夢心地
「ねえ、私の秘密教えてあげようか」
授業の終わった放課後、夕日に照らされた教室で同じクラスの女子から声をかけられた。
すでに終礼が終わってだいぶたつ。みんな部活にいくなり家に帰るなりして教室には俺と少女の二人しかいない。
「なんだよ、秘密って」
俺はあまり他人に興味がもてなくいつも一人でいる。そんなだから、クラスメイトの名前もほとんど覚えてない。当然目の前の少女の名前も。
「私、未来が見えるの」
少女は右手で頬杖をつき微笑みながら、左手で3本指をたてた。
「ばかばかしい」
そう思いながらも、少女から目を離すことができなかった。
「1つあなたは、明日の朝、教室に入ると笑顔で挨拶する」
「するわけないだろ」
俺があいさつ?クラスメイトに?ありえない。そもそも俺が仲いいやつなんて一人もいないのに、そんなことしてみろ。頭のおかしいやつだと思われるだろうが。
「2つ、席についたら前の席の子に声をかける」
「いや、だからしないって」
前の席は野球部のやつで休み時間は同じ部のやつと集まって話しているな。
そいつに、俺が声をかける?まさか、地味な俺が奴に声をかけるだと?ありえない。
「3つめは……」
「おい、3つめは何だよ」
問いかけた瞬間、教室がぼろぼろと崩れていく。完成していたパズルをくずすように。
目の前の少女は最後まで微笑んでいた。肩まで伸びた髪を左手でいじりながら。
「まて、まだ最後の聞けてねえよ」
俺はとっさに少女に手を伸ばす。
「ハッ」
右手を伸ばしながら目が覚める。
目の前には見慣れた天井。
「夢か」
ばかばかしい。俺は一体なにをやっているんだ。
鞄に教科書を詰めて家を出る。
学校につくと、下駄箱で靴を履き替え教室へ。
1-2とかかれた教室が俺が1年間学校生活を送る場所だ。扉に手をかけようとしたとき、不意に今日見た夢の内容を思い出す。
『1つあなたは、明日の朝、教室に入ると笑顔で挨拶する』
「どうかしてるな俺は」
無視しようとしたけれど、罪悪感が胸を苛む。
あの少女の微笑みが忘れられない。なんとなく、彼女を傷つけたくないと思った。
「お、おはよう!」
教室のドアをあけると同時に普段なら絶対にしない行動に出た。
自分でも驚くほど大きな声が出た。
教室にいた半分ぐらいのクラスメイトが一斉に俺のほうを振り向く。一様に、ポカーンとした顔をしている。失敗した。言わなきゃよかった。俺は俯きながら窓際の自分の席に向かう。
「おはよう」
席に座ると後ろの席の子があいさつを返してくれた。
「ああ、おはよう」
女子から挨拶されたのは初めてで胸が高鳴る。
「驚いたよ、いつもは難しい顔して静かに入ってくるのに今日は笑顔で挨拶するんだもん」
俺はそういうふうに思われてたのか、てか笑顔だったのか。気づかなかった。
「うーす」
しばらくすると、坊主頭の集団が入ってきた。
朝練が終わったんだろう。
仲間うちで挨拶して俺の席の前に座る。
『2つ、席についたら前の席の子に声をかける』
今日の俺はどうかしているぞ。
何あいつの未來視やらに協力しているんだ。無視してやる。
ドクン、ドクン
あーくそ、なんか落ち着かねえ。
ドクン、ドクン
なんでこんなに居心地が悪いんだ、くそっ、やればいいんだろやれば。
「お、おはよう、いつも朝練大変そうだね」
「ん?おお、まあもう慣れたよ。」
普段、話さないやつが急に声かけて不快に思わないかと恐る恐るだったが、笑顔で返してくれた。
なんとなく心がスカッとした。
見てるか夢少女。お前の未来視とやらに乗ってやったぞ。
4限の授業が終わり昼休みに入る。俺はいつも通り鞄から弁当を取り出し机に広げるていると、後ろの席の女子から声をかけられる。
「ねえ、私も一緒に食べていいかな」
後ろを振り返ると、えへへと右手に弁当箱を持って恥ずかしそうに笑っていた。
でも彼女はいつも昼になるとすぐに教室出て行っていたような。
