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けあらしの朝 3  作者: 翼 大介
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人生迷い道

1985年は後にバブルと呼ばれる好景気の助走段階にあった。職を求める側からすればまだ売り手市場とまではいかないにせよ数年後には人手不足という言葉が業界を問わずに闊歩するようになる。博之はこの年に仙台市の私大経済学部を卒業して首都圏に本社がある米菓を主体に製造・販売を行っている中堅菓子メーカーであるS製菓に就職した。同期の連中は経済学部ということもあってか証券や銀行といった金融業界に活躍の場を求めていたが、それは好景気の到来を予期してのことなのか単純に経済学部卒業だからという理由なのかといった事に関心を持つことはなかった。なぜかといえば博之は経済学部に望んで進学したわけではなく、いわば惰性で大学生活を送ってきた経緯があった。高校時代には水産系の大学へ進学して卒業した後は研究所あるいは海洋調査といった仕事に就きたいとの青写真を描いていたのであるが、いかんせん理系の学部受験には避けて通れない数学を大の苦手としていた。そうしたこともあって他の教科の勉強まで身が入らなくなりとても大学進学など口に出すことさえ憚られるほどの成績に成り下がってしまった。それは今更どう言い繕っても自分自身の努力不足に過ぎないのであるが親しい友人達は進学する者が多かったことから自分もとにかく学士の称号さえ得られればそれでよいと当初の目標から逸れる形で文系の大学ならどこか一つくらいは合格を勝ち取れるだろうと極めて甘い考えで数校受験したものの全て不合格の通知を受け取るに至った。

 (もういいや、バイトでもパートでもいいから仕事に就こう)

 一旦は途方に暮れたものの気持ちを切り替えて仕事に就くことにしたのだが進学先が決まり口元がほころんでいる友人達を見ているとやるせない気持ちが湧き出てくる。そんな時に目に止まった二次募集の案内、仙台の私立大学の夜間部であったが博之はそれに最後の望みを託した。本来なら大学の夜間部は昼間の仕事を持っている人間が学ぶ場であるが博之が受験しようとしていた大学の夜間部では3年生に進級する時に昼間部への編入試験がある。それを知った時に一筋の光明が射したように思えた。

 (変な言い方だがラストチャンスを得るためのラストチャンスだ)

 願書を出した時に初めて神棚に手を合わせた。そして夜間部には合格したがどのくらい自分と同じ考えで入学して来た者が居るのか気掛かりだったが、予想していた以上にそうした学生が多かったが冷静に考えれば編入試験の時にはライバルとなる存在だ。しかしながらみんな背負う物が同じということから連帯感が生まれてテストの時などは情報交換をしながら編入試験に向けて切磋琢磨し合うことで晴れて3年生からは昼間部へ通う道が開かれた。

 (どうして高校時代にこれくらい本気で勉学に取り組まなかったのか)

 悔やむのが遅すぎたがとにかくあとは4年で卒業することに心血を注ぐだけだった。こうして望んでいなかった学部でありながら必要な単位数を確保して無事に4年での卒業を勝ち取れた博之だったがこの先に待ち受けている社会人としての日々を考えると生来マイナスな方向にばかり目を向ける悪い癖が頭をもたげて来た。

 (大学の勉強は面白いとは言えなかったもののそれでも興味を引かれる科目もあったし普段の生活も羽目ばかり外していたがそれはそれでいい思い出になるだろう。だがこれから働く会社については・・・・・・・)

 部屋で一人うすぼんやりと働くことに対しての不安をあれこれ呟いた。高校時代に思い描いたような職業にはたとえ水産系学部を卒業したとしても就くことは叶わなかったかも知れないがメーカーの営業職は出来ることなら避けたい職種であった。だが経済学部経済学科であればほとんどが営業職に身を投じるのは宿命のようなものである。博之は父親が言っていたことを思い出して自らを奮い立たせた。

 (あのな博之、やる前から決めつけるんじゃねえ。俺からすりゃあ、オメエはいい会社に採用されたと思ってる。俺は営業の経験なんかないからどんなもんなのかは知らん。だが月並みな言い方だが楽な仕事なんてものはねえ。それだけは言える。四の五の言わずにまずやってみろや。それでダメだと思ったらまた考えりゃいいんだ。なあにこんな俺でも今の世の中の状況くれえは分かってるつもりだ。身体さえ動けばなんとでもなる)

 (だよな親父、決まったものは仕方ないんだ。逃げ道はない。それに慣れ親しんだ仙台という街で社会人としてのスタートラインに立てるだけで幸運と思わなけりゃバチが当たりそうだ。さてと来週から始まる新潟工場での研修についておさらいでもするか)

 S製菓は営業の採用者は男女問わず製造工場での研修がある。2週間の予定であるが自社製品の製造工程を直に見ることで配属先での仕事に反映してもらうという狙いからである。博之は研修の資料に目を通しながらこれから経験を重ねてゆく社会人という世界をあれこれ想像してみた。またごちゃごちゃした雑念が湧いて来たがそんな気持ちを和らげてくれるかのように少しだけ開けていた窓から春の風が優しく舞い込んで来た。

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