10. 第一日目(第二幕) 砲煙弾雨のターミナル
世界有数の物流拠点を構える大都市の朝は早い。
早朝、朝靄も晴れ、大勢の住民たちが起床し、身支度を整えて最寄りの公共交通機関の駅へと集まり出した。
ノルトスタントール連合王国統治下、ファーンデディア大半島の大動脈、人口約120万人を数える港湾都市・セティア。その人口の約3割を占めるこの街の支配民族、白人種のスタントール人のサラリーマンたちが市営地下鉄や王国国営鉄道の駅に集まり、各々の職場を目指して通勤を始めていた。
市内中心部のターミナル駅には、郊外の住宅街等から列車に揺られて市内にやってきた無数の白人たちでごった返していた。
戦時下の現在、駅には自動小銃を手にした王国軍兵士や武装警察が警戒にあたり、物々しい雰囲気に包まれていたが、既に開戦から4ヶ月以上が経過した今、大勢の通勤者にとって見慣れた光景となり始めていた。
「戦争絶対反対!若者を戦地に送る国王を弾劾裁判にかけろ!皆さんのご署名をお願いします!」
拡声器で喧しく騒ぎ立てる声が、通勤する人々の喧騒を裂いて駅に響き渡る。
「スタントール左派」と呼ばれる人民主義的思想を有する市民団体の連中が、朝からサラリーマンたちに自分勝手な主張を行い、王を裁判にかける為の署名活動を行っていた。
行き交う人々の誰もが、そんな連中を無視して職場へと急いでいた。
「ねぇ、そこのあなた!親政なんていう独裁を企んだ女王を許せないでしょ!ここに署名しなさい!」
署名用紙を手にした老婆が、傍を通りかかった若いスーツ姿の男性の裾を引っ張り、署名を強要する。
あまりにも署名が集まらない為、彼らは時折、気弱そうな若者や若い女性を見かけては力任せにサインを強制していた。
「なんだよ!離せよ、クソババァ!」
「なんですって!?この馬鹿な若造!!あんたは右派の戦争主義者かい!?」
「いい加減にしろ!!」
たまらず不快感を示した若者は、老婆を突き飛ばした。
せっかくいつもより早めに家を出て、会社に余裕をもって出勤しようとしていたのに、こんな意味の分からない連中に捕まってはたまったものではなかった。
老婆はわざとらしく後ろへ倒れ、絶叫した。
「ぎゃあぁー!!このウヨクの男に突き飛ばされたよー!見たかい!ウヨクは年寄りにこんな乱暴を働くんだよ!!」
「おい、婆さん!大丈夫かい!!やい若造!お前も戦地に送られたいのか!?戦争がどれだけ悲惨で惨いものか、わからないんだろう!!無教養なガキめ!」
「戦争反対!王は退位しろ!」と書かれたプラカードを持っていた老人が老婆に駆け寄り、彼女を突き飛ばした若者を怒鳴り散らした。
これに若者も怒り心頭する。
それだけではない。道行くサラリーマンの何人かも、足を止めてこの市民団体に抗議の声をあげる。
「なんなんだよ!!そんなにスタントールが嫌なら出て行って共和国にでも行けよ!」
「おい、クソッタレの左翼の豚共め。朝からうるせぇんだよ!女王陛下は間違ってない!」
「そうよ!私もさっき、この人に署名を強要されたわ!ふざけないで!私、見てたけど、彼が正しいわ!」
たちまち辺りは騒然とし出す。
左翼の老人や学生が大声で怒鳴り始め、それに抗議する通勤者が口論となる。
騒ぎを聞きつけ、警戒中の武装警察隊員が現れた。
「はいはい、そこまで。なにがあったの?」
「そ、そこの若造に突き飛ばされたんだ!!あいつはウヨクだ、お巡りさん!早く射殺してくれ!」
「ふざけるなよ、ババァ!いきなり人の腕を掴んで、署名を強要したのはあんただろうが!」
市民団体の連中が若者を射殺するか拘束しろと喚き、周囲の通行人たちは不愉快な左翼団体を取り締まれと詰め寄る。
そんな騒ぎの片隅で、市民団体の集団の背後に清掃員用作業服に身を包んだ褐色肌の男性が群衆の中から現れ、大きめの肩掛けバックを地面に置くと、何処かへと去っていく。
衆人の耳目は市民団体と通行人たちの騒動に向けられ、男がバックを置いて立ち去ったことに誰も気付かなかった。
もちろん、渦中の只中にいる武装警察隊員も気付かない。
「その前に、お前たち市民団体は駅構内での活動許可を取ってるのか?」
武装警察の男が、市民団体のリーダーと思しき州議会議員のバッジをつけた高級スーツに身を包んだ老人に確認する。
「活動許可?何を言ってる!?私たちは正義に基づいて行動しているのであって、許可なんぞ取る必要は無いだろう?」