「ああ、俺はかまわないよ。いつも一人だしね。でもいいの?昼はいつも教室にいないけど、誰かと食べてるんじゃないの?」
「う、うん。そうなんだけど、いつも食べているのって3組の子なの。でもその子クラスに仲のいい子ができたみたいで、なんだか私居づらくて」
彼女は気まずそうに左手で髪をいじりながら。あははと乾いた笑みを浮かべた。
「ああ、そうなんだ。なんとなく、俺もその気持ちわかるな」
クラスにはうまくなじめない俺だけど、別に友達がいないわけじゃない。他クラスに1人だけ中学から仲の良かったやつがいる。だからといって、昼にそいつのとこ行くのはかっこ悪いしな。
「そうなんだー、同じクラスに同志がいて助かったよ!」
ほっとしたのか、いつもの明るい笑顔に戻り椅子を俺の机の横につけてきた。
いやいや、近い。近い。女子とこんなに近くで話すのは初めての経験で顔が赤くなる。それを知ってか知らずか、鼻歌を歌いながら弁同箱を開けている。
「あれ、珍しい組み合わせだな」
声のしたほうを見ると、坊主頭の男子が弁当箱を持って近づいてきた。
俺の前の席の男子だ。
「うん!私たち似た者同士だからね」
両手で肩を揺らされる。
「まあ、そんな感じで」
緊張して頭が混乱してきた。なにがそんな感じでだ!
「ははは、いつの間に仲良くなったんだよ。お前も隅におけないな」
といいながら、彼も椅子を俺の机にくっつけてきた。
「君も一緒に食べるの?」
彼女は頬を膨らませて彼に言った。
「いいだろ?俺も今日は一人なんだわ」
そういいながら、食堂で買ってきたパンと牛乳を並べる。
周りから見れば、仲のいい3人が昼を食べてる光景に見えているのだろうか。
俺はそんなことを思いながら弁当を開くと、二段の上下ともご飯がつまっていた。
「なんでおかずないんだよおおおお」
思わず叫んでしまった。いやいや、どうやったら間違えるんだ母よ……。
「うふふふふ」
「あっははは」
そんな俺を見た二人が腹を抱えて笑い出した。
「お前面白いな!そうだ、名前なんて言ったっけ、ど忘れしちまった」
「ど忘れ?ほんとは覚えてないんじゃないの?私も君から名前で呼ばれたことないし」
「まあまあ二人とも。ごめん、実は俺も2人の名前覚えてないんだ」
俺は他人に興味を持つことが苦手だ。だから名前もほとんど覚えてない。だけど、この二人の名前は知りたいと思えた。
「えーひどい、なんてね実は私も2人の名前覚えてないんだ」
あははと気まずそうに笑う。
彼女は基本いつも笑顔だけど、その違いを見分けれるようになってきたかもしれない。
「それじゃあ、あらためて自己紹介といこうぜ。俺は山口。見ての通り野球部やってる。よろしくな」
バットを持ってる構えをしながら山口は言った。
「私は佐伯。帰宅部です。ただいまお菓子作りにはまってます!」
腕を回しながら佐伯は言った。
「俺は鷹っていいます。同じく帰宅部。よ、よろしく」
簡単な自己紹介が終わったところで3人はお互い手を握り合った。
終礼が終わり俺は帰宅しようとすると、佐伯さんと山口から声をかけられた。
「また明日ね」
「また明日な」
二人とも軽く手を挙げておのおの部活やら、仲のいい友達のところやらへ向かっていった。
俺も席を立ち靴を履き替え外に出る。
太陽の光を遮るものがなにもない空を仰ぎ見る。
空気が肌をなでる。
両手を伸ばしながら深呼吸。
「こんなに空気っておいしかったっけ」
なんだか、体が軽い。
玄関の前には大きな桜の木が咲いている。
これもあの夢のおかげなのだろうか。そういえば佐伯さんとあの子似ていたな。
「ばからしい」
何を考えているんだ。夢の中の少女が佐伯さんのはずないだろ。
それにしても、3つめの未来はなんだったのだろうか。2つは叶えたんだ、3つ目も聞かせてもらうぞ。
俺は夢の中の少女に向けて、心の中でつぶやく。
オカルトなんて信じてないけど、今だけは、宇宙人の存在も、未来人の存在も、信じられるそんな気がした。