9. 第一日目(第一幕) 銃を持った労働者たち
「始まりの街」で始まった敵正規軍との本格的な戦い。
私は、突き進む。
どれだけの犠牲を払おうとも、必ず、
ダニークのファーンデディアを手に入れる。
一台の白いセダン車が、まだ朝靄が晴れない巨大コンテナターミナルの東ブロックを管制するコントロールビルの隣にある従業員駐車場に到着した。
運転していたのは金髪碧眼の白い肌の男。年齢は30代前半で、自宅近くの仕立て屋で購入した庶民的なスーツを着ている。このビルで働く大勢の従業員の一人だ。
彼はスタントール人。このファーンデディアと呼ばれる大地で、最も巨大な港湾都市・セティアを支配するノルトスタントール連合王国の国民だ。
車を指定駐車スペースに停め、助手席に置いてあった新聞と仕事カバンを手に取り、車を降りる。
今日は、彼が早出の当番だった。
今、ビル内にいる夜勤シフトの者たちは、彼をはじめとする日勤シフトの出勤を首を長くして待っていた。
今現在、ノルトスタントール王国は戦時下にある。
主戦場はこのセティアから北へ遠く離れた場所だ。
しかし、北の国境を突破して攻め込んできた「北辺の蛮族」ことイェルレイム民主共和国は数か月前、この街に大規模な空挺攻撃を仕掛け、これを大混乱に陥れた。
スタントール人の彼も、混乱に巻き込まれた一人である。
その日彼の職場であるコンテナターミナルに、空から共和国軍兵士数十人が降りてきた時は、生きた心地がしなかった。
だがそれも、急行した軍と武装警察が片付けてくれた。
問題はその後だ。
この世界有数のコンテナ取扱量を誇るセティア・コンテナターミナルで主に荷揚げ人夫として働く褐色肌の原住民・ダニーク人たちが、共和国による空挺攻撃の後、それに触発されたのか待遇改善や給料上昇を求めるデモやストを続発させ、その度に武装警察や軍が叩き潰す羽目になった。
何度叩き潰してもダニーク人連中は懲りずにストを繰り返し、特に年が明けてからは明白なサボタージュも行って業務を露骨に妨害している。
おかげで、ここ最近は物流が停滞気味になってしまい、王国軍の担当者が連日のように輸送ノルマ未達を会社に責め立てに来ていた。
「はぁ~……」
思わずため息が漏れる。
彼はこのターミナル東ブロックコントロールセンターにおける人員割り当て管理官だ。担当ブロックに届けられた物資の量を計算して、必要な作業人夫の数を割り出し、そこへ配置する。
ところが、連日のストやサボタージュでダニーク人日雇い労働者は満足のいく人数が集まらず、常に極度の人員不足の状態で物資運搬をせざるを得ない状況となっていた。それが労働環境の一層の悪化を生み、さらにダニーク人労働者の不満が高まるという悪循環をもたらしていた。
だが今は戦時。
原住民連中の不満は、ターミナルを警備する軍や民間軍事会社の強面連中が力で押さえつけている。
管理官である彼自身は、それを面白く思ってはいない。
昨日も、酷い人員不足の中、規定重量を超える荷物を無理に運ばせようとして、ダニーク人労働者の一人が荷崩れを起こした物資に潰されて死んでしまうということがあった。
死亡した労働者の仲間たちが管理官の彼に詰め寄り、労働者が死んだ責任を大声で追及してきた。
しかし、直ぐに自動小銃で武装した軍の兵士数名が駆け付けて威嚇射撃を加え、ダニーク人連中を大人しくさせてくれた。
その際、去り際にダニーク人たちが彼に向ける睨むような視線が痛かった。
このことを同僚に話すと、同僚の男は事も無げにこう言ったものだ。
「ダニーク人なんぞ掃いて捨てるほど居るんだ。気にするな、あんな馬鹿な亜人共のことなんか。」と。
「そうは言っても、これじゃダニーク人の恨みを買うばっかりだろうに……」
思わず独り言が漏れてしまう。
彼自身、このままではその内取り返しのつかないことになるのでは……と危惧していた。
この職場のことだけではなく、もっと大きな……民族だとかそういうマクロ的な意味合いとして。
