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褐色少女の独立戦争  作者: mashinovel
第二章  セティアの戦い
12/63

11. 第二日目 人民共和国と共和国

 このファーンデディアを狙う者は多い。

 誰も彼もが、豊富な資源が眠る私たちの大地を掠め取ろうと機を伺っている。


 誰にもくれてやるつもりは無い。

 ここは、私たちダニーク人の大地だ。

 メイド服姿の褐色美女が、白い布で覆われた食器運搬用カートを引いて廊下を歩く。

 豊満な乳房に目を奪われるような小麦色の肌をした美女。

 艶やかな黒髪は後ろで束ねてポニーテールにしている。

 しかし、今、彼女に色目を使うような暇のある人間はいなかった。

 いや、そもそもここに褐色肌の原住民を人間扱いする者はいなかった。

 廊下を慌ただしく走り回る書類や資材、銃火器を持った軍服や警官姿の白人の男女たち。

 あちこちで怒号が飛び交い、彼らがかなりの混乱状態にあることが伺えた。

 ここは彼ら白人種・スタントール人の都市防衛局本部施設。都市防衛にあたる治安部隊との通信の際に使用するコードネームは「ブラックベアー」。

 ここから市内各所に展開する軍・警察・消防等の治安機構関係者に対する命令のほとんどが発令されていた。


 ファーンデディアと呼ばれるこの大地で最大の港湾都市・セティアは、今や戦場と化していた。

 褐色肌の原住民・ダニーク人による市内主要施設での大規模同時多発テロ……いや、もはやテロという範疇を超えた本格的かつ組織的な武力攻撃に、この大地を支配するノルトスタントール連合王国の白人たちの初動対応は完全に後手に回っていた。

 昨日一日で市内の主要鉄道ターミナルであるセティアグランドセントラル駅や市役所、セティア市警本部は陥落。直接の指揮系統を失った武装警察や所轄警官を急遽軍の指揮下に組み込んで、辛うじて警察組織の崩壊を防いでいる状態であった。

 しかし、今彼らにとって最大の懸念材料はこの港湾都市の心臓部とも言うべきコンテナターミナルが、原住民たちによってほぼ制圧されたことである。

 このファーンデディアは豊富な地下資源を産出し、大規模な軍需工場も多数存在しており、その膨大な物資のほとんどがこのセティアのコンテナターミナルから海を挟んだ本国の戦場へと送られていた。

 目下、北辺の敵対国家による突然の軍事侵攻によって戦時下にあるノルトスタントールの戦争遂行能力を支える大黒柱と言っても過言では無かった。


 メイド服の褐色美女は、そんなスタントール人によるセティア防衛戦の頭脳とも言うべき建物の中を、カートを押しながら静々と進んでいた。

 やがてメイドは「防衛局幹部会議室」の表札が掲げられた高級感のある木目クロスが施された頑丈な扉の前に辿り着いた。

 扉の両脇には自動小銃を持ったスタントール人兵士が警戒に当たっている。


「おいメイド、遅いぞ。とっくに会議は始まってる。さっさと用意しろ。」


 左側に立つスタントール兵の男がメイドをなじる。


「申し訳ございません。準備に手間取ってしまいました。」

「馬鹿なダニーク女め。」


 男は褐色美女に遠慮なしに罵声を浴びせる。

 しかし、それにメイドは笑顔と会釈を持って返す。

 兵士が扉を開け、メイドを部屋の中に入るよう促し、彼女はカートを押しながら入室した。

 そこでは大勢のスタントール治安当局の幹部たちとセティア市長が、状況分析と今後の対応を検討する為の会議を行っていた。


「グランドセントラル駅の民間人負傷者の救出が最優先だ。ありったけの救急車を駅に回す必要がある。」

「消防本部としては、まず駅のダニーク人排除を優先していただきたい。救急隊員にも大勢の犠牲者が出ている。あのダニークのクズ共の掃討が完了しなければ、とてもではないが手出し出来ない。」

