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自室へ帰還した過去の私は、初めて感じる類の疲労から寝台に座り込んでいた。
―――初めまして、お電話頂いた天城 寅です。はい、名刺どうぞ!
流流が“羅刹鳥”と言う事は伏せ、私は早速末妹へ相談を持ち掛けた。孔雀でも飼っているのか?多少不思議そうにしつつも、頼れる顧問弁護士はあっさり解決策を齎してくれた。獣医の往診と言う、私には凡そ考えも付かない方法を。
そこから分厚い電話帳を慣れない手付きで引き、天城医師に連絡を取ったのが三日前。往診専門だと言う若者は、実に屈託の無い笑顔で握手した。
待ち合わせた船着場から彼を乗せ、正午前に都へ帰還。飯店で昼食を摂り、滞在中の必要物品を扱う数店を紹介した後。ようやく先祖の待つ展望台へと案内した。
―――うわー、滅茶苦茶デカい烏っすね!いや、羽毛の感じはどちらかと言うと烏骨鶏か?ううむ……ヤバい、完全に初見だぞこいつは。
突然の生者の訪問に、相変わらず体調の優れない流流は最初の内怯えていた。しかし丁寧な診察が進むにつれ、目に見えて緊張を解いていく。聴診器を当てられた時など、自ら進んで胸を差し出した程だ。
―――お、良い子良い子(撫で撫で)。この子、前にも医者へ掛かった事あるんですか?―――ふーん。にしては妙に人馴れしてるんだよなあ。初診から威嚇もせず触らせてくれるなんて、俺の経験上ほぼ無いっすよ。
Dr.天城の観察眼に、私は内心舌を巻いた。この分では近い内に、彼は患者が元人間だと気付いてしまうのではなかろうか。
―――ううん、そうだなぁ……あのー、黒龍さん。この子の口の中の粘膜取らせてもらっていいっすか?持って来た検査道具で、病気がウイルス性か調べたいんで。
―――ああ、好きにしてくれ。彼女は温厚な性格だから、滅多な事で噛みはしないだろう。
―――お、ありがとうございます。あと出来れば、明日からは他の子達も診たいんですけど……。
気恥ずかしげに頭を掻く医師。
―――如何せん俺、初めての動物にパパッ!と処置出来る程、まだ経験積んでなくて……病状把握のため、健康体のデータも欲しいんです。あ、勿論その分の出張費は、
―――いや、正論だ。早速明日にでも一羽用意しよう。
“羅刹鳥”の中には流流程ではないが、多少話の通じる者もいる。謝礼の肉を多目に与えておけば、小一時間程度は大人しくしていてくれるだろう。
分析のため早々に切り上げ、下宿先のドアを意気揚々と潜って行く若人を思い出し、又も溜息が漏れた。まさか他人の案内がここまで疲弊を伴う行為だとは……しかし、
(仮令治療が不首尾に終わっても、あの男は良心的な医者だ。この都に取り込まれぬ内に帰してやらんと、な……)
そう心中独りごち、寝台に身体を預け、日課の瞑想を開始した。