実際、ここファーンデディアの南の方でダニーク人の一部が「暴動」を起こしているらしいが、北の戦況報道ばかりが優先されているせいで、その原住民の「暴動」のことは断片的にしか大衆には伝わっていなかった。
車に鍵を掛けて、職場のビルへ向かう。
職場であるところのコントロールビルの入口には、民間軍事会社の社員が一人警備に就いていた。
サングラスに紺色のヘルメット、同じく紺色のタクティカルベストを兼ねた防弾チョッキを着て、ハンドガードが強化プラスチックになっている新型の短機関銃を装備している。ベストの左胸には、この警備兵が所属する企業「ファーンデディア・アウトカムズ」の企業名とロゴが印字されていた。
「おはようございます。社員証を提示してください。」
彼はこの警備兵が嫌いだった。
サングラスをかけているから素顔は見えないし、何より毎日顔を合わせるのに、決まって社員証の提示を求めてくる。それが規則だから仕方ないのだろうが、いい加減、自分の顔くらい覚えてくれ、と思わずにはいられなかった。
「はいはい、どうぞ確認してください。」
首にぶら下げた社員証を見せ、入場許可を貰う。
「どうぞ。」
警備兵の男が、鍵を開けてビルの扉を開いた。
直後、銃声が響く。
ビルの扉を開けた警備兵の顔面、サングラスのブリッジのところに銃弾が命中し、サングラスが破壊されて男の素顔が明らかになった。
しかし、それがこの警備兵とターミナル管理官の30代スタントール人男性との永遠の別れとなった。
「えっ?」
最初、何が起こったか分からなかった。
余りにも突然のことだ。直ぐ傍にいた同胞の警備兵が射殺された。
次の瞬間、そのターミナル管理官の身体にも数発の銃弾が叩き込まれた。
身体はビル入口の壁に叩き付けられ、足が言うことを聞かずに地面へ崩れ落ちる。
「えっ!?えっ?……うっ、ゴホッ!!」
ビルの壁に寄り掛かるように倒れたまま身動きできない。四肢に力が入らない。
肺から血が溢れてくる。息が出来ない。
胃や腸からも壮絶な激痛の信号が、遅れて脳に届けられる。
「な、ゴホゴホ!!う……うあぁ……な……なんで……」
視界が薄れていく。
その朧気な視界に、褐色肌の少女のような姿が広がる。
何かを右手に持ち、その手にした「何か」を自分に向ける。
銃だ。この少女は銃を持っていてその銃口を自分に向けている。
「ゴホッ……やめ……たすけ……」
銃声。
スタントール人港湾管理官の男性の一生は突然幕を閉じた。
彼は、愛する妻や生後6ヶ月になる息子に別れを告げることも出来ずに唐突に世を去った。
「こちらゴブリン1。東ブロック管制タワー入口を確保。」
今しがた、スタントール人2名の命を奪った褐色肌の少女が、肩に取り付けた小型無線機で「仲間」に状況を報告する。
少女の名は、サーラ・ベルカセム。
褐色肌の原住民ダニーク人の美しい少女だ。その身体は毎日の鍛錬によって鍛え上げられ、街のチンピラ程度では、たとえ束になってかかっても彼女に傷一つ負わせることは出来ないだろう。
全ては民族の自由を手に入れる為に。
今、その為の「第二歩」を、サーラをはじめとするダニーク人たちは踏み出していた。
『こちらネスト。了解、ゴブリン1。ゴブリン2が向かっている。合流せよ。』
「ゴブリン1了解。入口にて待機する。通信終了。」
通信終了後、しばらくして褐色肌の筋肉逞しい女性が率いる完全武装のダニーク人の一団が現れた。
時間通りだ。
「同志サーラ、おまたせ。おっ始めましょう。」
「同志ナリータ。それに革命親衛隊の皆……始めよう。視界に入った白い肌の人間は全て撃て。」
「はっ!!」
サーラが率いるこの「革命親衛隊」は、武装蜂起を開始した最初期に発生したスタントール人武装警察部隊との激戦を制した経験を持つ、ダニーク人武装勢力「ダニーク解放戦線」において最も実戦経験豊富な戦闘部隊である。
