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※この話は『花十篇 カーネーション』の続篇です。
前作のネタバレが多分に含まれますので、先にそちらを御一読頂けると助かります。
また、『前十篇』シリーズはオムニバス形式の作品です。
読む目安は、赤→灰→緑・蒼・白・黄→金→イレイザー・ケース→虹・黒となります。
可能であればその順番でお読み下さい。
フッ、唐突に覚醒する。
私の肉体、いや魂は緩慢な速度で落下の最中だった。上下以外の前後左右、当然終着点すら認識不可な闇の只中を。
―――哀れな娘だ。
懐かしさよりも憎悪の先立つ声。それが鼓膜を震わせた瞬間、眼前に遠き過去の光景が浮かび上がった。
五龍城内。廟の地下儀式場。壁掛けランプに照らされ、私の手にする蛇矛に心臓を貫かれるは、これまで都の北方の守護を務めていた男だ。
一瞬にして敗北者と成り下がった実父、先代黒龍は喀血の後、厭に低く嗤った。嫌悪しか沸かぬこの面も今日で見納めだ。清々する。
「何だと?」
「お前は本当に可哀相な奴だなぁ、我が娘よ……業だけでなく、この呪いまで継がねばならぬとは……」
不動の瞼が開いた刹那、己が二つの眼球に走る灼熱。生来の痛覚麻痺も災いし、生涯初の激痛に脳天を貫かれるかと戦慄する。
数分、或いは数十分が経過しただろうか。潮が引くように、痛みがゆっくりと治まっていく。恐る恐る瞼を開き、手前の光源に焦点を合わせて数回瞬き。ふむ。取り敢えず視覚に異常は無いようだ。
ズルッ、ズルッ……死体の左脚を掴み、地上へと向かう。埋葬を使用人共に押し付けたいのは山々だったが、運悪く玄関前の中央広場は無人だった。
だが、都の北西。都唯一の墓所への道中、私は遺言の真意を嫌が応にも思い知らされる羽目になった。
「な……何だ、この有様は………!!!?」
五龍都は創設以来、五世紀以上閉鎖された都市。即ち、今目の前に「いる」者は都民の筈。しかし通りを往来するは悉く半透明の肉体を持ち、理性の失せた眼をした―――老若男女の亡霊。
「まさか、これが呪い………おい、貴様!?」
正面から現れた男の肩を掴もうとするが、伸ばした腕は見事に空を切る。どころか奴の無表情な面には統治者への畏怖すら無く、まるで空気の如き扱いだった。