「つまり許可を取ってないんだな?」
「私たちは労働者人民の味方であり、断固として民主主義に反する……」
「分かった。お前のご高説は署でゆっくり聴こう。」
そう言うと警官らは、市民団体代表の男の身柄を拘束して連行しようとする。
団体の構成員は、さらに声を大にしてそれに抗議し、一方の通行人たちは拍手喝采でそれを見守った。
その直後である。
駅構内で大爆発が発生した。
市民団体の連中の真後ろで炸裂した強化プラスチック爆弾は、瞬く間にターミナル駅改札前の広場を地獄絵図に変えた。
爆発範囲内にいた全ての人間の身体を粉砕。市民団体の構成員は一人残らず肉塊と化し、対応していた警官や口論相手の通行人も、もはや人間だった原型を留めていない。
範囲外にいた者も、殺傷能力向上の為、バッグに仕込まれていた無数の鉄釘の雨を受け、死亡または重傷を負っていた。
たちまち、ターミナル駅構内は悲鳴が木霊する阿鼻叫喚の惨状を呈する。
血と肉片があちこちに飛び散り、爆風や破片で手や足を失った者が苦痛に耐えきれず唸る。
そして、爆発から数瞬の間を置いて、今度は作業服の上に弾帯ベルトやコンバットハーネスを着た完全武装の褐色肌の男女数十人が姿を現した。
片腕を失い、今まさに出血多量で死の間際にあるスタントール人の中年サラリーマン男性が、その一人に救命を求める。
「た、たすけてくれ……このままじゃ、俺は死んでしま」
銃声。
助けを求められた褐色肌のファーンデディア原住民・ダニーク人の男は、白人の男を死なせてやった。
手にした自動小銃で、男の頭部を銃撃。即死である。
「こちらケンタウロス3。目標3・セティアグランドセントラル駅、攻撃開始。
全てのスタトリアに死を!」
今しがた中年サラリーマンを射殺したダニーク人の男が、肩に取り付けた小型無線機で「作戦開始」を告げた。
すると、ダニーク人の武装集団は、辺りかまわず激しい銃撃を開始した。
大勢の白人の民間人に向って叩き付けられる、銃弾の雨。
瞬く間に無数の人々が撃ち倒され、理不尽にその人生を強制終了させられていく。
完全に大混乱となったセティアのターミナル駅。スタントール人の人々はでたらめに逃げ回り、混乱に拍車をかける。
短機関銃や自動小銃で武装した駅を警戒中だった武装警察隊員数名が現場に到着。無差別銃撃を行う褐色肌の原住民と交戦を開始するも、混乱によって本隊の来援は遅れ、当局治安部隊は物量差で苦戦を強いられることとなる。
このような光景が、ほぼ同時にセティアの街中の主要交通機関や行政区画で発生していた。
……
後にこの「セティアの戦い」は、ダニーク人武装勢力による市内一斉同時多発テロをもって始まった、と王国側の歴史書に記録されることになる。
……
ターミナル駅で大爆発が起こったのと同時刻、もう一つのターミナルにして港湾都市・セティアの要とも言うべきコンテナターミナル東側の一角では、既にダニーク人武装集団と治安当局による激しい戦闘が巻き起こっていた。
褐色の少女サーラが指揮するダニーク解放戦線・革命親衛隊は、自分たちが吹き飛ばした東ブロックコントロールビル付近一帯に展開し、セティア・コンテナターミナルを守る王国軍主力部隊との戦闘に突入していた。
スタントール王国軍は、強力な35mm機関砲と対戦車ミサイルを備えた歩兵戦闘車や、六輪走行で25mm機関砲を回転砲塔に載せた装輪装甲車を中心とする機械化部隊を東ブロックに投入。さらに、攻撃ヘリ2機も差し向け、コンテナターミナルを襲撃してきた悪辣な褐色肌の亜人を、何があっても皆殺しにせんと殺到した。
陽動成功である。
極めて強力な敵戦闘部隊は、ターミナル東ブロックに集結し、サーラたちと交戦を開始した。
遅れて行動を開始した港湾労働者を中心とした「主力部隊」と対峙するのは、ターミナル運営会社が個別に契約している民間軍事会社の社員を中心とする保安部隊。
実戦経験の無い労働者ばかりの「主力部隊」でも、何とか相手に出来る連中だ。
それに数は圧倒的にダニーク側が上。
あとは、この敵主力である王国軍機械化部隊を東ブロックに釘付けに出来ればいい。
だがサーラをはじめとする革命親衛隊の面々は、ここで王国軍を殲滅するつもりでいた。
誰一人として、生きて返さない。
自分たちの国を手に入れる為に、ここで奴らを倒す!