それに加え、副官であるナリータをはじめとする親衛隊の主要メンバーは、いずれもかつてサーラやその父にして「解放戦線総書記長」となったゲイル・ベルカセムと同じ農園で働いていた顔見知りである。結束力も強く、事実上の総書記長直属部隊で、重要な作戦において真っ先に投入されるダニーク人の最精鋭部隊。
彼らの目的は、忌々しい敵たるノルトスタントール連合王国の兵站の要の一つである、このセティア・コンテナターミナルを徹底的に破壊することだ。
これまでのような散発的なデモやスト、あるいはサボタージュとは訳が違う。
今しがた入口を制圧したコントロールビルのようなターミナル主要施設を爆破し、ターミナルに居る全てのスタントール人を始末する。
無論、それは始まりに過ぎない。
人口約120万人を有するこの大都市・セティアの各地で解放戦線の戦士と武装した港湾労働者らによる大規模同時多発攻撃を敢行して市のインフラ、行政機構、治安部隊に大打撃を与え、速やかに街を制圧する……
これこそ、指導者ゲイルが思い描いていたダニーク人民革命「第二段階」である。
その開戦を告げる第一撃を見舞ったのが、ビル入口の警備兵の眉間を撃ち抜いたサーラの銃弾であった。
「……同志サーラ。すみません、あの白肌の男を仕留め損ないました。」
共和国製短機関銃を手にしたダニーク人少年兵がサーラに詫びを入れる。
まだ10代半ばくらいの幼さが残る整った顔をした美少年。
彼が、ターミナル管理官の男に銃弾を叩き込んだ戦士だ。
一方で、彼が詫びを入れた「指揮官」サーラは、まだ8歳の少女に過ぎない。
しかし、そこに少女のような可憐さやあどけなさは微塵も無く、全身から漂うのは「民族の自由」を何があっても手に入れるという強い決意と、敵であるスタントール人への激しい憎悪である。
「同志ユーセフ。あなた、躊躇したでしょ?」
サーラがユーセフと呼んだ少年兵の目を真っ直ぐ見つめる。
その瞳を、少年は直視できなかった。
今まさに指摘された通りだからだ。
「……はい……」
少年兵ユーセフは俯き、絞り出すように答えた。
年は5歳以上も下だというのに、まるで年齢差が逆転しているかのようだ。
圧倒的なまでの威圧感。敵に対する絶対的な殺意。
それは、古参の親衛隊戦士でさえ時として気圧される程であり、ましてや親衛隊に配属されたばかりのユーセフのような新兵には、決して抗うことは出来ない圧力があった。
「総書記長ベルカセムの言葉を思い出して。
思い出すのよ。奴らへの憎しみを。
思い出して。奴らに奪われたあなたを愛してくれた父の顔を。
あなたが殺し損ねた男は、あなたの父の仇なのよ?
あの男が、あなたの父を奴隷のように酷使し、挙句の果てに積み荷の下敷きにして殺した。
あの男は敵だ。
そして、これから突入するこのビルに蔓延る白肌のクズ共も全て敵だ。
男女の別なく、全て容赦なく殺せ。
それが出来なのなら、銃を置いて帰れ。同志ユーセフ。」
サーラは、自分より背の高い俯く少年兵の顔を下から覗き込む。
だがユーセフには、この少女が自分より何倍も大きな存在に感じられた。
息が詰まるような圧迫感。
そして伝わる戦いへの揺るがぬ覚悟。
人を殺すことに躊躇していた自分が酷く矮小な存在に感じ、そんな自分を強く恥じた。
覚悟を決めたユーセフは面を上げ、サーラの赤黒く輝く緋色の瞳を真っ直ぐ見つめ、返答した。
「いえ、僕は帰りません。父ちゃんの無念を晴らします。
次は容赦しません。ご同行をお許しください。同志サーラ。」
するとサーラは微笑みを見せた。
「行きましょう、同志ユーセフ。奴らに死を。」
東ブロック・コントロールビルへと突入するサーラたち革命親衛隊の戦士たち。
銃声はターミナルを警備する付近の王国軍兵士や警備会社の社員の耳に届いているはずだ。
ここからは時間との勝負。
一気にビル内部を掃討して、建物内の主要設備と1、2階の建物支柱に「人民共和国」提供の強化プラスチック爆弾を仕掛けて撤収する。