「それよりも市警本部奪還を優先すべきだ!亜人が本部の銃火器を略奪すれば、さらに取り返しがつかないことになるぞ!」

「まず民間人の救出が優先だ!」

「ふざけるな!救急隊員に亜人共と銃撃戦しろとでも言う気か?」

「そもそも警察が本部を奪われるという大失態を演じたことに責任がある。」

「なんだと!?お前ら王国軍も、港湾地帯で機械化部隊が壊滅させられたと聞いたぞ!?無能はどっちだ!?ヘリまで撃ち落とされやがって!!責任は軍にある!」

「黙れ!責任の擦り付け合いは大概にしろ!!ここは俺の街だぞ!!」


 もはや会議は紛糾などというレベルではなく、軍・警察・消防の幹部たちが互いに事態の責任を擦り付け合い、それに憤慨した市長の怒号が飛び交うカオスと化していた。

 そこに、先程入室したメイドが会議室の隅にカートを止め、白い布で覆われたその中からコーヒーポットやティーセットの代わりに強力な7.62mm弾を使用する人民共和国製汎用機関銃を取り出した。

 安全装置を外し、コッキングレバーを引いて射撃準備を静かに終わらせる。

 腰だめに機関銃を構えて、侃々諤々の罵り合いを繰り返す白人の中年男たちに銃口を向けた。


 発砲。


 毎分650発の発射速度を誇る人民共和国供与の機関銃から放たれた7.62mm弾の雨は、瞬く間に小学校の教室二部屋分程の広さがある会議室全体を覆い、室内にいた主だった治安当局幹部の命を奪った。

 ある者は頭部を吹き飛ばされ、ある者は心臓や肺などの重要内臓器官を破壊され即死した。セティア市長の男も、頭部に2発の銃弾を浴びて果物のように破裂し即死した。


「なんだ!!」


 異変に気付いた警備兵2人がすぐさま突入するも、メイドは機関銃を入口に向けて敵兵1人を迅速に射殺した。

 しかし、残ったもう一人が自動小銃で反撃する。

 三発バースト射撃。

 機関銃を乱射する褐色美女のメイドの胴体に2発命中。メイドは壁に背中を叩き付けられ、そのままゆっくりと足を崩して床へと沈んでいく。1発は彼女の動脈を撃ち抜き、メイドの身体からは夥しい血が流れ出し、彼女の身体の下に血溜まりが広がっていく。

 たちまち会議室には銃声を聞いた建物中のスタントール兵や警官が大勢駆け付けてきた。衛生兵も到着し、銃撃された幹部たちの手当てを試みる。


 メイドを撃ち倒した兵士は油断なく自動小銃を構えて彼女に近づく。

 褐色のメイドは自身に銃弾を食らわせた兵士を睨み付ける。

 どんどん血が流れ、力が失われていくのを感じる。



 まだだ。

 まだ、私は死ねない!



 メイドは残された力を振り絞り、壁に手を付け立ち上がると、自身のメイド服を引き破った。

 メイド服の下から現れたのはコンバットベストに隙間なく取り付けられた無数のプラスチック爆弾。

 右手には、いつの間にか起爆ボタンが握られていた。


「や、やめろ!!」


 兵士は血相が変えてメイドを制止しようとした。

 しかし、褐色美女は笑みを浮かべると大声で叫んだ。


「ダニークのファーンデディア、バンザイ!!」


 大爆発が起こった。

 都市防衛局本部の建物は半壊し、幹部職員をはじめとする関係者の大半が死亡。セティア治安当局の頭脳は「セティアの戦い」二日目にしてその機能を失った。

 

