銃座に向けて反撃を試みるも、少しでも身体を起こせばすぐさま猛烈な銃弾の雨が降り注ぎ、満足に身動きが取れない状態に陥っていた。

 議長席があった場所に据え置かれた大型専用三脚の上に鎮座し、激しくいななくその機関銃は、スタントール王国軍が世界に誇る工業芸術品。

 12.7mm弾使用の「キャリバー50」の愛称で知られる極めて強力で高性能な対物重機関銃である。

 軽装甲車の鋼板さえ撃ち抜く強力な弾丸は、南部ファーンデディア産の高級木材を惜しみなく使用した議事場の議員席の机や椅子を紙細工のように砕き、果敢にも場内に突入したダニーク人戦士を一人また一人と座席ごと肉塊に変えていた。


「同志サーラ!!よく来てくれた!」


 議事場入口のコンクリートの壁を背に銃を構えるナリータが歓喜の声を上げる。

 他の同胞たちも、サーラに期待の眼差しを送る。

 彼女なら、この行き詰った状況を打開してくれる……誰もがそんな期待を抱いていた。

 そして、この少女はその力と鋼の意志を持っていた。


「同志ナリータ。損害は?」

「もう20人以上やられた!ウチの親衛隊の戦士も4人やられたよ!このままじゃ、場内に突入した連中が皆殺しにされるのも時間の問題だ……」

「わかった。あの機関銃を黙らせる。援護して。突入する。」

「……すまない、サーラ。みんな!行くぞ!一斉に撃て!!」


 入口に固まっていた10数人のダニーク人戦士たちは、意を決して壁から身を乗り出し、敵機関銃座に向け銃撃を開始する。

 その次の瞬間。サーラは場内へと飛び出した。

 機関銃の周りで防衛戦を展開するスタントール兵数名がサーラに自動小銃による小銃弾の雨を降らせる。しかし、少女は素早い動きで議事場の議員席に身を隠し、銃撃が少しでも弱まると更に奥の席へと身を滑らせる。

 サーラが身を隠した座席には、地元セティア出身の若い男女の戦士たち数人が隠れていた。

 歴戦の少女の姿を見ると、死を覚悟して絶望しかけていた彼らの表情が一気に明るくなる。


「サ、サーラさんだ!!助けに来てくれたんですか?」

「同志。ケガはありませんか?」

「大丈夫です!俺たちはまだ戦えます!おい、あのサーラさんが来てくれたぞ!!反撃だ!」


 すると彼らは勇気を振り絞って座席から身を乗り出して銃撃を開始する。

 サーラは彼らに礼を言う暇すら惜しんで駆け出した。

 直後、無慈悲な12.7mm弾の豪雨が彼らを襲い、物言わぬ死体へと変えた。



 あなたたちの犠牲、絶対に無駄にはしない。

 スタトリアのクズ共が無様に地獄に落ちる様を、廃却された神様の傍で見ていて!!



 サーラは心の中で自分の為に犠牲となった彼らに、彼女なりの哀悼の意を捧げる。

 褐色の原住民娘が確実に自分たちの防衛陣地に近づいていることに、スタントール兵たちは焦り出した。そしてその焦りは、重大な隙を生む。

 原住亜人の小娘に、兵士たちは12.7mm弾とライフル弾の雨を注ぐも、弾丸は素早い動きを見せる少女に中々当たらない。それに加えて他の亜人連中が叩き込んでくる援護射撃も厄介だ。

 斯様な状況は焦りを高まらせる。銃座の兵士は機関銃の残弾確認を怠り、無駄に弾薬を浪費させた。

 結果、王国が世界に誇る「キャリバー50」は肝心なところで突然沈黙した。

 銃座のスタントール兵の焦りは更に高まる。急いで再装填をしようと弾薬箱を慌てて探す。

 これが彼らの致命傷となった。


 絶好の機会。

 サーラは何の躊躇も無く、陣地を構成するバリケードと土嚢の塊を飛び越えて、敵の防御陣地の只中に飛び込んだ。

 素早く自動小銃を構える。

 この時の為に、議事場に入ってから彼女は一発も撃っていなかったのだ。

 弾倉には、陣地内の白人兵士全てを殺すのに十分な7.62mm弾が30発フル装填されている。

 重機関銃の再装填を急ぐ敵兵士らに驚愕の表情が浮かぶ。慌てて少女を殺そうと手持ちの銃を構えるが、手遅れであった。

 