誰もが覚悟を決めていた。
自らの命を引き換えにしてでも、愛する者たちが「心から笑える日」を手に入れる為に。
「クソッ!!あの戦車が邪魔だ!誰か始末しろ!」
逞しい筋肉を蓄えた褐色美女のナリータが叫ぶ。
強力な歩兵戦闘車が、35mm機関砲の咆哮をダニーク人たちに叩き込んでいた。
既に、この歩兵戦闘車により10名以上の戦死者が出ていた。
コンテナの裏に隠れ、何とか銃撃を凌いではいるが、このままではジリ貧である。
いずれ敵兵に狩り立てられ、敵装甲車の餌食になってしまう。
「対戦車ロケットはどこだ!?誰が持っていた?」
サーラが直ぐ隣にいた少年戦士のユーセフに問う。
「同志サーラ!!第3班の連中が持ってましたが、彼らは先程全滅しました。」
「どこでやられた!?」
「コントロールビルの裏手です!あっちです!」
美少年と言っていい褐色の少年兵が指を差して方向を指示する。
隠れているコンテナの反対側。敵兵の一団が銃撃しながら進んでいる構内車路の先、建物の残骸の中で数名のダニーク人の男女が死体となり倒れていた。
その中の一人が、目当ての武器を持ったまま息絶えている。
彼らダニーク解放戦線の新たな支援国である「人民共和国」より供与された新型の対戦車ロケットランチャー。
あれさえあれば、王国軍の歩兵戦闘車を撃破出来るはずだ。
「援護しろ、同志ユーセフ!あれを使う!」
仲間たちの返事を待たず、サーラはコンテナの裏から躍り出て、真っ直ぐ道路を挟んで反対側の建物の残骸へと突っ走る。
「同志サーラ!!……あの人を絶対に死なせるな!!撃ちまくれ!!」
サーラと共にコンテナに隠れていたダニーク人戦士10名が、意を決して姿を現し、王国軍に向って持てる全ての弾丸を叩き込む。
これに王国軍兵士もすぐさま反撃。
歩兵戦闘車の機関砲も叫ぶ。その叫び声は、瞬く間に褐色亜人の暴徒4人を挽肉にした。
一方のサーラにも、敵兵数名が自動小銃による銃撃を加えるが、サーラが建物残骸に辿り着く方が早かった。素早く瓦礫に身を隠すと、傍らで倒れている同胞が持つ目的の武器である対戦車ロケットランチャーを手にした。
既に、発射筒の先端に取り付けてある円錐状の弾頭本体の安全カバーは取り外されてある。
恐らくランチャーを持ったまま絶命した戦士は、これで歩兵戦闘車への攻撃を試みようとして命を落としたのであろう。
サーラは、緋色の瞳を見開いたまま絶命する若い男性戦士の目をそっと閉じ、彼に言った。
「同志。あなたの無念、晴らしてあげる。名前を奪われた神様の傍で、私たちを見守ってね。」
サーラは覚悟を決め、ロケットランチャーを構えて立ち上がる。
敵歩兵戦闘車に狙いをつけると、発射トリガーを引いた。
背中にバックブラストの余波を感じる。
ロケットは折りたたまれていた安定翼を展開して、狙いたがわず戦闘車の側面装甲に直撃した。
爆発。
歩兵戦闘車の35mm機関砲搭載の回転砲塔が吹き飛び、これを撃破した。
燃え盛る炎。戦闘車から乗組員が炎に身を焼かれながら転がるように出てきた。
断末魔の叫び声が戦場に響く。
だが、敵王国軍兵士に狼狽は見られない。
以前サーラが相手をした武装警察や所轄警官は、装甲バス等の主要車両を失ったら酷く動揺していたが、高度な訓練に加え実戦経験もある王国軍兵士は、この程度では狼狽えなかった。
「あそこのダニ女だ!あの小娘を殺せ!」
すぐさま発射元を特定し、建物の瓦礫の中にいるサーラに向って何発もの5.56mm弾が飛来する。
サーラは弾頭が無くなったロケット発射筒を放り捨てると、瓦礫に身を隠して敵弾をやり過ごす。
ピシピシと、敵弾が瓦礫のコンクリートを穿つ音が聞こえる。
殺す?お前らがこの私を?
