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一段落と同時にボーン、ボーン……奥の壁掛け時計が十二度鐘を打った。一時間弱、か。初産、しかも双子にしては驚異的な速さだ。
取り上げた兄妹の転生体は喧しい位の産声を上げ、未だ開かぬ眼を瞬かせる。臍の緒を切られ、産湯で清められた身を木綿布に包まれ。そうしてやっと落ち着いたらしい。唇をもごもごさせ、再び微睡みの中へと落ちて行った。
「もう、終わったのか……?はは、意外と呆気無かったな……」
胸に置かれた二人に頬擦りし、医者からは十時間は掛かる物だと聞いていたんだがな……、母親は満足気な笑みを浮かべた。
「突然破水が始まった時は、正直パニックで頭が真っ白になってしまった。助けを呼ぼうにも、携帯は寝室に置いたまま。かと言って内線電話は」
先程覗いた窓の反対側、壁に設置された白い受話器へ目線をやる。
「見ての通り、立てない状態ではどう足掻いても取れない高さだ。だから……タイミング良くあなたが帰って来てくれて、本当に助かった。ありがとう、黒姐……この子達の分まで、一生恩に着させてもらう」
礼なら私を寄越した烏にでも言ってくれ。そう告げようとした刹那、玄関先が俄かに騒がしくなった。
バタバタバタッ!「ジェイさん、っ!?これは……!」
半白髪の男性に続き、見知った金髪の青年が顔を出す。青龍の義理の息子だ。確か名はミト、と言ったか。
すっかり大人の男の風格を漂わせた彼は、室内の様子から即座に状況を理解したらしい。動転する同行者へ、落ち着いて下さい管理人さん、冷静に声を掛ける。
「しかし、現に玄関ドアが壊されていたんだよ!大体彼女は」「伯母です」え?
驚愕する私達姉妹を余所に、だから、若者は淡々と続ける。
「ずっと行方不明だった、俺の義理の伯母です。多分家の外から異変を聞きつけ、咄嗟に持ち前の武道で蹴り開けたんでしょう。な?」
「あ、ああ……」身の上以外は概ね正解だ。
吐息での返事に、ほら、本人もこう言ってますし、朗笑。
「取り敢えずはビニールシートで塞いでおきますから、早目に業者の手配をお願いします。修繕費は宿泊費と同様、後日の振込にしてもらえると助かります」
「了解した。しかし、まさか私達が酒場に出掛けた間にとは……凄腕の助産師だな、伯母上は」
賞賛に値する事は何もしていない。私はただ転生の兄妹、雨と兄長を現世へ導いただけだ。彼等は彼等の意志でそうする事を選んだ。愛妹に再び相見えたいがために。
若き父親は、すやすやと眠る赤子達を抱え上げた。桃のような頬へ自らのそれを交互に摺り寄せながら、後は俺がやっとくよ、と告げる。
「少しサイズは小さいが、脱衣所に俺のバスローブがある。その格好じゃ流石に寝られないだろ」
両腕を中心に、血と羊水に塗れたチャイナドレスを指差す。
「積もる話は夜が明けてからだ。取り敢えず今夜はゆっくり休んでくれ」
「しかし」
妊婦とソファ、その周辺は血液と様々な分泌物で燦々たる有様だ。推定数時間は掛かるこの後始末を、義理とは言え甥子一人に任せるのは些か気が咎めた。
黒姐、元天才参謀が疲弊し切った口を開く。
「大丈夫、大丈夫だ……仮令眠っても、あなたは消えたりなどしない。だから、どうか……」
今更消滅を恐れると?勘違いも甚だしい。けれど、それが他ならぬ発言した当人の危惧だと悟り、私は渋々首肯した。