 フルオート射撃。


 その強烈な射撃反動を小さな身体で完全に制御し切った褐色少女の銃撃は、確実に陣地内にいた敵兵全ての命を奪った。

 セティア攻略戦の最後に立ちはだかる強敵を倒した。

 サーラは、重機関銃を操作していた敵兵の死体を確認する。

 若い兵士だ。恐らくまだ10代後半。瞳孔が開いたその虚ろな碧い瞳からは、一筋の涙が零れていた。

 死を目の当たりにした恐怖による涙。

 彼は即死ではなかったようだ。7.62mm弾が命中したはずの心臓は、非常に短時間ながらも彼の命を繋いでいたことが伺えた。

 哀れなその姿を見て、サーラが考えたことはただ一つ。



 次から胴体を撃つ時は2発叩き込もう。



 これだけだった。


「サーラ!!」


 ナリータをはじめとする革命親衛隊の戦士たちが議事場に突入し、これを完全に制圧する。

 既に今この空間に、息をしているスタントール人は一人もいなかった。


「同志ナリータ。皆、無事?」

「ええ……それよりも、あなたには驚かされてばかりよ。弾を恐れず敵陣に突っ込むその勇気。お見事です。同志サーラ。」

「……私一人の力じゃない。死んでいった大勢の同志たちのお陰よ……彼らの死を無駄にしてはいけない。このまま残敵を掃討する。」

「はっ!!同志ベルカセム!!」


 サーラの勇敢極まる戦い振りを目の当たりにした褐色の戦士たちは士気激昂。

 ダニーク解放戦線の戦闘部隊は、革命親衛隊の戦士一名と地元港湾労働者を中心とした主力の「ケンタウロス」部隊の戦士数名からなる「議事堂掃討分隊」を現場編成し、建物各所に散らばった。


「同志サーラ。」


 部隊編成を終えたサーラの前に、褐色の美少年ユーセフが進み出てくる。

 この「セティアの戦い」が始まった当初は、人を殺すことに躊躇する頼りない少年だったが、悪鬼羅刹の如く民族の為に戦う少女の姿を目にして己の不明を強く恥じ、覚醒。今では革命親衛隊の栄えある戦士の一人として、サーラをはじめとする親衛隊幹部から認められていた。

 その両手には、既に何発も射撃した人民共和国製自動小銃がしっかりと握られている。

 かなり乱雑に扱ったのに、この銃は微塵も動作不良を起こしたりしなかった。

 そして肩から下げた雑嚢ざつのうには「ある物」が大切に仕舞い込まれている。

 サーラは、ユーセフとその隣にいるナリータ、数名の特に信頼する親衛隊戦士たちの顔を見渡した。

 一度頷くと、戦士たちに告げる。


「さぁ、同志諸君。私たちの旗を掲げに行こう。

 この街の新しい支配者のことを、ファーンデディア……いや、亜人や獣人も含めた全世界の人類に知らしめてやろう。」

「はいっ!!同志サーラ!!」


 彼らは、この戦いの終着地点に向かって進む。

 目標は、セティア市議会議事堂最上階のオープンテラス。地上6階建てのゴシック建築風にデザインされた議事堂ビルの頂点。

 そこは議事堂に続く街の目抜き通りを見渡せる街の中心部。

 任務は、そこに「自分たち」の旗を掲げること。


 邪魔する者は、全て殺す。

 セティアの戦いに完全なる終止符を打つ時だ。

 サーラたちは駆け出した。4日間に渡って続いた戦いの、最後の勝利に向かって。

 議事堂最上階へと続く階段を駆け登る。

 敵の姿は無い。テラスまであと少し。

 先頭を行くサーラが最後の階段を登り終えようとしていた。その先にオープンテラスはある。


 テラスには、セティア市を守る最後のスタントール兵3人が自動小銃を構えて敵を待ち受けていた。

 なんたる迂闊!ここに至るまでの道の間に、全く敵の姿が無かったことで油断していたのだ。

 

 その存在に気付いたサーラも、急いで銃を構えてようとするが、どう考えても手遅れだ。

 突如、全てがスローモーションになる。

 スタントール兵の白い指が、トリガーを引き褐色の小娘に5.56mmの「死」を叩き込もうとしていた。

 間に合わない。

 サーラは、時間の経過が驚くほどゆっくりになった世界で、自らの死を覚悟した。


 次の瞬間。


 スタントール兵の真後ろで大爆発が発生した。

 敵兵の身体は緩慢な時が過ぎる景色の中で、激しく破壊されていった。

 胴体も頭部も、木端微塵となり、四肢が引き千切れていく。

 爆風の衝撃を受け、サーラも階下へと吹き飛ばされるが、空中で受け身を取ると一段下の階段踊り場に見事着地した。

 

 それと同時に、時間は急速に加速し始め、元の時の流れに戻る。


「サーラ!!何があったの?怪我は?」

「同志!ご無事ですか……」


 ナリータとユーセフが、青ざめた顔でサーラを見る。

 親衛隊の戦士たちが突然吹き飛ばされた部隊指揮官を介抱しようと集まるが、サーラはそれを固辞して自ら立ち上がった。

 身体を確認する。非常に浅い擦り傷が数ヶ所出来た程度だ。指も足もしっかり動き、欠損は無い。

 共に吹き飛ばされ、傍らに転がる愛用の人民共和国製自動小銃を掴む。

 簡単に動作確認。何も問題無し。驚くべきことに傷一つ付いていない。

 この銃の堅牢さは、もはや折り紙付きだ。

 