その後は、集まってくるであろう敵部隊を迎撃しつつ、連中を「主力部隊」から引き離す。主力部隊……それは、銃を持ったここセティアで働くダニーク人港湾労働者たちのことだ。
ゲイルたちが南のオーレン県で戦いを始める前から、現地労働者たちのまとめ役である、筋肉逞しい妙齢の褐色美女労働者・モルディアナを中心とする「セティア自由民権運動」のメンバーがデモやストライキを主導する傍ら、一部の労働者たちに簡単ながらも軍事訓練を施していた。
マフィアや所轄警官と同程度かそれ以上の戦いを遂行することが出来る程にはなっているが、強力なスタントール王国正規軍や高度な戦闘訓練を積んだ民間軍事会社の警備兵を相手するには分が悪い。
そこで、サーラとナリータが率いる革命親衛隊の精鋭たちが連中の相手をすることになった。
以前、ティアレやオランといったオーレン県の主要都市を攻略したのと同様、囮となって敵主力を相手にする危険な任務。だが、親衛隊の誰もが自ら進んでこの任を引き受けたのだ。
自分たちの国を、自由を手に入れたい、その一心が彼ら彼女らの支えである。
ビル内部には交代を待つ夜勤シフトのスタントール人管理官や事務員たちがいた。
ビルに入ってすぐの受付事務室のドアを蹴破る褐色肌の戦士たち。
「きゃっ!?なに?あなたたちは一体」
銃声。
若いダニーク人女性戦士が、手にした軍用散弾銃を事務員のスタントール人中年女性に向けて発砲した。やや小太りな白人女性事務員の身体中心部に命中した12ゲージ9粒弾の衝撃で、彼女はくの字に吹っ飛び、窓ガラスを突き破って外へ飛び出した。
心臓と肺は一撃で粉砕されていた。即死である。
「なんだ?今の音は?」
ビル2階のデータ管理室のドアを開けて、外の様子を伺う眼鏡を掛けた30代スタントール人男性。
廊下に出てきた瞬間、短機関銃が発するリズミカルな銃声と共に複数発の9mm弾が彼に襲い掛かった。
「ぐっ!あがっ!?」
廊下に撃ち倒される。心臓をはじめとする重要内臓器官に被弾。大量に出血し、瞬く間に意識を失う。
銃撃したのはユーセフだ。
もはや躊躇しなかった。確実に死に至らしめるだけの銃弾を叩き込んだ。
褐色の美少年は、自分が死への旅路へと誘った白人の冴えない男を見る。
男の碧い瞳の瞳孔が開いていく。
死んだ。
「いい調子だ。同志ユーセフ。」
サーラがユーセフを讃える。
そのサーラの周りには、2人のビル内部を警備していた民間軍事会社の社員の死体が転がっている。
彼女が手にするスタントール製軍用自動小銃からは、硝煙が燻っていた。
ユーセフが民間人の男1人を射殺する間に、この褐色少女は敵戦闘員2人を屠っていたのだ。
「ありがとうございます。同志。」
「さぁ、急ぎましょう。このままビル最上階まで駆け上り、敵を殲滅する。」
「はいっ!」
サーラとユーセフは駆け出した。
階段を一気に駆け上り、地上10階建ての細長いコントロールビル最上階の管制室を目指す。
ビルのあちこちから銃声が木霊する。
その頃、管制室の夜勤シフトの管理官たちは異変に気付き、軍と警備会社に通報を入れていた。
「はい……その、どうも銃声のようなものが聞こえるんです。そ、それで私たちはどうすればよろしいでしょうか?……はい、はい……わかりました。ここで待機して、部隊の到着を待ちます。至急お願いします。」
このビルの今のボス。今年60歳となったばかりのスタントール人東ブロック管理部長の男は、額を零れる汗をハンカチでせわしなく拭きながら、軍担当者への通報を終えたところだった。
「ぶ、部長。私たちはどうしたら?」
「あぁ……と、と、とにかく、ここで待機してろ、だそうだ。警戒部隊がこちらに急行するそうだから、落ち着いて待っていよう。」
部下の若い白人男性が心配で堪らないと言った表情で上司に指示を仰ぎ、その上司も動揺を隠しきれずにいる。
今、この巨大なコンテナターミナルの東ブロックを統率する心臓部たるコントロールビル最上階の管制室には、スタントール白人の男女数名が居るだけ。