殺せるものなら殺してみろ!
死ぬのは、お前らだ!
サーラはスリングを引っ張り、背中に回していた自動小銃を両手に持つと、セレクターレバーをオートに切り替えた。コンテナを飛び出す直前にリロードしていたから、弾倉には30発の5.56mm弾が入っている。
赤黒い殺意と憎悪のオーラが美しき褐色肌の少女の全身を包む。
何の恐怖も、躊躇も感じない。
今、サーラが考えることはただ一つ。白い肌の害獣を殲滅することだけ。
敵の銃撃が一瞬弱まる。
歴戦の少女は、その気を逃したりはしない。
一気に瓦礫から駆け出して、敵兵に向ってフルオート射撃。
瞬時に敵兵5名の頭部を撃ち抜き射殺。2名に重傷を負わせる。
「クソッ!なんだあのクソガキは!?
ジャックとステイムがやられたぞ!衛生兵を呼べ!」
敵部隊の小隊指揮官と思しき大男が、大声で叫ぶ。
瓦礫の山を駆け抜け、作業員休憩小屋の窓ガラスを突き破って中に身を隠したサーラは、窓から声の主を確認する。
三発発砲。
指揮官らしき大男に正確に注がれた銃弾は、男の頭部を破壊してヘルメットを弾き飛ばした。
大男の脳漿のほとんどが、血肉となってファーンデディアの大地に注がれる。
「なんてこった!小隊長がやられた!こちらガルファー2-2!
小隊長戦死!繰り返す、小隊長戦死!」
スタントール兵の一部に混乱が見られる。
どうやら今の大男が指揮官で間違いなかったようだ。
サーラは、副官のナリータに通信を入れる。
「同志ナリータ。敵装甲車及び敵野戦指揮官一名を始末した。
一部の敵が混乱している。全力で叩け!」
『了解!同志サーラ!!行くぞ!ぶっ放せ!スタトリアを始末しろ!!』
反対側のコンテナに隠れていたダニーク人戦士たちが反撃を開始。
王国軍兵士が一人また一人と倒れていく。
この強烈な敵第二派も何とか倒せる……革命親衛隊の戦士たちが淡い期待を抱いたその時。
空から破滅が舞い降りた。
重厚なローター音が近付いてくる。
軍用の強力なエンジンとブレードがファーンデディアの空気を切り裂いて、武器を持った原住民を空から殺戮せんと、攻撃ヘリコプターが襲来してきた音だ。
スタントール王国製の小型攻撃ヘリ。タンデム式コックピットのシャープなボディの両脇に対戦車ミサイルやロケット弾を装備し、機首下部に20mm三砲身ガトリングガンターレットを有する地上部隊の悪夢である。
その数、2機。
今、この東ブロックで戦闘中のダニーク人武装集団を殺戮するのに1機でも十分だというのに、まるで確実に殺し尽すという王国側の絶対的殺意を表すかのように2機も送り込まれてきた。
「こちらゴング1。敵歩兵を確認。交戦を開始する。」
『了解、ゴング1。別ブロックでも亜人共の暴動が始まった。速やかに東ブロックの敵を殲滅し、直ちに次の目標に移れ。』
「ゴング1、了解……調子に乗りやがって……亜人を捻り潰してやる。」
ヘリパイロットは本部との通信を終えると、機首を下方に向け、攻撃姿勢を取る。
前席に座る射撃手が、ガトリングガンの射撃トリガーを引いた。
猛烈な20mm弾の雨が、サーラたち革命親衛隊がいる一角に襲い掛かる。