「テラスに敵兵がいたが、突然爆死した。一体何が……」

「同志サーラ!!ミノタウロスですよ!」


 サーラの無事を確認すると、状況確認の為、一足先にテラスへと辿り着いたユーセフが報告する。

 議事堂前で待機していた105mm砲搭載の主力戦車が、サーラを間一髪のところで救ってくれたのだ。地上にいる戦車の砲塔から、戦車長であるダニーク人戦士の男性が身を乗り出し、サーラたちに向かって大きく手を振っているのが見えた。人民軍機械化部隊用の三本線が特徴的なヘッドギアを装備している。

 先程の大爆発は、味方戦車が放った榴弾によるものである。

 まさに間一髪であった。

 タイミングが少しでもズレていれば、サーラは敵の銃弾によってハチの巣にされるか、味方の砲撃で敵兵と一緒に粉々になっているかのどちらかであった。


「さぁ、同志。これで邪魔者は完全にいなくなりました。どうか、これをあなたの手で掲げてください。」


 そう言うとユーセフは、雑嚢から「それ」を取り出した。


 ダニーク解放戦線の旗である。


 ダニーク民族とファーンデディアの大地を意味する茶色の太い斜め線が旗の中央を下から上へと横断し、下方に大地を囲う紺碧の海を示す紺色を、上方には天空の雲海を表す白を配置。

 そしてカントン部分に赤い星がデザインされていた。天空に輝く赤い星である。

 父ゲイル・ベルカセムが原案を考え、第一回人民公会議の最後に満場一致で決定された「自分たちの旗」。

 しかし、旗を受け取ったサーラは何処か物足りなさを感じていた。

 何かが足りない。そう感じた彼女は、ふと自らが手にする銃を眺めた。


 その時、気が付いた。

 足りない物はこれだ。


 サーラは、足元に転がるマジックを見つけると、おもむろにそのマジックで赤い星の中心に「ある物」を書き足した。

 戦士たちを表す銃の記章。人民共和国の工業芸術品が、一つの民族の「国旗」に記された瞬間である。

 それを見た革命親衛隊の戦士たちは、思わずどよめいた。


「なんか……とてもいいよ。元のデザインもいいけど、この『銃』がとてもかっこいい。」

「僕も良いと思います、凄く……『これ』が、僕たちに独立をもたらしてくれそうな気がします。」

「……ありがとう。でも、同志書記長が反対したら、直ぐにでも取り換えるわ。」

「絶対大丈夫よ、同志サーラ。私が保証する!」


 筋肉逞しい褐色美女のナリータは、少女の背中を「バシッ」と叩く。

 ユーセフや他の親衛隊戦士たちも、笑顔でサーラを見つめる。

 サーラは自分たちの旗を、別の戦士が持ってきたポールに取り付けるとテラスから掲げた。

 遥かなアデア海からの潮風に吹かれて勇壮にはためくダニーク解放戦線の旗。


挿絵(By みてみん)


 それを見た街中の褐色肌の原住民たちは、大歓声を上げる。

 やがて歓声は街を超え、ファーンデディアのあらゆるところで響き渡る。

 

……


 ダニーク解放戦線、南部ファーンデディア主要戦略拠点、港湾都市セティアを「占領」。


……


 この衝撃的な第一報は、瞬く間に大戦に包まれた世界を駆け抜けた。

 セティアの戦いは、斯くしてダニーク人たちの大勝利をもって終わりを告げた。

 ダニーク人たちの「国旗」は、黄昏を迎えて赤く輝く太陽に照らされ、尚もその存在を誇示していた。


 勝利の翌日も歓喜に沸くダニーク人。戦闘で瓦礫の山となった「自分たち」の街の片付けをする女子供老人と街の防備を固める戦士たち。その誰もが笑顔に満ち溢れていた。

 最大の戦闘功労者であるサーラは、屈強な港湾労働者の男女たちから盛大な歓待を受け、神輿のように担がれると、無数の同胞たちが一目彼女を見ようと集まった。

 まさに、その様子は簡素ながらも戦勝パレードの様であった。

 

 その時、彼らは知る由も無かった。

 自分たちのそんな様子を、はるか上空から見続ける「目」があることを。

 王国空軍の高高度戦略偵察機は、「敵」の手に落ちた重要拠点の現況を詳細に分析し、奪還を目指す王国軍将官たちに逐一情報を伝達していた。


 


 セティア「陥落」から約10日後。

 1000年の眠りから目を覚ましたエンシェントドラゴンですら秒殺する、強大な王国軍による大反撃が始まった。

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