……


 戦い二日目の太陽が、セティアの街の高層ビル群の隙間から夜明けを告げる光を放ち始めていた。

 1月の太陽は、ファーンデディアの大地に優しい光を降り注ぐ。

 この時期、ファーンデディアは南半球にありながら寒流とそれがもたらす高気圧の影響で、春先のような暖かく過ごしやすい日々が続いていた。

 しかし、今この港湾都市セティアに居る者で、そのような天候の恵みを感じている暇のある人間はいなかった。

 セティア都市防衛局がその機能を失う数時間前に時は遡る。

 炎と硝煙燻るコンテナターミナルの東側で、ダニーク人武装集団・ダニーク解放戦線の最精鋭部隊である革命親衛隊の戦士たちと、スタントールの敵対国家にしてファーンデディアに攻め込んできた「北辺の蛮族」イェルレイム共和国陸軍の精鋭、共和国空挺兵団の残党の一団が接触していた。

 革命親衛隊の指揮官である若干8歳の褐色美少女サーラ・ベルカセムは、接触を試みてきた「負け犬」こと共和国空挺兵団残党の指揮官を前にしていた。

 やや赤みを帯びた白い肌に茶髪という典型的なイェルレイム人の特徴を持つ優男の指揮官は、サーラに友好的とも挑発的とも取れる微妙な笑みを浮かべていた。


「やぁ。お嬢ちゃんがダニーク人戦闘部隊の指揮官かい?」


 サーラは無表情でその指揮官の男を見る。


「そうだ。()()()()()の指揮官だ。何か問題があるか?負け犬。」


 彼女はあからさまな敵意を向けている。

 それはサーラだけではない。他のダニーク人戦士たちも共和国軍残党兵士たちに向け、睨み付けるような目線を送っていた。それに共和国軍兵士も警戒を強める。一触即発と言ってもいいような雰囲気が辺りを包んでいた。

 それに加え、その場の空気を悪化させている要因がもう一つあった。


「なぁ、悪かったよ。つい口が滑った。謝るよ。これからは君たちダニーク人たちと合流してスタントールの奴らと戦いたいんだ。協力してくれよ。」


 イェルレイム人指揮官の男が、サーラに穏やかな口調で申し出る。


「そこにいるスタトリアのクズも一緒にか?」


 サーラは手にした自動拳銃を、無造作に空挺兵団指揮官の男の隣に居る武装した白人の青年に向けた。

 この場の雰囲気を険悪にしているある意味最大の要因。それが共和国残党と一緒に現われた彼らの「現地協力者」であるスタントール人左派の存在である。


「ぼ、僕たちは王制に断固反対し、共和国に協力する労働人民です。あなた方ダニーク解放戦線も人民主義を掲げていると聞きました。言うなれば僕たちは同志です!」


 スタントール人の青年は若干怯えつつも胸を張って主張した。

 しかし、サーラはあからさまな嫌悪感を示し突き放した。


「ふざけるな。スタトリアは全て我々ダニークの敵だ。貴様等と共に戦うぐらいなら今この場で皆殺しにしたほうがマシだ。」

「まぁまぁ、そう言わずに協力し合おうじゃないか。すまないが、君たちのリーダーに会わせてくれないか?いろいろ確認したいこともあるしな。」


 イェルレイム人指揮官の男は笑みを見せてリーダーとの面会を所望した。


「確認したいことだと?なんだ?我らの指導者にイチイチ聞かないとわからないことか?」

「あぁ、俺の軍事学校の同期が数か月前にティアレに降下した筈なんだが、一向に連絡が無いんだ。君たちダニーク人と共闘してる様子も無いし、情報局も何も掴んでない。もしかして、お嬢ちゃん何か知らないか?」


 男は笑みを絶やさずサーラに問いかける。

 それにサーラは何の躊躇も無く事実を答えた。


「ティアレに降下した連中なら全員始末した。お前たち共和国もダニークの敵に過ぎないと分かったからな。」


 直後、イェルレイム空挺兵団の兵士たちは一斉にサーラに銃口を向け、それに革命親衛隊の戦士たちも即座に反応して銃口を「敵兵」に向ける。

 両者は今や完全に敵同士として対峙していた。


「……やっぱりか。怪しいと思ったんだ。部下の工作員も定期連絡を寄越さないし、お前たちダニークの行動が明らかにこちらの意図を無視して突き進んでいる。我々共和国の後ろ盾を失って、貴様等ダニークの蛆虫共に何が出来るっていうんだ?小娘。」