たちまち、反撃の為に物陰から飛び出していたダニーク人戦士の一団の身体を引き裂いた。
勇敢で実戦経験も豊富だった彼ら彼女らは、瞬時に物言わぬ肉片となった。
「クソッタレ!!スタトリアのハエが!!」
労働者休憩小屋に退避することで、辛うじて難を逃れたナリータが毒づく。
そこにはサーラがいた。
窓から外の敵ヘリコプターの様子を伺い、油断なく自動小銃を構えていた。
それに気付いたナリータが、サーラに指示を仰ぐ。
「同志サーラ!!まずいよ、ヘリだ!対空火器なんて無いけど、どうする?」
「わかってる、同志ナリータ。落ち着いて……あと少し……そうだ、こっちを向け。ハエ野郎……今だ!」
するとサーラは自動小銃を数発発砲した。
最初、ナリータには彼女が何をやっているのかわからなかった。
窓から外を伺うと、敵ヘリコプター1機がコントロールを失い、錐もみ状態となって大地に落下していた。
直後、爆発。
爆炎が上がり、黒い煙がコンテナの向こうから立ち昇る。
恐るべきことに、この8歳の少女は、極めて正確な射撃で敵ヘリコプターの操縦兵を射殺したのだ。
ほとんど常人離れの芸当と言っていい。
ナリータは、改めて革命指導者の娘にして恐れを知らぬ少女兵への畏敬の念を強めた。
「やったぞ!誰かがヘリを1機撃ち落とした!なんて奴だ!!」
「スゴイわ!!誰がやったの?」
他のコンテナや建物に退避していた革命親衛隊の戦士たちが歓声を上げる。
すぐさまナリータは小型無線機で仲間たちへ「戦果」を報告する。
「サーラだ!同志サーラがやったぞ!!ヘリは彼女にまかせて、私たちは敵を叩きのめすぞ!」
『了解!同志野戦指揮官!!』
そのサーラは、既に残りの1機に狙いを定めていた。
敵機の挙動には、あからさまな動揺と恐れが見て取れた。
敵ヘリが1機減ったことで、勇気づけられたダニーク人男性戦士の一人が余ったプラスチック爆弾を持って王国軍装輪装甲車の車列に突撃。命と引き換えに敵装甲車1台を撃破した。
歩兵戦闘車に続き、さらに装甲車も失ったことで、地上部隊もさすがに混乱し出す。
「ゴング1、ダウン!ゴング1、ダウン!!
ターミナル東ブロック!ゴング1が撃墜された!!
一体どうなってる?こいつらは本当に亜人の暴徒なのか?強力な対空火器を持ってるぞ!」
『こちらガルファー2-2!大至急応援を!
敵は対戦車兵器も持ってる!たった今、装甲車がやられた!
何が「ダニークの暴徒」だ!?話が違いすぎる!!
クソッ!ボリー、そいつを抱えて後退しろ!!』
『こちらブラックベアー。情報が錯綜している。
敵は潜伏中の共和国空挺兵残党とそれに協力するダニーク武装勢力の可能性あり。
コンテナターミナル全体でダニーク人労働者の武装蜂起を確認した。
これ以上の増援は送れない。繰り返す、増援は不可。現状の戦力で対処せよ。』
「こちらゴング2!地上部隊、敵の対空兵器を排除してくれ!このままでは支援できない!」
『ガルファー2-2!ふざけるな!ゴング2!対空兵器なんか無い!
さっさとダニークのクソを空から始末しろ!!