全員、民間人だ。管制室入口にいた銃を持った警備兵は、ビルの状況を確認する為、先程階下へと降りて行った。
エレベーターは社員証記載の暗証コードを入力しないと動かない仕組みになっている上に、管制室の扉を開けるのにも、コード入力が必要となる。
だから、何者かは分からないが侵入者がここまで来ることはないだろう。
そこにいるスタントール人の誰もがそう思った。
次の瞬間。
管制室の扉の蝶番が銃声と共に破壊され、荒々しく蹴破られた。
そして間を置かずに「何か」が投げ込まれた。
手榴弾だ。その数2つ。
「えっ!?なんだこれ?」
民間人であるところの彼らに、自分たちの職場に手榴弾が投げ込まれる等と想像も出来なかった。
共和国の空挺部隊が襲撃してきた時、彼らはこの管制室からその光景を眺めていただけ。
駆け付けた軍と民間軍事会社の警備兵が迅速に片付けてくれたから、当然「実戦経験」なんぞない。
故に、投げ込まれたものが手榴弾だと気が付いた者は、誰もいなかった。
爆発。
管制室にいた白人従業員の男女数名の内、一人を除いて全員が即死した。
手榴弾の至近にいた若い白人男性は、その生前の容姿が判別不可能な程に身体を吹き飛ばされ、その隣にいた女性管理官は両腕と頭が千切れ飛んでいた。
手榴弾の破滅的な爆発エネルギーと破片は、管制室を血と肉で満たされた屠殺場に変えた。
「……ううっ……い、今のは……いったい……」
その惨劇の場で、唯一生き残った管理部長の男は、自身の身体の状態を確認する。
身体は、ターミナルを一望する管制室の展望ガラスに叩き付けられていた。
ガラスはひび割れ、辛うじて彼が下界へ落下するのを防いでいた。
中年太りで突き出た腹は裂け、中から大腸が溢れ出ていた。左手の指は親指以外無くなっており、右手は何とか5本全部繋がっていた。左足も膝から下が千切れてしまい、頭から大量に出血しているのが分かる。
もはや痛みは感じなかった。
とにかく、救急車を呼ばないと。このままでは死んでしまう。
部下たちも酷い有様だった。先程、不安でいっぱいと言った面持ちをした部下の青年が、胴体だけになっている。
早く、頭や腕、足を繋げてやらないと……このままでは彼も死んでしまう。
つい先日、付き合っていた美人な彼女と入籍したことを嬉しそうに報告していた姿が、部長の脳裏に蘇る。
とにかく、救急車を。
すると、誰かが管制室に入ってきた。
褐色肌の少女だ。いったい彼女は何者だろうか?
……誰でもいい。きっと助けてくれるはずだ。
管制部長はそう思い、何とか動く右手を差し出して助けを求めた。
「お、お願いだ。救急車を……そこの……私の部下も助けてやってく」
銃声。
サーラは右手に持った銀色の自動拳銃の銃口を、まだしぶとく息をしていたスタントール人の太った男の額に向けると、何の躊躇も無く9mm弾を叩き込んだ。
後頭部を突き抜けた弾丸は、男がもたれ掛かっていた背後の展望ガラスを割り、命の灯が消えた男の身体は10階下のアスファルトの地面に叩き付けられた。
コントロールビル制圧完了である。
肩に取り付けた小型無線機に、仲間たちからの報告が入る。
爆弾の設置も完了したようだ。
「よし、撤収する。敵部隊の迎撃戦に移行するぞ。総員、準備にかかれ!」
『はっ!同志ベルカセム!』
割られた展望ガラスから潮風が吹き込んでくる。
年明け時期の南部ファーンデディア特有の寒流と高気圧が運んでくる冷たいが心地のいい風。
サーラはそこからターミナルを望む。
敵戦闘部隊の車両や兵士がわらわらと、このコントロールビルを目指してやって来るのが確認できた。
それを見たサーラの口元が不敵な笑みで歪む。
さぁ、かかってこい、スタトリアのクズ共。
全員地獄に送ってやる。
ナシカへの供物となれ。
ビルを出て、すぐ近くのコンテナや車両の陰に身を潜めるサーラ他革命親衛隊の戦士たち。
タッチの差で、敵部隊の車両が到着した。
民間軍事会社の警備兵の一団と、スタントール正規軍「王国軍」の兵士らが次々にビルへ入っていく。