 そういうと優男は胸ポケットからメガネを取り出して装着した。

 共和国残党部隊の指揮官だと思っていた男は、共和国情報局の工作員「ミスターD」その人だった。

 ダニーク解放戦線のリーダーでありサーラの父親であるゲイル・ベルカセムに接触して銃火器を提供し、武装蜂起を手助けした張本人。


「ふん。貴様が同志書記長が言っていた「昔の知り合い」か。」

「うん?ゲイルは「昔の知り合い」と言ったのか?どういう意味だ。」

「貴様が死に値する程のマヌケだと言う意味だ。豚野郎。」


 サーラのその発言の直後、ミスターDの隣にいたスタントール人の青年が手にした自動拳銃の銃口を彼の頭に向けた。その他のスタントール人左派の男たちも、銃火器を傍らにいた共和国軍兵士に向けて構えている。


「……これはどういう魔法だ?何をした、亜人の小娘。」


 ミスターDに動揺が現れる。事態を飲み込めていない。

 共和国軍兵士たちにも狼狽が見られる。

 ついさっきまで仲間だと思っていたスタントール人が、今度は自分たちに銃口を向けている。

 

「それについては私からご説明しましょう。ミスターダヤン?」


 声が共和国軍兵士たちの背後から聞こえてきた。

 冷徹な女の声。

 やがて特徴的な明るい茶色の軍服を身に纏った黒髪の美女が姿を現した。


「貴様は?……まさか……アーガン人民共和国の工作員か!」

「如何にも。お初にお目にかかります。

 人民共和国内務人民委員のカレン・アクラコンにございます。」


 ミスターD改めダヤンの額に嫌な汗が流れる。

 その名前はよく知っている。世界の諜報機関に勤める者の間で知らぬ者はいない。

 アーガン人民共和国内務人民委員書記代理にして対外工作部隊指揮官。

 もし「勤務地」で敵として彼女と出会った場合、それは死を意味する。

 諜報戦のエキスパートで自身も凄腕の工作員。人民共和国の対外謀略のほとんどに彼女が関与しているとも言われている謎の多き女。

 ダヤンにとって姿を見たのはこれが初めてだ。てっきり老獪な初老の女かと思っていたが、どうみても20代前半の若い女だ。


「なぜ、アーガンの工作員がここに居る?」

「それは下らない質問ですね。それにありきたりだ。つまらない。」


 カレンは冷徹な笑みを浮かべる。

 背筋が凍り付くような感覚がした。


「……アーガンのアカ共が。何のつもりかは知らないが、これは明白な共和国への敵対行為だ。断固として許されない。いや、共和国同盟全体への裏切りと言ってもいい!盟主であるエルエナルが知れば、お前たちアーガンもお終いだ!わかってるのか!?」

「うるさいなぁ。なら今からお前のボスに電話してやるから待ってろ。」


 そういうとカレンは小型無線機の倍以上の大きさがある衛星電話機を取り出し、何処かへコールした。

 直ぐに相手が出る。


「こんにちは、ベングリオン局長。はい、「例の件」でお電話しました……はい、こちらで処分致します……ええ、かまいませんよ。大統領によろしくお伝えください。では。」


 ダヤンは見るからに青ざめ、動揺している。

 最悪の事態が頭を過ぎる。


「き、貴様、今の電話は……いったい、どういうつもりだ!!」

「ふふっ。共和国でも派閥争いは大変なようですね。民主制共和国家を謳いながら、やっていることは権力闘争に明け暮れる中世的封建領主国家と変わらない。実に滑稽だ。」

「アクラコン!!答えろ!!」

「うるさいなぁ。お前の祖国はお前に全責任を押し付けて尻尾切りすることにしたんだ。元々、軍上層部や政府から疎ましがられていた空挺兵団の体のいい解隊と合わせて、お前のようなやっかいな「ファーンデディア併合強硬派」を一掃するっていう腹積もりなんだよ。つい先日、ファーンデディアは北部を共和国が、南部を我が人民共和国が指導するダニーク人国家が支配することで密約が結ばれたんだ。