ブラックベアー、増援を寄越せ!警備会社でも構わない!!』
サーラの与えた影響は絶大であった。
スタントール軍側の混乱は広がり、空陸の連携が上手くいかない。
残った攻撃ヘリのパイロット、コールサイン・ゴング2は、とにかく地上に目を凝らした。
何処かに敵の対空兵器があるはずだ。
ミサイルのような攻撃ではなかったから、大型対空火砲が何処かに隠されているに違いない。
地上部隊からの支援要請を無視し、ひたすらありもしない敵重火砲を探し回った。
その様子を、地上から自動小銃のリアサイト越しに睨む緋色の瞳。
三発発砲。バースト射撃。
音速を超えて飛来した5.56mm弾は、初弾がキャノピーのガラスを叩き割り、次弾と三発目がパイロットの頭部へと突き刺さる。即死であった。
2機目の攻撃ヘリもコントールを喪失し、墜落し始める。
前席に座るゴング2射撃手の女性兵士の絶叫は、誰にも届かなかった。
機体は運悪く戦闘中の味方地上部隊の装甲車車列の真ん中に激突。
爆発、炎上。
王国軍装輪装甲車2台が巻き込まれ、完全に大破した。
爆風とヘリのブレード等の破片が、周囲の王国軍兵士多数を死傷させる。
これでダニーク人側の優勢がほぼ確定した。
「勝鬨を上げろ!!生き残った者たちは、一斉に反撃に移れ!!」
サーラが叫ぶ。
その雄たけびに、革命親衛隊の戦士たちが続く。
『オオォォーーーッ!!』
完全武装の褐色肌の男女が、手にした銃火器を弾丸尽きるまで撃ち放つ。
歴戦のスタントール軍といえど、もはや耐え切れない。
戦士の一人が対戦車ロケットランチャーを発射し、後退を始めたスタントール軍装甲車1台を撃破した。さらにスタントール軍側の戦意が低下する。
死傷者はいたずらに増え続けるばかり。ついに、スタントール軍残存部隊は全面後退を開始した。
コンテナターミナル守備隊の本隊を撃破した瞬間である。
サーラは尚も後退する敵兵に向かい銃撃を加え、さらに数名を射殺する。
それを邪魔をするかのように突如通信が入る。
『あー、あー、聞こえるか?こちらは共和国軍空挺兵団残存部隊。コンテナターミナルで戦闘中の原住民部隊指揮官の周波数で間違いないか?』
サーラは肩の小型無線機から聞こえてきた不躾な声に不快感を示す。
とりあえず応答する。
「共和国のマヌケな負け犬共が何の用だ?なぜこの周波数を知っている?」
『言うね、気に入った。会って話がしたい。現在、現地協力者と共に準備している。完了次第、そちらに向かう。お願いだから撃たないでくれよ。』
「貴様等の態度次第だ。」
『オーケー。お互い、紳士的にいこう……失礼、そちらは淑女だったか。』
「ふん。原住民部隊、通信終了。」
来たか。
サーラはそう思った。
作戦開始一日目にして、共和国の生き残り連中も行動を開始したようだ。
「同志サーラ。今のは?」
頼れる副官ナリータも、先程の通信が気になったようだ。
戦闘が一段落し、辛くも生き残ったユーセフをはじめとする革命親衛隊の面々も、指揮官サーラの元に集結してくる。
「同志ナリータ。共和国の馬鹿が横槍を入れたがってるみたい。本部に報告するわ。」
そう返事すると、直ちに解放戦線本部に指示を仰ぐ。
「こちらゴブリン1。共和国の負け犬共から通信があり。指示を請う。」
『ゴブリン1、こちらネスト……とにかく、現状維持を……待て……書記長閣下に代わる。』
通信機の受け渡しをする音が聞こえ、一瞬だけ通信が途絶える。
『ゴブリン1……同志、共和国の連中が接触を試みたのは君たちだけのようだ。正確にこちらの精鋭部隊を判別するやり口……恐らく、私の「昔の知り合い」が関係している。接触してくれ。その後の処理は「友人たち」に任せる。詳細は「彼女」から聞いてくれ。』
「こちらゴブリン1。承知しました、同志書記長。通信終了。」
サーラは交信を終わる。
「昔の知り合い」というのは、サーラの父親にして今やダニーク解放戦線最高指導者となったゲイル・ベルカセムに、武装蜂起前に接触してきた「共和国関係者・ミスターD」を名乗るイェルレイム共和国のスパイだろう。
そして「友人たち」というのはダニーク解放戦線の新しい支援国である「アーガン人民共和国」の工作員たち、「彼女」というのはその人民共和国工作部隊のリーダーであるカレン・アクラコンのことだ。
第一日目の空は、黄昏の時を迎えて赤みを帯び出した。
セティアの街のいたるところで銃声と爆発音が響き、スタントール当局治安部隊とダニーク人武装労働者との戦闘は尚も続いていた。スタントール人の死傷者数は、もはや把握しきれないほどである。
「セティアの戦い」緒戦を、ダニーク人は優勢で飾った。完全なる奇襲となった上、サーラたちが治安部隊の主力とも言える王国軍機械化部隊に大損害を与えたことも大きく作用した。
無論、犠牲者が出なかった訳ではない。
ダニーク側もこの日、全体で100名近い戦死者を出していた。
そして二日目にして共和国も動く。
戦いはまだ、始まったばかりだった。