「同志ナリータ。今だ。連中ごとビルを吹き飛ばせ。」
「了解!宇宙の果てまで吹っ飛ばしてやる!」
ナリータと数名の親衛隊戦士が手にしたプラスチック爆弾の起爆ボタンを同時に押した。
直後、大爆発。
鉄筋造10階建てのコンクリートビルは、1階と2階の支柱を吹き飛ばされ、瞬く間に崩れ落ちた。
たちまち周囲は武装したスタントール人たちの怒号や悲鳴に包まれ、収拾がつかなくなった。
敵は混乱している。
「撃て!スタトリアのクズを始末しろ!」
サーラは親衛隊の戦士たちへ叫ぶと同時に自動小銃を構え、フルオート射撃を始めた。
ほぼ同時に、他の戦士たちも物陰から身を乗り出して敵兵に向って銃弾を叩き込む。
突然、周囲の物陰から猛烈な銃撃を浴びせられた警備兵や王国軍兵士の多くが、一体何が起こったか分からないまま死んでいった。
褐色肌の原住民の攻撃から辛くも難を逃れた一部の兵士は、自分たちが乗ってきた軍用車両の陰等に退避し、応射する。
しかし、勝敗を決するのに時間はかからなかった。
実戦経験豊富な親衛隊の戦士たちの銃撃に加え、恐ろしいほど正確なサーラの自動小銃による射撃は、たちまちスタントール人兵士らの命を奪った。
スタントール側第一派、殲滅である。
ダニーク側の損害は無し。圧勝だ。
スタントールは、ダニーク解放戦線がこのセティアで本格的に活動を開始したことをまだ知らなかった。
サーラは敵第二派に備え、油断なく弾倉を取り換える。
そのマガジンチェンジの手際は、もはやベテラン軍人の域に達していると言っても過言ではなかった。
そのサーラの小型無線に連絡が入る。
『ゴブリン1、聞こえるかい!派手にやってるね!!
私たちもそろそろ始めるよ!
ケンタウロスグループ、状況開始!セティアを私たちの手に!』
「こちらゴブリン1。ケンタウロス、健闘を祈ります。」
セティアのダニーク人労働者戦闘部隊、作戦コード「ケンタウロス」を名乗ったのはモルディアナだ。
銃を手にした港湾労働者たちによる一斉武装蜂起が、いよいよ始まる。
このコンテナターミナルだけじゃない。スタントール人の通勤時間を狙って、彼らが利用する公共交通機関……バス、列車、地下鉄の市内主要駅でも、武装したダニーク人労働者による同時攻撃を行うのだ。
あとは可能な限りここターミナル東ブロックに敵部隊を引き付け、彼ら労働者を中心とした「主力部隊」に敵正規軍が行かない様にしなければならない。
「ネスト。こちらゴブリン1。敵部隊の状況は?」
『こちらネスト。ゴブリン1、陽動は上手くいっている。敵部隊が、全滅直前に増援を要請したようだ。港湾労働者の物見から、装甲車を中心とした大部隊が東ブロックに向かっているという報告が入っている。十分に気を付けてくれ。』
「ゴブリン1、了解。通信終了。」
サーラは再集結した仲間たちを見る。
皆、士気激昂し、何も問題ない。
懸念材料の一つだった新兵たちも、先程の戦闘で覚悟が決まったのか、誰もが頼もしい顔をしている。
ユーセフもそうだ。
つい1時間前までは、スタントール人の男1人殺すことさえ躊躇していたが、今の彼にそんな様子は微塵もない。民族の自由を手に入れる為、父親の仇を取る為、敵を殺すことに一片の動揺も無い。
「同志諸君。次が本番だ。この東ブロックで大暴れして、スタトリア正規軍を引き寄せる。攻撃を開始する武装労働者の同志たちに近寄らせるな。」
「承知しました!同志ベルカセム!」
威勢よく返事をした戦士たちに向かって頷くサーラ。
いよいよである。
今まで相手にした武装警察とは訳が違う。
軍用装甲車両や戦闘訓練を積んだ強力な王国軍との戦闘だ。
先程殲滅したのはただの先遣部隊にすぎないし、しかも主力は警備会社の社員だった。
これから殺到するであろう「増援」こそ、サーラたちダニーク解放戦線が倒さなければならない「真の敵」である。
ファーンデディア最大の港湾都市・セティアは今、激しく燃え上がろうとしていた。