 つまり、ダヤン。お前はもう用済みだ。」

「そ、そ、そんな、馬鹿な……いったい、祖国は何を考えているんだ……ファーンデディアは、俺たちイェルレイムのモノだ……それを、それをみすみす南半分をダニークとアカに引き渡すというのか……」


 ダヤンは力なく項垂れ、膝をついた。

 共和国空挺兵団の兵士たちも、今のカレンの発言を聞き戦意を喪失した。

 そもそも無謀とも見られていた南部ファーンデディアへの大規模空挺攻撃が、実は自分たちの体のいい解隊処分の為に祖国が仕組んだことだと知り、大いに落胆した。


 彼ら空挺兵団は、陸軍の精鋭中の精鋭として国民からの人気を集め、熱狂的な祖国への忠誠心とファーンデディア奪還を望む「強硬派」として知られていたが、それを共和国の上層部は疎ましいと感じていたのだ。

 第一に、いかに北辺の強国・エルエナル民主統合共和国の支援があると言っても、強大な工業力を有するスタントールを完全に打倒して戦勝するなんぞ、まず不可能。

 故にある程度大打撃を与えた上で、頃合いを見て講和し、自分たちに有利な条件を引き出した上で戦争を終わらせる必要がある。

 しかし、空挺兵団のような「強硬派」連中は断固反対し戦争続行を訴えるだろう。

 当然メディアをはじめとする国民世論もそちらへ靡いてしまう可能性が強い。

 何とかして「強硬派」を黙らせる必要がある。

 そこで考え出されたのが、この南部ファーンデディアへの大規模空挺攻撃だ。

 敵であるスタントールに大打撃を与えつつ、空挺兵団には華々しく活躍して散ってもらう。

 後は王国側に早期講和を打診して、共和国に有利な条件を向こうから引き出すのだ。

 石油資源の豊富な北部ファーンデディアさえ確保できれば、共和国としては「大勝利」である。

 南部にうじゃうじゃと存在する邪魔な原住民・ダニーク人は人民共和国にでも押し付けてしまえ。

 北部の原住民も、自分たちの国が出来れば勝手にそちらへ行ってくれるだろう。

 そして、最後に空挺兵団壊滅の責任は情報局の「強硬派」幹部に擦り付ければ国民も納得し、全ては丸く収まる。

 これが共和国軍及び政府上層部の目論見であった。


「落胆することはありません、ミスターダヤン。あなたは無能だった。ただそれだけのこと。自分の祖国の思惑すら見抜けないマヌケ。この業界で生きているのが不思議なくらいですわ。」


 カレンはダヤンの肩に手を優しく置くと、辛辣極まる言葉を穏やかな口調で投げつけた。


「このクソ女!!」


 ダヤンは突然立ち上がり、カレンに襲い掛かった。

 カレンはそれを紙一重で回避すると、素早い動作で足払いをかける。

 無様なイェルレイム人のメガネ男は激しく転倒。メガネは飛んでいき、顔面を覆っていた優男の変装マスクが剥がれ、冴えない中年男の素顔が露わになった。

 転倒したダヤンの左右に、音も無くアーガン人民軍政治将校の制服を着た屈強な男が現れた。

 すぐさま拘束されるダヤン。何とか拘束から逃れようと足掻くも、全く無駄な抵抗だった。


「は、離せ!俺をどうする気だ!離しやがれ!アーガンのアカ共が!!」

「あなたの国から、あなたの肉体を「無かった」ことにしてくれ、と頼まれてます。これからそこの同志2人が、あなたを特別に我が人民共和国までご案内致します。我が国が世界に誇る史上最大の超巨大ダム・コクランダムへの観光ツアーをご堪能下さい。」

「ダ、ダムに連れて行って……な、なにをする気だ!!離せ!!人民主義者のクソが!」

「ダムの底には、人民政府に忠実な半魚人の同志たちが暮らしてます。あなたには、是非、彼らの栄養源となってもらいましょう……同志たちも喜ぶわ。」


 カレンは壮絶な笑みを浮かべ、ダヤンの顔を覗き込む。

 肌が触れ合わんばかりに顔を近づけ、イェルレイム人に自身の末路を教える。

 もはや観念したのか、ダヤンは再度項垂れ、抵抗するのを止めた。


「連れていけ。」

「はっ!!同志アクラコン!ベタシゲン将軍に忠誠を!!」


 最後の「ベタシゲン将軍」のくだりが、サーラの耳に引っ掛かった。

 サーラの記憶が確かならば、今のアーガン人民共和国の指導者の名は「キムケグァン書記長」だった筈だ。

 ベタシゲン将軍の名は、アーガン人政治将校が時折配布する人民共和国政府発行の雑誌やパンフレットで頻繁に登場するから知ってはいる。人民軍で最も若く優秀な将官の一人で、世界最大の超大国にして王国陣営盟主・ロングニル王国連合の軍隊を、自身が考案した「無停止攻撃作戦」で撃破した勝利の立役者として大々的に宣伝されている。アーガンは元より、その衛星国や他の共和国諸国からも人気を集めている共和国陣営における「時の人」だ。

 もっとも、サーラがその意味を知るのは、かなり先の話となる。


「あ、あの同志!人民共和国の同志!!」


 すっかり蚊帳の外に置かれたスタントール人左派の青年がカレンに声を掛ける。

 カレンはその青年に顔を向ける。まるで路傍の石を見るかのような関心の無い表情だ。


「わ、我々は人民共和国と共にあります!世界人民革命の為、偉大なる人民の星にして百戦無敗の大将軍キムケグァン同志と共に進む我らスタントール労働者にも是非、ご指示を……」

「無い。貴様等の役目はこれで終わった。世界人民革命などという夢想を語る愚か者に、用は無い。」


 氷の方が温かみがあるのではと感じさせる程の冷徹な物言い。

 スタントール人の青年は思わず凍り付く。

 するとカレンは満面の笑顔をサーラに向けた。


「同志ベルカセム。後はお願い致します。イェルレイム人は私たちが「処理」しますので、スタントール人の始末は是非、あなた方で。」

「はい、お任せください。同志アクラコン。」

「このセティアを手に入れれば、人民共和国によるあなたたちへの支援は、更に充実したものとなるでしょう。勝利を祈ります。」


 そう告げると、カレンは部下の政治将校と共にイェルレイム空挺兵団の兵士らの身柄を拘束し、何処かへと連れて行った。

 残されたのはスタントール人への殺意に燃えるダニーク人戦士たちと、突然全てを失い完全に混乱するスタントール人左派の一団。


「お、おいジャック!どうなってるんだよ!俺たちは、人民共和国の工作部隊として王制主義者共と戦うんじゃないのかよ!」

「わ、わからないよ!なんなんだよ、あのアーガン女……こんなの聞いてないよ……」

「どうするんだよ!とにかく、アーガン人の同志たちの後を追った方がいいんじゃないのか!?」

「そ、それより、ダニーク人たちと話し合った方がいいよ……」


 スタントール人たちはすぐ傍に自分たちを殺そうと気を伺ってるダニーク人がいるにもかかわらず、内輪揉めを始めた。

 救いようの無い無能集団である。

 彼らは分かっていなかった。

 彼らは、アーガン人民共和国が指導者キムケグァン書記長の元で一枚岩で固まっていると信じ切っていた。そして、目の前に現れたアーガンの工作員も、当然キムケグァンの名前を出せば自分たちの忠誠を信じてくれると思っていた。

 だが違った。それはカレン・アクラコンという女の逆鱗に触れるに等しい行為だった。


 一部の人民共和国の若き幹部たちは、革命から150年が経った今も尚、「世界人民革命」なる昔の苔むした理想を追い求める老人たちを排除しようと大戦勃発の何年も前から画策しているのだ。

 その中心人物こそ、内務人民委員のNo,2にまで登り詰めたカレンである。

 彼女の望みはただ一つ。幼少の頃に忠誠を誓った「ベタシゲン将軍」ことザイツォン・ベタシゲンを国家指導者に据え、アーガンを世界最強の超大国にすること。

 その為、老人連中が仕込んだ種は全て叩き潰し、新しい種を育てる必要がある。

 カレンが戦時中にも関わらず、危険を冒してわざわざ遠くファーンデディアまで度々訪れるのはその為だ。

 スタントール人左派という古い種を潰し、ダニーク解放戦線という新しい種を育てる。


 全ては愛する男ザイツォンと祖国アーガンの為。


「あ、あの、ダニーク人のお嬢さん……」


 仲間からジャックと呼ばれたスタントール人左派のリーダー格の青年が、恐る恐るサーラに声をかける。


「なんだ、スタトリアの豚。」

「ぼ、僕たちは、君たちの味方だよ。見ての通り、僕たちも武器を持って王政と戦う覚悟を決めてるんだ。戦争を国民に強いる強権的な王政は打倒されなくちゃならない。平和こそ一番だ。そうだろう?」

「何をほざいてる?戦争が嫌なのに銃を手に戦うのか?同胞と?」

「え、えーと……つまり、僕たちは戦争は反対で平和の為に戦うんだよ。王政が行う戦争は人民を搾取して金持ち連中を満足させるためだけのもの。でも、人民による戦いは戦争じゃないんだ。全く違うものだよ。」


 もはやサーラには意味不明だった。

 あのオラン市の女市長と全く同じ匂いがする。



 これが、父さんが僅かばかりの希望を見出したスタントール人左派の姿か。

 幻滅して当然だ。

 戦争に反対と言いながら、自分たちや自分たちが支持する国の戦争は「綺麗な戦争」だと言うつもりのようだ。

 面倒臭い。こんな理解不能なクズ共は殺すのが一番だ。



 サーラは胸中で単純な結論を見出した。

 右手に持つ銀色に輝く自動拳銃の銃口を真っ直ぐジャックに向ける。


「あ……あの、とにかく話し合おうよ。話し合えば、何でも解決できるんだ。ぼ、僕たちは君たちと共に人民の夜明けを」

「話し合うことは無い。死にたくなければ、私たちと戦え。スタトリアの豚野郎が。」


 発砲。

 サーラの放った9mm弾はジャックの額の中心部に命中し、頭部内で鉛が拡散。

 スタントール人青年の脳細胞を滅茶苦茶に破壊して後頭部から弾け飛んだ。

 

 それを合図に革命親衛隊の戦士たちも次々発砲。

 スタントール人左派は一方的に銃殺された。


 その後、共和国残党やスタントール人左派、撃退した王国軍部隊が残していった銃火器や装備品で簡単に物資弾薬の補給を行ったサーラたち革命親衛隊は、ターミナル各所で戦っていた武装した港湾労働者の主力部隊を支援して回り、指揮系統を失った武装警察や王国軍、民間軍事会社の警備兵を各個撃破。港湾労働者たちから喝采を持って感謝され、その勇名を不動のものとした。

 そして気付けばターミナル全体を覆っていた銃声は止んでいた。

 サーラの小型無線機に、ダニーク解放戦線本部から「ターミナル完全制圧」の報せが届いたのは、戦い二日目の黄昏時であった。



 ダニーク人たちは、港湾都市・セティアの心臓部を手に入れたのである。

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